松山地方裁判所西条支部 平成18年(ワ)254号 判決 2007年4月20日
愛媛県●●●
原告
●●●
同訴訟代理人弁護士
菅陽一
東京都品川区東品川二丁目3番14号
被告
CFJ株式会社
同代表者代表取締役
●●●
主文
1 被告は,原告に対し,203万1301円及び内200万3780円に対する平成18年11月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを10分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,232万8746円及び内228万7242円に対する平成18年11月14日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 事案の要旨
本件は,原告が昭和63年11月28日ころから被告(当時は,吸収合併前のアイク株式会社)との間で,継続的な金銭の借入及び弁済をする包括基本契約を締結し,その後,平成18年8月28日まで借入と弁済を継続したところ,支払った利息を利息制限法所定の利率に引き直して計算すると,228万7242円の過払金が発生したとして,悪意の不当利得返還請求権(民法704条)に基づき,過払金及び商事法定利率による年6分の割合による利息(平成18年11月13日までの分)を合計した総額232万8746円及び過払金に対する平成18年11月14日から支払済みまでの前記年6分の割合による利息の支払いを求めた事案である。
2 前提事実
(1) 原告は,肩書住所地に居住する一般市民である。
(2) 被告は,ディックファイナンス株式会社がアイク株式会社と株式会社ユニマットレディースを吸収合併し,平成15年1月1日その商号をディックファイナンス株式会社からCFJ株式会社に変更し,同月6日その登記をした金銭貸付業務等を目的とする株式会社である(弁論の全趣旨)。
(3) 原告は,遅くとも昭和63年(1988年)11月28日ころまでに,前記アイク株式会社との間で,継続的に金員を借入れて弁済する旨の包括基本契約を締結し,その後,別紙計算書1(訴状添付の「法定金利計算書(過払利息6%)」と同じもの)のとおり,平成18年8月28日まで取引を継続していた(甲1,32)。
(4) 被告は,平成15年1月,前記アイク株式会社を吸収合併し,原告と前記アイク株式会社との権利義務を承継した(弁論の全趣旨)。
3 争点及び当事者の主張
(1) 過払金の充当方法等
(原告の主張)
ア 原告は,被告(当時は,吸収合併前の前記アイク株式会社)との間で,遅くとも昭和63年(1988年)11月28日ころまでに,継続的に金員を借入れて弁済する旨の包括基本契約を締結し,その後,別紙計算書1のとおり,平成18年8月28日まで取引を継続し,借入と弁済を繰り返した。
そして,別紙計算書1のとおり,利息制限法所定の利率を超えた過払金を,その都度次の貸付による債務に順次充当して計算すると,前記のとおり過払金が発生する。また,過払金発生当時,充当すべき借入金債務が存在しなくとも,後に貸付により債務が発生すれば,その債務に充当される。
イ 前記アの理論的根拠
① 当然充当の法理
利息制限法所定の利率を超える過払金の取得については,強行法規に違反する違法状態となっているため,直ちに是正される必要があり,相殺の意思表示や充当の指定がなくとも,当然に他の借入金債務に充当されるべきである。前記当然充当の法理は,最高裁判例上確立されており(最高裁昭和39年11月18日判決,同昭和43年11月13日判決,同平成15年7月18日判決),同法理の機能により,前記アのとおり充当計算すべきである。
② 民法489条,491条の類推適用
債務者の通常の意思としては,継続的な貸付債務が存在する一方で,過払金の不当利得返還請求権が累積するといった複数の法律関係が併存するという事態を望んでおらず,むしろ,新規の借入元本に過払金を充当し,早期に元本が弁済されて縮小し,利息の負担が軽減することを望んでいる。また,貸金業者が借入金完済後も再び新たな貸付をし,高利の約定利率を利用者に課しながら,既発生の過払金については,せいぜい法定金利程度しか支払義務を負わないとなると,不公平となる。そして,このことは,過払金発生当時,充当すべき借入金債務が存在しているか否かには関係がない。そうすると,借主である弁済者の合理的意思として,発生した過払金については,弁済当時存在する他の借入金債務,あるいは,将来存在するに至った借入金債務に充当指定されたものと解し,民法489条及び491条を類推適用し(最高裁平成15年7月18日判決),前記アのとおり充当計算すべきである。
③ 包括的・黙示的な相殺契約
仮に,民法489条及び491条の類推適用により,過払金がその後発生した借入金債務に充当させることができないとしても,前記②の理由から,当事者間に包括的,黙示的な相殺契約が存在するといえ,前記アのとおり充当計算すべきである。
(被告の主張)
ア 過払金は,民法489条及び491条の規定により,弁済当時存在する他の借入金債務に充当されると解されるが(最高裁平成15年7月18日判決),弁済当時存在しない将来の貸付により生じた借入金債務には充当されず,個別に不当利得返還請求権として存在し,消滅時効が進行する。
以上の前提で充当計算をすると,別紙計算書2(被告の答弁書添付の別紙計算書と同じもの)のとおりとなる。
イ 前記アの根拠
最高裁平成15年7月18日判決では,同一の貸主と借主の間で,過払金が発生した場合,弁済当時存在する他の借入金債務への充当を認めたものであり,過払金発生時点で充当すべき他の借入金債務が存在していない場合の処理については何ら判示していない。そうすると,前記過払金は,最高裁昭和43年11月13日判決に従い,不当利得返還請求権として発生するに過ぎない。前記各最高裁判決及び昭和39年11月18日判決も,弁済当時存在する債務についてのみ充当の問題が起こり得る立場を堅持しており,また,将来その発生すら不確定な債務について過払金発生当時弁済充当の指定があったり,法定充当が行われると考えることはできず,民法488条,489条の文言上も弁済当時充当すべき債務が存在していることを前提としている。貸金業を営む被告としても,新たな貸付金について,既発生の過払金に充当されるのであれば,貸付を行うはずもなく,原告としても,過払金に充当するつもりで新たな貸付を受けたものでもないので,当事者の合理的意思解釈から将来の借入金債務に充当するのは妥当ではない。そのような解釈によって充当計算を認めることは,もはや不当利得とか充当といった民法解釈の枠を大きくはみ出し,司法が新たな立法を行うのと同様であり許されない。
一方,相殺には,必ず相手方に対する意思表示が必要であり(民法506条),本件の取引上,過払金と他の借入金債務との相殺の意思表示としての効果意思の表示もなかった以上,黙示の相殺(相殺契約)の意思表示も認めることはできない。また,弁済時に同種の債務が存在しなければ,弁済充当指定そのものができないのであるから(民法488条),将来の貸付に対する黙示の充当指定ということも認められない。
(2) 悪意の受益者
(原告の主張)
ア 民法704条の「悪意」とは,いわゆる過払金返還請求においては,消費者が客観的に過払状態に陥った時点で,利息制限法所定の制限利率を超える利息を徴収することを認識していたことである。
そうすると,利息制限法所定の制限利率を超える約定利率で金員を貸し付けていた被告は,原告が客観的に過払状態に陥った時点から悪意の受益者にあたり,原告が客観的に過払状態に陥った時点から,過払金について民法704条の利息を附して返還する義務がある。
イ 被告が主張する貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業法」という。)43条1項のみなし弁済が認められると思ったから善意だという主張は,請求原因に対する積極的な否認に過ぎず,みなし弁済の主張(抗弁)に対する勝手な誤信が請求原因に影響を及ぼすことはない。
(被告の主張)
ア 民法704条の「悪意」とは,法律上の原因がないことを知りながら受領したことであり,本件利息の制限超過利息部分の受領についてみなし弁済が成立しないことを知っていることである。前記事実についての主張立証責任は原告にある。
イ 被告は,貸金業登録を行っており,みなし弁済の制度を前提に業務を運営しており,貸金業法17条及び18条の要件を充たす書面を交付していた。また,被告は,最高裁平成16年2月20日判決(みなし弁済の要件を厳格に捉える厳格説を採用)以前は,最高裁平成2年1月22日判決(緩和説を採用)に従ってみなし弁済が成立していると認識し,最高裁平成16年2月20日判決以降も,同判決の要件を充たしていると認識し,最高裁平成18年1月13日判決(期限の利益喪失条項がある場合は,任意性が否定される。)が出るまで,みなし弁済が成立することを認識していた。
ウ 以上から,被告は,みなし弁済の要件である貸金業法17条及び18条の書面の要件を充たし,任意性の要件を充たすと信じていたのであるから,利息制限法所定の利率を超える利息の受領について,法律上の原因がないことを知っていたとはいえず,善意の不当利得者である。
(3) 過払金の利息の利率
(原告の主張)
被告は,金銭貸付業務等を目的とする株式会社であって,商人であるから,利得した過払金を営業のために利用して利益を上げていることは明らかである。そのため,過払金の利息の利率は商事法定利率の年6分となる。
(被告の主張)
過払金である不当利得返還請求権は,商行為に属するもの又はこれに準じるものと解することはできず(最高裁昭和55年1月24日判決),商法514条の適用はなく,過払金の利息の利率は,民事法定利率(民法404条)による年5分である。
(4) 消滅時効の有無及び相殺
(被告の主張)
ア 過払金の不当利得返還請求権は,権利を行使することができる時(民法166条),すなわち,個別の過払金発生時点を起算点として消滅時効が進行する。そうすると,過払金発生時点から10年を経過した過払金の不当利得返還請求権は,いずれも消滅時効により消滅した。
原告が過払金の発生を事実上知らなかったとしても,消滅時効の進行は,事実上の障害によって妨げられないし,権利者が権利の存在や行使の可能性を知っていることも要しないので,消滅時効は進行する。そもそも,時効制度の趣旨は,①長期の事実状態を尊重して社会秩序や法律関係の安定を図ること,②立証の困難性を救済することにもあり,権利の上に眠れる者を保護しないという要請のみで民法166条に反して時効の起算点を遅らせることはできない。
イ 被告は,平成8年10月29日以前の弁済により発生した原告の過払金返還請求権全て(過払金累計74万0948円及び過払金利息計12万7594円)について,消滅時効を援用する。
被告は,前記消滅時効援用後の過払金返還請求権76万1789円と被告の原告に対する貸付金債権169万2659円及びこれに対する利息(2万2259円)を対当額において相殺する。
以上から,被告の原告に対する貸付金債権残高は,少なくとも95万3129円となる。
(原告の主張)
ア 借主には,一般に過払金が発生した時点で過払金返還請求権を行使することを現実には期待し難く,借主が弁護士に依頼し業者との間で法律関係に介入した時点(本件では,平成18年10月2日)から消滅時効が進行する。あるいは,貸付及び弁済が継続している間は,不当利得返還請求権の存否や範囲が確定しないので,それが確定する最終取引日(本件では,平成18年8月28日)から消滅時効が進行する。
以上から,本件では,原告の過払金返還請求権は,消滅時効にかかっていない。
イ 時効援用の信義則違反
被告は,当の昔に法律上有効な債権を原告の弁済等により失っているにもかかわらず,それに気づかない原告に対して,法律上有効な金利約定であると装い,過払状態となってから15年以上に亘って利息制限法を超える利息を受領してきた。そうすると,原告が過払金返還に思い至らず,その一部が時効にかかるとしても,その原因の多くは被告の対応によってもたらされたものである。
以上から,被告が過払金返還請求権の消滅時効を援用することは信義則に反し許されない。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)(過払金の充当方法等)について
(1) 利息制限法所定の利率を超過する利息が支払われた場合,残存元本が存在する限りは,過払金は不当利得返還請求の対象となるのではなく,残存元本に当然に充当され(最高裁昭和39年11月18日判決参照),残存元本に充当していき,元本が消滅してもなお過払金が存在する場合は,不当利得返還請求の対象となる(最高裁昭和43年11月13日判決参照)。そして,同一の貸主と借主との間で基本契約に基づき継続的に貸付とその弁済が繰り返される金銭消費貸借取引においては,借主は,借入総額の減少を望み,複数の権利関係が発生するような事態が生じることは望まないのが通常と考えられるので,弁済金のうち制限超過部分を元本に充当した結果当該借入金債務が完済され,これに対する弁済の指定が無意味となる場合には,特段の事情がない限り,弁済当時存在する他の借入金債務に対する弁済を指定したものと推認され,過払金は,民法489条及び491条の規定に従って,弁済当時存在する他の借入金債務に充当される(最高裁平成15年7月18日判決参照)。
(2) そこで,同一の貸主と借主との間で基本契約に基づき継続的に貸付と弁済が繰り返される金銭消費貸借取引において,その取引継続中に発生した過払金は,弁済当時存在しない将来の貸付による借入金債務に充当されるか問題となるが,次の理由により,民法489条,491条の類推適用により,これを認めるべきである。
ア 証拠(甲2,●●●教授の鑑定意見書)によれば,前記最高裁判例によって過払金を充当によって処理する法理は,①強行法規である利息制限法に違反する過払金の存在は,公序良俗違反性が認められ,直ちにその是正が要請されること,②過払金を貸主の下に留めておくと,貸主が過払金をさらに原資として借主又は第三者へ貸し付けて利益を獲得させることを許容することになり,公平の原則ないし法的正義に著しく反することになることを実質的な根拠にしているものと解される。そうすると,前記継続的な取引において,過払金が発生した当時,充当すべき借入金債務が存在せず,後に存在するに至った場合でも,充当計算することで,利息制限法における強行法規の趣旨を徹底させ,違法状態を可能な限り早期に是正する必要性や過払金を貸主に保有させることで生じる不公平を早期に解消させる要請は十分存在しており,前記のような場合に充当を否定すべき実質的な根拠はない。
イ 借主は,できるだけ充当計算によることで借入総額の減少を望み,借主の過払金における不当利得返還請求権と貸付による貸金返還請求権という複数の権利関係が発生し,併存するような事態が生じることを望まないのが通常であり(前記最高裁平成15年7月18日判決参照),このことは,過払金発生後に新たな貸付による借入金債務が生じた場合も同様であり,過払金発生時点で充当すべき借入金債務が存在していたか否かによって違いはない。
ウ 前記継続的な取引においては,借入と弁済が相当な頻度で繰り返えされていくものであるし,貸付自体が,借主の資金需要によって,何時,あるいはどの程度の頻度で行われるかも左右され,この関係で過払金発生時点で充当すべき借入金債務が存在していたか否かについては,偶然性の事情に左右されることが否定できない。そして,前記のような事情は,利息制限法等の法令に精通し,日常的に業務として同様の取引を行っている貸金業者である貸主の方が熟知している。それにもかかわらず,偶然に充当すべき借入金債務が存在しない場合のみ充当を否定し,借主の過払金返還請求権のみ消滅時効が進行し,他方,貸主は,新たな貸付については充当を免れるばかりか,充当されない過払金を再び貸付原資として前記アのとおり利益を獲得することができるというのは,明らかに当事者間の公平に反する。また,前記のような場合,借主は,充当されない過払金について不当利得返還請求権を取得するといっても,現実には,一般人である借主が過払金発生時点で利息制限法によって過払金の計算を行い,返還請求権を行使していくというのは期待し難く,そのまま前記アのとおり貸主が過払金を保有した違法状態が継続していく可能性が高く,結果として,強行法規である利息制限法の趣旨を徹底させることができなくなる。
(3) 前記(2)の点に関しては,被告は,①前記(1)の3つの最高裁判例では,弁済当時存在する債務についてのみ充当の問題が起こり得る立場を堅持していること,②将来その発生すら不確定な債務について過払金発生当時弁済充当の指定があったり,法定充当が行われると考えることはできず,民法488条,489条の文言上も弁済当時充当すべき債務が存在していることを前提としていること,③貸金業を営む被告としても,新たな貸付金について,既発生の過払金に充当されるのであれば,貸付を行うはずもなく,原告としても,過払金に充当するつもりで新たな貸付を受けたものでもないので,当事者の合理的意思解釈から将来の借入金債務に充当するのは妥当でないこと,④解釈によって充当計算を認めることは,もはや不当利得とか充当といった民法解釈の枠を大きくはみ出し,司法が新たな立法を行うのと同様であり許されないことを主張している。
しかしながら,前記最高裁平成15年7月18日判決では,弁済当時存在する他の借入金債務に充当されることを判示しているものの,弁済当時存在しない借入金債務に充当することを否定している趣旨と限定的に解釈することはできず,少なくとも,この点は判断されていないと解される。また,充当計算が許容されるのは,基本契約によって継続的に同様の貸付と弁済が繰り返される取引に限定されているため,前記継続的取引において,同様の貸付が将来も繰り返されていくことは当事者間で予測されているといえ,将来の発生が不確定である債務を対象としていたり,指定をすることが借主の合理的意思に反するとか,貸主にとって予想外であるということもできない。確かに民法488条1項は,数個の債務を負担する場合における債務者の充当指定を規定しているものの,前記(1)及び(2)のとおり,過払金を充当によって処理する法理は,民法488条等の弁済充当を規定する民法の任意規定に優先する強行法規である利息制限法の趣旨の徹底という面から導かれ,その他,具体的な適用場面に限定した当事者間の公平や合理的意思を基礎とする理論であるので,民法の文言のみによって限定していくことは相当ではなく,少なくとも類推適用の余地はある。また,前記(2)のような充当理論の必要性や要請により,適用場面が極めて限定された中で,継続的な取引上で同様に発生すべき将来の借入金債務への充当を認めることが,民法解釈の枠を大きくはみ出し,司法が新たな立法を行うのと同様であるなどとはいえない。さらに,現実の取引の場面では,貸付の際に,既発生の過払金を充当した上で貸付を行ったり,借入を行ってはいないことは当然であるが,このことは,過払金発生時点で充当されるべき借入金債務が存在している場合も同様であり,将来の貸付による借入金債務の充当を否定する根拠にはならず,しかも,問題とすべき当事者(特に借主)の合理的意思とは,前記(2)イのとおり,過払金発生を借主が認識していることを前提に,その処理をどのように望むかを合理的に推認した意思を問題としているので,過払金自体認識していない状況での現実の意思を前提とする被告の前記主張は採用できない。
(4) 一方,過払金発生時点で充当されるべき借入金債務が存在していない場合,弁済の時点で,存在しない債務の充当を指定することができるのか,仮に指定したとしても有効とはいえないのではないか,弁済時点でいったん発生した不当利得返還請求権について,その後不当利得返還請求権を有する者が,新規に別個の債務を負担したからといって,既発生の不当利得返還債務と新規債務が充当処理される法的根拠があるのか,次の貸付による借入金債務の発生との間が長期間開いた場合,そのような長期間の後に生じた債務に充当することについて,借主の合理的意思が認められるのかという点も問題となる。
確かに,民法488条,489条,491条の条文上は,弁済時点で充当すべき債務が存在していることを前提としており,民法488条1項の債務者の充当指定も,弁済の前あるいは弁済の後の指定はできないと解されている。
しかしながら,前述のとおり,将来発生する借入金債務といっても,貸付金額等の多少の変動はあるものの,基本契約によって限定され,同様の継続的な取引から生じる同種の債務であり,当事者双方が当然予測し,将来的も発生の蓋然性が高い合理的に推測可能な債務であるので,漠然と予測不可能な債務への充当を指定するのとは全く異なる。それにもかかわらず,過払金発生時点で偶然に充当すべき債務がないという点のみを捉えて,充当を否定すると,前記(2)アないしウの理由に照らして不当な結果となる。また,充当しなくとも,借主は,個別の過払金について不当利得返還請求権を有し,将来の借入金債務と相殺が可能であるといっても,前述のとおり,一般の借主がこれを行使することは期待できず,前記(2)ウのとおり当事者間の実質的な不公平が生じる。さらに,本件のような継続取引について,充当計算を行う場面では,継続的な取引が終了した後,過去の取引経過全体をみて,利息制限法に引き直して行う,いわば精算的な計算上の処理に過ぎないもので,前記(2)アないしウの充当すべき要請を排除してまで,指定行為自体の有効性に拘泥することは本末転倒となると考えられる。また,過払金発生時点と貸付による借入金債務の発生との間が長期間開いた場合であっても,当該貸付が基本契約に包括された継続的な取引の一環であると認められる限り,充当を認めるべきである。前記継続的な取引では,貸付自体が,借主の資金需要によって,何時,あるいはどの程度の頻度で行われるかが左右され,これを前提に基本契約が締結されて取引が継続しているものといえ,借主の資金需要で偶然に期間が開いた場合に充当を否定することは,前記継続取引の性質にも反するし,前記(2)アないしウの充当を要請する趣旨にも反するからである。
以上から,法律構成としては,少なくとも民法489条,491条の類推適用により,将来の貸付による借入金債務への充当を認めるべきである。
(5) なお,仮に,民法の前記条文規定から,弁済の時点で存在しない債務の充当を指定することができないと解しても,当事者間で充当指定の合意を行うことは契約自由の原則から許容されるので,前記継続的な取引から生じる将来の貸付による借入金債務への債務者の充当指定についても,債務者である借主の弁済時点あるいは将来の貸付が行われた時点で充当指定が行われ,これについて,少なくとも債権者である貸主の同意があれば有効と解される。そして,前記(2)イの理由から,借主は,継続的な取引上で過払金が発生した場合,その時点で充当すべき借入金債務が存在しなくとも,将来存在するに至った場合は,それに充当することを望んでいると解され,弁済時点あるいは弁済後に新たな貸付が行われた時点でも,一貫して,そのような意思を有して弁済充当の指定を行っていると推認できる。一方,前記(2)アないしウの理由,特に,貸主は,継続的な取引の途中で過払金が発生することを承知の上で,利息制限法に違反した利息を受領している上,将来の借入金債務への充当を否定すると,貸主が過払金を保有し続けることで利息制限法に違反した違法状態が継続し,借主は,充当による借入元本も減少せず,貸主は保有している過払金を再度利益獲得の原資として利用することで,当事者間の不公平が促進される結果となるので,貸主の側から,前記の各時期における借主の充当指定について,いずれの時期においても同意を拒否することは,信義則に反し許されないと解される。そうすると,弁済による過払金発生時点で充当すべき借入金債務が存在しなくとも,弁済時あるいは将来貸付が行われた時点(この時点では,具体的な充当すべき借入金債務が発生している。)で,貸主の同意があったことを前提に,借主が有効に充当の指定を行っていると解することが可能であり,この点からも,前記充当指定が有効であると解すべきである。
2 争点(2)(悪意の受益者)について
被告は,民法704条の「悪意」とは,法律上の原因がないことを知りながら受領したことであり,本件利息の制限超過利息部分の受領についてみなし弁済が成立しないことを知っていることであるとして,同事実についての主張立証責任は原告にある旨主張している。
そこで,この点を検討するに,民法704条の悪意とは,利得が法律上の原因に基づかないことの認識であり,同事実については,不当利得返還を請求する損失者(原告)に主張立証責任が認められる。そして,貸金業法43条のみなし弁済が認められれば,この範囲で利息制限法所定の利率を超えた利息の支払いも有効な弁済とみなされるので,みなし弁済成立に関する事実に関する認識も,法律上の原因に基づかないことの認識であるとはいえる。
一方,みなし弁済の主張は,利息制限法の制限利率を超過した利息の返還請求において,請求原因事実と両立し,その要件事実が認められることにより生じる法律効果を阻害する抗弁であると認められる。
そうすると,みなし弁済が成立しないことを被告が認識していた事実まで原告側に要求し,みなし弁済が成立する余地があると認識していたから,悪意ではなく,善意であるという被告の主張をそのまま是認すると,返還請求を行う原告側で,悪意を主張立証するについて,被告が利息制限法の制限利率を超えて利息を受領していた事実のみならず,被告がみなし弁済の余地があると認識もしていなかった事実まで主張立証責任を負うこととなり,本来みなし弁済の要件事実については,抗弁として被告が主張立証責任を負担すべきという主張立証責任の構造に照らして,不当な結論となるといえる。
また,みなし弁済の余地があったと認識していた旨の主張は,およそ,貸金業法43条の要件を全く充たしていなくとも,いくらでも主張自体できるのであり,逆に,原告側で,みなし弁済の余地があったと認識もしていなかったという立証については,困難といわざるを得ない。
そして,前記のような前提において,本来利息制限法を承知の上で,これに違反して取引を行い,客観的にはみなし弁済の要件も充たしていない(すなわち,みなし弁済の抗弁も認められない。)状況において,原告側で,みなし弁済の余地があったと被告が認識もしていなかったという事実について主張立証できなければ,善意の不当利得者として被告が保護されるというのでは,当事者の公平に反するばかりか,民法704条の趣旨(後で利得返還の請求を受けることを知って利得する者は,善意の受益者の範囲よりも加重し,不法行為の場合と近似する効果を認めた。),あるいは利息制限法の趣旨の徹底という観点にも反するといえる。
以上の点を考慮すると,民法704条の利得が法律上の原因に基づかないことの認識の対象となる事実については,利息制限法の制限利率を超える利息を受領するということの認識である(みなし弁済の余地があったと認識していたかどうかは無関係)と限定して解するのが相当である。また,前記のように限定して解さなくとも,少なくとも原告側で,被告が利息制限法の制限利率を超える利息を受領するということの認識を有していたことを主張立証すれば,被告側でみなし弁済の要件を充たしていたことを認識していた事実に関して,合理的な主張立証をしない限り,民法704条の悪意の受益者であると推認されると解すべきである。
本件では,前記前提事実及び証拠(甲1)から,前記継続的な取引において,被告が利息制限法の制限利率を超える利息を受領するということの認識があったことは明らかである。また,前記第2・3(2)(被告の主張)のとおり,被告は,みなし弁済の要件である貸金業法17条及び18条の書面の要件を充たし,任意性の要件を充たすと信じていた旨の主張を行っているものの,少なくとも,同主張を裏付ける立証はないので民法704条の悪意の受益者と認めるのが相当である。
3 争点(3)(過払金の利息の利率)について
不当利得返還請求権は,法律の規定によって発生する債権であるので,民法所定の利率である年5分の利息が認められるものと解する。
この点,利得者が商人であり,利得物を営業のために利用して収益を上げていると解される場合は,実質的には,利得者には,商事法定利率の年6分の割合による運用益が生じていたものと考えられるので,このような場合には,商法514条の類推適用により,例外的に年6分の利率による利息を認める余地もあると解される。
しかしながら,商法514条の適用又は類推適用されるべき債権は,商行為によって生じたもの又はこれに準ずるものでなければならないところ,過払金についての不当利得返還請求権は,高利を制限して借主を保護する目的で設けられた利息制限法の規定によって発生する債権であって,営利性を考慮すべき債権ではないので,商行為によって生じたもの又はこれに準ずるものと解することはできず,悪意の受益者に附すべき民法704条所定の利息の利率は,年5分と解するのが相当であり(最高裁平成19年2月13日判決参照),これと異なる原告の年6分の利率の主張は採用できない。
4 争点(4)(消滅時効の有無及び相殺)について
前記前提事実及び証拠(甲1,32)によれば,①原告は,記憶では,取引開始を昭和61年ころからと陳述書で述べており,遅くとも昭和63年(1988年)11月28日ころまでに,前記アイク株式会社との間で,継続的に金員を借入れて弁済する旨の包括基本契約を締結し,その後,別紙計算書1のとおり,借入と弁済を繰り返し,平成18年8月28日まで取引を継続していたこと,②被告は,平成15年1月,前記アイク株式会社を吸収合併し,原告と前記アイク株式会社との権利義務を承継していることが認められる。そうすると,原告と被告との前記継続取引は,基本契約に基づき継続的に貸付と弁済が繰り返されていく一連の取引であると認められる。
ところで,消滅時効は,権利を行使することができる時から進行し(民法166条1項),これは法律上の障害がないことをいい,事実上の障害(債権者の病気,不在その他の個人的な事情)は含まれないものの,事実上の障害であっても,権利を行使することが現実には期待し難い特段の事情がある場合は,その権利行使が現実に期待することができるようになった時以降において消滅時効が進行すると解すべきである(最高裁昭和45年7月15日判決参照)。
そして,過払金である不当利得返還請求権は,法律上の規定によって生じる期限の定めのない債権であるから,その発生と同時に消滅時効が進行すると解されるものの,本件のように,基本契約により継続的に貸付と弁済が繰り返されていく一連の取引においては,もともと充当計算によって過払金の発生及び消滅が繰り返されて変動していく性質の取引であり,当事者もこれを前提に取引を継続させているもので,また,取引の途中において個別に過払金が発生したとしても,利息制限法を十分理解していない一般の借主がその時点で充当計算を行って返還請求を行使するということは,現実には期待できず,このような状況の中で,権利行使をしなかったことが権利の上に眠れる者であると評価することもできない。
そうすると,前記継続的な取引が終了し,借主の権利行使が現実に期待することができるようになった時点,すなわち,最終取引日(本件では,平成18年8月28日)から消滅時効が進行すると解するのが相当である。
以上から,本件では,その余の当事者の主張を判断するまでもなく,消滅時効が完成しているとはいなえない。
5 取引の冒頭における計算について
本件の取引に関しては,被告から提出された取引履歴(甲1)においては,昭和63年(1988年)11月28日において,借入残高を18万1592円とし,原告が1万円を弁済した取引から開示されており,途中の取引からの開示であることは明らかである。そうすると,その時点で残額が存在している可能性がある反面,過払金が生じている可能性もあるところ,証拠(甲32)によれば,原告は,前記アイク株式会社と取引を開始したのが,昭和61年ころと記憶しており,事実であれば,昭和63年11月28日までに既に過払金が発生していた可能性も高い。
そして,本来,貸金業者である被告は,完全な取引履歴を開示すべき信義則上の義務を負っていること(最高裁平成17年7月19日判決参照),法律的知識及び取引経過の資料に関する保管能力において優越している被告側が,貸付額を含めた残額の存在について主張立証責任を負うと解すべきであることから,取引経過に鑑み,利息制限法による充当計算を行っても残額が存在していることが明らかな場合等特段の事情がない限り,冒頭において,残額が存在しない(いわゆるゼロスタート)として計算することも許容されると解する(なお,本件では,被告側の計算である別紙計算書2においても,冒頭の残額が存在しないことを前提に計算しており,争いはないものと認められる。)。
6 以上の次第であるので,原告の請求は,過払金の利息の利率を年5分とする限度で理由があるため,別紙計算書1を年5分として計算すると,別紙計算書3のとおりとなり,過払金元金が200万3780円(なお,貸付残金が残っていないため,被告の相殺の主張は理由がない。),平成18年11月13日までの過払金の利息が2万7521円(総額203万1301円)となり,203万1301円及び内200万3780円に対する平成18年11月14日から支払済みまで年5分の割合による金員(悪意の受益者に対する利息)を請求する限度で理由がある。
以上から,主文のとおり判決する。
(裁判官 中嶋功)
<以下省略>