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松江地方裁判所 昭和34年(ワ)105号 判決 1960年4月15日

原告 国

訴訟代理人 加藤宏 外七名

被告 須山右三

主文

別紙目録記載の各土地は原告の所有であることを確認する。

被告は原告に対し、右各土地の引渡をせよ。

被告は原告に対し、右各土地についての昭和三二年二月六日松江地方法務局安来出張所受付第一二六号による同月五日付売買を原因とする所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

(原告の請求)

主文と同趣旨の判決を求める。

(請求原因)

一、別紙目録記載の各土地は原告の所有である。すなわち、原告国は右土地を自作農創設特別措置法(自創法と略称)第三〇条により買収し、これを訴外西野清市に対し昭和二七年七月一日に、同法第四一条第一項第一号の規定により用途を開畑と定めて売渡処分をした。国は昭和三三年七月一五日に農地法施行法第一二条農地法第七一条の規定による検査を行つたところ、右西野は当時、右各土地の開墾を完了しておらず、またこれを昭和三二年二月五日に被告に売渡して大分県佐伯市に転住していることが判つた。右は農地法第七二条第一項各号に該当するので、国は同条の規定により昭和三四年八月一五日を買収期日として買収(買戻)処分をなし、その対価を同年七月二八日に支払つて右各土地の所有 権を取得した。

二、被告は、昭和三二年二月五日に、右各土地を前記西野から買受け、同月六日松江地方法務局安来出張所受付第一二六号による各所有権取得登記を受け、右土地を占有している。しかしながら、右売買は農地法施行法第一二条農地法第七三条第一項の規定により、西野に対する売渡のときである昭和二七年七月一日から起算して八年を経過しない時期になされたものであるから農林大臣の許可を受けなければならないのに、右の許可を受けていないから所有権移転の効力は生じない。

三、よつて原告は被告に対し右土地が原告の所有であることの確認、これが引渡、右土地についての被告の前記所有権取得登記の抹消登記手続を求める。

四、(被告の主張に対する陳述)原告が西野に対する各売渡の登記をするにあたり、西野の所有権取得原因につき該当法条を誤つて、自創法第二九条の規定による政府売渡として登記嘱託をなし、その旨の登記がなされているが、登記に公信力がない以上、登記の表示が実体的法律関係と一致しないばあいは、原則として該登記が無効になる結果を生ずるだけで、登記の表示と異る実体的法律関係が無効となるものではない。その余の被告主張事実は否認する。

(被告の答弁)

原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、請求原因事実中、西野に対する売渡処分の点は否認する、すなわち、右売渡は自創法第二九条の規定によるものである、被告が原告主張の各土地を原告主張のとおり農林大臣の許可を受けないで買受けて、占有し、原告主張の各登記を有している点は認める、その余の事実は不知。

(被告の主張)右土地の各登記簿には、西野の所有権取得原因を自創法第二九条の規定による売渡と表示されておるから、右は同条による売渡であつて、西野から被告に対する売渡については農地法所定の許可を要しないから有効である。

かりに、右が自創法第四一条の規定による売渡であつたとしても、登記の表示が前記のとおりである以上自創法第二九条の売渡処分であるというべきである。そしてまた、被告は右土地を、その登記の表示を信頼し、西野に対してはもとより、松江地方法務局安来出張所に対しても譲渡可能かどうかを問い、譲渡が可能であるとの回答をえたので代金二五万円を支払つて買受け、登記登録税、不動産取得税、周定資産税を納付しておるものであるし、買受後多大な労費を投じて右土地の開墾に精進し、これが開拓の最適任者である。右各事実から被告は自創法第二九条の登記原因の不存在について善意の第三者というべきで、原告から右登記原因の不存在を主張される筋合はなく、被告は、もし買受時に譲渡制限のある土地だと判つておれば買受ける筈はなく、登記の表示を信頼して譲渡制限のない土地だと思つたからこそ買受けたのであり、そして右の登記の表示は原告が故意又は過失によつて作出したものである。したがつて、かかる重大な過誤をおかした原告が、みずから右の表示に相反しそれが無効であるとして、右表示を信頼した被告の買受人たる地位を覆滅し多大の損失を招来させる結果となるべき主張をするのは、いわゆる禁反言の法理ないしは信義誠実の原則に照し許されないものというべきである。

証拠<省略>

理由

一、証人三島博吉の証言によつて真正に成立したと認められる甲第二号証と同証言によると原告国が自創法第三〇条により買収した別紙目録記載の各土地を訴外西野清市に対し、昭和二七年七月一日に、同法第四一条第一項第一号の規定により、用途を開畑と定めて売渡処分をしたことが認められる。

右土地の各登記簿に西野の右所有権取得原因を自創法第二九条による政府売渡なる表示があることは当事者に争いがないが、成立に争いのない甲第一号証の一、二、三によれば右土地の地目がいずれも山林であること、前記三島証人の証言によると所轄農業委員会の書記であつた同人が、右登記についての登記嘱託書を作成するにあたり、西野の所有権取得原因を自創法第四一条による政府売渡とすべきところを自創法の該当法条の記載を誤つて前示の記載をしたため事実と異る登記の表示がなされるにいたつたことが認められ、右認定をうごかすにたる証拠はない。

二、前記西野が昭和三二年二月五日に右各土地を被告に売渡したことは当事者間に争いがなく、口頭弁論の全趣旨及び証人須山房男の証言によると、西野は同年五月頃、島根県安来市鳥木町から大分県佐伯市に転任した事実が認められ、公文書であることにより真正に成立したと推定すべき甲第五号証、右三島証人の証言、と口頭弁論の全趣旨によると、国が、昭和三三年七月一五日に、農地法施行法第一二条農地法第七一条の規定による検査を行つたところ、西野は当時までに右土地の開墾を完了しておらなかつたことが認められ、三島証人の証言によつて真正に成立したと認められる甲第三号証、いずれも公文書であることにより真正に成立したと推定すべき甲第四、第六号証によると、国は、右土地の売渡を受けた西野において、右検査の結果開墾して農地とすべき土地の開墾を完了していなかつたことと、検査前に前記のとおり開畑の用途にみずから供することをやめたことを理由として、農地法第七二条第一項の規定により、同人から昭和三四年八月一五日を買収期日として買収処分をなしその対価を同年七月二八日に支払つたことが認められる。

三  被告が前示の西野からの売買により昭和三二年二月六日松江地方法務局安来出張所受付第一二六号による各所有権取得登記を経ておることは当事者間に争いがない。被告は、国の西野に対する売渡は、その登記が自割法第二九条の規定による売渡なる表示があることにより同法第四一条の売渡ではないと主張するが、右は前示のとおり登記の表示が実際と異つているものであり、原告の主張するように登記にいわゆる公信力を認めない現行登記制度のもとでは登記の表示が実際と異るばあいには登記の表示が無効であり、実体的法律関係が無効となるものでないというべきである。したがつて、西野、被告間の右売買は農地法施行法第一二条、農地法第七三条第一項の規定により、国の西野に対する売渡のときである昭和二七年七月一日から起算して八年を経過しない時期になされたものであるから農林大臣の許可を要するものであるところ、右売買について右の許可がなされていないことは当事者間に争いがないから、右規定により右売買によつては所有権移転の効力は生じないものと解すべきであり、したがつて、原告国は農地法第七二条第四項の規定により右各土地の所有権を取得したものである。被告は、被告が西野から右土地を買受けるについては登記簿の表示を信頼して善意でこれを取得したものであると主張するが、前示のとおり登記の表示が無効である以上たとい被告主張の事由があつたとしても、被告においてなんらの権利を取得するものではないというべきである。つぎに被告は右の登記の表示の過誤は原告の所為に起因するのであるから、右表示を信頼した被告に対し、原告がみずから右表示と相容れない主張をするのは禁反言の法理ないし信義誠実の原則に照し許されない旨主張するところ、本件のばあい、もし被告が、右土地を登記の表示どおり、自創法第二九条によるいわゆる附帯買収地であると信じ、これが同法第三〇条によるいわゆる未墾地買収地であることを知らないで買受けたのであれば、被告の主張するように、原告がみずからそのなした登記の表示が実際と異ることを理由として被告の所有権取得を無効であると主張するのが権利濫用として許されないと解する余地がないとはいえない。しかしながら成立に争いのない甲第七号証、前記三島、須山両証人の証言と口頭赤論の全趣旨とをあわせ考えると、西野、被告間の売買は、被告の父須山房男が被告に代つてなしたものであるが、同人は右売買にあたり鳥木町農業委員会に出向いて、右土地の譲渡に制限があるかどうかを岩崎利夫に尋ねたところ、同人は、右土地がいわゆる未墾地買収地であるから、その所有権移転に制限があることを説明したこと、それにもかかわらず、須山房男は司法書士等に相談し、農林大臣の許可がなくても登記が可能であるということを軽信して、あえて右売買をするにいたつたのであることが認められ右認定をうごかすにたるべき証拠はない。そうだとすると、被告において、右土地が登記の表示のとおり附帯買収地であることを信頼してこれを取得したものとはいえないから、原告の右登記が無効であるとの主張が、権利濫用として許されないという問題を生ずる余地はないものと解するのが相当である。被告は右土地取得について、対価二五万円を支払い、土地所有者として公租、公課を負担し、右土地の開拓に多大の労費を投じ被告が右土地の開拓の最適任者である旨主張するが、右各事実があつたとしても、以上の認定になんらかかわるところはないし、原告の本訴請求を斥ける事由ともなしがたい。

四、被告が右各土地を占有していることは当事者間に争いがない。

五、以上説示したとおり、右各土地は原告の所有であるから、原告の被告に対する右各土地は原告の所有であることの確認、右土地の引渡、前記被告名義の各登記の抹消登記手続を求める本訴請求は理由があり、正当であるからこれを認容すべきである。

(裁判官 長谷川茂治)

目録<省略>

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