松山地方裁判所西条支部 昭和56年(わ)353号 判決
【主文】
被告人を懲役三年以上七年以下に処する。
未決勾留日中三〇〇日を右刑に算入する。
押収してある柄付き刺身包丁一丁(昭和五六年押第一〇五号の一ないし三)を没収する。
【理由】
(被告人の生い立ちと本件各犯行に至る経緯)
一被告人は、昭和四〇年二月二四日父乙川一男、母乙川花子の長女として出生し、愛媛県○○市△△番地の一の父方の祖父母の許で父母と共に過ごすうち、翌昭和四一年一一月には弟Aが出生したが、母と祖母との折合いが悪いなどの事情があつて、母が被告人と弟とを連れて一時熊本市の母方実家に身を寄せるなどした後、ようやく広島市内で親子四人の生活が始まつた。しかし、それも束の間で、被告人の父母の仲が悪化し、被告人が満四歳であつた昭和四四年に、父母が離婚するに至つた。右離婚後被告人の母は、被告人と弟とを連れて、熊本市の前記実家に帰つたが間もなく、二人の子を養育することができないとして、被告人と弟とを前記父方の祖父母の許に置いて帰つてしまつた為、被告人は、昭和四五年一〇月に弟と共に○○○市の養護施設に預けられて、同施設で約一〇か月を過ごし、昭和四六年弟と共に再度前記祖母方に引き取られ(祖父はそのころ死亡)、以後弟と共に祖母(明治四二年五月七日生)の手で養育され、同県○○市の市立○○小学校、同市立○○中学校を経て、昭和五五年四月同県○○市△△番地所在の愛媛県立○○農業高等学校生活科に入学した。被告人の父は、母と離婚後も○○市でタクシー運転手をしていたが、その後神奈川県○○市に移り住み、同所で他の女性と同棲してタクシー運転手や行商などをして生活しているが、病気勝ちで仕事は安定せず、本件犯行に至るまで、被告人のもとには年に一、二回訪れる程度であり、また、母は、前記のとおり被告人らを祖父母の許に預けて後は、今日に至るまで所在が明らかでない。
二被告人は、かねて絵画に興味を抱き、前記のとおり高校に入学すると、早速絵画部に入つたが、同絵画部には、被告人と同時に同高校造園科に入学した本件被害者甲野太郎(昭和三九年一二月一五日生)も在籍しており、入学後間もなく同人を知るに至つた。しかして、被告人は、かつて中学生のころ、片思いながら好意を抱いていた男子生徒に、右甲野太郎の相貌が似ているなどの事情もあつて、昭和五五年六月ころから、同人に対し淡い恋心を抱き、同人と語り合い、交際を持ちたいとの気持が次第に高まつていた。折柄同年一二月下旬、クラスメートの幾人かが集まつて、クリスマスパーテイーを開く話を聞知した被告人は、友人の一人に甲野太郎も誘つて欲しい旨依頼し、自らも、同月二四日自己の名を告げることなく、初めて同人方に電話し、同人に右パーテイーに出席するよう誘つたりした。しかして、同人が右パーテイーに出席するには至らなかつたが、被告人は、甲野太郎と電話で話し合えたことに満足感を覚え、翌昭和五六年一月からは、登校する同人の姿を見ることにも楽しみを覚えるような日が続くようになつた。そして、同年二月一五日ころには、いわゆるバレンタインデーにことよせて、同人に対し、自己の慕情をしたためてこれにチヨコレートを添えた初めての手紙を、学校で同人に手渡し、次いで、同年三月一八日ころには、クラスマツチのことなどを記載した第二の手紙を同人に送り、更に同年四月初旬には、電話で同人と相当長時間話しを交わし、日曜日などには自分に会つて欲しい旨懇請した。
三一方甲野太郎は、元来おとなしい性格であり、被告人の右のような働きかけに対しては極めて冷静であつて、被告人の寄せる慕情に対しても、これといつた関心を示さず、被告人に対しては、常に一定の距離を置いて接する態度に終始していた。そして、被告人に対する思いやりの気持もあつてか、被告人からの電話での懇請に対してはこれを応諾するような返答を交わした。
四甲野太郎からこのような返答を受け被告人は、これによつて甲野とデートができるものと嬉しく思い、同年四月一六日ころ、同人と文通したいことや返事を待つ旨を記載した手紙を同人に渡したが、数日後その返答として初めて接した同人の手紙には、女性と交際するのは好きでない旨したためられていて大いに落胆するに至つた。この為被告人は、その後更に電話で、かつて一旦は交際を承諾してくれたのになどと問い詰めたが、同人からは、被告人が傷つくのをおそれてそのように返答したものであるなどといわれ、悶々として日を送ることが多くなつた。
五しかして、被告人は、その後、前記絵画部の一部男子生徒らから甲野太郎との仲を嘲笑されるに及び、これは、同人が、被告人からの手紙や電話の内容を、これらの者に面白おかしくいいふらし、自分を侮辱しているからではないかと思い込むようになり、同年四月末ころ、絵画部の部室において、同人と会つた際にこのことを問い質したが、同人からは、もう自分を諦めて欲しい旨返答され一層落胆し、同人を殺して自分も死のうなどと思つたりし、そのことを友人の女子生徒に口走つたりした。しかし、その後も被告人は、甲野太郎に対する慕情を押え難く、同年五月半ばころ、同人の自分に対する気持を確かめるべく、前記部室において、一人絵を描いていた同人の前で、果物ナイフを取り出して、自分の左腕にこれを軽く突くなどしてみせたが、同人が素知らぬ振りで絵を描き続け、しかも、その際、折から同室に来合わせた友人らに、猿芝居はやめるよう諫言されたりした為、自尊心を大いに傷つけられた。そして、同月二一日ころにも甲野太郎に電話をし、自分が死んだら辛いかなどと問いかけたが、同人からは、その原因が同人であると思われるのは困る旨の返答に接したため、これ以上絶対に電話をしない旨を伝え、その後同人との折衝は途絶えるところとなつた。
しかしながら、被告人にとつてその後も依然甲野太郎に対する思慕の念を絶ち難かつたうえ、一部生徒から二人の仲についてなお嘲笑的言動があつたりしたことから、このままでは耐えられない気持がつのつていた。
こうして被告人は、同年七月一日判示第三のとおり刺身包丁を窃取し、同日自宅で、祖母や弟に隠れて、右包丁を自分の敷布団にシーツの上から数回突き刺してその切れ味を試すなどした。
(罪となるべき事実)
被告人は、現に二〇才に満たない少年であるが、
第一 昭和五六年七月三日の前記○○農業高校における五、六時間目の自習時間中に、前記甲野太郎と何らの交際もしないまま過ごすことは耐えられないことであり、また、自己の思慕の念を無視したうえ、同人が、二人の間に生起した前記のような出来事を他人に吹聴したりすることは許し難いなどあれこれと考えた末、この上は同人を殺害するのも止むをえないものと決意し、同夜自宅で祖母や弟に隠れて、刺身包丁(判示第三の犯行により取得した、柄付のもの、刃体の長さ約二一センチメートル、昭和五六年押第一〇五号の一ないし三)を取り出したうえ、これをもつて同人を殺害する方法について思いをめぐらし、翌四日、かねて熟知していた同人の登校時刻(午前七時四〇分ころ)に間に合うように国鉄○○駅午前六時三八分発の列車に乗り、午後七時二八分ころ登校し、第一教棟一階事務室で自分の教室(第二教棟三階所在の生活科二年B組)の出入口の鍵を取つて同教室に入り、窓を開いて同人の登校を待機していたところ、たまたま同級生の一人がいつもより早目に登校して来たため、同人に気付かれないようにスポーツバツグの中から同包丁を取り出し、着替え用ブラウスにこれを包んだうえ、同教室を出て第二教棟二階に降り、右二階の廊下側の窓から甲野太郎の登校を待ち設けていた際、折柄第二教棟に通じる一階の通路を歩いて来た男子生徒の足部を認めたので、右ブラウスに包んでおいた同包丁の柄を、ブラウスに隠したまゝの状態で右手に握りしめ、その後右二階より一階の方に階段を数段降り、右男子生徒が甲野太郎であることを確認したうえ、同二階の階段西側の農業科一年生の教室の東側出入口廊下に身を隠し、同廊下に向つて歩いて来た同人と同廊下で偶然出会つたように装つて対面したうえ、「お早う」と声をかけて同人に近づき、矢庭に同包丁を取り出し、同日午前七時三五分ころ、同廊下において、被告人の右挨拶で被告人と約一メートルの間隔をおいて一瞬立ち止つた甲野太郎の腹部を目掛けて、身体ごと体当りするようにして力一杯突き刺し、同人の上胃部、肝臓、右肺部を経て後胸壁を貫通する刺創を負わせ、よつて、同日午後七時五五分ころ、同県○○市△△番地所在の○○中央病院において、同人を、固有肝動脈切断・肝臓貫通・右肺切破に基く出血のため失血死するに至らせて、同人を殺害し、
第二 業務その他正当な理由がないのに、同日午前七時三五分ころ、同校第二教棟二階廊下において、前記刺身包丁を携帯し
第三 同月一日午後六時ころ、同県○○市△△番地所在の株式会社○○○マート○○店において、同社所有に係る、紙箱入りの前記刺身包丁一丁(時価約一、四七〇円相当)を窃取し
たものである。
(証拠の標目)<省略>
(法令の適用)
被告人の判示第一の所為は刑法一九九条に、判示第二の所為は銃砲刀剣類所持等取締法三二条三号、二二条に、判示第三の所為は刑法二三五条に各該当するところ、所定刑中判示第一の罪について有期懲役刑を、判示第二の罪について懲役刑を各選択し、以上は同法四五条前段の併合罪なので、同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第一の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をし、その刑期の範囲内で、少年法五二条一項により、被告人を懲役三年以上七年以下に処し、刑法二一条を適用して未決勾留日数中三〇〇日を右の刑に算入し、押収してある柄付き刺身包丁(昭和五六年押第一〇五号の一ないし三)は、判示殺人の用に供し、判示刀剣類所持の犯罪行為を組成し、かつ、判示窃盗の犯罪行為より得た物で、犯人以外の者に属さないから、同法一九条一項一号ないし三号、二項本文を適用してこれを没収し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。
(弁護人の主張に対する判断)
一弁護人は、被告人は、極く短期間内に被害者に対する失恋・被害者による裏切り・友人による愚弄・嘲笑に基づく屈辱感等を体験した結果、自らの精神活動や心理状態を十分に理解し得ず、周囲の変化や自らの精神内界の動きに戸惑いを感じ、自らの進むべき方向を見失つて渾沌とした精神状態に陥り、その結果本件各犯行当時心神耗弱の状態にあつた旨主張する。
ところで、鑑定人金澤彰作成の鑑定書をはじめ前掲各証拠によると、被告人は、性格的には人間不信を基盤として、自己の殼の中に深く閉じこもり、一人で思い込むと現実吟味力が低下し、またその精神活動も、未成熟であり、生活経験に基づく知識も乏しいのに、自尊心のみが先行してしまうという傾向にあつたのみならず、先に詳細判示したとおり、その生育歴からみて、思春期に特有な悩みや精神的葛藤を解消できるような家庭環境には恵まれず、かつ、甲野太郎に対し恋情を抱き、それが一旦は受け入れられたかのように見えたものの、極く短期間後に同人より断わられるという失恋の体験を経、しかも、前記のとおり恋情が、その後も自己の精神内界では次第に拡大していたにもかかわらず、周囲の同級生らから嘲笑されるなどして屈辱感を味うに至つたために、自己の精神活動や心理状態を十分に理解しえないまま、周囲の変化や自己の精神内界の動きに戸惑いを感じ、自らの進むべき方向を見失つて渾沌とした精神状態に陥つていたものと解される。
しかしながら、被告人は、普通域の知能を備えており、精神病にも罹患しておらず、また、その意識は清明であつて見当識の障害はなく、本件各犯行及びその前後の事実関係に対する後日における記憶も正しく保持された状態にあつたことは明らかである。そうしてみると、被告人が本件各犯行当時是非善悪を弁識する能力又はこの弁識に従つて行動する能力を著しく減退した状態になかつたことは明らかである。
したがつて、弁護人の右主張は、採用することができない。
二次に、弁護人は、本件は、被告人を保護処分に付するのが相当であるから、少年法五五条の規定に従い、これを家庭裁判所に移送すべきである旨主張する。
しかしながら、右主張もまた採用できないところであり、その理由は、後記量刑の事情について述べるところと同一である。
(量刑の事情について)
一本件殺害の犯行は、既に詳細に判示したところから明らかなとおり、被告人が甲野太郎に対して一方的に抱いた恋情が、同人の受け容れるところとならなかつたことに起因するものであり、右犯行の態様もまた判示のとおり、刺身包丁による殺害方法について、思いをめぐらし、その切れ味を試すなどした後、これを学校に持参し、同人の登校を待ち受け、始業の直前に右兇器をもつて一撃のもとに、同人の前腹部から背胸部へ貫通する刺創を負わせて殺害したものであり、しかも一回目の突き刺しにひるまず、実際には右突き刺しにより柄の部分が抜けて刃体が同人に突き刺つたままであつたために同人に更に別の傷害を負わせるには至らなかつたものの、右刺創を受けよろけて逃げようとする同人のあとを追い、右の柄を持つて同人の腹部を突いたりしていることを併せ考えると、周到な計画による極めて大胆かつ残虐な犯行というべく、同校生徒らに与えた衝撃はもとより、社会に及ぼした影響も重大である。更に、被害者である甲野太郎は、判示のとおり、おとなしい絵を好む真面目な生徒であつて、被告人から恋情を打ち明けられ、交際を求められても、これをとりなすなど、終始冷静な態度で接していたのであり、同人にこれといつた落度を見出すことはできないのである。しかして同人は、本件犯行により、前途春秋に富む一六歳半ばにして一命を奪われたのであつて、その無念さは計り知れないものがあり、同人の家族の嘆きも察するに余りあるところ、被告人やその家族からは慰藉の措置は全く構ぜられていない。更にまた、本件犯行の直前の状況など重要な点の一部についての被告人の供述は曖昧若しくは変転し、また、本件殺害の犯行は、甲野太郎や同人の友人らに責任がある趣旨の供述をするなど、今日に至るまで、改悛の情がそれほど顕著であるとはいい難いのである。
二しかしながら他面本件各犯行は、何よりもまず、被告人が心身とも未成熟な満一六歳四か月余にして犯されたものであり、また前述のとおり、被告人は幼くして父母が離婚し、老祖母によつて養育されたなどその生育歴からみて、思春期に特有の悩みや精神的葛藤を解消できるような家庭環境に恵まれなかつたなどの事情をはじめ、前掲弁護人の主張に対する判断の項に記載した本件犯行時における被告人の精神状態もまた量刑上考慮されなければならないものであることはいうまでもない。そして、被告人には、本件犯行に至るまでの間に、甲野太郎との間に判示のような行動があつたほかは、その日常行動は極めて普通のものであり、いわゆる非行少年にみられ勝ちな喫煙、シンナー類の吸引、不良グループとの交遊などは全くみられなかつたのである。
三以上、一、二に記載した諸事情をはじめ、本件に現われた諸般の事情を考慮にいれると、当裁判所は、被告人に対し、主文掲記の刑を以つて臨むのが相当と考えるものである。
よつて、主文のとおり判決する。
(清野寛甫 弓木龍美 柳澤昇)