松江地方裁判所 昭和63年(行ウ)1号 判決 1991年10月16日
松江市浜佐田町八九〇番地七
原告
今岡一彦
右訴訟代理人弁護士
高野孝治
松江市内中原町二一番地
被告
松江税務署長 由田莖允
右指定代理人
稻葉一人
比嘉俊雅
下畠康宏
小下馨
水津憲治
松井重利
豊田耕輔
大里裕
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
一 被告が昭和六〇年三月一二日付けでした原告の昭和五六年分所得税の更正のうち総所得額金六二二万九九六八円を超える部分及びこれに伴う過少申告加算税賦課決定を取り消す。
二 被告が昭和六〇年三月一二日付けでした原告の昭和五七年分所得税の更正のうち総所得額金六四二万三四二九円を超える部分及びこれに伴う過少申告加算税賦課決定(ただし、いずれも異議決定により一部取り消された後のもの。)を取り消す。
三 被告が昭和六〇年三月一二日付けでした原告の昭和五八年分所得税の更正のうち総所得額金六三〇万八八七七円を超える部分及びこれに伴う過少申告加算税賦課決定を取り消す。
第二事案の概要
本件は、被告が原告の昭和五六年分ないし昭和五八年分(以下「本件各係争年分」という。」の所得税の申告に対し推計の方法により更正等を行って課税したことにつき、原告が、被告の税務調査手続は違法であり、また、推計課税の必要性も合理性もなく、総所得額の実額の立証が可能であるとして、被告の右処分の適法性を争うものである。
一 争いのない事実
1 原告は、鮮魚販売業を営む者である。
2 原告が本件各係争年分の所得税につき、総所得額及び所得税額を別表一「確定申告」欄記載のとおり白色申告したところ、被告は、昭和六〇年三月一二日、同表「更正等」欄記載のとおり更正及び過少申告加算税賦課決定の各処分(以下「本件各処分」という。)を行った。
原告は被告に対し、昭和六〇年五月九日右各処分につき異議申立てを行ったところ、被告は、同年九月一九日、昭和五七年分の総所得額、所得税額及び過少申告加算税額のうち別表一「異議決定」欄記載の金額を超える部分を取り消し、昭和五六年分及び昭和五八年分については申立てを棄却する旨の決定をした。
更に、原告は国税不服審判所長に対し、同年一〇月一七日審査請求を行ったが、国税不服審判所長は、昭和六三年二月一六日、原告の審査請求をいずれも棄却する旨の裁決をし、右裁決書を同年二月二〇日原告に送達した。
3 被告は、本件各処分に先立ち、原告の所得税に関して所得税法二三四条に基づく質問検査権を行使して調査を行ったが、右調査につき原告の協力が得れなかったとして、原告の総所得金額を推計の方法によって算定し、本件各処分を行った。
二 争点
1 (質問検査の必要性)被告の原告に対する質問検査権の行使は、調査の必要性を備えた適法なものであったか。
この点につき被告は、「質問検査権の行使に違法があったとしても、それ基づく課税処分を違法ならしめるものではない。仮に、質問検査権の違法な行使によりそれに基づく課税処分が違法になることがあるとしても、本件において被告は、<1> 原告が被告に提出した本件各係争年分の確定申告書(乙一の一ないし三)には、所得金額等の記載はあったが収入金額及び必要経費の記載がなく、総所得額の算定根拠が不明確であったこと、<2> 原告は昭和五九年八月に個人営業を法人組織に変更し、外観上も活況を呈していたが、それが必ずしも申告に反映されているとは認められなかったこと、<3> 原告には複数の従業員がいるにもかかわらず支払った給与等について所得税の源泉徴収を行っていなかったことなどの理由に基づき調査を行ったのであるから、本件における質問検査権の行使は調査の必要性を備えた適法なものであった。」旨主張し、
原告は、「申告納税制度を採用する所得税法の下においては、納税者の自主申告に対して質問検査権を行使して調査するためには、客観的合理的な必要性が要求される。原告の所得税に関する調査に当たった被告係官は原告に対し、昭和五九年九月一八日、調査理由として、原告が先ごろ法人変更したため、個人としての調査は最後のチャンスであること、店頭を通ると活発に商いをしていることを告げたが、かかる理由はいずれも質問検査権の行使を必要とする客観的合理性に欠けるものである。したがって、被告の原告に対する質問検査権の行使は違法であって、かかる違法な調査に基づく本件各処分も違法である。」旨主張する。
2 (推計課税の必要性)被告が原告の本件各係争年分の所得に対し課税するに際し、その総所得額を算定するためには推計の方法によらざるをえなかったか。
この点につき被告は、「被告係官である佐藤調査官は、昭和五九年八月二九日、同年九月一〇日、同月一八日及び同年一〇月二九日の四回にわたり原告の事務所に赴き、原告に対し概括的に調査理由を告げて調査への協力を依頼したが、原告は、種々の理由を述べて終始調査に協力せず、帳簿書類を提示しなかったため、被告は原告の総所得額を実額で把握することが不可能であり、推計の必要性が存在した。」旨主張し、
原告は、「原告は本件各係争年分の所得について帳簿書類を備え置いており、しかも、被告の税務調査に対しては、午後四時以降であれば協力するという態度を取り、決して調査に協力しないという態度は取らなかった。特に、昭和六〇年三月一一日被告庁舎に呼び出された際には、被告係官に対し、被告の調査結果を原告の備え置く帳簿書類と対照して検討し直すことを促し、積極的に帳簿書類を提示する意思を明らかにした。したがって、被告において右帳簿書類の検討をし不明なところは原告に問うなどして実額課税を行うことは十分に可能であったといわねばならないから、本件各処分は、推計課税の必要性を欠くのに推計の方法により行われたもので、違法である。」旨主張する。
3 (推計方法の合理性)被告が原告の本件各係争年分の総所得額を推計するために用いた左記方法には合理性が認められるか。すなわち、<1> 原告の本件各係争年分の売上原価額はいくらか。<2> 被告が行った比準同業者の選定に合理性が認められるか。<3> 原告の本件各係争年分の支払利子・割引料額はいくらか。
記
売上原価を被告が調査によって把握した仕入額と同額と見て、この売上原価額を類似同業者(別表三記載のAないしD)の売上原価率(売上額に対する売上原価額の割合)の平均値で除して売上額を算定した上、右売上額に右類似同業者の算出所得率(売上額に対する算出所得額の割合)平均値を乗じて算出所得額(売上額から売上原価額を控除し、更に支払利子・割引料を除く必要経費額及び事業専従者控除額を控除した金額)を求め、更に右算出所得額から支払利子・割引料額と事業専従者控除額を控除して、総所得額を推計する方法。
この点につき被告は、「<1> 被告は、取引先調査等を行い、原告の本件各係争年分の仕入額を実額で把握したが、年初及び年末の各棚卸額を把握できなかったため、年初及び年末の各棚卸額は同額であるとみなして、各年分の仕入額をもって売上原価額と認定した。その額は、別表二『売上原価』『被告主張額』欄記載のとおりである。<2> 被告は、広島国税局長から同局管内の各税務署長に通達(乙三の一、二)を発して回答を求め、同局管内の納税者の中から、原告の業種、業態及び事業規模に合致することを主たる内容とした一定の条件を充足する別表三記載のAないしD(個人二件、法人二件)を抽出し、抽出された者全てを比準同業者として採用したから、比準同業者の選定には恣意が介在する余地がなく、また、資料内容も正確である。<3> 原告の本件各係争年分の支払利子・割引料額は、別表二『支払利子・割引料』『被告主張額』欄記載のとおりである。」旨主張し、
原告は、「<1> 原告の本件各係争年分の売上原価額は、別表二『売上原価』『原告主張額』欄記載のとおりである。<2> 被告が比準同業者の選定調査に関し裁判所に提出した資料は、その結果のみであって、右調査が公平正確に行われたことを裏付ける資料は一切提出されていないこと、被告が本件訴訟において提出した比準同業者に関する資料は、被告が本件各処分の際に使用した資料、国税不服審判所が審判において採用した資料のいずれとも異なっていることに照らすと、被告が本件訴訟において提出した比準同業者の選定調査に関する資料は信用できないものといわねばならない。また、原告は、店頭販売がないため車両の使用頻度が高く、車両費及びその減価償却費の割合が高い、冷蔵庫を賃借りしているため保管料の割合が高い、遠隔地との取引が多いため運賃(商品の発送費)が多いなどの特殊性を有するが、被告が行った比準同業者の選定においては、右の特殊性が全く考慮されていないから、被告が選定した比準同業者と原告との間には類似性が認められない。<3> 原告の本件各係争年分の支払利子・割引料額は、別表二『支払利子・割引料』『原告主張額』欄記載のとおりである。」旨主張する。
4 (実額の主張)原告の本件各係争年分の売上額及び支払利子・割引料以外の必要経費額の実額は、別表二「原告主張額」欄記載のとおりであるか。
第三争点に対する判断
一 争点1(質問検査の必要性)について
所得税法二三四条一項は税務署等の職員の質問検査権について規定するところ、同項にいう「調査について必要があるとき」とは、当該調査の目的、調査すべき事項、申請、申告の体裁内容、帳簿等の記入保存状況、相手方の事業の形態等諸般の具体的事情に鑑み、客観的に必要性があると判断される場合を意味する(最高裁昭和四八年七月一〇日決定・刑集二七巻七号一二〇五頁参照)。
かかる見地から、本件における質問検査の必要性について検討するに、証拠(乙一の一ないし三、証人佐藤、原告本人〔第二回〕)によれば、原告が被告に提出した本件各係争年分の確定申告書には、「所得金額」欄等の記載はあったが「収入金額」欄及び「必要経費」欄の記載がなかったこと、原告には複数の従業員がいるにもかかわらず支払った給与等について所得税の源泉徴収を行っていなかったことが認められるが、このような事実関係の下においては、原告の申告が果たして正確な資料に基づいてなされたものか否かについて課税庁である被告が疑いを抱いても、その疑いは不合理なものとはいえず、質問検査を行う客観的必要性があったことが認められる。また、その他に、被告が原告の本件各係争年分の所得に関し行った税務調査には違法な点は見当たらない。
なお、前記第二の二1の原告の所論は、専ら被告係官が原告に対し告知した調査理由のみから右にいう質問検査の必要性を判断すべきことを前提とするものであるが、そもそも調査理由を相手方に告知するか否かは、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解するのが相当であるから、原告の右所論は、その前提において誤っているというべきであって、これを採用することはできない。
二 争点2(推計課税の必要性)について
被告の原告に対する税務調査の経過につき検討するに、証拠(証人佐藤、同五十嵐〔第一回〕、原告本人〔第一回〕、弁論の全趣旨。ただし、証人佐藤の証言のうち、後記5認定の事実に反する部分は除く。)によれば、以下の各事実が認められる
1 被告係官は、原告の本件各係争年分の所得税の調査のため、昭和五九年八月二九日原告の居宅兼事業所(以下「原告方」という。)を訪問したが、原告が不在であったため、原告の妻に対し、税務調査のために訪問した旨を告げた上、翌々日に再度訪問するので、原告に在宅してくれるよう伝言を頼んで帰署したところ、同月三一日原告から、同月の調査を延期してほしい旨の電話を受けたので、原告の右申入れを受け入れ、原告が調査に協力できる日時を同年九月八日(土曜日)までに連絡してほしい旨依頼した。
2 ところが、右の約束の期日までに原告からの連絡がなかったので、被告係官は、同年九月一〇日の午前中に原告方を再度訪問したが、この時も原告は不在だった。
3 その後、原告は被告係官に対し、調査の日時を昭和五九年九月一八日の午後四時と指定する旨の電話を架けてきたので、被告係官は、右日時に原告方を訪れ、島根県商工事業協同組合(通称・松江民商)職員である五十嵐潤の同席の下、原告と面接した。その際、被告係官は、原告から質問を受けたので、調査理由として、原告が最近法人組織に変更したこと、事業所に多数の自動車が駐停車しているなど営業が活況を呈していることを示したが、原告はこれに納得せず、合理的な調査理由でない旨反論した。また、被告係官は原告に対し、一日とか半日とか、まとまった時間をとって調査に協力してほしい旨要請したが、原告は、午後四時以降ならば調査に協力できるが、営業活動に支障が生じるため一日とか半日とかあけて調査に協力することはできない旨述べて、調査に協力するか否かは同月二四日までに返答する旨申し立てたので、被告係官はその旨了承した。
4 ところが、昭和五九年九月二四日までに原告からの返答がなかったので、被告係官は原告に連絡をとると、同年一〇月三日まで返答を待って欲しい旨申入れを受け、その旨了承をした。
5 その後、被告係官は原告から連絡を受けて、昭和五九年一〇月二九日又は翌三〇日の午後四時ころ、原告方を訪問して、前記五十嵐潤同席の下原告と面接した。その際も、原告は、前回の面接時と同様、調査理由が納得できない、調査のために一日とか半日とかをあけることはできないなどと申し述べたので、被告係官は原告に対する調査を断念し、原告に対し、被告において独自に調査をし、調査の結果が原告の申告内容と異なれば改めて連絡をする旨告げて帰署した。
6 そこで、被告は、原告の取引先等に対する反面調査に着手し、本件各係争年分につき、原告の仕入額の実額を把握したが、売上額等の実額を把握できなかったため、同業者比率法による推計を行って、原告の総所得額を算定した。
7 被告係官は、昭和六〇年三月一一日午後三時ころ、被告庁舎において原告及び前記五十嵐潤と面接し、被告の調査を基礎として推計により算定した原告の総所得額を告げた上、原告に対し右総所得額に従った修正申告するよう促したが、原告は右勧告に応じなかった。以上認定の各事実を総合すると、原告は、被告係官との約束の期日までに連絡をしなかったり、調査理由や調査の時間帯について異議を申し立てたりして、税務調査に協力する態度を示さなかったのであるから、被告としては税務調査につき原告の協力を得て原告の所得金額を実額で把握することは困難であって、推計課税を行う必要性があったといわねばならない。もっとも、原告が被告係官に対し午後四時以降であれば税務調査に協力する旨申し述べたことが認められるけれども、そもそも調査の期日や時間帯は、社会通念上相当な限度にとどまる限り権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられており、調査の受忍者において自由に指定できるものではないし、また、原告は同時に調査理由の合理性についても異議を申し立てており、原告の右申述は必ずしも、午後四時以降であれば原告が納得する調査理由が示されなくとも調査に協力する趣旨であったとは理解できず、右申述に正当な理由があったともいえないから、原告の右申述の事実をもってしても右認定判断を左右するに足りない。
なお、原告は、昭和六〇年三月一一日松江税務署に呼び出された際、被告係官に対し、被告の調査結果を原告の備え置く帳簿書類と対照して検討し直すことを促し、積極的に帳簿書類を提示する意思を明らかにした旨主張し、これに沿う証言や供述(証人五十嵐〔第一回〕、原告本人〔第一回〕)も存在するが、右は、原告がそれまでに税務調査につき取ってきた態度と著しく異なるものであるから、右証言や供述はにわかに信用することができず、原告の右主張事実を認めることはできない。
三 争点3(推計方法の合理性)について
1 売上原価額について
証拠(乙五ないし一三の各一ないし三、乙一四、一五ないし二一の各一ないし三、乙二二、二三ないし四一の各一ないし三)によれば、原告の本件各係争年分の仕入先別の仕入額は別表四記載のとおりであって、その合計額は別表二「売上原価」「被告主張額」欄記載のとおりであることが認められる。証拠(証人五十嵐〔第二回〕)によれば、原告は本件各係争年分を通じて棚卸表を作成していないことが認められ、本件各係争年分の年初及び年末の各棚卸額を確定することができないが、弁論の全趣旨によれば、本件各係争年分における原告の事業形態にさしたる変化がなかったと認められるので、年初及び年末の各棚卸額は同額であると推定し、右認定の仕入額をもって売上原価額とするのが相当である。
なお、原告は、昭和五六年分及び昭和五八年分の売上原価額に関する証拠として、甲一、三、四、五の一ないし一二、六、七の一ないし一二、八及び一一を提出するので、その信用性について検討を加えるに、証拠(証人五十嵐〔第二回〕、原告本人〔第二回〕)によれば、甲八及び一一(仕入集計表)は、現金決済によらない掛けの仕入れに関し、取引の日又はその翌日に記帳した買掛帳を基礎に月毎に集計したものであることが認められるが、原告は、その本人尋問(第二回)において、昭和五六年分及び昭和五八年分の買掛帳を現在も所持している旨供述しながら、右買掛帳を証拠として提出していないし、まして個々の取引につき買掛先から受領した請求書、領収書等の客観性のある裏付資料の提出もないこと、右各甲号証の中には、坪倉功(乙一三の一、三参照)や有限会社野津善助商店(乙二九の一、三参照)との取引が記載されていないこと、昭和五六年分における株式会社ヨモ七(乙六の一参照)や有限会社吉廻商店(乙一二の一参照)との取引など複数の取引について、その記載内容が前掲の各乙号証の記載と齟齬していること、証拠(乙四六、四七)によれば、甲五及び七の各一ないし一二(伝票)における買掛金の発生額及び支払額を集計すると、買掛金の発生額と支払額との間に、昭和五六年分、昭和五八年分ともに金一億円以上の差異があることが認められるところ、これは原告が出金に関する資料の全てを提出していないためであるが、それ故に、右発生額と支払額との整合性を確認できないことに照らせば、右各甲号証は、必ずしも原告の仕入額について正確に記帳したものとは認め難く、少なくともその正確性を確認することが困難であるから、これを証拠として採用することはできない。
また、昭和五七年分の売上原価額に関する証拠としては、甲二(損益計算書)が存在するが、原告は紛失を理由に甲二作成の基礎となった伝票や帳簿類を証拠として提出しないため、その記載内容の正確性について検討することができないので、これを証拠として採用することはできない。
2 比準同業者選定の合理性
証拠(乙三の一、二、乙四の一ないし一二、乙四二、証人南本、原告本人〔第二回〕)によれば、被告は、比準同業者の選定にあたり、イ 昭和五六年一月一日から昭和五八年一二月三一日までの間において、鮮魚小売業を継続して営んでいて、右期間の中途において開廃業、休業又は業態の変更をしていない者、ロ 主な売上先が旅館、料理飲食店である者、ハ 当該事業に係る所得金額計算上の売上原価の額が、昭和五六年分については金一億三一〇二万五〇〇〇円以上金五億二四一〇万一〇〇〇円以下、昭和五七年分については金一億五八五六万四〇〇〇円以上金六億三四二五万七〇〇〇円以下、昭和五八年分については金一億四二一四万三〇〇〇円以上金五億六八五七万四〇〇〇円以下の範囲内である者、二 従事員数(事業主を含む。)が五ないし二〇名の者、ホ 更正又は決定の各処分を受けた者にあっては、国税通則法もしくは行政事件訴訟法の規定による不服申立期間もしくは出訴期間が経過している者又はこれらの訴訟が係属していない者、以上の基準を設定し、広島国税局長から同局管内の各税務署長に対して昭和六三年八月二二日付けの一般通達を発して回答を求め、青色申告書による所得税の確定申告をしている個人及び法人税の確定申告をしている法人の中から、右の選定基準全てに合致する者を抽出して、別表三記載のAないしD(個人二件、法人二件)を比準同業者として選定したこと、右AないしDのほかに右選定基準全てに合致する者は存在しなかったこと、前記ハの金額は、前記認定の原告の仕入額のそれぞれ約二分の一から約二倍までの金額であり、前記ニの員数は、原告の従業員数のそれぞれ約二分の一から約二倍までの員数であることが認められ、右各事実に照らせば、比準同業者として選定された別表三記載のAないしDは、その事業内容、事業規模、事業形態等の点において原告と類似性を有し、かつ、広島国税局長が発した一般通達によって機械的に選定された者であるから、選定過程に被告の恣意が介在する余地もなく、また、資料も正確であるといえる。したがって、被告が、比準同業者として別表三記載のAないしDを選定したことには、合理性があるということができる。
原告は、被告が比準同業者の選定調査に関する資料として、その結果しか裁判所に提出していないこと、被告が本件訴訟において提出した比準同業者に関する資料が、被告が本件各処分の際に使用した資料や国税不服審判所が審判において採用した資料と異なっていることを考慮すると、被告が本件訴訟において提出した右資料は信用できない旨主張するが、被告が比準同業者の氏名、住所及びこれらを推認することができる事実を秘匿することは、守秘義務(所得税法二四三条、国家公務員法一〇〇条)によりやむを得ないことであるから、被告がこれらの事実を明らかにしないからといって、直ちに被告による比準同業者の選定調査が正確性を欠くものであるということはできない。なお、被告が本件訴訟において提出した比準同業者に関する資料は、被告が本件各処分の際に使用した資料や国税不服審判所が審判においては採用した資料と異なるものであるが、このような資料の差換えも許されると解するのが相当である。したがって、右のような資料の差換えがあったからといって直ちに信用性がないとはいえないし、また、前記結論を左右するものでもない。
また、原告は、店頭販売がないため車両の使用頻度が高く、車両費及びその減価償却費の割合が高い、冷蔵庫を賃借りしているため保管料の割合が高い、遠隔地との取引が多いため運賃(商品の発送費)が多いなどの特殊性を有する旨主張するので、この点について検討するに、店頭販売をしていないことや冷蔵庫を賃借りしていることについては、原告はそのことにより、店頭販売を行い自ら冷蔵庫を保有する業者に比べて、必要経費として車両関係費や冷蔵庫の賃料を多く支出したとしても、その反面、商品の展示に要する費用や自ら冷蔵庫を設置保有するために要する費用等を節約できたのであるから、原告は、店頭販売の有無や冷蔵庫保有の有無を問わずに抽出された比準同業者の平均に比べて格段に高額の必要経費を要したということはできない。また、運賃の点に関しては、原告はその売上先の所在地について何ら主張立証しないので、原告が他の同業者に比べ、特に遠隔地との取引が多く多額の運賃を要していることを認めることはできない。更に、営業形態の細部にわたって類似性を要求すると、抽出される同業者の数が減りかえって推計の資料としての正確性を欠く結果になることを考え合わせると、被告が比準同業者の選定にあたり原告主張の特殊事情を考慮しなかったからといって、原告と比準同業者との類似性を否定することはできない。
なお、証拠(乙四の一ないし一二)によれば、本件各係争年分の別表三記載のAないしDの売上原価率及び算出所得率の平均値は、別表三「平均」記載のとおりであることが認められ、原告の売上額及び算出所得額の推計のために右平均値を用いることについては、何ら不合理な点はない。
3 支払利子・割引料額について
証拠(乙四三ないし四五)によれば、原告の本件各係争年分の支払利子・割引料額は、別表二「支払利子・割引料」「被告主張額」欄記載のとおりであることが認められる。
なお、原告は、昭和五六年分及び昭和五八年分の支払利子・割引料額に関する証拠として、甲一、三、四、五の一ないし一二、六及び甲七の一ないし一二を提出するので、その信用性について付言するに、前掲の乙四三ないし四五は、金融機関が備え付けた帳簿を基礎として集計されたものであるから、その内容は正確であるものと判断できるところ、乙四三によれば、原告は昭和五六年一〇月七日株式会社山陰合同銀行に金一四万二五六七円の利子を支払ったこと、原告は同年一〇月七日同銀行から金五六七七円の払戻しを受けたことが認められるのに、右各甲号証には、右利子の支払いや払戻しに関する伝票が含まれていないこと、原告が同年八月一七日に同銀行に支払った利子の額について、甲五の八の記載は乙四三の記載と齟齬していること、被告が、利子や割引料の支払先を特定してその金額を主張しているのに、原告は、右の他にも支払利子・割引料の支払先が存在する旨の主張を何らしていないところ、甲五の四及び六には、乙四三ないし四五に記載のない利子や割引料の支払い(たとえば、昭和五六年四月一六日付けの金二万九五五七円の支払い、同年六月一九日付けの金二万二〇一一円の支払い)についても記載があることなどに照らせば、右各甲号証は、原告の利子や割引料の支払いについて必ずしも正確に記帳されたものとは認め難く、これを証拠として採用することはできない。
また、原告は、昭和五七年分の支払利子・割引料額に関する証拠として甲二(損益計算書)を提出するが、前記判示のとおり、その作成の基礎となった伝票や帳簿類を証拠として提出しないため、その内容を直ちに信用することはできず、これも証拠として採用することはできない。
四 争点4(実額の主張)について
1 売上額について
原告は、原告の本件各係争年分の売上額について、別表二「売上」「原告主張額」欄記載のとおり主張し、そのうち昭和五六年分及び昭和五八年分の売上額に関する証拠として、甲一ないし四、五の一ないし一二、六、七の一ないし一二、九及び一二を提出するので検討するに、証拠(証人五十嵐〔第二回〕、原告本人〔第二回〕)によれば、甲九及び一二(売上集計表)は現金決済によらない掛けの販売に関し取引の日又はその翌日に記帳した売掛帳を基礎に月毎に集計したものであることが認められるが、原告は、その本人尋問(第二回)において、昭和五六年分及び昭和五八年分の売掛帳を現在も所持している旨供述しながら、右売掛帳を証拠として提出しないこと、証拠(乙四六、四七)によれば、甲五及び七の各一ないし一二(伝票)における売掛金の発生額及び入金額を集計すると、売掛金の発生額と入金額との間に、昭和五六年分、昭和五八年分ともに金二億円以上の差異があることが認められるところ、これは原告が入金に関する資料の全てを提出していないためであるが、それ故に、右発生額と入金額との整合性を確認できないこと、証拠(証人五十嵐〔第二回〕、原告本人〔第二回〕)によれば、右各甲号証の売上に関する部分はその仕入れ関する部分と同様の要領で記帳されたものであることが認められるが、前記判示のとおり右各甲号証の仕入れに関する部分は記帳漏れがあるなど正確性に欠けること、昭和五七年分については、甲二(損益計算書)を証拠として提出するのみで、その作成の基礎となった伝票や帳簿類を証拠として提出しないことなど、その信用性について多大の疑問があるので、右各甲号証をもって原告の前記主張事実を認めることは困難である。他に、原告の前記主張事実を認めるに足りる的確な証拠はない。
2 支払利子・割引料以外の必要経費額について
原告は、原告の本件各係争年分の支払利子・割引料以外の必要経費額について、別表二「支払利子・割引料以外の必要経費」「原告主張額」欄記載のとおり主張し、そのうち昭和五六年分及び昭和五八年分の右経費額に関する証拠として、甲一ないし四、五の一ないし一二、六及び七の一ないし一二を提出するので検討するに、右各甲号証からは、接待交際費や雑費についても支出先が把握できるだけで、支出の具体的な目的等については何ら主張立証がなく、原告の主張する費用の全てが原告の事業のために必要な経費であることを認めるに足りる証拠がないこと、そもそも右各甲号証は原告の内部資料であって、支出先から受領して領収書等の客観性のある裏付資料が提出されていないこと、証拠(証人五十嵐〔第二回〕)によれば、原告の主張額は、甲五及び七の各一ないし一二の伝票類を集計した甲四及び六記載の経費の額から家事関連費を控除したものであることが認められるが、原告は家事関連費控除の方法や基準について何ら主張立証しないこと、前記判示のとおり右各甲号証の売上原価や支払利子・割引料に関する部分には、記帳漏れがあるなど正確性に欠けること、昭和五七年分については、甲二(損益計算書)を証拠として提出するのみで、その作成の基礎となった伝票や帳簿類を証拠として提出しないことなど、その信用性について多大の疑問があるので、右各甲号証をもって原告の前記主張事実を認めることはできない。以上の他に原告の前記主張事実を認めるに足りる的確な証拠はない。
3 以上のとおりであるから、原告の本件各係争年分の売上額及び算出所得額は、その実額を証拠により把握することができず、右各金額は推計の方法によって把握するほかないといえる。
五 結論
以上のとおり、被告が原告の本件各係争年分の所得について課税するためには推計の方法によらざるを得ず、かつ、被告が採用した推計方法は合理的なものであることが認められる。そして、右方法によると、原告の本件各係争年分の総所得額は別表二の「総所得」「被告主張額」欄記載のとおりとなるから、右総所得額の範囲内で行われた本件各処分はいずれも適法である。
よって、本件各処分の取消しを求める原告の請求はいずれも理由がなく、棄却を免れない。
(裁判長裁判官 大谷種臣 裁判官 田中澄夫 裁判官 村田龍平)
別表一
<省略>
別表二
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別表三
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別表四
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