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横浜地方裁判所 平成10年(行ウ)53号 判決 1999年10月27日

原告 恒本光一

被告 神奈川県平塚土木事務所長

代理人 住川洋英 廣戸芳彦 藤井弘之 穂坂浩一 ほか八名

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の申立て

「訴外住友石炭鉱業株式会社による神奈川県中郡大磯町東小磯字町屋八二番一ほかの土地における鉄筋コンクリート造り地上四階、地下一階建ての共同住宅の建築計画について、被告が平成九年六月四日付けで右会社に対してした都市計画法二九条の開発許可が不要である旨の証明書の交付が無効であることを確認する。」との判決

第二事案の概要

訴外住友石炭鉱業株式会社(以下「訴外会社」という。)が神奈川県中郡大磯町東小磯字町屋八二番一ほかの土地(合計二六三一・九二平方メートル。以下「本件敷地」という。)に鉄筋コンクリート造り地上四階、地下一階建ての共同住宅(以下「本件予定建築物」という。)を建築する計画(以下「本件建築計画」という。)を立て、都市計画法の規定に適合している旨の証明書の交付を被告に申請したところ、被告は、都市計画法施行規則(以下「本件規則」という。)六〇条に基づき、平成九年六月四日付けで、都市計画法二九条の開発行為の許可が不要である旨の証明書(以下「本件証明書」という。)を訴外会社に交付した。これについて、原告が、本件建築計画は、土地の形質の変更を伴うものであり、同条の許可を要するから、これが不要であるとした本件証明書の交付は無効であるとして、その確認を求めた。これが本件事案の概要である。

一  争いのない事実等(末尾に証拠等の記載がないものは、当事者間に争いがない。)

1  原告は、本件敷地に隣接して居住する者である。(弁論の全趣旨)

2  被告は、神奈川県知事から、都市計画法二九条の許可が不要である旨の証明書(以下「適合証明書」ともいう。)を交付する権限の委任を受けている者である。すなわち、

(一) 都道府県知事は、都市計画法二九条により、都市計画区域内における開発行為の許可権限を有している。そして、本件規則六〇条による適合証明書の交付権限は、都市計画法二九条の都道府県知事の許可権限に関連する権限である。ところで、都道府県知事は、その権限に属する事務の一部を当該普通地方公共団体の吏員及びその管理に属する行政庁に委任することができ(地方自治法一五三条一項、二項)、神奈川県においては、昭和四五年神奈川県規則六二号「都市計画法に基づく開発行為等の規制に関する細則」(以下「細則」という。)により、土木事務所の所管区域内における都市計画法二九条、三五条の二、三七条、四一条から四三条の神奈川県知事の事務は、土木事務所の長に委任されている(細則二条二項、二条一項一号、同項四号、同項九号、同項一一号ないし一五号)。したがって、神奈川県内の土木事務所の所管区域内において適合証明書を交付する知事の権限は、細則により、土木事務所の長に委任されている。<証拠略>

(二) 本件敷地は神奈川県中郡大磯町に所在するところ、大磯町は、全域が都市計画区域であり、平塚土木事務所の所管区域である(神奈川県行政機関設置条例一五条二項)。したがって、本件敷地における開発行為についての適合証明書の交付権限は、被告が有する。<証拠略>

3  訴外会社は、本件敷地において、本件予定建築物を建築する計画(本件建築計画)を立て、本件規則六〇条に基づき、被告に対し、適合証明書の交付を求めた。

4  被告は、平成九年六月四日付けで、訴外会社に対し、本件建築計画について、都市計画法二九条の開発行為の許可を必要としない旨の証明書(本件証明書)を交付した。

5  訴外会社は、平成九年六月六日本件証明書を添付して建築主事に対し建築確認申請をし、その後建築確認を得た。

二  本件の主な争点と双方の主張

本件の本案前の争点は、被告が訴外会社に対してした本件証明書の交付が行政処分性を有するかであり、本案の争点は、本件証明書の交付に重大かつ明白な違法があるか、具体的には、本件証明書は、本件建築計画が本件敷地の形質の変更を伴うのに、これを伴わないとしてされた重大かつ明白な瑕疵があるか、である。

これらについての双方の主張は、以下のとおりである。

1  本案前の争点について

(一) 被告の主張

被告は、本件規則六〇条に基づき訴外会社に対し都市計画法二九条による開発行為の許可を必要としない旨の証明書(本件証明書)を交付したが、右交付は、行政処分ではない。すなわち、行政処分とは、国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうところ、適合証明書の交付は、都市計画法の開発行為の許可を必要としない旨の既に定まっている事実を確認し、これを証明する行為にすぎず、何ら国民の権利義務を形成しないし、その範囲を確定するものでもない。したがって、本件証明書の交付は、行政処分ではない。

原告は、「建築主事は、当該建築計画が都市計画法二九条の開発許可を要しないものであるか否かについて形式的、外形的な審査権しか有しないから、これについて実質的な審査権を有する開発行為の許可権者がした適合証明書の交付は行政処分に当たる。」と主張する。しかし、建築主事の審査権の範囲如何が、前記のような適合証明書の交付の法的性格に影響を及ぼすものではない。

なお、仮に原告が主張するように、本件予定建築物の建築により、原告の日照権、プライバシー権等の権利が侵害されるというのであれば、原告は、右建築物の建築主を相手として、右権利に基づく建築工事差止請求や、右権利侵害を理由とする損害賠償請求等の民事訴訟を提起することが可能であるから、適合証明書の交付が行政処分性を有しないとしても、何ら原告の裁判を受ける権利が侵害されることにはならない。

(二) 原告の主張

被告の右主張は争う。

建築主事は、当該建築計画が都市計画法二九条の開発許可を要しないものであるか否かについて、形式的、外形的な審査権しか有しないから、開発許可の要否を実質的に審査する権限を有する被告のした本件証明書の交付は行政処分性を有すると解するのが相当である。

2  本案の争点について

(一) 原告の主張

本件建築計画は開発行為に該当する。すなわち、神奈川県は、「都市計画法に基づく開発許可関係事務の手引」<証拠略>において、「「開発行為」の2の「切土又は盛土」は、三〇センチメートルを越える切土若しくは盛土又は一体的な切盛土を行う場合をいう。」としているところ、以下のとおり、本件建築計画は、本件敷地を三〇センチメートルを越え切盛土するものであるから、開発行為に当たる。すなわち、

(1) 別紙現況図(訴状添付図面一)の赤丸で囲んだ部分にはコンクリート擁壁が設置され、別紙土地利用計画図(訴状添付図面二)のBBラインにおける別紙造成計画断面図(訴状添付図面三の抜粋)において、赤丸で囲んだ部分の現況を示す波線の形状は現況の擁壁の形状と異なり、さらに、右土地利用計画図のHHラインにおける断面図が別紙断面図(訴状添付図面四)に記載されているが、現況と異なり同図面の「地山部分〇・二七<〇・三」の表示は誤っており、その地山部分は三〇センチメートルを越える切土となる。

(2) 別紙土地利用計画図(訴状添付図面二)のAAラインにおける別紙造成計画断面図(訴状添付図面三の抜粋)の赤丸で囲んだ部分の中に一五・〇との表示があるが、これは誤りで一七・〇位であって、三〇センチメートルを越える盛土が行われることは明白である。

(3) 別紙土地利用計画図の赤丸で示した建物の外壁線の形状と別紙建物間取り図(訴状添付図面五)の当該部分の形状とが異なり、右土地利用計画図と右建物間取り図との整合性が取られていない。

以上のとおり、本件建築計画は開発行為に該当するところ、本件証明書は、これが開発行為に該当しないとしてされた重大かつ明白な瑕疵があるから、無効である。

(二) 被告の主張

原告の主張は争う。

開発許可制度は、通常の建築行為全般を対象とするのではなく、土地の区画形質の変更を伴う宅地開発に焦点をあてたものである。すなわち、開発許可制度は、大都市周辺等における農地、山林の無秩序な宅地化を防止し、計画的な市街地形成を図ることを目的に制度化された市街化区域及び市街化調整区域の区域区分制度を担保するとともに、開発許可制度に伴って廃止された「住宅地造成事業に関する法律」の趣旨を引き継ぎ、宅地開発に対して道路、排水施設等の公共施設や宅地の安全性等に関する一定の水準を確保することを目的としたものである。このような観点から、「都市計画法による開発許可制度の施行について」と題する建設省の通達(昭和四四年一二月四日建設省計宅開発第一一七号、建設省都計発第一五六号)は、「法第二九条の規制の対象となる「開発行為」とは、法第四条第八項(現行一二項)において定義されているが、運用に当たっては、次に定めるところを基準とすること。」とし、その(2)で、「建築物の建築自体と不可分な一体の工事と認められる基礎打ち、土地の掘削等の行為は規制の対象とはならないこと。従って、すでに建築物の敷地となっていた土地又はこれと同様な状態にあると認められる土地においては、建築物の敷地としての土地の区画を変更しない限り、原則として規制の対象とする必要はないと考えられること。」として、既存の宅地における通常の建築行為を規制の対象から除外している。このようなことから、神奈川県は、「都市計画法に基づく開発許可関係事務の手引」において、「「開発行為」の2の「切土又は盛土」は三〇センチメートルを越える切土若しくは盛土又は一体的な切盛土を行う場合をいう。」としている。

原告は、本件建築計画が開発行為に当たるとして、前記(一)(1)ないし(3)の理由を掲げる。しかし、(1)については、この部分の切土は、別紙土地利用計画図(訴状添付図面二)に表示されているとおり、駐車場、その出入口、玄関に至る階段等を建設するためのものであり、建築物の建築自体と一体不可分の掘削工事であって、三〇センチメートルを越える切土があったとしても、開発行為に該当しない。次に、(2)については、別紙土地利用計画図(訴状添付図面二)における該当部分付近の等高線の記載から判断すると、別紙造成計画断面図(訴状添付図面三の抜粋)の形状にはやや不正確な点が見受けられるものの、別紙土地利用計画図(訴状添付図面二)の記載に照らしても、右不正確な点をもって原告の主張するように三〇センチメートルを越える盛土が行われる根拠になるとは認められない。さらに、(3)については、別紙土地利用計画図(訴状添付図面二)には、建物の上階のバルコニーの線が記載されているため、建物の一階部分を示す別紙建物間取り図(訴状添付図面五)と形状が異なるにすぎないのであって、その整合性には何ら問題がない。

以上の次第で、本件建築計画は開発行為に当たらないから、被告がした開発行為の許可を要しないとする旨の本件証明書の交付には、何ら違法はない。

第三当裁判所の判断

一  本案前の争点について

1  建築確認と開発行為の適合性審査

建築基準法六条一項は、建築主は、一定の建築物を新築しようとする場合、当該工事に着手する前に、その計画が当該建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定に適合するものであることについて、確認の申請書を提出して建築主事の確認を受けなければならないと定め、同法施行規則(平成五年六月二一日建設省令第八号による改正後のもの)一条八項は、都市計画法二九条以下の規定(以下「開発規制規定」ということがある。)に適合していることを証する書面を確認申請書に添付することを要するとしている。

このような建築基準法、同法施行規則の定めからすると、建築基準法は、建築計画が都市計画法四条一二項にいう開発行為に該当するかどうか、開発行為に該当する場合にその開発行為が開発許可を要しない場合に当たるかどうか、及び開発許可を要する場合にその許可があるかどうかの点を、建築主事の審査、確認の対象としているものといえるが、他方、都市計画法が開発行為に関する規制を都道府県知事に委ねていることに照らすと、建築主事の右の点についての審査は、建築計画が開発行為に該当するかどうか等の開発規制規定に適合するかどうかにつき、開発行為の許可権者である都道府県知事が判断をしているかどうかを確認するという形式的、外形的なものであるにとどまり、建築計画が開発規制規定に適合するか否かを実質的に審査、判断するまでのものではないと解するのが相当である。そして、右の実質的判断の権限は、あくまで開発許可権者である都道府県知事にあると解される。

本件規則六〇条は、建築基準法六条一項の規定による確認を申請しようとする者は、その計画が都市計画法二九条以下の規定に適合していることを証する書面の交付を都道府県知事に求めることができると規定しているが、これは、右のような適合証明書の交付申請をすることができるとすることによって、建築基準法六条一項の規定による確認を申請しようとする者の便宜を図っているものというべきである。

2  開発規制規定についての適合性と適合証明書の交付

そこで、次に、適合証明書交付の前提となる建築計画の開発行為該当性及びその許可の要否等について、検討する。

(一) 都市計画法は、開発行為(四条一二項)をするには、原則として知事の許可を要するとしているが(二九条)、そもそも開発行為に該当しなければ開発許可を要しないとされ、また、例外的に、開発許可を要しない開発行為もあると定めている(二九条ただし書、都市計画法施行令一九条ないし二二条)。

(二) そうすると、本件規則六〇条が規定している「その計画が都市計画法二九条の規定に適合していること」とは、<1>建築計画が開発行為に該当し、その許可を得ていること、<2>計画がそもそも開発行為に該当しないこと、及び<3>計画が開発行為に該当するが、知事による許可は要しないものであること、のいずれかの場合をいうことになる。このうち、<1>の場合には、通常、建築をする者は開発許可書を添付して建築確認申請をすれば目的を達成することができるので、適合証明書は必要とされないものと思われる。

なお、建築計画が開発行為に該当しながらその許可を得ていない場合には、都市計画法二九条の規定に適合していることにはならないので、適合証明書は交付されないことになると思われる。

3  適合証明書交付の処分性の有無

前記2(二)のとおり、適合証明書は2(二)の<1>ないし<3>の場合に交付されることとなるところ、本件の場合、決裁段階では、建築計画が敷地の区画形質の変更を伴わず、開発行為に当たらないとして、本件証明書が交付されている<証拠略>のに対し、原告は、建築計画が敷地の形質の変更を伴うとして、開発行為に当たると主張しているものである。そこで、前記2の<2>の場合における適合証明書の交付が行政処分性を有するか否かについて検討する。

建築計画が開発行為に該当しない場合には、2(二)のとおり、適合証明書が交付されることになるが、開発行為に該当するかどうか自体が事前に決定されているわけではないので、知事(委任を受けている場合には土木事務所長。以下、同様とする。)は、適合証明書の交付申請の段階で初めて当該行為が開発行為に該当するかどうかを判断することとなる。その意味では、証明書の交付といっても、既に公権的に判断されていることの存否を確認して証明するというわけではなく、証明書交付の際に実体的な判断がされ、その旨を証明書交付を通じて通知するという面もあるといわなければならない。

しかし、開発行為に該当しない旨の判断は、開発行為について定めた都市計画法四条一二項の要件に該当する事実を満たしているかという確認作用を中核とするもので、極めて形式的な手続上の申請(証明書の交付申請)に対し「開発行為の許可を必要としない旨を証明する」という旨の形式的包括的なものであり、国民の具体的な権利義務に直接明示的に触れたものではない。もちろん、右の確認判断の結果、適合証明書が交付されると、建築確認申請の手続要件が充足され、次いで建築確認がされるというように、右の証明書交付における確認的な判断に法律の規定が併せて適用されて、特定の法的効果を生じさせることもあるが、右の確認的な判断自体に法的効果があるわけではないから、これを行政処分ということは困難である。

このように本件規則六〇条に基づき適合証明書が交付される場合における右の交付は、法律の規定により定まっている要件に該当する事実の存否を個人に知らせ、確認し、又は証明する等の効果しか有しないものであり、それ自体が私人の権利義務に変動を与え、又はその権利義務の範囲を画するような性質を有するものとはいえないといわなければならない。開発許可を要するかどうかの証明書の交付が、法律や政令ではなく、本件規則という省令で定められているのも、これが行政処分とはいえないとの判断に基づくものであると考えられる。

4  原告の主張に対する判断

これに対し、原告は、開発許可を要するかどうかは、1のとおり建築主事ではなく、都道府県知事(本件の場合は知事から委任を受けた被告)が実質的に判断するのであるから、開発許可が不要であると判断して、都道府県知事がするその旨の証明書の交付は、行政処分性を有すると主張する。

しかし、右に見たように、開発許可が不要かどうかについての許可権者の判断は、その要件に該当する事実の存否の確認にすぎず、それ自体として法的効果を生じさせるものではないから、たとえ開発許可を要するかどうかの実質的な判断権(右の法規の要件に該当する事実の存否の確認権限)が都道府県知事にあるとしても、その判断の結果、都道府県知事によりされる適合証明書の交付を行政処分と解することはできない。

もっとも、このように解すると、当該建築物が建築されることにより、日照、通風等の環境被害を被ることが予想される建物周辺の住民は、開発許可を不要とする判断が違法であることを理由として、本件規則六〇条に基づく証明書の交付を争うことができないことになる。しかも、前記のように、建築主事が、当該建築計画が開発許可を要するかどうかについて、実質的な判断権を有しないとすると、周辺住民は、その後に行われる建築主事の建築確認においても開発許可を不要とする判断を争うことができないことになる。しかし、それだからといって、適合証明書の交付に行政処分性を認めるのは本末転倒といわなければならないし、また、当該建築行為が周辺住民に受忍限度を超えるような環境被害を与えるようなものであるときは、周辺住民は、これを理由に、建築主に対し、建築工事差止め等の民事訴訟を提起することができるのであるから、救済の途が全く閉ざされているというわけではない。

二  結論

以上のとおり、本件証明書の交付は行政処分性を有するものとはいえないから、その余の点について判断するまでもなく、原告の本件訴えは不適法といわざるを得ない。よって、本件訴えを却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡光民雄 近藤壽邦 弘中聡浩)

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