横浜地方裁判所 平成元年(ワ)3199号 判決 1991年3月25日
原告
鈴木晴美
右訴訟代理人弁護士
川又昭
被告
株式会社三博モンタボー
右代表者代表取締役
竹井博康
右訴訟代理人弁護士
野本俊輔
右訴訟復代理人弁護士
河野憲壯
被告補助参加人
株式会社日活スペースデザイン
右代表者代表取締役
山田安邦
右訴訟代理人弁護士
遠藤義一
被告補助参加人
株式会社東洋社
右代表者代表取締役
阿萬新吾
右訴訟代理人弁護士
井波理朗
同
太田秀哉
同
柴崎伸一郎
被告補助参加人
ネップー橋本機械株式会社
右代表者代表取締役
橋本栄一
右訴訟代理人弁護士
船戸実
同
中城重光
主文
一 被告は原告に対し、金六四一万八六八四円及びこれに対する平成元年一二月二三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とし、参加によって生じた費用は全部補助参加人らの負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、金八七九万九五七〇円及びこれに対する平成元年一二月二三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 仮執行免脱宣言
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
(一) 原告は、神奈川県茅ヶ崎市共恵一丁目一番六号所在木造スレート葺二階建建物(以下「本件建物」という。)のうち二階東側約八坪を、所有者林梅吉から賃借し、同所(以下「原告店舗」という。)で「おしゃれルーム茅ヶ崎店フロムアリス」の名称で美容業の店舗を経営していた者である。
(二) 被告は、本件建物のうち一階を、所有者林梅吉から賃借し、同所(以下「被告店舗」という。)でパンの製造販売の店舗を経営していた者である。
2 本件火災の発生
被告が、平成元年六月二六日、被告店舗内に設置してあった被告所有のパン焼機(マルチデッキオーブン、以下「本件パン焼機」という。)を使用したところ、同パン焼機の熱風を外に誘導して排気する排気筒と建物の接着部分付近から火を発して火災となり(以下「本件火災」という)、原告店舗にも類焼してこれを焼失した。
3 責任原因
(一) 本件パン焼機の炉内温度は相当高温となり、その排気温度も二九〇度ないし三〇〇度の高温となる。したがって、排気筒は建物との間に不燃物を設置する等して火災防止の構造がとられなければならない。しかるところ、本件パン焼機の排気筒は、建物との間に不燃物を設置せず、かつ、排気筒それ自体が寸足らずで壁の中を貫通していなかった。そのため、排気筒が排気により高温となり、建物との接着付近で建物に着火して本件火災が発生したものである。
(二) また、原告従業員は、平成元年六月二四日、原告店舗の床、壁が異常に熱くなっていることを被告に通報したが、被告はこれについて何らの注意を払わなかった。
(三) したがって、本件パン焼機は、民法七一七条にいう土地の工作物に該当するところ、その設置、保存に瑕疵があって、本件火災を生じたものである。
よって、本件パン焼機の所有、占有者である被告はこれにより原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。
4 損害
(一) 内装焼失による損害金四五五万円
原告は昭和六〇年一一月の原告店舗開店に当たり、内装費金七〇〇万円をかけて原告店舗の内装を行った。右内装は通常一〇年間の耐用が可能であるところ、本件火災により約三年半の使用で焼失した。したがって、原価償却分を除いた金四五五万円の損害を被った。
(二) 消耗備品焼失による損害金九一万七八〇〇円
本件火災により鋏、櫛、スプレー、シャンプー等の消耗備品合計金九一万七八〇〇円が焼失し、同額の損害を被った。
(三) 休業損害金三三三万一七七〇円
原告は、月平均五五万五二九五円の営業による利益を得ていたことろ、本件火災により営業が不可能となった。したがって、少なくとも六ケ月分の休業損害を請求できるところ、同損害は金三三三万一七七〇円となる。
5 よって、原告は、被告に対し、民法七一七条に基づき、損害金八七九万九五七〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成元年一二月二三日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1(一)(二)の事実は認める。
2 同2の事実は認める。
3 同3の主張は争う。
4 同4の事実は不知。
三 被告及び補助参加人らの主張
1 被告
(一) 本件パン焼機及びこれに接続された排気筒等は、民法七一七条の土地の工作物に該当しない。
本件パン焼機は、所謂町のパン屋で使用されているもので、床にボルト等で接着されているものではなく、単に床に置いてあるにすぎず、建物に定着していない。したがって、本件パン焼機は建物の一部としての土地の工作物ということはできない。そうすれば、本件パン焼機に接続されていた排気筒等も土地の工作物には該当しないのである。
(二) 仮に、土地の工作物に該当するとしても、失火責任法の適用があり、工作物の設置、保存につき、重過失がない限り、賠償責任を負わないものであるところ、次のとおり、被告には重過失がなく、賠償義務を負わない。
被告は、被告店舗の改装工事を企図し、被告を含むグループ内の会社が建物工事ないし設備、機械の購入をする際に窓口業務を担当する常楽商工株式会社(以下「常楽商工」という。)に窓口になってもらい、専門業者である補助参加人株式会社日活スペースデザイン(以下「補助参加人日活スペースデザイン」という。)に排気筒工事を、株式会社鎌田機械製作所(以下「鎌田機械」という。)に機械をそれぞれ発注し、補助参加人日活スペースデザインは補助参加人株式会社東洋社(以下「補助参加人東洋社」という。)を下請に、鎌田機械は補助参加人ネップー橋本株式会社(以下「補助参加人ネップー橋本」という。)を下請にしたものである。
したがって、被告は専門的知識を有さない素人であるから、設置、保存につき専門業者を信頼して全て任せていたのであり、被告には重過失は存しない。
2 補助参加人日活スペースデザイン
(一) 本件パン焼機は土地の工作物に該当しない。
(二) 本件火災については失火責任法の適用があるところ、次のとおり、補助参加人日活スペースデザインには重過失は存しない。
(1) 被告は本件パン焼機を含む被告店舗改装工事一切を常楽商工に発注した。
常楽商工は右工事のうち、内装、冷暖房、給排気工事を補助参加人日活スペースデザインに下請に出し、補助参加人日活スペースデザインは右工事のうち、給排気工事、冷暖房工事を補助参加人東洋社に孫請に出した。
常楽商工は右工事のうち、本件パン焼機設置工事を鎌田機械に発注し、鎌田機械はこれを補助参加人ネップー橋本に対し下請に出した。
(2) 本件火災は、本件パン焼機設置業者の給排気工事業者に対する本件パン焼機排気筒に関する指示不適切と、排気筒工事をした補助参加人東洋社の工事の瑕疵によって発生したものである。
即ち、本件排気筒工事を行った補助参加人東洋社は、平成元年六月ころ鎌田機械から補助参加人日活スペースデザインに送られた設置、外形図(<証拠>)を補助参加人日活スペースデザインから交付を請け、これに基づいて排気筒の形態、能力を判定して工事を行った。ところが、右設置、外形図には、本件排気筒と焼き上がったパンから出る暖気等を排気する排気筒の区別、各排気温度の指摘がなされていなかった。そして、実際は、本件パン焼機がガス式であるため、本件排気筒は、炉内温度三〇〇度、排気温度が二八〇度となるため、排気筒の構造は煙突構造を取り、その工法は、壁を四角に切り抜き、排気筒が直接壁に接しないよう筒と壁の間に不燃物(ステンレス製カバー等)を設置し、両者を遮断する工法をとらなければならず、したがって、その工費も高額となるものであった。しかるに、補助参加人東洋社は、右設置、外形図から、本件パン焼機がガス式のものであるにもかかわらず、従来施行した電気式のパン焼機と同様に考え、本件排気筒につき、焼き上がったパンから出る暖気用の排気筒と同様の工法で工事を行い、かつ、本件排気筒が寸足らずで壁の中を貫通していない工事を行ったものである。したがって、右工事費も安価となっていた。
(3) 補助参加人日活スペースデザインにとっては、右指示不適切、工事の瑕疵を発見するのは困難であり、重過失は存しない。
3 補助参加人東洋社
(一) 民法七一七条について
民法七一七条の工作物とは、一定の目的に仕える附属設備を伴った全体としての施設自体をも含むものであり、本件では、マルチデッキオーブン、ダクト、強制排気扇、フパイラルダクト、これが壁と接する部分、防火ダンパー付ウエザーカバーの全体が工作物となる。
設置又は保存の瑕疵とは、工作物が通常有すべき安全性に関する性状、または設備を欠くことであり、当該工作物の設置された場所の環境、構造、用途、利用状況等諸般の事情を総合考慮したうえで、具体的に通常予想される危険の発生を防止するに足りると認められる程度の設備ないし配慮を欠いている状態をしめす。
本件では、後記のとおり、排気筒に不燃材料で防火上有効な被覆がされていない点、可燃性の壁を貫通する部分にめがね石がはめ込まれていない点、換気口を煙突構造にせず、防火ダンパー付ウエザーカバーを取り付けている点、最終点検の際の排気工事の確認を懈怠したこと、消防署に対する届出を懈怠したこと、原告からの床が熱いとの指摘に対する調査を怠ったこと等が瑕疵として問われるものである。
(二) 失火責任法の適用について
本件火災のような延焼火災の場合は、民法七一七条にも失火責任法が適用され、重過失がある場合のみその責任を負うべきである。
(三) 本件火災の責任について
(1) 補助参加人東洋社は、平成元年六月、補助参加人日活スペースデザインから本件パン焼機の排気工事を請け負い、同工事を行った。
補助参加人東洋社は従前から補助参加人日活スペースデザインの下請け工事を行っており、パン焼機の排気工事を請け負ったことも十数件あったが、いずれも電気式のパン焼機の排気工事であった。ところが、本件排気工事については、補助参加人日活スペースデザインから外形図(<証拠>)を交付されたのみで、本件パン焼機が従来工事を行っていた電器式のパン焼機ではなく、ガス式のパン焼機で高温の排気を出すものであることの説明を受けなかった。そのため、従来の電気式のパン焼機の排気仕様(換気口に排気温度七二度でヒューズが溶け、ダンパーが換気口を閉じる防火ダンパー付ウエザーカバーの取り付けも含む)で見積書を補助参加人日活スペースデザインに提出し、その了解を得て右工事を行ったものである。
(2) 本件パン焼機はガス式のもので、二八〇度もの高温の排気が排出されるものであるが、このような排気筒工事については本来次のような工事をすることが義務づけられているが、本件排気工事では右安全対策はなされていなかった。
神奈川県火災防止条例では、排気筒について、金属製のものは、小屋裏、天井裏、床裏等になる部分を金属以外の不燃材料で防火上有効に被覆すること、可燃性の壁、床、天井等を貫通する部分はめがね石その他これに準ずるものをはめ込むこと、可燃性の壁、床、天井等を貫通する部分及びその付近においては、接続しないこととされ、財団法人日本ガス機器検査協会のガス機器の統一的安全基準でも、排気筒を設置する周囲に可燃材料等がある場合防火上安全な離隔距離をとるか、可燃材料の部分を有効に防護すること、離隔距離をとらない場合の防護としては、排気筒の表面を一定以上の厚さの不燃材料で覆うか、貫通部分についてはめがね板等を使うこととされている。
(3) したがって、本件火災は、補助参加人日活スペースデザインが補助参加人東洋社に対し、排気工事の指示を怠ったことに加え、平成元年六月二一日の本件パン焼機の試運転に立ち会った本件パン焼機のメーカーである補助参加人ネップー橋本が排気筒設置の安全点検を怠ったこと、被告が本件パン焼機について条例で定められた設置前の消防署長に対する防火必要事項等の届出及び使用開始前の消防署長の検査を受けていなかったこと、原告から壁及び床が熱くなっている旨の指摘がされたのに、被告及び補助参加人日活スペースデザインがその調査を怠ったこと等の不注意により発生したものである。
4 補助参加人ネップー橋本
(一) 補助参加人ネップー橋本は、鎌田機械に対し、本件パン焼機本体を売り渡したのみで、その設置工事には関係していない。
補助参加人ネップー橋本は、右売買の際、鎌田機械に対し、外形図(<証拠>)を交付した。右外形図には、所要熱量三二〇〇〇キロカロリー・アワーの記載があり、本件パン焼機がガス式のものであり、排気温度が相当な高温になることが示されており、排気業者であれば、容易にこれを判読することができたはずである。
(二) 本件パン焼機の試運転には、ネップー橋本も立ち会った。これは、排気工事の検査をするものではなく、本件パン焼機自体が正常に作動するかいなかを検査したにすぎない。
(三) また、平成元年六月六日から九日まで、被告の従業員がネップー橋本の工場で、パン焼機の性能、操作等の講習を受けたが、その際、補助参加人ネップー橋本は右被告従業員に対し、排気筒内は三〇〇度の高温になる旨説明をした。そして、右試運転の際も、右従業員が工事業者に対し、その旨の説明をして安全確認をしたところ、大丈夫である旨の返答を受けていた。
(四) したがって、本件火災は、排気筒業者の工事の瑕疵により発生したものであって、補助参加人ネップー橋本は本件排気工事には無関係であり、その責任を負うものではない。
第三 証拠<省略>
理由
一当事者及び本件火災の発生
請求原因1(一)、(二)、2の各事実はいずれも当事者間に争いがない。
二責任原因について
1 右争いのない事実及び成立に<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。
(一) 本件建物及び被告店舗の状況等
(1) 本件建物は、本件火災当時、木造スレート葺二階建(外壁はモルタル一部板張り)店舗併用住宅252.93平方メートルで、一階南側81.14平方メートルが被告店舗、二階東側34.67平方メートルが原告店舗、二階西側43.22平方メートルが喫茶店、右を除く北側一階67.89平方メートル、二階33.12平方メートルが本件建物所有者林梅吉の居宅となっており、右各区画及び一、二階は木製の板壁、天井、床等で区切られ、特別の耐火構造は施されていなかった。また、本件建物はJR東海道線茅ヶ崎駅周辺の繁華街の中にあって、近隣は木造の商店等の建物が密集していた。
(2) 被告は、被告店舗の内北側約半分をパンを製造する製パン工場、南側約半分を右製造したパンの販売店舗として使用し、右製パン工場には、本件パン焼機、電気オーブン等のパン製造機械が設置されていた。なお、右製パン工場の部分も、通常の木造建物の一部で、特別の耐火構造はとられていなかった。
(二) 本件パン焼機
(1) 本件パン焼機は、ガスの高温燃焼によりパンを焼く、都市ガス用マルチデッキオーブンで、本件火災当時、本体上部に右燃焼による高温排気を排出するための金属性排気筒(直径一〇センチメートル、排気用モーターも組み込まれている)が取り付けられ、右排気筒の先端は、本件建物の壁に開けられた直径約一一センチメートルの穴に差し込まれ、右穴の建物外壁の開口部には防火ダンパー(ウエザーカバー付)が設置されていた。
したがって、本件パン焼機は、本体の外、右排気筒、防火ダンパーまで含めてその機能を果たすべきものとされていたもので、これらと一体となった機械であった。
(2) 本件パン焼機の本体は、幅約1.2メートル、奥行約2.5メートル、高さ約二メートルの箱形の形状をし、重量が約2.3トンあり、建物等と固定されている二本の排気ダクト及びガス管等と接続されたうえ、床に接着して定位置に設置されていたもので、右定位置で使用され、移動することは予定されておらず、また、その重量、配管等のため容易に移動しうるものではなかった。
(3) 右穴が開けられた壁は、内側が石こうボード、外側が外面にモルタルが吹き付けられた木製の張り板、その間は約一三センチメートルの幅の空間となって、その中に木製の柱、垂る木があり、断熱材が詰められていた。ところで、右穴に差し込まれた排気筒の先端は、右外壁まで達しておらず、外壁まで約一〇センチメートル手前の壁の中で終わっていた。
(三) 本件パン焼機の瑕疵
(1) 本件パン焼機は、右のように高温多量の排気を行うため、火災発生の危険性が高く、神奈川県火災防止条例、財団法人日本ガス機器検査協会のガス機器の統一的安全基準例等に照らしても、次のような火災防止方策がとられることが要請され、これらは、製造メーカー、排気筒工事業者等の間でも常識となっていた。
即ち、燃焼熱の排気筒は、金属以外の不燃材料で防火上有効に被覆し、これが可燃性の壁等を貫通する部分は排気筒が直接壁に接しないようめがね石その他これに準ずる不燃物をはめ込み、また、右排気筒は煙突構造をとらなければならないとされていた。
(2) ところが、本件パン焼機の燃焼熱の排気筒は、電気式パン焼機の排気筒工事の仕様で行われていたもので、排気筒に防火被覆がされておらず、これが板壁を貫通する部分にめがね石等の不燃物がはめ込まれておらず、そのため、排気筒が直接壁に接しており、また、排気筒が寸足らずで壁の中を貫通しておらず、排気が壁の中に進入するようになっており、加えて、排気筒の排出口に七二度で溶解される温度ヒューズ付の防火ダンパーが設置され、ダンパーが閉じられた場合は、排気がそこで遮断され、煙突構造が阻害されるようになっていた。
なお、右防火ダンパーは、建物内部で火災が発生した場合、温度ヒューズが溶断されてダンパーが閉じられ、炎が外部に出ないようにするものであり、本件パン焼機のような高温排気の排気筒には設置してはならないものであった。
(四) 本件火災の発生経緯
被告は、平成元年六月ころ、被告店舗の改装を行い、それに伴い、新たに本件パン焼機を購入し、これを被告店舗に設置した。被告は同月二一日本件パン焼機の試運転を行ったが、その際、その高温排気(約三〇〇度)が前記防火ダンパーの温度ヒューズ(七二度で溶解)を溶断し、防火ダンパーが遮断された。
被告は本件パン焼機を同月二二日から連日営業運転させた。そのため、同日から同月二六日までの間に、本件パン焼機から排出される高温(約三〇〇度)多量の排気が外部に排出されず、内壁と外壁との隙間に排出され続け、排気筒周囲の木ずりが熱せられ蓄熱して炭化状態となり、同月二六日午前一一時半ころそこから無炎着火により出火し、本件火災となった。
以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
2 以上の認定事実を基にして、被告の責任の有無について検討する。
(一) 民法七一七条(工作物責任)は、いわゆる危険責任の法理に基づき、危険性の高い土地を基礎とした工作物を管理又は所有する者に対し、その設置保存に瑕疵があった場合、これにより他人に生ぜしめた損害につき、無過失の賠償責任(但し、占有者に対しては無過失を立証することにより責任を免除する。)を規定しているものである。右趣旨からすれば、前記のごとき構造で被告店舗の製パン工場部分の床面に設置されていた本件パン焼機は、被告の製パン工場に設置した危険な企業設備として被告製パン工場部分の建物と一体となっているというべきであり、これらは全体として土地の工作物に該当するものということができる。
また、本件パン焼機は、その火災発生の危険性のゆえ、火災防止のための前記二1(三)(1)の設備を当然有していなければならないところ、これら火災防止設備を欠いていたものであるから、その物が本来具えているべき性質または設備を欠いていたことは明らかであり、その設置、保存に瑕疵があったということができる。
したがって、本件パン焼機の占有、所有者である被告は原告に対し、民法七一七条に基づき、本件火災により原告が被った損害を賠償する義務がある。
(二) ところで、被告は、本件火災には失火責任法の適用があり、被告に重過失がない限り原告に対し損害賠償責任を負わないと主張するので検討する。
工作物責任は、前記のとおり、無過失賠償責任を規定し、その責任を加重しているものであり、また、工作物の瑕疵によって生じた事故が火災であるか、または他種の事故であるかを区別して規定しているものではない。しかしながら、失火責任法は、木造家屋が多いため火災の延焼により損害が予想外に拡大しやすい我国の火災の特殊事情を考慮し、失火者が故意、重過失あるときに限り責任を負うと規定し、特に、失火者の責任を軽減しているものである。これら双方の立法趣旨を考慮すれば、工作物から直接に生じた火災による損害については失火責任法の適用は排除されるが、延焼部分については同法が適用され、工作物の設置、保存について重過失ある場合に限りその責任を負うものと解するのが相当である。
そうすると、原告店舗と被告店舗は、同一木造建物の中の一階と二階に存し、両者の間は木造の天井、床で区画され、特別の防火設備は何ら施されていなかったというのであるから、他の独立の建物に延焼した場合とは異なり、本件火災は、被告の本件パン焼機の設置、保存の瑕疵から直接発生した火災ということができ、失火責任法の適用はないものというべきである。
仮に、同法の適用ありとしても、以上述べてきたところからすると、本件火災は容易に予想しうるところであり、その予防も容易になしえたものであるから、被告には重過失があったというべきであり、いずれにしても被告はその責任を免れることができない。
(三) なお、被告は、本件パン焼機が建物にボルト等で固定されていなかったとして建物との定着性に欠けると主張するが、危険責任の法理によれば、工作物責任を認める本質は工作物の危険性にあるのであって、その定着性は工作物の性質についての本質的な区別ということはできないものである。そうすると、建物を基礎とする危険な企業設備を建物と一体のものとして全体として土地の工作物に当たると解する場合、その定着性は、その企業設備と建物との一体性の有無を基準として考えるべきであって、少なくとも、その設備が建物内の定位置で使用され、移動しない性質のものであり、かつ容易に移動できない状況にあれば、建物と強固に固定されていなくても、建物と一体の状況にあるとして、その定着性が肯定されるというべきである。してみれば、本件パン焼機は、前記認定のとおり、その定着性に欠けることはないものである。
(四) また、被告は、本件事故について、本件パン焼機設置の請負人に工事の瑕疵があったものであるから、専門知識のない被告には責任がない旨主張する。しかしながら、民法七一七条の責任については、土地の工作物の所有者、占有者であれば、危険物の管理者として、その責めに任ずるべきものであり、仮にその瑕疵が請負人の責めに帰すべき場合であったとしても、被害者に対する賠償責任を免れることはできないものである。
三損害について
(一) <証拠>によれば、原告は、昭和六〇年一〇月ころ、原告店舗を開店するに当たり、約金六七七万円の費用を支出して内装工事を行ったこと、右内装は通常一〇年はそのまま使用できるところ、約三年八月の使用で焼失してしまったことが認められる。
そうすると、原告の右損害は営業利益の損害の一つと考えられ、減価償却における定率法を参考にして、経過年数による右利益の自然喪失を考慮したうえ右損害を算定すると、原告は本件火災により少なくとも右支出額の五割に相当する金三三八万五〇〇〇円の損害を被ったものと認めるのが相当である。
(二) <証拠>によれば、原告は本件火災により、消耗備品金九一万七八〇〇円相当を焼失し、同額の損害を被ったことが認められる。
(三) <証拠>によれば、原告は、本件火災当時、原告店舗の経営を従業員の浅野肇に任せ、浅野は売上から原告に対し毎月金一五万円を支払い、経費を除いたその余の利益は給料として浅野が取得していたこと、昭和六三年度一年間の原告店舗の総売上は合計金九八二万五四二〇円となり、その内、原告が直接取得した金員は合計金一八〇万円、浅野が取得した金員は合計金四八六万三五三七円となること、原告と浅野との契約関係は本件火災により終了せざるをえなくなって現在終了しているが、原告は本件火災による浅野への給料補償を考えているが、その具体的金額ないし支払はなされていないことが認められる。
そうすると、原告は、本件火災により、右原告取得金額の六ケ月分、金九〇万円及び浅野に対する相当因果関係の範囲内の給料補償費として浅野取得金額の三ケ月分、金一二一万五八八四円、合計金二一一万五八八四円の損害を被ったというべきである。
四結論
以上によれば、原告の本訴請求は、損害金六四一万八六八四円及びこれに対する記録上明らかな訴状送達の日の翌日である平成元年一二月二三日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官宇田川基)