横浜地方裁判所 平成11年(ワ)2054号 判決 2001年3月13日
原告
乙野一郎
訴訟代理人弁護士
稲見友之
同
津田玄児
同
畑山實
同
斎藤義雄
同
朝倉正幸
被告
甲野太郎
訴訟代理人弁護士
鈴木雄一
被告
学校法人徳心学園
代表者理事
黒土創
訴訟代理人弁護士
山本博
被告学校法人徳心学園補助参加人
三井海上火災保険株式会社
代表者代表取締役
井口武雄
訴訟代理人弁護士
石黒康仁
同
菅友晴
被告学校法人徳心学園補助参加人
エイアイユーインシュアランスカンパニー
日本における代表者
吉村文吾
訴訟代理人弁護士
仲澤一彰
主文
1 被告らは、原告に対し、連帯して、金一億四〇四四万〇二一八円及びこれに対する被告学校法人徳心学園は平成一一年六月一八日から、被告甲野太郎は平成一一年八月一八日から各支払済みまで年五分の金員を支払え。
2 被告甲野太郎は、原告に対し、金一一〇〇万円及びこれに対する平成一一年八月一八日から支払済みまで年五分の金員を支払え。
3 原告のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告らの負担とする。
5 この判決は、第一、二項について仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
1 原告
(1) 被告らは、原告に対し、連帯して、金二億三五六三万八〇二五円及びこれに対する被告学校法人徳心学園は平成一一年六月一八日から、被告甲野太郎は平成一一年八月一八日から各支払済みまで年五分の金員を支払え。
(2) 訴訟費用は被告らの負担とする。
(3) 仮執行宣言
2 被告ら
(1) 原告の請求を棄却する。
(2) 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 事案の概要
本件は、平成八年一〇月一五日、被告学校法人徳心学園が開設し、経営している横浜高等学校柔道部の練習場において、練習前に部室の雑巾がけをしていた柔道部部員である原告が、先輩の柔道部部員である被告甲野太郎が掛けたプロレス技によって頭部から床に落下し、頸髄損傷の傷害を負い、四肢麻痺等の後遺障害が生じた事案である。
原告は、被告甲野太郎に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、被告学校法人徳心学園に対して在学契約に基づく安全配慮義務違反による債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求として、逸失利益、慰謝料、付添費用、弁護士費用の合計二億三五六三万八〇二五円及び遅延損害金の支払を求め、被告らは、親しい柔道部員同士のふざけ合い、遊戯の過程で生じたもので違法性がない、事故が発生した時刻は正規の部活動の練習が始まる前であり、学校及び指導担当職員の指揮監督命令下になかったなどと反論する。
第三 争いのない事実
1 当事者
(1) 原告(昭和五五年五月二三日生)は、平成八年一〇月一五日(以下「本件事故当日」という。)当時、横浜高等学校(以下「高校」という。)第一学年に在学し、柔道部に所属していた。
(2) 被告甲野太郎(以下「被告甲野」という。)は、本件事故当時、高校第二学年に在学し、柔道部に所属していた。
(3) 被告学校法人徳心学園(以下「被告学園」という。)は、私立学校法の定めるところにより、私立学校を設置することを目的として設立された法人であり、高校及び横浜中学校を設置している。
2 本件事故の発生
原告は、本件事故当日の午前一一時二〇分ころ、高校の柔道部部室(以下「本件部室」という。)において雑巾がけをしていた際、被告甲野によって前部からプロレス技を掛けられたため、頭部から床に落下し、頸髄損傷の傷害を負った(以下「本件事故」という。)。
3 損害の填補
原告は、本件事故について、日本体育・学校健康センターより、障害見舞金として二八三〇万円の給付を受けた。
第四 争点
1 被告甲野の責任
(原告の主張)
被告甲野は、本件部室において、下を見て拭き掃除(以下「本件清掃」という。)をしていた原告にいきなりプロレス技を掛けて持ち上げ、頭部から床に落下させた。この被告甲野の行為は原告に対する不法行為である。
したがって、被告甲野は、不法行為に基づく損害賠償(民法七〇九条)として、原告に対し、後記の原告の損害を賠償する責任がある。
(被告甲野の主張)
被告甲野と原告は、高校柔道部に在籍する仲の良い先輩と後輩の間柄で、プロレスファンであったことから、日常、しばしば互いに遊戯としてプロレスの技を掛けあうプロレスごっこ(以下「プロレスごっこ」という。)をしており、本件事故は、このようなプロレスごっこをしてふざけあう、いわば遊戯行為の間に発生した偶発的なものであるから、被告甲野の行為には違法性がない。
2 被告学園の責任
(原告の主張)
(1) 本件事故は、柔道部の部活動の際に発生した事故である。
すなわち、運動部の部活動において、練習を始めるための準備は部活動の一部であり、特に、礼儀を重んじる柔道では、事前に道場(部室)を掃除して清めることは、練習の準備としての柔道部の部活動の一部であるところ、高校柔道部では、練習前に一年生部員が道場の掃除を行うことが慣行であり、柔道部顧問山下秋生教諭(以下「山下教諭」という。)は、年度始めに、この慣行に従うように部員に指示し、本件事故直前の午前一一時一五分ころには、本件部室において、部員に対し訓示し、体調の悪い者、学業不振の者は図書室に行って学習すること、練習は午前一一時四五分から始める旨を告げていた。
したがって、山下教諭が監督としての訓辞をした後、柔道部としての練習前の必須事項である拭き掃除が開始された後の本件事故発生時は、部活動の一部として山下教諭が指導監督に当たるべき時間帯にあり、本件清掃は部活動の一部である。
(2) 本件事故の態様は、原告が下を向いて本件部室の床の雑巾がけをしているときに、被告甲野が突然原告を頭から抱え上げ、プロレス技のパワーボム(相手を前傾させ、腹を抱えて持ち上げて回転させる投げ技。以下「パワーボム」という。)を掛けようとしたため、原告が頭部から床に落下し、負傷したものであって、これは、上級生(被告甲野)が下級生(原告)に対して一方的にプロレス技を掛けた「シゴキ」ともいうべき行為である。
(3)ア 高校は、被告学園と原告との間の在学契約に基づき、日常的に学校事故防止体制を十分にとり、原告の生命・身体の安全に配慮すべき義務を負担していた。そして、この安全配慮義務の一環として、被告学園は、生徒である原告が学校の管理下にある間は、客観的に予想される生徒側の危険に的確に対処し、事故の発生を未然に防止すべき義務を負っていた。
イ 山下教諭は、本件事故当時、本件部室から約二〇メートル離れた体育教官室にいた。本件部室では、約一年以上前から毎日のように、プロレスごっこと称し、技量に格段の差がある先輩が原告を含めた新入生を対象に、一方的にプロレス技を掛けることが頻繁に行われていた。プロレスごっこについては、新入生から山下教諭に対していやだとの訴えが出されたこともあり、山下教諭もプロレス技を掛けている現場を見て、プロレスごっこが頻繁に行われていることを認識していた。
本件事故は、山下教諭が、柔道部員がふざけて掛けている技が、安全であるとして許容される範囲の柔道技であるか否かについて疑問を持って情報を集め、その内容を正確に把握して対策・指導に活用することを怠ったため、発生した。
なお、仮に、山下教諭が柔道部員の間で日常的に行われていたプロレスごっこを全く認識していなかったのであれば、認識していなかったこと自体が山下教諭の過失というべきである。
ウ 被告学園は、山下教諭を通じるなどして、プロレスごっこが行われている状況の詳細を調査してその危険性を掌握し、かつ、プロレス技、特に受身の心得もなく、技量の劣る新入生に対するプロレス技などの一方的で恣意的な暴力が行われることがないように厳重な指示、訓戒を与える等、原告の身体に対する安全を保障すべき義務を負担していた。
本件事故は、長期間にわたり、毎日のように行われていた上級生部員が下級生部員にプロレス技を掛けるという危険極まりないシゴキともいうべき行為によって発生したものであり、柔道部の顧問である山下教諭が、予見し得べき特段の兆候を見逃し、実態を解明できないまま、本件事故を未然に防止できなかったのであるから、被告学園には安全配慮義務違反が認められる。
エ 山下教諭が安全配慮義務を尽くすことができなかった原因として、高校全体に、安全配慮体制の欠落が認められる。
(ア) 高校には、野球、ボクシング、柔道など、危険を伴う運動部が三〇以上あるにもかかわらず、運動部における事故防止についての具体的指針、マニュアルが作成されていない。
(イ) 被告学園は、シゴキは起こり得ないと勝手に決めつけ、いずれの学校でも発生するおそれがある、上級生による下級生を対象とするシゴキがもたらす危険を防止する配慮を怠った。
(ウ) 柔道は、直接相手の身体に攻撃を加えるいわゆる格闘技の一種であり、その危険性は、野球などに比較にならないほど大きなスポーツであることは常識である。被告学園は、柔道における危険を軽視していた。
オ(ア) 高校柔道部においては、上級生が下級生に対してプロレス技を掛けることは日常茶飯事であった。山下教諭は、部員がふざけて柔道の技を掛けるのを何度も目撃している。このような重大な兆候がある以上、被告学園は、事前に調査して実態を十分に把握し、具体的に本件事故を未然に防止するための体制を作るべき義務があるにもかかわらず、何ら具体的な対応を行わず、シゴキともいうべきプロレスごっこを放置した。このような行為が日常的に行われていれば、本件事故のような重大事故を引き起こす危険性は極めて高かった。
そこで、精神的に未熟な高校生(通常、格闘技好きであることが想定される柔道部員であればなおさら)が、危険な格闘技の技をシゴキや悪ふざけで行うことは経験則に照らして十分に予見可能であり、山下教諭や高校においてこれを予見することは十分可能であったというべきである。
なお、本件部室は、外部から視認性の低い構造であり、体力的にも精神的にも未熟な高校生の間で、監督者の目を盗んでプロレスの技を掛けるシゴキが行われた場合、同部室のような密室状態の部屋では、その発見・発覚が困難である。
そして、柔道部においては、現に本件事故まで約一年間、柔道部員の上級生が下級生にプロレス技を掛けるシゴキが日常化していたのであるから、その原因が本件部室の構造上の欠陥であることは否定できず、本件部室を外部から監視しにくい構造のまま放置したことについても被告学園には安全配慮義務の懈怠がある。
(被告学園の主張)
(1) 高等学校の運動部は、各種の運動を通じて生徒の自発的活動を助長し、心身の健全な発達を促し、進んで規律を守り、互いに協力して責任を果たす生活態度を養うことを目的とするものである。この目的から、生徒の自主的活動が健全に発展するように配慮することが教育上適切である。
被告学園は、生徒の健全な身体の発育を重視することを校是とし、最近の青少年が諸事万端に無責任に走る傾向を厳しく戒め、同時に生徒の自主性を尊重することによって、その責任感を育てることを教育方針としている。そのため、生徒に対しては、教課以外の時間は伸び伸びと諸活動に従事するように仕向け、できるだけ自主的な活動に過度に干渉することを避けるように努めている。生徒の自主性と自由な活動の結果がすべて学校の責任とされれば、他の部活動も厳しく制限せざるを得ず、被告学園の教育指針は成り立たない。
本件事故は、柔道部の正規の部活動である練習が始まる午前一一時四五分以前(午前一一時二〇分ころ)に発生したものであるが、この時間帯は原告を含めた柔道部員である生徒らの自由行動が認められており、被告学園及び山下教諭は、生徒である部員を指揮監督命令下における地位にはなかった。高校では、正規の部活動の時間帯は、指導教員を立ち会わせることが通常であるが、本件事故は、正規の部活動ではなく、本来生徒の自由活動が許される時間帯に発生したものであって、その時刻に指導教員である山下教諭が本件部室にいなければならない義務はなく、同教諭は準備室で待機していた。
(2) 本件事故は、被告甲野と原告が、自由時間において、プロレスごっこのふざけ合いをしていた際に生じたものであり、このような事故にまで学校が責任を負担すべき理由はない。被告甲野と原告は、日常仲が良く、両名ともプロレスが好きだったため、両名及び他のプロレス好きの部員がこのような自由時間においてはしばしばプロレスごっこをしていたのである。高校は、本件事故後、原告を含む生徒らからの報告により、本件事故は原告及び被告甲野がふざけて遊んでいる最中に発生したと認識していた。
(3)ア 被告学園は、運動部活動を尊重する伝統を有し、日常多くの部活動が活発に行われている。被告学園は、日常部活動に伴って事故が発生することを回避するために万全の注意を払っており、過去に少数の事故が例外的に発生したにすぎない。高校には、安全教育、安全配慮、指導監督を徹底すべき義務に懈怠はない。
イ 山下教諭は、被告と原告が日常仲が良かったことは知っていたが、両名が本件事故以前、お互いにプロレスごっこをしていたことは知らなかった。山下教諭は、日常厳格な指導を行っており、プロレスごっこを知ったとしたら、直ちに厳重注意の上、厳禁したはずである。
ウ 本件部室は、外側窓は通行人から見えない曇りガラス状になっていた。内側廊下側も運動器具等が置かれ、廊下の通行者が内部を見ることができない状態であった。入口扉も狭く、部室内に入らない限り、通行者は部室内の活動は見ることができない状態であった。職員室から本件部室を遠望することは可能であったが、学校関係者は誰も本件部室内でプロレスごっこが行われていたことを全く知らなかった。
エ 生徒の自由時間において発生した本件事故について、①日常、生徒間でこのような危険な遊戯が行われていることを知っていたか、知り得る蓋然性があり、②日常、このような事故が発生することを客観的に予測し得る事情にあり、③日常、このような危険な遊戯が行われる可能性があるのを知り得たにもかかわらず、それを教育上放置していた場合はともかく、高校には同①ないし③の事情はいずれも認められず、損害賠償責任はない。
(補助参加人三井海上火災保険株式会社〔以下「参加人三井」という。〕の主張)
(1) 山下教諭は、本件事故前に本件部室に行き、部長(部員)に対して、午前一一時四五分から練習を始めるので、準備(掃除、着替えなど)を行うように指示し、一旦体育教官室に戻っている。正式な部活動は、部員が整列し、礼をしてから始まることになっているから、本件事故は、部活動が始まる前の生徒の自由な準備時間、すなわち、部活動そのものではなく、その前の自由時間に発生した生徒間事故である。なお、原告を含む一年生部員は本件部室を掃除する時間でもあったが、他の部員は着替え等を行っており、掃除を含む部活動の準備はいずれの部活動にもあるもので、部活動開始までの間に自由に行えばよいものであるから、掃除の時間帯であったとの一事をもって、正式な部活動の時間帯であったとはいえない。
(2) 一般に、高校生は成人に近い事理弁識能力を有し、教師としては、生徒が自主的な判断で行動していても、その過程において生命身体に危険が生じるような事故の発生が客観的に予測される場合にのみこれを未然に防止すべき注意義務が課せられる。したがって、当該部活動、当該学校の部活動一般の雰囲気、過去の同種事例の発生の有無その他特に事故発生を予測させるような特段の徴表がない限り、現場で直接監視することを含めて、何らかの防止措置をとる義務はない。
そこで、本件事故発生時、山下教諭は本件部室にはいなかったが、格別過失があるとまではいえない。
(3) 山下教諭は、被告甲野、原告両名がプロレス雑誌を見ているなど、プロレスが好きなことは知っていたが、実際にプロレスをしているところを見たことはなかった(両名とも、素行に全く問題はなかった。)。柔道部において、練習に伴う多少の怪我はあったが、練習の前後に部員が怪我をしたことはなかった。柔道部においては、部の方針として、上級生の下級生に対するシゴキ等は厳禁しており、上命下服の風潮もなかった。また、山下教諭は、部員同士でふざけている場合等はすぐに注意指導を行っていた。
山下教諭は厳しい指導をしていたこと、山下教諭が部員がプロレス技を掛けているところを注意したことはないこと、原告はプロレス技を掛けられることをやめて欲しいと思っていたが、そのことを山下教諭、家族、友人に話したことはないこと等の事情においては、正規の練習以外で部員同士がプロレス技を掛けること、それにより危険が発生することを予見させるような事情は認められず、山下教諭、高校において、本件事故が発生することを予見することは不可能であった。
3 損害
(原告の主張)
(1) 後遺症による逸失利益
一億三六八三万三〇二一円
原告は、本件事故により、頸髄損傷による四肢完全麻痺のため後遺障害等級第一級の後遺症を残し、労働能力を一〇〇パーセント喪失した。
そこで、賃金センサス平成八年版男子労働者平均賃金年額五六七万一六〇〇円を基準に、六七歳までの年数に対応する新ホフマン係数24.126により中間利息を控除すると、原告の後遺症による逸失利益は一億三六八三万三〇二一円となる。
(計算式)
567万1600(円)×24.126×100パーセント=1億3683万3021(円)
(2) 慰謝料 三〇〇〇万円
原告は、頸髄損傷による四肢完全麻痺のため、後遺障害等級第一級の後遺症を残し、生涯車椅子生活を余儀なくされた。原告の後遺障害慰謝料としては、三〇〇〇万円が相当である。
(3) 付添費用
五八八〇万五〇〇四円
原告は、四肢完全麻痺のため、生涯車椅子を強いられ、学校への通学をはじめ、常時介護を要する。そこで、生涯(平均余命58.11)、少なくとも一日当たり六〇〇〇円の付添費用が必要である。そこで、平均余命に対応する新ホフマン係数26.8516により中間利息を控除すると、付添費用は五八八〇万五〇〇四円となる。
(計算式)
6000(円)×365×26.8516=5880万5004(円)
(4) 弁護士費用 一〇〇〇万円
原告は、被告らが任意に損害賠償金を支払わないため、原告訴訟代理人らに本訴の提起追行を委任し、その費用及び報酬として東京弁護士会報酬規定のとおり報酬を支払うことを約したが、そのうち一〇〇〇万円は被告らが負担すべきである。
(5) 合計
二億三五六三万八〇二五円
(被告甲野及び被告学園の主張)
争う。
(参加人三井の主張)
争う。
なお、現在、行政政策及び企業の社会的責任の高揚により、障害者の雇傭割合が増加しているのは顕著な事実である。
さらに、原告は、休学はしたものの、高校を卒業し、推薦入学で大学に進学し、独力で通学し、ノートパソコンの利用も可能であり、海外における生活、就業を希望している。
そこで、社会及び原告の状況からすると、今後原告が仕事に就き、収入を得られる蓋然性は高い。今後パソコンを活用した職域が増加していくことが明らかであることからすると、原告には少なくとも三〇パーセントの労働能力が残存しているというべきである。
第五 争点に対する判断
1 被告甲野の責任について
(1) 本件事故について
甲一、甲二の1ないし6、甲三、乙一及び二、乙三の1ないし13、乙四の1及び2、証人山下秋生の証言(供述書〔乙二〕を含む。以下同)、原告(陳述書〔甲三〕を含む。以下同)、被告甲野太郎、被告学園代表者黒土創(供述書〔乙一〕を含む。以下同)各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。
ア 本件事故当日は、高校の二学期中間テストの二日目であった。高校では、通常、定期試験中は部活動は中止されるが、大会が近い等の事情で当該部から申請し、特別の練習許可を受ければ練習を実施することが可能であり、柔道部は、平成八年一〇月末の横浜地区大会に備えて一時間三〇分の練習許可を受けていた。
本件部室に集合した部員は、整列、礼により練習が開始する(キャプテンが練習メニューを山下教諭に聞きに行き、戻って来た後に、正面に礼をしてから練習を開始していた。練習を終える際には、体操をした後、整列し、山下教諭や正面に礼をするのが常であった。本件事故当日は、山下教諭が午前一一時一五分ころ本件部室に行き、午前一一時四五分から練習を始める旨指示した。)前、一年生は掃除や着替えをしているが、二、三年生部員は着替えや雑談をすることが多く、掃除は、一年生部員全員で本件部室の畳の掃き掃除及び拭き掃除を行った後、一週間ごとローテーションで、ゴミを捨てるグループ、下駄箱を片付けるグループ及び雑巾を洗いに行くグループに分かれてゴミ捨て等の作業をしていた。練習が始まる前に一年生部員が本件部室の掃除をすることは柔道部における長年の慣行であり、山下教諭は、毎年度の初めにこの慣行について部員に説明し、従前、掃除をしないで練習を始めることはなかった。
イ 原告は、本件事故当時、しゃがんで本件掃除をしていたが、雑巾がけに意識を集中しており、プロレス技を掛けられて投げられるとは意識していなかった。被告甲野は、かつて、原告に対してパワーボムを一〇回以上掛けたことがあったが、原告が技がかからないように耐えたり、受身をとったことによって怪我をすることもなく、また、高校入学後から柔道を始めた原告の柔道の技量は、被告甲野から上級生程ではないものの、受身が完全にできるため、受身をとることによってプロレスの技に対処することができると思っていた(被告甲野自身はプロレス技に対して柔道の受身をとることで対処することができていたが、原告が被告甲野にパワーボムを掛けたことはなかった。)。しかし、プロレスごっこは、突然技を掛けることも多く、見ていた他の部員から、危険だからやめるように言われたこともあり、被告甲野も、プロレス技を掛けることが危険で、大きな怪我につながりかねないことは理解していたので、本気で技を仕掛けることはないようにしていた。なお、原告は柔道の七〇キロ級、被告甲野は九五キロ級であり、身長も被告甲野の方が高かった。
被告甲野は、しゃがんで本件掃除をしていた原告の前に立ち、原告に対し、プロレスのビデオを貸して欲しいなどと話し掛けた(原告は応答しなかった。)後、本件掃除を継続してしゃがんでいた原告に近づいてパワーボムを掛けようとし、予告することなく、突然原告を持ち上げたが、原告が技が掛からないようにして耐えたため、途中までしか持ち上げることができず、一度原告を下ろしてもう一度掛けようとしたところ、更に原告が技が掛からないように耐えたため、原告が嫌がっているとは感じ、強引に力ずくで原告を投げようとした。その際、被告甲野は、バランスを崩し、膝が折れて斜め前に前のめりに倒れ、原告の上に乗りかかってしまい、原告の頭が持ち上がった状態で落下したように見えた(落ちた瞬間の原告の頭の状態については、正確には見ていなかった。)が、そのまま原告がうつ伏せに倒れているのを見て、原告を仰向けに返した。本件事故を直接見ていた者はいなかった。
原告は、本件事故直後、体に力が入らず、体が重々しく感じられて動かなくなり、被告甲野に仰向けに寝かせてもらい、少し様子を見ていたが、二、三分たっても体が動かなかったので、保健の先生を呼ぶように依頼した。山下教諭は、生徒から原告が倒れているとの連絡を受けて、他の体育教員と共に本件部室に駆けつけると、原告は畳の中央で仰向けに寝ていた。連絡を受けて、本件部室には、高校の保健の担当、事務長、黒土創校長(以下「黒土校長」という。)が駆けつけ、救急車を呼び、原告は救急車により搬送されたが、その途中に気を失った。
ウ 原告は平成一一年五月一八日、症状固定と診断されたが、神奈川リハビリテーション病院林輝明医師の診断は、頸髄損傷による完全四肢麻痺(病名)のために体幹と両上下肢は廃用、神経因性膀胱を伴う、車椅子と介助を要し、回復しない、脊髄による麻痺の障害は回復せず、症状は固定している、一生涯医療を要するというものであった。
(2) 以上の事実認定によれば、被告甲野は、拭き掃除をしていた原告に対し、突然プロレスの技であるパワーボムを掛けようと持ち上げ、自身のバランスを崩して原告の頭を本件部室の畳に落下させて傷害を負わせたのであるから、この被告甲野の行為は原告に対する不法行為である。
なお、この点について、被告甲野は、本件事故は、親しい友人同士のふざけ合い、遊戯行為における偶発的な事故であり、違法性がないと主張する。そして、原告及び被告甲野各本人尋問の結果によれば、本件事故当時、柔道部では、部員の中にプロレス関係の雑誌を読むなど、プロレスに興味を持つ者がおり、練習時間の前後に、複数の部員による遊びとしてのプロレスごっこが、本件事故が発生する前年の二学期ころから本件事故当時までほぼ毎日のように行われ、この遊びは、一方がプロレスの真似をして相手に技を掛け、相手は怪我をしないように受身をとったり、技を掛けられないように技で避けたり、耐えたり、技を掛け返したりするもので、態様は様々であったこと、部員のうち、プロレスごっこをしていたのは主に三人(被告甲野、二年生部員永井、原告)であり、時々する部員が約二名いたこと、プロレスごっこを主にしていた三人のうち、上級生である被告甲野、永井が技を掛け、下級生である原告が技を掛けられることが多かったこと、一年生部員約一〇名は、プロレス技を掛けられたことがあり、掛けられる技は、パワーボムやブレーンバスター(パワーボムが相手を抱え上げて下に落とすのに対し、相手を抱え上げて後ろに反り投げる技。)であったこと、原告は、高校入学後、六、七月ころからプロレスごっこに加わるようになり、被告甲野は、高校第一学年の二学期ころから柔道部でプロレスごっこを始めたこと、原告と被告甲野は、プロレスが好きだったことから親しくなり、日常、プロレス雑誌等の話や、スポーツ新聞に出ているプロレスの話をすることがあったこと、被告甲野と原告とは、プロレスごっこをほぼ毎日のように頻繁にしていたこと(原告は、プロレスごっこは危険ではないかと感じ、痛いからやめて下さいと断ったことがあったが断りきれず、プロレスごっこが嫌であることを、山下教諭、家族、友人等に話をしたこともなかった。)が認められる。
しかし、柔道部員として格技で鍛えており、プロレスごっこで遊び慣れていたとはいえ、プロレス競技に対応する専門的な訓練などを経験しておらず、しゃがんで拭き掃除をしていた原告に対し、腹を抱えて前から持ち上げて回転させる投げ技(パワーボム)を、事前の承諾や予告なく掛けようとして原告を突然持ち上げ、原告が技が掛からないようにして耐えたため、途中までしか持ち上げることができず、一度下ろしてもう一度掛けようとして落下させ、その際、被告甲野は、バランスを崩し、膝が折れて斜め前に前のめりに倒れ、原告の上に乗りかかってしまたという、生命・身体に対する危険性が高いプロレス技を掛けようとし、かつ掛け損なって失敗した結果、本件事故が発生したのであるから、たとえ、被告甲野の認識としては、ふざけ合い、遊戯行為であったとしても、ふざけ合い、遊戯行為であるから違法性がないとは到底いえない。
したがって、被告甲野のこの主張は認められない。
2 被告学園の責任について
(1) 甲一、甲二の1ないし6、甲三、乙一及び二、乙三の1ないし13、乙四の1及び2、証人山下秋生の証言、原告、被告甲野太郎、被告学園代表者黒土創各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。
ア 被告学園の高校では、学校として一般的に運動部を奨励する以上、生徒の安全を確保する目的で、施設、設備に気を配り、様々なケースを想定して安全を確保するように心がけ、黒土校長は、運動部の安全施設、設備に気を配り、教員に対しては、指導者としての自覚と事故防止に対する目配り等について、一年に三回行われる職員会議、顧問会議等において繰り返し注意していたが、具体的な指針、ガイドラインなどについてのいわゆるマニュアルを作成してはいなかった。
高校では、部活動の責任者として専任教諭を担当させ、各部は各顧問の指導監督に基づいて部活動を行っていた。部活動が行われている時間帯は、顧問が原則として指導監督することとなっていたが、正規の部活動の時間帯以外は、顧問はいないことの方が多く、休憩時間の生徒の活動については、各部活動において格別問題がある場合を除いて、学校側が指示、監督することはなかった(部活動が終わった後、帰宅せずにいた場合には、一般の職員でも、帰宅を促す指示をすることはあった。)。部活動中の事故として軽微な負傷はあったが、本件事故のような重大な事態の発生は初めてであった。
高校柔道部は、創立三七年であり、平成八年度当時、第一学年一二名、第二学年八名、第三学年四名が在籍し、日曜日を除き、毎日放課後部活動として二、三時間、本件部室において、山下教諭の監督下で練習していた。通常の練習メニューは、①準備体操及び柔軟体操、②回転各種、③受身、④足技等技術的練習、⑤打込み練習、⑥乱取り、寝技の基本練習から乱取り、⑧整理体操であった。
柔道は格技なので、捻挫などの怪我が起こりやすい部ではあるが、山下教諭が柔道部を担当した約一五年間において、入院するような怪我は年に一回あるかないか程度であり、本件事故と同様の事故は起きたことはなかった。
イ 本件部室は、安全面に対する配慮として、柱や壁に厚いマットを巻いて怪我がないように設備され、柔道部の活動、山下教諭が担当する柔道の授業にのみ使用され、授業、部活動以外に他の生徒などが本件部室内を勝手に使用することはなかった。本件部室は、陸上競技場の一階の南側から入った右の一つ目の仕切りになった部屋で、仕切りの横に通路があり、通路側の柔道部の壁には窓があるが、目の高さよりも高い位置にあるため、通路からは、狭い入口のドアを開けて入ってから中を覗かないと、練習等の様子を見ることはできなかった。北側の窓の下側部分は布が貼ってあり、すりガラス状で、窓を開けない限り外から本件部室内を見ることはできなかった。通路側(南側)には、高い位置にしか窓がないため、ドアから入って中を覗かないと、本件部室の中を見ることはできなかった。
山下教諭は、職員室から、窓を通じて、本件部室の中を一部見ることができるので、一週間に一回程度、部員がきちんと集まっているか、早く帰っているかを確認するため、練習の前後に職員室から本件部室を覗くことがあり、練習開始の際にはいたりいなかったりしたが、日常の練習の際にはいないことのほうが多かった。
山下教諭の指導は、運動部の顧問として、毎日のように手取り足取り教えるというよりは、時々、新しい技や大事なところで指示をする以外は、練習を近くで監視していることが多かったが、指導は厳しく、危険に対しては注意を払い、乱取り練習時などでも、見ていて危険なものがあれば随時注意し、特に、自らの経験から、背負い投げ、内股がけ等の投げ技や、畳に手をついたり、頭を突っ込むことは、危険を伴うとしてよく注意し、ふざけて寝技の練習をする者など練習中にふざけている者を見掛けた際には厳しく注意、指導していた。そして、山下教諭は、柔道部員の中に、プロレス関係の雑誌を読むなど、プロレスに興味を持つ者がいること、練習の前後や本件部室の掃除の際など、山下教諭不在のときに、柔道部員がふざけて格技の技を掛け合うことがあったりすることについては、見かけて注意をしたことがあったことから、ある程度気付いていたが、複数の部員によるプロレスごっこが、本件事故が発生する前年の二学期ころから本件事故当時までほぼ毎日のように行われていたことについては認識をしていなかった(部員やその他の生徒らから、本件部室内でのプロレスごっこについて報告を受けたことはなかった。)こともあって、部員に対してその危険性について指摘したり、一律に厳しくこれを禁止するなどの措置をとったことはなかった(掃除の際に部員がふざけて問題が生じると考えたことはなかった。)。山下教諭からみれば、仮に知っていれば、危険なこととして厳重に注意し、禁止したはずの性質のものであった。
被告甲野は、山下教諭の前でプロレスごっこをしたことはなかった(プロレスごっこをしているところを見つかったら黙って見逃さずに叱られるとは感じていた。)。
なお、高校において、部活動におけるしごきやいじめが問題となったことはなく、柔道部の先輩と後輩の関係について山下教諭が指導や注意をしたことや、そのようなことが違法性を有する態様で行われていたことを認めるに足る証拠はない。
ウ 柔道部の練習は、通常は午後三時四〇分から始まり、部員は三時一〇分ころに本件部室に集合していたが、本件事故当日は試験中であったので、山下教諭は、一時間三〇分の練習許可を受け、午後一時前には練習を終える予定で午前八時ころ登校し、ホームルーム終了後、職員室にしばらくいた後、本件部室から約二〇メートル離れた体育教官室(体育準備室)で待機していたが、午前一一時一五分ころ、通常この時間帯になると部員が何人か集まってくることはわかっていたので、本件部室に行き、体調の悪い者、学業不振の者は図書室に行って自習することを命じ、正規の練習は午前一一時四五分から始まる旨を伝えた後、体育教官室に戻り、柔道着に着替える等の準備をした。
柔道部員は、本件事故当日、午前九時から始まる学科試験がクラスによって終了する時間がまちまちであった(一時間目が終わるのが午前九時五〇分、二時間目が終わるのが同一〇時五五分であった。)が、試験が終了した後に三々五々本件部室に集合し、一年生部員は、整列、礼により練習が開始する前に、従前の慣行であり、山下教諭の年度初めの指示でもあった、本件部室の掃除をし、二、三年生部員は着替えや雑談などをして本件部室にいた。
そして、本件事故が発生した。
(2) 被告学園の高校の管理者である校長や部活動の顧問教諭は、教育活動の一環として行われる部活動(格技である柔道部)に参加する原告に対し、安全を図り、特に、心身に影響する何らかの事故発生の危険性を具体的に予見することが可能であるような場合には、事故の発生を未然に防止するために監視、指導を強化する等の適切な措置を講じるべき安全保護義務がある。そして、柔道部における部活動は、その性質上、格技である柔道を修得しようとして柔道部に所属する部員が、畳、マット等により、格技修得のための設備が整っている本件部室に集合し、格技の練習を行うのであるから、指定された練習時間の前後の時間帯に、慣行として顧問の教諭の指示によって行われることになっている本件部室及び格技修得のための設備の清掃(本件清掃)等の行為もここにいう部活動に含まれるというべきである。
これを本件についてみると、前記認定によれば、格技を練習、修得する高校の柔道部において、格技の専門家である山下教諭自身が危険であるから禁止すべきであると認識するプロレスごっこをして様々なプロレスの技(パワーボムやブレーンバスター)を掛けあうことが、本件事故が発生する前年の二学期ころから、複数の柔道部員によって練習時間の前後に行われ、本件事故当時もほぼ毎日のように行われていたのであるから、このような柔道部における部活動の状態は、柔道部員の心身に影響する何らかの事故発生の危険性を具体的に予見することが可能な場合に当たり、被告学園及び山下教諭としては、本件事故の発生を未然に防止するために監視、指導を強化する等の適切な措置を講じるべき義務があったというべきである。
そして、それにもかかわらず、被告学園及び山下教諭は、プロレスごっこが練習時間の前後の時間帯(前記のとおり部活動の一部と認められる。)に前記のとおりの態様で行われていた実態を認識、把握せず、柔道部員に対し、練習時間帯の前後にプロレス技などの格技の技をふざけて掛ける行為の危険性について指摘し、一律に厳しくこれを禁止したり、見回りを強化するなどの対策を講じる措置を取ったことはなかったのであるから、これらの点について、被告学園には、原告に対する安全保護義務違反があったというべきである。
なお、部活動において、本来生徒の自主性を尊重すべきものであることはもとよりであるが、高校生が一般的に有する判断能力を前提として、なお事故発生の危険性が認められる場合には、生徒らの自主的判断にすべて委ねるのではなく、生徒の自主的な活動に内在する危険性について、生徒自身の判断能力の不十分さに配慮した教育上必要とされる指導監督を行うべきであって、前記のとおりの本件事故の発生の経緯、態様等に照らすと、本件事故は、生徒の自主的判断を全面的に信頼し、尊重するのみでは防止できなかったことが明らかであるから、生徒、柔道部員の自主性の尊重という観点は、上記判断を左右するものではない。
3 損害について
(1) 後遺症による逸失利益
一億〇二五二万五五一三円
前記認定のとおり、原告には、本件事故により、頸髄損傷、四肢麻痺のために体幹と両上下肢廃用、神経因性膀胱を伴い、車椅子と介助を要し、一生涯の医療を必要とする後遺症が残存している。原告の後遺障害は、後遺障害等級第一級に相当し、労働能力を一〇〇パーセント喪失したことが認められる。
そこで、原告の後遺障害による逸失利益は、本件事故がなければ、一九歳から六七歳までは稼働することができたというべきであるから、賃金センサス平成八年男子労働者平均賃金年額五六七万一六〇〇円を基準に、六七歳までの年数(四八年)に対応するライプニッツ係数18.077により中間利息を控除すると、一億〇二五二万五五一三円となる。
なお、参加人三井の主張については、原告の大学卒業後自ら希望する海外居住、就業の上生活することの可能性について、軽々に希望的観測をしたり、これらの点を根拠に原告の労働能力がなお三〇パーセント残存していると認めるに足る証拠はないから採用できない。
(計算式)
567万1600(円)×18.077×1.0=1億0252万5513(円)
(2) 慰謝料 二六〇〇万円(被告学園の負担額は後記のとおり)
前記のとおり、原告には重度の後遺障害(後遺障害等級第一級相当)が認められる。
そこで、原告の後遺障害慰謝料は、二六〇〇万円と認めるのが相当である。
しかし他方、山下教諭は、柔道部顧問として、部員の危険な行動については、発見する度に厳しく指導しており、熱心な教育者といえること、本件事故は、部活動の時間とはいえ、通常は顧問の教諭が監視していない部室の掃除の時間に、生徒が教諭に隠れて、自らも危険性について認識していた遊びであるプロレスごっこをしたことによって発生したものであって(原告は、プロレスごっこは危険ではないかと感じ、断ったことがあったが断りきれず、プロレスごっこが嫌であることを、山下教諭、家族、友人等に話をしたこともなく継続していた。)、いかに心身の発達が未成熟な高校生であっても、その危険性について認識していたプロレスごっこを、教育熱心な教諭に隠れてしたことによって発生した本件事故の結果についての責任を被告学園に帰するについては上記の点を考慮するべきであると考えられること等を勘案すると、被告学園は二六〇〇万円のうち一五〇〇万円を限度として負担すべきである。
(3) 付添費用
四一二一万四七〇五円
前記認定のとおり、原告は四肢完全麻痺のため、生涯車椅子による生活を強いられ、常時介護を要する。そこで、平均余命五八年の間、一日当たり六〇〇〇円の付添費用が必要であると認められる。そうすると、付添費用相当損害について、一日当たり六〇〇〇円として、五八年間に対応するライプニッツ係数18.8195により中間利息を控除すると、四一二一万四七〇五円となる。
(計算式)
6000(円)×365×18.8195=4121万4705円
(4) 上記(1)ないし(3)の小計
一億六九七四万〇二一八円
(5) 損害の填補 二八三〇万円
原告が、本件事故について、日本体育・学校健康センターより、障害見舞金として二八三〇万円の給付を受けたことは、当事者間に争いがない。そこで、(4)の小計額より、二八三〇万円を控除すると、一億四一四四万〇二一八円となる。
(6) 弁護士費用 一〇〇〇万円
本件訴訟の難易度、認容額、審理の経過等の事情に照らすと、本件事故と相当因果関係にある弁護士費用相当の損害額は、一〇〇〇万円と認めるのが相当である。そこで、原告の損害の合計額は、一億五一四四万〇二一八円となる。
第六 結論
以上によれば、原告の請求は、被告らに対して、連帯して一億四〇四四万〇二一八円及び被告甲野は平成一一年八月一八日から、被告学園は平成一一年六月一八日から、各支払済みまで年五分の遅延損害金の、被告甲野に対して、損害の総額一億五一四四万〇二一八円から一億四〇四四万〇二一八円を控除した残額である一一〇〇万円及びこれに対する平成一一年八月一八日から支払済みまで年五分の遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるからこれを認容する。
(裁判長裁判官・池田亮一、裁判官・梶智紀、裁判官・荒井章光)