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松山地方裁判所西条支部 平成18年(ワ)13号 判決 2006年6月30日

愛媛県●●●

原告

●●●

同訴訟代理人弁護士

菅陽一

東京都千代田区麹町五丁目2番地1

被告

株式会社オリエントコーポレーション

同代表者代表取締役

●●●

同訴訟代理人弁護士

●●●

主文

1  被告は,原告に対し,702万1655円及び内金589万7727円に対する平成18年1月11日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  この判決は,第1項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告は,原告に対し,702万1655円及び内金589万7727円に対する平成18年1月11日から支払済みまで年6分の割合による金員並びに内金589万7727円に対する本訴状送達の翌日(平成18年1月17日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  事案の要旨

本件は,原告が被告との間で,継続的に金銭を借り入れ,弁済する旨の包括基本契約による借入と弁済を繰り返していたところ,利息制限法所定の制限利率によると,過払金が生じたとして,悪意の受益者による不当利得返還請求権に基づき,過払金及び商事法定利率の年6分の割合による利息並びに民事法定利率による年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めた事案である。

2  争いのない事実

(1)  原告は,肩書住所地に居住し生活する一般市民である。

(2)  被告は,東京証券取引市場第1部上場企業であり,割賦販売斡旋の他,利息制限法所定の利率を超える高金利で金銭貸付等を行うことを業とする株式会社である。

3  争点及び当事者の主張

(1)  取引経過

(原告の主張)

ア 原告は,被告との間で,遅くとも平成元年11月29日ころまでに,継続的に金員を借り入れ,弁済する旨の金銭消費貸借契約の包括的基本契約を締結し,別紙「法定金利計算書」(甲1,2の取引履歴のとおりのもので,訴状の別紙と同じもの。以下「別紙計算書」という。)のとおりの取引を繰り返して行っていた。

前記取引経過を利息制限法所定の制限利率に引き直して計算すると,平成18年1月10日時点で,過払金が702万1655円(内過払分の残元金が589万7727円)となり,被告は,原告の損失において,法律上の原因がなく,前記額を不当に利得した。

イ 過払金返還請求の請求原因事実は,①当事者間の消費貸借契約の締結,②原告が被告に対して利息制限法所定の利率を超える利息ないし損害金を支払ったことであり,同事実を要件事実として主張立証すれば足り,貸付額については,被告に主張立証責任があり,被告から主張立証がない以上,各弁済時の残高は存在しないもの,すなわち0円であったと計算する他はない。

(被告の主張)

ア 原告主張の取引経過は否認する。原告被告間の取引は,乙2及び乙5のとおりである。

イ 原告は,平成6年12月13日以前の被告への支払いについて,全て不当利得として構成し,同日までの貸付残高を0円としてゼロ計算してるが,同日までの支払いが債務の弁済としてなされたことは明らかである。同日以前の貸付金の貸付日及び貸付金額については,被告にデータがないため不明であるが,貸付についての弁済であるので,法律上の原因があり,不当利得は成立しない。

ウ 冒頭の残高(平成6年12月13日までの残高)についての主張立証責任は,不当利得返還請求の請求原因事実に法律上の原因がないことの要件事実を含むので,原告が負っている。そうすると,原告は,冒頭のゼロ計算を行うためには,少なくとも,一定期間の金銭消費貸借取引が行われたこと,前記取引に基づき,利息制限法所定の利率を超える利息が支払われたことが一応推認できることを基礎として,これに対して前記利率を超える利息を元金に充当して計算すれば,過払金が生じている可能性が高いという推認が成り立つことを主張立証すべきであり,原告は,前記主張立証をしていない。

被告が貸金業者であり,債務内容を開示することが容易なので,立証責任が転換されているという考え方に立つとしても,取引履歴を保存していると考えられる常識的な期間(10年)を超えるような場合は,前提を欠いており,立証責任の転換もありえない。

(2)  悪意の受益者

(原告の主張)

被告は,原告から利息制限法所定の利率を超える利息を徴収することについて,原告が客観的に過払状態に陥った時点から同人が客観的に過払いをしている認識を有していた。そうすると,原告が客観的に過払状態に陥った時点から被告は悪意の受益者として過払金について民法704条の利息を附して返還する義務がある。

(被告の主張)

原告と被告との取引は,新たな貸付や弁済が繰り返される継続的な取引であり,充当の対象となる残存元本も増減を繰り返している。そうすると,被告が貸付時において,いつの時点で残存元本全額の充当が完了し,過払いが発生するかについて正確に予測するのは困難であり,又,弁済を受ける際も,既に充当により元本が消滅しているかどうかを認識していないのが通常である。

悪意は,当事者の主観的な認識に関する事実問題であるので,ある利得が将来法律上の原因のないものとなる可能性があることを知るだけでは足りず,法律上の原因のない利得であることを現実に知ることを要する。

以上から,被告は,原告の支払いが過払いとなった時点で同事実を認識しておらず,悪意の受益者とはいえない。被告が過払いを認識したのは,利息制限法に則って計算した後の時点である。

(原告の反論)

民法704条の悪意は,「金員の交付を受けた当時,制限超過利息であることを知りながら利息等を受領したこと」であり,同事実の認識で足りる。原告から支払いを受ける際,被告は,前記認識を有していたもので,悪意の受益者となる。

(3)  過払金の利率

(原告の主張)

利得者である被告は,金銭貸付業務等を目的とする株式会社であって,商人であるから(商法52条1項),利得物を営業のために利用して利益を上げていることは明らかである。そのため,過払金の利息の利率は年6分となる。

(被告の主張)

商法514条の適用又は類推適用されるべき債権は,商行為によって生じた債権又はこれに準ずるものである。過払金の不当利得返還請求権は,法律の規定によって発生する債権であり,商行為によって生じた債権ではない。しかも,商取引における資金需要の繁忙と投下資本による高収入の可能性があることから法定利率を年6分に引き上げた立法趣旨からみて,不当利得返還請求権をもって商行為によって生じた債権に準ずるものと解することもできない。

以上から,過払金の利息は,民法上の一般債権として民法404条により年5分である。

(4)  利息の他に遅延損害金を加算することの可否

(被告の主張)

原告は,民法704条の利息の請求に加え,過払金元金589万7727円に対する訴状送達日の翌日から支払済みまで年5分の遅延損害金(民法412条3項)を請求している。

しかしながら,前記各請求は,請求権競合の関係に立つので,単純併合することは誤りである。

(5)  消滅時効

(被告の主張)

仮に,平成6年12月13日までの原告の支払いについて,貸付金に対する弁済ではないとした場合,貸付金に対する充当の問題が生じないことになり,各不当利得返還請求権は,各利得の発生時から10年の経過により時効消滅している。被告は,前記時効を援用する。

(原告の主張)

ア 過払金が発生した日から個別に消滅時効が進行することはない。

一般の借主は,支払いに際し,利息制限法に違反した部分が無効であることを知らずに継続して約定利息を支払っていくもので,客観的に過払い状態が発生した時点で返還請求権を行使することは期待し難く,同時点が「権利を行使することを得る時」と解することはできない。そうすると,現実に返還請求権を行使することが期待できる時点,すなわち,借主が弁護士に委任して業者との法律関係に介入してもらった時点が消滅時効の起算点といえる。

原告の場合,前記時点は,平成17年10月28日ころであるから,消滅時効は完成していない。

イ 時効中断

仮に,過払金が発生した日から個別に消滅時効が進行すると考えるとしても,被告の貸付行為は,過払金を清算するために交付しているものと考えるのが当事者の合理的意思に合致するため,貸付行為毎に,承認により消滅時効は中断している。

ウ 信義則違反の再抗弁

被告は,法律上有効な債権を原告の弁済等により失っているにもかかわらず,それに気付かない原告に対して,法律上有効な利息であると装って15年以上も支払いを受けてきた。そうすると,原告が過払金返還を行わなかった原因は,被告の対応によってもたらされたもので,被告が消滅時効を援用することは,信義則に反し許されない。

(被告の反論)

ア 原告と被告との取引における個々の貸付は,別個独立の契約であり,過払金は,弁済当時存在する他の借入金債務に充当されるところ(最高裁平成15年7月18日判決),弁済当時存在しない将来的に生じる債務には充当されないもので,別個独立の不当利得返還請求権となり,10年の経過により時効消滅する。また,新たな貸付によって,既発生の過払金返還請求権が当然に充当されるわけではないので,承認により時効が中断することはない。

イ 個別に発生した過払金は,発生と同時に返還請求できるのであるから,発生時点が時効の起算点となり,原告代理人が被告との法律関係に介入した時点ではない。

ウ 本件では,貸付が継続的かつ長期にわたって行われ,いつから原告が過払状態になっているか分からず,計算して初めて認識したので,被告が過払いを気付かないのに乗じて支払いを請求していたものではなく,時効を援用することが信義則違反となることはない。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(取引経過)について

(1)  被告から原告に対して開示された取引履歴(甲1,2)によれば,原告は,遅くとも平成元年11月29日にカード(オリコカード)による継続的な金銭消費貸借の基本契約を締結し,別紙計算書のとおり,平成14年11月29日まで借入と弁済を繰り返していたことが認められる。

(2)  別紙計算書では,平成元年11月29日の貸付残元金を0円とし,平成2年1月29日から平成6年12月13日までの借入金額及び貸付残元金について,存在しないものとして計算している。これは,被告が前記期間の貸付額についての記録を保有していないとして,取引履歴を開示しないため,原告が具体的な借入金額を把握できず,前記のように計算処理せざるを得なかったものと認められる。

そこで,本件のような過払金返還請求において,支払額は明らかである一方,貸付残高や貸付額のみ不明な場合,貸付残高や貸付額について,貸主である被告に主張立証責任があるのか,借主である原告にあるのか問題となる。

不当利得返還請求権の要件事実は,①原告の損失,②被告の利得,③損失と利得との因果関係,④被告の利得が法律上の原因に基づかないことである。そして,貸付額が明らかになっている平成6年12月26日以後の取引経過や平成2年1月29日から平成6年12月13日までの約5年間,貸付が全くないまま弁済のみ存在しているというのは明らかに不合理であることから,平成6年12月13日以前も,同日以後と同程度の頻度で貸付が存在し,それに対して弁済が行われていたものと推定される。そうすると,具体的な貸付残高や貸付額が明らかでない以上,利息制限法の利率を超える過払金が発生して,原告が損失し,被告が利得した事実は主張立証されていないとも考えられる。

しかしながら,証明責任の分配について,法律要件分類説を採用し,前記のような要件事実を要するという実質的根拠は,訴訟追行上の当事者間の公平・紛争の迅速な解決,権利を主張しやすくするという政策的なところにあると考えられる。

この点,①貸付についての事実(貸付日,貸付金額,貸付条件等)は,本来貸金業者である被告が当然把握していてしかるべき事実である一方,原告は,一般人で,法律の素人であるので,具体的な前記事実についての書類を保管しておくことや記憶していることは期待できない関係にあり,自ら不利となる貸付の事実を原告に主張立証させることも酷となること,②貸金業者である被告が貸付残高や貸付の事実のみ取引履歴を開示しなかったことで,その間の支払いの事実が明らかであるにもかかわらず,要件事実の立証がないということで返還請求を認めないのは,当事者間の公平,権利を主張しやすい方に立証責任を負わせたという証明責任の実質的根拠にも反することになること,③本件では,東京証券取引市場第1部上場企業である被告が,前記約5年間の支払いの取引経過のみを把握しているとして開示しながら,貸付記録がないので開示しないというのは,明らかに不自然かつ不合理で,原告に前記期間の貸付事実の主張立証責任を負わせることは,不合理な開示を行っている被告を利することになり,実質的な公平に反することが指摘できる。

そうすると,貸金業者が支払額の取引履歴のみを開示し,貸付残高や貸付の履歴を開示していない本件のような場合,借主である原告は,明らかになっている支払額をもって損失とし,同額をもって貸主である被告の利得が生じたものとして主張立証すれば,不当利得返還請求権の要件事実を充たすものと解し,具体的な貸付についての事実(貸付日,貸付金額,貸付条件等)が存在し,支払額が弁済として充当されて損失や利得が消滅あるいは減少している事実については,貸主である被告に主張立証責任があると解するのが相当である。

以上のように解することは,平成6年12月13日以前の約5年間に同日以後と同程度の頻度で貸付が存在していることが推定できるにもかかわらず,被告が具体的な貸付残高や貸付の事実を主張立証できなければ,支払額全額について不当利得返還請求権を認めることになり,原告を不当に利することになるとも考えられる。

しかしながら,前記のとおり,原告と被告の法律知識及び記録の保管能力の差,主張立証責任における実質的な公平の観点,東京証券取引市場第1部上場企業である被告が,貸付記録のみ保有していないということは明らかに不合理であることから,被告が貸付額を主張立証しない以上やむを得ないと考えられる。他方,原告にとって,前記約5年間の具体的な貸付残高や貸付についての事実(貸付日,貸付金額,貸付条件等)を主張立証するのは,取引履歴の開示なしには,ほぼ不可能に近いと考えられ,又,自ら不利となる貸付の事実を推測で主張させることも困難で,開示された現実の支払額をもって計算するしか方法がないのであるから,やむを得ないと考えられる。

(3)  被告は,証拠(乙6の1・2,7)を提出し,前記平成2年1月29日から平成6年12月13日までの貸付金額を推計した推計計算書及び計算に関する報告書を提出している。しかしながら,同推計計算については,入金履歴のみから,被告が独自に採用している連番,貸付単位,顧客管理のシステム等に基づいて推計するというもので,複雑な計算式を用いて計算しているが,具体的な貸付の事実(貸付日,貸付金額,貸付条件等)について,確信が生じる程度の立証があるとはいえず,前記推定計算を採用することはできない(この点,被告を当事者とする本件と同様の事案において,平成18年1月26日大阪地裁判決〔甲19〕も,被告の提出した推計計算書を採用せず,現実の支払額のみで不当利得を認めている。)。その他,被告は,前記の期間における具体的な貸付の事実(貸付日,貸付金額,貸付条件等)を主張立証していない。

(4)  なお,本件訴訟では,被告が前記貸付残高や貸付の事実に関する取引履歴を開示しないため,原告が平成元年11月29日から平成6年12月25日までの期間における取引履歴の文書提出命令の申立(平成18年(モ)第20号)を行った。しかしながら,本件では,前記期間について,貸付及び支払いの取引経過に関する事実が不明である事案ではなく,支払いについての取引履歴の開示はなされ,貸付の事実のみ不開示になっている事案である。本件のような事案では,前記のとおり,貸付残高や貸付の事実については,被告に主張立証責任があると解され,原告があえて文書提出命令を申し立てて,主張立証すべきものではないため,原告の文書提出命令の申立は採用しなかった。

(5)  以上の検討から,本件では,別紙計算書のとおりの取引経過を認定するのが相当である。

2  争点(2)(悪意の受益者)について

民法704条の悪意の受益者とは,法律上の原因のないことを知りながら,利得した者をいう。そして,本件のような過払金請求の場合,利得が法律上の原因に基づかないことの認識の対象は,利得者が金員の交付を受けた当時,利息制限法の制限利率を超える利息を受領するという認識であると認められる(甲3,9,10)。

この点,被告は,本件の取引が貸付や弁済が繰り返される継続的な取引であり,充当の対象となる残存元本も増減を繰り返しているので,被告が残存元本全額の充当が完了し,過払いが発生するかについて正確に予測するのは困難であり,過払になった時点を認識できるのが利息制限法に則って計算した後の時点となるので,同時点以前は,悪意の受益者とはいえないと主張している。

しかしながら,民法704条で,悪意の受益者の返還の範囲が現存利益に限らず,受けた利得の全部,利息及び損害金をも返還を要求している趣旨は,利得者が後で利得の返還を受けることを認識している以上,不法行為に近似する責任を負わせたものと解される。そして,被告が利息制限法所定の利率を超える利息を約定利息として定め,貸付と弁済を繰り返す取引を行っている以上,貸付元本に充当しても過払金が発生する事態が生じることは当初から当然認識して取引を行っているものと認められる。又,被告は,取引の過程で現実に発生した過払分を直ちに返還せず,他の顧客に対する貸付原資等に利用して更なる運用利益を上げられる一方,原告は,最終的に返還請求するまで,同過払分を現実に利用することができない関係が認められ,このような関係が取引の過程で生じることも,被告は,当初から認識しているものと認められる。

以上の民法704条の趣旨,被告の当初の認識内容に照らすと,本件のような包括的基本契約に基づいて継続的取引を行う際に,当初に利息制限法の所定の利率を超過する約定利率を定め,同利率に基づいて継続的に弁済を受ける場合,弁済の過程で客観的に過払いが発生すれば,被告の当初からの認識によるものと認めるのが相当で,原告が支払いを行った当時,同超過利息を受領するという認識が被告に存在すると認められる。

そうすると,残存元本全額の充当が完了し,過払いが発生するかについて正確に予測するのは困難でなので,計算した後に悪意の受益者となるという前記被告の主張は採用できず,被告は,悪意の受益者と認められ,別紙計算書のとおり,その都度過払金に利息を附するのが相当である。

3  争点(3)(過払金の利率)について

不当利得返還請求権は,法律の規定によって発生する債権であるので,民法所定の利率である年5分の利息が認められるのが原則であるが,利得者が商人であり,利得物を営業のために利用して収益を上げていると解される場合は,実質的には,利得者には,商事法定利率の年6分の割合による運用益が生じていたものと考えられるので,このような場合には,例外的に年6分の利率による利息を認めるのが相当である。

本件では,被告は,貸金業を営む商人であり,前記のとおり,各弁済時点で発生した過払金を原告に返還しないで,その分を他の顧客に対する貸付原資等に利用して更なる運用利益を上げるなどして収益を上げていることが容易に認められる。

そうすると,利息は,商事法定利率に準じて,年6分とするのが相当である。

この点,被告は,過払金の不当利得返還請求権が法律の規定によって発生する債権であり,商行為によって生じた債権ではなく,しかも,商取引における資金需要の繁忙と投下資本による高収入の可能性があるから法定利率を年6分の引き上げた商法514条の立法趣旨からみて,商行為によって生じた債権に準ずるものと解することはできず,利息は年5分である旨主張する。

しかしながら,商法514条の立法趣旨,前記指摘した被告の業務内容や利得による効率的な運用益を上げられる状況に鑑み,商事法定利率に準じて利率を考えるのが相当であり,被告の主張は採用できない。

4  争点(4)(利息の他に遅延損害金を加算することの可否)について

前記のとおり,民法704条では,悪意の受益者に対し,不法行為に近似する責任を負わせ,受けた利得の全部,利息及び損害金の返還を要求していること,年6分の利息は,過払金発生時点から個別の過払金に対して附される利息であり,損害賠償責任の最小限度を確保させようとするものであるのに対して,遅延損害金は,不当利得返還請求権による弁済を遅延することで生じる損害であり,利息を返還しても損失者になお損害が残っているとも考えられることから,原告が請求するように,589万7727円に対する平成18年1月11日からの民法704条の利息の請求に加え,訴状送達日の翌日(平成18年1月17日)から支払済みまで年5分の遅延損害金の請求も可能であると解する余地もある。

しかしながら,前記のとおり,民法704条の利息は,実質的には,受けた利得に対する損害賠償の性質を有しているのであり,支払済みまでの利息を認めれば,同時に遅延に対する損害も確保されると解され,これに加えて年5分の遅延損害金を付加すると,遅延に対する損害を二重に評価することになると考えられる。

以上から,内金589万7727円に対する訴訟送達日の翌日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める原告の請求は理由がない。

5  争点(5)(消滅時効)について

(1)  前記1の認定のとおり,原告は,遅くとも平成元年11月29日にカードによる継続的な金銭消費貸借の基本契約を締結し,別紙計算書のとおり,平成14年11月29日まで借入と弁済を繰り返していたことが認められる。

そして,平成6年12月13日までの原告の支払いについても,前記基本契約に基づく同一の継続的な取引と認められ,被告が具体的な貸付の事実を主張立証しないため,現実の支払額をもって過払金として計算されているに過ぎない。

そうすると,平成6年12月13日までの不当利得返還請求権が,前記一連の取引と分離され,個別に消滅時効が進行していると考えることはできない。

本件のような基本契約に基づき継続的に貸付と弁済が繰り返される取引においては,借主は,借入総額の減少を望み,複数の権利関係が発生するような事態が生じることは望まないのが通常であるので,利息制限法所定の利率を超える利息を弁済した場合,過払金は,特約がない限り,弁済当時存在する他の借入金債務に充当されると解される(最高裁平成15年7月18日判決参照)。

そうすると,弁済によって生じた過払金は,他の借入金債務に次々に充当され,その都度新たな過払金が発生するということを繰り返し,その内容が変動する性質を有するのであるから,本件の取引経過を前提とすると,消滅時効が完成していると認めることはできない。

実質的にも,本件のような一連の取引の場合,一般の借主は,支払いに際し,利息制限法に違反した部分が無効であることや,充当計算をして過払金を認識して個別に権利行使をすることを期待することは困難であるので,前記のように考えるべきである。

(2)  以上の点に関し,被告は,本件の取引における個々の貸付は,別個独立の契約であり,過払金は,弁済当時存在する他の借入金債務に充当されるのみで(前掲最高裁判決),弁済当時存在しない将来的に生じる債務には充当されず,別個独立の不当利得返還請求権となり,10年の経過により時効消滅すると主張している。

しかしながら,前掲最高裁判決は,弁済当時存在している他の借入金債務に充当されることを判断しているのみで,充当されないままになった過払金がその後どのように処理されるかについては判断していない。

そして,弁済当時に充当すべき他の借入金債務が存在していたか否かは,ほぼ偶然の事態に過ぎないもので,仮に存在していなかったとしても,前記一連の取引においては,借主は,借入総額の減少を望み,複数の権利関係が発生するような事態が生じることは望まないのが通常であることには変わりがないのであるから,充当すべき借入金債務がその後存在するに至った場合には,当事者の合理的意思により,清算する目的で充当されていくと解すべきである。

そうすると,前記被告の主張は採用できない。

6  以上の次第であるから,主文のとおり判決する。

(裁判官 中嶋功)

<以下省略>

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