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横浜地方裁判所 平成10年(行ウ)15号 判決 2001年6月13日

甲事件原告

松本茂

(ほか6名)

乙事件原告

松本ナヲ

上記原告ら訴訟代理人弁護士

井上幸夫

穂積剛

甲事件被告

横浜市建築主事 梅本龍一

両事件被告

横浜市

同代表者市長

高秀秀信

上記両名訴訟代理人弁護士

川島清嘉

主文

1  本件訴えのうち、甲事件原告らの被告横浜市建築主事に対する訴えを却下する。

2  原告らのその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第3 争点に対する判断

1  争点1(訴えの利益の有無)について

(1)  建築基準法によれば、建築主は、建築物の建築等の工事をしようとするときは、当該工事に着手する前に、その計画が当該建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定(確認対象法令)に適合するものであることについて、確認の申請書を提出して建築主事の確認を受けなければならず(法6条1項)、また、その工事を完了した場合、その旨を建築主事に届けなければならない(法7条1項)。建築主事が上記届出を受理した場合、建築主事又はその委任をうけた当該市町村若しくは都道府県の吏員は、届出に係る建築物及びその敷地が建築関係規定に適合しているかどうかを検査し(同条2項)、適合していることを認めたときは、建築主に対し検査済証を交付しなければならない(同条3項)。

上記規定に照らせば、建築確認は、法6条1項の規定する建築物の建築等の工事の着手前に、当該建築物の計画が確認対象法令に適合していることを公権的に判断する行為であって、上記法令に違反する建築物の出現を未然に防止することを目的としたものということができる。

このように、建築確認はそれを受けなければ工事をすることができないという法的効果を付与されているにすぎないというべきであるから、工事が完了した場合には、建築確認の取消しを求める訴えの利益は失われるものといわざるを得ない(最高裁昭和59年10月26日第二小法廷判決・民集38巻10号1169頁)。

本件においては、前提となる事実(4)のとおり、本件建築主らは、平成10年6月5日、被告建築主事に対して工事完了届を提出し、被告建築主事は、同月18日、建築主に対して検査済証を交付したから、これによって、原告らの本件確認処分の取消しを求める法的利益は失われたといわなければならない。

(2)  原告らは、本件訴えは、平成6年に改正された法52条2項の解釈が初めて問題とされており、行政の法律適合性を担保するという取消訴訟の役割が特に求められている事案であり、建築物が完成すれば訴えの利益がなくなるというのでは建築確認に処分性を認めた意味がない、旨主張する。

しかしながら、取消訴訟において処分性が認められることと取消しを求める利益が存続しているか否かとは別個の問題である。また、本件建築物が法52条2項に適合するか否かの司法判断を得ることが取消訴訟以外の方法によっては不可能であるとも思えない。このような点から見て、本件確認処分の取消しを求める利益が存続するとの原告らの主張は採用できない。

(3)  そうすると、本件訴えのうち、被告建築主事に対して、本件確認処分の取消しを求める部分は不適法というべきである。

2  争点2(併合要件の欠如の有無)について

被告市に対する損害賠償に係る訴えは、行政事件訴訟法13条1号の関連請求として、抗告訴訟である本件確認処分取消訴訟に併合提起されたものであるところ、本件においては、取消しの訴えを不適法として却下すべきであることは前述のとおりであるから、被告横浜市に対する訴えはその併合要件を欠くといわざるを得ない。

このように抗告訴訟に併合提起された別の訴えが、その併合の要件を満たさない場合においては、専ら併合審判を受けることを目的としてされたものと認められるものでない限り、受訴裁判所としては、直ちに併合された請求に係る訴えを不適法として却下することなく、これを独立の訴えとして扱ったうえ、基本事件と分離して自ら審判するか、又は事件がその管轄に属さないときはこれを管轄裁判所に移送する措置をとるのが相当というべきである(最高裁昭和59年3月29日第一小法廷判決・裁判集民事141号511頁、判例時報1122号110頁参照)。

本件では、上記例外的事情の存在は認められないから、被告市に対する訴えは独立の訴えとして扱うべきであり、これを却下すべきとする被告市の主張は理由がない。

被告市は、原告らの主張する損害が、抽象的かつ主観的なものにすぎない旨主張する。しかし、原告らは、訴状提出後に訴えを拡張し、損害の主張を具体化しており、専ら併合審判を受けることを目的としたものとはいえない。したがって、被告市の上記主張は採用できない。

3  争点3(法55条1項の高さ制限違反の有無)について

(1)  争点の整理

1のとおり本件確認処分取消訴訟は訴えの利益がなくなったが、損害賠償訴訟は独立の訴えとして扱うべきであるところ、原告ら主張の責任原因は、取消訴訟と共通であり、違法な本件確認処分をしたとの点である。そこで、まず、被告建築主事が法55条1項違反(高さ制限違反)の本件確認処分をしたかどうかを検討する。

前記第2の3のとおり、建築物の高さは「地盤面」を基準に算定され(施行令2条1項6号)、「地盤面」は「建築物が周囲の地面と接する位置の平均の高さにおける水平面」と定義されている(同条2項)。

この点、本件建築物には、前提となる事実(4)のとおり、衛生上の観点から、本件からぼりが設けられているが、「建築物が周囲の地面と接する位置」について、本件からぼりの周壁を基準とするか、建築物本体を基準とするかについて法令上に明確な規定がない。そこで、この点について検討する必要がある。

(2)  「からぼり」がある場合の「建築物が周囲の地面と接する位置」についての基準

ア  「建築物」の意義

法2条1号は、「建築物」について「土地に定着する工作物のうち、屋根及び柱若しくは壁を有するもの(これに類する構造のものを含む。)、これに附属する門若しくは塀、観覧のための工作物又は地下若しくは高架の工作物内に設ける事務所、店舗、興行場、倉庫その他これらに類する施設(…)をいい、建築設備を含むもの」と定めており、主な建築物だけにとどまらず付属的な建築物も含むとしている。

イ  からぼりと建築物との関係

そこで、建築物本体と繋がっていて、かつ建築物本体と構造的・機能的にも一体的な関係にある周壁を有するからぼり(以下「一体的なからぼり」ということがある。)が存在する場合は、当該周壁及びからぼりは、上記の「塀」又は「その他これに類する施設」として建築物に該当し、建築物本体との関係ではその一部を構成すると解するべきである。

反対に、建築物本体と周壁とが繋がっていない場合やこれが繋がっていても建築物本体と周壁との間に大きな距離がある場合等には、一体的なからぼりとはいえず、からぼりは建築物本体の一部とはいえないと解される。

そして、建築物本体と周壁とが繋がっている場合において、「一体的なからぼり」に該当するか否かについては、当該からぼりの規模(高さ・奥行きの距離)及び構造・形状、周壁と建築物本体との連続性等を総合的に考慮して判定する必要がある。統一見解及び市取扱基準が建築物本体と一体的な(ただし、ここでの「一体的」は、物理的に繋がっているという意味である。)周壁を有するからぼり等がある場合について、建築物及び周壁の外側の部分を「周囲の地面と接する位置」とするとし、ただし、斜面地に大規模な擁壁と共に設けられたからぼり(統一見解の場合)や、傾斜地等において建築物本体と一体的で大規模な周壁を有するからぼり等(市取扱基準の場合)の場合には、建築物本体が実際に接する地表面の位置を周囲の地面と接する位置とする、としているのも、基本的には上記の見解を具体化したものと理解して、是認することができる。もちろん、そのような具体化した指針だけが正しく、それ以外は誤っているというわけではない。重要な点は、建築物本体と周壁とが繋がっていて、かつ、上記の諸事情を総合的に考慮して一体的かどうかを判定するということである。

ウ  一体的なからぼりがある場合の「建築物が周囲の地面と接する位置」

したがって、一体的なからぼりがある場合は、その周壁が「建築物が周囲の地面と接する位置」に該当する。

なお、一体的ではないからぼり(傾斜地に大規模な周壁を有するからぼり―大規模なからぼり―等)が設けられた場合については、からぼりは建築物の一部とはいえないから、建築物本体が地面と接する位置を基準として地盤面を設定するべきである。

(3)  本件からぼりと本件建築物との関係

本件からぼりが設けられている場所は、別紙図面2の青色部分の住戸の居室部分に限られており、一部、本件建築物北側の階段等の部分で、建築物本体が直接に周囲の地面と接しているところがある(〔証拠略〕)。また、からぼりの周壁部分は本件建築物本体と繋がっている。そして、本件からぼりの規模は、高さが5メートル以下、周壁の上部から本件建築物1階北側のバルコニー(以下「本件バルコニー」という。)までの距離が2メートル以下(争いがない。)、周壁の上部から本件バルコニー部分を超えて本件建築物本体に至るまでの距離が長いところで3.2メートルであり、比較的小規模なものであるということができる。さらに、本件からぼりの空間部分は駐車場等に利用することはできず、その空間は専ら本件建築物の通気等のために設けられているのであるから、本件建築物本体と本件からぼりとは機能的にも一体的なものと理解するのが相当である。

そうすると、本件からぼりは、本件建築物本体と一体的なからぼりであるというのが相当である。

(4)  本件建築物についての地盤面の位置と高さ制限違反の有無

(3)のとおりであるから、本件からぼりの周壁が周囲の地面と接する位置を基準として地盤面を設定すべきである。そうすると、本件建築物の地盤面からの高さは、最高地点で9.49メートルとなるから(〔証拠略〕)、本件建築物は法55条1項に違反しない。

(5)  原告らの主張に対する判断

ア(ア)  原告らは、本件からぼりの底面の周壁部分から建築物本体までの距離について、本件建築物の最下層階のバルコニー部分を含めて計測すると、2メートルを超える部分があり、市取扱基準に従ったとしても本件からぼりは「大規模なからぼり」に該当する旨主張する。また、仮に、本件バルコニーの存在を考慮するとしても、バルコニーがある場合のからぼりの奥行きは、後記(イ)の指導指針・同解説の「ひさし」がある場合と同様に考えるべきであって、本件バルコニーの奥行きは1.2メートル、居室の外壁からからぼりの周壁までの実際の距離(W0)は3.2メートルであるから、本件からぼりの奥行きは2.8メートルとなり、いずれにせよ、市取扱基準(奥行き2メートル)を超える旨主張する。

(イ)  上記の指導指針・同解説の「ひさし」とは、次のとおりのものである。

法30条のからぼりの基準として、「住宅の居室を地階に設ける場合の指導指針について」と題する特定行政庁建築主務部長宛通達(平成元年10月27日付け建設省住指発第408号建設省住宅局建築指導課長通達。以下「平成元年通達」という。)における「からぼりを設ける場合における指導指針」(〔証拠略〕)は、次のように定める。

『当該居室のからぼりに面する壁から、からぼりの周壁までの水平距離(以下「奥行き」という。)が1m以上であり、かつ、当該からぼりの底面から地盤面までの垂直距離(以下「深さ」という。)の10分の4以上であること。』

また、平成6年改正後に作成された建設省住宅局指導課・同局市街地建築課監修の「住宅地下室容積率不算入制度の解説・住宅の居室を地階に設ける場合の指導指針・同解説」(以下「指導指針・同解説」という。〔証拠略〕には、からぼりの上部に居室への雨の侵入等を防ぐためのひさしがある場合のからぼりの「奥行き」の計算方法として次のとおり定められている。

『からぼりの上部に居室への雨の侵入等を防ぐためのひさしがある場合は、居室の外壁から、からぼりの周壁までの実際の距離(W0)からひさしの出を除いた寸法をからぼりの奥行き(W)として取り扱う。ただし、ひさしの出は、W0/4までは算入しない。』

本件バルコニーをひさしとして、これを上記式に当てはめれば、原告ら主張のとおりの結果が得られる。

3.2(W0)-{1.2-(3.2×1/4)}=2.8

(ウ)  そこで、(ア)の原告らの主張を検討するに、からぼりは、地階居室の衛生のため、採光・換気等を確保する目的で設置されるものであるから、地階居室の上部にバルコニー等が設置され、採光・換気等を妨げている場合には、その点を考慮して、からぼりの底面に水平投射されたバルコニー等の外側から距離を計測するのが一面では合理的である。そうすると、本件建築物については、1階部分にバルコニーが存在するところ、水平投射されたバルコニーの外側から周壁までの距離を計測するのが合理的であり、その距離は2メートルとなる。ただし、バルコニーは建築物本体とは完全には同一ではなく、所詮建築物本体からの部分的な張り出しであるから、これを建築物本体の幅がそれだけ多い場合と全く同視することはやはり多少の無理がある。そこで、この点は、さらに後記イの問題において検討する。

次に、本件バルコニーとひさしとの関係であるが、本件バルコニーは、ひさしとは異なり、からぼりの上部を大きく覆う設計で設置されており、その奥行きは、通常のひさしより格段に長い。よって、本件バルコニーが地階居室の衛生面に与える影響は、採光、換気及び通風の面においでもひさしの場合より格段に大きい。前記指導指針・同解説のひさしがある場合のからぼりの奥行きの算定基準は、ひさしがからぼりの開口部の上部に限定して設置される小規模な構造物であって、からぼり全体を覆うものではなく、地下居室の環境(採光・換気・通風等)に与える影響が比較的少ないことから、例外的な取扱としてひさしの出の一部を算入しない旨定めたと考えられる。

したがって、バルコニーについては、ひさしと同様に考えることはできない。

イ(ア)  また、原告らは、「本件からぼりの周壁から本件建築物本体までの距離を固定して考えると、採光や換気を妨げないように本件バルコニーの幅を狭くすれば、からぼりの奥行きが広がるため違法となり、本件バルコニーの幅を拡張すれば、採光や換気を妨げることになるにもかかわらず本件建築物が合法となるが、この結果は、非常識な解釈である。」旨主張する。

(イ)  確かに、前提となる事実(2)のとおり、本件建築物について最初にされた建築確認処分(平成9年5月21日付け第H09認建浜青000279号)について、その審査請求において、原告らが本件建築物には奥行きが2メートルを超えるからぼりがあることを指摘した結果、市取扱基準に違反することが判明し、本件バルコニーを拡張する旨の設計変更がされた上で、本件確認処分がされたという経緯がある(〔証拠略〕)。

(ウ)  そこで、検討するに、前記統一見解及び市取扱基準は、地階部分にからぼりが設けられた場合の地盤面の設定について、法令上の明示的な規定がないため、建築確認行政上統一的な取扱いを行う必要性から設けられたものであり、前記第2の3(2)のとおり、周壁を有するからぼりの規模を考慮して、建築物と当該周壁との一体性を判定するという観点から、具体的な基準を定めたものであって、その内容には一応の合理性を認めることができる。そして、このような統一見解及び市取扱基準の基準を採用する場合には、建築物のからぼり部分の奥行きを広げて地階の衛生環境を改善することによって、大規模なからぼりに該当することとなって当該建築物の「地盤面」が変更され、法55条1項違反の瑕疵を帯びる可能性がある。

しかし、からぼりのある建築物における「地盤面」の設定の仕方に関する市取扱基準や統一見解は、この問題に関する1つの指針にとどまり、法や施行令自体ではなく、それらから委任を受けたものでもないから、それ以外の解釈をすべて許さないとは解されない。からぼりのある建築物における「地盤面」の設定の仕方という問題に対する法及び施行令から導かれる基準は、前記(2)ウのとおり、建築物とからぼりが一体的かどうかにより、一体的なからぼりである場合はその周壁が「建築物が周囲の地面と接する位置」に該当し、一体的ではないからぼりである場合は建築物本体が地面と接する位置を基準として地盤面を設定することになる。そして、このような観点から見ると、本件からぼりは高さが5メートル以下であり、周壁から本件建築物本体までの距離を見ると、長いところで3.2メートルというのであり、全般にそれ自体として奥行きが著しく長いというわけではなく、その場合におけるからぼり部分の空間を駐車場等に利用することはできず、その空間は専ら本件建築物の通気等のために設けられているのであるから、本件建築物本体と本件からぼりとは構造的・機能的にも一体的なものと理解することができる。したがって、本件建築物の「地盤面」については、本件からぼりの周壁の外側部分が「周囲の地面と接する位置」となる。このように前記(3)(4)の考え方に従い、一体かどうかで判断すること及びその判断結果には相当性があると解される。以上から、原告らの主張は採用できない。

4  争点4(法52条1項の容積率違反の有無)について

(1)  共同住宅の地階に対する法52条2項適用の有無

ア  原告らは、「法52条2項は、住宅の地階を利用することにより、一戸あたりの住宅の面積をより広くゆとりのあるものにすることが目的であり、共同住宅における一戸全部を地階として、共同住宅の戸数を増やすことを目的した規定ではないから、本件建築物の最下層階を地階と評価した本件確認処分は、違法である。」旨主張する。

ところが、法52条2項は「建築物の地階で…住宅の用途に供する部分の床面積は算入しない」旨規定するに過ぎず、かつ、共同住宅における一戸全部が地階にある場合には同項の適用を排除する旨を定めた法令上の規定は存在しない。

イ  そこで、法52条2項の解釈上、原告らの上記主張の結論が導かれるかどうかを検討するに、〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。

平成6年改正における、建設大臣の諮問に対する建築審議会建築行政部会市街地環境分科会専門委員会の平成6年3月18日付「住宅の地下室に係る容積率の取扱いについて(中間報告)」(以下「中間報告」という。甲67の164頁参照)では、「地下室について容積率制限の適用方法の見直しを行う場合、公共施設(道路・下水道等)への負荷の増加が軽微となるよう対象建築物の用途等を限定」する必要があるとして、用途等を「住宅の地下室に限定することが適当である。」とされ、一戸建て住宅で店舗等の用途を兼ねるものや共同住宅で商業施設等と合築されるもの等についても容積率制限緩和措置(合理化)の対象とすると、公共施設への負荷の増加が無視できないとして、合理化の対象となる床利用を限定する必要がある旨報告されている。

そして、衆議院建設委員会調査室作成の「建築基準法の一部を改正する法律案について」と題する書面(平成6年6月建設参考資料第312号。甲13の21頁)には、首都圏の共同住宅における地下室の利用の実態について調査結果(平成6年1月作成)が報告され、建設省住街発第74号平成6年6月29日建設省住宅局長の各都道府県知事宛の通達(〔証拠略〕)には、法52条2項の対象となる「住宅」として、「一戸建て住宅のほか、長屋及び共同住宅を含む」旨記載されている。

このような立法経過に照らせば、平成6年改正の際、容積率緩和の対象とすべき建築物の用途について検討がされ、一戸建て住宅のほか、共同住宅についても、対象とすることが前提とされていたことが認められる。

ウ  この点について、平成6年改正の国会質疑においては、「一般に、日本人の行動様式として、完全に地下の中で世帯が居住することは考えにくく、マンションの上で普通の居住生活をして、物置・物入れ等の収納スペース、車庫等を地下で利用するのが通常であり、実際上、マンション等で地下に住戸を設けるような建築物は建てられない」旨の政府委員の答弁がされており(第129回国会衆議院建設委員会議録第8号。〔証拠略〕)、原告らは、共同住宅の地階には、物置・冷暖房設備・給排水設備・管理人室等を配置することが想定されたものであって、一戸全体が地階に配置されることは想定されていなかった旨主張する。

しかしながら、法30条に関する平成元年通達においては居室が斜面地に設けられるもので一定の要件を満たす場合には、同法の「衛生上支障がない場合」に該当する旨の記載がされており、平成6年改正時においては、既に、本件建築物のように、斜面地に居室が設けられることについてはかなりの実例が認められていた(〔証拠略〕)。

そうすると、上記政府委員の答弁は、平坦地を掘り下げ、完全に地下に埋没する形で一戸全体が配置されるような共同住宅の建設は想定しがたい旨答弁したに過ぎず、傾斜地に設けられ、建築基準法上地階として評価される階層を有する共同住宅について、言及したものではないと考えられる。

したがって、少なくとも、本件建築物のように、斜面地に設けられた共同住宅のうち、建築基準法上「地階」とされる部分の一戸全体が「地階」部分に配置されることも想定されていたと見るべきであり、これに反する原告らの主張は採用できない。

(2)  法52条2項の「地階」判定について

ア  原告らは、施行令2条2項の「地盤面」の定義は、法52条2項及び施行令1条2号に適用されないから、施行令2条2項について定めた統一見解及び市取扱基準は、法52条2項の「地階」判定における「地盤面」設定には準用されない旨主張する。

しかしながら、法52条2項及び法55条1項は、いずれも、「第4節建築物の面積、高さ及び敷地内の空地」に設けられた規定であり、法52条2項の「地階」判定の際の「地盤面」と、法55条1項の高さ算定の際の「地盤面」とで、異なった解釈を採用することには何ら合理性は認められない。よって、原告らの主張は採用できない。

したがって、法52条2項における「地階」判定の際の地盤の解釈についても、前記3と同様に考えるのが妥当である。

イ  前記3(2)(4)で設定した地盤面を基準とすると、本件建築物の最下層階の床面は、地盤面より1.62メートル低い位置にあり、床面から地盤面までの高さ(1.62メートル)は、床面から天井までの高さ2.52メートルの3分の1以上あるから(〔証拠略〕)、最下層階は、法52条2項及び施行令1条2号の「地階」の要件を満たす。

本件建築物の「地盤面」の設定に関する原告らの主張に対する判断については、前記3(4)で判示したとおり、採用することができない。そして、本件建築物について、他に法52条2項に違反する事実を認めることはできない。

5  結論

以上によれば、本件訴えのうち被告建築主事に対し本件確認処分の取消しを求める部分は不適法であるからこれを却下し、被告横浜市に対する部分は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 窪木稔 家原尚秀)

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