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松山家庭裁判所 昭和38年(家)521号 審判 1967年12月22日

申立人 川又トシ子(仮名)

相手方 川又武(仮名) 外二名

主文

一  被相続人川又隆元の遺産を次のとおり分割する。

(一)  別紙遺産目録番号(1)ないし(8)および(10)記載の各不動産は、相手方川又武の単独所有とする。

(二)  同目録番号(11)記載の不動産の持分(三分の一)は、申立人川又トシ子二分の一、相手方川又晴夫・同川又安夫各四分の一の割合で同人らに取得させる。

(三)  相手方川又武は、その相続分を超過して相続財産を取得した債務負担として、(イ)申立人川又トシ子に対し金三万五、九四六円を、(ロ)相手方川又晴夫・同川又安夫に対し、各金九万一、八〇二円をいずれも昭和四三年から同四七年までの各一二月末日限り、各五等分ずつ(ただし、一〇円未満の端数は最終回払)に分割し、かつこれに本審判確定の日から支払日まで年五分の利息を付加して、それぞれ支払え。

二  本件手続費用のうち鑑定人桐本謹一に支払つた鑑定費用金一万円は、申立人川又トシ子金四、〇〇〇円、相手方ら三名各金二、〇〇〇円の割合で各当事者の負担とし、相手方らは申立人川又トシ子に対し各金二、〇〇〇円を支払え。その余の費用は各自弁とする。

理由

第一申立の要旨

一  申立の趣旨

申立人は「被相続人川又隆元の遺産について、適正なる分割の審判を求める」との審判を申立てた。

二  申立の実情

申立人は被相続人川又隆元の妻、相手方川又武は被相続人とその先々妻亡シズコ間の長男、相手方川又晴夫と同川又安夫は被相続人と申立人間の長男および二男であるところ、被相続人は昭和二七年一〇月一八日死亡したので、申立人と相手方らがその遺産を共同相続した。

被相続人は、生前別紙遺産目録記載の不動産を所有しており、これら不動産は、昭和二二年頃より相手方武において使用収益しているが、被相続人から相手方武に生前贈与されたものでも、耕作権を与えられたものでもなく、事実上占有管理させているものに過ぎないから、被相続人の死亡により当然相続の対象となつたものである。また、相手方武はこれら不動産を利用して相当の収益をあげているので、相続開始後の収益も遺産に組み入れて分割清算されるべき性質のものである。

しかるに、相手方武は、被相続人死亡後申立人から再三第三者を介して遺産の分割を要請するも、これに応ぜず双方間で分割の協議ができない。よつて、これが分割を求めるため本申立に及んだ。

なお、相手方武は、被相続人から、(イ)昭和二一年八月頃生計の資本として祖母川又ウメコ名義の預金七、五〇〇円位と、(ロ)昭和二四年一月頃婚姻に際し挙式費用等として現金三、〇〇〇円位をもらつているので、これら生前贈与分は、現在の貨幣価値に換算のうえ遺産に持ち戻し、相手方武の相続分から控除すべきである。

第二相手方(川又武)の主張

相手方武は、本件審判手続において次のように主張した。すなわち、(イ)別紙遺産目録記載の不動産は、昭和二一年八月頃被相続人から贈与されたものである。かりに贈与が認められないとしても、耕作権を有するので分割に際して考慮されたい。また、収益は労賃等を評価控除すればみるべきものはなかつた。(ロ)申立人主張の特別受益中、まず預金の点については、本籍地に帰住し農業を営むに際し被相続人から○○銀行○○支店発行の預金通帳(預金高七、五〇〇円ないし一万円)を受領したのは事実であるが、この預金は祖母ウメコ名義でなく自己名義のものであつて、その内容もその大部分は出征中自ら戦地より送金したもので、本件相続には無関係である。次に、婚姻の挙式費用については、近隣の知人から一万円借用してこれに充てたのであつて、被相続人からの援助は受けていない。

第三調停の結果

本件調停は当庁昭和三八年(家イ)第一三四号事件として係属し、同年七月二三日の第一回期日以来四回にわたつて開かれたが、申立人と相手方武間の感情的対立・相互不信感著しく、同年九月五日の期日に不成立に帰し、本件審判手続に移行したものである。

第四当裁判所の判断

一  相続人と相続分

(一)  本件記録に編綴の各一戸籍謄本、当庁家庭裁判所調査官土岐明・同宮内義三郎作成の各調査報告書並びに申立人および相手方武に対する審問の結果(各二回)によれば、次の事実を認めることができる。

被相続人は明治二九年川又ウメコ(昭和一八年一一月二二日死亡)の非嫡出子として出生、幼時に僧籍に入り、大正一一年先々妻シズコと婚姻してその間に相手方武(大正一一年三月二〇日生)をもうけたが、その際同女が難産のため不慮の死を遂げたので、その後先妻カヨと再婚したものの昭和一八年同女も死別した。そして、その後間もない頃申立人と内縁関係に入り、その間に相手方晴夫(昭和二〇年二月四日生)と相手方安夫(昭和二五年二月一日生)をもうけ、昭和二五年二月一三日申立人と正式に婚姻したが、昭和二七年一〇月一八日○○市○○寺の住職に在職中病死した。なお、被相続人は適式の遺言をしていない。

従つて、本件の相続人は申立人と相手方らの四名であり、本件では適式の遺言がないから、上記共同相続人の相続分は法定相続分により申立人が三分の一、相手方らが九分の二ずつとなる。

(二)  なお、申立人は相手方武の特別受益に関する主張をしているので、以下これについて考える。まず、預金の点につき、調査官土岐明作成の調査報告書(このうち相手方武の供述記載部分)によれば、この預金は、川又ウメコが自己の跡取りとして幼時より養育してきた相手方武名義で○○銀行○○支店に預けていたもので、終戦後外地から復員した相手方武が、ウメコ死亡後その保管をしていた被相続人から受取つて払戻済みのものであることが認められ、この事実によれば、ウメコは相手方武のためにする意思をもつて上記銀行と預金取引をしていたと推認すべく、従つて当該預金契約者間にいわゆる第三者のためにする契約が成立していたと考えるのが相当であり、その後相手方武が当該銀行に預金払戻請求をなしたこと前認定のとおりであるから、相手方武が上記受益の意思表示によつて完全にこの預金債権を取得したというべきである。そうすれば、上記預金は相手方武の固有財産で被相続人から受益したものでないから、申立人のこの点に関する主張は採用することができない。

次に婚姻の挙式費用の点につき、被相続人が相手方武の婚姻に際し親として多少の出損をしたであろうことは一応推測できるところであるけれども、この点に関する申立人の供述はあいまい(申立人は三、〇〇〇円か三〇〇円かを出した旨供述しているに過ぎない)で何らの裏付けもなく、その他特別受益として参酌するに価する相当額の出損をなした事実を確認できる資料がないので、申立人のこの点に関する主張も採用できない。

二  相続財産の範囲

(一)  別紙遺産目録記載の不動産について

本件記録編綴の各不動産登記簿謄本、調査官土岐明作成の調査報告書および相手方武の審問の結果(第一・二回)によれば、上記不動産の所有権と使用権の移転の経緯は次のとおりである。すなわち、同目録記載の不動産中、番号(3)・(7)・(9)の不動産は被相続人の、その余は被相続人の母川又ウメコの所有(但し、同目録(11)の不動産はその持分三分の一のみ)に属していた。そして、ウメコは、一人息子の被相続人が出家したため相手方武を跡取りとして幼時より手許に引き取り、同目録(12)記載の家屋に居住し同目録記載の農地等を使用して農業に従事していたが、昭和一八年相手方武の出征中死亡したので、その所有していた上記不動産は相続により被相続人の所有に帰した。その後、相手方武は復員し祖母他界のため一時被相続人が住職をしていた○○市○○寺に寄寓していたところ、申立人と不和を生じ同居に耐えられなくなり、被相続人の申出により、ウメコ死亡後ほとんど放置されていた上記農地等を耕作して生計を立てるよう勧められた結果、これを了承し、別紙遺産目録記載の所有権の帰属については、なんらの明確な話合のないまま、昭和二一年八月頃本籍地に帰住して祖母ウメコの跡を継ぎ、被相続人死亡後も引き続き同地で主として果樹栽培を主体とする農業に従事して今日に及んでいる。ところで、相手方武は、別紙遺産目録記載の不動産は、被相続人から贈与された旨主張するが、上記の事情からすれば、被相続人はこれを相手方武に無償で使用収益させる意思であつたことを確認しうるにとどまり、進んで贈与の意思があつたと認めるに足りないし、ほかに、相手方武の主張を認めるに足る的確な資料はない。

そうすれば、別紙遺産目録記載の不動産は、被相続人死亡当時その所有財産で、本件における相続財産(但し、同目録(9)の不動産は調査官宮内義三郎の調査報告書により川又家の墓地と認められるので、祭祀財産として遺産分割の対象から除外する。)と認めるのが相当である。

(二)  同上不動産からの収益について

前段認定の事実によれば、相手方武は被相続人との使用貸借契約に基づき上記不動産の使用収益権を取得したものということができ、この契約関係は、前記利用関係の設定の経緯および後記のような対象農地等の特別事情に照らせば、被相続人の死亡によつて直ちに解消すると解すべきではなく、また、その相続開始後における収益も、相手方武自身の所得として同人に帰属すると解するのが相当である。すなわち、これら農地等は、上記調査の結果によつて明らかな如く、海抜約四五〇メートルの山中に位置し農業用地としては限界点に近い劣等地で収益性に乏しい反面、その経営には多大の労力・経費を要しこの点を考慮に入れるとその純益はいくばくもない状況であり、更にこれら不動産を相手方武に使用収益させていなかつたならばその大部分は農地買収の対象となつていたであろうことが推認される。以上諸般の事情を併せ考えると、相続開始後上記不動産から若干の純益があつたとしても、これを遺産として分割の対象に組入れることは相当でなく、したがつて、この点に関する申立人の主張も採用できない。

三  相続財産の現況及び評価

(一)  調査官宮内義三郎作成の調査報告書によれば、別紙遺産目録記載の各不動産の現況は、概略次のとおりである。すなわち、同目録(1)の宅地は同目録(12)の建物の敷地であり、同目録(2)の宅地は現況畑で七年生位のみかん二本が植えられており、同目録(3)の宅地も現況畑で七年生位のみかん約二〇本が植えられている。同目録(4)の畑は現況みかん畑で七年生位のもの約一〇本、五〇年生位のもの約二〇本が植えられているが、後者の果樹は冷害により樹勢衰え隔年にしか結実せず収穫もみるべきもののない状況である。同目録(5)・(6)の畑は現況みかん畑でいずれも七年生位のものが三本ずつ植えられている。同目録(7)の畑は現況びわ畑で三〇年ないし三五年生のもの約一五本が植えられているが、果樹は冷害などにより通常の収穫を期待できない状況である。同目録(8)の山林は現況みかん畑で二五年生位のもの約七〇本、二〇年位のもの約三〇本が植えられているが、果樹についてはこれも冷害により樹勢衰えその三分の一位が枯れかかつているうえ隔年にしか収穫のない状況である。同目録(9)の畑は前叙のように川又家の墓地である。同目録(10)の山林は現況雑草地でその中に五〇年生位のびわ約二〇本と一〇年生位のびわ約六本が散在するが、ほとんど放任状態で樹勢もなく収穫はほとんど期待できない状況である。同目録(11)の山林は現況二五、六年生の杉山である。同目録(12)の居宅は既に朽廃し住宅としては使用に耐えなくなつており、僅かに物置として利用されているに過ぎない。

そこで次に同上各不動産の時価を算定することとするが、それに先立ち上記果樹について考えるに、まず七年生位のみかんは、相手方武が本件相続開始後に植栽して育成してきたものであるから、分割評価の対象外とし、その他の果樹については、相手方武が前叙のような地理的悪条件にもかかわらず長年にわたつて労苦を惜まず管理し、辛じてこれを維持してきたものであつて、これら果樹の育成・維持については相手方武に特別の寄与があると認められ、実質的には相手方武に帰属すべきものとして取扱うのが相当であるから、これを遺産評価の対象外とする。そのうえで、鑑定人桐本謹一の鑑定の結果に従い、上記各不動産(但し、地積は公簿上の面積と大差ないと認められるので、これを基礎とする。)の時価を算定すると、別紙遺産目録時価欄記載の価格となる。

(二)  以上相続財産の評価の結果、本件において遺産分割の対象となる物件の時価合計額は、一、三二万八、九二三円となる。

四  分割方法

(一)  前叙のところにより、本件の遺産分割は法定相続分、すなわち申立人三分の一、相手方三名につき各九分の二の割合をもつてなさるべきところ、その割合による相続分を本件において分割の対象とすべき遺産総額一、三二万八、九二三円について金額で算出すると、申立人四四万二、九七四円、(円未満四捨五入、以下同様)、相手方ら各二九万五、三一六円相当額となる。

しかして、この相続取得額に対し、どのように本件遺産を割当て取得させるかについては、遺産に属する物件等の種類・性質、各相続人の職業その他一切の事情を考慮して実施さるべきところ、本件記録編綴の住民票謄本および調査の結果によれば、

(イ) 申立人は、被相続人死亡後最近まで、先夫田崎某との間の長男でトラック運転手をしている田崎長治夫婦の家に、相手方安夫と共に引取られ、無資産・無収入で田崎夫婦に扶養されていたが、現在、相手方晴夫と同居しており、相手方晴夫は現在申立人と居住し、独身でハイヤー運転手として稼働して自活しており、相手方安夫は現在高校在学中である。そして、上記当事者については、いずれも農業の経験はなく、また将来農業を営む意向もない。

(ロ) 相手方武は妻と子供二人の家族を有し、最近祖母ウメコの遺していた前叙家屋が朽廃して居住に耐えなくなつたので、下手部落に新居を建てて移住し、本件遺産に他から購入した農地七反歩位を併せて、主としてみかん栽培をしているが、農業収入だけで一家を支えるに十分でなく、冬期その他の農閑期に日雇人夫などになつて稼働し、その副業収入をもつて生計の足しにしており、現在上記家屋新築・農地購入による負債が相当額残存し、生活は楽ではないが、引き続き同地で農業を営みたい意向である。

以上の事実が認められ、これに前叙の遺産に属する物件の種類・性質およびその現況その他本件にあらわれた一切の事情を参酌し、本件遺産を次のように分割するのが適当と考える。

(二)  別紙遺産目録記載の不動産中、番号(1)ないし(8)および(10)の不動産(その価額合計五一万四、八六七円)は相手方武の単独所有とし、番号(11)の不動産の持分(被相続人の持分三分の一、その価額八一万四、〇五六円)は、申立人二分の一(その価額四〇万七、〇二八円)、相手方晴夫同安夫各四分の一(その価額各二〇万三、五一四円)の割合で同人らに共有帰属させ、その結果、相手方武は上記取得額が相続取得額を二一万九、五五一円超過することになり、逆に申立人は上記取得額が相続取得額に三万五、九四六円、相手方晴夫・同安夫は各九万一、八〇二円不足することになるので、これについては相手方武に債務を負担させ金銭で支払わせることにする。そして、相手方武が本来の農業収入乏しく相当額の負債もあつて生活が豊かでない事情を考慮し、申立人、相手方晴夫・同安夫に対する債務負担金の支払分については、支払期限の猶予を与え、昭和四三年以降昭和四七年まで毎年果樹収穫による一時収入のある一二月末日限り各五等分ずつ(但し、一〇円未満の端数は最終回払)に分割して支払わせるのが相当である。なお、右分割払金については、分割払の際、これに対する本審判確定の日から支払日まで民法所定利率年五分の利息を付加して支払うことを命ずる。

五  結論

以上の次第で、被相続人の本件遺産について申立人および相手方三名の分割取得分等を主文第一項のとおり定め、なお本件手続費用については家事審判法第七条、非訟事件手続法第二六条・第二七条を適用して主文第二項のとおり定める。

よつて、主文のとおり審判する。

(家事審判官 糟谷忠男)

別紙 遣産目録 編略

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