大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 平成元年(ワ)983号 判決 1991年9月25日

原告 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 中村弘

被告 乙山春子

右訴訟代理人弁護士 稲木俊介

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

第一請求

被告は原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する平成元年五月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、夫の不貞の相手方に対し、同不貞行為が妻としての権利を侵害し、夫との婚姻関係を破壊した不法行為であるとして、慰謝料を請求した事案である。

一 (争いのない事実)

1  原告と訴外セブンは婚姻した夫婦であった。

2  訴外セブンは、丙川大学国際学科の非常勤講師をしているものであるが、その傍ら、昭和五七、八年当時には訴外丁原株式会社(訴外会社)で商業英語全般の指導等にも従事していた。そして、同会社の従業員であった被告と知り合い、情交関係を結ぶにいたった。

3  その後原告と訴外セブンは、平成二年六月一一日、裁判上の和解(本件和解)によって協議離婚し、同日、右和解にしたがって同人から原告に対し、慰謝料金五〇〇万円及び財産分与として金四〇〇万円の合計金九〇〇万円が支払われた。

二 (争点)

被告は、本件情交関係を結んだ当時には訴外セブンに原告ら妻子があることを知らなかった旨主張し、不法行為の成立を争うほか、仮に、不法行為の責任を負うとしても原告は、既に本件不貞の主たる責任者である右訴外人から金五〇〇万円の慰謝料の支払いを受けているのであるから、その損害は填補され、被告の賠償責任は消滅していると主張する。

第三争点に対する判断

一 不貞行為について

1  当事者間に争いのない事実に《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 原告と訴外セブンは、昭和四六年四月二二日婚姻し、両者間に昭和四六年九月二六日長男一郎が、昭和五〇年一二月八日長女春子がそれぞれ出生した。

(二) 被告と訴外セブンは、昭和五七年夏、訴外会社のパーティーの席で知り合い、翌五八年から同人が被告に英語の指導をするなど交際するとともに、同年四月ころからは情交関係を結ぶようになった。

(三) 被告は、右関係の当初、訴外セブンに妻子があることを知らず、昭和五八年五月ころこれを知るようになったが、なお暫く右情交関係を継続していた。

(四) 被告と訴外セブンとの不貞関係は、間もなく原告の知るところとなり、被告は、原告から同人と別れるよう申し入れられるなどし、また、自らも一旦は右の関係を解消しようと考えて昭和五八年八月、戊田市内に転居し、更に翌五九年三月からは、甲田市内に居住するようになった。そして、被告の右転居後の約三年間は訴外セブンとの間で面会等直接の交渉はなく、時折手紙や電話での交信がなされる状態であった。

(五) 昭和六一年六月、被告は、訴外セブンと今後の関係について話し合おうと母親を伴って上京し、これを出迎えた右セブンと東京駅で再会したところ、その場を原告依頼の興信所の調査員に現認されて写真をとられ、訴外セブンが同調査員と争うとの一件がおきた。このことにより原告は、未だ被告と訴外セブンの不貞関係が続いているものと考え、被告の父親に宛てて被告の責任を追及する旨の内容証明郵便を送りつけたり、深夜を問わず被告やその両親のもとに架電し、激しい抗議を繰り返すようになった。

(六) 一方、訴外セブンは、右の一件以来原告に対する態度を硬化させ、自ら甲田市内に被告を尋ねて情交関係を結ぶなどし、更に、昭和六一年八月には原告に無断で東京都乙田市内にアパートの居室を賃借し、ここでしばしば寝泊まりするようになり、翌六二年一〇月からは原告と完全に別居するようになった。そして、これと前後して、原告に対し、昭和六二年夏には米国のグアムで離婚の裁判を提起し、またその後、日本国内でも離婚の調停及び訴訟(別件離婚訴訟)をそれぞれ申し立てるなど、被告との結婚を希望することを理由に離婚を強く求めるようになった。

(七) この間被告は、昭和六三年八月ころから訴外セブンの前記乙田市内の居室にほど近い現肩書住所地にアパートの居室を賃借し、しばしばここに滞在して右セブンと会い、情交関係を伴う交際を続けていた。

(八) 原告は、別件離婚訴訟において、訴外セブンの離婚の意思が強固であり、当該争訟が長期化することの、利益を考慮して遂に平成二年六月一一日、離婚に応ずることとし、長男及び長女の親権者を原告と定めたうえ、訴外セブンが原告に対し慰謝料として金五〇〇万円、財産分与として金四〇〇万円を支払うこと等を約した本件和解をし、これに基づき同月一四日同人と協議離婚をするにいたった。

2  右の認定事実によれば、被告は、訴外セブンに妻たる原告のあることを知った後もなお情交関係を結び、その後約三年間右関係を中断したものの、再びこれを結んで継続したこと、そして、この被告と右セブンとの不貞関係が主たる原因となって原告と同人間の婚姻関係が破綻したものであることが認められる。したがって、被告は訴外セブンの原告に対する貞操義務違反に加担し、原告の妻たる地位を侵害したものであるから、原告が受けた精神的苦痛を慰謝すべき責任があるというべきである。

そして、原告が被告の不貞行為によって精神的苦痛を受けたであろうことは容易に推認されるところ、前記認定の事実及び本件に現れた諸般の事情を総合考慮すると、原告の右苦痛を慰謝するには金三〇〇万円が相当である。

二 損害の填補について

原告と訴外セブン間で本件和解が成立し、これにより同人から原告に対し、離婚慰謝料として金五〇〇万円が支払われたことは当事者間に争いがない。

前記認定のとおり、原告と右セブンとの離婚の主たる原因は被告と同人の不貞行為にあるというべきであるから、右金五〇〇万円の慰謝料には本件不貞行為による原告の精神的苦痛を慰謝する趣旨も当然含まれているものといわざるをえない。そして本件の不貞行為は被告と訴外セブンの原告に対する共同不法行為を構成し、それぞれの損害賠償債務はいわゆる不真正連帯債務の関係になるものと解されるところ、本件では右のとおり共同不法行為者の一人である訴外セブンから原告に対し、既に前記認定の相当額を上回る慰謝料の支払いがなされているのであるから原告の本件精神的損害は全額填補されている関係にあり、被告の原告に対する本件損害賠償債務も右訴外人の履行行為により消滅したものといわざるをえない。

よって、原告の請求は理由がない。

(裁判官 加々美光子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例