松山地方裁判所西条支部 平成18年(モ)25号 決定 2006年4月14日
京都市下京区烏丸通五条上る高砂町381-1
申立人(基本事件被告)
株式会社シティズ
同代表者代表取締役
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愛媛県新居浜市●●●
相手方(基本事件原告)
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同訴訟代理人弁護士
菅陽一
主文
本件移送の申立を却下する。
理由
第1申立の趣旨
本件訴訟を松山簡易裁判所へ移送する。
第2申立の理由等
1 申立の理由
(1) 民事訴訟法16条1項に基づく移送
申立人と相手方との間では,金銭消費貸借契約証書において,松山簡易裁判所を専属的合意管轄裁判所と定めている。相手方は,内容の説明を受けて書面を受領したことを認める文書に署名し,専属的合意管轄について説明を受け,十分理解して合意している。また,上記合意の「訴訟行為」には,本件貸付及び保証契約に関する訴訟全般を含むと解され,不当利得返還請求訴訟も含まれる。
以上から,民事訴訟法16条1項に基づき,本件訴訟を管轄を有する松山簡易裁判所に移送することを求める。
(2) 民事訴訟法17条に基づく移送
仮に上記(1)の移送が認められなくとも,本件基本事件の訴訟に関する相手方への債権の取扱店が申立人の松山支店であり,その資料も同支店に存在し,また,申立人出頭の負担を考慮すると,当事者間の衡平を図り,訴訟経済に合致させるため,民事訴訟法17条に基づき,松山簡易裁判所への移送を求める。
2 相手方の意見
(1) 民事訴訟法16条1項に基づく移送について
ア 上記記載のある「訴訟行為について」というのは,貸金返還請求権(及びその附帯請求)の訴訟物に限定されるべきで,訴訟物が異なる本件基本事件の訴訟(不当利得返還請求権)は,含まれないと解すべきである。その理由は,①訴訟行為は,相手方が被害者となる不法行為訴訟等も考えられ,上記の場合も被害者があえて松山で訴訟を起こさないといけなくなるような不当な結果になること,②上記記載の約款は,貸金業者に一方的に有利な事項が記載されているため,公平の見地からできるかぎり限定的に解釈すべきで,消費者契約法10条の趣旨にも合致すること,③上記文言に過払金返還訴訟が含まれるとすると,申立人は,契約当初から過払金支払義務の発生を予定したことになり,他方,法律の素人である相手方が契約当初に利息制限法に違反していることなど知らず,当事者の合理的意思からも,過払金返還訴訟は含まれないことが指摘できる。
イ 上記記載の「訴訟行為について松山簡易裁判所を以て専属的合意管轄とします。」という文言を,専属的合意管轄の合意として解することは,消費者契約法10条に違反し無効である。その理由は,①申立人の弁護士費用・交通費・出張費を節約し,他方で相手方の応訴の負担を強いるもので,申立人の一方的利益のために定められていること,②上記記載は,「訴訟行為」と漠然と記載され,法律的に素人である相手方が,自宅に近い裁判所で裁判を受けることができなくなり,弁護士を選任すると,その旅費日当まで負担しなければならないことなどを理解していたとも考えられないこと,③申立人が貸金業に関し法律知識に有している反面,相手方は,法律の素人であり,情報の格差が存在していることなどである。
(2) 当裁判所の管轄について
本件基本事件は,持参債務の義務履行地として,相手方の住所地に特別裁判籍があり,また,申立人は,借入が個別のもので,充当されないなどと争っているので,法解釈をするうえで,簡易裁判所よりも地方裁判所の方が適当であるから,民事訴訟法16条2項,18条の趣旨から,当裁判所に管轄が存在する。
(3) 民事訴訟法17条に基づく移送について
本件基本事件訴訟は,過払金計算方法,悪意受益者の「悪意」の意味等法解釈に関わることが審理の内容となり,人証の取調は不要で,当裁判所で審理しても訴訟が遅延するということはない。また,相手方は,多重債務者であり,その日の生活にも事欠く状態で,弁護士への着手金も払えず,印紙,郵券等の費用も弁護士が立て替えている程で,松山簡易裁判所までの旅費日当等を工面できない。一方,申立人は,貸付残高業界3位を誇るアイフルグループの一員として経常利益25億8544万円(平成17年3月期)を挙げ,全国展開している貸金業者である。更に,相手方が本件基本事件を提訴せざるを得なくなったのは,申立人が利息制限法に違反した貸付行為を行ったという先行行為が存在したことが原因である。
以上から,申立人の民事訴訟法17条に基づく移送申立についても理由がない。
第3当裁判所の判断
1 一件記録によると,①相手方は,申立人との間で,平成10年9月4付け,平成11年4月14日付け及び平成14年11月29日付け金銭消費貸借契約証書並びに貸付及び保証契約説明書(疎乙5ないし8)を取り交わし,相手方が上記各書面に署名していること,②上記各書面には,いずれも「訴訟行為については,松山簡易裁判所を以て専属的合意管轄裁判所とします。」と定型の文言が記載されていることが認められる。
そこで,上記各書面の取り交わしにより,当事者間で専属的合意管轄の合意が認められるか検討する。
上記記載の文言は,単に「訴訟行為」としか記載しておらず,文言上全ての訴訟行為が対象となる余地があるところ,上記書面が貸付の際に作成されたことから,一般消費者である相手方は,当該貸付金の返還訴訟を対象とすると理解していたものと考えるのが合理的で,将来発生する可能性のあるその他の訴訟一切を含めて考えていたとは認め難い。例えば,相手方が申立人による取引履歴不開示等の不法行為により被害を受けたような場合の慰謝料請求訴訟等で,被害者となる相手方が加害者に便利な裁判所でのみ訴訟を行うことまで許容していたというのは不合理である。
そして,本件基本事件は,不当利得返還請求権に基づく過払金返還訴訟であり,上記金銭消費貸借契約に関連するとはいえるものの,①金銭消費貸借契約に基づく返還請求とは,訴訟物が全く異なること,②一般消費者で,法律の素人である相手方が,上記各書面に署名する際,申立人が利息制限法に違反して貸し付けていることや,将来過払金返還請求を行う余地があることなど理解していたとはいえないこと,③相手方が本件基本事件の訴訟を提起せざるを得なくなったのは,そもそも,申立人が強行法規である利息制限法に違反していたということが原因であり,上記のような訴訟についてまで,相手方が自ら交通費等を負担して申立人に便利な裁判所で訴訟を行うことを許容していたとも考えられないことから,上記「訴訟行為」に本件基本事件についての合意も含まれると解することは,契約当事者の合理的意思解釈に反する。
この点,申立人は,「内容の説明を受けた上で,受領しました。」と記載のある貸付及び保証契約説明書(疎乙8)に相手方が署名しているので,相手方が専属的合意管轄についての説明を受け,これを十分理解していることが明らかであると主張している。
しかしながら,上記書面でさえ,申立人が作成した定型の文書であり,申立人自身が利息制限法に違反して貸し付けた過払金の返還訴訟の余地があったり,そのような訴訟も全て含まれると相手方に説明していたとは到底考えられず,一般消費者である相手方が上記のような内容を十分理解して署名したともいえないため,上記申立人の主張は採用できない。
以上に加え,①上記各書面は,申立人側の利益を考慮して申立人が定型文書で作成しているもので,相手方がそのまま署名しなければ借入自体ができなかったと考えられること,②申立人は,全国的に貸金業を展開する企業で,法律及び訴訟の理解度や経済力の点で相手方とは比較にならない程優位に立っていること,③専属的合意管轄が,他の裁判所での利用を全て排除するという重要な効果が生じることから,申立人に有利となる専属的合意管轄の合意内容についても,限定的に解釈するのが相当である。
以上の点を総合して考慮すると,上記各書面の専属的合意管轄の記載については,相手方は,少なくとも本件基本事件のような過払金返還訴訟を含める意思はなかったと認めるのが相当で,本件基本事件に関して,上記各書面記載の専属的合意管轄は生じていないものと認められる。
なお,仮に本件基本事件も含めて専属的合意管轄の合意をしたとすれば,前述の指摘の事情から,消費者である相手方の利益を一方的に害することになるため,上記合意は消費者契約法10条によって無効となるといえる。
2 そうすると,本件基本事件の不当利得返還債務は,持参債務として債権者である相手方の住所地を管轄する裁判所にも管轄が存在することになる(民事訴訟法5条1号,民法484条後段)。そして,本件基本事件は,訴訟の目的物の価額が140万円を超えず,本来簡易裁判所の管轄であるが(裁判所法33条1項1号),相手方は,代理人弁護士を選任し,本件基本事件が貸金業の規制等に関する法律43条の違憲性,悪意の受益者性及び利息の利率等の論点を含み,それを判断するため,地方裁判所での審理が相当であるとの上申書を提出し,相手方住所地を管轄する地方裁判所である当裁判所が受理したもので,当裁判所にも管轄が存在する。
3 次に,本件基本事件を民事訴訟法17条に基づき移送すべきかを検討するに,一件記録によれば,本件基本事件に関する資料が申立人の松山支店に存在していることは認められるものの,①本件基本事件は,人証調べも予想されず,電話会議での審理で進行が可能であると考えられること,②相手方は,申立人が利息制限法に違反したことが原因で弁護士まで選任して過払金返還訴訟を提起せざるを得なくなったこと,③申立人は,全国的に貸金業を展開する企業で,経済力がある一方,相手方は,個人であり,代理人弁護士の旅費日当まで負担するのも重いと考えられることが認められる。
そうすると,本件基本事件について,訴訟の著しい遅滞を避け,または当事者間の衡平を図るため松山簡易裁判所に移送する必要性があるとは認められず,民事訴訟法17条に基づく移送を求める申立も理由がない。
4 以上から,本件申立は理由がないため,これを却下することとし,主文のとおり決定する。
(裁判官 中嶋功)