横浜地方裁判所 平成元年(ワ)3314号 判決 1990年6月04日
原告 甲野一郎
右訴訟代理人弁護士 小川征也
同 岩下孝善
被告 チェリー春子こと 甲野春子
右訴訟代理人弁護士 中村生秀
主文
一 本件訴えを却下する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 原告と被告との間において、別紙覚書記載内容の覚書が真正に成立したものであることを確認する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 甲野花子は平成元年八月四日死亡したものであるところ、同人の相続人は子である原告及び被告のみである。
2 原告及び被告は平成元年八月八日花子の遺産について協議したうえ、別紙覚書記載内容の覚書(遺産分割協議書)を作成した。
3 右遺産分割の合意により原告が取得した東京都練馬区《番地省略》、宅地、一四九・一五平方メートル(以下「本件土地」という)につき相続を原因とする所有権移転登記手続をするには、各相続人の印鑑登録証明書を添付しなければならないところ、被告は右覚書に異議を述べて印鑑登録証明書を提出しない。そこで、右登記を経由するため、登記実務において必要とされる被告の印鑑登録証明書に代わる覚書(遺産分割協議書)の真正な成立を確認する判決が必要である。
4 また、被告は右遺産分割協議書に記載された「現金預金は三〇〇〇万円を原告が相続し、残りは被告が相続する。」の合意に異議を述べているので、覚書(遺産分割協議書)の真正な成立を確認する判決が必要である。
5 よって、請求の趣旨記載の判決を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実のうち、原告及び被告が平成元年八月八日の花子の遺産について協議したことは認め、その余の事実は否認する。
別紙覚書記載内容の書面は遺産分割協議書ではない。
3 同3、4は争う。
三 被告の主張
登記実務では、遺産分割協議が成立したが、相続人の一部の者が右分割協議書に押印した登録印鑑の印鑑登録証明書を交付しない場合は、右印鑑登録証明書に代えるものとして分割協議書が真正に成立したことを証明する判決を添付すれば相続登記手続ができるとしているものである。
ところで、本件では、原、被告間には遺産分割協議は成立しておらず、また、覚書は遺産分割協議の内容を具備しておらず、また、これには印鑑登録された印鑑による押印もないのであって、仮に覚書に被告の印鑑登録証明書を添付しても相続登記の手続はとりえないものであって、覚書は不動産登記法第一四条所定の相続を証するに足るべき書面とはならないものである。
仮に、覚書とおりの内容の遺産分割協議が成立したとすれば、被告は詐欺による意思表示としてこれを取り消す予定であり、いずれにしても、原告は被告を相手とする遺産分割の調停を申し立てるべきである。
理由
一 証書真否確認の訴えは、その書面に記載された内容とは無関係に、書面が作成名義者によって作成されたかどうかのみを確定する訴訟であるが、このような書面の真否の確定について独立の訴えが許されるのは、法律関係を証する書面の真否が判決が確定されれば、当事者間においては右書面の真否が争えない結果、法律関係に関する紛争自体も解決される可能性があり、少なくとも、その紛争の解決に役立つことが大きいという理由によるものである。したがって、その書面の真否が確定されてもこれによって当事者の権利関係ないし法律的地位の不安を除去することができず、これを解消するためには更に進んで当該権利または法律関係自体の確認を求める必要がある場合には、右証書真否確認の訴えは訴訟要件たる即時確定の利益を欠き、許されないものといわなければならない。
これを本件についてみるに、被告は、遺産分割協議が成立していない、仮に成立していたとしても詐欺によりその意思表示を取消す旨主張し、原告の本件土地についての登記請求等を根本的に争っているのであるから、本件証書真否確認の訴えにより覚書の真否が確定されたとしても、これにより当事者間に争いのある登記請求権の存否等についての紛争が根本的に解決されるものではなく、当事者は権利関係の不安を解消するためには別の裁判手続により右登記請求権自体の存否等を確定する必要があることは明らかである。したがって、本件証書真否確認の訴えは即時確定の利益を欠くものというべきである。
なお、相続人間の分割協議により相続人の一人が権利を取得した場合における相続登記の申請は、分割協議書のほかその協議に加わった者の右協議書に押印した印鑑につき印鑑登録証明書を添付することを要し、右印鑑登録証明書が得られない場合はこれに代えて分割協議書が真正に成立したことを証明する判決を添付してこれをすることができることは当裁判所に顕著な事実であるが、別紙覚書記載の書面にはそもそも被告の指印しか押印されておらず、登録印鑑による押印はされていないのであるから、仮に被告の印鑑登録証明書を添付しても右覚書によっては相続登記の手続は取りえないものといわざるをえない。したがって、請求原因3の主張についても、確認の利益がないことは明らかである。
三 以上によれば、本件訴えは不適法であるからこれを却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 宇田川基)
<以下省略>