横浜地方裁判所 平成10年(ワ)1278号 判決 2002年10月16日
《目次》
(用語等) ・・・90
主文・・・91
事実・・・91
第1 当事者の求めた裁判・・・91
第2 事案の概要・・・91
第3 当事者の主張・・・91
1 請求原因・・・91
2 被告の本案前の主張・・・96
3 本案前の主張に対する原告らの反論・・・96
4 請求原因に対する認否・・・97
5 被告の反論及び抗弁・・・98
6 原告らの再反論・・・103
理由・・・104
(事実認定に用いた書証等について)
・・・104
第1 判断の順序等・・・104
第2 厚木基地の概況・・・105
1 厚木基地の現況・・・105
2 厚木基地の設置、管理の経緯等
・・・105
3 厚木基地の基地機能の変遷・・・106
第3 航空機騒音の評価方法、環境基準及び騒音コンター・・・107
1 航空機騒音の評価方法・・・107
2 航空機騒音に係る環境基準の策定とその内容 ・・・107
3 航空機騒音の測定(W値の具体的(補正)算出方法)・・・109
4 厚木基地周辺における騒音コンターの作成等・・・110
第4 原告らの居住地等・・・111
1 居住地等の認定方法・・・111
2 居住地等の認定事実・・・112
3 居住地の認定に関する補足説明等・・・113
第5 侵害行為の有無・程度(厚木飛行場の騒音の実態)・・・116
1 厚木基地の使用状況と飛行概況
・・・116
2 航空機騒音・・・118
3 振動等・・・127
4 航空機等の事故とその危険・・・128
第6 航空機騒音による被害の有無・程度・・・128
1 原告らに共通する被害の有無・内容・・・128
2 騒音被害の仕組み・性質・・・130
3 生活妨害の有無・内容・・・130
4 睡眠妨害の有無・・・134
5 聴覚被害(難聴、耳鳴り)の有無・・・136
6 聴覚以外の身体的被害の有無・・・138
7 精神的被害の有無・・・141
8 被害の概況・・・142
第7 厚木基地の公共性の有無・・・143
1 被告の主張の要旨・・・143
2 公共性を基礎づける事実の概要
・・・143
3 公共性の有無と受忍限度を超える違法の有無・・・144
第8 被告による騒音対策等・・・144
1 音源対策、騒音軽減措置・・・144
2 防音工事に対する助成・・・145
3 住宅以外の施設に対する防音工事助成・・・147
4 移転助成等・・・148
5 その他の周辺対策・・・148
6 被告による騒音対策と違法性との関係・・・150
第9 違法性の有無・・・150
1 序(判断基準)・・・150
2 本件における違法の有無・・・150
3 被告の主張に対する判断・・・152
第10 危険への接近の理論の適用の有無・・・152
1 危険への接近の理論とその適用についての被告の主張・・・152
2 危険への接近の理論(免責の法理としてのもの)の適用の有無・・・153
3 危険への接近の理論(減額の法理としてのもの)の適用の有無・・・155
第11 損害の内容等・・・156
1 口頭弁論終結前の損害・・・156
2 弁護士費用関係・・・156
3 当事者の死亡後の損害賠償請求権の有無・・・156
4 口頭弁論終結後の損害賠償請求の許否・・・157
第12 結論・・・157
別紙1 当事者目録
2 居住状況及び損害賠償額一覧表
3 被害不存在等原告目録
4 損害賠償請求額一覧表
5 地域別甲6号証未提出者目録
6 騒音データ(抽出分)
7 年間W値
8 苦情件数の推移
9 W値七五・類型Ⅱ居住状況一覧表
10 死亡原告目録
別図1
別図2
(原告側主張書面)
別冊「厚木基地爆音公害訴訟(第三次)
第一審最終準備書面」
別冊「平成九年(ワ)第四二三七号、同一〇年(ワ)第四七四号、同第一二七八号 厚木基地航空機離着陸騒音損害賠償請求事件 最終準備書面別冊(引用図表)
別冊「厚木基地爆音公害訴訟(第三次)準備書面(15)」
(被告側主張書面)
別冊「横浜地方裁判所 平成九年(ワ)第四二三七号、平成一〇年(ワ)第四七四号、平成一〇年(ワ)第一二七八号厚木基地航空機離着陸損害賠償請求事件(3次〜5次)最終準備書面」
別冊「同最終準備書面添付別表(1)」
別冊「同最終準備書面添付別表(2)」
(用語等)
1 用語の意味
本判決中で使用した用語(騒音評価の単位)の意味内容は、本文中に記載するもののほか、次のとおりである。
(1) デシベル、フォーン(phon)
音波によって空気中に生ずる圧力を音圧というところ、デシベル(dB)は、音圧レベル(Sound Pressure Level)の表示単位として用いられるもので、マイクロパスカル(μPa。圧力の単位)を対数処理したものである。
ところで、人の耳には、同じ音圧の音でも周波数によって異なった大きさに聞こえる。フォーン(phon)は、人の耳に感じる音の大きさを定量的に表示する単位として用いられるもので、周波数一〇〇〇ヘルツを標準とし、フレッチャー・マンソンの等感曲線で感覚補正をしたものである。
(2) ホン、デシベル(A)
いずれも、騒音計によって測定した騒音レベルの単位である。前記のとおり、同じ音圧の音でも周波数によって人の聴覚には異なった大きさの音に聞こえることから、騒音計は、フレッチャー・マンソンの等感曲線に近似させた音の大きさに反応するA、B、Cの三つの聴感補正回路を備えている。A回路は比較的人の聴覚に近い傾向にあり、C回路は平坦な特性があり音圧レベルに近いという特徴がある。単位としては、ホン又はデシベルを用いる。騒音計には上記のように回路特性があるので、測定数値を表すときは、「ホン(A)」又は「デシベル(A)」のように表すのが正確である。当事者の主張及び証拠上は、ほとんどの場合はA回路で測定された数値が使用されていると思われるが、中には回路の区別が明らかでないものがあるところ、その場合は、適宜「ホン」又は「デシベル」と表記する。
(3) WECPNL(Weighted Equivalent Continuous Perceived Noise Level)
ICAO(国際民間航空機構)によって提唱された航空機騒音の評価の単位であり、加重等価継続感覚騒音レベルといわれる。その意味・算出方法の詳細は、本文中で認定したとおりである。WECPNLによる値を示すときは、便宜上「W値」ということがある。
2 略語
本判決において、本文中に特記するもののほか、次の略語を使用する。<編注 表1>
<
表
1>
名称
略語
日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約
(昭和27年条約第6号)
旧安保条約
日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約
(昭和35年条約第6号)
安保条約
日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第3条に基づく行政協定
行政協定
日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定
(昭和35年条約第7号)
地位協定
生活環境整備法
防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律(昭和49年法律第101号)
防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律施行規則
(昭和49年総理府令第43号)
生活環境整備法施行規則
日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う民事特別法
(昭和27年法律第121号)
民事特別法
横浜地方裁判所昭和51年(ワ)第1411号事件,東京高等裁判所昭和57年(ネ)第2768号,同年(ネ)第3032号,昭和60年(ネ)第1515号事件,最高裁判所昭和62年(オ)第58号事件,東京高等裁判所平成5年(ネ)第931号事件
第一次訴訟
横浜地方裁判所昭和59年(ワ)第2552号事件,東京高等裁判所平成4年(ネ)第4946号,平成5年(ネ)第381号事件
第二次訴訟
別紙1 当事者目録
原告(原告番号あ1)
三川利夫
外四九六〇名
原告ら訴訟代理人弁護士
大倉忠夫 青木孝 青木秀樹 赤塚宋一 赤松範夫
池宮城紀夫 石井将 石井夢一 伊藤まゆ 伊藤和夫
伊藤秀一 井上英昭 今井敬弥 今井誠 色川清
鵜飼良昭 内田剛弘 宇野峰雪 江本秀春 大塚達生
大塚勝 岡田尚 岡部玲子 小澤靖志 小野幸治
小原榮 片桐敏栄 桂秀次郎 角尾隆信 冠木克彦
木下肇 木村保男 小池貞夫 小島周一 呉東正彦
後藤昌治郎 佐藤克洋 佐部明宏 杉本朗 鈴木義仁
高橋宏 高橋美成 高橋理一郎 (原告滝本太郎を除く。)
滝本太郎 武井共夫 武村二三夫 田中誠 田村彰浩
丹治初彦 津留雅昭 寺崎昭義 中杉喜代司 仲田隆明
中野新 沼田悦治 野村和造 葉山岳夫 葉山水樹
蛭田孝雪 廣瀬理夫 (原告髙久保、山本かおる、髙久保之及び山本拓也については辞任)
福田護 福本庸一 藤田正隆 藤村耕造 藤原周
本田敏幸 前田裕司 松井忠義 松倉佳紀 松延成雄
間部俊明 丸山武 三木恵美子 水嶋晃 宮里邦雄
森田明 安田英二郎 山崎健一 山本博 山森良一
湯沢誠 横路民雄 吉田健 芳野直子 吉峯啓晴
和田光弘 渡邊利之
右大倉忠夫訴訟復代理人弁護士
藤沢明彦 林戸孝行 渡部英明 浜田薫 佐賀悦子
茆原正道 関守麻起子 荒井俊通 石井誠 石黒康仁
井上啓 織裳修 北川鑑一 佐藤嘉記 鈴木健
堀沢茂 中村俊規 若林律夫
右岡部玲子訴訟復代理人弁護士
吉田榮士 加納力 神谷誠人 松山悦子
被告
国
同代表者法務大臣
森山真弓
同指定代理人(弁論終結当時)
住川洋英
外三一名
主文
1 原告ら(承継人を含む。)の請求のうち、平成一四年一月二四日(本件口頭弁論終結の日の翌日)以降に生ずるべき損害の賠償請求に係る訴えをいずれも却下する。
2 被告は、別紙2居住状況・損害賠償額一覧表の「原告番号」及び「氏名」欄記載の原告ら(死亡した元原告ら分については、同表「死亡者分」の「承継人」欄記載の原告ら)に対し、同表の「損害賠償額合計」欄記載の金員及び同金員のうち「提訴までの慰謝料額」欄記載の金員に対する甲事件原告らについては平成九年一二月八日から、乙事件原告らについては平成一〇年二月二三日から、丙事件原告らについては同年四月二七日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 前項の原告ら(承継人を含む。)の前二項を除くその余の各請求部分をいずれも棄却する。
4 別紙3被害不存在等原告目録記載の原告らの第1項の請求を除くその余の各請求部分をいずれも棄却する。
5 訴訟費用のうち、別紙3記載の原告らに生じた費用と被告に生じた費用の五〇〇〇分の一六は同原告らの負担とし、その余の原告らに生じた費用と被告に生じたその余の費用は、これを三分し、その二をその余の原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
6 この判決は、主文第2項につき、本判決が被告に送達された日から一四日を経過したときは、仮に執行することができる。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1) 被告は、原告らに対し、それぞれ別紙4損害賠償請求額一覧表のD欄記載の各金員及び同別紙B欄記載の金員に対する、甲事件原告らについては平成九年一二月八日から、乙事件原告らについては平成一〇年二月二三日から、丙事件原告らについては同年四月二七日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による各金員を支払え。
(2) 被告は、原告らに対し、甲事件については平成九年一二月から、乙事件については平成一〇年二月から、丙事件については同年四月から、各厚木海軍飛行場に離着陸する航空機の騒音による原告らの居住地境界上における年間W値が七五を下回るまで、一か月につき各二万三〇〇〇円を支払え。
(3) 訴訟費用は、被告の負担とする。
(4) 仮執行の宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
(1) 請求の趣旨(2)の請求に係る訴えを却下する。
(2) 請求の趣旨(1)の請求を棄却する。
(3) 訴訟費用は、原告らの負担とする。
(4) 仮執行の免脱宣言及び仮執行の開始時期猶予宣言
第2 事案の概要
本件は、厚木海軍飛行場の周辺に居住し、又は居住していた原告らが被告に対し、自衛隊及びアメリカ合衆国軍隊の使用する各航空機の発する騒音等により身体的・精神的被害、生活妨害等の損害を被っていると主張して、国家賠償法二条一項に基づき、居住期間に生じた過去の損害及び一定の騒音レベル以下となるまでの将来の損害の賠償を求めた事案である。
第3 当事者の主張
当事者の主張の要旨は次のとおりであるが、その詳細は、原告らについては、別冊「厚木基地爆音公害訴訟(第三次)第一審最終準備書面」及び「最終準備書面別冊(引用図表)」記載のとおりであり、被告については、別冊「横浜地方裁判所 平成九年(ワ)第四二三七号、平成一〇年(ワ)第四七四号、同年(ワ)第一二七八号厚木基地航空機離着陸損害賠償請求事件(三次〜五次)最終準備書面」及び「同最終準備書面添付別表(1)及び(2)」記載のとおりである(以下、それぞれの最終準備書面添付の別表又は別図を引用する場合は、「原告ら別表」、「原告ら別図」、「被告別表」又は「被告別図」という。)。
1 請求原因
(1) 当事者等
ア 原告ら
(ア) 原告らは、後記(2)の厚木基地に近接する神奈川県大和市、綾瀬市、相模原市、座間市、海老名市及び藤沢市(以下「基地周辺六市」という。)に居住し、又は過去に居住していた者であり、その具体的な居住地及び居住期間は、別冊「厚木基地爆音公害訴訟(第三次)準備書面(15)」(以下「別冊の原告ら準備書面(15)」という。)に記載のとおりである。
(イ) 原告らの上記の居住地域は、生活環境整備法四条の第一種区域(以下単に「第一種区域」のようにいう。)内に含まれるところ、この第一種区域とは、「自衛隊等の航空機の離陸、着陸等のひん繁な実施により生ずる音響に起因する障害が著しい」として防衛施設庁長官が指定した区域である。
(ウ) なお、基地周辺六市(これに横浜市を加えて「基地周辺七市」ということがある。)は、神奈川県のほぼ中央に位置し、横浜市や東京都に隣接し、現在、いずれも八ないし五〇万人の人口を有し、厚木基地の騒音問題が生じる前から電車通勤網が整備され、住宅地として発展してきた地域である。
イ 被告
被告は、厚木基地の敷地のほぼ全部を所有し、同基地に海上自衛隊厚木飛行場を設置して管理運営し、自らこれを使用している。
また、被告は、安保条約及び地位協定に基づき、アメリカ合衆国(以下「米国」ということがある。)に対しアメリカ合衆国軍隊(以下「米軍」ということがある。)の使用のために厚木基地を提供している。
(2) 厚木基地の概要、沿革、管理区分等
ア 概要
被告別図の青線で囲まれた区域は、昭和三六年四月一九日調達庁告示第四号において厚木海軍飛行場と名付けられた区域であり、神奈川県の中央部東側に位置し、大和市、綾瀬市及び海老名市の三市にまたがっており、その面積は、約五〇六万九一一八平方メートルである(この区域を以下「厚木基地」又は「基地」という。)。
厚木基地内の被告別図の赤斜線の区域は飛行場区域であり、その区域(以下「本件飛行場区域」という。)の面積は約二五五万九〇〇〇平方メートルである。本件飛行場区域には南北方向に延びる長さ二四三八メートル、幅四五メートルの滑走路があり、その南北両端には各約三〇〇メートルのオーバーラン部分がある。
このような現況に至った沿革等は、次のイのとおりである。
イ 沿革
(ア) 厚木基地は、昭和一三年六月に旧日本海軍によって航空基地と定められ、昭和一六年六月六日からその使用が開始された。厚木基地は、戦後、昭和二〇年九月二日に米軍に接収され、昭和二七年四月二八日以降は旧安保条約及び行政協定二条一項に基づき、昭和三五年六月二三日以降は安保条約及び地位協定二条一項(a)に基づき、米軍の使用する施設及び区域として同国に提供され、米軍の管理下に置かれた。
その後、昭和四六年六月三〇日、日米合同委員会において、日本と米国との基地使用に係る政府間協定が締結され、本件飛行場区域の管理権が被告に返還された。そして、海上自衛隊の管理下で米軍と海上自衛隊が共同使用することとなり、米軍は、当該区域を地位協定二条四項(b)による一時使用として使用することとなった。
(イ) 被告は、昭和三三年一一月と同三五年一一月に、滑走路の安全地帯等の用地として国有地を提供して厚木基地の滑走路の改修工事を行った。
昭和四八年一〇月から米軍の空母ミッドウェーが横須賀港に入港して、同港を事実上の母港として扱うようになったことから、その艦載機が厚木基地に飛来するようになった。
さらに、昭和五四年一〇月一日から同年一二月二〇日にかけて、厚木基地では、被告によって滑走路の整備、ILS施設(全天候型計器着陸装置)の新設等の工事が行われ、昭和五七年二月ころから米軍空母艦載機の夜間着陸訓練(以下「NLP」(Night Landing Practice)という。なお、昼夜に限定されない着艦訓練の正式名称は「Field Carrier Landing Practice(FCLP)である。)が開始された。
その後、平成三年九月からは老朽化した空母ミッドウェーに替わって空母インディペンデンスが、平成一〇年八月からは空母キティホークが、それぞれ横須賀港を事実上の母港とするようになり、その艦載機が飛来するようになった。(以下、単に「空母艦載機」というときは、特に断りがない限り、上記各米軍空母の艦載機を指す。)
(ウ) 被告は、昭和四六年七月一日から厚木基地に海上自衛隊員約三〇〇名を配備し、昭和五六年一二月には大型対潜哨戒機P―3Cを配備した。今日までに配備された自衛隊機の部隊は約二〇〇〇名に達し、配備機は五〇機に及んでいる。その後、平成六年二月一五日、被告は、基地周辺の自治体に対して、厚木基地への自衛隊ジェット機の乗り入れを通告し、同年五月から実際に乗り入れを行うようになった。
ウ 現在の管理区分等
前記のとおり、昭和四六年七月一日以降は、厚木基地のうち本件飛行場区域の米軍機の使用は地位協定二条四項(b)による一時使用として行われている。
これにより、厚木基地は、米軍が管理して使用する地区、米軍と被告(海上自衛隊)が共同使用する区域、被告が管理し米軍に一時使用を認めている区域に区分されることになった。
(3) 侵害行為
ア 航空機騒音
(ア) 飛行騒音
a 騒音状況の実態と推移
厚木基地を離発着する航空機は、風向きによって北側又は南側から住宅地上を低空で進入し、また、訓練飛行のために周辺住宅地の上空を飛行する。
厚木基地周辺に飛来する空母艦載機の多くは、戦闘機、攻撃機等のジェット機であり、住宅地に到達する騒音のピークレベルは、一一〇ないし一二〇ホン前後に達する。また、自衛隊機等のプロペラ機の飛行騒音は、八〇ないし九〇ホン前後に至る。そして、航空機騒音は、原告ら別表2のとおり、厚木基地滑走路の北端から北へ約一キロメートルの地点にある野沢宅(以下、騒音測定地点等を特定する際には、基地のオーバーラン部分を含まない滑走路からのおおよその方向と距離を示し、例えば、野沢宅については「北端北1」のように付記することがある。なお、特に、オーバーラン部分からの距離を示す際は、「オーバーラン北端北1」のように記載する。)において七〇ホン以上の騒音が年間三万回を超えて測定されるようなものである上、軍事基地の性格上、その騒音は不規則かつ集中的に発生し、また、深夜・早朝の飛行も多い。
上記のような厚木基地の航空機飛行騒音等の侵害行為は、平成七年一二月二六日、第一次訴訟の差戻後控訴審判決において、昭和四八年九月から平成七年五月までの期間について、違法な程度に至っていると認定され、被告はこれを上告せず確定した。そして、このような状況は、本件損害賠償請求の対象期間である平成六年以降もそのまま継続している。
b NLPによる騒音状況の推移
前記のとおり、厚木基地では、昭和五七年二月ころからNLPが開始されたところ、被告は、平成元年から硫黄島に空母艦載機の暫定的なNLP訓練施設の建設に着手し、同施設は平成五年三月に完成した。そして、同年九月ころから同訓練施設(以下「硫黄島訓練施設」ということがある。)を利用した分散訓練が行われるようになり、その結果、平成五年以降、NLPとして通告される日数が減少した。
しかしながら、その後も、空母艦載機が洋上から厚木基地へ飛来する状況が続いており、空母艦載機は、特に日夜とも通告をせずに厚木基地において着艦訓練をしたり、硫黄島訓練施設や他基地と厚木基地との間を移動・帰還する際に厚木基地周辺に爆音をまき散らしたりしている。NLPの通告日数の減少によっても、厚木基地周辺の騒音状況は、依然として激甚であり、改善していない。
c デモンストレーションフライト
米軍は、昭和六三年ころから年一回、基地開放日のデモンストレーションとして航空ショーを行うようになり、厚木基地において米軍軍用機による急上昇、急転回、宙返り等の危険な曲技飛行を行った。そのための基地周辺での演習、リハーサルが大規模に拡大実施され、住宅地上での激甚な爆音や危険を伴う曲技飛行及び演習飛行が年四ないし五日にわたり展開された。
(イ) 地上騒音
基地内におけるエンジンテストやランアップ(試運転)による地上騒音は、継続的かつ特異な騒音であり、周辺住民に対して大きな被害を与えてきた。機体からエンジンを取り外した上で行われているエンジンテストは、現在では遮音施設内で行われているが、滑走路・駐機場等におけるエンジンテスト及びランアップ(試運転)は、従前どおり継続しており、基地近くにおいては絶えざるうなりのような音が発生している。
イ 振動
厚木基地を離発着する航空機は、特に、低空飛行や旋回飛行等の際には、ガラス戸を振動させるなどする。ひどいときには、振動によって屋根瓦や壁等にひび割れが生じることもあり、原告らに不安や不快感を与えている。
ウ 航空機等の事故とその危険
神奈川県が作成している資料によれば、昭和二七年四月から平成一二年一二月までの約四八年間で、墜落、不時着及び物の落下等の事故のうち米軍機によると判明したものは一九九件である。また、厚木基地に関連すると考えられる事故は、過去の新聞記事等から数えると、昭和二七年から平成元年までで二一二件に上る。その中には、極めて悲惨な事故もあり、現在までの航空機事故の直接の死傷者は、乗員や軍属を除いて死亡二〇名、負傷六一名に上る。
厚木基地は、軍用飛行場という性格上、事故発生の危険性が高く、その事故は厚木基地周辺で発生する可能性が高い。仮に、人口稠密地帯である厚木基地周辺で航空機が墜落した場合には、基地周辺の原告らに被害を避ける方法はない。原告らは、激烈な爆音にさらされ、航空機の影が庭をかすめるごとに、いつ墜落等の惨事に自分がまき込まれるやも知れないという、通常人であれば当然抱く不安と恐怖から逃れられずにいる。
(4) 被害
ア 騒音被害の総論
前記(3)アのような激甚な騒音は、それ自体により聴覚的不快感を引き起こし、仕事、勉強、休養、睡眠等の日常生活を妨害する。また、食欲や性欲に影響を与えるととも、不快感、怒り等の情緒的影響を生じさせ、脈拍・血圧・呼吸等の変調、ホルモンのアンバランスの変化等の身体的影響を生じさせる。
厚木基地の航空機騒音は、音量が極めて甚大であること、高周波成分が多く、金属的な音質を有すること、不安定な断続的・間欠的騒音であること、騒音レベルの変動が不規則・複雑であり、周波数変動も大きいこと、NLPが家族の団らん・休息の時間帯に集中的に行われていること、音源が固定されておらず、絶えず移動しており、しかも頭上からの騒音であること、飛行場周辺の住民にとっては、基本的に不必要な騒音であること、予告なく突然起こり、予測がつかないこと、遮音や回避が困難であり、対処が難しいこと等の特色があり、うるささや不快感を増大させる要素を多く備えている。
イ 生活破壊
日常の生活が健全で快適なものであってほしいというのは人間の最も基本的な欲求であり、それが充たされてこそ人間は心身ともに健康であることができ、生きがいを感じつつ毎日を送ることが可能になる。
ところが、原告ら厚木基地周辺の住民は、すさまじい騒音等により最低限の人間らしい生活を根底から破壊され、家庭生活、社会生活、職業生活の万般にわたって次のような耐え難い甚大な被害を受けている。
(ア) 会話・通話妨害
原告らの居住地域を襲う激甚な騒音は、原告らの会話や電話による通話を日常的に妨害し、意思疎通を阻害している。
(イ) テレビ・ラジオの視聴妨害
原告らの居住地域では、騒音によって音声がかき消され、航空機の通過に伴う電波障害により、テレビ画像・ラジオ音声が乱れることが多い。テレビ・ラジオは、現代生活における情報伝達・教養娯楽にとって必要不可欠な機器であり、家庭の団らんにおいても重要な役割を果たしているところ、原告らは、これら機器による便益を享受する機会を奪われている。
(ウ) 思考・読書、趣味生活等の妨害
航空機の断続的騒音は、音楽・ビデオ鑑賞や楽器演奏・アマチュア無線等の趣味を楽しむことに対する大きな妨げになる。また、航空機騒音は、読書・思考等の知的営為を中断させ、それが間欠的に継続することによって集中力や意欲を著しく低下させる。
本来すべての趣味は、精神の集中又はリラックスを伴わなければ、その実を上げることはできない。航空機騒音は、読書・スポーツ・編み物等の原告らが居住する広範な地域の趣味生活全般に悪影響を及ぼしている。
(エ) 交通事故の危険
航空機騒音によって、自動車の走行音やクラクション、踏切警報機の警報音等がかき消され、また、航空機の飛来やその騒音により、車の運転者や歩行者の注意力が減退し、交通事故発生の危険性が増大する。そして、このような危険は、飛行場周辺地域の宅地化の進行による人口の増加、道路の整備・拡充、自動車の増加によって、ますます増大する傾向にあり、原告らは、このような危険にさらされた生活をしている。
(オ) 職業生活の妨害
航空機騒音は、それ自体知的作業の重大な妨げとなり、著述業・研究者・医師その他知的・精緻な作業を要する職業人の職務遂行能力を著しく低下させる。
また、航空機騒音がもたらす会話・通話妨害により、自営業者においては取引先との意思疎通を妨げられるなど直接営業上の支障を被り、会社員らにおいては上司・同僚等との打ち合わせの支障を被る。そして、工場等においては業務上の指示が航空機騒音により断ち切られて伝わらず業務遂行上の支障となるだけではなく、注意や警報を聴取できずに労災事故を招来する危険さえある。
さらに、いずれの職種においても騒音による睡眠妨害が、翌日の仕事に多大な悪影響を及ぼすことは明らかである。
(カ) 家庭生活への悪影響
家庭は、人間の生活の本拠であり、休養、子女の養育、人格育成、社会活動等の基盤である。家庭における平穏な時間や家族との団らん、円満な家族関係は、人間生活に必須の要素であるが、激甚な騒音やガラス戸等の振動(以下「航空機騒音等」という。)による会話妨害・通話妨害、テレビ・ラジオの視聴妨害、その他様々な悪影響によって、居住者のいらいら・不快感は増大しており、家族関係の中に不必要な緊張や不和を生じさせる。
(キ) 教育・保育に対する悪影響
幼児期からの騒音曝露は、子供の人格形成に障害として作用し、性格面、情操面で悪影響を及ぼす。また、航空機騒音は、学校の授業内容の聴取を不可能にし、児童生徒の集中力や勉学への意欲、教師の教育への情熱を減退させるなど、学校教育に重大な影響を与える。また、家庭における学習にも重大な支障をもたらす。
このように、航空機騒音は、子供の人格形成を阻害し、学習能率ひいては学習成績を低下させることにより、原告らの健全な発達又はその子女の保育・養育の著しい妨げとなっている。
ウ 睡眠妨害
睡眠は、四〇ホン程度の騒音で妨害されるといわれているところ、原告らを襲う騒音は、これをはるかに上回る。
深夜及び早朝に行われる飛行活動や頻繁なエンジンテスト等による騒音・振動等によって、原告らは、寝付きを妨げられるのみならず、再三睡眠を中断させられ、睡眠深度が浅くなり、覚醒も早められる。このような睡眠妨害は、業務や学習の能率の低下、疲労回復の妨げ、新たな疾病の契機、不眠症の招来等の二次的被害を発生させている。
エ 精神的被害
前記アのような特徴を持つ航空機騒音にはそれ自体として不快感を増長させる作用があり、原告らは、そのような騒音に一年中さらされ、また、いつさらされるかわからない状況に置かれ、不快感やいらだちを感じている。また、航空機の低空飛行は、原告らに、強い圧迫感や不安・不快感を与え、航空機事故に対して強い恐怖感・不安感を覚えさせる。
さらに、騒音による精神的被害は、これらの直接的なものにとどまらず、前記の生活破壊・睡眠妨害による各被害、後記の身体的被害等に伴う精神的苦痛とあいまって増幅される。
オ 身体的被害
原告らは、航空機騒音によって、次のような身体的被害を受けており、又は、その発症の高度な蓋然性に脅かされている。
(ア) 聴覚の障害
強大な騒音は、一時的聴力損失をもたらし、反復継続により永久的聴力損失(難聴)を引き起こす。難聴に先行して発現する耳鳴りに悩まされている者も多い。また、もともと聴力障害を負っていた者にとっては、航空機騒音は、これを更に増悪させる原因となる。
(イ) 聴覚以外の機能障害
激甚な騒音等による精神的・心理的なストレスは、ホルモン等の内分泌系機能に悪影響を与え、原告らに頭痛、肩凝り、めまい、疲労感等の様々な身体的失調をもたらす。また、循環器・呼吸器系機能及び血液に悪影響を与え、血管の収縮、脈拍の増加、血圧の上昇を生じさせ、高血圧や心臓病の原因となる。さらに、消化器系機能にも悪影響を及ぼし、胃液・唾液の分泌を減退させ、それにより食欲不振、神経性胃炎をもたらす。
また、騒音は、女性の母体機能にも悪影響を及ぼしており、生理不順、重症つわり、早産・流産、母乳減少、産後回復遅延の原因となっている。
(ウ) 乳幼児の発育に対する影響
航空機騒音等は、心身共に未発達で抵抗力の乏しい乳幼児に対して深刻な悪影響を及ぼす。すなわち、乳幼児は、激甚な騒音によって、発育に不可欠な睡眠が十分に取れず、哺乳を妨げられたり、ひきつけを起こす。また、乳幼児は、騒音曝露時には手足をばたつかせ、おびえて泣き出すなど、発育過程での生理的悪影響を被り、成長するにつれて情緒不安定・粗暴化等の情操面に悪影響を受ける。
そして、このような乳幼児に対する悪影響は、同時に乳幼児の母親らに対する育児困難・負担加重をもたらしている。
(エ) 療養の障害
航空機騒音等は、病気療養中の弱者を直撃する。これによるストレス、睡眠妨害等は、病者の抵抗力を低下させ、諸種の疾病の治療を遅らせたり、病状を悪化させたり、さらには新たな疾病を惹起することもあり、その影響は重大かつ深刻である。
(5) 受忍限度(違法性)と被告の責任
ア 環境基準等と受忍限度との関係
(ア) 公害対策基本法(昭和四二年法律第一三二号。以下「旧対策法」ということがある。なお、同法は、平成五年法律第九二号により廃止された。)九条に基づき、昭和四八年一二月二七日、「航空機騒音に係る環境基準について」(環境庁告示第一五四号。以下「航空機騒音環境基準」ということがある。)が告示され、飛行場周辺の環境基準は、住居地域においてはW値七〇以下、その他の地域においてはW値七五以下とされた。また、厚木基地については、昭和五八年一二月二七日までに屋外におけるW値七五未満という改善目標を暫定的に達成すべきものとされた。
他方、現行の神奈川県公害防止条例においては、住居専用地域等における一般騒音の規制基準は日中五〇ホン以下、朝夕四五ホン以下、早朝深夜四〇ホン以下とされている。これに鑑みると、航空機騒音に係る上記の環境基準及び暫定達成基準は、騒音を発生させる側の種々の事情を考慮に入れて設定された基準であるというべきであり、周辺地域の騒音被害を防止するためには、必ずしも十分な基準ではないが、受忍限度を画する基準としては、重要な尺度となるというべきである。
(イ) 被告は、厚木基地周辺の航空機騒音を測定し、W値を算出した上で、昭和五九年五月三一日、生活環境整備法による第一種区域(W値七五以上)及び第二種区域(同九〇以上)の改定並びに第三種区域(同九五以上)の指定を行い、昭和六一年九月一〇日、第一種区域について追加指定を行った。なお、上記第一種区域は「音響に起因する障害が著しいと認めて」被告が住宅防音工事の助成を行う区域(同法四条)、第二種区域は「音響に起因する障害が特に著しいと認めて」被告が建物移転の損失補償等を行う区域(同法五条一項)とされている。
また、被告は、上記第一種区域のうち、W値八〇以上の区域について第Ⅰ工法(壁・天井等の工事を含むもの)による防音工事を行うとし(その外側の区域は簡略化した第Ⅱ工法が施される。)、昭和六三年七月一八日、W値八〇以上の地域を分ける工法区分線を定めた。
このように、厚木基地周辺においては、被告自身の測定によってW値のコンター図(等音線による図)が作成されている(以下、同コンター図によるW値七五以上の地域を「コンター内」ということがある。)。コンター図は、その地域に及ぼされる騒音状況を反映するものであり、W値の大きさは、その地域における航空機騒音被害の違法及び損害の程度に結びつく。そして、他の航空機騒音公害訴訟をも含めた裁判例によって積み重ねられた基準によれば、W値七五以上の地域においては、受忍限度を超えた違法な騒音被害が発生しているというべきである。
イ 被告の責任
(ア) 根拠条文
国家賠償法二条一項の営造物の設置及び管理の瑕疵とは、営造物が有すべき安全性を欠いている状態をいうが、営造物の供用目的に沿った利用の態様、程度が一定の限度を超えて利用者又は第三者に対し危害を生ぜしめる危険性がある状況に至った場合も上記の瑕疵に該当する。
(イ) 厚木基地の瑕疵
厚木基地は、被告が設置、管理する公の営造物であるところ、被告による厚木基地の不適切な使用及び供用によって、航空機騒音による大きな被害が生じ、それが社会的に是認できない受忍限度を超えたものとなっている。したがって、厚木基地は、(ア)の営造物の設置及び管理の瑕疵があるというべきであり、被告は、その設置・管理者として、国家賠償法二条一項により、原告らの損害を賠償する義務がある。
(ウ) 被告の対応の不十分さと責任の加重
被告は、厚木基地により航空機騒音被害が発生し、また、その被害が重大であることを認識しながら、昭和三五年以降、周辺地域住民や周辺自治体の圧倒的な反対の声と要請を無視し、あえて厚木基地の機能を強化し、かつ拡充してきた。また、日米合同委員会の合意によって、深夜及び早朝並びに休日の航空機飛行が規制されているにもかかわらず、被告はこの規制が遵守されない状態を放置してきた。その結果、厚木基地では、前記のように騒音被害が深刻化し、NLPをはじめとする異常な訓練飛行が続けられた。
平成七年一二月二六日、第一次訴訟の差戻後控訴審判決は、厚木基地周辺の騒音状況を違法として損害賠償請求を認容し、同判決は確定した。にもかかわらず、被告は、その後も、騒音問題解決のための根本的な対策を何ら講じようとしていない。
本件被害が前記のように広汎かつ深刻なものであるにもかかわらず、加害行為を増大させ、確定判決後も対策を採ろうとしない被告の態度は、損害賠償額に反映されるべきである。
(6) 損害
ア 共通する被害
原告らは、前記(3)のような航空機騒音によって、前記(4)のような様々な被害を受けている。本件のように同一、同種類の侵害行為が広範な地域に及ぶ場合、これにさらされる地域の住民らは、各個人の事情によって具体的な被害の種類に差が生じるとしても、生活妨害という点では等しい被害を受けている。また、何らかの形で睡眠妨害を受けており、程度の差があるにせよ精神的・身体的被害を受けている。
そして、このような各種被害は、個別的に発生するのではなく、相互に関連し合って個人の生活全体に生ずるのであり、結局、地域住民の生活そのものが害される。このような生活全般の侵害は、住居において静穏な日常生活を営むという生命、身体、精神及び生活に関する総体的利益である人格権を侵害するものであり、その性質上、被害を個別に論ずることはできない。
イ 非財産的損害(慰謝料等)
前記の被害による非財産上の損害(慰謝料等)としては、前記(5)イの事情を加味した場合、一人当たり一か月金二万円は下らないというべきである。そうすると、原告らの本訴提起までの各損害額は、別紙4のB欄の記載のとおりである。
同別紙の請求開始年月は、継続して被害地域に居住する原告らにつき原則として提訴前三年に当たる月とし、第一次訴訟の判決確定により平成七年五月までの損害認定額が支払われた原告らについては例外的に同年六月とした。また、途中からコンター内に転入した原告らについては、転入した月を請求開始月とした。なお、第二次訴訟の原告となった者で本訴(第三次訴訟)の原告となった者はいない。
ウ 弁護士費用
原告らは本訴の提起及び訴訟追行を弁護士に委任した。
本件のようないわゆる公害訴訟は、弁護士に委任しなければ行うことは事実上不可能であるから、原告らが弁護士に支払うべき費用は本件侵害行為と相当因果関係にある損害であり、その額は前記非財産的損害(慰謝料等)額の一五パーセント(以下「%」と略記することがある。)が相当である。したがって、原告らの本訴提起までの損害に対応する弁護士費用は、別紙4のC欄の記載のとおりである。
(7) 結語
よって、原告らは、被告に対し、国家賠償法二条一項に基づき、別紙4のD欄記載の各損害賠償金及び同別紙B欄記載の金員に対する、甲事件原告らについては平成九年一二月八日から、乙事件原告らについては平成一〇年二月二三日から、丙事件原告らについては同年四月二七日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。また、原告らは、提訴後の損害につき、国家賠償法二条一項に基づき、請求の趣旨記載の終期まで毎月各二万三〇〇〇円の損害賠償金の支払を求める。
2 被告の本案前の主張
(1) 民事訴訟法一三五条は、あらかじめ請求する必要があることを要件として将来の給付の訴えを許容しているが、およそ将来に生ずる可能性のある給付請求権のすべてについて将来の給付請求を認めたものではなく、主として、いわゆる期限付請求権や条件付請求権のように、既に権利発生の基礎をなす事実上及び法律上の関係が存在し、ただ、これに基づく具体的な給付義務の成立が将来における一定の時期の到来や債権者において立証を必要としないか又は容易に立証し得る別の一定の事実の発生に係っているにすぎず、将来具体的な給付義務が成立したときに改めて訴訟により上記請求権成立のすべての要件の存在を立証することを必要としないと考えられるようなものについて、例外として将来の給付の訴えによる請求を可能としたにすぎない。
(2) 本件においては、厚木基地からもたらされる将来の航空機騒音が受忍限度を超えるかどうか並びに原告らの損害の有無、内容及び程度は、今後の厚木基地の使用状況の変化、被告が行う被害の防止及び軽減のための諸方策の内容とその実施状況並びに個々の原告らに生じ得るべき種々の生活事情の変動等の複雑多様な諸因子によって左右される。特に、厚木基地の使用のあり方は、国際情勢の変化や世論のすう勢等によって変化する可能性があり、また、生活環境整備法に基づき被告が実施している住宅防音工事の助成等の進展状況や個々の原告らの転居その他の生活事情の変動等も、現在では容易に予測できないから、これらを考慮すると、原告らが将来取得する損害賠償請求権の成否及び内容を現時点であらかじめ認定することは困難であり、かつ、相当ではない。このような損害賠償請求権は、それが具体的に成立したとされる時点の事実関係に基づきその成否及び内容を判断すべきである。
(3) したがって、本件訴えのうち、将来分(本件口頭弁論終結の日の翌日以降)の損害賠償を求める部分は、権利保護の要件を欠くから、不適法として却下を免れない。
3 本案前の主張に対する原告らの反論
厚木基地周辺における航空機騒音は、昭和三五年の滑走路延長以降、四一年間にわたって拡大・強化され、継続していること、その間、原告らはあらゆる活動・抗議手段を通じて被害の解消を訴えてきており、既に二つの確定判決が出されたにもかかわらず、同様の違法行為が継続されたこと、米国はアジア・太平洋地域での軍事力の増強と整備をしてきており、NLPの全面移転の実現の可能性は皆無であること等の事情を考慮すれば、将来においても、極めて高い蓋然性・確実性をもって、違法な侵害行為が継続されることが予測される。被告が行っている住宅防音工事等の周辺対策はさしたる効果がなく、騒音被害を解消ないし軽減するものではない。また、原告らは、もともと確実に予測し得る範囲で一律最低限の損害賠償を請求しているのであり、原告らの個別事情はおよそ問題にならない。
また、仮に原告らが任意に騒音の到達しない場所に移転した場合には、当該原告らにつき、将来の損害賠償請求権は終期を迎えることになるにすぎず、その点については被告において請求異議の訴えによって争うことができる。
上記の各事情に照らせば、正義と衡平の観点及び訴訟経済の面からも、将来の損害賠償請求が認められるべきである。
4 請求原因に対する認否
(1) 請求原因(1)(当事者)について
ア アの事実のうち、原告らの各居住地に関する事実(別冊の原告ら準備書面(15)」記載の事実)に対する認否は、被告別表(第31表)及びその補充書のとおりである。その余の事実については不知。
イ イの事実は認める。
(2) 請求原因(2)(厚木基地の概要、沿革及び管理区域)の各事実は、概ね認めるが、管理区分に関し正確には次のとおりである。
厚木基地のうち被告別図の赤斜線部分は、被告が管理している区域(本件飛行場区域)であり、地位協定二条四項(b)の規定の適用のある施設及び区域として一時使用を認める形式で米軍の使用を許し、現実には米軍と海上自衛隊とが共同して使用している区域である。その余の部分は、地位協定三条一項により米国が設定・運営・警護及び管理のため必要な措置を講ずる権限を有する区域であるが、そのうちの同別図の緑斜線部分は、地位協定二条四項(a)の適用により、米軍と海上自衛隊の双方が使用している区域であり、残りの部分は米軍が専用している区域である。
(3) 請求原因(3)(侵害行為)について
ア ア(航空機騒音)の各事実に対する認否は、以下のとおりである。
(ア)a (ア)(飛行騒音)aの事実のうち、厚木基地周辺において、空母艦載機及び自衛隊機が、厚木基地に離発着し、又は訓練飛行をするため、その上空を使用すること、第一次訴訟の差戻後控訴審が一審原告らの請求を一部認容し、同判決が確定したこと、基地周辺の各自治体が騒音記録測定をしていることは認め、各自治体の騒音記録測定の詳細及び測定結果は不知、その余は不知ないし争う。
b 同bの事実のうち、被告が平成元年から硫黄島訓練施設の建設に着手し、同施設が平成五年三月に完成したこと、同年九月ころから同訓練施設において訓練が行われるようになったこと、平成五年以降NLPの通告日数及びその通告時間帯の騒音について減少をみたことは認め、その余は不知ないし否認する。
c 同cの事実のうち、厚木基地の基地開放日に米軍軍用機の曲技飛行が実施されることがあることは認め、その余は不知ないし否認する。
(イ) (イ)(地上騒音)の事実のうち、機体からエンジンを取り外して行うエンジンテストについて、遮音施設が建設されていることは認め、その余は不知ないし否認する。
イ イ(振動)の事実のうち、一般的に航空機が離発着時にガラス戸等に多少の振動をもたらすことがあることは認め、その余は否認する。
ウ ウ(航空機等の事故とその危険)の事実は不知。
(4) 請求原因(4)(被害)について
ア ア(騒音被害の総論)の事実のうち、一般的に航空機がある程度の間欠的騒音を発生すること、航空機騒音はその程度いかんによっては何らかの精神的・身体的影響をもたらす可能性があることは認め、その余は不知ないし否認する。
イ イ(生活破壊)の各事実に対する認否は、以下のとおりである。
(ア) 冒頭部分記載の事実のうち、原告ら厚木基地周辺の住民が、航空機騒音等により最低限の人間らしい生活を根底から破壊され、家庭生活、社会生活、職業生活の万般にわたって耐え難い甚大な被害を受けていることは否認し、その余は不知。
(イ) (ア)ないし(ウ)及び(カ)の各事実のうち、会話、電話による通話、テレビ・ラジオの視聴、音楽・ビデオ鑑賞、楽器演奏・アマチュア無線等が、厚木基地を使用する航空機の騒音によって、離着陸の際の飛行方向、高度、気象条件(風向、風速、降雨の有無、温度等)等の状況次第では、特定の地域において瞬間的に若干妨げられることがあり得ることは認め、その余の事実は、原告らの主張する被害が原告ら各人すべてにつき、一定程度以上に生じているかどうかを含めて否認する。
なお、航空機騒音が間欠性かつ一過性のものであること、家屋にはある程度遮音効果があること、原告らの居住地域によって厚木基地を離着陸する航空機の騒音による影響が異なること、さらには原告らの中には生活環境整備法四条に基づく防音工事が施された家屋に居住している者があること等を併せ考えると、原告ら全員について、しかも一律な被害が発生していると考えることはできない。
(ウ) (エ)の事実は不知。
(エ) (オ)の事実は否認ないし争う。
原告らの大多数は、厚木基地周辺に職場を有していないと推認されるから、原告らが主張する職業生活の妨害を原告ら全員が等しく被っていることはない。したがって、原告らが共通被害として主張する根拠が不明である。
(オ) (キ)の事実は否認する。
厚木基地周辺地域においては、生活環境整備法三条二項、四条及び八条に基づく助成措置により、学校、住宅等の防音工事が実施されており、原告らが主張するように航空機騒音によって授業内容の聴取等が不可能になるということはない。
また、原告らの中には、学校教育・保育を受けていない者又は受けさせる子女を持たない者も多数存在すると推認されるから、共通被害と主張する根拠が不明である。
ウ ウ(睡眠妨害)の事実のうち、音響の刺激がその程度いかんによっては人間の睡眠に多少の支障を与えることがあり得ることは認めるが、その余は不知ないし否認する。
厚木基地においては、昭和三八年九月一九日、日米合同委員会において、厚木基地における航空機騒音の軽減に関する合意がされており、米軍は自主的に夜間活動の時間制限を行い、騒音軽減に努力してきている。また、被告は、更に騒音の軽減を図るべく、硫黄島に空母艦載機のNLPの暫定訓練施設を設置し、米軍は、同施設完成後の平成五年九月ころから、この施設を使用して本格的に訓練を開始した(なお、施設整備期間中の平成三年八月五日以降にも一部完成施設を使用して訓練の一部を実施した。)。したがって、深夜及び早朝における航空機騒音により睡眠妨害が生じることはない。
エ エ(精神的被害)の事実のうち、一般的に航空機騒音がその程度いかんによっては、この騒音にさらされる住民に何らかの精神的影響をもたらす可能性があることは認めるが、その余は、精神的被害が原告ら各人すべてに同じ程度に生じているかどうかの点を含め、否認する。
オ オ(身体的被害)の事実は否認ないし争う。
(5) 請求原因(5)(受忍限度(違法性)と被告の責任)について
ア(ア) ア(環境基準等と受忍限度との関係)(ア)の事実のうち、昭和四八年一二月二七日、旧対策法九条に基づき「航空機騒音に係る環境基準について」が告示され、同告示中に原告ら主張と同旨の記述があること、一般騒音について神奈川県公害防止条例が定められていることは認め、その余は争う。
(イ) 同(イ)の事実のうち、第一、二段落記載の事実は認め、その余は否認ないし争う。
イ(ア) イ(被告の責任)(ア)(イ)は争う。なお、厚木基地は、海上自衛隊及び米軍が使用する飛行場であるから、米軍の使用に供されている関係では、民事特別法が適用されるべきである。
(イ) 同(ウ)の事実のうち、NLP等の着艦訓練が開始されたこと、平成七年一二月二六日、第一次訴訟の差戻後控訴審の判決がなされ、同判決が確定したことは認め、その余は否認ないし争う。
(6) 請求原因(6)(損害)の事実のうち、原告らが本件訴えの提起及び訴訟追行を弁護士に委任したことは認め、その余は争う。
5 被告の反論及び抗弁
(1) 違法性の不存在について
ア 違法性の判断基準と受忍限度を超えた違法の不存在
(ア) 国家賠償法二条一項にいう「公の営造物」が供用目的に沿って利用される場合においてその設置又は管理に瑕疵があるとされるためには、その営造物を利用に供した結果、利用者以外の第三者の権利ないし法益を侵害し、その侵害が社会生活上受忍すべき限度を超えて違法であることが必要である。そして、この違法性の存否は、侵害行為の態様と侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為のもつ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等を比較検討するほか、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間に採られた被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の事情を考慮し、これらを総合的に考察して決すべきである。
(イ) 本件について、結論からいうと、上記の要素に関する本件についての後記の内容、とりわけ厚木基地の設置・管理行為及び同基地における米軍機等の運航活動が安保条約等の法令に基づく適法な行為であり、かつ、高度に公共性ないし公益性を有する行為であること等を総合すると、原告らの訴える被害は、いまだ受忍限度内のものというべきで、厚木基地の設置又は管理に違法はない。
イ 環境基準と受忍限度との無関係
(ア) 航空機騒音環境基準は、行政上の目標にすぎず、政府が航空機騒音に対する総合的施策を進める上で達成されることが望ましい値を示すものであって、受忍限度を判断する上での基準として考慮することは相当ではない。
(イ) 上記の環境基準は、WECPNLで示されているが、WECPNLは、もともと一般民間航空機の騒音がもたらす「うるささ」をとらえるための評価単位であるところ、民間航空機と軍用機とは、その運行形態(飛行回数、その定期性、飛行コース、タッチ・アンド・ゴーの有無等)にかなりの差がある。軍用機(自衛隊機等)に関するWECPNLの算出方法では、過去の実測データを基礎として一日の飛行回数の少ない方からの累積度数曲線を求め、当該累積度数の九〇%にあたる回数をもって標準的な一日当たりの平均飛行回数としており、飛行回数をかなり大きく見込んで算出している。したがって、厚木基地周辺において算出されたW値は、公共用飛行場と同じ値であったとしてもそのうるささは同じではない。
ウ 周辺対策の実施基準と受忍限度との無関係
生活環境整備法に基づく周辺対策は、自衛隊等の行為又は防衛施設の設置若しくは運用によって生ずる障害の防止等のためにその施設周辺地域の住民の生活環境等を整備し、もって関係住民の生活の安定及び福祉の向上に寄与することを目的とした政策的補償措置である。この基準は、環境基準と同様に違法性判断における受忍限度を意味しない。
すなわち、被告は、イの方法に従って算出されたW値を基準として、騒音地域のコンター図を作成した上で、生活環境整備法上の第一種区域等を指定しており、周辺対策の実施基準は、飛行回数を実態よりかなり大きく見込んで算出されたW値を基礎にしたもので、周辺住民にとって十分に保護的、後見的なものとなっている。したがって、同基準を受忍限度の判断基準とすることは相当ではない。
(2) 違法性の評価根拠事実の不存在について
ア 侵害行為の不存在
(ア) 航空機騒音の特殊性
航空機騒音は、その持続時間が短く、間欠性かつ一過性のものであり、ある地点で受ける航空機騒音がピークレベル値を示す時間は瞬時にすぎない。したがって、航空機騒音による影響は短時間の後に消失し、生活上の平穏は直ちに回復するのが通常である。また、航空機騒音による影響は、飛行場からの距離、離着陸の別、離着陸の方向、飛行経路及び風向きによって大きく異なるから、航空機の離着陸回数、一機当たりの騒音量、飛行場からの距離だけを基準として航空機騒音の程度を判断することは正当でない。さらに、厚木基地のような防衛施設としての飛行場については、民間航空機が使用する公共飛行場とは異なり、航空機の運航形態について一定性がなく、航空機が比較的多く飛行する日がある反面、ほとんど飛行しない日もあり、その周辺の航空機騒音の状況は日々変化するから、騒音の影響を判断するに当たっては、このような具体的諸条件の相違を十分踏まえることが必要である。
加えて、建物内では、建物の遮音効果により、航空機騒音の影響は相当程度緩和され、殊に住宅防音工事が施された屋内では、環境基準が達成されたのと同様の環境が保持されている。
厚木基地における航空機騒音には、上記のような特殊性があるから、原告らに対する騒音の影響を判断するに当たっては、このような具体的諸条件の相違を十分に踏まえることが必要であり、騒音の実態は、原告らが主張するような激甚なものではない。
(イ) 航空機による振動
航空機が離着陸又は飛行中にガラス戸等に若干の振動を生じさせることはあるが、いずれも、他の日常的な自動車の運行等によって生じるものより軽度であり、これによって周辺の居住者に特段の影響を及ぼすことはない。また、航空機騒音により生じる家屋等の振動は、家屋等の構造その他の諸要因次第で程度が異なり、その関係については十分に解明されていない。
(ウ) 厚木基地の安全性
航空機は現存する交通機関の中で最も安全性が高く、墜落事故は極めてまれにしか発生しない。厚木基地は、我が国の航空関係法規によって安全性が確保されている公共用飛行場と同等以上の広大な敷地を有しており、滑走路の位置、長さ、幅員にも欠陥はなく、航空管制又は計器飛行に必要な設備も具備されている。また、米軍は自ら各種の基準を定めてその安全性の確保に努めており、自衛隊も同様である。さらに、厚木基地の設備及び運航については、関係諸法令により、十分安全性についての配慮がされており、離着陸に際しては、人家の密集地上空の飛行を少なくする配慮もされている。
(エ) 侵害行為の減少
被告は、厚木基地周辺の騒音を可能な限り逓減させるべく、硫黄島に設置されていた飛行場に、平成元年度から灯火施設等滑走路関連施設、給油施設等の夜間着陸訓練に必要な施設を整備し(硫黄島訓練施設)、平成五年九月から硫黄島において本格的にNLPが実施されるに至った。その結果、厚木基地におけるNLPの実施回数が激減したほか、厚木基地周辺地域の騒音状況が激変し、騒音が著しく減少した。
また、日米合同委員会の合意事項によって、米軍機は深夜及び早朝(午後一〇時ないし翌日の午前六時までの間。以下、特に断らない限り同様である。)までの運航が制限され、日曜日の飛行訓練は最小限に抑えるなどの措置が講じられている。
イ 被害の不存在
(ア) 共通する被害に対する反論
原告らは、同一地域(コンター内)に居住する住民らに共通する被害について、損害賠償を請求している。
しかし、判例上認められたいわゆる共通被害(損害)論は、被害の立証の程度について一定の軽減を認めたものではない。したがって、原告らは、各自が個別に共通被害を受けたことを立証する必要があるところ、原告ら全員に共通して生じるはずのない被害も主張しており、その主張は失当である。
また、厚木基地では、前記ア(エ)のとおり、平日の深夜及び早朝並びに日曜日の飛行が顕著に抑制されてきているところ、原告らの中には平日の昼間は騒音コンター外に通勤・通学している者が多いから、そのような原告らが共通に被る現実の騒音は著しく少ない。したがって、一日中W値が同一のコンター内で生活している者と、コンター外又はW値の低いコンター内に通勤・通学している者とを区別せずに、双方に共通する被害の内容として、平日の昼間の騒音被害を主張・立証することは不当である。
そうすると、原告らに共通する被害としては、コンター外に通勤等をする原告らを考慮した場合、少なくとも平日の午前九時から午後五時までの騒音を除外して、評価することが相当である。被告が継続的に計測している地点の騒音データをもとに、上記時間帯を除外した上でW値を算定した結果は、被告別表(第4表)のとおりであり、いずれも騒音コンターの値よりも相当低い数値になる。
(イ) 生活破壊の軽微性
厚木基地周辺の航空機の飛行回数、騒音量、家屋の遮音効果(防音工事によるものを含む。)並びに日米両国による航空機飛行の規制措置及びその遵守の事実等を考慮すれば、厚木基地周辺の騒音が原告らの日常生活に与える影響は、次のとおり軽微であって、大きな障害を生じさせるようなものではない。
a 会話・通話妨害、テレビ・ラジオの聴取妨害等の軽微性
厚木基地周辺における騒音量からみて、会話、テレビ・ラジオの視聴等への影響は極めて軽微であり、住宅防音工事をすればその影響は更に少なくなる。
また、電話の聴取については、騒音用電話機を使用することにより、騒音の障害を除くことが可能であり、テレビ画面の乱れも、受像機の性能改善等により著しく改善されている。
b 思考・読書、趣味等に対する影響の僅少性
知的活動や知的作業等は、その時の集中度や精神状況による影響を大きく受けるものであり、また、作業能率に対する音の作用は、極めて複雑であるから、航空機騒音のみがこれらの活動を妨害し、あるいは能率を低下させるとは断定できない。厚木基地周辺の騒音状況等からすると、騒音が趣味等に影響を与えることはほとんどなくなっている。
また、住宅防音工事や防音設備を備えた施設の整備により、騒音による障害は緩和されている。
c 教育、保育に対する影響の不確かさ
原告らの中に、厚木基地周辺の学校等の教育施設において、過去に教育・保育を受け、あるいは現在これを受けている者がいるかどうか明らかではないから、原告らが教育環境の悪化によっていかなる利益を侵害されるのか不明である。仮に、何らかの損害が生ずるとしても、上記利益の侵害によって発生する損害は、教育・保育を受ける者自身について生じるのであって、間接的な被害者にすぎない父母らに上記被害による損害賠償請求権が生じることはない。
(ウ) 睡眠妨害の不存在
厚木基地周辺における夜間の騒音量、防音設備の存在及び窓を閉めることによる減音効果を考慮すれば、原告らが航空機等の騒音によって睡眠を妨げられることはほとんどない。睡眠と騒音との関係には個体差があり、「慣れ」による影響の緩和もある。航空機騒音と睡眠との関連性は、一般的にはその間欠性からみて、否定されている。
(エ) 精神的被害と受忍限度
音に対する感じ方は、極めて主観的かつ心理的なものである。同じ音でも人によって感じ方が異なり、また、同一人であっても、時・場所・状況によって常に同じではない。
そして、厚木基地からの騒音量は軽微であり、他の都市騒音に比較して必ずしも大きいものではないこと、日米両国による航空機飛行の規制措置が講じられていること、被告による周辺対策の効果、及び厚木基地の公共性等の事情を考慮すれば、仮に原告らの中に、航空機騒音により心理的、情緒的影響を受ける者がいたとしても、その被害は社会生活上受忍すべき範囲内である。
(オ) 共通損害としての身体的被害の不存在
身体的被害が生じたという事実は、その原告に特有の事実であり、その事実を他の原告と共有することはできない。原告らが身体的被害を損害の一つとして主張するのであれば、原告らのうち、誰がどのような被害を受けているかを具体的に主張すべきであるし、これを裏付ける診断書、医学文献その他の客観的資料によって、個別的に立証する必要がある。しかしながら、次のとおりそのような主張及び立証はされていない。
a 聴覚障害の不存在
難聴や耳鳴り等の聴覚への障害については、どの原告にそのような障害が発生しているのか明らかでない。そもそも難聴の有無は、聴力検査を経なければ把握できないし、その原因は、音響によるもののほかにも様々なものがあり、本件の原告らとの関係では、加齢による聴力の減退も考えられる。したがって、原告らに聴力検査を行っても、直ちに騒音によって聴力が低下したことを証明することはできない。耳鳴りについても、騒音との関係を明らかにすることは不可能である。
また、種々の実験結果等によれば、厚木基地の周辺における程度の航空機騒音が聴力に影響を与えないことが明らかである。
b 健康に対するその他の影響の不存在
騒音とストレス、ストレスと身体的影響との関係については、未だ十分に解明されていないが、身体的不調を生じさせる騒音レベルは、聴力に影響を及ぼす騒音レベルよりかなり高いといわれている。しかも、原告らの主張する身体的被害については、医学的な診断や鑑別がされているわけではなく、原因関係の疫学的解明もされていないから、結局、原告らの主張する症状ないし状態が騒音といかなる関係にあるかは、明らかでないというべきである。
(3) 違法性の評価障害事実
ア 厚木基地使用の公共性
(ア) 我が国は、自国の平和と安全を維持するために、自衛隊を保有するとともに、安保条約に基づき、米軍との安全保障体制を基調として対処する方針を採用している。そのうえ、米軍の日本駐留は、ひとり我が国の安全のみならず、極東における国際の平和と安全の維持にも貢献するものである。そして、我が国の平和と独立を保ち、国民の安全を守るための防衛活動は間断なく続ける必要があり、防衛の公共性は有事と平時とで異ならない。
(イ) 厚木基地は、その地理的状況や立地条件等が極めて良く、これを他に代替させることは不可能であって、我が国及び極東の平和と安全を維持する上で極めて大きな役割を果たしており、厚木基地を米軍及び海上自衛隊が使用することは国家存立の根本に関わる。厚木基地は、我が国の防衛ないし安全保障を目的とする必要不可欠の施設であり、同基地の使用は高度の公共性を有する。厚木基地の騒音についての違法性ないし受忍限度の判断において、基地が上記公共性ないし公益性を有することが斟酌されるべきである。
(ウ) そして、航空機騒音等によって原告らが影響を被っているとしても、それは日常生活上の若干の支障といった程度を超えるものではない。そうである以上、厚木基地の公共性は、原告らが被っている不利益より優先するというべきである。原告らの不利益が救済されるべきであるとすれば、それは、不法行為法理とは別の補償法理によるべきである。
(エ) 以上のとおり、厚木基地は高度の公共性を有するから、原告らの損害賠償請求は失当である。
イ 周辺対策等
被告は、当初は行政措置に基づいて学校の防音工事の助成や住宅等の移転の補償等を行っていたが、昭和四一年七月二六日からは「防衛施設周辺の整備等に関する法律」(昭和四一年法律第一三五号。以下「周辺整備法」という。)に基づき、昭和四九年六月二七日からは生活環境整備法に基づいて、住宅、学校及び病院等の防音工事並びに道路、河川及び水路等の障害防止工事に対する補助事業等の周辺対策を実施してきた。
周辺対策の概要は、次のとおりである。
(ア) 住宅防音工事の助成措置
被告は、昭和五〇年度から、生活環境整備法四条の第一種区域内の住宅について、住宅防音工事の助成を実施している。
具体的には、まず、新規工事として、世帯人員を基礎に二室以内の居室について、次に、新規工事を実施した住宅を対象に追加工事として世帯人数に応じて五室を限度として、防音工事の助成を行っており、W値八〇以上の区域に所在する住宅については二五デシベル以上の計画防音量を目標とした第Ⅰ工法を、W値七五以上八〇未満の区域に所在する住宅について二〇デシベル以上の計画防音量を目標とした第Ⅱ工法を採用し、冷暖房設備及び換気設備取付による空気調和工事も行っている。その結果、防音工事済みの屋内では所要の遮音量が確保され、騒音による日常生活の障害は相当程度軽減された状態になっており、機能上も極めて快適な生活環境が保持されている。
なお、生活環境整備法に基づく助成措置は、上記第一種区域を指定する際に現に所在する住宅に限られているが、平成八年度以降、順次、区域指定後に建築された住宅についても、別途予算措置によって防音工事の助成を行っている。
(イ) 住宅防音工事以外の防音対策
被告は、標記の対策として、生活環境整備法三条二項、同法八条に基づき、学校等、病院等及び民生安定に係る公共施設の防音工事の助成を行っており、二〇から三五デシベルの防音効果が得られている。
(ウ) 移転措置等
被告は、厚木基地周辺の生活環境整備法五条の第二種区域に建物等を所有する者が同区域以外の区域に移転する場合、移転の補償等を行うとともに、その跡地等を買い上げて緑地帯その他の緩衝地帯として整備している。
(エ) その他の周辺対策
防音工事・移転措置以外の周辺対策として、騒音用電話機の設置に対する補助(行政措置)、テレビ受信料の助成措置、障害防止工事の助成措置(河川・道路等の改修工事に対する補助金の交付)、民生安定施設の一般助成、特定防衛施設周辺整備調整交付金の助成、農耕阻害補償、厚木基地周辺の民有地の借上げ措置と緩衝地帯の設定、国有提供施設等所在市町村助成交付金(基地交付金)及び施設等所在市町村調整交付金(調整交付金)の制度がある。
上記のような周辺対策は、直ちに騒音値を低下させるものではないが、周辺住民の生活の安定及び福祉の向上を図り、これにより周辺住民の騒音源に対する好意的評価を高め、騒音によって被る精神的不快感を解消又は軽減する効果がある。
(オ) 音源対策等
厚木基地の地上における航空機のエンジン整備・調整に伴う騒音の一部については、厚木基地内に設置された消音装置により相当の騒音軽減がされている。
また、運航時間帯の規制、離着陸の方法、滑走路の使い方、飛行経路の選び方、航空交通管制の方法等の改変等に関する日米合同委員会の合意による規制及び自衛隊の自主規制の措置、昭和五三年七月三日から行われた飛行コースの改定も、騒音を軽減する効果を伴うものである。さらに、平成五年三月末、硫黄島にNLP訓練施設が整備されたことに伴い、同年九月以降、硫黄島においてNLPが本格的に行われるようになり、厚木基地におけるNLPの実施日数が大幅に減少した。
(カ) まとめ
厚木基地周辺は、その設置当時は山林ないし農村地域であったところ、戦後殊に昭和三五年以降急激に人口が集中し、市街化してきた。したがって、もともと厚木基地の使用は民事上の違法の問題を生じさせるものではなかったが、被告は、周辺住民に及ぼす影響をできる限り防止又は軽減するための努力をしてきた。そのような対策の実施により周辺住民への影響は防止され、あるいは大幅に軽減している。原告らが若干の影響を被っているとしても、受忍すべきものである。そして、厚木基地における航空機の航行は、法律及び条約に基づくものであり、適法なものである。
したがって、上記の様々な周辺対策は、違法な侵害を裏付けるものではなく、若干の障害を補てんするための補償的なものである。個々の対策の政策的な当否、充実の程度等につき原告らに異論があっても、それは、政策の当否の問題であり、そのことにより厚木基地の設置管理が違法となるものではない。
ウ 危険への接近
(ア) 自己の自由な意思決定により自己の法益を危険にさらした者は、これによる損害を他に転嫁することはできない。騒音を発生させる基地周辺に居住するようになった者については、騒音に接近したことを違法性の有無についての判断における利益衡量上の一要素と位置づけるべきである。
この考え方は、「免責の法理としての危険への接近」というものであり、その要件は、①危険に接近した者が、侵害行為の存在についての認識を有しながらあえてそれによる被害を容認して居住を開始したこと、②被害が精神的苦痛ないし生活妨害の程度にとどまり、直接、生命、身体にかかわるものではないこと、③侵害行為に相当程度の公共性が認められること、④実際の被害が居住開始時の侵害行為からの推測を超える程度のものであったとか、居住開始後に侵害行為の程度が格段に増大したなどの特段の事情が認められないこと、である。
そして、この要件があるときには、危険に接近した者は、接近したことによる被害を受忍しなければならず、そのような被害につき損害賠償を請求することは許されない。
(イ) そして、一定程度の航空機騒音の存在を認識しながら、損害賠償の対象となる地域に転入した者については、騒音による被害を容認したと推定されるべきであり、その者について、被害を容認していないことを基礎づける具体的事実の主張・立証がない限り、危険への接近の法理が適用され、損害賠償請求権が否定されるべきである。
また、騒音区域内において、より騒音の大きな区域に転居した者についても、危険への接近の法理は適用されるべきである。
(ウ) 以上の点を厚木基地の航空機騒音に当てはめてみると、次のとおりである。
まず、厚木基地では、昭和三五年ころから、米軍のジェット機が離発着するようになり、昭和四六年一二月ころからは自衛隊が移駐してきて共同使用するようになった。そして、昭和四八年一〇月以降、横須賀港を母港とした空母ミッドウェーの艦載機が飛来するようになり、このころ、同基地周辺の航空機騒音に係る状況がほぼ確立され、新聞・テレビ等で大きく報道されるようになった。したがって、少なくとも昭和四九年(以下「基準日」という。)以降に厚木基地周辺(コンター内)に転入した原告らについては、航空機騒音による被害の発生状況を認識して転入したと推定され、そのような被害を容認していたことが推定される。
なお、昭和五七年二月以降、厚木基地においてNLPが開始されるようになり、原告らが被る騒音被害が質量的に増大するに至ったとして、これを「特段の事情」にあたると解したとしても、NLPの開始について、政党、住民団体、地方公共団体等による反対抗議運動等が行われ、そのことが同月以降、新聞等で大きく報道された結果、厚木基地のNLPによる航空機騒音が、重要な社会問題として広く国民の注目を集めるようになった。したがって、少なくとも同年五月(以下「新基準日」という。)以降に厚木基地周辺(コンター内)に転入した原告らについては、危険への接近の法理の適用を排除すべき特段の事情がないというべきである。
さらに、仮にNLPの開始及び存続が前記法理の適用を排除すべき特段の事情に該当するとしても、硫黄島訓練施設で本格的にNLPが開始された結果、平成六年から航空機騒音の状況が格段に改善されたから、平成六年以降の騒音被害については、上記の特段の事情があるとはいえず、上記の法理を適用すべきである。
(エ) 仮に、(イ)とは異なり、転入の事実のみでは被害の容認までが推定されないとの立場に立つとしても、基準日(あるいは新基準日)以降に厚木基地周辺のコンター内に居住した経験を有し、①その後、いったんコンター外に転居したにもかかわらず、再びコンター内に居住を開始するに至った者、②より騒音レベルの高い区域に転居した者、及び③何度もコンター内で転居を繰り返した者については、「免責の法理としての危険への接近」が適用されるというべきである。
また、基準日(新基準日)以降に厚木基地周辺に転入した原告らについては、仮に、免責までが認められないとしても、これらの原告らは少なくとも騒音の存在を認識し又は過失によってこれを認識しないで転入したことが明らかであるから、衡平の見地から損害賠償額の減額事情としてこれを考慮するべきである。
(4) 個別立証のない原告らの請求権の不存在
ア 陳述書を提出しない原告らの請求
原告らは、個別的、具体的事情に関する証拠として厚木基地の航空機騒音による被害の状況をまとめた陳述書を提出した。また、本件訴訟においては、すべての原告らが転居の事情等について陳述書を提出するように裁判所から求められ、原告らは、これに同意し、厚木基地周辺地域に居住を開始した事情について陳述書を提出した。しかしながら、被告別表(第33表)の「陳述書を提出しない原告一覧」記載の原告らが、未だ上記居住を開始した事情についての陳述書を提出していない。
このような陳述書を提出しない原告らは、精神的損害が生じていないか、その立証がなく、厚木基地周辺地域に居住していないか、又は、受忍限度を超える騒音被害を受けているとの認識さえなく、訴訟追行の意思を喪失したと考えざるを得ない。
以上によれば、上記陳述書を提出しない原告らの請求は、その余の点について判断するまでもなく、損害の立証がないもの等として、直ちに棄却されるべきである。
イ 居住の事実が存在しない原告らの請求
原告らが一定の期間にコンター内の特定の場所に居住している事実は、原告らの請求を基礎付ける上で最も本質的かつ基本的な請求原因事実であるところ、この事実の有無については戸籍の附票又は住民票等の公的資料が最も有力な証拠となる。本件訴訟においては、もともと原告らが一度はすべて原告らに係る住民票を提出する旨約束していたという事情もあるから、これを提出していない原告らの請求については直ちに棄却されるべきである。
なお、本件においては、上記居住状況を記載した陳述書が提出されているが、被告による原告本人尋問請求が却下され続けたという経緯があり、陳述書を吟味する機会が十分与えられたわけではないから、住民票等の公的資料と合致しない場合に、安易に陳述書の記載を盲信することは許されない。
(5) 仮執行の開始時期猶予宣言の申立理由
判決をする裁判所は、そもそも仮執行宣言を付すかどうかの裁量権限を有するから、仮執行の効力発生時期を即時とするか、それともこれに期限を付すかの裁量権限を当然有していると解される。
本件の仮執行のために、郵便局等国民の生活に密接な関係のある国の施設の現金が執行の対象となると、一般国民に迷惑をかけることになる。このような事態を避け、国が執行の対象となる現金を準備する期間の猶予を与えるため、仮執行につき執行開始時期を定めるのが相当であり、仮執行開始時期猶予宣言を行う実際上の必要がある。
6 原告らの再反論
(1) 違法性の評価障害事実の主張について
ア 公共性に対する反論
公共性の有無を違法性の判断の際の絶対的な要素と位置づけるのは不当である。また、被告の主張のうち、防衛行為一般又は安保体制の重要性等といった抽象的な事実の主張は、厚木基地及び同基地における航空機発着の公共性を基礎付けるものではない。さらに、被告の主張は、平時においても有事と同様の生活破壊を許容するという点でも失当である。
いずれにせよ、厚木基地の使用は、国民の日常生活の維持存続に不可欠な役務の提供のように絶対的ともいうべき優先順位を持つものではない。むしろ、厚木基地は、米国の世界戦略の中で重要な役割を果たしていることから、有事の際には攻撃目標となる危険もあり、周辺住民に重大な騒音被害を与えている点で反公共的である。また、仮に、同基地に何らかの公共性があるにせよ、住民が同基地から受ける利益はなく、公共的利益と被害との間には彼此相補の関係がない。
以上に照らせば、厚木基地に、違法性を消滅させるような公共性を認めることはできない。
イ 危険への接近の主張に対する反論
(ア) 「危険への接近」の理論の適用可能性
「危険への接近」の理論が適用し得るかどうかについては、加害者側及び被害者側の事情を検討する必要がある。
騒音の被害は、住宅地域として発展してきた広範囲の地域に及び、約一五〇万人以上の周辺住民に被害を与えているという特殊性があり、軍事基地を管理・使用する加害者側(国及び米軍)と被害者側(住民)の間には立場の互換性がない。
また、「厚木基地」という名称が使用されていること等から、厚木基地の位置や騒音地域を正確に知っている者は少ない。被告は、厚木基地の存在、騒音コンターの指定及び騒音被害の実態に関して積極的な情報の提供を怠っており、周辺地域について都市計画法上の居住制限等を行ってもいない。加えて、軍事基地ということから厚木基地の航空機の飛行実態には、前記のとおり恒常性がないから、住民が転入前に各地域の被害実態を認識することは不可能である。
さらに、請求原因(5)イ(ウ)で主張したように、騒音状態が違法である旨の司法判断が確定し、周辺住民や関係自治体が再三にわたる抗議や中止要請をしているにもかかわらず、被告は、特段の改善策も実行せず、違法な騒音状況を放置したまま漫然と同種の侵害行為を繰り返している。他方、住民らの多くは、日本の住宅事情、通勤・通学の便宜、生活環境等の様々な事情を勘案して、選択の余地の限られた範囲から、やむを得ず本件の騒音地域を住居として選択しているものであり、決して非難を受けるものではない。
以上に鑑みれば、首都圏の都市部の真ん中にこれほどの広大な軍用基地が存在し続けること自体が異常であって、衡平の原則に照らしても、「危険への接近」の理論を主張することは許されず、危険への接近による損害賠償の減額を認めるべきでもない。
(イ) 要件の不存在
a 仮に、「危険への接近」の理論が適用され得るとしても、「侵害の認識」及び「被害の容認」の要件については、被害者に当該地域における航空機騒音の存在・程度を正確に認識しながら、それによる被害を容認するような積極的な動機が存することが必要であると解すべきである。
前記のとおり、民間空港とは異なり厚木基地周辺は、航空機騒音が日や時間帯によって不規則に変化し、飛行コースも安定しないという軍事基地としての特殊性があること、厚木基地の所在地(大和市、綾瀬市、海老名市に所在する。)がその名称から周辺自治体の住民にとってさえも必ずしも周知であるとはいい難いこと、転入者の多くが航空機の飛行が比較的少ない日曜、祭日等に居住地の下見をすること等に照らせば、厚木基地周辺の当該各居住地の騒音の実態・程度について、転入前に予測することは不可能に近い。
加えて、本件の航空機騒音の過酷な実態を考慮すれば、当該地域における航空機騒音の存在・程度を正確に認識しながら、それによる被害を積極的に容認して居住を開始するということは、極めて例外的な場合しかあり得ないことは明らかであり、このような積極的な動機は、一般的にはむしろ存在しないと推定される。
b また、一般的には、居住者が被る実際の被害は、居住開始時の推測を超える程度のものであったと推認し得る。さらに、前記のとおり、昭和五七年二月以降、厚木基地においてNLPが開始されるようになり、これによって原告らが被る騒音被害が質量ともに格段に増大するに至っている。したがって、仮に騒音地域に転入した者が、被害を認識・容認して転入したとしても、上記の事情が危険への接近の理論を適用することを排除するための特段の事情に該当することは明らかである。なお、硫黄島におけるNLPの暫定訓練施設の本格的使用が開始された平成五年以降も、基本的に騒音状況が変わらないのは前記のとおりであって、被告が主張するように、特段の事情が解消されたということはない。
仮に、騒音状況が改善されたとしても、一度は、特段の事情を顕在化させてしまった加害者の悪質性からすれば、利益衡量上、その後の違法性の消滅を認めるべきではない。
(ウ) 適用される原告らについて
仮に「危険への接近」の理論による加害者の責任の免除を認める余地があるとしても、それは、航空機騒音を認識し、被害を容認しながら、危険に「接近」した原告らについてのみ適用されるところ、コンター内における転居者は、これに該当する余地がない。
また、一旦騒音被害を経験しながら、再びコンター内に転入したり、コンター内を移動したりする原告らについては、コンター内に実家があったり、その地位が本来その活動圏であるなど、それなりの事情があると推定するべきであり、これらの原告らについて単に転出入や移動の事実及び回数のみから、同理論を適用するのは妥当ではない。
ウ 周辺対策等について
実際に施されている防音工事の効果は、六ないし一〇デシベル程度にすぎず、不十分である。そもそも、人は密閉された防音室内という限られた空間で生活できるはずがなく、防音室においては、生活音が遮断され、光熱費が増大するなど、マイナス面も多い。防音工事の実施は、騒音被害の根本的な解決策とならない。
その他の諸対策も効果が不十分であるか、被害の解消・軽減とは直接関係がないものであって、いずれも考慮に値しない。
理由
(事実認定に用いた書証等について)
1 書証の成立
事実認定に用いた書証の成立は、弁論の全趣旨により認められる。
2 枝番号の記載方法
枝番号のある書証について枝番号を省略した場合は、枝番号すべてを含む趣旨である。
3 地域別の書証
(1) 書証中には、原告らの居住に関する主張地域別に分類できる書証があり、これについては、原告らが提訴時に居住していたと主張する地域(市)ごとに分別して整理し、地域の頭文字(ひらがな)を甲乙の後に入れ、書証の種類別に整理し、例えば、綾瀬市に居住の原告番号100番の原告についての被害状況報告書(世帯用)は、「甲あ1号証の100」のように表記することとしている。
(2) 地域別の証拠を引用する場合には、便宜上、原則として個別原告の番号を枝番で記載しない。本文の原告番号の記述により対応する書証の枝番が分かるし、枝番を記載すると、本文の番号と重複的でかえって煩瑣となるからである。
(3) 地域別の書証のうちの同一種類のものを地域を区別しないで記載する場合、例えば被害状況報告書(世帯用)をまとめて示すときには、「地域別甲1号証」のように記載する。
4 「原告らの陳述書」、「原告らの供述」との記載
多くの原告らが地域別甲1・2号証というアンケート方式による簡易な陳述書を提出している。
また、三二七名の原告らが地域別甲3号証という通常の陳述書を提出している。
さらに、当裁判においては、原告石郷岡直子(あ41)他合計一五名の原告らの本人尋問を実施しており、その陳述書(地域別甲4号証、甲24の1、27)が提出されている。そして、居住状況又は転居事情に係る陳述書等として、地域別甲6・7号証が提出されている。
そこで、上記地域別書証(地域別甲1ないし4、6、7号証)等に基づいて原告らの被害状況や居住関係等を認定する場合には、便宜上、原告個別の書証(枝番)等を記載せず、地域別書証(地域別甲1ないし4、6、7号証)及び甲24の1、27を意味する趣旨で「原告らの陳述書」と、上記一五名の原告ら本人尋問における供述を表すものとして「原告らの供述」と記載することがある。
5 証拠による認定事実の記載方法
原則として、証拠を先に記載し、それによる認定事実をその後に記載するが、反対に認定事実を先に記載し、その認定に用いた証拠をその後に記載することもある。
第1 判断の順序等
1 原告らは、厚木基地における航空機騒音により、原告らに被害が生じたとして、請求の趣旨第1項において提訴時までの損害賠償請求をし、同第2項において提訴時以降の損害賠償請求をしているところ、同第2項のうち、本件口頭弁論終結の日の翌日である平成一四年一月二四日以降に生ずるとする損害の賠償請求に係る訴えは、いわゆる将来の請求であり、不適法であると判断するが、その理由は後記第11の4(口頭弁論終結後の損害賠償請求の許否)で述べる。
2 原告らの請求のうち、口頭弁論終結前の損害に係る請求(請求の趣旨第1項及び同第2項の一部)は、本案の判断を要する。原告らは、国家賠償法二条一項に基づいて、損害賠償を請求するところ、同条項の規定する公の営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が有すべき安全性を欠如している状態をいうのであるが、そこにいう安全性の欠如、すなわち、他人に危害を及ぼす危険性のある状態とは、ひとり当該営造物を構成する物的施設自体に存する物理的、外形的な欠陥ないし不備によって一般的に上記のような危害を生ぜしめる危険性がある場合のみならず、その営造物が供用目的に沿って利用されることとの関連において、当該営造物の利用者又は第三者に対し危害を生ぜしめる危険性がある場合を含む。すなわち、当該営造物の利用の態様及び程度が一定の限度にとどまる限りにおいてはその施設に危害を生ぜしめる危険性がなくても、これを超える利用によって危害を生ぜしめる危険性がある状況にある場合には、そのような利用に供される限りにおいて上記営造物の設置又は管理には瑕疵があるというを妨げない。したがって、上記営造物の設置・管理者において、このような危険性があるにもかかわらず、これにつき特段の措置を講ずることなく、また、適切な制限を加えないままこれを利用に供し、その結果利用者又は第三者に対して現実に危害を生ぜしめたときは、それが上記設置・管理者の予測し得ない事由によるものでない限り、国家賠償法二条一項の規定による責任を免れることはできないと解される。
そして、供用目的に沿って利用されることとの関連において営造物の設置、管理の瑕疵が認められるためには、その営造物を利用に供した結果、第三者に対する関係においてその権利ないし法益を侵害し、それによる被害が社会生活上受忍すべき限度を超え違法であることが必要である。そして、この違法性の存否は、侵害行為の態様と侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為の持つ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等を比較検討するほか、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間に採られた被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の事情をも考慮し、これらを総合的に考察して判断すべきである(最高裁大法廷昭和五六年一二月一六日判決・民集三五巻一〇号一三六九頁参照。以下、同判決を「大阪空港大法廷判決」という。)。
3 そこで、以下、第2において厚木基地の概況、第3において航空機騒音の評価方法、環境基準及び騒音コンター、第4において原告らの居住地等、第5において侵害行為の有無・程度(厚木飛行場の騒音の実態)、第6において航空機騒音による被害の有無・程度、第7において厚木基地の公共性の有無、第8において被告による騒音対策等を検討し、第9においてこれらを総合して違法性の有無(瑕疵の有無)を判断し、第10において危険への接近の理論の適用の有無を、第11において損害の内容、本訴係属中あるいは口頭弁論終結後に死亡した原告ら(原則として、現時点からみて、「元原告」という。)の承継関係等について検討する。
第2 厚木基地の概況
争いのない事実に加え、証拠(甲2、3、8の1、19、20、21、24の1、35、原告鈴木保)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
1 厚木基地の現況
厚木基地は、神奈川県(以下、単に「県」ということがある。)の中央部東側に位置し、大和市、綾瀬市及び海老名市の三市にまたがっており(ただし、海老名市については、厚木基地からの鉄道の引込線部分が所在するだけである。)、被告別図(厚木飛行場管理区分図)の青色線内の区域からなる飛行場である。同基地の総面積は、約五〇六万九一一八平方メートルであり、南北方向に延びる長さ二四三八メートル、幅四五メートルの滑走路があり、その南北両端には、各約三〇〇メートルのオーバーラン部分が設けられている。
2 厚木基地の設置、管理の経緯等
(1) 昭和一六年ころから昭和三五年六月二二日まで
ア 厚木基地は、昭和一六年ころから、帝都防衛海軍基地として旧海軍省によって使用されていたが、終戦後の昭和二〇年九月二日、米軍に接収され、米軍が同基地の一切の管理使用権限を掌握した。昭和二七年四月二八日、平和条約が発効し、厚木基地は、同日締結された旧安保条約及び行政協定二条一項に基づき、米軍が使用する施設及び区域(海軍飛行場キャンプ厚木)として米国に提供された。行政協定により、同日以降、米国に対して提供される施設及び区域の決定並びにその返還を求める具体的手続については、日米合同委員会の協議を経て行われることとなった(行政協定二条、二六条、地位協定二条、二五条)。昭和三三年一一月二五日及び同三五年一〇月一四日には、日米合同委員会の協議に基づき、我が国は、米国に対して、厚木基地の滑走路の安全地帯として、用地を提供した。
なお、厚木基地は、終戦までは旧海軍省の所属財産であったが、敗戦に伴って同省が解体されたことから大蔵省(現財務省)に引き継がれ、同省所属の普通財産となった(この点は米軍による接収時においても同様であり、その後、現在に至るまで変更はない。)。
イ 昭和二七年七月一五日、航空法(昭和二七年法律第二三一号)が制定され、同日、これと併せて、日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約に基く行政協定の実施に伴う航空法の特例に関する法律(昭和二七年法律第二三二号。現在の「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定及び日本国における国際連合の軍隊の地位に関する協定の実施に伴う航空法の特例に関する法律」である。以下「航空法特例法」という。)が制定された。同法により、米軍への施設及び区域の提供目的と我が国の領空における航空機の運航の安全等との調整が図られ、飛行場、航空保安施設の設置に関する運輸大臣(現在の国土交通大臣。以下、同様)の許可(航空法三八条一項)、耐空証明を受けた航空機以外の用途禁止(航空法一一条)等の事項に関し、米軍機の運航等については、適用除外とする旨が定められた。その結果、米軍は、航空法の制定に伴う規範との調整を保ちつつ、自らの判断と責任において、厚木基地に離着陸する米軍及びその関係の航空機の運航管理を専権的に行うことになった。
また、航空法の制定に伴い、我が国の領空における航空機の航行に関する航空交通管制は、運輸大臣の権限事項とされ、米軍機もこれに服することになったが、行政協定六条一項(後の地位協定六条一項)に基づき、米国に提供された飛行場施設の隣接、近傍空域における航空交通管制業務は、同国(具体的には米軍)が行う旨日米合同委員会で合意された。その結果、航空交通管制業務のうち、航空路管制業務は、運輸大臣が所管し(厚木基地については、運輸省東京管制区管制所が行う。)、その余の管制業務(進入管制業務、ターミナル・レーダー管制業務、飛行場管制業務及び着陸誘導管制業務)は、米軍が行うことになった(ただし、前二者は、米軍横田管制所が行っている。)。
(2) 昭和三五年六月二三日から同四六年六月三〇日まで
昭和三五年六月二三日、安保条約の締結に伴って地位協定が締結され、厚木基地は、同日以後、地位協定二条一項(a)(同項(b)により、米国が、行政協定の終了の時に使用している施設及び区域は、両政府が同項(a)の規定に従って合意した施設及び区域とみなされた。)に基づいて、引き続き米軍が使用する施設及び区域(海軍飛行場キャンプ厚木)として米国に提供された。ただし、法律関係については格別の変更が加えられなかった。
なお、厚木基地の名称は、昭和三六年四月一九日調達庁告示第四号により、厚木海軍飛行場と改称された。
(3) 昭和四六年七月一日から現在まで
ア 日米合同委員会において、昭和四六年六月三〇日、日本国と米国との基地使用に係る政府間協定が締結され、その結果、厚木基地の一部について両国による共同使用等の取決めがされ、同年七月六日、防衛施設庁告示第七号により告示された。
同告示によると、被告別図の緑斜線部分には、地位協定二条四項(a)が適用され、米軍と海上自衛隊とが共同使用する区域とされた。同図の赤斜線部分は、本判決では「本件飛行場区域」と呼ぶこととした区域で、滑走路を含む厚木基地の飛行場の主体部分であるところ、我が国に使用転換されて海上自衛隊が管理する施設となった(名称は海上自衛隊厚木飛行場)が、同時に米軍に対しては、地位協定二条四項(b)の規定の適用のある施設及び区域として一時使用を認める形式で引き続き使用を認めており、その結果、米軍と海上自衛隊とが共同して使用する区域となった。また、その余の部分は、引き続き、地位協定二条一項に基づき米軍に提供され、米軍が専用している区域である。
イ 厚木基地では、昭和四六年六月三〇日までは、日米合同委員会の合意により、運輸大臣が航空路管制業務を所管し、その余の航空交通管制業務(飛行場管制業務、着陸誘導管制業務、進入管制業務、ターミナル・レーダー管制業務)はすべて米軍が所管していた。ただし、このうち、進入管制業務及びターミナル・レーダー管制業務は、厚木の米軍ではなく、米軍横田管制所の所管であった。
同年七月一日に本件飛行場区域の管理権が我が国に返還されたことに伴い、それ以降は海上自衛隊の管制部隊が、上記の航空交通管制業務のうち、飛行場管制業務と着陸誘導管制業務を引き継ぎ、同日以降は、米軍機も海上自衛隊の管制に従うこととなった。なお、それ以外の航空交通管制業務の所管関係は、従前どおりである。
自衛隊に所管換えとなった飛行場管制業務及び着陸誘導管制業務は、航空機の航行の安全を図ることを目的とするものであって、その性質上、航空機が航行する際のいわば交通整理を行うにすぎず、米軍機の運航権限自体に関わるものではない。厚木基地は、昭和四六年七月以降も、安保条約及び地位協定に基づき、本件飛行場区域を含むその全域が、我が国の安全と極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するために提供されている。
3 厚木基地の基地機能の変遷
2の経緯を基地機能の観点からみると、次のとおりである。
(1) 米軍による使用
米軍は、終戦直後の厚木基地の接収後、同基地を米国陸軍の輸送基地として使用していたが、昭和二五年一〇月二五日の朝鮮戦争の勃発に伴い、同基地内の滑走路等を復旧させ、厚木基地は、同年一二月一日からは米海軍厚木航空基地と称されるようになり、同国海軍の第七艦隊その他の部隊から飛来する航空機の整備、修理、補給、資材の提供、兵員の休養等の後方支援業務及び同艦隊所属の航空母艦の艦載機操縦士の飛行訓練を行う基地として使用されるに至った。
その後、昭和三二年から同四〇年ころにかけて、厚木基地は、滑走路の延長、オーバーランの設置、航空機の大型化に伴う滑走路のかさ上げ等の工事が行われ、航空基地としての機能強化が図られた。昭和四八年一〇月ころには、米海軍第七艦隊所属の空母ミッドウェーが横須賀を母港として、同月五日に初入港し、それに先立つ同年九月二七日から、同空母のジェット艦載機が厚木基地に飛来するようになった。その後、平成三年九月以降は、老朽化した空母ミッドウェーに替わって空母インディペンデンスが、平成一〇年八月以降は、同空母に替わって空母キティホークが、それぞれ、横須賀を母港とするようになった。上記各空母には、第五空母航空団(CVW―5)所属の艦載機が搭載されており、各空母の艦載機が厚木基地に向かうため、同艦載機がひん繁に基地周辺に飛来するようになった。
現在では、厚木基地には、施設管理を行う米海軍厚木航空施設司令部をはじめ、西太平洋艦隊航空司令部、第五空母航空団厚木分遣隊、艦隊偵察第一飛行隊分遣隊、第一ヘリコプター戦闘支援部隊第二、第六分遣隊等が駐留し、米海軍航空部隊航空機の整備・補給・支援業務を行っている。また、同基地は、空母艦載機の操縦士の飛行訓練を行う基地としても使用されており、昭和五四年一〇月一日から同年一二月二〇日にかけて、被告によって滑走路の補修、灯火設備の換装、ILS(計器着陸装置)施設の新設等の工事が行われ、後記のとおり、昭和五七年二月ころから米軍空母艦載機のNLP(夜間着陸訓練。滑走路を夜間の空母甲板に見立てて、タッチアンドゴー等を行う訓練である。詳しくは後述する。)が開始された。
(2) 海上自衛隊による使用
前記のとおり、海上自衛隊は、昭和四六年七月一日以降、本件飛行場区域の管理を行っているところ、被告は、これに先立ち、同年六月二九日、厚木基地の本件飛行場区域の大部分を海上自衛隊第四航空群等が使用することを閣議決定した。また、昭和四八年一二月二五日には、海上自衛隊の航空集団の最高機関である航空集団司令部が厚木基地に移駐した。
平成八年一二月時点では、上記航空集団司令部の指揮の下に、海上自衛隊第四航空群(司令部、第三航空隊、第六航空隊、第四支援整備隊、厚木航空基地隊、硫黄島航空基地隊)、第五一航空隊、第六一航空隊及び航空管制隊等が厚木基地に配備され、対潜活動、空路の安全確保、災害時の救援活動等の任務に当たっている。
第3 航空機騒音の評価方法、環境基準及び騒音コンター
証拠(甲2、3、7の1ないし3、8の1の1、15の8・11、16の1・4・5・7、35、92の1・2、乙1の1ないし3・5、9、11ないし14、証人小畑敏)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
1 航空機騒音の評価方法
一口に騒音といっても、実際の騒音は、突発性とか周波数成分の違いとか様々な特性を有しており、一様ではない。殊に、航空機騒音は、工場騒音や自動車騒音等と比較して騒音レベルが高いこと、エンジンの関係で特定の周波数に片寄って構成される純音成分を含むこと、継続時間が数秒から数十秒の間欠音であること等の特性がある。このような航空機騒音の特性を考慮し、「うるささ」という感覚的な評価を重視することが必要であると考えられるようになり、次のような評価方法が考案された。
(1) PNL(感覚騒音レベル)
航空機騒音に対して感じる「やかましさ(Noisiness)」の単位であるノイ値(騒音を周波数分析し、単位ノイ値を周波数帯ごとに求め、総ノイ値を計算する方法)を求め、これを基礎として「音の大きさのレベル」に対するものとして考案されたものに、PNL(Per-ceived Noise Level)値による評価方法がある。一般に、ジェット機音については、ピークレベルのホン値に一三を加えた数値とほぼ等しいとされる。
(2) WECPNL(加重等価継続感覚騒音レベル)
ア 概要
昭和四六年、国際連合の下部機関であるICAO(国際民間航空機構)は、公共用飛行場周辺のように定常的に多量の航空機騒音にさらされている地域の住民が受ける感覚騒音量をより適切に評価する方法として、上記PNLを基礎としたWECPNL値(W値)による評価方法を採択した。WECPNLは、要約的にいえば、PNLに、騒音継続時間による補正、純音補正等をした上で、騒音発生時間帯を考慮して、夜間及び深夜・早朝における騒音に重み付けを行った騒音の評価指数である。
WECPNLは、後記のとおり、我が国の環境基準に採用された。その算定方法は、ICAOが提案したWECPNLより、極めて簡略化されたものである。
イ WECPNLの各アルファベットの意味
(ア) W(Weighted)
昼間と夜間では、周囲の状況(暗騒音の大きさの違い)や日常生活における状況(仕事、一家団らん、睡眠等)に差異がある。これを考慮し、同じ航空機騒音でも心理的、生理的に反応する度合いが異なるとして、時間帯に重み付けをして評価するという意味である。
(イ) E(Equivalent)
一日の航空機騒音の総量を二四時間(八万六四〇〇秒)で平均し、等価騒音値を求めるという意味である。
(ウ) C(Continuous)
等価騒音値が一日中継続するという意味である。
(エ) PNL(Perceived Noise Level)
前記(1)の感覚騒音レベルである。
2 航空機騒音に係る環境基準の策定とその内容
(1) 航空機騒音環境基準の策定に至る経緯
昭和四二年、公害対策基本法(旧対策法)が制定、施行され、同法九条一項において「政府は、大気の汚染、水質の汚濁、土壌の汚染及び騒音に係る環境上の条件について、それぞれ、人の健康を保護し、及び生活環境を保全するうえで維持されることが望ましい基準を定めるものとする。」と規定され、環境基準の設定が義務づけられた。
これを受けて、環境庁長官は、昭和四六年九月二七日、騒音防止施策を総合的に推進するとともに、これら施策の共通の行政目標として、公害対策基本法に基づく環境基準を設定することが急務であるとし、中央公害対策審議会に対し、特殊騒音(航空機騒音、鉄道騒音等)に係る環境基準の設定について諮問を行った。中央公害対策審議会騒音振動部会特殊騒音専門委員会は、上記諮問を受け、同年一二月一八日、環境保全上緊急を要する航空機騒音対策について当面の措置を講ずる場合における指針について報告し、更に昭和四八年四月一二日、航空機騒音に係る諸対策を総合的に推進するに当たっての目標となるべき環境基準の設定に際し、その基礎となる指針(指針値、測定方法等)について報告した(甲7の2)。中央公害対策委員会は、上記報告をもとに、同年一二月六日航空機騒音に係る環境基準の設定について答申を行い、同月二七日航空機騒音に係る環境基準(航空機騒音環境基準)を告示した(甲7の1)。
なお、旧対策法は、平成五年一一月に廃止され、環境基本法(平成五年法律第九一号)が新たに施行された。旧対策法九条一項は、現行の環境基本法一六条一項に引き継がれ、航空機騒音環境基準は、環境基本法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成五年法律第九二号)二条により、環境基本法一六条一項の規定により定められた基準とみなされることになった。
(2) 航空機騒音環境基準の内容
航空機騒音環境基準の内容は、次のとおりである。
ア 達成されることが望ましい基準値について、専ら住居の用に供される地域を類型Ⅰ、その基準値をWECPNL(W値)七〇以下とし、その他の地域であって通常の生活を保全する必要がある地域を類型Ⅱ、基準値をW値七五以下とする。
上記各類型を当てはめる地域は、都道府県知事が指定する。
イ 騒音レベルの測定は、当該地域の航空機騒音を代表すると思われる地点及び時期を選定し、原則として連続七日間、屋外で行い、暗騒音より一〇デシベル以上大きい航空機騒音のピークレベル及び航空機の機数を記録する方法で行う。
ウ 航空機騒音の評価は、上記ピークレベル及び機数から一日ごとのWECPNLを算出し、そのすべての値をパワー平均して行う。WECPNLの算出には、次の式を用いる。
file_5.jpgWECPNL=7 2 AirlA) + 1 0logN—27file_6.jpgとは、一日のすべての航空機騒音の各ピークレベルをパワー平均したものをいい(なお、パワー平均とは、簡単にいえば、各航空機騒音をエネルギーに戻して各々合算して、平均をとることをいう。)、Nとは、時間帯による重みづけをした一日の機数で、午前〇時から午前七時までの間の航空機の機数をN1、午前七時から午後七時までの間の航空機の機数をN2、午後七時から午後一〇時までの間の航空機の機数をN3、午後一〇時から午後一二時までの間の航空機の機数をN4とし、次式により算出した値をいう。
N=N2+3N3+10(N1+N4)
エ アの環境基準値が達成されるべき期間につき、飛行場等の区分(第一種から第三種飛行場等の別)に応じて、達成期間及び中間的な改善目標を定める。定められた達成期間内に環境基準(値)を達成することが困難と考えられる地域においては、家屋の防音工事等により環境基準が達成された場合と同等の屋内環境が保持されるようにするとともに、極力環境基準の速やかな達成を期する。
オ 新東京国際空港を除いた第一種空港及び福岡空港(以下「第一種空港等」という。)では、一〇年を超える期間内に可及的速やかに、前記アの基準を達成すべきものとされ、段階的に、①五年以内にW値八五未満とすること、又はW値八五以上の地域において屋内でW値六五以下とすること、②一〇年以内にW値七五未満とすること、又はW値七五以上の地域において屋内でW値六〇以下とする。
(3) 神奈川県における類型地域の指定
神奈川県は、前記(2)ア後段による地域類型の指定に関し、昭和五三年から同五四年にかけて、厚木基地周辺地域の騒音被害の実態を調査し、昭和五五年五月二三日、厚木基地周辺における地域類型を告示し、昭和六一年三月二五日、上記範囲を一部拡張・変更した(甲92の2・3)。また、その後、都市計画法の改正に伴い、一部改正がなされた。現在では、内容的には、一定の指定地域(甲92の2に表示するA線によって囲まれた地域から都市計画法八条一項一号に掲げる工業専用地域及び厚木基地の敷地の地域を除いた地域)のうち、同号に掲げる第一種低層住居専用地域、第二種低層住居専用地域、第一種中高層住居専用地域、第二種中高層住居専用地域、第一種住居地域、第二種住居地及び準住居地域並びに同号に掲げる用途地域として定められた地域以外の地域が類型Ⅰ(前記(2)ア)、上記指定地域のうち、同号に掲げる近隣商業地域、商業地域、準工業地域及び工業地域が類型Ⅱ(同)として指定されている(甲35)。
(4) 厚木基地の航空機騒音と環境基準との関係
航空機騒音環境基準によれば、自衛隊及び安保条約に基づき我が国に駐留する米軍(生活環境整備法二条における定義と同様に、以下「自衛隊等」という。)が使用する飛行場の周辺地域では、平均的な離発着回数及び機種並びに人家の密集度を勘案し、類似の条件にある飛行場の区分に準じて同環境基準が達成され、又は維持されるように努めるとされていた。
そして、防衛庁は、昭和五三年五月ころ、厚木基地を上記(2)オの第一種空港等に相当するものとして扱うこととした。
(5) 環境基準と受忍限度との関係等
ア 環境基準と受忍限度との関係
前記(1)(2)のとおり、環境基準が人の健康を保護し、生活環境を保全する上で維持されることが望ましい基準として定められ、厚木基地については、第一種空港等と同様に、一〇年を超える期間で可及的速やかに上記環境基準を達成すべきもの等とされた制定経過に照らせば、航空機騒音環境基準が行政上の目標として作成されてきたことが明らかであり、公害対策基本法及び同基準の文言にも、その目標あるいは指標としての性格が表されている。また、同基準の達成について、中間的、段階的な改善目標が定められており、特に第一種空港等については、達成期間もかなり不確定な形で規定されている。これらの点を考慮すれば、同基準は、国がその達成を図る現実的かつ重大な責務を負うものであるとしても、これをもって直ちに最低限現実に達成されなければならない基準あるいは損害賠償請求における違法性の判断基準であるということはできず、行政上の目標値あるいは指針であるというべきである。
しかしながら、このことは、一般に、環境基準が受忍限度を判断する際の重要な資料の一つとなることを否定するものではない。すなわち、環境基準は、行政上の目標値であるとしても、人の健康を保護し、生活環境を保全する上で維持されることが望ましい基準として定められたものであり、飛行場の区分に応じて達成期間まで示されているのである。しかも、その設定に当たっては、聴力損失等の人の健康に係る障害をもたらさないことはもとより、日常生活において、睡眠障害、会話妨害、不快感等を来さないことを基本とすべきであるとの考えのもとに、航空機騒音の日常生活に及ぼす影響に関する住民への質問調査、道路騒音、工場騒音による住民反応、聴覚等に及ぼす影響についての調査研究等に関する内外の資料等の検討や、航空機騒音対策を実施する上での種々の制約(エンジン製造を外国に依存していること、航空機騒音の影響が広範囲に及ぶこと、輸送の国際性・安全性等)の考慮がされている。したがって、航空機騒音環境基準には、人の健康を保護し、生活環境を保全するための一つの価値判断が示されているのであり、これが直ちに受忍限度を判断する基準にならないとしても、十分参考に値するものと解するべきである。
イ 諸外国の航空機騒音規制
諸外国の航空機騒音規制について、証拠(甲4の2、乙1の1・2・10・16)及び弁論の全趣旨によると、次のとおり認められる。
(ア) ドイツ連邦共和国(当時の西ドイツ)では、Leq六七デシベル(A)を超える区域では、病院、学校等を建築してはならず、Leq七五デシベル(A)を超える区域では住宅を建築してはならないとしている。また、内務大臣は、Leq六二デシベル(A)以上の地域には住宅を建築すべきではないと勧告している。Leqは、等価騒音レベル(Equivalent Sound Level)といわれており、Leqデシベル(A)に一五を加えると、W値とほぼ等しいとされる。Leq六二デシベル(A)は、およそW値七七に相当する。
(イ) イギリスでは、空港周辺地域をNNIにより四区域(三五以上四〇未満、四〇以上五〇未満、五〇以上六〇未満、六〇以上)に区分しており、住宅の建築に何の制限も受けないための環境騒音レベルは、NNI四〇以下とされており、NNI五〇以上で、原則として住宅の建築が許可されていない。NNIは、騒音の評価指数の一つであり、NNIに三〇ないし三五を加えた値がW値に相当する。
(ウ) フランスでは、空港周辺区域をPNdbにより三区域(九六以上、八九以上、八四以上)に分類し、それぞれの区域ごとに、建築制限が定められた。PNdb八四以上の区域では、防音措置を施すという条件で例外的に住宅の建築が許され、PNdb八九以上の区域では住宅建築が全面的に禁止されている。PNdb八四は、およそW値七五に相当し、PNdb八九は、およそW値八〇に相当する。
(エ) 米国では、環境保護庁(EPA)が国民の健康と福祉を保護するために望ましい環境騒音レベルを設定しているところ、Ldnの評価単位によると、生活妨害を生じさせないための水準は、屋外でLdn五五デシベル(A)以下、屋内でLdn四五デシベル(A)以下とされている。Ldn五五デシベル(A)をW値に換算するとおよそW値七〇に相当する。
(オ) 以上によれば、上記西欧諸国においては、W値に換算してほぼ七〇から七五に相当する騒音レベルから住宅建築が規制されたり、防音措置が義務付けられたりしており、また、米国の環境基準では、W値七〇に相当する数値が採用されているということができる。木造建築が多い我が国と比較して、欧米諸国では建物の遮音効果をより期待できること等から、欧米諸国の方が一般的には基準値が高いといい得る面があるが、上記各国の基準は、本件の騒音被害における受忍限度を判断する上で、参考にすべき値であるということができる。
3 航空機騒音の測定(W値の具体的(補正)算出方法)
(1) 騒音の測定方法の意義
次に、騒音を具体的にどのようにして測定するかの問題があるところ、前記2(2)アイのとおり、環境基準自体が測定方法を定めており、内容的には地域の中に代表的な測定点を取って、所定の方法で算定するというものである。
(2) 民間航空機の離発着の用に供される公共用飛行場の場合
民間航空機が使用する飛行場周辺における騒音基準値との関係では、航空機騒音環境基準の達成を図るため、公共用飛行場周辺における航空機騒音による障害の防止等に関する法律(昭和四二年法律第一一〇号)及び同法施行規則(昭和四九年運輸省令第六号)が定められており、騒音レベルの数値(W値)の算出は、前記2(2)ウの数式をそのまま用いて行う(この数式を用いるW値算出方法を「環境基準方式」ということがある。)こととされた。その測定値は、当該飛行場を使用する航空機の型式、飛行回数、飛行経路、飛行時刻等に関し、年間を通じての標準的な条件を設定し、これに基づいて算定するものとされ、具体的には、次のとおりの補正された計算方法により求められている。
ア 航空機騒音量
耐空証明における航空機の騒音の基準及び実際の飛行から得た機種ごとの総音量と飛行経路(計器飛行方式を採用しているためコースは一定している。)から騒音レベルを計算により求める。
イ 飛行回数
運航スケジュールを用いて算出した一日当たりの単純平均回数(三六五日を対象としている。)を用いる。タッチアンドゴー等は含まない。
(3) 自衛隊等が使用する飛行場の場合
ア 自衛隊等が使用する飛行場周辺における騒音基準値との関係では、生活環境整備法及び同法施行規則(昭和四九年総理府令第四三号)は、前記2(2)ウの数式を採用した上で、防衛施設庁長官が自衛隊等の航空機の離陸、着陸が頻緊に実施されている防衛施設ごとに、当該防衛施設を使用する自衛隊等の航空機の型式、飛行回数、飛行経路、飛行時刻等に関し、年間を通じての標準的な条件を設定し、これに基づいて、測定値(W値)を算定すべきものとしている。
イ そこで、防衛施設庁は、上記施行規則一条に規定する算定方法等の細部基準として、防衛施設周辺における航空機騒音コンターに関する基準(昭和五五年一〇月二日施本第二二三四号)を定めた。同基準においては、騒音量について、自衛隊等の航空機が通常飛行している複数の経路を標準的な飛行経路として設定し、そこを飛ぶ実際の航空機の騒音量を測定するなどの方法により実測することとしている。
そして、これらの実測データを基礎にして一日の飛行回数の少ない方からの累積度数曲線を求め、当該累積度数の九〇%に当たる回数(八〇%レンジの上端値)をもって本件飛行場における標準的な一日当たりの平均飛行回数とすることとし(以下「累積度数九〇%方式」という。)、タッチアンドゴーについても、その回数を基準値の基礎となる飛行回数に加えるものとした。また、騒音の継続時間が民間航空機の場合と比較した場合には機種・高度によって大きく変動するため、若干の補正値(継続時間補正)を加え、さらに、各騒音について、ジェット機の着陸時のものと確認できるものについては、着陸音補正として二デシベル(A)を加算することとした。
(イのW値算出方法を「防衛施設庁方式」ということがある。)
ウ そして、厚木基地その他の自衛隊等の使用する飛行場(以下「厚木基地等」という。)においては、W値の測定・算出について上記の防衛施設庁方式が適用され、特に、飛行回数について、累積度数九〇%方式を採用することから、厚木基地等に同方式を適用して得られたW値は、環境基準方式を適用して得られたW値より、通常、三から五程度、高く算出されるといわれている。
(4) 被告の主張についての検討(防衛施設庁方式採用の是非)
被告は、厚木基地周辺において算出されたW値は、(3)ウのとおり、飛行回数をかなり大きく見込んで算出しており、公共用飛行場と同じ値であったとしても、そのうるささは同じであるとはいえない旨主張する。
ア そこで、検討するに、証拠(甲7の1、16の1・4・5・7、乙1の1ないし6、証人小畑敏)及び弁論の全趣旨によれば、厚木基地等のW値の測定・算出について、防衛施設庁方式が採用されたのは、次のような理由に基づくと認められる。
(ア) 民間航空機が使用する公共飛行場では、一年を通して飛行回数に極端な増減がなく、飛行コースも一定であるため、平均的な一日の飛行回数等を把握するのが容易である。さらに、民間航空機のパイロットにもタッチアンドゴー訓練が行われるが、それは、教育機関が置かれた特定の飛行場で行われ、通常の飛行場では行われない。このことから、公共用飛行場についてのW値の算定において、飛行回数(前記2(2)ウの数式のNの値)については、タッチアンドゴーによる飛行回数を含めて計算する必要はなく、これを除く一日の平均飛行回数を採用することに合理性がある。また、飛行機種が限られているため、騒音の特徴・継続時間にも、機種による大きな違いが認められないから、継続時間補正や特殊音による補正をする必要もない。そのことから、前記のとおり、ICAOにおいて提唱されたWECPNLより、極めて簡略化された算定式が採用されたと考えられる。
(イ) 他方、厚木基地のような自衛隊等の航空機が使用する飛行場では、通常の公共用飛行場と異なり、航空機の飛行回数及び飛行コースが一定しないため平均的な一日の飛行回数を把握することが困難である。したがって、標準的な飛行回数(前記2(2)ウ数式のNの値)の捉え方について、通常の公共用飛行場の場合と同様に論ずることができない特殊性がある。日によって騒音を受ける回数にばらつきがある場合には、人間の感覚は、騒音回数が多く騒音程度の著しい日にいわば引き寄せられ、その日の騒音に強い印象を受けることが知られており、実際に、自衛隊等が使用する飛行場周辺において住民反応を調査した研究結果からも、上記のように騒音が比較的多く測定された日を基準として算出したW値が、民間空港周辺での通常の方法(環境基準方式等)によって算出されたW値よりも、実際の感覚により整合的であることがわかる。
また、厚木基地等では、離着陸する航空機の機種が多種多様であることから、機種の違い(特にジェット機、プロペラ機等による違い)によって、騒音の態様ないし程度に差異が生じる。継続時間補正及び着陸音補正は、この点を考慮した適切な補正方法であり、ICAOにおけるWECPNLの算出方法とも整合的であるということができる。
イ アのような理由に基づき、防衛施設庁は、防衛施設庁方式によるW値の算定方法を採用したものであって、厚木基地のような自衛隊等が使用する飛行場周辺に居住する人間が感じる「うるささ」を示す指標としては、防衛施設庁方式によるW値を用いることに合理性があるといわなければならない。
したがって、防衛施設庁方式のW値が厚木基地等のうるささを示す指標としてそのままでは適用できないというのが(4)冒頭の被告の主張の趣旨であれば、この主張は採用することができない。
4 厚木基地周辺における騒音コンターの作成等
(1) 防衛施設庁告示によるコンター作成及び区域指定の経過
防衛施設庁長官は、昭和四九年以降周辺整備法及び生活環境整備法に基づき、種々の周辺対策を実施する対象となる第一種区域、第二種区域及び第三種区域(以下、まとめて「第一種区域等」ということがある。)を指定するため、厚木基地周辺における騒音状況を把握し、生活環境整備法施行令八条及び同法施行規則一条に規定されたW値によるコンター(等音線)を作成し、同コンターを基に、その外側に位置する、道路、河川等現地の状況に即して第一種区域等の指定区域を設けている。これら被告(防衛施設庁)による区域指定の経過の概要は、以下のとおりである。
ア 被告(横浜防衛施設局)は、昭和五〇年から同五二年までにかけて飛行実績を調べるとともに、社団法人日本音響材料協会に委託して厚木基地周辺の騒音度調査を行い、防衛施設庁は、昭和五四年九月五日、同庁告示第一八号により、第一種区域(W値八五以上)を指定した。同告示による指定の範囲は、本判決添付の別図1(厚木飛行場に係る第一種区域等指定参考図)に示すとおり、赤鎖線で囲まれた区域である。
イ 次いで、生活環境整備法施行規則二条が改正され、第一種区域の基準がW値八〇以上とされたことに伴い、被告は、昭和五四年から同五五年にかけて、飛行実績を調べるとともに、財団法人防衛施設周辺整備協会に委託して騒音度調査を実施し、防衛施設庁は、昭和五六年一〇月三一日、同庁告示第一九号により、新たな第一種区域(W値八〇以上)を指定し、併せて第二種区域(W値九〇以上)を指定した。同告示による各指定の範囲は、別図1に示すとおり、それぞれ、第一種区域が赤色の一点鎖線、第二種区域が青色の鎖線で囲まれた区域である。
ウ さらに、生活環境整備法施行規則二条が改正され、第一種区域の基準がW値七五以上とされたことに伴い、被告は、イと同様に昭和五七年から同五八年までの飛行実績等を調査し、防衛施設庁は、昭和五九年五月三一日、同庁告示第九号により、新たな第一種区域(W値七五以上)を指定し、併せて、新たな第二種区域(W値九〇以上)及び第三種区域(W値九五以上)も指定した。同告示による各指定の範囲は、別図1に示すとおり、それぞれ、第一種区域が赤色の細線(ただし、東側は赤色の太線と重なっている。)、第二種区域が黄色の実線、第三種区域が緑色の実線で囲まれた区域である。
エ 被告は、騒音の常時測定調査の結果、告示を見直すような変化が見られたとして、昭和五八年から同五九年までの飛行実績を調べ、防衛施設庁は、昭和六一年九月一〇日、以前の騒音度調査も参考として、同庁告示第九号により、新たな第一種区域(W値七五以上)を指定した。同告示による指定の範囲は、基地の西側部分の区域を拡大するものであり、別図1に示すとおり、赤色の太線で囲まれた区域である。
(2) 工法区分線の設定
また、被告は、後記のとおり、住宅防音工事を実施するに際して、第Ⅰ工法(W値八〇以上の区域を対象として計画防音量を二五デシベル以上とするもの)と第Ⅱ工法(W値七五以上八〇未満の区域を対象として計画防音量を二〇デシベル以上とするもの)を区別しているが、その区別には、昭和五六年一〇月三一日の告示によって指定されたW値八〇の区域(上記イ)を画する線を用いず、これとは別に、実態調査に基づいて、昭和六三年七月一八日、W値七五の騒音コンターとW値八〇の騒音コンターとの間の区分線(以下「工法区分線」という。)を設定し、これを用いている。工法区分線は、別図1の青色の実線によって示された線である。
(以下、別図1の内側から、上記(1)ウの第二種区域内(W値九〇以上)の地点を「W値九〇」、W値九〇の地域の外側で同イの第一種区域内(W値八五以上)の地点を「W値八五」、W値八五の地域の外側で同ウの第一種区域内(W値八〇以上)の地点を「W値八〇」、W値八〇の地域の外側で上記工法区分線内(W値八〇以上)の地点を「W値八〇(工)」、W値八〇(工)の地域の外側で上記(1)オの第一種区域内(W値七五以上)の地点を「W値七五」の各地点と、それぞれ称することがある。)
(3) 区域指定、コンター及び工法区分線の性質
被告は、上記のように、現地調査を繰り返して十分な航空機騒音に関するデータを収集し、防衛施設庁方式に沿ってW値を求め、コンター図を作成し、その上で区域指定を行ったものである。
そうすると、上記(1)の各区域指定及びその区分線となるコンターは、当時の騒音実態に照応したものであるということができ、厚木基地周辺における航空機騒音の実態を表すものとしてもまた十分な価値を持つといわなければならない。
また、上記(2)の工法区分線は、生活環境整備法に基づく区域指定によるものではないが、被告が住宅防音工事助成を行うに際して、W値八〇以上の区域にある住宅とW値七五以上八〇未満の区域にある住宅とを区別し、それぞれ異なる工法を用いるための区分線であって、昭和六三年七月一八日に設定されたものであるから、そのころの騒音実態を反映して設定されたと解される。したがって、工法区分線は、騒音コンターと同様、侵害行為を検討するに当たって無視することができない。
なお、被告は、航空機騒音の実態を継続的に把握して、今後の航空機騒音対策(防音対策等)の基礎資料を得るために、昭和五八年度以降、基地周辺地域に騒音測定器を設置して、継続的に騒音の測定を行っており、現在では、一六の地点において、騒音測定を継続している。被告は、常に厚木基地周辺の騒音の実態を把握し、今後も実態の変化に応じた適切な対策を施すべきであるし、また、それが可能な地位にあるということができる。
第4 原告らの居住地等
1 居住地等の認定方法
(1) 居住地等認定の意味と方法
原告らは、厚木基地の航空機騒音によりコンター内の地域(W値七五以上の地域)で、受忍限度を超える違法な騒音被害が生じているとし、コンター内に居住する住民らに共通する被害について損害賠償を請求しているから、原告らの居住地、その位置する区域のW値及びその地における居住期間は本件における基本的な請求原因事実である。そして、それらの請求原因事実に争いがあれば、民訴法所定の手続に従いその係争事実を確定する必要があることはいうまでもない。その具体的な方法としては、書証、人証等の適宜の証拠方法を利用することとなる。
なお、本件は、提訴時において五〇七八名(その後取下げにより、最終的には四九五一名となった。ただし、原告らの死亡による訴訟承継に伴って増減した者を除く。以下、同様である。)という極めて多数の原告らが当事者となった大規模訴訟であるが、それらの者の居住地等に関する事実認定も、上記の認定の手続・方法によることに変わりはない。
(2) 本件訴訟における審理の経緯
原告らは、上記の居住状況の立証については簡易な書証の取調べのみをもって足りるとの見解を主張し、原告本人尋問については、地域の被害等を明らかにする見地からの代表的な本人二〇名(そのうち一五名について尋問を実施した。)しか申請しなかった。そのようなこともあって、本訴では、審理の比較的初期の段階から、住民票等の公的資料及び原告らの居住状況に関する陳述書の提出の必要性が指摘され、平成一二年五月一七日の進行協議期日において、原告らが、居住状況及び転居事由に係る事実の立証のため、原告ら全員につき住民票及び所定の内容と形式をあらかじめ定めた簡易な陳述書を作成して提出することを了承した。
原告らは、上記合意に基づき、原告らに係る住民票(地域別甲5・8号証)並びに居住状況及び転居事由に係る陳述書(地域別甲6・7号証)を提出した。その結果、すべての原告らにつき、住民票の提出がなされたが、別紙5地域別甲6号証未提出者目録記載の原告ら二六二名(なお、平成一二年七月末までに死亡した元原告らは、同居していた家族等が同人に係る地域別甲6号証を作成して提出している場合と提出していない場合とがあるが、そのような者らについては提出できなかったことに相当の理由があるというべきであるから、別紙5から除外した。)については、地域別甲6号証が提出されていない。
また、被告は、原告らの居住状況等に係る公的資料を取り寄せ、原告らに係る居住状況・転居状況の反証のために、地域別乙1ないし7号証(戸籍の付票、住民票等)を提出し、当該資料を取り寄せた時点において、居住状況につき原告らの主張と異なる事実があると思われる原告らについては、当該原告らに係る居住状況を否認し、その余の原告らに係る居住状況について、不知と述べた。
(3) 本件における具体的な認定手法
ア 以上のような居住地等の認定の意味・方法と本件訴訟の経緯等に照らせば、少なくともコンター内における居住状況(居住の事実及び期間)は、まず、原則として住民票等の公的資料に基づいて認定されるべきであり、あわせて補充的に、提出された原告ら本人の陳述書(地域別甲6号証)の記載内容等を検討した上で、認定されるべきである。
イ ところで、本件では、前記のとおり、すべての原告らにつき、住民票等の公的資料の提出があったが、提出済みの公的資料のみからは、コンター内における居住状況(特に居住期間)を認定することができない者がいる。そのような原告らについては、陳述書が提出されても、安易に、それだけで事実を認定することには慎重でなければならないが、それを検討し、内容的に信用性が高ければ、主にそれをもって居住状況を認定することもできるというべきである。
ウ イと異なり、公的資料の提出はあるが、陳述書の提出がないという場合がある。すなわち、原告らのうち、別紙5記載のとおり二六二名については、地域別甲6号証が提出されていない。
アのとおり、居住状況は、原則として公的資料等に基づいて認定されるべきであって、陳述書が提出されないことから、直ちに居住状況を認定できないというものではない。ただし、上記陳述書は、簡易な様式の書面であって、容易に作成できるにもかかわらず、これをあえて提出しないということは不自然であるといわざるを得ず、このような原告らについては、後記のように、慰謝料の算定額において考慮すべきものとするのが相当である。
2 居住地等の認定事実
(1) 前記の見地に鑑み、地域別甲5ないし8号証、地域別乙1ないし7号証、甲14、乙19及び弁論の全趣旨を総合すると、請求を棄却した一部の者を除く原告らの居住地、居住期間及びそのコンター区分は、別紙2居住状況・損害賠償額一覧表中の「居住地」欄及び「居住期間」欄記載のとおりであることが認められる。
(2) 原告らの居住状況の主張は、別冊の原告ら準備書面(15)のとおりであるが、原告らは、原則として訴え提起から遡って三年内の損害賠償を求めているため(ただし、別紙4の「請求開始年月」欄記載のとおり、若干の例外がある。)、原告らが請求を開始した日より前に遡ってその居住の始期を認定する実益がない。したがって、例えば、甲事件原告については、原則として「平成六年一二月八日」という限りで認定した。また、(1)で摘示した証拠及び弁論の全趣旨によれば、一部の原告らについて、上記原告らの主張には存在しない、コンター内における居住の事実があることが推認されるが、そのように推認される事実は、原告らの主張を超えたもの(主張にはないもの)であるから、これを認定することは相当ではない。
なお、証拠及び主張上、転居日について日付けまで特定できない原告ら(例えば平成一二年三月という限りで特定できる者)については、コンター内からコンター外への転居(コンター内転居の中でW値の低い地域への転居を含む。)については、当月(又は当年)の初日(例えば、平成一二年三月一日)で認定し、コンター外からコンター内への転居(コンター内転居の中で、同一コンター及びW値の高いコンターを含む。)については、翌月(又は翌年)の初日(例えば、平成一二年四月一日)という限りで認定した。コンター内に居住しているということで初めて請求権が発生するので、コンター内における居住が確実に認められる日を認定したものである。
3 居住地の認定に関する補足説明等
居住状況の立証が不十分な原告ら及び別紙2のとおり認定したことについて若干の補足説明を要する者ら並びにそれらの判断の理由は、次のとおりである。
(1) 原告寺田亜希子(あ189)
原告らは、上記原告が、平成九年一一月一八日から同一一年一一月四日までの間、綾瀬市早川<以下略>に居住した旨主張するところ、甲あ5号証の189及び乙あ1号証の189には、これに沿う記載がある。しかしながら、甲あ6号証の189には、平成九年四月頃から現在まで大阪市に居住している旨の記載があり、加えて「途中住民票上平成九年一一月に転入手続をとったことがありますが、実際はずっと大阪です。」との記載がある。上記書証は、上記原告の親である原告寺田信雄(あ186)が作成しており、上記原告にとって不利な事実を記載したものであって、内容も具体的であるから信用することができる。しかも、原告らは、以上のように証拠及び主張関係が一致しないことについて合理的な説明をしていない。
したがって、上記原告らの主張事実を認定することはできない。
なお、原告らは、昭和五五年三月一〇日から平成九年四月二日までの間、綾瀬市早川<以下略>に居住した旨主張するが、訴状によれば、原告らは、平成九年一一月以降の損害の賠償のみを請求している。したがって、平成六年一二月八日(提訴日から三年前の日)から同九年四月二日までに発生した損害については、その賠償を求めない趣旨であると解さざるを得ず、前記のとおり、平成九年一一月より前に遡って居住事実を認定することは実益がない。
以上によれば、上記原告については、損害賠償請求の対象となった期間内における、コンター内の居住の事実を認めることはできないから、請求を棄却せざるを得ない。
(2) 原告中川瀧雄(あ216)
原告らは、上記原告が、平成一〇年一二月二九日以降、大和市上草柳<以下略>に居住していた旨主張するところ、乙あ1号証の216には、これに沿う記載がある。しかしながら、甲あ6号証の216には、上記原告は平成三年以降、綾瀬市蓼川<以下略>に居住しており、その後移転しておらず、住民票上の住所地のみを移した旨の詳細な記載があり、その内容は十分信用することができる。そして、原告らは、以上のように証拠及び主張関係が一致しないことについて合理的な説明をしていない。
したがって、上記原告が、同日以降、上記主張の大和市上草柳<以下略>に居住していたことを認定することはできない。なお、原告らは、綾瀬市蓼川<以下略>に居住していた旨を主張しないため、その事実を認定することは、相当ではない。
(3) 原告藤井久治郎(ざ197)
原告らは、上記原告が昭和四七年八月一日以降、座間市ひばりが丘<以下略>に居住していた旨主張するところ、甲ざ5号証の197には、これに沿う記載がある。
この点、被告は、上記主張を一旦は否認し、乙ざ2号証の197を提出するところ、その後、最終準備書面補充書でこれを撤回して、不知と述べているので、上記原告の上記主張を積極的には争わないものと判断するのが相当である。
ちなみに、乙ざ2号証の197には平成四年九月二九日に上記住所地に住所を定めた旨の記載がある。しかしながら、この記載は「栗原」から「ひばりが丘<以下略>」への町名の変更(昭和五二年一一月一日の記載)と誤記の訂正(平成四年九月二九日の記載)によるものとも考えられる。また、戸籍の附票は住民基本台帳の記載に基づいて作成されるものであるから、証拠価値としては住民票の記載より低いといわざるを得ない。
以上に照らせば、乙ざ2号証の197の記載内容は、上記原告の居住期間の認定に影響しないというべきであって、上記原告の居住状況については、甲ざ5号証の197から、原告らの主張に沿って、別紙2のとおり認定できる。
(4) 原告瀬能芳幸(ざ309)、同瀬能久美子(ざ310)、同瀬能晴咲(ざ311)及び同瀬能健介(ざ312)
原告らは、上記原告ら四名が平成一二年一二月二二日に、座間市広野台<以下略>から相模原市上鶴間<以下略>に転居し、その後、現在まで居住している旨主張するところ、これを裏付ける公的資料は、口頭弁論終結時までに証拠として提出されていない。また、同人らの居住状況に係る地域別甲6号証にも、上記主張に沿う記載は認められない。
そうすると、結局のところ、上記原告らの主張事実を認めるに足りる証拠はないというべきである。
(5) 原告細野ミサ子(や405)
上記原告に係る原告らの主張は、同原告が昭和三四年八月二九日から平成一二年七月までの間及び平成一三年四月以降、大和市上草柳<以下略>に居住していたというものである。
この点に関し、甲や5号証の405及び甲や8号証の405(いずれも住民票)には、昭和三四年八月二九日に前住所である小田原市久野仲宿から上記住所地に転居した旨の記載があるにすぎず、上記の原告ら主張のような「平成一二年七月に別所に転居し、同一三年四月以降、同所に再び転居した」旨の記載はない。他方、甲や6号証の405には、平成一二年七月から同一三年四月までの間「新築のため、一時アパートを借りていました。」との記載がある。
以上を総合すると、上記原告は、昭和三四年八月二九日に上記の大和市上草柳<以下略>に転居し、以後現在に至るまで同所に居住しているが、平成一二年七月から同一三年四月までの間一時的に別所に居住していたこと、一時的な居住であったため転居届等を提出しなかったと認めるのが相当である。したがって、上記原告の居住状況については、原告らの主張に沿って、別紙2のとおり認定することができるというべきである。
(6) 原告小菅芳枝(や664)
原告らは、上記原告が、平成一三年四月から同年七月までの間、大和市上草柳○―○○―○―○○○に居住し、平成一三年七月以降、大和市上草柳×―×―×に居住していた旨主張する。
ところで、甲や5号証の664及び甲や、8号証の664(いずれも住民票)からは、昭和三五年一二月一三日に大和市上草柳×―×―×に転居した旨の記載があるにすぎず、平成一三年四月から同年七月までの間、大和市上草柳○―○○―○―○○○に居住した旨の記載はない。この点、甲や6号証の六六四には、「平成一三年四月から同年七月頃(予定)まで」の間「家の建替のため、すぐ近くの家に仮住いしています。上草柳○―○○―○―○○○です。」との記載がある。そうすると、上記原告は、平成一三年四月から同年七月までの間、大和市上草柳○―○○―○―○○○に居住していたこと、一時的な居住であったため転居届等を提出しなかったことが推認される。
以上に照らせば、上記原告の居住状況については、原告らの主張に沿って、別紙2のとおり認定することができるというべきである。
(7) 原告佐藤妙子(や982)(旧姓髙田)
原告らは、上記原告が平成一二年八月二六日以降、大和市上草柳<以下略>に居住していた旨主張するが、これを裏付ける公的資料は、口頭弁論終結時までに証拠として提出されていない。さらに、甲や6号証の982には、平成一〇年六月に上記住所地に転居した旨の記載があり、居住開始時期について上記主張内容と一致しない。そして、原告らは、このような不一致について合理的な説明をしていない。
そうすると、結局のところ、上記原告らの主張事実を認めるに足りる証拠はないというべきである。
(8) 原告松本智朋(や1066)
原告らは、上記原告が平成一二年一一月一日以降、大和市上草柳<以下略>に居住していた旨主張するところ、上記転入日を裏付ける公的資料は提出されていない。しかしながら、甲や6号証の1066には、同日から上記住所地に居住していた旨の比較的詳細な記載があり、その内容について特に被告から疑問は呈されていない。また、甲や8号証の1066によれば、同原告が少なくとも上記住所地に居住していたことを認定することができる。
以上を総合すれば、上記原告らの主張事実を認めることができるというべきである。
(9) 原告岸本義樹(や1403)
原告らは、上記原告が、平成一〇年五月一〇日以降の日に、東京都品川区二葉<以下略>から大和市西鶴間<以下略>に転居した旨主張するが、その転居日の主張がない。また、これを裏付ける公的資料は、口頭弁論終結時までに証拠として提出されておらず、甲や6号証の1403には「その後、父が急死したため実家に戻った。」との記載があるにすぎず、十分な記載がない。
そうすると、結局のところ、平成一〇年五月一〇日以降に関する上記原告の居住状況については、これを認めるに足りる証拠はないというべきである。
(10) 原告金子隆一(や1476)
原告らは、上記原告が平成一一年六月六日以降、大和市福田<以下略>に居住していた旨主張するが、これを裏付ける公的資料は、口頭弁論終結時までに証拠として提出されていない。また、甲や6号証の1476にも、上記主張に沿う記載は認められない。
そうすると、結局のところ、上記原告らの主張事実を認めるに足りる証拠はないというべきである。
(11) 原告吉川健一(や1528)
原告らは、上記原告が、平成一一年四月二八日以降の日に、横浜市西区浅間町<以下略>から大和市西鶴間<以下略>に転居した旨主張するが、その転居日の主張がなく、また、転居の事実を裏付ける公的資料は一切提出されていない。
なお、甲や6号証の1528には「平成一一年五月頃から平成一二年九月頃まで」の間「会社の仕事の関係で帰りが遅くなり、終電で帰れないこともあったため社員寮に入ったが、その社員寮が閉鎖になり、自宅に戻ってきた。現在は、自宅から通勤している。」旨の記載がある。
しかしながら、居住状況、特にコンター内の居住状況については、前記のとおり、原則として公的資料によって認定されるべきであって、地域別甲6号証はそれを補充するものとしての価値があるというべきである。そして、甲や6号証の1528の記載内容は、上記のように簡易なものであり、内容も必ずしも明確なものではない。上記のように転居日の主張がないことをも考慮した場合、上記陳述書の記載内容だけから、コンター内での居住事実を認定することは相当ではない。
そうすると、結局のところ、平成一一年四月二八日以降に関する上記原告の居住状況については、これを認めるに足りる証拠はないというべきである。
(12) 原告平本澄子(や1669)
原告らは、上記原告が昭和四一年一月二四日から平成一二年一〇月一八日まで大和市中央○―○―○に居住し、同日以降大和市深見西<以下略>に居住していた旨主張する。
この点、乙や1号証の1669には平成一一年一二月一〇日に大和市中央×―×―×を住所と定めたこと、甲や8号証の1669には平成一二年九月二〇日に大和市深見西<以下略>に転居したことがそれぞれ記載されており、上記主張内容と一致しない点がある。原告らは、このような不一致について合理的な説明をしていない。
したがって、上記原告の居住状況については、別紙2のとおり、上記各証拠と矛盾しない範囲で認定できるにすぎないというべきである。
(13) 原告加藤恵子(や1839)
原告らは、上記原告が平成六年四月二七日から平成八年七月二二日まで、座間市小松原<以下略>に居住していた旨主張するが、居住開始時期を裏付ける公的資料が提出されていない。さらに、上記原告については、原告らが提出を了承した陳述書(地域別甲6号証)が提出されていない。
そうすると、上記原告については、上記住所地における居住の事実を認定することができないといわざるを得ない。
(14) 原告木暮潤(や1903)
原告らは、上記原告が昭和四八年一月二八日以降、大和市南林間<以下略>に居住していた旨主張するところ、甲や5号証の1908(住民票)にはこれに沿う記載がある。
この点、被告は、上記主張を一旦は否認し、乙や1号証の1903(戸籍の附票の謄本)を提出するところ、その後最終準備書面補充書でこれを撤回し、不知と述べているので、上記原告の上記主張を積極的に争わないものと判断するのが相当である。
ちなみに、同書証には住所を定めた日として「平成一二年四月一〇日」の記載があるが、これは原告の転籍に基づいて記入されたもの又は誤記によるものと考えられるから、これを採用する必要はない。
したがって、上記原告らの主張事実が認められるというべきである。
(15) 原告齋藤圭(や1925)
原告らは、上記原告が平成二年一二月二三日以降、大和市南林間<以下略>に居住していた旨主張するところ、甲や5号証の1925にはこれに沿う記載がある。
しかしながら、他方で、原告らは、同原告が不明な時期にカナダへ転居した旨主張している。また、甲や6号証の1925には、平成六年九月から平成九年七月までカナダに留学していた旨の記載があり、同号証を作成した時点(平成一三年一月一三日)の住所が「カナダ国オンタリオ州ロンドン、リッチモンドストリート<以下略>」である旨の記載がある。さらに、同人の父である原告齋藤龍太(や1924)本人は、原告齋藤圭は、平成六年にカナダに留学し、平成一〇年七月ころ、自宅である南林間<以下略>に帰宅したが、その後、千葉県袖ヶ浦に勤務し、自宅や勤務先の寮等を行き来しており、平成一一年九月ころに再びカナダに留学した旨供述する。
したがって、上記証拠関係からは、上記原告は、平成二年一二月二三日から平成六年九月まで上記大和市南林間に居住したこと、平成六年九月から平成九年七月又は同一〇年七月までカナダに留学し、そのころから上記大和市南林間に戻り、コンター内外で居住していたが、平成一一年九月ころカナダに再び転居したことが一応推認される。
原告らは平成六年一二月以降の損害を請求しているところ、結局のところ、上記主張及び証拠からは、請求期間内の一定期間、コンター内に居住していたことを的確に認定することができないといわざるを得ない。
(16) 原告山口みのる(や2044)(旧姓保科)
原告らは、上記原告が、平成一〇年一一月七日以降の日に、大和市桜森<以下略>から大和市下鶴間<以下略>に転居した旨主張するが、転居日の主張がない。また、上記主張を裏付ける公的資料は一切提出されておらず、甲や6号証の2044に、平成一三年四月一日(同書証の作成日)に上記住所地に居住していた旨の記載があるにすぎない。
そうすると、結局のところ、平成一〇年一一月七日以降に関する上記原告の居住状況は、これを認めるに足りる証拠はないというべきである。
(17) 原告齋藤春枝(や2519)
原告らは、上記原告が平成四年一一月二六日以降、大和市林間<以下略>に居住していた旨主張するところ、甲や5号証の2519には、これに沿う記載がある。
しかしながら、甲や6号証の二五一九には、同原告が平成四年一一月ころから同六年春ころまで上記住所地に居住していたが、それ以降は大和市南林間<以下略>に居住している旨記載されており、同書証の記載内容は、内容も比較的詳細であって、他の証拠(甲や4号証の1924、原告齋藤龍太本人)に照らして十分信用することができる。
そうすると、上記原告は、平成六年春ころ以降は、原告らが主張する住所地に居住していたことを認めることはできないから、請求を棄却せざるを得ない。
(18) 原告永井明子(や2546)
原告らは、上記原告が平成一一年一月三一日に、大和市つきみ野<以下略>に転居し、その後、東京都杉並区荻窪<以下略>に転居した旨主張するが、東京都杉並区への転居日の主張がない。
このうち、上記東京都杉並区への転居を裏付ける公的資料は提出されていないが、甲や6号証の2546には、平成一二年三月ころ大和市つきみ野<以下略>から転居した旨、その理由について「結婚して東京へ転出し」た旨の記載がある。
そうすると、上記原告は、平成一一年一月三一日から、少なくとも平成一二年二月末日まで、大和市つきみ野<以下略>に居住していたと認めることができるというべきである。
(19) 原告満田千鶴子(や2671)
原告らは、上記原告が平成六年一一月八日から平成七年一一月二九日まで藤沢市長後<以下略>に居住した旨主張するが、これを裏付ける公的資料は提出されていない。また、甲や6号証の2671には「結婚のため実家(大和市上草柳<以下略>のことと思われる。)から出たが、別居により平成六年一月頃に実家に戻った。その後、平成七年一一月に正式に離婚し、住民票を上記住所(大和市上草柳<以下略>)に移した。」との記載があり、上記主張内容(藤沢市長後における居住)と一致しない。原告らは、このような不一致について合理的な説明をしていない。
そうすると、結局のところ、上記原告らの主張事実を認めるに足りる証拠はないというべきである。
(20) 元原告石山俊幸(や2771)
原告らは、上記原告が平成九年一二月一五日から平成一一年一二月二八日まで大和市上草柳<以下略>に居住し、その後同日に埼玉県日高市大字高萩<以下略>に転居し、さらに、平成一二年一二月二一日に大和上草柳<以下略>に転居(再転入)した旨主張する。
この点、乙や1号証の2771には、上記原告が平成一一年一二月二八日に埼玉県日高市大字高萩<以下略>に転居した旨の記載があり、甲や6号証の2771には、平成一二年一二月以降、大和上草柳<以下略>に居住している旨の記載がある。他方で、同書証には、平成九年一二月から平成一二年一二月まで上記埼玉県の住所地に居住していた旨の記載があり、平成九年一二月一五日から平成一一年一二月二八日までの居住状況につき、原告らの主張と矛盾する記載がある。そして、この矛盾について、原告らは何ら説明をしていない。
したがって、上記証拠関係からは、上記原告は、平成一二年一二月二一日以降、上記大和市上草柳に居住した事実が認められるが、それ以前の居住状況は不明であるといわざるを得ない。なお、原告らは、上記原告が平成九年一二月以前にも、コンター内に居住していた旨主張するが、訴状によれば、原告らは平成九年一二月以降の損害の賠償のみを請求しているから、同月より前に遡って居住事実を認定することは実益がない。
(21) 原告飯塚かよ子(や2863)(旧姓工藤)
原告らは、上記原告が平成一二年九月一〇日から平成一三年六月一日まで、大和市上草柳<以下略>に居住した旨主張するが、居住開始時期を裏付ける公的資料は提出されていない。また、甲や6号証の2863(なお、作成者は工藤敏明となっている。)には、上記主張内容に沿う記載がなく、そのことについて合理的な説明がされていない。
そうすると、結局のところ、上記原告らの主張事実を認めるに足りる証拠はないというべきである。
(22) 原告佐藤幸生(や3024)
原告らは、上記原告が、平成一一年三月三〇日以降の日に、神奈川県平塚市真土<以下略>から大和市西鶴間○―○―○○に転居した旨主張するが、その転居日の主張がなく、これを裏付ける公的資料は一切提出されていない。なお、甲や6号証の3024には、現住所地が上記住所地であること、平成一二年二月に大和市西鶴間×―×―××―××から他の住居に転居したこと(ただし、転居先の記載はない)、その事情として「父が自宅を購入したため。」との記載があることが認められる。さらに、同人の父親である佐藤賢一が平成一一年一〇月二七日及び平成一二年二月二日に、大和市西鶴間×―×―××―××から大和市西鶴間○―○―○○に転居したことが認められる(乙や1号証の3022)。そうすると、上記原告は、佐藤賢一の転居に伴い、原告ら主張のとおり、平成一二年二月ころ、大和市西鶴間○―○―○○に転居したとも推認できなくもない。
しかしながら、居住状況、特にコンター内の居住状況については、前記のとおり、原則として、公的資料によって認定されるべきであって、地域別甲6号証はそれを補充するものとしての価値があるというべきである。加えて、甲や6号証の3024には、作成日の記載がないこと、平成一一年三月三〇日に平塚市真土<以下略>に転居した旨の主張に沿った記載がないこと等に照らせば、それ自体として信用性に乏しいといわざるを得ない。
したがって、甲や6号証の3024の記載内容だけから、コンター内住所への転居事実を認定することは相当ではない。結局のところ、平成一〇年三月三〇日以降に関する上記原告の居住状況は、これを認めるに足りる証拠はないというべきである。
第5 侵害行為の有無・程度(厚木飛行場の騒音の実態)
1 厚木基地の使用状況と飛行概況
証拠(甲2、3、8の1、9、10、17の2、18の7・22、19、20、21、23、35、76の4・5・7・8・9、検証の結果(第一、二回)、証人三輪清隆、原告尾形齊本人)及び弁論の全趣旨から、以下の事実を認めることができる。
(1) 離着陸する航空機の種類と飛行概況
厚木基地に離着陸する米軍機は、大別して、ジェット機、プロペラ機及びヘリコプターの三種であり、自衛隊機は、プロペラ機及びヘリコプターの二種である(ただし、後記イ(ウ)参照)。
ア 米軍機
(ア) 種類
a ジェット機としては、昭和四八年一〇月ころから、空母ミッドウェー艦載機のF―4ファントム及びA―7コルセアが厚木基地を離発着するようになった。昭和六一年一一月一四日以降は、上記各機に替わってF/A―18ホーネット(戦闘攻撃機)が厚木基地に飛来するようになり、空母ミッドウェーから同インディペンデンスに交替した平成三年八月ころからは、上記F/A―18に加え、同空母艦載機であったF―14Aトムキャット(戦闘機)やS―3Bバイキング(対潜水艦哨戒機)が同基地を離発着するようになった。平成一〇年八月には、空母インディペンデンスから同キティホークに交替したが、それ以降も、ほぼ同様の機種が同基地に飛来している。
b プロペラ機としては、現在、UC―12F(連絡機)三機が厚木基地に常駐しており、同基地を離発着する空母艦載機としては、E―2Cホークアイ(早期警戒機)、EA―六Bプラウラー(電子戦用機)、C―2Aグレイハウンド(輸送機)等がある。また、ヘリコプターとしては、SH―60Fオーシャンホーク(対潜ヘリコプター)が同基地を離発着している。
(イ) 飛行概況
キティホーク等の空母が横須賀港に帰艦する場合には、特別な場合を除いて、すべての艦載機について厚木基地において整備等を行うものとされている。また、空母が横須賀港入港中は、艦載機が離着艦することができないため、艦載機は、空母入港前に洋上から飛び立って厚木基地に飛来・着陸し、空母が横須賀港出港後、厚木基地から洋上の空母に帰艦する。さらに、空母が横須賀港に入港中も、艦載機のパイロットは、操縦の精度を保つために訓練飛行を行う必要があり、他の基地(三沢、岩国基地等)や厚木基地周辺上空で訓練飛行を実施している(特に、後述するように、訓練飛行についてはNLPが問題となっている。)。その結果、厚木基地周辺では、空母入港前ころから艦載機が飛来するようになり、空母出港までの間、他の基地及び厚木基地上空での訓練飛行等によって厚木基地周辺をひん繁に飛行し、騒音被害を発生させるようになった。
空母インディペンデンス及びキティホークの平成六年以降の滞在日数は、次のとおりである。<編注 表2>
<
表
2>
時期
滞在日数
入港回数
平成6年
233日
10回
平成7年
199日
11回
平成8年
203日
5回
平成9年
187日
5回
平成10年
150日
4回
平成11年
170日
3回
平成12年
245日
4回
平成13年(6月まで)
76日
2回
なお、この滞在日数と入港回数とNLPの回数とは必ずしも比例しない(後記2(5)ウ(イ)参照)。また、平成一〇年及び一一年は、他の年と比較して滞在日数が短いが、それは、米軍空母が、長期間中東ないし湾岸地域で米軍の作戦を実行していたことによると思われる。
イ 自衛隊機
(ア) プロペラ機
厚木基地には、昭和五五年一二月、我が国で初めてP―3C(対潜哨戒機)三機が配備され、昭和五八年三月にP―3Cで編成される海上自衛隊第六航空隊が発足し、平成一二年一二月において約二〇機が配備されるに至った。現在、厚木飛行場には、プロペラ機として、上記P―3Cのほかに、UP―3C(多用途機)、YS―11M(輸送機)、LC―90(連絡機)が配備されている。
(イ) ヘリコプター
自衛隊のヘリコプターとして、SH―60J(哨戒機)、HSS―2B(哨戒機)及びUH―60J(救難機)がそれぞれ配備されている。
(ウ) ジェット機
平成六年、国は、硫黄島訓練施設における米軍艦載機のNLPを支援するために、厚木基地への自衛隊ジェット機の乗り入れを大和市等に通知し、同年五月からそれが実施されるようになった。これにより、自衛隊ジェット機が、年間十数回から数十回程度、硫黄島訓練施設でのNLPの支援等のために厚木基地を離発着するようになった。
ウ 機種による騒音の違い
(ア) ジェット機
米軍空母艦載機のうち、ジェット機の飛行騒音のピークレベル(以下、特に断らない限り、騒音値は屋外における数値である。)は、観測地点の真上を低空で通過した場合、概ね九〇ないし一一〇ホンであり、最大で一二〇ホン前後が記録されることもある。ジェット機が飛来する場合、まず、遠くから、低音の「ゴォー」という激烈なエンジン音とともに近づき、頭上を通過する際に、耳につきささるような「キーン」という高周波数の騒音を伴う。その騒音は、他の日常の騒音をはるかに超えた異種激烈なものである。
(イ) プロペラ機
プロペラ機による騒音のピークレベルは、観測地点の真上を低空で通過した場合、概ね八〇ホンないし九〇ホン程であり、ジェット機と比較するとその程度は低いが、なお、激甚な騒音である。また、プロペラ機は、ジェット機と異なり、比較的低空で飛行することが多く、また、速度の違いから、ジェット機よりやや長い時間、騒音が継続する傾向がある。
(ウ) ヘリコプター
ヘリコプターによる騒音のピークレベルは、プロペラ機と同様に、概ね八〇ホンないし九〇ホン程であり、その程度は低いが、なお、激甚な騒音である。ジェット機等より低空を飛行することが多く、また、速度も遅いため、騒音の継続時間が長い傾向にある。
(2) 飛行コース等
ア 航空交通管制方式によるコース
厚木基地の滑走路は南北に延びており、航空機は、北風の場合は北向きに離着陸するが、南風の場合はその逆になる。
離着陸時の飛行のコース等は、厚木基地の航空交通管制方式によれば、別図2のとおりであり、出発(離陸)の常用経路は、①北向きに離陸後直進する経路、②北向きに離陸後約5.4キロメートル直進してから東旋回する経路、及び③南向きに離陸後直進する経路の三種類である。進入(着陸)の常用経路は、厚木基地東側南北に広がるGCA(地上誘導管制)場周経路となっている。
なお、上記の交通管制方式は、昭和五三年七月三日に一部改正されており、それ以前は、上昇高度が二〇〇〇フィート(約六〇〇メートル)とされていたところ、改正後は、出発の場合が六〇〇〇又は八〇〇〇フィート(約一、八〇〇又は二、四〇〇メートル)、進入の場合が三〇〇〇フィート(約九〇〇メートル)と変更された。
イ 実地調査によるコース
周辺自治体の実地調査などによると、上記の常用経路とは異なった次のコースが観測されている。
(ア) 離陸時のコース
それによると、離陸する場合の経路には、①北向きに離陸後直進する経路、②北向きに離陸後、北西方面に直進する経路、③北向きに離陸後約二から三キロメートル付近で西旋回し南下する経路、④北向きに離陸後約1.5から2.5キロメートル付近で東旋回し南下する経路及び⑤南向きに離陸後直進する経路がある。
(イ) 着陸時のコース
また、厚木基地に進入し、着陸するパターンとしては、①南又は北から厚木基地に進入し、そのまま着陸するもの、②高度を取って進入し、厚木基地上空で旋回し、場周経路に従って着陸するもの、③厚木基地上空を通過後、約一ないし三キロメートルで旋回し、場周経路に従って着陸するものがある。特に、空母艦載機の場合は、②又は③のパターンを採って、いったん基地上空を通過する場合が多く、なかには一度タッチアンドゴーを行ってから着陸するものなどがある。さらに、編隊を組んで厚木基地に進入する場合には、一度に着陸することができないため、基地上空で長く旋回し待機する艦載機がある。
(ウ) 西側の場周経路
さらに、離着陸訓練の場合には、厚木基地西側の場周経路が使われており、場周経路には、南北一ないし二キロメートル付近で旋回する経路(小回りコース)と、二ないし三キロメートル付近で旋回する経路(大回りコース)がある。後記のNLP等の着陸訓練の際は、滑走路でタッチアンドゴー又はローパス(滑走路上に車輪を接地させず滑走路上を低空飛行する方法)を行い、この場周経路を繰り返し飛行することが確認されている。
2 航空機騒音
(1) はじめに
ア 航空機騒音の把握の困難性
航空機による騒音は、音源が高速で移動していることからその発生源を把握するのが困難であり、騒音による被害も固定地点における騒音の場合より広範囲に広がる。加えて、軍用飛行場である厚木基地においては、前記のような多様な機種の航空機が離着陸をしている。また、耐空証明の適用がないことから、個々の航空機の騒音量を把握するのが困難である。年間を通して航空機の飛行回数にばらつきがあり、飛行コースも一定ではない。
上記のような航空機騒音の特性等に照らすと、本件における航空機騒音の実態を正確に把握することはかなり困難な作業といわざるを得ない。
イ 自治体による騒音測定
ところで、証拠(甲2、3、8の1の1・2・3・5、8の2ないし11、25、26、30、35、85)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
厚木基地においては、昭和三五年ころから、県、大和市及び綾瀬市によって、数度にわたり、長期間の騒音観測調査が実施された。昭和四四年一二月以降、県及び基地周辺六市は、順次、いくつかの固定地点に自動記録騒音計を設置して、継続的に騒音の測定を行うようになり、次第に測定地点を増やしてきている。
さらに、昭和六三年以降、各自治体は、順次、測定結果を専用回線により各市役所等に送るオンラインシステムを導入するようになり、航空機騒音の状況を即時に把握できるようになった。平成一三年までには、後記のように計二二箇所(コンター外の地点を含む。)において、騒音がほぼ常時測定されており、本訴では、県及び基地周辺六市が測定した記録並びにそれを集計した一覧表が多数提出されている。
ウ 被告による騒音測定
被告は、前記第3の4のとおり、厚木基地の周辺地域で、コンター図を作成して第一種区域等を指定しており、各区域指定及び騒音コンターは、少なくとも指定された当時においては、厚木基地周辺における航空機騒音の実態を表すものとして高い価値を持つということができる。
エ 騒音の検討方法
(ア) 検討対象
そこで、本件においては、まず、便宜的に、ウの各コンターによって区分された区域ごとに、(2)において各自治体によって作成された騒音測定データ(以下「自治体騒音測定データ」ということがある。)を、(3)において被告による測定データを、(4)以下においてその他の測定結果等を検討する。
なお、被告は、平成六年以降、騒音状況が改善された旨主張するので、まず、NLPが開始され、特に騒音が激しくなったとされる昭和五七年の前後から口頭弁論終結時に近い平成一三年までの航空機騒音の推移・傾向をできる限り明らかにした上で、原告らが本訴において損害賠償を請求している期間である平成六年一二月以降の厚木基地周辺の騒音の程度を認定・検討していくこととする。
(イ) その他
検討の対象とした騒音測定データの平均値等のうち、証拠・主張上数値の出ているものはそれをそのまま用いたが、適当な位で四捨五入して記載した場合もある。また、騒音の測定単位としては「ホン」に統一して表示した。
県及び基地周辺六市の騒音測定は、原則として七〇ホン以上の騒音が五秒以上継続したものを計測しているので、以下の数値も特に断りがない限り七〇ホン以上の騒音についてである。
なお、証拠として提出されている記録の中には、同一時期のものであるにもかかわらず数値の食い違いのあるものがみられないではないが、集計の際の計算の仕方等による誤差等であると思われるので、極端な違いがない限り特に問題にしていない。
(2) 周辺自治体の騒音測定記録に基づく騒音の概況
証拠(甲8の1、8の2ないし11、25、26、30、35、85)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
ア W値九〇の地点
W値九〇の地域における測定地点は、原告ら別表1のW値九五以上の地点として野沢宅(北端北1)、W値九〇以上九五未満の地点として月生田宅(南端南南東0.8)があり、騒音測定データのうち主なものは、概ね同別表2・4・6・10にまとめられているとおりである。
(ア) 最高音
平成六年以降の年間の最高音は、野沢宅では一二〇ホン前後であり、月生田宅でも一一〇ホンを超えている。さらに、野沢宅では、平成六年以降の月間最高音も、すべて一〇〇ホンを超えており、年間を通して激甚な騒音が記録されていることが分かる。上記の数値は、いずれも、昭和五七年から平成五年までと大きく異ならない。
(イ) 一日測定回数
平成六年以降の騒音の一日最高測定回数は、野沢宅で二七〇ないし五一八回、月生田宅で一七三ないし三八七回であり、年によって若干のばらつきがある。これは、昭和五六年から同六〇年ころと同程度であるが、昭和六一年から平成五年までと比較すると若干減少している。
一日平均測定回数は、野沢宅では、平成六年以降、七〇ないし八〇回台で推移しており、昭和五六年以前よりは多く、同五七・八年と同程度であり、昭和五九年から平成五年までと比較すると若干減少している。月生田宅では、平成六年以降は四四ないし七二回程度で、昭和六〇年以前と比較すると同程度かそれ以上であり、昭和六一年から平成三年までと比較すると若干減少している。
(ウ) 騒音割合
野沢宅では、測定された七〇ホン以上の騒音回数のうち、ピークレベルが八〇ホン以上を記録した騒音が占める割合(以下「八〇ホン以上の騒音の占める割合」のようにいう。)は、昭和五七年以降、七〇%前後ないし八〇%弱で推移しており、それほど目立った変動はないが、平成一一年以降、若干増加している。同様に、九〇ホン以上の騒音の占める割合は、昭和五六年から平成七年までは一七ないし二六%で推移していたが、平成八年以降は二六ないし三八%となっており、若干増加傾向にある。
月生田宅では、八〇ホン以上の騒音の占める割合は、年によって大きくばらつきがあり、昭和五七年から平成七年までは三六ないし七〇%で推移していたが、平成八年以降は二七ないし三八%で推移しており、若干減少傾向にある。また、九〇ホン以上の騒音の占める割合は、昭和五六年以降、八ないし一八%で推移しており、増減の傾向は、八〇ホン以上の騒音の占める割合とほぼ同様である。
(エ) 騒音持続時間
七〇ホン以上の騒音の一日平均持続時間は、野沢宅で、昭和五七年以降、二〇ないし三〇分台を推移していたが、平成二年に最高値を記録した後は、漸減する傾向にあり、平成一〇年には一六年ぶりに一〇分台を記録した。そして、平成六年以降の騒音の一日最高持続時間も、昭和六二年から平成五年までと比較すると、減少している。
(オ) 日曜日及び深夜・早朝の騒音
最高音は、野沢宅・月生田宅とも、概ね一〇〇ホン以上で推移しており、大きな変動はない。平成六年から同一二年までの騒音回数は、野沢宅で一年間の日曜日合計が七五七ないし一二〇六回(一日曜日当たりの騒音回数は一五ないし二三回)、同様に深夜・早朝が一七六ないし三四七回(同様に0.4ないし一回)であり、月生田宅で日曜日が四三四ないし八七三回(同様に九ないし一七回)、深夜・早朝(なお、原告ら別表においては、「深夜」と記載されている。)が一一〇ないし二八六回(同様に0.3ないし0.8回)である。いずれも、昭和六二年以降でみると、減少傾向にある。
(カ) 全体の傾向
平成六年以降の騒音回数及び騒音持続時間(日曜日又は深夜・早朝に限った数値を含む。以下、同様である。)は、両地点とも平成三年から同五年ころと比較すると減少する傾向にあるが、昭和五六年から同六〇年ころと比較すると同程度かそれ以上の水準にあることが分かる。騒音割合は、全期間を通して概ね変わっていない。
イ W値八五の地点
W値八五の地域における測定地点は、原告ら別表1の吉見宅(北端北2.2)であり、騒音測定データのうち主なものは、概ね同別表3・7にまとめられているとおりである。
(ア) 最高音
最高音は、平成六年以降一二〇ホン前後で推移しており、それ以前と比べて大きな変動はない。
(イ) 一日測定回数
平成六年から同一二年までの一日最高測定回数は、一六八ないし二三二回であり、平成元年から同五年までと比較すると減少している。ただし、昭和五六年から同六三年までと比較すると同程度であり、また、平成一三年には九か月間で三一九回を記録していることから、再び増加に転じる可能性もある。
平成六年から同一二年までの一日平均測定回数は、ほぼ五〇回台で推移しており、ほぼ六〇回台で推移していた平成元年から同五年までと比較すると漸減傾向にある。ただし、昭和五六年から同六三年と比較すると同程度かそれ以上の水準にあり、また、平成一三年には九か月間における一日平均で64.5回を記録していることから、再び増加に転じる可能性もある。
(ウ) 騒音割合
八〇ホン以上の騒音の占める割合は、七〇%台であり、九〇ホン以上の騒音の占める割合は、ほぼ二〇%前後で推移している。昭和五六年以降、漸減傾向にあるとみることもできるが、数値が低くなった平成一〇・一一年を除くと、大きな変動はないということもできる。
(エ) 騒音持続時間
七〇ホン以上の騒音の一日平均持続時間は、平成六年以降、九ないし一七分の間で推移している。平成元年から同五年までと比較すると若干減少しており、昭和五六年から同六三年と比較すると、ほぼ同程度である。
平成六年以降の騒音の一日最高持続時間も、同年に三時間台を記録した後は、一時間前後で推移しており、昭和六三年以降でみると漸減傾向であるが、平成一三年に一時間四四分を記録していることから、再び増加する可能性もある。
(オ) 日曜日及び深夜・早朝の騒音
最高音は、いずれも一〇〇ホン以上で推移しており、大きな変動はない。平成六年以降の騒音回数は、一年間の日曜日合計が五一四ないし九六四回(一日曜日当たりの騒音回数は一〇ないし一九回)、同様に深夜・早朝が一〇九ないし二二三回(同様に0.3ないし0.6回)であり、大きな変動はないが、大きくみると漸減傾向にあるともいえる。
(カ) 全体の傾向
騒音回数・騒音持続時間は、平成元年から同五年ころと比較すると、減少してきているが、昭和五六年から同六三年ころと比較すると概ね同程度の水準にある。騒音割合は大きな変動はない。
ウ W値八〇の地点
W値八〇の地域における測定地点は、原告ら別表1の林間小学校(北端北3.4)、尾崎宅(中央東0.8)、新倉宅(南端南2.8)及び森山宅(南端南西2)であり、騒音測定データのうち主なものは、原告ら別表5・8・9・16・17にまとめられているとおりである。ただし、新倉宅は平成八年以降の記録しかないため、以下では特に言及しない。また、林間小学校、尾崎宅及び森山宅の昭和五六年以降の騒音測定データのうち主なものを抽出した数値は、別紙6の1ないし3のとおりである。
(なお、原告ら別表8のうち平成六年三・四月の「音量別回数」及び同別表9のうち平成九年の「七〇ホン以上の騒音持続時間」の数値については、別紙6の1・2ではこれを訂正した上で算出した数値を記載した。また、別紙6には、原告ら別表では空欄とされている数値(平均値等)を算出した上で、適宜記載した場合もある。以下も同様である。)
(ア) 最高音
平成六年以降の最高音は、林間小学校及び森山宅では一一〇ホン以上、尾崎宅では一〇〇ホン以上で推移しており、いずれも昭和五六年から平成五年までと大きく異ならない。
(イ) 一日測定回数
平成六年以降の一日最高測定回数は、例外的に非常に多い年を除くと、森山宅及び尾崎宅では概ね二〇〇ないし三〇〇回台、林間小学校では概ね一〇〇回台で推移している。いずれも、平成五年以前と大きく異ならない。
平成六年以降の一日平均測定回数は、林間小学校では三〇ないし四〇回台、森山宅では五〇ないし六〇回台、尾崎宅では三〇ないし七〇回台で推移している。昭和五六年以降の推移をみると、林間小学校では漸増傾向にあり、尾崎宅及び森山宅では大きな変動はない。
(ウ) 騒音割合
八〇ホン以上の騒音の占める割合は、林間小学校では概ね六〇ないし七〇%台、森山宅で概ね四〇%台、尾崎宅では二〇%前後ないし六〇%台で推移している。また、九〇ホン以上の騒音の占める割合は、林間小学校では概ね一五ないし二五%、森山宅及び尾崎宅では概ね一〇%台で推移している。
昭和五六年以降の推移をみると、森山宅では大きな変動はなく、林間小学校及び尾崎宅では漸減傾向にある。
(エ) 騒音持続時間
七〇ホン以上の騒音の一日平均持続時間は、林間小学校及び森山宅では、平成六年以降、概ね一〇分台で推移しており、同五年以前と大きくは異ならない。尾崎宅では、平成七年以降、一〇分台で推移しており、昭和六二年から平成六年までと比較すると若干減少したが、昭和五六年から同六一年までと比較すると同程度である。
一日最高持続時間は、年によって大きく異なるが、林間小学校では一時間前後、尾崎宅及び森山宅では、例外的に多い年を除くと、概ね一ないし三時間で推移している。
(オ) 日曜日及び深夜・早朝の騒音
最高音は、日曜日は一〇〇ないし一一〇ホン台、深夜・早朝は九〇ないし一一〇ホン台で推移しており、大きな変動はない。
一日当たりの騒音回数は、日曜日が一〇ないし二〇回前後で推移しており、大きな変動がないか、漸増傾向にある。同様の騒音回数は、深夜・早朝では、林間小学校及び森山宅では概ね一回未満で推移しており、尾崎宅では0.8回から4.2回と年によって大きく異なる。いずれの地点でも、全体の傾向としては大きな変動はない。
(カ) 全体の傾向
騒音回数・騒音持続時間・騒音割合いずれの数値を取ってみても、測定地点によって、若干の増減傾向はあるが、全体としては、過去の年に比べて大きな変動はないということができる。
エ W値八〇(工)の地点
W値八〇(工)の地域における測定地点は、原告ら別表1の富士見台小学校(南端南南東4)、近藤宅(中央北西3)、栗原宅(中央西5.5)、綾西小学校(南端西南西3.2)、綾瀬市役所(中央南西3)、上星小学校(北端西4.3)、柏ヶ谷小学校(北端西3)、栗原中学校(北端北西3.5)、ひばりが丘小学校(北端北西2.6)、上鶴間中学校(北端北6)及び鶴園小学校(北端北7)であり、騒音測定データのうち主なものは、概ね同別表11ないし15・18・22・23・25・26にまとめられているとおりである。
ただし、近藤宅は平成一〇年以降、栗原宅、綾瀬市役所、上星小学校及び栗原中学校は平成八年以降、上鶴間中学校及び鶴園小学校は平成六年以降の記録しかないため、以下では特に言及しない。
また、富士見台小学校、綾西小学校、柏ヶ谷小学校及びひばりが丘小学校の昭和五六年以降の騒音測定データのうち主なものを抽出した数値は、別紙6の4ないし7のとおりである。
(ア) 最高音
最高音は、いずれも一〇〇ないし一一〇ホン台で推移しており、大きな変動はない。
(イ) 一日測定回数
平成六年以降の一日最高測定回数は、いずれも、概ね一〇〇回前後から二〇〇回台で推移しており、昭和六二年ころから平成五年までと比較すると若干少ない値となっている。ただし、柏ヶ谷小学校では、平成一〇年と平成一二年に三〇〇回台を記録しており、各測定地点とも今後増加に転じる可能性がある。
平成六年以降の一日平均測定回数は、柏ヶ谷小学校で四〇ないし五〇回台、綾西小学校で概ね二〇ないし三〇回台、富士見台小学校で概ね二〇回台、ひばりが丘小学校で一〇ないし二〇回台で推移しており、いずれも昭和六〇年ころから平成五年までと比較すると同程度か若干少ない値となっており、特にひばりが丘小学校では昭和五六年以降、全体的に減少傾向にある。ただし、平成一二年には、柏ヶ谷小学校で57.8回、富士見台小学校で37.8回という比較的高い回数を記録しており、再び増加に転じる可能性もある。
(ウ) 騒音割合
八〇ホン以上の騒音の占める割合は、平成六年以降、富士見台小学校及びひばりが丘小学校では概ね三〇ないし四〇%台、綾西小学校及び柏ヶ谷小学校で一〇ないし二〇%台で推移しており、昭和六〇年から平成五年までと比較すると、柏ヶ谷小学校では若干減少傾向にあるが、他の地点はほぼ同程度である。
九〇ホン以上の騒音の占める割合は、平成六年以降、富士見台小学校及びひばりが丘小学校が概ね一五%未満であって、平成五年以前と比べても大きく変化していない。これに対し、綾西小学校及び柏ヶ谷小学校では、平成六年以降、ほぼ一〇%未満で推移しており、柏ヶ谷小学校では平成五年以前と比べると若干の減少傾向にある。
(エ) 騒音持続時間
七〇ホン以上の騒音の一日平均持続時間は、平成六年以降、富士見台小学校及び綾西小学校では六ないし一二分、柏ヶ谷小学校では九ないし一六分、ひばりが丘小学校では、五分前後ないし九分前後で推移している。富士見台小学校では平成五年以前と比較しても大きく異ならないが、ひばりが丘小学校では明らかに減少しており、綾西小学校及び柏ヶ谷小学校では、昭和六一年ころから平成五年までと比較すると減少しており、昭和五六年から同六〇年ころと同程度である。
平成六年以降の一日最高持続時間は、平成六年から同八年までが比較的短く、一時間を切る年も多いが、それ以後は、概ね一時間前後から三時間前後で推移している。昭和六〇年ころから平成五年までと比較すると、富士見台小学校及び綾西小学校では若干減少しているが、他の地点では、大きくは異ならない。
(オ) 日曜日及び深夜・早朝の騒音
平成六年以降の最高音は、いずれも概ね、日曜日が一〇〇ないし一一〇ホン、深夜・早朝が九〇ないし一一〇ホンの間で推移しており、平成五年以前と大きく異ならない。
平成六年以降の日曜日の一日当たりの騒音回数は、一〇回前後で推移している柏ヶ谷小学校を除くと、いずれも一〇回未満で推移しており、平成五年以前と比較すると若干減少している。平成六年以降の一日当たりの深夜・早朝の騒音回数は、若干の例外を除いて0.5回以下で推移しており、平成五年以前とほぼ同程度か若干減少している。
(カ) 全体の傾向
騒音回数・騒音持続時間・騒音割合等、いずれの数値においても、平成元年から五年ころと比較すると、若干減少してきている地点が目立っており、一応、全体としては減少傾向にあるということができる。ただし、昭和五六年から同六〇年ころと比較すると概ね同程度の水準にある数値も多く、測定地点によっては、あまり変化のない数値もある。
オ W値七五の地点
W値七五の地域における測定地点は、原告ら別表1の大谷小学校(南端西4.3)、相模中学校(北端北北西4.8)、南消防署東林分署(北端北北西5.3)及び相模原市南合同庁舎(北端北北西7.1)であり、騒音測定データのうち主なものは、概ね同別表20・24・28・31にまとめられているとおりである。ただし、大谷小学校、相模中学校は平成八年以降、相模原市南合同庁舎は平成九年以降の記録しかないため、必要に応じて言及するにとどめる。また、南消防署東林分署については、平成六年以降のデータとなるが、最高音及び一日平均測定回数については昭和六〇年からのデータがある。これをまとめたものは、別紙6の8のとおりである。
(ア) 最高音
平成六年以降の最高音は、一〇〇ないし一一〇ホン台で推移しており、大きな変動はない。
(イ) 一日測定回数
平成六年以降の一日最高測定回数は、六七ないし三二三回で推移しており、年によって大きな変動があるが、概ね減少傾向にある。
同期間における一日平均測定回数は、一〇ないし二〇回台で推移しているが、平成五年以降は、減少傾向にあり、平成一〇年以降は一〇回台で推移している。南消防署東林分署以外の測定地点でもほぼ同程度であり、概ね一〇回台で推移している(ただし、相模中学校では二〇回台及び三〇回台のこともある。)。
(ウ) 騒音割合
八〇ホン以上の騒音の占める割合は、平成六年以降、四〇から六〇%台で推移しており、漸増傾向にある。南消防署東林分署以外の測定地点では、概ねそれより低い値で推移している。
九〇ホン以上の騒音の占める割合は、同年以降、一〇ないし二〇%台で推移している。南消防署東林分署以外の測定地点では、一〇%を下回る年も多い。
(エ) 騒音持続時間
七〇ホン以上の騒音の平均持続時間は、三ないし一一分で推移しており、減少傾向にある。
平成六年以降の一日最高持続時間は、平成六年から同八年までが一ないし二時間台で推移したが、平成九年以降は一時間未満で推移しており、減少傾向にある。
(オ) 日曜日及び深夜・早朝の騒音
日曜日の最高音は一〇〇ないし一一〇ホン台、深夜・早朝の最高音は九〇ないし一〇〇ホン台で推移している。南消防署東林分署以外の測定地点では、日曜日で一〇〇ホン未満、深夜・早朝で九〇ホン未満の年もある。
一日当たりの騒音回数は、平成六年から九年までは、日曜日が一〇回台、深夜・早朝が0.4ないし0.7回の間で推移していたが、平成一〇年以降は、日曜日が八回未満、深夜・早朝が0.1回未満で推移しており、減少傾向にある。
(カ) 全体の傾向
平成五年以前の騒音測定データが少なく、騒音の増減について、あまり比較することができない。W値八〇(工)以上の地域と比較すると、最高音・騒音割合を除くといずれも数値が低い。
カ 自治体騒音測定データに基づく年間W値の変遷
県及び基地周辺六市では、自治体騒音測定データに基づいて、年間のW値を算定しているが、その結果(以下「年間W値」という。)は、別紙7のとおりである。
上記の年間W値は、測定方法等の違いから航空機騒音環境基準の方法により測定・算定されたW値(環境基準方式によるW値)とは若干異なる数値になると推測されるが、これに極めて近い値が算定されるものと思われる。また、防衛施設庁方式に倣い、飛行回数について累積度数九〇%方式を採用してW値を算定した場合は、上記数値より、更に概ね三ないし五程度高い数値になると考えられる。
上記年間W値の変遷をみるに、W値九〇の地点である野沢宅では、概ね九〇以上で推移しており、月生田宅では八五前後で推移している。W値八五の地点である吉見宅では、W値八五前後で推移している。W値八〇の地点は、尾崎宅ではW値八〇前後で推移しており、その他の地点ではW値八五前後で推移している。W値八〇(工)の地点では、上星小学校を除くと、概ね七〇台の後半で推移しており、W値七五の地点では、大谷小学校を除くと、概ね七五前後で推移している。
全体の傾向としては、平成二・三年ころが最も数値が高く、平成一〇年及び同一一年の値が低い。平成六年以降は、平成二・三年ころと比較すると、若干減少傾向にあるということができるが、昭和五八年ないし六三年ころと比較すると、ほぼ同程度の水準にあるということができる。
キ 自治体データに基づく騒音概況(まとめ)
(ア) 各自治体騒音測定データによると、各コンターにおける平成六年以降の騒音は、少なくとも騒音測定回数・騒音持続時間等の数値についてみると、平成元年から同五年ころと比較すると、減少してきている測定地点が多く、他のデータを比較した場合も、例外はあるが、全体としては、ほぼ減少傾向にあるということができる。さらに、前記カの年間W値の推移からも、騒音状況が若干改善されてきていることがうかがわれる。
しかし、平成六年以降の騒音測定回数や騒音持続時間は、昭和五七年から平成元年ころとほぼ同程度であって、地点によってはそれ以上の数値を出している。平成六年以降の年間W値も、ほとんどの地点において、航空機騒音環境基準よりはるかに高い数値を示しており、一部の例外を除くと、コンターのW値に応じて、その数値が高くなる傾向にあるとみることが可能である。そして、累積度数九〇%方式を採用した場合、さらに高い数値になることが想定される。
(イ) 被告は、平成六年以降の騒音状況は、昭和五七年のNLPが開始される以前と同程度の水準まで、改善された旨主張する。
しかし、自治体騒音測定データからは、それほどの大きな改善があったとまで認めることはできず、騒音状況が悪化していた平成元年から五年ころよりは、若干改善されたことが認められるにとどまるというべきである。
(3) 防衛施設庁による騒音測定に基づく騒音の概況
証拠(乙4、18、証人小畑敏)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
ア 騒音測定
防衛施設庁は、厚木基地周辺の一四箇所で、継続的に騒音を測定している。被告は、その測定結果を証拠として提出しており、それを集計又は加工したものが被告別表(第1表ないし第6表)にまとめられている。
被告別表(第1表)によると、平成七年度から平成一〇年度までの一日平均の騒音発生回数は、測定地点1・2(いずれもW値九五以上)で概ね七〇回台、同3・6(W値八〇)で概ね五〇回台、同4・5・7(W値八〇(工))で概ね三〇から四〇回台、同12(W値七五)で三〇回前後となっており(なお、いずれの測定地点においても、平成一〇年度の騒音発生回数は若干少ない。)、W値に応じて騒音発生回数が多くなっており、自治体騒音測定データによる騒音の概況と傾向において一致する。また、時間別の年間騒音発生回数も、深夜(午後一〇時から翌日の午前六時まで)は、各地点とも一部の例外を除いて一〇〇回を大きく下回っており、同時間帯の一日平均騒音回数は、概ね一回未満であって、これも自治体騒音測定データとほぼ一致する。
イ W値の算出
被告は、上記防衛施設庁の騒音データに基づいて、上記各地点のうち七地点について、被告別表(第3表)のとおり、年度別にW値を算出している。
<
表
3>
測定地点(原告番号)
W値
所在地
(滑走路からの位置)
測定時間
①
緑の広場
90
大和市上草柳8―438―1及び2
(オーバーラン北端北1.35)
14:08
~14:28
②
原告尾形齊(や1056)宅
90
大和市上草柳<以下略>
(オーバーラン北端北1.6)
14:46
~15:01
15:02
~15:17
③
元原告田中五郎(や1430)宅
85
大和市西鶴間<以下略>
(北端北2)
15:45
~15:55
15:57
~16:07
④
原告小野抗夫(や1842)宅
80
大和市鶴間<以下略>
(北端北2.7)
16:27
~16:37
16:38
~16:48
それによると、年度ごとに多少のばらつきはあるが、防衛施設庁方式(同表では「施設庁方式」とされている。)に基づくとされるW値は、各コンターのW値とほぼ一致する傾向にあると認められ、少なくともW値七五未満になった年度は存在しない。なお、環境基準方式(同表では「環境基準式」とされている。)に基づくとされるW値は、測定地点1・2を除くと、いずれも施設庁方式より一ないし五程度数値が小さい。しかしながら、前記第3の3(4)のとおり、厚木基地における騒音の程度を把握する場合は、環境基準方式よりも防衛施設庁方式によって算定されたW値の方が、その実態をより正しく反映しているというべきであるから、環境基準方式によるW値は、参考値にとどまるというべきである。(なお、厳密には、測定方法等の違いによって、被告別表(第3表)のW値は、環境基準方式ないし防衛施設庁方式による数値と若干の差異があると思えるが、正しい処理がされた場合には、これに近い値が算定されると思われる。)
また、防衛施設庁方式を採用した場合、環境基準方式より、概ね三ないし五ほどW値が上昇することが知られているところ、被告別表(第3表)によると、逆に測定地点1・2においては、防衛施設庁方式の方が、環境基準方式より低い数値となっており、疑問があることを付記する。
(4) 第一回検証の結果
当裁判所は、平成一一年八月二四日、下表の四箇所の地点において、厚木基地を離発着する航空機騒音の状況について検証を行った(以下「第一回検証」という。)。なお、下表<編注 表3>の「W値」は、測定地点におけるコンター区域のW値である。以下、測定地点等の後に付記する場合は同様である。
第一回検証の結果によると、①緑の広場では、E―2Cの飛行が確認され、騒音のピークレベルは原告の測定値で九六デシベル(A)、被告の測定値で八五デシベル(A)であった。②原告尾形齊宅では、F/A―18の飛行が確認され、騒音のピークレベルは二階室外(ベランダ)の原告の測定値で七五デシベル(A)、一階屋外の被告の測定値で九二デシベル(A)であった。③原告田中五郎宅では、測定時間内にP3―C及びF/A―18の飛行が少なくとも計九回確認され、騒音のピークレベルは、P3―Cによる騒音が七一ないし八七デシベル(A)、F/A―18が七九ないし九八であった(いずれも原告の測定値)。④原告小野抗夫宅では、P3―C等の飛行が計五回確認され、騒音のピークレベルは、六〇デシベル(A)から八四デシベル(A)であった(被告の測定値)。
(5) NLP等の実施状況等
証拠(甲2、3、8の1、8の2、18の6・8・9・34、21、23、26、31の94・95・236・239・243ないし248・253、35、76の10、85、乙17、検証の結果(第二回)、証人三輪清隆、原告尾形齊本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
ア 厚木基地におけるNLPの概要
(ア) 沿革
従来、空母ミッドウェー艦載機は、三沢、岩国両基地でNLP(夜間着陸訓練)を行っていたが、遠距離であること等から時間・費用面での問題が多いとされ、昭和五七年二月以降、厚木基地でNLPを行うようになった。
(イ) 必要性
空母への着艦は、陸上基地への着艦に比べてはるかに高度な技量を必要とするため、米海軍では、パイロットは、その資格を取得しても、訓練により常に精度を保つ必要があり、特に長期間の休養、休暇後空母に帰還するには、陸上での夜間着陸訓練が課せられている。
(ウ) 訓練の内容
その訓練は、滑走路の一部を空母の飛行甲板に見立て、滑走路の定められた一点を基点に離着陸を行うというものであり、夜間における空母への着艦を想定して行うことから、艦載機は基地周辺上空を周回し、地上の誘導ライトを頼りに大きな推力を維持しつつ滑走路に進入し、着陸後直ちに急上昇し復航するという訓練(タッチアンドゴー訓練)を行う。
厚木基地におけるNLPは、通常、夕方の日没後から午後一〇時ころまでの間で行われている。ただし、NLPは、土日に実施される場合もあり、午後一一時過ぎまで実施されることもないではない(甲18の14、23の1、原告尾形齊本人)。
通常、二機ずつ一組で行い、飛行コースは、風に向かって離着陸する必要があるため、北風の場合には、北向きに離陸、西側を旋回して滑走路の南側に着地し、南風の場合には、南向きに離陸、西側を旋回して滑走路の北側に着地する。タッチアンドゴーは、一組当たり約六回行い、一周に要する時間は概ね三ないし六分程度で、約三〇分ごとに次の組に交替する。
(エ) 訓練期間中の通告時間外の飛行の増加
なお、NLPが行われる日は、他の日と比較して、NLP通告時間(通常は午後六時から午後一〇時まで)外である日中に離発着するジェット機が非常に多くなる傾向にある。
例えば、「野沢宅(北端北1)」における平成一〇年一月の自治体騒音測定データによると、NLP通告日である同月一〇日の騒音測定回数は、NLP通告時間内が二三一回であるのに対して、通告時間外が二八七回であり、後者の方が多い。この傾向は、他のNLP通告日においても認められる。
その原因としては、必ずしも明らかではないが、NLP訓練に備えて、日中に厚木基地上空でタッチアンドゴー訓練を行っていること、NLPの開始前に機体の整備状況の確認等を行っていること、後記のとおりNLPが硫黄島訓練施設等で分散して実施される場合には、訓練機・輸送機が、訓練前に厚木基地から硫黄島訓練施設等に向けて飛び立つ必要があること等が考えられる。
イ 硫黄島訓練施設の建設
防衛施設庁は、厚木基地におけるNLPの実施について、周辺自治体等から強い抗議及び代替訓練施設の設置要請を受けて、厚木基地周辺における騒音の軽減を図るために、厚木基地から約一五〇キロメートル南方の三宅島に飛行場を設置することを計画していたところ、三宅島村議会の反対決議により、設置の見通しが困難となった。
そこで、国は、昭和六三年六月、暫定的な措置として、硫黄島での夜間着陸訓練の実施を米国に申入れ、合意に達し、平成元年度から、灯火施設等滑走路関連施設、給油施設等の夜間着陸訓練に必要な施設を整備し、約一六六億八六〇〇万円の整備費用をかけて、平成五年三月末に代替訓練施設(宿舎や更生施設等の関連施設を含む。)を完成させた。
ウ 厚木基地と硫黄島訓練施設における訓練の関係
(ア) NLPの分散実施状況
硫黄島訓練施設の建設により、NLPの多くは、下記のとおり硫黄島で行われるようになったが、天候上問題があることが多く、また、距離が遠いなどの理由によって全面移転されることはなく、以後、NLPは、厚木基地、硫黄島訓練施設のほか三沢、岩国基地等数箇所に分散して行われるようになった。
昭和五八年五月以降、国は、NLPが行われる予定について、事前に関係自治体等に通告しているが、平成三年から平成一二年までのNLPの通告による訓練日数、訓練回数、硫黄島訓練施設と厚木基地で実施された回数のうち厚木基地で行われた割合等の内容は次のとおりである(ただし、乙7は、平成四年の実施日数は二八日であるとしている。また、甲8の1の3は、平成六年の実施日数は一〇日であり、無通告によるNLPが五日間実施されたとしている。)。<編注 表4>
<
表
4>
厚木
硫黄島
日数
回数(割合%)
日数
回数
平成3年
33
1500(83.3)
6
310
同 4年
29
1760(72.1)
4
680
同 5年
32
1690(27.6)
24
4430
同 6年
5
270(18.1)
7
1220
同 7年
9
240(4.8)
27
4730
同 8年
8
160(5.1)
19
2990
同 9年
4
80(2.9)
18
2680
同 10年
8
420(17.9)
11
1920
同 11年
10
460(13.6)
15
2920
同 12年
11
640(50.4)
5
630
上記のように、通告に基づく厚木基地におけるNLPの訓練日数及び回数は、平成六年以降減少し、同六年から同一一年までの間は、対硫黄島訓練施設の割合が一ないし二割未満に抑制されており、その多くの訓練が硫黄島訓練施設で実施されるようになっていることが認められる。また、厚木基地で実施される場合であっても、比較的騒音の程度が低い機種で行われていることが多い(平成八年度の自治体報告書(甲8の1の2の四九頁、同4の四頁)にその旨の記載がある。)。
(イ) 厚木基地におけるNLP実施による被害の程度
(ア)のとおり、NLPによる騒音被害の程度は、前記の期間について限れば、ある程度改善されたということができよう。
しかしながら、硫黄島が天候不良の場合に厚木基地でNLPが実施される状況は、依然として残されており、緊急の場合には硫黄島訓練施設が使用されず、厚木基地が使用される場合がある。
実際に、平成一〇年一月、平成一二年二月及び同年九月には、一切硫黄島の施設を使用せず、厚木基地のみでNLPが実施された。また、平成八年八月には三年ぶりに騒音の程度が激しいF―14の訓練が厚木基地で行われ、平成一二年二月にも行われた。同年の厚木基地における訓練日数及び回数は、硫黄島訓練施設でのそれを上回った。さらに、平成一三年九月一一日にアメリカ合衆国ニューヨーク市等で起きた同時多発テロの後、連日、厚木基地で艦載機によるNLPが無通告で行われた。
このように、平成六年以降も、米軍の作戦上の都合によって厚木基地においてNLPが実施される場合も多く、なお、厚木基地周辺に激しい騒音被害をもたらしている。
そうすると、厚木基地におけるNLP及び無通告の飛行による騒音は、解消にはほど遠いものがあり、前記のとおり、NLP実施日には日中の騒音が増大すること等を併せて考えた場合、NLPの通告日の日数及び通告時間内の訓練回数の減少だけからNLPによる被害が大きく改善されたと断定することは相当ではない。
エ 第二回検証の結果
(ア) 概要
当裁判所は、平成一二年九月一八日、緑の広場(オーバーラン北端北1.35。W値九〇。前記(4)の①の地点である。)及び原告団事務所内(オーバーラン北端北1.4。W値九〇)において、NLPの実施状況について検証を行った(以下「第二回検証」という。)。なお、同日は、硫黄島訓練施設においてもNLPが実施されており、訓練の七割以上が硫黄島訓練施設で行われたとされている。
(イ) 検証時のNLPの概要と戸外の状況
第二回検証の結果によると、同日のNLPの概要は次のとおりである。
緑の広場(戸外)では、午後七時三〇分から午後八時までの三〇分間、検証を実施したところ、概ね三分間に二ないし四回の割合で、主にF―14、EA―6B及びF―18C等の機種が、北西方向から南方の厚木基地に向けて次々に飛来し、緑の広場の上空を通過して離発着訓練を繰り返した。ジェット機及びプロペラ機の騒音のピークレベルは、九〇ないし一〇五デシベル(A)であった。特に頭上を通過する際のジェット機の騒音は、ほぼ一〇〇デシベル(A)以上であって、「ゴォー」という空全体が響くような激甚な音とともに、「キーン」という耳を切り裂くような強烈な金属音が鳴り、直接身体に響くような激しい衝撃が感じられた。ジェット機やプロペラ機が上空を通過する際は、到底会話ができる状況ではなかった。上空を見上げると、訓練飛行を行う軍用機は、夜間であるにも関わらず機体の細部が大きくはっきりと認識できる高度まで、急降下しており、思わず身をすくめるような恐怖を懐かせるものであった。また、軍用機が頭上を通り過ぎた後に滑走路上空で当該軍用機が加速するために断続的にエンジンを吹かす「ゴー、ゴー」という騒音や上空に待機して旋回飛行をしている軍用機の騒音が、六五から七〇デシベル(A)前後の暗騒音として、ほぼ常時測定されており、航空機騒音がなければ静かな住宅街と思われる一帯が騒然とした様相を呈していた。
(ウ) 検証時の屋内の状況
また、原告団事務所(屋内)では、午後八時二五分から午後九時まで検証を実施したところ、測定された騒音のピークレベルは、窓を開放したときには、概ね八〇デシベル(A)前後から九〇デシベル(A)であり、最高音は一〇三デシベル(A)であり(被告の測定結果による。)、通常の会話が困難となる程の騒音であった。窓を閉めたときの騒音は、開放時より総じて低い値を示したが、航空機の位置を確認することができないことから、どこを飛んでいるか分からないという不安感と重苦しさが感じられた。
(6) デモンストレーションフライト
証拠(甲2、3、8の1、10の1ないし3、18の10ないし11・17・23ないし25、31の207・209、32、33、35、証人三輪清隆)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
ア 概要
昭和三〇年ころから、厚木基地では、日米友好親善を目的とし、年中行事として、基地開放日における一般公開(オープンハウス)が行われるようになり、昭和六〇年ころから、基地の開放・航空機の展示等に加えて、米軍機によるデモンストレーションフライト(展示飛行。以下「デモフライト」という。)が実施されるようになった。デモフライトでは、後記のように、ジェット機やプロペラ機が、急発進、低空飛行や急旋回等の曲技飛行を行ったため、その飛行及びリハーサルに伴って多くの騒音が発生するようになった。
平成五年からは、年二日間にわたって、デモフライトが実施されるようになり、その直前の一ないし三日間がそのリハーサルにあてられた。
イ 騒音状況
平成五年度から同一二年度までのデモフライトの騒音についての野沢宅(北端北1)における測定結果は、次表<編注 表5>のとおりである。苦情件数は県及び基地周辺七市で受けた件数である。
<
表
5>
年度
実施日数
リハーサル
最高音
騒音回数
苦情件数
平成5年度
2
3
113dB
816
96
6
2
3
118dB
906
271
7
2
2
111dB
407
303
8
2
1
115dB
297
70
9
1
2
116dB
203
309
10
0
0
―
―
―
11
2
1
118dB
197
331
12
2
1
116dB
222
546
なお、平成九年度は予定された二日間のうち、初日は台風のため中止され、平成一〇年度は、米軍の警備上の理由からオープンハウス自体が中止となった。また、平成一三年度は、周辺自治体等の要請等の結果、米軍の判断で中止となった。
上記によれば、騒音回数は平成六年度以降、減少してきているが、依然、同地点における平均的な一日当たりの騒音回数(七〇ないし八〇回)を大きく上回っており、その最高音は激甚なものである。なお、デモ フライトは土日又は祝日に行われ、航空機が通常の飛行コースと異なる方向に飛行することがあるため、これによる苦情件数も多く、最近は特に増加傾向にあることが認められる。苦情の内容としては、騒音自体に対する苦情のほか、「落ちてきそうで怖い。」「家の真上で宙返りをしており、事故が不安だ。」「子供が泣いている。」等、飛行態様、事故の危険に対する恐怖・不安に関する苦情が多い。
ウ 平成一一年九月二六日のデモフライトと原告らによる測定
平成一一年九月二六日、厚木基地において、デモフライトが実施され、その際、原告らは、大和市柳橋四―五〇五〇所在の引地台中学校(中央東1。W値八〇)の屋上で騒音測定を行った。その結果によると、騒音の最高音は一一七デシベル(A)であり、一三時三〇分から一五時三九分までの間に、八〇デシベル(A)を超える航空機騒音が四三回記録され、そのほとんどが九〇デシベル(A)以上の激甚な騒音であった。
上記の騒音は、F/A―18、F―14等の米軍のジェット機によるものであり、米軍機は、低空飛行、急旋回、急上昇、垂直降下、曲技飛行、一六機の編隊飛行等を実施しており、激甚な騒音と共に、見る者に恐怖感、不安感を与えた。
(7) エンジンテスト音等
地上において発せられる騒音として、エンジンテスト音(ジェットエンジンを取り外し、修理した後に行うテスト音)、ランアップ音(エンジンを機体に取り付けて行うエンジン駆動音)がある。特に、従来は、防音設備を設置せずに昼夜長時間にわたって行われていたため、その被害は大きかった。
米軍では、昭和四四年六月にエンジンテスト用及びランアップ用の消音器各一台、昭和五七年に機体消音器一台を設置した。現在厚木基地には、海上自衛隊の消音器一台とあわせて、四台の消音器が設置されている。これによって、騒音は、ある程度軽減されたと推認されるが、原告らの陳述書によると、夜間・早朝のエンジン音に悩まされる旨の記載(その一例として、甲や3の1967・2035・2151・2384・3185・3200・3204・3430)も相当程度存在し、なお、完全には解消されていないことが推認される。
(以上(7)につき、甲2、3、8の1、35、弁論の全趣旨)
(8) 原告らの調査による騒音の概況
ア 尾形調査
(ア) 調査の概要
原告尾形齊(や1056)は、W値九〇の地点である自宅内(前記(4)の②地点。北端北北西1.7)において、厚木基地を離発着し、自宅付近を飛来する航空機の飛行実態を、平成一〇年六月二三日以降、継続的に記録してきており、同日から平成一二年一〇月三一日まで(八六二日間)の記録を証拠(甲23の2・3。以下、同人による調査結果を「尾形調査」という。)として提出した。
尾形調査では、外出による欠測時間(合計で約一七日分に相当する。)を除き、ほぼ二四時間(ただし、同人が睡眠している間については、若干の観測漏れがあると思われる。)、航空機の機種の別ごとに騒音が観測されており、飛行時刻と飛行機種等が記録されている。
飛行機種の分類は、当初はジェット機、プロペラ機及びヘリコプターの別でなされていたが、次第に自衛隊機・艦載機の別や、機種についても可能な限り記録されるようになった。
尾形調査は、原告尾形の聴覚・視覚等に頼る調査であるから限界もあるが、原告尾形の本人尋問の結果等に照らし、相当程度の正確性を有しているということができる。
(イ) 調査結果
尾形調査によれば、観測期間内に飛行が確認された航空機は、延べ八万三一〇六機であり、その内訳はジェット機が一万四一一八機、プロペラ機が一万四七六七機、ヘリコプターが四二二四機である。
一日の平均(欠測時間を除外したもの)は約98.4機である。
月別には、プロペラ機が一〇〇〇機前後から二〇〇〇機前後飛行しており、月による大きな差異がないのに対し、ジェット機は、月によって一〇〇機台から二六〇〇機台までと飛行する機数に開きがある。米軍空母が出港している間(平成一一年四月から八月、平成一二年四・五月)は、ジェット機(特に空母艦載機)の飛行が少ない。ただし、その期間中は、自衛隊のプロペラ機、特にP3―Cの飛行が多くなる傾向がある。
また、自衛隊機のうちP3―Cは、多い日で一日当たり一〇〇機前後飛行しており、平日では五割以上の日で三〇機以上の飛行が確認されている。また、早朝の午前六時から七時の間に一〇機以上のP3―Cの飛行が確認された日は二五日に及んでおり、深夜(午後二三時から翌日の午前五時)にも多くのP3―Cの飛行が確認されている。
(以上ア全体につき、甲18の7、23、乙7、原告尾形齊本人、弁論の全趣旨)
イ その他の調査
(ア) W値七五に居住する原告ら二八名
W値七五に居住する原告浅原武富(ふ101)ら二八名は、平成一一年九月二〇日から同年一〇月二九日までの約一か月間、騒音状況等に関する感想等を記録し、これを証拠(甲34の1ないし28)として提出している。
これによると、原告らは、上記調査期間中の四〇日間のうち、平均して約二六日間、航空機騒音を感じたことが認められる。なお、原告らの感想の中には、原告らの自宅以外の場所における航空機騒音に関する記述も多い。W値七五内に自宅を持つ原告らが、生活上、コンター内の他の地点(勤務先、公民館、福祉センター、買い物先等)においても、厚木基地を離発着する航空機の騒音被害を受けている状況が認められる。また、反対にコンター外に通勤している原告らにおいても、夜間及び休日等に一定の騒音被害を受けていることが認められる。
ただし、上記期間のうち、同年九月二六日は、デモフライトが実施された日であり、また、同年一〇月一三日から一五日、一八・一九日は、NLPの実施が通告された日である。したがって、上記期間は、年間を通じた場合、騒音状況の比較的悪い期間の調査であるということができる。
(以上につき、甲18の18、34、甲ふ4の101、原告浅原武富本人)
(イ) W値八〇(工)の原告の調査
原告飯森昭男(や1759)は、W値八〇(工)の自宅(大和市中央林間<以下略>。北端北5)における、平成一一年一〇月八日(金曜日)の騒音の状況を記録した結果(甲や4号証の1759添付の別紙1)を提出しているところ、その記録によると、一日全体で騒音の回数は一三一回、そのうち、同原告が特にすさまじいと感じた騒音は四六回であったと認めることができる。なお、同原告によると、同日の騒音は全体的にはうるさい方であったが、同月六、七日よりは騒音が少なく感じたということである。(甲や4の1759、原告飯森昭男本人)
(ウ) W値七五の地点での測定
原告ら訴訟代理人林戸孝行らは、平成一二年二月一七日及び同年八月二九日に、W値七五の地点である原告佐々木幸一(さ76)及び同佐々木惠美子(さ77)の自宅(相模原市上鶴間<以下略>。北端北8)において騒音測定を行った。
同年二月一七日には、室外(ベランダ)で測定した結果、騒音測定中の九時から二〇時三〇分までの間に、七〇デシベル(A)以上の航空機騒音が六三回記録され、そのほとんどが八〇デシベル(A)以上、うち二八回が九〇デシベル(A)以上の激しい騒音であった。
また、同年八月二九日には、室外(ベランダ)及び室内で同時に測定をし、その結果、一〇時から一七時二〇分までの間に、七〇デシベル(A)以上の航空機騒音が室外で三二回記録され、そのほとんどがピークレベルで八〇デシベル(A)以上、うち八回が九〇デシベル(A)以上の激しい騒音であった。防音工事が施された室内でも、七〇デシベル(A)以上の騒音が一八回記録された(ただし、そのうち三回は、室外の騒音レベルと同一の値を示しており、当該三回については窓を開けたまま測定されたことが推認される。)。
なお、同年二月一七日は、NLPが実施された日であって、比較的騒音の激しい日であったと推認される(これに反する原告佐々木惠美子の供述は信用できない。)。
(以上につき、甲27ないし29、原告佐々木惠美子本人の一部、弁論の全趣旨)
(9) 騒音概況
ア 以上の検討結果から、コンター内(W値七五以上)においては、平成六年以降も、多くの航空機騒音が確認されており、その騒音の程度は、自治体騒音測定データ等に照らし激甚であると推認される。また、W値七五のコンター内の地点においても、原告らが相当程度の騒音被害を受けていることが認められる。
イ この点について、被告は、平成六年以降、NLPが硫黄島訓練施設に移転したことに伴い、騒音状況が大きく改善された旨主張する。
確かに、前記のとおり、厚木基地におけるNLPの実施日数・訓練回数及び通告時間内の騒音測定回数は、平成六年以降平成一一年までは、大幅に減少したことが認められる。しかしながら、前記のとおり、依然として厚木基地においてNLPが実施されることは多く、無通告のNLPが実施されることもある。したがって、NLPの通告日数及び通告日の夜間の訓練回数のみからNLPに伴う被害を判断することは相当ではない。また、平成一二年は厚木基地での実施が硫黄島訓練施設のそれよりも多いほどであり、同基地におけるNLPの完全な解消には至っていない。
また、前記のとおり、厚木基地周辺では、空母艦載機について、米軍空母の横須賀への入出港に伴う通常の飛行のほか、昼間の訓練飛行やそれ以外の理由に基づく飛行も多く確認されている(後記(7)ア(イ)の尾形調査によれば、空母が横須賀から出港中にも艦載機が厚木基地に飛来することがある事実が認められる。)。なお、平成一三年九月一一日のアメリカ合衆国における同時多発テロの前後においては、NLP以外にも一日に数百機の軍用機の飛行が確認されるなどしている。
したがって、それらの航空機騒音を総体として把握する必要があり、NLPの実施日数及び実施回数のみを取り出して、厚木基地周辺の騒音状況の変化を検討することは相当ではない。
3 振動等
ア 原告らの陳述書及び供述によれば、航空機の飛行に伴い、家、ガラス戸、床、壁等が揺れるなどの被害を訴える者が相当程度認められる(そのごく一例として、甲あ3の54、甲や3の410・716・1530・1682・1759・2158・2693)。また、昭和五七年に実施された厚木基地周辺の住民を対象とした実態調査(甲15の51)においても、窓ガラスがビリビリするという訴えがある。騒音に伴い、窓ガラス等が振動するという事実は、容易に想像し得ることであり、航空機の飛行等により、窓ガラス等が振動することを認めることができる。
しかし、これらの振動の有無及び程度は、家屋の構造や建築年数、防音工事の実施の有無等によってかなりの差があると考えられ、航空機騒音によって必然的に、あるいはどこでも共通に生ずるとまで認めることはできない。したがって、このような振動による侵害行為が認められるとしても、原告らに共通の被害を及ぼすような侵害行為であるとまでは認められないというべきである。
イ また、原告らの陳述書及び供述には、振動により、窓ガラス、屋根瓦、家屋等に損傷が生じた旨の記載及び供述があり(その一例として、甲24の1、甲や3の1056・1530、原告尾形齊、同鈴木保)、このようなことも全く考えられないではない。
しかし、上記の振動や損傷は、建築・耐用年数、窓ガラス・屋根瓦等の材質その他様々な要因による影響が考えられるので、証拠上、航空機の飛行による結果であるとまで認めるのは相当ではない。また、仮に航空機の飛行による結果であると認められると想定しても、これが原告らに共通する被害をもたらす侵害行為であるということはできない。
4 航空機等の事故とその危険
過去において、厚木基地を離発着する航空機等が起こした事故の概要とその危険については、後記第6の7(精神的被害の有無)で併せて検討する。
第6 航空機騒音による被害の有無・程度
1 原告らに共通する被害の有無・内容
(1) 判断の順序
原告らの被害の有無・内容について検討するが、そのためには、騒音が人の健康や生活にもたらす影響を考えなければならない。そして、原告らの生活の態様もさまざまであるから、被害の態様も異なるはずであるところ、原告らは、共通の被害があるとしてそれについて損害賠償を請求している。
そこで、以下では、共通被害の主張の法的性質をまず検討し、次いで、そのことを踏まえて、音の影響、騒音のもたらすさまざまな被害の有無・態様を順番に検討し、最後に共通被害の主張のうちのどのような被害について、違法性の有無の論点の中で考慮すべきかを判断する。
(2) 共通被害の主張の許容性の有無
ア 本件は、各原告が受けている被害について、それぞれの固有の権利として損害賠償を請求しているのであるから、各原告についてそれぞれの固有の被害の発生とその内容が確定されなければならない。
イ しかしながら、原告らは、航空機の騒音等によって被る被害のうち、最小限度等しく被っていると認められる生活妨害、精神的被害等を、一定の限度で原告らに共通する損害としてとらえ、その賠償を請求している。このような被害は、原告らの生活条件、身体的条件等の相違に応じてその内容及び程度を異にし得るものであるが、他方、そこには、全員について同一に存在が認められるものや、また、例えば生活妨害の場合についていえば、その具体的内容において若干の差異はあっても、静穏な日常生活の享受が妨げられるという点においては同様であって、これに伴う精神的苦痛の性質及び程度において差異がないものも存在し得るから、このような観点から同一と認められる性質程度の損害を原告ら全員に共通する損害ととらえて、各自につき一律にその賠償を求めることも許されるというべきである(大阪空港大法廷判決参照)。
したがって、必ずしも常に原告ら各自が現実に受けている被害を個別具体的に主張立証することを要求されるものではなく、一定の騒音量に暴露されている地域を類型的に把握し、その地域に居住する原告らを総合的に観察して、そのうちかなりの数の原告らに一定程度の共通の生活利益に対する被害が生じていることが明らかにされれば、それをもって、共通の被害を認定することが許されるというべきである。航空機騒音によりもたらされる生活妨害及び精神的苦痛の態様は原告ごとに異なるであろうが、ある程度定型的に見られる性質の態様であれば、生活妨害及び精神的苦痛の有無という基準で分類して、すべて共通に扱うことが社会通念上許されるというのが相当である。
(3) 例外的な事情のある原告らの被害と共通被害との関係
ア 当事者意識や訴訟追行能力の希薄な原告らの被害
(ア) しかしながら、本件は、提訴時において五〇七八名という極めて多数の原告らが当事者となった大規模訴訟であり、原告らの中には、当事者意識や訴訟追行能力の希薄な者がいることも認められる。
すなわち、原告らは、騒音等による共通被害の状況について、これまでに発表された研究結果、原告らの陳述書及び供述等により立証しようとするところ、原告らの中には、およそ自ら作成した陳述書を作成・提出せず、あるいは同居の家族による陳述書で代替させることもせず、裁判所の要請した陳述書(地域別甲6号証)も提出せず、本人尋問の申立てを行っていない者もある。しかも、原告らの陳述書のうち、地域別甲1・2号証は、いくつかの騒音被害に関する項目について、選択肢の中から当てはまるものを選択するという、極めて簡易に作成できるアンケート式の陳述書である。したがって、原告らが、自ら提起した訴訟において、このような陳述書すらも作成・提出しないことは極めて不自然である。そうすると、およそ上記のどのような陳述書も提出せず、かつ、本人尋問の申立てをしない原告らについては、被害の発生が全く認められず、その結果前記のような共通の被害が生じていると推認することもできないといわざるを得ないので、その損害賠償請求を認めることは相当ではないことになる。
(イ) これを具体的にみると、原告大即信一(え97)は、およそ陳述書を提出せず、かつ、本人尋問の申立て等も行っていない。その同居の家族等から被害状況に係る陳述書も提出されていない。
また、原告米澤博考(や189)は、陳述書を提出せず、かつ、本人尋問の申立て等もない。なお、平成七年七月二一日以前に同居していた同人の家族作成の陳述書(甲や2号証の851ないし853)が提出されているが、それ以外については、何らの証拠も提出されていない。
そうすると、上記両名については、上記の被害の立証に欠けるところがあるというべきである。
よって、上記両名原告らに、共通の被害が生じていると認めるのは相当ではなく、損害賠償請求は認められない。
イ 地域別甲6号証を提出しない原告らの被害
また、別紙5記載の二六二名の原告らは、アの者と異なり、およそいかなる陳述書も提出しないというわけではないが、裁判所の要請した地域別甲6号証を提出していない者である。前記(第4の1(2))に判示したとおり、同書証は、原告らが、当裁判所に対して、原告ら全員につき、作成して提出することを了承したものであるところ、最終的な提出期限として当裁判所が設定した平成一三年一一月一四日まで、相当の期間的な余裕があったにもかかわらず、提出されなかったものである。上記不提出の理由については、ごく一部の原告らを除き、何らの説明もなされていないが、弁論の全趣旨によれば、原告ら訴訟代理人及び同復代理人が連絡を取ることさえできなかったためであること、連絡を取ることができたが訴訟追行意思が弱く同書証を作成しなかったためであること等の事情が推認される。地域別甲6号証は、原告らの提訴時の住所、同書面作成日の現住所、提訴時の住所地に住むようになった時期、理由等を記載する定型的な書面であって、比較的容易に作成できる書面であり、裁判所の方からも提出を求めた書面であるにもかかわらず、自ら訴えを提起した原告らがこれを提出しないということは極めて不自然である。このような原告らの訴訟追行に不熱心な態度は、同人らの主観的な被害認識の程度が低いことの顕れであるというべきであって、ひいては、同人らが航空機騒音により受けている苦痛の程度が低いことを推認させる事実であるというべきである。
そうすると、地域別甲6号証を提出しなかった原告らの被害は、他の原告らの共通被害と比較して無視できない差異があるといわざるを得ず、この者らについては、前記アのように被害の立証が全くないとまでいうことはできないが、例外的に他の書証等により被害感情が立証される場合を除き、その損害額を一定程度減額するのが相当である。
この点に関し、原告浅原武富(ふ101)は、地域別甲6号証とは別に、居住状況の内容を含む詳細な陳述書(甲ふ4の101)を作成して提出し、当裁判所における本人尋問に出頭しているところ、同陳述書及び供述の内容に照らせば、同人並びに家族らである原告浅原美千子(ふ102)、同浅原望美(ふ103)及び同浅原和貴(ふ104)が受けている苦痛の程度が、他の原告らと比較して低いということは認められない。また、原告横井與次郎(さ30)及び同横井美知子(さ31)については、同原告らの転居事情につき、訴訟復代理人佐賀悦子作成の電話聴取書兼報告書が提出されており、さらに、原告横井與次郎作成の甲34の4(騒音状況等に関する感想等を記載した書証)が提出されているところ、上記各書面の内容に照らせば、同原告らにつき特に苦痛の程度が低いということは認められない。したがって、上記六名の原告らについては、地域別甲6号証を提出していないことから、損害額を減額するのは相当ではない。
ウ 振動、排気ガスの被害
航空機の飛行に伴う振動が、原告らに共通する被害をもたらすものでないことは、前記第5の3のとおりである。
また、原告らの陳述書中には、航空機の飛行に伴う排気ガスによる被害に関する記載があるが、原告らは、本訴において共通被害として排気ガスによる被害について、主張していないと解されるから、以下においては、特に検討しない。なお、排気ガスに関する被害については、ごく一部の原告らの陳述書に記載があるにすぎず、排気ガスを測定したデータ等の提出があるわけでもない。また、原告らの陳述書中には、洗濯物にすすがつくなどの記載があるが、自動車の排気ガス等による影響もあると推測され、航空機の排気ガスの影響によるか不明である。少なくとも、このような被害が原告らに共通する被害であると認めることはできない。
(4) コンター外への通勤・通学者と共通被害との関係
ア 被告は、原告らに共通する被害の内容に関連して、原告らの中にはコンター外に通勤・通学している者もいるから、原告らの共通の被害は、平日の夜間・休日のみの騒音被害に限られるべきであると主張する。
被告の上記主張は、被害を受ける時間帯及び量(騒音暴露態様及び量)が共通するかどうかの観点に基づき、暴露量の最も少ない者の被害をもって全体に共通する被害とすべきであるとの主張であると解される。
イ 確かに、コンター外に通勤・通学している原告らは、勤務及び学校生活の時間帯は、航空機騒音に直接さらされることはなく、直接の被害を受けることはない。
しかし、後述するように、航空機騒音による被害は、騒音が発生している間に受ける被害に限られるものではない。航空機騒音を自ら又は同居の家族等が受けることによって、家庭生活に影響を受け、それにより当該本人が二次的・間接的な精神的被害を受ける面もあり、そのような被害も航空機騒音による被害に該当する。したがって、コンター外への通勤・通学者のように航空機騒音の直接的な暴露量が少ない者の被害はその暴露量の多い者のそれよりも直接的な生活妨害等は相対的にいえばもちろん少ないということはできるが、前者に該当する者も、上記のような間接的二次的な生活妨害や精神的苦痛を被るのであり、これを含め、暴露時間にはそれほど比例しない相応の被害を受けるということが相当である。そして、それをもって、共通被害としての生活妨害及び精神的苦痛ととらえるのが相当である。
そうすると、被害の基礎となる騒音を、どの原告にも最低限共通する直接的な騒音(被告によれば、それが平日の夜間、土曜日の午後及び休日のそれということである。)に限定しなければならない理由はなく、被告のアの主張は採用することができない。
ちなみに、日曜日勤務や夜間勤務の仕事に従事する原告らがいることを念頭に置くと、それらの者は週末や夜間に騒音に直接暴露されることはないので、結局原告ら全員に共通する直接的騒音被害というものは存在しないか、仮にあってもわずかとなる。そうなると共通被害としての請求はせいぜいわずかしか認められないことになるが、それではあまりに非現実的となり、共通被害の主張立証という方法を実質的に閉ざすことになる。その意味からも被告の上記の主張は相当ではない。
2 騒音被害の仕組み・性質
(1) 騒音の心身への影響(総論)
証拠(甲15の1ないし4・6・7・16・17・19・20・31)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
ア 音はまず耳から入り、これについての内耳感覚器からの信号が聴神経を通って大脳皮質の聴覚域に到達し、音の知覚を成立させる。音が強ければ内耳感音器に影響を与え、一時的あるいは永久的な難聴(聴力低下)を起こす。聞きたいと思う音と同時に騒音が到達すれば聴取妨害を起こす。また、騒音は、単独で大きさ(ラウドネス)の感覚を発生させ、聴覚的不快感としてのやかましさ(ノイジネス)を生じさせる。
一方、耳からの信号は、脳幹網様体を介して大脳の広範な部位を刺激し、精神的被害をもたらし、仕事、勉強、休養、睡眠等の日常生活を妨害する。また、網様体から視床下部を経て大脳の旧古皮質へ信号が送られ、不快感、怒り等の情緒的影響を生じさせ、食欲や性欲に影響を与えることがある。さらに、視床下部へ伝達された騒音信号は、脈拍・血圧・呼吸等の変調、ホルモンのアンバランス等の身体的影響を生じさせ得る。
そして、上記の騒音自体に基づく聴覚的不快感(ノイジネス)及び騒音による日常生活の妨害・混乱等によって生じる非聴覚的不快感を総合してアノイアンス(騒音によるわずらわしさ、邪魔感)が生じる。
イ また、音の影響について、次のような説明もされている。
音の影響は、大きく三つに分けることができ、その一は、生理的興奮であり、意識を通さず、生理的に身体に影響を与え、これによって生理的反応の昂進や生理的バランスの崩れが生じる。
第二は、音の感覚的評価の喚起であり、これには心理的快感と心理的不快感があるが、この心理的不快感によって生じる心理的拒否反応・不快反応を表すものとしてノイジネスの概念が存在する。このノイジネスが聴覚原因の(聴覚的)不快感である。
第三は、音そのものによる意識集中の拘束であり、これは、日常生活の中の様々な対象に向けられている注意や意識が音にのみ向けられ、意識が音に集中・拘束されてしまうことを意味する。その結果、音以外への注意が妨害されて、社会的・個人的な心理・行動の混乱、日常生活の混乱が起こる。そして、日常生活の混乱が繰り返されると、再び生活混乱が生じるのではないかという予期反応が生じる。また、生活混乱及び予期反応に対し、もとのバランスを回復しようとして対処行動がとられるが、それが成功しても失敗しても、新たな生活システムの混乱が発生してくる。これらをあわせて、非聴覚的不快感という。
第二の聴覚的不快感によるノイジネスと、第三の意識集中の拘束から生じてくる非聴覚的不快感とを含むネガティブな心理的反応はアノイアンスといわれる。
なお、音の心理的影響は、主に上記の第二、第三の影響によってもたらされるが、第一の生理的変化に平行して心理的反応が生起する点も無視することはできない。
(2) 騒音の影響に関係する諸要因と航空機騒音の特色
証拠(甲15の1ないし5・38(文献番号38)、検証の結果(第一、二回))及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
ア 騒音の被害に影響する諸要因
騒音のうるささ、不快感あるいは影響の大きさに関係する要素は様々であるが、騒音側の条件、騒音を聞く人間側の条件、音と人間との間の条件に分けて示すことができる。
騒音側の条件としては、①大きさ、②高さ、音色、③持続時間と繰り返し、④突発性、衝撃性、⑤①ないし④の因子の変動性、人間側の条件としては、①健康度(健康人か病人か)、②性別、年齢、③性格、知能、好み、④心身状態(労働時、休養時、睡眠時の別)が、音と人間との間の条件としては、①馴れと経験、慢性影響、②利害関係の有無等の社会的関係が、それぞれ指摘されている。
一般的にいえば、低い音よりも高い音の方が耳障りで影響も大きいと考えられており、純音成分を含んだ騒音の方が広音域の騒音より不快感が強いという報告がある。また、音の持続時間が長いほど影響が大きいが、他方で断続音・間欠音となると連続音よりうるさく感ずることがあるといわれており、大きさ・高さ(周波数)が変動する音の方が定常の場合にくらべて不快感が強いといわれている。さらに、騒音源が定位置にあり、その位置を速やかに認識し得る場合は、逆の場合と比べて不快感は軽度であるといわれ、覚醒時より睡眠時の方が、低レベルの騒音でも影響を受けるとされる。
イ 航空機騒音の特色
航空機騒音の特徴としては、その音量が極めて大きいこと、特にジェット機においては高周波成分を含む金属性の音質を有すること、発生が断続的・間欠的であり、予測が困難であること、騒音の立ち上がりが急で、ときに衝撃的であること、発生場所が上空であるため騒音の及ぶ範囲が広大であるばかりか、家屋構造による遮音が難しいこと等をあげることができ、航空機騒音は、前記で指摘した騒音側の条件のうち、うるささや不快感を増大させる要素の大部分を具備している。
3 生活妨害の有無・内容
(1) 生活妨害に関する原告らの訴え
原告らの陳述書及び供述並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
ア 会話・通話妨害及びテレビ・ラジオの視聴妨害
地域別甲2号証によれば、原告らのほぼ全員が、航空機騒音によって家族等との会話や電話での通話が妨害されることを訴えており、非常に多くの原告らが航空機騒音のために、言い直したり聞き直したりすることがあって会話が混乱すること、会話が中断するためいらいらすることを訴えている。また、相当数の原告らが、航空機騒音のため電話のかけ直しや通話時間の延長が必要となること等を訴えており、電話の途中で航空機が通過すると通話の相手方に騒音の理由を説明しなければならないこと等を訴える者もいる。
また、地域別甲2号証によれば、原告らのほぼ全員が、航空機騒音のためテレビ・ラジオ・音楽等の視聴を妨害されることを訴えており、多くの原告らが騒音により視聴が中断されるため、集中できないこと、内容が理解できないこと、いらいらすること等を訴えている。原告らの中には、上記のテレビ等のボリュームを大きくするために常にリモコンを持っていなければならないこと、ボリュームを最大限にしても航空機騒音でテレビ等の内容を聞き分けることができないことを訴える者もいる。
イ 趣味、知的活動に対する妨害
地域別甲2号証によれば、多くの原告らが、航空機騒音のために、音楽鑑賞その他の趣味を楽しむための集中が妨げられたことがあることを訴えている。また、相当数の原告らが騒音のために思考が中断されること、読書、執筆等の知的活動が妨害されることを訴えており、原告らの中には、宗教的活動、ボランティア活動等が妨げられること、パソコン操作に集中できないことを訴える者がいる。
ウ 交通事故等の危険
地域別甲2号証によれば、多くの原告らが、航空機騒音によって自動車の走行する音等が聞こえず、交通事故が心配になることを訴えており、相当数の原告らが、自らの体験として航空機騒音に気をとられるなどして自動車にひかれそうになったことを訴えている。また、運転手の体験として事故の危険を感じることを訴える原告らや、子供の事故を心配する原告らもいる。さらに、航空機騒音のために電車の接近に気付くのが遅れ、息子が電車にはねられて死亡したことを訴える原告もいる。
エ 職業生活の妨害
地域別甲2号証によれば、多くの原告らが、航空機騒音によって仕事上必要な集中を妨げられることを訴えている。自営業者、学校関係者、自動車の運転手等、厚木基地周辺の自宅・事務所・店舗等で仕事をする原告らの多くが、航空機騒音により仕事に集中できないこと、会話や電話が困難になり、仕事上の打合せ・連絡・客との応答等に支障が生じること、日中に仮眠を取ることができないこと等を訴えている。また、コンター外に勤務する原告らの中にも、騒音により自宅で十分な休息・睡眠を取ることができず、仕事への集中力・能率が落ちること、自宅に仕事を持ち帰った場合に集中できないこと等を訴える者もいる。
オ 家庭生活への悪影響
相当数の原告らが、航空機騒音によって、夕食時の家族の団らんが乱され、失われること、家庭の安らぎが失われること等を訴えている。原告らの中には、家族がいらいらしてとげとげしい雰囲気になること、家族で怒鳴りあったり、おこったりしてしまうこと、各自が部屋(防音室)にこもってしまい、コミュニケーションをとれないこと、知人や親戚を招くのに躊躇すること等を訴える者もいる。
カ 教育・保育に対する悪影響
原告らの陳述書及び供述、原告山口繁美が園長を務める幼稚園(W値八五)の保護者二八名を対象に行ったアンケートの結果(甲や4の1458の3)によれば、乳幼児に関する被害として、航空機騒音で泣いたり、怯えて親にしがみついたりすること、ひきつけを起こしたり、体を震わせたりしたこと、睡眠中に騒音で起こされたり、寝つかなかったりしたこと、騒音に気をとられて転んでけがをしたこと、会話や遊技・テレビの視聴等が騒音で中断され、集中できないことが挙げられている。他方、保護者においては、いらいらして子育てに影響すること等の訴えがみられ、また、騒音によって幼児が難聴になったり、集中力が欠如するようになったり、幼児の成長に何らかの悪影響を与えるのではないか、という不安を訴える者が多い。
幼稚園等における園児の保育について、園児の遊技・活動が中断して集中力がとぎれること、注意等の伝達が上手くいかないことを訴える原告らがいる。小学生以上の教育・学習について、授業が中断・妨害されること、自宅での学習や受験勉強に集中できないこと、学校での語学のヒアリングテストが中断されること等を訴える原告らがいる。また、学校の防音工事について、体育等室外で行う授業には意味がないこと、クーラーが付いていないため、窓を閉めることができず、効果がないこと等を訴える原告らがいる。
(2) 実態調査等にみられる住民らの訴え
ア 昭和五七年実態調査
(ア) 財団法人労働科学研究所が昭和五七年に厚木基地周辺の住民について、実態調査を行っている(厚木基地周辺実態調査研究。以下「昭和五七年実態調査」という。)。この昭和五七年実態調査は、今日から約二〇年前の調査ではあるが、前記第5のとおり、近時の騒音状況が昭和五七年ころと比較して、より改善したと認めることはできないから、これを一応参考にすることができる。
(イ) 昭和五七年実態調査によれば、会話・通話の妨害及びテレビ・ラジオの視聴妨害の訴えがみられ、学習・読書・研究等の妨害、交通事故の誘発及び事務・作業等の能率低下等の訴えもみられる(甲15の51)。
(ウ) このうち、厚木基地周辺のW値七〇以上の地域(当時、神奈川県環境部が航空機騒音に係る環境基準に基づいて設定したもの。以下、「W値七〇の地域」というときは、同様である。)の住民を広く対象にした住民アンケート調査によれば、W値八〇以上の地域で会話妨害、電話の通話妨害及びテレビ・ラジオ・レコードの聴取妨害が「かなりある」又は「時々ある」と回答した者の割合は、順に95.9%、94.3%、九七%であり、W値七〇から八〇の地域でも87.2%、81.9%、90.4%であった。また、読書・思考妨害について「かなりある」又は「時々ある」と回答した者の割合は、W値八〇以上の地域で82.2%、W値七〇から八〇の地域で66.9%であった。乳幼児のいる者の中で騒音が乳幼児に影響すると答えている者は、W値八〇以上の地域で87.4%、W値七〇から八〇の地域で80.5%である。警笛等が聞こえず、交通事故の危険を感じたことが「かなりある」又は「時々ある」と回答した者の割合は、W値八〇以上の地域で48.7%、W値七〇から八〇の地域で32.2%であった。
次に、昭和五七年実態調査において行われた小中学校教師を対象としたアンケートの結果によれば、学校教育の各領域中、最も影響を受けるとされたのが教室での授業であり、教室での授業中に中断などの影響が「かなりある」又は「時々ある」とする者が85.6%であった。また、調査時(昭和五七年七月中旬ないし九月上旬)から一週間を振り返って、最も中断の多かった授業の一時限当たりの中断回数を集計すると、その平均は2.66回であり、W値八〇以上の地域の学校では3.45回であった。さらに、全体としてみて学校教育が騒音によって影響を受ける程度について「重大な被害をうけている」又は「かなりの被害をうけている」とする者はW値八〇以上の地域で87.8%、W値七〇から八〇の地域で58.8%あった。騒音が児童・生徒に与える影響に関し、集中力、情緒の安定、思考力・理解力に悪影響を与えると回答する者が多く、集中力に対する悪影響については、77.4%の者が「大いにあたえている」又は「かなりあたえている」と答えており、騒音が全体としてみて児童・生徒の人間形成に与える否定的影響の程度につき、「おおいにあたえている」又は「かなりあたえている」と回答した者は、W値八〇以上の地域で80.5%、W値七〇から八〇の地域で52.2%であった(なお、本調査の対象者は、小学校で八割、中学校で九割の者がW値七〇から八〇の地域に属しており、集計に際してはW値八〇以上とW値七〇から八〇との区別は、小学校についてのみ行われている。)。同じく中学二年生に対するアンケートによれば、授業に対する影響が「かなりある」又は「ときどきある」とする者がW値八〇以上の地域で90.4%、W値七〇から八〇の地域で八八%であった。
イ 県による厚木基地周辺生活環境調査
県は、平成一二年度に、厚木基地周辺の住民の生活環境等への航空機騒音の影響等についてを調査している(以下「平成一二年環境調査」という。甲31の96・173、35の一五九頁以下)。
住民に対する意識調査においては、調査対象地域をW値八〇以上、W値七五以上八〇未満、W値七〇以上七五未満、W値七〇未満の四地域に分け、各二五〇〇人ずつ、合計一万人を対象に実施したところ、計二八〇五名からの回答があった。そのアンケート結果によれば、「電話や話が聞き取りにくい」と答えた者の割合が、W値八〇以上の地域で93.6%、W値七五以上八〇未満の地域で89.6%にのぼり、「テレビ・ラジオ・レコードの音が聞き取りにくい」と答えた者の割合が、W値八〇以上で92.8%、W値七〇以上七五未満の地域でも八〇%を超えた。
さらに、W値七〇以上の地域の小・中・高校の教員及び児童・生徒に対する意識調査を行ったところ、教員に対する意識調査では、一時限当たりの授業の一時中断回数のうち一年で最も多かったものにつき、六回以上と答えた者の割合はW値八〇以上で、小学校38.8%、中学校30.0%となっており、W値七五以上八〇未満で、小学校20.8%、中学校16.5%、高等学校48.0%となった。
ウ 周辺自治体への苦情電話及びその件数
県や基地周辺七市には、厚木基地周辺の住民から、航空機騒音による苦情が電話で多数寄せられている。苦情の具体的な内容は、ジェット機の飛行による騒音苦情が大多数を占めている。デモフライトに関する苦情件数は、前記のとおりであるが、年間を通じた苦情件数の推移は、別紙8のとおりである。
騒音の苦情件数は、住民反応の一つであって、人口の増加、住民の馴れによる影響等を考慮する必要があり、侵害行為及び被害の程度と必ずしも一致するものではないが、別紙8によれば、平成六・七年度にいったん減少していた苦情件数が、その後、一貫して増加してきていることが分かる。
(以上(2)全体につき、甲8の1、18の6・17・22、21、24の2、31の212、35、76の10及び弁論の全趣旨)
(3) 各種研究・実験結果等
ア 会話等の聴取妨害
証拠(甲15の2・3・4・38(文献番号154、165)・40(文献番号155))によれば、聴取妨害に関する研究結果等として、次のようなものがあることが認められる。
(ア) 昭和四〇年に、東京都内の各地の小学校で児童を対象に行ったテスト結果によれば、授業に支障を来さない程度の騒音レベルは、教室の中央で五〇から五五ホンである。
(イ) 吉田拓正らがジェット機騒音を使用して明瞭度テストを行った結果では、聞き取るべき音のレベルSがジェット機騒音のレベルNよりも一〇デシベル低い場合(以下「S/N比がマイナス一〇デシベルの場合」のようにいう。)、単音節の明瞭度は五〇%に低下した。文章の章句をテスト信号とした場合、S/N比がマイナス五デシベルのときは一〇〇%近い明瞭度があったが、S/N比がマイナス一〇デシベルになると、明瞭度は五〇%に低下した。
(ウ) 小林陽太郎らが日本語無意味百音節の単音聴取明瞭度に及ぼす白色騒音の影響を調べたところによると、信号音レベルがあまり低くない限り、その音節明瞭度は、S/N比が三〇デシベルのときに九四%、二〇デシベルのときに八五%、一〇デシベルのときに六八%、〇デシベルのときに四五%、マイナス一〇デシベルのときに一五%程度の値を示している。小林らは、教師の会話レベルを七〇デシベル(C)とした場合、生徒の音節明瞭度を八〇ないし八五%に保持するために許容し得る学校騒音のレベルは、中央値で五〇ないし五五デシベル(C)であるとしている。
イ 学習、思考、教育に関する騒音の影響
証拠(甲15の2・7・30・36・38(文献番号244、251、252)・39(文献番号216))によれば、学習、思考、教育に関する騒音の影響に関する調査研究等に、以下のようなものがみられることが認められる。
(ア) 児玉省は、昭和三九年から同四五年にかけて、航空機騒音の様々な影響の研究を行っており、児童、生徒等の調査の中で、横田基地滑走路の南端約一キロメートル先の地点にある拝島第二小学校(以下「拝二小」ということがある。)の二年生と六年生の知能検査を行ったところ、その結果は、全国平均を上回り、対照地区より僅少であるが高かったこと、基地周辺の小学校三年生と六年生に対し、ジェット機、街頭雑踏、食堂、赤ん坊の鳴き声等の騒音、静かな音楽等を組合わせて聞かせ、知能テスト、推理問題、作文等を行ったところ、ジェット機騒音下での成績が他の騒音又は音楽ないし空白時間での成績より良かったこと、同じく小学校四年生と六年生に対し、音楽とジェット機騒音の下で内田クレペリン検査を行ったところ、作業曲線の定型性が崩れたこと、拝二小の児童の音楽能力が一般校より低い可能性があること等を報告している。
(イ) 録音された列車騒音(七四ホン)を断続的に小学生に聞かせ、単純な計算作業をさせたところ、対照群に比較して、騒音を与えられた実験群の成績が低下を示した。
(ウ) 文部省が騒音被害の大きい小中学校一四校の生徒を対象にアンケート調査したところ、騒音が授業の妨げになると答えた教科は、国語、算数(数学)、英語、社会等、頭を使う教科ほど割合が高かった。
(エ) ロンドンのヒースロー空港周辺の学校において、航空機騒音の授業に及ぼす影響を調査した結果、六五デシベル(A)で会話の中断が生じ、七〇デシベル(A)ではそれが二五%、七五デシベル(A)では四〇%に達した。
(オ) そのほかに、海外の研究結果として、騒音レベルを上げた教室の学生について注意力の低下等がみられたこと、航空機騒音の影響を受ける地域に通学する児童・生徒について、学力テスト、読解力テスト等の点数が、他の地域の児童・生徒と比較して低い傾向があること等が報告されている。
ウ 作業能率に対する影響
証拠(甲15の2・4・5・7・17・22・30、89の1)によれば、次の事実が認められる。
(ア) 長田泰公らは、九名の被験者に、ジェット機音、新幹線の鉄道通過音、ピンクノイズを用い、持続時間二〇ないし二五秒の間欠音を聞かせて、各種精神作業に及ぼす影響を調べた。その結果、点灯した標示灯に対応するスイッチを押させる反応時間テストの場合、五〇ないし八〇デシベル(A)の範囲では、無音のときより促進的、覚醒的に作用し、ピンクノイズが著しく促進的であったこと、あらかじめ被験者に記憶させた一〇秒間の時間を再現させるテストの場合、騒音による影響はほとんどみられなかったこと等の結果が得られた。他方で、図形を二〇ないし三〇秒で数えさせる図形数え作業テストの場合、騒音を聞かせることによって数え残しが増し、騒音レベルや頻度の差による影響の違いは検出できなかったが、新幹線騒音では頻度が減少するにつれて成績が向上したこと、全体としてみると新幹線騒音より航空機騒音の方が妨害的であったこと等の結果を得た。
長田は、騒音は、ある程度まで精神作業を促進するが、作業が複雑になったり、長引いたりすると妨害的に働くこと、白色騒音(ホワイトノイズ)やピンクノイズのような非現実音よりも現実音のほうが妨害的であること、間欠音の頻度が増せば妨害度が高まること等が示唆されるとしている。
(イ) 上記の他に、騒音の負荷が作業能率に妨害的な影響を与えるとする数々の実験結果等があり、いずれの実験結果においても九〇デシベル(C)以上の騒音レベルになれば、誤謬の数は有意に増加するとの指摘がみられ、騒音が止んだ後にも作業に及ぼす影響(後続効果)があるとの指摘もある。また、予測可能な騒音と予測不可能な騒音では、後者の方が、作業能率へのマイナスの影響が大きいとする研究結果がある。
他方で、騒音の作業能率に及ぼす影響について、一般的な結論は得られていないともいわれており、ある程度の騒音が作業(特に単純作業)を促進させる効果があるとする報告もある。
また、騒音地域に住む子供の作業能率等への影響については、短期の騒音暴露では知的作業能率に影響を与えていないことを示す研究結果があり、長期の騒音暴露により種々の作業にマイナスの影響を与えるという研究結果がある。
(4) 生活妨害の内容(まとめ)
ア(ア) 以上の認定事実からすると、原告らは、厚木基地を離発着する航空機の騒音等により、会話、電話による通話及びテレビ・ラジオ等の聴取の妨害等の被害を受けている。
また、知的作業に関する騒音の影響は、各種研究結果等によっても必ずしも明らかにされておらず、作業の性質等によって異なるとも考えられるが、少なくとも、一般的に、騒音が読書等の知的活動に対して妨害的に作用することは、経験則上明らかである。加えて、後記のように騒音がもたらす精神的な不快感が、精神の集中や安定を阻害すると考えられるところ、このような状態が知的活動に悪影響を及ぼすことも考えられる。前記の研究結果等も、少なくとも、これに矛盾するものではない。
さらに、会話等の妨害や知的活動の妨害等によって、広義の家庭生活(家族間のほか、親戚や近隣の人々との日常の交流にわたるものを含む。)等に様々な影響が生じることは、経験則上容易に推認できる。
そして、本件におけるコンター内における騒音の実態に鑑みたとき、以上のような被害は、原告らの年齢、性別、同居する家族の構成等によって、いろいろな形をとって現れると考えられるが、原告ら全員に共通して生じているものということができる。
(イ) なお、被告は、航空機騒音は、一過的、間欠的騒音であり、そのピークレベル音の持続時間も短く、そのような被害は短時間の後に回復するから、過大視するべきではない旨主張する。
しかしながら、騒音が発生している時間だけ会話等ができないという直接的な被害が発生するに決してとどまらない。例えば、(ア)の会話等の妨害についてみた場合、原告らの陳述書及び供述等によれば、それまでの話の流れ等が中断される結果、航空機が飛び去った後に、繰り返し同じことを話さなければならず、いらついてしまう、又は会話をやめてしまうといった、いわば後続する被害を発生させており、そのような日常の騒音被害が重なるという、別個の被害を発生させていることが認められる。このようなことは、知的作業の妨害においても同様であって、航空機騒音によるマイナスの心理的影響は、騒音が発生している時間に限られず、平穏が回復した後まで持続し、発展するというべきである。
イ 前記のとおり、乳幼児や児童・生徒等(以下「児童ら」ということがある。)の保育、教育活動は、基本的に会話等を通じたコミュニケーションと様々な知的活動の繰り返しで成り立つものであるから、騒音による会話等の妨害、知的活動の妨害が認められる以上、前記の研究結果等からは、必ずしも明らかではないが、騒音が保育、教育活動に対して悪影響をもたらすことも推認される。また、騒音が、職業生活に対しても、一定の悪影響を生じさせることも否定できない。
この点に関し、上記被害を受けるのは、保育、教育活動については、直接的には児童ら及びこれを保育・教育する親及び教師らであるから、被害の具体的内容に着目した場合は、すべての原告らに共通する被害と言い難い面がある。しかしながら、原告となった多くの児童らにとって、保育・教育を受けることは、日常生活の多くの部分を占めているということができ、これを例外事象として取り上げないことは、同人らの被害の内容を正当に評価しないおそれがある。したがって、児童らが通常受けるべき保育・教育に対する悪影響は、同人ら及びその親等にとっては、日常生活の妨害と評価できる面があり、この限りにおいて、原告らに共通する被害として把握するのが正当である。この点は、職業生活に対する悪影響についても同様である(なお、営業被害を共通被害として肯定したという趣旨ではない。)。
ウ 前記の原告らの訴えにあるように、激甚な騒音によって、クラクションや走行音等が聞こえなくなり、あるいは騒音や飛行状況に気をとられて、交通事故に遭遇する危険があるということも、厚木基地周辺の騒音の実態(特にNLP訓練飛行の際など)に鑑みた場合、一概には、否定することができない。ただし、厚木基地周辺において特に交通事故が多いというような資料が提出されているわけでもなく、具体的な事故について、航空機騒音との因果関係を認めるような証拠も存在しないから、上記の危険は、未だ客観的なものとまでいうにはなお躊躇されるのであり、あくまでも主観的・抽象的な主張ないし訴えにとどまるといわざるを得ない。したがって、これを、原告らに共通する被害であるということはできない。
4 睡眠妨害の有無
(1) 睡眠妨害に関する原告らの訴え
地域別甲2号証によると、多くの原告らが睡眠を妨害されると訴えている。原告らの陳述書及び供述によれば、騒音のために眠れないこと、騒音がやんでからもしばらく寝付かれないこと、騒音によって目が覚めること、一度起きると再び寝付くまでに時間がかかること、騒音によって睡眠が浅くなること、昼間に仮眠を取ることができないこと、深夜や早朝にエンジンテスト音が聞こえてきて、寝付けなくなったり、目が覚めたりすること等、騒音による直接的な睡眠妨害の被害を訴える者が多い。また、これらの睡眠妨害の結果、睡眠不足になること、いらいらすること、体がだるいこと、翌日の仕事に影響すること等を述べる者がいる。
(2) 実態調査等
ア 昭和五七年実態調査(甲15の51)によれば、夜寝つかれない、夜中に目がさめるなど、睡眠妨害に関する訴えを見ることができ、夜寝つかれなかったり、夜中に目がさめることが「かなりある」又は「時々ある」と回答した者の割合は、W値八〇以上の地域で66.2%、W値七〇以上八〇未満の地域で42.1%であった。また、自分を含む家族の中に不眠症の者があるとする回答もみられた。
イ 証拠(甲8の1の2・3、17の1・2・16ないし18)によれば、大和市に寄せられた苦情電話の中にも、夜勤明けで休もうとしてもできない、寝られないなどの訴えがあることが認められる。
(3) 睡眠妨害に関する実験・研究等
ア 証拠(甲15の2ないし4・6・8・10・39(文献番号23・31)・49、89の2)によれば、長田泰公らが騒音の睡眠に及ぼす影響について行った実験研究には、次の(ア)から(エ)のものがあり、同人らは、これにつき(オ)のように結論づけている事実が認められる。
(ア) 五人の被験者に対し、睡眠中に六時間の連続騒音(ホワイトノイズ、工場騒音、道路交通騒音)を聞かせて騒音の影響を調べたところ、被験者はいずれの場合も主観的にはよく眠ることができた旨答えたが、脳波心電図等の検査によれば、四〇ホン(A)でも睡眠深度が浅くなったこと、四〇デシベル(A)よりも五五デシベル(A)の方が騒音の影響が大きく、ホワイトノイズ・工場騒音・交通騒音の順に影響が大きいこと等の実験結果が得られた。
(イ) 男子学生五名に対し、三〇分に一回の割合で四〇ホン又は六〇ホンで、ホワイトノイズ及び高音・低音の機械音による連続騒音(2.5分間)と断続騒音(一〇秒オン・一〇秒オフで、オンタイムの合計を2.5分間)を六時間にわたって聞かせたところ、騒音暴露時間の合計が三〇分程度であるにもかかわらず、前記(ア)の六時間連続して騒音暴露を受けた場合とほぼ同程度の睡眠妨害が生じた。
(ウ) 男子学生五名に対し、午後一一時から翌朝七時までの睡眠中に、途中二時間の休止をおいて前後三時間ずつ、列車と航空機の騒音をピークレベル五〇及び六〇デシベル(A)で計四二回聞かせたところ、睡眠段階が十分深くなるまでに要する時間は、騒音レベルの上昇とともに有意に長くなり、同一条件でピンクノイズを聞かせた場合より、三ないし四倍の長さとなった。
(エ) 男子学生六名に対し、午後一一時から午前二時及び午前三時から六時までの間、各二〇分に一回の割合で新幹線騒音を聞かせたところ、騒音のピークレベルが五〇デシベル(A)以上の場合、有意に睡眠が浅くなった。
(オ) 長田らは、以上の研究結果等から、間欠音であっても、連続音と同程度の影響があるとし、睡眠には連続した静けさが必要であると結論づけている。
イ 甲15の32・33によれば、騒音影響調査研究会による次のような実験研究があることが認められる。
男子学生三名に対し、一七秒間持続する航空機騒音(六五、七五又は八五デシベル(A))を不定間隔で二〇ないし三〇回、夜間八時間にわたって聞かせたところ、騒音を暴露した場合は、暴露しなかった場合に比べて、全睡眠時間に占める深い睡眠段階の割合が減少し、浅い睡眠段階の占める割合が増加した。また、騒音の暴露によって、被験者が覚醒し又は被験者の睡眠段階が浅くなる反応が見られ、騒音レベルが上昇するにつれてより深い睡眠深度においても上記反応が出現した。レム睡眠時においては、その特徴である急速眼球運動が各騒音レベルにおいて抑制された。さらに、不快の情動変化を示す表情筋の放電も各レベルの騒音で出現した。
男子学生八名に対し、上記と同様の方法で実験したところ、ほぼ同様の結果がみられたが、刺激夜の回数を重ねるにつれて、深い睡眠段階が全睡眠時間に占める割合が増加し、騒音を暴露しなかった場合に近づく傾向を示したこと、騒音を暴露した場合、一夜の記録中、覚醒及び各睡眠段階の出現回数の平均が増加し、各睡眠段階の持続時間の平均は短くなり、騒音暴露により睡眠の深度が変わりやすいこと等の結果も得られた。
ウ 長田泰公は、その論文(甲15の49)において、それまでに行われた実験や現地測定の結果、間欠音が睡眠に与える影響については、Leq(等価騒音レベル)のような騒音の平均レベルのみではなく、ピークレベルにも注目する必要があるところ、睡眠妨害が脳波等の測定に出現するレベルは連続音では、Leq四三ないし四七デシベル(A)であり、飛行機等の間欠音ではピークレベル五〇デシベル(A)であるとしている。
また、証拠(甲15の2ないし4・10・32・49)によれば、長田は、覚醒時に比べると睡眠時には騒音への馴れが起こりにくいとしており、それを裏付ける国内外の実験結果があること、日中の騒音が夜の睡眠に影響するという報告があること、四〇ないし四五デシベル(A)程度の騒音で睡眠妨害となり得るとする相当数の報告があること、浅い睡眠状態であれば、六五デシベル(A)程度の航空機騒音で覚醒することがあり、より深い睡眠状態であっても、八五デシベル(A)の航空機騒音で覚醒したとの実験結果があること、また、中等度の深さの眠りであっても五〇ないし六〇ホン程度の騒音で覚醒したとする報告があることが認められる。
(4) 睡眠妨害(まとめ)
ア 騒音によって睡眠が妨害されることは、経験則上明らかである上、前記各実験結果等によれば、深い睡眠を確保することに困難が伴うというような睡眠への影響は、本人の自覚的なものではないにしても、科学的には四〇デシベル(A)程度の騒音によって既にみられるところであり、音圧レベルがより高くなるにつれて、その影響は大きくなるということができる。
イ この点について、被告は、夜間は航空機の飛行が制限されていること、室内は窓・壁等の遮音効果(防音工事の実施によりその効果は高まる。)があること等から、厚木基地周辺で睡眠妨害が生ずるとは考えられない旨主張する。
しかしながら、原告らの陳述書及び供述並びに自治体騒音測定データ等によれば、原告らが居住する厚木基地周辺では、相当のピークレベルを持つ騒音が発生していること、また、夜間(特に睡眠時間帯とみられる時間帯)においても、なお、七〇デシベル(A)以上の航空機騒音が相当程度発生しており、地上音(エンジンテスト等)も発生する事実が認められる。後記のように、窓の遮蔽等による遮音効果は一〇ないし三〇デシベル(A)程度と考えられるから、仮に、窓を閉め切った状態であっても、室内で睡眠妨害がない程度の静けさ(四〇デシベル(A)未満)が保たれているということはできず、むしろ、たびたびそれを超えるレベルの騒音が発生していることが認められる。航空機騒音による睡眠障害への影響の程度及び頻度は、個人差があり、また、居住地、生活態様(特に睡眠をとる時間帯の違い)等によって異なるものであり、被告の主張するような事情によって、その影響が緩和されることが認められるが、前記認定事実に鑑みれば、原告らが共通の被害としてある程度の睡眠妨害を受けていると認めることができ、これらの睡眠妨害が、疲労の回復を阻害し、日常生活に様々な支障や精神的心理的影響を及ぼすこともあるというべきである。
5 聴覚被害(難聴、耳鳴り)の有無
(1) 聴覚被害に関する原告らの訴え
原告らの陳述書及び供述によれば、原告らの中には、聴力が低下したと訴える者、耳鳴りがすると訴える者がおり、中には医師から難聴であると診断を受けたという者、これらの症状と航空機騒音との間に因果関係があると思われるとする者、難聴になるのではないかという不安を訴える者がみられる。
(2) 昭和五七年実態調査
証拠(甲15の51)によれば、昭和五七年実態調査において、難聴、一時的聴力低下、耳鳴り、耳の痛み等の訴えがあり、耳が痛いとか耳鳴りのすることが「かなりある」又は「時々ある」と回答した者の割合は、W値八〇以上の地域で34.9%、W値七〇から八〇の地域で21.2%であったことが認められる。
(3) 騒音が聴覚に与える影響に関する医学的知見等
争いのない事実に加え、証拠(甲15の2ないし5・7・37・50・51)及び弁論の全趣旨によれば、騒音が聴覚に与える影響に関し、次のとおり認められる。
ア 騒音性難聴
(ア) 騒音と難聴との一般的関係
騒音に長年暴露されていると耳が遠くなることは、騒音の強い職場の職業病の一つとして古くから知られており、騒音性難聴と呼ばれる。騒音によって聴力障害が生じ得ることは経験的にも認められており、この点について当事者間に争いはない。
(イ) 老人性難聴との相違
騒音性難聴は、四〇〇〇ヘルツを中心に聴力低下を起こすことが特徴である。この四〇〇〇ヘルツの部分は音階の上でC5に相当するところ、騒音性難聴の場合、周波数ごとに調べた聴力検査の結果、C5付近に深い谷が形成されることから、同難聴は、C5dip型と呼ばれ、この点で四〇〇〇ヘルツより高い周波数から進行する老人性難聴と相違する。
(ウ) 一時的聴力損失との関係
騒音性難聴は、永久的聴力損失(永久的閾値移動、NIPTS又はPTS)ともいわれる。これに対し、聴力の低下(閾値の移動)には、回復可能な一時的聴力損失(一時的閾値移動、NITTS又はTTS)といわれるものもある。
両者の関係につき、激しい騒音にさらされた場合には、耳に何らの生物学的欠陥がなくても、回復可能なTTSが起こり、これが繰り返されるとPTSを生ずるとされている。そのメカニズムについて、山本剛夫は、騒音暴露によって内耳の蝸牛内の酸素消費が高まり、局所的な酸素欠乏症の状態になることがTTSの原因であって、このような状態を常習的に長期間繰り返すことによって、聴細胞である毛細胞等の器質的変化に達し、PTSを発生させるので、PTSの発生の前にTTSが生ずることが前提であり、これは定説であるとしている。
米国陸軍の諮問に対する米国科学アカデミー聴覚・生物音響学・生物力学研究委員会(CHABA)の答申によれば、同一騒音に八時間暴露され、暴露中止後二分経過した時の聴力の閾値を測定し、騒音負荷前の閾値より上昇している値を算出した場合、この値(TTS2)は、一日八時間の騒音に一〇年間暴露された後のPTSにほぼ等しいとされている(TTS仮説)。なお、TTSにより、当該騒音を引き続き長年聴いた場合のPTSの発生を集団的に予測できるとされているが、特定個人についてこの予測を行うことは一般には困難であると考えられている。
イ 耳鳴り
耳鳴りは、外界から正常な音の刺激がないにもかかわらず、耳あるいは頭蓋内に音が感じられる状態をいう。耳鳴りについては、まだ不明な部分が多いが、一般に内耳の刺激症状として障害の初期に難聴に先行して現れることが多いとされている。
(4) 騒音と聴力との関係についての調査、研究等
ア 山本剛夫らの実験
証拠(甲15の9ないし11)によれば、次の事実が認められる。
山本剛夫らは、昭和四五年から四八年にかけて、録音した航空機騒音を用いて、二分又は四分に一回の割合で、約八時間、被験者を騒音に暴露させ、四〇〇〇ヘルツのTTSの発生の有無・程度を調べる実験を行った。その結果によると、一〇〇デシベル(A)の騒音(二分に一回)を一六回暴露させたときに五デシベル(A)以上、八三デシベル(A)の騒音(二分に一回)を一六〇回暴露させたときに四デシベル(A)のTTSが発生した。同人らは、この研究の結果から、騒音暴露時間(暴露回数)が多くなるに従いTTS発生が増加する(総暴露時間の対数に対し、ほぼ一次式の関係でTTSが増加する)こと、暴露頻度が同じ場合は騒音のピークレベルが高いほどTTSの値が大きいこと、TTSを生じさせない限度のレベルは、七〇から八〇デシベル(A)の範囲にあること等を結論づけている。
イ 児玉省の調査
証拠(甲15の6・36・37・39(文献番号216))によれば、次の事実が認められる。
(ア) 児玉省は、前記のとおり、昭和三九年から昭和四五年にかけて横田基地周辺における航空機騒音の様々な影響の研究を行なっているところ、この中で、同基地周辺の騒音地区にある小学校(拝二小)と同基地を離発着する航空機の直接的な影響を受けない東小学校(以下「東小」という。)において、小学校四年生及び六年生を対象に聴力検査を行った結果、拝二小の児童は、東小の児童に比べて全般的に聴力損失が大きいこと、拝二小の児童では、四〇〇〇ヘルツでの聴力の損失が東小の児童より中央値で7.8デシベル大きく、四〇〇〇ヘルツの聴力損失が大きい者(いわゆるC5dip型を示す者)が全体の三分の一から二分の一に及んでいること等が明らかになった。
(イ) 児玉の研究では、成人についても、航空路直下で騒音の激しい堀向地区、航空機騒音はそれほどではないが路面騒音の激しい東中神地区及び航空機騒音の影響を受けない青梅地区において、年齢別に聴力を測定したところ、二五歳から三五歳までの年齢層については、青梅地区では聴力損失がほとんどないのに対し、堀向及び東中神地区ではその傾向がみられ、東中神地区が最も大きいこと、三六歳から四五歳までの年齢層については、堀向地区における聴力損失が最大であること、四六歳から五五歳までの年齢層については、各地区で四〇〇〇ヘルツの損失がみられるが、青梅地区と比較すると堀向及び東中神地区では特に聴力の低下が大きいこと等の結果が得られた。
(ウ) 児玉は、上記の各調査結果から、児童については、直ちに難聴ということはできないが、一時的聴力損失(TTS)が生じているとみるべきであるとし、成人の場合については、過去十数年間の航空機騒音が原因となって聴力損失を起こした可能性が充分にあるとしている。
ウ その他の研究
証拠(甲15の7・8・48・50、16の11)及び弁論の全趣旨によれば、騒音と聴力との関係について、その他に、次のような報告等があることが認められる。
(ア) 米国環境保護庁(EPA)が、一九七四年三月に公表した「公衆の健康と福祉を十分な安全幅で保護するために、達成と維持が必要とされる環境騒音レベルに関する情報」によれば、四〇〇〇ヘルツ付近で五デシベル以上のPTSが生じないようにする騒音レベルは、四〇年間にわたり一日八時間(年間二五〇日とする。)の騒音を暴露するという条件のもとで、Leq(8h)七三デシベル(A)であるとしている。さらに、EPAは、暴露時間を一日二四時間、一年間三六五日として換算し、間欠騒音であることから必要となる補正をした場合、上記値はLeq(24h)71.4デシベル(A)となるとし、統計誤差と安全性を加味した上で、一般国民の聴力保護のための環境騒音レベルをLeq(24h)七〇デシベル(A)としている。これは、W値に換算するとほぼW値八五に相当する。
(イ) その他に、一日八時間労働の場合に、一〇年勤続しても難聴を起こさないための許容値は、通常九〇デシベル(A)であるとされており、衝撃音ではより危険が高いこと、七〇デシベル(A)位から難聴発生の危険があるとする研究もあることを指摘する文献がある。
(5) 聴覚妨害の有無(まとめ)
ア 前記のとおり、地域も異なり、調査時期も古い実態調査等におけるものではあるが、被調査者から、難聴、耳鳴り、その他の聴覚に関する障害等(以下「難聴等」という。)についての訴えがある。また、それらの各種の実験・調査等の中には、一定の騒音の継続的暴露によって、難聴の発生する可能性を裏付けると思われるものもみられる。
イ そうすると、厚木基地周辺における航空機の飛行の状況、原告らの居住位置によっては、何らかの聴覚障害を生じさせる可能性が全くないとはいい切れないと思われる。そして、原告らの中には、現に難聴等を訴える者がある。
ウ しかし、難聴等を訴える原告らの中には、医師の診断を受けていない者も多く、診断書等の客観的資料がないため、その症状の存在及び程度は必ずしも明らかではない。そして、一定の聴力閾値の上昇の程度自体を知る資料がないから、その認定は不可能であるといわざるを得ない。
この点を措くとしても、難聴の原因には騒音のほかにも年齢によるもの等様々なものが考えられ、発症の個体差も大きい。
そして、間欠的騒音の場合、静穏時にある程度聴力が回復されると考えられるところ、厚木基地における航空機騒音の頻度あるいは密度は、米軍空母の横須賀入港時とそれ以外の時、NLPの実施時とそれ以外の時とでかなり差があり、航空機騒音による一時的聴力損失(TTS)があってもその聴力回復の有無、程度等も容易に把握できない。
エ したがって、前記の各種実験・調査等の存在にもかかわらず、難聴の発生を一般的に推認することはできず、個別的にその存在、原因、航空機騒音との因果関係を検討していかなければならない。すなわち、難聴の被害は、一定の騒音に暴露される地域を類型的に把握した上、定型的に認定できるような被害ではなく、共通の被害としてこれをとらえることができない性質のものである。
また、耳鳴りについても、基本的には難聴の場合と同様に解されるが、これについては、医学的に解明されていない問題点も多く、本件においても、耳鳴りの被害の程度や性質を個別に判断するだけの資料はなく、客観的に把握することは困難であり、これを定型的な共通の被害として認定することはできない。
結局のところ、難聴等の聴覚被害については、性質上、原告ら個別の主張・立証が必要であるところ、その主張立証はされておらず、これを原告ら共通の被害として認定することもできないというべきである。
6 聴覚以外の身体的被害の有無
(1) 高血圧、頭痛、消化器障害等の有無
ア 高血圧等の身体的被害に関する原告らの訴え
原告らの陳述書及び供述によれば、原告らの中には、騒音によって、高血圧、頭痛、不眠症、食欲不振、消化器障害等の身体的被害(以下、これらをまとめて「高血圧等の身体的被害」ということがある。)を発症したことを訴える者があることが認められる。
イ 昭和五七年実態調査等
(ア) 昭和五七年実態調査(甲15の51)の対象者の中には、血圧が高い、頭痛・胃痛がする、肩凝りがする、貧血・めまいがある、女性生理の変調があるなどを訴える者があり、頭が痛いとか重いことが「かなりある」又は「時々ある」と回答した者の割合は、W値八〇以上の地域で47.3%、W値七〇以上八〇未満の地域で30.9%、食欲がなくなったりすることが「かなりある」又は「時々ある」と回答した者の割合は、W値八〇以上の地域で24.3%、W値七〇から八〇の地域で13.9%であった。また、妊産婦への影響につき、自分又は家族の「母乳が出なくなる」とする者があった。
(イ) 証拠(甲8の1の2・3、17の1・2・16ないし18)によれば、周辺自治体に寄せられた苦情電話の中にも、病気になる、頭痛・めまいがする、血圧が上昇している、どきどきするなどを訴える者があることが認められる。
ウ 騒音と身体的影響とに関する調査、研究等
(ア) 騒音が生理機能に及ぼす影響の仕組み
甲15の1ないし8の文献中において、長田泰公は、騒音が生理機能に及ぼす影響のメカニズムに関して、次のように説明している。
騒音は、精神的心理的ストレスをもたらし、内臓の働き等を調節する自律神経系の交感神経の緊張を引き起こし、呼吸促進、脈拍数の増加、血圧の上昇、皮膚血管の収縮、発汗、唾液や胃液の分泌現象、胃腸運動の抑制、瞳孔の拡大等を生じさせる(自律神経系を介しての影響)。また、交感神経の緊張は、下垂体副腎皮質系のホルモン分泌を起こす引き金の役割を演じ、ホルモンのアンバランス等を生じさせる(下垂体副腎系を介しての影響)。このような一連の反応は、騒音ばかりではなく、寒さ、痛み、けが、精神緊張でも見られるものであり、騒音が精神的心理的ストレスとして働く結果起こる非特異的で間接的な反応である。
(イ) 実験・研究結果等
甲15の2ないし8・12ないし14・39(文献番号166、181、299)・43ないし47の文献には、騒音が身体の各器官等に及ぼす影響に関する実験・研究結果等として、以下のような記載がある。
a 騒音と脈拍変動、血圧上昇等とが関連するという実験・研究結果として、次のようなものがある。
木村政長らが九〇デシベル(A)の騒音をウサギに聞かせる実験を行ったところ、騒音によって呼吸数が増すが、実験を繰り返すと七日目に至って増加率が減るという結果が得られ、騒音への順応が見られた。また、石橋圭之輔が行ったウサギにブザーを聞かせる実験によっても、呼吸数の八〇%の増加と血圧の二〇%の上昇という結果が得られた。
ジャンセンらは、子供に約九〇ホンの騒音を聞かせた場合、指先の血管が収縮し、脈波振幅が小さくなるという実験結果を得ている。長田泰公は、正常な人の場合、騒音で血圧が上昇するという反応は、よほど大きな音でないと難しいと思われるが、高血圧患者については、二〇〇〇ヘルツ・九〇デシベルの音を三〇分間聞かせると、著明に血圧上昇が起こるとする。
b 心理的、身体的ストレスと胃腸障害との関係については、古くから論じられているが、騒音と胃腸等の障害について、次のような動物実験等による報告がある。
キムは、一〇〇から一二〇デシベル(A)のジェット機のエンジンテスト音を三〇ないし六〇分間聞かせたときの人の胃袋の運動曲線を調べたところ、騒音開始後しばらくして被験者の正常な胃運動が止まり、騒音を中止しても三〇分間は回復しなかったという結果が得られた。そして、上記騒音の暴露によって、被験者の胃液の分泌が三分の二に減り、その状態が三〇分続いたこと、騒音により被験者の三分の二では胃酸が増え、被験者の三分の一では胃酸が減ったことが確認された。また、ネズミに対して実験的に胃潰瘍を作り、その過程で騒音を聞かせたところ、胃潰瘍の発生率、重症度が増加したという結果が得られた。キムは、これらの胃液分泌の変化、胃運動の抑制、胃潰瘍の悪化は、騒音による下垂体の副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)分泌亢進と交感神経緊張が原因であろうとしている。
そのほか、イヌ、ウサギ、ラット等を用いた実験によって、騒音による胃液の変化、胃の収縮回数の変化、十二指腸潰瘍の発生等が報告されている。
c 騒音により、交感神経が緊張し、アドレナリンが分泌されると、これがきっかけになって下垂体から副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)が分泌され、副腎皮質を刺激して、副腎皮質ホルモンの分泌を高めると考えられており、これに関する実験・研究結果が多数報告されている。
有薗初夫らは、ラットに騒音を暴露する実験を数回にわたって行っているところ、その結果、騒音は七〇デシベル以上になると、副腎皮質を刺激し副腎皮質ホルモンの分泌をもたらすが、繰り返し長期間騒音を暴露すると適応現象が出現するとしている。また、長田泰公らは、二〇歳台と四〇歳台の男女に対して、航空機騒音・列車騒音・パイルハンマー打撃音を聞かせる実験を行ったところ、交感神経系の緊張と下垂体副腎系の刺激状態が生じたことを示す結果が得られ、騒音の中では航空機騒音の影響が最も大きく、男子よりも女子、二〇歳台の方がより強い影響が現れた。
他方で、一定レベルの騒音を暴露することによって、副腎皮質ホルモンの分泌が減少するという実験結果もいくつか報告されており、長田泰公は、騒音がある程度大きいと副腎皮質ホルモンは増加するが、騒音が限度を超えると減少に転じるとしている。そして、その原因については、騒音によって下垂体系に何らかの障害が引き起こされるとする見解と、視床下部等の活動が抑制されるとする見解があるが、結論は出ていない。
d 騒音は、交感神経の緊張やホルモンの分泌等の影響を生じさせることから、心身や出産、さらに乳児の発育にも影響を与えることが考えられ、この点についても、動物実験による受胎率、出産率及び生存率の減少、出産時の体重減少等が報告されている。
エ 生活妨害と身体的影響との関係
証拠(甲15の16・23・25・26)によれば、次の事実が認められる。
山本和郎は、昭和五七年から同五九年、及び同六三年から平成元年にかけて、東京都の委託に基づいて、東京都の環状七号線沿線住民に対する調査をし、道路公害による生活混乱と健康状態について分析を行った。同人が、生活混乱について、従来の調査に基づいて整理したトラブルイベント項目(例えば「会話が途切れることがある」「電話がうまく聞き取れない」「窓をあけた暮らしをしたいと思うができない」等である。)を用い、健康状態について、日本版CMI(被験者の心身両面の自覚症状の調査及び神経症程度の測定を目的とした質問紙法テスト)から、心臓脈管系、疲労度、疾病頻度に関する質問項目を用いて調査した結果、両者の間に有意に高い相関がみられた。同人は、この結果から、トラブルイベントの認知量が多い人には不健康状態が多いことが推論されたとする。
オ 高血圧等の身体的被害の有無(まとめ)
(ア) 原告らの訴え及び実態調査等によれば、厚木基地周辺の住民の中に高血圧等の身体的被害を訴えている者があることは前記のとおりである。そして、騒音からそのような症状が生じ得るものであり、その生理的メカニズムについては、専門家から一応の説明がされているというべきである。
したがって、一般的には、騒音等によってもたらされる生活妨害が、健康被害を引き起こす可能性もあるといえるのであり、原告らの上記訴えは、全く根拠のないものではない。
(イ) しかしながら、厚木基地周辺において、高血圧等の身体的被害の存在、程度等を客観的に認定することができる証拠は提出されていない。そして、騒音が健康に及ぼす影響は間接的・非特異的なものであり、他方で騒音以外にも多様なストレスの原因が考えられる。そうすると、航空機騒音と高血圧等の身体的被害との因果関係を肯定することは困難であるというのが相当である。また、仮に、ある程度の因果関係を肯定することができたとしても、すべての原告らについて、あるいは多くの原告らに定型的なものとして、騒音によって、そのような身体的被害があると認めることはできないから、これを原告らに共通する被害として認定することはできない。
(ウ) ただし、原告らは、その居住位置や時期によって、程度の違いはあるものの、厚木基地周辺において、現実に長期にわたって相当の騒音にさらされているから、原告らにストレスを生じさせる諸要因のうち、騒音の占める割合は決して小さくないと考えられる。そうすると、厚木基地に離着陸する航空機に起因する騒音等が、原告らの健康に何らかの悪影響を及ぼす危険性があることは否定することができない。原告らは、前記のように身体的被害を訴えるほかに、そのような被害を受けることに対する不安・恐れを訴えているところ、そのような不安等は、原告らに共通する精神的苦痛の一つとして考慮する必要があるというべきである。
(2) 乳幼児、児童、生徒の発育に対する影響の有無
発育に対する影響のうち、主に学習面に関する影響については、生活妨害の有無として前記3で言及したため、ここでは身体面及び精神面の発育について検討する。
ア 乳幼児、児童、生徒の発育に対する影響に関する原告らの訴え
原告らの陳述書には、乳幼児や子供達の発育に関し、騒音により発育上良くない影響を様々に受けていること、ひきつけを起こして苦しんだこと、子供の聴覚を鈍くするのではないかと心配していること、騒音のため落ち着きがないこと等の訴えがみられる。
イ 昭和五七年実態調査等
(ア) 昭和五七年実態調査(甲15の51)の結果中には、厚木基地周辺の住民には、騒音による母体への悪影響、異常出産、青少年の粗暴化・不良化の助長、子供の落ち着きのなさ等を被害として訴える者や、子供のきげんが悪い、飛行機の音におびえたり泣いたりする、うるさくてよく目を覚ます、かんが強くなるなどと訴える者がいるとの記載がある。
(イ) 証拠(甲8の1の2・3、17の1・2・16ないし18)によれば、周辺自治体に寄せられた苦情電話の中にも、子供がひきつけを起こす、子供が寝られないなどの訴えがみられるとの事実が認められる。
ウ 調査研究等
証拠(甲15の7・32ないし37・39(文献番号216)・52、89の3ないし8)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(ア) 高橋悳らによる昭和四〇年及び同四一年厚木基地周辺調査
高橋悳らは、神奈川県の委託を受けて、昭和四〇年及び同四一年に、アンケート調査を行い、厚木基地周辺の乳幼児、児童、生徒らに対する航空機騒音の影響を調べた。
この調査により、高橋らは、①乳幼児の発育には、騒音の影響は見られなかったが、騒音地域では未熟児の出生率が高かったこと、②騒音が身体の発育(特に体重の増加)に悪影響を及ぼし、女子より男子に、低学年生徒より高学年生徒に強く影響を及ぼしていること、③騒音と血圧の関係については、はっきりした結果が得られなかったこと、④フリッカー値は、厚木基地の滑走路に近い地域の生徒、特に男子高学年生徒が低かったこと、⑤聴覚性発声反応時間(刺激音が聞こえてから「ア」と発音するまでの時間)は、飛行場に近接した地域に居住する小学六年生につき、成長に伴う反応の正常な発達が阻害されていたこと等の結果が得られたとしている。
ただし、この調査研究は、かなり古い時期に行われた調査である上、地域区分が必ずしも騒音量(W値)を反映するものになっておらず、調査対象者数が少なく、地域区分ごとの対象者数も均衡を欠いているなどの問題がある。また、特に身体的成長については、低学年の男子では統計的に有意な差異がなく、女子では逆に騒音地域の方がより発育状態が良いことを示す結果もあり、この調査結果から直ちに騒音が悪影響を及ぼしていると結論付けることはできない。
(イ) 騒音影響調査研究会による大阪国際空港周辺調査
騒音影響調査研究会は、大阪国際空港周辺の乳幼児、児童、生徒等について、昭和四四年から同四六年にかけて調査を行い、次のような調査結果を報告している。
全市域が大阪国際空港の騒音領域にあった伊丹市において、ジェット機就航後(昭和四〇から同四二年)に出生した子三〇〇〇人を対象に調査した結果、他の地域と比較して、出生時平均体重が軽いこと、W値九〇以上の地域では、未熟児及び低身長児の出生率が高かったことが認められた。同報告は、胎児の発育が妨げられた原因について、騒音によって母体のホルモンの変調を来たし、これが妊娠中毒症の増加を招いたこと、騒音によって血液中のコルチコイドが増加したこと等が考えられるとしている。
さらに、上記期間に出生した子について、幼稚園に入園した時点で発育状況を調査したところ、伊丹市内に生まれた者(一八六九名)及び生後同市内に転入した者(一二〇六名)の平均体重及び身長が、周辺都市の子供に比べて低かったという結果が得られた。同報告は、幼児の発育が騒音によるストレスによって抑制されているためであり、その原因の一つは、騒音により副腎皮質から分泌されるコルチコイドによると考えられるとしている。
また、妊娠初期五か月までに騒音地域に転入した母親から生まれた乳児(生後一年以内)は、騒音によって睡眠を妨げられることが少なかったが、それ以後に転入した母親から生まれた乳児は、騒音によって睡眠を妨げられる者が多かったと報告されており、乳児の睡眠中における航空機騒音への反応は、母親が騒音地域に転入する時期に左右されるとされている。
(ウ) 安藤四一らによる大阪国際空港周辺調査
安藤四一らは、前記(イ)の騒音影響調査研究会の調査に引き続き、昭和四七年から同五〇年にかけて、大阪国際空港周辺で乳幼児等について調査を行い、次のように報告している。
出生後二か月ないし四か月の乳児の航空機騒音に対する自然睡眠中の反応について、指尖容積脈波を記録して客観的に検査したところ、前記(イ)の調査結果と同様、母親の騒音地域への転入時期によって騒音に対する乳児の反応に差が見られた。
大阪国際空港周辺(騒音群)において、母体のヒト胎盤ラクトーゲン(一定の時期に一定の量が分泌されない場合には、胎児が危険であるとされる。)の分泌量を測定し、航空機騒音のない対照群(神戸地区)と比較したところ、①妊娠三〇週以降において、騒音群の方が少なくなる傾向であり、特に妊娠三六週以降、その傾向が顕著である、②妊娠三〇週以降において、胎児に危険を及ぼす数値を示す者の割合が騒音群で多くなるなどとしている。
(エ) 児玉省による横田基地周辺調査
児玉省は、横田基地周辺の住民について調査したところ、昭和四二年から同四四年までの横田基地周辺の未熟児出生率は、昭和四四年を除き対照病院(立川病院)より高かったこと、基地周辺の未熟児には騒音に対し敏感な反応をする者が多かったこと、昭和三六年における三歳児の検診の結果、身長・体重で全国平均を上回ったこと、昭和四〇年四月における基地周辺の小学校生徒の身長は、低学年でやや低いが、高学年では対照校と差がなく、体重にも差がなかったこと、乳幼児の平均発達指数は、周辺地区の方が対照地区より低いが、一般的平均にはあったこと等の結果が得られたと報告している。
また、同人が拝二小等の小学生を対象に行った心理的諸検査において、騒音地区にある拝二小の小学生は、握力検査では途中放棄群が多く、努力群が少ないこと、語彙連想検査では快・不快等の感情的内容を持った反応が著しく多く、また、願望要求を示す反応が多く、感情的不安及び攻撃的傾向が強いという分析結果が出たこと、内田・クレペリン加算作業では対照地区と差がないこと、情緒不安検査では自己不安が高く、身体不安は普通であり、対人不安・家庭不安・社会不安が高く、攻撃性が高いこと、ロールシャッハ検査では情緒的不安・攻撃性・衝動性傾向が強く、全体として航空機に結び付く反応が多いこと等の結果を得た。
エ 乳幼児の発育への影響(まとめ)
乳幼児等の親である原告らが乳幼児の発育に関し、騒音の様々な影響を訴えていること及び厚木基地周辺の調査結果においても、同様の訴えがみられることは、前記認定のとおりである。また、前記のとおり、出生児・乳幼児等の成長に騒音の影響があることを示唆する研究結果もある。
しかしながら、前記各調査等においても、必ずしも統計的に有意な数値が現われているわけではなく、マイナスの影響をもたらすと説明することが困難な数値もある。
また、発育に影響する因子は様々であって、騒音が身長、体重に影響を及ぼす生理的メカニズムについては、必ずしも十分に明らかになっているわけではない。特に、航空機騒音が乳幼児等の発育に与える影響については、未だ明確にされているとはいえない。しかも、原告らの主張は、乳幼児等、あるいは子供ら一般に関し、その発育への心配、不安、危惧等を述べるものであって、原告らに固有の身体的被害につき具体的に主張したものではなく、これを裏付ける客観的な証拠は提出されていない。
したがって、乳幼児等の発育に関する被害としては、原告らが乳幼児等の発育あるいは情緒面に与える影響を憂慮するという、精神的側面での被害としてとらえることはできるが、それ以外には被害は認められない。
(3) 療養に対する妨害の有無
ア 療養の妨害に関する原告らの訴え
原告らの陳述書及び供述において、相当数の原告らが、病気のときに、航空機騒音によって安静が妨げられ、いらいらしたり、頭痛がしたり、眠れないなどのつらい思いをしたとしている。また、相当数の原告らは、体調が弱っているときには、航空機騒音は耐え難いと訴えており、一部の原告らは、高血圧症・不整脈等、心筋梗塞や脳梗塞を患っているところ、騒音の影響を懸念している。医師の立場から、騒音によって血圧が上がる、安静が妨げられるなど、患者の療養・治療に悪影響があると訴える原告がいる。
イ 昭和五七年実態調査
昭和五七年実態調査(甲15の51)の住民アンケート調査において、飛行機の騒音が病気の人の療養生活に「かなり影響がある」又は「多少影響がある」と回答した者の割合は、W値八〇以上の地域で87.8%、W値七〇から八〇の地域で74.5%であり、その理由として、多くの者が、睡眠妨害等により安静を保てない、いらいらするため病状がよくならないとしている。
ウ 療養についての妨害の有無(まとめ)
前記のとおり、航空機騒音は、地域によっては健康人に対しても睡眠妨害をもたらし、共通被害とはいえないものの身体の諸器官やホルモン分泌に影響を与え得るものであり、それらは後記のように、精神的被害をもたらす。そして、病気等の療養には、身体的安静のみならず精神的安静が必要であることはいうまでもない。したがって、これらを考慮した場合、厚木基地における騒音が病気等の療養に対して悪影響を及ぼすことは、十分に考えられるところである。
しかしながら、療養等に対する妨害は、病気の種類、療養の内容等によって異なり、妨害の程度もそれに応じて様々であると考えられる。さらに、本件における原告らの多くが定型的に病気の療養をしているとの事実があるわけではない。したがって、療養妨害を共通被害として認定することはできない。
7 精神的被害の有無
(1) 精神的、心理的、情緒的被害(以下では、区別せずに「精神的被害」という。)に関する原告らの訴え
ア いらいら感・恐怖感等
地域別甲2号証において、原告らのほぼ全員が、騒音及び騒音に基づく聴取妨害等によっていらいらすることがあると訴えている。また、原告らの陳述書及び供述において、航空機騒音によって不安、恐怖等の感情を訴える者が多く、いらいらしてわめき散らすこと、心臓が苦しくなるような気がすること、遠くから騒音が聞こえてくると、近づいてくると思い、身構えてしまうこと、飛行機のパイロットが目で見えるほどの低空飛行に恐怖を感じること、NLPの時には家族全員が地獄のような苦しみを味わうこと、NLPの通告を新聞で読むと、気分が重くなること等を訴える原告らがある。また、自己の戦争体験に重ね合わせて、精神的苦痛を訴える者もみられる。
イ 航空機事故及びその危険に対する不安
(ア) 県内における米軍機の事故は、平和条約発効後の昭和二七年四月から平成一二年一二月までに、一九九件に及んでおり、その内訳は、墜落事故六二件、不時着五〇件、落下物五七件、その他(オーバーラン、燃料放出等)三〇件である。特に昭和二七年から同四〇年までは、毎年一ないし八件の墜落事故が発生している。また、現在までに数度にわたって、航空機の墜落等に伴い、住民に多数の死傷者を出す事故が起きており、コンター内の最大の事故としては、昭和三九年九月に起きた大和市の舘野鉄工所への墜落事故があり、五人の従業員等が死亡、三人が負傷、家屋四棟が全壊という悲惨な事態となった。昭和六三年以降、墜落事故の報告はないが、なお、近時においても平成九年六月二四日には、デモフライトのリハーサル中、パラシュート隊員が基地外(大和市福田他)に着陸し、家屋の一部を損壊させた事故、同年一二月一八日には、F/A―18ジェット機からの物品落下事故、平成一〇年六月一八日及び同年九月二八日には、UH―1ヘリコプターの不時着事故、平成一三年九月二八日には、F/A―18ジェット機のオーバーラン等が発生している。
これらは、いずれも住民らに大きな被害をもたらした事故ではないが、その危険性のある事故であるといわなければならない。
(イ) また、このような事故の発生は、過去に深刻な被害をもたらした事故を常に想起させ得るものであり、原告らの陳述書の中には、上記舘野鉄工所の事故等について言及した上で、事故に対する恐怖・不安を述べるものもある。なお、平成一〇年八月二八日には、相模原市上空で、民間旅客機に米軍機(FA―18)と思われる航空機が異常接近したという報道がなされ、県外において、厚木基地所属の米軍機が起こす事故(ヘリコプターの不時着事故等)も多数あるところ、これらも直接的には厚木基地周辺での事故と結びつかないが、原告らに軍用機の事故の危険性を意識させ、不安を感じさせるものである。
(以上(ア)(イ)につき、甲8の1の86、31の254、35の一八三頁、57の1、60、75の11・19・23ないし25・37及び弁論の全趣旨)
(ウ) 現に、地域別甲2号証において、大半の原告らが、航空機の飛行時に、航空機墜落等の不安・恐怖を感じると訴えており、航空機騒音から過去の具体的な墜落事故を想起し、怖くなると訴える原告らも多い。なお、原告らの中には墜落事故を目撃した者らもいるため、そのような原告らにとって、その恐怖はかなり現実味を帯びたものであると推認できる。
(2) 昭和五七年実態調査等
ア 昭和五七年実態調査(甲15の51)の結果においては、いらいらする、腹が立つ、墜落の危険・不安を感じる、ノイローゼになるなどの訴えがみられ、いらいらしたり腹が立つことが「かなりある」又は「時々ある」と回答した者の割合は、W値八〇以上の地域で83.5%、W値七〇以上八〇未満の地域で六八%であった。また、飛行機の音が怖いと思うことが「かなりある」又は「時々ある」と回答した者の割合は、W値八〇以上の地域で70.6%、W値七〇以上八〇未満の地域で67.3%であった。
そして、甲35によれば、平成一二年環境調査時の住民に対する意識調査において、「イライラしたり腹が立つ」と思う住民の割合が、W値八〇以上の地域で71.9%、W値七五以上八〇未満の地域で61.2%に及んでおり、昭和五七年実態調査に比べると若干減少しているが、依然、高い割合に及んでいることが認められる。
イ 甲8の1の2・3、17の1・2・16ないし18によれば、周辺自治体に寄せられた苦情電話の中にも、うるさくていらいらしている、ノイローゼになりそう、低空飛行で怖い、墜落しそう、気が狂いそうだなどの訴えがあることが認められ、中には、わめき散らす、どなるなど感情的なものがあることが認められる。
(3) 精神的被害に関する調査研究等
甲15の4・5・16・22・23・25・30・39(文献番号200・201)において、精神的被害に関する調査研究等として、以下のようなものが報告されている。
ア ロンドンのヒースロー空港周辺における調査
一九六九年、エイビーウィクラマらが、ロンドンのヒースロー空港に隣接する地域で行った調査研究において、騒音地区は、それ以外の地区と比較すると、精神病院への入院患者数、初回入院患者数、女子入院患者数等において、有意に高い傾向が見出され、特に四五歳以上の独身女性においてその差が顕著であったこと、病型では神経症と器質性精神病が多かったことが報告された。しかし、その後、同空港で行われた調査研究によると、騒音被害と精神医学的問題との間には、有意な関係が見出されなかったとされている。
コーエンらは、既存の調査研究結果を概観した上で、騒音と深刻な精神的苦悩症状について、関連する可能性を示唆しているが、その根拠は混沌として、かなり弱いと結論づけている。
イ 大阪における調査等
昭和四二年、大阪市におけるアンケート調査の結果、騒音レベルが五五ないし五九デシベル(A)に達すると、約五〇%程度の住民が騒がしさを訴えており、「気分がいらいらする」「腹が立つ」「不愉快になる」「安静が保てない」という情緒的影響を訴えている。また、大阪市の調査の結果、工場騒音について、ピークレベル三五ないし三九デシベル(A)で付近住民の五〇%が情緒的影響に関する被害を訴えたこと、学校における騒音影響調査において、五〇ないし五四デシベル(A)で情緒的影響が訴えられたこと等の報告がある。
また、山本和郎が環状七号線周辺の居住者を対象にして、道路騒音、振動、排気ガスによる生活上の混乱に関する出来事(トラブルイベント)を調査したところ、道路に面した地区の住民(直面群)のトラブルイベント得点は、二五メートル奥の住宅地の住民(対照群)より著しく高いとの結果が得られた。
(4) 精神的被害(まとめ)
いらいら、不快感、不安感、恐怖感等の精神的被害は、その性質上主観的なものであるから、その存在を認定するに当たり、原告らの訴えやアンケート調査等の主観的資料にある程度依存しなければならない。前記のとおり、原告ら及び飛行場周辺住民は、いずれも高い比率で精神的、心理的、情緒的側面に関する被害を訴えている。そして、これまでに認定した会話・通話妨害、知的活動等の妨害、睡眠妨害等の被害は、相互に影響しあって原告らの精神面にも悪影響を及ぼすことが経験則上容易に推認される。これらに加えて、厚木基地における航空機騒音の性質(音の強大さ、高周波成分を含む金属的音質等)及び騒音の発生状況、過去に発生した墜落・落下物等の事故の経験等も考慮すると、原告らの訴える精神的被害の存在は十分に肯定できるところである。
なお、騒音が精神的疾患の発生に影響を与えるか否かについては、必ずしもこれを肯定する調査結果ばかりではなく、また、少なくとも厚木基地周辺ではそのような報告がされたことを認める証拠はないから、これを積極に認定することはできない。
8 被害の概況
以上、検討したことに照らせば、原告らは、厚木基地を離発着する航空機の騒音により、原告らに共通する定型的な被害として、日常生活の妨害、睡眠妨害、精神的被害を受けており、また、身体的被害は明確ではないが、その危険性があり、原告らがこれに対する不安(これが新たな精神的被害となる。)を抱いていることが認められる。これらの被害は、原告らに共通する定型的な被害であって、厚木基地周辺の実態調査等に照らせば、原告らが生活している地域の騒音のうるささの指標値(W値)の上昇に伴って、増加する傾向があることが認められる。
第7 厚木基地の公共性の有無
1 被告の主張の要旨
被告は、厚木基地が、安保条約に基づく日米安全保障体制の下においては、我が国及び極東の平和と安全を維持する上で極めて大きな役割を果たし、我が国の防衛ないし安全保障を目的とする必要不可欠の施設であり、同基地の使用は高度の公共性を有し、原告らが被っている不利益より優先する旨主張する。
しかし、この点は、後記3のとおり、厚木基地の設置・管理の瑕疵の有無を判断する上での一要素として考慮すべきである。そこで、このような位置付けに従い、以下において厚木基地の公共性の有無・程度を検討する。
2 公共性を基礎づける事実の概要
公知の事実、争いのない事実(法令の規定を含む。)及び前記認定事実に加え、証拠(甲2、3、8の1、19、20、35、乙7)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
(1) 米軍及び自衛隊の目的及び公共性
米軍は、安保条約に定められた目的に従い、また、自衛隊は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、侵略に対し我が国を防衛すること及び必要に応じて公共の秩序の維持にあたることを任務として、それぞれ活動を行うものである。このような防衛活動(その準備・訓練活動を含む。)が、一般論として、公共性を有することは疑いがない。
(2) 米軍の厚木基地における活動
ア 概要
前記第2の2のように、安保条約は、我が国の安全に寄与し、極東における国際の平和と安全の維持に寄与するため、米軍に施設及び区域を使用することを許し、厚木基地は安保条約及び地位協定により米国に提供されている。現在、厚木基地は、前記第2の3のように、厚木航空施設司令部をはじめ、西太平洋艦隊航空司令部、第五空母航空団厚木分遣隊、艦隊偵察第一飛行隊分遣隊、第一ヘリコプター戦闘支援部隊第二、第六分遣隊等が駐留し、米海軍航空部隊航空機の整備・補給・支援業務を行っており、また、米海軍第七艦隊所属の空母艦載機部隊(第五空母航空団所属)その他の飛行部隊が臨時に滞在する場合の必要なサービスの提供等のための施設等として使用されている。このように、厚木基地は、安保条約に基づき、米軍の我が国における航空基地として重要な役割を占めており、国民全体の利益につながるものであるから、公共性があるということができる。
イ NLPの概要
米軍が行っているNLPは、艦載機パイロットの技量を最高度に維持するために課せられている訓練である。夜間、ほとんどのライトを消し、荒天の海上を揺れ動きながら航行する空母へ着艦するには、細心の注意と極めて高度な技量を必要とする。そこで、艦載機パイロットは、訓練によって、常時その練度を保つ必要があり、NLPが必須のものとなる。なお、前記のとおり、硫黄島訓練施設が完成した後は、同施設等を用いたNLPの分散訓練が行われているが、天候等の影響により、現在でも厚木基地においてNLPが実施されることがある。
ウ 厚木基地の重要性・適地性
米軍の西太平洋艦隊航空部隊司令部が後方支援業務及び訓練を行うについて、陸上の航空基地が不可欠であるところ、厚木基地は、山岳地帯から離隔し、平坦な地にあり、高層建築物等の障害物がないなど飛行場としての恵まれた地形的環境にあること、海に近く、航空交通管制上の制約が少ないこと、鉄道等交通機関の便が良好で、機材・燃料等を迅速に入手できる場所にあること、米海軍第七艦隊が寄港地としている横須賀から近距離にあり、出入港時は迅速に離着艦できる距離にあること等が認められる。また、我が国において厚木基地と同程度の大規模な航空基地を現時点で新たに取得することは、現実問題としては相当の困難が伴うことは認めざるを得ない。
(3) 自衛隊の厚木基地における活動
厚木基地には、前記第2の3のとおり、海上自衛隊の航空集団の最高機関である航空集団司令部が置かれ、対潜航空部隊である海上自衛隊第四航空群等が配備されている。第四航空群は、対潜活動、哨戒活動、掃海活動、教育訓練、災害時の救援活動等の任務に当たっている。第四航空群による民生協力活動(災害派遣、近傍火災の消火活動、海底火山観測)の実績については、被告別表(第8表ないし第10表)のとおりである。
厚木基地における以上のような自衛隊の活動には公共性が認められる。
(4) 航空法の適用除外
上記のような公共性を背後にして、自衛隊が使用する航空機及び自衛隊が設置する飛行場については、自衛隊法一〇七条一項により、航空機の運航に適用される航空法の適用が大幅に除外されており、特に、耐空証明の騒音基準が除外されている(同法一〇・一一条参照)。
また、前記第2の2(1)イのように、米軍機の運航については、航空法特例法により、航空法の適用が除外され、航空交通管制業務の一部を米軍が行うなどとされており、法令上、特段の配慮がされている。
3 公共性の有無と受忍限度を超える違法の有無
(1) 公共性の有無の議論の法的性質
上記のとおり、米軍及び自衛隊による厚木基地の使用は、公共性を有するものである。ただし、損害賠償請求の成否に関し、受忍限度を超えた違法性の有無を判断するに当たっては、騒音発生の原因となる行為のもつ公共性の有無と程度は、考慮すべき一つの要素となるにとどまるものであるから、上記米軍及び自衛隊にとっての厚木基地の公共性は、そのような見地から斟酌するべきである。
(2) 被告の主張に対する判断
この点に関し、被告は、厚木基地の使用が公共のために必要不可欠であることから、その使用に伴って必然的に発生する騒音等は周辺住民にとって、やむを得ないものとして受忍すべきであると主張する。
もちろん、厚木基地の使用の公共性は、一般的にいって、国や公共団体の他の公共的役務や行政諸活動と単純に比較することはできないとしても、少なくとも平時においては、国民の日常生活の維持存続に不可欠な役務の提供のように絶対的というべき優先順位を主張し得ないことはもとより、他の行政諸活動とは隔絶した公共性ないし公益性を有するともいい難い。また、厚木基地の使用によって、原告ら周辺住民が騒音による被害を受けていることは、前記のとおりであり、しかも、周辺住民が厚木基地の存在によって何らかの自己の利益に直結する具体的・直接的な利益を受けているか否かについては、証拠上明らかではなく、前記の被害と周辺住民が受け得る利益との間に、前者の増大に必然的に後者の増大が伴うというような彼此双補の関係があることは認められない。結局のところ、被告は、国民全体が等しく享受する種類の公共性を主張するにすぎないが、そのような公共的利益の実現が原告らを含む厚木基地周辺の住民という限られた一部の者の犠牲の上に成り立っていることからすれば、これを放置することには不公平な面があることは否定できない。
そうすると、厚木基地の使用については、公共性を認めることができるものの、それは、受忍限度を超える違法の有無を判断する際に考慮すべき一要素にとどまり、公共性があることの一事をもって損害賠償請求を当然に否定することは許されない。
第8 被告による騒音対策等
被告は、厚木基地の供用に係る違法性(受忍限度を超える被害)を否定する上で考慮されるべき重要な要素として、種々の施策を実施している旨主張する。そこで、以下では、被告が主張する個々の施策を検討した上で、最後に各対策と本件における違法性との関係について判断することとする。
1 音源対策、騒音軽減措置
争いのない事実に加え、証拠(甲2、3、8の1、19、20、35、原告鈴木保)及び弁論の全趣旨によれば、以下の(1)(2)の事実を認めることができる。
(1) 音源対策
航空機の音源対策としては、騒音の小さい機種に切り替える方法や航空機のエンジンを改修して騒音を小さくする方法等があり、民間航空機にあってはICAOにより騒音規制基準が設けられ(騒音証明制度)、低騒音機が出現し、エンジンの改良も検討されてきた。しかしながら、米軍機には、騒音証明制度の適用はなく、また、軍用機は、行動能力の向上が最重要視されるところ、一般的には行動能力の低下を来さない低騒音機の開発を実現することには困難が伴う。
(2) 騒音軽減措置
昭和三八年九月一九日、日米合同委員会では、厚木基地周辺における米軍機の航空機騒音に関し、いくつかの規制措置を設けることが合意された(以下「騒音軽減措置」という。)。騒音軽減措置には、午後一〇時から翌日の午前六時までの間、厚木基地におけるすべての活動(飛行及び地上におけるランアップ)は、運用上の必要に応じ、及び米軍の体制を保持する上に緊要と認められる場合を除き禁止されること、訓練飛行は日曜日には最小限に止めることが定められており、そのほかにも、アフターバーナーの使用の抑制、低空高音飛行の禁止等が定められた。
さらに、昭和四四年一一月二〇日に、騒音軽減措置の内容が改定され、ジェットエンジンのテストについて、時間の制限、消音器の装備・使用、場所的制約等の規制が加わり、飛行高度の規制措置が強化された。
なお、自衛隊機については、午後一〇時から翌日の午前六時までの間及び日曜日の訓練飛行並びに地上試運転の原則的禁止、低空飛行の禁止、離陸時のアフターバーナー及び補助エンジンの使用の制限・中止、連続離着陸訓練の制限等、厚木基地の利用についての自主規制が行われている。
また、昭和五三年七月三日からは、厚木基地を離陸する航空機について、厚木基地の航空交通管制方式では、前記(第5の1(2))のとおり、飛行コース及び上昇高度の改定が行われた。
(3) 騒音軽減措置等による被害軽減の程度
ア 前記第5の2で認定した事実によれば、一般的には、深夜・早朝(午後一〇時から翌日の午前六時)や日曜日における航空機の飛行は、平日の日中と比較すると、少ない回数に抑制されていることが認められる。また、エンジンテスト等のために、現在までに消音器が四台設置され、稼働している。騒音軽減措置は、一定限度で、厚木基地周辺の騒音被害の軽減に貢献しているということができる。
しかしながら、前記認定事実及び争いのない事実のとおり、深夜・早朝及び日曜日に航空機が飛行することもあり、また、日曜日にNLPが通告され、実施されるなど、訓練飛行が行われたこともある。さらに、原告らの陳述書によれば、夜間ないし早朝に、エンジンテストが行われていることも認められるというべきであって、騒音軽減措置は必ずしも完全には厳守されていない状況にある。なお、前記第5の2(7)のとおり、消音器の設置後もなおエンジンテスト等による騒音被害が完全には解消しているとはいえない。
イ そもそも、騒音軽減措置自体、例外的に、深夜・日曜日等に航空機が飛行することを許容しており、また、特に多くの住民が騒音被害を受ける午前七時から八時、午後七時から一〇時までの間(後者は、W値算定式において、飛行回数が三倍に評価される時間帯である。第3の2(2)ウ参照)については、航空機の飛行をおよそ制限しておらず、それ自体として、騒音被害の軽減に不十分なものであるといわなければならない。
ウ また、厚木基地については、前記のとおり、航空交通管制方式によらない飛行コース等が確認されており、上昇高度等の改定により、騒音被害が軽減されたことを認めるに足りる的確な証拠はない。
2 防音工事に対する助成
争いのない事実に加え、証拠(甲8の1、19、20、35、乙13ないし15、20、21、証人小畑敏、検証の結果(第一、二回))及び弁論の全趣旨によれば、以下の(1)から(4)の事実を認めることができ、また、これ以外の証拠(個別に該当箇所に記載)により、該当箇所の事実が認められる。そして、それらの事実を前提にして、(5)のようにいうことができる。
(1) 概要
ア 被告は、昭和五〇年度から、生活環境整備法四条に基づき、前記(第3の4(1))のとおり指定された厚木基地周辺の第一種区域内の住宅を対象として、住宅防音工事の補助金交付を実施してきている。
補助金交付の対象となる住宅防音工事は、平成一〇年度までは、家族数が四人以下の場合一室、五人以上の場合二室の範囲で実施されていた。平成一一年度以降は、五室を限度として家族人員に一室を加えた室数の防音工事について、補助金が交付されている。
被告は、まず新規工事として、希望者に対して、二室以内の居室に対して防音工事を実施し、次に、追加工事として、新規を実施した住宅を対象に残室の工事を実施している。
防音工事に対する補助率は、一〇分の一〇であり、被告は、各対象家屋の所有者らに対して、防音工事に関する経費を補助金として交付している。一定の補助限度額が設定されているが、特殊な場合を除いて個人負担が生じることはない。被告は、補助金交付の実施に当たり、厚木基地周辺の自治体を通して、住宅防音助成の趣旨、手続、工事内容等について広報活動を行っている。
新規工事については、平成四年度の段階で当初からの希望者について完了し、その後新たに希望した者についてもその都度実施してきている。
イ 住宅防音工事の助成対象となる住宅は、生活環境整備法四条で第一種区域の指定の際に現に所在する住宅となっているところ、同区域の指定基準が段階的に改正されてきたことから、住宅の建設時期が同一であっても、区域によっては助成対象とならない住宅が生じていた(以下「ドーナツ現象」という。)。そのため、被告は、平成八年度よりW値八五以上の区域、平成一一年度よりW値八〇以上の区域、平成一二年度よりW値七五以上の区域で、ドーナツ現象によって助成を受けられなかった住宅に対しても、予算措置として防音工事の助成措置を採っている。
さらに、被告は、防音工事の助成を受けてから一〇年以上が経過し、その後建て替えられた住宅(建替え前の住宅と代替性、継続性がある場合に限る。)に対する助成を平成一一年度から実施している。
(2) 各戸における防音工事の内容
ア 各戸における住宅防音工事は、内外部開口部の遮音工事、外壁又は内壁及び室内天井面の遮音及び吸音工事並びに冷暖房装置及び換気装置を取り付ける空気調和工事であり、詳細は、防衛施設周辺住宅防音事業工事標準仕方書(以下「仕方書」という。)に従って行われる。
表面の見え掛りは原状復旧を原則としている。
その標準的工法は、木造系と鉄筋コンクリート造系とに大別され、それぞれW値八〇以上の区域に存する住宅について施す第Ⅰ工法とW値七五以上八〇未満の区域に存する住宅について施す第Ⅱ工法とに区別されて行われている。
イ 鉄筋コンクリート造系の防音工事は、主として開口部に対する工事であり、窓等の外部開口部については、在来の建具を撤去し、アルミニウム合金製気密建具(五ミリガラス。ただし、第Ⅰ、Ⅱ工法の別により遮音性能が異なる。)を取り付け、内部開口部については、木製防音建具を取り付けるものである。
ウ 木造系の防音工事は、上記に加え、壁及び天井に対しても改造を加えており、第Ⅰ工法では、吸音材を充てんし、その上に遮音材として石膏ボードを打ち付け、仕上材等を張り直しており、第Ⅱ工法では、著しく防音上有害な亀裂、隙間等がある場合、又はもともと天井がない場合に有効な遮音工事を施している。
(3) 実績
ア 補助金総額
被告の助成による防音工事は、平成一二年度までに、二〇万四四四六世帯の住宅に対して実施されており、その補助金総額は、約四七九一億八六四五万円に上っている。厚木基地に係る分の補助金は、平成一二年度で、全国の住宅防音工事予算の三分の一強の約二一〇億四〇八七万円となっている。同年度末までの防音工事の実績の詳細は、被告別表(第14表)のとおりである。
イ 原告ごとの住宅防音工事の実績
原告ごとの住宅防音工事の実績は、被告別表(第31表)の住宅防音完了年月日、住防室数(防音工事の実施室数)、住宅防音追加完了年月日、追加(追加として住宅防音工事を実施した室数)欄記載のとおりである。ただし、原告番号大和1590ないし1593の住宅防音工事完了年月日欄の記載「S01.12.20」は、「H01.12.20」が正しく、同大和2973ないし2975の住防室数欄の記載「4」及び合計欄の記載「7」は、それぞれ「1」及び「4」が正しい。
なお、同別表(第31表)の「住防室数」「追加」欄記載の数値を合計すると、一住宅当たりの防音工事実施済みの室数が五室を超える原告らが存在するが(同別表の原告番号大和1858、1859、2184ないし2190及び2441ないし2443の原告らが該当する。)、前記(1)ア記載のとおり、各住宅における防音工事の実施室数は、五室が限度であるから、五室を超える分については、建替工事等によるものと推認される(乙15、弁論の全趣旨)。したがって、五室を超える分については、損害賠償額の算定上は考慮しないこととした(なお、具体的な認定事実は、別紙2の上記各原告らの箇所を参照)。
(4) 住宅防音工事による防音効果
ア 遮音量の設計値及び調査結果等
(ア) 第Ⅰ工法では二五デシベル以上、第Ⅱ工法では二〇デシベル以上の計画防音量(遮音量)を目標としており、その効果が達成されるように工事で使用する建具、工法等について基準が定められている(弁論の全趣旨)。
(イ) 甲86の文献は、家屋に適切な防音工事を施した場合には、屋内外の騒音レベル差を二五ないし三〇デシベル程度にするだけの物理的効果をもたらし得ることが知られているとしつつ、そのような遮音性能が、そのまま現実に多数存在する防音工事実施済みの家屋について同様に実現しているとは直ちにみなしがたいとしている。
(ウ) 平成一二年度厚木基地周辺生活環境調査において、神奈川県は、住宅防音工事の効果を調べるために、防音工事実施済みの住宅で、航空機騒音の測定調査を実施した。その調査結果によると、工法別の遮音量(屋外と防音工事実施済みの室内での騒音との差)の平均について、第Ⅰ工法では、木造住宅で26.0デシベル、非木造住宅で25.5デシベル、第Ⅱ工法では、木造住宅で20.1デシベル、非木造住宅で21.0デシベルとなっており、平均値においては、いずれも前記計画防音量以上となっていること、計画防音量を満たしている割合は、第Ⅰ工法では木造住宅で57.1%、非木造住宅で57.8%、第Ⅱ工法では木造住宅で60.7%、非木造住宅で64.8%であったこと、室内の騒音状況は、防音工事の実施により六〇デシベルを超える騒音がほぼ半減したが、それでも、なお、かなりの騒音が測定されたことが認められる。
(エ) 当裁判所の第一回検証において、原告田中五郎宅(第5の2(4)の③の地点。昭和五〇年築造の木造住宅である。)の防音工事(第Ⅰ工法)が施された部屋で行った騒音の測定結果によれば、騒音のピークレベルは、室外と窓を閉めた状態の室内で、二五ないし二七デシベル(A)の差があることが認められる。
他方、同検証において、原告小野抗夫宅(第5の2(4)の④の地点。昭和五四年築造の木造住宅である。)の防音工事が施されていない部屋で行った騒音の測定結果によれば、騒音のピークレベルは、室外と窓を閉めた状態の室内で、七ないし九デシベル(A)の差であったことが認められる。
上記検証の結果からは、防音工事の有無により、一六ないし二〇デシベル程度の遮音効果の差が生じていると評価することも可能であり、防音工事には一定程度の遮音効果があることが認められる。
しかしながら、上記検証は、異なる二つの木造住宅で、騒音を測定して比較した結果にすぎず、特に、田中五郎宅については、木造住宅であり、経年等により、建物自体の遮音効果が特に低くなっていた可能性もある。上記結果から直ちに、すべての原告らの住宅において、防音工事を実施した場合に、一六ないし二〇デシベル程度の遮音効果があるとまでいうことはできない。
イ 防音工事の効果に対する原告らの訴え
地域別甲1号証によれば、防音工事の効果について、「余りないように感じる」又は「ないように感じる」と答えた者が大半を占めており、「少しはあると感じる」と答えた原告らは少数にとどまる事実が認められる。また、同号証において、「非常にあると感じる」又は「かなりあると感じる」と答えた原告らは、極めて少なく、防音工事の結果、不都合と感じることについて、ほとんどの原告らが「冷暖房の電気代がかかる」ことをあげており、「引き戸などが重く、不便」「自然の風や光が遮られる」「閉じこめられているように感じる」等と訴える原告らが多い。
原告らの陳述書及び供述によれば、そのほかに、クーラーは健康に悪いとして使っていない原告らもいる事実、家族の声や呼び鈴・電話の呼出音等の生活音が聞こえなくなること、窓や戸を閉め切って生活することは現実的ではないこと、防音工事によって設置される換気扇の機能が悪いこと等を訴える原告らがいる事実が認められる。
他方で、防音工事の副次的効果として、窓や戸がガタガタしなくなったこと、部屋がリフォームされ、生活空間が改善される効果があることをあげる原告らもいる。
ウ 嘉手納基地周辺地域における住民アンケートの結果
(ア) 平松幸三らは、平成七年から同一一年にかけて、沖縄県の嘉手納基地周辺で行われた航空機騒音健康影響調査におけるアンケート調査に含まれる防音工事に関する部分を解析したところ、その結果(甲86)は、次のとおりである。
a 同基地周辺においても、厚木基地と同様にコンター図が作成されているところ、防音効果を実施した住民らによる防音効果の程度について、「あまりない」又は「まったくない」と答えた住民らの割合(性・年齢を調整するため、重み付けを行った割合である。)は、W値七五ないし八〇の地域では19.0ないし20.6%であるが、W値の上昇に従ってその率も上昇し、W値九五では67.0%に至る。
防音工事への満足度について、「不満」又は「大変不満」と回答した者の割合は、W値七五ないし八〇の地域では二〇%未満であるが、W値の上昇に従ってその割合が上昇し、W値九五では57.6%に至る。なお、「不満」又は「大変不満」と答えた者について、その理由に電気代の増加を上げる者が72.2%に及んだ。
b また、防音工事を実施した部屋を使用する際の窓の開閉について、「ほとんどあけている」と答えた者の割合が33.0%に及んでおり、「ほとんどしめている」と答えた者は12.4%にすぎない。
また、その他の者は「あけたりしめたりしている」を選択しているが、窓を閉めている時間について、①八時間未満、②八から一六時間、③一六時間以上と答えた者の割合は、それぞれ、①10.7%、②32.8%、③11.1%であった。なお、上記調査結果とW値との関連は明らかではなかった。
c また、住民らの聴取妨害、睡眠障害等の生活妨害の反応率を調べたところ、防音工事の実施の有無によって反応率に差がなく、この点において防音工事の効果は認められなかった。
(イ) (ア)の結果は、厚木基地周辺ではなく沖縄の嘉手納基地周辺で行われたアンケートの解析結果であるから、本件にそのまま当てはめることは当然にはできないが、本件においても参考にし得るといわなければならない。
エ 防音工事の効果とそれを確保するための条件
(ア) 前記アの事実に照らせば、防音工事は、第Ⅰ工法については、概ね二五デシベル(A)前後、第Ⅱ工法については、概ね二〇デシベル(A)前後の遮音効果があるということができる。ただし、防音工事をしない場合であっても、家屋自体にある程度の遮音効果があるから、防音工事による純粋な効果は、一〇ないし二〇デシベル程度であると考えられる。
また、老朽化した家屋等では、重量化を伴う防音工事を実施することが構造上困難な場合もあることが推認され(甲86参照)、航空機の飛行状況、機種、家屋の構造、家屋の築年数、天候等の諸状況により、防音工事の効果の現れ方は様々であると考えられる。
(イ) さらに、上記のような遮音効果は、窓及び戸をしっかりと閉めた状態で実現されるものであり、窓や戸を開けた場合、遮音効果はほとんど確認できない(検証の結果(第一、二回)、弁論の全趣旨)。
(ウ) ところが、前記イ・ウのアンケート結果及び原告らの訴えにもあるように、生活する上では換気等のために窓を開ける必要があり、航空機騒音も間欠的であるから、航空機が飛来するのが分かっていればそのときだけ窓や戸を閉め切れば良いが、飛来時期(NLP時においても、飛来時刻)までは分からない。したがって、防音のためには常時窓や戸を閉め切り、防音工事の際に設置された換気扇を用いることが考えられるが、それでも、家全体が防音状態になっているわけではないので、住人が廊下等の防音工事をしていない空間にいなければならない場合には、防音効果を得られない。ちなみに防音助成工事は最大五部屋までと制限されている。
加えて、窓及び戸を閉め切って生活する場合には、冷暖房・空調設備の使用に伴う電気料金等の負担の増加が軽視できない。また、閉め切った環境で生活することによる閉塞感や冷房等の使用による健康上の悪影響の発生等、新たな問題が生じる。自ら望むのではなくやむなく部屋を閉め切って過ごさなければならないということ自体が通常は苦痛を伴うといえる。
(5) 防音助成工事による被害軽減の程度(まとめ)
上記の二〇ないし二五デシベル(A)という遮音効果はいわば理念的、非現実的な条件の下における最大値(理想値)であり、原告らが、現実の生活の中で上記の遮音効果をそのまま享受していると認めることはできない。加えて、もともと、住宅防音工事によって、騒音被害が完全に救済されるというものではない。しかし、そうはいっても上記の遮音効果は、それなりの効果を有するものであり、かつ、助成を受ける者とそうでない者との間に、同視するのが適当ではない違いをもたらすものである。しかも、費用は相当に高額である。そこで、助成を受けた者ごとに、助成の室数を踏まえて、違法及び損害の軽減の程度を個別的に考慮するのが適当である。
3 住宅以外の施設に対する防音工事助成
当事者に争いがない事実に加え、証拠(甲8の1、19、20、35)及び弁論の全趣旨によれば、以下の(1)(2)の事実を認めることができ、それを前提にして、(3)のようにいうことができる。
(1) 学校・病院等の防音工事助成
ア(ア) 学校関係
被告は、昭和二九年度から昭和四一年七月二五日までは行政措置として、同月二六日から同四九年六月二六日までは周辺整備法三条二項に基づき、同月二七日から現在に至るまでは生活環境整備法三条二項に基づき(以下、各根拠規定の日付けについては、同様であるため記載しない。)、防音工事に係る必要費用相当の補助金(工事費、実施設計費及び地方事務費)を関係自治体等に交付してきた。その対象は、学校教育法一条に規定する学校並びに生活環境整備法施行令七条一・三・四・六・九号に定める専修学校、保育所、知的障害児施設、知的障害児通園施設、児童自立支援施設、身体障害者授産施設、身体障害者福祉センター、知的障害者更生施設、知的障害者授産施設及び職業能力開発校の各施設である。
(イ) 病院関係
また、被告は、上記と同様に、昭和三五年度から病院等に対する防音工事助成を行ってきている。その対象は、医療法上の病院、診療所及び助産所、並びに生活環境整備法施行令七条二ないし五・七・八号に定める保健所、重症心身障害児施設、身体障害者療護施設、救護施設、老人デイサービスセンター、特別養護老人ホーム、老人介護支援センター及び母子健康センターの各施設である。
(ウ) 補助金総額
平成一二年度までの補助金の交付金額の実績は、被告別表(第18表)のとおりである。そのうち主な施設別にみると、小・中学校が約二二三億九四三一万円(一一一校)、高等学校が約三九億七〇〇三万円(一四校)、併設校(小中高)が約二五億七四九五万円、幼稚園及び保育所が約八四億九九四八万円(五七施設)、病院が約二五億九二三一万円であり、全施設の合計で約四一三億四三一七万円である。
イ 電気料金等の交付
また、被告は、小学校、中学校、幼稚園及び保育所に対しては、昭和四八年度から、行政措置として、授業時間等に換気設備等の使用によって必要となった電気料金等の三分の二の範囲内の額を交付している。その実施状況は、被告別表(第23表)のとおりであり、平成一二年度までに約一五億三七四五万円を支出している。
(2) 民生安定施設の防音工事助成
被告は、生活環境整備法八条に基づき、地方公共団体が防衛施設周辺地域の住民の生活又は事業活動の障害緩和のために、防音工事を施した公共施設を整備する場合に、これに対しても助成を行っている。
その対象は、生活環境整備法施行令一二条の表に定める施設(一般住民の学習、保育、休養又は集会の用に供するための施設、老人福祉センター等)であり、これらの用途、目的に応じ、学校等の場合に準じて補助を行う。
平成一二年度までの防音助成の実績は、被告別表(第19表)のとおりであり、合計七七施設に対して、合計約七九億七二九三万円の補助金を交付している。
(3) (1)(2)による被害軽減の効果
(1)及び(2)の各施設の防音工事は、一級から五級までの工事種別に分けられて実施されており、改築、改造、併行(建物を新築又は増築する場合に合わせて防音工事を施すこと)及び移転の方法によって行われ、併せて換気、除湿(冷房)及び温度保持(暖房)工事も実施される。遮音効果は、上記工事種別によって異なるところ、一級工事が三〇ないし三五デシベル等とされており、学校等の公共施設においては、一、二級の防音工事が実施されている。公立の小・中・高等学校については、必ずしも除湿工事(冷房機の設置)が進んでいなかったが、被告は、近年当該工事の要望を受け、その助成に努めている。
上記各施設への防音工事は、相応の効果をあげていると推認されるが、学校等の教育施設においては、教室外の教育活動には対応できないこと、冷房機が未だ設置されていない施設も存在すること等を考慮する必要がある。被告が助成をしている上記の防音工事は、原告らを直接の対象としたものではないが、誰しも関わることのある施設であるから、原告らの中には、周辺住民の一人として利用し、その便益を受ける者がいると思われる。したがって、上記の助成は、厚木基地周辺の騒音被害を軽減させる効果を有する。
4 移転助成等
当事者に争いがない事実に加え、証拠(甲8の1、19、20、35、乙9、16、証人小畑敏)及び弁論の全趣旨によれば、以下の(1)(2)の事実を認めることができ、それを前提にして、(3)のようにいうことができる。
(1) 移転助成
ア 被告は、昭和三五年度から、厚木基地周辺の一定の区域に建物等を所有する者に対して、行政措置、周辺整備法五条並びに生活環境整備法五条及び同法附則四項に基づき、移転補償及び移転に伴う土地の買収を行ってきた。第二種区域(みなし第二種区域を含む。)が移転助成の対象区域である。
平成一二年度までの移転助成の実績は、被告別表(第11表)のとおりであり、合計約六六億八六七二万円を支出している。
イ しかしながら、同年度までに移転済みの家屋の個数は二三五戸にすぎず、昭和四七年度以降は、昭和五九年度、同六〇年度及び平成五年度を除いていずれも実績がゼロである。
ウ また、被告は、被告別表(第12表)のとおり、移転先地の公共施設の整備につき、昭和五八・五九年度に、合計約二〇五七万円の助成を行っている(生活環境整備法五条三項)。
(2) 緑地整備
被告は、昭和四五年度から、前記(1)の移転助成実施後の跡地について、生活環境整備法六条及び同条の趣旨に基づいて、緑地化対策を行ってきた。これは、航空機の運航上の支障を軽減するとともに、その跡地を整備し、植樹等によって緑地化したものである。
平成一二年度までの実績は、被告別表(第13表)のとおりであり、約五二万四三二一平方メートルの土地区域を緑地緩衝地帯とし、樹木の植栽等に約一〇億二二八三万円を支出した。
また、被告が買い上げた移転跡地は、広場等としての利用に供するために、公共団体に対し、無償で提供されている。
(3) (1)(2)による被害軽減の有無
住民が騒音地域内から移転することは、将来における被害の解消を図る一つの抜本的な手段ではあり、(1)のような施策が採られていること自体は評価されるべきである。
しかしながら、移転措置の対象区域は、騒音被害が極めて大きいと思われる第二種区域(W値九〇以上)に限定され、しかも、移転を希望しない原告らには何ら意味を持たず、実際にも昭和四七年以降は、ほとんど実績がない。
また、緑地帯の整備は、自然環境や居住環境の改善に役立っているとしても、これが住民らの騒音被害の軽減に直接役立つということはできない。
したがって、(1)は住民らがこの制度を利用した場合には、将来にわたる騒音被害を解消させるものではあるが、制度が利用されない限りは、被害解消とは関係がない。また、近年の実績に鑑みた場合、当該制度の存在が原告らの精神的な被害の軽減に貢献していると評価することもできない。(2)も、(1)と同様か、それ以下のものである。
5 その他の周辺対策
当事者に争いがない事実に加え、証拠(甲2、3、8の1、19、20、35)及び弁論の全趣旨によれば、以下の(1)から(8)の事実を認めることができ、それを前提にして、(9)のようにいうことができる。
(1) 騒音用電話機の設置
被告は、昭和四七年度から、厚木基地に近接する一定の区域内において、行政措置として、騒音用電話機の設置を希望する者に対し、そのための補助金を交付している。通常の電話が八〇デシベル(A)を超える騒音の中で通話が困難となるのに対し、騒音用電話機は九〇デシベル(A)の中でも良好であり、一〇〇デシベル(A)でも通話が可能であるとされているものである。
昭和五八年度までの設置状況は、被告別表(第20表)のとおりであり、合計約六一九六万円(電話機一万二四〇六台分)が交付されている。しかし、昭和五九年度以降は、実施されていない。
(2) テレビ受信料の助成
厚木基地に近接する一定の区域内に居住する者は、財団法人防衛施設周辺整備協会から、テレビ受信料の二分の一の助成を受け得るものとされており、被告は、その助成された受信料相当額を、上記整備協会に対して行政措置により補助金として交付している。
平成一二年度までの実施状況は、被告別表(第21表)のとおりであり、補助額は約一一五億六四三二万円(延べ件数一九一万五四三三件)となっている。
(3) 障害防止工事の助成
被告は、自衛隊等の使用する施設の周辺において、自衛隊等の行為によって生ずる障害を防止又は軽減するために、昭和三〇年度から、行政措置、周辺整備法三条一項及び生活環境整備法三条一項に基づき、河川、道路等の改修工事について補助金を交付している。その実績は、被告別表(第25表)のとおりであり、平成一二年度までに、引地川改修工事、蓼川改修工事、深谷川改修工事、比留川改修工事、水の頭排水路工事、深谷用水路工事及び相模鉄道防護工事について、総額約三六億〇二三八万円を関係自治体に対して交付している。
また、被告は、テレビの受信につき、昭和五五年度から共同受信施設の設置事業の補助を実施しているところ、その実績は被告別表(第22表)のとおりであって、平成一二年度までに、綾瀬市に対して、約二四億九三九二万円の補助金(合計二万三六一七戸分)を交付している。
(4) 民生安定施設の一般助成
被告は、民生安定施設についての一般的な助成として、行政措置、周辺整備法四条又は生活環境整備法八条に基づき、道路、飲料水施設、消防施設、ゴミ処理施設、屎尿処理施設、水泳プール、無線放送施設等の設置事業(以上は一般助成)及び道路整備事業について、補助金を支出している。その実績は、被告別表(第24表)のとおりであり、平成一二年度までに、一般助成として約九九億四二二二万円、道路整備事業に対し約四五億七一七九億円の補助金が支出されている。
(5) 特定防衛施設周辺整備調整交付金の助成
被告は、生活環境整備法九条に基づき、同法施行令一四条に定められた公共用施設の整備のため、特定防衛施設周辺整備調整交付金を支出している。整備の対象となる公共用施設は、交通施設、通信施設、スポーツ又はレクリエーションに関する施設、環境衛生施設、教育文化施設、医療施設、社会福祉施設、消防に関する施設及び産業の振興に寄与する施設である。
その実績は、被告別表(第26表)のとおりであって、大和市及び綾瀬市に対し、合計約一五一億七一一三万円の交付金が支出されている。
(6) 農耕阻害補償
被告は、昭和二七年から昭和五四年九月三〇日までの間、厚木基地の南北進入表面下にあって、滑走路の先端から一キロメートル以内において農業を営む者に対し、農耕阻害として損失補償を実施しており、被告別表(第28表)のとおり、平成一二年度までに約五三五五万円の補償金を支払った。
(7) 飛行場周辺の民有地の借上げ措置と緩衝地帯の設定
被告は、昭和五四年一〇月一日から、厚木基地に離着陸する航空機による障害防止に資するため、その南北進入表面下に緑地帯整備等の必要を認め、みなし第三種区域(生活環境整備法施行令附則三項参照)に所在する民有地のうち、農耕地等について賃貸借契約を結び、緩衝地帯の用に供するために借り上げている。このために被告が支出した賃料の総額は、被告別表(第27表)のとおり、平成一二年度までで約五億五五八九万円である。
(8) 国有提供施設等所在市町村助成交付金(以下「基地交付金」という。)及び施設等所在市町村調整交付金(以下「調整交付金」という。)の助成
被告は、国有提供施設等所在市町村助成交付金に関する法律(昭和三二年法律第一〇四号)に基づき、昭和三二年度から、被告が所有する固定資産のうち米軍及び自衛隊が使用する固定資産について、その台帳価格に応じて、固定資産税に代わる財政補給の趣旨で、当該市町村に対し、基地交付金を交付している。
また、被告は、施設等所在市町村調整交付金交付要綱(昭和四五年一一月六日自治省告示第二二四号)に基づき、昭和四五年度から、米軍の資産に係る税制上の非課税特例措置等により当該市町村が受ける影響を考慮し、財政補給の趣旨で、当該市町村に対し、調整交付金を交付している。
被告が、大和市、綾瀬市、相模原市、座間市及び藤沢市に交付した各交付金は、被告別表(第29表)のとおりであり、基地交付金が合計約三三五億三一一二万円、調整交付金が合計約八〇億〇二三八万円である。
(9) (1)ないし(8)による被害軽減の効果
ア 被告は、(1)ないし(8)の助成措置等について、それによって直ちに騒音値が低下するものではないが、周辺住民の生活の安定及び福祉の向上を図るものであり、これにより、周辺住民の騒音源に対する好意的評価を高め、それが騒音によって被る精神的不快感を解消し、又は軽減する効果があると主張する。
イ しかしながら、前記(3)ないし(8)の措置は、周辺住民の生活に何らかの利便をもたらす措置ではあるが、航空機騒音の被害を直接的に軽減する措置であるということはできず、そのような対策が原告らの騒音源に対する好意的評価を高めたとの具体的事実をうかがうことはできない。
また、前記(1)の騒音用電話機の設置の助成については、昭和五九年度以降、実施されていないので、電話機の仕様、利便性等に何らかの問題があると推認せざるを得ず、本件において、騒音被害を軽減させる要素になるということはできない。
さらに、前記(2)のテレビ受信料の助成は、航空機の飛行時におけるテレビの視聴妨害自体を解消するものではないので、厚木基地の騒音による被害を軽減する要素とはいえない。もっとも、これを享受する者については、生活妨害による被害の一部を補てんする面があるが、違法性の有無の問題とは別である。
6 被告による騒音対策と違法性との関係
2ないし5のように、被告は膨大な費用を支出して厚木基地の周辺対策を実施しているが、前記周辺対策は、結局のところ、原告らの航空機騒音等による被害との関係では、住宅防音工事を除いて、それほど具体的・積極的に評価することのできるものはないというべきである。また、住宅防音工事の効果も、前記のとおり、限定的なものであって、被害の解消を実現するものとまで認めることはできず、原告らの被害を一定程度軽減するにすぎない。
また、1の音源対策及び騒音軽減措置も、一定程度で被害を軽減するに止まっており、不十分な内容にとどまるといわざるを得ない。
そうすると、結局のところ、被告が採っている上記各対策は、厚木基地の供用に係る違法性との関係では、それほど積極的に評価することのできるものはないというべきである。ただし、住宅防音工事については、一定程度で被害を軽減させる効果があるというべきであるから、損害額の算定の際に、これを考慮すべきである。
第9 違法性の有無
1 序(判断基準)
そこで、前記第1で述べた判断基準に基づき、被告による厚木基地の設置管理の瑕疵の有無について判断する。上記基準の内容は、要するに①原告ら主張の国家賠償法二条一項に基づく損害賠償請求につき、厚木基地が供用目的に沿って利用されることとの関連において、第三者である原告らに対し違法に受忍限度を超える危害を現実に生ぜしめたかどうか、②上記の供用行為の違法の有無は、原告らが主張する侵害行為の態様と侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為のもつ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等を比較検討するほか、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間に採られた被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の事情をも考慮し、これらを総合的に考察して判断すべきである、というものである。
2 本件における違法の有無
(1) 総合考慮と違法の有無
ア 違法、責任の有無
そこで、本件における厚木基地の設置管理が受忍限度を超えた被害をもたらす違法なものかどうかを考えるに、被告は、前記第2のとおりの経緯で、海上自衛隊厚木飛行場を設置管理するとともに自らも使用し、また、本件飛行場区域も含めて厚木基地を米軍に提供し、その使用に供してきた。他方、原告らは第4のとおりコンターに区分される居住地域に居住しているところ、コンターは第3で検討した性質と内容を有するW値の同じ値を結んだ線あるいはその線で囲まれる地域であり、原告らに被害をもたらす航空機騒音の実態、飛行の実態は第5のとおりであり、原告らが受けている被害の実態は前記第6のとおりであり、厚木基地の公共的な性格は前記第7のとおりであり、被告による騒音対策等の内容等は前記第8のとおりである。
以上のような厚木基地周辺の航空機騒音等による侵害行為の態様とその程度、原告らが受けている被害の性質や内容に加え、厚木基地の公共性、厚木基地周辺において相当の長期にわたり侵害行為が継続しているという事情、被告が講じている防音対策の内容及びその効果、その他本件に顕れた諸般の事情を総合して考慮した場合、厚木基地の航空機騒音は原告ら周辺住民に受忍限度を超える被害をもたらすものであり、その設置管理は違法であるといわざるを得ない。そして、原告らが共通の被害をもって損害賠償を請求するという方法を採用していることを踏まえると、被告は、後記(2)のとおりの判定方法によって、基準値を超える地域に居住し、受忍限度を超えることになる被害を受ける原告らに対しては、原則として責任を負うことになると解するべきである。
イ 被告の主張に対する判断
(ア) 責任の発生の有無に関し、被告は、原告らが厚木基地を離発着する航空機により何らかの影響を被っているとしても、それは日常生活上の若干の支障といった程度を超えるものではない旨主張する。
しかし、前記第6のように、原告らに共通する被害は、日常生活の妨害に加えて、睡眠妨害、精神的被害に及んでおり、そして、これらの被害は、相互に密接に関連しており、相互に影響し合って、総体としての被害を増大させていく面がある。W値の高い地域における生活態様次第では難聴その他の身体的被害にまで発展する可能性も否定しきれない。したがって、被告が主張するように、日常生活上の若干の支障といった程度にとどまるものではない。
(イ) また、被告は、前記のとおり、周辺対策等一定の措置を講じてはいるが、被害を一部軽減するにとどまり、結局のところ、これを防止するに足る措置を講じないまま、厚木基地ないし海上自衛隊厚木飛行場を継続的に航空機の離着陸のために提供、使用してきたのである。そして、被害が被告の予測し得ない事由によるものであることを認めるに足りる証拠はなく、また、少なくとも日米合同委員会における協議・交渉という手段が存在し、被告において被害の発生を回避する可能性が全くなかったということもできない。
ちなみに、本件証拠(甲31の197、221)によれば、厚木基地の周辺自治体が米軍に抗議を申し入れて、平成一三年二月における中学の期末試験時期に予定されていたNLPや同年七月に予定されていた基地航空祭におけるデモフライトを延期や中止に追い込んだことがあることが認められるのに対比すると、被告が米軍に対し、原告らが受ける被害の軽減に向けて、真摯で粘り強い交渉をしていることをうかがわせる的確な証拠は見当たらない。外交問題という事柄の性質や米軍空母を横須賀港に受け入れる際の経緯(甲31の124)等に起因している面もあるとは思われるが、横須賀の母港化から長年を経過していることでもあり、被告が設置した硫黄島の施設の積極的で十分な活用を実現するようにするか、それが困難な場合には別の方法を検討するなど被告の努力の場はあると思われる。
(2) 受忍限度を超えるかどうかの判定方法と基準値
ア 前記のとおり、W値が増大するにつれて、航空機騒音の量が増大するという傾向があるところ、原告らに共通する被害の量も、W値の増大に応じて大きくなる傾向があるといって差し支えないから、受忍限度を超えるかどうかの判定に当たっては、騒音を数量的に示す数値を用いるのが相当である。
ところで、W値による評価は、騒音のピークレベル、継続時間、発生頻度、昼夜における影響度等を加味して、間欠的に発生する航空機騒音が、総体として、日常生活の中でどのように感じられているかをとらえようとするものである。W値の概念は、当該地域の住民が受ける感覚騒音量をより適切に評価する方法として、ICAOが提唱した指標であって、現時点において、信頼性の高い評価方法の一つであるということができる。
そして、厚木基地周辺の航空機騒音の測定資料等として提出されている証拠においても、航空機騒音の評価方法についてW値が採用されており、本件における当事者の主張もW値を基準にされていること、厚木基地周辺のW値については、前記(第3の4)のとおり、被告によって、第一種区域等が指定されるのに伴い、詳細なコンター図が作成されるに至っており、当該コンター図におけるW値は、当該地域における騒音状況の実態を適切に反映したものと考えられること、これらの諸事情に鑑みると、受忍限度の判断に当たっても、W値を用いることが適切であり、また現実的であるというべきである。
イ そうすると、これまでの諸事情を総合して、航空機騒音環境基準における類型Ⅰの地域(専ら住居の用に供される地域)と類型Ⅱの地域(その他の地域であって通常の生活を保全する必要のある地域)とに区分し、前者の地域においてはW値七五の値を超える地域に居住する原告らについて、後者の地域においては同様にW値八〇の値を超える地域に居住する原告らについて、例外的に請求が棄却される原告らを除き、受忍限度を超える被害を受けていると認定するのが相当である。したがって、被告は、上記の地域に居住する原告らに対しては、それぞれ騒音の程度に応じて後記のとおり基準額の異なる損害賠償責任を負うことになるといわなければならない。
ウ 第一次、第二次訴訟では、一律にW値八〇の値をもって、受忍限度を画する値としていたところ、本訴において、当裁判所が上記のように判断した理由は、次のとおりである。
(ア) まず、航空機騒音環境基準では、類型Ⅰの地域ではW値七〇、類型Ⅱの地域ではW値七五と設定され、ただ、その当時の現状から直ちに上記基準値を達成することが実際上困難であることを踏まえて、第一種空港等では、一〇年を超える期間内に可及的速やかに達成するとの努力義務が課せられた。ところが、本訴は、環境基準設定から、二二年を経過して提訴され、口頭弁論終結時で既に二五年以上を経過しているのである。そうすると、基準値を達成することが実際上困難であることを理由に、上記環境基準値を無視することは相当ではない。
(イ) しかも、本件においては、前記のとおり、上記基準値策定後に、NLPが開始され、騒音被害を拡大させた事実が認められる。また、NLP被害の解消のために作られた硫黄島訓練施設を十分に活用しているとは言い難く、NLP通告以外の艦載機の飛行について、周辺住民に情報を開示して、理解を求める動きはないこと等の実情にある。そして、何よりW値七五の地域に居住する原告らについても、前記のとおり、相当な被害をもたらしていると認められる。
(ウ) ところで、環境基準は、国民の健康で文化的な生活の確保に寄与することを目的として策定されるものであり(環境基本法一条)、損害賠償請求訴訟における受忍限度を超える違法の有無を画する基準とは当然に同じではない。そこで、航空機騒音環境基準のW値をそのまま受忍限度を画するW値として採用するのは適当ではない。ただし、同基準における地域の用途類型ごとに区別するといった考え方は参考にすることができる。
そうすると、少なくとも類型Ⅰの地域に居住する原告らについては、より航空機騒音環境基準値に近いW値七五をもって、そして、類型Ⅱの地域に居住する原告らについては、なおW値八〇をもって、受忍限度基準値とするのが相当である。
(3) W値七五・類型Ⅱの地域に居住する原告ら
原告らは、別紙9W値七五・類型Ⅱ居住状況一覧表記載の原告らが、同別紙の「居住地」欄記載の住所地に、同「請求期間(原告らの主張)」欄記載の期間(なお、終期が空欄の者については、現在までという趣旨である。)居住していた旨主張するところ、上記住所地の都市計画法八条一項における用途地域の区分は、同別紙「用途地域(認定)」欄記載のとおりであって、いずれも、類型Ⅱに該当する地域である。
したがって、上記原告らが、上記住所地に居住していたとしても、当該期間については、受忍限度を超える騒音被害を受けていたと認めることはできない。そして、別紙9に記載した原告らのうち、原告伊澤フミ子(ざ109)、同伊澤ミネ(ざ110)、同岩間敏(や103)、同岩間敬子(や104)、同岩間彩(や105)、同岩間文洋(や106)、同齋藤圭美(や2129)、同齋藤学(や2130)、同新倉正義(や2588)、同新井恵子(や3331)及び同中丸貴子(や3332)については、同原告らが居住する旨主張するコンター内の住所地は同別紙「居住地」欄記載の地点のみである(別冊の原告ら準備書面(15)の該当欄のとおり)。したがって、同原告らについては、受忍限度を超える被害が発生する地域に居住していた事実の主張・立証がないことになるから、同人らの請求を棄却せざるを得ない。他方、別紙9記載の原告らのうち、上記の一一名を除く原告らについては、請求期間中に、同別紙「居住地」欄記載の居住地以外にW値八〇以上の騒音地域に居住していた期間が認められるので、その期間については、損害賠償が認められることになる。その内容は、別紙2の該当欄記載のとおりである。
なお、原告らは、原告藤田恵子(や3269)が居住していた大和市下鶴間<以下略>は、準工業地域である旨主張するが、実際には第一種低層住居専用地域であるから、類型Ⅰの地域に該当する。したがって、同人が上記住所地に居住していた期間の損害についても別紙2のとおり、賠償額に算定するのが相当である(なお、用途地域の種別については、主張に反した認定をしても弁論主義に反しない。)。
(以上の事実につき、甲14の1・3ないし6、93、乙19の1・3ないし6、弁論の全趣旨)
3 被告の主張に対する判断
(1) 根拠法条
被告は、米軍の使用に供されている関係では、厚木基地の航空機騒音に関する被告の損害賠償責任についての根拠法条は、民事特別法である旨主張する。
しかしながら、厚木基地内の本件飛行場区域のうち、地位協定二条一項、同条四項(a)(b)のいずれの根拠に基づき米軍の使用に供されている施設についても、同協定の規定上被告も管理権を有するものであり、かつ、被告が上記の管理権を有することについては当事者間に争いがない。そして、被告は、米軍との関係で危害発生の回避可能性がないと主張するわけではない。したがって、前記のとおり、被告に対し国家賠償法二条一項を根拠法条として賠償責任を求める原告らの請求は、肯定できるものである。
なお、このことと、原告らが被告に対して民事特別法二条によっても請求をすることができるかどうかとは別問題であるが、いずれにしろ、本訴において被告の責任を肯定することに支障はない。
(2) 基準とすべきコンター図
ア 厚木基地周辺のW値については、前記(第3の4)のとおり、被告によって、詳細なコンター図が作成されるに至っているところ、この点に関し、被告は、平成六年以降、騒音状況は大きく改善したから、それ以前に作成されたコンター図を基準にすることは適切ではないと主張する。
イ しかし、前記(第5の2(9))のとおり、平成六年以降騒音状況が大きく改善されたとの主張は採用することはできない。なお、前記認定事実、特に自治体騒音測定データ等によれば、NLPの分散訓練の実施等により上記コンター図の一部において、現在の騒音の実態と若干齟齬が生じてきていると思われる点もないではない。しかし、自治体騒音測定データ等とコンター図とを対比すると、現時点でも概ねコンターのW値が上昇するにつれて騒音測定回数等の数値も上昇することが認められること、現時点では上記コンター図以外にこれを上回る精度の高いコンター図が存在しないこと、被告は多数の測定地点において継続的に騒音を測定しており、騒音の実態の変動に即して、新たにコンター図を作成することができる立場にあると思われるにもかかわらず、本件においてこれを作成して提出していないこと等を考慮すれば、上記コンター図におけるW値をもって、受忍限度を画する地域を判定するのが適切であるというべきでる。
第10 危険への接近の理論の適用の有無
1 危険への接近の理論とその適用についての被告の主張
(1) 危険への接近の理論
危険に接近した者が、その存在を認識しながらあえてそれによる被害を容認していたようなときは、事情のいかんにより加害者の免責を認めるべき場合がないとはいえない。すなわち、居住者が航空機騒音の存在についての認識を有しながらそれによる被害を容認して居住したものであり、かつ、その被害が騒音による精神的苦痛ないし生活妨害のようなもので直接生命、身体にかかわるものでない場合においては、当該空港の公共性をも参酌して考察すると、居住者の入居後に実際に受けた被害の程度が入居の際同人がその存在を認識した騒音から推測される被害の程度を超えるものであったとか、入居後に騒音の程度が格段に増大したとかいうような特段の事情が認められない限り、その被害は同人において受忍すべきものというべく、その被害を理由として損害賠償の請求をすることは許されないものと解するのが相当である(大阪空港大法廷判決参照。以下、この理論を「危険への接近の理論」という。)。これは、法的には、被害者の承諾、危険の引受けと共通の基礎を持つ違法性の阻却事由であると考えることができる。
(2) 被告の主張
この点に関し、被告は、危険への接近の理論を本件に適用すべきであるとし、その理由につき、次のとおりに主張する。
すなわち、米軍の空母ミッドウェーが横須賀港をいわゆる母港としたことに伴い、同空母艦載機が厚木基地周辺に飛来するようになった後の昭和四九年一月一日以降に転入した者(被告別表(第32表)記載の原告ら全員)については、①航空機騒音による被害の発生状況についての認識とその容認があったから、特段の事情がない限り、被告の免責を認めるべきである、②仮にその後の昭和五七年二月以降、NLPが開始されたことにより騒音の程度が格段に増大したとの特段の事情があると認められるとしても、同年五月以降に転入した者(同別表の「減額新基準日」欄に○の付された原告ら)については被告の免責を認めるべきであるし、また、NLPの実施回数は、平成六年から格段に少なくなり、もはや特段の事情として評価し得ない程度となったから、同年以降の被害についても被告の免責を認めるべきである、③仮に、航空機騒音の存在について容認していなかったとしても、上記騒音についての認識を有し、あるいは過失によりこれを認識しないで転居してきた者については、損害賠償額の認定に当たっては相当額の減額をすべきである、と主張する。
そこで、以下において、被告が主張する免責の法理(上記①・②)と減額の法理(上記③。ちなみに、減額の法理は大阪空港大法廷判決が明示的に述べたものではない。)とに分けて、本件における危険への接近の理論の適用の有無について検討する。
2 危険への接近の理論(免責の法理としてのもの)の適用の有無
(1) 共通的な前提事実
前記認定事実に加え、証拠(甲8の1、24、32、33、35、36ないし84、乙2・5、原告らの陳述書及び供述)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
厚木基地の周辺については、①昭和三五年ころから航空機騒音問題について新聞報道がされるようになったところ、昭和四六年ころから空母ミッドウェーの横須賀母港化問題が生じ、昭和四八年一〇月初めに同空母が初入港し、その直前ころから艦載機が厚木基地に飛来するようになって、激甚な騒音発生が問題とされるようになったこと、②空母ミッドウェーの横須賀母港化等に対しては、その問題が発生して以来、政党、住民団体等による反対抗議運動等が行われ、入港のころには厚木基地周辺の騒音等による被害が社会問題として注目を集めるようになっていたこと、③昭和五七年二月以降NLPが実施されるようになり、それに伴い、騒音発生は周辺住民の夕食時から休息、睡眠時間である夜間に及び、その間反復的、連続的で激甚な航空機騒音がもたらされるなど、騒音発生の時間帯、頻度、音量及び音質等の点において、他の航空機騒音とは質的に異なる被害が発生するに至り、NLPについても多くの報道がされ、また、自治体、住民による抗議、要請、陳情運動が重ねられた。
他方で、厚木基地は実際には大和市、綾瀬市及び海老名市に所在するが、その所在地については周辺自治体の住民にとってさえも必ずしも周知であるとはいい難く、その名称に「厚木」とあることから神奈川県厚木市に所在すると誤解する者が多い。
以上の事実が認められる。原告らの陳述書及び供述において、非常に多くの原告らが、厚木基地の所在地について、神奈川県厚木市であると誤解していた旨、騒音地域内に居住を開始した多くの原告らが、厚木基地の存在について知らなかった旨を述べているところ、これは、概ねそのとおりのことであったと認めるのが相当である。また、厚木基地における航空機の飛行回数、飛行コースは、年間を通して一定ではなく(前記第5の1・2)、基地周辺の住民らないし自治体に飛行予定や騒音の程度等が開示されることはない。基地周辺の住民らにとっては、NLPの通告時を除けばいわば全く分からないに等しく、この点において、ほぼ一週間単位で飛行予定が定まっているということができる民間空港の場合とは著しく異なるということができる。
(2) 適用の有無
ア 転入原告ら関係
(ア) (1)の前提事実を基礎とすると、厚木基地周辺のコンター内に転入予定の者が、仮に、厚木基地の存在については知っていたとしても、たまたま航空機の飛行が比較的少ない日曜、祭日等に下見に来たため、実際に周辺地域に転居してきて一定期間生活を開始するまでは、その航空機騒音の有無、頻度、程度等の実態までは知らなかったであろうことは推認するに難くない。また、被告がコンター図や飛行コース、騒音の実態等について、コンター内に入居予定の住民らに対して、積極的に情報を提供したことを認めるに足りる証拠はない。
そうすると、本件に顕れた証拠(特に原告らの陳述書等)によれば、原告らの中には、厚木基地の存在や航空機騒音の存在をある程度知っていた者があることは認められるが、前記のように、騒音の発生状況に常態性、定期性がない(例えば、原告山口繁美本人尋問の結果によれば、当該本人尋問がされた平成一一年七月一二日の前後の飛行は二週間に三回程度である旨が認められる。)ことに照らせば、原告らが入居する前に、騒音の実態について、正確に把握することは極めて困難であるといわなければならない。
(イ) そして、原告らの多くは、コンター内に転入した理由につき、仕事や家族の事情に基づくものであると供述し、陳述書にその旨を記載するところ、それは信用することができ、少なくとも本件の侵害行為及びこれに基づく被害を積極的に容認するような動機が原告らにあったことを認めるに足りる証拠はない。
(ウ) そうすると、上記のような原告らが、厚木基地周辺の騒音状況、騒音実態を正確に把握していたと推認することはできず、また、これによる被害を容認していたと認めることはできない。したがって、これらの原告らに免責の法理としての危険への接近の理論を適用する前提を欠くといわなければならない。
イ 再転入等原告らの関係(被告の主張に対する判断)
(ア) 被告は、少なくとも、厚木基地における騒音被害が明らかになった日以降に厚木基地周辺のコンター内に居住した経験を有した者であって、①その後、いったんコンター外に転居したにもかかわらず、再びコンター内に居住を開始するに至った者、②より騒音レベルの高い区域に転居した者、及び③何度もコンター内で転居を繰り返した者(被告別表(第32表)の「免責の基準日」又は「新免責基準日」欄に①ないし⑧と付された原告ら)については、基準日以降において厚木基地周辺に居住を開始するに際し、厚木基地の騒音を認識していたことが明らかであり、被害の容認が推定されると主張する。
確かに、上記の被告が指摘する原告らのうち、転居先(①については再転入先)が、当初の居住地点に近く、その航空機騒音の実態をほぼ正確に認識できる場合には、その転居の時点で、当該地点の騒音状況について十分認識していたと推認することができる。しかしながら、地域別甲6・7号証及び弁論の全趣旨によれば、そのような原告らについては、勤務先・学校等との関係で、一度離れた親元や出身地に戻ってきたという原告ら(①の類型)や、当初居住していた地域に生活の基盤ができたことから、近隣に転居した原告ら(②③の類型)がほとんどであると推認され、同人らの転居については、見方によれば、それなりの理由のあるいわばやむを得ない事情によるということができる。また、移動先がごく近隣である場合には、そもそも危険に接近したと評価することができず、危険への接近の理論の適用の前提を欠くことになる。
次に、被告が指摘する原告らのうち、転居先(①については再転入先)が、当初の居住地点から比較的遠い場合(例えば、綾瀬市内に居住していた者が、相模原市内に転居する場合など)には、その者らは、現実にその転居先の騒音の実態を体験したというわけではない。そうすると、この者らについては、前記のように、当初コンター内に入居する前に、騒音の実態について、正確に把握することは極めて困難であるといわざるを得ず、かつ、移動時点では、移動先の騒音状況について十分認識していたと推認することはできないということになる。したがって、この者らについては、騒音実態の正確な認識がないことになるから、危険への接近の理論の適用の前提を欠くことになる。
(イ) なお、被告は、上記(ア)の①ないし③の類型に当てはまる者のうち、特に被告別冊最終準備書面添付の別紙記載の三七名の原告らについて、上記原告らの居住状況に係る陳述書(地域別甲6・7号証)等からは、特に転居が選択の余地のないやむを得ない事情であると認めることができず、免責の法理が適用されるべきである旨主張する。
しかしながら、上記三七名の転居の事情に関する陳述書(地域別甲6号証)や補充の陳述書ないし報告書(地域別甲7号証)によれば、上記の原告らが初めてコンター内に居住することになった経緯は、コンター内で生まれたとか、騒音実態を正確には知らずに、通勤や通学の便利さ、実家との距離、両親等の介護の必要性、従前居住していた土地であること等の様々な事情と経済的な条件を考えて入居を開始したことが認められる。少なくとも、被害を積極的に容認するような動機があったという事実、あるいは航空機騒音の実態を認識しかつそれを避けることができるにもかかわらず自ら望んで再転入あるいは移動を承諾したという事実を認めるに足りる証拠はなく、それなりの事情に基づいて転居したものということができる。したがって、被告の主張は採用できない。
(ウ) 以上のとおり、被告らの主張は認められない。
なお、仮に、①の原告らの再転入後又は②③の原告らの移動後について免責の法理を適用すべきであるとすると、何らかの事情により一旦コンター内に居住した者にとっては、コンター内に転居するとおよそ騒音被害による損害賠償を許容されないことになるが、それは、その者がそのまま転居しないでコンター内にとどまった場合に損害賠償を受けられることと対比すると、極めて不公平な結論となる。そのような観点からも、被告の主張を採用することはできない。
以上の点を、大阪空港大法廷判決が説示する危険への接近の理論との関係でいえば、当初危険なものであることを知らずにこれに接近した者が接近後に危険を認識し、その後再転入した場合であっても、再転入につき、社会生活上の合理的な理由があり、専ら騒音自体を享受する目的であったというわけではないときには、その再転入は、危険への接近の理論との関係では、当初の転入時の事情と同視して判断されるべきであり、結局のところ、同法理の要件の一つ(危険の認識)を満たさないために同法理の適用がないというように構成するのが相当である。また、当初危険を正確に認識することのできなかった者が転居後騒音地域にやむを得ない理由で再転入する場合には、大阪空港大法廷判決のいう特段の事情に準じる場合に該当するので、免責の法理としての危険への接近の理論の適用はないと構成することもできると解するべきである。
そうすると、被告が(ア)(イ)で指摘する原告らに対しても、免責の法理としての危険への接近の理論を適用して被告の損害賠償責任自体を否定することは相当ではない。
3 危険への接近の理論(減額の法理としてのもの)の適用の有無
(1) NLPが開始された昭和五七年二月以降に初めて基地周辺の騒音地域に入居した原告らについては、仮に上記のような航空機騒音があることを認識していなかったとしても、入居前に新居の場所等を確認し、その地理を確認するのが通常であろうから、厚木基地の位置についても、十分認識することが可能であったというべきであり、かつ、前記のような報道の事実に照らせば、新たに入居する地域において、ある程度の航空機騒音による被害が存在することについても、認識することは可能であったというべきである。
被告は、前記のとおり、上記原告らについては、騒音被害の存在を認識しなかったことについて、過失ないし不注意があるとして、損害賠償額の認定に当たっては相当額の減額をすべきであると主張する。被告が主張する減額の法理は、被害者の承諾等に基礎を置くものではなく、当事者双方の衡平を理由に慰謝料額を調整する考え方であると解されるところ、慰謝料額の算定は、裁判所の裁量に属する事項であるが、そのような事実を考慮すること自体は、許されないものではないと解される。
(2) そこで、この減額の法理の本件における適用の有無を検討する。
ア まず、原告らの事情について検討するに、(1)の被告指摘の原告らは、仮に、厚木基地の存在やその転入先にある程度の騒音被害が生じていることを認識しなかったことに、一定の不注意があるとされるとしても、前記のとおり、下見の際には当該原告らが騒音の実態を正確に認識することができないのが通例であり、当該原告らが騒音実態を容認して入居したとまでの事実は認められない。のみならず、地域別甲6・7号証によれば、当該原告らは、自己又はその家族の勤務先・学校への通勤・通学の便や、自己ないしその配偶者の親の介護の必要、適当な住宅地としての選択等、社会生活上、相応なさまざまな事情から、騒音地域に入居していることが認められる。もとより、興味本位で騒音地域に転居してきて被害を声高に主張するような者がいるといった事情はうかがわれない。
イ また、厚木基地は、神奈川県内で川崎市についで人口密度の高い大和市や、綾瀬市、海老名市、藤沢市、相模原市、座間市等、東京や横浜などの大都市に隣接する住宅地の周辺に所在しており、東京や横浜等への通勤電車の一部がコンター内にあるなど、全国にもあまり例のない人口過密地域の中にある。しかも、騒音問題が生じる前から電車通勤網が整備され、戦後、住宅地として急速に発展してきた地域である(厚木基地の位置は争いがない。その余は、証拠(甲8の1、19、20、35)及び弁論の全趣旨から認められる。)。騒音地域は、このようにもともと住宅地域として存在する基礎があるし、現にそのようにして発展してきた。原告らの中にも、都心への通勤電車の駅である小田急線江ノ島線等の停車駅から、徒歩数分のところに所在する住宅地が、騒音被害の最も激甚な地域にあるとは、想像しなかった旨の感想を述べる者が多い(原告らの陳述書及び供述)。
ウ 他方、厚木基地周辺の騒音被害は、その被害が著しくなった昭和四九年から既に二七年が経過し、NLP開始からも既に一九年近く経過しており、その間、県及び基地周辺六市等の自治体、市民団体、多くの住民等が、被告ないし米国、米軍等の様々な機関に対して、様々な機会において、騒音被害の解消、厚木基地の返還、NLPの中止・硫黄島訓練施設への完全移転、デモフライトの中止、夜間飛行の差止め等の陳情、要請行動、署名運動等を行ってきたところ(甲24、36ないし84)、米軍相手の問題であり、困難もあろうが、騒音被害の解消、NLPの中止・硫黄島訓練施設への完全移転の見通しも未だ明らかになっていない。このような事情に加えて、厚木基地周辺の騒音被害については、既に二度にわたって、受忍限度を超える違法なものであるという司法判断が確定しているにもかかわらず、被告の対応は、防音工事助成等の周辺対策にとどまっており、被告が厚木基地周辺の被害解消に向けて、本腰を上げて真摯な対応を取っているようにはうかがわれない。
加えて、被告は、前記のとおり、コンター図や騒音の実態について積極的に住民らに開示するなどの情報提供をしているわけではない。
エ 以上によれば、被告が指摘する原告らは、航空機騒音の被害実態を正確に認識しなかったことについて過失があるとまではいえず、原告らの転入事情及び上記の地域的な事情を考慮した場合、原告らが騒音地域内に転入したこと自体によって、非難めいた扱いをされるとすれば、それは正当なことではない。加えて、前記ウのような被告側の事情を考慮すると、減額の法理を適用して原告らの損害賠償額を減額することが衡平の原理に沿うということはできない。
なお、結局のところ、被告が主張する減額の法理は、裁判所の裁量により定める慰謝料額の調整要素にすぎないところ、上記認定事実に加え、そもそも、転入時期によって実際の騒音暴露量に差異が生ずるものではないこと、本件では、すべての原告らが共通する被害について最低限と思われる一定額の損害賠償を求めていることに照らせば、原告らの間にそのような差異を設けることが必ずしも合理的であるということはできない。
したがって、(1)の原告らについて、危険への接近の理論に基づく減額は認められず、転入時期の差異によって、損害賠償額を変更することは相当ではない。
第11 損害の内容等
1 口頭弁論終結前の損害
(1) 損害賠償の一律算定
原告らは、それぞれが受けた生活被害、睡眠被害及び精神的損害の一切につき包括的な賠償を求めているが、その趣旨は、様々な被害を一括し、これに伴う非財産的損害を一定の限度で原告らに共通するものとしてとらえて請求するものと解される。そして、その被害は、前記のとおり、騒音コンター図のW値を参考にして判断することができるから、損害賠償額の算定に当たっても、これらのW値を基準にしつつ、類型的に把握した居住地域に居住する原告らごとに一律に算定することができる。
なお、W値八〇の境界線については、昭和五六年一〇月三一日防衛施設庁告示第一九号による第一種区域に係る境界線ではなく、工法区分線を採用するのが相当である。
(2) 金額と算定単位期間
ア これまでに認定した侵害行為の態様と程度、原告らの受ける被害の程度、原告らが共通被害として賠償請求をしていること、その他一切の事情(別途個別に考慮する防音助成は除くが、それ以外の騒音対策も含む。)を総合考慮すれば、一か月当たりの各区域ごとの原告らに共通の損害賠償額は、次のとおりとするのが相当である。
W値七五以上八〇未満の区域(類型Ⅰのみ) 三〇〇〇円
W値八〇以上八五未満の区域
六〇〇〇円
W値八五以上九〇未満の区域
九〇〇〇円
W値九〇以上 一万二〇〇〇円
イ 一定以上の騒音を伴う航空機の飛行の都度、原告らの損害が発生することからすると、原告らの損害賠償額は、上記の飛行の都度、これを単位として計算するのがより実態にふさわしいとも思われるが、艦載機などが毎日定期的に飛行しているわけではないこと、反面NLPの時期などは数え切れない回数の飛行騒音がもたらされること、原告らが一か月を単位に請求していること、本訴における賠償期間が長期にわたっていること等を考慮し、その算定については、原告らの居住期間中、一か月に満たない日数についてはこれを切り捨てた上で、月数を算出して、居住地域のW値に応じて一か月当たりの上記各損害賠償額を積算してこれを算出することとした。なお、遅延損害金請求の起算日は、原告らが提訴日から遡って三年間に及ぶ過去の被害の損害について、同請求をしていること等の訴状の記載の趣旨に照らして、提訴時であると解した。
(3) 防音工事の助成による損害の減額
原告らのうち、防音工事を受けた者及びこれと同居する者については、防音工事の助成によって、被害の減少があると推認できる。ただし、防音工事の効果については、防音室数の増加に比例するとまではいえず、室数増大によって空調設備の電気料金等の維持費が増大することも考慮しなければならない。そうすると、防音工事による損害賠償の減額については、最初の一室につき一〇%を減額し、二室目以降については、一室増加するごとに、五%ずつ減額するのが相当である。
(4) 書証等の提出がない原告らの損害の内容
前記第6の1(3)アのとおり、原告大即信一(え97)及び同米澤博考(や189)は、被害状況に係る陳述書を提出しておらず、他に、同原告らに係る被害状況を推認する的確な証拠は提出されていない。したがって、同原告らについては、本件侵害行為によるその被害及び損害を認めるに足りる証拠がないというべきである。
また、別紙5記載の二六二名の原告らは、地域別甲6号証の居住状況に係る陳述書を提出していない。前記第6の1(3)イ記載のとおり、上記原告らから、原告浅原武富(ふ101)ら六名の原告らを除いた二五六名の原告らについては、地域別甲6号証を提出した者と比較して、損害賠償額を減額するのが相当であるところ、減額の割合については、三〇%とする。
2 弁護士費用関係
原告らが本件訴訟の提起及び追行を弁護士である原告ら訴訟代理人らに委任したことは、本件記録上明らかである。
損害賠償請求に係る弁護士費用については、本件訴訟の難易度、認容額等諸般の事情、特に同種事件の第三次訴訟であること等を考慮すると、前記損害賠償額の一割の金額をもって、本件の侵害行為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
3 当事者の死亡後の損害賠償請求権の有無
(1) 当事者の死亡
ア 別紙10死亡原告目録記載(1)(終結前死亡)の「元原告」欄記載の元原告は、本訴係属後口頭弁論終結前に死亡し、その訴訟上の地位は、同目録の「原告(承継人)」欄記載の原告らが「承継割合」欄記載の割合で承継した(承継申立書等の添付書類から認められる。)。
イ また、別紙10死亡原告目録記載(2)(終結後死亡)の「元原告」欄記載の元原告は、本訴の口頭弁論終結後に死亡し、その訴訟上の地位は、同目録の「原告(承継人)」欄記載の原告らが「承継割合」欄記載の割合で承継した(根拠は、前同)。
なお、口頭弁論終結後の当事者の死亡については、原告らからその旨の上申があり承継申立書等が提出され、事実関係が確認できれば、特段の事情がない限り、その旨の承継を認めるのが相当であるので、そのように扱った。
(2) 死亡後の当事者についての損害賠償請求権の帰趨
ア 原告らの損害賠償請求は、人格的利益の侵害を理由に慰謝料(損害金)の支払を請求するものであるところ、死亡した元原告ら(被承継人ら)についてその死亡後に損害が発生する余地がなく、これを相続人らが承継する余地もない。
イ ところで、(1)のうちの口頭弁論終結前の死亡者(元原告)の損害のうち、死亡前の分は承継人の原告が請求することになる。他方、死亡後の損害は発生しないので、原告(承継人)がこれを承継して請求する余地はないことになるし、死亡後の分の請求に係る訴訟は、死亡により当然に終了しているというべきである。(なお、この点は特に主文では表示しない。)
ウ また、(1)のうちの口頭弁論終結後の死亡者(元原告)に係る請求のうち、口頭弁論終結前の損害に係る部分は、原告(承継人)が承継して請求することになるが、口頭弁論終結後死亡時までに係る分は、後記4のとおり、将来請求となるので、その請求に係る訴えは、不適法となる。そして、死亡後の分は、前記の理由により、当然終了となる。
4 口頭弁論終結後の損害賠償請求の許否
(1) 一般に、将来の給付の訴えが許容されるためには、ただ単にあらかじめ請求する必要があるというだけでは足りず、そこで請求される権利は、例えば期限付請求権や条件付請求権のように、既に権利発生の基礎をなす事実上及び法律上の関係が存在し、ただ、これに基づく具体的な給付義務の成立が将来における一定の時期の到来や債権者において立証を必要としないか又は容易に立証し得る別の一定の事実の発生にかかっているにすぎず、将来具体的な給付義務が成立した時に、改めて訴訟により上記請求権成立のすべての要件の存在を立証することを必要としないと考えられるようなものであることを要する、と解するのが相当である。継続的不法行為に基づき将来発生すべき損害賠償請求権についても、例えば不動産の不法占有者に対して明渡義務の履行完了まで賃料相当額の損害金を請求する場合のように、期限付請求権等と同視し得るような場合はともかく、そうでない限り、たとえ同一態様の行為が将来も継続することが予測される場合であっても、それが現在と同様に不法行為を構成するか否か及び賠償すべき損害の範囲如何等が流動性をもつ今後の複雑な事実関係の展開とそれらに対する法的評価に左右されるなど、損害賠償請求権の成否及びその額をあらかじめ一義的に明確に認定することができず、請求権が具体的に成立したとされる時点において初めてこれを認定することができるとともに、その場合における権利の成立要件の具備については当然に債権者においてこれを立証すべく、事情の変動を専ら債務者の立証すべき新たな権利成立阻却事由の発生としてとらえて、その負担を債務者に課するのが不当と考えられるようなものは、将来の給付の訴えにおける請求権の適格を欠くものというべきである。(大阪空港大法廷判決参照)
(2) しかるに、本件においては、これまで検討してきたとおり、原告らの被害が利益衡量上受忍すべきものとされる限度を超える場合に、初めてそれによる損害が賠償の対象となるべきところ、将来の請求の判断に当たって考慮されるべき諸事情は、いずれも将来にわたって変動することが予想されるから、判断時点よりも後の損害賠償請求権の成否及びその額をあらかじめ一義的に明確に認定することはできない。また、判断時点よりも後の事情の変動を新たな権利成立阻却事由とし、その主張及び立証をあげて将来の請求異議事件における被告の責任とすることは、相当でないと考えられる。
したがって、原告らの損害賠償請求に係る訴えのうち、本件口頭弁論終結の日の翌日である平成一四年一月二四日以降に生ずべき損害(これに関する弁護士費用を含む。)の賠償請求に係る部分は、権利保護の要件を欠き、不適法として却下されるべきである。
第12 結論
1(1) 原告らの損害賠償請求に係る本件訴えのうち、口頭弁論終結の日の翌日である平成一四年一月二四日以降に生ずべき損害に係る部分は、将来請求の要件を満たさないから、不適法であり、いずれも却下すべきである。
そして、上記の却下すべき訴え部分とは、別紙10死亡原告目録記載(2)(終結後死亡)の原告(承継人)らの承継分の損害賠償請求及び本件提訴時からの原告らの自己固有分の損害賠償請求のうちの、それぞれ将来請求に係る部分である。
(2) これに対し、原告らの口頭弁論終結前の損害についての賠償請求は、別紙2居住状況・損害賠償額一覧表の原告らについては、その「損害賠償額合計」欄記載の金員及びそのうちの「提訴までの慰謝料額」欄記載の金員に対する遅延損害金の支払を求める限度で、理由がある。
ただし、別紙10死亡原告目録記載(1)(終結前死亡)の元原告らの死亡前の損害についての賠償請求及び別紙10記載(2)の元原告らの終結前の損害についての賠償請求は、対応する別紙10記載(1)(2)の原告(承継人)らの請求として、上記の限度で理由がある。なお、死亡した元原告らのうち、承継人が未確定である場合には、これを後日に譲り、承継人の記載がないままでもやむを得ないものとした(最高裁判所昭和三七年三月一五日第一小法廷判決・裁判集民事五一号三三一頁参照)。
そこで、上記の原告らの請求をこれらの限度で認容し、上記の原告らのその余の賠償請求は、理由がないからいずれもこれを棄却する。
(3) なお、別紙10記載(1)(2)の元原告らの死亡後に係る請求分は、死亡により当然終了している。
(4) 別紙3被害不存在等原告目録記載の原告らの請求は、同原告らに損害があるとは認められないので、これを棄却する。
(5) 訴状において原告とされたもので、上記の判断対象に取り上げられていない元原告ら(通し番号の欠番になる元原告が該当する。)は、訴え提起後にその請求が取り下げられた者である。
2 訴訟費用は、全事件を通じて、民事訴訟法六一、六四、六五条を適用して、主文第5項のとおりとする。
3 損害賠償請求を認容した部分については仮執行の宣言を付するのが相当であり、仮執行免脱の宣言は相当でないので付さないものとする。ただし、仮執行の宣言は、原告らの被害の状況、仮執行のために起こり得ると考えられる混乱等を考慮し、被告が仮執行の対象となる現金を準備する期間の猶予を与えるため、執行開始時期につき、本判決が被告に送達された日から一四日を経過したときと定めるのが相当である。
4 よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・岡光民雄、裁判官・窪木稔、裁判官・家原尚秀)
別紙
3〜6、9、10<省略>
2 (前注)
1 死亡した元原告らについては、「死亡者分」の方に記載し、そうでない原告らについては、「生存者分」の方に記載した。
2 当事者の主張の中には、コンター外の居住地及び居住期間に係る事実の主張があるが、コンター外の居住事実は、損害に結び付かないため、すべて省略した。なお、別紙2でW値75と認定した場合は、すべて地域類型Ⅰに該当する地域である。(地域類型Ⅱについては、別紙9参照。)
また、当事者の主張では、原告らが損害賠償を求めた期間の始期(別紙4の「請求開始年月」欄に記載した月)以前におけるコンター内の居住に係る事実も主張されているが、これらの事実も、損害額に影響しないため、認定していない。
3 各居住期間の終期の日については、次の居住期間の始期と重なることがあるため、これを一日としては算入していない。
4 原告らは、提訴までの損害に対応する遅延損害金の請求をしていることから、賠償額の総額とは別に、提訴までの損害に係る賠償額を算定する必要が生じたため、居住期間については、提訴日で分割して記載した。なお、判決本文に記載したとおり、便宜上、月額単位で損害額を算定することとしたため、一か月に満たない居住期間については「0」としてある。
また、同一の居住地に居住している場合であっても、その間に住宅防音工事が実施された場合は、便宜上、住宅防音工事の完了日から新たな居住期間が開始するものとして記載し、損害額を算定した。それによって、居住期間が細分化し、一か月に満たない期間が発生して、原告らに不利に作用する場合も出てきたが、やむを得ないものとして判断した。
5 判決本文記載のとおり、書証を提出しないことから、損害賠償額が減額される原告らについては、慰謝料額小計の欄以外では、減額後の賠償額を記載し、「備考欄」に「3割減」と記載した。
6 提訴当時と氏が異なる場合は、原則として、弁論終結時の氏名を記載した。
別図2<省略>
別冊
原告側主張書面<省略>
被告側主張書面<省略>
別紙
2<抄> 居住状況・損害賠償額一覧表
生存者分
原告番号
氏名
W値
居住地
基準
居住期間
防音工事
慰謝料
慰謝
料額
提訴までの
損害
賠償額
備考
月額
始期
終期
月数
室数
減額率
小計
合計
慰謝
料額
合計
あ1
三川利夫
80
綾瀬市綾西<以下略>
6000
H6.12.8
H9.2.14
26
1
10
140,400
6000
H9.2.14
H9.12.8
9
5
30
37,800
6000
H9.12.8
H14.1.23
49
5
30
205,800
384,000
178,200
422,400
あ2
三川つる子
80
綾瀬市綾西<以下略>
6000
H6.12.8
H9.2.14
26
1
10
140,400
6000
H9.2.14
H9.12.8
9
5
30
37,800
6000
H9.12.8
H14.1.23
49
5
30
205,800
384,000
178,200
422,400
あ3
三川義夫
80
綾瀬市綾西<以下略>
6000
H6.12.8
H9.2.14
26
1
10
140,400
6000
H9.2.14
H9.12.8
9
5
30
37,800
6000
H9.12.8
H14.1.23
49
5
30
205,800
384,000
178,200
422,400
あ4
菅家靜子
80
綾瀬市綾西<以下略>
6000
H6.12.8
H9.11.20
35
1
10
189,000
6000
H9.11.20
H9.12.8
0
4
25
0
6000
H9.12.8
H14.1.23
49
4
25
220,500
409,500
189,000
450,450
あ5
府川由美
80
綾瀬市上土棚南<以下略>
6000
H6.12.8
H8.4.28
16
96,000
80
綾瀬市綾西<以下略>
6000
H8.4.28
H9.11.20
18
1
10
97,200
6000
H9.11.20
H9.12.8
0
4
25
0
6000
H9.12.8
H10.8.28
8
4
25
36,000
80
綾瀬市上土棚南<以下略>
6000
H10.8.28
H11.9.2
12
72,000
210,840
135,240
231,924
3割減
あ6
菅家勉
80
綾瀬市綾西<以下略>
6000
H6.12.8
H9.11.20
35
1
10
189,000
6000
H9.11.20
H9.12.8
0
4
25
0
6000
H9.12.8
H13.1.5
36
4
25
162,000
80
海老名市柏ヶ谷<以下略>
6000
H13.1.5
H14.1.23
12
72,000
423,000
189,000
465,300
あ7
佐藤憲助
80
綾瀬市綾西<以下略>
6000
H6.12.8
H9.3.24
27
2
15
137,700
6000
H9.3.24
H9.12.8
8
5
30
33,600
6000
H9.12.8
H14.1.23
49
5
30
205,800
377,100
171,300
414,810
あ8
佐藤尭子
80
綾瀬市綾西<以下略>
6000
H6.12.8
H9.3.24
27
2
15
137,700
6000
H9.3.24
H9.12.8
8
5
30
33,600
6000
H9.12.8
H14.1.23
49
5
30
205,800
377,100
171,300
414,810
あ9
佐藤友子
80
綾瀬市綾西<以下略>
6000
H6.12.8
H9.3.24
27
2
15
137,700
6000
H9.3.24
H9.12.8
8
5
30
33,600
6000
H9.12.8
H14.1.23
49
5
30
205,800
377,100
171,300
414,810
あ10
三沢由利江
80
綾瀬市綾西<以下略>
6000
H6.12.8
H9.3.24
27
1
10
145,800
6000
H9.3.24
H9.12.8
8
2
15
40,800
6000
H9.12.8
H14.1.23
49
2
15
249,900
436,500
186,600
480,150
あ11
久保田良三
80
綾瀬市綾西<以下略>
6000
H6.12.8
H9.3.24
27
1
10
145,800
6000
H9.3.24
H9.12.8
8
3
20
38,400
6000
H9.12.8
H14.1.23
49
3
20
235,200
419,400
184,200
461,340
あ12
大平蔀
80
綾瀬市綾西<以下略>
6000
H6.12.8
H9.12.8
36
1
10
194,400
6000
H9.12.8
H14.1.23
49
1
10
264,600
459,000
194,400
504,900
あ13
大平文子
80
綾瀬市綾西<以下略>
6000
H6.12.8
H9.12.8
36
1
10
194,400
6000
H9.12.8
H14.1.23
49
1
10
264,600
459,000
194,400
504,900
あ15
大平剛
80
綾瀬市綾西<以下略>
6000
H6.12.8
H9.12.8
36
1
10
194,400
6000
H9.12.8
H14.1.23
49
1
10
264,600
459,000
194,400
504,900
あ16
大畑節男
80
綾瀬市綾西<以下略>
6000
H6.12.8
H9.11.18
35
1
10
189,000
6000
H9.11.18
H9.12.8
0
5
30
0
6000
H9.12.8
H14.1.23
49
5
30
205,800
394,800
189,000
434,280
あ17
大畑とし子
80
綾瀬市綾西<以下略>
6000
H6.12.8
H9.11.18
35
1
10
189,000
6000
H9.11.18
H9.12.8
0
5
30
0
6000
H9.12.8
H14.1.23
49
5
30
205,800
394,800
189,000
434,280
別紙
7 年間W値
コンターW値
90以上
85
80
80(工)
測定地点
①
野澤宅
⑤
月生田宅
②
吉見宅
③
林間小
④
尾崎宅
⑪
新倉宅
⑫
森山宅
⑥富士見台小
⑨
綾西小
⑰
柏ヶ谷小
⑳
ひばりが丘小
昭和58年
86.5
77.8
77.2
77.5
昭和59年
86.0
73.3
74.8
77.9
75.5
昭和60年
89.1
85.1
81.2
73.2
76.1
77.9
76.7
昭和61年
91.9
85.5
85.0
75.0
79.3
77.8
77.1
昭和62年
91.9
87.1
85.6
76.8
80.6
79.9
81.9
昭和63年
91.4
86.8
85.0
75.1
80.2
78.7
81.4
平成元年
91.3
84.8
88.0
84.9
83.3
86.1
76.1
80.0
80.0
82.6
平成2年
93.2
86.5
90.0
87.9
84.3
86.5
79.4
78.7
81.4
84.7
平成3年
93.3
86.0
89.4
86.9
83.0
86.6
78.5
79.4
80.7
83.6
平成4年
91.9
83.5
88.5
84.2
81.8
86.6
78.1
79.6
78.6
81.1
平成5年
92.1
85.4
89.1
86.1
82.3
87.0
79.5
78.7
79.3
80.3
平成6年
91.1
84.0
87.9
86.1
79.1
平成7年
91.0
83.7
86.9
85.1
79.1
平成8年
90.9
83.8
85.8
85.6
78.8
平成9年
90.9
83.0
85.7
85.5
79.5
84.6
84.5
76.5
76.9
75.9
77.9
平成10年
89.4
81.9
82.8
83.9
78.9
82.6
83.9
74.3
76.7
74.5
75.6
平成11年
90.8
81.9
83.9
83.5
80.1
82.9
84.1
75.2
77.0
75.7
75.8
平成12年
92.4
85.5
85.0
85.8
81.2
85.5
86.4
79.0
79.0
78.3
81.2
平成13年
89.9
83.3
86.9
84.1
78.1
84.3
84.0
76.7
79.5
78.0
78.4
コンターW値
80(工)
75
測定地点
⑦
近藤宅
⑧
栗原宅
⑩
綾瀬市役所
⑬
上星小
⑱
栗原中
file_7.jpg上鶴間中
file_8.jpg鶴園小
⑮
大谷小
⑲
相模中
file_9.jpg南消防署
file_10.jpg市南合庁
平成6年
78.0
78.8
79.0
平成7年
77.7
77.1
78.6
平成8年
78.5
78.9
78.3
平成9年
74.5
71.2
76.3
67.4
78.3
78.7
68.9
77.9
76.9
平成10年
73.3
69.4
75.5
69.0
75.7
77.0
68.3
74.5
74.0
71.8
平成11年
75.6
71.7
76.8
67.4
76.3
76.2
68.4
72.4
76.7
73.0
平成12年
76.1
72.5
79.3
67.7
78.0
78.2
78.8
68.1
75.9
78.3
73.7
平成13年
75.3
72.1
77.5
68.2
77.1
77.1
78.0
68.4
75.5
80.1
73.4
註 ①野沢宅の平成6年以降及び他の測定地点の平成9年以降のW値は,
自治体騒音測定データの月別W値の数値をパワー平均して算出し,
その他のW値は,甲30の2及び弁論の全趣旨により認定した。
証拠上,若干異なるW値の記載があるものがあるが,計算上の誤差等と思われるので,
特に問題としていない。
別紙
8 苦情件数の推移
年度
大和市
綾瀬市
藤沢市
相模原市
海老名市
座間市
横浜市
県
合計
平成3年度
1050
744
162
137
214
510
30
41
2888
平成4年度
417
197
60
51
55
128
18
30
956
平成5年度
746
329
215
162
89
256
36
64
1897
平成6年度
671
163
97
82
19
107
169
49
1357
平成7年度
663
181
83
83
36
96
75
45
1262
平成8年度
703
259
125
308
77
129
244
153
1998
平成9年度
1046
468
175
428
90
226
288
177
2898
平成10年度
1205
379
140
307
130
224
568
278
3231
平成11年度
1400
376
162
268
74
250
421
208
3159
平成12年度
2597
814
399
484
163
547
150
254
5408
別図1
file_11.jpg