横浜地方裁判所 平成10年(ワ)1667号 判決
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 原告ら
(主位的請求)
1 被告は、原告X1に対し、金一〇五九万五〇〇〇円及び平成一〇年六月一〇日から支払済みまで年五分の金員を支払え。
2 被告は、原告X2に対し、金三五三万一六六六円及び平成一〇年六月一〇日から支払済みまで年五分の金員を支払え。
3 被告は、原告X3に対し、金三五三万一六六六円及び平成一〇年六月一〇日から支払済みまで年五分の金員を支払え。
4 被告は、原告X4に対し、金三五三万一六六六円及び平成一〇年六月一〇日から支払済みまで年五分の金員を支払え。
5 訴訟費用は被告の負担とする。
6 仮執行宣言
(予備的請求)
1 被告は、原告X1に対し、金一〇五九万五〇〇〇円及び平成九年九月二二日から支払済みまで年五分の金員を支払え。
2 被告は、原告X2に対し、金三五三万一六六六円及び平成九年九月二二日から支払済みまで年五分の金員を支払え。
3 被告は、原告X3に対し、金三五三万一六六六円及び平成九年九月二二日から支払済みまで年五分の金員を支払え。
4 被告は、原告X4に対し、金三五三万一六六六円及び平成九年九月二二日から支払済みまで年五分の金員を支払え。
5 訴訟費用は被告の負担とする。
6 仮執行宣言
二 被告
(主位的請求及び予備的請求)
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二事案の概要
原告X1の配偶者、その余の原告らの父親であったB(大正一〇年○月○日生まれ。以下「亡B」という。)は、徘徊、失禁等軽度の痴呆症のため、被告が開設する老人保健施設a施設(以下「a施設」という。)に、平成九年八月八日から三か月間、看護・介護サービス、日常生活サービス、リハビリテーションサービス、簡単な医療サービスの提供を受けるために入所した。平成九年九月二〇日午後六時ころ、亡Bは、夕食に提供されたこんにゃくを喉に詰まらせ、被告が開設し、a施設に隣接するb病院(以下「b病院」という。)に搬送され、こんにゃくを取り出した後、治療が続けられたが、翌九月二一日午前一時二一分ころ死亡した。原告らは、被告には、a施設に入所した亡Bに対する監護義務違反、監視義務違反、本件事故後の措置に関する過失等があるとして、主位的には債務不履行、予備的には不法行為に基づく損害賠償請求として、原告ら各自が相続した葬儀費用合計一一九万円、慰謝料合計二〇〇〇万円及び遅延損害金の支払を求めた。
第三争いのない事実
一 亡Bは、原告X1(以下「原告X1」という。)の夫であり、その余の原告らの父親であった(大正一〇年○月○日生まれ。)亡Bは、徘徊、失禁程度の痴呆症であったものの、それ以外の健康状態には特に問題がなかったが、平成九年九月二一日、b病院で死亡した。
二 被告は、平成八年三月二八日、神奈川県知事の開設許可を得て老人保健施設であるa施設を開設した。老人保健施設は、入所者に対して、看護、介護、リハビリテーション(以下「リハビリ」という。)等を行うとともに、日常生活上の世話を行うことを目的として、高齢者の自立支援と家庭復帰を目的とした通過型施設である。対象者は、少なくとも六五歳以上で、症状が安定期にあり、入院の必要はないが、医学的管理の下で、リハビリ、看護、介護を必要とする者である。a施設の入所定員は、一〇〇名(内一〇名がショートステイ定員)、通所定員は二〇名で、デイケア事業及び二週間程度の短期間の受入れをする短期入所ケアも行っている。施設長(医師)以下、スタッフとして、看護婦、介護職員、薬剤師、理学療法士、作業療法士、相談指導員、管理栄養士、事務職員等がいる。老人保健施設は、入所者の病状の急変に対応するため、一つ以上の協力病院を定める必要があり、被告は、a施設と同一敷地内にb病院を開設している。
三 亡Bは、平成八年四月二五日、初めてa施設に入所し、同年七月二四日に退所した。入所期間中、亡Bには、看護・介護サービス、日常生活サービス、リハビリサービス、簡単な医療サービス等が提供された。亡Bは、その後、平成八年一〇月二五日から一一日間のショートステイに引き続き、平成九年八月八日から、三か月間の予定でa施設に入所した。
四 平成九年九月二〇日午後六時ころ、a施設で、亡Bを含めた、入所していた高齢者の夕食が開始された。亡Bの健康状態は、以前と特段の違いはなかった。食事中、亡Bが、夕食として提供されたこんにゃく田楽のこんにゃくを喉に詰まらせた(以下「本件事故」という。)。本件事故に気付いたa施設のスタッフ(以下「被告職員」という。)が、亡Bの口腔内に指を差し入れ、亡Bの喉からこんにゃくを一個を取り出した後、b病院に亡Bを搬送した。
b病院に搬送された際、亡Bにはチアノーゼがみられ、脈が触れず、瞳孔が開いていた。b病院医師が、こんにゃく一個を取り出し、亡Bに対してマッサージを実施し、昇圧剤を投与した結果、自発呼吸が再開し、脈も触れるようになり、心臓も鼓動を開始した。b病院看護婦からの連絡により、b病院に到着した原告ら亡Bの家族は、医師と面談した結果、延命措置は望まないと医師に伝えた。
五 平成九年九月二一日午前一時二一分ころ、亡Bは死亡した。
第四争点
一 被告の過失
(原告らの主張)
1 こんにゃくの提供に関する過失
高齢者は、食事中、食べ物を咽喉に詰まらせ、または咳き込む等の突発的事変により重篤な事態に陥ったり、死亡したりする例が少なくないことはよく知られている。そこで、老人保健施設においては、高齢者に対する食事提供に際し、誤飲事故等が発生しないような食材を厳選すべき義務が存在する。
亡Bは、夕食に出されたこんにゃくを咽喉に詰まらせて窒息死したものであるから、a施設には後記の注意義務違反がある。
(一) こんにゃくを食材に選択した過失
こんにゃくが高齢者に対して危険な食材の一つであることは、高齢者の介護を目的とする書物のみならず、一般的書物にも明示されている。いわゆるこんにゃくゼリーを誤飲して死亡した事故も発生している。a施設は、危険性が高く、かつ、栄養価に乏しく、高齢者施設でことさら提供する必要性のないこんにゃくを食材として提供した。右こんにゃくの提供自体、高齢者を業として預かる施設としては、高齢者の生命、身体の安全に対する注意義務違反が認められる。
(二) こんにゃく料理提供方法の過失
こんにゃくは、比較的軟らかい食べ物であるが、弾力性があり、形状が外圧に対して比較的自由に変化するという特質を有する。そこで、老人保健施設としては、こんにゃくを食事として提供する際には、高齢者が誤って喉に詰まらせることがないように、調理法、大きさ、形状に注意する義務を負担する。
本件事故日、a施設は、危険な食材であるこんにゃくを主食材とするこんにゃく田楽(入所者一人あたりこんにゃく四切れ)を夕食の料理として提供した。しかも、亡Bの咽喉に詰まったこんにゃくは、ゴルフボール大の大きさ三個であった。一切れでさえ危険なこんにゃくを、小さく切り分けることなく、こんにゃく田楽として、四切れも提供したことは、高齢者の生命、身体の安全に対する注意義務違反が認められる。なお、a施設の介護職員の間には、本件事故以前において、こんにゃく田楽の提供が高齢者にとって危険であることが話題となり、問題視されていた。にもかかわらず、漫然とこんにゃく料理を提供し続けた被告には過失が認められる。
また、亡Bは、本件事故の際、こんにゃく田楽を少なくとも複数誤飲している。老人性痴呆症の高齢者は、自分自身で食事することが可能であっても、必ずしも十分な自発的意思に基づいて食事をしているとは限らず、実際亡Bは、提供された食事を次から次へと食べる状態であった。そこで、痴呆症の高齢者にとって、食事が自立しているとは、あくまで付添が不要という程度にすぎないから、こんにゃく料理を提供することは、たとえ細かく切り分けたとしても危険であることに変わりはない。入所者が、こんにゃく田楽複数個を一度に、又は続けて口にした場合、口の中に複数個のこんにゃくが入ることになり、咽喉に詰まる危険性は飛躍的に増大する。右危険性をなんら予測することなく、こんにゃく田楽を漫然と計画し、提供していたa施設の過失及び違法性は大きい。
(三) 本件事故当日の夕食の食材ないし献立に関わる過失
本件事故当時の夕食は、こんにゃく田楽に加え、ごぼう及びきゅうりが食材として用いられている。痴呆症高齢者の食事の状況等に鑑みると、硬い食材を同一機会に一度に食しうる状況で提供したことは、痴呆症高齢者を預かるa施設においては、それ自体に過失が認められる。
2 亡Bの摂食障害事情に関する不注意
老人保健施設においては、痴呆症の高齢者が入所していることから、入所した高齢者を事故等の危険から守るべく善管注意義務を負担していることは当然であるが、その注意義務は、高齢者や痴呆状態の者が入所していることからすると、自ずから重くなっていると考えざるを得ない。また、亡Bのように、七〇歳を越えた高齢者は、健康面には問題はなくても、自己の歯が存在しないため、食事中物を喉に詰まらせ、時には窒息により死亡する危険性があることは経験則上知られていることである。そこで、業として、高齢者を預かる施設としては、このような誤飲事故が発生する危険性を認識した上で、高齢者に接する義務を有し、また、入所者の体調等や、入れ歯装着の有無等の状況に応じた介護をする義務を負うというべきである。とりわけ、a施設は、運営方針として、「個別性を中心にした看護・介護を行い」、「リハビリを中心として日常生活動作(ADL)の向上をめざします。」、「ねたきりに『しない』『させない』で家庭復帰に向けての自立をめざします。」、「併設病院と連絡を密にしながら健康管理を行います。」、「職員が一体となり、心身両面からの支援を行います。」という内容をパンフレットで示しており、入所者から高額な料金を取り、公的補助を受けていることからすると、入所者の痴呆の有無、程度、健康状態、食事時の咀嚼能力等を入念に調査し、かつ、入所者の個別的特性に対応した看護・介護を行う義務を負うというべきである。
亡Bは、自己の歯は下顎に四本残存するのみであり、義歯を上下顎に大曽根歯科医院にて作成したが、これを喪失したため、装着していなかった。亡Bのa施設入所に際しては、予め健康診断書を提出し、右状況も記載し、入所の面接担当にも同様の注意を原告X1から口頭でも十分説明した。
亡Bは、a施設入所以前は常食(通常の食事)を食べており、主食を「全粥(ご飯ではなく、お粥を主食として提供する食事)」に変更しなければならない状態ではなかった。亡B(本件事故当時、七六歳と高齢で、中程度の痴呆症であった。)は、a施設入所から本件事故まで約一か月半にわたり、全粥に変更されていたのであるから(めん類のみきざみ食とされた。)、亡Bには何らかの摂食障害事情が存在したものと推定される。全粥への変更が、本人の嗜好により長期間継続したとは考え難く、仮に本人の希望により全粥に変更されたとしても、長期間全粥を継続することは、かえって高齢者の咀嚼力を衰えさせるから、a施設の基本理念である自立の支援に反する介護方法といえる。そこで、a施設が、亡Bに対し、全粥を約一か月半にわたり継続したことにより、亡Bの咀嚼力が低下し、こんにゃくを咽喉に詰まらせたともいえる。
しかも、亡Bは、本件事故当日は、以前と異なり食欲不振であり、食事の進みが遅くなっていたのであるから、常食のメニューであるこんにゃく田楽を、亡Bにそのまま提供したa施設には、亡Bの摂食障害等の個別的事情に全く配慮しなかった過失がある。仮にこんにゃくを小さく切り分けていたとしても、亡Bの食事の際には、a施設の介護職員及び看護婦は、最大限の注意を払うべきであった。特に、夕食には、介護職員が危険性を認識していたこんにゃく田楽が提供されたのであるから、介護者が亡Bの傍らに付き添って食べさせるべき義務があるが、これを怠った過失がある。
なお、a施設では、本件事故の前後において、誤飲事故が発生している。a施設は、誤飲事故が度重なって発生しているにも関わらず、誤飲事故に対する認識が甘く、その防止に十分な対応を示していない。
また、全粥が提供されている入所者に対しても、副食には一律常食が提供されており、入所者の体調や咀嚼力等を考慮した個別的扱いは一切実施されていない。全粥の場合にも、副食を常食とすることは、本件事故以前に行われたa施設の栄養管理委員会において問題視されていた。亡Bに対するこんにゃく田楽の提供は不適切であった。
3 食事における監視体制及び監視状況の不備
高齢者を預かり、監護・介護を業とする者は、高齢であるが故の事故を予見し、その事故が発生しないような人的・物的設備ないし環境を整備する義務を負う。とりわけ、高齢者による誤飲事故が発生しやすい食事時においては、右整備の必要性は重大である。
a施設の食事時における介護職員、看護婦数は、入居者数(約四〇名)に対する割合における「職員配置基準」に照らして絶対数が不足している。本件事故当時、わずか三名の介護職員で約四〇名の入居者の対応していた。本件事故当時、食事時に介助が必要な入居者もいたこと、介護状況も、常に介護職員が食事中の入居者の様子を見守っているわけではなく、絶えずせわしなく食堂内を歩き回り、出入りする状態であったことからすると、三名の介護職員で、約四〇名の入所者の食事の様子を十分監視していたとはいえない。a施設で採用されていた巡回という監視方法は、被介護者の目線の高さでの介護という介護の基本とかけ離れ、入所者が落ち着いて食事をとれないなど、入所者の心情に対する配慮は不十分である。a施設の介護方法によっては、死角が生じ、本件事故に際しても、亡Bがこんにゃくを咽喉に詰まらせた初期の状況を見落とし、うめき声を上げ、身体を後に反り返らすほどに至って初めて亡Bの異常に気付いたのである。そのため、一刻を争う誤飲事故に際し、初動救命措置の不奏功を招いた。
4 救急救命措置における過失
(一) 誤飲事故の救命措置(タッピング、口腔内への手による食べ物の取り出し、吸引機の利用及び人口呼吸等〔以下「救急救命措置」という。〕。)は一刻を争うという性質上、事故現場で行うことが原則である。車椅子での移動は、振動による誤飲者の状態の変化も予想される。a施設では、本件事故直後、食堂において、救急救命措置を十分実施できたにもかかわらず、亡Bの様子を確認することなく、食堂から車椅子で移動させており、看護婦の指示及び判断は不適切であった。
(二) 救急救命措置は、①タッピング、②取り出し、③吸引機の使用、という順序で行われる。タッピングと取り出しは、具体的状況に応じていずれを先行させても構わないが、吸引機の利用は、食べ物がさらに咽喉の奥に押しやられる危険があるため、一般には最終手段とすべきとされている。本件事故当時、亡Bに対しては、吸引機の利用が、取り出しよりも優先されたようであり、救命措置自体に過失があった。
(三) 人口呼吸は、タッピング、取り出し、吸引機の使用等の措置を実施した後に行われる救急救命措置として常識的救命措置である。しかし、a施設の看護婦及び介護職員は、介護の専門的知識及び経験を有していたにも関わらず、救急救命措置により亡Bの状態が改善されないと判断した後に、人口呼吸を行わなかった過失がある。
(四) こんにゃくが喉に詰まった場合、餅が詰まった場合と同様、四分以内に吐き出させる必要があると推測されるが、本件事故においては、亡Bが、うめき声を上げて、体を反り返すようになるまで亡Bの異常を発見できなかったのであり、亡Bの咽喉にこんにゃくが詰まってから相当の時間が経過したものと推測される。亡Bの咽喉に、こんにゃくが少なくとも二個(a施設内で被告職員が取り出したこんにゃくと、b病院医師が取り出したこんにゃく)詰まるまで、異常を発見できなかったこと自体、a施設の監護体制に注意義務違反があったというべきである。その後、介護職員三人が急に動きまわって亡Bに声を掛け、その後、看護婦の指示で亡Bの場所を移動させ、救急救命措置を施したが、亡Bの口を開けさせるのに時間が掛かり(被告は、亡Bが歯を固く食いしばっていたため、口を開かせるのに時間がかかったと主張するが、窒息状態に陥った者は、息苦しさのあまり、呼吸をしようと口を大きく開くのが本能的動作であり、鼻をつまめば容易に口を開かせることはできたはずであるから、被告職員の対応は不適切であった。)、吸引機を利用し、その上でこんにゃく一個を取り出した後、b病院に搬送したが、右病院到着時には、既に心停止状態が認められるDOAと診断された。窒息状態から心停止状態になるまで約一〇分ないし一五分かかるのであるから、亡Bがこんにゃくを咽喉に詰まらせてからb病院に搬送されるまでに少なくとも一〇分は経過していたと推測される。被告の救急救命措置は、時間がかかりすぎており、やはり過失が認められる。
(被告の主張)
1 こんにゃくの提供に関する過失
こんにゃくの大きさは、食事をする人が老人であることを考え、一般のこんにゃく田楽よりはるかに小さく切っていた(市販されている通常の大きさのこんにゃく一つ〔縦一二・五センチメートルかける横七・四センチメートルかける厚さ二・四センチメートル〕を縦に一〇等分、横に二等分して二〇個に切り分け、一切れ当たり、縦三・七から三・八センチメートル、横二・四から二・五センチメートル、厚さ一・二から一・三センチメートル大に切り分けていた。こんにゃくは煮ると小さくなるから、実際に提供されたこんにゃく田楽は、切り分けられたこんにゃくよりも小さくなっていた。)。ゴルフボール大のこんにゃくを提供したわけではない。
a施設は、残された能力を再訓練し、できる限り社会生活に復帰させることを目的としているのであるから、食事についてもリハビリにより常食を食べられるように指導している。固い食材を用いることができず、細かく刻んだ食事しか提供できないならば、入所者は流動食のみしか食べられなくなってしまう。また、食事は単体だけで栄養価を決めるのではなく、一日の食事を全体として栄養のバランスを取るものであるから、一つの食材の栄養価のみで食事の適宜を判断することは妥当でない。高齢者は、煮物、和食を好む傾向にあるから、一つ一つの食材を小さく切り分ける等工夫しながら、高齢者が好む食事を提供するのはむしろ当然である。
2 亡Bの摂食障害事情に関する不注意
摂食障害とは、客観的に食事を取る能力を欠いていることをいうものであり、長期継続していない、一日、二日の食欲不振を直ちに病的なものと判断することはできない。亡Bは、常食、全粥を長期間全量食べていたのである。入所者の日常生活能力等には個別的差異があり、一律に論じることはできないが、常食の入所者についても、a施設では注意して食事の提供をしていた。亡Bは、入所時に提出された健康診断書(亡Bの主治医が作成した)によると、既往症として頸椎症と痴呆症があるものの、意思の疎通は可能であり、普通食を食べることができるとされた。入所時に被告職員が亡Bを診断の上作成した「入所判定審査表」でも、亡Bは、食事は自立していた(一部介助を要する項目が二項目あったが、日常動作についても自立していた。)。被告は、亡Bに対しても、前記のように小さく切り分けたこんにゃく田楽を提供したのであるから、被告には過失はない。亡Bは、本人の嗜好により、主食のみ「全粥」とされたが、何らかの介護上の支障があったからではなく、本人の希望に基づくものである。また、めん類のみきざみ食へ変更されているが、これは、介護職員より、食事の際、亡Bがめん類を扱いにくい様子が観察されたため、自らスプーンで簡単にめん類を食べることができるように配慮されたからであり、亡Bが食事について自立していたことから変更されたものである。被告職員が、亡Bを含めた入所者の状況を丁寧に観察していたからこそ、食事に関する右変更が行われたのである。なお、亡Bは入れ歯をしていた。a施設は、入所者の日常生活能力の改善を図ることを目的としており、日常生活の上で極めて重要な食事の能力を低下させる入れ歯の不存在を見落とすことなどあり得えない(仮に、入れ歯がなかったのであれば、b病院歯科で受診させて、製作させていたはずである。)。亡Bは、入れ歯をしていなかったら、常食(粥に変えられる以前は、主食についても通常に炊いたご飯を食べていた。)を、毎回の食事の際、ほとんど全量食べることはできなかったはずである。また、亡Bは、平成九年八月八日の入所後から、基本的に自立して常食を食べ、同年九月一七日の昼食を約三分の一しか食べなかっただけで、本件事故前日までは夕食を全量食べていたのであるから、亡Bに対して、高齢者ではない一般人の食事と比較して小さく切り分けられた食材を使用して調理した食事を提供したことについて、被告に過失はない。
3 食事における監視体制及び監視状況の不備
a施設の入所者は、特別養護老人ホームの入所者と異なり、リハビリにより日常生活の自立能力を確保・改善するために入所しており、食堂で食事をする入所者は、いずれも食事に関しては自立しているので、介護職員は、食堂で夕食を配膳した後は、入所者が食事をする様子を一か所に立ち止まることなく食堂内を常時歩きながら複数で観察する方法で介護している。本件事故は、a施設内の談話室兼食堂で発生したが、亡Bと同時に食事をしていたのは、自立して食事ができる入所者約四〇名であり、介護職員三名が立ち会い(その他、看護婦一名が、食堂のあった三階にいた。)、常時移動しながら、各入所者の食事状況の確認に見落としがないよう観察していたところ、午後六時ころ、通常どおり食事をしていた亡Bが、突然、声もなく座席から後ろに反り返った姿勢をとった(亡Bは、特段声をあげたり、呻いたり、異常な動作をすることはなかった。)。夕食時に立ち会った被告職員は、亡Bに異常が発生するとほぼ同時に、全員がこれに気付いて駆けつけている。被告職員は、直ちに救急救命措置を行ったが、誤飲された二つのこんにゃくのうち、一個しか取り出すことができなかったため、b病院に搬送した。右一連の過程において、a施設の監視体制及び監視状況に格別不備は存在しない。
4 救急救命措置における過失
(一) 被告職員は、亡Bの様子から、誤飲事故が発生したことがわかったため、直ちに救急救命措置を開始したが、亡Bが歯を食いしばった状態で、なかなか口を開けることができなかったので、介護職員は、テーブル等で狭い、食事をとっていた場所から、広いサービスステーション前まで車椅子ごと亡Bを移動し(所要時間は数秒である)、ようやく口を開かせ、口腔内から入れ歯を除去した上で、亡Bを前傾姿勢にして、背中を叩くタッピングを行った。誤飲事故の場合、歯を食いしばっていることが多いので、口をこじ開けなければ、タッピングをしても誤飲物をうまく吐き出せなかったり、吸引機のホースを口腔内に入れること等ができないこと、救急救命措置には入れ歯が邪魔であることから、第一に入れ歯をはずす措置がとられた。タッピングによっても、亡Bは何も吐き出さなかったことから、サービスステーションの中に常備され、タッピングの間、別の職員が準備していた吸引機を使用して吸引をしたが、何も出てこなかったため、看護婦が口腔内に手指をつっこんで、こんにゃくを一個取り出した(食べた際にかみ切られ、夕食に出されたこんにゃく田楽そのままの状態ではなかった。)。酸素の供給停止から、約五分間程度で脳に不可逆的損傷が生じるので、誤飲による窒息状態が生じた場合、その場で救急救命措置を行うことが重要とされているから、被告職員は、直ちに救急救命措置を行ったが、亡Bの誤飲物が喉の深い部分に存在し、取り出すことができなかったため、医師による救急措置以外の方法はないものと判断し、直ちにb病院に搬送し、最も近い病室に移したのである(所要時間数秒間)。
なお、担当看護婦が救急救命措置を行っている間に、被告職員は午後六時三分にはb病院に連絡をして、医師による処置を依頼し、b病院看護婦が、亡Bが到着するまでの間、吸引の準備をし、到着後、a施設の看護婦による救急救命措置に引き続いて、亡Bの到着とほぼ同時に病室に駆けつけた医師が、手指で、かみ切られたこんにゃく片一、二個を取り出したのである。被告職員は、必要な救急救命措置を行い、遅滞なくb病院へ搬送し、b病院において適切な措置を行った結果、自発呼吸が再開したが、原告らが特別な延命措置を求めなかったので、亡Bは死亡したのであり、右一連の過程において、被告に落ち度は存在しない。
(二) 救急救命措置は、その場その場において可能な対応をとることにより実行されるものであり、決められた順番どおりに行わなければならないものではない。被告職員は、行うべき措置はすべて行っており、過失は存在しない。
二 損害
(原告らの主張)
1 葬儀費用 一一九万円
2 慰謝料 二〇〇〇万円
原告らは、右1、2の総額二一一九万円を、法定相続分にしたがって相続した。
なお、本件事故は、被告の複数の過失が競合して発生したものであり、とりわけ、こんにゃく料理提供、献立、食材に関する注意義務違反の競合により、本件事故は起きるべくして起きた事故といえる。また、救急救命措置に関するa施設の指導及び指示の欠如は、亡Bの死亡という最悪の事態を発生させたのであって、亡Bには、本件事故に関して過失は存在しない。
(被告の主張)
被告には過失がないから、損害を賠償する義務もない。
仮に被告に過失が存するとしても、食事について自立し、常食を給食されていた亡Bが、通常どおり入れ歯を装着して夕食を食べる過程で、自ら咀嚼したこんにゃくを誤飲した原因は、第一に亡B自身にあるものであるから、少なくとも九割の過失相殺がされてしかるべきである。
第五争点に対する判断
一 こんにゃくの提供に関する過失
1 事実経過
前記争いのない事実、甲三ないし五、七、八、甲一一の一及び二、甲一七の一、甲一八、乙三、四、乙五の一、四ないし七、一〇、一七、三六ないし四二、乙六の一、三、四、八、一〇、一一、一四、乙七の三、四、五、九ないし一三、一九、二六、二七、乙八の三、四、八ないし一〇、乙一二ないし一四、乙二〇の五ないし七、証人C、同D、同Eの各証言及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。
(一) 亡Bの受診歴等
亡Bは、平成七年一月一七日から三月二九日まで、大曽根歯科医院で受診した。亡Bの口腔には、下顎に四本残存歯があった。三月一七日、最後の義歯が製作された。また、亡Bは、平成八年九月二四日から、平成九年一月二一日まで(それ以降は投薬のみ)大倉山内科クリニックで受診し、老人性痴呆、便秘と診断された。平成九年八月八日、亡Bは、a施設に入所する際、湘南泉病院医師F(以下「F医師」という。)作成の老人健康診査票(六五歳以上)をa施設に提出した。右診査票上、亡Bの健康状態に関して、格別異常は認められなかった。亡Bは、入所前は、食事は出された物を普通に自分で食べることができ、特に病気はなかった。入浴は、一人では困難であった。
(二) 亡Bの事前のa施設入所状況等
亡Bは、平成四年ころ(七一歳)から、老人性痴呆症状が出てきたが、平成八年四月二五日、初めてa施設に入所し、同年七日に退所した。入所期間中、亡Bには、看護・介護サービス、日常生活サービス、リハビリサービス、簡単な医療サービス等が提供された。右入所時、亡Bの日常生活動作は、食事の介助は不要、食事の種類は常食常菜(食事はあるだけ全部食べてしまう。)、主たる疾患名は頸椎症、老人性痴呆(中程度)であった。徘徊等の問題行動はなかった。ぼんやりしていることが多かった。上の歯はなく、下の歯は自歯があった。入所中、食事は常食であった。四月一五日付けで、菊名記念病院医師Gが作成した健康診断書には、病名老人性痴呆、頸椎症、痴呆の程度は、意思の疎通がかろうじて可能な状態、食事内容常食と記載された。退所時指導書には、看護婦により、日常生活動作は、動作も遅く言葉も少ないので、いそがせないこと、転倒に注意することが、栄養士により、常食を摂取しており、摂取状況は極めて良好であること、ゆっくりとよく噛んで食べることと記載された。亡Bは、その後、平成八年一〇月二五日から一一日間のショートステイに引き続き(亡Bは、食事は常食で自立していた。摂取状態は良好であった。上歯はなく、下歯はあった。)。平成九年八月八日から、三か月間の予定でa施設に入所した。被告職員が作成した、亡Bの入所判定審査表には、着脱衣、入浴は一部介助が必要であるが、食事等は自立、痴呆状況は中程度、問題行動は無しと記載された。F医師が、七月一日付で作成した健康診断書(入所申込書)には、既往症は、頸椎症、痴呆、痴呆の程度は、かろうじて意志の疎通が可能、食事内容は普通食と記載された。被告職員作成の入所時記録には、歯は下のみさし歯ありと記載された。
(三) 亡Bは、平成八年八月八日に入所後、食事は常食常菜とされたが、同日の夕食から、全粥常食へと変更された。右変更は、本人の希望に基づくものであった。なお、九月二日夕食から、めん類のみ刻み食となったが、右変更は、食事の介護を担当した被告職員が、九月二日の昼食に出されためん類を、亡Bが丸箸を使っており、滑りやすく、口に入れる前に落としてしまう様子を見つけたため、亡Bがスプーンで食べやすいように変更された。その後、本件事故まで、八月一二日朝食の三分の二、八月一六日昼食の三分の二、八月一七日昼食及び夕食の主食全部、副菜二分の一、八月二九日夕食の主食全部、副菜二分の一、九月二日昼食の四分の三、九月四日朝食の主食全部、副菜二分の一、昼食の主食全部、副菜三分の二、九月一七日昼食の三分の一、九月二〇日朝食の五分の四、昼食三分の二を食べ、残りを残したが、それ以外の食事は、主食、副菜共に全量を食べた。
(四) 平成九年九月二〇日午後六時ころ、a施設で、亡Bを含めた入所者の夕食が開始された。亡Bの健康状態は、以前と特段の違いはなかった。夕食の献立は、常食(主食はご飯)、全粥(主食はお粥)共に、副菜は、さばの香味焼き、きんぴらごぼう、きゅうりの漬け物、こんにゃく田楽であった。こんにゃくは、一人四切れ提供された。
a施設栄養管理士E(以下「E管理士」という。)は、食事をする人が老人であることを考え、こんにゃくを一般のこんにゃく田楽より小さく切っていた(市販されている通常の大きさのこんにゃく一つ〔縦一二・五センチメートルかける横七・四センチメートルかける厚さ二・四センチメートル〕を縦に一〇等分、横に二等分して二〇個に切り分け、一切れ当たり、縦三・七から三・八センチメートル、横二・四から二・五センチメートル、厚さ一・二から一・三センチメートル大に切り分けていた。こんにゃくは煮ると小さくなるから、実際に提供されたこんにゃく田楽は、切り分けられたこんにゃくよりも小さくなっていた。)。E管理士は、粘着質の食材、滑りやすい食材、ぱさぱさした食材、例えば本件のこんにゃくのほか、里芋、のり、高野豆腐、いか、たこ、菜っ葉類の野菜は、高齢者や障害のある人にとっては特にのどに詰まりやすい食材として挙げられるが、これらの食材を提供する場合には、小さく切り分ける等の調理上の工夫をしていた。こんにゃくは、栄養価には乏しいが、なるべく家庭における食事と類似したバラエティーに富んだ食事を提供する、腸をきれいにする、便通をよくする等の理由から、こんにゃくを食材に選択した。きんぴらごぼうは、入所者が食べやすいように軟らかく煮る等により、それぞれが咀嚼力に衰えのある高齢者にあうように調理していた。高齢者には危険であると考えられている食材を一切使わないで日々の食事を三食提供することは、使える食材が少なくなるため、一つの献立を構成することが難しくなると考えられた。
本件事故当時、三階食堂では、亡Bを含めて四〇名の入所者が食事をしていたが、全員が食事に関して自立していたわけではなく、一部介助が必要な者もいた。介護を行っていたのは、C(以下「C職員」という。)、H、I職員であった。C職員らは、食事中の入所者の間を歩きながら、入所者の様子を確認し、必要な介助を行っていた。一人の入所者につきっきりで介助すると、他の入所者に何かあったときに対応ができないので、このような方法が採用された。食材、入所者によっては、誤飲の危険性があるから、場合によっては、被告職員が特定の食材が用いられた料理を入所者からあらかじめ取り上げておき、被告職員が後から付き添って食べさせることも行われていたが、亡Bは、こんにゃく田楽を取り上げる必要性はなかったため、自分自身で食べさせた。C職員らは、誤飲事故が発生しないように注意して見回っていた。
(五) 夕食を始めて数分後、通常どおり食事をしていた亡Bが、突然、声もなく座席から後ろに反り返った姿勢をとった(亡Bは、特段声をあげたり、呻いたり、異常な動作をすることはなかった。)。C職員は、亡Bが、うーと小さくうめき声をあげたので、本件事故に気付いた。夕食時に立ち会った介護職員は、亡Bの異常を発見すると、直ちに、全員が亡Bのもとに駆けつけた。a施設准看護婦J(以下「J准看護婦」という。)は、被告職員の様子から、何か異常が発生したと考え、食堂テーブルの周りは、他の入所者が食事をしている等から狭く、処置を行うことが不便であるから、介護職員に、すぐにサービスステーション前まで移動させるように指示したところ、C職員は、タッピングをしながら亡Bを車椅子に座らせたまますぐに移動させた(食堂とサービスステーションは、車椅子で数秒で移動できる距離であった。亡Bは、食事の際、車椅子に乗っていたこと、座っていた位置が、真っ直ぐ車椅子を移動させればサービスステーションへ到着できる場所だったので、移動には時間が掛からなかった。)。C職員は、ヘルパー資格を取得する際に得た知識から、亡Bの状態が誤飲に基づくものと思い、資格取得に際して実技訓練を行い、修得していたタッピングを亡Bに行った(a施設においても、実技訓練が行われていた。また、看護や、介護を業とする者においては、救急救命措置は、一般的な知識として知られていた。)。その際、亡Bは、赤っぽい顔をして、椅子に直立して少し反り返って座っていたが、口は閉じていて、声はなく、目は半開きとなっていた。そこで、J准看護婦らは、亡Bが何らかの原因で息が詰まったと考え、介護職員らが力を合わせて口を開けさせようとしたが、亡Bは口を堅く閉じていて容易に開けなかった。その間、J准看護婦は、午後六時三分ころ、b病院に連絡を入れた。介護職員らが、ようやく亡Bの口を開かせ、入れ歯を取り出し、車椅子に座らせたまま前傾姿勢にして、背中を叩き、タッピングをしたが、口から何もでてこなかった。介護職員は、タッピングにより異物を吐き出させようとしても、入れ歯に引っかかって上手く出させることができない場合があること、吸引をする際、チューブの挿入を邪魔することがあること、指を入れた場合、かみ切られることがあることから、亡Bの入れ歯(なお、亡Bが入れ歯をしていたかどうかについては後述する。)を取り出すことを最初に行った。
J准看護婦は、タッピングの間、食堂近くのサービスステーション内に常置してあった吸引機を利用して、タッピングに引き続いて吸引機を用いて異物を吸引しようとしたが、何も出てこなかった。亡Bは、その間、口を閉じる傾向にあったが、J准看護婦は、亡Bの口に指を入れて、喉に異物がないか探ったところ、指でこんにゃく一つを取り出すことができた。亡Bは、あーと一言声を出したが、それ以外には全く症状が改善されなかったため、既に連絡済みのb病院での受入れ準備が完了していると判断し、車椅子でb病院に搬送した。a施設とb病院との間は、防火隔壁で仕切られているが、両施設はドアを開ければ相互に行き来ができるようになっていた。
(六) b病院では、看護婦が、亡Bが到着するまでの間、a施設から一番近い病室を用意し、吸引の準備をしていた。
b病院に搬送された際、亡Bにはチアノーゼがみられ、脈が触れず、瞳孔が開いており、呼吸停止状態であった。意識レベルは三〇〇(痛み刺激に全く反応しない)であった。吸引すると、口腔内にこんにゃくがあった。亡Bの到着とほぼ同時に病室に到着したb病院医師D(以下「D医師」という。)が、こんにゃく一、二個(一つの大きさは、親指の第一関節の半分程度)を取り出し、亡Bに対してマッサージを実施し、気道に挿管し、看護婦が手でバックを動かしながら肺に酸素を供給し、昇圧剤を投与した結果、自発呼吸が再開し、脈も触れるようになり、心臓も鼓動を開始した。亡Bの血圧は九〇から一〇〇、心拍は一四〇を保つようになった。b病院看護婦が、原告X1に連絡した。午後七時ころから三〇分ころまでの間、亡Bは、自発呼吸となり、経過観察がされた。カタボン二五ユニット(急性循環不全改善剤)により、血圧が上昇し、瞳孔が正常から縮瞳となった。対光反射はなかった。
(七) 午後九時三〇分ころ、原告X4(以下「原告X4」という。)、原告X2(以下「原告X2」という。)が、b病院に到着した。D医師は、原告X1、原告X4、原告X2に対して、亡Bは、五分から八分、窒息状態が続いたため(D医師は、脳死に至るまでは、三分以上かかると通常いわれていること、連絡を受けてから蘇生が完了するまで五分から八分はかかったであろうことを根拠に、窒息状態が続いた時間を判断した。)、瞳孔散大、自発呼吸が一時停止し、脈拍、血圧が触知できない来院時死亡状態(D医師は、亡Bが、呼吸停止、瞳孔散大、血圧触知できない状態で搬送されたので、来院時死亡状態とカルテに記載したが、窒息状態から来院時死亡状態に至るまでの時間は人により異なるので、一概には判断できない。)でb病院に搬送されたこと、昇圧剤等により自発呼吸が出現したため、全身状態はかろうじて保っているが、脳死の可能性もあること、a施設での食事中にこんにゃくを喉に詰まらせて運び込まれたため、至急詰まったこんにゃくを除去した、一定時間経過後にb病院に運び込まれたため、チアノーゼが出ていて、瞳孔も開いている、現在は昇圧剤により血圧を上げている、b病院には人工呼吸器がないため、延命治療を希望する場合には大学病院等に転院する必要性があると説明した。原告X1らは、自然経過観察を希望した。また、D医師は、亡Bの咽喉から取り出したこんにゃくを見るかどうか原告X1らに問い合わせたが、原告X1らは、これを拒否した。
なお、原告らは、亡Bの咽喉に詰まったこんにゃくは、ゴルフボール大の大きさであったと主張し、原告X4の陳述書(甲一八)、原告X2の陳述書(甲一九)、原告X1の陳述書(甲二〇)、原告X4本人の供述中には、原告X1らは、b病院看護婦が、右手の指を用いて球状にしながら、「こんなに大きなこんにゃくが二つも・・・」とこんにゃくの大きさを説明された旨の記載又は供述部分があるる。
しかし、前示のとおり、a施設では、E管理士が、こんにゃくの危険性を考慮した上で、こんにゃくを小さく切り分けてこんにゃく田楽として提供しており、通常食事に供される大きさであればともかく、ゴルフボール大といった異常な大きさのものが、見逃されたにせよ提供されることはきわめて考えがたく、右主張、供述等は採用しえない。その他、亡Bの咽喉に詰まったこんにゃくがゴルフボール大であったことを認めるに足りる的確な証拠はない。
(八) 九月二一日午前一時ころ、亡Bは心停止したため、心臓マッサージ、用手人工呼吸法、ボスミン(副腎髄質ホルモン)二アンプル、メイロン(制酸・中和剤)一アンプルの静脈注射により、一時的に心拍波形が出現したが、すぐに消滅し、午前一時二一分ころ、心肺蘇生を行ったが反応が無く、死亡した。b病院・K作成の死亡診断書には、直接死因窒息と記載された。
(九) 本件事故以前、被告職員の中から、こんにゃくを入所者に食べさせることは危険であるとの話が出ていた。被告職員らは、完全に自立している入所者には、声を掛けて注意してこんにゃく料理を食べるように指示し、こんにゃくを自分自身で食べさせることが危険であると思われる入所者に対しては、料理が入った皿を事前に取り上げておき、被告職員が食べる様子を確認しながら食べさせる等の注意をしていた。
a施設では、施設長、介護長、管理栄養士、総婦長、理学療法士、事務長等が出席し、栄養管理委員会を毎月一回開催しているが、平成九年八月二八日の栄養管理委員会では、主食が固いため、全粥にしているのに、副菜が常食と同じでは食べられないとの苦情が入所者からあったため、身体的に問題がある場合に限り、今後提供を考えていくことと決定された。九月三〇日に行われた栄養管理委員会では、九月中に誤飲事故が二件発生したが、内一件は、全粥の副菜が飲み込まれず調理された形のまま喉から出てきたものであったとして、全粥は、主食以外常食と全く同じ副菜で提供されているが、咀嚼や嚥下能力が弱い入所者のために、全粥の副菜について食べにくい物を排除して、軟らかい食材を選んで、常食とは別に全粥の副菜として献立を作成し、事故の再発防止を考えていくことと決定された。
2 誤飲一般について
(一) 平成七年八月一日当時、小学館・家庭医学大事典編集委員会が編集した医学事典には、誤飲事件について次のように解説されている(甲九)。
誤飲者が呼吸ができず苦しがっていたら、相手の口を開け、詰まっている物が見えたら指でかき出し、見えなければ、仰向けに寝かせて、のどをそらせ、すぐに呼気吹き込み式の人口呼吸を行う。吐き出させる手当としては、ハイムリック法、叩打法、電気掃除機の利用等がある。吐き出させる手当にこだわりすぎることなく、一、二回手当を行っても吐き出さない場合、一刻も早く誤飲者を医師の手に渡す。
(二) 平成五年九月一五日当時、聖マリアンナ医科大学学長、神経精神科教授L、横浜市総合保健医療センター看護部長Mが、痴呆高齢者の介護について次のように解説している(甲一三)。
自分で食物を選択できない痴呆者には、食物の安全性と共に、食事摂取時の安全性について常に配慮する必要がある。気道への誤飲は、窒息や嚥下性肺炎等の合併症を伴い、生命に対する危険性がある。誤飲しやすいものとしては、魚の骨、義歯、薬を包装してあるプレス・スルーハック、こんにゃく、餅、肉、芋類等がある。誤飲事故が発生した場合、すぐに誤飲者の身体を前かがみにさせて背中をたたく、口の中に手を入れて誤飲したものを取り出す、吸引機がなければ、電気掃除機で誤飲したものを吸い取る。呼吸停止時間を極力短くすることが最優先である。誤飲したものがとれても呼吸が停止していれば、直ちに人口呼吸を行い、同時に救急車を呼ぶ。これらは、すべて瞬時に判断しながら対処する。
(三) 平成九年七月一〇日当時、社団法人日本栄養士会会長・実践女子短期大学教授N、神奈川福祉栄養開発研究所所長P、特別養護老人ホーム正吉苑副苑長・神奈川福祉栄養開発研究所開発部長O、特別養護老人ホームあさひ苑副施設長Qが、老人福祉施設の栄養管理に関して次のように解説している(甲一四)。
救急隊員によると、高齢者が餅を詰まらせた場合、四分以内に吐き出さなければまず半数は助からず、一命をとりとめたとしても、大半は脳障害により社会復帰は困難となる。そこで、本人が気を付けて食べることと、職員が適切な応急処置をとることが大切である。餅の他に、こんにゃくなどを喉に詰まらせる場合があるので、施設ぐるみで救急法を身につけておくとよい。
(四) 平成八年七月一二日、国民生活センターが、こんにゃく入りゼリーによる窒息事故に関して次のとおり広報している(甲一五)。
こんにゃく入りゼリーによる窒息事故二四件のうち、死亡事故が四件、入院事故が六件、結果として事なきをえた場合が一四件であった。
(五) 平成一一年四月四日付け読売新聞、スポーツ報知が、すき焼きの具の誤飲事故に関して次のとおり報道している(甲一六)。
八〇歳の男性が、すき焼きの具を喉に詰まらせて意識不明になったところ、家族から一一九番通報を受けた消防署職員が電話において、背中を叩く、手で詰まった物をかき出す、掃除機で吸い出す等を指示したところ、孫娘(二五歳)が、掃除機により詰まった物を吸い出すことに成功した。
3 以上認定の事実によると、誤飲一般に関し、平成九年当時、老人保健施設一般において、次のとおり認識されていたということができる。
(一) 高齢者、自分で食物を選択できない痴呆者には、食物の安全性のみならず食事摂取時の安全性についても配慮する必要がある。気道への誤飲は、窒息や嚥下性肺炎等の合併症を伴い、生命に対する危険性がある。誤飲しやすいものとしては、魚の骨、義歯、薬を包装してあるプレス・スルーパック、こんにゃく、餅、肉、芋類等がある。
(二) 誤飲事故が発生した場合、すぐに誤飲者の身体を前かがみにさせて背中をたたく、口の中に手を入れて誤飲したものを取り出す、吸引機がなければ、電気掃除機で誤飲したものを吸い取る。呼吸停止時間を極力短くすることが最優先である。吐き出させる手当にこだわりすぎることなく、一、二回手当を行っても吐き出さない場合、一刻も早く誤飲者を医師の手に渡す。誤飲したものがとれても呼吸が停止していれば、直ちに人口呼吸を行い、同時に救急車を呼ぶ。これらは、すべて瞬時に判断しながら対処する。
高齢者が餅を詰まらせた場合、四分以内に吐き出さなければまず半数は助からず、一命をとりとめたとしても、大半は脳障害により社会復帰は困難となる。そこで、本人が気を付けて食べることと、職員が適切な応急処置をとることが大切である。餅の他に、こんにゃくなどを喉に詰まらせる場合があるので、施設ぐるみで救急法を身につけておくとよい。
4 こんにゃくを食材として選択した過失
以上に説示したとおりの本件事故の経緯、老人保険施設における誤飲一般に関する知見等に基づいて判断すると、a施設は、栄養価は乏しいものの、腸をきれいにする、便通をよくする等の理由によりこんにゃくを食材として選択したこと、小さく切り分ける等、高齢者に提供する食材であることに十分配慮していたこと等に照らし、こんにゃくを食材として選択したこと自体について、被告に注意義務違反があったとは認められない。
この点、原告らは、こんにゃくは、危険であるのみならず、栄養価に乏しく、高齢者施設で食事に提供する必要性はないから、こんにゃくを食材として提供したこと自体が過失であると主張する。しかし、原告が主張する栄養価の趣旨が必ずしも定かでないが、前記のとおり、こんにゃくは身体のコンディションを整えるに有用な食材であり、食事の献立は、栄養のバランス、食材、調理方法などが片寄りなく構成されるように配慮されて、食する者の日々の身心が整えられることになるのであるから、有毒物などの一般食材として不適当なものであればともかく、通常食材として使われ、身体にとって有用であるものについて、単に誤飲の危険性があるという一事によって食事に供したこと自体に過失があるとはいえない(一般家庭において通常摂取される食材の多くが、場合によっては誤飲の危険性があるといえばある。)。
また、前記のとおり、a施設においては、E管理士の管理に基づいて、小さく切り分けるという調理上の工夫、四切れのみ提供する数量の制限等、誤飲事故を防止するために必要な注意は十分尽くされているというべきであり、a施設の入所者が高齢者であることを考慮しても、こんにゃく田楽に調理する方法で食事として提供したことについて、老人保護施設として過失があったとまでは認められない。
また、原告らは、こんにゃく料理を田楽として提供した方法に過失があったと主張する。
しかし、a施設が提供したこんにゃく田楽のこんにゃくは、小さく切り分けられており、ゴルフボール大の大きさであったとは認められないこと、亡Bは、本件事故以前から、自立して普通食を問題なく摂取することができていたのであるから、誤飲の危険性を考慮して、小さく調理されたこんにゃく田楽四切れを提供したことが不適切とはいえないこと、a施設は、入所者の自立を支援する施設であり、食事について自立した入所者には、通常の家庭料理になるべく近い食事を提供することは、むしろ老人保健施設の目的に合致するともいえるのであるから、原告の右主張は理由がない。
5 本件事故当日の夕食の食材ないし献立に関わる過失
こんにゃく田楽を提供したことについて、被告に過失が認められないことは前記のとおりである。
きんぴらごぼうについても、前記のとおり、a施設は、高齢者である入所者が食べやすく、軟らかく煮てから提供したのであるから、きんぴらごぼうを提供したこと自体に、被告に過失は認められない。
きゅうりの漬け物も、通常の食事において、他の食材と共に少量提供されることはむしろ当然というべき(高齢者の嗜好に合致するともいえる。)であって、きゅうりの漬け物を提供したこと自体に、被告に過失は認められない。
原告らは、これら硬い食材を同一機会に一度に提供したことは、老人保健施設であるa施設の過失であると主張するが、前記のとおり、右食材は、すべて通常の家庭料理に一般的に用いられる食材であり、その組み合わせも通常の食事において格別不自然な組み合わせではなく、高齢者の特質に応じた調理がされ、高齢者の嗜好に合致し、入所者の自立を支援する施設であるa施設が、右献立を提供したことについて、注意義務違反が存在したとはいえない。
二 亡Bの摂食障害事情に関する過失
乙一二、一三、証人C、同Eの各証言及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。
入所者の日常生活における自立の確保を目的とするa施設において、入れ歯の有無は、固い物を噛むことができるか否かについて、重大な影響があり、提供する食事の種類(常食・全粥)の選択にも関わるため、被告職員らは、十分に注意していた。a施設では、入れ歯がない入所者に常食を提供することはなかった。食事中に介護に当たる被告職員は、入所者の食事中の様子を注意して観察し、問題がある場合には、栄養士等に報告をすることとなっていた。入れ歯がなかったり、壊れた場合には、隣接するb病院歯科で容易に製作することができた。入れ歯は、入所者自身が管理すると、紛失するおそれがあるため、夜間は被告職員が入所者から預かり、洗浄の上、翌朝入所者に返還していた。亡Bも、入れ歯を有していた。
この点、原告らは、亡Bは入れ歯をしていなかったと主張し、原告X1の陳述書(甲二〇)には、亡Bは、平成九年八月八日にa施設に入所する以前に入所していた老人施設cで入れ歯をなくしたと原告X1に話していた、入れ歯がないことは、a施設の職員に伝えた、亡Bは、入れ歯がなくても出された食事を普通に食べることができていた旨の記載があり、原告X4本人尋問において、原告X4は、亡Bが、以前入れ歯を使っていたことは知っていたが、最近数年間は使っていなかったと原告X1から聞いた、亡Bは、出された食事をきちんと食べることができていたと供述する。
また、亡Bの入所時記録において、入れ歯についての記載がない(乙五の七、乙六の一一、乙七の五)。
しかし、前記のとおり、亡Bは、平成九年八月八日、a施設に入所する以前においても、普通食を食べることが可能であったこと、特に、a施設入所時にF医師により作成された診断書にも、普通食の摂取が可能であると記載されていること、a施設入所時における被告職員による入所判定審査表に、食事に関しては自立していると判定されていること、入所者の日常生活における自立の確保を目的とするa施設において、入れ歯の有無は、固い物を噛むことができるか否かについて、重大な影響があるため、被告職員らは、十分に注意している点であり、a施設では、入れ歯がない入所者には常食を提供することはないこと、亡B自身の希望により、全粥に変更されたが、副菜はすべて常食と同一であり、亡Bは、入所後、本件事故まで、ほとんどすべての食事において全量を摂取していること、亡Bの看護・介護記録(乙七の一三ないし一九)中には、入所中、格別亡Bの食事摂取に関する問題点が記載されていないこと、入れ歯がなかった場合には、隣接するb病院歯科で容易に製作することができたこと等に照らすと、原告の右主張、供述は採用できない(なお、a施設の連絡帳〔乙一八の一ないし四〇〕には、亡Bについて、入れ歯に関する記載がないが、入れ歯に関する記載がある入居者も散見される。しかし、証人Cの供述によると、右連絡帳に記載される内容は、記載する職員により一様でなく、入れ歯に関しても、必ずしも記載が統一されていたわけではないことが認められるから、右連絡帳に、亡Bの入れ歯に関する記載がなかったからといって、亡Bが入れ歯をしていなかったとはいえず、右認定を左右するものではない。)。
前記のとおり、亡Bは、平成九年八月八日のa施設入所以前から、常食を通常に摂取することが可能であったが、亡B本人の希望により、入所日夕食から全粥に変更されたこと、めん類のみきざみ食に変更されたことも、亡Bがめん類を箸を用いては食べにくそうにしていたことから、スプーンで食べることができるようにするために変更されたこと、本件事故まで、約四〇日間にわたり、食事によっては一部残したことはあったが、ほとんどの食事を全量摂取していたこと、亡Bは入れ歯を有し、食事については自立し、自ら食事を摂取することができたこと、食事の介護を担当する被告職員は、入所者の食事の状況、入れ歯の有無に関して注意を払っており、入れ歯がない、壊れた入所者については、b病院歯科で新たに製作する等の処置を行っていたこと、食材によっては、食事について自立している入所者でも、被告職員付添の上で食事を食べさせる等の配慮を行っていたが、亡Bについては、そのような処置を行うべき必要性は認められなかったことからすると、亡Bには、多少食欲不振な時期があったにせよ、格別摂食障害があったとまでは認められない。
また、食事について自立していた亡Bに対して、前記のとおり、入所者の特質に考慮して、小さく切り分けられたこんにゃく田楽を提供したのであるから、同様に食事に関して自立していた入所者四〇名と共に食事中の亡Bに対し、被告職員が常に付き添って介護しなかったことについて、被告に注意義務違反があったとは認められない。
なお、全粥への変更は、前記のとおり、亡Bの希望に基づくものであり、入所者の生活において、大きな楽しみであると容易に想像できる食事について、a施設が入所者の希望を尊重しつつ介護を行ったからといって、老人保健施設として非難されるべき取扱があったとはいえない。また、全粥を継続したことにより、咀嚼力が低下するか否かも不明である。亡Bは、入所時、常食の摂取が可能であったのであるから、高齢者にも摂取しやすいように工夫して調理された副菜の常食が提供されたことについても、a施設に過失が認められないことは明かである。むしろ、亡Bは、常食の副菜を継続して摂取することが可能であったのだから、このことからも、亡Bの咀嚼力が、個別的な付添介護が必要な状態まで低下していなかったことが推認される。
三 食事における監視体制及び監視状況の不備
前記のとおり、本件事故当時、食堂で食事をしていた約四〇名の入所者は、自分自身で食事をすることができたのであるから、介護職員三名が、食堂内を巡回し、その都度必要な介護を提供していたこと、食材により、付き添って摂取させることが必要な入所者に対しては、料理を事前に取り上げておく等の措置を講じていたこと、亡Bに本件事故が発生した直後、被告職員三名が直ちに亡Bのもとに駆け寄り、救急救命措置を開始していることからすると、a施設の右監視体制が、不徹底で、妥当性を欠くものであったとはいえない。
四 救急救命措置における過失
前記のとおり、本件誤飲事後発見後、被告職員らは、亡Bに対して、速やかに通常一般的に用いられている救急救命措置を行い、症状の十分な改善がみられなかったので、速やかにb病院に搬送の上、D医師の処置に委ねているのであるから、右一連の救急救命措置が、不適切であったとか、老人保健施設に要求される注意義務に対する違反が存在するとまでは認められない。
原告らは、救急救命措置の手段、方法等について、被告に過失が認められると主張する。
しかし、前記のとおり、食堂からサービスステーションまでの移動時間は、数秒と短く、しかも直線距離で移動したのであるから、狭い食堂から、救急救命措置を円滑に実施するために、サービスステーション前に亡Bを移動させたことが、医学上、介護上不適切であったとはいえないこと、一刻を争う救急救命措置の現場において、複数存在する救命方法の選択は、患者の容態等をふまえて、実施者が適切と思われる方法を適宜選択して実施されるべきものであって、その手段方法が、医学上通常行われる方法で行われていた以上(前記のとおり、C職員は、救急救命措置に関しては、介護に関する資格取得の際に修得しており、実技の経験も有していた。a施設では、救急救命措置に関する訓練も行われていた。)、それをもって相当とすべきであって、吸引機の使用が先行して行われたのは救急救命措置の順序として適切でなかった、鼻をつまめば口を開くから鼻をつまむべきであった、右の過程で人口呼吸を速やかにするべきであった等の原告らの主張は、いずれもそれだけを取り出して論じるのであればともかく、前記本件事故発生に至る一連の経過の中でのa施設の救急救命措置が不適切であったことの指摘としては当を得たものではない(息苦しさから、誤飲者が緊張して口を食いしばっていることは十分考えられ、鼻をつまめば口を開くとは必ずしもいえず、窒息からDOAと診断されるまでの時間は個人差があり、一概に何分が経過したことを予測することは困難であるが、被告職員らは、救急救命措置を行いながら、速やかに、移動時間も短い隣接するb病院に亡Bを搬送し、D医師らによる処置に委ねている。)。
その他、被告の過失を認めるに足りる証拠はない。
第六結論
以上によれば、その余の点について判断するまでもなく原告らの請求は理由がないからこれを棄却する。
(裁判長裁判官 池田亮一 裁判官 櫻井佐英 裁判官 荒井章光)