横浜地方裁判所 平成10年(ワ)1767号 判決
原告 A
右訴訟代理人弁護士 藤田温久 外三名
被告 医療法人社団和乃会
右代表者理事長 小倉勉
右訴訟代理人弁護士 森山満 外六名
主文
一 被告は、原告に対し、一五八万九一七二円及びこれに対する平成一〇年一月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、二八二万〇九八六円及びこれに対する平成一〇年一月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 事案の要旨
本件は、後記本件事故により受傷した原告が、被告の経営する小倉病院(以下「被告病院」という。)で受診したところ、被告病院の過失(レントゲン検査を実施しなかったため、原告の受傷部に多数の金属片が残留していることを見落とし、漫然と受傷部を縫合した)により、爾後右受傷部が化膿したため、他院において異物摘出手術を受けざるを得なくなり、これにより一三日間の入院及び四四日間の休業を余儀なくされたとして、被告に対し、債務不履行又は不法行為を原因として、休業損害及び慰謝料等の損害(合計二八二万〇九八六円)の賠償を求めた事案である。
二 争いのない事実(後掲した証拠から明らかな事実を含む。)
1 当事者
(一) 原告(昭和四七年二月六日生、受傷時二六歳)は、建築工事業を営む鈴木興業の従業員として、はつり工事などに従事している。
(二) 被告は、表記住所地において、被告病院を設置し、医療活動に従事している。
林盛人(以下「林医師」という。)は、平成九年四月医師国家試験に合格し、翌五月から東邦大学医学部附属病院第二脳神経外科研修医となり、平成一〇年一月(以下、平成一〇年を示す場合はその適示を省略し、月日のみを記載する。)から三月まで、非常勤の外科担当医として、被告病院に週一回の割合で勤務していた(乙二)。
2 原告は、一月一七日(土曜日)、世田谷区用賀のマンション建設現場において、電動カッター「ベビーサンダー」により鉄筋を切る作業に従事していたところ、跳ね返って飛んできたカッターが顔面に当たり、その刃により、鼻根部裂傷の傷害を負った(以下「本件事故」という。)。
3 原告は、本件事故後すぐに最寄りの被告病院を訪れ、担当の林医師による診察及び治療を受けた。
林医師は、レントゲン検査を実施することなく、受傷部をイソジンで消毒し、キシロカインで局所麻酔を施し、傷口を五-〇ナイロン糸で五針縫合し、さらに縫合部をイソジンで消毒した上ガーゼをあてがい、治療を終了した。
林医師は、原告に対し、一月一九日に再来院するよう指示し、化膿止めの抗生物質三日分を処方した(乙一)。
4 原告は、一月一九日(月曜日)、被告病院を訪れ、脳神経外科担当医の杉浦医師による診察を受けた。その際、原告の受傷部付近には、鼻根部中心に腫脹が見られたが、消毒以外の治療はなされなかった(乙一)。
5 原告は、一月二一日、消毒及び抜糸治療を受ける目的で、住所地の近くの川崎市所在の野末整形外科で受診し、同日から二三日まで毎日消毒治療を受け、二四日抜糸の処置を受け、二六日患部の絆創膏が取れて治療終了となった(甲一六)。
6 原告は、一月三〇日患部から金属片が自然排出し、翌日以降発熱し、薬局へ行ったところ、医師の治療を受けるよう勧められたため、二月三日、川崎市所在の日本鋼管病院で受診した。レントゲン検査の結果、受傷部に多数の金属片が残留していること、鼻根部の骨にひびが入っていること及び受傷部が膿んでいること(顔面蜂窩織炎)が判明し、翌四日同病院に入院し、同月六日全身麻酔による異物摘出手術を受けた(甲一、二、一二、一五、一九)。
7 原告は、二月一六日、日本鋼管病院を退院し、三月一七日まで同病院に通院した(甲二)。
第三当事者の主張
一 原告の主張
1 被告の過失について
(一) 林医師は、傷口への異物混入及び鼻骨損傷の可能性を考え、受傷状況の十分な聞き取り、傷口内の異物の有無の確認、レントゲン検査等を実施すべき注意義務を負っていたにもかかわらず、右注意義務を懈怠し、もって多数のべビーサンダーの金属片及び鼻骨の骨損傷を見落とした。
「レジデント初期研修マニュアル」(乙四)は、創傷治療の要諦として、「受傷機転、受傷状況(発生場所、時間)を確認する。創の深さ、異物の有無を愛護的操作で精査する。」ことを挙げている。
(二) 原告は、一月一七日の初診時において、林医師に対し、「ベビーサンダーが、跳ね返るように本体ごと原告の手を離れ、原告の顔に向かって飛んできて、その刃の部分が受傷部に当たった。」旨を身振り手振りを交えて説明した(甲一七、原告本人)。
したがって、林医師は、原告の鼻根部の骨の損傷及び異物混入のおそれが高いことを認識し得たにもかかわらず、カッターの大きさ、重さ及び形状等について問診し、その創傷がどのような外力が加わり生じたものかを確認判断しなかった(証人林)。
(三) 原告の傷口の状態は、少なくとも裂創すなわち裂けた状態であり(乙一)、しかも汚れた状態であったから、林医師は、鼻骨損傷及び異物混入の可能性を疑うべきであった。
傷口の状態について、被告は、原告の受傷部が比較的単純な切創状に近いものであったと主張するが、切創と裂創は明確に異なる分類(乙三)で、前者はスパッと切れた創傷であるのに対し、後者はギザギザに裂けたような創傷であること、被告病院のカルテ(乙一)には、表紙の傷病名欄に、当初、鼻根部「挫創」(傷口が挫滅した状態をいう。)との記載がなされていたこと、ベビーサンダーの刃の厚さは二ないし三ミリメートル程度もあること(検甲一)からして、むしろ挫創に近い裂創であったと考えられる。
創傷が汚れた状態であったことは、林医師が抗生物質を三日分投与したことから明らかである(乙四)。
(四) 原告の受傷部内に散在していた金属片の大きさは、一ミリメートルから三ないし四ミリメートル程度であり(甲一二、一五)、色は金色又は黒色であったのであるから(検甲一)、林医師が異物の有無をしっかり確認していれば容易に発見できたはずである。
被告は、林医師が、傷口付近を手で押し、原告の受傷部を広げて内部を確認したと主張するが、金属片の大きさ及び色並びに被告病院のカルテ(乙一)にその旨の記載がないことからして到底信用できない。仮に、林医師が、右確認作業を行っていたとしても、金属片を発見できなかったことにつき、著しい注意義務違反があったと言うほかない。
(五) 林医師も、鼻骨骨折の疑いがある場合又は金属片が入っていることが疑われる場合には、レントゲン検査を実施することが一般的であることを認めているところ、受傷の状況、傷口の状態等からして、本件はまさにレントゲン検査を実施すべき場合に該当し、これをすれば、異物混入も鼻骨損傷も間違いなく発見できたのである(甲一五)。
被告の医師も、被告病院のカルテ(乙一)に「レントゲンか」と記載し、その必要性を認めている。
(六) 以上を総合すれば、被告が、必要な問診、確認、検査を怠ったことにより、鼻骨骨折及び異物混入を見落としたことが明らかであり、被告の過失は免れない。
2 因果関係及び過失相殺について
(一) 被告は、一月一九日の受診時に見られた鼻根部の腫脹が炎症(化膿)の前駆症状であったと主張し、以後、原告が被告病院で受診していれば早期に適切な処置を施すことによって化膿の悪化を防ぐことができたと主張するが、仮に、一月一九日の受診時に見られた原告の鼻根部の腫脹が炎症(化膿)の前駆症状であったとしても、被告病院は、それについて何らの治療も施さなかった。
原告は、同月二一日以降野末整形外科で消毒及び抜糸の処置を受けたが、転院するについては、杉浦医師にその理由を述べて許可を得た。したがって、原告がその後被告病院で受診しなかったことにつき、原告には責任がない。
(二) 原告は、前項のとおり、野末整形外科において、一月二一日から同月二三日にかけて、受傷部の消毒を受け、同月二四日抜糸の処置を受け、二六日には患部の絆創膏も取れて治療終了となったが、同病院には消毒と抜糸治療のみを依頼していたため、本件事故の状況について詳しく説明しなかった。
(三) 被告は、少なくとも一月二四日の時点で原告の受傷部に炎症兆候が現れており、この時点で適切な処置を受けていればその後の症状の悪化を回避することができたと主張するが、原告の受傷部付近に小さなできものができたのは一月二八日であり、発熱したのは二月一日である。原告は、熱が下がらないため、翌二日薬局に薬を買いに行ったところ医者に行くことを勧められ、翌三日日本鋼管病院で受診したものである。したがって、原告が症状の悪化を放置していたと言うことはできない。
(四) 以上により、被告の過失と原告の損害との因果関係は否定されないし、過失相殺もなされるべきではない。
3 原告の損害
原告は、受傷部の化膿により、全身麻酔による異物摘出手術(二月六日実施)を受けざるを得なくなり、このため、一三日間(二月四日から同月一六日まで)の入院及び四四日間(一月二五日から三月九日まで)の休業を余儀なくされ、次の損害(合計二八二万〇九八六円)を被った。
(一) 治療費 一一万二四二〇円(甲三)
(二) 文書代 七三五〇円(甲四)
(三) 入院雑費 一万六九〇〇円(日額一三〇〇円×入院日数一三日)
(四) 休業損害 一二八万四三一六円(日額二万九一八九円×休業日数四四日)
ただし、基礎日額二万九一八九円は、原告の平成九年三月から同年一〇月までの収入五四〇万円(甲五)を一八五日で除したもの
(五) 慰謝料 一〇〇万円
(六) 弁護士費用 四〇万円
二 被告の認否・反論
1 被告の過失について
(一) 原告は、一月一七日に被告病院で受診した際、林医師に対し、鉄筋を切る高速カッターの刃の部分が受傷部分に当たったことを説明しただけであった(乙一、二)。林医師は、単一の金属製(鉄、金属など)の刃でできた高速カッターを想定し、右高速カッターの鋭利な刃の部分で原告の鼻根部が横一文字にスパッと切れたと理解した。
原告の右説明からは、カッターの刃が破損し受傷部へ混入した可能性を想定することは不可能である。
(二) 原告の受傷部の状態は、ぐちゃぐちゃに挫滅した状態ではなく、比較的単純な切創状に近い裂創であった(甲一四、乙一、二)。被告病院のカルテ(乙一)の表紙中における傷病名欄には、被告病院院長梅田耕明が、当初先入観から鼻根部「挫創」と記載したが、原告から本件の抗議を受けた後右カルテの内容を読んで間違いに気づき、鼻根部「裂傷」と訂正したものである。
右のような受傷部の状態においては、異物が混入した可能性を意識してレントゲン検査まで実施することは通常あり得ない。
(三) 林医師は、原告の受傷部をイソジンで消毒し縫合する際、受傷部内部を広げて異物の有無を確認した。
原告は、林医師が金色又は黒色の金属片を発見できなかったことに著しい注意義務違反があったと主張するが、仮に、混入していた金属片が金色であったとしても、原告が多量に出血していたこと及び金属片が組織内に食い込んでいたことから、その発見は困難であった。
(四) 林医師は、原告の受傷部付近を手で押して骨折の有無を確認したが、原告が痛がらなかったため骨折していないものと判断し、骨折の有無を確認するためのレントゲン検査を行わなかった。
(五) 異物の有無を確認するためのレントゲン検査は、異物が肉眼的には見つからないものの受傷部内に混入していることが明らかである場合に多く実施するものであり、異物の有無を一般的に探るためにレントゲン検査を実施することは、過剰医療との非難を受けることさえある。
梅田耕明は、被告病院のカルテ(乙一)の初診時の欄に「レントゲンか?」と記載したが、これは、原告からの抗議を受けた後、本件の問題点がレントゲン検査の有無にあることを知って記載したものにすぎない。
以上に述べた状況の下では、レントゲン検査を実施しなかったことに、何ら被告の過失はない。
2 因果関係及び過失相殺について
(一) 本件では、結果的に微小なカッターの破片が受傷部内に存在していたが、受傷部の化膿は受傷部内の異物が原因とは限らず、縫合糸や縫合の際の院内感染、縫合後の受傷部からの感染など様々な化膿原因が存在する。
受傷部の化膿は、抗生物質を予め投与して防げる場合もあれば、事後的に対処せざるを得ない場合もあり、初診時の治療のみならずその後の経過観察が重要な役割を果たす。すなわち、化膿したこと自体をもって医師の責任を問うことはできず、化膿が悪化したことの原因こそが追及されなければならない。
(二) 原告の受傷部の化膿は、受傷部に小さなできものができたとされる一月二八日ころから本格的に悪化したと考えられるが、一般に感染原因が創部内の破片である場合、受傷の二、三日後に創部の発赤、腫脹、圧痛、膿性液の滲出等が現われるのが通常であるから、原告が同月一九日被告病院で受診した際に見られた鼻根部の腫脹は、炎症(化膿)の前駆症状であった可能性が高い。
杉浦医師は、右腫脹の経過観察のため、原告に対し同月二一日に再度診察を受けるよう指示したが、原告は、以後被告病院を一度も受診しなかった。
原告のその後の経過からすれば、少なくとも同月二四日の時点で炎症兆候が現れていたと考えられ、この時点で適切な処置を受けていればその後の症状の発現は回避できたはずであるが、原告は、野末整形外科において、本件事故の状況を十分に説明しなかったため消毒と抜糸の処置を受けるに止まり、症状が悪化した同月二八日以後二月三日に至るまで、何ら医師の診察を受けることなく症状の悪化を放置した。
(三) このように、原告が一月一九日の受診後も被告病院で受診していれば、炎症性疾患の診断とその原因の究明がなされ、受傷部が悪化するに任せることなく適切な治療を受けられた可能性が高いが、原告は、意図的ではないにせよ受傷部の化膿が悪化するのを放っておいたものであり(甲一九参照)、そのことが化膿を悪化させた最大の原因である。
したがって、原告の損害の原因は、初診時においてレントゲン検査を実施しなかったことにあるのではなく、早期に適切な処置を施さなかったことにあり、原告の症状に対する経過観察の機会が与えられなかった被告を問責することは筋違いである。
3 原告の損害については不知又は否認
第四当裁判所の判断
一 争いのない事実と証拠(甲一、二、六ないし一九、乙一、二、ベビーサンダーの刃(検甲一)の検証の結果、証人林、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 ベビーサンダーの形状及び大きさは、甲一四の六ないし一一のとおりであり、先端部分の円盤状の刃が高速で回転することにより鉄筋を切断することができる。重量は証拠上確定し得ないが、ずっしりとした感じである。
ベビーサンダーの刃は、直径約一〇センチメートル、厚さ約二ないし三ミリメートルの円盤状の金属製物体であり、色は金色又は黒色である(甲一四、一八、検甲一)。
原告の受傷部位は、鼻根部であり、傷口は、長さ約三センチメートル、挫滅した状態ではないものの単純な切創状よりは傷口が開いた状態にあり、出血を伴っていた(乙一、二、証人林)。
2 原告は、本件事故後すぐに、現場監督付き添いの下被告病院を訪れ、林医師による診察を受けた。原告は、林医師に対し、身振り手振りを交えながら、「高速カッターで鉄筋を切ろうとしたら、それが跳ね返るように飛んできて顔面に当たった。」と説明した(甲一七、原告本人)。
3 先端の刃の部分が高速で回転している鉄筋切断用のカッターが跳ね返るように飛んできたのであるから、原告が受けた打撃の程度を確認するためには、カッターの形状、大きさ及び重量等について問診すべきであったと思われるが、林医師はこの点について何も問い質さず、主として脳に異常がないかどうかを確認するため、原告に意識障害及び吐き気がないこと、意識が清明であること、瞳孔が左右同一であること、対光反射、眼球の動き及び顔面の運動神経が正常であることを確認したが、傷口付近を手で押すなどして異物の有無及び骨の損傷の有無を確認することをせず、レントゲン検査を実施するまでの必要性はないと判断してこれを実施せず、受傷部を消毒の上、創を縫合(五針)する処置をし、三日分の抗生物質を投与して、原告に対し、翌々日(一九日)に来院するよう指示した。
林医師は、縫合の後「受傷部がきれいじゃないから、傷跡が残る。」と説明した。
4 原告は、一月一九日、被告病院を訪れ、杉浦医師の診察を受けたところ、原告の受傷部付近には、鼻根部を中心に腫脹が見られたが、原告に痛みや発熱はなかった。
杉浦医師は、患部を消毒する処置のみをし、翌々日(一月二一日)に再び来院するよう指示したが(乙一)、原告から、抜糸の時期を問われて、「抜糸は一週間後くらいになる」と説明し、更に、「消毒及び抜糸のみならば、住所地の近くの病院で行っても構わないか」と聞かれてこれを了承した(甲一七、原告本人)。
5 原告は、一月二一日、住所地の近くの川崎市所在の野末整形外科で受診し、消毒と抜糸の処置のみを依頼し、同月二三日まで毎日消毒を受け、同月二四日抜糸の処置を受け、同月二六日抜糸後に貼った絆創膏をはがす処置を受け、治療終了となった(甲一六、一七、原告本人)。
原告は、野末整形外科の担当医から「被告病院でレントゲン検査を受けたのか」と問われ、受けていないと回答したが、消毒及び抜糸以外の処置はなされなかった。
6 原告は、一月二八日受傷部付近に小さなできものができ始め、同月三〇日には勤務中に受傷部から三ないし四ミリメートル程度の金属片が自然排出し、二月一日右できものが拡大すると共に発熱したため、同日は仕事を休んだ(甲一七、一九、原告本人)。
原告は、熱が下がらないため、薬局に薬を買いに行ったところ、医師に診てもらうよう勧められたため、二月三日、川崎市所在の日本鋼管病院で受診し、担当医師に対し、一月一七日鉄筋を切っている際鼻根部に電動カッターが飛んできて受傷したこと、同日縫合処置を受け、同月二四日には抜糸の処置を受けたこと、その後三〇日に電動カッターの小片が受傷部から出てきたことなどを説明した(甲一三)。
同病院の担当医師が原告のレントゲン検査を実施したところ、受傷部に多数の破片が混入していること、骨にひびが入っていること、受傷部が膿んでいること(顔面蜂窩織炎)が判明した(甲一五)。
7 原告は、二月四日同病院に入院し、同月六日同病院にて全身麻酔下において異物摘出手術を受けた。担当医師は、右手術において、皮下軟部組織内に散在する一ミリメートルから三ないし四ミリメートル程度の鉄片異物を除去し、受傷部の骨にひびが入っていることを確認した(甲一、二、一二)。
原告は、二月一六日、日本鋼管病院を退院し、以後三月一七日に至るまで通院を継続した(甲二)。
原告は、三月一〇日から職場に復帰し、軽作業等を始めた。
二 右事実の下で判断する。
1 被告の過失について
(一) 臨床医が創傷に遭遇した場合に、最も大切なことは、他臓器損傷、特に生命の危険が及ぶ頭部、胸部、腹部に外傷がないかどうかを判断することであり、その上で創傷の処置を行うことになるが、処置に当たっては、その創傷がどのような外力が加わり生じたものか、汚染の程度等を判断し、創傷の評価を即座に行うことが肝要とされている(乙三)。創傷の処置に当たり、「受傷機転、受傷状況を確認し、創の深さ、異物の有無を愛護的操作で精査する。」と説く文献(乙四)も同旨である。
(二) これを本件に当てはめれば、林医師が、原告の創傷が脳の損傷に及んでいないかどうかを最初に確認し、脳の損傷はないと診断したことは、肯綮に当たり、適切な処置であったと認められる。
(三) しかしながら、当該創傷についていかなる処置を採るべきかを判断するに当たっては、その創傷がいかなる外力が加わって生じたものか、汚染の程度等を見極めることが肝要であり、林医師のこの点についての確認判断には不備があったと評価せざるを得ない。なぜなら、原告の創傷は、原告が電動カッターを使用して鉄筋を切断する作業に従事中、カッターの先端の刃の部分が高速で回転している鉄筋切断用のカッターが跳ね返るように飛んできて顔面に当たったことにより生じたものであり、打撃の衝撃は相当程度のものであったと予想される上、受傷部位は両眼の間の鼻根部(皮膚が薄く、皮下はすぐ骨である)、傷口は長さが約三センチメートルで、かつ、刃による汚染を容易に認識することができるものであったのであるから、臨床医としては、打撃の程度を確認するために必要な問診(カッターの大きさ、形状及び重量等)を実施し、異物(刃の破片)の混入の有無及び骨の損傷の有無を確認するために、傷口を開き、レントゲン検査を実施すべきであったからである。本件においてこれらの処置が採られていさえすれば、骨の損傷及び異物の混入を見落とすことはなかったはずである。
(四) 被告は、原告の創傷は、鋭利な刃物でスパッと切ったような切傷状のものであったから、異物混入及び骨の損傷の可能性はなく、レントゲン検査を実施するまでの必要性はなかったと主張するが、林医師は、傷を縫合した後、原告に対し、「受傷部がきれいじゃないから、傷跡が残る」と説明し、かつ、化膿防止の目的で三日分の抗生物質を投与しており、被告の主張はその前提において誤っている。
(五) さらに、被告は、本件においてレントゲン検査を実施することは、その弊害を併せ考慮すれば、過剰診療との批判さえ受けかねないと反論するが、一回のレントゲン照射による健康への悪影響は問題とするまでもない上、本件における受傷状況、受傷の部位及び程度に照らせば、本件は正しくレントゲン検査の適応であったと認められ、この点に関する被告の主張も理由がない。
2 因果関係について
原告が一月一九日の受診を最後に被告病院の診療を受けなかったことは事実であるが、原告がその後転院するについては、被告病院の杉浦医師の了承を得たと認められるから、この事実は因果関係を否定する事由とはならない。
原告の転院後の経過を見れば、原告は、本件事故により、鼻骨を損傷し、かつ、鼻背部皮下には小さな鉄片異物等が残留し、これらが原因となって顔面蜂窩織炎を併発したことが明らかであり、これらの症状は被告病院が前叙のとおりレントゲン検査を含む適切な診療を行ってさえいれば、決して見落とすことはなかったはずであり、原告の被った損害と被告の不適切な診療との間に因果関係があることは否定すべくもない。
3 損害及び過失相殺について
(一) 前記認定事実と証拠(甲三ないし五)及び弁論の全趣旨によれば、原告の損害は次のとおりと認められる。
(1) 治療費 一〇万五〇七〇円(甲三)
(2) 文書代 七三五〇円(甲四)
(3) 入院雑費 一万六九〇〇円(日額一三〇〇円×入院日数一三日(二月四日から同月一六日まで))
(4) 休業損害 九六万九七六〇円
原告の平成九年三月から同年一〇月まで(二四五日間)の収入合計五四〇万円(甲五)を二四五日間で除した額(二万二〇四〇円)を基礎日額とし、同額に休業日数四四日間(一月二五日から三月九日まで)を乗じた額
(5) 慰謝料 五〇万円
入院日数、通院期間その他本件に顕れた一切の事情を斟酌すれば、五〇万円が相当と認める。
(6) 以上を合計すると、一五九万九〇八〇円となる。
(二) 前記認定事実によれば、原告は、金属片が自然排出した一月三〇日の時点で被告病院で受診し、傷口から金属片が出たことを報告し、適切な処置を求めるべきであった。
原告が日本鋼管病院で受診したのは、二月三日であり、この四日間の遅れが症状の悪化(化膿)に寄与したことは否定し得ず、この点を被害者側の過失として一割の過失相殺をする。
(三) そうすると、原告の損害は一五九万九〇八〇円×〇・九=一四三万九一七二円となる。
(四) 弁護士費用
一五万円が相当と認める。
(五) 以上を合計すると、一五八万九一七二円となる。
4 以上のとおりであり、原告の請求は、主文第一項に掲記した限度で理由があるから、右の限度で認容する。
(裁判長裁判官 高柳輝雄 裁判官 平賀俊明 裁判官 大村陽一)