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松江地方裁判所 平成15年(ワ)223号 判決 2005年6月29日

島根県<以下省略>

原告

同訴訟代理人弁護士

加瀬野忠吉

東京都中央区<以下省略>

被告

東京穀物商品取引所

同代表者理事長

東京都中央区<以下省略>

被告

社団法人商品取引受託債務補償基金協会訴訟承継人委託者保護会員制法人日本商品委託者保護基金

同代表者理事長

被告両名訴訟代理人弁護士

増岡由弘

被告両名訴訟代理人弁護士

青田容

主文

1  被告らは,原告に対し,連帯して336万円及びこれに対する平成15年11月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを5分し,その1を原告の負担とし,その余は被告らの負担とする。

4  この判決は,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1原告の請求

被告らは,原告に対し,各自416万円及びこれに対する平成15年11月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,原告が,訴外a株式会社(以下「a社」という。)に商品先物取引を委託した際,a社の詐欺行為により損害を受けたとして,a社に対し和解契約により和解金債権を取得した上,同債権は,商品取引所法の一部を改正する法律(平成16年5月12日法律第43号)による改正前の商品取引所法(以下「法」という。なお,それ以前の改正前のものを指す場合も同様とする。)97条の3第1項の「委託により生じた債権」及び法97条の11第3項の「受託に係る債務」にあたるとして,各条項に基づき,被告らに対し,336万円の支払を求めるとともに,併せて,被告らが,独自の誤った解釈により,同債権を上記「委託により生じた債権」及び「受託に係る債務」に該らないものとして,弁済から除外した行為に基づく慰謝料債権50万円及び弁護士費用30万円並びにこれらに対する本件訴状送達の日の翌日である平成15年11月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の各支払を求めている事案である。

また,原告は,同和解金債権の支払が,手続要件の欠缺により認められない場合に備えて,予備的に,手続要件の欠缺が被告らの不法行為により生じたとして,上記請求のうち,同和解金債権の残金336万円の支払に代え,不法行為に基づく損害賠償請求権として336万円の支払を求めている。

なお,以下では,すべて上記改正に伴う法令等の変更前のものを記載する。

1  争いのない事実等

(1)  原告の有する債権

a社は,商品先物取引の受託を業とする株式会社であり,被告東京穀物商品取引所(以下「被告取引所」という。)の商品取引員であった(甲16)。

原告は,a社との間で,平成13年6月15日から同年10月15日までの間,ゴム,コーンの先物取引を行った(甲2)。

原告は,本件先物取引に関してa社の不法行為があったとして,日本商品先物取引協会のあっせんにより,平成14年3月20日,a社に対し,合計560万円の和解金債権(損害賠償請求権)を取得した(甲3,4,20,弁論の全趣旨)。

a社は,原告に対し,同年5月14日までに,同和解金債権のうち合計224万円を支払ったものの,同年12月5日に破産宣告を受け,弁済期の到来した残債権336万円(以下「本件債権」という。)について支払をしていない(弁論の全趣旨)。

(2)  受託業務補償金制度について

商品取引員は,その受託業務につき委託者のために,受託業務保証金を取引所に対し預託しなければならず(法97条の2第1項),商品取引員に対し商品市場における取引を委託した者は,その委託により生じた債権の弁済を受けるため,当該取引員に係る受託業務保証金について,取引所に対し,その払渡しを請求することができる(法97条の3第1項)。これを,受託業務保証金制度という。

なお,払渡しに関し必要な事項は,主務省令で定めるとされており(法97条の6),受託業務保証金規則(以下「規則」という。)4条では,受託業務保証金の払渡しを受けるため法97条の3第1項に規定する請求権を申し出ようとする者は,一定の様式に従い,①請求金額及びその内訳,②請求権発生の原因たる事実,③商品取引員の商号及び住所,④申出年月日,⑤申出人または代理人の氏名住所印等を記載,押印した受託業務保証金払渡請求権申出書(以下「申出書」という。)2通を取引所に提出しなければならず(同条1項),申出書には,⑥当該請求権を有することを証する書面,⑦当該請求権を申し出るに至った経緯を記載した書面,⑧申出人が法人であるときは,代表者の資格を証する書面,⑨代理人によって申し出ようとするときは,代理人の権限を証する書面,⑩印鑑証明書を添付しなければならない(同条2項)と定められている。

(3)  受託債務補償制度について

指定弁済機関である社団法人商品取引受託債務補償基金協会(以下「基金」という。)と弁済契約を締結している商品取引員に対し商品市場における取引を委託した者は,その商品取引員が当該受託に係る債務を弁済することができないときは,基金に対し,その契約弁済額につき,弁済すべきことを請求することができる(法97条の11第3項)。これを,受託債務補償制度という。

なお,法97条の12第1項により定められた弁済業務規程である社団法人商品取引受託債務補償基金協会弁済業務規程(以下「弁済業務規程」という。)25条は,基金が弁済事由発生の認定を行ったときは,遅滞なく,委託者債権であって弁済を受けることができないものを有している委託者は,公告の日から3月を下らない一定期間内に,基金に対し,当該請求権を申し出るべき旨,この申出をしないときは,弁済手続から除斥されるべき旨等を公告しなければならないと定めている。また,弁済業務規程には,当該請求権申出に際し,特に様式等の形式的要件を定めていない。

本件において,a社は,基金と弁済契約を締結していた。

(4)  受託業務保証金制度における「委託により生じた債権」(法97条の3第1項)と受託債務補償制度における「受託に係る債務」(法97条の11第3項)の範囲は基本的に同一である(以下,両者をまとめて「委託者債権」,当該債権を有する者を「委託者債権者」という。)。

委託者債権の内容としては,一般に,①委託証拠金,②取引によって生じた益金,③受渡しにより生じた債権,④その他,取引の委託によって生じた債権であって,商品取引員から弁済を受けられない債権と説明されている。

(5)  被告らの支払手続の経過

被告らは,委託者債権者に対し,平成14年12月27日付け「委託者債権額の確認について(再)」(甲21)及び平成15年2月17日付け「委託者債権の返還等に関する説明会の開催について」(甲22)を送付し,同月24日,後者の書面で案内した委託者債権者に対する説明会を開催するとともに,3か月の期間を定めて弁済業務規程25条に基づく公告を行った(乙3)。ただし,原告は,上記いずれの書面の送付も受けておらず,同説明会にも出席していない。

同説明会において,委託者債権者委員会が結成され,委託者債権請求手続は,委託者債権者委員会が委託者債権者の委任に基づいて行い,個々の委託者債権者からの直接の申出は認めないことが決議された(甲7の1)。

そして,同委員会は,委託者債権者に対し,同月25日付けで委任状用紙等の書類を送付した(甲7の3ないし7)。ただし,原告は,同書類の送付を受けていない。

同年6月19日,被告らは,同委員会の報告を通じて,委託者債権者と認定した者に対して支払を行った。

(6)  被告らによる支払拒絶の経過

原告は,本件債権の支払請求について,所定の様式での申出書を被告取引所に提出していなかった。

原告は,上記(5)の経過をたまたま聞き知り,同一住所地に存する基金及び被告取引所を名宛人として,支払請求のために必要な書類等の交付を求める平成15年3月17日付け「ご通知」(甲4)(以下『「ご通知」』という。)1通を発送し,基金がこれを受け取った。なお,「ご通知」には,添付書類として和解契約書(甲3)(以下『「和解契約書」』という。)の写し1通が添付されていた。

被告らは,同年5月26日付け「a(株)和解金等債権の取り扱いについて」(甲20)(以下『「回答書」』という。)において,本件債権が委託者債権に該当しないとして,その支払を拒絶した。

ただし,被告らは,同年6月20日付け「a(株)和解金等債権に関する見舞金の支給について」(甲15)により,その一部額につき,見舞金として支払うことを申し出ている。

(7)  被告基金の訴訟承継

基金の行う業務並びにその有する資産及び負債は,前記商品取引所法の一部を改正する法律により改正された商品取引所法附則19条3項ないし5項により,平成17年5月1日委託者保護会員制法人日本商品委託者保護基金(以下「被告基金」という。)に承継された。

2  争点

当事者の主張は,いずれも別紙記載のとおりである。

(1)  委託者債権請求の手続要件

原告が,被告らから受託業務保証金制度及び受託債務補償制度による支払を受けるために必要な手続を履践したと認められるか。

原告が上記手続を履践していないと判断される場合,手続の欠缺が被告らの不法行為により生じたと認められるか。

(2)  委託者債権請求の実体要件

本件債権が,委託者債権に該当するか。

(3)  慰謝料及び弁護士費用請求権の存否

被告らが,本件債権を委託者債権から除外したことが不法行為を構成するか。

第3争点(1)(手続要件)に対する判断

1  被告取引所関係

(1)  委託者債権の請求に当たっては,所定の形式的要件を具備することが必要であるところ,原告が,被告取引所に対して当該形式的要件を満たした形で,受託業務保証金の払渡しを請求していないことは,争いのない事実等(2)及び(6)記載のとおりである。

(2)ア  しかし,前記争いのない事実等(6)によれば,原告が,平成15年3月17日付けで「和解契約書」を添付した「ご通知」を発送し,基金がこれを受け取ったこと,被告取引所は,同通知自体は受領していないが,被告取引所が,被告ら連名の「回答書」において,本件債権が委託者債権にあたるか否かについて,基金及び被告取引所が設置したa社株式会社委託者債権額算定委員会において慎重に審査,検討を行った結果,委託者債権と認めることができないとの結論に達した旨の通知を行っていることからすると,被告取引所は,「ご通知」の内容を認識し,実質的な審査を行っていたと認めるのが相当である。

イ  そして,「ご通知」を子細に検討すると,その内容が,被告取引所及び基金によるa社に対する委託者債権の請求を申し出るものであること,請求債権が和解金元金336万円及びこれに対する平成14年6月12日から年6パーセントの割合による遅延損害金であること,請求権発生原因事実が,a社との取引に関し,平成14年3月20日,日本商品先物取引協会におけるあっせん手続において成立した和解契約であること,商品取引員の商号がa社であること,通知の日付が平成15年3月17日であること,申出人である原告の代理人が弁護士加瀬野忠吉であり,同代理人の住所が岡山市<以下省略>であること,当該請求権を有することを証する書面として「和解契約書」の写しが添付されていること,当該通知により,委託者債権の請求を申し出るに至った経緯は,申出人がa社に対して和解金債権を有しているところ,a社が破産したため,被告取引所及び基金に対して,委託者債権として請求する必要が生じたものであることが認められる。

以上によれば,「ご通知」は,実質的には,前記争いのない事実(2)記載の要件のうち,①,②,③のうち住所を除く部分,④,⑤のうち代理人の印を除く部分,⑥及び⑦(⑧は本件では不要)を満たしており,③のうち住所の要件についても,当該要件は,商品取引員を特定するためのものと考えられるところ,「ご通知」には,「平成14年12月5日破産宣告を受けたa(株)」と記載されており,この記載で特定は可能と考えられる上,これに添付された「和解契約書」の写しにはa社の住所が記載されていることからすれば,当該要件も実質的には満たしていると認めるのが相当である。

そうすると,問題となるのは,一定の様式を満たしていないこと,⑤のうちの代理人の印,⑨代理人の権限を証する書面,⑩印鑑証明書を欠いていることである。

ウ  そもそも,前記規則において,一定の様式が定められている趣旨は,取引所の事務処理の便宜を図るためであり,⑤,⑨,⑩の各要件が要求されているのも,無権限者からの請求を形式的に却下することで事務処理の煩を避け,また無権限者に対する誤払いを防止するためであると解されるところ,かかる要件を満たさない申出であっても,その申出に基づき,取引所が現に申出債権を審査した事実があれば,取引所における事務処理の便宜や煩を考慮する必要性は消滅していると考えられ,取引所は,少なくとも申出手続の欠缺を主張することができないと解するのが相当である。

エ  本件において,上記ア認定のとおり,被告取引所は,本件債権を認識しただけでなく,実質的に審査,検討していると認められ,また本件訴訟の提起により,無権限者に対する誤払いの危険も存在しなくなったのであるから,被告取引所は申出手続の欠缺を主張することができないと解するのが相当である。

(3)  また,確かに,被告取引所には,申出の様式等を具備した必要書類を委託者に送付する法律上の義務はないこと,甲7の1,7の3,21,22,23によれば,これらの書類送付の趣旨は委託者債権の返還時期を早める便宜のためのものであること,個々の委託者債権者からの個別の申出を認めない旨の債権者委員会での決議にかかわらず,債権者委員会に委任していない委託者債権者が個別の申出をすることは可能であること等が認められる。

しかし,これらの書類は,専ら被告らの判断で委託者債権者に該るとして選別した委託者のみに送付され,そう判断されなかった委託者には送付されていないのであり,一部の者に一括申出その他の便宜を図っておきながら,他の者には,何らの通知さえ行わないなど,申出前の段階で対応にこのような差異を設ける合理的な根拠は見当たらない。

したがって,このような公平を欠く処理を行った被告取引所は,原告の申出手続に一部欠缺があることを信義則上主張できないと解するのが相当である。

2  被告基金関係

(1)  基金から契約弁済額の弁済を受けるには,基金に対し,弁済業務規程25条に基づき公告された除斥期間内に委託者債権の申出をすることが必要であり,この期間内に債権の申出がない場合には弁済手続から除斥されることは,争いのない事実等(3)記載のとおりである。

(2)  本件において,争いのない事実等(5)によれば,基金が平成15年2月24日,3か月の除斥期間を定めて公告をしたこと,原告が「ご通知」を発送し,基金が受け取ったこと,同書面には,基金による弁済を請求する意思とともに,本件債権の発生原因及び金額が明記されていたこと,被告らも,この申出を受けて,本件債権が委託者債権にあたるか審査,検討し,「回答書」において委託者債権にあたらないとして原告に対する支払を拒絶したことが認められる。

(3)  以上によれば,原告が,基金に対し,除斥期間内に債権の申出をしたことは明らかであって,原告の請求手続に何らの瑕疵もない。

被告らは,「正式の申出」が必要であると主張するようであるが,その趣旨が明らかでない上,争いのない事実等(3)に記載したとおり,除斥期間内に申し出ることの他に手続要件の定めはないのであるから,採用できない。

3  以上より,原告の委託者債権の申出手続は,被告取引所及び被告基金に対する関係でいずれも有効である。

4  予備的主張関係

原告の予備的主張は,原告の請求に手続要件の瑕疵が認められる場合のものであるところ,前記のとおり,原告の請求は手続要件に欠けるところはないのであるから,この点については判断しない。

第4争点(2)(実体要件)に対する判断

1  判断の方法

争点(2)では,委託者債権の範囲が問題となるところ,これを判断するためには,条文の文言のみならず,受託業務保証金制度及び受託債務補償制度の沿革,概要,趣旨,関連諸制度との関係,諸制度における解釈等も考慮しておく必要があると思われるため,以下順に検討する。

2  受託業務保証金制度及び受託債務補償制度の沿革

甲5,17,18,19,26及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実等を認めることができる。

(1)  昭和42年改正前の法においては,商品取引所に金員を預託する制度として,仲買保証金制度が定められていた。

すなわち,法47条は,大要,商品仲買人は,取引所の定款で定めるところにより,取引所に対し,商品ごとに,並びに本店又は主たる事務所及び支店その他従たる営業所又は事務所ごとに,仲買保証金を預託しなければならないこと(1項),仲買保証金の額は,商品ごとに,当該商品仲買人の本店又は主たる事務所については30万円,支店その他の従たる営業所又は事務所については1か所につき5万円を下らない範囲内で取引所が定款で定めること(2項),商品仲買人に対して商品市場における売買取引を委託した者は,その委託により生じた債権に関し,当該商品仲買人の当該商品市場において売買取引する商品についての仲買保証金について,他の債権者に先立って弁済を受ける権利を有すること(3項)を規定していた。

そして,委託者保護の制度は,この仲買保証金制度の他には存在しなかった。

しかし,この仲買保証金は,少額で固定的であったため,営業規模に対応せず,委託者の債権に対する担保として不十分であり,さらに委託者の直接請求権が認められていなかったため,権利行使のためには差押え等の手続を要し,大衆委託者にはきわめて不便であった。

(2)ア  そこで,昭和42年の法改正により,受託業務保証金制度が新設され,商品取引員は,商品取引所に対し受託業務保証金を預託せねばならないとされるとともに,委託者は,商品取引所に対し,受託業務保証金の払渡しを直接請求する権利を有することとされた。

これは,商品取引員の倒産等があった場合に委託者が被る不測の損害を軽減する目的に沿って設けられた制度であるが,それと同時に,委託証拠金の分離保管の機能を営むものであり,宅地建物取引業法(以下「宅建業法」という。)など各種の立法例に見られる営業保証金制度を採用した。

このような経緯を経た受託業務保証金は,従来の仲買保証金制度を吸収拡大し,商品取引員の商品取引所に対する特別の預託金として構成されることになった。

イ  当時の受託業務保証金の預託額は,営業所等の数によって定まる固定部分と月ごとの委託証拠金の預かり推定額を基礎とした流動部分とのいずれか多い方とされた。

流動部分の具体的な定め方は,主務省令に委任されており,法文上,委託証拠金の額と直接関連付けられたものではなかったが,委託本証拠金の毎月の平均預り額を推計し,その一定割合を預託させる趣旨の規定であると理解されており,実際にも,昭和42年の法改正では,委託本証拠金の少なくとも2分の1に相当する金額,昭和47年の主務省令の改正では10分の6に相当する金額を算定する方法が主務省令で定められていた。ただし,昭和42年の法改正時には,3年間の移行期間により段階的に預託率を引き上げることとされていた。

また,この算定方法では,委託本証拠金の超過預託,売買取引の行われる前の預託額等が積算から外れるが,これは,分離保管率の調整の問題であるとされた。また,委託追証拠金,臨時増証拠金も積算から外れるが,その偶発性,臨時性及び商品取引員の手元に残らないという実情から,算定に含める必要はないとされた。

ウ  当時,委託者債権としては,委託証拠金,差益金,売買代金,商品等に係る返還請求権や払渡請求権のほか,利息,遅延損害金等も含むと解されれていた。

(3)  昭和50年の法改正では,委託者保護を強化するため,商品取引員の受託業務の適正化,受託業務保証金制度の強化,受託債務補償制度の法制化,商品市場における売買取引の監督の強化を行った。この改正の中心的テーマは,委託証拠金の分離保管制度の検討であったが,結局,完全分離保管制度は見送られ,優先弁済機能重視の下で,受託業務保証金制度の拡充強化と指定弁済機関の新設という方法が採られることになった。

すなわち,分離保管の趣旨を徹底するため,受託業務保証金の預託額について,固定部分と流動部分の加算制を採用するとともに,固定部分の額を引き上げ,流動部分の預託率を委託本証拠金の10分の10に相当する額にまで引き上げた。

ただし,そのままでは商品取引員の財政状態を圧迫するため,受託債務補償制度が法制化され,新設された指定弁済機関と弁済契約を締結した商品取引員については,流動部分の預託率が10分の5に軽減された。

この指定弁済機関は,昭和47年2月に設立された民法上の組合である商品取引受託債務補償組合の機能を引き継ぎ,充実させたものであり,指定弁済機関と弁済契約を結んだ商品取引員が,商品市場における売買取引の委託により生じた債務を弁済することができない場合,その商品取引員に代わってその債務に関し当該取引を委託した者に対し弁済する業務を行うものである。

これは宅建業法による指定保証機関等,割賦販売法による指定受託機関,旅行業法による旅行業協会などと類似の制度であり,第三者のためにする契約を基本として,将来の変動する債権を補償しようとするものである。

(4)  平成2年の法改正により,分離保管制度が導入され,受託にかかる財産の分離保管等(法97条の2)の規定が追加されたことに伴い,受託業務保証金制度が一部改正された。

ア 受託業務保証金の額の算定について,固定部分については,商品取引員の経営環境等に対応して機動的に定められるよう省令で規定する方式に改められ,流動部分については,従来の算定方式により算出した額の合計額が主務大臣の定める額を超える場合には,当該超過額については,分離保管制度により対応すべきとの観点から2分の1に減額された。

イ 受託業務保証金の預託方法につき,商品取引員と指定弁済機関との間で弁済契約がある場合に流動部分から控除する金額は,旧法では最低弁済額が一律に適用されていたが,商品取引員の経営規模の拡大による預り資産の増加と指定弁済機関の弁済財源の規模を考慮して,指定弁済機関との契約弁済額を控除することに改められた(法97条の2第3項)。

また,商品取引員と金融機関との間で一定額の受託業務保証金を商品取引所の指示に応じて預託する旨の預託契約がある場合には,受託業務保証金のうちその契約で定める契約預託金額について商品取引所への預託を猶予し(同条4項),商品取引所が必要と認めるときに,金融機関等に対し預託を指示する旨の規定(同条5項)が新設された。

3  平成16年改正前の受託業務保証金制度

甲5,17,19,乙4及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実等が認められる。

(1)  商品取引員が,商品取引所に預託すべき受託業務保証金の預託額は,固定部分と流動部分の合計額である(法97条の2第2項柱書)。

(2)  固定部分の預託額は,本店につき商品市場ごとに主務省令で定める金額と従たる営業所につき当該営業所の数に商品市場ごとに主務省令で定める金額を乗じて得た金額との合計額であり(同条2項1号),具体的には,規則1条別表により定められている。

流動部分の預託額は,受託に係る商品市場における取引であって,毎月の各営業日において決済を結了していないものの数量並びに当該商品市場における当該各営業日の最終の対価の額及び約定価格等並びに97条2項の規定により主務大臣が定める料率を基準として,その月の末日において,主務省令で定める方法により算出した額であり(法97条の2第2項2号),具体的には,毎月の各営業日の未決済委託建玉に,当該営業日の最終約定値段に対応して定められた主務大臣の定める料率を乗じた額を合計し,営業日数で除した平均額となる(規則1条の2第1項)。

ただし,ここで主務大臣が定める料率とは,委託証拠金額の料率の下限として主務大臣が定める数値であり,現実には,委託証拠金の料率とほぼ等しく定められていた。したがって,預託額の流動部分は,委託本証拠金の額に対応して変動することになる。

もっとも,法97条の4,97条の5により,実際の預託額は前月の基準に基づき変動することになっており,預託額の流動部分は,正確には,今月の委託本証拠金の額ではなく,前月の委託本証拠金の額に対応し,受託業務を開始した最初の月においては,流動部分は存在しないことになる。

また,前月の委託本証拠金には,商品取引員が委託者から預託を受けた金銭等のうち,委託本証拠金超過預託額,取引が行われる前の預託額等は含まれないし,委託証拠金であっても,本証拠金以外の証拠金,すなわち委託追証拠金,臨時増証拠金等は積算の基礎とされていない。

なお,商品取引員が指定弁済機関と弁済契約を締結している場合,受託業務保証金の流動部分の額は,本来の流動部分の額から契約弁済額を控除した額に減額される(法97条の2第3項)。

(3)  委託者は,これらの受託業務保証金について,商品取引所に対して,委託者債権の直接の払渡しを請求できるが(法97条の3第1項),受託業務保証金の預託額を超える払渡しの申出があった場合は,主務大臣による配当手続に移行することになる(規則11条以下)。

(4)  受託業務保証金制度における委託者債権の認定方法について

受託業務保証金の払渡しに際しては,被告取引所は,申出の内容を調査しなければならず(規則5条),調査のため必要があると認めるときは,申出人及び関係会員に対し取引所への来所を求め,事情を聴取することができる(規則7条)。そして,払渡債権が商品取引員の法定帳簿に記載されていても,その裏付けとなる商品先物取引の実態が見られない場合や,当該預託された金員等に対して商品取引員から預託者に対し,取引によって利益が生じていないにもかかわらず一定の割合の金員が定期的に,あるいは非定期的にでも支払われているような場合には,委託者債権に該当しないと判断されることもある。

4  委託者資産の分離保管制度

甲5,乙4及び弁論の全趣旨によれば,分離保管制度について,以下の事実等が認められる。

(1)  分離保管制度とは,委託者資産の保全を充実強化し,商品取引員の営業姿勢の健全化及び経営の近代化を図るため,平成2年の法改正で導入されたもので,受託等業務により生じた債務の弁済を確保するため,商品市場における取引の受託に伴って,商品取引員が委託者から預託を受けた金銭,有価証券その他の物及び委託者の計算に属する金銭,有価証券その他の物(委託者資産)について,その所在を明確にし,商品取引員の自己資産との混同,流用を防止することをねらいとしている。商品取引員は,委託者資産の価額に相当する財産を,商品取引員の自己資産から分離し,主務省令で定める銀行その他金融機関に預託する等,主務省令で定める措置を講ずることにより,これを保全することを義務づけられている(法136条の15)。

(2)  具体的には,委託者から預託を受けた委託者資産の額から,商品取引所に預託される受託業務保証金の流動部分及び受託に係る取引証拠金の預託必要額等を控除したもの(商品取引所法施行規則(以下「施行規則」という。)41条)を商品取引員の自己財産から分離し,商品取引員と預託金融機関との間で締結される分離保管預託契約や,信託会社との間で締結される分離保管信託契約などに基づき(施行規則43条1項),商品取引員勘定とは別に,分離保管勘定を設けて保管することになる。

そして,預託金融機関や信託会社に分離保管された委託者資産については,受託業務保証金として商品取引所に預託する等の目的以外には払出しや解約ができないものとされており(施行規則43条2項),万一商品取引員が倒産等に陥った場合には,委託者への弁済を確保できるように,指定弁済機関が預託金融機関や信託会社に分離保管されていた財産の譲渡等を受けることができる。しかし,分離保管財産は,国税の滞納処分の対象になるなど,委託者の優先弁済権が確保されているわけではない。

5  商品取引責任準備金制度

甲17,19及び弁論の全趣旨によれば,商品取引責任準備金について,以下の事実等を認めることができる。

(1)  商品取引員は,受託業務保証金の預託のほか,主務省令の定めるところにより,先物取引の取引高に応じ,商品取引責任準備金を積み立てなければならない(法136条の22第1項)。

(2)  商品取引責任準備金制度は,商品取引への大衆参加の活発化とともに,商品取引員と委託者との間における紛争も激増していたところ,昭和40年度来の行政指導の高まりの中にあって,委託者保護のため,商品仲買人に対し,常に一定の現金を用意させておく必要があったことに伴う緊急措置として,証券取引法を参考にして,各商品取引所の定款により昭和41年度から運用が始まり,昭和42年の法改正により,法律上の制度として導入されることになったものである。

商品取引責任準備金制度は,委託者保護のための資金留保の意味が強く,準備金自体よりも準備預託金としての意義が大きかったため,委託者保護のための預託金制度として,受託業務保証金制度との重複が生じているとの評価も生じていた。

(3)  商品取引責任準備金は,商品取引員と委託者との間で商品事故が生じた場合に,商品取引員が委託者の損失を補填するための支払をする場合に備えて積み立てられる準備金であり,その積立に関する細目的な事項は主務省令で定められている。したがって,委託等に関して生じた事故に基づく損害賠償請求権であれば,全ての債権が商品取引責任準備金制度で賄われるという体裁にはなっていない。

そして,ここでいう商品事故とは,先物取引又はその受託もしくは委託の取次ぎの引き受けにつき,商品取引員の代表者,代理人または使用人その他従業者が当該商品取引員の業務に関し,①顧客の同意を得ずに,顧客の計算で行う先物取引またはその受託もしくは委託の取次ぎの引受け,②顧客の注文を確認しないで,顧客の計算で行う先物取引またはその受託もしくは委託の取次ぎの引受け,③取引条件及び相場の変動について顧客を誤認させるような勧誘,④顧客の注文の執行における過失による事務処理の誤り,⑤その他法令違反行為を行い,顧客に損失を及ぼしたものと規定されている(施行規則50条)。

(4)  商品事故の場合以外であっても,例外的に商品取引責任準備金を使用することが許される場合もある。

すなわち,法136条の22第2項は,本文で,商品取引責任準備金は,先物取引又はその委託を受け,若しくはその委託の取次ぎを引き受ける事に関して生じた事故であって,主務省令で定めるものによる損失の補填に充てる場合のほか,使用してはならないと規定しつつ,ただし書で,主務大臣の承認を受けたときは,この限りでないとしているのである。

6  他の制度との関係

宅建業法上の弁済業務保証金による弁済の対象債権の解釈は,文言上「その取引により生じた債権」(宅建業法64条の8第1項)と規定されているところ,その範囲は,具体的には,宅建取引に関する契約,その解消及びこれらの不履行,取引の際の不法行為等により生じた違約金も含まれると解されている(最高裁平成10年6月11日第1小法廷判決判タ983号179頁)。

7  検討

(1)ア  まず,委託者債権について,法97条の3第1項は「委託により生じた債権」,法97条の11第3項は「受託に係る債務」と規定するのみで,これらの規定には,文言上,委託との相当因果関係以外の何の限定もない。

イ  「委託により生じた債権」の文言は,昭和42年法改正前の仲買保証金制度において,委託者が優先弁済権を有するとされた債権の規定と同一の文言であるところ,同制度おいても文言上何らの限定は加えられておらず,また,仲買保証金制度の預託額が委託証拠金に応じて定められていたわけではないこと,当時,委託者保護の制度が仲買保証金制度の他に存在しなかったことも考慮すると,同制度における「委託により生じた債権」は,不法行為によって生じたか債務不履行によって生じたかを問わず,委託と相当因果関係のある債権の全てに及んでいたと解するのが相当である。

そして,受託業務保証金制度が仲買保証金制度を吸収拡大したものであることは,前記第4の2(2)アで認定したとおりである。

ウ  また,受託業務保証金制度創設に当たって,宅建業法などに見られる営業保証金制度を採用したこと,宅建業法の営業保証金制度に関しては,営業保証金による弁済対象債権について,債務不履行に基づく損害賠償請求権も含まれると解されることも前記第4の2(2)ア,6で認定したとおりである。

エ  以上の文理解釈及び受託業務保証金制度創設の経緯によれば,受託業務保証金制度における委託者債権の範囲は,不法行為によって生じたか債務不履行によって生じたかを問わず,委託と相当因果関係のある債権の全てに及んでいると解するのが相当である。

したがって,これらの点に関する被告らの主張は採用しない。

(2)  その他の被告らの主張について

ア 被告らは,受託業務保証金制度は,委託者が預託した財産の返還請求権を保全するために新たに設けられた制度であること,受託業務保証金制度が,委託者の預託金を分離保管させるための制度であることを前提に,委託者債権に損害賠償請求権等を含むとすると商品取引員の固有の財産から委託者の預託金を分離保管させてまで委託者の預託金の返還請求権を保全しようとする分離保管制度の趣旨が大きく損なわれてしまうと主張する。

すなわち,受託業務保証金の預託額が,委託者からの預託金である委託本証拠金の預り額に対応するように算定されている以上,その受託業務保証金から,委託者の預託金に対応しない損害賠償請求権等の弁済がなされるとすれば,委託者の預託金に対応して預託される受託業務保証金に欠損が生じ,委託者の預託金の返還請求権が保全されなくなってしまうというのである。

確かに,前記第4の2(2)ア,3で認定したとおり,受託業務保証金制度は,委託者から預託された委託本証拠金を,商品取引員の固有財産から分離保管させる機能を期待して創設された制度である。平成2年に導入された分離保管制度においても,分離保管する金額は,委託者の預託金から受託業務保証金等を控除した残額とされているのであるから,ここにおいても受託業務保証金制度の分離保管的機能が前提にされていると考えられる。

しかし,委託者の預託金が分離保管されていることから当然に,委託者が優先的に預託金の返還を受けられることにはならない。すなわち,委託者の預託金を分離保管することの第一次的な目的は,商品取引員による委託者財産の流用を防止することであり,現に,分離保管制度により分離された財産については,前記第4の4(2)のとおり,委託者の優先弁済権が確保されているわけではない。

また,昭和42年に導入された受託業務保証金制度においては,委託本証拠金の10分の5相当額が預託されていたに過ぎず,しかも,3年間の移行期間により,段階的に預託されていたのである。したがって,委託者債権の範囲を委託本証拠金の取戻権に限定したとしても,受託業務保証金に欠損が生じ,委託者の預託金の返還請求権が保全されなくなる事態は当然に予定されていたといえる。実際,そのような事態に対しては,規則により,配当手続が準備されている。

仮に,分離保管と優先弁済を完全に連動させるのであれば,委託者債権の範囲を,流動部分に対応する委託本証拠金のみ,あるいは固定部分による調整を考慮しても,これに委託本証拠金を超過する預託額や委託追証拠金,臨時増証拠金を加えた程度に限られることになりそうであるが,被告ら自身も,委託者債権の範囲に,①委託証拠金だけでなく,②取引によって生じた益金,③受け渡しにより生じた債権,④その他取引の委託によって生じた債権を含めているのであり,この限度で委託者債権の範囲を拡張する根拠は明らかでない。

そして,損害賠償請求権等を払渡しの対象とすることにより,受託業務保証金に不足が生じ,受託業務保証金制度の政策目的を達成できないのであれば,主務省令の改正により,預託金の固定部分を増額させることも可能なのであり,これは政策的な問題に過ぎない。

イ 被告らは,受託業務に関して生じた損害賠償債務の支払履行に備える制度としては,商品取引責任準備金制度が設けられているのであり,委託者債権に損害賠償債権が含まれないことは明らかであると主張する。

すなわち,受託業務保証金制度と商品取引責任準備金はいずれも昭和42年の法改正でセットで設けられた制度であり,それぞれの目的に応じて,委託証拠金等の返還請求権については受託業務保証金制度が,損害賠償請求権等については商品取引責任準備金制度が設けられていると主張する。

しかし,商品取引責任準備金制度が,商品取引員と委託者との間の紛争も激増の中,委託者保護の必要性から,昭和41年度から緊急的に導入された制度であることからすれば,これと昭和42年に創設された受託業務保証金制度との役割分担が立法時から意識されていたと考えることは難しい。

しかも,法律上は,委託等に関して生じた事故に基づく損害賠償請求権であれば,全ての債権が商品取引責任準備金制度で賄われるという体裁にはなっていないこと,他方,例外的に,損害賠償請求権以外の債権についても,商品取引責任準備金制度で賄われる場合を予定していることは,前記第4の5(3),(4)のとおりである。

そうすると,商品取引責任準備金制度の存在を理由に,受託業務保証金制度における委託者債権に損害賠償請求権等が含まれないと解釈することは相当ではないというべきである。

ウ 被告らは,法は,取引所の商品市場における取引に関して商品取引員と委託者との間に生じた紛争について,取引所が紛争処理規程に基づく仲介を行うという解決方法を明確に定めており(法97条の17第1項),だからこそ,法は,取引所は,定款に紛争処理規程を記載しなければならないこと(法10条1項12号),取引所設立の許可申請に当たり,紛争処理規程を添付しなければならないこと(法13条2項),紛争処理規程の変更には主務大臣の許可が必要であること(法21条の2第1項),紛争処理規程は,法令に違反せず,その内容が適当であって,商品市場における取引の公正を確保し,委託者を保護するために十分なものであることが必要であること(法15条1項4号)等,厳格公正な定めを設けているのに,もし,損害賠償請求権等が委託者債権に含まれるとすると,取引所は,受託業務保証金の払渡しに当たって,委託者の損害賠償請求権等の存否を判断しなければならず,これについて判断することは,商品取引員と委託者との間の商品先物取引に関して生じた紛争についての解決手続を行うことに他ならない,しかし,紛争仲介のような厳格公正な手続が定められていない受託業務保証金制度において紛争を解決することを法は予定していない等と主張する。

しかしながら,紛争が生じるのは損害賠償請求を委託者債権に含めた場合に限らない上,損害賠償請求に伴う紛争があっても,すでに判決や和解等で解決済みで,判決書や和解書等を提出すれば足りる場合もある。

紛争が現存する場合でも,取引所は,規則4条2項1号所定の資料,5条の調査,7条の事情聴取に基づいてその債権の存否を判断し,それが存在すると認定できれば払い渡し,そうでなければ払い渡さないということに尽き,前者の場合に,委託者が紛争仲介によらずに払渡しを受け,これが結果的に事実上紛争解決となったとしても,受託業務保証金制度の趣旨に反するものとはいえない。

また,被告らは,取引所が,損害賠償請求権の有無,その範囲,過失割合等について判断しなければならないとすれば,払渡手続に時間を要して,迅速な委託者救済という制度趣旨に反するとも主張する。

しかし,この主張は,紛争が解決済みの場合には問題にならない。また,紛争が現存する場合でも,上述のとおり,取引所は,あくまでも規則所定の手続で債権を認定できる場合のみ払渡しを行うだけで,厳格な証拠調べ等を要する判断を行う必要はない。ただ,取引所が債権の存在を認めることができない場合には,委託者は,取引所に対するあっせん,仲介,調停の申出,あるいは商品取引員に対する損害賠償請求訴訟や取引所に対する払渡請求訴訟を提起する必要があるため,手続が遅延する場合が生じる。

しかし,このような問題は,委託者債権に損害賠償請求権を含めた場合に固有の問題ではなく,委託者債権の範囲を委託本証拠金の返還請求権に限った場合にも生じる。すなわち,当該請求権の存否は機械的に決定できるものではなく,取引所の一定程度の実質的な判断が必要であることは前記第4の3(4)のとおりであり,例えば,取引員が委託者の指示に基づかずに取引を行ったような場合に,委託者からの指示の有無の判断に相当程度の時間を要し,その争点をめぐって,あっせん,仲介,調停の申出,さらには取引所に対する払渡請求訴訟が提起される可能性がある。

(3)  以上より,被告らの反論を考慮しても,委託者債権の解釈に際し,明文のない限定を加えることは相当でなく,委託者債権の範囲は,不法行為によって生じた債権であれ,債務不履行によって生じた債権であれ,委託と相当因果関係のある債権の全てに及ぶと解するべきである。

したがって,原告のa社に対する不法行為に基づく損害賠償請求権に代わる和解金債権の内金である本件債権は,委託と相当因果関係のある債権として,委託者債権の範囲に含まれると解される。

なお,被告らの債務は不真正連帯債務になると解される。

第5争点(3)(慰謝料及び弁護士費用)に対する判断

本件債権を委託者債権に該当しないものとして除外した背景には,委託者債権の範囲について,先行する裁判例や通説として確定した解釈も存在しなかったことや,数度にわたる法改正の趣旨や経緯,他の制度との関係等の理解において,必ずしも一見解のみが正しいとは言い切れない側面があること,委託者債権の解釈において,損害賠償請求権の確保という面での委託者保護を重視するか,委託証拠金返還請求権の確保という面での委託者保護を重視するかといった価値判断,政策的判断が大きな影響を与えていること等が認められる。

したがって,これらの背景に照らすと,被告らが被告らの解釈により本件債権を委託者債権から除外したことが不法行為を構成するとまでは認めることはできず,これに伴う弁護士費用も認められない。

第6結論

原告の請求は,336万円及びこれに対する本件訴状到達の日の翌日である平成15年11月26日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余の請求はいずれも理由がないから棄却する。

(裁判官 飯島敬子)

<以下省略>

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