松江地方裁判所 昭和47年(ワ)7号 判決 1973年7月31日
原告
八原房治
ほか一名
被告
池上金作
ほか二名
主文
被告池上金作、同森本博文は各自原告八原房治に対し金二、〇五二、七五一円および内金一、八七二、七五一円に対する昭和四四年一〇月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員ならびに原告八原ハツエに対し金一、八九二、七五一円および内金一、七二二、七五一円に対する昭和四四年一〇月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
被告共栄火災海上保険相互会社は原告八原房治に対し金二、〇五二、七五一円および内金一、八七二、七五一円に対する昭和四八年五月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員ならびに原告八原ハツエに対し金一、八九二、七五一円および内金一、七二二、七五一円に対する昭和四八年五月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。
この判決中原告らの被告森本博文、同共栄火災海上保険相互会社に対する各勝訴部分は、右被告らに対し、仮に執行することができる。
事実
一 原告らの申立
「被告池上金作、同森本博文は各自原告八原房治に対し金四、七一四、八四一円および内金四、二八六、二四一円に対する昭和四四年一〇月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員ならびに原告八原ハツエに対し金四、五四九、七四一円および内金四、一三六、二四一円に対する昭和四四年一〇月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。被告共栄火災海上保険相互会社は原告八原房治に対し金四、七一四、八四一円および内金四、二八六、二四一円に対する第一審口頭弁論終結の日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員ならびに原告八原ハツエに対し金四、五四九、七四一円および内金四、一三六、二四一円に対する第一審口頭弁論終結の日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする」との判決ならびに仮執行の宣言を求める。
二 請求の原因
(一) 昭和四四年九月五日午後六時三五分ごろ、大阪府守口市大日町三丁目三八番地国道一号線路上において、被告森本博文は軽四輪貨物自動車(以下本件事故車という)を運転中、センターラインをこえて反対側車線に入りこみ、対向してきた大型貨物自動車と正面衝突した。
(二) 訴外八原日出夫(昭和一九年一月二七日生まれ、当時満二五歳)は、被告森本が運転していた本件事故車の助手席に同乗していたところ、右事故のため頭蓋内出血、頭蓋骨および頭蓋底骨折などの傷害を受け、同日午後九時五八分に死亡した。
(三) 本件事故車は被告池上金作の保有にかかるもので被告森本と被害者八原日出夫は共に被告池上の従業員であり、本件事故は被告森本がその業務を終えて帰る途中に生じたものであるから、被告池上は本件事故車の運行供用者として、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任を負う。
(四) 被告森本は前方注視義務を怠り、漫然センターラインをこえた結果本件事故を起したものであるから、過失による不法行為者として損害賠償責任を負う。
(五) 被告共栄火災海上保険相互会社(以下被告会社という)は、被告池上との間に、同被告を被保険者とし、本件事故車を目的として、保険金額を一〇、〇〇〇、〇〇〇円とする自動車対人賠償責任保険(任意保険)契約を結んでいたところ、その保険契約期間内に本件事故が発生した。よつて被告会社は被告池上に対し、同被告が本件事故によつて生じた損害の賠償責任を負担することによりこうむる損害を右保険金額の範囲内で肩代りすべき義務がある。
(六) 原告八原房治は被害者八原日出夫の父で、原告八原ハツエは日出夫の母であつて、日出夫には妻も子もなかつたので、日出夫の権利義務は原告両名において二分の一ずつの割合で相続した。
(七) 八原日出夫は中学卒業後大工となり、修業の目的をかねて被告池上方で働いていたもので、昭和四四年四月から同年八月までの五ケ月間に得た収入は三二二、三五〇円であり、平均月収は六四、四七〇円であつた。政府の自動車損害賠償保障事業損害査定基準によれば、この程度の収入のある男子有職者の生活費は、月平均一五、七〇〇円程度と推認されるから、月平均残存利益は四八、七七〇円となり、一年間の総額は五八五、二四〇円となる。
日出夫は前記のように死亡当時満二五歳であつたから、死亡によつて失われた将来の就労可能年数は三八年とみることができ、ホフマン式計算によれば、前記の割合による右期間中の得べかりし利益総額の現価は一二、二七二、四八二円となる。
この外に日出夫がその死亡によつてこうむつた精神的苫痛に対する慰藉料として金二、〇〇〇、〇〇〇円を加えた合計金一四、二七二、四八二円の賠償請求権が、前記のようにその二分の一に当る七、一三六、二四一円ずつ原告両名に承継された。
(八) 原告両名は日出夫の父母として同人の不慮の死亡により深刻な精神的苦痛を受けた。その慰藉料としては各原告に対し金一、五〇〇、〇〇〇円ずつをもつて相当とする。
また原告八原房治は葬儀料として金一五〇、〇〇〇円を下らない支出をした。
(九) よつて原告房治は合計金八、七八六、二四一円、原告ハツエは合計金八、六三六、二四一円の各損害賠償請求権を取得したところ、原告両名は自賠責保険金六、〇〇〇、〇〇〇円、労災保険金一、〇〇〇、〇〇〇円を受領し、それぞれ二分の一ずつ右請求権に充当したので、請求権残額は原告房治五、二八六、二四一円、原告ハツエ五、一三六、二四一円となる。
本訴において原告房治は右の内金四、二八六、二四一円、同ハツエは同じく金四、一三六、二四一円を、それぞれ右金額に対する事故発生後の日である昭和四四年一〇月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金と共に、被告池上、同森本の両名各自に対して請求する。
(一〇) 右の外に原告らが本件訴訟代理人に対して支払うべき着手金および謝金中、原告房治は四二八、六〇〇円、同ハツエは四一三、五〇〇円を、それぞれ本件事故と相当因果関係を有する損害の一部として、右被告ら各自に対して請求する。
(一一) 前記のように被告池上は被告会社に対して、被告池上が原告らに対し以上の賠償責任を負うことによつてこうむる損害の肩代りとして保険金額の範囲内である前記賠償額と同額の保険金を請求する権利があるところ、原告らは民法四二三条により被告池上に対する損害賠償請求権にもとづき同被告の被告会社に対する右保険金請求権を代位行使する権限がある。よつて原告房治は被告会社に対し弁護士費用を含む損害の合計四、七一四、八四一円とこれから弁護士費用を除いた四、二八六、二四一円に対する第一審口頭弁論終結の日の翌日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、原告ハツエは同様に四、五四九、七四一円および内金四、一三六、二四一円に対する第一審口頭弁論終結の日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
三 被告らの答弁
請求の原因(一)ないし(三)、同(五)前段の各事実および同(七)の八原日出夫の平均月収額は、いずれも認める。(九)の損害の填補は認める(但し自賠責保険金は合計六、〇四〇、六一八円支払われている)。(四)は否認する。その余は知らない。
四 被告池上、同森本の主張
(一) 被告池上は本件事故後被害者日出夫の遺体をドライアイスで保存して遺族の到着を待ち、寺院を三日間借切つて盛大な葬儀を催し、遺族らの滞在費を含め約一、五〇〇、〇〇〇円にのぼる費用一切を負担した。
その後原告らは被告池上に対しては損害賠償を請求する意思がないことを明言し、昭和四四年二月二八日原告らの長男八原房男は原告らを代理して被告池上の代理人沢田正男との間で被告らの損害賠償義務は自賠責保険およびその他の保険によつて支払われる範囲内に限り、その余は免除する旨の合意が成立した。そして被告池上の奔走の結果、被告池上保有の本件事故車についてだけでなく、これと衝突した相手方車両についても保険金が支払われることになり、各三、〇二〇、三〇九円、合計六、〇四〇、六一八円の保険金が原告らの手にわたつた。さらに労災保険金一、〇〇〇、〇〇〇円も原告らに支払われた。従つて原告らの被告池上に対する本訴請求は理由がない。
(二) 本件事故当日、被害者日出夫は被告森本らと共に守口市寺方にある請負工事現場で働き、仕事が終つてから被告森本がまず本件事故車に道具類を積んで出発し、日出夫はこれに続いて出発したフアミリアバンに同乗して帰ろうとしたものであつたが、約三キロ先の交差点で赤信号で双方とも停車したところ、日出夫が本件事故車に乗り移つてきた。被告森本はそれまで日出夫を同乗させたことはなく、このときも内心いやだなと思つたが、日出夫が職場の先輩であるため断るわけにも行かず、結局乗せてしまつた。右の事実はいわゆるもぐりこみ同乗に当り、五割の過失相殺を相当とする。
五 被告会社の主張
被告会社と被告池上との間には、自動車保険普通保険約款第二章第三条により、被告会社は被保険者たる被告池上か同被告の使用人に対して、その使用人が同被告の業務に従事中、その生命または身体を害されたことにもとづいて賠償責任を負うことによりこうむる損害を填補する責に任じない旨の特約がある。
本件の被害者日出夫は被告池上の使用人であるところ、被告池上は建築請負を業とし、請負工事の現場において作業をするのが通常であり、本件事故当時は守口市寺方の工事現場において作業をしていた。被告池上の使用人らは全員朝一旦被告池上方に集つてから現場に行き、作業後はそれぞれ各自の住居に直接帰るのが常であつた。
事故当日、日出夫は作業後被告森本に対し寄宿先まで送つてくれと頼んだが、被告森本は作業用道具を被告池上方の近くの倉庫へ運ぶ途中だつたので、まず倉庫へ向う途中、本件事故が発生した。
右事実によれば、本件事故は前記の免責の特約が運用される場合に該当するので、被告会社は被告池上に対し保険金支払の義務を負わない。従つて右義務あることを前提とする原告らの被告会社に対する請求は失当である。
六 被告らの主張に対する原告の認否
原告らと被告池上との間で同被告の賠償義務の一部を免除する合意が成立したことは否認する。
原告らが自賠責保険金六、〇四〇、六一八円、労災保険金一、〇〇〇、〇〇〇円を受領したことは認める(但しこのうち自賠責保険金六、〇〇〇、〇〇〇円、労災保険金一、〇〇〇、〇〇〇円は既に損害額から控除してある)。
過失相殺および免責の特約の適用に関する主張は争う。
七 証拠〔略〕
理由
一 請求原因(一)ないし(三)の各事実は当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、本件事故は被告森本がハンドル操作を誤つて反対車線に飛び出した過失により生じたことが認められるから、被告池上は自賠法三条および民法七一五条により、被告森本は民法七〇九条により、いずれも本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任を免れない。
また〔証拠略〕によれば原告らは亡八原日出夫の父母であつて、日出夫には妻子がなかつたので、日出夫の死亡にもとづく損害賠償請求権は、原告らによつて二分の一ずつ承継されたことが認められる。
二 本件事故当時、日出夫が満二五歳で、その平均月収額が六四、四七〇円であつたことは当事者間に争いがない。
そうすると日出夫は本件事故で死亡しなかつたならば、少なくとも平均余命の範囲内であることが明らかな六三歳に達するまで将来三八年間にわたつて右平均月収額を下らない割合による収入をあげ得たであろうと期待され、その間の同人の生活費は平均して収入の二分の一をこえないものと予測できるから、日出夫の死亡によつて失われた同人の将来得べかりし利益の死亡当時における現価は、年ごと式ライプニツツ法によれば次のように計算される。
64470×1/2×12×16.7678=6486120
すなわち六、四八六、一二〇円となる。
三 原告らは日出夫がその死亡によつてこうむつた精神的苦痛に対する慰藉料の請求権を原告らにおいて承継した旨の主張をするが、一般に慰藉料請求権なるものは、権利者の一身に専属し、それが当事者間の示談契約や裁判などによつてすでに具体的権利として確定された場合を除き、精神的苦痛の主体である権利者本人の死亡とともにその根拠および目的を失つて消滅し、相続の対象にはならないものと解するのが相当であるから、原告らの右主張は理由がない。
しかしながら原告らは日出夫の父母として、日出夫の死亡によつて深刻な精神的苦痛を味わつたものと認められ、これを和げるための慰藉料として相当な金額は、各原告につきそれぞれ金二、〇〇〇、〇〇〇円を下らないものというべきである(もつとも原告らはそれぞれ金一、五〇〇、〇〇〇円を請求しているが、このことは日出夫本人に対する慰藉料として原告らが主張する金二、〇〇〇、〇〇〇円が各原告に一、〇〇〇、〇〇〇円ずつの割合で承継されたとの主張を前提とするもので、右承継分を含めれば原告らはそれぞれ二、五〇〇、〇〇〇円ずつの慰藉料を請求しているものであり、その範囲内で原告らの固有の慰藉料を二、〇〇〇、〇〇〇円ずつと定めることは、格別妨げられないものと解すべきである)。
四 〔証拠略〕によれば、日出夫の葬儀は被告池上の全面的負担により、大阪で手厚く営まれたが、その後郷里の隠岐であらためて親戚知人らを集めて葬儀が営まれ、原告房治はその費用として金一五〇、〇〇〇円を下らない支出をしたことが認められ、このように郷里で再度の葬儀が行なわれたことは、隠岐が本土から海をへだてた離れ島であることを考えれば、やむを得ないものと認められるので、右一五〇、〇〇〇円は本件事故と相当因果関係がある損害に属するものというべきである。
五 被告池上は抗弁として、原告らと同被告との間には、原告らの損害賠償請求を自賠責保険およびその他の保険によつて支払われる範囲に限定する趣旨の合意が成立しているので、本訴請求は理由がないと主張する。そして〔証拠略〕によれば本件事故発生後、原告らの長男で原告らの代理人として示談交渉に当つた八原房男と被告池上の代理人となつた沢田正男との間で昭和四四年一一月二八日付で示談書がとりかわされ、右示談書には、原告らは亡八原日出夫の逸失利益および家族の慰藉料、葬儀費等を被告池上の加入している自賠責保険に対し被害者請求することによつてまかない、一切を解決するとの趣旨の記載があることが認められ、右記載のとおりの示談契約が成立したとすれば、被告池上の賠償責任は自賠責保険に対する被害者請求で支払われる範囲内に局限され、同被告に対する本訴請求は理由がないことになる。
しかし〔証拠略〕によれば、示談書作成に当つての当事者双方の意思は、被告池上に対しては同被告が既に葬儀費等として負担した以上の負担をかけず、保険によつて肩代りされる以上の賠償を求めないというにあり、従つて被告池上は自賠責保険のみならず任意保険の範囲内でも原告らに対する賠償責任を負うが、右範囲をこえる部分についての賠償義務は免れるというのが示談契約の趣旨であつて、前記の示談書の内容は双方の合意の内容を正確に表現したものではないこと、本件訴訟は任意保険請求の前提としての被告池上の賠償責任の範囲を明らかにする目的で提起されたものであることが認められるので、被告池上の前記抗弁は採用できない。
六 被告池上、同森本は、本件事故車は被告森本が一人で運転していたのに、後続車に乗つていた亡日出夫が途中で勝手に本件事故車のドアをあけて乗り移つてきたものであるから、いわゆるもぐりこみ同乗として右の事実を過失相殺の対象とすべきであると主張する。そして〔証拠略〕によれば、右主張の如く日出夫が本件事故車に途中から乗りこんできたこと、被告森本は日出夫が職場の先輩であるためにこれを拒否できず、日出夫の要求に従つて一旦行先を変え、日出夫をその下宿へ送ろうとしたが、途中で日出夫が考えを変えて、まず本来の目的地である被告池上の倉庫へ行つてもよいと言い出したので、被告森本は国道一号線をこれまで右折した経験のない地点で右折しようとして、その直前に本件事故を起したものであること、被告池上はかねてから被告森本の運転は荒いので同被告の運転する車には同乗しないようにと他の従業員らにひそかに注意を与えていたことが認められる。しかし被告池上も被告森本と同乗することを他の従業員に対し積極的に禁止していたものとは認められないし、本件事故前における日出夫の乗りこみ行為も常識的に是認される範囲をこえたものとは言いがたく、また日出夫が被告森本の予定コースを変更させたことも被告池上との関係では通常容認され得る程度の変更にすぎず、被告森本に対しても特に危険を増加させるような運転を要求したものとは到底言えないから、前記の事実をもつて過失相殺の根拠とすることは相当でなく、被告らの主張は採用できない。
七 そうすると原告らは、原告ハツエにおいて日出夫の前記逸失利益六、四八六、一二〇円の二分の一に当る三、二四三、〇六〇円およびその固有の慰藉料二、〇〇〇、〇〇〇円の合計金五、二四三、〇六〇円、原告房治においてこれに葬儀費一五〇、〇〇〇円を加えた金五、三九三、〇六〇円の各損害賠償請求権を取得したことになる。
これに対し原告らが自賠責保険金六、〇四〇、六一八円、労災保険金一、〇〇〇、〇〇〇円を受領したことは当事者間に争いがなく、右はそれぞれ二分の一ずつ原告らの前記債権に充当されたものと解されるので、結局原告房治の債権残額は一、八七二、七五一円、原告ハツエの債権残額は一、七二二、七五一円となる。
さらに〔証拠略〕によれば、原告らは本件訴訟代理人野島弁護士に対し、本訴によつて原告らが取得すべき賠償金額の一五パーセントに当る金額を手数料および謝金として支払うことを約し、既に金一〇〇、〇〇〇円を着手金として支払つたことが認められ、右のうち原告房治については金一八〇、〇〇〇円、原告ハツエについては金一七〇、〇〇〇円を本件事故と相当因果関係のある損害と認めるべきである。
従つて原告らの被告池上、同森本に対する本訴請求は、右被告らに対し、各自原告房治に対し金二、〇五二、七五一円および内金一、八七二、七五一円に対する本件事故発生後の日である昭和四四年一〇月一日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金ならびに原告ハツエに対し金一、八九二、七五一円および内金一、七二二、七五一円に対する前同日以降支払ずみまで同率の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は失当として棄却を免れない。
八 次に原告らの被告会社に対する請求の当否について判断する。
被告会社が被告池上との間に同被告を被保険者とし本件事故車を目的として保険金額を一〇、〇〇〇、〇〇〇円とする自動車対人賠償責任保険契約を結んだこと、その保険契約期間内に本件事故が発生したことは、当事者間に争いがない。
従つて被告会社は被告池上が本件事故に関し原告らに対して負担する賠償額が確定したあかつきには、特段の免責事由がない限り、右保険金額の範囲内で被告池上に対し右賠償の負担を肩代りすべき保険金を支払う義務を負うことになる。
原告らは被告池上に代位して同被告の被告会社に対する右保険金請求権を行使すると主張するところ、一般には前記のように被保険者である損害賠償義務者の負担する賠償額が確定することが保険金請求権行使の前提となるので、右の前提を欠く場合の代位権行使の主張は排斥されるべきであるが、本件のように被保険者に対する損害賠償請求訴訟と保険者に対する保険金請求の代位訴訟とが併合されている場合には、一つの訴訟手続の中で被保険者の具体的な損害賠償義務とこれを基準とする保険者の保険金支払義務とが同時に審理の対象となり、双方についての判決が同時に確定すること、あるいは損害賠償請求訴訟の判決がまず確定した後に保険金請求の代位訴訟の判決が確定することが可能になる(従つて上訴の関係では前者の判決に対して上訴があれば後者の判決の確定も当然に遮断され、双方の事件が上級審に係属すると解すべきである)から、保険金請求権行使のための前記の条件は、代位訴訟の判決確定のときには充たされていることになるので、保険者に対するこのような形の訴は例外的に許されるべきである。
よつて原告らの被告会社に対する本件の訴は適法であるところ、被告池上は前記のように原告らに対する賠償義務を負い、その合計金額は保険金額一〇、〇〇〇、〇〇〇円の範囲内であるから、被告会社はその免責の抗弁が容れられない限り、被告池上に対して前記賠償額と同じ額の保険金を支払うべき義務を免れない。
九 そこで被告会社の免責の抗弁について判断する。
〔証拠略〕によれば、被告会社と被告池上の間の任意保険契約に適用される自動車保険普通保険約款には、保険者は被保険者が被保険者の業務に従事中の使用人に対するその使用人の生命または身体を害したことに起因する賠償責任を負担することによつてこうむる損害を填補する責に任じない旨の免責条項があることが認められる。
被告会社は本件事故が右免責条項の適用がある場合に該当すると主張するので、その当否について考えてみると、亡八原日出夫が被告池上の使用人であつたことは当事者間に争いがないが、〔証拠略〕によれば、本件事故当日、日出夫は朝から被告池上の指揮のもとに同僚数名と守口市寺方の建築工事現場で作業に従事し、夕方仕事が終つてから一旦同僚の山口某が運転するフアミリアバンに同乗して帰りかけたが、一足先に出た被告森本が運転する本件事故車が赤信号で停車中に、前記のようにこれに乗り移つて下宿まで送つてくれるよう被告森本に頼んだこと、被告池上の従業員らは朝仕事に出るときは工事現場の所在もわからないので被告池上方にまず集合するが、仕事が終れば現場で解散するのが常であること、もつとも被告森本は本件事故車を運転して作業用具を倉庫へ運ぶことを命じられていたが、日出夫には格別の用事はなく、本件事故車に乗りこんだのは、もつぱら便乗させてもらう目的であつたことが認められる。そうすると本件事故発生当時においては、被告森本が被告池上の業務に従事中であつたことは明らかであるが、日出夫については同様にいうことはできず、その死亡を業務上の災害というべきではない。もつとも本件事故にもとづいて原告らに労災保険金が支払われたことは当事者間に争いがないが、そのことによつて右の判断を動かすことはできない。
よつて被告会社の抗弁は採用しがたいので、被告会社は被告池上に対する保険金支払義務を免れない。そして被告池上の右保険金請求権は同被告に対する原告らの損害賠償債権に対応して発生し、その担保となるべき役割を荷うものであるから、原告らは被告池上の資力の有無にかかわらず、右保険金請求権を代位行使できるものと解される。
よつて原告らの被告会社に対する請求を、被告池上の原告らに対する前記賠償責任額と一致する保険金請求権の範囲内である原告房治に対し金二、〇五二、七五一円および内金一、八七二、七五一円に対する遅延損害金中本訴請求にかかる本件口頭弁論終結の日の翌日である昭和四八年五月九日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金ならびに原告ハツエに対し金一、八九二、七五一円および内金一、七二二、七五一円に対する前同日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で認容し、その余を棄却することとする。
よつて以上の結論に従い、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を適用し、仮執行の宣言については、原告らが被告池上との関係では前記示談契約の趣旨に照らし同被告に対しては少なくとも強制執行をしないことの合意があると解されることを考慮し、被告森本および被告会社に対してのみ民訴法一九六条によつてこれを附することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 山田真也)