松山地方裁判所西条支部 平成18年(ワ)232号 判決 2007年3月09日
平成18年(ワ)第232号 不当利得返還請求事件(本訴)
平成18年(ワ)第270号 貸金請求事件(反訴)
愛媛県新居浜市●●●
原告(反訴被告,以下「原告」と表示)
●●●
同訴訟代理人弁護士
菅陽一
東京都中央区日本橋三丁目8番14号
被告(反訴原告,以下「被告」と表示)
新洋信販株式会社
同代表者代表取締役
●●●
同訴訟代理人弁護士
●●●
主文
1 被告は,原告に対し,18万7478円及び内18万1579円に対する平成18年9月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 被告の反訴請求を棄却する。
4 訴訟費用は,本訴反訴を通じ,被告の負担とする。
5 この判決は,第1項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1 本訴請求
被告は,原告に対し,18万8658円及び内18万1579円に対する平成18年9月2日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 反訴請求
原告は,被告に対し,45万6250円及びこれに対する平成18年2月7日から支払済みまで年21.9パーセントの割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 事案の要旨
本件本訴は,原告が被告との間で,継続的に金銭を借り入れ,弁済する金銭消費貸借取引を行っていたところ,利息制限法所定の制限利率によると,過払金が生じたとして,悪意の受益者による不当利得返還請求権に基づき,過払金及び商事法定利率の年6分の割合による利息の支払を求めた事案である。
本件反訴は,前記金銭消費貸借取引において,原告が平成13年9月5日に約定の期限の利益を喪失し,その後,原告から被告が受領していた金員について,利息制限法所定の年21.9パーセントの割合による遅延損害金に充当されているので,利息制限法所定の利率に引き直して計算しても過払金が存在せず,残元金が存在しているとして,残元金及び利息制限法所定の年21.9パーセントの割合による遅延損害金の支払を請求した事案である。
2 争いのない事実等
(1) 原告は,肩書住所地に居住し生活する一般市民である。
(2) 被告は,金銭貸付業務等を目的とする株式会社である。
(3) 被告は,その業として,平成12年12月25日,原告との間で,被告を債権者,原告を債務者とする次の内容の金銭消費貸借契約(乙1,以下「本件基本契約」という。)を締結した。
① 借入限度額 300万円
② 弁済方法 残高スライド方式・リボルビング
③ 利率 年28.0パーセント(年365日の日割計算)
④ 損害金 年29.2パーセント
⑤ 特約 約定支払日より1日でも遅滞したときは,通知催告を要せず,期限の利益を喪失する。
(4) 被告は,原告に対し,本件基本契約に基づき,平成12年12月26日250万円を貸し付けた。
(5) 原告は,前記250万円の借入後,別紙計算書1(原告の訴状添付の「法定利息計算書(過払利息6%)」と同じもの。以下「別紙計算書1」という。)のとおり,平成18年2月6日まで,前記借入金の弁済として,被告に対し支払を行った。
3 争点及び当事者の主張
(1) 期限の利益喪失の有無と過払金の存否
(被告の主張)
ア 原告は,被告に対し,約定日である平成13年9月5日に支払うべき債務の弁済を怠り,本件基本契約書(乙1)第5条①により,期限の利益を喪失した。そして,以後の弁済分については,遅延損害金が発生しており,利息制限法4条1項に基づき,年21.9パーセントの割合による遅延利率が適用される。
そうすると,原告との前記取引について,利息制限法所定の制限利率で引き直して計算すると,別紙計算書2(反訴状添付の「法定利息計算書」と同じもの。以下「別紙計算書2」という。)のとおり,最終取引日である平成18年2月6日時点における残元金は,45万6250円となり,そもそも,原告が請求する過払金は存在しない。
よって,被告は,原告に対し,反訴において残元金45万6250円及びこれに対する最終弁済日の翌日である平成18年2月7日から利息制限法所定の制限利率の限度である年21.9パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。
イ 被告は,原告による前記期限の利益喪失後,期限の利益喪失による不利益を宥恕したり,期限の利益を再度付与はしていない。
すなわち,被告が期限の利益喪失後に原告から弁済を受けた際に交付した受取証書(乙2の8ないし64,領収書兼利用明細書)と同喪失以前に交付した領収書兼利用明細書(乙2の1ないし7)では,異同がある。期限の利益喪失後は,受取証書の入金明細欄の日数記載が「延滞日数」欄に記載され,充当関係の記載が「通常利息充当」ではなく,「延滞利息充当」に変わり,また,「ご注意」欄の記載が,期限の利益喪失以前には,単なる警告文であったのが,その後は,「お客様は(上記)右記の日付で期限の利益を喪失しております。よって,当社の右記担当者にご連絡の上,元利金を一括にてお支払い下さいますよう宜しくお願い申し上げます。尚,期限の利益喪失日以降は遅延損害金の適用となります。」との注意喚起文兼要請文とされている。被告は,期限の利益喪失後,一貫して原告から弁済があると,期限の利益喪失の事実を告げるとともに,一括請求の意思を表示し,さらに弁済金の一部を遅延損害金に充当することを明らかにしていた。
(原告の主張)
ア 期限の利益喪失特約の適用制限
期限の利益喪失特約と利息制限法4条の適用については,厳格に制限して適用すべきである。すなわち,①弱者を保護する強行法規である同法の趣旨を考慮する必要性があること,②同法1条の制限利率を潜脱する手段として利用される余地があること(例えば,多少の遅れを容認しながら高利を長期間とり続け,いざ弁済が停止されると,期限の利益喪失特約の形式的適用によって,遡って制限利率の2倍を主張するなど),③最高裁も期限の利益喪失特約については,形式的ではなく,諸般の事情を斟酌して,当事者の意思を解釈して決すべきと判断していること(大判昭和4年3月21日等),④学説上も,事故の形式をとって高利を合法化しようとする仕組みを断罪し,その制限解釈の必要性が説かれていること(小野秀誠教授「利息制限法の新たな展開(下)」〔判例時報1779号168頁〕等),⑤制限利息は,利用金額,利用期間,制限利率という3要素によって算出されるものであるから(最高裁平成15年7月18日判決参照),期限の利益喪失特約についても,利息の量的側面(制限利息以上のものを混入させてはならない。),利息の時的側面(遅滞とはいえないものを混入させてはならない。),制限利率の適用場面的側面(事故的要素以外の利息的要素が混入することを排除しなければならない。)によって厳格に制限されるべきであること,⑥支払義務を負わない制限超過部分の支払強制が行われないよう,支払期日に約定の元本と利息の制限額を支払っていれば,制限超過部分の支払を怠ったとしても,期限の利益が喪失しないとする最高裁の判断(最高裁平成18年1月13日判決参照)があることなどが考慮されるべきである。
以上から,期限の利益喪失特約については,厳格に制限し,その弁済期日だけを捉えて,約定の弁済額を怠ったら直ちに特約を適用し,期限の利益を喪失すると解すべきではなく,一連の弁済の中で,約定の元本と利息制限法の制限利率の額で計算し,その期日までに履行がなされていれば特約が適用されないと解すべきである(いわゆる「ボトルキープ論」)。
本件では,別紙計算書3(原告の平成18年11月28日付け準備書面添付の「別紙償還表1」と同じもの。以下「別紙計算書3」という。)のとおり,平成13年9月5日時点で原告が被告に支払うべき元本額は,8万9834円であり,別紙計算書4(原告の前記準備書面添付の「別紙償還表2」と同じもの。以下「別紙計算書4」という。)のとおり,利息制限法制限利率により支払うべき利息は,25万6479円であり,総額34万6313円となる。一方,原告が平成13年8月6日までに弁済した総額は,49万8630円となる。
そうすると,原告は,平成13年9月5日までに法律上支払うべき金額を支払っているため,期限の利益喪失特約は適用されない。
イ 催告及び解除手続の必要性
催告を要しない期限の利益喪失特約が合意されていたとしても,前記アの利息制限法の趣旨や制限解釈の必要性が高いこと,事故の形式をとって,同法の制限利率を潜脱する危険性も高いことなどから,催告及び解除の意思表示の手続があって初めて期限の利益喪失特約が適用され,利息制限法4条の損害金が発生すると解すべきである。
本件では,被告が原告に対し,催告及び解除の意思表示の手続をとったと評価することはできず,期限の利益喪失特約は適用されない。
ウ 期限の利益喪失の宥恕,期限の延長の合意
形式的に期限の利益喪失特約の該当事由があったとしても,実際には,一括弁済ではなく,分割弁済を継続していた場合には,期限の利益喪失を宥恕し,あるいは,黙示の合意により期限の利益を再度付与(期限延長の合意)したと解すべきである。そのように判断した裁判例が複数存在する。
本件では,被告は,平成13年9月5日以後も,被告主張の領収書兼利用明細書(乙2の8ないし64)を交付していたものの,「次回お支払日」として従前と同じ翌月の支払期日を明記し,「次回ご請求額」として,翌月の分割支払金額の7万円を明記して,一括請求を求めず,かえって分割金の支払を求めて,平成18年2月6日まで取引を継続させていた。
以上から,被告により,期限の利益喪失が宥恕され,あるいは,原告との間で,黙示の合意により期限の利益が再度付与(期限延長の合意)されたものと認められ,遅延損害金の発生はない。
エ 信義則違反ないし権利の濫用
本件では,①被告の顧客は,零細事業者であって,60回という弁済期間に多少の遅れは生じうるのであり,被告も同事情を認識しつつ,期限の利益喪失特約を厳格に設定し,後日損害金の名目で高利をとるため,一括請求をせず,分割金の支払を求め取引を継続させていること,②被告は,平成18年2月6日まで65回にわたって通常取引を継続させており,平成13年9月5日にわずか5日遅れただけで遅滞として損害金を発生させるのは,著しく公平に反すること,③被告は,これまで原告に対し,催告や一括請求した形跡もなく,保証人への請求を求めたことや保証会社に代位弁済を請求したこともなく,原告自身,期限の利益を喪失したことを認識せずに,5年間にわたって約定の分割金を支払ってきたこと,④被告は,期限に遅れた後も,毎月の支払期日に約定利息と同額の年28.0パーセントを適用していたこと,⑤わずか5日の遅れによって期限の利益喪失の効果を認めてしまうと,債務者にもたらされる不利益は,事業の倒産や保証人への取立と著しく重大で過酷になることが指摘できる。
以上から,本件で,被告が分割金を受領して元本の利用を継続させていたにもかかわらず,利息制限法の制限利率の1.46倍の損害金を取るため,平成13年9月5日に遡って期限の利益を喪失させたと主張することは,信義則に反し権利の濫用として許されない。
(被告の反論)
前記(原告の主張)アの主張中のいわゆるボトルキープ論について
原告が引用する最高裁平成18年1月13日判決では,支払期日に約定の元本及び利息の制限額を支払っていさえすれば,制限超過部分の支払を怠ったとしても,期限の利益を喪失することはなく,支払期日に約定の元本又は利息の制限額の支払を怠った場合に限り,期限の利益を喪失するものと解するのが相当としているのであって,支払期日に支払を一切しなかった場合には,当然に期限の利益を喪失するものである。
(2) 悪意の受益者
(原告の主張)
民法704条の「悪意」とは,いわゆる過払金返還請求においては,消費者が客観的に過払状態に陥った時点で,利息制限法所定の制限利率を超える利息を徴収することを認識していたことである。
そうすると,利息制限法所定の制限利率を超える約定利率で金員を貸し付けていた被告は,原告が客観的に過払状態に陥った時点から悪意の受益者にあたり,原告が客観的に過払状態に陥った時点から,過払金について民法704条の利息を附して返還する義務がある。
(被告の主張)
争う。
(3) 過払金の利息の利率
(原告の主張)
利得者である被告は,金銭貸付業務等を目的とする株式会社であって,商人であるから,利得物を営業のために利用して利益を上げていることは明らかである。そのため,過払金の利息の利率は商事法定利率の年6分となる。
(被告の主張)
過払金である不当利得返還請求権は,商行為に属するもの又はこれに準じるものと解することはできず(最高裁昭和55年1月24日判決),商法514条の適用ないし類推適用はなく,民法404条により,利率は,年5分である。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)(期限の利益喪失の有無と過払金の存否)について
(1) 前記争いのない事実等,証拠(乙1,2の1ないし64)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
ア 原告は,本件基本契約において合意された毎月5日の支払期日について,平成13年9月5日の支払期日に何も支払わず,5日遅れた同月10日に分割金請求額の7万円を支払った。
イ 被告は,同月5日の時点で本件基本契約で合意された期限の利益喪失特約を適用した。それまでは,原告に支払の都度交付していた領収書兼利用明細書において,従前は「ご注意」の欄に「期日を延滞されますと遅延損害金の適用となります。また解約となり元利一括請求となる場合もございます。」と警告文が記載され,利息分の充当については,「通常利息充当」欄に記載されていた(乙2の1ないし7)。これに対して,同月10日の支払から,「平成13年9月5日から違約適用となっております。」という文言を追加し,利息分の充当について「延滞利息充当」欄に記載し(ただし,本件基本契約では,遅延損害金の利率が年29.20パーセントで合意されていたものの,その後の被告が適用していた遅延利息の利率は約定の通常利息と同様年28パーセントの利率であった。),「ご注意」欄に「お客様は上記の日付で期限の利益を喪失しております。よって,当社の右記担当者にご連絡の上,元利金を一括にてお支払下さいますようよろしくお願い申し上げます。なお,期限の利益喪失日以降は遅延損害金の適用となります。」と記載して,支払の都度,同記載の前記利用明細書を交付していた(乙2の8ないし64)。
ウ 被告は,平成13年9月5日以降も,前記のように記載を変更した利用明細書を交付するものの(なお,被告が期限の利益喪失を理由として,現実に内容証明郵便等で原告に一括請求を催告したり,本件基本契約を解除して一括請求を行った形跡はない。),毎月原告と分割弁済の取引をその後平成18年2月6日まで約4年半も継続させていた。そして,被告は,毎月期限の利益喪失日以前と同様に,前記利用明細書において,「次回お支払日」欄に,翌月のほぼ5日を指定し,「次回ご請求額」欄にほぼ7万円と記載した前記利用明細書をその都度交付し,原告は,支払期日が数日遅れたり,7万円全額を支払えなかった場合もあるものの,毎月ほぼ5万円から7万円を支払って取引を継続させていた(前記期限の利益喪失日までの取引回数が8回であるところ,その後の取引回数は57回となっている。)。
エ 別紙計算書3のとおり,平成13年9月5日時点で原告が被告に支払うべき元本額(乙2の1ないし7の「次回ご請求額」欄の内元本充当額の合計)は,8万9834円であり,別紙計算書4のとおり,利息制限法制限利率により支払うべき利息は,25万6479円であり,総額34万6313円となる。一方,原告が平成13年8月6日までに弁済した総額は,49万8630円となる。そうすると,原告は,平成13年9月5日までに支払義務があった約定の元本及び利息制限法所定の制限利率における利息を全て支払っていた。
(2) 以上の事実を前提に前記期限の利益喪失特約の適用の可否を検討する。
期限の利益喪失特約がある場合において,利息制限法1条1項によって支払義務を負わない制限超過部分の支払を怠った場合に,期限の利益を喪失するとする部分は,同条項によって支払義務を負わない部分の支払を強制することになるので,同条項の趣旨に反して無効といえる。そうすると,分割金の支払期日において,約定の元本及び利息の制限額を支払いさえすれば,制限超過部分の支払を怠ったとしても,期限の利益を喪失することはなく,支払期日に約定の元本又は利息の制限額の支払を怠った場合に限り,期限の利益を喪失するものと解するのが相当である(最高裁平成18年1月13日判決参照)。
そして,仮に当該支払期日において,約定の元本及び利息の制限額の支払いが全くなかった場合においても,同支払期日までに支払った約定の元本及び制限超過部分の利息を利息制限法所定の利率において充当計算し,同支払期日までの約定の元本及び利息の制限額を既に支払っているのであれば,期限の利益は喪失しないと解すべきである。前記のような場合でも,本来同支払期日までに法律上支払義務を負う額が支払われている以上,同期日に何らの支払がないからといって,期限の利益喪失特約を適用し,期限の利益を喪失させることは,同期日において,結果として制限超過部分の利息の支払を強制することになり,利息制限法1条1項の趣旨に反することに変わりはないからである。前記最高裁判決の判断の趣旨に照らしても,そのように解すべきである。
この点,被告は,前記最高裁判決では,支払期日に約定の元本又は利息の制限額の支払を怠った場合に限り,期限の利益を喪失するものと解するのが相当としているのであって,支払期日に支払を一切しなかった場合には,当然に期限の利益を喪失するものであると主張し,同様に判断した裁判例(乙12,13)を提出しているが,同主張は,前記理由により採用できない。
本件では,前記(1)エのとおり,原告は,平成13年9月5日までに支払義務があった約定の元本及び利息制限法所定の制限利率における利息を全て支払っていたことが認められ,前記期限の利益喪失特約は適用されず,期限の利益は喪失していないと認められる。
そうすると,前記時点で原告が期限の利益を喪失したとして,その後は,遅延損害金として,利息制限法4条1項を適用して制限利率が21.9パーセントとなることを前提に充当計算をする被告の主張は採用できない。
(3)ア 一方,利息制限法は,経済的な弱者を保護することを目的とした強行法規であり,同法の趣旨から,その潜脱が行われないように期限の利益喪失特約の適用についても厳格に制限的に解するべきである。また,期限の利益喪失によって借主が被る不利益が重大であることから,形式的に支払期日に支払がなかったからといって直ちに特約が適用され,期限の利益が喪失されたと解すべきではなく,諸般の事情を斟酌し,当事者の意思を解釈して喪失の事実や特約適用の可否を判断すべきである。特に,同法1条1項の制限利率を潜脱する手段として利用されていないか(例えば,多少の遅れを容認しながら高利を長期間とり続け,いざ弁済が停止されたり,充当計算により借主から過払金を請求されると,期限の利益喪失特約の形式的適用によって,遡って遅延損害金を主張し,同法4条1項により,同法1条1項の1.46倍の利率における遅延損害金への充当を主張するなど),事故の形式をとって高利を合法化しようとする仕組や運用になっていないかどうか,借主の状況,全体の取引回数,取引期間及び取引内容を総合して,もともと支払期日について多少の遅れが予想されるようなものか,実質的には,期限の利益喪失を問題とすることなく,その後も分割支払いの取引が継続していたに過ぎないのか,1回の支払期日における多少の遅延によって期限の利益を喪失させることが借主に過酷となり,公平上問題とならないか,残額の一括請求を猶予する代わりに,遅延損害金の授受を行い取引を継続させるという意思が実質的に当事者に窺えるのかなどの点を考慮して,利息制限法潜脱の有無や期限の利益喪失特約の適用の可否を検討すべきである。
イ そこで,この点をさらに検討するに,前記争いのない事実等,前記(1)の認定事実及び証拠(乙1,2の1ないし64)に照らすと,次の事実及び事情が指摘できる。
① 本件基本契約及び分割弁済は,毎月5日に約定元金及び約定利息を支払うもので,取引期間も約5年間,取引回数も65回に及ぶもので,多少の支払の遅れもあるということは,当事者においてある程度予測されていたものといえる。現実に,原告は,平成13年9月5日以降も,予定された支払期日を遅れたことや,支払日の約定金額全てを支払えなかったことが度々あり,それにもかかわらず,同様の取引がその後も約4年半も継続していた。そうすると,被告に多少の支払期日の遅れを問題とする意思があるとは窺えず,継続的な取引上,期限の利益を喪失させなければならない実質的な事情があったとはいえない。
② 原告が平成13年9月5日の支払期日に遅れたのは,わずか5日であり,これが原因で,その後の約4年半の支払の利息について,利息制限法1条1項ではなく,遅延損害金として,同法4条1項の1.46倍もの利率を適用するのは,過酷であり,公平に反する。
③ 被告は,平成13年9月5日の期限の利益喪失を理由として,現実に内容証明郵便等で原告に催告したり,本件基本契約を解除して一括請求を行った形跡はなく,かえって,毎月期限の利益喪失日以前と同様に,前記利用明細書において,同様の支払期日と支払額を指定して,その都度交付し,その後約4年半,57回もの長期間の取引を継続させ,原告も,それに応じて毎月支払を継続させていたもので,前記取引回数,取引期間及び取引内容に照らすと,被告が同月5日の時点で期限の利益を問題として期限を喪失させる意思があったとは考え難い。
この点,被告は,同月5日の時点から,前記利用明細書の記載を変更し,同月5日から違約適用となることを明記し,利息分の充当について「延滞利息充当」欄に記載し,「ご注意」欄に同日付で期限の利益を喪失し,担当者に連絡の上元利金を一括で支払うよう記載し,期限の利益喪失日以降は遅延損害金の適用となることを明記している。
しかしながら,前記のような記載の明細書を作成して,その都度,交付することは被告にとって容易なことで,単に記載事項を変更しているに過ぎず,同明細書の交付にもかかわらず,遅延損害金の利率については,当初の約定利率と同じ28パーセントを適用し(本件基本契約で合意されていた年29.20パーセントはあえて適用していない。),同月5日以前とほぼ同様の支払期日と支払額において,その後約4年半,57回もの長期間の取引を継続さていたことからすると,当事者においては,同時点で期限の利益が喪失したという意思やそれを前提とした取引があったとは認められない。前記実質的な取引実態を離れて,前記明細書の記載のみで,被告が原告にその都度一括請求を要求し,遅延利息を適用し,原告も前記明細書を受け取っていたので,これらを容認していたなどと認めることはできない。むしろ,被告が前記のような記載をあえて明記した明細書をその都度交付していたのは,継続的な取引が終了し,利息制限法の適用によって本件本訴のような過払金請求があった場合に,前記明細書の記載の相違を強調して,期限の利益の喪失及びその後の遅延損害金の適用により,利息制限法1条1項の利率ではなく,同法4条1項の1.46倍の利率が適用され充当計算されることを主張できるようにするために行っていたものと認められる。現実に,証拠(乙4,5,10ないし12)によれば,被告は,他の顧客との間でも,本件と同様な取引を行い,過払金返還訴訟等があると,同様の明細書の記載を証拠として提出して,同様の主張をしていることが認められる。
④ 前記取引形態から,被告が同月5日の期限の利益喪失によって,現実に一括請求しようとした形跡はなく,その意思も窺えず,当事者が話し合って,残額の一括請求を猶予する代わりに,遅延損害金の授受を行い取引を継続させるという意思を確認したなどともいえない。
⑤ 本件では,前記(2)のとおり,そもそも,原告は,平成13年9月5日までに支払義務があった約定元本及び利息制限法所定の制限利率における利息を全て支払っており,実質的にも期限の利益が喪失する理由はなかった。
以上の事実及び事情を総合して考慮し,前記アで指摘した利息制限法の潜脱の有無や期限の利益喪失特約の厳格かつ制限的な適用について検討すると,本件では,長期間の継続的取引上,多少の支払期日に遅れることも予想される取引形態において,わずか数日の遅れをもって,期限の利益喪失特約が適用されたとして,あえてその後,その旨の記載や一括請求の要求,遅延損害金の適用などを記載した明細書を交付し続け,現実には従前と変わらない取引を長期間継続させ,過払金請求があった場合に,前記明細書の記載や交付を理由に,期限の利益喪失特約の適用と利息制限法4条1項の利率による充当計算を主張しているもので,被告の前記取引運用及び主張は,利息制限法1条1項の潜脱となると認めるのが相当であり,被告の主張を採用すると,当事者間の公平を害するものと認められる。
この点,確かに被告が一括弁済を請求するか否かは自由であり,その後一括請求を行わないで,自ら遅延損害金の受領に甘んじて取引を継続させることも自由であること,一括弁済できるかは,債務者の資力にもかかわる問題であり,遅延損害金を支払ってでも,債務者には支払の猶予を求める事情もあること,1回でも支払が遅延した場合には,通知催告を要せず,期限の利益を喪失させることを合意し,合意の上で適用させることは契約自由の原則上やむを得ないとも考える余地もあることが指摘できる。
しかしながら,本件で問題となり,重視すべきことは,契約自由の原則に優先される強行法規である利息制限法の潜脱の有無であり,取引実態と当事者間の実質的な公平が確保できるかという点であるので,前記のような事情を考慮しても,結論を左右しない。
ウ 以上の検討から,その取引実態及び利息制限法が潜脱されるという効果の点に照らすと,平成13年9月5日の時点で,期限の利益喪失特約の適用を認めることはできず,仮に形式的に適用の余地があったとしても,その後の取引継続により,被告による期限の利益喪失の宥恕,あるいは当事者の期限の延長(再度の付与)の黙示的な合意があったものと認めるのが相当である。
また,本件で,被告が同月5日の時点で期限の利益喪失特約により,期限の利益を喪失させ,その後の遅延損害金を請求し,充当計算においても,利息制限法1条1項の利率ではなく,同法4条1項の利率の適用を主張し,残元金の存在を主張して請求することは,信義則に反し,権利の濫用として許されない。
(4) 以上前記(2)の理由により,残元金の請求を求める被告の反訴請求は理由がなく,また,前記(3)の理由によっても,同様に理由がないといえ,原告の過払金請求の本訴が次に問題となる。
2 争点(2)(悪意の受益者)について
民法704条の悪意の受益者とは,法律上の原因のないことを知りながら,利得した者をいう。そして,前記争いのない事実等から,被告は,原告との取引において,利息制限法所定の利息を超過する利息であることを認識しながら,約定利息を受領していたことが認められ,貸金業の規制等に関する法律43条1項所定の要件も何ら主張立証していないことから,法律上の原因がないことを知りながら利得していたものと認められ,悪意の受益者に該当する。
3 争点(3)(過払金の利率)について
不当利得返還請求権は,法律の規定によって発生する債権であるので,民法所定の利率である年5分の利息が認められるものと解する。
この点,利得者が商人であり,利得物を営業のために利用して収益を上げていると解される場合は,実質的には,利得者には,商法514条の類推適用により,商事法定利率の年6分の割合による運用益が生じていたものと考えられるので,このような場合には,商法514条の類推適用により,例外的に年6分の利率による利息を認める余地もあると解される。
しかしながら,商法514条の適用又は類推適用されるべき債権は,商行為によって生じたもの又はこれに準ずるものでなければならないところ,過払金についての不当利得返還請求権は,高利を制限して借主を保護する目的で設けられた利息制限法の規定によって発生する債権であって,営利性を考慮すべき債権ではないので,商行為によって生じたもの又はこれに準ずるものと解することはできず,悪意の受益者に附すべき民法704条所定の利息の利率は,年5分と解するのが相当であり(最高裁平成19年2月13日判決参照),これと異なる原告の年6分の利率の主張は採用できない。
4 以上の次第であるので,被告の反訴請求は理由がなく,原告の本訴請求については,年6分の利率を,別紙計算書5(別紙計算書1の利率を年5分に変更して計算したもの)のとおり,年5分の利率で再計算した限度で過払金が発生していることが認められ,同限度で理由がある。
以上から,主文のとおり判決する。
(裁判官 中嶋功)
<以下省略>