横浜地方裁判所 平成10年(行ウ)3号 判決 2000年10月18日
原告
甲
被告
川崎南税務署長事務承継者 川崎北税務署長 鳴海紀政
右指定代理人
藏重有紀
同
笹崎好一郎
同
石口健
同
穗坂浩一
同
津坂昇
同
塔岡康彦
主文
一 本件訴えのうち、次の部分をいずれも却下する。
1 被告が原告に対し平成八年二月二八日付けでした原告の平成四年分所得税更正処分のうちの総所得金額三七二万四〇六八円及び納付すべき税額二〇万七九〇〇円の取消しを求める部分
2 1と同日付けでされた原告の平成五年分所得税更正処分のうちの総所得金額一七三万九二一一円及び納付すべき税額七万〇三〇〇円の取消しを求める部分
3 1と同日付けでされた原告の平成六年分所得税更正処分のうちの総所得金額二五〇万円及び納付すべき税額九万四四〇〇円の取消しを求める部分
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が原告に対し平成八年二月二八日付けでした原告の平成四年分、同五年分及び同六年分の所得税更正処分及び過少申告加算税賦課決定をいずれも取り消す。
第二事案の内容
一 概要
本件は、原告の平成四年分、同五年分及び同六年分の所得税について被告が推計の方法により更正処分及び過少申告加算税賦課決定をしたところ、原告がその取消しを求めた事案である。
二 基礎となる事実(争いがない。)
1 課税の経緯
原告は、配管業を営むいわゆる白色申告者であるが、その平成四年分、同五年分及び同六年分の所得税の課税の経緯は、別表一の1から3のとおりである。
以下、右年分を「本件各係争年分」と、右の表の各所得税更正処分を「本件各更正処分」と、右表の各過少申告加算税賦課決定を「本件各賦課決定」と、本件各更正処分と本件各賦課決定を併せて「本件各処分」という。
2 原告の転居と被告の承継
原告は、本訴係属中に住所を川崎市幸区小倉から、同市中原区西加瀬に変更した。これにより、被告の本訴の事務が川崎南税務署長から川崎北税務署長に承継された。(なお、便宜、以下においては川崎南税務署長も含めて「被告」ということがある。)
三 主な争点
1 課税根拠の明示の要否(争点1)
2 推計の必要性の有無(争点2)
3 原告の所得金額の算出根拠(争点3の1)及び推計の合理性の有無(争点3の2)
4 給与所得の存否(争点4)
5 実額反証の成否(争点5)
第三争点についての当事者双方の主張
一 課税根拠の明示の要否(争点1)
<原告の主張>
本件各更正処分にはその根拠が示されていない。
<被告の主張>
青色申告以外の申告(いわゆる白色申告)に係る更正をする場合には、その更正通知書に更正の理由を附記することは法律上の要件とはされておらず、その必要はない。
二 推計の必要性の有無(争点2)
<被告の主張>
1 原告の本件各係争年分の所得税の確定申告書に事業所得の金額の記載がなく、かつ、収支内訳書が添付されていなかった。そこで、被告は、被告所部の石橋秋海係官(以下「石橋係官」という。)に原告の所得の調査を命じ、石橋係官が、平成七年一一月七日に最初に原告宅を訪問して以降、直接訪問したり、電話で都合を確認するなどして、繰り返し日にちを調整し、平成七年一一月一五日、同月二二日、平成八年一月一六日、同月二五日及び同年二月一四日に原告宅を訪問して、調査に協力するように要請した。
しかし、原告及び妻の乙は、京浜鶴見建設労働組合の丙を同席させた上での調査に固執し、石橋係官が再三にわたって、税理士資格のない第三者を退席させた上で帳簿書類を提示するように求めたにもかかわらず、これに応じなかった。加えて、丙が執拗に論争をしかけるのを止めず、かえって不要な抗議をするなど、終始調査に非協力的な態度をとった。
2 1のような状況であり、原告の事業所得金額を実額で算出することは不可能であったから、被告は、原告の取引先に対する調査で把握した原告の収入金額を基礎として原告の事業所得を推計の方法により算出する必要があった。
3 推計の必要性の有無に関する原告の主張は、いずれも採用しがたく、争う。特に、原告は、税務調査における第三者の立会権を問題とするようであるが、税務職員が帳簿書類を調査するに当たり、第三者の立会いを認めるか否かは、調査の必要性と相手方の私的利益とを比較考量して、社会通念上相当と認められる限りにおいて、合理的な選択に委ねられており、本件で石橋係官が第三者岩井の立会を認めなかったことは、適切な措置である。
<原告の主張>
1 石橋係官による税務調査は任意の調査であるから、元来原告は資料を提示する義務を負わない。また、丙には原告の経理事務を手伝ってもらっているから、税務調査の内容について丙に聞かれて困る点は全くない。第三者が立ち会う方が誤りを未然に防ぐことができる。調査場所は原告宅であるから、石橋係官が丙の退席を求める理由はない。また、被告は原告の申告に関する資料や取引先の情報を本訴で開示しており、守秘義務を理由とする第三者の立会拒否と矛盾している。
しかも、原告は、異議申立てのときまでに「所得算出の資料」を作成してこれを提出し、さらに審査請求段階で国税不服審判所に対し、所得算出の基礎となる領収書等を確認する必要があればそれを提出する用意がある旨を伝えた。
2 以上から明らかなとおり、被告は実額計算をすることができたのであり、推計の必要性はない。
三 原告の本件各係争年分の所得金額の算出根拠(争点3の1)
<被告の主張>
1 平成四年分の総所得金額 七二九万九九九八円
右金額は、平成四年分における原告の事業所得の金額であり、その算出根拠は、次のとおりである。
<1> 総収入金額 三一〇二万四二一七円
<2> 平均特前所得率(内容は後記(二)) 〇・二三五三
<3> 事業専従者控除額控除前の所得金額 七二九万九九九八円(<1>×<2>)
<4> 事業専従者控除額 〇円
<5> 事業所得の金額 七二九万九九九八円(<3>-<4>)
すなわち、
(一) 総収入金額(前記<1>) 三一〇二万四二一七円
右金額は、原告の取引先であるA株式会社(以下「A」という。)に対するいわゆる反面調査によって把握した原告の平成四年分における収入金額である。
(二) 平均特前所得率(前記<2>) 二三・五三パーセント
右率は、平成四年分において、原告と同様にプラント配管工事業を営み、川崎南税務署管内に所得税の納税地を有し、かつ、原告と事業規模が類似する同業者(以下「比準同業者」という。)の同年分の事業所得に係る総収入金額に対する特前所得金額(総収入金額から売上原価及び経費の額を控除した金額であり、青色申告に係る特典を控除する前の所得金額をいう。)の割合の平均値(小数点第五位以下を四捨五入して算出したものであり、以下「平均特前所得率」という。別表二の1参照)である。
(三) 事業所得の金額(事業専従者控除額控除前の所得金額)(前記<3><5>) 七二九万九九九八円
右金額は、前記(一)の総収入金額に(二)の平均特前所得率を乗じて算出した金額である。
2 平成五年分の総所得金額 六〇二万四八〇〇円
右金額は、次の(一)の事業所得の金額と(二)の譲渡所得の金額との合計額である。
(一) 事業所得の金額 七六六万〇九四〇円
右金額は、平成五年分における原告の事業所得の金額であり、その算出根拠は、次のとおりである。
<1> 総入金額 三八四二万三八九一円
<2> 平均特前所得率 〇・二二〇二
<3> 事業専従者控除額控除前の所得金額 八四六万〇九四〇円(<1>×<2>)
<4> 事業専従者控除額 八〇万円
<5> 事業所得の金額 七六六万〇九四〇円(<3>-<4>)
すなわち、
(1) 総収入金額(前記<1>) 三八四二万三八九一円
右金額は、Aに対する反面調査によって把握した原告の平成五年分における収入金額である。
(2) 平均特前所得率(前記<2>) 二二・〇二パーセント
右率は、平成五年分における比準同業者の平均特前所得率(別表二の2参照)である。
(3) 事業専従者控除額控除前の所得金額(前記<3>) 八四六万〇九四〇円
右金額は、前記(1)の総収入金額に(2)の平均特前所得率を乗じて算出した金額である。
(4) 事業専従者控除額(前記<4>) 八〇万円
右金額は、平成五年分において、所得税法五七条三項(平成六年法律第一〇九号による改正前のもの。以下同じ。)の規定により必要経費とみなされる金額(以下「事業専従者控除額」という。)であり、原告の同年分の所得税の確定申告書の「《4》事業専従者」の「専従者控除額の合計額」欄に記載された金額と同額である。
(5) 事業所得の金額(前記<5>) 七六六万〇九四〇円
右金額は、前記(3)の事業専従者控除額控除前の所得金額から(4)の事業専従者控除額を控除した金額である。
(二) 譲渡所得の金額 △一六三万六一四〇円
右金額は、原告の平成五年分の所得税の確定申告書の「《1》所得金額」の「総合課税の譲渡(短期)」欄に記載された金額と同額である。
なお、金額の前の△は、損失金額であることを示す。
3 平成六年分の総所得金額 七四二万七〇七六円
右金額は、平成六年分における原告の事業所得の金額であり、その算出根拠は、次のとおりである。
<1> 総収入金額 三七一二万五七九八円
<2> 平均特前所得率 〇・二二一六
<3> 事業専従者控除額控除前の所得金額 八二二万七〇七六円(<1>×<2>)
<4> 事業専従者控除額 八〇万円
<5> 事業所得の金額 七四二万七〇七六円(<3>-<4>)
すなわち、
(一) 総収入金額(前記<1>) 三七一二万五七九八円
右金額は、松井工業に対する反面調査によって把握した原告の平成六年分における収入金額である。
(二) 平均特前所得率(前記<2>) 二二・一六パーセント
右率は、平成六年分における比準同業者の平均特前所得率(別表二の3参照)である。
(三) 事業専従者控除額控除前の所得金額(前記<3>) 八二二万七〇七六円
右金額は、前記(一)の総収入金額に(二)の平均特前所得率を乗じて算出した金額である。
(四) 事業専従者控除額(前記<4>) 八〇万円
右金額は、平成六年分における事業専従者控除額であり、原告の同年分の所得税の確定申告書の「《4》事業専従者」の「専従者控除額の合計額」欄に記載された金額と同額である。
(五) 事業所得の金額(前記<5>) 七四二万七〇七六円
右金額は、前記(三)の事業専従者控除額控除前の所得金額から(四)の事業専従者控除額を控除した金額である。
<原告の主張>
争う。
四 推計の合理性の有無(争点3の2)
<被告の主張>
前記三の所得金額の算出に際して推計は、基礎とした同業者の抽出方法を含め、次のとおり合理的である。
1 推計方法自体の合理性
被告は、原告がプラント配管工事業を営む者であると判断し、原告と業種・業態、事業規模、立地条件等が類似する比準同業者を抽出した上で、原告の取引先に対する調査により把握した原告の本件各係争年分の総収入金額に右比準同業者の平均特前所得率を乗じた金額から、事業専従者控除額を控除する方法により、原告の本件各係争年分の事業所得の金額を推計したのであり、右推計方法は合理的である。
2 比準同業者の抽出基準の合理性
本件における推計に当たって、被告は、次の(一)ないし(七)のすべてに該当する者を比準同業者として抽出した。
右抽出基準は、いずれも客観的であり、右抽出基準により抽出された比準同業者は、業種の同一性、事業所の近接性及び事業規模の近似性の点において、原告と類似性を有する者であるということができる。
(一) 配管工事業者のうち、主としてプラント関係工事業(具体的には、プラントに関する配管・鉄工・溶接・据付・仕上・修理等)を営む青色申告の承認を受けている個人の事業所得者
(二) 川崎南税務署長に所得税の確定申告書を提出している者
(三) 事業所得に係る総収入金額が次の範囲内である者
(1) 平成四年分については、一五五一万二一〇九円以上六二〇四万八四三四円以下
(2) 平成五年分については、一九二一万一九四六円以上七六八四万七七八二円以下
(3) 平成六年分については、一八五六万二八九九円以上七四二五万一五九六円以下
(四) 給与賃金又は外注費の計上がある者(両方あるものを含む)
(五) 青色事業専従者が、〇名又は一名のみの者
(六) 年を通じて右(一)の事業を継続している者
(七) 次に該当しない者
(1) 災害等により経営状態が異常であると認められる者
(2) 更正又は決定処分がされている者のうち、次のア又はイに該当する者
ア 当該処分について国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間又は出訴期間の経過していない者
イ 当該処分に対して不服申立てがされ、又は訴えが提起されて、現在審理中である者
3 比準同業者の抽出過程の合理性
被告は、比準同業者の抽出に当たって、いわゆる通達回答方式により、前記2の抽出基準に該当する者をすべて機械的に抽出したものであるから、その抽出過程に恣意の介在する余地はない。
4 比準同業者の抽出件数の合理性
本件の推計に当たって被告が抽出した比準同業者は、平成四年分が一三件、同五年分が一〇件及び同六年分が九件であり、いずれの年分においても同業者の個別性を平均化するに足りる抽出件数であるということができる。
5 基礎資料の正確性
被告は、比準同業者の抽出に当たって、帳簿等の書類の裏付けを有する青色申告者であることを条件としており(前記2(五))、また、本件各係争年分において経営状態が異常であると認められる者や更正等に対して不服申立て等をしている者を除外している(前記2(七))から、平均特前所得率の算出根拠となる売上金額等に係る基礎資料の正確性は担保されている。
6 原告の主張に対する反論
推計の合理性に関する原告の主張は必ずしも明確ではないが、被告は、必要と認める限度において、次のとおり反論する。
(一) 原告は、抽出された比準同業者の所得率に幅があるので、その平均所得率での課税には合理性がない旨を主張する。
しかしながら、比準同業者の抽出基準に関しては、当該納税者と業種・業態、事業規模、立地条件等が類似すべく客観的な抽出基準に基づいて抽出することによって、その合理性が担保されるのであり、単に抽出された比準同業者の所得率に幅があるからといって、右合理性が否定されるわけではない。
本件において、右のとおりの内容を有する抽出基準によって抽出し、その結果についても原告と業種・業態等が著しく異なる者が含まれていないから、原告の右主張は失当である。
(二)(1) 原告は、事業者の所得率は、その事業者が元請か下請か又は孫請か、職人の人数、年齢、技能的要素、工事が出張工事か否か、手間請けによる収入と常用による収入の割合等によって大きく異なるものであるから、右諸条件が原告と一致しない他の事業者によって、原告の所得金額を推計すること自体が不当である旨を主張する。
しかしながら、いわゆる平均値による推計の場合には、その特質からして、同業者に通常存在する程度の営業条件の差異は、その計算の過程において捨象されると考えてよいから、営業条件の差異が平均値による推計自体を全く不合理ならしめる程度に顕著なものでない限り、推計の合理性を是認してよい。原告の主張する右諸条件は、推計自体を全く不合理ならしめる程度に顕著なものではない。
(2) また、原告は、比準同業者と原告との関連性を明らかにすべきである旨主張する。
しかし、推計課税において、同業者の類似性を過度に要求すれば、比準同業者の抽出を困難にし、推計課税自体が不可能になりかねない。業種、業態、事業所の所在地、事業規模等の基本的な要因において比準同業者の抽出が合理的であれば、同業者間に通常存在する程度の個別的な営業条件の差異は、それが推計自体を不合理ならしめる程度に顕著なものでない限り、その平均値を求める過程で捨象されるものというべきである。
(3) 以上のとおり、原告が明らかにすべきであると主張する右比率等は、いずれも原告の事業所得の金額を推計する過程において考慮する必要のないものであるから、右比率等について、原告と比準同業者との関連性を明らかにする必要はない。
(三) 原告は、比準同業者(別表二のABCD等)の職種について、それぞれ、配管、鉄工、溶接、据付、仕上、修理のいずれに該当するのか特定すべきである旨主張する。
しかしながら、原告の右主張が、原告と比準同業者とでは作業内容が異なるのでその所得率等にも差異があるとの趣旨であるとするならば、その差異は、原則として複数の同業者の平均値を求める過程で捨象されるものであり、考慮する必要がないことは、前記(二)で述べたとおりである。
また、原告の業種がプラント配管工事業であり、その具体的な作業内容は、プラントに関する配管・鉄工・溶接・据付・仕上・修理等であるから、比準同業者の具体的職種を個々に特定する必要はない。
(四) 原告は、本件各係争年分の比準同業者(別表二のABCD等)がそれぞれ他の年分のいずれに該当するのか特定すべきである旨を主張する。
しかしながら、比準同業者の抽出は、前記のとおりの合理的抽出基準によって行われるから、特定の年分において抽出された比準同業者が他の年分のどの者に該当するのか、を明らかにする必要はない。
(五) 原告は、川崎南税務署管内に、プラント工事業者が何件あり、その中の青色申告業者が何件なのかを明らかにすべきである旨を主張する。
しかしながら、右の点は推計の合理性とは連動しないのであり、明らかにする必要はない。
(六)(1) 原告は、被告が審査請求において抽出した比準同業者の数と、本訴において抽出した比準同業者の数とが異なることについて、その理由を明らかにすべきである旨を主張する。
しかしながら、一般的に、原処分時、異議申立て時、審査請求時及び取消訴訟時における各推計において抽出される比準同業者の数は、同業者抽出基準の合理的変更や、それぞれの抽出時期における係争中の同業者の除外等、様々な要因により変動するのが通常であり、そのこと自体は何ら異とすべきものではない。
そして、訴訟の段階において、原処分時又は審査請求時に考慮されなかった事実を新たに主張することが許されることは確定した判例である以上、それらの時点において主張した比準同業者の数と、本訴において被告が主張する比準同業者の数とが異なることについて、その理由を明らかにする必要はない。
(2) また、原告は、審査請求時における比準同業者の数と、本訴における比準同業者の数とが異なることをもって、抽出基準を満たしている者が漏れなく抽出されているとはいえず、被告が作為的に所得率を作り出している旨主張する。
しかしながら、そのようなことはない。
<原告の主張>
1 抽出された比準同業者の所得率に幅があるので、その平均所得率での課税には何の合理性もない。
2 事業者の所得率は、その事業者が元請け下請け又は孫請け、従業員の人数、年齢、技能的要素、工事が出張工事か否か、手間請けによる収入と常用による収入の割合等によって大きく異なるものであるから、右諸条件が原告と一致しない他の事業者によって、原告の所得金額を推計すること自体が不当であり、このような条件を全く無視した課税は何の意味もない。
3 比準同業者(別表二のABCD等)の職種について、それぞれ、配管、鉄工、溶接、据付、仕上、修理のいずれに該当するのか特定すべきである。それらは、異なるものと思われる。
4 被告は、係争各年分の抽出件数が減少していることをもって合理性があるかのように主張しているところでもあるので、本件各係争年分の比準同業者(別表二のABCD等)がそれぞれ他の年分のいずれに該当するのか特定すべきである。
5 川崎南税務署管内に、プラント工事業者が何件あり、その中の青色申告業者が何件なのかを明らかにすべきである。抽出に恣意性がないことを検証するためである。
6 被告が審査請求において抽出した比準同業者の数と、本訴において抽出した比準同業者の数とが異なることについて、その理由を明らかにすべきである。審査請求時における比準同業者の数と、本訴における比準同業者の数とが異なるから、抽出基準を満たしている者が漏れなく抽出されているとはいえず、被告は作為的に所得率を作り出している。
7 被告が抽出した比準同業者の総収入金額及び特前所得金額等の数値が事実なのか、また、右比準同業者が実在するのかどうかが不明である。
五 給与所得の存否(争点4)
<原告の主張>
原告は、平成六年分所得について、事業所得と給与所得とに区分しているが、これは、一人親方の場合、事業主であっても職人と同じように労働によって所得を得ている部分があるからである。事業所得か給与所得か判断の難しい所得については、請負契約か雇用契約かの区別ですべてが決定されるものではなく、その区分基準を定めた通達もある。
<被告の主張>
被告が把握した原告の収入金額は、すべてAからのものであり、コンビナートの配管関係からの手間請け及び請負工事に対する対価である。原告とAとの間に雇用契約又はこれに準ずる契約が締結されていた事実はない。原告はAに対する対価の請求に当たっては、職人の能力により単価を変更することはなく、一律に計算している。したがって、原告は、自らの計算と危険に基づいて独立して「甲組」としての業務を遂行しており、原告がAから受領した金員はすべて手間請け及び請負工事の対価であり、給与所得ではない。通達も右のような考え方を前提とした上で、区分の明らかでないものについての判断基準を示している。
六 実額反証の成否(争点5)
<原告の主張>
本件各係争年分の所得は、所得算出資料の計算書並びにこれを裏付ける元帳及び領収書で明らかとなる。これによれば、原告の確定申告が過大なものであったのであり、本件各処分は全面的に取り消されるべきである。
<被告の主張>
1 実額反証が認められるための要件
実額反証は、実額の存在をある程度推測させるに足りる具体的事実を立証すれば足りるというものではなく、その主張する実額と真実の所得が合致することを合理的な疑いを容れない程度に立証する必要がある。そして、収入又は経費の実額の一部を主張立証するだけでは足らず、その全部を主張立証することを要する。また、このような主張立証を行うためには、性質上、収入の計上漏れのおそれが少なく、恣意的な操作も困難な会計帳簿の存在が現実には不可欠である。
2 会計帳簿の不存在
ところが、原告の実額反証についていうと、まず原告には会計帳簿が備えられていない。原告主張の元帳(甲一四・一六・二〇)は事後的に作成されたもので、会計帳簿とはいえないし、所得算出資料(甲一・二・一三・一八・一九)は、計算方法を記載したに過ぎず、収支を細大漏らさず記載すべき会計帳簿とはいえない。
3 元帳の記載内容の問題点
(一) 領収書との対応関係の不存在
元帳に記載されながら領収書等が提出されないものがある。
(二) 売上金額の記載の疑義
売上金額について、Aが原告に交付すべきものを諸費用として控除している旨を主張するが、その立証がない。また、原告の交通費は経費とされる旨の主張があるにもかかわらず、Aから作業代金と別に交通費を受領しており、計算の方法が誤っている。
原告は、現場でA以外の職人から仕事を依頼されることがある旨供述しながら、そのような収入の存否に関する立証をしていない。
(三) 地代家賃の記載
原告主張の地代家賃については、その存在についての立証がない。事務所兼居住用の住宅の家賃の三分の一は、事業所得の経費であるというが、その必要性、区分性及び割合の立証がない。職人用宿舎に係る家賃は、職人が居住したこと及び支払の期間について立証がない。
駐車場の使用料については、その支払の立証がない。
(四) 現場経費の記載
元帳と所得算出資料における現場経費の記載が相違する。
4 領収書の問題点
あて名が空欄か原告名でないものがある。
5 外注費の問題点
支払を証する的確な証拠がない。給料支払明細書は、記載内容に信用性がない。
6 消耗品費の問題点
消耗品に係る領収書には、支払内容が明らかでないものが数多く見られる。
7 車両関係費の問題点
車両関係費として提出するガソリン代について、原告の事業との関連性が明らかにされていない。
8 修繕費の問題点
原告は、修繕費として、車両の修繕費及び部品代を主張するが、自宅のガス給湯器の修理代のような家事用の支出が含まれている。
9 通信費の問題点
家事用の電話代が含まれている。
10 地代家賃の問題点
原告は、敷金を支払時点の修繕費等に当たるとして経費に算入しているが、失当である。
11 福利厚生費及び交際費の問題点
標記の支払のためとして原告から提出された領収書によっては、支出の趣旨が明らかにならず、結局、事業に関係した支出であることの立証がない。
12 出張経費の問題点
原告が出張経費の支払として提出した領収書については、原告が作業現場を明らかにしないこともあり、結局出張経費について事業と関係のある経費であることの立証がない。
13 慰安旅行費用の問題点
原告が提出する領収書だけでは、どのような旅行の費用か不明であり、結局経費としての立証がない。
14 営業費の問題点
原告は、営業費として、新聞代、写真代等を挙げるが、家事上のものとの区別が立証されていない。
15 雑費の問題点
原告は、雑費として、祝儀、香典、電車代等を挙げるが、平成四年分については領収書の提出がない上、領収書の提出された分も、支出内容が不明である。
16 事務用品費の問題点
原告は、平成六年分についてだけ、領収書を提出するが、何を購入したものか不明である。
17 保健関係費用
原告は、医薬品及び労災関係費用と主張するが、領収書では何を購入したか不明のものがあるし、家事上のものでないとの立証がない。
七 本件各処分の適否
<被告の主張>
原告の本件各係争年分の所得税の課税標準は、前記のとおり、平成四年分が七二九万九九九八円、同五年分が六〇二万四八〇〇円及び同六年分が七四二万七〇七六円である。したがって、その範囲内でされた本件各更正処分に所得過大認定の違法はない。
また、右のとおりの本件各更正処分により新たに納付すべきこととなった税額を基礎としてされた本件各賦課決定も適法である。
<原告の主張>
争う。
第四争点に対する判断(証拠等により直接認められる事実については、当該事実の前後に適宜、主な証拠等を記載する。)
一 課税根拠の明示の要否(争点1)
原告は、本件各更正処分にはその根拠が示されていない旨を主張する。
しかし、青色申告書以外の申告書(いわゆる白色申告書)に係る更正をする場合には、その更正通知書に更正の理由を附記することは法律上の要件とはされていない。右の白色申告書に係る更正処分の場合には、不服申立段階で処分庁の処分理由が明らかとなることで足りるとするのが所得税法の考え方であると解される。そして、本件においても、審査請求についての審理の段階では被告処分庁の処分理由が、また審査請求に対する裁決において裁決庁の判断内容が明示されており、実質的に見て、原告に不利益はない。よって、原告の右主張は採用することができない。
二 課税の経緯及び推計の必要性の有無(争点2)
1 課税の経緯に関する事実関係(認定の根拠となる主な証拠は、乙一〇、証人石橋の証言、平成一〇年九月九日の期日における原告本人尋問の結果であり、それ以外の証拠等は適宜該当箇所に記載する。)
(一) 原告の本件各係争年分の所得税の確定申告書には、事業所得の金額の記載がなく、かつ、収支内訳書が添付されていなかった(弁論の全趣旨)。
(二) 石橋係官は、被告から命じられて原告の税務調査に着手し、平成七年一一月七日に最初に原告宅を訪問したが、不在であったので、不在連絡票(乙五)を投函して帰署した。不在連絡票には、本件係争年分の所得税及び消費税の調査に伺ったこと、同月一五日午前一〇時ころに伺う予定であること、都合が悪い場合は連絡をしてほしいこと、調査当日は帳簿書類等
を用意してほしいこと、以上が記載されていた。
(三) しかし、その後原告から連絡がなかったので、石橋係官は、不在連絡票で予告した同月一五日に原告宅を訪問した。原告は、仕事が忙しかったので、京浜鶴見建設労働組合の丙に立会いを依頼し、自身は不在とし、原告の妻と丙及び丁(同組合の者)との三名が石橋係官を迎えた。
石橋係官は、丙及び丁に税理士資格の有無を尋ねると、資格はないと答えるので、原告の妻に対し、丙ら第三者を退席させた上で、帳簿を提示するように要請した。
これに対し、丙が「どこに問題があるのか。問題がないのに調査をするのは犯罪調査と同じだ。」等と述べ、退席しなかった。石橋係官は、「調査は申告内容を確認するために行うものである。」旨を告げた。原告の妻は、「うちには三年前にも調査があった。なぜ、またうちに来たのか。」等と述べた。
石橋係官は、調査の進展が望めないので、辞去した。
(四) 石橋係官は、同年一一月二二日に原告宅を訪問したが、原告は不在であったため、妻に次回の調査期日の日程調整を依頼し、不在連絡票(乙六)を渡した。これには、第三者が同席しないところで帳簿書類等を提示していただきたいこと、同月三〇日までに連絡をしてほしいこと、連絡がない場合には、また伺うこと、以上の事柄が記載されていた。
(五) その後、丙から石橋係官あての電話があったが、原告からはなく、石橋係官が原告宅に電話をしても原告は不在で、原告の妻が出ただけであり、その後も原告からの連絡はなかった。そこで、石橋係官は、平成八年一月一六日、原告宅を訪問した。原告の妻は自分には分からない旨を述べるので、石橋係官は、不在連絡票(乙七)を妻に渡した。これには、第三者が同席しないところで帳簿書類等を提示していただきたいこと、同月一九日までに連絡をしてほしいこと、同月二四日か二五日に伺いたいこと、連絡をいただけないときは、税務署で独自に調査を進めることが記載されていた。
これに対し、原告の妻から連絡があり、石橋係官は、同月二五日を調査期日とする旨を合意した。
(六) 石橋係官は、平成八年一月二五日、原告宅を訪問したところ、原告夫婦の他に丙が待機していた。石橋係官は、原告に身分を説明し質問検査章を示し、本件各係争年分の所得税及び消費税の所得金額等を確認する目的で伺ったこと、調査に関係のない第三者を退席させた上で帳簿書類を提示していただきたいことを述べた。これに対し、原告は、石橋係官の要請には応じず、「平成五年度・六年度 所得算出資料」と記載した一〇枚程度の書類をテーブルの上に置き、これを検討してほしいと述べた。
石橋係官は、「これだけではなく、申告の基になった例えば領収書や請求書のようなものを一緒に提示して下さい。」と述べた。
これに対し、丙が、「どこに問題があるのか、問題がないのに調査をするのは犯罪調査と同じだ。税法に照らして正しいかどうかは、裁判所が、することだ。立合いは国会答弁で認められている。」と述べ、石橋係官の話を遮った。石橋係官は、重ねて、第三者退席での帳簿書類の提示を求め、その理由として、調査が所得税法二三四条による質問検査権に基づくものであること、公務員の守秘義務から、原告及び取引先の秘密も守る必要があることを説明し、帳簿書類の提示を求めた。これに対し、丙が、「書類はうちで預かっている。まず、所得算出資料で調査するように。税務調査には立ち会って監視する必要がある。関係書類は裁判で出せばよい。」旨を、原告も、同月一六日の不在連絡票の記載を見ながら、「独自に調査してもらって構わない。」旨を述べた。
石橋係官は、所得算出資料は預かり、独自調査を進める旨を告げて辞去した。
(七) 石橋係官は、平成八年二月一四日、原告宅を訪問し、原告が不在であったため、原告の妻に支出も調査する必要があることを伝え、調査期日の調整を依頼したが、積極的な協力は得られなかった。そこで、石橋係官は、不在連絡票(乙八)を妻に交付して、辞去した。この不在連絡票には、調査の結果、所得税については修正申告の必要があること、平成六年分消費税については期限後申告の必要があること、これらの提出のために、同月一六日までに連絡をしてほしいこと、連絡がない場合には更正・決定等の処分が行われること、が記載されていた。
(八) しかし、原告からは連絡がされず、被告は、平成八年二月二八日に本件各処分を行った。
2 調査の違法の有無
(一) 原告は、石橋係官による本件の調査が任意調査であり、犯罪調査のために認められたものではないから、原告が領収書等を提示する必要はない旨を主張する。
確かに、被調査者は強制的に直接、帳簿書類を取得されることはないので、その意味では、強制調査ではない。しかし、石橋係官による調査は、同人が原告らに告げているように所得税法二三四条の質問検査権に基づくものであるところ、この質問検査権の行使に対し、被調査者が答弁や検査を拒んだりした場合において、なんらの不利益を受けないことの保障がされているわけではない。被調査者が、右の質問検査に対し、正当な理由もなしに答弁や調査を拒んだりした場合は、罰則の適用(同法二四二条八号)及び推計課税(同法一五六条)を受けることがあり得るのである。このように、原告は、自己の判断と危険において右の検査を拒否することはできるわけであるが、正当な理由なしに拒否することにより、他の事情が合わさって推計課税を受けてもそれはやむを得ないことである。原告の主張が調査拒否をしても推計課税を受けることもないという趣旨であるなら、その主張は採用することができない。
(二) 原告は、調査の必要があるかどうかは、裁判所が判断すべきもので、税務職員はその判断権を有しない旨を主張する。
しかし、所得税法二三四条の規定文言上、右のような解釈をとることができないことは、明らかである。しかも、仮に原告のこの主張のような考え方を取り、税務職員自身において調査の必要性の有無を判断できないとされると、税務職員自身は調査をすることができなくなってしまい、適切な税務行政を維持することが困難になりかねない。右の調査の必要があるかどうかの判断の難しい場合もあるかもしれないが、税務職員はそれを判断して、必要ありと認めれば調査をすることができ、万一その判断が誤りであったという場合には、その当否につき事後的に司法判断を受けることは可能である。これが、所得税法の考え方であると解される。
そして、1の課税の経緯からすれば、原告の確定申告書に事業所得の金額の記載がなく、収支内訳書が添付されていなかったのであるから、原告に対して調査の必要はあったものであり、これを石橋係官が判断して、原告に調査の協力を要請したことに、何ら問題はなかったというべきである。
(三) 第三者の立会いの許否
原告は、第三者である岩井の立合いが認められるべきである旨を主張する。
しかしながら、税務調査において、第三者の立会いを許すべきかどうかを定めた法令の規定はないところ、「質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、所得税法二三四条一項に規定する質問検査の必要性があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまるかぎり、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられている」(最高裁昭和四八年七月一〇日第三小法廷判決・刑集二七巻七号一二〇五頁参照)ものと解される。
本件調査においては、石橋係官は、原告に対し、原告の所持する帳簿書類の提示を求めているのであるから、その過程において帳簿書類に記載されている原告の取引先に関する事項にも調査が及ぶことがあることは自明のことである。そして、税務職員には、所得税法二四三条、国家公務員法一〇〇条一項などにより、いわゆる守秘義務があるから、原告が自己の情報を丙に知られることになんらの不都合がなくても、右の取引先は自己の情報が丙に知られることを全く承知していないのであるから、少なくとも右の取引先の情報が税務職員による調査の場において第三者丙に知られることになると、税務職員は右守秘義務違反を問われかねない。したがって、石橋係官がこれを避ける趣旨から、丙の退席を求めたことに違法はない。
(四) 守秘義務が解除される場合との均衡の有無
原告は、被告が原告の申告に関する資料や取引先の情報を本訴で開示しているから、守秘義務を理由とする第三者の立会拒否は矛盾している旨を主張する。
しかし、訴訟における証明目的の開示と調査における第三者に対する無制限な開示とは、おのずから異なるのであり、このような開示されることの場と目的との違いを考慮せずに、単純に両者の扱いが同じになるべきであるとの原告の主張は、直ちに採用することはできない。税務職員の守秘義務は、税務調査により取得した情報を理由もなく第三者に開示することを禁止したものであり、税務調査により取得した情報をその本来の目的に従って必要な場において利用することを禁止したものではない。仮に、取得した情報を一切外部に開示してはならず、内部的にしか利用できないというのであるとすると、情報を何のために取得したかということとなり、不都合な結果を来す。被告が調査で取得した情報を利用して本訴において主張立証を行い、原告に反論を求める機会を付与するために取引先の情報を証拠として開示することは、まさにこの情報を取得することの本来の目的の一つであり、必要で合理性のあることである。原告の指摘は、前提を異にするものであり、採用することができない。
(五) 原告宅で立会拒否を要請する権限の有無
原告は、石橋係官が原告宅を訪問している以上、原告宅に立会人として来ていた丙を石橋係官が退席させる理由がない旨を主張する。
しかし、原告宅でのことであっても、税務調査なのであるから、石橋係官は、それに伴う弊害を排除する権限と責務を有するというべきであり、第三者丙の立会を排除するために同人の退席を原告に要請したことに何ら違法はない。
(六) 不服申立て段階までの調査の程度と推計の許否
(1) 原告は、次のように主張する。すなわち、「原告は、異議申立てのときまでに所得算出の資料を作成し、これを提出した。被告は、これにつきさらに質問をすべきであるのに、それをしなかった。さらに審査請求段階で国税不服審判所に対し、所得算出の基礎となる領収書等を確認する必要があればそれを提出する用意があることを伝えた。」
(2) しかし、まず、本件各更正処分までの段階について見ると、前記のとおり、石橋係官としては、交付された所得算出資料だけでは所得の把握はほとんど不可能であり、所得を算出するためには帳簿の提出を受けて原告に質問をすることが不可欠であるが、これをしようにも丙が退席しない以上、守秘義務の関係から原告に質問することはできなかった。また、原告は、所得算出資料について質問をすればよい旨を主張するが、帳簿書類が提示されない以上、所得算出資料についての質問も具体的にやりようがないと推認される。
したがって、石橋係官が所得算出資料について質問をしなかったとしても、そのことに違法はない。
(3) さらに、本件各更正処分後の不服申立後の段階について見ると、原処分までの段階における原告の徹底した調査非協力と丙の執拗な論争的な態度からすると、不服申立後の段階で原告からどの程度協力的な対応が見られるかについて、異議申立審理庁及び審査裁決庁の担当者が不安を抱くのも無理からぬ面があったと思われる。特に、会計帳簿、領収書等がどの程度完全な形で提出されるかまでは、右担当者らは見当がつかなかったというべきであろう。
そして、このような場合にどのような調査方法を探るべきかについての法令の定めはないが、このような場合においても、質問検査の必要性があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまるかぎり、どのような調査をするかは、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられていると解される。したがって、異議申立審理庁や審査裁決庁が原告にどの程度の協力を求めるか、また帳簿書類等を提示させるようにどの程度要請するかについては、右の社会通念によることとなる。そして、調査に関する原告の前記のような非協力的対応の経緯を見ると、不服申立ての段階で、異議申立審理庁や審査裁決庁の担当者が原告に対する質問という調査方法にそれほど熱心ではなかったとしても、違法とはいえないと解すべきである。
3 推計の必要性の有無
以上のとおり、調査における被告所部の石橋係官の態度に違法というべき事由は見当たらない。したがって、被告は原告に対し適法な方法で調査協力を熱心に求めたが、原告から応じてもらえず、かつ、所得を実額で把握することができなかったから、これらを総合すると、被告は、推計により原告の所得を算出する必要があったというべきである。
三 所得金額の算出の根拠(争点3の1)と推計の合理性の有無(争点3の2)
1 所得金額の算出の根拠(争点3の1)
被告は、原告の所得金額について、推計の方法により算出したが、その内容の骨子は、原告の取引先のAに対する反面調査により原告のAに対する売上金額を実額で掌握し(乙一)、これに通達に従った方法により抽出した比準同業者の平均特前所得率を乗じて、事業所得を算出するというものである。その具体的な内容は、第三、三の<被告の主張>欄のとおりである(乙一一から一四、証人若鍋保之―以下「証人若鍋」という。一、弁論の全趣旨)。
この算出根拠のうち、原告は、比準同業者の抽出基準、抽出された同業者の所得率の内容等の推計方法が不合理である旨を主張する(争点3の2)ので、右争点につき、以下、論点をさらに分けて検討する。
2 比準同業者の抽出基準の合理性の有無と抽出作業
被告は、比準同業者を抽出するために、第三、四の<被告の主張>欄の2(一)から(七)のとおりの基準を定めた(乙一一から一四、証人若鍋、弁論の全趣旨)。
右の抽出基準は、プラント関係工事業を営む個人の事業者という条件で業種の同一性を、川崎南税務署長に確定申告書を提出している者という条件で近接性を、事業所得に係る総収入金額が原告のAに対する売上金額の二分の一以上二倍以下の範囲内にある者という条件で事業規模の近似性を、個人の事業所得者及び給与賃金又は外注費の計上がある者という条件で業態の類似性を、青色申告者で経営状態が異常でなく不服申立て等のない者という条件で基礎資料の正確性を確保しようとするものであり、また抽出件数が平成四年分から同六年分の順に一三件、一〇件、九件であり、平均化するのに十分であり、後に検討する原告指摘の問題点の有無を除くと、全体として相応の合理性を有すると認められる。なお、原告は、平成六年分の原告のAに対する売上金額中には給与所得が含まれていると主張するが、後記四のとおり、その事実は認められないので、右の平成六年分に適用した倍半基準の内容に適用数値を誤った瑕疵はない。
そして、被告所部の若鍋係官が右の抽出基準にしたがって、機械的に抽出作業を行い、抽出された各比準同業者の特前所得率を算出した。次いで、被告の訴訟担当者がこの平均値(平均特前所得率)を算出し、これを用いて原告の特前所得金額を算出した(乙一一から一四、証人若鍋、弁論の全趣旨)。
3 比準同業者の所得率の幅と推計の合理性の有無
(一) 原告は、抽出された比準同業者の所得率に幅があるので、その平均所得率での課税には合理性がない旨を主張する。
(二) 被告の抽出した比準同業者の特前所得率を見ると、別表二の1から3のとおりであり、平成四年分が一三事業主で一三・七四パーセントから三八・三八パーセント、平成五年分が一〇事業主で四・四八パーセントから四二・六五パーセント、平成五年分が九事業主で八・二六パーセントから四〇・九六パーセントいう幅がある。
ところで、比準同業者の抽出基準は、原告と全く同一の事業を行う者を抽出する基準ではなく、同一と評価することのできる同業者を抽出する基準であり、その適用の結果にある程度の幅があることは抽出基準自体が予定していることである。そのような基準を当てはめて得られた所得率にある程度の幅があるのは、むしろ当然である。反対に、幅があることをもって不合理ということは、原告と全く同一の同業者を抽出するという不可能を強いるものであり、採用することはできない。
したがって、原告の右主張については、同業者の抽出基準の合理性の有無の論点として検討するしかなく、かつ、これをもって足りるというべきである。
4 原告との関連性の検討の要否
(一) 原告は、「事業者の所得率は、その事業者が元請か下請か又は孫請か、職人の人数、年齢、技能的要素、工事が出張工事か否か、手間請けによる収入と常用による収入の割合等によって大きく異なるから、右諸条件が原告と一致しない他の事業者によって、原告の所得金額を推計することは意味がない。比準同業者に係る右諸条件について、原告との関連性を明らかにすべきである。」旨を主張する。
(二) 被告の採用した抽出基準は、原告の本件各係争年分のAに対する売上金額(実額)の半分以上二倍以下の収入金額を得ている同業者を抽出するといういわゆる倍半基準により、原告と規模の面で類似する比準同業者を抽出するという点に大きな特色の一つがある。また、前記のとおり、業種の同一性は、配管工事業者のうち主としてプラント関係工事業(具体的には、プラントに関する配管・鉄工・溶接・据付・仕上・修理等)を営む個人の事業所得者という基準によって、さらに事業所の近接性は、川崎南税務署長に所得税の確定申告書を提出している者という基準によって、考慮するというものである。このようにある程度の類似性を有する同業者が抽出される基準が採用されている。
(三) 一般に、抽出基準が多くの条件を満たすことを要求するものである場合には、該当する同業者が少なくなり、反対にそれほど多くない条件を満たすことを要求するものである場合には、該当する同業者数が多くなる。
ところで、前者の方法により、同業者の類以性を過度に要求すれば、比準同業者の抽出を困難にし、法が認めた推計の方法による課税自体を不可能にすることになりかねないし、仮にそのようにして類似性を高度に要求した結果比準同業者が一事業主だけ該当したという場合にも、平均するための比準同業者の数値が他にないことを理由として、その特前所得率をそのまま係争の被調査者のそれに当てはめることが適切な方法であるとはいえないであろう。全く何から何まで同一という事業主はないにもかかわらず、ある一事業主と同視することにはそれなりの危険があるからである。
反対に後者の方法による場合には該当する同業者が多くなるが、例えばその特前所得率の平均値を取ることにより、抽出された複数の同業者に通常存在する程度の営業条件の差異は、その平均値を取る過程において捨象されると考えてよいから、営業条件の差異が平均値による推計自体を全く不合理ならしめる程度に顕著なものでない限り、比準同業者の平均値を取る方法を是認してよいと解される。
(四) このような見地から前記のとおりの被告の基準内容を見ると、抽出基準は、原告との地域性、営業の同種性、営業規模の類似性を担保する性質のもので、ある程度の数の比準同業者(本件各係争年分につき、一三、一〇、九)がこの基準に該当する。そうすると、これらの抽出された比準同業者の個別的な営業条件の差異は、それらの平均値を求める過程で捨象されるということができ、かつ、原告の主張する前記の諸条件は、抽出基準との対比から見て、推計自体を全く不合理ならしめる程度に顕著なものであるということはできない。したがって、原告が明らかにすべきであると主張する比準同業者に係る右諸条件については、いずれも原告の事業所得の金額を推計する過程において考慮する必要はない。よって、(一)の原告の主張は理由がない。
5 比準同業者の職種の開示の要否
原告は、比準同業者(別表二のABCD等)の職種について、それぞれ、配管、鉄工、溶接、据付、仕上、修理のいずれに該当するか特定すべきである旨主張する。
しかしながら、職種について、さらに詳しく、関連性を求めると、比準同業者の数が極めて少なくなり、比準同業者についての基礎資料の平均化の方法で比準同業者の個別の差異を捨象することができなくなる。そして、4で述べたとおり、同業者間に通常存在する程度の営業条件の差異は、複数の比準同業者の特前所得率の平均値を求める過程で捨象されるのであり、その個々の営業条件の差異が顕著なものでない限り、これを考慮する必要がない。原告が問題とする職種といった営業条件についても同様に考えることができる。よって、原告の右の主張は採用することができない。
6 他の年度にも該当する比準同業者の開示の要否
原告は、本件各係争年分の比準同業者(別表二のABCD等)がそれぞれ他の年分のいずれに該当するのか特定すべきである旨主張する。
しかしながら、同一の事業主であっても、年により営業実態が変化することもあり、その変化の要因が被調査者のそれと同一であるということはむしろ稀であろうと考えられる。したがって、特定の年分において抽出された比準同業者が他の年分においても比準同業者として抽出されているか否か、抽出されている場合には他の年分のどの者に該当するのかといったことは、各年分毎に算出される同業者率により被調査者の所得額を推計するという場合には、不必要な情報である。このことは、係争年が一年分であった場合のように比較すべき情報がない場合を想定すれば明らかである。よって、原告の右主張は採用することができない。
7 審査請求審理時と本訴との比準同業者数の異同の許否
(一) 原告は、被告が審査請求において抽出した比準同業者の数と、本訴において抽出した比準同業者の数とが異なることについて、その理由を明らかにすべきである旨主張する。
しかしながら、課税処分の取消訴訟における実体上の審判の対象は、当該課税処分によって確定された税額の適否であり、当該税額が総額において租税法規によって客観的に定まっている税額を上回らなければ、当該課税処分は適法というべきである(いわゆる総額主義、最高裁平成四年二月一八日第三小法廷判決・民集四六巻二号七七頁参照)。したがって、訴訟においては、客観的に定まっている税額を主張立証し、現実にされた更正処分における税額がその範囲内であれば、右処分は適法とされるのであり、本訴における比準同業者数が審査請求審理時のそれと異なっても、原処分や審査裁決による判断が当然に誤っていたことになるものではない。現に、本件でも、本件各処分における税額は被告の本訴における主張税額の範囲内であることを理由に、被告は本件各処分の適法性を主張しているのである。このように、被告課税庁が本訴において審査請求時におけるのと異なる主張をすることは、許されるのであり、何ら異とすべきものではない。
(二) なお、原告は、比準同業者の数が変化することから、本訴において抽出基準を満たす者が漏れなく抽出されているとはいえず、被告が作為的に所得率を作り出している旨主張する。
しかしながら、被告は、前記で述べた抽出基準に基づいて、これに該当する比準同業者を漏れなく抽出している(証人若鍋)。これに照らすと、原告の右主張は認められない。
(三) よって、原告の主張はいずれも採用することができない。
8 その他
原告は、被告が抽出した比準同業者の総収入金額及び特前所得金額等の数値が事実なのか、また右比準同業者が実在するのかどうかについての立証がなく、右の点が不明である旨主張する。
しかしながら、若鍋係官は、通達に従い、川崎南税務署長に所得税の確定申告書を提示した者の中から比準同業者を抽出し、結果を報告書にまとめたのであり(乙一二の一から三、証人若鍋)、守秘義務から比準同業者の氏名が開始されないからといって、そのとおりの現実的な事実がないということはできない。
9 まとめ
以上のとおりであるから、被告が本訴で主張する推計方法には全体として合理性があるというべきである。
したがって、Aに対する売上金額(実額)に比準同業者の平均特前所得率を乗じて原告の本件各係争年分の特前所得金額を算出し、これから所定の事業専従者控除をして算出した原告の本件各係争年分の事業所得金額は合理的な推計方法に基づく金額であるというべきである。
四 給与所得の存否(争点4)
1 原告の主張
原告は、事業主であっても職人と同じように労働によって所得を得ている部分があるから、平成六年分所得について、事業所得と給与所得とに区別される旨、また事業所得か給与所得か判断の難しい所得については、請負契約か雇用契約かの区別ですべてが決定されるのではなく、その区分基準を定めた通達もある旨を主張する。
2 事業所得と給与所得との区別の基準
所得税法における事業所得とは、自己の計算と危険において対価を得て継続的に行う業務から生ずる所得で、山林所得又は譲渡所得に該当しないものをいうのであり、給与所得とは、雇用契約又はこれに準ずる法律関係に基づき、一般に対価支払者の時間的、場所的拘束の下で継続又は反覆して自己の労務を提供することにより得られる対価で、自己の計算と危険を伴わないものをいうと解される。
したがって、事業所得と給与所得の根本的な違いは、所得の生ずる業務の遂行ないし労務の提供が、前者は自己の計算と危険において独立的になされるのに対し、後者は自己の計算と危険によらずに一般に対価支払者の時間的、場所的支配に服して非独立的にされる点にあるといえるから、ある所得が両者のいずれに該当するかは、具体的事案における業務の遂行ないし労務の提供の態様を総合的に考察して判断すべきこととなる。
3 原告とAとの事業の関係(労務提供の態様)
そこで、業務の遂行又は労務の提供の態様を見ると、原告は、四人程度の使用人を有し、「甲組」の名称で、コンビナートの配管工事の手間請けを中心業務としている。原告が業務の依頼を受けるのは、主にAからであり、同社は、プラント設備事業、ボイラー設備事業、水処理設備事業、産廃設備事業等を行う会社である。この場合、Aでは、材料等は提供し、甲組の作業員を指示して作業を行う。支払は、一人一日の単価及び残業単価並びに遠方の作業場の場合における加算金(一、〇〇〇円)を決めておき、実際の仕事に従事した人数、日数、作業時間等で合計の金額を算出し、原告が「甲組」の責任者として、「甲組」の各人の作業代金をまとめて請求書を作成し、Aではその請求額から弁当代や作業着代を相殺した残額をまとめて原告に支払う。Aが甲組の作業員に給与として個別に支払うことはない。契約は現場で口頭で行う。
また、原告が請負と呼ばれる作業を行うこともあるが、その場合は、工事は甲組の責任で行う点、Aでは監督はしない点、Aから原告に対する作業代金を例えば配管一メートル当たりいくらというように定める点が手間請けと異なるが、その他は、材料をAが提供する点を含め、手間請けと同じである。
他方、原告は、Aからまとめて受領した作業代金を、甲組の職人にその経験等の各人毎の単価に従って、支払っている。(3全体につき、乙三・四、平成一二年三月二二日及び同年四月二四日の期日における原告本人尋問)
4 まとめ
2の考え方に基づき、3の事実関係からすると、原告は、請負の場合はもとより手間請けの場合にも、Aから、原告がその責任において、甲組の使用人の分も含めて作業代金を受領し、これを原告の判断で、甲組の職人にそれぞれの個別の単価により支払っているのであり、Aと原告との関係は、手間請けの場合も含めて、原告が自己の危険と計算で作業をしているというべきである。とりわけ、雇用関係はないのであるから、右の作業による原告の収益は、事業所得であって、給与所得とはいえない。
原告指摘の通達も、事業所得と給与所得の内容を2のとおりとすることを前提とした上で、区別の難しい事案についての区別の基準を定めているものであり、前記のとおりの原告の業務又は労務の提供の態様からすると、通達の趣旨からしても、事業所得であることが明確であるといわなければならない。
よって、平成六年分も事業所得であり、給与所得に該当するものはない。
五 実額反証の成否(争点5)
1 原告は、本件各係争年分の所得が所得算出資料並びにこれを裏付ける元帳及び領収書が明らかとなり、その金額は推計に基づく被告算出額より少ない旨を主張する。
2 原告の右主張は、いわゆる実額反証といわれるものに該当する。一般に、推計の方法により所得が算出された場合において、実額反証がおよそ常に許されないとまではいえない。しかし、元来真実の所得額に迫ることに一定の限界のある推計額をもって課税せざるを得ない場合を法(所得税法一五六条)が認めた以上、推計課税に対して実額反証をするときには、単に推計額が真実の額と比べて正確性に劣るとの指摘をするだけの主張は許されないのであり、その実額が真実の額であることを積極的に立証するものでなければならない。その意味で、実額反証は、その主張する実額と真実の所得が合致することを合理的な疑いを容れない程度に立証することが必要であり、そうすることにより初めて、やむを得ずに行った推計による方法を排除して実額反証に係る実額を採用することが許されることになる。したがって、実額反証においては、収入又は経費の実額の一部を主張立証するだけでは足らず、その全部を主張立証することを要する。そして、このような主張立証を行うためには、性質上、日々記載され、恣意的な操作も困難な会計帳簿の存在が現実には不可欠というべきである。
3 このような観点から見ると、原告の主張する実額反証は、少なくとも次のとおりの問題点があり、到底採用することのできるものとはいえない。すなわち、
(一) 原告のAからの収入は、前記のとおり、年間三〇〇〇万円を超えるものであり、かなりの規模の事業ということができる。ところが、原告は、事業に関する帳簿としては、妻に作成させた元帳というものしかなく、しかも、それは、取引後三年近く後になって作成されたものである(平成一二年三月二二日期日における原告本人尋問、弁論の全趣旨)。また、所得算出資料という一覧的な記載のある資料があるが、これは、内容的には収支の概算メモというべきもので会計帳簿といえるものではなく、時期的にも本訴提起前後(平成九、一〇年)に岩井により作成されたものであり(平成一二年三月二二日期日における原告本人尋問)、真実の所得金額を把握するためには一層根拠とし難いものである。
このように日々継続的に記載されて初めて正確性の担保されることになる会計帳簿がない以上、信頼することのできる所得実額を把握することがそもそも著しく困難である。
(二) さらに、例えば、Aに対する売上げについて、原告は、Aが諸費用を控除しているから、その控除分は売上金に含めるべきではないとして、所得算出資料(甲一)を作成している。しかし、Aの説明(乙一・三)によれば、控除分は、弁当代の立替分及び作業着代立替分の相殺であるから、右相殺前の金額が原告に対する作業代金であり、現実の支払は右相殺分を控除した後の金額を送金するということである。このような場合に、原告が実額反証を成功させるためには、右の諸費用というものが会計帳簿上どのように扱われているか等を明らかにする方法などにより、原告の右主張が真実であって、諸費用を控除後のものを売上金額とすべき旨を合理的な疑いを容れない程度に説明し、立証すべきである。ところが、原告は、主張をするだけであり、むしろ、Aの右説明の方が説得力がある。
また、原告は、Aに対する売上げから、交通費としての金額を控除した後の金額を正しい売上げであると主張し、甲一の所得算出表(最終頁の表)でこれを控除している。しかし、原告としては、交通費がAの負担とする約定であること、交通費を原告において立替支出していること、Aからの振込金には原告の交通費立替分の返済金が含まれていること、以上の事実を疑いを容れない程度に立証しなければならない。しかし、そのような立証はされていない。かえって、Aの説明に従うと、Aは、遠方の作業現場の場合には交通費加算金として一、〇〇〇円を支払う約束であり、その分も含めた金額を送金していること、したがってその金額が原告の売上金額となり、これから遠方加算金を控除する理由はないことになる。そして、原告の考え方による計算を表わした甲一によっても、交通費の控除が見られるのは、時期的には平成六年の一月から三月までの期間だけであり、端数のない一、〇〇〇円の倍数となっていることから見て、Aの右の説明が正しいと思われる。
(三) 出張の科目の中にある平成五年一一月五日付け一四万五〇〇〇円の支払い(甲一五の六)は、福岡県大牟田市のDという店での支払であるが、原告はこの当時福岡方面に仕事はなかったというのであり、どのような支出か記憶がない旨を述べる(平成一二年四月二四日続行期日における原告本人尋問)。しかし、金額的にも大きいし、場所も相当遠くであり、何らかの記憶があってもおかしくないのに、説明ができないということは、理解しがたいところといわなければならない。経費としての合理的な立証ができていないどころか、経費以外の支出を経費と計上したのではないかとの疑念さえ生じさせるものである。
(四) また、交際費の中の項目で平成五年六月三日付けのEの九万円の領収書(甲一五の九)があるが、原告は、これがどのようなものを購入した際の領収書であるかを明らかにできない。比較的大きな支出であり、他に家具購入の領収書がないことから見て、何らかの記憶があって説明できてもよさそうであるにもかかわらず、それができない。そうである以上、交際費としての支出であることの立証は少なくとも実額反証としては、成功していないといわざるを得ない。
(五) 消耗品費の項目中に作業衣と記載された平成六年一〇月三一日付けのFという店の領収書(甲一七)がある。このFは、婦人服の店である(領収書に「京都西川加盟店おしゃれSHOP」との記載がある。)ので、ここで作業衣を購入することは考え難い。同様に、平成六年一〇月一五日付けの株式会社Gの一万一八四五円の領収書がある。これについても作業衣と扱われているが、この店舗も婦人服の店であり(領収書に「京都西川加盟店おしゃれSHOP」との記載がある。)、同様の疑問が生じる。しかし、原告は、これらの点の説明ができない(平成一二年四月二四日続行期日における原告本人尋問)。
(六) 職人の宿舎のガス給湯器の修理費であるとして提出されている修理カード(甲一七)は、その取り付け時期が平成六年四月であること、修理場所から見たて、原告の自宅の給湯器の修理代ではないかと思われるところ、その旨の指摘を受けたにもかかわらず、原告は何らの説明ができない(乙一五、平成一二年四月二四日続行期日における原告本人尋問)。
4 右の検討から見て、原告による実額反証は認められないのであり、採用することはできない。
六 本件各処分の適否
以上によれば、被告の本訴における推計の方法による金額が原告の所得金額と認められる。そして、本件各処分の所得金額(別紙一記載のもの)は、被告の本訴における推計金額(平成四年分が七二九万九九九八円、同五年分が六〇二万四八〇〇円及び同六年分が七四二万七〇七六円)の範囲内である。したがって、本件各更正処分に所得過大の違法はないし、確定申告額と本件各更正処分における差額に基づきされた本件各賦課決定も適法である。
七 結論
以上のとおりであるから、原告の請求はいずれも理由がないので、棄却することとし(ただし、本件各更正処分のうちの確定申告額に相当する金額の取消しを求める部分は不適法であるから却下する。)、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 窪木稔 裁判官 平山馨)
別表一の1
課税処分等の経緯(平成四年分)
<省略>
別表一の2
課税処分等の経緯(平成五年分)
<省略>
別表一の3
課税処分等の経緯(平成六年分)
<省略>
別表二の1
同業者率算定表(平成四年分)
<省略>
別表二の2
同業者率算定表(平成五年分)
<省略>
別表二の3
同業者率算定表(平成六年分)
<省略>