松江地方裁判所 平成16年(行ウ)8号 判決 2007年3月19日
主文
一 本件訴えを却下する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が,A株式会社に対して,平成16年2月9日になした別紙埋立区域目録記載の公有水面の埋立を免許する旨の処分を取り消す。
2 訴訟費用は,被告の負担とする。
二 本案前の答弁
主文同旨
三 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二事案の概要
本件は,被告が平成16年2月9日付けでA株式会社(以下「A」という。)に対してした別紙埋立区域目録記載の公有水面(以下「本件公有水面」という。)埋立を免許する旨の処分(以下「本件処分」という。)が違法であるとして,周辺に居住し漁業権を主張する原告らがその取消を求めた事案である。
一 前提事実等(当事者間に争いのない事実については証拠番号を掲記しない。)
1 Aは,B原子力発電所(以下「B原発」という。)3号機の増設(設置変更許可)計画をし,公有水面埋立法(以下「法」という。)2条1項に基づき,平成15年11月10日,本件公有水面の埋立(埋立面積約6.7ヘクタール)につき,免許を出願した(乙8)。
なお,Aは,平成15年3月24日,本件公有水面の埋立についてC漁業協同組合(以下「C漁協」という。)の同意を得た。
2 被告は上記出願に対し,平成16年2月9日,本件処分をし,同月20日,島根県告示第1548号をもって,本件処分を告示した。
なお,原告Dは,法3条3項に基づいて,被告に対し,平成15年12月17日付け意見書を提出した(甲4)。
3 原告らは,それぞれ以下の土地(以下「本件各土地」という。)を所有している。
(1) 原告D,同E,同Fは,松江市α×××番(雑種地2188平方メートル)を共有している(原告D持分297分の98,同E及び同F各持分3分の1)(甲1の1及び2)。
(2) 原告Gは,松江市β×××番地(雑種地766平方メートル)の共有持分6分の1を有している。なお,同土地は,亡Hの所有名義であるが,同人は平成▲年▲月▲日死亡し,原告Gはその弟である(甲1の2及び2,弁論の全趣旨)。
二 争点
1 原告適格
(原告ら)
(1) 取消訴訟の法律上の利益の判断基準
ア 最高裁判所が「法律上保護された利益説」に立ちつつ,実質的な判断をし,原告適格を認める要件を緩和して原告適格が認められる範囲が広がっていること(主婦連ジュース訴訟事件判決(最高裁第三小法廷昭和53年3月14日判決・民集32巻2号211頁),新潟空港事件判決(最高裁第二小法廷平成元年2月17日判決・民集43巻2号56頁),もんじゅ原発事件判決(最高裁第三小法廷平成4年9月22日判決・民集46巻6号571頁),都市計画法開発許可事件判決(最高裁第三小法廷平成9年1月28日判決・民集51巻1号250頁),林地開発許可事件判決(最高裁第三小法廷平成13年3月13日判決・民集55巻2号283頁)),平成16年法律第84号(行政事件訴訟法の一部を改正する法律)による行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)の改正等に鑑みると,「法律上の利益」の有無を判断するに当たっては,当該行政処分によって侵害される利益は,法的保護に値するものであればよいとする考え方である「法律上保護に値する利益説」が現時点において正しい解釈である。
仮に,基本的な立場として,「法律上保護された利益説」に立ったとしても,上記事情及び行訴法改正後の小田急高架化事業認可取消訴訟事件(最高裁大法廷平成17年12月7日判決・民集59巻10号2645頁)に鑑みれば,実質的には,「法律上保護に値する利益説」に極めて接近した法解釈をすべきである。
イ 行訴法9条2項関係
法が明治憲法下の大正10年に制定された古い法律であること,それ以来,昭和48年の改正以外,実質的な改正がなかったこと,昭和21年に現行憲法が制定されたこと,平成5年に環境基本法が制定され,平成9年には,環境影響評価法(以下「評価法」という。)が成立したこと,昭和37年に旧行政事件訴訟法が制定されて,平成16年改正法が成立したことという経緯がある。
そして,法の中には,その趣旨・目的を明示する規定はないものの,上記のような経緯からすれば,これまでの法の趣旨・目的とされた埋立推進(公益)のみならず,今や,個々人の権利(生命・身体のみならず,環境権・財産権をも含む私益)を保護する趣旨・目的をも包含していることを読みとり,行政処分の過程において,その利益調整をいかに図っていくかが,問われているというべきである。
また,上記判例の流れと行訴法改正の趣旨に従って,司法が行政の判断の誤りを,いかにして正し,国民の権利利益の救済を図るかが,問われているというべきである。
(2) 原告らの権利
ア 原告らは,以下の権利を有している。
(ア) 土地の所有権に基づく,ないし陸地における慣習法上(ないし慣習上・慣行上)の入会権に基づく「のり島の権利」
原告らは,γと呼ばれている半島の東側の海岸線沿いで,海の波浪が打ち寄せる干満の差のある本件各土地の所有者である。
原告らは,社会生活において,独占的・排他的に支配し利用できる土地の所有権に基づき,土地所有権の内容である本件各土地の使用・収益権の行使として,本件各土地に定着・成育している,岩のり等を採取するのり島の権利を有し,かつ,これを行使してきている者であるが,これは,原告らの先祖から行われて,今日に至っているものである。
土地所有権とそれに基づく岩のり等を採取する権利・権能は,不可分・不即不離であり,土地所有権に包含されている。
また,原告らが,本件各土地の所有者として,その各人名義の土地上に定着・成育している岩のり等を優先的・独占的・排他的に採取することができる期間は,次に述べるδ地区の住民の権利との調整を図り,毎年11月26日から翌年の2月3日までである。
したがって,このような永年の慣行にかんがみて,原告らは,のり島の権利を陸地における入会漁業権としても主張するものである。
(イ) δ地区の住民の陸地における慣習上の入会権に基づく「のり島の権利」
δ地区(105戸)に居住している原告らを含む住民は,本件各土地のみならず,それ以外の「のり島」(γの東側と西側の海岸線沿いで,本件各土地と同じような状況にある土地で名義の如何を問わない)に定着・成育している岩のり等を無償で,かつ,自由に採取できる慣習法上の陸地の入会権(入会漁業権)を有しているものであり,このような慣習は,昭和14年以前から行われてきていたものと推認されるものであり,まさに,「社会通念上,権利として認められる程度にまで成熟した慣行上の利益」であると認めるに足りる権利性を有している。
ただし,岩のり等を採取できる期間は,本件各土地の所有者の採取期間外の毎年2月4日から11月25日までの期間である。
このδ地区の住民の陸地における慣習上の入会権は,漁業法上のC漁協の共同漁業権とは,別の権利であり,これら二つの権利は,併存している。
(ウ) C漁協の組合員としての「漁業を営む権利」(この権利に関しては原告Eを除く。以下同じ。)
この権利は,漁業法上の海面(春分・秋分時における満潮位面の水際線によって区別された海水の部分)という公有水面における岩のり等を採取する「漁業を営む権利」である。
原告らは,C漁協の組合員であるところ,法人としてのC漁協が有している共第12号第1種共同漁業権に基づいて,漁業権行使規則によって,漁業を営む資格・権利を有しているが,C漁協が,Aとの間で放棄した漁業権の対象区域は,埋立区域のみであり,工事施行区域に及んでいない。
また,仮にC漁協における平成15年2月15日の臨時総会決議において,AとC漁協との間で,漁業権の放棄・本件埋立・漁業補償に関する合意がなされているとしても,B原発1・2号機の場合に慣行となっていたδ地区における住民全員の同意が,同3号機の場合には,得られていなかったから,上記決議は無効である。
(エ) 以上のとおり,原告らは,岩のり等を採取するのり島の権利等を有しており,その権利の性質は,土地所有権,陸地における慣習上の入会権,漁業法における漁業を営む権利で,いずれも物権であり,憲法29条の財産権として,憲法上,強く保障されている権利である。
なお,原告らが上記権利を有することは,Aが,B原発3号機の建設に伴う漁業に対する影響による損害の補償について,C漁協との合意の外に,原告らの上記権利について,これまで,原告らと,本件各土地の買取,地役権の設定及び岩のり等の影響に関する補償交渉をしてきたことからも明らかであり,A自体がのり島権利者の岩のり等の採取する権利を認めている。
イ 法5条2号ないし4号該当性
法4条3項1号は,公有水面の埋立免許の基準として,埋立に関する工事の施行区域内における公有水面に関し「権利を有する者」の同意が必要であると規定し,法5条は,権利を有するものとして,2号ないし4号の者を規定している。
これを形式的に解釈すれば,原告らは,漁業法上の公有水面に対する漁業権者ではないが,土地所有権ないし陸地において慣習により,海面と接する境界部分(土地・陸地)において,波浪(海水)を受け,これを必要不可欠なものとして,公有水面を利用しながら,岩のり等を採取する入会漁業権を有しているのり島権利者であり,かつ,漁業を営む権利を有しているものであり,これらの権利は,2号ないし4号に列挙してある権利者に該当する者として取り扱うことが,現時点における合目的的・合理的な解釈である。
仮に,形式的に,2号ないし4号の権利者に該当しないとしても,原告らが有している権利の内容に即して考えれば,原告らの権利は,法律上保護に値する権利であるというべきであり,少なくとも,それらの権利者に準じる者として類推解釈をして,同意を要する「権利を有する者」というべきである。
現行漁業法の制定ないし施行後,なお慣習的な漁業利用の形態が存続することは,予想されていなかった事態であり,法5条との関係では,いわば法の欠缺とみることも許され,慣習上の漁業権者とみて,同法の同意権者の中に解釈上加えることが可能というべきである。
ウ 法3条3項による意見書の提出の利害関係者
原告Dは,法3条3項に基づいて,被告が本件処分をする前の平成15年12月17日付け意見書で,のり島の権利者として,本件埋立に関し利害関係を有する者として,本件埋立免許による埋立工事によって,漁業に悪影響があると主張したにもかかわらず,何らの対策が取られていないし,影響補償も解決していないので(法6条により,本来は,事前に,その損害について,補償されるべきであった。),免許をしないよう申し入れたが,被告はそれを無視し,本件処分を行ったものであり,このような場合,原告Dは原告適格を有する。
(被告)
(1) 取消訴訟の法律上の利益の判断基準
ア 行訴法9条は,取消訴訟の原告適格について規定するが,同条1項にいう当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは,当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり,当該処分を定めた行政法規が,不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には,このような利益もここにいう法律上保護された利益に当たり,当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は,当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。
処分の相手方以外の者について上記の法律上保護された利益の有無を判断するに当たっては,当該処分の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく,当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮し,この場合において,当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たっては,当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌し,当該利益の内容及び性質を考慮するに当たっては,当該処分がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案すべきものである(同条2項)。
イ 法の趣旨,目的等
法は,従前の規定では,公有水面の埋立を円滑に行うことができなかったことから,その不備を是正し,公有水面埋立を円滑に実施するため,大正10年4月9日,成立した法律である。
すなわち,法が制定されるまでは,公有水面の埋立事務は,官有地取扱規則及び公有水面埋立及使用免許取扱方によって処理されていた。
しかし,同規則では,「官に属する公有水面を埋立て,民有地となさんことを乞う者あるときは,公衆の妨害とならざる部分に限り,之を許すことを得」(引用にあたり,カタカナはひらがなに直した。)と規定されていて,埋立区域内に他人の権利が存在する場合は,一々その権利者の同意や承諾を得なければ埋立をすることができないということになっていた。そこで,有益な埋立事業が,冗費を負担しなければならなくなったりして,経済上有益である事業も,国家公益の事業も遂行することが出来ないということになっていたところ,これを是正する目的で制定された。
このように,法の趣旨,目的は,経済上有益な事業や国家公益の事業に資するために,公有水面に関して,権利を有する者を明確に限定するとともに,これらの権利者の同意を得るなどした場合に免許を与えることができるものとしたものである。
ウ 処分において考慮されるべき利益の内容及び性質
公有水面埋立処分において考慮されるべき利益の内容及び性質は,上記の法の趣旨,目的から判断される。すなわち,埋立区域内に何らかの権利を有する者すべてから同意を得ることは困難であり,それでは,公有水面埋立を阻害することになるから,これを是正する目的で同法は制定されたものであり,埋立処分によって考慮されるべき利益の内容,性質についても必然的に限定が加えられることになる。
そこで,法5条は,「公有水面に関し,権利を有するもの」を4者に限定して規定している。
そして,この4者の「公有水面に関して権利を有する者」の同意がなければ,埋立免許ができないと規定している(法4条3項1号)。
したがって,この同意を要する「公有水面に関し権利を有する者」の権利は考慮されるべき利益となるが,反対に,4者に該当しない者は,考慮されるべき利益に該当しないこととなる。すなわち,5条の規定は,制限列挙である。
そして,4者のうち5条2号の「漁業権者又は入漁権者」とは,「漁業法に基づき,漁業権の設定を受けた者」と解すべきである。
エ 関係法令の趣旨及び目的
(ア) 法は,昭和48年に,埋立を取り巻く社会経済環境の変化に即応し,公有水面の適正かつ合理的な利用に資するため,特に自然環境の保全,公害の防止,埋立地の権利処分及び利用の適正化等の見地から所要の改正が行われた。
そこで,法の上記改正により,評価法及び島根県環境影響評価条例(平成11年島根県条例第34号。以下「評価条例」という。)が関係法令に該当するのではないかということが問題となる。
(イ) 評価法は,環境影響評価について国等の責務を明らかにするとともに,規模が大きく環境影響の程度が著しいものとなるおそれがある事業への環境影響評価の手続等を定めた法である(同法1条)。
同法は,国家的な見地から環境影響評価を行わしめる必要のある事業を対象としているが,およそ我が国において行われる環境影響評価総体を規律するものではなく,国と地方が適切な役割分担のもとに運営するという考え方により,対象事業について,一定の規模を基準として環境影響の程度が著しいものとなるおそれのある事業を対象としている。
そして,同法は,環境影響評価を要する事業として,第1種事業又は同法4条3項1号の措置が採られた第2種事業を定めている(同法2条4項)。
第1種事業の要件は,政令で定める要件を満たしている事業であって,規模が大きく,環境影響の程度が著しいものとなるおそれがあるものとされており(同法2条2項),法に関しては,評価法2条2項1号ト,評価法施行令(平成9年政令第346号)1条及び別表第1の7号において,公有水面の埋立の面積が50ヘクタールを超えるものに限ると規定されている。第2種事業は,第1種事業に準ずる規模を有するもののうち,環境影響の程度が著しいものとなるおそれがあるかどうかの判定を同法4条1項各号に定める者が同条の規定により行う必要があるものとして政令で定めるもの(同法2条3項)とされ,同施行令で,40ヘクタール以上50ヘクタール以下であるものに限るとされている。
したがって,国等の事業に関しては,少なくとも40ヘクタール以上の規模の事業であることが要件とされているところ,本件処分の対象となった埋立事業は,規模が約6.7ヘクタールの事業であり,そもそも評価法に基づいて環境影響評価が義務付けられる事業に当たらない。
よって,本件処分に関しては,評価法は法との関係で目的を共通にする関係法令には当たらないことになる。
(ウ) また,島根県は,地域の環境保全の観点から,評価条例により,評価法の基準より規模が小さい事業についても環境影響評価を実施することとしている。
しかし,評価条例でも,環境影響評価を要する対象事業について,埋立の場合,25ヘクタール以上としており,規模が約6.7ヘクタールの本件埋立は,同条例の対象事業ともならない。
したがって,評価条例も関係法令には当たらない。
(エ) 以上のとおり,本件では,関係法令として考慮すべき法令は見当たらない。
オ 被侵害利益の内容等
原告らの主張する被侵害利益は,岩のりが採取できなくなるという財産上の損害であり,原告らの健康や生活環境に著しい被害が生じるという内容ではない。
(2) 原告らの権利
ア 以下のとおり,原告ら主張の権利は存在しない。
(ア) 土地の所有権に基づく,ないし陸地における慣習法上(ないし慣習上・慣行上)の入会権に基づく「のり島の権利」
原告らの主張する春・秋分時の満潮位時における土地部分は,漁業権の及ばない陸域であり,公有水面ではないから,仮に,原告らが春・秋分時の満潮位時における土地を所有していたとしても,原告らは,法5条に規定する権利を有する者には該当しない。
また,原告らの主張するのり島の権利なる権利はないし,仮にのり島の権利があるとしても,それは法的に保護された具体的な権利でもないし,慣習法上の権利でもない。
(イ) δ地区の住民の陸地における慣習上の入会権に基づく「のり島の権利」
被告は,原告らの主張するδ地区の住民らが海域と陸域の境界部分に成育する岩のり等を採取していたかどうか知らず,仮にそのような事実があったとしても,法的権利まで高められた入会権ではない。
更に,原告らは,慣習法上の入会漁業権を主張しているが,原告らの主張する権利は,既に存在していない。
すなわち,旧漁業法は,明治34年に制定されたが,同法により,慣習上の漁業も免許が与えられて,旧漁業法上の地先専用漁業権,慣行専用漁業権として認められない限り,同法施行後は,否定されることとなった。
そして,昭和24年12月5日,現行漁業法が制定されたのに伴い(昭和25年3月14日施行),従前の漁業権及びこれに関連する権利関係は,補償金を交付した上で,施行から2年以内に消滅することとなった。
したがって,旧漁業法の下で,地先専用漁業権,慣行専用漁業権として認められた慣習上の漁業も現行漁業法により廃止され,従来の定置漁業権の一部とともに第1種ないし第5種の共同漁業権に編成替えとなった。
よって,原告らの主張するような慣習上の入会漁業権は存在しない。
(ウ) C漁協の組合員としての「漁業を営む権利」
共同漁業権は,法人であるC漁協にあり,組合員らに独立した権利があるわけではない(最高裁第一小法廷平成元年7月13日判決・民集43巻7号866頁)。
そして,「工事施行区域内における公有水面に関し権利を有する者」である共同漁業権を有するC漁協は,水産業協同組合法50条に規定する3分の2以上の組合員の賛成で漁業権の放棄を決議し,平成15年3月24日,公有水面の埋立について同意しているので,手続に瑕疵はない(上記最高裁第一小法廷平成元年7月13日判決)。
イ 上記アのとおり,原告らの主張する権利はいずれも認められないから,その権利を侵害したということはあり得ない。
したがって,原告らは法5条の権利を有する者のいずれにも該当せず,原告ら主張の被侵害利益の内容に照らしても,原告らに原告適格はない。
ウ 法3条3項について
法3条3項の「利害関係人」は限定されておらず,「利害関係」を有すると思う者は誰でも意見書を提出できることになっている。そして,意見書を提出した者は,誰でも原告適格を有するとすれば,行訴法が定めた原告適格の規定が意味を有しなくなってしまうことは自明の理である。
2 本件処分の違法性
(原告ら)
(1) 原告らの権利侵害
ア 本件埋立をともなうB原発3号機がγにおける岩のりの繁殖とその採取漁業に及ぼす影響について
本件埋立の目的は,B原発3号機の増設にあるところ,これにともなう環境改変が岩のりに及ぼす影響としては,以下の6項目が考えられる。
(ア) 埋立と防波堤の建設による岩のり漁場の削減
(イ) 護岸消波ブロックと人工リーフの造成による海底の改変と海水の流動の変化の影響
(ウ) B原発2号機放水口建設のためのしゅんせつの影響
(エ) 上記構造物建設のための工事による影響
(オ) B原発3号機運転にともなう温排水の影響
(カ) 位置変更後のB原発2号機放水口からの温排水の影響
イ 岩のりの生活史との関係
上記の環境改変が岩のりの繁殖とその採取漁業に及ぼす影響は,次のような岩のりの生活史の局面と密接に関係している。
(ア) 晩春から秋にかけて海底の貝殻中に殻胞子を放出する過程(コンコセリスと殻胞子の生活)
(イ) 満潮線以上の岩礁帯,γに岩のりの殻胞子が着生する過程
(ウ) 着生した殻胞子が葉状体として成育する過程
(エ) 12月から晩春まで葉状体が水中に果胞子を放出する過程
また,上記の岩のりの生活史の諸過程に対して,次のような環境要因の変化が影響をする。
① 水温
② 海水の流動。すなわち,沿岸流,干満による海水の流れ,波浪及びそれに伴う岩礁地先部での流れ,温排水の海中放出にともなう上昇流や水塊プルームの発生
③ 海水中の砂礫及び微粒子
④ 海底及び水面下の壁面及びそこの生物群集
以上のようなア(ア)ないし(カ)のB原発3号機増設にともなう環境改変が,イ①ないし④の種々の環境要因の変化との関係を通じて,岩のりの繁殖とその採取漁業に影響を及ぼす。
ウ 上記の環境改変が岩のりの繁殖とその採取漁業に影響を及ぼすことについて,ア(ア)は,岩のりの生活史におけるイ(イ)ないし(エ)の局面の生活を行う場が埋立によって削減され消滅するので,その影響が多大であることは明白である。
また,ア(イ)ないし(カ)までの環境改変の項目によっても,γの岩のり漁場に多大な影響を及ぼす。
(2) 法4条1項2号違反
ア 法4条1項2号は,埋立免許基準として,本件埋立が,環境保全及び災害防止につき,十分配慮せられたるときと規定しているが,本件埋立関連工事によって,海水の濁りが発生してオイルフェンスの機能が果たされていないため,岩のりの成育が阻害されており,さらに,自然環境に重大な悪影響を及ぼしていることが明らかである。
これらは,本件埋立免許の条件に違反し,かつ,損害防止の施設の設置を義務づけている法6条1項後段に違反するものである。
イ 岩のりの生活史,特に春から秋にかけての海底生活を考えれば,公有水面における環境条件は,岩のり漁業の維持にとって,重要,かつ,不可欠である。
しかるに,被告の本件処分に基づく埋立関連工事による海水の汚濁や,波浪を被らなくなったり,温排水によって,岩のりの胞子が死滅したり,成育が止まったりしている。
このため,原告らの岩のりの収穫が減少したり,全くなくなってしまった。
なお,本件海面の汚濁と岩のりの被害との間には,厳密な科学的な解明が完全にはなされていないが,一連の岩のりの生活史と環境との関係への本件埋立関連工事が及ぼす影響は明らかであり,かつ,現場の漁業者である原告らの経験則,さらに,他に,岩のり等の消滅・減少の理由が見当たらない本件においては,両者の間には,法的な相当因果関係があるというべきである。
ウ Aが行った環境影響評価が誤っていることは,現に発生している海水の汚濁の現実を見れば明らかであり,本件の場合,その埋立面積の規模から,形式的には,評価法(許認可の際の同法32条による「環境への適正な配慮」)は適用されないが,環境への配慮は,今日不文の法原則だとみれば,その懈怠・瑕疵は,違法性を帯びることになる。
(3) 法4条3項1号違反
原告らは,法第5条2号ないし4号の「権利を有する者」であり,被告が本件埋立の免許をなすにつき,その同意を要する権利者であるというべきであるにもかかわらず,本件処分は,その権利を有する原告らの同意を欠いており,違憲・違法である。
(被告)
B原発2号機放水口建設のためのしゅんせつの影響があるとする主張及び同3号機運転に伴う温排水の影響と位置変更後の同2号機放水口からの温排水の影響があるとする主張は否認し,その余の事実は不知。
第三争点に対する判断
一 争点1(原告適格)について
1 取消訴訟の法律上の利益の判断基準
(1) 行訴法9条は,取消訴訟の原告適格について規定するが,同条1項にいう当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは,当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり,当該処分を定めた行政法規が,不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には,このような利益もここにいう法律上保護された利益に当たり,当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は,当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。
そして,処分の相手方以外の者について上記の法律上保護された利益の有無を判断するに当たっては,当該処分の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく,当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮し,この場合において,当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たっては,当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌し,当該利益の内容及び性質を考慮するに当たっては,当該処分がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案すべきものである(同条2項)(最高裁平成17年12月7日大法廷判決・民集59巻10号2645頁)。
(2) 法の趣旨,目的
本件処分は,法2条1項に基づくものであるところ,法の趣旨,目的は,既存の権利の存在による埋立の障害を除去し,埋立地の増大の必要性に答えることにある(甲20,21,乙14)。
その結果,法に基づく埋立は,国土が狭い日本にあって,海や湖から多様な土地を生み出し,経済の発展に大きく貢献したが,その一方で,埋立により貴重な水面が失われ,自然環境に弊害をもたらしたとの批判もあり,こうした批判を受け,法は,昭和48年法律第84号により改正された(甲20,21,乙15)。その趣旨は,近年における埋立を取り巻く社会経済環境の変化に即応し,公有水面の適正かつ合理的な利用に資するため,特に自然環境の保全や埋立地の利用の適正化等の見地から一部改正を行ったものであり,主要な改正点は,環境の保全や埋立地の利用の適正化を図り,また,利害関係人との調整を強化するため,埋立免許の基準を法定し,免許基準を明確にしたこと,都道府県知事は,免許埋立の出願事項を公衆の縦覧に供するとともに,関係都道府県知事に通知するなど,埋立に利害関係を有する者の意見を反映させる措置を拡充したこと,及び大規模な埋立等について,環境保全上の観点からの調整を図るため,主務大臣がこれを認可しようとするときには,環境庁長官の意見を求めなければならないとしたことなどである。すなわち,法は,4条1項において,公有水面の埋立の免許権者は,「国土利用上適正かつ合理的なものであること」(同項1号),「その埋立が環境保全及び災害防止について十分配慮されたものであること」(同項2号),「埋立地の用途が土地利用又は環境保全に関する国又は地方公共団体(港務局を含む)の法律に基づく計画に違背しないこと」(同項3号),等の基準に適合すると認める場合でなければ埋立の免許をすることはできない旨規定し,法47条2項において,大規模な埋立等政令で定める埋立に関し,主務大臣が認可をするときは,環境保全上の観点から専門的知識を有する環境庁長官の意見を求めなければならない旨規定し,法3条において,都道府県知事は,埋立の免許の出願があったときは,それを告示するとともに,三週間公衆の縦覧に供し(同条1項),かつ,埋立に関し利害関係を有する者は,縦覧期間満了の日までに都道府県知事に意見書を提出することができる(同条3項)旨規定する。そして,上記利害関係を有する者とは,特に限定的に解する理由はなく,埋立に関する工事の施行区域内の公有水面に関し権利を有する者はもちろんのこと,埋立地周辺の海域で漁業を営む者や埋立により生活環境が影響を受ける地域住民等も含まれるというべきである。
もっとも,法4条3項,5条の規定が具体的に定められているのに対し,法4条1項1号の規定は,およそ埋立の可否の判断の基本となる一般理念を示した極めて抽象的な規定であり,同項2号が規定する環境保全に関する基準は,埋立行為そのものに特有の配慮事項として,環境問題及び災害問題につき,一般的,公益的な見地から,現況及び影響を的確に把握した上で,これに対する措置を講ずることを免許基準としたものであり,一定水準以上の環境,安全性を確保するという行政目的達成のための一般的,抽象的基準であって,環境保全等の具体的基準を明示していない。同項3号の規定は,埋立地の用途について,埋立地周辺等における土地利用上での整合性を求めたものであり,上記規定により,環境保全に関しては,環境基本法により定められた環境基準や公害防止計画等の許容基準を超えてはならないことが要求されることになるが,これは,人の健康を保護し,生活環境を保全する上で維持されることが望ましい基準であって,行政の努力目標を示す指標に過ぎないものである。また,同法47条2項は,埋立に環境保全上の配慮を加えるための規定であるところ,環境庁長官の意見は十分に尊重されなければならないものであるとしても,上記意見は,認可,免許自体の効力を左右するものではない。さらに,法3条は,埋立免許出願事項の告示縦覧,利害関係人の意見書提出等について定めており,この規定は,行政の正当性を担保するため,国民の行政参加の一環として利害関係人の意見等を反映させるものであるが,提出されたのちの意見書の取扱いについては,何ら明文の規律がなされておらず,免許権者は,これら意見に直ちに拘束されるものでもない。
そうすると,これらの規定は,専ら一般的な公益を保護する趣旨のものと解するのが相当であって,周辺住民,周辺漁民等の有する生活上又は営業上の環境利益,あるいは,周辺漁民の有する漁業を営む権利を一般的公益の中に吸収解消されない個別的利益としても具体的に保護すべきものとする趣旨を含むものと解することは困難である。
もっとも,環境保全とともに災害防止について規定する法4条1項2号は,災害防止につき十分な配慮がなされないまま埋立免許がなされると,埋立地及びその周辺地域において,護岸の破壊,高潮,津波,河川の氾濫等の災害が生じ,ひいては一定地域に居住する住民の生命,身体に直接かつ重大な被害を与えることから,そのような災害を防止するために,災害防止に十分配慮されている場合にのみ免許することとしているものと解される。そうすると,この規定は,不特定多数者の生命,身体等の安全を一般的公益として保護しようとするにとどまらず,一般的公益の中に吸収解消し得ないものとして,これら住民の生命,身体の安全等を個々人の個別的利益としても保護する趣旨を含むものと解するのが相当である。
(3) 処分において考慮されるべき利益の内容
法5条は,「公有水面に関し権利を有する者」を4者に限定し,法4条3項は,この4者の「公有水面に関し権利を有する者」の同意がなければ,埋立免許ができないと規定している。したがって,この同意を要する「公有水面に関し権利を有する者」の権利は処分において考慮されるべき利益となると解される。
また,上記の法4条1項2号の趣旨にかんがみると,災害防止につき十分な配慮がなされない結果,埋立地及びその周辺地域において,護岸の破壊,高潮,津波,河川の氾濫等の災害が発生する蓋然性が高いと認められる場合の,その一定範囲に居住する住民の生命,身体の安全も,処分において考慮されるべき利益となると解される。
(4) 関係法令の趣旨及び目的
ア 評価法は,環境影響評価について国等の責務を明らかにするとともに,規模が大きく環境影響の程度が著しいものとなるおそれがある事業への環境影響評価の手続等を定め,国民の健康で文化的な生活の確保に資することを目的とする(同法1条)。
同法は,国家的な見地から環境影響評価を行わしめる必要のある事業を対象としており,対象事業について,一定の規模を基準として環境影響の程度が著しいものとなるおそれのある事業を対象としている。
そして,同法は,環境影響評価を要する事業として,第1種事業又は同法4条3項1号の措置が採られた第2種事業を定めている(同法2条4項)。
第1種事業の要件は,政令で定める要件を満たしている事業であって,規模が大きく,環境影響の程度が著しいものとなるおそれがあるものとされており(同法2条2項),法に関しては,評価法2条2項1号ト,評価法施行令(平成9年政令第346号)1条及び別表第1の7号において,公有水面の埋立の面積が50ヘクタールを超えるものに限ると規定されている。第2種事業は,第1種事業に準ずる規模を有するもののうち,環境影響の程度が著しいものとなるおそれがあるかどうかの判定を同法4条1項各号に定める者が同条の規定により行う必要があるものとして政令で定めるもの(同法2条3項)とされ,同施行令で,40ヘクタール以上50ヘクタール以下であるものに限るとされている。
そして,環境影響評価の結果は対象事業の免許等を与える際に判断対象となり,この点を確保するため,事業の免許等の管轄を有する主務大臣に対して,事業法に規定されている要件の判断に加えて適正な環境配慮がされているか否かを判断する権限を与えるいわゆる横断条項が定められている(同法33条)。
以上によれば,処分にかかる公有水面埋立が評価法の対象事業である場合には,同法は,法との関係で目的を共通にする関係法令というべきである。しかし,本件公有水面の面積は約6.7ヘクタールであり,評価法の対象事業ではないので,本件処分については,同法は,法との関係で目的を共通にする関係法令に該当せず,原告適格の判断に影響しない。
また仮に,評価法が法との関係で目的を共通にする関係法令に該当するとしても,前記の評価法の目的に照らすと,同法によって原告適格を有することとなるのは,評価法違反により健康を害されるおそれのある者と解すべきところ,本件処分によって原告らの健康が害されることの主張立証はないから,やはり,原告らの原告適格の判断には影響しない。
イ また,評価条例は,環境影響評価について県の責務を明らかにするとともに,規模が大きく環境影響の程度が著しいものとなるおそれのある事業への環境影響評価の手続等を定め,県民の健康で文化的な生活の確保に資することを目的とする。同条例は,評価法の基準より規模が小さい事業についても環境影響評価を実施することとしており,環境影響評価を要する対象事業として,埋立の場合,25ヘクタール以上としている。
そして,知事が対象事業の許認可等をする場合には,当該対象事業に係る評価書の内容について配慮するものとしている(同条例29条)。
以上によれば,処分にかかる公有水面埋立が評価条例の対象事業である場合には,同条例は,法との関係で目的を共通にする関係法令というべきである。しかし,本件公有水面の面積は約6.7ヘクタールであり,評価条例の対象事業ではないので,本件処分については,同条例は,法との関係で目的を共通にする関係法令に該当せず,原告適格の判断に影響しない。
また仮に,評価条例が,法との関係で目的を共通にする関係法令に該当するとしても,上記の評価条例の目的に照らすと,同条例によって原告適格を有することとなるのは,評価条例違反により健康を害されるおそれのある者と解すべきところ,本件処分によって原告らの健康が害されることの主張立証はないから,やはり,原告らの原告適格の判断には影響しない。
(5) 被侵害利益の内容等
原告らの主張する被侵害利益は,岩のりが採取できなくなるという財産上の損害であり,本件処分にかかる公有水面埋立によって災害が発生して,それによって原告らの生命,身体の安全が害されるおそれがあることの主張立証はない。
(6) 以上によれば,原告らが本件訴えにつき原告適格を有するといえるのは,原告らが法5条の「公有水面に関し権利を有する者」に該当する場合に限られると解するのが相当である。
しかして,上記の法の趣旨,目的にかんがみると,法5条各号の定めは限定列挙であり,他の法律に根拠をもつ権利者は,法所定の保護は受け得ないと解するのが相当である(甲21,乙3)。
また,同条2号の「漁業権者又は入漁権者」とは,「漁業法に基づき,漁業権の設定を受けた者」と解するのが相当である(乙2)。
2 原告らの権利について
(1) 証拠(甲7,9,13,14,31の1,33,34,原告Dの本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 原告らは,毎年11月26日から翌年の2月3日まで,その所有土地に成育する岩のり等を採取し,毎年2月4日から11月25日までの間は,原告らの土地を含む12区画ののり島の土地の一部について,自己所有の土地のみならず,他人の土地に成育している岩のり等を無償で,自由に採取している。上記のような慣行は,昭和16年当時から行われていた。
イ 原告Dの漁獲高は,平成17年2月には,平成16年2月に比較し,約3分の1に減少(約38万円が,約12万円に減少)したのみならず,色や香が落ち,味も悪く,品質が低下した。また,平成18年2月には,岩のりが少しついたが波によって直ぐに剥がれてしまうなど,根付きが悪かった。カシカメは,平成16年から平成17年と減少していき,平成18年2月には全く生えてこない状態になった。
原告Gについても,その岩のり水揚げ金額は,平成10年には11万円あったものの,その後減少し,平成16年には,商品価値のある岩のりを採取することができなかった。
(2) 上記認定事実及び前記第二の一の前提事実等を前提に,原告らが主張する権利が法5条の「公有水面に関し権利を有する者」に該当するかについて検討する。
ア 土地の所有権に基づく,ないし陸地における慣習法上(ないし慣習上・慣行上)の入会権に基づく「のり島の権利」
原告ら所有の本件各土地は公有水面ではなく,また,原告らが本件各土地を所有していることから直ちに,本件各土地に成育する岩のり等を採取する独立した実体法上の権利が認められるものとは解されないから,この点における原告らの主張は理由がない。
イ δ地区の住民の陸地における慣習上の入会権に基づく「のり島の権利」について
(ア) 現行漁業法(昭和24年法律第267号)の定める共同漁業権は,明治漁業法のもとにおける専用漁業権及び特別漁業権を廃止して,従来の定置漁業権の一部とともに第1種ないし第5種の共同漁業権に編成替えされたものであり,沿革的には,入会的権利と解されていた地先専用漁業権ないし慣行専用漁業権にその淵源を有するものであることは疑いがない。
しかしながら,終戦後の経済民主化政策の一環として,現行漁業法が施行されるとともに,沿岸漁業の全面的な整理が行われ,既存の漁業権は2年以内に消滅させて計画的に新漁業権を免許することとされ,旧漁業権者に対しては補償金が交付された(漁業法施行法1条ないし17条)。現行漁業法のもとにおける漁業権は,都道府県知事の免許によって設定されるものであり(漁業法10条),しかも,その免許は,明治漁業法下とは異なり,先願主義によらず,都道府県知事があらかじめ定めて公示する漁場計画に従い,法定の優先順位に従って付与され(同法11条,13条ないし19条),かつ,漁業権の存続期間は法定されていて,その更新は認められていない(同法21条)。そして,共同漁業権の免許は漁業協同組合等に対してのみ付与され,昭和37年法律第156号による改正により,漁業協同組合の組合員(漁業者又は漁業従事者である者に限る。)は,当該漁業協同組合等の定める漁業権行使規則に規定された資格を有する場合に限り,当該漁業権の範囲内において漁業を営む権利を有するものであって(同法8条1項),組合員であっても漁業権行使規則に定める資格を満たさない者は行使権を有しないものとされた。しかも,共同漁業権の主体たる漁業協同組合は,法人格を有し,加入及び脱退の自由が保障され,組合員の3分の2以上の同意があるときには組合が自ら漁業を営むこともできるものとされている(水産業協同組合法17条)ほか,総会の特別決議があるときには,漁業権の放棄もできるものとされている(同法48条1項8号,50条4号)。以上によれば,現行漁業法の下における共同漁業権は,古来の入会漁業権とはその性質を全く異にするものである(最高裁平成元年7月13日第一小法廷判決・民集43巻7号866頁参照)。
(イ) 上記のような現行漁業法の趣旨及び規定からすれば,現行漁業法下において,原告らの主張するような慣習法上の権利は認められないと解するのが相当であるから,この点に関する原告らの主張も理由がない。
ウ C漁協の組合員としての「漁業を営む権利」について
共同漁業権は,法人であるC漁協にあり,組合員に独立した権利があるわけではないところ(漁業法8条1項),C漁協の同意があるから,本件公有水面の埋立は適法である。
したがって,原告らが共第12号第1種共同漁業権に係る漁業権行使規則で規定する資格を有するとしても,本件公有水面の埋立により原告らの主張する権利が侵害されたということはできない。
なお,原告らは,C漁協の本件公有水面の埋立同意の前に,δ地区全員の同意による総会決議が必要である旨主張するが,C漁協は,水産業協同組合法50条に規定する決議を得ればよいところ,同条に規定する3分の2以上の組合員の賛成で決議しているから(乙12,13),手続に瑕疵は認められない。
もっとも,C漁協が漁業権放棄の決議をするについては,議決前に,当該漁業権の内容たる漁業を営む者の3分の2以上の書面による同意を得なければならないところ(漁業法31条,8条3項),前記決議の前に所定の書面による同意がなされたか否かは判然としないが,仮にこの点において決議に瑕疵があるとしても,そのことにより漁業権を有することとなるのはC漁協であって原告らではないから,原告らが原告適格を有することにはならない。
(3) 以上のとおり,原告らが主張する権利はいずれも認められない。
そして,法5条各号に定める公有水面に関し権利を有する者とは,制限列挙と解され,類推適用の余地はないから,原告らは法5条各号のいずれにも該当しないというべきである。
(4) また,原告Dは,法3条3項の意見書を提出しているものの,法は意見に対して回答する法律上の義務を定めていないから,これをもって原告Dの原告適格を認めることも困難である。
二 結論
よって,本件訴えは,原告適格を欠く不適法なものであるからこれを却下することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 太田雅也 裁判官 飯島敬子 裁判官 田岡薫征)