大判例

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横浜地方裁判所 平成元年(行ウ)18号 判決 1992年9月24日

原告

堀口信益

右訴訟代理人弁護士

稲生義隆

右訴訟復代理人弁護士

高橋宏

被告

横浜南労働基準監督署長大木國男

右指定代理人

高瀬正毅

添田稔

越智敏夫

神尾武治

百武添子

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立て

原告は、「被告が原告に対し昭和六〇年八月九日付でした労働者災害補償保険法に基づく障害補償給付の支給に関する処分を取り消す。」との判決を求め、被告は、主文同旨の判決を求めた。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、相模船舶作業株式会社に雇用されている者であるが、昭和五八年一一月二八日、本牧埠頭B九号に接岸中の貨物船三栄丸の船内で雑貨積荷役作業中、左踵骨骨折の傷害(以下「本件受傷」という。)を負い、同日以降医療法人博生会本牧病院で左踵骨骨折を整復する徒手整復術等の処置を受けたが完治せず、昭和六〇年六月一二日、左足の後遺障害が固定した。

2  原告の後遺障害の一は、左足の疼痛である。その疼痛は踵骨の変形による距踵関節の不整合に起因し、これに腓骨筋腱腱鞘炎と外傷性扁平足障害とが重なって生じたものであるが、距踵関節の軟骨が少しずつ擦り減っていくので、経年変化によって疼痛はますます強くなっており、後遺障害が固定した日から七年余を経過した現在でもまだ疼痛が続いている。

後遺障害の二は、原告の左足関節の運動機能障害である。健常な右足は背屈が一六度、底屈が六三度であるのに対し、障害のある左足は背屈が三度、底屈が五〇度であり、背屈底屈とも右足に比べてかなり制限を受けている。これに前記の扁平足障害等が重なって、高所での作業、歩く必要のある作業、立って行う作業などが困難となり、就労可能な職種の範囲が相当程度制限されている。

3  以上の原告の左足の疼痛は、労働者災害補償保険法施行規則別表第一の障害等級表(以下「障害等級表」という。)第九級の七の二「神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」に該当し、左足の運動機能障害は、障害等級表第一〇級の一〇「一下肢の三大関節中の一関節の機能に著しい障害を残すもの」に該当する。

障害等級表に掲げる後遺障害が二以上ある場合は、重い方の後遺障害の該当する等級によるから、原告の後遺障害は、障害等級表第九級に該当することになる。

4  ところが、被告は、原告からの障害補償給付請求に対し、昭和六〇年八月九日、原告の後遺障害は障害等級表第一二級の一二「局部にがん固な神経症状を残すもの」に該当するとして、障害補償給付支給決定をし、その旨を原告に通知した。

5  よって、原告は、被告に対し、右処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1記載の事実は認める。

2  同2記載の事実中、原告に左足の疼痛の後遺障害があることは認め、その余は否認する。原告の左足の疼痛は、後記障害等級認定基準にいう脳神経、せき髄神経の外傷その他の神経痛、カウザルギーの症状ではなく、受傷部位の周囲の疼痛・圧痛である。また、左足関節の運動可能領域も、同基準にいう二分の一以下はもとより四分の三以下にも制限されていないものである。

3  同3記載の主張は争う。

労働省は、障害等級認定業務を公平迅速に行うため障害等級認定基準(以下「認定基準」という。)を設けているが、その認定基準中の本件に関係すると思われる疼痛等感覚異常の障害と下肢関節の運動機能の障害に関する部分は、次のとおりである。

(一) 疼痛等感覚異常の障害について

(1) 脳神経及びせき髄神経の外傷その他の神経痛

疼痛発作の頻度、疼痛の強度と持続時間及び疼痛の原因となる他覚的所見などにより疼痛の労働能力に及ぼす影響を判断して、軽易な労働以外の労働に常に差し支える程度の疼痛があるものを第七級の三、一般的な労働能力は残存しているが、疼痛により時には労働に従事することができなくなるため、就労可能な職種の範囲が相当な程度に制限されるものを第九級の七の二、労働には通常差し支えないが、時には労働に差し支える程度の疼痛が起きるものを第一二級の一二に該当するものとしている。

(2) 灼熱痛(カウザルギー)

右(1)と同様の基準によりそれぞれ第七級の三、第九級の七の二、第一二級の一二に該当するものとしている。

(3) 受傷部位の疼痛

労働には通常差し支えないが、時には強度の疼痛のため、ある程度差し支える場合があるものを第一二級の一二、労働には差し支えないが、受傷部位にほとんど常時疼痛を残すものを第一四級の九に各該当するものとしている。

(二) 下肢関節の運動機能障害について

障害等級表第一〇級の一〇「一下肢の三大関節中の一関節の機能に著しい障害を残すもの」の「関節の機能に著しい障害を残すもの」とは、障害の存する関節の運動可能領域を算定し、健側の運動可能領域と比較し、関節の運動可能領域が健側の運動可能領域の二分の一以下に制限されているものをいい、第一二級の七「一下肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの」の「関節の機能に障害を残すもの」とは、同様に算定して、関節の運動可能領域が健側の運動可能領域の四分の三以下に制限されているものをいうとしている。

被告は、この認定基準に則り、原告の左足の疼痛については、脳神経、せき髄神経の外傷その他の神経痛やカウザルギーの症状はなく、受傷部位の周囲に疼痛・圧痛の障害があるものと認め、障害等級表第一二級の一二に該当すると認定したものである。また、左足関節の運動機能障害については、左足の運動可能領域は右足と比べて二分の一以下はもとより四分の三以下にも制限されていないもの認め(ママ)、障害等級表第一〇級の一〇はもとより第一二級の七にも該当しないと認定したものである。

4  同4記載の事実は認める。

第三証拠関係

本件記録中の各証拠目録記載のとおりであるから、これを引用する(略)。

理由

一  原告が、相模船舶作業株式会社に雇用されて、昭和五八年一一月二八日、本牧埠頭B九号に接岸中の貨物船三栄丸の船内で雑貨積荷役作業中、左踵骨骨折の傷害を負い、同日以降医療法人博生会本牧病院で左踵骨骨折を整復する徒手整復術等の処置を受けたが完治せず、昭和六〇年六月一二日、左足の後遺障害が固定したこと、被告が、原告からの障害補償給付請求に対し、同年八月九日、原告の後遺障害は障害等級表第一二級の一二「局部にがん固な神経症状を残すもの」に該当するとして、障害補償給付支給決定をし、その旨を原告に通知したことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  (証拠略)によれば、原告の左足の後遺障害を疼痛の面からみると、この疼痛は、本件受傷により踵骨が内側に湾曲して距踵関節の不整合が生じたことに起因し、これに左変形性距踵関節症、腓骨筋腱腱鞘炎、左扁平足障害が重なって生じたものであって、踵骨部が痛み、疲れたとき、寒い日や雨の日、長く歩いた後、階段を降りた後などに特に強く痛みを感じるものであること、左足腓骨の下縁足根骨部、第五中足骨基部等に圧痛があること、また、足関節の運動機能障害の面からみると、その運動領域の制限は測定者及び測定時期によって若干違いがあるものの、おおむね右足が背屈一五度、底屈五〇度であるのに対し、左足は背屈一二度ないし一五度、底屈四〇度のものであること、もっとも、その疼痛や運動機能障害は、杖をついてゆっくりならば二五〇〇メートル位は続けて歩けるし、痛みが出ても数分休めばまた歩けるという程度のものであり、踵骨の変形の度合いを示すベーラー角の異常も踵骨の変形による距踵関節の不整合も極めて軽微で、X線映像を見ただけではほとんど判らず、C・T検査をしてはじめて発見し得る程度のものであること、このため、原告は、受傷後も、受傷前と同じ港湾荷役の現場作業に従事していることが認められる。医師紫芝輝之作成の(証拠略)には、原告の足関節の運動機能について、右足の背屈一六度、底屈六三度、左足の背屈三度、底屈五〇度である旨の記載があるが、この測定結果は、他の各医師の測定結果や右認定の原告の症状に照らして採用し難い。

三  そこで、この原告の後遺障害が障害等級表のいずれに該当するかをみてみる。

後遺障害等級表は、後遺障害の部位程度に応じて、一四段階、一四〇種に分類して規定しているが、関節の機能障害とか、疼痛といった評価判断を含むものについては、事柄の性質上、一義的に当てはめることができるように定めるのは困難であるし、また、一四〇種程度の分類をもってあらゆる身体障害を漏れなく定めることも不可能である。このため、後遺障害の内容によっては、障害等級表のどの等級に当てはめるのが相当であるかといった問題が生ずるが、このような場合、結局は、当該障害と障害等級表の各等級に定められた他の障害の程度と比較して相当と認められる等級を判断するほかない。

この問題に対処するため、労働省においては、被告の主張するように、詳細な認定基準を設定して、この基準に則って認定業務を処理するようさせており(<証拠略>)、被告もこの認定基準に則り、左足の疼痛について、「労働には通常差し支えないが、時には強度の疼痛のためある程度差し支える場合があるもの」と認めて第一二級の一二に該当するとし、足関節の運動機能障害については、その障害の程度が障害等級表に定める障害の程度に至らないものと認めて補償をすべき障害とは認定しなかったものである。

原告の左足の疼痛と足関節の運動機能障害に関する後遺障害については、同種の障害で程度の異なるものの障害等級表の等級の定め及び同一等級の他の障害の程度などを対比すると、認定基準のこの点に関する定めは合理性のあるものであり、右認定のその障害の程度からすれば、被告がこの認定基準に基づき、前者を障害等級表の第一二級の一二に該当するとし、後者を障害等級表第一〇級の一〇、第一二級の七に該当せず、したがって、障害等級表のいずれにも該当しないとしたのは相当であるということができる。

四  そうすると、原告の後遺障害は、障害等級表の第一二級の一二に該当し、これを超えるものとは認められないから、これが第一二級を超えるものであることを前提とする原告の請求は理由がない。

よって、本件請求を棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林亘 裁判官 櫻井登美雄 裁判官 中平健)

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