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松山地方裁判所西条支部 昭和49年(ワ)58号 判決 1979年5月09日

原告

亀井敏光

被告

伊藤博

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金六九一万七、八三二円及び内金六六六万七、八三二円に対する昭和五三年六月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を被告らの連帯負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金一八八三万円及び内金一八五八万円に対する昭和五三年六月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告らの請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

原告は次の交通事故(以下、本件事故という。)によつて傷害を受けた。

(一) 日時 昭和四六年六月一二日午後一時ころ

(二) 場所 愛媛県新居浜市北新町一番九号先路上(一の一九は書損)

(三) 加害車 自動三輪車(普通貨物自動車登録番号愛媛六さ一七三一号)

右運転者 被告伊藤

(四) 態様 加害車が右路上を南進する際、同一方向に直進中の原告運転の自転車に追突し、これを路上に転倒させたもの。

2  責任原因

(一) 被告伊藤に対する不法行為による損害賠償請求

被告伊藤は、右日時場所において加害車の操縦を誤つて急に進路を接近させて追突したもので、運転につき次の過失がある。

(1) 本件事故当時極めて重い荷物を長距離運搬し、過熱のため油圧ブレーキ(足踏)の油に変化を生じ、その効きめに減退があることがわかつていたのに、徐行、停止その他必要な措置をとらず漫然運転した。

(2) 本件事故の際、手動ブレーキは完全であつたのにこれが使用を怠つた。

(3) 足踏ブレーキが効かず、手動ブレーキも使用しないなら即時方向を変え、追突を避けるべきであるのに何らの方法も講じていない。

右過失により、前記事故を惹起したものであるから不法行為による損害賠償義務がある。

(二) 被告両名に対する自賠法三条による損害賠償請求

(1) 被告真鍋は加害車を所有し、運行の用に供していたものであるから自賠法三条に基く責任がある。

(2) 被告伊藤は、加害車を被告真鍋から借り受け、自家の用に使用したものであるから、被告真鍋同様に運行供用者としての責任を負うべきである。

3  損害

原告は、本件事故のため骨盤骨折、右大腿動脈断裂、右大腿部挫傷、尿道損傷、左大腿部及び陰部擦過傷などの負傷をし、昭和四六年六月一二日から、昭和四七年三月一八日まで入院し、その後も昭和四九年二月二〇日まで通院治療を受け、通院中に二度にわたり数日間入院して尿道損傷の回復手術を受けたが、なお右大腿部変形、股関節部と膝蓋部の運動障害及び尿道狭窄などの後遺障害が残り、右臓器障害、下肢の奇型を総合すると右後遺障害は、自賠法施行令別表後遺障害等級表第一〇級に該当する。

右受傷に伴う損害の数額は次のとおりである。

(一) 休業損失 金九四万八、〇〇〇円

原告は、昭和四八年三月工業高校卒業の予定であつたが、本件事故のため留年し、一年間就職が遅れたので、一八歳男子の一年間の全国平均賃金相当額(右同額)が損失となる。

(二) 治療費 金二二八万四、三二〇円

(三) 慰藉料 金五五〇万円

前記入通院に対する慰藉料として金二五〇万円、高校卒業時の一年留年の人生の蹉跌については金一〇〇万円、後遺障害に対する慰藉料として金二〇〇万円が相当である。

(四) 後遺障害による逸失利益 金一二一四万円

症状固定時原告は一九歳であり、当時の同年男子の全国平均月収は金八万五、八〇〇円であり、就労可能年数は四八年であるから、前記一〇級の労働能力喪失率二七パーセントによつて、その間の逸失利益を算出し、ホフマン式でその中間利息を控除した相当額

(五) 弁護士費用 金二五万円

(六) 以上合計金二一一一万円(各項目毎万未満切捨)のところ、被告伊藤から金二二八万円の支払を受けたのでこれを控除した残額金一八八三万円が損害である。

4  よつて原告は、被告ら各自に対し、金一八八三万円及び内弁護士費用を除く金一八五八万円に対する本件事故発生後の日である昭和五三年六月二二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の(一)の事実中(2)の事実は認めるが、実行不可能である。その余の事実は否認する。後記のとおり被告伊藤には過失はない。

同2の(二)の(1)の事実中被告真鍋が加害車を所有していた事実は認める。同2の(二)の(2)の事実中被告伊藤が加害車を被告真鍋から借り受けて使用していた事実は認める。

3  同3の事実中、原告の受傷及び治療の事実は認めるが、通院期日は二八日である。後遺障害の点は否認する。

(一) 同3の(一)の事実は認めるが、数額を争う。

同3の(二)の事実は認める。

同3の(三)の数額を争う。入通院は一一ケ月にすぎず金一一〇万円が相当である。

同3の(四)の事実中後遺症による労働能力喪失の点は否認する。

同3の(六)の被告伊藤支払の事実は認める。

三  被告らの主張

1  本件事故は、被告真鍋が事故発生より一ケ月前に加害車の車検並びに整備を依頼したところ車検担任者が足踏ブレーキ用カツプゴムの取替をなすべきであつたのにこれを履行しなかつた過失により、そのカツプゴムの老朽化、変形により本件事故発生時に突発的に油漏を生じ、ブレーキが効用を喪失して発生したものである。したがつて被告伊藤には何ら過失はなく、右車検担任者の過失によるものであつて、被告らには責任がない。

2  前記金二二八万円のほか本件事故に関し被告伊藤が原告側の請求するままに、原告のために金二一万〇、九四〇円(一九万七、九九〇円は書損)を支払つた。

内訳は、(1)小遣 金一万円

(2) 見舞金 金三万円(母親に交付)

(3) 供血者謝礼 金二万円

(4) 採血費用 金五、九四〇円

(5) 原告の母親の給与相当額六~一一月分

計金一四万五、〇〇〇円

四  被告らの主張に対する認否

1の主張事実中本件事故当時加害車のブレーキが効用を喪失していた事実は認めるが、その余は否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  本件事故の発生

請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二  被告伊藤の不法行為責任について

1  徐行、停止措置の懈怠について

被告伊藤博本人尋問の結果(第一、三回)によれば、本件事故当時加害車が二トンの積荷を積載して約四時間で一〇〇キロメートル近くを走行していたことが認められる。

ところで証人鈴木冨士男の証言中には、ブレーキの故障の原因としてベーパーロツク現象が考えられ、その場合には徴候としてブレーキが徐々にきかなくなる筈であるという趣旨の供述部分が存するので、右供述部分を前提とすれば、被告伊藤は右徴候を察知して徐行停止等適切な措置をとるべき注意義務があつたということになるが、他方証人杉本勇の証言により真正に成立したものと認められる乙第一号証の四、同証人及び証人中神英一の各証言中には、ブレーキ機能の障害は本件事故時に突発的に発生したものと推測される旨の記載ないし供述が存し、かつ被告伊藤本人尋問の結果(第一ないし三回)によつても、本件事故の真際まで、被告伊藤は加害車のブレーキ機能の減退等には全く気づいていなかつたことが認められるので、これらの各証拠及び事実に照らすと、前記鈴木証言は直ちに採用しがたく、他に「ブレーキの効果減退を被告伊藤が事前に察知していた」とする原告の主張を認めるに足る証拠も存しない。結局、この点の原告の主張は理由がない。

2  手動ブレーキの使用懈怠、その他の結果回避措置の懈怠について

成立に争いなき乙第一号証の一、証人小野秀喜の証言、被告伊藤本人尋問の結果(第一ないし三回)によると、被告伊藤は、本件事故の日時ころ、本件事故現場付近で加害車を時速約三〇キロメートルで直進中、その進路前方約二四メートルに原告及び訴外小野秀喜各運転の自転車二台が直進しているのを認め、減速停車しようと足踏ブレーキのペダルを踏み、かつ左にハンドルをきつたが、ブレーキが正常に機能せず、ほとんど減速されなかつたため、追突を避けようとして右にハンドルをきつたが、その間に右小野及び原告各運転の自転車二台にいずれも追突してしまい、原告を路上に転倒させたうえ、加害車で轢過した事実が認められる。またその際被告伊藤が手動ブレーキを操作していない事実は当事者間に争いがない。

右事実によれば、被告伊藤としては、追突を回避するため一応ハンドル操作は試みているのであつて、前記ブレーキ故障の際、加害車の時速が約三〇キロメートルであるのに、加害車と原告ら運転の自転車とは最大でも二四メートルしか車間距離がなかつたことに鑑みると、前記のとおりブレーキ故障を事前に察知していたとは認められない本件事故状況下においては、被告伊藤に、手動ブレーキの適切な操作もしくはハンドル操作により本件事故を回避することを期待することは困難であつたといわなければならない。また他に被告伊藤の過失を認めるに足る証拠は存しない。

したがつて、被告伊藤に対する不法行為に基く原告の請求は理由がない。

三  被告真鍋及び同伊藤の自賠法三条による責任について

1  被告真鍋が加害車を所有している事実は当事者間に争いがない。同被告本人尋問の結果によると、同被告は、本件加害車を三年間所有し、本件事故当日、知人である被告伊藤に無償で使用させた事実が認められるけれども、これをもつて右加害車の運行について支配及び利益を失つたものということはできないから、本件加害車を自己のために運行の用に供する者と認められる。

2  被告伊藤が加害車を被告真鍋から借り受けて使用していた事実は当事者間に争いがないから、同被告は、本件加害車に対する運行支配と運行利益を有し、右車を自己のために運行の用に供する者と認められる。

3  被告らは、車検担任者の過失を主張して被告らの責任を否定するが、右主張は自賠法三条但書の適用を求める主張としては不十分であり、なお、本件事故当時加害車にブレーキの機能障害があつた事実は当事者間に争いがなく、この点において右但書の適用の余地もないから、いずれにせよ、被告らの右主張は証拠による検討をするまでもなく失当といわざるをえない。

以上によれば、被告両名はいずれも原告に対し、自賠法三条による損害賠償義務がある。

四  損害

成立に争いのない甲第一、二、五号証及び証人宮原義門、同萩尾智、同亀井シゲ子の証言並びに原告本人尋問の結果を総合すると、

原告は、本件事故のため骨盤骨折、右大腿動脈断裂、右大腿部挫傷、尿道損傷、左大腿部、陰部擦過傷の傷害を受け、また右受傷治療のための輸血により血清肝炎を併発し、昭和四六年六月一二日から昭和四七年三月一八日まで右傷病治療のため愛媛労災病院に入院し(この事実は当事者間に争いがない)、同病院退院後も昭和四九年二月二〇日まで同病院に通院した(同病院外科に二八回、そのほかに泌尿器科への通院もある)。その間の昭和四八年八月六日から、同月一四日まで同病院に入院して右尿道損傷の治療(尿道拡張術)を行なつた。また昭和五三年九月一六日から同月二六日まで右大腿部が右受傷のため再びはれたため、同病院に入院して治療した。しかしなお、<1>右股関節に軽度の可動域制限(屈曲・内旋各一〇度)、<2>右大腿部の皮膚欠損(周囲の長さが左大腿部四一センチメートルに比して九センチメートル短縮し、筋肉の拘縮及び筋力低下を伴い、皮膚表面には変色した顕著な瘢痕が残存しているもの)、<3>外傷性尿道狭窄の後遺障害が残り、そのため正座ができず、全力疾走、長距離走、長距離の歩行も困難であること、排尿時間が通常人の倍以上かかることなどの自覚症状があり、右後遺障害は、原告が一九歳であつた昭和四八年一一月末ころには既に症状が固定している。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠は存しない。

そこで、これを前提として以下損害の数額につき判断する。

1  休業損失 金八一万二、〇〇〇円

原告は、昭和四八年三月新居浜工業高等学校を卒業予定であつたが、本件事故のため一年留年し、一年間就職が遅れたことは、当事者間に争いがない。したがつて、原告は昭和四八年四月から一年間の就職により得たであろう賃金相当額の損害をこうむつたものと認められるところ、賃金センサス昭和四八年第一巻第一表産業計企業規模計の一八ないし一九歳男子労働者の年間給与額は金八一万二、〇〇〇円であるからこれを右休業損失と認めるのが相当である。

2  治療費 金二二八万四、三二〇円

原告の治療費として右金額を要し、被告伊藤がこれを支払つたことは、当事者間に争いがない。

3  後遺障害による逸失利益 金一六五万五、八三二円

本項冒頭掲記の各証拠及び甲第四号証によると原告は後遺障害の症状固定時一九歳であり、本件受傷のため、就職先がなかなか発見できなかつたが、職種を机に座る事務職と事実上限定して萩尾高圧容器株式会社に昭和四九年二月二七日就職したこと、入社後一年間の給与収入は合計金九八万七、二二九円であり、昭和五三年には年収約一五〇万円を得ており、日給制であるが、設計等の事務職のため、現在までのところ、同社内で、他の社員に比し職務上格別不利益を受けてはいないことが認められる。

右事実によると、前示後遺障害により、現在までのところ金銭的損害を受けているとは明確には認められないが、長期的にみた場合には、右後遺障害による筋力低下等により勤務能率の低下によつて昇給等で不利益を受ける可能性は認められ、また労働可能な職種が制限されるため、配置転換、転職などの際に不利益を受ける可能性もあり、さらに、体力の低下、右後遺障害に基因する傷病の発生などにより就労可能年数が通常人より減少する不安もあり得るので、これらの事情を併せ考慮すると、原告は右後遺障害により将来の就労可能期間を通じ平均して、労働能力の一〇パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。

ところで、前記のとおり、原告は本件事故当時は高校在学中のため、現実に就労できるのは、前示後遺障害固定時である昭和四八年一一月より後の昭和四九年四月からであり、その就労可能年数は四八年と認めるのを相当とするところ、賃金センサス昭和四九年第一巻第一表産業計企業規模計の一八ないし一九歳男子労働者の年間給与額は金一〇〇万九、九〇〇円であるから、これを基礎としてライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して右後遺障害による逸失利益の本件事故当時の現価を計算すると、金一六五万五、八三二円となる(円未満切り捨て)。

算式一〇〇九九〇〇円×〇・一×(一八・二五五-一・八五九)=一六五万五、八三二円

4  慰藉料 金四二〇万円

前認定の原告の受傷内容、治療経過、後遺障害の内容及び程度、原告の年齢、本件が在学中の事故で一年間留年したことその他本件にあらわれた諸般の事情を考慮すると、本件事故によつて原告が受けた精神的苦痛に対する慰藉料としては金四二〇万円が相当である。

5  被告主張の金二一万〇、九四〇円、(一九万七、九九〇円は書損)支払の事実は、原告において明らかに争わないから自白したものとみなすが、弁論の全趣旨によると、これらはいずれも原告が本訴において請求していない損害分に対する弁済であつて前示損害額中に計上されているものではないから、これを右損害額から控除することはできず、被告の主張は失当である。

6  弁護士費用

弁論の全趣旨によると、原告は、本訴を原告訴訟代理人に委任し、相当額の費用及び報酬を支払い、もしくは、支払いを約しているものと認められるところ、本件事案の性質、審理の経過、認容額に鑑みると、本件事故による損害として被告に賠償を求め得る弁護士費用の額は、原告の請求どおり金二五万円と認めるのが相当である。

五  結論

そうすると、原告の本訴請求は、被告両名各自に対し、金六九一万七、八三二円及び内弁護士費用を除く金六六六万七、八三二円に対する本件事故発生後の日で、請求の趣旨変更申立書送達の翌日であること記録上明らかな昭和五三年六月二二日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、被告両名に対するその余の請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中根與志博 岩井正子 廣瀬健二)

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