松江地方裁判所浜田支部 平成17年(モ)52号 決定 2006年2月17日
京都市下京区烏丸通五条上る高砂町381-1
申立人(本案被告)
株式会社シティズ
上記代表者代表取締役
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島根県浜田市●●●
相手方(本案原告)
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上記訴訟代理人弁護士
田上尚志
主文
本件移送申立てを却下する。
理由
一 本件移送申立ての趣旨及び理由は,別紙「移送の申立書」,「意見書に対する反論」及び「意見書に対する反論(2)」記載のとおりであり,これに対する答弁及びその理由は,別紙「原告準備書面(1)」,「原告準備書面(2)」及び「原告準備書面(3)」記載のとおりである。
二 当裁判所の判断
1 本件訴訟は,相手方が,貸金業者である申立人との間で,5回にわたり金銭消費貸借契約(以下「本件各契約」という。)を締結し(その際作成された各契約書を,以下「本件各契約書」という。),これに基づき返済してきたが,利息制限法による制限利息に従って計算すると過払になっているとして,不当利得金としてこの過払金の返還を請求するものである。そこで,以下検討する。
2 移送申立ての可否について
(1) 相手方は,申立人が既に本件訴訟における本案判断のための重要な証拠を提出しており,本件訴訟を移送すれば,本案に関する審理をやり直すことになって著しく訴訟経済に反するから,この時点で移送の申立てをすることは訴訟法上の信義則(民訴法2条)に反し許されない,また,本件訴訟は訴訟の目的の価額が300万円を超えるのであるから,本来簡易裁判所における審理になじむものではないのに,このような訴訟まで簡易裁判所で審理すべきであるとする専属管轄の合意は,手続の適正化の要請に著しく反しており,合意管轄制度の濫用であるなどと主張する。
(2) しかし,本件訴訟は,第1回口頭弁論期日を経たのみであるし,申立人は本案の答弁に先立ち移送を申し立てているのであるから,著しく訴訟経済に反する申立てとはいえない。また,合意によって事物管轄を超える訴訟の目的物を簡易裁判所の管轄とすることは許されており,そのことだけで合意管轄制度の濫用とはいえない。
3 専属的合意管轄の合意について
(1) 相手方は本件各契約書に署名しているが,本件各契約書には,訴訟行為については広島簡易裁判所をもって専属的合意管轄裁判所とする旨の文言があることが認められ,したがって,申立人と相手方との間には,申立人の主張するようないわゆる専属的合意管轄が成立しているということができる。
(2) 相手方は,申立人が既に本案に関する答弁書を提出して応訴しているのであるから,管轄の合意は当事者を拘束するものではない旨,また,本件訴訟は,基の契約に基づく請求ではなく,法律上認められる不当利得返還請求権に基づくものであるから,本件訴訟は申立人の主張する管轄の合意に拘束されない旨各主張する。
しかしながら,申立人の主張する管轄の合意は,その趣旨・目的からすると,本件各契約に関して紛争が生じて訴訟になる場合は,その訴訟の訴訟物や法律構成のいかんにかかわらず,すべての訴訟が合意した裁判所に提起され追行されるべきことに合意したものと解するべきである。また,そう解しなければ,契約に基づく請求をする訴訟と本件のような請求をする訴訟とが別々の裁判所に係属することを認めざるを得なくなるが,そうすると社会的には密接に関連するというべき紛争に関する訴訟が分散されることになり得るのであって,これが当事者の意思とは考えられない。
4 本件における移送について
(1) 本件における専属的合意管轄については上記のとおりであるが,そうであっても,受訴裁判所が法定管轄を有し,かつ,著しい訴訟の遅滞を避け,又は当事者間の衡平を図るため必要があると認められるときは,民訴法17条の法意に照らし,専属的合意管轄の裁判所に移送しないで当該受訴裁判所において審理することが許されると解するのが相当である。
(2) そこで本件について検討すると,本件訴訟は,不当利得返還請求権に基づく過払金の支払請求であって持参債務であるから,民訴法5条1号により,義務履行地である相手方住所地を管轄する当裁判所が法定管轄権を有する。
そして,本件の審理においては,相手方が申立人に支払った利息制限法所定の制限利息を超える利息の弁済が貸金業法43条の適用により有効な利息の弁済と認められるかどうかが主たる争点になるものと考えられるが,その場合の証拠方法としては,貸金業法17条及び18条に定める各書面が書証として考えられる外,双方の争い方によっては申立人の担当者や相手方本人の尋問が必要になるものと予想される。そして,相手方は,個人であって,広島簡易裁判所で審理が行われた場合,その経済上等の負担は大きく,相手方本人又はその訴訟代理人の出頭確保が困難になる可能性があるのに対し,申立人は,全国各地に支店を有する会社組織であって,受訴裁判所である当裁判所において審理をした場合であっても,そのような可能性は考えられない。これに加えて,本件における管轄の合意は,不特定多数の者に対して利用される定型的な契約書に不動文字で記載されている条項が根拠となっているのであるし,その内容も相手方にとって一方的に不利なものであることなどを考え併せれば,本件訴訟を広島簡易裁判所に移送すると著しい訴訟の遅滞を生じるおそれ及び当事者間の衡平を害するおそれがあるものと認められる。そうすると,本件訴訟については,当事者間において,申立人の主張する管轄の合意があっても,当裁判所において審理することが相当である。
5 以上によれば,本件移送申立ては理由がないから却下することとし,主文のとおり決定する。
平成18年2月27日
(裁判官 善元貞彦)
<以下省略>