松山地方裁判所西条支部 平成3年(ワ)40号 判決 1996年2月22日
主文
一 被告は、原告に対し、金三〇三六万〇九八九円及びうち金二四七万九三七二円に対する平成元年七月一一日から、うち金二七八八万一六一七円に対する平成二年五月一九日から、いずれも支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は五分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、原告に対し、金五六四八万〇五六四円及びうち金四七八万一二七五円に対する平成元年七月一一日から、うち金五一二九万九二八九円に対する平成二年五月一九日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
第二事案の概要
一 本件は、原告が左記二の交通事故(以下「本件交通事故」という。)の発生を理由に被告に対し自動車損害賠償保障法三条、民法七〇九条に基づき、原告に生じた損害の賠償と、後遺障害関係を除く損害についての賠償金四七八万一二七五円については事故の日である平成元年七月一一日からの、後遺障害関係の賠償金五一二九万九二八九円については症状固定日の翌日である平成二年五月一九日からの、それぞれ支払い済みまでの民法所定の年五分の遅延損害金を請求する事案である。
二 事故の発生(態様以外は、当事者間に争いがない)
1 日時 平成元年七月一一日午後五時頃
2 場所 愛知県大府市吉田町中平地九八番地の一先道路上
3 加害車両 普通乗用自動車(名古屋七七た七三四一)
右車両保有者兼運転者 被告
被害車両 自転車
右運転者 原告
4 態様 加害車両が、原告運転の自転車の後方から、原告運転の自転車へ追突した。
第三争点
被告は、原告の後遺症の程度を中心として原告に生じた損害を争う(争点<1>)とともに、原告にも片手運転をしていたこと、そのために本件交通事故現場の交差点を左折する際、ハンドル操作が甘くなりやや外側にふくらんだこと、本件交通事故のように車両と傘の接触を十分予見しうるのに右手で傘を持っていたことなどの過失が認められるとして、過失相殺を主張(争点<2>)している。
第四争点についての判断(かっこ内に記載した証拠及び弁論の全趣旨による)
一 争点<1>について
1(一) 原告は、本件交通事故のため、次のとおり入通院している。
(1) 右頸肩胸部挫傷、腰部挫傷の診断により
(a) 平成元年七月一一日から八月一日まで (二二日間)
愛知県大府市所在の黒岩病院に入院
(b) 平成元年八月二日から九月二〇日まで (実治療日数三七日間)
黒岩病院に通院
(2) 右肩挫傷、腰部挫傷の診断により
平成元年九月二一日から一二月二五日まで (実治療日数四三日間)
愛知県東海市所在の中央病院に通院
(3) 右上肢反射性交感神経性萎縮症、右肩打撲症(全身打撲症)、頸部捻挫、右上肢不全麻痺の診断により
平成元年一二月二九日から平成二年五月一八日まで
(入院六六日間、通院の実治療日数二五日間)
愛媛県新居浜市所在の十全総合病院
そして、平成二年五月一八日同病院にて症状固定と診断された。
((1)につき甲三ないし五、((2)につき甲六ないし一一、)(3)以降について甲一三、甲一四)
(二) 右事実に基づくと原告に生じた治療費関係の損害は次のとおりである。
(1) 治療費(原告出捐分)
一万二〇三〇円〔請求額は二万四〇六〇円〕
(甲一四と甲一八の一ないし三は、いずれも時期が同じで重複しており、右金額となる)
(2) 入院雑費
一〇万五六〇〇円〔請求額は一一万四四〇〇円〕
入院日数は前記認定のとおり八八日で、一日あたり一二〇〇円が相当であるから、
一二〇〇円×八八日=一〇万五六〇〇円
を相当と認める。
(3) 付添看護費 一一万円〔請求額と同じ〕
原告の症状に照らすと、黒岩病院に入院中の二二日間について、付添看護費を相当なものと認め、その金額は一日あたり五〇〇〇円が相当であるから、
五〇〇〇円×二二日=一一万円
を相当と認める。
(4) 通院等費用 四万二三三〇円〔請求額と同じ〕
(甲一九の一ないし六、甲二〇の一ないし二九)
原告の傷害の程度等に照らせば、通院等にタクシーを使用することも相当と認められる。
2 休業損害
一七四万四八〇〇円〔請求額は一八七万二〇〇〇円〕
原告は、パートタイムで稼働していたにせよ、その収入は、年間八五万円程であり、専ら家庭の主婦として家事に従事していた者であると認められる(甲二一、原告本人)から、賃金センサス第一巻第一表の産業規模計、学歴計、女子労働者の全年齢平均の賃金額を基礎として算出すべきであるところ、平成元年の右数値は月額平均で原告の主張する一八万二五〇〇円を下回ることはないから
(一) 前記のとおり、入院日数は八八日で、通院日数中実治療日数は一〇五日であるから、合計一九三日は、全て計算の基礎となる。
一八万二五〇〇円×一二÷三六五×一九三=一一五万八〇〇〇円
(二) 平成元年七月一一日から平成元年九月二〇日まで(七二日間)は、就業が全く不可能な期間とされている(甲三)から、入院日数(二二日)と実治療日数(三七日)以外でも全て計算の基礎とすべきところ、右日数は一三日となるから
一八万二五〇〇円×一二÷三六五×一三=七万八〇〇〇円
(三) 黒岩病院通院終了後の平成元年九月二一日から症状固定日である平成二年五月一八日まで(二四〇日間)のうち、再度入院した期間(六六日間)と実治療日数(六八日)を控除した日数は一〇六日であるところ、後記後遺障害の程度等を考慮して、この間は労働能力の八割が失われたと認める。
一八万二五〇〇円×一二÷三六五×一〇六×〇・八=五〇万八八〇〇円
以上合計は一七四万四八〇〇円である。
3 後遺症による逸失利益一九九七万九五七四円
〔請求額は三三二九万九二八九円〕
(一) 原告は、平成二年五月一八日、十全総合病院整形外科加藤明医師により症状固定との診断がなされたが、同医師によると、原告の傷病名は前記のとおり「右上肢反射性交感神経性萎縮症、右肩打撲症(全身打撲症)、頸部捻挫、右上肢不全麻痺」であって、また、鑑定人中垣博之医師も、原告の症状として「右肩の強打に伴う疼痛をきっかけとして二次的に反射性交感神経性萎縮症を起こしたもの」と判断し、平成六年七月以来原告を担当している愛媛労災病院山本久司医師も、原告は「反射性交感神経性萎縮症」である旨判断している。
(甲一三、証人山本、鑑定人中垣の鑑定)
(二) 右のように、原告を診断した複数の医師らが、原告の症状を、「反射性交感神経性萎縮症」である旨判断しているのに対し、鑑定人大谷清医師は、「(反射性交感神経性萎縮症の慢性期には)疼痛に加えて疼痛部位の皮膚、筋は委縮し皮膚は蒼白、乾燥し、皮膚温は低下する。関節は拘縮し、レントゲン写真で骨は斑点状骨萎縮像をみる。」のに、原告について平成七年一〇月三日の診察所見において「皮膚色は、正常、触診で皮膚温に左右差はなく、皮膚の乾燥、萎縮はなく、筋萎縮、関節拘縮はない。レントゲン写真で骨萎縮もない。」などとして、「反射性交感神経性萎縮症ではない」旨、判断している(同人の鑑定書六ページ)。
(三) そこで検討すると、鑑定人中垣医師によると、反射性交感神経性萎縮症(RSD)は、必ずしも重篤でない外傷、火傷、血管障害が原因となり、四肢に多く起こり、神経の走行に一致しない持続性、灼熱性、難治性疼痛であり、原告の右肩から上肢にかけての堪え難い痛みは反射性交感神経性萎縮症の痛みに一致するとされ、痛みの他に血行障害、萎縮症が三主徴とされているがこれらは時期的な違いもありかならずしもそろわないで良い、とされ(鑑定人中垣の鑑定書八、九ページ)、また、前記山本久司医師も、反射性交感神経性萎縮症の病名自体不確定なもので、文献に挙げられている徴候(四主徴として、疼痛、腫張、関節硬直、皮膚変色、その他の徴候として、血管運動の不安定性、発汗、皮膚温、骨萎縮、皮膚栄養障害、手掌腱膜炎―乙一一の二、一四二ページ)が全部そろわなくてもよい旨述べている(同人の証言五ページ)。
このように、反射性交感神経性萎縮症自体、その定義も定まったものではなく、その診断にあたっては、特徴とされる徴候が全てそろわなくても良いものであるから、萎縮などの徴候が認められないにせよ、原告の傷病名としては反射性交感神経性萎縮症と認めるのが相当である。
(四) もっとも、右のとおり反射性交感神経性萎縮症なる傷病は、その症状が多岐にわたるものであって、右病名がついたからといって、直ちにそれによって労働能力がどの程度失われたかが即断できるものではないところ、原告の現在の症状は、「<1>右肩関節痛を訴え、右肩、右上肢の自動運動は著明に制限されている。<2>下肢痛を訴え、右足を引きずるような歩行であるが、歩行速度は普通である。<3>右側頸部から右側上肢、下肢に知覚障害を訴える。特に右肩、右上肢は知覚脱失に近いが、右肩関節痛を訴える。<4>右肩関節、肘関節、手関節、指関節の自動運動は著明に制限されている。<5>右肩関節大結節部に著明な圧痛がある。」(以上、鑑定人大谷清医師の鑑定書三~四ページ)など、右上肢に運動障害が生じており、また下肢痛により歩行機能にもある程度の制約が生じている。
このような、原告の状況を踏まえると、原告の労働能力は、その六〇%が失われたと認めるのが相当である。
(五) なお、鑑定人中垣博之医師は、原告は右上肢機能が全廃状態であり、身体障害の二級相当であるとし、原告は労働能力が一〇〇%失われたと主張するが、右鑑定人中垣博之医師の鑑定によっても、右上肢機能の全廃は、自賠法施行令第二条による後遺障害等級表に置き換えれば五級六号(労働能力喪失率七九%)に該当すると認められるに過ぎないところ、原告の症状は、「右上肢はわずかに動かせるのみで脇に付けて動かそうとせず、前方には少し動かせるが側方、後方にはほとんど動かせなかった」(鑑定人中垣博之医師の鑑定書五ページ)、のが、「右肩関節の自動運動は前方挙上九〇度、後方挙上〇度、側方挙上六〇度で内旋、外旋は二〇度」(鑑定人大谷清医師の鑑定書二ページ)と変化しており、右鑑定人中垣博之医師の鑑定は、その前提が異なってきており、同鑑定の労働能力喪失率については採用できない。
以上の点を前提として、以下具体的に算出すると、原告は症状固定時四七歳であるから、労働能力の喪失期間は二〇年であって、これに対応する新ホフマン係数は一三・六一六であり、また、原告は家庭の主婦であって、その損害の算出は前記のとおり賃金センサス第一巻第一表の産業規模計、学歴計、女子労働者の全年齢平均の賃金額を基礎として算出すべきであるところ、右数値は原告主張の二四四万五六〇〇円を下回ることはないから
二四四万五六〇〇円×〇・六×一三・六一六=一九九七万九五七四円
(一円未満四捨五入、以下同じ。)
が後遺症による逸失利益となる。
4 慰謝料
(一) 傷害慰謝料 一七〇万円〔請求額は二四〇万円〕
原告の入・通院の期間、傷害の程度等に照らすと、右金額を相当と認める。
(二) 後遺症慰謝料
一一〇〇万円〔請求額は一八〇〇万円〕
前記の後遺症の程度に照らすと右金額を相当と認める。
原告に生じた損害は以上のとおりであるが、原告は前記のとおり遅延損害金についてⅠ後遺障害関係を除く損害についての賠償金は事故の日である平成元年七月一一日から、Ⅱ後遺障害関係の賠償金は症状固定日の翌日である平成二年五月一九日からと、遅延損害金の起算日を分けているので、それぞれに分けるとⅠについて三七一万四七六〇円、Ⅱについて三〇九七万九五七四円となる。
二 争点<2>について
1 本件交通事故は、加害車両が交差点を左折し、直進するにあたって、前方の左側端を、右手に傘を差して自転車に乗って進行中の原告がいたにもかかわらず、加害車両が原告の自転車を追い抜くに際し、自車左側に十分な間隔を保たないで追い抜こうとし、原告においても右手に傘を差して左折したためハンドル操作があまくややふくらんでいたため、加害車両左側が被害車両に接触し、原告を転倒させたものである。
(甲一五の一ないし四、六)
2 右認定に反して、原告は、両手ともハンドルを握り、左手で傘を持っていたものであって、片手運転をしておらず、また傘が接触したものではない旨主張し(甲二四、原告本人)、事故直後の供述(甲一五の四)を否定する。しかしながら、加害車両の左フロントヒラー上部に接触痕がある(甲一五の二の「藤田恵美子運転車両の状況」欄及び添付写真の四枚目)など、原告の事故直後の供述は、接触痕という客観的状況に合致し、信用性が高いと認められるので、原告の右主張は採用できない。
3 このように、本件交通事故において、被告には、自転車に乗って進行していた原告を追い抜くに際して、十分な間隔を保たないまま進行した過失があり、他方原告も右手に傘を差すという片手運転をしたため、ハンドル操作が甘くややふくらんだという過失があるところ、右両者の過失の比較をすると、原告が一、被告が九の割合であると認められる。
したがって、前記損害額から過失相殺すると、Ⅰについて三三四万三二八四円、Ⅱについて二七八八万一六一七円となる。
三 損害の填補について
被告から、原告の請求分の損害として(a)一一五万七二五六円が支払われ(乙二二から九万一六六〇円を控除した金額)、また原告の請求外の支払いとして(b)一〇六万六五六〇円が支払われていること(甲四―三六万二八八〇円、甲五―一二万七五八〇円、甲八―二五万九四二〇円、甲一四―二二万五〇二〇円、号証、乙二二のうち九万一六六〇円)が認められる((a)、(b)のいずれも後遺症についてのものは含まれないからⅠに対する填補となる)。したがって、(a)については全額を、(b)についてはその一割である一〇万六六五六円を、いずれもⅠから控除することになり、その結果、Ⅰについて二〇七万九三七二円となる(Ⅱは二七八八万一六一七円と変わらない)。
四 弁護士費用 四〇万円〔請求額に同じ〕
原告が被告に対し本件交通事故と相当因果関係のある損害として賠償を求めうる弁護士費用は、本件訴訟の内容等に照らすと、原告主張の四〇万円を下ることがないことが認められ、右金額はⅠに加えることになるので、Ⅰについて二四七万九三七二円となる(Ⅱは二七八八万一六一七円と変わらない)。
五 以上によれば、原告の請求は、三〇三六万〇九八九円及びうち二四七万九三七二円に対する平成元年七月一一日から、うち二七八八万一六一七円に対する平成二年五月一九日から支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
(裁判官 浅見健次郎)