横浜地方裁判所 平成10年(行ウ)18号 判決 2003年3月31日
原告
X1 (ほか10名)
原告ら11名訴訟代理人弁護士
小島周一
同
佐藤正知
被告
(神奈川県知事) 岡崎洋
同訴訟代理人弁護士
池田陽子
同
阿部昭吾
同
佐長功
佐長功訴訟復代理人弁護士
原田崇史
参加人
神奈川県知事 岡崎洋
同訴訟代理人弁護士
庄司道弘
参加人指定代理人
神保直也
同
鈴木和彦
同
若林伸之
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第3 争点に対する判断
1 判断の順序、事実経過
本件において中心的な争点である本件交換契約の違法の有無について判断する前提として、まず本件に関する事実経過を認定することとする。基礎となる事実並びに後記証拠(適宜、認定事実の末尾等に記載する。)及び弁論の全趣旨によれば、本件に関する事実経過は、以下のとおりであると認められる。
(1) 県知事公舎の取得、その後の利用状況
県知事公舎は、昭和22年6月、銀行頭取の邸宅であった土地、建物を県が売買により取得したものである。当時の内山岩太郎知事は県知事公舎に居住したが、後任の津田文吾知事はそこに居住せず、昭和50年に着任した長洲一二知事は着任後半年ほど居住したのみで、その後20年以上にわたり居住せず、時々会議等で使用されるのみであった。その間、県知事公舎は非常勤の管理人等により維持、管理されてきたが、建物は昭和7、8年ころに(推定)建築された木造建物で、老朽化が激しく、設備も十分でなく、居住に適さず、県知事が居住するとなると、相当高額な費用をかけて改築等を行う必要があった。また、同所は県庁まで約7.5キロメートル離れ、徒歩で約1時間半程度かかる場所で、災害等非常時に即応することが困難な場所であった。
以前から、県議会において、「知事が住まない知事公舎に無駄な経費をかけるのはどうか。」という議論があり、その有効性、経済性について疑問が呈されていた。たとえば、昭和63年6月28日に開催された県議会において、ある議員から長洲知事に対し、同趣旨の質問がなされた。その当時、県知事公舎は会議などで利用しているが、その頻度は1か月当たり2、3回で、年間で平均すると1日当たり1人の利用にすぎない反面、年間1000万円を超える必要経費がかかっていた。そして、その後もそのような状況に概ね変化はなく、維持管理費(人件費を含む)に、平成4年度は約1303万円、平成5年度は約1313万円、平成6年度は約1731万円、平成7年度は約1279万円、平成8年度は約1202万円を要した。(〔証拠略〕)
(2) 被告の県知事就任、基本方針の表明
平成7年6月に知事に当選した被告は、同年1月17日に発生した阪神淡路大震災の教訓を踏まえ、就任後直ちに、防災機能を持ち危機管理も行える新知事公舎構想を記者発表した。それによれば、大規模災害発生などの緊急時に司令基地となることを考えれば、新知事公舎は県庁から徒歩で30分以内に到着できる場所(2キロメートル以内)にあった方がよいという考えを示した。被告は就任直後、当時の県知事公舎は速やかに処分すること、新知事公舎は県庁に近いしかるべき場所に新しく建築すること、財源は県知事公舎の処分代金の範囲内で対応すること、候補地は緑ヶ丘公舎(山手)の一角に整備することなどの基本方針を関係部署に示し、新知事公舎に求められる新たな機能の検討等を要請した。(〔証拠略〕)
(3) 県による適地選定のための作業
平成7年11月1日、新知事公舎の建設に向けた諸課題について調査、検討を行うため、総務部秘書室長を議長とする新知事公舎建設検討会議が設置された。県としては、財産的な価値の高い県知事公舎が長期間にわたり本来の機能どおり利用されていないのは好ましくないことから、県庁の災害対策本部を補完する機能や緊急時の業務用宿舎としての機能、さらに、知事が公人として賓客等を迎賓する機能等も備えたコンパクトな新知事公舎を県庁から至近な距離に整備することが必要であるとして、検討を開始した。しかし、検討の結果、緑ヶ丘公舎(山手)は徒歩で県庁まで1時間以上かかるという距離的な問題があり、適地とはいえず、その他検討の対象になった山下町分庁舎、現在県警本部が建設されている土地、外人墓地近くの国有地なども、県知事の住居としてふさわしくないとか進入路が狭隘であるなどの欠点があり、適地の確保は容易ではなかった。(〔証拠略〕)
(4) 交換受土地取得との方針決定
ところが、平成8年2月ころ、a社から県に対し、交換受土地を譲渡してもよいという情報がもたらされた。県は、検討の結果、交換受土地は新知事公舎の建設地として、立地条件(県庁から直線で約1.6キロメートルの場所(徒歩約30分)に位置し、丘陵部に位置すること、急傾斜地崩壊危険区域等の危険地域に指定されていないこと、6メートル道路に面しており、災害時における大型車両等の通行が可能であること)、面積などの点から、最適であると判断した。ただ、当時、それらの土地はa社の所有名義にはなっておらず、第三者の所有名義になっており、a社は第三者らと土地取得について交渉中であったことから、県としては、a社がそれらの土地の所有権を取得してから同社と具体的な話をすることとした。
その後平成8年10月ころ、a社から県に対し、交換受土地を第三者から確実に取得できるという見通しが示された。そこで、同年11月18日に副知事を議長とする県有地・県有施設利用調整会議が開催され、交換受土地が最適であること、原則として、県知事公舎の代替となるので、交換渡土地との交換により取得したいこと、それにより難い場合は、交換渡土地の処分費用を充当することなどを諮り、その結果を被告に説明し、了解を得て、交換受土地を新知事公舎建設予定地として取得するとの方針が固まった。さらに、同月20日、第2回の新知事公舎建設検討会議が開催され、新知事公舎の概要、その建設スケジュール等が検討された。
a社は、平成8年12月24日に別紙物件目録記載(四)の土地をb株式会社から、平成9年1月10日に同(三)の土地をc有限会社からそれぞれ譲り受け、平成8年12月3日、25日、参加人に対し、交換受土地は公的な施設として最適な土地と思われるとして、買い上げを検討してほしいとの文書による申出をなした。
a社が同(三)の土地をc有限会社から譲り受けた平成9年1月10日、県総務部秘書室は、新知事公舎を建設すること、適地である交換受土地を新知事公舎建設予定地としてa社から取得すること、同土地取得に当たり交換渡土地との交換により取得すること、それにより難い場合は、交換渡土地の処分費用を充当することなどの基本方針について起案した上、同月20日参加人を初め関係部署、担当部署の決裁を得た。これにより、県の方針が正式に決定された。(〔証拠略〕)
(5) 鑑定の実施及び交換渡土地の形状、法的規制等
ア 鑑定の実施
前記(4)のとおり、県において、基本方針を決めたことに伴い、神奈川県県有財産規則45条、同規則の運用についての通知(〔証拠略〕)に基づき、交換渡土地、交換受土地のそれぞれについて、2人ずつの不動産鑑定士に鑑定評価が依頼された。すなわち、県は平成9年1月半ばころ、交換渡土地については、株式会社d不動産鑑定所(代表取締役B)及びe不動産鑑定事務所(不動産鑑定士D)に、交換受土地については、有限会社f不動産鑑定事務所(代表取締役F)及びg綜合鑑定事務所(不動産鑑定士H)に鑑定評価を依頼し、交換渡土地については、平成9年1月20日に総務部管財課の担当者が現地において2人の不動産鑑定士に対し対象不動産を説明した。それら鑑定における依頼目的は交換のため、評価対象は更地の正常価格を求めること、価額評価時点は同年2月1日というものであった。交換渡土地、交換受土地のそれぞれについて、2人ずつの不動産鑑定士に鑑定を依頼することとしたのは、土地評価基本要領3条(〔証拠略〕)に基づくもので、それによると、評価見込額が10億円以上の土地の評価で、その取得又は処分につき議会の議決を要しないものについては、評価委員の評価に付するか2者以上の鑑定評価に付するものとされている。なお、県における、上記鑑定の依頼について、文書による起案は同年1月30日に行われ、同決裁は同年2月4日に行われ(〔証拠略〕)、上記事実上の鑑定依頼、現地における説明より時期的に遅れた。
被告は、横浜市に対し、平成9年1月10日に道路寄付のための事前調査依頼を行っていたが、その10日後にした鑑定依頼の際に2人の不動産鑑定士に対し、その事実を告げなかった。
そして、交換渡土地については、同年2月17日付けの〔証拠略〕の鑑定書が、交換受土地については、同月18日付けの〔証拠略〕の鑑定書が県に提出された。〔証拠略〕の鑑定書においては、対象不動産の個別的要因として、交換渡土地の北側に接する道路は認定道路幅員は約3メートルであるが、現況道路幅員は約4ないし4.3メートルと、交換渡土地の一部が道路敷になっていることが記載され、〔証拠略〕の鑑定書においては、街路条件として、対象地の北前面に幅員約4メートルの道路が接していると記載されていた。
イ 交換渡土地の形状、法的規制等
交換渡土地は、北側にある本件市道に約103メートル接し、平均奥行きは51メートル(47ないし75メートル)で、東隣地境がやや不整形となっており、南側は幅員約3メートルの2項道路と接している。交換渡土地は、当時、第1種低層住居専用地域に属し、建ぺい率は40パーセント、容積率は80パーセントと制限されていた。同土地の形状は、全体的な地勢は南傾斜地であり、北側の現在マンション出入口となっている部分と比較して、南東隅の法下部分では約10メートルの、南西隅の法下部分では約4.5メートルの標高差があり、南側の2項道路との境付近において約90メートルにわたり、現在の擁壁より道路側いっぱいに、現在より角度が急なコンクリート擁壁が上記道路から平均約4メートルの高さまで存在し、さらに、一部は崖状の部分もあった。(〔証拠略〕)。
(6) 本件交換契約の締結
県は、従来からの一般的な取扱いに従って、上記鑑定結果をそのまま採用し、2つの鑑定結果の平均額を両土地の評価額と認めた。その結果、交換渡土地と交換受土地との価格は後者が前者より18万5680円高くなった。
県は、上記鑑定の結果を踏まえ、その差額が僅少であるためa社と交渉した上、本件条例2条2項(「前項の規定により交換する場合において、その価格が等しくないときは、その差額を金銭で補足しなければならない。ただし、差額がきわめて少額であるときは、この限りでない。」)に基づき、交換差金の授受なしで本件交換契約を締結することとなり、平成9年3月4日参加人の決裁を得た上、同月5日、a社と本件交換契約を締結した。同契約書には、県の要請に基づき、交換渡土地上に存する立木の伐採は必要最小限度にとどめ、可能な限りこれを活用する、住宅等の建物を建築する場合には、その高さが建築基準法に照らし10メートルを超えない範囲にとどめるものとすることなどが遵守事項として記載された。(〔証拠略〕)
(7) 県有地の境界確定作業等
交換渡土地の北側には本件市道があったが、その付近の本件市道部分(以下「本件市道部分」という。)は、市道として本来認定された道路(幅員は最小で2.77メートル)敷地の南北の両側に市道の幅を広げる形で長年にわたり付近住民の利用に供されてきた県所有の土地部分が存し、それらは本件市道部分と一体として道路敷として利用されてきた。すなわち、本件市道部分の南側には県知事公舎があり、それを隔てるものとして万年塀が存在したが、万年塀の北側で、本来の本件市道敷の南側に隣接する部分に県有地が存在し、他方、本件市道部分の北側には県の所有する篠原園地があり、両者を隔てるものとして直径約12センチメートルの擬木柵が存在したが、擬木柵の南側で、本来の本件市道敷の北側に隣接する部分に県有地が存在した。また、本件市道部分の北西付近に松の木(万年塀から松の木の南端までの距離は約3.43メートル)があり、松の木から擬木柵までの部分も県有地であった。その当時の本件市道部分の現況は、概ね4メートルの幅があったが、上記のとおり、松の木のところでは3.43メートル、擬木柵のある箇所では、擬木柵の内側(交換渡土地に近い方)から測ると4メートルより少し短いところもあった。
なお、県は平成8年3月、本件市道の道路査定申請を横浜市に対しなした。その結果、もとから存在した道路査定図に基づき境界が復元され、県は本件市道について測量図(同年4月24日付け。〔証拠略〕)を作成し、これにより現況道路敷内に県有地が存在することが客観的に明確となった。上記境界の復元に伴い、県有地と市有地との境界を表す杭が現地に埋められた(〔証拠略〕)。
以上を踏まえ、参加人は、平成9年1月10日(前記(4)のとおり、同日は県総務部秘書室が起案した日でもある。)、横浜市に対し、道路寄付のための事前調査依頼(〔証拠略〕)を行った。それは、上記の本件市道部分の現況道路部分に位置する同県有地は長年にわたり付近住民の通行の用に供されてきたもので、将来的にも道路以外の用途に使用できる状態ではなく、県が交換渡土地を処分した後に所有しておく利点がなく、さらに、同様な状態で管理し続けることは、維持管理瑕疵責任などの点で財産管理上も問題があり、市民の利便性の点からも、無償譲渡して公道(市道)として管理することが望ましいと被告及び県が判断したからである。
さらに、上記寄付に当たり道路通行に支障となり、寄付手続の実現に支障となる樹木等を整備する必要があったため、県は、平成9年2月19日篠原園地の定期的な公園整備工事に際し、本件市道部分の現況道路となっている県有地上にあった松の木1本を伐採し、同月27日、篠原園地側にあった擬木柵の一部を撤去し四目垣を設置するとともに、篠原園地側から道路側に伸びた木の枝を剪除した。松の木の伐採及び四目垣設置の結果、本件市道部分の現況道路の幅員で4メートルを下回るところはなくなった。(〔証拠略〕)
(8) 道路寄付、1項道路への変更等
平成9年3月6日、本件交換契約の結果、交換渡土地の所有権がa社に移転したため、参加人は同月7日横浜市長に対し、上記道路寄付のための事前調査依頼の内容の変更を通知した(〔証拠略〕)。
横浜市は、上記事前調査依頼を受けて、同年4月1日に現地調査を行った。
横浜市長は、参加人に対し、同月11日、私有道路寄付のための事前調査回答書により上記依頼に対し回答した。それによれば、「道路幅員」については、「知事公舎部分については、建築基準法第42条2項道路ですので、中心後退2.0mを確保してください。」と回答し、寄付受入れに条件を付した。
これに対し、参加人は、横浜市長に対し、中心後退2メートルを確保しようとすると、隣接地(〔番地略〕)が接道しなくなるとともに、道路が鍵状に折れた形となり、通行に支障を来すおそれがあること、同隣接地所有者に対しその通行を以前から承諾しており、県知事公舎の処分に際してはその通行承諾を継承することを条件の1つとしていることなどから、すべて現況の道路幅員での寄付を受けて頂きたい旨を同年5月13日、文書により依頼した。
その結果、横浜市長は、参加人に対し、同年5月20日付けで上記依頼のとおり寄付を受け入れるとの回答と同年6月11日付け文書による回答を行い、同年7月4日に最小幅員を4.01メートルとする道路拡幅の公示がなされ、本件市道は1項道路となった。これにより、交換渡土地は床面積が6000平方メートルを超える大規模マンションの建設が法的には可能な土地となった。(〔証拠略〕)
(9) 交換渡土地の将来的な利用目的及びこれに関する被告及び県等の認識
ア 平成8年11月ころ、a社から県に対し、交換渡土地の北側に接する本件市道が建築基準法42条1項3号道路(いわゆる1項道路の1つ)であることを証明できるような客観的な資料がないかという問い合わせがあった。これに対し、県はそのような資料は発見できなかったので、a社に対しその旨回答した。
イ 平成9年2月25日に行われた県議会において、被告は、ある議員からの質問に答え、県知事公舎敷地(交換渡土地)と民間企業が所有する土地との等価交換の話がほぼまとまりかけており、同年3月上旬には契約が成立する見込であること、その民間企業の利用の仕方は、その土地の指定の状況にあわせて使うこととなろうが、周囲の環境にふさわしい使い方をしてほしいという地元の気持ちは交換の相手方に十分伝えてあり、仮に建物を建てるにしても、地域の性格から建物の高さは低層となること、景観を損なわないようにと申し添えてあることなどを答弁した。
さらに、平成9年3月5日、県議会の総務企画常任委員会において、管財課長は、交換の相手方は「具体的には低層の集合住宅、高級型のマンションを開発すると聞いており」と答弁した。
ウ 県が交換渡土地に将来大規模マンションが建築されるという説明を初めて聞いたのは、本件交換契約締結の直前である平成9年2月末ころである。それ以前の交渉過程において、県は、a社から、同土地に戸建て又はマンションのいずれかを建築するとの説明を受けていたが、同月25日に行われた県議会において被告が上記イ前段のように答弁したので、同年3月5日に開催される予定の県議会総務企画常任委員会においてそれに関する質問が委員からなされることが予想されたため、a社に対し確認したところ、「現時点では、低層の集合住宅で高級型のマンシヨンの開発を検討している。」という回答があったため、初めて同事実を認識し、上記イ後段のとおり答弁した。(〔証拠略〕)
エ 県側は当初から交換という形をとることを希望していたところ、a社は、平成8年初夏ころから交換渡土地の利用、処分の一選択肢として同土地を転売することを検討し、その相手方を探し始め、不動産市況が厳しい状況であったため同年末近くころリスク回避のため転売することと決定し、平成9年3月末ころh社と交換渡土地の売却条件、契約内容等についてほぼ合意に達した。h社は、その取得に当たり、本件市道が1項道路であることを条件として要求したところ、a社としては、平成8年12月ころ公園用地の整備を行うという話を聞いたので、本件市道が幅員4メートルになる見通しはついたと考えており、同社とh社は、交渉段階において、県もその道路は4メートルの幅員のはずであるとの認識であり、かつ道路の周囲は県所有地なので、必ず適正に改善される(1項道路となるという趣旨)と考えていた。平成9年4月11日に県が横浜市から事前調査回答書を得た以降の時点において、1項道路になるのに必要な期間は半年から10か月と予想されていた。a社は本件交換契約締結当時交換渡土地を取得後速やかにh社に転売することを計画していたが、そのことを県には告げていなかった。(〔証拠略〕)
(10) その後の交換渡土地及び交換受土地の利用
ア a社は、本件交換契約の約4か月後である平成9年7月4日、交換渡土地をh社に譲渡し、同社に所有権移転登記が経由された。その後、h社は、同土地上にマンション(○○○○、5階建て)を建築し、販売し、完売した。同マンションは、全部で64所帯で、販売価格は4000万円台から1億円台であり、5000万円台、6000万円台の物件の数が一番多い。
ところで、マンション等共同住宅の共用の廊下、階段について、容積率から除外するなどの建築基準法の改正が平成9年4月22日に閣議決定され、同日衆議院に提出され、同年5月22日に可決され、その後参議院において同年6月6日可決され、同月13日に官報に公布され、同改正のうち上記部分は即日施行されたが、上記マンションは上記改正後の建築基準法の規定(同法52条4項)の適用を受け、建築されたものである。
イ 県は、交換受土地に新知事公舎を建設しようと取得後本格的な検討を開始し、作業を行ったが、結局平成10年11月初めころ、危機的な財政状況を理由に新知事公舎を建築することを休止し、現在に至っている。(〔証拠略〕)
2個別の争点に対する判断
(1) 判断の順序
以上の認定事実を踏まえて、以下各争点について判断することとなるが、原告らの主張は、交換渡土地と交換受土地との価格差があるのに、被告又は県の職員が鑑定価格を低額に誘導したこと(原告らの主張(2))、県有地無償譲渡、道路幅拡幅によって交換渡土地の価格が上昇することが十分に予想されたにもかかわらず、これを織り込まずに本件交換契約を締結したこと(同(3))及び交換受土地の取得の必要性がないのに専ら一私企業の利益のためにあわてて本件交換契約を締結したこと(同(4))が違法というものである。
そして、これらの主張の根拠としては、いくつかの不可解な点がある旨を指摘する。そこで、先に原告らの上記の疑問点を検討する。
(2) 原告ら指摘の疑問点の有無・内容
ア 新知事公舎の必要性がないとの指摘について
従前の県知事公舎は、県庁から約6キロメートル離れ、徒歩で1時間半程を要するので、大規模災害発生などの緊急時に即応できないおそれがあった。そこで、新知事公舎は県庁から徒歩で30分以内に到着できる場所にあった方がよいとの考えから、被告は、県知事公舎は速やかに処分すること、新知事公舎は県庁に近いしかるべき場所に新しく建築することなどの方針を立て、適地を探したが、その確保は容易ではなかった。そのような折に情報がもたらされた交換受土地は新知事公舎の建設地として、立地条件、面積などの点から、最適であると判断された。そこで、被告及び県は、必要な手続をとった上、本件交換契約を締結した。
以上のとおりであり、新知事公舎は必要であり、本件交換契約が不要、不急のものであったとはいえない。ただし、県の財政が逼迫しているということもあって、その後も交換受土地に新知事公舎は建設されないままであり、新知事公舎のための敷地は一刻を争うほどの緊急の取得の必要性があったとまではいえない。
イ 鑑定依頼手続が異例であるとの指摘について
県における交換渡土地及び交換受土地の価格についての鑑定依頼に関する県内部の文書による起案は平成9年1月30日に行われ、同決裁は同年2月4日に行われた。ところが、現実の鑑定依頼は、同年1月20日にされているので、決裁前にされていたことになる。これは地方公共団体における通常の事務処理の仕方と比較すると、異例であろう。
この点については、詳細な経過が定かではない面があるが、被告及び県が当時新知事公舎の建設地として交換受土地を是非取得したかったことに関連があり、それに加えて、当時1会計年度の終期が間近であったこととの関連性も否定できないように思われる(証人L)。
ウ 道路用地の寄付と道路拡幅のための積極的行為が不可解であるとの指摘について
(ア) 次に、原告らは、県が道路用地寄付と道路拡幅のために積極的に進め、これらが極めて順調に進んだことについて疑問を指摘する。
上記のうち、道路用地の寄付に関し、県は、上記道路寄付申請に係る土地は、これを所有しておく利点がなく、さらに、同様な状態で管理し続けることは、維持管理、瑕疵責任などの点で財産管理上問題があることから、無償譲渡して市道として管理することが県として望ましいと判断したというところ、このような説明あるいは判断自体には相当の合理性がある。
戸建てであろうと共同住宅であろうと、その宅地に接する道路の幅員がある程度広い方が便利であることは疑いがない。いわゆる2項道路であっても、現況幅員が4メートル確保できる道路(実質的には1項道路と同様となる。)となることは好ましいことである。したがって、本件市道部分の南北側に現実に道路敷地として利用されている県有地について、それを他の用途に利用する予定がないのならこれを道路敷地として寄付をして当該2項道路が法的にもきちんと1項道路となるようにすることは合理的な判断であると考えられる。
原告らが疑問とするのは、そのようにして上記の県有地が寄付をされたということだけではなく、それがあまりに早すぎるので何か隠された理由があるのではないかということであろう。そして、このこと自体に隠された理由があるとの的確な証拠はないが、この理由を探求するためには他の疑問点とまとめて検討するのが相当の方法であるから、最後に検討する。
(イ) また、道路拡幅のための措置を積極的に進めているというのは、松の木の伐採と擬木柵の一部撤去である。すなわち、本件市道部分の北西側の現況道路部分の延長線の道路内に松の木があり、これが道路としての利用の邪魔になっていることは間違いがないので、これを伐採するということである。また同様に現況道路部分の延長線上にある本件擬木柵の一部を撤去することで、現況道路の利用の便が増大する。このように、寄付に際して、寄付対象地にある障害物を除去して寄付を実効的にする趣旨で、道路通行に支障となる樹木等の整備がされたものである。このことにも相応の合理性がある。
この点に関しても、原告らは、あまりに迅速に措置がされたことに何か隠された理由を感じるのであろう。現に存在する松の木や擬木柵は法的には撤去義務がないから、原告らの疑問も分からないではないが、その部分の土地を寄付する以上は松の木や擬木柵を撤去することが法的にも必要となってくる。したがって、隠された理由があるかどうかは、寄付の要否等の他の事項とまとめて検討するのが相当の方法であるから、最後に検討する。
(ウ) そして、(ア)及び(イ)の措置により、本件市道が名実ともに1項道路となり得る状況となり、その結果として交換渡土地の価値を高めることになったということはできるかもしれない。
エ 鑑定人に対し道路調査依頼中である旨を告知しなかったことが不合理であるとの指摘について
被告は、平成9年1月10日、横浜市に対し、道路寄付のための事前調査依頼(〔証拠略〕)を行っていた。そして、総務部管財課の担当者が現地において鑑定人に対象不動産を説明したのが同月20日であるところ、同担当者は鑑定人に道路寄付のための事前調査依頼中である旨を告知しなかった。
(ア) まず、この鑑定の趣旨を確認する。県(県総務部秘書室)は、平成9年1月10日、交換受土地を新知事公舎建設予定地としてa社から取得すること、同土地取得に当たり交換渡土地との交換により取得することなどの方針を決定した。県有財産を取得し、処分するに際しては、神奈川県県有財産規則等から当該財産の評価を行うことが必要とされるので、そのために鑑定がされ、その結果に基づき交換か売買かという法的なスキームを決定するためであったといえる。以上の経過、鑑定の性質等から明らかなように、県の不動産鑑定士に対する鑑定依頼は、すでに県の方針が決定されたことを前提として、手続の最終段階に必要となるもので、鑑定評価の時的基準時も鑑定依頼の時期と接着した時期であり、鑑定書の作成は比較的短期間内に行われ(証人B)、速やかに最終的な不動産の処分等が行われることが前提とされている。
そして、県にとって、当時、交換受土地を取得する必要性が高かったことは前記のとおりであり、新知事公舎建設地としてふさわしい適地の確保は容易なことではなかったのであるから、事柄の性格上取引の好機会を逃すことは地方自治体としては避けるべきで、事務は迅速に進めることが必要であった。したがって、必要な事項を早期に鑑定することが要請された。
(イ) また、鑑定評価における前提条件(接面道路が1項道路か2項道路かということもその1つである。)は、鑑定評価の時的基準時における権利関係、事実を踏まえて行われるべきで、将来生起する権利関係・事実関係の変動は、近い将来確実に実現するという保証ができる範囲での実現性に立脚した予測でなくてはならず(「昭和49年11月11日国土利用計画法の施行に際し不動産の鑑定評価上特に留意すべき事項についての建議について」。〔証拠略〕)、そのような確実性のある事柄だけが、鑑定に際し斟酌されるべきである。
一般に横浜市に対して道路の事前調査依頼を行ったものの、最終的な区域決定に至るまでには、問題のないケースの時は、告示まで半年から1年くらいで完了するが、中にはかなりの時間(3年以上かかった事案、中には10年くらいかかった事案もあった)がかかることも少なくなく、もろもろの事情により所期の目的を達成しないまま終わることもないではない(〔証拠略〕)。本件において、申請者が県知事である被告であったこと、その後約1か月後に松の木の伐採、擬木柵の一部撤去等を県が自ら行っていることなどの事情は存在するが、それだからといって、鑑定依頼の時期において横浜市により寄付が受け入れられることが近い将来確実であったとまではいえず、当時は事前調査依頼後間もないころであり、寄付が受け入れられるか否か不明で、また仮に受け入れが可能と回答されるとしても、その時期については不確定であったといわざるを得ない。
そうすると、被告及び県は、鑑定依頼の際に、県有地を道路用地のため寄付する手続に着手したこと及び本件市道が2項道路から1項道路に変更される可能性があるという事実を不動産鑑定士に告知すべき義務があったとまではいえない。このことは、被告が平成8年度を「財政再建のスタートの年」として位置づけていた(原告らの指摘)としても、変わりはない(なお、以下の争点の判断においても、被告が平成8年度を「財政再建のスタートの年」として位置づけていたことを前提とすることとする。)。
ただし、原告らは、被告の不告知に法的義務が違反があるというのではなく、寄付手続に着手中との情報が告知されれば交換渡土地の鑑定価格が高くなるので、それを避け、これを低く誘導するために不告知としたとの疑問を提起するものである。この点は、別個の場でそれ自体を検討するのが適当である。
オ 集合住宅建築予定を鑑定人に告知しなかったことが不合理であるとの指摘について
(ア) まず、被告及び県は、交換渡土地の上に交換後直ちに集合住宅が建築されることを認識していたかについて判断する。この点に関しては、以下のような事実が認められる。
まず、鑑定依頼時点において、県が県有地を本件市道敷地として寄付することが横浜市に受け入れられるか否か不明であり、また仮に受け入れが可能と回答されたとしても、その時期については不確定であった。したがって、本件市道が1項道路になること自体が不明であり、ましてや交換渡土地の上に交換後直ちに集合住宅が確実に建築される予定があることが認識できるような状態であったとは認められない。さらに、証拠(証人J)によれば、a社は本件交換契約締結当時交換渡土地を取得後速やかにh社に転売することを計画していたわけだが、そのことを県には告げていなかったと認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
もっとも、平成9年2月24日付けの文書として提出された〔証拠略〕(「神奈川県知事公舎移転に伴う跡地利用計画について」と題する書面)について、原告らはK会長の作成した文書であると主張するが、原告X1はKが作成したということをK会長自身から聞いたのではなく、誰から聞いたか明確に証言することもできず(原告X1の調書23頁)、さらには、その文書には作成者が記載されておらず、「K会長」と記載されており、自分のことを「K会長」と記載するというのはこの種の文書においては通常のことではなく、同文書の作成者が果たしてK本人か否かは疑わしいといわざるをえない。そのような作成者に関する疑問のほか、同書証の本訴における提出時期(弁論の全趣旨)なども総合すると、同文書は全面的に信頼できるものとまではいえない。
他方、前記のとおり、県が交換渡土地に将来大規模マンションが建築されるという説明を初めて聞いたのは、本件交換契約締結の直前である平成9年2月末ころである。それ以前の交渉過程において、県は、a社から、同土地に戸建て又はマンションのいずれかを建築するとの説明を受けていたが、同月25日に行われた県議会において被告が前記のように答弁したので、同年3月5日に開催される予定の県議会総務企画常任委員会においてそれに関する質問が委員からなされることが予想されたため、a社に対し確認したところ、「現時点では、低層の集合住宅で高級型のマンションの開発を検討している。」という回答があったため、初めて同事実を認識した。
なお、平成10年1月19日にLと原告X2、同X3の夫らが話し合った際、Aが「事業者が買えば、或いは交換でも手に入れれば、経済的に使えばマンションだろうな、と常識的に誰も分かる訳ですよ。」と発言したこと(〔証拠略〕)が認められるが、一般的な予測の問題として言ったにすぎないとも解される。
(イ) 以上の諸証拠及び諸事実からすると、県は、鑑定依頼時点で交換渡土地に集合住宅が建築される予定であるかどうかは明確には認識まではしていなかったというべきである。このように不確定な情報である以上、県担当者が鑑定人に集合住宅建築予定と告知しなかったとしても、非難されるべきことではないというべきである。
カ 鑑定の内容が適正ではないとの指摘について
(ア) 原告らは、〔証拠略〕の鑑定書は、収益性の低い戸建て住宅建築を前提とする鑑定となっており、前提事実が正しくないと主張する。
(イ) そこで、検討するに、本件交換契約当時、本件市道は最小幅員が2.77メートルのいわゆる2項道路であり、大規模集合住宅を建設するには、都市計画法上の許可が必要であり、さらに、横浜市建築基準条例によって、床面積が500平方メートル以上の大規模な集合住宅を建築できる状況ではなかったことは上記のとおりである。
また、この当時、交換渡土地は、第1種低層住居専用地域に属し、建ぺい率は40パーセント、容積率は80パーセントと制限されていた。そして、交換渡土地の近隣地域の状況については、「閑静な住宅地域」、「一般住宅、マンションが混在している」(〔証拠略〕)、「閑静な住宅地役」、「丘陵地で、ゆるやかな傾斜のある住宅地で、比較的規模の大きい画地が連担している」(〔証拠略〕)であり、周辺は個人住宅が圧倒的に多い。
さらに、交換渡土地の面積は1000平方メートル以上であるから、建築物の建築等の用に供する目的で行う土地の区画形質の変更(開発行為、都市計画法4条12号)を行う場合には、県知事の許可を受けなければならず(同法29条1項1号)、あわせて横浜市の開発指導要綱に基き指導を受けることとなる(〔証拠略〕)。ここに、形質の変更とは、切度、盛土又は整地をいうが、通常一連の行為として既成宅地における建築行為又は建設行為と密接不可分と認められる、基礎打ち、土地の削除等の行為は該当しないと解される。
加えて、交換渡土地は、全体的な地勢は南傾斜地であり、北側の現在マンション出入口となっている部分と比較して、南東隅の法下部分では約10メートルの、南西隅の法下部分では約4.5メートルの標高差があり、南側の2項道路との境付近において約90メートルにわたり、現在の擁壁より道路側いっぱいに、現在より角度が急なコンクリート擁壁が上記道路から平均約4メートルの高さまで存在し、さらに、一部崖状の部分もあった。(〔証拠略〕)
(ウ) 以上のような背景事情からすると、平成9年2月当時、交換渡土地に近い将来大規模なマンションを建設することは難しい面があったと思われる。したがって、戸建て住宅の建築を前提とする〔証拠略〕の鑑定は、外形的な状況に合致していることになる。
なお、結果的には、h社は交換渡土地上に開発行為に該当することを回避する方針でマンションを設計することに成功した(〔証拠略〕)が、同事実は上記認定に影響を及ぼすものではない。
以上から、収益性の低い戸建て住宅建築を前提とする〔証拠略〕の鑑定書は前提事実が正しくないという原告らの主張は採用できない。
(エ) なお、鑑定人Oは、平成9年2月ころの交換渡土地の最も有効な利用方法がマンション用地であるとして価格を評価している(同鑑定人の鑑定結果、証人O)。これに対し、〔証拠略〕の鑑定は、同土地の同時期の最有効利用を戸建て住宅として鑑定評価をした。しかし、〔証拠略〕の鑑定は、平成9年1、2月ころにされたものであり、かつ、本件地域が第1種低層住居専用地域であることを踏まえ、県から当時県が把握していた本件市道に関する諸情報を漏れなく知らされたわけではなく、このような条件下において交換渡土地の有効利用を戸建て住宅と評価したものである(〔証拠略〕)。したがって、〔証拠略〕の鑑定が交換渡土地をマンション用地ではなく戸建て用地として評価したことは、非難されることではないというべきである。結果的に交換渡土地にはマンションが建築されたが、低層のものであり、上記時点における交換渡土地の最有効利用についてO鑑定が正しく、〔証拠略〕の鑑定意見が誤っているということは相当ではない。もっとも、県が〔証拠略〕の鑑定人に付与した鑑定条件・情報の内容、多寡について、意見はあり得ると解される。
また、原告らは、〔証拠略〕の鑑定には不合理な点が多々あると主張するが、証拠上そのような事実は認められない。
キ 被告又は県の職員が鑑定価格を低額に誘導するなどしたとの指摘について
4つの鑑定書の評価額が極めて近似していることは事実だが、それが誘導の結果であるとの原告らの主張を認めるに足りる証拠はなく、上記の主張は単なる憶測としかいえない。専門家が土地の評価を行うのであるからある程度近似した数値が出されるのは当然であり、それが極度に近似することも、可能性としては否定できない以上、極度の近似の一事をもって誘導の結果ということはできない。
かえって、県は、神奈川県県有財産規則45条、同規則運用通知に基づき、交換渡土地、交換受土地のそれぞれについて2人ずつの不動産鑑定士に鑑定評価を依頼し、その結果に基づき両土地の価格を評価し、4つの鑑定書の鑑定評価に従い、両土地を評価し、その差額がきわめて少額であったので、本件条例2条2項ただし書に基づき、交換差金なしに本件交換契約を締結したものである。
なお、この点は他の疑問点の指摘と併せて認められないか再度検討する。
ク 疑問点の全体的な評価と原告らの主張の成否
上記の疑問点の指摘を個別に観察すると、疑問もあるものの、反対の評価が可能な事情もあるので、結局、上記の疑問は疑問にとどまり、本件交換契約が違法あるいは不正な交換契約であったとまでの事実を導くものではない。
ただし、これらの疑問点を総合してみた場合には、原告らのような推測も事態全体を説明する有力な想定ということはできる。すなわち、県が進んで松の木を伐採し、擬木柵の一部を撤去し、本件市道部分に4メートルの幅員を確保し、それらがある部分を含め県有地で現況道路部分となっていた土地を本件市道の管理者である横浜市に寄付し、本件市道を1項道路となるようにしつつ、鑑定人にはそれらの動きを知らせずに、2項道路のままで鑑定をさせ、結果的に価格が低額となったことは、交換受土地の所有者であるa社及び同社から交換渡土地を転得する予定のh社が、割安に交換渡土地を取得して地上にマンションを建築する計画があったところ、県がこれに協力して、交換渡土地の鑑定価格は低額になるように本件市道を2項道路のままとし、上記の会社がこれを取得した後には本件市道が1項道路に変更され、h社はマンションを建築することが可能となった、という想定である。確かに、このような説明は個別の疑問に答えるものであること、バブル経済の時期なら土地の値上がり目的の取得もあろうが、平成9年当時において、経済活動をする企業が目的が不明確な状態で相当に広大な土地を多額の金銭を費やして購入することは、通常あり得ないことから考えて、h社がマンション建築を目標として交換渡土地を取得する計画を有し、これをa社が転得益を目的として応援したという想定はあり得るところである。これによれば、事態全体が合理的に説明されていることとなるが、その前提として地方公共団体の代表者である知事としての被告及び県担当者が1私企業のために便益を図るということが全体を貫く前提となっている。
しかし、被告がそのような指示をいつ誰にどのような態様でしたのか、動機は何か、といった不正な行為の具体的な内容が全く明らかでない。一般にこのような不正行為の存在は確かな証拠がない以上は軽々に推測することができない事実である。したがって、そのような証拠がない本件においては、原告ら主張のような憶測を確かな事実とまで認めることはできない。
(3) 次に、県有地無償譲渡、道路幅拡幅によって交換渡土地の価格が上昇することが十分に予想されたにもかかわらず、被告は、ことさら又は漫然と本件交換契約を締結したとの主張(原告らの主張(3))について判断する。いわば、(2)の主張が意図的な違法・不正があるというものであるが、ここでの主張は過失によるというものである。
ア 原告らは、真実は、a社がh社から購入条件として提示された値上がり前の土地を取得することを県に求め、県が漫然とこれに応じ、専ら一私企業の利益のために本件交換契約を締結したと主張し、その根拠として、本件交換契約が不要、不急のものであるにもかかわらず、性急に行われたこと、異様に急がれた4つの鑑定書、極めて順調に進んだ道路用地寄付と道路拡幅のための県の積極的行為(4メートル幅を満たすための擬木柵の撤去、松の木の伐採等)などを指摘する。そして、h社は取得に当たりa社に対し、本件市道が1項道路であることを条件として要求したことは証人Jが証言するところである。
そして、県は本件交換契約締結の直前である平成9年2月末にはa社が「現時点では、低層の集合住宅で高級型のマンションの開発を検討している。」ということを認識したのであるから、その時点で、本件市道が2項道路であるということを前提とした土地の鑑定評価を見直し、交換契約を直ちに締結せず、交換差金なしという処置を維持するのが相当かを後日判断すべきであったというべきかが問題となる。
イ 確かに、交換渡土地は実測面積が5232.84平方メートルという広大な土地で、その評価額もかなり高額であり、建設できるものが戸建て住宅か大規模なマンションかによりその土地の価値は一定額以上の相違が生じることが予想できるから、慎重に、調査すべしという考え方もあり得る。現に、証人Jは、a社は交換受土地を購入したときの価格と交換渡土地を処分したときの価額とを比較すると、後者の方が前者よりはっきりしないが、何億円か高いという感じであったことを証言し、本件市道が1項道路になってから交換契約を締結する方が確実ではないかという質問に対し「ビジネスにはリスクを念頭に決断も必要です。」と回答し、当時早期に本件交換契約を締結した方がビジネス(利潤の獲得)としては良い結果であったという趣旨の証言を行い、2項道路を前提とした鑑定評価に基づく本件交換契約がa社にとって多額の利潤を生んだことを示唆している。さらに、同人は、a社とh社は、交渉段階において、県もその道路は4メートルの幅員のはずとの認識であり、かつ道路の周囲は県所有地なので、必ず適正に改善される(1項道路とをるという趣旨)と考えていたと証言していることは前記のとおりであり、県と本件交換契約を締結した相手方である民間企業の見込を前提とすると、被告及び県もそのような見込を持って然るべきではなかったかという疑問も生じる。
ところが、本件証拠上、平成9年2月末ころそのような情報を入手した後、被告及び県が予定どおり本件交換契約を締結するかどうかについて、検討した節は見当たらない。
ウ しかし、本件においては、以下のような事情がある。
まず、上記のとおり、県にとっては、新知事公舎の建設地として、立地条件、面積などの点から最適であると判断された交換受土地を是非早期に取得したいという事情があり、取得の必要性は高く、被告及び県は、必要な手続をとってきたという事情がある。さらに、土地取引は相手方があることだから、適時に決断しなければ、相手方が処分する意思を失ったり、又は、他者に処分するなどの事態も生じかねない。
次に、被告及び県が平成9年2月末にa社が「現時点では、低層の集合住宅で高級型のマンションの開発を検討している。」という情報を入手したとしても、同社が検討している予定の実現可能性がどの程度のものであったかという問題がある。a社は、平成9年7月4日、交換渡土地をh社に譲渡し、その後、h社は、同土地上にマンションを建築し、販売したが、本件交換契約当時、被告及び県はa社がh社に同土地を転売することを知っていたとは認められないことは上記のとおりである。そして、鑑定依頼の時期において、道路寄付が受け入れられるか否か不明であり、また仮に受入れが可能と回答されたとしても、その時期については不確定であったもので、1項道路になること自体が不明であったから、ましてや交換渡土地の上に交換後直ちに集合住宅が建築されることが認識できるような状態であったとは認められない。さらに、平成9年2月当時、同土地に大規模マンションを建設するためには、県知事の許可を受け、あわせて横浜市の開発指導要綱に基き指導を受ける可能性が客観的には、高かったものである。
そもそも上記情報自体、マンションの開発を検討している」というものにすぎず、その内容に具体性はなく、被告及び県にとっては、取得者側の土地利用に関する将来的な願望と大差はないものとも見れる。そうなると、しばらく待っても交換渡土地の価格が値上がるとは確実に予想できることではない。
エ 以上のことを総合すると、被告には道路寄付の結果を待ってから、交換契約を締結すべき義務があったとまではいえず、その違反責任までは認められない。県は交換により早期に交換受土地を取得することに関心があり、本件市道が1項道路になるのを待つことで交換差益を得ることができる可能性が高くなるといったことに対する関心が薄かっただけであるとも思えるところ、仮にそうであっても、上記の状況に照らすと、被告に過失があったともいえないと解するのが相当である。
第4 結論
よって、原告らの請求は理由がないから、いずれも棄却し、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、65条1項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 窪木稔 堤雄二)