松山地方裁判所西条支部 昭和52年(ワ)96号 判決 1979年7月20日
原告 吉岡角雄
原告 吉岡律子
右両名訴訟代理人弁護士 浅野康
同 高井實
被告 新宮村
右代表者村長 山下幸雄
右訴訟代理人弁護士 米田正弌
同 米田功
主文
一 被告は原告らに対し、それぞれ金二一四万六六八八円及び内金一九四万六六八八円に対する昭和五二年一月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを三分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの連帯負担とする。
四 この判決は第一項に限りかりに執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告らに対し、それぞれ金六二六万三〇〇〇円および各内金五七六万三〇〇〇円に対する昭和五二年一月二〇日から完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
3 仮執行免脱の宣言。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
原告らの実子訴外吉岡弘(昭和四六年七月一九日生、以下弘という。)は、昭和五二年一月二〇日午後二時過ぎころ、被告村立西庄保育園から、同園々児訴外土居和一(当時四才)とともに帰宅する途中、愛媛県宇摩郡新宮村大字上山字サコジリ丙三四五番地所在の防火水槽(以下本件防火水槽という。)付近で遊んでいるうちに、本件防火水槽内に転落し、右土居和一の急報により、同児の母親らが引揚げて、同村診療所医師訴外大田憲一において人工呼吸等の手当を施したが、及ばず死亡した。
2 被告の責任
(一) 被告の営造物
(1) 本件防火水槽は、昭和五年ころ、被告(当時は上山村、その後合併により被告村となる。)が、訴外藤原鉱太郎所有山林中に、その費用を支出して消防用水の貯蔵のために築造し、その後昭和三三年ころ改修して現在に至っている。従って本件防火水槽は被告が所有し、管理する公の営造物である。
(2) かりに、本件防火水槽が、右設置場所の地元部落民が築造したものであるとしても、公の営造物であるためには、国又は公共団体が、その所有者であるかを問わず、事実上管理する状態にあれば足り、それは権原に基づかない場合でも差支えないと解せられるので、次の事情の下では、被告の管理する公の営造物に該るものである。
① 被告村は、いわゆる山村であって、その集落によっては各戸には、適切な防火水源が得難いところがあり、原告の居住する大窪部落もその一であった。
② そのため、部落の防火水源として本件防火水槽が設置されたものであるが、その時期が消防法制定以前の昭和五年ころであり、当時の推測される村財政の面から、当時の上山村の補助と地元部落民の出捐(資材の現物出捐、労力出捐も含め)によって設置され、その後の維持管理も地元部落民において行われてきた。
③ その後、消防組織法(昭和二二年法第二二六号)の制定施行により、「市町村に、その区域における消防の責任がある」ことが明確にされ、「その管理は市町村長が行う」こととされ(同法六、七条)、また「消防に必要な水利施設は、当該市町村がこれを設置し、維持、管理する」こととされるに至った(消防法二〇条二項)。
④ 本件防火水槽は、右大窪部落にとって現在においても唯一ともいえる公共的防火水槽である。すなわち、その後、昭和四七、八年ころから下大窪では個人のものを利用し、昭和五二年に村の補助により上大窪に一ヶ所設置したのみで、新設の分も本件水槽とは約三〇〇メートル隔っているのである。
⑤ しかも、本件防火水槽は、十分水を溜めることができない状態となっていたのを、昭和三二ないし三六年ころ被告村の現物給付と地元宮地組の部落民の夫役により、大修理が行なわれ、現在の状態となった。
⑥ 本件防火水槽は、昭和五〇年九月吉岡幸一宅火災時に使用された。
⑦ 本件防火水槽は事実上も消防組織上、被告村の消防機関である消防団が管理してきた。
⑧ 以上の経過、事情からすれば、本件防火水槽は、かりに被告村の所有に属さないとしても、消防組織法、消防法の施行以後は、被告村の、消防に必要な水利施設に組入れられ、その用に供しているもの、つまり被告村の管理下にあるものと解すべきである。被告村の財政事情や、部落のための防火水槽という認識から、その設置、修理等について、地元民の出捐ないし事実上の管理協力があったからといって被告村の管理義務を否定することにはならない。
(二) 被告の設置、管理の瑕疵
(1) 本件防火水槽は、弘が通園路として使用していた山道に隣接して設置されており、何人も容易に近づくことができる場所にあり、その構造は、底面及び四周がコンクリートモルタル塗りのもので、その大きさは、一辺が約三・七三メートル、他の一辺が約四・一メートルの長方形で、深さは一・五七メートルであって、常に貯水されており、本件事故時には約一・三メートルの水位があった。
(2) また、本件防火水槽は、右山道や周囲の土地と大体同じ高さになるように、全部土中に埋め込まれており、その付近で転倒したり、足を滑らすことによっても転落する危険があり、一たん転落すれば、幼児では独力で這い上がることは不可能な深さと構造である。
(3) 昭和四七年ころ、杭を原告らが寄付し、有刺鉄線は被告が提供し、部落消防団員の労務提供によって、本件防火水槽の周囲に有刺鉄線を張った。しかし、その状況は、最下端が地上約一〇センチメートルであり、中段がそれより約四〇~五〇センチメートル、上段がさらにそれより四〇~五〇センチメートルの各間隔で張られており、子供なら簡単に出入りできるものであった。
(4) 右の措置自体不完全なうえに、歳月の経過とともにその杭は朽廃して部分的に倒壊しているにもかかわらず、被告は、これを補修せず、さらに、前記昭和五〇年九月ころの訴外吉岡幸一の居宅、納屋の火災に際し、本件防火水槽を使用したとき、山道に面した部分の有刺鉄線を損壊したまま補修せず、被告は放置していた。そのため、誰でも自由に立ち入ることのできる状態であった。
(5) 被告村長就任後設置の防火水槽については、すべてマンホール式(上部をコンクリートで覆い、取水口のみをマンホール式にしたもの)にしている。このような防火水槽は構造的に略々安全な構築物であるとうかがわれるのであって、本件防火水槽も右と同様の構造に改修しておけば、本件事故は防げた筈である。
(6) 山村にあっては、山自体が子供の遊び場であり、子供は平素怠らず注意を与えていたとしても、特に興味をひかれ、あるいは、欲望が高まったときに、その危険度を考慮して行動を抑制する能力が不十分であるから、(4)の状態ではもちろん、(3)の状態においても、危険防止として十分なものとはいえず、本件防火水槽は通常有すべき安全性を欠いていたものである。
(三) したがって、被告による、本件防火水槽の設置、管理には瑕疵があったものというべきであり、被告は、国家賠償法二条一項により本件事故によって生じた損害を賠償する義務がある。
3 損害
(一) 弘の逸失利益 金一一四二万一〇〇〇円
弘は、本件事故当時、満五才の健康な男子であった。同人の推定余命は、厚生省昭和五〇年簡易生命表によれば、六七年であることが認められるから、本件事故がなければ、同人は右の期間生存し、この間満一八才から六七才まで四九年間稼働しえた。弘は、右期間を通じ、昭和五〇年賃金センサスに基づく全産業男子労働者平均年間給与額(賃金および賞与等)金二三七万〇八〇〇円を毎年得るものと考えられる。弘の逸失利益算定について控除すべき生活費は、収入の五割とするのが相当であるから、逸失利益の死亡時の現価を年別のライプニッツ方式により、年五分の中間利息を控除して算定(係数九・六三五)し、千円未満を切りすてると頭書額となる。
2,370,800円×1/2×9,635=11,421,329円
(二) 原告らの相続額 各金五七一万円
原告らは弘の死亡によって、その父母として右損害賠償債権を二分の一ずつ相続し、千円未満をそれぞれ切り捨てると頭書額となる。
(三) 葬儀費 各金一五万円
弘の死亡による葬儀費として、支出したうち少なくとも原告らそれぞれにつき各金一五万円を損害と認めるのが相当である。
(四) 養育費控除 各金一一二万七〇〇〇円
原告らは、弘が一八才に達するまで一三年間同人を養育すべきところ、同人の死亡により、その養育費を免れた。右養育費は年二四万円が相当であり、同人の死亡時における現価はライプニッツ方式で計算(係数九・三九三)し、千円未満を切りすてると金二二五万四〇〇〇円となる。したがって、その二分の一の金一一二万七〇〇〇円を各原告の損害から控除する。
240,000円×9,393=2,254,320円
(五) 慰藉料 各金三五〇万円
弘は、原告らにとり婚姻して三年目にして生まれた待望の一人息子であり、当時通園していた保育園でも皆から慕われる明るい朗らかな子供であって、その成長に対して原告らは大きな期待をもっていた。したがって、その死亡により、父母である原告らのこうむった甚しい精神的打撃に対する慰藉料としては、それぞれ金三五〇万円が相当である。
(六) 以上合計損害額は、右(二)(三)(五)の合計額から右(四)の額をそれぞれ控除した各金八二三万三〇〇〇円となるところ、本件事故については、弘自身、幼児ながらも五才に達していたのであるから、このような危険な場所に近づき災禍にあうことのないように注意すべきであり、また、原告らのその監護にも若干の過失があったので、損害額算定について相殺又は斟酌すべき原告の過失割合を三割として、これを控除すると、原告らの損害額は各金五七六万三〇〇〇円(千円未満切捨)となる。
(七) 弁護士費用 各金五〇万円
原告らは、被告が本件事故の損害につき、任意に弁済に応じないので、弁護士たる訴訟代理人らに、本件訴訟を委任し、原告らに対する認容額の一割を報酬として支払う旨約した。原告らはその内金として各自金五〇万円の支払を求める。
(八) 合計請求額 各金六二六万三〇〇〇円
4 よって、原告らは、被告に対し、それぞれ金六二六万三〇〇〇円及び内弁護士費用を除く金五七六万三〇〇〇円に対する本件事故発生の日である昭和五二年一月二〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2(一) 同2(一)(1)の事実中、本件防火水槽が原告主張の年度に、その主張目的で、その主張の場所に築造されたことは認め、その余は否認する。
同2(一)(2)の事実中、本件防火水槽築造に当り、被告が費用の一部を補助したこと及び⑥の事実を認める。
本件防火水槽は、地元民が築造し、現在まで管理してきたものであり、被告の所有、管理する公の営造物ではない。
(二) 同2(二)(1)の事実中、本件防火水槽に隣接する山道を弘が通園路としていたこと、本件事故時に水位が一・三メートルであったことは不知、その余は認める。
同2(二)(2)の事実は認める。
但し、本件水槽は、通路より一・一メートル離れた位置にあり、しかも、水槽周囲には有刺鉄線がはりめぐらされており、常日頃本件水槽付近は、子供達が遊び場として利用しているところではないから、通常の場合、右通路を通行する幼児があっても、本件水槽に転落する危険性は予想できない。
同2(二)(3)の事実中、原告主張の年頃、本件防火水槽の周囲に有刺鉄線を張ったこと、被告がその費用の一部を補助したことは認め、その余は不知。
同2(二)(4)の事実は否認する。
同2(二)(6)は争う。
3 同3の事実は、本件事故の発生につき、原告らに過失があった点のみ認め、その余は争う。
4 同4は争う。
三 抗弁
かりに被告に本件責任があるとしても、原告らは弘に対する監護義務を十分果していなかったものであるから、本件事故の発生につき原告らにも過失がある。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実は認める。しかし、原告らとしては幼児である弘に対し、本件防火水槽に決して近づくことのないように常々注意していたものであり、原告の過失割合は前記のとおり三割が相当である。
第三証拠《省略》
理由
一 本件事故の発生
請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二 被告の責任
1 被告の営造物
(一) 原告は、本件防火水槽が被告により築造された被告の所有物であると主張するが、本件全証拠によるも、この点を認めることができない。
(二) ところで、国家賠償法二条一項にいう「公の営造物」には、国又は地方公共団体の所有に属する物のほか、その所有に属さない場合でも、国又は地方公共団体が事実上管理しているものも含まれるものと解されるので、次に被告が、本件防火水槽を管理したといえるか否かについて検討する。
《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。
(1) 本件防火水槽は、昭和五年ころ、原告らの属する大窪部落(被告村内の部落)の住民らが、山地で他に適当な防火施設がないため、当時の上山村(昭和二九年合併により被告村となる)に防火水槽をつくることを要望したが、被告にそれだけの財源がなかったため、県の助成を得て被告がその費用を補助することとなり、右部落民らの労務出資などにより谷川の取水等に適した訴外藤原鉱太郎所有山林中にこれを築造した(築造目的、年、場所及び被告の補助の点については当事者間に争いがない。)。しかし、当時は消防団組織もなかったため、地元民において、これを管理していた。
(2) 昭和三六年ころ、本件防火水槽に十分に水がたまらなくなっていたため、大窪部落の宮地組の要請により、被告がセメント等の資財を補助し、右地元民らの労務等の提供により、その補修工事を行なった。
(3) 昭和四七、八年ころ、原告らの要望もあって、被告は、消防団第四分団副団長を介して大窪部落居住の消防団員である訴外由藤孝雄に本件防火水槽は危険があるので子供が立入ることのできないように有刺鉄線を張ることを指示してその有刺鉄線を給付した。そこで、これを受けた右由藤が、原告吉岡角雄とともに、本件防火水槽の周囲に右部落民に呼びかけて、供出してもらった杭を打ち、その外周に右有刺鉄線を張った(右有刺鉄線を張ったことは当事者間に争いがない。)。
(4) そのころ、右由藤は、谷川の水の取水ホース等も被告から給付され、これを本件防火水槽に設置した。また同人は消防団員であることから時々、本件防火水槽の水の状態を見に行っていた。
(5) 被告は、昭和四七、八年ころから大窪部落内の下大窪で、個人の施設を防火用水槽として利用しはじめたほかは、本件事故当時まで、大窪部落には、本件防火水槽のほかに消防のための水利施設は存せず、昭和五〇年九月に同部落内の吉岡幸一宅が火災となった際には、本件防火水槽が、その消火のため使用された(この使用の事実は当事者間に争いがない)。本件事故後、昭和五二年九月に上大窪に被告によって防火水槽が新設されたが、本件防火水槽からは約三〇〇メートル隔っている。
(6) 本件事故直後、被告は、本件防火水槽に竹製の蓋を設置し、その周囲に杭を打ち直して、有刺鉄線も張り替えた。また原告らに対し弘死亡の弔慰金として金二五万円を支払った。
他に右認定を左右するに足る証拠はない(《証拠判断省略》)。
右事実によれば、本件防火水槽は、もともと地元住民によって設置及び管理されていたものであるが、これは当時の消防の制度的確立の程度とも関連するものと考えられるところ、その後に至り、消防組織法(昭和二二年法律二二六号)、消防法(昭和二三年法律一八六号)が制定され、「市町村は、当該市町村の区域における消防を十分に果すべき責任を有する」(消防組織法六条)旨明確に規定され、「市町村の消防は、条例に従い、市町村長がこれを管理する」(同法七条)ところとなり、「消防に必要な水利施設は、当該市町村がこれを設置し、維持し及び管理するものとする」(消防法二〇条二項)とされ、「消防長又は消防署長は、池、泉水、井戸、水そうその他消防の用に供し得る水利についてその所有者、管理者又は占有者の承諾を得て、これを消防水利に指定して、常時使用可能の状態に置くことができる」(同法二一条一項)こととなった。本件防火水槽につき、被告の消防長又は消防団長が右の消防水利指定をしたと認めるに足る証拠はないが、前記認定の事実によれば、本件防火水槽は、被告村内の原告らの居住する大窪部落において、本件事故当時、その地域の消防のために必要かつ重要な、唯一ともいうべき水利施設であり、現実にも被告がこれを利用してその責務とされる消火作業をしているのであって、その用途及び設置目的に照らし本来右の消防水利指定をされて然るべきであったと思料されるうえ、被告は、本件防火水槽の改修に補助をしたほか、有刺鉄線を給付して消防団員等により本件防火水槽の周囲に危険防止柵を設置させ、本件防火水槽の給水設備も資材を提供して同団員をして設置させ、同団員において本件防火水槽の事実上の点検を行ない、本件事故後は右(6)の如き措置をとっているなど、事実上本件防火水槽の管理者としてなすべき行為を一部行なっているものと認められるのであって、少くとも本件事故当時においては、本件防火水槽は被告の消防の用に供する水利施設として事実上被告の管理するところであったと認めるのが相当である。そうすると、本件防火水槽は被告の営造物にあたるものといわざるをえない。
2 被告の設置、管理の瑕疵
《証拠省略》を総合すると、
(一) 本件防火水槽は、山道の端から約〇・八メートルのところに隣接して、その平面とその上部がほぼ同じ高さになるように全部土中に埋め込まれて外壁が設置されており、底面及び四周がコンクリートモルタル塗りのもので、その大きさは一辺が約三・七三メートル、他辺が約三・九二メートルの長方形で、深さは一・五二メートルあって常に貯水されており、転落すれば幼児では、独力ではい上がることは不可能な深さ及び構造であり(この事実は当事者間に争いがない。)、本件事故当時は水深は約一・三メートルほどあった。
(二) 前記1(二)(3)のとおり、被告が昭和四七年ころ、本件防火水槽に有刺鉄線を張ったが、その態様は、本件防火水槽の周囲に杭を立て、その外側に有刺鉄線を三条に張ったものであり、最下端が地上約一〇センチメートルの位置に、中段がその約五〇センチメートル上に、上段が中段より約五〇センチメートル上にそれぞれ一条張ったものであった。
(三) 本件事故当時は、その後の年月の経過や竹木の倒壊等により右有刺鉄線も垂れ下がった箇所もあり、本件水槽内に容易に立ち入ることのできる状態にあった。
(四) 本件防火水槽が接している右山道は、正式の通園路等にはなっていなかったが、その南方の高台にある西庄保育園、西庄小学校、稲茎神社等へ、原告方及びその北方の低地にある数軒の民家の住民、子供ら等が近道として通行していたこともあり、また季節によっては、本件防火水槽付近には、右通行利用のほか、子供らが兜虫の採取などの遊びのため接近することもあり、その転落の危険性があった。
(五) 被告村内の他の防火水槽のうち、昭和四四年ころ築造されたものでも、その築造の際に危険防止のため、竹を編んだ覆いを施し、防護柵をめぐらしたものがあり、また被告代表者就任後に築造された六ヶ所のものは、すべてマンホール式の構造をとっている。それにも拘らず、本件防火水槽については、右(二)の措置以後は何ら安全策は講じられていない。
以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》これらの事実に鑑みると、本件事故当時、本件防火水槽は幼児等が転落し、その生命に危険を生じる可能性があり、被告村内の他の防火水槽に比しても、その通常備えるべき安全性を欠いていたことは明らかであって、瑕疵が存したものと認められる。
3 以上によれば、被告は国家賠償法二条一項の規定により弘及び原告らに生じた損害を賠償する義務がある。
三 損害
1 弘の逸失利益
亡弘が本件事故当時五才であったことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、弘は健康な男児であったことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。昭和五〇年簡易生命表によれば、五才の男子の平均余命は、六七・八三年であること、賃金センサス昭和五〇年第一巻第一表学歴計によれば、昭和五〇年における男子労働者の平均賃金年収は、金二三七万〇八〇〇円であることが明らかである。以上の事実を基礎として稼働可能期間を一八才から六七才までの四九年間とし、控除すべき生活費を二分の一とし、ライプニッツ式計算法により中間利息を控除して逸失利益の現価を算定すれば、金一一四二万一三二九円となる。
算式二三七万〇八〇〇円×〇・五×(一九・〇二八八-九・三九三五)=一一四二万一三二九円
2 相続
原告らが亡弘の父母であることは当事者間に争いがなく、原告らは相続によって亡弘の損害賠償請求権の二分の一宛を取得したものというべきである。
3 葬儀費用
弁論の全趣旨によると、原告らが亡弘の葬儀費用を支出したことが認められるが、その額としては各金一五万円をもって、本件事故と因果関係のある損害と認めるのが相当である。
4 養育費
原告らは、弘が一八才に達するまで一三年間同児を養育すべきところ、同児の死亡により、その費用の支出を免れた。右養育費は年二四万円を相当とする。同人の死亡時におけるその現価をライプニッツ式計算法で中間利息を控除して算定すると金二二五万四四四〇円となる。
算式二四万円×九・三九三五=二二五万四四四〇円
5 慰藉料
《証拠省略》によれば、原告らは唯一の実子であった弘の死亡により、多大の精神的苦痛を受けたことが認められるが、本件事故の態様、とくに後記四のように原告ら側にも本件事故発生について過失のあること、その他一切の事情を考慮すれば、原告らの精神上の損害に対する慰藉料としては、それぞれ各金一〇〇万円宛をもって相当と認める。
四 過失相殺
1 原告側の過失
《証拠省略》を総合すると次の事実を認めることができる。
(一) 原告ら方から西庄保育園(又は西庄小学校)に通じる道路は二通りある。
その一方は本件防火水槽脇を通過するところの概して急勾配の多い幅員約〇・八ないし一・二米の未舗装の坂道で通園又は通学路として極めて不適当な山道である。
しかし、原告ら方から西庄保育園に通じる道程は約九〇〇米であって他方の道路と比較し近道となっている(以下甲道路ともいう。)。
他方の道路は、その大部分がゆるやかな勾配の幅員約三米の立派な舗装道路であるが、原告ら方から右道路へ通じる山道が一部分ありこれら全道程は約一、七〇〇米である(以下乙道路ともいう。)。
亡弘及び同人の兄芳孝(当時小学生)は日頃乙道路を利用して通園又は通学していた。
(二) 本件防火水槽は、原告ら方から東方に向う甲道路を約六〇米隔てたところに位置し(原告方から約一〇米高所)同所はゆるやかな勾配を有する坂道で幅員約一・二米の山道に沿う北側山林中の、右山道北端から約〇・八米隔てた場所に設置されている。
そして本件防火水槽付近は雑木林や雑草が繁り昼間でも薄暗くやぶ蚊の多いところであって子供(ことに保育園児)の遊ぶ場として利用できるような場所ではない。
(三) 亡弘(事故当時五年七月)は本件事故当日、同保育園から同園児土井和一(当時四年)を伴っての帰途、甲道路脇の本件防火水槽付近に至った。
当日は雪の降る寒い日であったところ右水槽内全面にわたって張りつめていた氷の上で遊ぶべく前認定の有刺鉄線をくぐり抜けて右水槽東南隅から、当時水深約一・三米の水槽内に入ったところ同人の体重の圧力により氷は割れて弘は頭部まで冷水の中に水没したため死亡した。
(四) 原告らは平素、弘に対し乙道路を通園路として指定し、弘も朝は兄の芳孝と一緒に乙道路を使用して登園していた。帰えりは弘が一人で帰えることもあるが概して乙道路を使用していた様である。
しかし原告らは弘に対し、本件防火水槽付近で遊ぶことの危険性、あるいは、防火水槽内に張りつめた氷の上で遊ぶことの生命への危険等を具体的に説明し、これらの水槽に近づいて危険な遊びを抑止すべき格別の手段を講じた形跡は窺われない。
以上の認定を覆えすに足る証拠はない。
右事実と既に認定の本件防火水槽の構造等に照らすと、弘は事故当日本件防火水槽のある甲道路を通園路として使用したこと(もっとも普通にこの道を歩行して帰えるだけではこの水槽内に転落する危険性はそれほど高くない)本件防火水槽付近は保育園児の遊び場所としては不適当であるだけでなく右水槽自体、不十分ではあるが四周に杭を打ち有刺鉄線を三条に張って危険の表示がなされていたこと、弘自身も事故当時の年齢並びに山間の子供として毎日数キロの山道を独力で通園していたことから本件防火水槽の有刺鉄線をくぐり抜けて水槽内に入ることの危険性については自己の判断である程度予見し得、かつこれを回避すべき社会的な経験ないし能力をある程度具備していたものと思料される。
他面、原告らは弘の性格を親として当然知悉していた筈であり同児の年齢を考慮し、同児らが、やりかねない危険な遊びについては日頃から厳重にこれを禁止すべきところである。
しかるに原告らの弘に対する日頃の危険な遊びに対する監督は既に認定の程度にとどまり有効適切なものであったとは言えない。
このように考えると亡弘自身の行動そのものにも過失があり、加えるに原告らが親として亡弘に対する監督義務を十分に尽さなかったことが本件事故発生に寄与したものであってその割合は相当高いものと考えられる。
2 被告の過失
本件防火水槽の設置並びに管理上に瑕疵が存したことについては既に詳述したところである。
以上原告、被告の各過失を比照し考慮するに、本件損害賠償額の算定にあたっては原告側の右過失をもって、原告らの財産上の損害につき、八割の過失相殺をするのが相当である。
五 そうすると、原告らの損害のうち、被告において賠償すべき金額は、原告らの逸失利益の相続分と葬儀費用を加算し、これから養育費用を控除したものに、八割の過失相殺をし、これに慰藉料を加算して、原告一名につき金一九四万六六八八円(円未満切捨)となる。
算式{(一一四二万一三二九円+一五万円×二-二二五万四四四〇円)×(一-〇・八)}÷二+一〇〇万円=一九四万六六八八円
六 弁護士費用、弁論の全趣旨によると、原告らは、本訴を原告ら訴訟代理人らに委任し、相当額の費用及び報酬を支払い、もしくは、その支払いを約しているものと認められるところ、本件事案の性質、審理の経過、認容額に鑑みると、本件事故による損害として被告に賠償を求めうる弁護士費用の額は金四〇万円と認めるのが相当である。従って、原告各自がこれを平等に負担したものと推認して各自の請求できるのは各金二〇万円である。
七 そうすると原告らの本訴請求は、被告に対し、それぞれ金二一四万六六八八円及び内弁護士費用を除く金一九四万六六八八円に対する本件事故発生の日である昭和五二年一月二〇日から、支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でそれぞれ理由があるから、これを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用し、なお右仮執行免脱宣言は相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中根與志博 裁判官 岩井正子 廣瀬健二)