大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

松江地方裁判所 平成8年(ワ)123号 判決 2002年1月30日

原告

甲野次郎

外二名

上記三名訴訟代理人弁護士

妻波俊一郎

水野彰子

被告

同代表者法務大臣

森山眞弓

同指定代理人

大西達夫

外一〇名

主文

1  被告は、原告甲野次郎に対し六六〇万円、同甲野花子に対し五五〇万円、同乙野春子に対し四〇二三万二七八五円及びこれら各金員に対する平成八年七月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

4  この判決は、第1項、第3項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

(主な略称)

この欄における主な略称は以下のとおりである。

原告次郎……原告甲野次郎

原告花子……原告甲野花子

原告乙野……原告乙野春子

太郎……甲野太郎

浜田支所……浜田拘置支所

A医師……浜田支所の非常勤医師A

本件保護房……太郎が拘禁された浜田拘置支所内の保護房

B……浜田拘置支所のB副看守長

保護房通達……昭和四二年一二月二一日矯正甲一二〇三矯正局長通達「保護房の使用について」

C……浜田拘置支所のC看守部長

D……浜田拘置支所のD看守

E……浜田拘置支所のE看守部長

F……浜田拘置支所のF看守

G……浜田拘置支所のG看守部長

H……浜田拘置支所のH看守

本件診察……A医師が平成八年七月二四日午後二時三八分から四六分までの間、本件保護房内で太郎に対して行った診察

木村医師……太郎の剖検を担当した鑑定受託者の木村恒二郎医師

第1  請求

被告は、原告次郎に対し八五八万円、同花子に対し七一五万円、同乙野に対し四六九一万〇二九四円及び前記各金員に対する平成八年七月二五日から支払済みまで年五分の割合による各金員を支払え。

第2  事案の概要

1  事案の骨子

本件は、浜田支所で受刑中に死亡した太郎の父親らである原告三名が、アルコール離脱症状を呈していた太郎の生命・身体の安全について、浜田支所の職員とその非常勤医師による適切な管理及び医療措置を怠ったために太郎が死亡するに至ったと主張して、前記職員及び医師の任用者である被告に対し、国家賠償法一条一項に基づいて損害の賠償及び不法行為の日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

2  前提事実(争いのない事実に加え、後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

(1) 当事者

ア 太郎は、昭和二七年一月二九日生まれの男子であり、原告次郎及び同花子はその父母、原告乙野は太郎の内縁の妻である(甲20、原告乙野本人)。

イ 被告は、受刑施設を兼ねる島根県浜田市殿町<番地略>所在の浜田支所の設置者であり、国家公務員である浜田支所長及びその職員並びに同支所の非常勤の嘱託医であるA医師の任用者である。

(2) 太郎が死亡するに至った経過

ア 太郎は、平成八年七月一〇日(以下の事実は、特に断らない限り、同年中の事実である。)松江地方裁判所浜田支部において、道路交通法違反(酒気帯び運転)により、懲役二月の実刑判決を受け、上記判決の確定により、同月一九日午後一時一〇分、浜田支所に受刑者として入所した。

イ 太郎は、七月二二日午後九時五〇分、本件保護房に拘禁され、同月二四日午後二時三八分から八分間、A医師の診察を受けた。

ウ 七月二五日午前一時二五分ころ、浜田支所の職員は、常に本件保護房内をはいかいしていた太郎が同じ場所で動かずにいることに不審を抱き、本件保護房に赴き太郎に「おい、甲野」と数回呼びかけたが、太郎の反応はなかった。そこで、浜田支所の職員は、同日午前一時四六分ころ、本件保護房を開房し、太郎の脈拍を確認したが、確認できなかったため、心臓マッサージ・人工呼吸を施した。しかし、太郎の意識は回復しなかった。浜田支所は、同日午前一時五三分ころ、浜田消防署に救急車の出動を要請し、同日午前一時五六分ころ浜田支所に到着した消防隊員は、太郎に対し、心肺蘇生法(CPR)を行いながら、同日午前二時五分ころ、太郎を国立浜田病院に搬送したが、同日午前二時三〇分ころ、同病院の医師により、太郎の死亡が確認された。

3  主な争点

(1) 事実経過に関する主な争点

ア 太郎に対する給水の量は十分であったか。

イ 本件保護房は、太郎の収容時に高温、多湿であったか。

(2) 太郎の死因(死亡に至る機序)

(3) 被告の責任原因

ア 浜田支所の職員ないし同所の非常勤医師に注意義務違反があったか。

イ 前記注意義務違反と太郎の死亡との間に因果関係があるか。

(4) 原告らの損害及びその額

4  争点に関する当事者の主張

(1) 争点(1)(事実経過に関する主な争点)について

(原告らの主張)

ア  水分補給について

太郎は、七月二〇日ころからアルコール離脱症候群の前駆症状を呈し、同月二二日ころには、振戦せん妄状態に陥っており、自力で水分を補給したり、食事を取ることは不可能であった。また、本件保護房の上水道は、入所者が内部で手元操作することはできず、浜田支所の職員が房の外から操作して水を出す仕組みになっていた上、太郎は、本件保護房に拘禁されてからは、主に本件保護房の視察孔の穴から差し込まれたストローで吸う方法により水分を補給しており、振戦せん妄状態にあった太郎が十分に水を飲むことは困難であった。そして、太郎が死亡後に高度の脱水状態にあったこと等に照らすと、太郎に対する水分の補給が十分でなかったことは明らかである。

イ  本件保護房の状況

太郎が本件保護房に収容されていた七月二二日から同月二四日までの浜田市における外気の最高気温からすれば、同期間の本件保護房の温度は、摂氏三〇度に近いかそれを超えていたことが推測される。そして、被告が当時本件保護房に設置してあったと主張する換気扇は、換気能力やそもそも当時、作動していたか疑問であるから、本件保護房は、太郎収容当時、高温多湿であったというべきである。

(被告の主張)

ア  水分の補給について

浜田支所の各職員は、太郎に対し、少なくとも一日あたり一〇〇〇ミリリットル以上の水分を補給していた(乙3ないし24の報告書参照。なお、この報告書は、各職員の記憶に基づくものであるが、本件保護房拘禁中の太郎に対する給水方法が一般の方法と異なっていたことから、その給水状況を記憶していたものであり、信用できるものである。)。特に、太郎が本件保護房に拘禁されていた七月二二日午後九時五〇分から同月二五日午前一時四六分までの間に、①同月二三日午前八時三分につぶれた紙コップ二杯(計約二四六ミリリットル)、②同日午後〇時に紙コップ三杯(約三九九ミリリットル)、③同日午後四時四五分に紙コップ二杯(約二六六ミリリットル)、④同月二四日午前八時に紙コップ二杯(約二六六ミリリットル)、⑤同日午前九時一〇分に紙コップ二杯(約二六六ミリリットル)、⑥同日午前一一時五五分に紙コップ一杯(約一三三ミリリットル)、⑦同日A医師による本件診察中に紙コップ三杯(約三九九ミリリットル)、⑧同日午後四時四五分に紙コップ一杯(約一三三ミリリットル)、⑨同日午後一〇時一五分に少量(紙コップ半分、約九〇ミリリットル)、⑩同日午後一一時三〇分に紙コップ一杯(約一三三ミリリットル)の水分を太郎に補給させていたほか、担当職員は、巡視の際、太郎に対し、お茶を飲むか否か尋ねて、その希望により飲ませており、経口による水分摂取量としては十分であった。さらに、七月二四日のA医師の診察において、太郎のバイタルサイン等については特に異常が認められなかったことからしても、太郎に適切な量の水分が補給されていたことは明らかである。

イ  本件保護房の状況

本件保護房は、建物配置状況から、日照時間が短時間に過ぎず、かつ直射日光の輻射熱による室温上昇を防止する構造となっている。また、浜田支所は、本件保護房収容中、夏期には三〇分間に五分間の割合で一時間当たり一一〇立方メートルの換気能力を有している換気扇を自動運転させていた上、通風を考慮して食器口及び本件保護房前室の窓を常時開放していた。また、本件保護房の室温と浜田測候所の観測結果とを比較すると、本件保護房内の温度は、明け方の最低気温時には四度ないし六度程度外気温よりも高くなっているものの、日中の最高気温時には、かえって外気温よりも低くなっているから、太郎が拘禁されていた期間の本件保護房の室温が摂氏三〇度に近いか三〇度を超えていたということはない。

また、被告が、平成九年七月八日から同年九月一日まで、本件保護房の湿度を計測し、浜田測候所の計測した同年七月の外部の相対湿度の平均と比較すると、本件保護房内の湿度より外部の湿度が高いことが認められたことからすると、本件保護房内が多湿であるということはできない。

以上のとおり、太郎が本件保護房にいる間、高温多湿の下にさらされていたということはない。

(2) 争点(2)(太郎の死因)について

(原告らの主張)

太郎は、アルコール性肝障害を有していたところに、「虫とり現象」に代表されるアルコール離脱症状、種々の環境条件(本件保護房への拘禁)の相加、脱水、うつ熱、ストレス、左心不全、腎不全等を連鎖的に惹起し、アルコール離脱症候群により死亡したものである。すなわち、太郎は、慢性アルコール依存状態から振戦せん妄状態へ移行する状況下で、高温多湿環境に暴露されてストレスを受け、脱水やうつ熱の相加的進行により、やがて左心不全から高度の肺うっ血及び腎不全状態を来して死亡したものである。

前記死因は、太郎の死亡直後になされた司法解剖により、病理学的所見を踏まえて医師がなした鑑定に基づくものであって、信用性が高く、同鑑定では死因が特定されていないとの被告の主張は失当である。太郎は、前記のとおり、アルコール離脱症候群が徐々に進行する中で、高度の脱水、うつ熱を生じて死亡したのであり、被告が主張するような原因不明の突然死ではない。

(被告の主張)

原告らが主張する太郎の死因は、同人が死亡するに至った原因疾患を特定したものではなく、死亡の機序を説明したものにすぎない。

太郎は、七月二四日午後二時三八分から実施されたA医師による本件診察において、バイタルサイン等の異常は認められなかった上、同医師の呼びかけや指示に対して正常に反応し、顕著な脱水症状や衰弱は認められなかったものであり、アルコール離脱症候群に関する所見が見られたとしても、当時死に至る致命的な急性症状の発生は認められなかったものである。ところが、太郎は、その約一二時間後に、主たる原因が不明のまま死亡したものであり、突然死に至ったというべきである。すなわち、太郎は、左心不全から高度の肺うっ血及び腎不全状態という機序に、アルコール離脱症候群に特有な何らかの未知の要因及び電解質や自律神経系の問題などが複合的に関与して死亡するに至ったものであり、その死因は、原因不明の突然死である。また、太郎の心臓組織が好酸性に富んでいることや一部に過収縮帯壊死がみられることからすれば、太郎は、急性心筋梗塞により死亡したものと考えられ、いずれにしてもその死因は突然死である。

(3) 争点(3)ア(浜田支所の職員ないしA医師の注意義務違反の有無)について

(原告らの主張)

ア  浜田支所等の職員の注意義務違反について

被告は、受刑者に対し、強制的に身柄を拘束し、外部医師による診察を禁止しているのであるから、本来、自らの責任において、拘束中の服役者に対し、生命・健康に配慮し、病気にり患しないよう予防し、万一、病気にり患している受刑者がいれば、正確に病名・症状を診察し、症状の軽減を図り、病気の治癒・回復に向けた適切な医療を施さなければならない高度の注意義務(安全配慮義務)がある。前記注意義務を果たすためには、受刑施設の職員自らが、受刑者に対する注意を十分に払う必要があるほか、被告として、自らの職員に専門家(医師)を配置するか、配置がない場合には、外部の専門家(医師)にその職務の一部を依頼する必要がある。そして、受刑者が病気にり患した場合には、その病状に見合った適切な専門家に受診させたり、適切な病院に転院させたりすることによって、その病名、病状及び治療内容を的確に診断させ、迅速、かつ、適切に対応しなければならない。

ところが、浜田支所の職員には、以下のとおりの注意義務違反がある。

(ア)  七月一九日における注意義務違反

受刑施設は、新入所者に対し、医師による健康診断をしなければならない(監獄法施行規則一三条)とされている。浜田支所の職員は、太郎が浜田支所入所時、強いアルコール臭を漂わせていたこと、入所の原因となった被告事件が飲酒運転であったこと、さらに同種前科が存在することからすると、太郎が当時アルコール依存症にり患しており、入所後に断酒によるアルコール離脱症候群を発症するということを予想し得たはずであり、浜田支所は、七月一九日、太郎に対し、新入所者健康診断をすべきであった。ところが、浜田支所の職員は、太郎の入所が金曜日の午後であったためにA医師に遠慮し、またアルコール依存症について特段の医学的知識がなかったことから医師に相談すらしないまま、緊急に診断を受けさせる必要性なしと勝手に判断して、新入所者健康診断を怠った注意義務違反がある。

また、浜田支所職員は、本来ならば、この段階で、内科的措置として、全身の管理をするために身体状態の入念なチェックを行うとともに、精神科的措置として、解毒措置を施して、アルコール前期(早期)離脱症候群の発生を予防するなどの措置をすべきであったのにこれを怠った注意義務違反がある。

(イ)  七月二一日における注意義務違反

太郎がアルコールを断った日から三日目の七月二一日午前八時ころ、太郎には、アルコール離脱症候群の振戦の症状である手の震えの症状が出現した。太郎は、同日午後六時二〇分ころ及び午後八時一五分ころ、「暑いからブラインドを上げてくれ。汗が出てやれん」と汗をタオルで拭きながら、看守に申し出ており、アルコール離脱症候群の症状の一つである発汗の症状が出現した。ところが、浜田支所の担当職員は、保安上の観点から、ブラインドを上げることを断るとともに、パジャマの上衣と下衣を脱いで下着で寝てもかまわない旨指導したのみで、太郎の上記状況について上司に報告・相談したり、医療的措置への移行を何ら検討しなかった注意義務違反がある。

(ウ)  七月二二日における注意義務違反

a 太郎は、午後〇時二五分には、子犬がいると、また、午後一時ころには、そこに虫がおる、あんまり眠れないなどと述べるなどしており、太郎には幻視の症状が見られた。そこで、浜田支所の副看守長であるBは、入所以来の太郎の状況をA医師に電話で報告し、同医師から、太郎にはアルコール依存症の疑いがあり、不眠に対しレンドルミンという睡眠導入剤を処方(一日一錠就寝前服用)するよう指示を受けた。浜田支所としては、その段階で、A医師の指示を鵜呑みにするのではなく、アルコール依存症の診断・予後について、自ら検討し、A医師にさらに相談したり、アルコール依存症を専門領域の一つとしている精神科医に対し、その判断(診察・治療・転院の必要性等)を仰ぐなどの適切な医療措置をとるべきであった。しかし、浜田支所の職員には、これを怠った注意義務違反がある。

b 通達違反の本件保護房収容を行った注意義務違反

太郎は、午後九時二〇分ころ、「虫がおってやれん。」等と大声を発したほか、壁や網戸を叩く等の行為を繰り返し、看守の制止に従わなかった。また、看守が太郎を指導すべく独房を開扉したところ、太郎は勢いよく廊下に飛び出し、看守に掴みかかろうとした。そこで、看守は、午後九時四〇分頃、金属手錠を太郎の両手前に使用して、太郎を新人調室に連行したが、ここでも太郎は「虫がおってやれん。隣に女がいる。帰せー」等と大声を発し、金属手錠から手を抜こうとしたので、Bは、午後九時五〇分、普通房への拘禁は不適当であると判断し、金属手錠を太郎の両手前に使用したまま、同人を本件保護房に収容した。

ところで、保護房通達(甲13)には、精神又は身体に異常のある者については、予め医師が診察し、健康に害がないと認められるときでなければ、保護房に拘禁してはならない、ただし、急速を要し、予め医師が診察できないときは、拘禁後、直ちに医師が診察しなければならない旨規定されている。当時の前記太郎の言動を見れば、太郎が「精神又は身体に異常がある者」に該当することは自明であったのに、浜田支所は、医師の事前の診断のないまま、太郎を本件保護房に収容した上、収容から相当経過した七月二四日になってようやく医師の診断を受けさせた。浜田支所の上記対応は、保護房通達に反して太郎を本件保護房に収容した上、その直後に医師の診断を受けさせなかった注意義務違反があることは明らかである。しかも、太郎は、当時、アルコール離脱症候群による精神運動興奮の強い状態にあり、感覚遮断を起こし、せん妄を増強するおそれのある保護室の使用を避けるべきであったのに、医師の診断のないまま、保護室同様にせん妄を増強する本件保護房に、さらに金属手錠をした状態で拘禁した注意義務違反がある。

(エ)  七月二三日における注意義務違反

a 松江刑務所の注意義務違反

同日朝、浜田支所から、太郎を本件保護房に拘禁したこと等について報告を受けた松江刑務所は、同支所に対し、太郎に水を飲ませるよう指示したのみで、その量や水分補給に関する点検・報告についての具体的な指示をせず、また、太郎の本件保護房拘禁について、医師の診察やアルコール離脱症候群に対する医学的な対応に関して、何ら指示をしなかった注意義務違反がある。

b 浜田支所の注意義務違反

太郎は、同日午前一〇時四〇分ころ、着用していたズボン及びパンツを脱ぎ、下半身裸体のまま、はいかいし、翌二四日午前九時一〇分ころまで下半身裸体のままであった。

また、浜田支所が、七月二三日午後八時五五分ころ、太郎にレンドルミンを投与しようとしたところ、太郎は素知らぬ顔で横を向き、はいかいを続けていたため、投与できず、一晩中、はいかいを繰り返した。

このように、なおアルコール離脱症候群の症状を呈していた太郎にとって、脱水状態を防止するために最も重要な水分の補給について、浜田支所は、その補給量を管理しなかったばかりか、前記争点(1)アで主張したとおり、太郎に十分な水分摂取をさせなかった注意義務違反がある。

(オ)  その他の注意義務違反

太郎の前記七月二二日午後九時五〇分ころの本件保護房拘禁後の精神及び身体の状況(異常な言動・睡眠不足・水分補給の不十分性・喫食の不十分性・行動力の低下・全身衰弱の傾向)にかんがみると、浜田支所は、七月二四日にA医師が診察するもっと早い段階で、内科医及び精神科医の適切な診断を受けさせ、適切な治療(転医を含む)を施させるべきであったにもかかわらず、これを怠った注意義務違反がある。

イ  A医師の注意義務違反について

A医師は、浜田支所の非常勤医師であるが、浜田支所に受刑者として入所した太郎に対し、以下のとおり、自ら適切な治療を行わず、また、浜田支所の職員に対し、適切な指示を行わなかった注意義務違反がある。

(ア)  七月二二日における注意義務違反

A医師は、同日午後一時ころ、Bから太郎の入所以来の状況に関する報告を電話で受け、太郎の病名として「アルコール依存症」を疑い、同人の不眠に対し、レンドルミンの服用を指示した。

a 医師法違反の治療(無診察治療)をした注意義務違反

医師は、特別の事情のない限り、「診察」(触診・聴診・問診等)をしないまま、電話で容態等を聞いて、診断を行ったり、治療方法を指示したりすることは禁止されている(医師法二〇条)。

A医師は、太郎の診察が初めてであったにもかかわらず、診察を全くせず、太郎の正確な容態を把握できないまま、投薬、しかも全く効果のない投薬の指示をしたものであり、医師法に反する治療行為である。A医師には、太郎に対する適切な医療措置をとらなかった注意義務違反がある。

b 投薬すべき薬の選択を誤った注意義務違反

アルコール依存症又はその疑いのある患者に対しては、まず、ジアゼパムの薬を投薬することが治療の第一であり、これは、精神科の医師のみならず、内科の医師にとっても常識である。また、ジアゼパムは、本来、アルコール離脱症候群が発生しないように、予防的に投与するものであるが、アルコール依存症による後期離脱症候群(振戦せん妄)の症状が発生している患者に対しても、極めて有効な薬である。これに対し、睡眠導入剤としてのレンドルミンは、副作用は少ないが、効果の極めて弱い薬である。

七月二二日午後一時ころ、BからA医師に電話連絡された太郎の入所以来の状況に照らすと、太郎に対する投薬として指示すべき薬は、ジアゼパムであり、A医師には、無診察で投与を指示した結果、投薬すべき薬の選択を誤った注意義務違反がある。

c 内科医として浜田支所の職員にすべき指示を怠った注意義務違反

アルコール離脱症候群の予後において、脱水症状を起こせば死亡に至る危険性がある。そのため、その治療上、最も重要な点は、身体管理をして、脱水症状を起こさせないことであり、患者に水分を十分に補給させる必要がある。一般に、成人が一日に必要な水分量は、最低二、五〇〇ミリリットルであるが、特に、アルコール離脱症候群の患者は、興奮による発汗がある上、食欲不振により食事からの水分補給も不十分となること、幻覚・妄想が発現すると見当識障害となり、自ら水分を欲すること自体も著しく困難となることから、健常者より十分な水分を補給させる必要がある。

太郎は、アルコール離脱症候群の患者であり、七月二二日には既に幻視が出現していたのであるから、A医師には、脱水症状を防止するため、浜田支所に対し、一日の水分摂取量を明示した上、その結果の報告をするように指示し、それが不十分なときは、点滴による補液をすること(それによって、水分・電解質の改善・ビタミンの補給となる。)を指示すべき注意義務があったのに、これを怠った注意義務違反がある。

d 精神科医との協力ないし転医をすべき注意義務違反

アルコール依存症の患者に対して、適切な医療を施すためには、内科医と精神科医が協力する必要がある。すなわち、内科的措置として、全身の管理をするために身体状態の入念なチェックを行うとともに、精神科的措置として、解毒をして、精神の鎮静化を図る必要がある。

A医師は、前記cのとおり、内科医としての適切な指示をしなかったばかりか、精神科医に協力を求めたり、浜田市内のアルコール関連の専門医がいる西川病院に転医ないし受診させることをしなかった注意義務違反がある。

(イ)  七月二三日における注意義務違反

a A医師は、同日午前一〇時ころ、浜田支所から、太郎を本件保護房に収容したことやその症状について電話で報告を受けた。これに対し、A医師は、レンドルミンの投与量の増加、経過観察及び水分を取らせることを抽象的に指示したのみであり、前記(ア)aないしdと同様の注意義務違反がある。

b 本件保護房拘禁直後に診察をしなかった注意義務違反

保護房通達(甲13)によれば、医師による事前診察がなかった場合には、拘禁後、直ちに、医師が診察しなければならないとされている。ところが、A医師は、太郎が拘禁された七月二二日ではなく七月二四日になってようやく太郎を診察したのであり、本件保護房拘禁直後に診察しなかった注意義務違反がある。

この点、A医師は、当時、太郎は、興奮しており、暴力を受けるおそれがあり、危険であったためと弁解する。しかし、浜田支所の職員が立ち会う診察において、現実にそのような危険が生じるか疑問である上、これまで、精神障害者の措置入院の際、精神科医たる鑑定医・指定医は、保護所の職員や警察の協力を得て、患者を診察してきたのであり、それが医師の責務であるし、万一、暴力等のおそれがあったとしても、そういう時だからこそ、診察をして症状の改善に向けた治療を開始すべきであるというべきであるから、本件保護房拘禁直後に診察をしなかったことを正当化することは相当でない。

(ウ)  七月二四日における注意義務違反

a 保護房通達(甲13)では、「医師は、随時保護房拘禁者を観察し、必要に応じて診察をしなければならない」とされている。A医師は、七月二四日になってようやく太郎を診察したばかりか、それまで診察について浜田支所と一度も相談していない。よって、A医師には、太郎の本件保護房拘禁後、同日の診察までの間、保護房通達に違反した注意義務違反がある。

b 本件診察における注意義務違反

A医師には、以下のとおり、診断を見誤った注意義務違反がある。

まず、A医師は、当時、太郎が、重度・高度の脱水症状に陥っていたにもかかわらず、それを軽度であると誤診した。この点、A医師は、太郎がその指示により、コップの水を飲んだことから、太郎は自ら水分を摂取することが可能であると判断したとする。しかし、太郎は、その際、手の震えが強く、コップの水をこぼしていた上、四杯目は「冷蔵庫に入っているからいい」と答えるなど見当識障害を呈しており、水分を摂取することができるとの判断をしたのは誤りである。

次に、A医師は、太郎のアルコール離脱症候群が回復期に向かっていると診断した。しかし、当時、太郎には前記のとおり手の震えがあったこと、A医師が「両手首の擦過傷はどうしたのか」と尋ねたところ、太郎は「泳ぐときにつけるヒレのあとです」と意味不明な返答をしていること、太郎の全身の状況(はいかい・不眠、食事の不摂取、体重が入所時の86.8キログラムから死亡時76.5キログラムと約九キログラム減少していること)からすれば、太郎が全身衰弱の状態にあったと判断するのが医師の常識であり、前記判断はA医師の誤診にほかならない。

さらに、A医師は、診察時における太郎の表面的・一時的な観察に把われ、一連の流れの把握を怠ったため、太郎の予後について、その死のおそれを予見することができなかった。その結果、A医師には、太郎の死のおそれを予見して、太郎を本件保護房から解放し、国立浜田病院等に転院させて、内科的な治療を十分に受けさせるとともに、精神科の病院に転院させたり精神科の協力を得るべき措置を講じるべきであったのにこれを怠った注意義務違反がある。

そして、このような誤診の背景には、A医師が、表面的な診察や一時的なバイタルサイン(血圧・呼吸・脈拍等)に把われることなく、それまでの経過に十分に注意を払い、わずかな徴候でも、重大な危険の現れではないかと疑って見る慎重さや太郎の精神の異常な状態を的確に把握できなかった能力の欠如があるというべきである。

ウ  太郎の死亡について、同人の寄与度が大きいから、浜田支所等の職員及びA医師に注意義務違反がないとの被告の主張について

本件において、浜田支所等の職員らの注意義務違反が問題になっているのは、太郎がアルコール離脱症候群という生命、身体に関わる病状を呈した後の太郎に対する医療上の措置の当否であり、その医療上の措置が職務上の注意義務に違反して十分に行われなかったことによってもたらされた本件結果について太郎の寄与という観念を入れる余地はないから、その主張は失当である。

(被告の主張)

ア  行刑施設職員の注意義務違反について

被収容者に対する適切な医療措置がとられなかった結果、被収容者の疾病が悪化し、死亡したことを理由とする国家賠償請求訴訟において、行刑施設職員(非常勤医師を含む。)に国家賠償法一条一項にいう「違法」、すなわち注意義務違反があったというためには、被収容者たる太郎の生命・身体の安全に対する関係において、それぞれ職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と職務行為を行ったと認め得る事情の存在することが必要であると解すべきである。そして、前記注意義務違反を判断するに当たっては、被侵害利益の種類、性質、侵害行為の態様及びその原因、侵害行為に対する被害者側の関与の有無、程度の等の諸般の事情を総合的に判断して決すべきであるから、被収容者に対する処遇が関係法令等所定の法的要件を充足していなかったことの一事をもって直ちに注意義務に違反していると評価するのは相当でなく、当該行刑施設における医療体制のあり方等行刑施設側の事情、更には被収容者の既往症ないし基礎疾患の有無、内容、程度、発生原因、これらに関する被収容者から行刑施設側への適切な申告の有無等、被収容者側の事情、とりわけその結果発生に対する寄与度をも勘案して、総合的に判断して決すべきである。

さらに、前記注意義務違反の有無を判断すべき一事情として考慮されるべき当該行刑施設における医療体制のあり方を検討するに当たっては、行刑施設職員の医療上の知識の有無、程度等をも考慮せざるを得ないが、そうであるからといって、例えば非常勤医師以外の行刑施設職員に、医療面についてかかる専門家と同様ないしそれに準ずる知識・能力がなければ履行することができないような高度の注意義務の履行を求めるようなことがあってはならない。

イ  浜田支所等の職員の注意義務違反について

行刑施設の長等が、被収容者に対する関係において、その生命、身体の安全のため、適切な医療体制を整え、かつ適切な医療行為を受けられるようにすべき法的義務を負担することは当然のことではあるが、拘禁目的や行刑施設のあり方、国の限られた予算・配置定員等諸般の事情に照らすと、医師を常駐させておかなければならない法的義務はないし、あらゆる疾病を想定して緊急時に必要な医療設備を設置しておくべき法的義務もない。浜田支所においては、被収容者の身柄を適正に確保するため、被収容者の健康状態に常に十分に意を払っていたところであり、医師は常駐していないが、非常勤医師との連絡を密にし、必要に応じ、同医師の往診を受ける体制を整えているとともに、緊急時には状況に応じて直ちに登庁する体制を整えていたところであり、浜田支所の医療体制に何ら不適切な点はない。

また、前記アのとおり、浜田支所の職員に注意義務違反が認められるか否かは、被収容者の既往症ないし基礎疾患の有無、内容、程度、発生原因、これらに関する被収容者から行刑施設側への適切な申告の有無等、被収容者側の事情、とりわけその結果発生に対する寄与度をも勘案して、総合的に判断して決すべきものである。太郎が浜田支所に入所するに至ったのは、約二〇年に亘って焼酎一日五合という多量の飲酒を続け、再三に亘って酒気帯び運転で検挙され、ついには実刑判決を受けるに至ったという太郎本人の自己規律、遵法精神の欠如した生活態度に起因するものである。その上、太郎は、入所当初、浜田支所職員に対し、自己の飲酒歴、飲酒量、既往症、基礎疾患等について、適切な申告をせず、同職員が原告らの主張する措置をとることは困難であった。そして、太郎が前記のような長期間かつ多量に亘る飲酒を控え、飲酒運転をしないなど法令を遵守し、入所時に飲酒歴等を正確に申告する等、社会通念上、一般人に期待される行動をとっていれば、死亡の結果を回避することが可能であり、太郎の死亡には専ら同人の違法行為ないし社会通念上相当性を欠いた行為が結果発生に寄与した度合が大きいから、そもそも浜田支所等の職員には、注意義務違反がないというべきである。

仮に、そうでないとしても、以下のとおり、浜田支所の職員について、原告らが主張する注意義務違反の主張はいずれも理由がない。

(ア)  七月一九日における注意義務違反の主張について

太郎は、入所後の手続及び領置品調べが実施された際、浜田支所職員からの健康状態等についての質問に対して、「健康です。」と、またアルコール臭の原因に関する質問に対しても、「夕べ飲んだだけです。」と回答し、特に異常は認められなかった上、自らの飲酒歴や既往歴について適切な申告をしていないこと、太郎を押送した松江地方検察庁浜田支所からその健康状態について何らの引継ぎ等もなかったこと等からすれば、このような状況下で、アルコール依存症の所見に関する特段の専門的知識を有するわけでもない浜田支所職員において、太郎がアルコール依存症にり患しているとの疑いを抱き、アルコール離脱症候群の発生を予見することは困難であり、これを求めることは無理を強いるものである。したがって、同職員が、直ちに医師による健康診断実施の措置をとらなかったことに何ら職務上の注意義務違反はない。なお、原告らは、浜田支所職員が非常勤医師であるA医師に気兼ねして、太郎の診察を依頼しなかったなどと主張するが、浜田支所においては、たとえ夜間や休日であっても、必要があれば、A医師に連絡して、診察を依頼する態勢をとっていたが、前記太郎の入所時の状況に照らして、同医師に連絡して診察を依頼する必要がないと判断したものであり、原告らの主張に根拠はない。

また、太郎の前記入所時の状況からすれば、浜田支所が、その段階で内科的措置や精神科としての措置をとらなかった点に注意義務違反はない。

(イ)  七月二一日における注意義務違反の主張について

太郎の入所日である七月一九日の平均気温は摂氏25.0度、同月二〇日の平均気温は摂氏25.3度であるのに対し、二一日の平均気温は摂氏27.1度と前日よりも1.8度も高くなっており、太郎の暑いあるいは発汗の訴えが、暑さによるものかそれともアルコール離脱症候群によるものかはいずれとも確定することができず、後者によることを前提とする原告らの主張は失当である。

(ウ)  七月二二日における注意義務違反の主張について

a A医師の指示を鵜呑みにすることなく、職員において、自ら精神科医の判断を仰ぐ等、適切な医療措置をとるべきであったとの原告らの主張について

医療の専門家でない浜田支所職員が、医師の専門的判断に対して、その判断が適正であるかどうか自ら検討し、適切な医療措置に変更を促すなどすることは不可能かつ妥当でない。しかも、A医師は、昭和四八年に内科医となり、昭和五六年九月一日から一三年間にわたって浜田支所の非常勤医師として勤務しており、臨床医としての経験も豊富でその信頼も高いことから、浜田支所職員が医療の専門家であるA医師の診断・指示を信頼し、原告らの主張する検討をしかなったとしても何ら注意義務に違反しないのは明らかである。

b 通達違反の本件保護房収容を行ったとの注意義務違反の主張について

保護房通達(甲13)の「精神又は身体に異常がある者」には、当該施設が承知し得ず単に疾患の疑いのある者は含まない趣旨である。Bは、七月二二日から出現した太郎の幻視や本件保護房収容前及び直後の動静は一般的にアルコール依存症の禁断症状に極めて似ており、その経験から数日後には治まり、意識障害も回復するものであることも考慮して、A医師の指示の下、太郎を経過観察していたものであり、特に「精神又は身体に異常がある者」として、医師による直接の診察の緊急性や必要性が認められなかったものである。したがって、太郎を本件保護房拘禁前又は拘禁直後に医師の診察を実施しなかったことについて、保護房通達に違反するものでない。

また、アルコール依存症患者の治療として「精神運動興奮の強い場合はベットに抑制し、保護室は感覚遮断を起こし、せん妄を増強するので使用を避ける。」(甲27の2)こととされていることは、一般の病院(精神病院)を前提とするものであり、行刑施設と同列に論ずることはできないから、太郎を本件保護房に収容をしたことに原告らが主張するような注意義務違反はない。

なお、金属手錠を使用中の者を保護房に収容することを禁ずる通達類はないから、この点に関する原告らの主張も失当である。

(エ)  七月二三日における注意義務違反の主張について

脱水とならない身体管理として、病院においては、一日一〇〇〇ミリリットル程度の点滴を行い、他に水分、食事を摂らせることとしているが、経口の方法により、一日一〇〇〇ミリリットル程度の水分を摂取すれば有効に水分を利用することができる。そして、太郎が、浜田支所の職員により、一日一〇〇〇ミリリットル以上の水分を摂取されていたことは、前記第2の4(1)(被告主張)アで主張したとおりであり、十分に水分摂取をさせなかったという原告らの主張は理由がない。

(オ)  その他の注意義務違反の主張について

前記第2の4(3)(被告の主張)イ(ウ)bのとおり、七月二二日午後九時五〇分ころの本件保護房拘禁後の太郎の精神及び身体の状況に照らすと、医師による診察の必要性、緊急性は認められなかったのであるから、原告らの主張は失当である。

ウ  A医師の過失について

まず、太郎の死亡には専ら本人の違法行為ないし社会通念上相当性を欠いた行為が結果発生に寄与した度合いが大きいことは前記第2の4(3)(被告の主張)イのとおりであり、浜田支所等の職員同様、A医師にもそもそも注意義務違反がないというべきである。

仮に、そうでないとしても、行刑施設の非常勤医師による被収容者に対する診療行為について国家賠償法一条一項にいう注意義務違反が認められるか否かについては、医師である以上、その注意義務は、被収容者の生命、身体に対する危険防止のために経験上必要とされる最善の注意を尽くして被収容者の診療に当たるべき注意義務を超えるものではないというべきである。そして、前記注意義務の基準となるべきものは、診療行為当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準である。また、前記注意義務の基準となる診療行為当時の臨床医学の実践における医療水準については、当該医療機関の性格、所在地域の医療環境の特性等の諸般の事情を考慮すべきであるし、本件のA医師のような開業医の場合、自らが十分に対応できない患者の疾病について他の医療機関への転医等の措置をとるべき義務が問題となるが、この義務の具体的内容は個々の事案により異なり、一刻を争う緊急性の有無や付近に存在する診療機関の性格、当該疾病の存在や内容、その重篤化する機序等についての医学的知見の確立の有無、確立した専門科目や医療機関の範囲、これに対応した治療方法の確立・普及の有無、範囲、程度等の諸事情を総合的に判断して決すべきである。

このような観点からみると、以下のとおり、A医師について、原告らが主張する注意義務違反の主張はいずれも理由がない。

(ア)  七月二二日における注意義務違反について

a 無診察治療をした注意義務違反について

仮に、A医師の本件における治療等が無診察治療として医師法二〇条に違反するとしても、医療及び保健指導を掌る医師の資格や業務等を定めることで公衆衛生の向上・増進を図ろうとする医師法と、損害の公平な填補を図ろうとする国家賠償法とでは、目的が異なるから、医師法上の無診察治療が国家賠償法における違法性に直ちに結びつくものではない。

b 投薬すべき薬の選択を誤った注意義務違反について

A医師は、アルコール禁断症状の治療薬として、一般的にジアゼパムが使用されていることを認識した上で、浜田支所のような特殊な施設(拘禁施設)に拘禁されていることを考慮し、安全性の高いレンドルミンを使用し、その後の太郎の状況等に応じて他の投薬を検討していたものである。

また、平成八年七月当時の臨床医学上の医療水準においては、既に、アルコール依存症の後期離脱症候群のせん妄状態は数日間で消退することが多く、この時期に薬物による積極的な鎮静を行うことは、循環系への負荷や悪性症候群の危険性が増し、中枢性抗コリン作用による意識障害を生じるおそれがあることから、せん妄状態が発症した場合にはむしろ、転倒などの事故防止と身体管理を主眼におき、安全に食事、水分を摂取しながら経過を見ていくことが主流であると考えられるに至っていた。したがって、ジアゼパムの大量投与は、鎮静が目的で、離脱症状の軽減にならないことからすると、身体管理を行うに当たって最も適任とされる内科医のA医師がジアゼパムを使用しなかったことをもって、アルコール依存症の患者に対する正しい治療法を知らなかったとすることはできない。

したがって、A医師が投薬すべき薬の選択を誤ったとの原告らの主張は理由がない。

c 内科医として浜田支所の職員にすべき指示を怠った注意義務違反について

A医師が、七月二二日にBから連絡を受けた際、太郎が普通に食事や水分を摂取している状態であり、特に重篤な状態ではなかったことから、同医師は、特に摂取すべき水分の量を明示せず、十分に水分を摂取させるよう指示したものである。また、アルコールに依存しているような被収容者等の処遇経験を有するBが同指示を聞いた場合、脱水状態に陥らないように十分な水分補給量を確保すべきことは容易に理解できるところであり、現に浜田支所においては脱水とならない身体管理に必要な一日当たり一〇〇〇ミリリットル以上の水分を太郎に摂取させているのであるから、A医師の指示に重大な過失があったとする原告らの主張は理由がない。

d 精神科医との協力ないし転医をすべき注意義務違反について

アルコール依存症の治療(アルコール離脱症候群・禁断症状に対する治療も含む。)については、通常、身体管理を中心に行うべきであり、そうした身体管理に精通している内科医が治療を行う方が適切である。他方、平成八年当時、アルコール離脱症候群の患者が原因疾患の特定できない形で急死に至る症例のあることは、一般の臨床医にとっては予見困難であったから、内科の開業医であるA医師が、浜田支所近辺の精神科医への紹介等の措置をとらなかったとしても、何ら不適切な医療とはいえない。

(イ)  七月二三日における注意義務違反(本件保護房直後に診察をしなかった注意義務違反)の主張について

まず、精神障害者の措置入院についての鑑定による診察と、本件のように暴行のおそれ等を理由として保護房に収容された者に対する診察とでは、全く次元の異なる問題であって、両者を同一に論じ、万一、暴力等のおそれがあったとしても診察して、治療を開始すべきであったとする原告らの主張は、その前提において失当である。

また、非常勤医師であるA医師は、自ら開業しており、保護房に拘禁された者の視察及び診察を毎日行うことなど困難であったことはいうまでもなく、それを補うため、浜田支所職員からの太郎の動静等について報告を受けて太郎の身体状況を把握した上、必要な指示を行っていたのであるから、同医師が七月二三日に太郎を診察しなかったことのみをもって、非常勤医師として職務上尽くすべき注意義務違反があったということはできない。

(ウ)  七月二四日における注意義務違反について

a 七月二一日までの時点で、太郎には早急に治療が必要と思われる症状は見当たらず、水分や食事の摂取が確保されていれば、直ちに生命に危険な状態とまではいえなかったこと、振戦せん妄状態が出現している間に診察したとしても、バイタルサインの正確な数値の確認等が困難であるなど適切な医療行為をなし得たとまでは認められないこと、A医師は、自ら開業しており、保護房に拘禁された者の視察及び診察を毎日行うことは困難であったことから、それを補うため、浜田支所職員から太郎の動静等について逐一報告を受け、太郎の身体状況を把握した上、七月二四日に診察することとしたものであったこと等の事情に照らすと、A医師が七月二四日に初めて太郎を直接に診察したことの一事をもって、A医師に職務上尽くすべき注意義務違反があったといえないことは明らかである。

b 本件診察における注意義務違反について

(a) まず、A医師が診察した時間が八分間であったことは事実である。しかし、A医師は、血圧測定及びタリピット点眼液の処方のほか、瞳孔の異常の有無、触診による皮膚温の検診、意識レベル確認等の診断も行った上で、手指の振戦は認められたものの、バイタルサイン等について異常は認められなかったと診断し、紙コップ三杯の水を飲ませて嚥下障害もないことを確認している。このように、A医師が適切な診察をしたのは明らかで、診察時間の短いことの一事をもってする非難は何ら合理性のないものである。

(b) A医師が、当時、重度・高度の脱水状態であった太郎の状態を軽度の脱水症状と、また、太郎が回復期に向かっていると誤診し、本件保護房の収容継続に支障はないと判断を誤ったなどとする原告らの主張について

まず、太郎が重度・高度の脱水状態に陥っていたとする根拠は明らかではなく、A医師は、太郎についてアルコール依存症であると認めた上で、本件診察において、太郎のバイタルサインに異常は認められず、脱水状態も軽度であると判断したものであるから、その診断結果は正当なものである。

また、A医師は、本件診察の際、前記のとおり、太郎に対し、血圧測定及びタリピット点眼液の処方を行ったほか、瞳孔の異常の有無、触診による皮膚温の検診、意識レベル確認等の診断も行った上で、バイタルサインについて異常がなく、死を予見させるような症状は認められなかったことから、太郎が回復期に向かっており、本件保護房拘禁に差支えがあるとは認められないと判断したものである。そして、太郎の死が突然死であったこと、平成八年七月当時かかる突然死については一般の臨床医にとって予見困難であったことからすると、A医師において、太郎が回復期に向かっており、本件保護房の収容継続に支障がないと判断したことは相当であって、わずかな兆候でも重大な危険の現れではないかと疑ってみる慎重さや太郎の精神の異常を的確に把握する能力がA医師に欠如していたとはいえない。

さらに、太郎の入所以来の身体状況は、入所時には特段の異常はなく、その後の動静についても、浜田支所職員から逐一A医師に報告され、同医師はこれらの報告内容を踏まえた上で、七月二四日に本件診察を行った結果として、手指の振戦は認められたものの、生命への危険を把えるため客観的かつ重要な基準である太郎のバイタルサインについて、特に異常を認めず、当時の臨床医学の水準に照らして、太郎に死を予見させるような症状はなかったとの所見を得たのであるから、同医師の診断は適切であり、表面的な診察や一時的なバイタルサインにとらわれることなく、診察を十分にして一連の流れを見れば、太郎の死を予見できたとする原告らの主張は失当である。

(4) 争点(3)イ(浜田支所の職員らの注意義務違反と太郎の死亡との間に因果関係があるか。)について

(原告らの主張)

太郎の死因は前記第2の4(2)(原告らの主張)のとおりであり、その死亡には、太郎に対する水分の補給が十分でないことに他の要因(発熱、発汗、不食、点滴なし)が加わり、高度な脱水症状を起こしたことや体重の激減に見られるように太郎に対する栄養補給も十分でなく、同人の体力、抵抗力、免疫力の低下を招来し、心不全等の合併症を発生させる素地を作ったことが大きく関与している。そして、浜田支所等の職員及びA医師が前記第2の4(3)(原告らの主張)ア及びイの各注意義務を果たしていれば、すなわち、アルコール離脱症候群を発症した太郎の症状を的確に把握して、精神科的措置として、太郎の精神の鎮静化を図るとともに、内科的措置として、水分及び栄養管理等、全身管理を適切に行っていれば、太郎の死亡を回避し得たから、浜田支所の職員らの注意義務違反と太郎の死亡との間には因果関係がある。また、アルコール離脱症候群の患者に対する適切な治療、身体管理を怠り、漫然と自律神経症状や精神興奮状態を放置すれば、脱水、うつ熱状態から死亡に至ることは予見可能であるから、両者の間には相当因果関係も認められるというべきである。

(被告の主張)

以下のとおり、原告らの主張する浜田支所の職員らの注意義務違反と太郎の死亡との間に因果関係がない。

ア  まず、前記第2の4(1)(被告の主張)のとおり、太郎に対する水分の補給が十分でなかった事実及び太郎が収容された本件保護房が高温多湿であったという事実はないし、また、栄養補給が十分でなく、そのために太郎の体力、抵抗力、免疫力が弱まったという事実はないから、前記各事実と太郎の死亡との間には因果関係があるとの主張は、その前提を欠き、失当である。

イ  次に、前記第2の4(2)(被告の主張)のとおり、太郎の死因は、七月二四日に行われたA医師の本件診察により、太郎の意識状態、バイタルサイン等に異常がないこと、顕著な脱水症状のないことなどが確認されて以降、当時の内科の臨床医学の水準では、予見不可能であった原因不明の急性症状の発現により、その約一二時間後に起こった突然死であり、原告らの主張する各措置をとっていれば、突然死の結果を回避することができたという蓋然性ないし可能性を認めるに足りる証拠はない。したがって、太郎について浜田支所職員及びA医師がとった措置と、太郎との突然死との間に、前者が後者の発生に有意に寄与したという意味での条件関係は認められないか、前者を原因として後者の結果が発生すると認めることが社会通念上相当であるという意味での相当因果関係がないといえる。すなわち、アルコール離脱症候群の患者について、病院等において、精神科医と内科医の連携により、精神症状を軽減させつつ、水分補給、栄養補給等による身体管理の措置をとったとしても、内科医も精神科医も予期していなかった死亡の結果が発生する症例が存在することからすれば、太郎について、医療機関において、精神科医の診断を受けさせた上で、血液検査等の検査を経て、輸液・栄養補給等の措置を行ったとしても、太郎の死亡という結果の発生を回避することができたと認めることはできないというべきである。

(5) 争点(4)(原告らの損害及びその額)について

(原告らの主張)

ア  損害の内容及びその額

(ア)  原告次郎の葬祭費

一三〇万〇〇〇〇円

太郎の葬儀費用であり、葬儀は原告次郎がとり行ったため、同人の損害となる。

(イ)  慰謝料

原告次郎及び同花子につき各六五〇万円、原告乙野につき一三〇〇万円

太郎は、被告による拘禁下において、適切な治療を要する身体的・精神的な状態であったにもかかわらず、専門医による診察・治療が施されなかったのみならず、保護房通達等に違反して、劣悪な居住環境の本件保護房に漫然と拘禁させられ続け、死亡するに至ったこと、太郎の年齢(死亡当時四四歳)、太郎が原告乙野を扶養しており一家の支柱であったこと、浜田支所から原告乙野に太郎の容態について連絡があったのは、太郎の死亡後であったこと等を総合すると、原告らの無念は筆舌に尽くし難いところであり、これら原告らに生じた精神的な苦痛は、原告次郎及び同花子については各六五〇万円、原告乙野については、一三〇〇万円を下らない。

(ウ)  太郎の逸失利益

二九六五万〇二九四円

太郎は、死亡当時四四歳の男子であり、受刑中に死亡するに至らなければ六七歳まで就労することが可能であった。太郎の平成七年度における収入は三〇三万一九六〇円であり、これを基礎として、生活費として三五パーセントを控除して、太郎の逸失利益を新ホフマン式計算法によって計算すると、二九六五万〇二九四円となる。

303万1960円×0.65×15.045=2965万0294円

前記逸失利益に相当する金員は、原告乙野の扶養権の侵害として、同人の損害となる。

(エ)  弁護士費用

原告次郎につき七八万円、同花子につき六五万円、原告乙野につき四二六万円

原告らは、やむなく、原告ら訴訟代理人を委任して、本件訴訟の提起を余儀なくされたものであり、認容額の一割相当額の弁護士費用は本件死亡事故と相当因果関係の範囲内にある損害であり、原告らの各損害は、前記のとおりとなる。

(オ)  まとめ

よって、原告らの各損害は、原告次郎につき八五八万円(一三〇万円+六五〇万円+七八万円)、同花子につき七一五万円(六五〇万円+六五万円)、原告乙野につき四六九一万〇二九四円(一三〇〇万円+二九六五万〇二九四円+四二六万円)となる。

イ  浜田支所等の職員の注意義務違反と原告らの損害との間には相当因果関係がないとの被告の主張について

被告は、アルコール依存症に関する研究症例を太郎に当てはめ、太郎は浜田支所で死亡しなかったとしても、余命ごくわずかであり、損害との間に相当因果関係がないと主張する。しかし、太郎と前記研究症例とでは、その飲酒歴、既往症、アルコール依存症における当時の医学水準の程度等に差異があり、太郎を研究症例に当てはめることは相当でないから、その主張は失当である。

(被告の主張)

統計的な資料によれば、アルコール依存症者の生命予後が極めて不良であり、いずれの研究報告においても平均死亡年齢は五〇歳代とされ、特に田中孝雄著「慢性アルコール中毒の長期予後の研究」(乙47。以下「田中論文」という。)においては、アルコール依存者の平均死亡年齢は約五二歳であると指摘されている。そして、太郎の既往症、飲酒歴は、田中論文の研究症例に合致しており、これによれば、浜田支所の入所時において、アルコール依存症にり患していた太郎の生命予後は極めて不良であったことが推認でき、仮に、太郎が浜田支所において、突然死しなかったとしても、その余命は極めて短期間のものにとどまっていた蓋然性が高いということができる。しかも、太郎がアルコール依存症者のうち最も死亡率の高い年齢階級に属することからすると、太郎にアルコール依存症者の平均死亡年齢(約五二歳)に相当する余命期間があったかどうかさえおよそ確定することができない。したがって、浜田支所職員及びA医師の一連の措置と原告ら請求に係る損害との間には相当因果関係がない。

第3 当裁判所の判断

1  事実経過等について(争点(1))

(1)  事実経過

前記前提事実のほか、争いのない事実、証拠(甲5、6、11の1ないし3、13、19、20、乙1、3ないし28、32、39、40、43、証拠保全における検証の結果、証人B、同I、同A医師。ただし、後記認定に反する部分は除く。)及び弁論の全趣旨を総合すれば、太郎が死亡するまでの事実経過は次のとおりであったと認められる。

ア 七月一九日の状況

太郎は、道路交通法違反被告事件に係る懲役二月の実刑判決が確定したことにより、同日午後一時一〇分、松江地方検察庁浜田支部から浜田支所に押送され入所した。その際、検察庁から太郎の健康状態等について引継事項はなかった。

B及び看守部長のCが、太郎の入所手続及び領置品調べを実施した。Bは、太郎に対し、本籍、住所、氏名、職業、生年月日、入所歴、罪名、刑期、緊急時の連絡先、健康状態等について質問したが、太郎が当時、かなり強いアルコール臭を漂わせていたことを除いて、特に異常を認めず、太郎は、「夕べ飲んだだけです。健康です。」などと答えた。Bは、当日、浜田支所長が休暇であったため、自らの判断で、入所時の太郎の状態から新入所時の健康診断を休日明けでA医師の都合のつく日に実施すればよいと考え、医師による診断を実施することなく、太郎の健康診断簿(乙28)に「特記事項なし」、既往症欄に「なし」と記載した(なお、被告は、Bらが太郎に対し、健康状態等を質問した際、太郎が既往症はないと答えたと主張し、証拠(乙28、39、証人B)にはこれに沿う部分がある。しかし、太郎が、私の履歴書(乙25)の「過去の病気・けが」欄に手の震えを押して肝臓の手術歴等を記載したことは後記認定のとおりであり、入所時に同様に過去の病歴を尋ねられたとすれば、これに対し、「ない。」と答えたとは考え難いこと、証拠(乙39、証人B)によれば、太郎の入所時にアルコール臭がしたことから、Bが、太郎に、現在の健康状態を尋ねたところ、太郎は「健康です。大丈夫です。」と答えたにすぎないことが認められ、既往症の有無までも具体的に確認したものとは認め難い。また、その際、Bが太郎に対し、飲酒歴を確認したことを認めるに足りる証拠はない。)。

太郎のアルコール臭は、午後二時ころ、太郎を入浴させた後に普通房に収容し、当日の担当職員が、入所時の告知事項である所内生活の要領等を太郎に告知した際も依然として残っていたが、太郎に特別変わった動静を認めることはなかった。その後、太郎は、作業指導に基づき、洗濯ばさみ組立作業に従事したが、特異な動静は認められなかった。なお、太郎のアルコール臭は、午後四時四〇分ころには消失した。太郎は、夕食の全量を喫食し、夕食後、担当職員から身上調査関係書類(「私の履歴書」、「帰住予定地の略図」及び「親族申告表」と題する書類(乙25ないし27))を交付されて、記載しておくよう指示されたが、これらの書類に必要事項を記載することなく、午後六時の就床号令後、すぐ床につき、翌朝までよく眠っていた。

なお、浜田支所では、夜間二名の職員が交互に勤務し、施設の規律及び秩序の維持、警備等を行っていた。

イ 七月二〇日の状況について

同日は、土曜日で免業であり、太郎に特別な日課はなかった。太郎は、三食の食事ともおおむね全量喫食し、夜間もよく眠っていた。ただ、太郎は、身上調書関係書類作成につき、手が震えて書けないと浜田支所の職員に申し出をしていた(甲5。なお、被告は、甲5の記載は部下職員からの伝聞に基づいて浜田支所長が作成したものであるから不正確であり、太郎には七月二〇日には手の震えはなかったと主張する。しかし、甲5は、原告らが七月二九日、浜田支所長に対して、太郎の状況に関する説明を求めた際、同支所長から交付された文書であって、慎重な調査の上で作成されたものと容易に推認できるのであり、伝聞にすぎないことから内容が不正確であるとはいい難く、事実を記載したものと認める。)。

ウ 七月二一日の状況について

同日は免業であった。太郎は、午前八時ころ、看守のDに対し、手が震えて身上調査関係書類を書けないので、代書してくれるよう申し出た。これに対し、Dがその理由や身体の調子を尋ねると、手の震えはアルコールが抜けたためであるが、身体の調子は別に何ともない旨答えた。そこで、Dは、同書類を自分で書くように指導し、太郎はこれに従い、自書したが、その文字の状態は、ふるえた状態で記載されたことをうかがわせるが一字一字はっきりと記載されている(「私の履歴書」(乙25)、「帰住予定地の略図」(乙26)、「親族申告表」(乙27)参照。)。なお、太郎は、「私の履歴書」の「過去の病気・けが」欄に、胃、ポリープのほか、肝臓の手術をし、入院した旨の記載をしている(なお、証人Bは、同書面は、七月二二日までには提出されていなかったと証言しているが、後記認定の太郎の動静からすれば、遅くとも太郎が普通房から出された同日午後九時二〇分までに記載されたものであり、そのころ浜田支所職員が受領ないし回収したものと推認できる。)。

太郎は、午後六時二〇分ころ、Cに「暑いからブラインドを上げてくれ。汗が出てやれん。」と汗をタオルでふきながら申し出たが、浜田支所では、保安上の観点から舎房南側巡視廊の窓(すりガラス)を開けている場合は、その内側にある当該ブラインドを閉めておく取扱いとしていることから、Cは、ブラインドを上げることはできない旨説明した。

太郎は、午後八時一五分ころにも同様の申し出をしたので、Cが同様の説明をした上で、下着で寝てもかまわない旨指導したところ、太郎は、上衣のみ脱いで床につき、その後は、寝入って、特異な動静は認められなかった。

なお、同日の太郎の喫食状況は三食ともほぼ全量喫食であった。

エ 七月二二日の状況

(ア) 太郎は、午前四時二〇分ころ、布団をたたんで起きていたので、巡回中の看守部長であるEが、午前七時三〇分の起床時間まで寝ているよう指導したところ、太郎はこの指導に従った。その後、太郎は、午前中、作業に専念し、特別な動静は認められなかった。

(イ) 看守のFは、午後〇時二五分ころ、食器口から手を出して手招きをしている太郎を現認したので、「何をしているか。」と問い質したところ、太郎は、「子犬がいるので、可愛がってやろうかと思いまして。」と返答した。午後一時ころ、Fから前記報告を受けたBは、洗濯ばさみ組立作業中の太郎に体調を尋ねたところ、太郎は「悪いところはありません。そこらに虫がおるからとっちゃんさい。」などと返答し、夜は眠れるかというBの質問に対しては、「あんまり寝れんなー。」などと不眠を訴えた。そこで、Bがほかに悪いところはないかと尋ねると、太郎は「寝れんだけだーな。」と返答した。

(ウ) そこで、Bは、前記やりとりを含め入所時から現在までの太郎の状況をA医師に電話で報告したところ、A医師は、太郎が食事をとっていること等から浜田支所に赴いて診察する必要はないと判断し、太郎を自ら診察することなく、Bに対し、太郎はアルコール依存症の疑いがあり、不眠に対して睡眠導入剤であるレンドルミン三錠(一日一錠就寝前服用)を処方するように指示し、様子をみることにした。その際、A医師は、太郎に水分をとらせるよう指示したが、摂取すべき具体的な水分量の指示や太郎の水分摂取量を把握することの指示まではしなかったし、今後、どのような症状が出れば報告の必要があるかというような指示もしなかった。Bは、浜田支所保管の診療録(甲6)ロ表に日付印を押印(ただし、「八・七・二二」と押印すべきところ、誤って「八・七・二〇」と押印した。)し、病名欄に「アルコール後遺症」と、また、太郎の主訴として「手がふるえる、不眠」などと記載した。なおレンドルミンは、同日、浜田支所職員がA医院に赴き、A医師から受領した。

(エ) 看守部長のGと看守のHは、午後八時四五分ころ、A医師の指示どおり、太郎にレンドルミン一錠を服用させた。太郎は、その後、独り言を言いながら室内をはいかいし、職員から座るように指導されるとその時は従うものの、しばらくすると、はいかいを繰り返す状態であった。

(オ) 太郎は、午後九時二〇分ころ、突然「虫がおってやれん、何もしてくれんから出してくれ。」などと大声を発し、窓を外そうとしたり、壁や網戸をたたく等の行為を繰り返し、Gの制止にも従わないため、Gは、非常登庁したB及びFの応援を得て、太郎に対し静かにするよう再度制止したが、太郎はこれに従おうとしなかった。そこで、Bは、太郎を一階新入調室で指導しようと普通房を開扉したところ、太郎は勢いよく廊下に飛び出し、Gにつかみ掛かろうとする気勢を示したことから、Bが太郎の右腕をF看守がその左腕を制したが、太郎は、その手を振り払おうと、さらに上体を揺さぶるなどしたので、Bは、午後九時四〇分ころ、金属手錠を太郎の両手前に使用して、太郎を一階の新入調室に連行した。

太郎は、同室連行後も、職員の制止を聞かず、「虫がおってやれん。隣に女がいる。帰せー。」などと大声を発し、全身に力を入れ、肩を震わせ、金属手錠を手から抜こうとするなどしたため、Bは、太郎の心情が極めて不安定で暴行のおそれが顕著であり、普通房への拘禁は不適当と判断し、午後九時五〇分、金属手錠を両手前に使用したまま太郎を本件保護房に拘禁した。その後も、太郎は、「出してくれ。」などと大声を発し続け、本件保護房の扉や壁を足げりしたり、手でたたくなどした。Bは、太郎の前記幻視や動静は、アルコール依存症の禁断症状に極めて似ており、その経験から数日後には治まり、意識障害も回復すると考え、保護房通達の「精神又は身体に異常がある者」には該当しないものと判断していた。

太郎は、翌七月二三日の朝にかけて一晩中、はいかいし、「兄さんスタートボタンを押してくれ。」「水中翼船の免許は持っていない。」など意味不明のことを言ったり、あるいは壁を蹴るなどしてほとんど睡眠をとっていなかった。

(カ) 太郎の同日の喫食状況であるが、太郎は、朝食の主食、副食ともほぼ全量を喫食したほか、昼食の主食三分の一及び副食全量を、夕食の主食二分の一及び副食三分の二を喫食した。

オ 七月二三日の状況

(ア) Bは、同日朝、太郎を本件保護房に拘禁し金属手錠を両手前に使用したことを本所である松江刑務所に報告したが、その際、松江刑務所は、太郎に水を飲ませるよう指示したものの、摂取すべき具体的な水分量や太郎の水分摂取量を把握することの指示まではしなかった。

Bは、午前七時三〇分ころ、紙コップに入れたお茶を食器口から差し入れ、お茶を飲むよう声を掛けたが、太郎は房扉の反対側の壁を足げりし続け、Bの方を見向きもせず、また、朝食も喫食しなかった。

(イ) Bは、太郎が本件保護房拘禁から約一〇時間経過後においても、壁を足で蹴るなど、なおも暴行のおそれが著しく、また、金属手錠から手を抜こうとして手首を強くひねり、両手首に擦過傷を負うおそれがあると判断し、手首の保護と自傷防止を兼ねて、午前八時三分、太郎の使用戒具を金属手錠から革手錠に変更した。

(ウ) その際、Eは、ポリ製の水筒及び紙コップを本件保護房に携行し、容量二〇〇ミリリットルの紙コップに湯冷ましのお茶を入れて太郎に飲ませようと持たせたところ、太郎は手の震えのため、お茶をこぼし、さらに、紙コップを握りつぶした。この際、太郎が飲んだお茶の量は定かではない。

本件保護房には、房内の収容者が自分で給水する手段がなく、その一般的な給水の方法として、通常、お茶を入れたポリ製の水筒を常時本件保護房内に入れ、収容者が適宜自分で水分を補給できる方法をとっていた。浜田支所は、太郎の前記状況に照らして、水筒を本件保護房内から引き上げることとし、以後、職員が太郎にお茶を飲むかを確認した上、太郎が希望したときは紙コップにお茶を入れてストローを差し込み、視察孔を通してストローで飲ませる方法によることにした。

(エ) Bが、午前一〇時ころ、A医師に対し、太郎を本件保護房に拘禁したことや太郎の動静、体中から大量の汗が出ていること等を電話で報告したところ、A医師は、レンドルミンを増量して就寝前に一回二錠服用させること、脱水症状にならないように太郎に対して水分を摂らせることを指示したが、具体的な水分の量の指示や太郎の水分摂取量を把握するまでの指示はしなかった。Bは、太郎が興奮状態にあり、A医師に対する暴行のおそれがあると判断し、A医師に太郎がもう少し落ち着いたら、診察をお願いしたい旨依頼した。これに対し、A医師は、太郎の症状は典型的なアルコール離脱症候群の症状であると認識したが、大声を出して暴れるほど体力があるなら、重症例ではなく、緊急に往診する必要はないと判断した。

(オ) 太郎は、午前一〇時四〇分ころ、着用していたズボン及びパンツを脱ぎ、それを食器口から押し出して、下半身裸体のままではいかいしていた。その後、職員は、食事の搬入のため房扉を開扉するたびに、太郎に対しパンツ及びズボンを着用させようとしたが、太郎は、その都度、足をばたつかせて抵抗したので、結局、革手錠を解除した翌二四日午前九時四五分まで下半身裸体のままであった。

(カ) 太郎は、昼食として、副食の焼き魚を一口喫食したのみで、ほかは喫食せず、お茶を飲んだ(証拠保全における検証の結果)が、その量は、定かではない。また、太郎は、夕食として、主食を三口、副食の里芋四、五個、天ぷら三口を喫食した。その際、Bがお茶を飲ませようとしたが、太郎が飲んだお茶の量は定かではない。

(キ) Cは、午後八時五五分ころ、レンドルミンを就寝前に投与しようと太郎に声をかけたが、太郎はそ知らぬ顔で横を向くなどしたため投与することができなかった。

太郎は、この日の日中、意味不明のことを話したり、独り言を言ってはいかいしていたが、夜から翌朝にかけても、独り言を言いながら、はいかい、横臥、座るなどを繰り返し、ほとんど睡眠をとらなかった。

カ 七月二四日の状況

(ア) 太郎は、午前八時ころ、食べたくないとして、朝食を口にしなかった。その際、Cがお茶を飲ませようとしたが、太郎が飲んだお茶の量は、定かではない。

(イ) 浜田支所は、午前九時一〇分、太郎の房扉をたたいたり、大声を発するなどの興奮状態がやや治まり、職員の呼び掛けに顔を向けるなど、心情安定の兆しがあると判断し、太郎の革手錠を解除した。しかし、太郎は、依然として、意味不明の独り言を発しながら本件保護房内をはいかいしていたため、本件保護房拘禁は継続された。なお、浜田支所の職員は、太郎の革手錠を解除した際、太郎にお茶を飲ませたが、その量は定かではない。

B及びGが、午前九時四五分ころ、太郎の両手の擦過傷の消毒やパンツ等の下着の着替えを行ったが、太郎が自ら着替えようとしないため、職員が手伝って着替えさせた。

浜田支所は、午前一〇時ころ、電話で、A医師に対し、太郎が未だ意味不明のことを言っているが、今朝方から大人しくなっているので診察を依頼した(証人A医師五〇七項)が、直ちに来るようにとの依頼まではしなかった。

(ウ) 太郎は、午前一一時五五分ころ、食べたくないとして、昼食をとらなかった。その際、Bがお茶を飲ませようとしたが、太郎が飲んだお茶の量は定かではない。

(エ) A医師は、前記浜田支所の依頼を受け、午後二時二五分ころ、太郎の診察に赴いた。A医師は、Bから、太郎が入所してからの行動及び喫食状況等の報告を受けた後、以下のとおり午後二時三八分から四六分までの間、本件保護房内で太郎を診察した(本件診察)。

A医師は、本件診察の際、体の大きい太郎からにらみつけられ、飛びかかられるのではないかという脅威を感じながら診察した。本件診察の結果、太郎の状態は、発汗が+、運動失調の傾向あり、口腔は白色、瞳孔の対光反射は正常というものであった。また、同行した看護婦は、太郎の血圧、脈拍を測定し、血圧が最高一二四ミリメートル水銀柱/最低九〇ミリメートル水銀柱、脈拍が一分間に八四回であると測定した(この測定値は、いずれも正常の範囲内のものである。)が、同看護婦も、A医師同様、太郎を怖がっており、へっぴり腰で血圧を測定していた(証人A医師三二三項)。さらに、A医師は、太郎に紙コップを持たせてお茶を飲ませたところ、太郎は、手の震えが強く(手指振戦++)、紙コップのお茶をこぼしたが、水を飲むことができた。しかし、A医師が、太郎に手首の傷を尋ねたところ、太郎は「泳ぐ時につけるヒレの痕です。」と答えたほか、お茶をもう一杯勧められたところ、本件保護房内に冷蔵庫があると述べて角の所に行き、冷蔵庫を開ける振りをしたりした。ただ、A医師や看護婦は、太郎が前記のとおりヒレや冷蔵庫の話をしたことを覚知していなかった。

A医師は、本件診察の結果、太郎が酔い覚めの状態にあり(乙32)、脱水症状はあっても軽微なものであり、自分で水分を摂取することが可能であったため輸液の必要はなく、アルコール離脱症状は回復期に向かっているものと診断した。また、A医師は、太郎が翌日には松江刑務所に送られると聞いていたため、太郎を浜田支所から病院に移送する必要はなく、このまま本件保護房に拘禁しても差し支えないものと判断した。ただ、アルコール依存症による脱水症状になることも予測されたので、A医師は、太郎に対し、両手首擦過傷の消毒及び急性結膜炎に対するタリビット点眼液の投与を行うとともに、浜田支所長及びBに対し、太郎に十分な水を飲ませるように指示したが、その際も、摂取すべき具体的な水分量の指示や太郎の水分摂取量を把握することの指示まではしなかった。その後、A医師は、BやA医師自身が記載した国民健康保健診療録(乙32)及び健康診断簿(乙28)の内容を確認の上、健康診断簿の判定欄に押印した。

(オ) 太郎は、夕食を喫食しようとせず、一口程しか食べなかった。浜田支所の職員は、太郎にお茶を飲ませようとしたが、太郎が飲んだお茶の量は定かではない。太郎は、午後一〇時一五分ころ、少量のお茶を飲み、午後一一時三〇分ころにも紙コップ一杯のお茶を飲んだので、浜田支所の職員がもう一杯お茶を飲ませようとしたところ、太郎はこれを無視してはいかいを続けた。

キ 七月二五日の状況について

(ア) Hは、午前〇時四五分ころ、太郎が敷布団を食器口に押し当て、房外へけり出そうとしているのを現認したので、直ちに本件保護房に赴き、午前〇時五五分まで本件保護房前で監視を続けた。太郎は、食器口右側の壁にもたれて、両足を投げ出して座ったまま、聞き取れないほどの小声で独り言を言い続けていた。その後、監視モニターで太郎の動静観察を行っていたHは、午前一時二五分ころ、常に本件保護房内をはいかいしていた太郎が同じ場所で動かずにいることに不審を抱き、本件保護房に赴き太郎に「おい、甲野」と数回呼びかけたが、太郎の反応はなく、さらに、食器口から左手を入れて太郎を揺さぶったが、無反応であった。そこで、Hは、午前一時三〇分、仮眠中のGを起こし、改めて二名で太郎に呼びかけたが、反応がないため、午前一時三三分、浜田支所長及びBに非常連絡した。

Bらが、午前一時四六分ころ、本件保護房を開扉し、太郎を仰向けに寝かせ、Bが太郎の脈拍の確認をしたが確認できなかった。その後、Bらは、午前一時五六分ころに救急車が到着するまで、太郎に対し、レスキューバッグ内の人工蘇生器による人工呼吸や心臓マッサージを実施した。なお、救急車到着後、救急隊員が、現場用手袋をはめて太郎の呼吸、脈拍を観察したところ、太郎の体幹部に手袋の上から熱を感じるほどであった。

(イ) 太郎は、午前二時五分ころ、救急車で国立浜田病院に搬送されたが、搬送時に行った心電図では心配蘇生法(CPR)の実施した分の波形しか認められず、午前二時三〇分ころ、同病院で太郎の死亡が確認された。

(2)  太郎に対する給水状況について(争点(1)ア)

ア 本件保護房は、その構造上、房内にいる被拘禁者が自分で給水する手段がない上、太郎の状態からお茶を入れたポリ製の水筒を房内から引き上げたため、太郎は、本件保護房に拘禁されて以降、房外の職員の手を借りなければ、水分を摂取することはできない状態に置かれたことは前記認定のとおりである。

イ 被告は、太郎が本件保護房に拘禁されていた七月二二日午後九時五〇分から同月二五日午前一時四六分までの間に、少なくとも①同月二三日午前八時三分につぶれた紙コップ二杯(計約二四六ミリリットル)、②同日午後〇時に紙コップ三杯(約三九九ミリリットル)、③同日午後四時四五分に紙コップ二杯(約二六六ミリリットル)、④同日二四日午前八時に紙コップ二杯(約二六六ミリリットル)、⑤同日午前九時一〇分に紙コップ二杯(約二六六ミリリットル)、⑥同日午前一一時五五分に紙コップ一杯(約一三三ミリリットル)、⑦同日A医師による本件診察中に紙コップ三杯(約三九九ミリリットル)、⑧同日午後四時四五分に紙コップ一杯(約一三三ミリリットル)、⑨同日午後一〇時一五分に少量(紙コップ半分、約九〇ミリリットル)、⑩同日午後一一時三〇分に紙コップ一杯(約一三三ミリリットル)の水分を補給させており、経口による水分摂取量としては、一日一〇〇〇ミリリットルが有効とされていることからすれば、給水は十分であると主張する。

まず、証拠(証拠保全における検証の結果中の動静記録)によれば、②について「茶を飲んでいる」、⑨について「少量のお茶を飲む」、⑩について「お茶をコップ一杯飲む」との記載があることが認められる。

次に、前記①、③ないし⑧の事実及び②の給水量については、前記動静記録には記載がなく、Bら各担当職員が作成した浜田支所長あて報告書(乙14、15、17、19、20、21、24。以下「本件報告書」という。なお、太郎の具体的な水分摂取量に関する証拠(乙44)は同報告書に基づくものであり、乙44の信用性は、本件報告書の信用性によることとなる。)に基づくものであるから、その信用性を検討する。

証拠(乙39、証人B、証拠保全における検証の結果)及び弁論の全趣旨によれば、本件報告書は、太郎死亡後に、浜田支所長が、太郎の処遇に関与した職員に対し、太郎の動静と同人に対する措置について作成する旨指示したため作成されたものであること、B作成分は、Bが浜田支所長から指示された後に記憶を喚起してメモしたものをその後浄書して完成させたものであること、本件報告書は八月一六日の証拠保全(検証)期日においては提示されなかったが、被告は、同期日において「給食・給水に関し専用書類として作成したものはない。太郎の動静観察に関する書類については同期日に提示した書類のほかに作成されていない。」と指示説明しながら浜田支所長が本件報告書の作成を指示していることを全く説明をしていないことが認められる。さらに、被告は、九月二七日、証拠保全の検証調書中に被告の指示説明として「診療録のほかには、診療録に関する書類等は作成していない。」との記載がある点について、「緊急な証拠保全のため現時点で他に関係書類が存在するか否かは不明である旨指示説明したのに、検証調書では作成されていないと断定的に記載されている。」と異議を申し立てていながら、前記太郎の動静観察に関する書類の指示説明部分については何ら異議を述べなかったことが証拠保全の一件記録上明らかである。以上の事実によれば、浜田支所長が本件報告書の作成を七月二五日ころに担当職員に指示し、八月下旬ころまでに本件報告書が作成されたとするBの供述等はにわかに信用できず、本件報告書の指示や作成は、前記異議申立て後になされたかあるいは少なくとも太郎の死亡が本件訴訟になることが確実に予想される状況の下でなされたものと推認することができる。また、Bの本件報告書の作成方法に照らすと、本件報告書を作成した職員は、太郎に水分を補給させた都度、備忘的にメモをとった上で、それに基づいて本件報告書を作成したのではなく、浜田支所長から指示された後に記憶を喚起して太郎に対する給水状況を記載したものと推認できる。そうすると、本件報告書のうち水分補給に関する部分の正確性は相当低いといわざるを得ない。このことは、前記認定のとおりA医師や松江刑務所による浜田支所職員に対する太郎への給水の指示は単に水分をとらせるようにというものにすぎず、摂取すべき具体的な水分量の指示や太郎の水分摂取量を把握するような指示はなかったこと、そのため浜田支所の担当職員の方でも、太郎に対する給水量を具体的に把握するという意識はなく、実際にも把握していなかったと推認されること、それゆえ、コップに何杯飲んだかという記憶は、太郎の特異な行動とは異なり、そもそも記憶に銘記されにくい事項であると考えられることからも明らかである。また、⑦については、本件報告書の他に、A医師の陳述書(乙40)、証人A医師の尋問の結果中に、太郎が三杯飲んだとする部分がある。しかし、⑦記載の本件診察における診療内容を記載した国民健康保健診療録(乙32)には水分の摂取量は記載されていない上、前記認定のとおり、A医師は、本件診察の際、太郎に脅威を感じており、通常であれば、記憶に銘記されやすい太郎のヒレや冷蔵庫の話すら覚知していない状況であったことに照らすと、A医師が水を何杯飲んだと正確に記憶しているとは考え難く、そのまま信用することはできない。そうすると、証拠保全における検証の結果中の動静記録に記載のある⑨、⑩を除き、被告が主張する量の水分が太郎に補給されたと認めるに足りる的確な証拠はない。

よって、前記①ないし⑩の記載の計約二三三一ミリリットルの給水があったことを前提とする被告の主張はすぐには採用できない。

ウ また、被告は、前記①ないし⑩の他にも、浜田支所の担当職員は巡視の際、太郎に対し、お茶を飲むか否かを尋ねて、その希望により水分を摂取させていたと主張し、証拠(甲5、乙15、17、39、証人B)中には、Bは七月二三日には、一時間毎に一、二回巡視し、お茶を飲むか否かを尋ねたところ、五回に四回は飲んだなどとする部分がある。しかし証拠(乙39、証人B)及び弁論の全趣旨によれば、その給水方法は、本件保護房外から、縦長の視察口のアクリル板に職員の声が通るように空いている孔にストローを差し込み、太郎がストローを吸って補給するというものであることが認められ、一方、七月二三日の太郎は、午前一〇時四〇分ころから下半身裸になり、その後職員が着用しようとする度に抵抗し、翌日朝までそのままの状態であったことは前記認定のとおりである。上記太郎の動静に照らすと、当時の太郎が自己の状態を冷静に判断できる状態にあったとは考え難く、そのような太郎が、前記のような方法で水分を実際に補給できたかは甚だ疑問であるし、また、浜田支所の職員らのお茶を飲むようにとの声掛けに対し、素直に応じるとは到底考えられない。よって、上記主張は採用できない。

エ また、証拠(証人J)によれば、脱水にならないために、病院における入院治療においては、一日一〇〇〇ミリリットル程度の点滴を行い、他に水分、食事をとらせること、有効に体内で利用できるのは、経口的に一日一〇〇〇ミリリットルの水分を摂取することが必要であるとしていることが認められる。しかし、前記証言は、その証言内容からみて、水分の出入りにつき厳重に管理されている入院患者を前提にした言及であると解され、受刑中の太郎の場合と事情を異にすること、前記の事実経過等からみて、太郎は、房内の暑さ及びアルコール離脱症候群に伴う精神運動性興奮及び自律神経障害等による発汗作用により、相当の水分量を喪失していたと考えられることからすると、太郎が一日一〇〇〇ミリリットルの水分を摂取していたとしても、なお不十分な水分補給であったものと考えられる。前記証人Jの証言は、前提を異にする証言内容であり、そのまま採用することはできない。よって、仮に、被告の主張するとおり、太郎に対し、一日一〇〇〇ミリリットル以上の給水がなされていたとしても、これをもって、十分な給水があったとは認め難い。

オ 前記認定した太郎の水分摂取の状況、太郎が死亡解剖時に高度の脱水状況にあったこと、太郎の脱水症状は本件診察時においてもかなり進んでいたこと(この点は、後記判示のとおりである。)からすると、太郎には、脱水症状の招来を回避するために十分な水分補給がなされていなかったことが推認できるというべきである。

(3)  本件保護房の室温、湿度について(争点(1)イ)

ア 本件保護房の構造について

証拠(乙49ないし52、証人B)及び弁論の全趣旨によれば、本件保護房は建物配置状況から、東側外壁を除き、直接日光を受けない構造となっていること、本件保護房内には一時間当たり一一〇立方メートルの換気能力を有し三〇分間に五分間の割合で自動運転できる換気扇が設置されていたことが認められる。

イ 本件保護房内の室温・湿度について

太郎の拘禁中における本件保護房の室温、湿度については、記録がなく(太郎の拘禁中、浜田支所の職員により、本件保護房の室温、湿度の管理がなされていた形跡もない。)、これを認めるに足りる証拠はない。しかし、証拠(甲10、乙1、30、証拠保全における検証の結果)によれば、太郎が本件保護房に収容された七月二二日から同月二四日まで浜田測候所による外気の最高気温、最低気温、相対湿度の平均は、順に、それぞれ同月二二日が摂氏31.5度、同24.9度、七五パーセント、同月二三日が同28.2度、同25.7度、八二パーセント、同月二四日が同29.5度、25.4度、七七パーセントであったこと、八月一六日午後三時の本件保護房の室温は摂氏三〇度であったが、同日の外気温の最高温度は、同29.1度(午後一時三三分)であったこと、警察による本件死亡事故の後日における本件保護房内の室温、湿度は、順に摂氏二九度前後、七〇パーセント前後であったことが認められる。そして、前記認定のとおり、太郎は七月二一日午後六時二〇分及び午後八時一五分ころ、「暑い、汗が出てやれん。」と申し出ていること、被告は、平成九年七月から八月ころの本件保護房内の明け方における室温が外気の最低気温時より四ないし六度程度高くなっていることを自認していることに照らすと、前記認定した本件保護房の構造や仮に房内の換気扇が被告の主張のとおり稼働していたことを考慮しても、太郎の拘禁中の本件保護房の室温は最低気温より高く、概ね摂氏28.9度前後であり、また、湿度は概ね七〇パーセント前後であったと推認することができる。

2  太郎の死因について(争点(2))

(1)  医学上の知見について

証拠(甲16、18、22ないし24、27の2、乙1、2、40、42、証人I、同A医師、同J。ただし、後記認定に反する部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば、アルコール離脱症候群について、太郎死亡当時の臨床医学の水準に照らし、以下のような医学上の知見が認められる。

ア アルコール離脱症候群及びその症状

アルコール離脱症候群は、それまでアルコールが常時体内に存在することに適応していた生体が、アルコールの存在しない元の状態に再適応していく過程にみられる中枢神経抑制作用に対する反跳現象であり、早期離脱症候群と後期離脱症候群に分けられる。

このうち、早期離脱症候群の症状は、最終飲酒(断酒)後数時間から出現し始め、イライラ感、不安感等の不快感情のほか、手指、眼瞼等に振戦が出現する(なお、振戦は体動や感情的ストレスがかかると増悪する。)。また、交感神経系の過活動を中心として、頻脈、血圧上昇、体温上昇、発汗、不整脈、食思不振等の自律神経症状が出現し、睡眠障害を伴うことが多い。早期離脱症状は、軽症例では特に治療せずに、通常五ないし七日間で治まるが、中等度ないし重度の症例では、早期離脱期を超えて発展し、自律神経症状に伴った不安、焦燥感が強まり、幻覚、軽度の見当識障害が出現した後に後期離脱期に移行する。

後期離脱症に至ると、主要病態として、粗大な振戦、精神運動亢進、幻覚、見当識障害、意識変容及び自律神経機能亢進等を主徴候とする振戦せん妄が出現する。前駆症状として、不穏、過敏、不眠、振戦及び食欲低下等が現れ、次いで、せん妄に以降する。その意識混濁は表面的には対応可能なことが多いが、注意が散漫で集中力に乏しく、失見当識を伴う。落ち着きがなく、運動性不安や精神運動性興奮を呈し、幻覚は虫や小動物の幻視が有名であるが、迫害的内容の幻聴のこともある。幻覚が出現すると、不安や恐怖が強まり、それから逃れようと、精神運動亢進を伴う。意識水準は、一日の中でも動揺し、日中は改善したように見えても、夜間には増悪するため、二四時間の経過を観察して、病状を判断する。また、症状のバリエーションが広いため、必ずしもすべての症状がそろわなくても、診断上は振戦せん妄に準ずるものとして治療上の対策を考える必要がある。重篤な合併症がなければ、病態は数日、概ね七日目には消退することが多いとされるが、アルコール離脱症候群の場合には、そもそも食事不摂取及び不眠の継続による体力の低下並びに自律神経失調により、自己の身体の防御調整機能が失われやすい上、心臓、肝臓等の内臓疾患、感染症、高カリウム血症、高血圧を伴う不整脈、脱水症状、電解質の異常等の重篤な合併症を伴う場合も多く、これら合併症に対処できず、死亡する危険がある。かつては一〇ないし二〇パーセントとされていた振戦せん妄による死亡率が最近では一パーセント以下と報告されるに至ったのは、後記の一般的身体管理が行き届いた結果であり、前記身体管理を怠れば、前記重篤な合併症により、死亡に至る危険が増大する。

イ アルコール離脱症候群に対する治療について

(ア) 患者の離脱症状が軽度ないし中等度で、身体状態が良好であり、患者の治療協力や家族等の支持が期待できる場合には、外来治療が可能であるが、振戦せん妄、アルコール幻覚症がある場合には、より細かな症状観察、身体チェック、向精神薬による病状管理が必要とされ、入院の適応となる。

(イ) 治療

a 身体的管理

アルコール離脱症候群の患者を診察するには、飲酒行動や依存歴の把握に加え、内科的措置として、まず身体状態の入念なチェックを行う。これは、アルコール離脱症候群の患者、特に、中等度ないし重度の症例の患者は、脱水、電解質の異常のほか、感染症、肝臓、心臓等の内臓疾患、高血圧を伴う不整脈等の重篤な合併症を有する場合が多いから、これに対するチェックをする必要があるからである。外来治療においても、初診時に血算、血液生化学スクリーニング検査を行い、入院治療ではさらに心電図検査等を行う。さらに、肝障害、心筋障害、脱水等の合併障害が疑われるときは、ためらわずにそれに対する諸検査を施行する。次に、栄養障害、脱水の改善と電解質バランスの補正を図る。なお、補液は、水分摂取不能、発熱による脱水が疑われるときに行う。また、入院させた場合には、過剰な刺激を避け、十分に明るく、雑音が少なく、オリエンテーションを頻繁に行い、患者に脅威を感じさせないよう配慮しながら、接触を保つことが必要である。

b 解毒

アルコール離脱症候群は、中枢神経の抑制作用を有するアルコールの欠落状態によって誘発されるから、精神科的措置として、アルコールと薬理的交差耐性を持ち、しかも半減期がアルコールより長い薬物に置き換え、欠落を緩和し、離脱症状を軽減、鎮静する。早期の離脱症状に対しては、前記鎮静剤が有効であり、これにより振戦せん妄への移行を防止し得る場合が多いが、一旦振戦せん妄が出現すると、その治療は困難であり、振戦せん妄に移行することを防止するためにも、早期の解毒が肝要である。そのための鎮静剤としては、安全性や意識機能への障害等を考慮して、ジアゼパム等のベンゾジアゼピン系薬物が一般的に使用されている。なお、ジアゼパムの投与による離脱症状の軽減、緩和には、自律神経症状を軽減、緩和する効果もあるから、同時に内科的措置であるといえる(証人J(第一三回口頭弁論四ページ。以下、「第〇回」とは、当該口頭弁論期日における証言であることを指すものとする。)同I(第一二回一三一項)。

c 振戦せん妄に対する治療

振戦せん妄又はそれに準ずる程度の重度の後期離脱症候群の治療も、ジアゼパム等のベンゾジアゼピン系薬物による解毒が基本となる。しかし、一旦出現した振戦せん妄の治療は困難であり、ジアゼパムの大量投与に加え、幻覚妄想に基づく問題行動が顕著な場合には神経遮断薬の併行投与を考慮することになるが、呼吸循環器系への影響等から安全性の高いハロペリドールを投与するのが一般的である。また、神経運動性興奮が強い場合には、ベッドに抑制するが、保護室への収容は、感覚遮断を起こし、せん妄を増強するので避けることとされている。病状のピークは、三日間程度であり、重篤な合併症がなければ、ほとんどは数日内に治まるが、振戦せん妄の患者は、脱水、電解質の異常のほか、感染症、肝臓、心臓等の内臓疾患、高血圧を伴う不整脈等の重篤な合併症を有する場合が多いから、その間の身体管理や行動管理を厳重に行うとともに、合併症の有無を的確に把握して、これに対する治療に十分に留意する必要がある。

これに対し、被告は、太郎死亡当時(平成八年七月)の臨床医学の医療水準においては、すでに、せん妄が出現した段階では、薬物による積極的な鎮静を行うことはせず、転倒等の事故防止と身体管理に主眼をおき、安全に食事、水分を摂取しながら経過観察するのが主流になっていたと主張し、証拠(証人J)中にはこれに沿う部分がある。しかし、平成八年八月ころ発行された医学文献(甲23)には、振戦せん妄に対する治療法として、前記認定した治療法が記載されている上、証人Jは、他方で、振戦せん妄に対する治療法は必ずしも確立されておらず、現時点で用いられている治療法は、ジアゼパムの大量投与、ハロペリドールの投与、薬物をあまり使わずに身体拘束を中心に行うの三つの方法に大別されると証言し(証人J第一一回一五項)、また、その意見書(乙42)の中でも「離脱症状が進行し、幻覚が生じている場合には、ジアゼパムのような抗不安薬では効果が低いことから、ハロペリドール等の抗精神薬を投与します。」と述べていることにかんがみると、被告の前記主張及びこれに沿う前記証拠はそのまま採用することができない。

また、Jの知見は以下のとおりである。すなわち離脱期における医学的管理の中心は身体状況の評価と治療という内科的措置であり、これにより、まず、内臓疾患、脱水症状、電解質の異常等の重篤な合併症の有無を検索し、これに対する管理、治療を行うことが肝要である。と同時に、離脱症の早期には、振戦せん妄を予防するためにジアゼパムを投与する。また、振戦せん妄に至った場合の措置も基本的には同様であるが、振戦せん妄状態により前記内科的措置がとりにくい場合には、精神科的措置として、薬物により鎮静化を図る必要がある。ただし、せん妄が出現した段階で、積極的な薬物療法を行うことには否定的であり、なるべく薬物による鎮静を行わないようすべきであるが、決して何もせずに経過観察を行うということではなく、前記の重篤な合併症やせん妄による身体事故が起きないように身体管理を中心に行うべきである。そして、離脱症に対する管理を含めた身体管理を行えば、種々の負荷や水分、栄養の問題も軽減され、アルコール離脱症候群に伴う死亡をかなり防ぐことができる(以上の知見について、乙42、証人J)。

(2)  太郎死亡の機序について(争点(2))

ア 前判示の事実経過、医学上の知見に加え、証拠(甲16、18、22ないし24、27の2、乙1、40ないし42、証人I、同A医師、同J。ただし、後記認定に反する部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば、太郎が死亡した機序は、以下のとおりであったと認められる。すなわち、太郎は、七月一九日浜田支所に入所し断酒したため、同月二〇日にはアルコール早期離脱症の症状である手指振戦が出現し、同月二二日昼ころには、虫等の幻視が出現した。その後、同日夜には幻視や精神運動性興奮が強まり、同月二三日には、下半身裸のまま、はいかいするなどし、同月二四日の本件診察時に至っても、見当識障害を呈するなどアルコール離脱症候群の症状が継続していた。また、太郎は、本件保護房に拘禁された七月二二日夜以降は、アルコール離脱症候群のせん妄、精神運動性興奮により眠れない状態となった上、食事も、同日の昼食から残すようになり、本件保護房に拘禁されてからはほとんど食べなくなっていた。太郎は、このようにアルコール離脱症候群の早期離脱症状から振戦せん妄状態へ移行した状況の下で、食事不摂取、不眠の継続による体力の低下及び自律神経失調により、身体の防御機能が失われやすくなっていたところに、自律神経症状として、発汗、発熱作用が亢進し、本件保護房拘禁中は前記認定した室温・湿度の環境下に、水分の補給も不十分なまま、精神運動性興奮による激しい情動行動や体動により発汗が一層促進された結果、脱水やうつ熱状態が相加的に進行し、その影響により最終的には左心不全から高度の肺うっ血及び腎不全に至り死亡したものと認められる。

イ これに対し、被告は、前記認定の死亡に至る機序は認めつつ、それは原因疾患を特定するものではなく、太郎は、①本件診察時点において、アルコール離脱症候群であったとしても、顕著な脱水症状はみられず、致死的な状態ではなかったのであり、その後死亡までの約一二時間の間に急性症状により死亡したのであるから、突然死であり、具体的には、②前記機序に、アルコール離脱症候群に特有な何らかの未知の要因及び電解質や自律神経の問題などが複合的に関与して死亡するに至ったものであると主張する。また、上記②の主張との関係は必ずしも明らかでないが、これとは異なり、③太郎は、本件診察後に急性症状としての心筋梗塞により死亡したものであると主張している部分がある。

(ア) ①の主張について

本件診察時における太郎の血圧、脈拍の測定値が正常の範囲内にあることは前記認定のとおりであり、証拠(証人I、同A医師、同J)中には、その測定値を前提にすると、当時の太郎の脱水状況は高度なものとはいえず、また、太郎はその時点で致死的な状態ではなかったとする部分がある。

しかし、そもそも、本件診察においては、一般にバイタルサインの一つとされる体温検査に加え、血液検査も行われていないこと、本件診察をしたA医師及び太郎の血圧、脈拍を測定した看護婦は、太郎に脅威を感じながら診察ないし測定し、いずれも太郎が「ヒレ」や「冷蔵庫」といった特異な言動をしたことすら覚知していない状態であったことは前記認定のとおりであり、本件視察における診断や測定の正確性には疑問が残ること、脱水状態の程度の判断は、バイタルサインに加えて、血液検査等を行っても困難なものであること(証人J第一一回五〇項、第一三回六三ページ)、太郎の死亡時ないし剖検時に高度の脱水症状があるとすれば、それまでの約十数時間で急激に高度の脱水症状が進むとは考えにくく、徐々に進行したとみるのが自然であること(証人J第一一回一四八、一四九項)、バイタルサインは常に変動するものであり、本件診察時にたまたま正常の範囲内の測定値が出た可能性があること(証人I第一二回一二項、二七項)からすると、本件診察における太郎の血圧、脈拍の測定値をもって、その当時、太郎の脱水症状が軽微であったとは直ちにいえない。むしろ、剖検時に太郎が高度の脱水状態であったこと(乙1)からすると、その十数時間前の本件診察時に太郎の脱水症状が軽微であったとは到底考え難いこと、証人Jは、他方で、本件診察時の太郎の血圧、脈拍の測定値が記載された資料(乙24、28、32)をも参考にした上で、「浜田支所入所後に太郎に出現したせん妄の原因はアルコール離脱症候群であり、『太郎の同支所入所から死亡までの行動状況や、乙1の鑑定書に示された肝臓の病理所見等を総合的に勘案し、太郎が死に至った原因、あるいはそのメカニズムについて考えると、太郎は高度の脱水状況に陥っており、このため急性循環不全を来したか、あるいは、脱水のため身体内の電解質のバランスが崩れて異常を来し、腎不全状態から体外にカリウムが排出されずに高カリウム状態に陥り、それが原因で致死性の不整脈を来たし、死亡したものと思われる。』。このことは、乙1の鑑定書の所見において、心臓については心筋融解及び心筋断裂が左心室に著明であって、急速な左心不全から虚血状態が生じたと推測できること、腎臓については、多数の脱落した尿細管上皮の尿細管腔内占拠があり、尿細管壊死から腎不全へ進行したことや肺については、肺胞内出血を伴ったうっ血が極めて高度であり、左心系のうっ血が高まったことによって生じたものと推測されることと矛盾しない。(中略)太郎は、あくまでもアルコール依存症の離脱症状である振戦せん妄に基づいて、発汗作用が極度に促進されたため、脱水症状を引き起こし、それが原因で電解質異常を来し、急性循環不全によって死亡したものであって、高温多湿や環境や運動活性はその脱水を助長したにすぎないことから、熱射病は主たる原因でないと考えるべきである。」として(乙42)、太郎に高度の脱水症状があったことを認めていることに加え、前記認定した浜田支所入所後の太郎の症状、行動、給水状況、本件保護房の状況等をも勘案すると、本件診察時、太郎の脱水症状はかなり進行していたものと推認することができる。よって、前記①の主張のうち、本件診察時点で太郎に顕著な脱水症状はみられなかったとする部分は、そのまま採用できない。

また、証人Jは、本件診察が行われた七月二四日の太郎の状態について、非常に重篤な問題が隠されていた可能性を否定できず、非常に高度の医療が可能な病院でなければ対処できなかった可能性があるとしていること(同人第一三回一八、五〇ページ)に照らすと、致死的な状態ではなかったとする部分もそのまま採用できない。

(イ) ②の主張について

まず、証拠(証人J)中には、突然死とは、突然であること、予期し得ないものであること、死因が不明であることの三つを要素とするものをいい、file_3.jpg太郎の本件診察時における血圧、脈拍の測定値からすれば、太郎は当時、高度の脱水症状になっていたとはいえないこと、file_4.jpgそうだとすれば、脱水のみで太郎の循環器不全等が起きたとは考えられず、自律神経や内分泌の問題、さらにはアルコール依存症の患者に特異的な身体的要因等、未知の要因が複合的に関与して太郎が死亡するに至ったものであるから、その死因は、原因不明の突然死であるとしている部分がある。

しかし、前記file_5.jpgについて、本件診察時の太郎の血圧、脈拍の測定値にかかわらず、その当時、太郎の脱水症状がかなり進行していたものと推認できるのは前判示のとおりであり、太郎が高度の脱水症状でなかったとはいえず、前記②の主張はその前提を欠くものといわざるを得ないから、上記主張はそのまま採用できない。

(ウ) ③の主張について

a 証拠(乙1、34ないし36)によれば、以下の事実ないし医学上の知見が認められる。

(a) 剖検における法医病理学検査によれば、太郎の心臓(左室、中隔及び右室)は、好酸性に富み、うっ血、心筋融解及び心筋断裂が認められた。心筋融解及び心筋断裂は、特に、左室壁に顕著で、一部に過収縮帯壊死が認められたほか、左冠状動脈の硬化と血管腔狭窄所見が認められた。また、肝臓は、全体的に比較的高度のアルコール性脂肪肝の所見を呈していた。

なお、剖検における内景所見(胸腔部開検)によれば、太郎の心臓の冠状血管は左右ともに起始部が約六割程度狭窄し、一部石灰化していた。また、心筋割面には著変はなかった。

これらを踏まえ、剖検を担当した木村医師は、おそらく高体温の影響や急速な左心不全から虚血状態が生じたこと、太郎の死亡までの経過で、アルコール性脂肪肝及び冠状動脈硬化が、特に水分の漏出や左心不全状態の助長に影響を及ぼしたことは否定できないものと推測した。

(b) 心筋梗塞に関する医学上の知見

心筋梗塞は、病理学的には高度の虚血に伴う急性不可逆性心筋壊死である。虚血に伴う急性不可逆性心筋壊死は、凝固壊死と収縮帯壊死に区別される。このうち、凝固壊死は、高度の虚血が持続したときに生じ、細胞質が好酸性となる急性心筋梗塞の最も一般的な壊死形態である。他方、収縮帯壊死は過収縮帯を有する心筋壊死であり、種々の異なった状態で出現し、カリウム欠乏や無酸素状態、低体温等の緒条件でも収縮帯壊死が起きることがある。

冠動脈の狭窄については、冠動脈内径の五〇パーセントから七五パーセント以上(わが国では七五パーセント)の狭窄を有意な冠狭窄とし、この有意冠狭窄を有する冠動脈の本数(右冠動脈、左冠動脈前下行枝及び回旋枝の三本中の本数)をもって冠動脈病変を一枝、二枝、三枝病変と定義し、二枝病変以上を多枝病変という。このうち、左冠動脈主幹部(左冠動脈起始部から左前下行枝と回旋枝に分岐するまでの間を指す。)については、五〇パーセントの狭窄をもって有意狭窄とされている。

b そこで、太郎が心筋梗塞により死亡したか検討する。

まず、太郎の心臓が好酸性に富むことは急性心筋梗塞のうちの凝固壊死の所見に合致するものといえるが、これのみで凝固壊死があったとまでは認められない。

次に、前記(a)(本判決<頁略>)の病理学的所見によれば、太郎には、心筋融解及び心筋断裂が左室壁に顕著でありその一部に過収縮帯壊死があったこと、左冠状動脈の硬化と血管腔狭窄の所見があったことが認められ、収縮帯壊死であることを示すような所見があったことが認められる。しかし、木村医師の鑑定(乙1)では、前記のような病理学的所見を踏まえた上で、太郎の死因を検討し、心筋梗塞であるとはしていないのであり、これらをもって、直ちに太郎が心筋梗塞により死亡したとはいえない。

もっとも、太郎には急速な左心不全から虚血状態が生じたこと、その死亡までの経過で、冠動脈硬化が左心不全状態の助長に影響を及ぼしたことは、前記鑑定が指摘するとおりである。しかし、仮に、太郎の直接の死因が上記急速な左心不全から虚血状態が生じたことにあるとしても、証人Jは、「太郎は高度の脱水状態に陥っており、このため急性循環不全を来したか、あるいは、脱水のため身体内の電解質のバランスが崩れて異常を来し、腎不全状態から体外にカリウムが排出されずに高カリウム状態に陥り、それが原因で致死性の不整脈を来たし、死亡したものと思われる。」(乙42)とし、また、振戦せん妄時における自律神経症状により、神経系に異常な興奮が生じ、不整脈又は心筋の障害により急死をもたらす可能性もあるとしており(証人J第一三回二ページ)、太郎の上記虚血状態は、脱水等のアルコール離脱症候群の症状の影響によるものというを妨げないと認められる。

よって、いずれにしても、前記③の主張はそのまま採用できない。

3  浜田支所の職員ないしA医師の注意義務違反の有無について(争点(3)ア)

(1)  浜田支所の職員及び同支所の非常勤の嘱託医であるA医師は、ともに受刑者の処遇を担当する者であり、国家賠償法一条一項の「公務員」に該当するというべきである。

ところで、被告は、監獄法に基づいて受刑者を拘禁しているところ、同法は、病人の治療について「在監者疾病ニ罹リタルトキハ医師ヲシテ治療セシメ必要アルトキハ之ヲ病監ニ収容ス」(四〇条)、「病者医師ヲ指定シ自費ヲ以テ治療ヲ補助セシメンコトヲ請フトキハ情状ニ因リ之ヲ許スコトヲ得」(四二条)、「精神病、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律ニ定ムル感染症其他ノ疾病ニ罹リ監獄ニ在テ適当ノ治療ヲ施スコト能ハスト認ムル病者ハ情状ニ因リ仮ニ之ヲ病院ニ移送スルコトヲ得」(四三条)と規定し、同法施行規則一一七条一項は「治療ノ為メ特ニ必要アリト認ムルトキハ所長ハ監獄ノ医師ニ非サル医師ヲシテ治療ヲ補助セシムルコトヲ得」としている。

したがって、浜田支所長はもとより、その部下である同支所の職員は、前記法令及び規則に基づいて、被拘禁者の生命、身体を保全し、かつその健康が害されることのないよう注意し、もし被拘禁者が疾病にかかった場合には、非常勤の嘱託医であるA医師(同医師に差し支えがあり、緊急を要する場合には他の専門医)の診察を受けさせ、これら医師に被拘禁者の病状、容態の推移を的確に診断させた上で、必要のあるときは病監あるいは病院等の施設に収容あるいは移送するなどの適切な措置を講じ、もって自由が拘束され、自己決定に基づいて自力ではその回復措置のとれない状態のある被拘禁者の生命、身体の保持に努める注意義務を負っていると解すべきである。

次に、非常勤の嘱託医であるA医師は、専門家である監獄の医師として、被拘禁者の病状、容態の推移を的確に診断して適切な治療をすることはもちろん、浜田支所内に収容継続する場合には、その職員に対して、被拘禁者に対する観察、措置等について適切に指示し、また、治療上必要のあるときは、遅滞なく病監あるいは病院等の施設に収容あるいは移送するなどの適切な措置を講じ、もって被拘禁者の生命、身体の保持に努める注意義務を負っていると解すべきである。

そこで、以下では、前記見地から、太郎の死亡について、浜田支所の職員及びA医師の注意義務違反が認められるかについて検討する。

(2)  入所時から七月二一日までの注意義務違反について

ア 浜田支所が、太郎の入所した七月一九日に入所時の健康診断を実施しなかったのは前記認定のとおりであるところ、監獄法施行規則一三条は、「新ニ入監スル者アルトキハ監獄ノ医師其健康ヲ診査ス可シ」と規定している。この規定は、新入所者に対し、医師による健康診断を実施することにより、その健康状態、疾病の有無を確認し、もって処遇の参考にするとともに、入所者の生命、身体の安全を確保する趣旨と解される。とすれば、前記健康診断は、入所時のできるだけ早い時期に実施されるのが望ましいことはいうまでないが、入所時に直ちに医師による健康診断を必ずしなければならないという趣旨ではないと解される。よって、入所後に直ちに健康診断をしないからといって当然に浜田支所の職員に注意義務違反があったとはいえない。

本件においては、前記認定のとおり、太郎が入所手続及び領置品調べを受けた際、人定事項、入所歴、現在の健康状態、アルコール臭等に関する質問に対し、「夕べ飲んだだけです。健康です。」などと答え、強いアルコール臭を漂わせていたことを除いて、特に異常が認められなかったことに照らすと、太郎が飲酒運転で浜田支所に入所することになったことや他に同種前科が存在することを考慮しても、医学の専門家でない浜田支所の職員において、太郎が当時アルコール依存症にり患しており、かつ今後、断酒によるアルコール離脱症候群を発症するということを予想すべきであったとまではいえない。よって、この時点で、浜田支所の職員が、太郎に対し、医師による診察、診断を受けさせなかったことをもって注意義務違反があったとはいえない。

イ 次に、太郎が七月二〇日、二一日の二日間に亘り、手が震えて身上調査関係書類が書けないと申し出たこと、また、同月二一日の午後六時二〇分と午後八時一五分ころには、暑くて汗が出るのでブラインドを上げるよう求めたことは前記認定のとおりであり、太郎の手の震え(手指振戦)や発汗の症状からすると、太郎にはアルコール離脱症候群の早期離脱期における症状が現われていたと考えられる。そして、前判示の医学上の知見及び証拠(証人J)によれば、早期離脱症状が出現したこの段階で、太郎に対し、ジアゼパムを投与していれば、振戦せん妄への移行を防ぐことができた可能性が大きいことが認められる。しかし、他方で、前記認定のとおり、太郎が同月二〇、二一日の両日、三食ともほぼ全量喫食し、手の震え、発汗等を除いて、特異な動静が認められなかったこと、証人Iも同月二一日までに医師が太郎を診察しなかったことに落ち度があったとまではいえないと証言していることに照らすと、浜田支所の職員が、同日までに、太郎に対し、医師の診察、診断をさせなかったことをもって直ちに注意義務違反があったとまではいえない。

(3)  七月二二に太郎に幻視が出現した時点における注意義務違反について

太郎が、七月二二日午後〇時二五分に子犬がいると、また、同日午後一時ころに、そこに虫がおる、あんまり眠れないなどと述べ、太郎に幻視の症状が見られたこと、そのため、BがA医師にその状況等を電話で報告したところ、A医師は太郎が食事をとっていること等から実際に診察する必要はないとして、太郎を直接診察することなく、太郎にはアルコール依存症の疑いがあり、不眠に対してレンドルミン(一日一錠就寝前服用)の投与を指示したことは前記認定のとおりである。

ア 浜田支所の職員の注意義務違反について

原告らは、Bら浜田支所の職員としては、幻視の症状が出現した七月二二日午後一時ころの段階で、A医師の指示を鵜呑みにするのではなく、アルコール依存症の診断・予後について、自ら検討し、A医師にさらに相談したり、アルコール依存症の専門領域である精神科医に対し、その判断(診察・治療・転院の必要性等)を仰ぐ等、適切な医療措置をとるべきであったと主張する。

前記認定した医学上の知見によれば、幻視等の幻覚は、早期離脱期から後期離脱期に移行する段階でみられるほか、後期離脱症状であるせん妄の症状として出現するが、後者であれば、不安や興奮が強まり、精神運動性興奮を伴うところ、前記幻視の症状が出現した七月二二日昼ごろの太郎には精神運動性興奮はみられなかったことに照らすと、当時の太郎は、早期離脱症から後期離脱症に移行していた段階であると推認することができる。したがって、浜田支所が、この時点で、太郎を診察させ、この段階でジアゼパムを投与させていれば、離脱症状を軽減し、緩和し、予後を異なるものにできた可能性があったといえる(なお、証人Jの証言中には、前記時点で、すでにせん妄が始まっており、ジアゼパムを投与しても、一旦火がついたせん妄を消すのは困難であるとする部分があるが、他方で、早期から大量のジアゼパムを注射していれば、せん妄が出現しなかった可能性がある(第一三回三二ページ。)、あるいは、幻視が出現した七月二二日を含めて、できるだけ早く積極的な治療をしていれば、太郎が回復する可能性は高かった(第一三回二〇、二一ページ)とも証言しており、証人Jの証言を全体としてみれば、ジアゼパム投与による離脱症状の軽減、緩和の可能性を否定するものとまではいえない。)。しかし、当時の浜田支所においては、A医師を非常勤の嘱託医として、A医師に疾病にかかった受刑者の診察、治療をさせる態勢であったから、特段の事情のない限り、浜田支所の職員がA医師の指示に従うのは当然であって、むしろ医療の専門家ではない職員がA医師の専門的判断に対して、その適否を検討することはその職務範囲を超えるものであって、適切ではない。そして、Bは、アルコール依存症については、その経験から禁酒による禁断症状は数日間で治まるとの認識を有しているにすぎず(乙39、証人B一六九項)、正確・的確な医学的知見や知識を有していたとは解されないこと、前記認定のとおり、同日午前中には、太郎は作業に専念し、また、食事も、朝食はほぼ全食喫食し、昼食は主食の三分の一及び副食の全量を喫食していたことを考慮すると、浜田支所の職員においてA医師の指示に疑問をもって、検討すべき特段の事情があるとはいえない。したがって、原告らの前記主張は採用できない。

イ A医師の注意義務違反について

原告らは、A医師が太郎を直接診察することなく、七月二二日午後一時ころ、Bに対し、前記レンドルミン投与の指示をした点について、①医師法違反の無診察治療をした注意義務違反、②投薬すべき薬の選択を誤った注意義務違反、③内科医として浜田支所の職員にすべき指示を怠った注意義務違反、④精神科医との協力ないし転医をすべき注意義務違反があると主張する。そこで、この時点におけるA医師の注意義務違反につき検討する。

(ア) まず、①の無診察医療について検討する。

医師法二〇条は、医師が自ら診察しないで治療をし、若しくは処方せんを交付してはならないと規定しており、例えばそれまで相当期間にわたって診療を続けてきた患者から電話で照会があり、特に急変も認められない場合に適当な指示を与えるときや一刻を争うような緊急状態の場合に電話で指示することもやむを得ないときは格別、そうでなければ、医師が電話で容態等を聞いたのみで患者の診断を行ったり、治療方法や投薬を指示することは同条に反すると解される。前記認定した事実及び証拠(証人J第一三回二四ページ)によれば、A医師は、太郎を診察するのは初めてであり、当時、診察をしないで投薬の指示をしなければならない緊急の必要性があったとは言い難かったことが認められる。したがって、A医師がBの電話による報告のみでレンドルミンの投与を指示したことは医師法違反の無診察治療に当たるというべきである。ただ、A医師は、電話による診察であったこともあり、安全であるが、ほとんど効果のない(証人J第一一回一六四項、同I第一〇回五四項)レンドルミンの就寝前一錠服用を指示したにすぎず、その治療(レンドルミンの投与)そのものが太郎の死亡を招来したとはいえないから、A医師の無診察による治療それ自体(レンドルミンの投与)をもって、直ちにA医師に太郎の生命、身体を保全すべき医師としての注意義務違反があったとまではいえない。

(イ) 次に、②ないし④について検討する。

a  前記のとおり、医学上の知見として、アルコール離脱症候群に対しては、精神科的措置として、早期離脱の段階で、ジアゼパムを投与して振戦せん妄への移行を防止するとともに、内科的措置として、アルコール離脱症候群の患者によくみられる脱水症状、電解質の異常、心臓、肝臓等の内臓疾患等の重篤な合併症の有無をまず把握し、これが認められるときには、合併症に対する管理、治療を行うことが肝要であり、これらの措置を行えば、アルコール離脱症候群に伴う死亡をかなり防止できるが、逆にこれを怠れば、死亡の危険が増大することが認められる。

本件についてみれば、七月二二日昼以降の早い段階で太郎に対し、ジアゼパムを投与していれば、太郎の離脱症状を軽減、緩和し、予後を異なるものにできた可能性があることは前判示のとおりである。証人Jも、太郎の死因には脱水だけでは説明しきれない不明ないし未知の原因があることを前提に、本件診察の前のできるだけ早い段階で、太郎を細かく診断し、しかるべき設備のあるところで、離脱期の管理、身体管理を十分に行っていれば、太郎の死亡した確率はかなり低くなったとしている(証人J第一三回五、四四、六〇、六六ぺージ)。そうすると、A医師が七月二二日にBから報告を受けた後のできるだけ近い時点で、太郎を診察して、既往歴、飲酒歴等の問診(この時点であれば、太郎の意識障害の程度はそれほどでなく、問診により、太郎から肝機能の既往歴や飲酒歴を聴取し、合併症の存在を具体的に疑うべき情報や離脱症状の程度等を的確に判定する情報を得られた可能性が高い。)等により、それまでに出現していた手指振戦、幻視等の症状がアルコール離脱症候群によるものか、あるいは薬物中毒等他の原因によるものか、鑑別して、アルコール離脱症候群と確定診断した上で、太郎に対し、精神科的措置として、ジアゼパムを投与するとともに、内科的措置として、脱水症状、電解質の異常、内臓疾患等の重篤な合併症の有無を検索し、その結果に応じた適切な全身管理(水分及び食事管理、合併症に対する治療等)を行っていれば、太郎が前判示の機序により死亡することを回避し得た蓋然性が高いことが認められる(なお、仮に、以上の措置が浜田支所では設備上、管理上困難というのであれば、A医院に来院させるなり、他の専門医に転送させる必要があったというべきである。)。

b  前記認定した事実及び証拠(乙40、証人A医師)によれば、A医師は、七月二二日にBから報告を受けた太郎の入所時以降の状況等から、すでに太郎はアルコール依存症であるとの疑いを持ち、また、当時、アルコール依存症に関する医学上の知見として、アルコール離脱症候群の症状に対してはジアゼパムが一般的に使用されていること(証人A医師二五七項)、アルコール障害は全身病であり、アルコール離脱症候群の患者の場合には、肝機能障害、糖尿、尿酸等が疑われること(同二六二項)、アルコール離脱症候群の症状として、不眠、興奮、幻視等の症状が出現する可能性があり(同三七四、三七八、三七九項)、また、脱水症状が悪化した場合には死に至る可能性があること(同二五六、三一五項)を認識していたことが認められる。さらに、A医師は、浜田支所ではなく、病院であれば、アルコール離脱症候群の患者の肝機能障害等に対する診察、検査を行っていたであろうと証言している(同二六二、二六三項)。このように、A医師は、太郎の前記状況等を把握し、アルコール離脱症候群についての医学的知見も有していたのであり、しかも、太郎に対する入所時の健康診断が実施されておらず、この時点で太郎に幻視等のアルコール離脱症候群を疑うべき症状が出現したのであるから、前判示の監獄法施行規則一三条の趣旨に照らせば、この時点で、太郎を診察して健康診断をした上で、前記a(本判決<頁略>)の精神科的措置及び内科的措置を講じるべき注意義務があったというべきである。ところが、A医師は、太郎に対し、同人が七月二二日の昼食までほぼ食事をとっていたことなどから診察の必要はないものと安易に判断して、レンドルミンを投与して様子をみることとし、前記精神科的措置はもちろん、内科医としても内科的措置も何ら講じなかったものであり前記注意義務違反があるというべきである。以上のような意味で、原告らの②ないし④の主張は理由がある。

c これに対し、被告は、①浜田支所の非常勤の嘱託医であるA医師の診療行為につき、国家賠償法上の注意義務違反が認められるか否かについては、同医師が開業医であることを考慮すべきである、②医師の転医義務等の有無については、個々の事案毎に、一刻を争う緊急性の有無や付近に存在する診療機関の性格、当該疾病の医学的知見の確立の有無等諸事情を総合的に判断して決すべきである、③そのような観点から、本件において、ジアゼパムの投与及び合併症の有無の検索等は確定診断や入院を前提にした措置であり、開業医の嘱託医であるA医師が、太郎が七月二二日の昼食まで食事をほぼ喫食していたこと等から、太郎を診察に行く必要はないと判断し、安全性の高いレンドルミンを投与して、様子をみようとしたことに不適切な点はないと主張するもののようである。

たしかに、受刑者に対する拘禁の目的、行刑施設のあり方、国の限られた予算、配置定員等の事情に照らすと、ある施設について嘱託医制を採用することもやむを得ない面があることは否定できない。しかし、被拘禁者は、そもそもどこの受刑施設に拘禁されるか選択できない上、拘禁されれば、自己の意思に基づいて、任意に診療機関を選択することができないことにかんがみれば、被告としては、被拘禁者が拘禁された施設如何により、受けることができる医療的措置に差異の生じないよう配慮することが要請されているものと考えられる。しかも、開業医を嘱託医とした場合には、被拘禁者に対する医療行為に支障の出ることが容易に予想されるのであるから、嘱託医と連絡を密にとり、転医等が円滑に行くよう配慮すべきであり、拘禁されていない一般の患者が自らの意思で開業医を選択した場合と同じ基準で、転医義務の有無を判断することは相当でないというべきである。このような観点から本件をみた場合、A医師は、七月二二日の段階で、太郎を診察して、ジアゼパムの投与及び重篤な合併症の有無の検索をすべきであったのであって、前記措置が、設備ないし管理上、浜田支所で困難というのであれば、太郎をA医院に来院させて自らこれを行うか、これが困難であるというのであれば、他の専門医に転送してこれを行わせるべきであったというべきであり、A医師が開業医の嘱託医であることを根拠にA医師が太郎を診察すらしなかったことを正当化することはできない。また、太郎が、七月二二日の昼食まで、食事をほぼ喫食していたことはそのとおりであるが、幻視が出現したアルコール離脱症候群の患者に重篤な合併症がある場合に、これに対する管理、措置を怠れば、死亡する危険があるのは前記のとおりであり、合併症の有無の検索をすることもなく、単に食事等の状況のみから診察に行く必要はないとした判断は相当でないから、被告の前記主張は採用できない。

(4)  本件保護房拘禁前から本件診察時までの注意義務違反について

ア 浜田支所の職員の注意義務違反について

(ア) 本件保護房拘禁の事前又は直後に受診をさせなかった点について

保護房通達(甲13)は、「精神又は身体に異常のある者については、医師が診察をし、健康に害がないと認められるときでなければ、その者を保護房に拘禁してはならない。ただし、急速を要し、あらかじめ医師が診察できないときは、拘禁後直ちに医師が診察しなければならない。」と規定している。この規定の趣旨は、精神又は身体に異常のある被拘禁者を保護房に拘禁した場合、保護房が普通房に比して抑制的であることや加療、看護等の措置をとることが困難であることにかんがみ、医療上の観点から拘禁の是非について医師の判断を経ることにし、もって、被拘禁者の生命、身体の保全を確保しようとする趣旨と解される。そうすると、精神又は身体に異常のあるか否かの最終的な判断も医師によるべきものと解するのが相当である。前記認定のとおり、太郎は、七月二二日午後八時四五分ころ、A医師の指示に従って、レンドルミンを服用したにもかかわらず、房内をはいかいし、同日午後九時二〇分ころには幻視、精神運動性興奮等の症状が顕著となり、本件保護房に拘禁した午後九時五〇分以後も治まらず、その後も翌七月二三日朝にかけて、はいかい等が一〇時間以上継続したというのであって、太郎の精神に異常があることは誰の目から見ても明らかである。精神科医からすると、本件保護房拘禁当時における太郎は、せん妄によって精神運動性興奮が亢進している状態であり、精神的に異常がある場合に該当するとしている(証人J第一一回一六九、一七〇項、同Ⅰ第一〇回六三項)。ところが、Bは、医師の意見を聞くこともなく、過去のアルコール依存症を収容処遇した経験等かち、太郎の前記症状は数日内には治まり、意識障害も回復するものと考え、保護房通達の「精神又は身体に異常がある者」には該当しないと誤った判断をした。したがって、Bら浜田支所の職員が、太郎の本件保護房拘禁の事前又は直後に医師の診察を受けさせなかったことが保護房通達に違反することは明らかである。

さらに、前記認定のとおり、本件保護房拘禁当時の太郎の状態が異常であることは自明であるから、Bら浜田支所の職員が、この時点で、太郎に対し、医師による入所時健康診断を受けさせなかったことは監獄法施行規則一三条にも反するものといわなければならない。

Bら浜佃支所の職員が、保護房通達及び監獄法施行規則一三条を遵守して、太郎の本件保護房拘禁の事前又は直後に、太郎を医師に診察させ、医師において後記第3の3(4)イ(ア)(本判決<頁略>)記載の措置をとっていれば、太郎の死亡を回避し得た蓋然性が高いことは後記第3の4(本判決<頁略>)のとおりであるから、Bら浜田支所の職員が太郎の本件保護房拘禁の事前又は事後に医師の診断を不要と判断し、太郎が医師の判断を受ける機会を逸しせしめたことには太郎の生命、身体を保全すべき浜田支所の職員として注意義務違反があったというべきである。

(イ)  その後本件診察まで受診させなかった点について

Bは、その後七月二三日午前一〇時ころまで、太郎の動静、状況をA医師に報告せず、同時点における報告の際も、太郎がなお興奮状態にあり、A医師に暴行するおそれがあると判断して、同医師にもう少し落ち着いたらお願いしたいとして診察を先延ばしにしたこと、その後、太郎は、本件保護房内で下半身裸になり、職員がパンツ等をはかせようとしても拒んだりするなど、明らかな異常が見られたこと、浜田支所の職員は、同日夜には医師から指示されたレンドルミンの投与ができなかったことを医師に報告すらしていないこと、浜田支所の職員は、七月二四日朝には、太郎が依然として、意味不明の独り言やはいかいをしていたが、興奮状態はやや治まり、心情安定の兆しがあると判断し、医師による診断が可能な状態になったと考えられるにもかかわらず、A医師に直ちに診察を依頼せず、結局本件診察まで太郎に対する医師の診察がなされなかったことは前記認定のとおりである。その結果、太郎は、七月二二日夜以降、本件保護房内で、何ら医学的な措置を講じられないまま、せん妄及び精神運動性興奮の継続により発汗し、さらに十分な水分補給がされなかったため、脱水症状やうつ熱を相加的に進行させる結果となったといえる。そして、後記第3の4(本判決<頁略>)のとおり、七月二三日午前一〇時ころから同日中に、医師において後記第3の3(4)イ(ア)(本判決<頁略>)記載の措置をとっていれば、太郎の死亡を回避し得た蓋然性が高いし、その後も翌七月二四日朝までに医師において後記同イ(ウ)(本判決<頁略>)記載の措置をとっていれば、太郎の死亡を回避し得た可能性がなおあったといえるから、浜田支所の職員が、七月二四日朝までに医師の診察を受診させず、太郎が医師の診断を受ける機会を逸しせしめたことには太郎の生命、身体を保全すべき浜田支所の職員として注意義務違反があるというべきである。

(ウ) これに対し、被告は、太郎がせん妄による精神運動性興奮にある間は、医師に対し暴行を働くおそれがある上、診察してもバイタルサインの正確な測定ができず、適切な医療行為をすることはできなかったなどとし、七月二四日まで太郎を医師に受診させなかったことに注意義務違反はないなどと主張している。

しかし、証拠(証人A医師六、七、二九六項、証人Ⅰ第一〇回一九ないし二一項)によれば、A医師は、昭和五六年九月から浜田支所の嘱託医となり、同支所で被拘禁者の診察をしているが、その際には、同支所の職員が二人位立ち会っており、被拘禁者が暴れたという経験を有していないこと、証人であるⅠも、医師として、三二年間勤務した松江日赤病院精神科で、精神障害者を保護室で診察したり、平成三年以降は松江刑務所から依頼を受け、七例のアルコール依存症の者を含む被拘禁者を診察したりしているが、いずれも職員等が立ち会っており、暴行等により診察ができなかったという経験を有していないことが認められる。したがって、被告の主張する暴行を受けるおそれは抽象的なものといわざるを得ない。しかも、当時、太郎のせん妄による意識障害はかなり進んでおり、自分の症状を的確に訴えることが困難であることからすれば、医師が診察した上で、適切な管理をすることが一層必要であったというべきである。(証人J第一一回一〇一項参照)。したがって、仮に太郎が暴れるなどして、医師による診察が困難な状態があったとしても、浜田支所として、これに対する対策を講じた上で、医師に受診させるべきであったというべきである。また、浜田支所の職員は、自ら太郎の興奮状態がやや治まり、心情安定の兆しがあると判断した七月二四日朝にも直ちに医師の診察を依頼していないのは前記のとおりである。これらのことからすると、被告の前記主張は採用できない。

イ A医師の注意義務違反について

(ア)  前記認定のとおり、A医師は、七月二三日午前一〇時ころ、Bから、太郎を本件保護房に拘禁したことや本件保護房拘禁前からの太郎の動静等の報告を受け、太郎のせん妄、精神運動性興奮が一晩中一〇時間以上継続していることを把握しており、医師としては当時の太郎の精神又は身体が異常であることを当然認識すべきであった。しかも、前記認定のとおり、A医師は、当時、前記記載のアルコール離脱症候群に関する医学上の知見や保護房通達の内容を認識していたし(証人A医師三四〇項)、七月二三日にBから報告を受けた時点で太郎の症状がアルコール離脱症候群の典型症例であり、脱水症状のおそれがあること、脱水症状が悪化すると血液濃縮に至り死に至る可能性もあると認識していた(同三一四、三一五項)ことに照らすと、浜田支所の嘱託医として、A医師は、保護房通達及び監獄法施行規則=二条に則り、太郎を診察して、太郎をアルコール離脱症候群と確定診断し、後記の内科的措置をとるために必要があれば、太郎の精神運動性興奮を鎮静化する措置(前記医学上の知見によれば、ジアゼパムの大量投与やハロペリドールの投与が考えられる。)をとった上で、内科的措置として、脱水症状、電解質の異常、内臓疾患等の重篤な合併症の有無を検索し(当時、太郎がせん妄による精神運動性興奮にあることに照らすと、太郎に対する問診により既往歴、飲酒歴等の正確な情報を得るのは困難であると推認できるから、前判示の「私の履歴書」の記載内容や場合によっては、家族、太郎が診察を受けた他の医療機関から情報を収集する必要があると考えられる。)、その結果に応じた適切な全身管理(水分及び食事管理、合併症に対する治療等)を行うべき注意義務があったというべきである。仮に、以上の措置が、浜田支所では設備上、管理上困難であるとか、内科医であるA医師には無理というのであれば、A医院に来院させるなり、他の専門医のいる設備の整った医療機関に転送させる必要があったというべきである。そして、この時点で、前記措置をとっていれば、太郎が前判示の機序により死亡することを回避し得た蓋然性が高いことが認められることは既に前記第3の3(4)ア(イ)(本判決<頁略>)のとおりである。ところが、A医師は、太郎を直接診察すらすることなく、大声を出して暴れるほどの体力があるなら、緊急に往診する必要はないと誤った判断をして、本件診察をするまで太郎が前記措置を受ける機会を逸しせしめたのであるから、浜田支所の嘱託医として、太郎の生命、身体を保全すべき注意義務違反がある。

(イ)  また、A医師は、Bから報告を受けた七月二三日午前一〇時ころの時点で、前記記載の注意義務を果たさなかったばかりか、太郎の体中から大量の発汗があり、脱水症状の危険があることを認識していた上、せん妄、精神運動性興奮状態が続いている太郎に対し、水分を与えることが困難であることは容易に予見し得た(証人Ⅰ第一〇回六五項)にもかかわらず、浜田支所の職員に対し、太郎に対する給水管理について、単に水分を取らせるように指示したのみで、具体的な給水量の指示はもちろん太郎に対する給水量を把握することの指示を行わなかったこと、その結果、太郎に対する給水が不十分になり、脱水症状を促進することとなったことは前記のとおりであり、給水管理のための具体的指示をしなかったことは、医師として注意義務違反がある。

(ウ)  また、浜田支所の職員が、七月二四日朝、A医師に対し、電話で、太郎がなお意味不明の独り言を言っているが、今朝方から落ち着いたので診察に来て欲しいとの依頼したことは前記認定のとおりであり、そうすると、太郎のせん妄がなお継続している一方で、太郎に対する診察が可能な状態になったといえるのであるから、A医師は、浜田支所の嘱託医として、保護房通達及び監獄法施行規則一三条に則り、太郎を診察して、太郎をアルコール離脱症候群と確定診断し、前記(ア)(本判決<頁略>)と同様の措置、特に、脱水症状、電解質の異常、内臓疾患等の重篤な合併症の有無を検索し、その結果に応じた適切な全身管理(水分及び食事管理、合併症に対する治療等)を行うべき注意義務があったというべきである。仮に、以上の措置が、浜田支所では設備上、管理上困難であるとか、内科医であるA医師には無理というのであれば、A医院に来院させるなり、他の専門医のいる設備の整った医療機関に転送させる必要があったというべきである。そしてこの時点で、A医師が、前記措置をとっていれば、太郎が前判示の機序により死亡することを回避し得た可能性がなおあったことは前記第3の3(4)ア(イ)(本判決<頁略>)のとおりであるから、A医師には、この時点で直ちに診察せず、太郎が前記措置を受ける機会を逸しせしめたことについて、浜田支所の嘱託医として、太郎の生命、身体を保全すべき注意義務違反がある。

(エ)  本件診察における注意義務違反について

A医師は、七月二四日午後二時三八分から四六分までの間、本件診察を行い、太郎の血圧、脈拍の測定値、お茶を飲む様子等の動静から太郎に脱水症状はあっても軽微であり、アルコール離脱症状は回復期に向かっており、お茶を嚥下障害もなく飲むことができたことから輸液や病院に転送する必要はなく、このまま本件保護房拘禁を継続しても差し支えないものと判断したことは前記認定のとおりである。しかし、前判示のとおり、太郎の体力は、本件診察当時、食事不摂取、不眠の継続により低下し、また、「ヒレ」や「冷蔵庫」の話にみられるように、なおせん妄による見当識障害が続いていた上、脱水症状はかなり進行していたと推認できること、七月二四日時点、とりわけ本件診察時の太郎には非常に重篤な問題が隠されていた可能性を否定できず、高度医療が可能な病院でなければ対処ができない状態であった可能性があったともいえること(証人J)に照らすと、A医師が、本件診察に基づいて前記のとおり診断したことは誤りであったといわざるを得ない(これに対し、被告は、本件診察時における太郎の血圧、脈拍の測定値や以前に比べ落ち着いてきていること等からすれば、A医師が太郎の脱水状況が軽微であり、回復期に向かっていると判断したことが不適切とはいえないと主張し、証拠(乙42、証人J)中にはこれに沿う部分がある。しかし、脱水症状の程度の判断はバイタルサインに加えて、血液検査を行っても困難であるにもかかわらず、本件診察では太郎に対する体温測定、血液検査は行われていないこと、バイタルサインは常に変動するものであり、本件診察時にたまたま正常値の範囲内の測定値が出た可能性があるにもかかわらず、浜田支所に入所してから太郎に対する血圧、脈拍等の測定は本件診察時の一回のみであることは前記認定のとおりであり、A医師において、太郎の脱水症状がかなり進んでいると判断できなかった原因の一端は、本件診察時の検査が十分でなかった点やA医師が七月二二日に太郎に幻視が出現して以降、太郎を継続的に診察するなど十分な身体管理をしなかった点にあると考えられる(証人J第一三回四四、四五ページ)に照らすと、A医師が本件診察により、直ちに脱水症状が軽微と判断したことを正当化することはできない。また、本件診察当時、太郎が落ち着いてきたのは、食事不摂取、不眠の継続による体力の低下によるものと考えられるから、太郎が回復期に向かっていると判断したことも直ちに正当化することができず、被告の前記主張は採用できない。)。

このように脱水症状がかなり進み、高度医療が可能な病院でなければ対処ができない状態であったことが否定できない太郎に対しては、医師は、内科的措置として、直ちに輸液を含む水分管理、食事管理等の脱水に対する措置をとるとともに、電解質の異常、内臓疾患等のその他重篤な合併症の有無を精密に検査し、これに対応できるような治療が可能となる措置をとるべきである。前記措置は、高度な医療体制を有する医療機関でなければ無理と考えられるから、A医師としては、本件診察時に太郎の状態を的確に診断し、直ちに高度な医療体制を持つ医療機関に転送すべきであったというべきである。そして、前記時点において、A医師が前記処置をとっていれば、太郎が前判示の機序により死亡することを回避し得た可能性がなおあったことは後記第3の4(本判決<頁略>)のとおりであるから、これを怠ったA医師には、注意義務違反がある。

これに対し、被告は、太郎の死因が原因不明の突然死であることを前提に、A医師において、本件診察時に血圧、脈拍が正常であった太郎がその約一二時間後に死亡することを予見することは不可能であり、A医師に前記措置をとる注意義務違反はないと主張する。しかし、太郎の死因が突然死であるとの被告の主張が採用できないことは前記第3の2(2)イ(本判決<頁略>)のとおりであり、この主張は前提を欠くから、この点において、すでに失当である。また、A医師が、脱水症状が悪化すると血液濃縮に至り、死に至る可能性もあると認識していたことは前記のとおりであり、A医師が、前記第3の3(3)イ(イ)b(本判決<頁略>)以下の各注意義務を果たし、本件診察に至るまでのできるだけ早い時期に太郎を診察し、厳重に身体管理をしていれば、太郎の脱水症状の程度を正確に診断することは可能であったし、正確に診断していれば太郎に死の危険があることは予見可能であったというべきであるから、被告の前記主張は採用できない。

(5)  太郎の死亡に対する太郎の寄与度と前記認定の注意義務違反について

被告は、①受刑施設の職員及び非常勤の嘱託医に注意義務違反が認められるか否かは、被拘禁者が自己の既往症、生活歴等を適切に申告していたかなど、被収容者の結果発生に対する寄与度をも勘案して、総合的に判断して決すべきである、②本件において、太郎が浜田支所に入所するに至ったのは、約二〇年に亘って焼酎一日五合という多量の飲酒を続け、再三に亘って酒気帯び運転で検挙され、ついには実刑判決を受けるに至ったという太郎本人の自己規律、遵法精神の欠如した生活態度に起因する、③太郎は、入所当初、浜田支所職員に対し、自己の飲酒歴、飲酒量、既往症、基礎疾患等について、適切な申告をせず、同職員が原告らの主張する措置をとることは困難であった、④太郎が、前記②③に関し、前記のような長期間かつ多量に亘る飲酒を控え、飲酒運転をしないなど法令を遵守し、入所時に飲酒歴等を正確に申告するなど社会通念上一般人に期待される行動をとっていれば、死亡の結果を回避することが可能であり、太郎の死亡は、専ら本人の違法行為ないし社会通念上相当性を欠いた行為が結果発生に寄与した度合が大きいから、浜田支所の職員及びA医師にはそもそも太郎の生命、身体を保全すべき注意義務がないと主張する。

たしかに、太郎が浜田支所に入所する原因が太郎本人の自己規律、遵法精神の欠如した生活態度にもあることは否定できない。しかし、受刑施設として、そのような者であるからといって、その生命、身体を保全する義務がないとは到底いえない。本件において、前記認定のとおり、太郎に対し、医師による入所時の健康診断は行われていない上、太郎は、入所の際、Bからの現在の健康状態に関する質問に対し、「健康です。」などと答えたにすぎず、自己の既往症、病歴について、ないと嘘の申告をしたとまでは認め難いこと、かえって、Bら浜田支所の職員は、太郎の前歴やアルコール臭から、太郎にかなりの飲酒歴があることを容易に認識し得たのに、被告が問題とする飲酒歴を確認した形跡は本件証拠上見当たらないこと、浜田支所は、太郎が手の震えを押して肝臓等の手術歴を記載した「私の履歴書」を太郎を普通房から出した七月二二日中に回収していると推認できること、その後、太郎がせん妄、精神運動性興奮に陥り、太郎から既往歴、飲酒歴を聴取することが不可能になった後も、太郎の家族や他の医療機関に対し、太郎の既往歴等を調査した形跡がまったくないこと、太郎に異常があることが明らかであったにもかかわらず、保護房通達に反し、医師による診察を受けさせず、何らの医療措置を講じないまま本件保護房拘禁を続けたことに照らすと、本件の太郎の死亡について、太郎本人の違法行為ないし社会通念上相当性を欠いた行為が死亡という結果発生に寄与した度合が大きいなどとはいえず、被告の前記主張は到底採用できない。

4  前記第3の3の各注意義務違反と太郎の死亡との因果関係について(争点(3)イ)

ア  太郎は、前記第3の2(2)(本判決<頁略>)のとおり、アルコール離脱症候群に伴う食事不摂取、不眠の継続により、身体の防御機能が失われやすくなっていたところに、自律神経症状として、発汗、発熱作用が亢進し、これに精神運動性興奮に伴う激しい情動行動・体動や前記認定した室温、湿度の本件保護房の室内環境による発汗の促進、水分の補給が不十分であったことが相乗して、脱水やうつ熱が相加的に進行した結果、最終的には、左心不全から高度の肺うっ血及び腎不全により死亡したものであり、その機序には、アルコール離脱症候群による身体の防御機能の脆弱化、脱水症状の進行が大きく影響していると認められる。

そして、証人Jは、非常に重篤な問題が隠されており、高度医療が可能な病院でなければ対処できない状態にあった可能性がある本件診察の前のできるだけ早い段階で太郎を細かく診察し、しかるべき設備のあるところで、離脱期の管理、身体管理を十分に行っていれば、太郎が死亡した確率はずいぶん低くなったと証言していること、これにかつては一〇ないし二〇パーセントとされていた振戦せん妄による死亡率が一パーセント以下にすることができたのは身体的管理が行き届いたためであるとの前記医学上の知見を総合すれば、本件診察時よりかなり早い段階と認められる七月二二日午後一時ころから同月二三日までの間に、浜田支所の職員及びA医師が前判示の各措置(①A医師が七月二二日にBから報告を受けた時点で、太郎を診察し、前記第3の3(3)イ(イ)a(本判決<頁略>)記載の措置をとるか、②太郎の本件保護房拘禁の事前又は直後に、Bら浜田支所の職員が、保護房通達に則り、太郎に医師の診察を受診させ、医師において、同(4)イ(ア)(本判決<頁略>)記載の措置をとるか、③遅くともA医師がBから報告を受けた七月二三日午前一〇時ころから同日中に、太郎を診察し、上記②と同様の措置をとるか)をとり、その注意義務を尽くしていれば、前記死亡に至る機序の進行を止め、太郎の死亡を回避する蓋然性が高いことを優に認めることができる。また、証人Jによれば、太郎は、本件診察のあった七月二四日には上記重篤な問題を有していた状態にあるものの、高度医療を施せば、なおその死亡を回避し得る可能性があったというのであり、その意味で、同日においても、浜田支所の職員が同日朝までに太郎に医師の診察を受診させ、上記②と同様の措置をとるか、また、本件診察時においても、A医師が前記第3の3(4)イ(エ)(本判決<頁略>)記載の注意義務を尽くしていれば、なお太郎の死亡を回避する可能性があったと認められる。よって、前記の浜田支所の職員及びA医師の各注意義務と太郎の死亡との間に因果関係があるというべきである。

イ  これに対し、被告は、アルコール離脱症候群の場合、病院等で精神科医と内科医の連携により、しかるべき医療機関で十分な管理を行っても、死亡の結果を回避し得ない症例があるとし、太郎の場合も同様であると主張し、証拠(乙42、証人J)中には、これに沿う部分もある。しかし、太郎に対する医学的措置がほとんどなされていない本件を上記症例と同様に考えるのは相当でない上、民事訴訟における因果関係の立証は一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる程度の蓋然性を証明することであり、その立証の程度は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるというべきであるから、被告の前記主張は採用しない。

5  原告らの損害及びその額について(争点(4))

(1)  以上のとおり、被告は、その公権力の行使に当たる浜田支所の職員及びA医師の注意義務違反により、太郎を前記認定の機序により死亡させ、損害を被らせたものといえるから、被告は、国家賠償法一条一項に基づき、原告らの被った損害を賠償すべき義務を負うものといわなければならない。

これに対して、被告は、太郎の既往症、飲酒歴に合致する研究症例(田中論文。乙47)によれば、浜田支所の入所時にアルコール離脱症候群にり患していた太郎の生命予後は極めて不良であり、仮に、太郎が浜田支所において、死亡しなかったとしても、その余命は極めて短期間のものにとどまっていた蓋然性が高く、しかも、太郎がアルコール依存症者のうち最も死亡率の高い年齢階級に属することからすると、太郎にアルコール依存症者の平均死亡年齢(五二歳)に相当する余命期間があったかどうかさえおよそ確定することができないとして、浜田支所の職員及びA医師の前記注意義務違反と原告ら請求に係る損害との間には相当因果関係がないと主張する。

証拠(乙46ない七48)及び弁論の全趣旨によれば、アルコール依存症者の生命予後について、平均死亡年齢は五〇歳代とする報告例があること、田中論文においては、①山梨県内の精神病院に昭和四六年一年間に入院したすべての慢性アルコール中毒患者七六名(以下「Ⅰ群」という。)及び同四九年一年間に入院したすべての慢性アルコール中毒患者一一四名(以下「Ⅱ群」という。)を併せた一九〇例から女性四例を除外した一八六例のうち、生命の予後に関して、昭和五四年七月一日現在において生死の実態を把握できた一七五例(うち死亡者五五名)を調査対象としたこと、②調査対象者の入院時の平均年齢は45.37±0.76歳であり、飲酒開始年齢については、ほぼ連日、日本酒で二ないし三合以上を飲用するようになった年齢と定義した上、Ⅰ群は二〇歳代前半、Ⅱ群は二〇歳代後半で、飲酒期間は約二〇年であること、③アルコール依存症者の平均死亡年齢について、前記二つの対象群で、入院後の任意の経過年数までに死亡するものの割合、死亡数を予測したところ、アルコール依存症者の平均生存年数は、入院時を起点として7.02年であり、入院時の平均年齢が45.37歳であることから、平均死亡年齢の期待値は52.39歳となること、④前記対象者の平均死亡年齢の実測値は51.21歳であり、期待値五2.39歳とほぼ一致していることから、アルコール依存症者の平均死亡年齢を約五二歳と報告していること、⑤調査対象者中死亡したアルコール依存症者の年齢階級別死亡数を調査した結果、三五歳ないし五四歳までの年齢階級では、四〇歳ないし四四歳の年齢階級で高いピークを示していることが認められる。

一方、証拠(甲7、8、21、乙25)によれば、太郎は、二〇歳代前半から肝臓で入院した平成六年ころまで約二〇年間にわたり焼酎を毎日五合程度飲酒していたが、平成六年ころ以降は、酒量が減り、仕事が終わると、焼酎を水割りにして、コップ一、二杯飲む程度になっていたことが認められるほか、太郎が浜田支所に入所した七月当日、四四歳であったこと、その後入所中にアルコール離脱症候群を発症したことは前記のとおりである。

そうすると、太郎の飲酒歴や年齢を機械的に当てはめれば、太郎は田中論文の調査対象者にほぼ合致することが認められる。しかし、太郎と田中論文の研究症例とは、生活の場所について地域的な差異があること、年代的に約二〇年の隔たりがあること、前記認定した医学上の知見のとおり、振戦せん妄による死亡率が飛躍的に改善されており両者が前提とするアルコール依存症ないしアルコール離脱症候群に関する医学水準の程度にはかなり差があることが認められる。そうすると、太郎を田中論文の症例結果に形式的に当てはめて太郎の余命はほとんどなかったなどとは到底いえないから、被告の前記主張は採用できない。

(2)  原告らの損害及びその額

ア 原告次郎の葬祭費

一〇〇万〇〇〇〇円

弁論の全趣旨によれば、太郎の葬儀を原告次郎がとり行ったことが認められるが、太郎の死亡時の年齢、社会的地位その他諸般の事情を考慮すると、その費用は一〇〇万円と認めるのが相当である。

イ 太郎の逸失利益

二六五八万二七八五円

前記前提事実に加え、証拠(甲1ないし4、12、19ないし21、原告次郎本人、同乙野本人)及び弁論の全趣旨によれば、太郎は、死亡当時四四歳の男子であり、服役のため、浜田支所に入所する前の六月にそれまで勤務していたK商店を退職したが、服役を終えたときには、再び同商店に勤務できることとなっていたこと、太郎は、同商店から平成七年一年間の給与として三〇三万一九六〇円を受け取っていたこと、同商店での仕事は漁船員であり、毎年六月から八月ころにかけて休漁期となること、太郎は、原告乙野と平成四年七月ころ出会い、同年八月ころから、同人宅で同居するようになり、内縁関係が成立したが、太郎の収入(給料)は、同人及び原告乙野の生活費の原資となっていたこと、太郎には既往歴として、肝障害、胃潰瘍があるが、入院加療により、平成六年一〇月一一日には、肝機能は正常化し、胃潰瘍についても、病状は順調に治癒してきており、維持療法(内服の継続)と禁酒を継続すれば、特に問題がないとされ、また、その後平成七年七月二六日実施の健康診断においても、たん白が+++、潜血が++であることを除いて、異常所見が認められなかったこと、太郎の死亡後の剖検によれば、心臓について左冠状動脈の硬化、血管腔狭窄、左右冠状血管の狭窄、肝臓について比較的高度のアルコール性肝脂肪の各所見が見られたことが認められる。以上によれば、太郎は、本件死亡事故当時、完全な健常者とまではいえないが、稼働の意思や能力を有していたというべきであり、六七歳まで就労することが可能であったと認めるのが相当である。

前記平成七年度における収入である三〇三万一九六〇円を基礎として、生活費として三パーセントを控除して、太郎の逸失利益をライプニッツ式計算法によって計算すると、二六五八万二七八五円(円未満切り捨て)となる。

(計算式)

3,031,960円×0.65×13.4885=26,582,785円

そして、前記のとおり、太郎の収入は、内縁関係にあった原告乙野との生活費となっていたことに照らすと、逸失利益に相当する金員は、原告乙野の扶養権の侵害として、同人の損害になると認められる。

ウ 慰謝料

原告次郎及び同花子につき各五〇〇万円、原告乙野につき一〇〇〇万円

前記前提事実に加え、証拠(甲19、20、原告次郎本人、同乙野本人)及び弁論の全趣旨によれば、太郎は、原告乙野と平成四年八月ころから、同人宅で同居するようになり、内縁関係が成立したこと、原告次郎及び同花子は太郎の実父母であるが、太郎が原告乙野と同居するようになったため以後は太郎と別居していること、浜田支所から原告らに太郎の容態について連絡があったのは、太郎の死亡後であることが認められる。以上のほか本件に現れた一切の事情を考慮すると、原告らに生じた精神的な苦痛は、原告次郎及び同花子については各五〇〇万円、原告乙野については、一〇〇〇万円と認めるのが相当である。

エ 弁護士費用

原告次郎につき六〇万円、同花子につき五〇万円、原告乙野につき三六五万円

原告らは、原告ら訴訟代理人に委任して、本件訴訟の提起及び追行を余儀なくされたものであり、原告次郎につき六〇万円、同花子につき五〇万円、原告乙野につき三六五万円が太郎の死亡と相当因果関係にある弁護士費用相当額と認める。

オ まとめ

よって、原告らの各損害は、原告次郎につき六六〇万円(一〇〇万円+五〇〇万円+六〇万円)、同花子につき五五〇万円(五〇〇万円+五〇万円)、原告乙野につき四〇二三万二七八五円(二六五八万二七八五円+一〇〇〇万円+三六五万円)となる。

第4 結論

以上のとおり、原告らの本訴請求は、原告次郎に対し六六〇万円、原告花子に対し五五〇万円、原告乙野に対し四〇二三万二七八五円及びこれら各金員に対する平成八年七月二五日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める範囲で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について、民訴法六一条、六四条本文を適用して、主文のとおり判決する。なお、仮執行免脱宣言の申立ては相当でないから、これを却下することとする。

(裁判長裁判官・横山光雄、裁判官・上寺誠、裁判官・西田政博)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例