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横浜地方裁判所 平成11年(わ)1330号 判決 2001年12月06日

主文

被告人を罰金3000万円に処する。

その罰金を完納することができないときは,金5万円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(犯罪事実)

被告人は,石川県珠洲市a町b字c番等の土地を所有していたものであるが,平成6年中に上記土地を譲渡し,同年分の実際総所得金額が1963万7196円,分離課税による長期譲渡所得金額が4億4707万4666円あったにもかかわらず,当該年度における自己の所得税の納税を免れようと企て,平成7年3月9日,大和市de丁目f番g号(平成8年6月3日付同市de丁目i番j号に移転)所轄大和税務署において,同税務署長に対し,総所得金額が1963万7196円で,これに対する所得金額は,源泉徴収税額を控除すると309万6661円の還付を受けることとなる旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し,もって,不正の行為により,平成6年分の正規の所得税額1億2996万4400円と上記申告税額の差額1億3306万1000円を免れた。

(争点に対する判断)

1  当事者の主張の要旨

本件につき,検察官の主張の要旨は,被告人は本件土地を売却してその売買代金を受領したが,所得税の納税により本件土地の売却事実が表に出るのを避けるため,これを買主からの借入金と仮装した上,税理士にも本件土地の売却事実を秘匿し,虚偽過小の確定申告書を提出して,平成6年分の所得税を免れたというものであり,他方,被告人及び弁護人の主張の要旨は,被告人は,本件土地の売却を考えて買主と土地の取引をしたが,当該契約の内容は売買契約と金銭消費貸借契約が組み合わされたものであって,上記金銭消費貸借契約は有効であり,被告人の受領した金員もその性格は貸付金であるから,被告人に課税の対象となるような所得は生じていない。また,被告人は,平成6年中に買主側の人間から,受領した金員は売買代金ではなく貸付金であるとの説明を受け,これを信じて納税をしなかったのであり,所得が発生していたことの認識を欠いていたのであるから,脱税の故意がない,というものである。

2  本件犯行に至る経緯等

関係各証拠によれば,本件犯行に至る経緯,犯行状況等として,概ね以下の事実が認められる。

(1)  被告人及び被告人の父親は,かねてより石川県珠洲市内に広大な土地を所有しており,古くからの地主として地元住民の信頼を得ていたところ,昭和50年ころより被告人らの所有する土地一帯には,A株式会社(以下「A」という)による原子力発電所(以下「原発」という)の建設が計画されるようになった。しかし,原発建設については,その是非をめぐって地元住民が対立し,そのころより本件犯行当時に至るまで,原発建設反対派による反対運動が行われていた。

そのような中,被告人の父は平成元年及び同2年に,前記土地の一部をAに売却したところ,その事実が地元住民にも明らかとなり,原発建設反対派と思われる者から脅迫電話を受けるなどの嫌がらせを受けた。

(2)  同5年3月,被告人の父が死亡し,被告人は,父が所有していた珠洲市内の土地を母及び2人の弟とともに相続し,自己がもとから所有していた同市内の土地とこれとを併せた別表記載の各土地(以下「本件土地」という)について,Aとの間で売買交渉を行ったが,売買代金の面で折り合いがつかず,同年6月ころ,被告人とAとの間での交渉は決裂した。

しかし,その直後である同月下旬ころ,被告人は,株式会社B(以下「B」)の経営者であるCから本件土地を購入したい旨持ちかけられ,交渉の結果,本件土地を売却することを決意した。その際,被告人はCがAとなんらかの関係のある人間であり,本件土地が最終的にはAの所有となることを認識しており,また,前記のように,以前に父がAに土地を売却したところ,その事実が公になり,原発建設反対派と思われる者から嫌がらせを受けた経験があったことから,Cに対し,土地売買の事実が公にならないように依頼をした。

その後,本件土地の売買については,Dが代表取締役をしている株式会社E(以下「E」)が買主となることになり,本件土地が最終的にはAに転売されることを前提とした上で,Bを仲介としてこれをEに総額7億5000万円で売り渡す旨の合意が同年9月に成立した。その際,被告人はEに対し,本件土地についての不動産買い取り依頼書を交付しており,また,被告人とEとの間で「不動産売買に基づく譲渡予約協定書」(以下「売買予約協定書」という)が交わされたが,これには,被告人の依頼により,土地を電力会社に絶対に売却し又は譲渡してはならない旨の条項が含まれていた(なお,弁護人は,同時に被告人とEとの間で,本件土地がEに売り渡されることを前提とした上で,売買に伴う諸条件が完備するまでの間,本件土地を譲渡担保とすることとし,売買代金相当額について金銭消費貸借契約(以下単に「消費貸借契約」という)を締結し,貸付金として金員を交付することとする旨の内容の「不動産売買予約に基づく金銭消費貸借契約に伴う協定書」(以下「消費貸借協定書」という)も交わされた旨主張するが,その内容やこれが発見された状況,被告人がその存在を後に至るまで全く認識していなかったことからして,消費貸借協定書は,買主側の人間によって後に売買予約協定書と日付を合わせて作成された疑いが強く,消費貸借協定書が売買予約協定書とともに交わされた事実は認定できない)。

もっとも,上記合意の際には,被告人は本件土地を売却するとの認識しか有しておらず,本件土地を譲渡担保とするとか消費貸借契約を締結するとかという認識は被告人には全くなかった。

(3)  なお,本件土地の売買交渉の過程で,被告人は,Dから,原発反対派の有力地主を説得して土地の売却を了承させれば,さらに2,3億の報酬を支払う旨の話をされていた。

他方,具体的にいかなる人物が関与したかは必ずしも明らかではないものの,当時Aの立地部課長をしていたFら買主側の人間は,そのころ,本件土地を9つに区分し,まずEら4社が被告人からこれを買い取り,さらにGの勤務していた有限会社Iら5者が分散して転得するという,本件土地の所有権移転の計画を立案した。

(4)  同年12月26日,被告人は別表①記載の各土地(以下「①土地」という)について,Eとの間で売買契約を締結し,同日,代金7500万円のうち5000万円を受領した。

その際,「不動産売買契約書」(以下「売買契約書」という)及び「金銭消費貸借並びに抵当権設定契約書」(以下「金消契約書」という)が両者の間で交わされたが,上記契約書上の契約内容の概要は,売買契約とともに,売買代金相当額について売買代金支払日を返済期限とした消費貸借契約を締結し,売買代金支払日において,貸金債権と売買代金債権とを相殺することにより,売買代金の支払いに充てるとするものであった(なお,検察官は,売買契約書とともに,金消契約書が作成されたのは,被告人の要望によるものであった旨主張する。確かに,被告人は本件土地取引を表に出すことを望んでいなかったものの,それは買主側も同様であり,当時被告人が売買との認識しか有していなかったことや,被告人が十分な法的知識を有していないことなどに照らせば,被告人が売買代金を受領しつつも,その事実が表に出ないよう買主側に要求したことはあっても,消費貸借契約を締結するといった契約内容について被告人が要望していたことはないと認められる)。

また,上記各契約書とともに①土地について所有権が買主に移転したことを確認する旨の覚書が両者の間で交わされた。なお,上記売買代金の残金2500万円は,被告人が翌同6年2月6日ころ受領しており,被告人はこれを銀行に預金した。

(5)  さらに,被告人は本件土地の残りの部分についても,同月ころに売買契約を締結し,農地であった別表⑦,⑧記載の各土地(以下「⑦,⑧土地」という)を除いて代金全額が契約当日に支払われた(⑦,⑧土地については代金のうち一部が契約当日に支払われ,残金は同年8月5日に支払われた)。その際,買主側において,国土利用計画法上の制約等のため売買契約書を作成することに問題があると考えられていた別表⑨記載の各土地(以下「⑨土地」という)を除いては,①土地と同様の契約書類が交わされ,⑨土地については,売買契約書を除き,金消契約書及び買主に所有権が移転することを確認する覚書が交わされた。

もっとも,上記各契約の際,被告人は,契約書等の内容にかかわらず各契約は売買契約であるとの認識しか有しておらず,買主側の準備した契約関係書類については,その内容について仔細に確認することなく署名押印をしていた。

また,被告人は上記各契約に際し,Dに本件各土地の売渡証,売買を登記原因とする所有権移転登記の委任状などを交付するとともに,印鑑証明書を3か月ごとに送付するといった内容の覚書を交わし,これに従って,以降,国税局による査察が入るまで印鑑証明書を送付し続けていた。

(6)  なお,同年2月21日ころ,本件土地の中に被告人以外の者の所有する土地が含まれていることが判明したため,被告人は当該土地の価格に相応する金員として536万円をEに返金したが,Dから被告人に対しては上記金員の返金は貸付金の減額であるとの趣旨で領収書が交付された。また,同月22日ころには,被告人はBに対して仲介手数料として2250万円を支払ったが,その際,Bより被告人に交付された領収書は,「『金銭消費貸借契約』に伴う不動産売買予約に関する仲介手数料」との名目で作成されていた。

(7)  これに前後する同月20日ころ,被告人は買主側で作成された「税務申告(案)」と題する書面(以下「税務申告(案)」という)をDから受領し,税務申告についての詳細は税理士に相談するよう助言を受けた。

そこで,被告人は知人を介してH税理士(以下「H税理士」という)を紹介してもらい,同人に対して,「所有していた土地を5000万円で売却したが,残りの土地も順次売却していくつもりである」などと説明をした上,同年3月,①土地の売買代金のうち同5年中に受領した5000万円について,H税理士を介し,平成5年分の譲渡所得として申告をした(なお,被告人は公判で,上記申告の際,H税理士に対し,「税務申告(案)」を見せながら申告について相談をしており,①土地についても7500万円で売ったと説明した旨供述している。しかし,そうであるとすれば,検察官の指摘するように,①土地の一部につき,申告書上5000万円で売却されたとされているのは不自然であるし,被告人が捜査段階ではそのような供述をしていないことからすれば,上記被告人の公判供述は信用できないというべきである。他方,上記認定に沿うH税理士の供述は内容が契約書等の客観的事実と合致しており,ことさら虚偽の供述をする理由もないことからすれば,信用できる)。

(8)  被告人はその後も買主との約定に従い,本件土地について固定資産税の支払いを継続するとともに,他方で,本件土地について賃借人から賃料の受領を継続していたところ,同6年5月ころには本件契約に関する公正証書が被告人の元へ送付されこれを受領した。

その後,同年12月ころ,G及びFが被告人の元を訪れ,被告人に対し,⑨土地に抵当権を設定することについて承諾を求めたが,被告人は,当該土地は既に買主に売却済みであるとしてこれを拒絶した。

しかし,同人らは⑨土地に関して交付した金員は貸付金であるなどと説明したほか,同土地上で被告人とハーブガーデンを共同経営することを持ちかけ,これに関する協力を担保するためなどと説明して被告人を説得し,抵当権を設定することについて合意をした(この点に関し,Gらは上記金員が貸付金である旨説明したことはない旨供述するが,Gらが⑨土地に関する権利保全のため抵当権を設定する必要があったと考えられ,被告人を説得する手段として,交付した金員が貸付金である旨説明することは十分考えられ,また,貸付金であるとの説明を受けたとする被告人の供述は一貫しており信用できることからすれば,被告人に対しそのような説明がなされたことがあったものと認められる)。

さらに,引き続いて同人らは,原発建設反対派対策の一環で地元融和を図るためとして,被告人の居宅のあった別表⑥記載の土地(以下「⑥土地」という)中の一筆上に,キリコ(地元の祭りで使われる山車)収納庫やログハウス建設の話を持ちかけ,被告人もこれを了承し,これらが建設された(なお,検察官は,そのような提案をしたのは被告人であった旨主張しているが,既に本件土地は売却したとの認識であった被告人が,地元融和を図るためとしてわざわざそのような提案をするかは疑問があり,被告人がキリコ収納庫やログハウスの建設の話をGらに持ちかけたとは認定できない)。

(9)  その後,翌同7年3月,被告人は平成6年分の税務申告を前年同様にH税理士を介して行ったが,その際,被告人は同年中に行われた本件土地の売買について何ら相談をすることをせず,H税理士に残りの土地は売ったのか尋ねられた際も曖昧な返答をして,本件土地の売買の事実がないこととして税務申告を行った。

なお,被告人は同7年の税務申告に際し,被告人の母らに対し,本来は平成6年分として申告をしなければならないが,借入金という形式をとってあり,申告は連絡するまで待つようにとの説明をしていた。

その後,被告人は,同10年9月に国税局の査察を受けるまで,本件売買代金について全く申告をしなかった。

(10)  なお,検察官は,同8年ころ,Gの依頼により,Dが被告人に対して本件土地の所有権移転登記に応じるよう申し入れたが,被告人はこれを拒絶した旨主張しており,D,G,Fもその事実を肯定する供述をしているが,この点についての同人らの供述は内容が曖昧かつ抽象的である上,捜査段階ではそのような事実について供述をしておらず,また,本件土地について所有権移転登記をすることにつき,そのころ被告人に了承を求めなければならなかった必要性が必ずしも認められないことなどからすれば,Dらの供述の信用性には疑問があり,上記事実を認定することはできない。

3  本件各契約の内容及び譲渡所得の発生について

(1)  上記認定判断を前提に,本件各消費貸借契約の有効性及び譲渡所得の発生の有無について検討するに,前記のとおり,本件各契約書等は買主側により準備されており,その内容は,買主側は,土地の取得に際し,売買及び消費貸借の2本建ての契約を締結し,契約時に売買代金相当額を貸付金の形として交付し,その貸付金を後に売買代金に充当するという方法を取ろうとするものであり,このような契約の内容からすれば,買主側は本件金員を貸付金として扱おうとしていたことが窺われる。

しかし,(ア)本件土地については,被告人の父及び被告人とAとの間で売買の交渉が継続してなされてきており,その後B及びEとの交渉の際も,常に売買を前提とした交渉がなされていたこと,(イ)契約当時,被告人が買主側から金を借りる必要性はなく,貸付金としての契約形式については被告人にほとんど説明がなされていなかった上,被告人は,本件契約に関し,契約書の文言にかかわらず売買をしたとの認識しか有していなかったこと,(ウ)買主側が本件のような内容の契約を締結したのは,国土法,農地法などの制限があり,直ちには売買契約書の作成ないし移転登記をすることができなかった上,原発建設反対派との関係上,買主側としても売買の事実を表に出すことは避けたかったため,売買契約を締結して代金の授受もしつつ,その事実を秘すために法の形式として適法な形式をとって行おうとしたものであると考えられることなどからすれば,本件契約に際し,買主と被告人との間では,消費貸借契約について有効な意思の合致があったとは認められず,買主と被告人との間では,本件土地を買主に売却し,その対価として合計7億5000万円を被告人が受領するとの合意が成立していたと認めるのが社会通念として妥当であり,結局,本件土地については売買契約のみが成立していたと認めるのが相当である(なお,被告人が供述するように,後になってFらから貸付金であったなどと言われ,本件契約が消費貸借契約であったと思うようになったからといって,これにより直ちに買主と被告人との間で消費貸借契約についての合意が成立したと認められるものではなく,本件契約の性質が変更されるものでないというべきである)。

(2)  弁護人は,買主側は消費貸借契約を適法かつ有効な契約であると考え取引を行っており,本件消費貸借契約は私法上も有効である旨主張するところ,前記のように,買主と被告人との間では,消費貸借契約について意思の合致が認められない以上,買主側が契約の有効性についてどのように考えていたかにかかわらず,私法上の効力は生じていないというべきである。また,弁護人は,買主側は本件契約の適法性について十分な配慮を行っていたはずである旨主張しているが,契約締結の意思表示が適法になされたからといって,意思の合致がない以上効力を生じないのは当然であり,弁護人の主張はその前提を欠くものであって理由がないというべきである。

さらに,弁護人は,Bから被告人に交付された仲介手数料の領収書や,買主の経理処理など,授受された金員が貸付金であることを前提として種々の処理がなされていた点をとらえて,本件消費貸借契約は有効である根拠として主張するが,買主は本件金員を貸付金として処理しようとしていたのであり,本件契約の契約書上の処理が消費貸借となっている以上,これに基づいて領収書が交付されたり,買主側の経理処理がなされていても何ら不思議はなく,このことが上記認定に影響を及ぼすものではない。

(3)  以上のように,当事者間において本件土地について売買契約が締結され,これに伴って売買代金の授受もなされたと認められ,また,本件土地に関し移転登記に必要な書類一式が被告人から買主に交付されており,本件土地についての引渡もあったものと認められることからすれば,本件土地の売買代金相当額について,被告人に譲渡所得が発生したといえることは明らかというべきである。

4  故意の有無について

(1)  次に,被告人が本件についての故意を有していたか否かについて検討するに,

(ア) 被告人は,本件各契約当時は土地を売却したと認識しており,現に平成5年中に受領した代金については,売買代金として譲渡所得の申告をしていること

(イ) 「税務申告(案)」によっても,平成5年中に受領した金員については,同年分の譲渡所得として申告することになっているのに,平成6年中に受領した金員の全てを貸付金と考えたというのは不自然であるし,仮にそうだとしても,Gらから受領した金員が貸付金であるとの説明を受けた後,被告人が本件申告までに契約書等の内容を検討した事実は窺われないことなどからすれば,平成6年分の申告の際,H税理士に対し本件土地取引に関する納税についてなんら相談をしていないのはやはり不自然であること

(ウ) 本件申告前に,親族に対し,受領した売買代金は本来は平成6年分の所得として申告しなければならないが,申告するのは待つように言っており,納税をしなければならないことを認識していたことを前提とする言葉を述べていたこと

(エ) 原発建設反対派対策として,⑥土地上にキリコ収納庫やログハウスの建設がなされていたことからすれば,本件申告時に原発建設反対派の活動が沈静化していたことは窺われず,申告をしないことは被告人にとっても利益であったと認められること

(オ) 被告人は,大蔵事務官及び検察官に対し,脱税の犯意自体は認める供述をしているところ,被告人の供述は具体的かつ詳細なものであり,任意性はもちろん,信用性も十分に認められるといえること

といった認定事実等を前提にすれば,本件各契約に伴い受領した金員は全て売買代金であり,本来であれば平成6年分の所得として納税をしなければならないが,平成7年3月の時点では,譲渡所得として申告をしないことにするとの認識を被告人が有していたことを認めることができる。

もっとも,上記認定事実のとおり,被告人は契約書等の内容を仔細に検討することなく署名押印したのみで,被告人が本件消費貸借契約の契約を計画したとは認められないことなどに照らせば,被告人が,本件土地について売買契約を締結した当初から,譲渡所得の申告をせず,あるいは申告を先送りすることを意図していたと は認められないというべきである。

(2)  被告人は,平成6年12月ころに,Gらから⑨土地について受領した金員は貸付金である旨説明され,同土地に抵当権を設定したことなどから,受領した金員は全て貸付金であったと信じるに至った旨供述するが,貸付金の形式をとってあり,同7年3月の時点では申告をしなくてもかまわない旨の認識した可能性はあっても,完全に貸付金であったと信じたとするのは不自然であり,被告人の供述は信用できないというべきである。

(なお,前記のように被告人が,実質的には売買代金であるが貸付金として処理してある以上,申告する必要はないと考えた可能性のあることは否定できないが,これはいわゆる違法性の錯誤の問題であり,犯情の面で考慮されることはあっても,故意が阻却されることはないというべきである。)

(3)  以上からすれば,被告人が本件犯行について故意を有していたことを認めることができる。

(法令の適用)

罰条 平成10年法律第24号による改正前の所得税法238条

刑種の選択 罰金刑を選択

労役場留置 平成7年法律第91号による改正前の刑法18条

訴訟費用 刑事訴訟法181条1項本文

(量刑理由)

本件は,所有していた土地を売却し,その代金を受領した被告人が,譲渡所得の納税に伴い,土地売却の事実が表に出ることを避けるなどの目的から,納税時期を先送りしようと考え,土地の売却代金を所得から除いた過小の確定申告書を,税理士を介して税務署長宛に提出し,当該年度において納税すべき所得税のうち1億3000万円余りを免れたという事案である。

本件におけるほ脱所得税額は,1億3000万円以上と極めて高額であり,本来納税すべき所得税額に対するほ脱率も90パーセントを超えていて,本件犯行により侵害された国家課税権は決して小さなものではない。また,被告人は,本件土地売買に当たり,売買代金を形式上は貸付金として受領していたことを奇貨として,安易に納税を先送りし続けており,被告人の納税に対する意識には問題があったといわざるを得ない。

しかしながら,前記のように,本件土地は原発建設用地とされていた土地であり,被告人が納税を先送りしようとした主要な動機は,納税により土地売却の事実が原発建設反対派に明らかとなり,嫌がらせ等を受けることを避けるためであったと考えられ,利欲目的の犯行とまでは認められないこと,本件消費貸借契約書等の契約書類は,買主側が準備したものであり,被告人が当初から脱税を企てた上,本件土地の取引を行ったものとは認められないこと,被告人が申告をしなかったのは,買主側が「税務申告(案)」などにより,納税の先送りを示唆したことも影響しており,犯行に至る経緯には被告人のために汲むべき点も認められること,被告人は納税を先送りしようとしたに過ぎず,恒久的に納税を免れようと考えていたとは認められないことなどからすると,本件犯行はその犯情が悪質とまではいえない。

また,既に修正申告に応じ,その相当部分を納税済みであること,被告人はこれまで脳外科医として社会に貢献してきており,今後も医師として稼働することが社会にとっても有益と認められること,これまで前科等なく,真面目に生活してきたことといった,被告人のために斟酌すべき事情も認められる。

そこで,以上の事情等を総合考慮の上,被告人に対しては主文のとおり罰金刑のみを科するのを相当と判断した。

(検察官中村融,同粟田知穂,私選弁護人田中清(主任),同住田邦生,同井上朗各出席)

(求刑-懲役1年6月,罰金4000万円)

(裁判長裁判官 矢村宏 裁判官 柳澤直人 裁判官 石井芳明)

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