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松江地方裁判所出雲支部 平成23年(ワ)44号 判決 2012年8月03日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、一七〇万〇五五九円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成二三年二月二六日から支払済みまで年五%の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、島根県大田市内にある被告の設置管理する市道(以下「本件市道」という。)を走行していた原告運転車両(以下「原告車両」という。)が路面凍結のためスリップしてガードレールに衝突し損傷したこと(以下「本件事故」という。)について、原告が、本件市道の設置又は管理に瑕疵があったため本件事故が発生したと主張して、被告に対し、国家賠償法二条一項に基づく損害の賠償を求める事案である。

二  前提事実(争いのない事実並びに証拠(適宜掲記)及び弁論の全趣旨によって認められる事実

(1)  本件事故の内容

日時 平成二三年二月三日午前八時〇五分ころ

場所 島根県大田市<以下省略>付近の本件市道上

態様 原告が、通勤のため原告車両を運転し、上記場所付近の本件市道(市道山崎稲用線)を島根県大田市長久町稲用方面から同市大田町大田の山崎地区方面に向けて走行中、路面凍結(路上には雪はなかったものの氷が張っていた状態)のためスリップして進路左側に設置されていた本件市道のガードレールに衝突し、原告車両が損傷した。

(2)  原告は、平成二三年二月二二日受付で、本件訴訟を提起した。

本件において、被告は、本件市道の設置又は管理に瑕疵はないと主張している。

三  争点及びこれについての当事者の主張の要旨

(1)  本件市道の設置又は管理についての瑕疵の有無

(原告)

ア 本件事故現場付近は、山に面している急斜面であり凍結が発生し易くなっている所であり、当時の気象条件や時間帯からしても、本件事故現場付近での路面凍結の可能性が高かったが、被告はそれを知りながら、「凍結注意」の表示を怠った。

イ 被告は、自らあるいは業者に委託するなどして、凍結防止剤の散布を行うべきであるのにそれをしなかった。

また、凍結防止剤の散布について地域住民の協力も必要だと被告が考えるのであれば、凍結防止剤を過量に散布するとスリップの原因になり得ることや濡れた手で凍結防止剤を触ると皮膚炎になることなどから、地域住民に対する適切な使用方法の告知や説明が必要となるにもかかわらず、被告は、本件事故現場から数百メートルのところに「消雪剤」を設置したものの、近隣住民への告知や説明は全く行っていなかった。

ウ 被告は、道路パトロールから得た情報の住民への提供や警察との連携、緊急時の連絡体制の整備をいずれも怠っている。

(被告)

ア 被告は、本件事故後に「凍結注意」の表示をしたものであるが、本件事故前から、本件市道の三か所に消雪剤を設置しており、そのうち二か所には、消雪剤である旨記載した看板を設置していたのであるから、特に凍結注意の看板が設置されていなくても、本件市道が降雪等により凍結する可能性があること、凍結した場合には、設置された消雪剤を散布して凍結を解消すればよいことを運転者らは認識できたはずであり、本件事故当時において凍結注意の看板を設置していなくても、管理の瑕疵にならない。

イ 本件市道がある島根県大田市は積雪地帯ではないし、本県市道は高速道路や主要幹線道路でもなく車両の高速走行は予定されていないから、凍結防止剤の散布義務はない。

また、被告は、平成二三年一月一二日、同月一八日、同月三一日の三回、本件市道に設置された上記消雪剤の補充を行っているが、このことは、近隣住民などが消雪剤を適宜使用していることをうかがわせるものであるから、消雪剤の使用方法について近隣住民に対する説明会を実施しなくても管理の瑕疵にならない。

ウ 道路管理者は、自動車運転者に社会通念上要求される一般的な運行態度を前提とした管理を行えば足りるところ、本件事故の態様や結果からすると、原告が本件市道を高速で走行していたことがうかがわれるところ、このような原告の運転態度は一般的な運行態度に反するものであり、本件事故は、原告の一方的な過失により発生したもので、予見可能性ないし結果回避可能性はなかったことになるから、本件市道の設置・管理について瑕疵はない。

(2)  損害の内容と額

(原告)

車両修理代 一七〇万〇五五九円

(被告)

本件事故による損害は明らかでない。

第三当裁判所の判断

一  国家賠償法二条一項にいう営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、当該営造物の使用に関連して事故が発生し、損害が生じた場合において、当該営造物の設置又は管理に瑕疵があったとみられるかどうかは、その事故当時における当該営造物の構造、用法、場所的環境、利用状況等諸般の事情を総合して個別的具体的に判断するのが相当である。

二  そこで、上記の点について検討するに、証拠<省略>によれば、上記事情に関連する事実として、次のような事実が認められる。

(1)  本件市道は、島根県大田市大田町大田の山崎地区と同市長久町稲用地区を結ぶ片側一車線の舗装された道路である。

本件市道の長さは、およそ一・五キロメートル程度であり、起点は上記山崎地区の住宅街にあり、終点は上記稲用地区の集落部にある。そして、上記住宅街と上記集落部との間は山間部となっていて、本件市道の中間付近は峠となっている。

本件事故現場は、上記山崎地区の住宅街と上記山間部の境目付近にあり、上記峠から上記住宅街に向かって下り傾斜の路面となっている。

本件事故当時、本件市道の上記山間部の区間には、被告により凍結防止剤が設置された箇所が三か所あり、うち二か所には「消雪剤」であることの表示がなされていた。

本件事故当時、本件事故現場付近に凍結注意の看板は設置されていなかった。

また、本件事故現場付近には、漏水や溢水、湧水の原因となるような施設や設備、構造物、自然物は見当たらない。

(2)  平成一八年四月から本件事故当日の平成二三年二月三日までの間に、本件市道での凍結による道路施設の毀損事故の報告はなく、また、本件事故以前における本件事故現場付近での路面凍結による自動車のスリップ事故があったという事情はうかがわれない(この点に関し、原告は、本件市道の上記峠付近での雪によるスリップ事故は発生しているが、本件事故現場付近での路面凍結によるスリップ事故は聞いたことがないし、自分自身も本件事故現場付近で路面凍結による危険を感じたことはなかったと供述している。)。

被告は、平成一七年の合併によって市域が拡大し、職種転換もあって、市道等の状況確認のパトロールが三班体制から一班体制に変更となったことから、通勤途上に市道等の異常を発見した場合には報告することを被告の職員に周知している。また、被告のホームページにおいて、住民に対し、道路の危険箇所などを発見した場合には通報することを呼び掛けている。

(3)  本件事故により、原告車両の左前部、右前部及び右後部が損傷しているところ、原告は、原告車両を運転して本件市道を走行中、本件事故現場付近においてスリップでハンドルが制御できなくなった旨、そのため、同所は緩い右カーブになっていたものの、原告車両はそのまま左前方に進行し、原告車両の前部が進行方向左側にある本件市道のガードレールに衝突した旨、その後、原告車両が回転したかどうかははっきりしないが、最終的には、対向車線ではなく走行車線内で反対向きになって停止した旨供述している。

(なお、本件事故の際の原告車両の動静の詳細は不明だが、スリップによりやや左前方に滑走した原告車両の左前部と進行方向左側にあった本件市道のガードレールがまず衝突し、そのために原告車両が左に回転し始め、左回転しながら原告車両の右前部と上記ガードレールが衝突し、その後、さらに左回転しながら原告車両の右後部と上記ガードレールが衝突したという可能性が考えられる。この点に関し、被告は、原告車両が高速で走行していたと主張しているが、これを裏付ける的確な客観的証拠はないこと、滑走して制動が効かなくなった車両が衝突した場合には車両損傷が大きくなる場合もあり得ることなどからすると、被告の主張をそのまま採用することは難しい。)

三(1)ア 以上の事実関係を前提として検討するに、本件市道がある島根県大田市は、冬季には積雪があって気温も氷点下になることもあるから、気象条件によっては、本件市道において路面の凍結が発生する可能性があることは否定できないし、そのような可能性があること自体は、原告を含めた本件市道の利用者及び本件市道の管理者である被告においても予見することが不可能ではなかったということもできる。

イ しかしながら、上記のような可能性は、本件市道に限られたものではなく、気象条件により路面の温度が氷点下になり得る地域に存在する道路であれば、想定し得るものであって、その意味では、一般的抽象的な可能性であるということができる。

そして、上記のとおり、車両運転者を含む道路の利用者においても上記のような一般的抽象的な可能性があることを予見することが不可能ではないことや特に車両運転者は路面状況を的確に把握してその状況に応じた適切な運転をすることが期待されていることも考慮すると、そのような一般的抽象的な路面凍結の可能性があるからといって、直ちに、何らかの対策が執られていなければ道路として通常有すべき安全性を欠いていることになると解することは現実的ではなく、相当ではない。

ウ もっとも、路面凍結の可能性が、上記のような一般的抽象的な可能性の程度を超えて具体的な可能性の程度をもって認められ、かつ、それが予見できる場合においても、何らの対策を執らなくても道路として通常有すべき安全性を欠いていることにならないとすることは、道路の利用者の安全確保という見地からすると、相当とはいえないものというべきである。

エ 上記アないしウの検討を踏まえると、過去に路面凍結が発生したことがある箇所や漏水、溢水、湧水等のため気象条件によっては路面凍結が発生し易くなっている箇所が存在する道路の区間については、当該道路における路面凍結によるスリップ事故の可能性が、具体的な可能性の程度をもって認められ、かつ、それが予見できるといえるから、そのような場合には、例えば、当該道路の上記区間の手前などの適切な箇所に、路面凍結について車両運転者の注意を喚起できるような標識等を設置したり、路面凍結が発生し、あるいは、発生し易くなっている箇所付近に凍結防止剤の設置や散布をしなければ、道路として通常有すべき安全性が確保されないことになり、その設置又は管理に瑕疵があることになるものと解するのが相当である。

(2)  これを本件についてみるに、本件市道の本件事故現場付近の区間においては、本件事故発生より前の段階で路面凍結が確認されたという事情はうかがわれないし、漏水や溢水、湧水等のため路面凍結が発生し易くなっていたという事情もうかがわれないことなどを踏まえると、本件事故現場付近での路面凍結の可能性は、少なくとも本件事故発生の時点においては、一般的抽象的な可能性の程度を超えるものではなかったものと評価せざるを得ない。

そうすると、本件事故現場を含む本件市道の区間において、路面凍結に備えるための対策が執られていなかったとしても、そのことから、直ちに、道路として通常有すべき安全性に欠ける状態にあったとまではいえないことになる。

(なお、原告の主張するような対策は、路面凍結の可能性が一般的抽象的な程度にとどまる場合であっても、それによるスリップ事故の防止あるいは軽減に資する側面があることは否定できない。しかしながら、被告の管理する道路の総延長距離は相当の長さになる上、上記説示のとおり、冬季における路面凍結の一般的抽象的な可能性は、被告の管理する道路のどの箇所においても存在し得るという現実の下では、そのような一般的抽象的な可能性がある箇所の全部に凍結防止剤を散布するには相当の費用を要することは明らかであり、現実的な対策と位置付けることができるかについては検討の余地がある。また、上記のとおり、本件市道の山間部の区間には凍結防止剤が設置してあったというのであるから、路面凍結の危険性についての車両運転者に対する注意喚起が全くなされていなかったとまでは断じ難い。道路パトロールについても、上記のとおり、被告職員の通勤途上を利用した情報収集の周知やホームページによる住民に対する情報提供の呼び掛けなども試みられていたというのであるから、人員が十分でない状況下での道路パトロールの限界に対して、ある程度の方策が講じられているといえないわけではない。さらに、上記パトロール等によって得られた情報の住民に対する提供や警察との連携、緊急時の連絡体制の整備などといった施策は、不要なものとはいえないが、本件市道の設置又は管理の瑕疵という視点と同一次元内で検討することは難しいものといわざるを得ない。)

四  小括

以上の検討からすると、本件市道については、原告の主張する対策が講じられていなかった点も含めて、その設置又は管理に瑕疵があるとまではいえないことになるから、その余の点(争点(2)(損害の内容と額))について判断するまでもなく、原告の本件請求は理由がないことになる。

(もっとも、国家賠償法における被告の法的な責任の有無は上記判断のとおりであるとしても、住民の安全を守るという地方公共団体の行政上の責務という観点からは、路面凍結という身近な自然事象による交通事故防止のための方策として、現在なされている方策に加えてさらに実施できるものはないのかという点について、被告及びその住民との間において今後も十分に検討する必要があり、単に人員や予算が足りないからというだけで安全対策が後手に回るようなことがあってはならないものと考えられる。)

第四結語

以上によれば、原告の本件請求は、理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 三島琢)

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