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横浜地方裁判所 平成10年(わ)1692号 判決 1998年10月13日

主文

被告人を懲役一年六月に処する。

未決勾留日数中一〇日を右刑に算入する。

この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

押収してある出刃包丁一丁(<省略>)を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  平成一〇年六月五日午前二時一五分ころ、横浜市南区<番地略>被告人方において、甲から「仕事があれば紹介してほしい。」旨言われたところ、被告人の知り合いを仕事に使いたいので紹介してほしいとの意味だと誤解して、「職人を紹介する。」旨甲に申し入れたが、同人にこれを断られたことから、自分の面子を潰されたと思い、憤激して、前記甲に対し、その左頬などに所携の出刃包丁(<省略>、刃体の長さ約一七・二センチメートル)の先端を押しあてるなどの暴行を加え、よって、同人に加療約一週間を要する顔面擦過傷の傷害を負わせ、

第二  前記甲が前記第一事実記載の暴行により畏怖しているのに乗じて同人から金員を喝取しようと企て、同日午前二時二〇分ころ、前記場所において、同人に対し、「俺に一杯おごれよ。それで許してやる。」などと語気鋭く申し向けて金品を要求し、さらに所携の前記出刃包丁のみねで右甲の頭部を殴打する暴行を加え、もしこの要求に応じなければ、同人の身体等にどのような危害を加えるかもしれない気勢を示して同人を畏怖させ、よって、そのころ、前記被告人方付近路上において、右甲から現金三〇〇〇円の交付を受けてこれを喝取するとともに、同人に加療約一週間を要する頭部打撲の傷害を負わせた。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

一  罰条

判示第一の行為 刑法二〇四条

判示第二の行為

恐喝の点について 同法二四九条一項

傷害の点について 同法二〇四条

一  観念的競合

判示第二の恐喝と傷害について

同法五四条一項前段、一〇条(犯情の重い恐喝罪の刑で処断)

一  刑種の選択

判示第一の罪について 懲役刑を選択

一  併合罪 同法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の重い判示第一の罪の刑に法定の加重)

一  未決勾留日数の算入 同法二一条

一  執行猶予 同法二五条一項

一  没収 同法一九条一項一号、二項本文

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、判示第一の傷害と同第二の傷害とを分断して考えるべきではなく、両傷害は包括一罪の関係にたつと解すべきであるとしたうえで、判示第二の傷害と恐喝は観念的競合の関係にたつから、結局、本件は傷害と恐喝の観念的競合になると解すべきであると主張する。

確かに、判示第一の傷害と同第二の傷害は、同じ場所で、短時間の間に、同じ被害者に対して加えられたものである。

しかしながら、被告人の当公判廷及び捜査段階における供述、被害者の捜査段階における供述並びに診断結果などからすれば、判示のとおり、判示第二の傷害は、新たな犯意に基づく、判示第一の傷害とは別個の犯行と捉えることができる。

弁護人は、傷害を二個に分断して考えると、恐喝の犯意を生じる前に傷害をなし、恐喝の犯意を生じた後さらに傷害をなした場合は、傷害と、恐喝及び傷害の観念的競合との併合罪となり、はじめから恐喝の犯意で傷害をなした場合は、傷害と恐喝との観念的競合となるが、はじめから恐喝の犯意をもって傷害をなすという悪質な後者の場合のほうが、はじめから恐喝の犯意のない場合よりも処断刑が軽くなるといった不均衡を生じるとの一般論を主張するが、はじめから恐喝の犯意をもって傷害をなした場合のほうが犯情として悪質であるとは一概にいえない。

しかも、本件において、仮に判示第一の傷害と同第二の傷害を傷害の包括一罪とした場合でも、その傷害と判示第二の恐喝とを観念的競合と解するのは相当でない。両罪の行為は、恐喝の犯意発生後の暴行という限度では重なり合っているが、それ以前の暴行の部分は重なり合わないから、両罪の内容をなす行為が重要部分において重なるとみることは困難であるからである。したがって、本件において、仮に判示第一の傷害と同第二の傷害を包括一罪と解したとしても、判示第二の恐喝と右傷害との関係は併合罪と解される。そして、このように解すると、判示第一の傷害と同二の傷害を包括一罪と解さなかった場合との間で、処断の上での差異は生じないことになる。

なお、弁護人は、参考裁判例として、仙台高裁昭和三四年二月二六日判決を挙げているが、前述したように、本件においては、判示第二の恐喝と同第二の傷害とは観念的競合の関係にたつものと解され、これを例えば恐喝のいわゆる混合的包括一罪と解するのは妥当でない。仮に恐喝のほうが犯情が重かったとしても、法定刑の長期に差異がない傷害を恐喝によって包括的に評価することは相当でないからである。そして、同様の理由から、仮に判示第一の傷害と同第二の傷害を包括一罪と解した場合でも、この傷害と判示第二の恐喝とを例えば恐喝の混合的包括一罪と解するのも妥当でない。この点、右裁判例が法定刑に差異がある強盗と傷害を包括的に評価して強盗の混合的包括一罪としたのとは異なる。弁護人は、右裁判例によって混合的包括一罪とされた理論によって、恐喝とその犯意発生前後に跨る傷害を観念的競合と解しようとしているが、適当でないと思われる。

以上より、本件罪数関係は前記法令の適用で示したとおりであり、弁護人の主張は採用できない。

(量刑の理由)

本件は、酒に酔った被告人が、自宅付近の路上で見かけた被害者を入れ墨を見せるなどして強引に自宅に誘い、そこで、判示のとおりの犯行に及んだという傷害及び恐喝の事案であるが、被害者に何らの落ち度は認められず、被告人の犯行動機にも酌量の余地はないこと、被害者に対して、出刃包丁を被害者の頬に押しあてるなどの暴行を加えており、その場の成り行きによっては重大な傷害の結果をもたらす危険性のある犯行であって、その態様が悪質であること、被告人が暴行、傷害、恐喝などの粗暴犯前科多数を有することなど、本件犯情は悪質である。

そこで、被告人の刑事責任は重いといわざるを得ないが、幸い傷害の結果が加療約一週間と軽傷であったことや、恐喝の被害額も三〇〇〇円と少額であったこと、被告人が被害者に二〇万円を支払って示談が成立し、被害者が宥恕の意思を示していること、さらに、被告人は、多数の前科を有するものの、その最終前科は昭和六三年であること、そして、本件では、被告人の言によれば、たまたま酒を飲んでしまって犯行に至ってしまったとされるが、被告人は、最終前科で処罰された後はそれまでの犯行の原因となった飲酒を断酒会に入会するなどして控えてきたようであり、その成果もあってと思われるが、その後は何らかの犯行を犯して検挙されたり処罰されたりといったこともなかったこと、本件については、つい気が緩んで酒を飲んでしまってまた犯行に至ってしまったとして、被告人に後悔の念が窺えること、今後酒を断つ決意をあらためて固めている様子であること、身柄の引受先と稼働先が決まっており、更生環境もある程度調整されたことなどの被告人に有利ないし同情すべき事情も多いので、今回はその刑の執行を猶予することとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮本孝文)

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