松山地方裁判所西条支部 平成21年(モ)15号 決定 2009年7月13日
愛媛県新居浜市●●●
申立人(基本事件本訴原告及び反訴被告)
●●●
上記代理人弁護士
菅陽一
東京都港区●●●
相手方(基本事件本訴被告及び反訴原告)
新生フィナンシャル株式会社
(旧商号GEコンシューマー・ファイナンス株式会社)
上記代表者代表取締役
●●●
上記代理人弁護士
●●●
同
●●●
"
主文
相手方は,別紙文書目録記載の文書を提出せよ。
理由
第1事案の概要
基本事件(本訴)は,申立人が,相手方との間で,昭和54年4月24日以降,継続的に金員の借入返済を繰り返し,これを利息制限法所定の制限利率に引き直して計算すると過払いが発生するとして,相手方に対し,過払金の返還と利息の支払等を求めた事案であるが,相手方が,平成5年10月12日以降の取引履歴しか開示しなかったため,それ以前の取引履歴について,民事訴訟法220条3号に基づき(仮に,同法3号に該当しないとしても,同法4号イないしホのいずれにも該当しないとして),別紙文書目録記載の文書(以下「本件文書」という。)について文書提出命令を申し立てた。
1 申立人の主張
別紙文書提出命令申立書記載のとおり。
2 相手方の主張
別紙取引履歴の廃棄の経緯(相手方を被告と表記)記載のとおり。
第2当裁判所の判断
1 証拠(甲1ないし5,乙1ないし5)及び弁論の全趣旨によれば,申立人は,昭和54年4月24日,相手方との間で消費貸借契約を締結し,20万円の融資を受けたこと,これ以後,相手方との間で返済と借入を繰り返していたこと,相手方は本件文書を所持していたことが認められる。そして,本件文書は,申立人と相手方との間の消費貸借契約という法律関係について作成された文書(民事訴訟法220条3号)にあたるから,相手方は,本件文書を提出する義務がある。
2 相手方は,別紙取引履歴の廃棄の経緯(相手方を被告と表記)記載のとおり,本件文書は存在しないと主張する。その内容は,要するに,10年を経過した取引履歴を消去する方針の下,平成15年1月から同年10月まで間,10年を経過した顧客との取引履歴を消去し,その結果,平成5年9月以前の取引履歴は存在しないというものである。そして,証拠(甲15の1ないし11,甲31の1ないし10,乙6,7,8の1ないし10,乙9の1ないし11及び乙10)によれば,相手方は,平成15年1月14日,株式会社ワンビシアーカイブズ(以下「ワンビシ」という。)との間でデータデリート処理業務委託契約を締結し,同年1月から同年10月にかけて,相手方がカセットテープ等の形で管理保存する取引履歴の廃棄処分を依頼し,ワンビシが廃棄処分を行ったことが認められる。
ところで,相手方は,自己が管理する取引履歴に関する情報には,①顧客が相手方とオンラインで取引を行った際のログ情報のうち,入出金の取引データ等の更新系のデータ(以下「ULF」という。),②毎月末に作成される顧客の残高状態を示すもの(以下「残高マスター」という。),③一年単位で管理される顧客の取引履歴情報(以下「履歴マスター」という。)があり,ULFと残高マスターについては,それぞれ2本のカセットテープを作成して,1本を管理委託先であった倉庫業者に引き渡し,もう1本を相手方のデータセンター(以下「LIセンター」という。)で保管し,履歴マスターについては1本のカセットテープを作成してLIセンターで保管していたが,倉庫業者保管分は,同業者をして物理的に粉砕してすべて消去し,LIセンターで保管した分は,磁気情報を消去した上物理的に粉砕するかまたは上書きすることにより消去したと主張する。上記ワンビシに依頼した廃棄処分は,相手方のLIセンターに保管されていたカセットテープの分と考えられるが,一件記録によっても,相手方が倉庫業者に引き渡したカセットテープについては,これを粉砕して消去したことをうかがわせる資料はない。
また,相手方は,ULF及び残高マスターについては,カセットテープのほかに,LIセンター内に保管されている「VSM」という大容量のハードディスクにもいったん保存されるが,13か月を経過すると順次自動的に消去されるようにプログラムされていたと主張する。しかし,一件記録によっても,上記プログラムの内容や開発者等は明らかではなく,上記主張を裏付ける客観的な資料はない。
してみると,ワンビシにカセットテープの廃棄を依頼したというだけでは,本件文書が存在しないとはいえず,上記相手方の主張を認めることはできない。
3 よって,本件申立ては理由があるのでこれを認容し,主文のとおり決定する。
(裁判官 末吉幹和)
別紙
文書目録
申立人●●●について,相手方●●●が作成した業務に関する商業帳簿(貸金業法19条で作成・備置が義務づけられている債務者ごとの帳簿)又はこれに代わる同法施行規則16条第3項・17条第2項(平成17年3月内閣令20号による改正前のもの)に定める書面の中,相手方●●●と申立人●●●との間の継続的消費貸借の契約時である昭和54年4月24日から平成5年10月12日より前の期間内における,金銭消費貸借取引に関する事項(貸付年月日・貸付金額及び返済年月日・返済金額)が記載された部分の全部(電磁的記録を含む)。
別紙
文書提出命令申立書
1. 文書の表示及び趣旨
別紙文書目録記載のとおり。
2. 文書の所持者●●●相手方●●●
3. 証明すべき事実
申立人●●●と相手方●●●との間における金銭消費貸借契約の内容及びその返済状況,ならびに申立人●●●が,相手方●●●との間で,借入と返済を繰り返し,その取引を利息制限法所定の制限利率に引き直して計算すると,相手方●●●に対して少なくとも合計金合計401万2078円の過払いをしていること。
4. 文書の提出義務の原因
(1) 別紙文書目録記載の文書は,申立人●●●と相手方●●●の金銭貸付及び返済の事実を後日明確にするために貸金業法(旧貸金業規制法)19条で,相手方に作成義務を課した文書であり,民事訴訟第220条第3号の法律関係文書(申立人●●●・相手方●●●間の消費貸借(挙証者と文書の所持者との間の法律関係)に関し作成されたもの)に該当する。
(2) 仮に,法律関係文書に該当しないとしても,別紙文書目録記載の文書は,民事訴訟法第220条4項イないしホに規定する例外事由のいずれにも該当しない(顧客元帳は,監督官庁の立入調査の対象となるものであり,貸金業者が顧客に対して信義則上開示義務を負う(最高裁平成17年7月19日判決)ものであるから「自己使用文書」にも該当しない。)。
5. 文書の開示請求の経過
(1) 申立人●●●は,相手方●●●に対して,平成20年12月12日の提訴以前から,その全取引履歴を出すよう催告していたが,相手方●●●から,平成5年10月12日を初回とする取引履歴(本訴の甲第5号証)の開示を受けたのみで,契約日である昭和54年4月24日から平成5年10月12日より前の取引履歴は,開示されなかった。
(2) 平成20年12月12日,申立人●●●は,相手方●●●に対して,本訴を提起した。しかし,相手方は,その訴訟の中でも,平成5年9月以前の取引履歴を廃棄しているから,これを開示することができないと頑強に主張している。
(3) そこで,本申立に及んだ次第である。
以上
別紙
取引履歴の廃棄の経緯
第1 前提
被告は、以下に述べる経緯により、被告は、平成15年1月から同年10月までの間、10年を経過した取引履歴を消去する方針をとっていたため、平成5年9月以前の取引履歴については、被告は所持しておらず、その開示は事実上不可能である。
第2 取引履歴の消去に至る経緯
1 取引履歴の消去の必要性
被告は、従前顧客からの取引履歴の開示要求があった場合、事務上の制約はあるもののできる限り速やかに応じる措置を採ってきた。しかしながら、データによる保管とはいえ、データは手作業で出してくるために、担当者による開示の手続には相当の人的物的負担を伴う。また、何らかの形で顧客情報が流出することは昨今どのような会社でもあり得ることであり、不必要に大量な情報の保有は、時に顧客にとっても好ましくない結果を引き起こす可能性もあり、この点は個人情報保護法の制定により、より具体的な問題となると思われた。更に、比較的短期の金融商品を顧客に提供している消費者金融業界において、古い取引に関する長期間を経過した詳細な支払履歴は、被告の業務の遂行にとって必ずしも重要ではなかった。
そこで被告は、平成14年春頃から、取引履歴の保管期間を明らかにすることにより一定の運用規則を設ける必要を感じ、その策定作業に取り掛かった。
2 取引履歴の保存義務
被告は、適用ある貸金業法、商法および税法等、関連する法令上の保存義務について検討を行った結果、最長の保存義務を定めるものは、商法第36条第1項に定める商業帳簿の保存義務の10年間であり、社内の規定としてはかかる10年間を一定の目処を定める期間として設定することが合理的であるという結論に至った。後述のとおり、被告としては、貸金業規制法第19条に定める帳簿(その営業所又は事務所ごとに、債務者ごとに貸付契約にかかる受領金額その他一定の事項を記載した帳簿)は、商業帳簿に該当せず、当然には商法第36条1項によって保存が義務付けられる訳ではないと理解しているが、保存期間のもっとも長い商業帳簿であっても作成より10年間なのであるから、10年間を基準とすることが最も相当であると判断したのである。
平成12年6月1日から、平成12年5月11日付「貸金業の規制等に関する法律施行規則の一部を改正する政令」の施行により、貸金業法施行規則第16条1項3号の「過去3年間のものに限る」という規定が削除され、取引履歴の保存期間が伸長される結果となっている。しかし、被告は、この規定によったとしても、過去10年間の取引履歴を保管すれば、業法上問題となることはないと考えていた。すなわち、被告は、顧客とのすべての取引において、いわゆるリボルビング契約(限度額貸付を定める包括ローン契約)方式を採用しているところ、かかるリボルビング契約に基づき顧客が借入行為を行うことにより発生する個々の金銭消費貸借契約は、その多くが、最大60回の分割払いとなるため(顧客は最大60回までの分割払いを選択できる)、基本的には、5年間で最終返済日を迎える。したがって、個々の金銭消費貸借契約における原則的に一番長い返済日である5年後に法律上の要請である3年を加えれば、計算上消費貸借契約締結日から遅くとも8年間経過時に、同法第19条及び同規則第17条の要件である「最終の返済期日」「から少なくとも三年間保存」することとの要件を満たすと理解していた。すなわち、貸金業法は、(他の条文の書き振りを見れば分かるとおり)、あくまで、個々の消費貸借契約を規制の対象として考えているのであって、消費貸借契約自体ではなく、単に将来発生する消費貸借契約につき被告の融資義務を定めたに過ぎないリボルビング契約(別の表現として「コミットメント契約」とも呼ばれる。)の始期・終期を問題とする必要は無いものと考えていた。
これは同法第17条の書きぶりと第18条の書きぶりを比較すればわかりやすい。同法第17条においては「貸付に係る契約」との表現が用いられているのに対し、同法第18条では「貸付の契約」とされている。この2つは、理由無く言い換えられているのではなく、法文において区別されて使われているのである。つまり「貸付に係る契約」は、「貸付の契約」すなわち個々の消費貸借契約だけでなく、それに「係る」契約を含んでいるのである。現に同法17条は、リボルビング契約をも規律している。これに対し、同法18条で規律する受取証書にはリボルビング契約を含まない。なぜなら、リボルビング契約では金銭の貸付は行われず、それに基く個別の消費貸借契約があってはじめて貸付が行われるからである。それで同法18条には「貸付の契約」と規定され、「係る」が取り除かれているのである。
この解釈が正しいことは、図らずも平成18年12月13日に成立した貸金業法改正法案によって裏付けられた。つまり、改正法案はリボルビング契約ないしコミットメント契約を表現するのに、「極度方式基本契約」という概念を定義した(改正後の貸金業法第2条第1項第7号)。そして改正後の同法第17条第1項では「貸付けに係る契約(極度方式基本契約を除く)」とされている。「貸付けに係る契約」にはリボルビング契約が包含されることを認めた上で、これを改正後の第17条第1項から除外し、第17条第6項(新設)で扱うことにしたのである。当然、第18条は「貸付けの契約」のまま改められない。「貸付けの契約」には、リボルビング契約は含まれず、当然、含まれないものを除外する必要もないからである。
繰り返しになるが、現行貸金業法第19条及び同施行規則第17条においては、「貸付けの契約」と記載され、「貸付けに係る契約」との記載はない。よって同法第19条及び同法同規則第17条で取り扱っているのは、リボルビング契約ではなくそれに基く個別の貸付契約であることは自明である。つまり、同法同規則第17条は、保存すべき「契約」とは、「貸付けの契約」、つまり消費貸借契約であり、かつ、「当該契約」に「最終の返済日が定め」られていないといけないものであるから、これをリボルビング契約であると考える弁護士は、社内にも社外にもいなかったのである。また、被告の調べた限り、この当時、かかる法第19条および同規則第17条に関するかかる解釈を明確に否定する裁判例、通達、行政指導等はなかった。さらに、実際上も、「最終の返済期日」は、リボルビング契約が更新、更改されて継続した場合は到来するものではなく、当該リボルビング契約及びその更新、更改により成立した個別の金銭消費貸借契約の終了まで到来しないとしたならば、個々の取引に係る取引履歴の保存義務は、リボルビング契約をあえて解約しないかぎり、事実上半永久的なものとなり、(実際には、リボルビング契約を顧客からも、また被告からも解約することはほとんどなく、自動的に更新されるという事実を勘案するならば)、かかる解釈は貸金業者に対して不合理に重い保管責任を負わせるものであって、現実的ではないと理解していた(かように、半永久的に保存義務が残るのであれば、最短3年と定めた法の趣旨と合致しないと解される)。法理論上も、本関連条項のように、違反した場合に不利益処分がありうるものについては、罪刑法定主義の観点から厳格な限定解釈がなされるべきであり、安易にリボルビング契約と個々の消費貸借契約を一緒にして、一個の貸付契約とみる理論を当てはめて貸金業者に重い責任を課すことは妥当とは思われなかった。そこで、被告としては、取引履歴の保持期間を10年間と定めることは適用ある法令上、また業務の遂行上も問題ないものと判断するに至った。
なお、債務者の取引履歴は、商法第33条第1項第2号の「取引その他営業上の財産に影響を及ぼすべき事項」を記載した帳簿、即ち商業帳簿としての会計帳簿に該当するとし、商法第35条の開示命令の手続を経ることにより、貸金業者は取引履歴を保存する義務を負っていると主張するものもいる。実際にも札幌簡易裁判所平成10年12月4日判決(判例タイムズ1039号267頁)は、貸金業法第19条の帳簿が商法第32条に定める商業(会計)帳簿に該当すると判示している。
しかし、会計帳簿とは、複式書式による日記帳、仕訳帳、総勘定元帳を指す。そして、日記帳とは日々の取引を発生順に網羅的に記載したもの、仕訳帳とは日記帳の記載・記録を貸方・借方に分けて複式記帳をしたものをいい、また総勘定元帳とは仕訳帳に基づいて資産・負債・資本・費用・収益の各勘定口座別に記載・記録したものをいうところ(有斐閣双書 商法総則・商行為法 商法講義(1)再版77頁参照)、貸金業第19条にいう帳簿は、債務者ごとの契約についての事項を記載したものであり、上記の日記帳、仕訳帳又は総勘定元帳のいずれにも該当しない。
また、被告のように株式会社において貸金業を営む者も「商人」(商法第4条)であり、商法第32条にいう商業帳簿を作成しこれを保存する義務を負っている。貸金業者の大部分が商人であるにもかかわらず、敢えて貸金業法施行規則第17条が、貸金業法第19条において、10年よりも短い、帳簿の3年間の保存義務を規定したのは、両者を峻別しているからに他ならない。
従って、貸金業法第19条の「帳簿」は商法第32条にいう「商業帳簿」には該当しない。よって、取引履歴に関して、商業帳簿としての保存義務は認められない。
3 貸金業規制法第19条の解釈に関する近畿財務局の回答
以上のような慎重な検討のもと、被告は社内における運用規則において、取引履歴の保持期間を10年間と定めた。そして、念のため、かかる解釈が貸金業法の規制に反しないかどうかを確認すべく、被告は、平成14年12月、被告の具体的所轄官庁である近畿財務局へ赴いてその妥当性についての相談をしている。
なお、かかる相談については、同種の過払金返還請求事件において近畿財務局に対して民事訴訟法第186条に基づく調査嘱託がされたことがあり、その調査及び回答からも、被告が慎重に検討を行い、その結果を財務局に確認しようとしていたことが分かる。かかる調査嘱託における調査の結果及び回答は以下のとおりであった。
① 「被告から、取引履歴を10年で順次廃棄する旨報告を受けたことがあるか。あるとすれば、いつ、どのような報告であったか。文書があれば、その写しを交付されたい。」
(当局の回答)
平成14年12月にGEコンシューマークレジット(有)(以下、「当社」という)から「取引履歴の保管期間の社内規定がなく、調査の結果、商法の商業帳簿の保有などの最長が10年間であることから、平成15年1月から取引履歴のテープによる保管期間を最長10年と定め、10年を経過したものは消去していく。」という説明が口頭であった。
② 「被告に対し、取引履歴を10年で順次廃棄することにつき了解をしたことがあるか。あるとすれば、いつ、どのような形で了解されたのか。文書があれば、その写しを交付されたい。」
(当局の回答)
上記①の回答のとおり、当社からの口頭説明に対し、貸金業の規制等に関する法律に基づく同法施行規則第17条第1項に基づき、同法第19条の帳簿である取引履歴を完済後から少なくとも3年間の保存義務は尊重するよう指導を行ったが、貸金業の規制等に関する法律以外の他の法律に基づく社内取扱いに関することは、当局が了解等をする立場にないことから、了解したという事実はない。
上記の①からも明らかなとおり、被告は実際に具体的所轄官庁であるところの近畿財務局に確認をお願いしたうえで、前記3でのような回答を得ている。確かに当時の近畿財務局の担当者は、かかる取扱いを積極的に了解していないものの、少なくともこれが貸金業法上問題となる可能性がある等の指摘もしていない。所轄官庁は、このような種類の質問に対し、直接的に肯定する回答をすることはむしろ稀である。ただし、所轄官庁が、質問内容およびその前提となる事実につき説明を受けたうえで、何も懸念を示さなかったということは、消極的ではあるものの、肯定的に受け止めてよい、と考えるのが金融行政の慣行である(かように規制当局は「逃げ」を打った上での回答を下すことが多い)。無論、かかる所轄官庁のコメントは法的拘束力はまったくないものの、現実にはこのようなやり取りを前提に実務が進んでいくのも事実である。現在制度化されている「ノン・アクション・レター」も、同じように消極的な肯定方法を制度に昇華したものとも考えうる。監督官庁に出向いてまで確認している点について、被告が所轄官庁の見解(消極的ではあるものの)に反して業務を遂行するようなことはあり得ない。このことも、被告が取引履歴の消去を開始するに際して、充分な検討を行った証左である。
4 取引履歴の消去の運用の開始
そして、被告は、前記の被告自身による検討結果も踏まえた上で、かかる保持期間に関する運用規則の導入をすることを決定した。
かかる取引履歴の消去の運用は、平成15年1月1日から開始された。これにより、平成15年1月に、一気に10年以前の履歴を消去するとともに、それ以降は、各取引履歴が10年を経過するとともに、10年前の該当月の履歴毎にこれを消去することとした。
具体的には、日々発生する取引履歴に関する情報のうち、被告が長期間の保存が可能なカセットテープ等の形で管理・保存している取引履歴に関する情報は、①顧客が被告とオンラインで取引を行った際のログ情報のうち、入出金の取引データなどの更新系のデータ(以下、「ULF」という。ULFとは、「ユーザー・ロギイング・ファイル」の略称である)、②毎月末に作成される、当月10日、20日および末日時点での顧客の残高状態を示すもの(つまり最新の3つの履歴のみを示すデータである)(以下、「残高マスター」という)、ならびに③一年単位で管理される顧客の取引履歴情報(以下、「履歴マスター」という)、の3種類が存する。このうち、ULFと残高マスターは、災害時のバック・アップのためにそれぞれ2本のカセット・テープが作成され、そのうち1本は、毎月末に、管理委託先であった倉庫業者に引き渡されて保管され、1本は被告会社のデータセンター(大阪)(以下、「LIセンター」という)に保管されていた。他方、「履歴マスター」のカセットテープは、1本のみ作成され、LIセンターにて保管されていた。このうち、平成5年(1993年)9月以前のULFおよび残高マスターのカセットテープは、管理委託先であった倉庫業者による保管分は、同業者をして物理的に粉砕せしめる方法ですべて消去を行った。次に、LIセンターで保管してあった、ULF,残高マスターおよび履歴マスターが記録されている各カセットテープについては、「イレイザー」という機械により磁気情報を消去したうえで物理的に粉砕するかまたは上書きすることにより、LIセンターにて消去作業を行ったのである。なお、ULFおよび残高マスターについては、カセットテープのほかに、LIセンター内に保管されている「VSM」という大容量のハード・ディスクにも一旦保存されるが、それは常に13ヶ月経過すると順次自動的に消去されるようにプログラムされているので、上記の10年経過による消去の問題は生じなかった。他方、履歴マスターについても、カセット・テープのほかに上記のVSMにもシステム上保存されていたが、いずれもカセット・テープを処理したのと同時に、上書きの方法により、該当データすべてを消去した。
5 運用の停止
ところが、被告がかかる運用を開始してから約10ヶ月が経過した平成15年10月頃、被告の社内弁護士は、別件に関する会議において、金融庁担当官の「貸金業法施行規則第17条に定める「最終の返済日(または債権の消滅した日)」とは個々の消費貸借の「完済日」では足りず、「各個別契約に関する包括契約自体の終了日」を意味し、リボルビングの契約においては半永久的に期間は終了しない」との見解を聞くに至った。金融行政においては、法律の具体的に運用については、金融庁は何ら具体的な指導を行うことはまず無い。本件のような、具体的な運用については、金融庁のいわば出先機関である財務局に照会の上、指導を貰うことが慣例となっており、かかる指導を行う上で何か疑義があれば、財務局が金融庁に伺いを立てることになっている。被告としては、前述のとおり、近畿財務局より、前記3の回答をいただいていた。しかも、金融庁の解釈は、実際上も、かかる見解は非現実的であるばかりか貸金業者に極めて過剰な負担を負わせるものであり到底容認できないものであった。しかしながら、貸金業法上、近畿財務局の上位監督官庁たる金融庁(貸金業法第45条参照)の担当官がかかる認識を有している以上、従来の解釈を再度検討しなおす必要性がでてきたため、直ちに上述の10年消去の運用の変更を検討する必要があるものと判断した。そのため、被告は、急遽、平成15年10月、同年1月1日から続けてきた取引履歴の消去の運用を一時停止し、被告は今後の方針について顧問弁護士との間で協議を行った。
その結果、被告としては、たとえ財務局と金融庁の間に見解の相違があったとしても、金融庁の担当官の判断である以上これを尊重し、やむを得ずかかる見解に従った運用をすべきであるとの結論に至った。被告は、財務局において登録を受けた貸金業者であり、金融庁等の監督官庁の監視のもとで業務を行っている。そして、監督官庁の見解も含め、必要な法律等の規制は、その解釈運用を含め、全て遵守する必要があることを充分に理解している。そのため、被告は平成5年10月以降はかかる取引履歴を消去する運用を採用しておらず、これらについては保管されている。
第3 証拠保全申立事件
また、被告を相手方とする証拠保全命令申立事件において、平成18年10月23日及び同月25日、被告の東京都内の法務サービスセンター(東京地方裁判所平成18年(モ)第8256ないし8278号)において、更に同年11月14日、被告の大阪府内のLIセンター(大阪地方裁判所平成18年(モ)第5511号ないし5513号)において、それぞれ証拠保全命令が執行された。これらの検証の際に各裁判所が確認できた取引履歴データは、法務サービスセンターのコンピューター(端末機)の画面上においても、LIセンターに保管されているカセットテープ(以下この項では「データカートリッジテープ」という。また、後述するように、履歴マスターのデータ移行を行った後の新システムの画面上での確認)においても、平成5年10月以降の取引履歴データのみであった。
これらの事件の申立の経緯及び検証執行の経緯は次のとおりである。
(1) 申立人ら23人は、平成5年(1993年)9月以前の取引履歴を削除したという被告の主張を信用せず、本当は被告社内にあるのではないかとの疑念に基づき、「被告がオンラインデータに、任意の日時を指定することでそこから以降の取引履歴のみを打ち出すことができるプログラムを導入している」と主張して、各証拠保全命令を申立てた。
(2) これに対し、東京地裁民事第25部、第26部、第30部及び第33部は証拠保全決定を下し、平成18年10月23日及び25日、被告の東京都内の法務サービスセンターで検証を行った。被告は、裁判所の指示にしたがい、申立人らである各顧客について、クライアントといわれる端末機(SAS)の画面上で取引履歴を開示したところ、裁判所が確認できたのは、いずれの申立人についても、平成5年(1993年)10月以降の取引履歴のみであった。
(3) 東京において既に検証を実施した申立人3名は、取引履歴の開示を求めて被告に対する証拠保全命令を再度申立て、平成18年11月14日、被告は、大阪府内の同社LIセンターにおいて検証の実施を受けた。担当部は、大阪地方裁判所第18民事部である。
(4) 同LIセンターにおける証拠保全についても、申立人らは、法務サービス・センターに対するものと同様の主張を行った。法務サービス・センターのSAS端末では平成5年(1993年)9月以前の取引履歴がどの申立人の記録からも発見されなかった為、更にSAS端末上に表示される元のデータ保存場所と思われるデータカートリッジテープの調査を図ったものと思われる。
(5) LIセンターにおける同検証の目的物は被告所有のデータカートリッジテープ上の各申立人にかかる取引履歴であったが、被告においては、使用している業務処理システムを平成17年10月23日以降は、新システムに変えていたため、上記目的物を検証の場において可視化することはできなかった。ただ、上記データカートリッジテープ中、履歴マスターのデータが新システムに移行されていたので、被告は同データを新システムの画面上で表示し提示したところ、裁判所が確認できたのは、平成5年(1993年)10月以降の取引履歴のみであった。
以上の検証によって平成5年(1993年)9月以前の取引履歴データが被告より削除され保存されていないことが必ずしも明らかにならないとしても、不意の証拠保全の実施によっても平成5年10月以降の取引履歴データしか検出されなかった事実は、平成5年9月以前の履歴を保有していないという被告の主張が正しいことを強く推認させるものである。
第4 結論
以上のとおりであるから、被告は既に平成5年9月30日までの履歴を消去してしまっており、そもそも開示すべき記録を有しないことから、開示を行うことは事実上不可能である。
最近の裁判例においても、
① 東京地裁平成17年12月1日
② 金沢地裁平成17年9月13日
③ 横浜地裁平成17年12月27日
④ 東京地裁平成18年1月10日
⑤ 広島高裁松江支部平成18年1月23日(2件)
⑥ 金沢地裁平成18年4月21日
⑦ 大阪地裁堺支部平成18年6月22日
⑧ さいたま地裁平成19年1月11日
⑨ 松江簡裁平成19年3月20日
⑩ 東京高裁平成19年5月9日
⑪ 松江地裁平成19年5月21日
⑫ 松江簡裁平成19年10月10日
⑬ 松江地裁平成19年11月30日
などにおいて、被告が平成5年9月以前の取引履歴を削除したことが認められ、当該履歴に関する文書提出命令が却下されている。
以上