松山家庭裁判所西条支部 平成13年(少)511号 決定 2002年5月14日
少年 I・K(昭和60.9.14生)
主文
この事件について、少年を保護処分に付さない。
理由
(送致された事実)
警察から送致された本件審判に付すべき事由は、一部に措辞やや適切さを欠く部分もあるが、大要「少年は、中学3年生の頃から非行が目立ち始め、家出等を繰り返すようになり、高校進学後も昼夜逆転の生活から怠学を繰り返したため、1か月ほどで退学するに至った。その後は、帰宅せず男性宅に友人2名と住み着き深夜徘徊等を繰り返す状態になった上、無免許運転により物損事故を起こした。また、暴行や恐喝により保護観察下にありながら、保護観察決定後2か月経過した時点で保護司宅には一度しか訪問しておらず、更生の意図は全く認められない。少年には、JR○○駅における窃盗容疑があるため、友人や保護者を通じ、警察署への出頭を指示したが全く応じようとしないうえ、現在(事件送致は、平成13年11月9日)も帰宅することなく、友人宅を泊まり歩きその所在がつかめないなど、このまま放置すれば生活費や遊興費欲しさからさらなる犯罪に手を染め、あるいは、福祉犯の被害者となる可能性は極めて高い。少年は保護者の正当な監護に服さないばかりか、正当な理由もなく家庭に寄りつかない性癖があると認められ、早急な観護の措置を要求するものと思料される。」とするものであり、その表現ぶりから、窃盗などの財産犯のぐ犯事案として送致されたものと理解できる。(なお、送致事実にある「JR○○駅での窃盗容疑」とは、一件記録によれば、平成13年7月4日に被害者が犯人グループとの会話中にバックから定期入れを抜き取られ、会話に気を取られている隙に現金を窃取されたという事案であり、犯人が犯行の折りに被害者に手渡したメモ紙片に「K」という記載があったことや、犯人グループと目される者の内の一人が、面割り捜査によって本件少年の交友者であると判明したことなどから、少年に同事件の嫌疑がかけられたものである。)
(少年の送致事実に対する供述)
少年は、審判廷で、「次に何か悪いことをするとかは当たっていません」と述べ、また、前記JR○○駅における窃盗容疑に関しては、「その場所には居ましたが、お金を盗ったりしたことはありません。」と述べてその関与を全面的に否定した。
(当裁判所の判断)
1 当裁判所において取り調べた関係証拠によれば、少年について、少年法3条1項3号イ及びロに該当するぐ犯事由は認められるものの、ぐ犯性があると認定するだけの証拠は存しないから、同条3号にいうぐ犯の成立を認めることはできないというべきである。以下、個別に補足して説明する。
2 ぐ犯事由の認定について
関係証拠によれば、以下の各事実が認められる。
(1) 少年は、平成12年10月に起こした暴行事件及び同年11月に起こした恐喝事件により、平成13年8月28日に当裁判所で保護観察(一般長期)に付する処分を受けた。その際に、特別遵守事項として、<1>人を脅して金品を強要しないこと、<2>家出や無断外泊をしないこと、<3>勝手に仕事を休んだり職場を変えたりしないこと、<4>毎月すすんで担当保護司を訪ね生活状況を報告し指導助言を受けることを定められていたが、少年は、同年10月に1回保護司宅を来訪したのみで、保護観察開始当初から自宅に落ち着かず、友人宅を転々とする生活となっていたものである。
(2) 少年の生活歴を遡ってみると、少年は、9人同胞の3女として出生し、子供の養育に非協力的な父と子育てに忙殺される母の下で育ち、長兄が少年院送致決定を受けるなど不安定な家庭環境を背景として、中学3年時(平成12年)の夏休みに母から外泊を規制されたことに強い反発を感じるようになっていた。少年は、前件審判前の時点である、平成13年5月上旬に同級生であるAらと共に、成年男性のB方で居候生活を始めるとともに、前件非行前から、○○市内の寿司店でアルバイト勤務をしていたが、遅刻を端緒として2か月ほどで解雇され、以後はAらと共にBから食住を提供される状態にあった。少年は、同年7月上旬に一旦は保護者により自宅へ連れ帰られたが、一週間後には再びAらと共にB方での居候生活に戻った。その後、少年がB所有の自動車を無免許運転中に自損事故を起こしたりしたため、Bは同年9月下旬に少年らへの退去を求めたが、少年らは一時退去した後もBの留守中に勝手に同人方に上がり込むことなどを繰り返したことから、対応に苦慮したBはアパートを引き払って実家に帰った。さらにその後、少年は、同年9月ころから、Aらと共にAの知人宅に居候し、自らは○○市内の居酒屋でアルバイト勤務を始めた。その際に少年は、同居酒屋の店長に対し自らが保護観察中であることを申告の上、午後5時前から午後9時ないし午前0時まで勤務していた。しかし、同年12月に店長からマニキュアを注意されたことで同店を退職し、一時A宅で生活した折りに、同所を訪ねた母親と短時間対面したが、室内へ逃げ込み、以後一時所在が不明となった。少年は、平成14年1月初めころから別の同級生宅で居候する生活を始めるようになったが、その後も実妹とは電話連絡を取り合っており、当裁判所から調査のため正式呼出しを受けていることを聞き知ったことから、呼出前日の平成14年3月4日に自宅に戻った。
(3) 前件審判後も継続している家出状態について、少年はさしたる理由を述べないが、同人が家庭に落ち着きを感じられなかったであろうこと自体は、少年の家庭環境や実母とのこれまでの感情的な軋轢を考えると、理解できなくもない。しかしながら、約10か月間にわたり、保護観察を蔑ろにして家出状態を継続し、母親が帰宅を促してもこれから逃避して友人宅で居候生活をするなどしていたのであって、この状況は、少年法3条1項イ、ロがぐ犯事由として規定する「保護者の正当な監督に服しない性癖があること」「正当な理由がなく家庭に寄りつかないこと」に該当するというべきである。
3 ぐ犯性について
(1) そこで、次に少年のこれまでの生活ぶり等に照らして、同条項に該当する「ぐ犯性」があるといえるかについて検討する。
(2) ぐ犯性の内容は、少年の性格や環境に照らし、抽象的、一般的にみて将来少年が特定の犯罪を犯す可能があると予測できるという程度では十分ではなく、将来当該少年が特定の犯罪を犯す蓋然性が高いと認められることが必要であると解されるところ、事件送致の時点においても、上記の通り、JR○○駅での詐欺盗について何らかの関与が疑われるような状況があったことは認められるものの、少年の犯罪事実を裏付けるような証拠はなく、審判直近の電話照会によれば、今後、同容疑が事件化されて送致される見込みもなくなっているところである。また、前記の通り、正当な監護から逃避して知人方等での居候生活を繰り返していたとはいえ、その間にも少年は、断続的にアルバイトをしてそれぞれの期間の生活費を捻出していたことや、雇用主に自らが保護観察下あることを申告するなど、少年なりの自力更生に向けた言動があったと認められる上、最終的に家庭裁判所からの正式の呼出しを受け、平成14年3月5日に当庁調査官と面接した際には、少年は、早期に定職に就き、勤務以外の外出を控える旨を申し出るなどし、また、調査官より、<1>前記詐欺盗の疑いに関して○○警察署に出頭して取調に応じること、<2>保護観察官や保護司の指示を遵守して往訪を励行することなどを指示したところ、少年は、調査面接の帰途に○○警察署に任意出頭して取調を受け、また、松山保護観察所の呼出しにも応じて保護観察官の定期駐在時に同人や保護司の面接を受けるに至っているなど、更生意欲が向上し始めている状況である。
(3) よって、少年のこれまでの処分歴や同人の性格等を考慮し、友人宅へ居候生活を続けて家庭から離脱していた生活状況等をもってしても、少年が金銭に窮し、将来窃盗などの財産犯を犯す蓋然性があったとは断定できず、現時点おいても、従前に比べ困窮の度合いが深まったとか、財産犯的な犯罪傾向を窺わせる行動が増えたという状況は認められない。よって、ぐ犯性の認定時期を送致時、終局処分時いずれと解しても、本件少年につきぐ犯性を認めることは困難といわざるを得ない。
4 以上のとおり、証拠上、少年には少年法3条1項3号にいう「ぐ犯」の非行事実は認めることができないから、少年法23条2項により、主文のとおり決定する。
(裁判官 北村和)