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松江地方裁判所 平成12年(行ウ)4号 判決 2001年7月04日

主文

1  本件訴えをいずれも却下する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告が,Aに対して,平成11年12月17日付けでなした島根県江津市α154番地から同市β2372番地への酒類販売場移転許可処分を取り消す。

第2事案の概要

本件は,原告らにおいて,被告がAに対し,平成11年12月17日付けでなした酒類販売場移転許可処分には,酒税法16条に違反する違法がある主張して,その取り消しを求めた抗告訴訟である。

1  争いのない事実

(1)  (原告ら)

原告浜田小売酒販組合(以下「原告組合」という。)は,酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律(以下「組合法」という。)に基づいて,浜田税務署管内を管轄区域として設立された酒販組合である。

その余の原告らは,原告組合の組合員であり,いずれも同税務署の管轄区域である島根県江津市内に店舗を有して,酒類販売業(小売業)を営む者である(以下,原告組合以外の原告らを,まとめて単に「原告組合員」ともいう。)。

(2)  (本件処分)

被告は,Aに対し,平成11年12月17日付けで酒税法16条1項に基づく酒類販売場移転許可処分(以下「本件処分」という。)をした。

2  争点

(1)  原告らの原告適格の有無

(2)  本件処分の違法性の有無

3  争点に関する当事者の主張

(1)  争点(1)について

(原告らの主張)

処分の取消しの訴えにおいて,原告適格を有するのは,当該処分の取消しについて法律上の利益を有する者であるが,原告らには以下のとおり原告適格がある。

ア 原告組合員の原告適格

原告組合員は,酒税法による酒類販売業の免許を受けて業を営むものであり,本件処分のような違法な酒類販売場移転許可処分について,重大な法律上の利害関係がある。すなわち,A,原告組合員は,いずれも原告組合の構成員として,その指導,監督の下に酒税法の統制下に置かれているのであり,酒税法違反の処分が看過され,不適格な酒類販売業者(いわゆるアウトローといわれる業者)が参入するような事態が日常的に横行することになっては,同法の統制の下で種々の規制を受けながら業を営む原告組合員の「法律上の存立根拠」が崩壊するとともに,同法によって保護された原告組合員の営業が重大な危機にひんするおそれがある。したがって,原告組合員には,本件処分のような「酒税法違反の看過」という法律状態に対して,その取消しを求める法律上の利益があるというべきである。なお,被告の原告適格に関する主張は,原告らが,本件訴訟において,「既存の酒類販売業者である原告組合員が不当な競争にさらされないような『経済的利益』」を問題としているとの誤解に基づきなされたもので,失当である。

イ 原告組合の原告適格

(ア) 以下のような組合法の規定に照らすと,組合法は,単に「酒税の保全」ないし「酒税の確保」を目的とするにとどまらず,不適格者が酒類の販売流通過程に参入することを阻止するために,「酒類業界の安定」ないし「酒類の取引の安全」をも図ることを目的とするものである。

a 組合法の目的(組合法1条)

組合法は,①「酒税の保全」=「酒税の確保」と②「酒類業界の安定」=「酒類の取引の安定」の2つを並立的に保護法益(立法の目的)とした上で,①酒類業者が,組合を設立して,「酒税の保全」に協力し,共同の利益を増進する事業を行うことと②政府が酒類業者等に対し,必要な措置を講ずることを上記法益実現の手段としている。

b 酒類業組合(組合法3条)

酒類製造業者又は酒類販売業者は,それぞれ酒販組合(以下,両者を「酒類業組合」ともいう。)を組織することができる。

c 酒類業組合の事業目的(組合法42条),権限(組合法43条1項,48条,13条2項1号)

同組合の事業目的は,上記(ア)aの2つの保護法益に対応して,①「酒税の保全」ないし「酒税の確保」に関するものと②組合員の共同の利益に関するものに大別できるが,組合法42条4号の「酒税法違反の自発的予防」は双方の目的に関係する事業である。

酒類業組合は,組合法1条の目的を達成するために,原価の引下げ,能率の増進その他組合員の酒類製造業又は酒類販売業の経営の合理化(酒類の取引の円滑な運行及び消費者の保護に資するために必要なものを含む。)を遂行するため特に必要がある場合において,酒類の販売のための施設に関する規制,酒類の容器に関する規制その他の組合員が販売する酒類の販売方法に関する規制(当該規制に係る酒類の価格又は数量に不当に影響を与えるものを除く。)(組合法42条5号)を行うことができる。この規定は,従前,「組合員の(中略)販売する酒類の販売の競争が正常の程度をこえて行われていることにより,酒類の取引の円滑な運行が阻害され,組合員の酒類製造業又は酒類販売業の経営が不健全となっており,又はなるおそれがあるため,酒税の納付が困難となり,又はなるおそれがあると認められる場合において,組合員が販売する酒類の販売数量,販売価格又は販売方法に関する規制を行うことができる。」とされていたものが平成9年6月20日法律第96号により,上記のとおり改正されたもので,「酒税の納付」という文言が削除されていることからすると,酒類業組合が行う上記規制権限が「酒税の確保」とは別個の目的によるものであることが明らかである。かくして,この改正により,酒類業組合は,未成年の飲酒防止のための自動販売機の屋外設置の禁止や制限等を目的とする規制ができるようになったが,これにより組合法が「酒税の保全」ないし「酒税の確保」を唯一の目的としていないことがより一層明らかになったというべきである。

また,酒類業組合は,同号の規制の内容及びその実施に関する定め(協定)を設定又は変更し(組合法43条1項),上記協定に違反した組合員に対し,過怠金を課することができるほか(組合法48条),酒類業組合の事業を妨げ,又は妨げようとする行為のあった組合員を除名する権限を有している(組合法13条2項1号)。

(イ) 酒類販売の免許制度が正しく運営され,免許制度の根幹を揺るがすような酒税法違反が看過されぬよう対処することは,「酒税の保全」にとって不可欠のことであるが,本件のように,違法な免許の譲渡があった場合に,これを容認すれば,「酒税の保全」ないし「酒税の確保」に重大な支障が生ずるのみならず,酒類の流通過程へ参入した不適格者が酒類業組合の組合法42条5号の上記規制に従わないこと等により,同組合の存続や上記法定の事業活動の一つである「酒税法違反の自発的予防」にも支障が生じ,原告組合の存立根拠を否定され,ひいては組合法の目的である「酒類業界の安定」と「酒類の取引の安全」にとって直接的かつ重大な支障が生ずることになる。

よって,原告組合には,本件処分を取り消すことにつき,「法律上の利益」がある。

(被告の主張)

処分の取消しの訴えにおいて,原告適格を有する者は,当該処分の取消しについて法律上の利益を有する者であるところ,原告らには以下のとおり法律上の利益がないから,本件訴えはいずれも不適法であり,却下を免れない。

ア 原告組合員の原告適格

原告組合員は,いずれも本件処分の名あて人ではなく,被告からの酒類の販売業免許を受けた者にすぎない。そして,酒税法上の免許制度に関する諸規定は酒税の確実な徴収とその税負担の消費者への円滑な転嫁を確保しようとするものであって,既存の酒類販売業者を保護するものではないから,原告組合員が本件処分を取り消されることにより何らかの利益を受けるとしても,その利益は酒税の徴収確保という財政目的から設けられた酒類販売業免許制度の運用に伴って生じる反射的利益ないし事実上の利益にすぎず,法律上保護された利益ということはできない。

なお,原告らは,本件訴訟においては,既存の酒類販売業者である原告組合員が不当な競争にさらされないような「経済的利益」を問題としているのではなく,本件処分の対象となった販売場移転にしゃ口した「違法な酒類販売業免許の売買」により,酒税法によって保護された原告組合員の営業が重大な危機にひんすることを問題にしており,原告組合員には原告適格があると主張している。しかし,その利益が営業に関するものというのであれば,まさに原告組合員の経済的利益を問題にしているというほかないし,また,酒税法秩序の維持を問題にするのであれば,まさに客観訴訟であり,いずれにしても,その主張は失当である。

イ 原告組合の原告適格

組合法が,「酒税の保全」ないし「酒税の確保」の目的に加え,「酒類の取引の安定」ないし「酒類業界の安定」を目的にしたのは,酒類業者一般の経済的安定が「酒税の保全」に影響することから,公益と酒類業界全体の利益を共に達成しようとしたものであるが,組合法の存在意義は,あくまで「酒税の保全」ないし「酒税の確保」にあり,「酒類の取引の安定」ないし「酒類業界の安定」は酒税確保のための手段及び結果にすぎない。したがって,組合法を根拠として,原告組合に原告適格を認めることはできない。

また,組合法には,税務署長が行う酒類販売業免許に関する処分はもとより,酒税法に基づくいかなる処分に対しても,原告組合等の酒類業組合が意見を述べたり,承諾を与えるような規定は存しないから,組合法を根拠として,原告組合に酒税法に違反する税務署長の処分を取り消す法律上の利益があるとはいえない。

(2)  争点(2)について(原告らの主張)

本件処分には,以下のア及びイの記載の違法があり,取消しを免れない。

ア 酒類販売業免許の脱法的譲渡

本件処分は,酒税法16条1項による酒類販売場の移転許可申請にしゃ口して,実質的には,酒類販売業の免許をAから有限会社プログレス(以下「プログレス」という。)に譲渡するものである。すなわち,Aは,従前の販売場で酒類の販売を営んでいたが(年間1万2000リットル前後の売上げ),同人が雇用していた従業員が退職したのを機に廃業ないし休業を決意し,売上げが皆無に近い状態となった平成11年4月ないし6月ころには,同販売場のあった店舗を閉鎖し,実質的に廃業する状態であった。ところが,そのころ,プログレスとAとの間で,Aがプログレスとの間でフランチャイズ契約を締結し,酒類販売場の移転許可を取得するという形式を装うことにより,脱法的に酒類販売免許の譲渡をする合意がなされ,Aは,この合意に基づいて,本件酒類販売場移転許可の申請をした。このような脱法的な免許の譲渡は,厳格な免許制度を採用する酒税法にかんがみ違法であるから,かかる譲渡を企図してなされた許可申請に対する本件処分は違法である。

イ 酒税法16条違反

本件処分は,平成10年3月31日付けで一部改正された国税庁長官通達「酒類販売業免許等取扱要領」第5章第2(以下,単に「本件改正通達」という。)に手続,実体の両面において違反している。

すなわち,まず,手続面について,本件改正通達1(2)の定める要件(移転後の販売場における申請者の酒類販売能力,所要資金,販売施設及び設備の具備の有無等を確認すること)の調査や関係者の聴取が十分になされていない。

次に,実体面としても,本件改正通達1(1)の定める要件(移転後の販売場における経営者が,当該移転許可申請を行った酒類販売業者であることを確認すること等)が充足されていない。

その結果,移転後の販売場において酒類の販売を継続的に行う意思も能力もない申請者であるAに対して,本件処分がなされた違法がある。

第3争点に対する判断(争点(1)について)

1  本件訴えは,行政事件訴訟法3条2項にいう「処分の取消しを求める訴え」であり,この訴えは,当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り,提起することができる(行政事件訴訟法9条)。同条にいう「法律上の利益を有する者」とは,当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又必然的に侵害されるおそれがある者をいい,行政法規が公益の実現等他の目的のため行政権の行使に制約を課している結果,たまたま一定の者が受けることとなる反射的利益ないし事実上の利益を有するにすぎない者を含まないと解するのが相当である。そして,当該処分の名あて人以外の特定又は不特定の者の有する利益が「法律上保護された利益」に当たるか否かは,当該行政法規のみならず,これと目的を共通する関連法規の関係規定によって形成される法体系の中で,当該処分を定めた行政法規の趣旨,目的を考慮した上,根拠規定が当該処分を通じて上記のような名あて人以外の第三者の個別的利益をも保護しようとするものであるかどうかによって決するのが相当である。

2  そこで,酒税法のほか関連法規である組合法を含めた酒税法体系の中で,本件処分を通じて,本件処分の名あて人以外の者である原告らの個別的利益をも保護すべきものとしていると認められるかどうかについて検討する。

(1)  まず,本件処分にかかる酒税法をみると,酒税法は酒類を課するとし(酒税法1条),酒類の製造業者を納税義務者とし(酒税法6条1項),酒類の製造及び販売業につき免許制を(酒税法7条ないし9条),酒類の製造場及び販売場の移転について許可制を(酒税法16条1項)それぞれ採用し,上記酒類の製造場又は販売場の移転の許可申請があった場合において,「正当な理由がないのに取締上不適当と認められる場所に製造場又は販売場を設けようとする場合」(酒税法10条9号)又は「酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持する必要があるため酒類の製造免許又は販売業の免許(酒類の製造場又は販売場の移転の許可)を与えることが適当でないと認められる場合」(酒税法10条11号)には,税務署長は上記の許可を与えないことができるとしている(酒税法16条2項)。以上の規定からすると,酒税法は,酒類販売業者においては,酒類が製造場から移出されて,消費者の手に渡るまでの流通過程を担当する地位にあるため,納税義務者である酒類製造業者に酒類の販売代金を確実に回収させ,最終的な担税者である消費者に対する税負担の円滑な転嫁を実現するためには,これを阻害するおそれのある不適当な酒類販売業者の参入を抑制し,また,その濫立を防止して,取引の混乱を防ぎ,酒税の徴収を確保するための監督を行う必要があることから,酒類販売業者について,酒類製造業者同様,免許(販売場移転の場合には許可)を受けなければならないものと定めたものと解される。

酒税法には,酒類販売業の免許ないし販売場移転許可の際に,販売場の設置場所の適正化について定めた規定は見あたらない。また,酒税法のほかの規定や酒類の製造場及び販売場の移転許可申請手続について細目を定めた酒税法施行令には,上記申請に対する審査の際,申請者以外の酒類の製造業者,販売業者又は酒類業組合に対して,許可の申請があったことを告知する手続や許可を与えることについて意見聴取の機会を与える手続等,これらの者に対する手続的な保障を目的とする規定は設けられていない。

このような酒税法及び同法施行令の規定の内容に照らすと,上記酒税法に基づく免許,許可制度に関する諸規定は,酒税の確実な徴収とその税負担の消費者への円滑な転嫁を確保する必要という専ら財政目的の見地から採用されたものというべきであり,既存の酒類販売業者の経営を保護する意図に出されたものではないというべきである。酒類の製造場,販売場の移転許可制度を定めた酒税法16条の規定も上記財政目的の見地から規定されたものにほかならず,同条に基づく処分の名あて人以外の近隣における既存の酒類販売業者の営業の安定等の個別的利益あるいは酒類業組合の事業の安定までも法律上保護しようとしたものとはいえない。

(2)  次に,組合法をみると,組合法は,「酒税が国税収入のうちにおいて占める地位にかんがみ,酒税の保全及び酒類業界の安定のため,酒類業者が組合を設立して酒税の保全に協力し,及び共同の利益を増進する事業を行うことができることとするとともに(中略),もって酒税の確保及び酒類取引の安定を図ること」を目的とするものであること(組合法1条),酒類製造業者又は酒類販売業者は,酒税の保全に協力し,及び共同の利益を増進するため,それぞれ酒造組合又は酒造組合(「酒類業組合」と総称することは上記のとおりである。)を組織することができ(組合法3条),酒類業組合は,酒税法の規定により組合員が提出する申告書等の取りまとめ(組合法42条1号),国が発する通知の組合員への伝達(同条2号),その他国の行う酒税の保全に関する措置に対する協力(同条3号),酒税法違反の自発的予防(同条4号),原価の引下げ,能率の増進その他組合員の酒類製造業又は酒類販売業の経営の合理化(酒類の取引の円滑な運行及び消費者の保護に資するために必要なものを含む。)を遂行するため特に必要がある場合において,酒類の販売のための施設に関する規制,酒類の容器に関する規制その他の組合員が販売する酒類の販売方法に関する規制(当該規制に係る酒類の価格又は数量に不当に影響を与えるものを除く。)を行うこと(同条5号)などの事業を行うこと等ができると定めている。

組合法上,酒類業組合が,税務署長のした酒税法に基づく酒類販売業の免許,販売場移転許可に関する処分はもとより,大蔵大臣(本件処分当時)等国の行う措置等に対し,意見を陳述したり承諾を与える規定は設けられていない。

酒類業組合は,酒類製造業者又は酒類販売業者が,任意に加入,脱退することができる任意団体であり,同組合に加入せず,又は脱退した業者に対しては,そもそも上記規制等を行うことができない。しかも,上記の規制及び酒税法違反の自発的予防(組合法42条4号)などは,酒類業組合の義務ではなく,権限にとどまる上(同法42条本文),その内容も同法上明記されているわけではなく,各酒類業組合が自主的に決定することが予定されているといえる。

ところで,組合法は,昭和28年に制定されたものである。当時は,酒類供給の急激な増加により,販売競争の激化,酒税の滞納,酒税の強制徴収による業界の混乱という好ましくない事態の発生が予測されて酒類製造業者又は酒類販売業者の自己防衛組織が必要となり,また,経済情勢の変化に対応した酒税の保全措置が必要とされ,組合法の制定がされたものである。その結果,酒類業組合は,酒税の納付が困難となる場合に,いわゆる独占禁止法の除外として,一定の規則(過度競争防止カルテル等)をする権限を有していたが,いわゆる規制緩和推進計画のもとに制定された平成9年6月20日法律第96号により上記規制権限は廃止され,組合法1条の目的規定も「組合が酒類の適切な需給調整等を行うことができることとする」との部分が削除され,また,酒類業組合は,酒類の社会的規制すなわち未成年者飲酒防止,酒類容器のリサイクル等の必要性をも踏まえて,酒類の販売方法に関する規制を行うことができるように改められた(乙1,弁論の全趣旨)。

(3)  そこで,以下,検討する。

まず,原告組合員は,本件処分の名あて人ではなく,既存の酒類販売業者である。そして,酒税法が既存の酒類販売業者を法律上保護するものではないことは,前判示のとおりであり,本件処分の取消しにより,原告組合員が利益を受けることがあったとしても,それは,法律上保護された利益ではなく,反射的利益ないし事実上の利益にすぎないというべきである。したがって,原告組合員には,本件訴えの原告適格がない。

次に,原告組合は,本件処分の名あて人ではない,ただ,原告組合は,組合法に基づいて設立された酒類業組合であることから,組合法に基づき,なお本件処分の取消しを求める法律上保護された利益を有しているか検討する。組合法の上記制定経過,組合法1条が「酒税が国税収入のうちにおいて占める地位にかんがみ」と前置きしていること,組合法の上記規定内容からすると,組合法は,「酒税の保全」のために「酒類業界の安定」を図ること,すなわち酒類の製造,販売業者の自主的な組織である酒類業組合の円滑な運営を通じて,「酒税の保全」を可及的に達成することにしたものであり,「酒税の保全」を目的とした酒税法の補完法という関係にある。しかも,規制緩和のもとに上記のとおり改正された組合法においては,酒類業組合に有していた上記過度競争防止カルテル等の規制権限も廃止された結果,酒類業組合が,「酒類業界の安定」を図るとこも従前のように十分行うことが困難になったというほかはなく,「酒税の保全」を離れて「酒類業界の安定」を図る関係にないことがより一層明らかとなったといえる。このように考えるならば,組合法の目的は「酒税の保全」といえるのであり,「酒税の保全」に資することのない「酒類業界の安定」のみを目的としたものではないことになる。そうすると,組合法によっても,酒類業組合の個別的利益を保護する趣旨を含むものではないことになるから,原告組合に本件訴えの原告適格を認めることはできない。なお,上記平成9年6月20日法律第96号により,酒類業組合が,未成年者の飲酒防止のための販売方法に関する規制等ができることになったが,その規制の内容,方法等の規定はなく,各組合の自主的決定にゆだねられていること等を照らすと,酒類業組合に販売方法に関する規制等の権限を認めたことをもって,酒類業組合に本件処分の取消しを求める法律上の利益があるとすることはできない。

よって,原告らの本件訴えの原告適格はない。

(4)  原告らの主張について

ア 原告らは,本件訴えにおいて,既存の酒類販売業者である原告組合員が不当な競争にさらされないような「経済的利益」を問題としているのではなく,「酒税法違反の看過」という法律状態に対し,原告らがその取消しを求める法律上の利害関係を直接に有することを問題にしているのであって,これを認めることが司法の本来的な機能を果たすことになると主張する。

ところで,行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為の取消しを求める取消訴訟は,国民の権利・利益の救済を図ることを目的とする主観訴訟であり,かかる主観的な権利・利益を離れて,客観的な法律状態の是正を求めるという訴えは,立法論としては格別,現行法下では許されていない。原告らの上記主張の趣旨は必ずしも明らかとはいえないが,本件訴えが原告らの主観的な権利・利益を離れて「酒税法違反の看過」の是正を求める趣旨であるとすれば,この意味において既に失当といわざるを得ない。また,原告らの上記主張が「酒税法違反の看過」という法律状態の是正を求めること自体に利益があるとの趣旨であるとすれば,そのような是正を求めることが原告らの主観的な権利・利益とどのような関係になるのかについて具体的に主張すべきであるが,原告らはこの点の主張をしていない。したがって,原告らの上記主張は採用できない。

イ 原告らは,原告組合員自身において,本件処分の対象となった酒類販売場移転にしゃ口した「違法な免許の売買」を是正することができないならば,不適格な酒類販売業者(いわゆるアウトローと呼ばれる業者)が参入し,免許を受け,酒税法の統制の下で種々の規制を受けながら業を営む原告組合員の「法律上の存立根拠」を崩壊させるともとに,酒税法によって保護された原告組合員の営業に重大な危機をもたらすことになる(原告らの主張は明らかではないが,上記原告組合員の「法律上の存立根拠」や「営業の利益」をもって,原告らが救済を求める主観的権利・利益であると主張をしているものとして,論を進めることとする。)から,原告組合員には原告適格があると主張する。

しかし,酒税法に基づく酒類販売業の免許制度に関する諸規定や数々の規制は,専ら酒税の確実な徴収とその税負担の消費者への円滑な転嫁の確保を目的とするものであって,原告らが主張するような原告組合員の「法律上の存立根拠」や「営業上の利益」をも法律上保護する趣旨と解することができないことは前判示のところから明らかである。したがって,原告らの上記主張は採用しない。

ウ 原告らは,①組合法1条は,「酒税の保全」ないし「酒税の確保」のみならず,「酒類業界ないし酒類取引の安定」を図ることがその目的である旨明文で規定し,組合法により設立された酒類業組合は,酒税法違反の自発的予防に関する事業を行うことになっており,組合法は,酒税法に基づく酒類販売の免許制度とともに不適格者が酒類の販売流通過程に参入することを阻止し,「酒類業界ないし酒類取引の安定」を図ることをも目的としている,②平成9年6月20日法律第96号による改正により,組合法上,酒類業組合が行うことのできる規制に関する規定から「酒税の納付」という文言が削除され,酒類業組合は未成年者の飲酒防止のための自動販売機の屋外設置の禁止や制限に関する規制をすることができることとされ,組合法が「酒税の保全」ないし「酒税の確保」を唯一の目的としていないことがより一層明らかになったなどとして,原告ら,とりわけ,原告組合には組合法を根拠として,本件処分の取消しを求めるにつき原告適格があるとも主張する。

しかし,組合法の目的は「酒税の保全」であり,「酒税の保全」に資することのない「酒類業界の安定」のみを目的としたものでないことは,前判示のとおりである。酒類販売業の免許制度や組合法に基づく酒販組合の自主的な活動(組合法42条4号,5条等)及び大蔵大臣(本件処分当時)が行う酒税保全措置(組合法84条)などにより,不適格な酒類販売業者の参入の抑制,酒類販売業者の濫立の防止,取引の混乱の防止等が,一定の範囲で図られることになったとしても,それは酒税収入の確保という財政目的(「酒税の保全」)に基づいた結果,得られた事実上の利益にすぎないというべきである。また,平成9年6月20日法律第96号による改正によっても,原告組合に本件処分の取消しを求める原告適格があるということができないことは前判示のとおりである。まして組合法に基づき原告組合員に原告適格を認めることができないことは明らかである。したがって,原告らの上記主張は採用しない。

エ まとめ

そうすると,原告らには,いずれも本件処分の取消しを求めるについて「法律上の利益」(行政事件訴訟法9条)があるとはいえないから,原告らには本件処分の取消しを求める適格がないことになる。

なお,本件訴え提起の手数料について付言する。原告らは,本件訴えにおいては,既存の酒類販売業者である原告組合員が不当な競争にさらされないような「経済的利益」を問題としているのではなく,「酒税法違反の看過」という違法な法律状態を問題にしており,原告らが本件訴えで主張する利益は共通であるから,本件訴訟の目的の価格を全体として95万円として,それに対応する手数料は8200円であると主張しているものと思われる。しかし,原告らが,本件訴えにおいて,原告らの主観的な権利・利益を離れて,客観的な法律状態の是正を求めるというのであれば,それ自体失当であることは前判示のとおりであり,原告らが主張する利益は,各原告組合員の「法律上の存立根拠」又は「営業の利益」,及び原告組合の「存立」といった各原告がそれぞれ有するものと解するものが合理的と考えられる。そして,その価格を具体的に算定することは極めて困難であり,各原告が本件訴えで主張する利益によって算定される訴訟の目的の価格はそれぞれ95万円とみなされるから,結局のところ,本件訴えの目的の価格は,各原告の主張する利益によって算定される額を合算すべきものになり(95万円×13名=1235万円),本件訴えの手数料は,6万7600円と認められる(なお,その後,原告1名が本件訴えを取り下げ,原告らは12名となっている。)。本件訴状に8200円の印紙が貼付されているにすぎないことは本件記録上明らかであり,原告らにおいて不足分の印紙を貼付する余地も認め難い。したがって,本件訴えは,少なくとも12名から1名を除いた11名の原告らにかかる部分については,この点からも不適法となり,却下を免れない。

第4結論

以上の次第で,原告らの本件訴えはいずれも不適法であるから,これを却下することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横山光雄 裁判官 上寺誠 裁判官 西田政博)

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