松江地方裁判所 平成24年(行ウ)1号 判決 2013年8月05日
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
処分行政庁が原告に対して平成23年4月22日付けでした別紙物件目録記載1及び2の各土地に係る平成23年度固定資産税賦課決定処分をいずれも取り消す。
第2事案の概要
1 請求の類型(訴訟物)
本件は、処分行政庁である益田市長が、別紙物件目録記載1及び2の各土地(以下「本件各土地」という。)につき、本件各土地の登記簿上の所有者である原告に対し、平成23年4月22日付けで、平成23年度の固定資産税の相当税額を合計1万6514円とする固定資産税賦課決定処分(以下「本件各処分」という。)をしたところ、原告が、①本件各土地につき、固定資産税賦課手続において、対象土地が存在しない場合と同様に評価すべき事情があること、②本件各土地につき、地方税法343条4項の適用又は類推適用により、本件各土地の使用者に対して固定資産税を課すべきであること、③被告は、本件各土地の登記簿上の所有者と真の所有者とが異なることを認識していること、以上を理由として、本件各処分は違法であると主張し、本件各処分の取消しを求める事案である。
以下では、別紙物件目録記載1の土地を「本件土地1」と、同目録記載2の土地を「本件土地2」と表記し、本件各土地と同様に益田市中島町に所在する土地を、「イ○番○」のように地番のみで表記することとする。
2 固定資産税に関する法の定め
(1) 地方税法(以下「法」という。)342条は、固定資産税につき、固定資産(土地、家屋及び償却資産の総称。法341条1号)に対し、当該固定資産所在の市町村において課するものと規定する。
(2) 法は、登記を具備している土地につき、不動産登記法27条3号及び34条1項各号に掲げる登記事項、所有権等の登記名義人の住所・氏名等、当該土地の基準年度の価格等を、市町村長が土地課税台帳に登録しなければならないと定める(法381条1号)。そして、基準年度に係る賦課期日(当該年度の初日の属する年の1月1日。法359条)に所在する土地につき、当該基準年度に係る賦課期日における価格として課税台帳に登録されたものを基準として(法349条)、所定の標準税率(法350条)を乗じた固定資産税が土地の所有者に対して賦課される(法343条1項)。ここでいう土地の所有者とは、土地の登記簿に所有者として登記されている者を指す(同条2項)。このように、法は、原則として、所有者課税の原則をとり、その所有者を不動産登記簿上の所有者とすることを建前としており、これを台帳課税主義(登記名義人課税の原則)という。
(3) もっとも、上記の所有者課税の原則には、使用者課税の例外が規定されている。すなわち、土地の所有者の所在が震災、風水害、火災、その他の事由によって不明である場合においては、その使用者を所有者とみなして、これを土地課税台帳に登録し、その者に固定資産税を課すことができるのである(法343条4項)。
(4) 市町村長は、固定資産評価員等(法404、405条)に、当該市町村所在の固定資産の状況を、毎年少なくとも1回、実地に調査させなければならないものとされている(法408条)。
3 前提事実(争いがない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実。証拠等は、認定事実ごとに掲記する。)
(1) 本件各土地は、平成23年度に係る賦課期日(同年1月1日)当時、益田市中島町に存在する土地である。(争いがない。)
(2) 本件各土地(ただし、地番、地目及び地積が変更される前のもの)については、昭和40年6月15日、同月11日の売買を原因とする原告への所有権移転登記手続がなされており、本件各土地の所有権に係る登記名義人は、原告である。また、本件土地1の昭和57年5月28日から平成24年1月6日までの間の登記簿上の所在、地番、地目及び地積は、同目録記載1のとおりであり、本件土地2の上記期間の登記簿上の所在、地番、地目及び地積は、同目録記載2のとおりである。(甲1、2)
(3) 益田市長は、平成23年4月22日付けで、原告に対し、本件土地1の評価額を191万0436円、同年度課税標準額を36万4188円、本件土地2の評価額を442万1036円、同年度課税標準額を73万6839円とする評価及び計算を前提に、相当税額を本件土地1につき5462円、本件土地2につき1万1052円とする本件各処分をした。(甲13、争いがない事実)
(4) 原告は、本件各処分を不服として、平成23年6月20日付けの異義申立書により、益田市長に対し、異議申立てをしたところ、益田市長は、同年7月19日付けで、原告の異議申立てを棄却するとの決定をした。(争いがない。)
4 争点及び争点に関する当事者の主張
(1) 争点1:本件各土地につき、固定資産税賦課手続において、対象土地が存在しない場合と同様に評価すべき事情があるか
ア 原告の主張
本件各土地並びに番地<省略>及び番地<省略>の各土地は、別紙図面のうち、桃色で着色した部分に存在する。原告は、本件各土地を占有したことはなく、本件各土地は、登記簿上存在するが、現況では、番地<省略>及び番地<省略>の各土地として利用されているものと思われる。もっとも、その位置や形状、地積は、正確に特定することができない。
このような場合、台帳課税主義の前提を欠くといえるのであって、固定資産税賦課の手続上、対象土地が存在しない場合と同様に評価されるべき事情が存在するといえる。
イ 被告の主張
否認ないし争う。
本件各土地の正確な位置は、不明であるが、本件各土地は、原告が主張する位置にではなく、別紙図面のうち、黄色で着色した部分に存在するものと思われる。
いずれにせよ、本件各土地は、平成23年度の賦課期日において、物理的に存在しており、固定資産税を賦課するに当たって必要となる地積及び地目等は、公図及び登記簿によって明らかである。また、少なくとも、公図及び登記簿上、本件各土地と他の地番の土地との重複はない。
このような場合、本件各土地に固定資産税を賦課することは可能であって、固定資産税賦課の手続上、対象土地が存在しない場合と同様に評価されるべき事情は存在しない。
(2) 争点2:本件各土地につき、法343条4項の適用又は類推適用により、本件各土地の使用者に対して固定資産税を課すべきであるといえるか
ア 原告の主張
本件各土地の状況は、前記(1)、アのとおりであり、特定の範囲の土地の所有者が誰であるかが分からない状態になっているといえる。その原因は、原告の関与しない周辺土地の分筆や譲渡によるもので、原告の責めに帰すべき理由に基づくものではないから、法343条4項を適用又は類推適用し、本件各土地の現実の使用者(番地<省略>及び番地<省略>の各土地の所有者)に対して、固定資産税を賦課すべきであって、原告に対して、固定資産税を賦課すべきではない。
イ 被告の主張
否認ないし争う。
法343条4項は、所有者の所在が不明である理由として、震災、風水害、火災といった災害を列挙するものである。租税法律主義(憲法84条)の具体的内容である課税要件明確主義からすれば、課税要件は明確であるべきであり、本件のように、占有状態と公図との間に齟齬があるに過ぎない場合には、同項の適用又は類推適用の余地はないというべきである。また、法343条4項は、土地又は家屋の使用者への課税を許容する規定に過ぎず、同条項によって、市町村が使用者に課税しなければならないということにはならない。
(3) 争点3:被告は、本件各土地の登記簿上の所有者と真の所有者とが異なることを認識しており、台帳課税主義のいかんにかかわらず、原告に対する本件各土地に係る固定資産税の賦課が違法となるか
ア 原告の主張
本件各土地の登記簿上の所有名義は原告であるが、原告は、本件各土地の真の所有者ではなく、被告も当該事実を認識していたのであるから、このような場合には、台帳課税主義を前提としても、原告は、本件各土地の固定資産税の納税義務者ではないと考えるべきである。
イ 被告の主張
否認ないし争う。
本件各土地の所有者は、原告であって、仮に、原告が真の所有者ではないとしても、台帳課税主義によれば、原告が本件各土地の固定資産税の納税義務者であることには変わりがない。
第3争点に対する裁判所の判断
1 台帳課税主義等とその制度趣旨
(1) 前記第2の2のとおり、法は、原則として、所有者課税の原則をとり(法343条1項)、その所有者を不動産登記簿上の所有者とすることを建前としており、これを台帳課税主義(登記名義人課税の原則)という(同条2項)。上記の所有者課税の原則には、土地の所有者の所在が震災、風水害、火災、その他の事由によって不明である場合においては、その使用者を所有者とみなして、これを土地課税台帳に登録し、その者に固定資産税を課すことができるとする使用者課税の例外が定められている(同条4項)。そして、法は、市町村長に、固定資産の状況につき、実地調査を義務付けている(法408条)。
(2) 法が、このような台帳課税主義を採用した趣旨は、当該年度の賦課期日において、当該固定資産が存在することを前提に、課税庁において、必ず、その真実の所有者を追求して納税義務者を確定しなければ、課税をなし得ないとすると、課税庁が複雑で困難な民事上の実体関係に立ち入らなければならず、その事実調査が困難であるばかりか、その確定に時間を要することが多く、迅速な課税が困難となるため、そのような困難さを回避し、迅速かつ簡便な課税手続を実現しようとする点にあると解すべきである。もっとも、所有者の所在が不明な場合にまで、台帳課税主義を貫くと、かえって、迅速かつ簡便な課税手続の実現という上記の法の趣旨が没却され、不合理な結果を生ずるから、その課税の空白を埋めるため、例外的に当該固定資産の使用者に課税することが許されるのである(使用者課税の例外)。
なお、前記の固定資産の実地調査は、上記の台帳課税主義による課税の評価を適正なものとするための一手段として規定されているものと解すべきである。したがって、その実地調査も、固定資産の状況を知り得る程度になされる必要があるが、それがなされているのであれば、それをもって足りるものというべきである。
(3) 以上を前提とすれば、市町村長が、台帳課税主義に基づいて、当該年度の賦課期日における固定資産の所有者に課税するためには、実地調査の結果も踏まえて、課税客体である当該固定資産が、上記賦課期日において、存在し、それに課税し得る程度に登記簿上特定されている必要があるが、それがなされているのであれば、それをもって足りるものというべきである。
2 争点1(本件各土地につき、固定資産税賦課手続において、対象土地が存在しない場合と同様に評価すべき事情があるか)について
(1) 前記第2の3の前提事実によれば、本件各土地が平成23年度の賦課期日において、存在する土地であることに争いがなく、本件各土地は、登記簿上、特定の所在、地番、地目及び地積が明示されていることが認められる。
そして、証拠(甲3)及び弁論の全趣旨によれば、公図上、本件土地1の地番と同一である番地<省略>の土地が、番地<省略>の土地と併せて、番地<省略>の土地に隣接する土地として表示されており、本件土地2の地番と同一である番地<省略>の土地が、番地<省略>の土地と併せて、番地<省略>の土地に隣接する土地として、他の地番の土地と重なり合うことなく位置を特定して表示され、それらの形状の概略も示されていることが認められる。
以上によれば、本件各処分の課税客体である本件各土地が、上記賦課期日において、存在し、本件各土地の位置や形状、地積等は、少なくとも固定資産税の賦課が可能な程度には特定されているということができる。
(2) したがって、本件各土地につき、固定資産税賦課手続において、台帳課税主義の前提を欠くに至る、対象土地が存在しない場合と同様に評価すべき事情が存在するとは認められない。現況との関係での本件各土地の位置や形状、地積等の特定の可否、本件各土地と番地<省略>及び番地<省略>の地番との関係等につき、判断を加えるまでもなく、原告の主張は、理由がないことに帰する。
なお、争点1に関し、原告が引用する裁判例(仙台地判昭57.2.24行政事件裁判例集33巻4号757頁(甲21))は、合筆等がなされた結果、登記簿上の地番に対応する土地が存在しなくなった場合、当該地番に係る土地に課税した処分の無効を説示するものであって、本件とは事案を異にするから、本件において、これを引用するのは相当でない。
(3) よって、争点1に係る原告の主張は、認められない。
3 争点2(本件各土地につき、法343条4項の適用又は類推適用により、本件各土地の使用者に対して固定資産税を課すべきであるといえるか)について
(1) 法343条4項は、「その他の事由」と規定するから、その文理上、その前に続く事由(震災、風水害、火災)は、例示列挙であって、その例示と同等の事由について、同項の適用又は類推適用の余地がないとはいえず、そのような適用は、原告からすると、課税を免れる方向での解釈であるから、必ずしも租税法律主義に反するものとはいえない。
しかしながら、本件においては、震災、風水害、火災と同等の事由によって、本件各土地の所有者が不明であって、その者に対して、課税が困難であるといった事情を認めるに足りない。かえって、前示のとおり、本件各処分の課税客体である本件各土地が、上記賦課期日において、存在し、本件各土地の位置や形状、地積等は、少なくとも固定資産税の賦課が可能な程度には特定されているということができるのである。
したがって、一般論として、使用者課税の例外の制度趣旨を斟酌して、その適用又は類推適用の余地があるとしても、本件では、そのような適用を可能とする特段の事情が存在しないというほかない。
(2) よって、争点2に係る原告の主張は、認められない。
4 争点3(被告は、本件各土地の登記簿上の所有者と真の所有者とが異なることを認識しており、台帳課税主義のいかんにかかわらず、原告に対する本件各土地に係る固定資産税の賦課が違法となるか)について
(1) 前記説示のとおり、法は、台帳課税主義を採用し、固定資産税の原則的な納税義務者である所有者とは、登記簿上の所有者を指すことを明らかにしており、法が台帳課税主義を採用した趣旨が、課税庁が課税に当たって民事上の実体関係に介入することを回避し、迅速かつ簡便な課税手続を実現する点にあると解されることに照らすと、登記簿上の所有者と真の所有者との間の齟齬は固定資産税の賦課手続上問題とならず、仮に、登記簿上の所有者と真の所有者との間に齟齬があり、課税庁がこれを認識していた事実があったとしても、そのことのみでは、登記簿上の所有者に課税すべきであるとの結論は、何ら左右されるものではないと解すべきである。
そして、本訴における原、被告における本件各土地並びに番地<省略>及び番地<省略>の各土地の所在は、別紙図面のうち、桃色で着色した部分か(原告の主張)、黄色で着色した部分か(被告の主張)争いがあるのであって、仮に、被告が本件各土地の真実の所有者が原告ではないとの認識を有していたとしても、そのことに加えて、その真実の所有者に課税し得る程度に特定して真実の所有者を認識していたとの事実を認めるに足りる証拠はないから、台帳課税主義のいかんにかかわらず、原告に対する本件各土地に係る固定資産税の賦課が違法となるべき特段の事情が存在するものとも認められないのである。
(2) よって、争点3に係る原告の主張は、認められない。
第4結論
以上によると、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却すべきである。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 河村浩 裁判官 古賀秀雄 小島務)
別紙<省略>