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横浜地方裁判所 平成11年(ワ)2631号 判決 2003年5月13日

原告

甲野太郎

同訴訟代理人弁護士

鴨田哲郎

久保田昭夫

棗一郎

被告

社団法人綾瀬市シルバー人材センター

同代表者理事

乙山次郎

同訴訟代理人弁護士

柴﨑晃一

主文

1  被告は,原告に対し,1620万8894円及びこれに対する平成9年11月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを5分し,その3を原告の,その余を被告の,各負担とする。

4  この判決は,原告の勝訴部分につき,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1  請求

被告は,原告に対し,3858万7835円及びこれに対する平成9年11月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

本件は,原告が,綾瀬市さわやか事業団(以下「事業団」という。)による就業の機会の提供に応じて有限会社丙工業所(以下「丙工業所」という。)において就業中,身体に傷害を負ったことに関し,被告が事業団の地位を承継したと主張して,被告に対し,主位的に債務不履行,予備的に不法行為に基づき,損害賠償を求めた事案である。

1  争いのない事実等

(1)  事業団は,下記の条項を含む規約(綾瀬市さわやか事業団規約)に基づいて,平成7年6月2日設立された権利能力なき社団である(甲41,丙3,弁論の全趣旨)。

(名称)

1条 この事業団は,綾瀬市さわやか事業団という。

(事務所)

2条 事業団の事務所は,神奈川県綾瀬市深谷<番地略>に置く。

(目的)

3条 事業団は,健康で働く意欲を持つ高齢者(60歳以上の者をいう。)の希望に応じた臨時的かつ短期的な就業の機会を確保し,及びこれらの者に対して組織的に提供することにより,高齢者の生きがいの充実と社会参加の促進を図るとともに,その経験と能力を生かした活力ある地域社会づくりに寄与することを目的とする。

(事業)

4条 事業団は,前条の目的を達成するため,次の事業を行う。

(1) 臨時的かつ短期的な就業(雇用によるものを除く。)を希望する高齢者のための当該就業機会の確保及び提供

(2)  高齢者の臨時的かつ短期的な就業に必要な知識及び技能の付与を目的とした講習

(3)  その他目的達成のために必要な事業

(会員)

5条 事業団の会員は,綾瀬市に居住し,60歳以上の健康でかつ働く意欲のある者で,事業団の目的に賛同する者とする。

(2)  原告は,綾瀬市内に居住する昭和8年12月5日生の男子で,事業団の設立と同時にその会員となった者である。

(3)  丙工業所は,自動車部品等の加工を目的とする有限会社である。

(4)ア  原告は,事業団による就業の機会の提供に応じ,平成7年10月8日から丙工業所の工場内の作業に従事した。

イ 原告は,同年11月29日,同工場1階に設置されたプレスブレーキ(メーカー株式会社小松製作所,機種P75×2000,重量4.5トン,通称ベンダー。以下「本件プレスブレーキ」という。)を操作して鉄板の曲げ加工の作業に従事中,テーブル奥のストッパーの下側に入った鉄板の左側部分を正しい位置に引き戻そうとして左手をテーブル奥に入れたところ,左手をテーブル奥に差し込んだ状態のまま,誤ってフットスイッチを踏み込んだため,ラム(下降して鉄板に圧力を加えて作用する鋭利な刃物状の金属部分)がテーブルに下降し,これによって左手の示指,中指,環指及び小指の4指をその基節骨基部から切断する傷害を負った。

ウ 原告は,同日北里大学病院形成外科に入院し,本件事故による負傷部分の再接着手術を受けたところ,平成9年4月15日身体障害者福祉法別表4に該当する障害を残して症状固定となった(甲3ないし5,10,乙1,乙2の1,2,乙6)。

(5)  被告は,平成10年10月1日神奈川県知事から民法34条所定の設立許可を受けるとともに,同日高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(ただし,平成11年法律第160号による改正前のもの。以下「高年齢者雇用安定法」という。)46条1項所定のシルバー人材センターの指定を受けて,同日設立された社団法人であるが,同年9月11日設立総会を開催し,事業団を発展的に解散し被告に移行すること及び事業団の残余財産を被告に移管することを決議した(甲47,弁論の全趣旨。なお,事業団及び被告における高齢者とは上記(1)のとおり60歳以上の者と定義されているのに対し,高年齢者雇用安定法における高年齢者とは55歳以上の者と定義されている(同法2条1項,同法施行規則1条)。)。

2  争点

(1)  被告の責任原因

(2)  原告の損害

3  当事者の主張の骨子

(1)  争点(1)(被告の責任原因)について

(原告)

ア 事業団の会員に対する関係は,就業の機会を提供する場面では,労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律(以下「労働者派遣法」という。)上の派遣労働における派遣会社の登録型派遣労働者に対する関係と同様であり,準委任契約又は準委任契約類似の無名契約関係にある。

請負契約は,請負人が注文に基づきある仕事を完成し,注文主がそれに対して報酬を支払うことを本質とするところ,事業団は,会員に対し,仕事の内容を特定せずに注文し,かつ,完成した仕事量とは全く無関係に時間を単位として報酬を支払っていたから,事業団の会員に対する関係が請負契約類似の関係にあるということはできない。

イ(ア) 会員が,事業団から仕事の遂行を受任した場合,就業先との間に労働契約関係を形成せず,労働関係法規の保護を受けないこと,会員が,その体力,注意力,適応性等において若年労働者とは異なる60歳以上の高齢者であることなどからすると,事業団は,委任者の注意義務として,会員に対し,適正かつ安全な就業の機会を提供する義務を負っている。

(イ) ところで,事業団の目的,組織,運営方法と被告のそれとがほとんど同一であること,被告の設立総会において,事業団は,発展的に解散し被告に移行すること及び事業団の残余財産を被告に移管することが決議されたことなどからすると,事業団は,条件が整備され次第被告に移行することを前提として設立されたいわば「設立中の会社」といえる。そうすると,事業団の会員に対する上記義務の具体的内容を措定するに当たっては,被告の会員に対する義務を検討する必要がある。

被告は,高年齢者雇用安定法46条1項に基づき,神奈川県知事からシルバー人材センターの指定を受けた社団法人であるから,高年齢者雇用安定法及び労働省が同法を具体化すべく策定した通達を遵守する行政上の義務を負っているところ,高年齢者雇用安定法47条1号には,シルバー人材センターが,雇用によるものを除く臨時的かつ短期的な就業に限って,その就業の機会を確保し,組織的に提供する旨規定されており,昭和55年職発第217号労働省職業安定局長通達「高年齢者労働能力活用事業の実施について」(以下「217号通達」という。)等には,シルバー人材センターが,① 当該地において一般的に常用雇用,日雇,パートタイム,家内労働等により労働者等が雇用され又は就業している仕事で,本事業で取り扱うことにより,これら労働者等の雇用又は就業の場を侵蝕したり,労働条件等の低下を引き起こすおそれのある仕事,② 当該仕事について事故が発生した場合,シルバー人材センターの損害賠償額が多額となることが見込まれる仕事,③ 危険又は有害な作業を内容とする仕事,④ その他この事業の目的にふさわしくない仕事を取り扱ってはならない旨記載されている。

被告が負うこれらの行政上の義務は,高年齢者雇用安定法に基づく内在的制約であるから,会員との契約においても遵守されるべきである。すなわち,被告は,会員に対し,① 会員に提供する就業が,高年齢者雇用安定法に規定されている就業に該当し,かつ,217号通達等により取扱いを禁止されている仕事に当たらないことを就業先に赴くなどして確認し,場合により,特定の仕事の遂行又は契約の申込みに対する承諾を拒否する義務を負い,② 就業先に,事業団の仕組みや就業の意義と制限を完全に知らせる義務を負うとともに,③ 会員に就業の機会を提供した後も,当該就業が高年齢者雇用安定法に規定されている就業に該当し,かつ,217号通達等により取扱いを禁止されている仕事に当たらないことを就業先を巡回するなどして確認し,場合により,特定の仕事の遂行を禁止し又は契約自体を解除するという義務(安全確認義務)を負っている。

(ウ) 以上によれば,事業団は,準委任契約又は準委任契約類似の無名契約に基づく委任者の注意義務として,原告に対し,適正かつ安全な就業の機会を提供する義務を負い,具体的には,① 丙工業所における就業が,高年齢者雇用安定法に規定されている就業に該当し,かつ,217号通達等により取扱いを禁止されている仕事に当たらないことを丙工業所の工場に赴くなどして確認し,場合により,特定の仕事の遂行又は契約の申込みに対する承諾を拒否する義務を負い,② 丙工業所に,事業団の仕組みや就業の意義と制限を完全に知らせる義務を負うとともに,③ 原告に丙工業所における就業の機会を提供した後も,当該就業が,高年齢者雇用安定法に規定されている就業に該当し,かつ,217号通達等により取扱いを禁止されている仕事に当たらないことを丙工業所の工場を巡回するなどして確認し,場合により,特定の仕事の遂行を禁止し又は契約自体を解除する義務(安全確認義務)を負っていることになる。

(エ) なお,被告は,当該就業が危険かつ有害な作業を内容とするか否かは会員自身の判断に委ねられるべき事項であるから,事業団が,当該就業が危険かつ有害な作業を内容とする仕事に当たるかどうかを確認して適切な措置を講じる義務を負うとするのは妥当でない旨主張するが,原告は,事業団が就業先との間で契約を締結する際の注意義務を問擬しているのであって,会員が事業団から提供された就業の機会に関し許否の自由を有することとは何ら関係がない。

ウ(ア) 事業団の事務局職員A(以下「A」という。)は,平成8年10月4日,丙工業所に赴いた際,丙工業所の取締役B(以下「B社長」という。)から,それまでの人材供給源や臨時的かつ短期的な仕事であるかどうかを聴取し,当該就業が雇用によるものを除く臨時的かつ短期的な就業に該当するかどうかを確認して適切な措置を講ずべきであったにもかかわらず,確認することなく契約の申込みを承諾した。

また,Aは,その際,B社長から,会員には機械作業を含む工場内の全作業に従事してもらう旨の説明を受けたのであるから,当該就業が危険な作業を内容とする仕事に当たるとして契約の申込みを拒否すべきであったにもかかわらず,契約の申込みを承諾した。仮に,Aが,B社長から,そのような説明を受けなかったとしても,丙工業所における作業内容を聴取し,当該就業が危険な作業を内容とする仕事に当たるかどうかを確認して適切な措置を講ずべきであったにもかかわらず,確認することなく契約の申込みを承諾した。なお,原告は,同日,丙工業所に赴いておらず,B社長から機械作業を含む仕事内容について説明を受けた上で就業を承諾したことはなかった。

(イ) 次に,Aは,丙工業所に,事業団の仕組みや就業の意義と制限を説明しないどころか,会員が事故に遭った場合,事業団が保険手続をすべて行うなどの虚偽の説明をした。

(ウ) 丙工業所は,職業安定所を通じて雇用した者が退職したために,その者に従事させていた仕事の遂行を事業団に依頼した上,会員に対しパート労働者の初任給と同一額の時間給を支払ったこと,工場長C(以下「C工場長」という。)が,従業員に対するのと同様に,会員に対し作業の指示を与えたこと,会員の中には,休日出勤をしたり,丙工業所から解雇された者もいたことなどを総合考慮すれば,丙工業所と会員とは実質的には雇用契約関係を有していたといえる。事業団は,原告に丙工業所における就業の機会を提供した後も,丙工業所の工場を巡回し,このような事実を確認して適切な措置を講ずべきであった。それにもかかわらず,Aは,就業を希望する会員に仕事内容を見せるために工場を訪問しただけであって,工場を巡回し,事実を確認して適切な措置を講じなかった。

さらに,Aは,たまたま,原告が,事故が発生した場合の損害賠償額が多額となることが見込まれ,かつ,危険な作業を内容とする仕事に従事しているのを目撃したのであるから,当該仕事の遂行を禁止したり,丙工業所との契約を解除すべきであったにもかかわらず,そのような措置を講じなかった。なお,原告は,丙工業所に赴いたAに対し,従業員が休んでいるから機械作業に従事しているなどと述べたことはない。

(エ) 被告は,事業団の義務違反と本件事故との間の因果関係を否定するが,① 事業団が,丙工業所から契約の申込みを受けた際,仕事内容を確認していれば,契約が締結されることはなく,② 事業団が,丙工業所に対し,事業団の仕組み等を説明していれば,丙工業所が申込みを撤回したことは明らかであり,③ 事業団が,原告が就業した後に仕事内容を確認し適切な措置を講じていれば,本件事故は発生しなかったといえるから,事業団の義務違反と本件事故との間には相当因果関係がある。

エ よって,事業団は,債務不履行に基づく損害賠償責任を負う。仮に,以上のような契約関係による債務不履行責任が認められないとすれば,原告は,予備的に,同旨の注意義務違反に基づく不法行為責任を主張する。

そして,上記イ(イ)記載のとおり,事業団は,条件が整備され次第被告に移行することを前提として設立された「設立中の会社」であるから,被告は,事業団が負う損害賠償責任を承継している。

(被告)

ア 主位的主張

(ア) 事業団の会員に対する関係が準委任契約又は準委任契約類似の無名契約関係にあるとの主張は争う。労働者派遣とは,自己の雇用する労働者を,当該雇用関係の下に,かつ,他人の指揮命令を受けて,当該他人のために労働に従事させることをいうところ(労働者派遣法2条1号),会員は,事業団の構成員ではあっても事業団の雇用する労働者ではないから,登録型派遣労働者とは異なる。

事業団の会員に対する関係は,非雇用型の三者間労務供給契約ともいうべき下請負契約又は再委託契約類似の関係にある。

(イ) 事業団又は被告が原告主張の安全確認義務を負う旨定めた法令はない。原告は,217号通達等を根拠に,被告ひいては事業団の安全確認義務を主張するが,217号通達等は,労働省職業安定局長が,各都道府県知事にあてて発令した行政機関内部の指針,理念であるから,被告の会員との契約における義務を導く根拠になり得ない。仮に,被告が公益法人であるために217号通達等の規制を受けたとしても,権利能力なき社団である事業団が,法人格を有しかつ国庫補助対象団体である被告と全く同じ立場で通達の規制を受けることはない。

原告主張の安全確認義務は,最高裁昭和50年2月25日第三小法廷判決・民集29巻2号143頁や最高裁昭和59年4月10日第三小法廷判決・民集38巻6号557頁にいう安全配慮義務と同等の厳しい義務であるところ,請負契約において注文主に安全配慮義務が認められるためには,注文主と請負人との間に実質的な使用従属関係が必要とされると考えられる。しかし,事業団は,会員に対し,法的にもその実態においても,使用者のごとき指揮命令権限又はこれに類する権限を設定,行使していないから,事業団と会員との間に実質的な使用従属関係があるということはできず,事業団が安全確認義務を負う理由はない。

さらに,当該就業が危険かつ有害な作業を内容とするか否かは,個別的,相対的なものであり,会員自身の判断に委ねられるべき事項であるから,事業団が,会員の就業の前後にわたって,当該就業が危険かつ有害な作業を内容とする仕事に当たるかどうかを確認して適切な措置を講じる義務を負うとするのは妥当でない。

イ 予備的主張(その1)

仮に,事業団が安全確認義務を負っていたとしても,事業団に義務違反はない。

(ア) Aは,平成8年10月4日ころ,原告外2名の会員と共に丙工業所に赴いた際,B社長から,会員には加工品の整理作業に従事してもらう旨の説明を受け,この作業のみ受託したから,当該就業が危険な作業を内容とする仕事に当たらないとして申込みを承諾したことにつき義務違反はない。仮に,Aが,原告が機械作業に従事することにつき予見することができたとしても,本件事故の発生まで予見することは不可能であったから,申込みを承諾したことにつき義務違反はない。さらに,原告は,同日,B社長から,機械作業を含む仕事内容につき説明を受けた上で就業を承諾したから,事業団が,丙工業所からの申込みを承諾したことにつき義務違反はない。

(イ) 次に,Aは,原告に丙工業所における就業の機会を提供した後,原告から機械作業への従事につき問いただされたことはなかった。Aは,他の会員を連れて丙工業所に赴いた際,原告が機械作業に従事しているのを目撃したが,原告が誤った操作方法や危険な操作方法で仕事をしていなかった上,原告からは従業員が休んでいるからやっている旨言われ,B社長からはその機械には安全装置が付いているから大丈夫である旨言われたため,あくまで臨時的にしかも安全な機械作業に従事していると考えたものである。したがって,事業団が,機械作業の遂行を禁止したり,丙工業所との契約を解除したりしなかったからといって,義務違反はない。

ウ 予備的主張(その2)

仮に,事業団が安全確認義務を負い,かつ,その義務違反が認められたとしても,本件事故は丙工業所の指揮,監督とこれに基づく原告の機械操作の結果発生したものであり,事業団の義務違反と本件事故との間に相当因果関係はない。

(2)  争点(2)(原告の損害)について

(原告)

ア 治療費 474万3470円

原告は,本件負傷に対する治療費として合計474万3470円を要した。

イ 入院雑費 13万7800円

原告は,本件事故に遭った平成8年11月29日から平成9年3月14日まで北里大学病院形成外科において入院加療し,その間の入院雑費として合計13万7800円を要した。

ウ 通院交通費 1万2880円

原告は,北里大学病院を退院後平成9年7月14日までの間に,北里東病院に合計10日間通院したところ,そのうち4日間は片道620円の,6日間は片道660円の交通費を,それぞれ要したから,通院交通費として合計1万2880円を要した。

エ 休業損害 209万7638円

平成9年度賃金センサス大卒男子60歳ないし64歳の年間収入は722万3000円であるところ,原告は,本件事故によって,平成8年11月29日から北里大学病院を退院した平成9年3月14日までの106日間就労することができず,収入を得ることができなかったから,休業損害は,年収722万3000円の106日分に相当する209万7638円となる。

なお,原告は,本件事故により,丙工業所において就業することができなくなっただけでなく,他の仕事もできず収入を得ることができなかったから,丙工業所に週2日間就業して得られた配分金のみを基礎収入とするのは不合理,不公正であり,上記賃金センサスを基礎収入とすべきである。

オ 後遺症による逸失利益 2365万6047円

原告は,本件事故により,労働基準法別表第2の身体障害等級第8級に相当する後遺障害が残存した結果,就労可能な9年間につき労働能力を45パーセント喪失した。よって,後遺症による逸失利益は,年収722万3000円に労働能力喪失率の45パーセントと就労可能年数9年間の新ホフマン係数7.278を乗じて得られた2365万6047円となる。

カ 慰謝料 1200万円

原告は,60歳を過ぎて本件事故に遭遇し恐怖感を味わった上,上記オ記載の後遺障害が残存した結果生涯不自由な生活を強いられること,被告は,本件事故による責任を否定し,無責任かつ不誠実な対応をしていることなどを総合考慮すると,本件における慰謝料は,傷害慰謝料200万円,後遺症慰謝料1000万円の合計1200万円が相当である。

キ 損害の填補

原告は,丙工業所との間で成立した訴訟上の和解により,同会社から慰謝料として500万円を受領した。

ク 弁護士費用 400万円

ケ 過失相殺

(ア) 原告は,就業前に丙工業所に赴いておらず,B社長から,機械作業を含む仕事内容について説明を受けた上で就業を承諾したことはなかった。さらに,原告は,事業団から機械作業への従事を断ってもよいなどの説明を受けておらず,それを断ることができるとは思っていなかった。したがって,丙工業所における就業を承諾した上,事業団に問いただすことなく機械作業に従事したとして原告の過失を問う被告の主張を認めることはできない。

(イ) 原告は,本件プレスブレーキを操作するに先立ち,C工場長から,危険を感じたらフットスイッチの踏込みを止めてラムの下降を止めるようにとの指導を受け,本件事故当日には,各鉄板が密着した場合の対処の方法及び鉄板とラムの密着の防止方法の指導を受けたが,B社長からはもちろんC工場長からも,被告主張のような指導は受けなかった。このことに,原告が,本件事故当時61歳の高齢者であり,かつ,機械の操作について全くの素人であった上,本件事故も,素人ならば犯しがちな不注意により発生させたにすぎないこと,丙工業所において,事故の発生を防止するための様々な安全対策を採り得たことなどの事情を総合考慮すれば,原告にも本件事故を発生させた過失があるとして過失相殺することは著しく不公平である。

コ よって,原告は,被告に対し,主位的に債務不履行,予備的に不法行為に基づき,上記アないしカの合計4264万7835円からキの500万円を控除した3764万7835円の内金3458万7835円にクを加えた3858万7835円及びこれに対する弁済期の後である平成9年11月20日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告)

ア 治療費,入院雑費,通院交通費及び弁護士費用はいずれも不知,休業損害,後遺症による逸失利益及び慰謝料はいずれも争う。

イ 原告は,その年齢,生活状況,事故直前の実績等を総合考慮すれば,賃金センサスの年収を得ることができる蓋然性がなかった。よって,休業損害及び後遺症による逸失利益は,賃金センサスの年収を基礎として算出するのは妥当でなく,原告が本件事故当時現実に得ていた配分金による収入(日額1285円71銭,年収46万9284円)を基礎として算出すべきである。

ウ 過失相殺

(ア) 上記(1)(被告)イ記載の事実は,本件事故における原告の過失を基礎付けるものである。

(イ) B社長及びC工場長は,原告に対し,本件プレスブレーキを操作するに当たり,① 鉄板をテーブルに設置する際,足をフットスイッチに乗せてはならず,一工程ごとに足をフットスイッチカバーから完全に出すこと,② いかなる場合にも手や体をテーブルとラムの間に入れないこと,③ 作業は焦らず確実に行うこと,④ 問題が発生した場合はB社長やC工場長に連絡することを指導した。しかし,原告は,鉄板の左側がテーブルの奥のストッパーの下に入ってしまった際,これらの指導に反し,B社長やC工場長に連絡することなく,これを引き出して正しい位置に設置しようと,左手をテーブルとラムの間に入れた上,右足をフットスイッチに乗せたままであったため,右足に力を入れてラムを下降させてしまい,本件事故を発生させた。

(ウ) よって,本件事故は原告の過失によるところが大きいから,損害額の算定に当たっては,原告の過失を十分斟酌し,大幅に過失相殺すべきである。

エ 原告が日本火災保険株式会社から受領した傷害保険金は,過失相殺後の損害額から控除されるべきである。

第3  当裁判所の判断

1  争点(1)(被告の責任原因)について

(1)  事業団が会員に就業の機会を提供するに当たって負う義務及びその内容

ア 証拠(甲8,19,35,36,39,42,丙3,5,丙6の1,2,丙8,9の各1,2,丙10ないし14,丙22,30,31,証人A,同新倉正治,同小川碩壽)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる(当裁判所に顕著な事実を含む。)。

(ア) 昭和49年12月,東京都高齢者事業団(仮称)設立準備会から,高齢者事業団についての提言が都知事あてに提出され,翌50年1月,モデル事業団として江戸川区高齢者事業団が設立され,その後,高齢者事業団が東京都の区・市に急速に普及し,やがて全国的規模で高齢者事業団運動が拡大することとなった。高齢者事業団の基本理念について,上記設立準備会の会長であった大河内一男教授は,その後,「高齢者事業と呼ばれるものは,労使間の雇用関係を前提とした上での高齢者就労ではなく,あくまで地域の高齢者たちが自主的に働こうとするところの互助と共働のための就労活動であり,むしろおおよそ60歳以上の高齢者たちが,自分の長い人生の中で身に付けた経験と技能と生活の知恵とでもいうべきものを地域のために提供することに,老後の積極的生きがいを見つけ出そうとする運動なのである」と説明している。

(イ) 高齢者事業団運動のこうした全国的な広がりの中で,労働省は,昭和55年度から,政府の事業として,高年齢者に対する任意就業機会を提供する団体に対する補助を内容とする高年齢者労働能力活用事業を創設したが,この事業創設のための予算折衝の過程で,補助対象団体の名称を「シルバー人材センター」とすることが決定された。

高年齢者労働能力活用事業におけるシルバー人材センターに対する補助制度の仕組みは次のとおりであるが,これは,昭和61年4月成立の高年齢者雇用安定法の下でも基本的に変わりがなかった。

① 高年齢者労働能力活用事業の目的

定年退職後等において雇用関係でない何らかの就業を通じて自己の労働能力を活用し,追加的収入を得るとともに生きがいの充実や社会参加を希望する高年齢者に対して,地域社会の日常生活に関連した補助的,短期的な仕事を提供する高年齢者の自主的な団体(シルバー人材センター)を育成援助することにより,高年齢者の就業機会の増大を図り,併せて高年齢者の能力を生かした活力ある地域社会づくりに寄与する。

② 補助対象団体

補助の対象となるシルバー人材センターは次に該当するものとする。

a ①の目的の達成を趣旨としてdの事業を行うものであること。

b 人口20万人以上の市(特別区を含む。)に設立されるものであること(ただし,市ごとに一団体に限る。)。

c 原則として60歳以上65歳未満の健康な高年齢者(65歳以上の者であっても,健康で就業能力のある者を含む。)を会員とするものであること。

d 当該地域における日常生活に密着した補助的,短期的な仕事の需要を有償で引き受け,cの会員に対し請負又は委任の形式により提供し,仕事の内容と就業の実績に応じて報酬を支払うことを事業の内容とするものであること。

e 高年齢者が自主的に運営するものであること。

f 法人格を有するものであること。

③ 補助の仕組みと補助内容

補助は②に該当するシルバー人材センターに対して補助を行う市に対して行うという仕組みとする。補助対象経費は,人件費,事務所借上料及び備品費(初年度のみ)とする。補助率は2分の1相当とし,1団体当たりの上限額は600万円とする(以上により,シルバー人材センターに要する上記経費については,国と市が2分の1ずつ補助することができることとされ,国の補助は市を通じて間接的に行われることとされた。)。

(ウ) 昭和59年以降,シルバー人材センターの法制化に向けての要望が高まり,これを受けて政府は,昭和61年2月13日中高年齢者の雇用の促進に関する特別措置法(昭和46年法律第68号)の改正案として高年齢者雇用安定法案を国会に提出した。その結果,同年4月11日国会において高年齢者雇用安定法が成立し,同法は同月30日公布され(昭和61年法律第43号),同年10月1日施行された。

同法は,「定年退職者等に対する就業の機会の確保」とする5章を設けて,「(国及び地方公共団体の講ずる措置)第四十五条 国及び地方公共団体は,定年退職者その他の高年齢退職者の職業生活の充実その他福祉の増進に資するため,臨時的かつ短期的な就業を希望するこれらの者について,就業に関する相談を実施し,その希望に応じた就業の機会を提供する団体を育成し,その他その就業の機会の確保のために必要な措置を講ずるように努めるものとする。」との定めを置いたほか,「シルバー人材センター等」とする6章を設けて,「(指定)第四十六条 都道府県知事は,定年退職者その他の高年齢退職者の希望に応じた臨時的かつ短期的な就業の機会を確保し,及びこれらの者に対して組織的に提供することにより,その就業を援助して,これらの者の能力の積極的な活用を図ることができるようにし,もつて高年齢者の福祉の増進に資することを目的として設立された民法第三十四条の法人であつて,次条第一項に規定する業務に関し次に掲げる基準に適合すると認められるものを,その申請により,市町村(特別区を含む。)の区域(当該地域における臨時的かつ短期的な就業の機会の状況その他の事情を考慮して労働省令で定める基準に従い,同項第一号及び第二号に掲げる業務の円滑な運営を確保するために必要と認められる場合には,都道府県知事が指定する二以上の市町村の区域)ごとに一個に限り,同項に規定する業務を行う者として指定することができる。一 職員,業務の方法その他の事項についての業務の実施に関する計画が適正なものであり,かつ,その計画を確実に遂行するに足りる経理的及び技術的な基礎を有すると認められること。二 前号に定めるもののほか,業務の運営が適正かつ確実に行われ,高年齢者の福祉の増進に資すると認められること。」,「(業務等)第四十七条 前条の指定を受けた者(以下「シルバー人材センター」という。)は,当該指定に係る区域において,次に掲げる業務を行うものとする。一 臨時的かつ短期的な就業(雇用によるものを除く。)を希望する高年齢退職者のために,当該就業の機会を確保し,及び組織的に提供すること。二 臨時的かつ短期的な雇用による就業を希望する高年齢退職者のために,無料の職業紹介事業を行うこと。三 高年齢退職者に対し,臨時的かつ短期的な就業に必要な知識及び技能の付与を目的とした講習を行うこと。四 前三号に掲げるもののほか,高年齢退職者のための臨時的かつ短期的な就業に関し必要な業務を行うこと。」(2項以下 省略)などの定めを置いた。

(エ) ところで,上記法制化以前の昭和55年4月以降,労働省は,各都道府県関係部局あての行政指導において,① シルバー人材センターはその会員である高年齢者に対してその希望と能力に応じた就業機会の提供を行うことを主要な事業とする,② この場合における三者(シルバー人材センター,発注者及び会員)の相互関係は,(a) シルバー人材センターと発注者との間は請負又は委任の関係とする,(b) シルバー人材センターと会員との間も請負又は委任の関係とする,(c) 発注者と会員の間は雇用関係はもちろんのこと,請負又は委任の関係にも立たない,との制度設計の下に作成された,一種のモデル準則である「シルバー人材センター設立準則」を提示した。このため,この時期以降設立されたシルバー人材センターは,いわゆるミニシルバー(シルバー人材センターと同様高齢者に対し就業機会を提供する団体であるが,法人格を有しないもの。)も含めて,上記制度設計に依拠するとともに,同準則の趣旨に則って定款や規約を作成したが,被告や上記ミニシルバーに当たる団体である事業団(綾瀬市さわやか事業団)も同様であった。

(オ) これに加えて,労働省は,上記時期以降の行政指導において,シルバー人材センターが危険又は有害な作業を内容とする仕事を取り扱わないよう求め,特に,昭和56年9月に行った各都道府県関係部局あての行政指導において,シルバー人材センターは「高年齢者である会員に対して,その能力,体力等に見合った仕事を提供することを本旨とするものであるので,危険又は有害な作業を内容とする仕事,例えばフォークリフト,クレーン,プレス機械等の重量機器の操作,足場の不安定な高所での作業,皮膚疾患等を伴う有害物質の取扱い作業といったような重篤な災害に結びつくおそれのある作業を内容とする仕事の引受けは厳に慎む」べき旨示達した。以上のような行政指導の内容は,各都道府県,市町村の関係部局を通じて,シルバー人材センター等に伝達されたが,事業団や被告に対しても,神奈川県及び綾瀬市の関係部局を通じて,この旨の伝達がされた。

(カ) このことに関連して,綾瀬市福祉部高齢者福祉課は,事業団の設立前の平成6年ころ,事業団の会員募集の広報活動に当たり,高齢者が事業団を通じて就業することができる仕事の内容として,(a)「事務能力を発揮して」との見出しの下に書類・伝票の整理,簡単な集計・台帳整理,宛名書き等の仕事を,(b) 「専門技術を活かして」との見出しの下に経理事務,学習教室の講師,翻訳・通訳,設備の保守・点検,毛筆筆耕(感謝状・表彰状)等の仕事を,(c)「管理職の仕事も楽しいよ」との見出しの下に駐車場・会館・ビルなどの施設管理,会場受付,文化施設の監視等の仕事を,(d) 「豊かな特技を活用しては」との見出しの下に植木の手入れ,庭の手入れ,障子・ふすま張り,軽易な大工仕事や塗装等の仕事を,(e) 「家事の経験を役立てて」との見出しの下に家事手伝い,病人などの介護・手助け,簡単な留守番等の仕事を,(f) 「やさしさが生きてるかな」との見出しの下に簡単な店番,チラシ配布等の仕事を,(g) 「ていねいな仕事振りが受けています」との見出しの下に屋内・屋外の清掃・除草,包装・梱包・袋詰め,現場・用具の片付け等の仕事を,それぞれ例示したが,この例示は,これらの仕事が上記の「危険又は有害な作業を内容とする仕事」に当たらないことを前提としていた。

また,事業団も,設立総会開催時に会員に配布した広報資料の中で,「現場確認の結果,次のような場合は,その仕事はお断り致します。」として,「高度に専門的な知識」,「技能を要する仕事」,「事業団で有する資機材では対応できない仕事」,「昼間から夜間に及ぶ仕事(長時間勤務を要する仕事,深夜に及ぶ仕事)」に加えて,「危険を伴う仕事(高い樹木や屋根,斜面での作業,除草剤の散布等)」を挙げている。

(キ) 事業団における就業の機会の確保及び提供の仕組みは次のとおりであった。

すなわち,事業団の事務処理に当たる事務局の職員は,公共団体,企業,家庭等から,仕事を依頼したい旨の申込みを受けると,その場で又は後日,委託事業申込書に,仕事の内容,場所,期間,時間及び量,希望人員並びに委託金額(配分金)を記入してもらい,仕事を提供する者を会員の中から選び,会員に電話をかけて仕事の内容を説明し,場合により,会員と共に就業先を見学し,会員がその仕事への従事を希望すればその会員に仕事を提供し,会員がその仕事への従事を希望しなければ,別の会員に仕事を提供する,委託金額は,完成させた仕事の量又は仕事に従事した時間数を単位として決定されるが,職員は,毎月末日,就業先から,各会員が完成させた仕事の量又は就業時間数が記入された作業報告書の提出を受けて配分金を計算し,就業先に対し配分金に事務費5パーセント(平成9年4月以降は7パーセント)を上乗せして請求し,その翌月の15日,会員に対し配分金を支払う,というものであった。この場合,会員は,就業先とは雇用関係が生じないとされていた関係上,仮に会員が業務中又は通勤中に事故に遭っても,労働者災害補償保険法に基づく保険給付を受けることができないものとされたが,事業団は,日本火災保険株式会社との間で,全会員を被保険者とする傷害保険契約を締結し,その保険金を会員の作業中の事故による損害の填補に充てることとしていた。

(ク) なお,人は,加齢によって,一般に,① 身体的対応が遅れがちで,危険を避けるとっさの行動をとることが困難になること,② 新たな状況への適応力が弱くなること,③ 自己の身体的諸機能の低下について評価が甘くなって,つい無理をしてしまうこと,等の身体的心理的特性を持つに至ることが指摘されている。

イ  以上のような,高齢者事業団,シルバー人材センター,ひいては事業団の設立の経緯,高年齢者雇用安定法の成立及び関係規定の内容,労働省の行政指導の内容,事業団設立前後の綾瀬市ないし事業団の広報活動の内容,事業団における就業の機会の確保及び提供の仕組み,一般に指摘されている加齢によって人が持つに至る身体的心理的特性などの認定事実に,「事業団は,健康で働く意欲を持つ高齢者…の希望に応じた臨時的かつ短期的な就業の機会を確保し,及びこれらの者に対して組織的に提供することにより,高齢者の生きがいの充実と社会参加の促進を図るとともに,その経験と能力を生かした活力ある地域社会づくりに寄与することを目的とする。」(規約3条)との事業団の目的を合わせ考えれば,事業団は,規約4条1号に基づいて高齢者である会員に対して就業の機会を提供するに当たっては,社会通念上当該高齢者の健康(生命身体の安全)を害する危険性が高いと認められる作業を内容とする仕事の提供を避止し,もって当該高齢者の健康を保護すべき信義則上の保護義務(健康保護義務)を負っているものと解するのが相当である。そして,ある作業が社会通念上当該高齢者の健康を害する危険性が高いと認められる作業に当たるかどうかは,作業内容等の客観的事情と当該高齢者の年齢,職歴等の主観的事情とを対比検討することによって,通常は比較的容易に判断することができるものと考えられる。

(2)  本件についての検討

ア 証拠(甲1ないし3,甲10ないし14,甲19,20,36,甲37ないし39,乙1,乙2の1,2,乙3ないし7,丙1,丙6の1,2,丙7,13,証人A,分離前相被告有限会社丙工業所代表者,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(ア) 原告は,大学卒業後,約8年間製薬会社等に勤務した後,約32年間株式会社野村総合研究所(以下「野村総研」という。)に勤務して化学に関連する情報や企業の分析及びそれらの情報提供等のデスクワークに従事し,平成5年12月5日同研究所を定年退職したが,それまで,一度も機械作業に従事したことがなかった。

(イ) 原告は,平成7年2月23日,綾瀬市福祉会館において綾瀬市役所福祉部高齢者福祉課の職員による面接を受け,同職員から事業団の仕組みや依頼がありそうな仕事の種類と単価等の説明を受け,同職員に対し,自己の職歴を説明するとともに,依頼がありそうな仕事の中に自己で経験した仕事はないが,植木の手入れや草刈り等は可能である旨述べた。当日,原告は,事業団の会員になることとし,入会申込書に氏名,生年月日等を記入し,上記職員が,資格免許,希望日数,希望地域,入会動機等を記入したほか,主な職歴欄に要旨「野村総合研究所での経営戦略,分析」と,資格免許欄に「普通免許,教員(中・高校)」と,希望職種欄に第1希望「大工工事」,第2希望「植木造園」,第3希望「文章作成(原稿)」と,希望日数欄に週「3〜4」日程度と,それぞれ記入した。

(ウ) 丙工業所は,平成8年9月末ころ,事業団に電話をかけ,事務局職員であるD(以下「D」という。)に対し,会員2名に工場内の簡単な作業を依頼したい旨の申込みをした。Aは,Dから丙工業所の申込みについての引継ぎを受け,会員4名でローテーションを組ませることとし,当時事業団から仕事の提供を受けていなかった複数の会員に電話をかけて,工場内の簡単な作業への従事を打診した。原告は,当時,週3日はボランティア活動をしており,また,妻の野菜作りの手伝いや人との付き合いもあるため,丙工業所で就業するにしても週2回しか行けない旨述べた。

(エ) Aは,同年10月4日午後1時前ころ,原告を含む複数名の会員と共に丙工業所の工場を訪問した。B社長は,昼食休憩時間が終了した午後1時ころから工場の1,2階を回って案内して従業員等の作業状況を見せ,その過程で本件プレスブレーキを実際に操作して鉄板を折り曲げる作業を実演して見せた。その上で,B社長は,事業団に正式に仕事を依頼することとし,委託事業申込書の仕事の内容欄に,Aの指示に従って「工場内軽作業」と記入した。その際,作業時間は午前9時から午後4時まで,委託料は時給750円(事務費を上乗せして787円50銭)とされ,委託事業申込書にはその旨記入された。以上のほか,AとB社長の間で,工場内の作業のうちで具体的に何を委託事業の対象とするのかについての特段の話合いはなく,もとより,本件プレスブレーキによる作業を含むか含まないかの明示的な話合いも行われなかった。

(オ) 原告は,同日Aに対し上記工場内作業の仕事を引き受ける旨伝え,同月8日丙工業所での作業を開始したが,原告の丙工業所での仕事は,おおむね次のとおりであった。原告は,午前9時に丙工業所に出勤するとタイムカードを押し,C工場長から従業員等と共に作業内容について指示を受け,作業が終了するとその都度,主として,1階の作業についてはC工場長から,2階の作業については丙工業所の監査役でB社長の妻であるE(以下「E」という。)から指示を受けた。B社長やC工場長が機械の設定及び調整を行い,原告は,B社長らから指示された作業に従事した。原告は,従業員等とともに昼食や休憩時間を取り,午後4時にタイムカードを押して退出した。原告は,月末に,丙工業所から時給と就業時間数が記入された作業報告書を受領して事業団に提出し,事業団がこれを基に丙工業所に報酬の支払を求め,その振込みを受けると,その中から原告に配分金の支払をした。

(カ) 丙工業所にはプレスブレーキ(本件プレスブレーキ)が1台設置されていたが,プレスブレーキとは鉄板を折り曲げる機械であり,作業員が鉄板をテーブル奥のストッパーに合わせてテーブルに載せてから,手を離し足(右足)でフットスイッチを踏み込んでラムを下降させることによりラムの強い圧力で鉄板を折り曲げる仕組みになっていた。丙工業所で使用されていた本件プレスブレーキは,フットスイッチを踏み込むとラムが下降し,フットスイッチから足を離すとその場で停止し,一定時間経過後ラムが自動的に上昇するように設定されていた。

もっとも,両手操作式又は光線式の安全装置が別途販売され,それらをプレスブレーキに装着している企業もあったが,本件プレスブレーキにはこのような安全装置が装着されていなかった。したがって,本件プレスブレーキの場合,万一テーブルに手を差し入れた状態でフットスイッチを踏み込むと,ラムが自動的に下降してその圧力によって手を切断する結果になることがあり得る構造になっていた。しかし,原告は,本件プレスブレーキによる作業がそのような内容の作業であることについての予備知識を全く欠いたまま事業団の仕事の提供に応じ,丙工業所の工場内作業に従事する過程で,後記のとおり本件プレスブレーキによる作業に従事した。

(キ) 原告は,本件事故前,丙工業所での作業を開始してから,本件プレスブレーキを使用して鉄板を折り曲げる作業に2回従事した。原告は,本件プレスブレーキによる作業を開始した初日に,C工場長から,実演で示されながら本件プレスブレーキの基本的な操作方法の説明を受け,その際,同工場長から,① 必ず,一工程ごとに足(右足)をフットスイッチから離した上,フットスイッチカバーからも出すこと,② フットスイッチに足を乗せているときは,テーブルとラムの間に手を差し入れないこと,③ ラムはフットスイッチの踏込みを停止すると下降しないので,危ないと思ったときはフットスイッチの踏込みを停止すること,④ 作業は確実に落ち着いて行うこと,⑤ 問題が発生した場合はB社長やC工場長に知らせること,以上の注意を受けた。また,原告は,C工場長に,自分が数枚の鉄板を加工する作業を見てもらった(原告は,C工場長から,本件プレスブレーキを操作するに先立ち,③以外については指導を受けなかった旨主張するが,甲第12号証,同第14号証及び原告本人の供述中上記主張に沿う部分は,乙第5号証,同第6号証,同第12号証及び分離前相被告有限会社丙工業所代表者の供述に照らして採用することができず,他に原告の上記主張を認めるに足りる証拠はない。他方,被告は,C工場長だけでなく,B社長も,原告に対し,本件プレスブレーキの操作を指導した旨主張するが,乙第5号証,同第6号証及び分離前相被告有限会社丙工業所代表者の供述中上記主張に沿う部分は,甲第36号証ないし同第39号証に照らして採用することができず,他に被告の上記主張を認めるに足りる証拠はない。)。

なお,Aは,丙工業所での就業を希望する会員を連れて丙工業所を訪問した際,原告が本件プレスブレーキによる作業に従事しているのを目撃したことがあるが,原告やB社長に対し,原告の作業内容について質問することはなかった(被告は,Aが,原告が機械作業に従事しているのを目撃した際,原告からは従業員が休んでいるからやっている,B社長からはその機械には安全装置が付いているから大丈夫であると言われた旨主張するが,丙第13号証及び証人Aの証言中上記主張に沿う部分は,甲第12号証,原告本人の供述及び本件プレスブレーキの上記構造に照らして採用することができず,他に被告の主張を認めるに足りる証拠はない。)。

(ク) 原告は,同年11月29日,本件プレスブレーキを用いて,3度目の鉄板の折曲げ作業に従事した。この作業は,前2回の本件プレスブレーキによる作業と異なり,鉄板の2箇所を折り曲げる作業であったため,原告は,C工場長から,まず,鉄板をテーブル奥のストッパーに合わせた後フットスイッチを踏み込み鉄板の手前を折り曲げ,次に,鉄板をテーブル手前のストッパーに合わせた後フットスイッチを踏み込み鉄板の後側を折り曲げることを実演しながら教えられた。さらに,原告は,前2回に比べて加工する鉄板が大きく,かつ,鉄板の表面に付いている油のため各鉄板が相互に密着して1枚ずつはがすのが困難であったことから,マグネットの付いた板を使って鉄板をはがす方法を教えられ,また,加工後の曲げ角度が鋭角であるため,曲げた鉄板がラムについて離れにくいことがあったことから,ラムに油を塗る方法があることや他の鉄板で叩き落とす方法があることについても指導を受けた。

原告は,1時間ほど作業を行ったところ,鉄板の左側がテーブル奥のストッパーの下に入ってしまったため,これを引き出して正しい位置に戻そうとして左手をテーブルとラムの間に差し入れた。原告は,その際,誤ってフットスイッチを踏み込んでラムを下降させてしまい,本件事故を発生させた。

イ(ア) 以上を前提に,まず,事業団が原告に提供した仕事の内容について検討する。

丙工業所は,平成8年9月末ころ,事業団に対し,工場内の簡単な作業を依頼したい旨の申込みをし,Aが同年10月4日午後1時前ころ,原告を含む複数名の会員と共に丙工業所の工場を訪問したこと,B社長は工場を案内して従業員等の作業状況を見せ,その過程で本件プレスブレーキを実際に操作して鉄板を折り曲げる作業を実演して見せたこと,その上で,B社長は,事業団に正式に仕事を依頼することとし,委託事業申込書の仕事の内容欄に,Aの指示に従って「工場内軽作業」と記入したこと,しかし,AとB社長の間で,工場内の作業のうちで具体的に何を委託事業の対象とするのかについての特段の話合いはなく,もとより,「工場内軽作業」に本件プレスブレーキによる作業を含むか含まないかの明示的な話合いも行われなかったことは,上記認定のとおりである。

以上の事実,すなわち,B社長が工場内を案内し,その過程で本件プレスブレーキを実際に操作して鉄板を折り曲げる作業を実演して見せたということがあるのに,その後のAとB社長との話合いの中で,工場内の作業のうちで具体的に何を委託事業の対象とするのかについての特段の話合いがされなかったことに照らすと,AとB社長との間には,同日事業団が丙工業所から受託した仕事(「工場内軽作業」)の中から本件プレスブレーキによる作業を除外することについての合意はなかったものと認めることができる。そして,同日Aに同行した原告は,このような経緯の下でAに対して丙工業所の工場内作業の仕事を引き受ける旨伝えたのであるから,他に特段の事情の認められない本件においては,事業団は同日原告に対し本件プレスブレーキによる作業も含まれるものとして上記工場内作業の仕事を提供し,原告がこれに応じて本件プレスブレーキによる作業に従事したものと認めることができる。

(イ) ところで,本件プレスブレーキによる作業は,作業員が手で鉄板をテーブルの上に乗せ,ストッパーに合うように設置した後,手を離しフットスイッチを踏み込んでラムを下降させることにより鉄板を折り曲げる仕組みとなっているが,作業の過程において何かの都合でテーブルとラムとの間に手を挿入する必要が起こらないとは言い切れず,その際一瞬の不注意によってフットスイッチを踏み込んでしまうと,安全装置が装着されていない本件プレスブレーキの場合,ラムが自動的に下降してしまい,テーブルとラムとの間に挿入した手を切断するという重大な結果を引き起こすに至ることは,上記ア認定の事実から容易に推測することができるものである。

本件事故は,まさに上記のような経緯によって発生したもので,通常の工場労働者であっても,わずかな気のゆるみによってこのような結果を発生させる事態があり得ないではないと考えられるのに,原告は,身体的対応が遅れがちで,危険を避けるとっさの行動をとることが困難になるなどの身体的心理的特性を持つことが指摘される高齢者であり,加えて,大学卒業後の大部分の期間を定年退職時までデスクワークに従事し,この間一度も機械作業に従事したことがなかったというのである。

このように見てくると,本件プレスブレーキによる作業は,作業内容等の客観的事情と原告の年齢,職歴等の主観的事情とを対比検討した場合,社会通念上高齢者である原告の健康を害する危険性が高いと認められる作業に当たるということができる。にもかかわらず,事業団は,本件プレスブレーキによる作業も含まれるものとして原告に対して上記工場内作業の仕事を提供し,原告がこれに応じて本件プレスブレーキによる作業に従事した結果,本件事故に至ったのであるから,事業団は,原告に対する健康保護義務の違背があったものとして,債務不履行に基づき,本件事故によって原告が被った損害を賠償すべき義務があるというべきである。なお,被告は,事業団の義務違反と本件事故との間の相当因果関係の存在を否定するが,原告が本件プレスブレーキによる作業が重大な結果を引き起こすことがあり得る作業であることについて全く予備知識を欠いた状態で本件プレスブレーキによる作業を含む仕事の提供に応じたのであるから,会員に事業団からの仕事の提供に対する諾否の自由があるという点を考慮しても,相当因果関係の存在を否定することは当を得ないというべきである。また,丙工業所の関係者による本件プレスブレーキの操作方法の指示の存在は,過失相殺事由として考慮すれば足りる事柄というべきである。

そして,被告が平成10年9月11日開催の設立総会において,事業団を発展的に解散し被告に移行すること及び事業団の残余財産を被告に移管することを議決したことからすれば,被告は,事業団の法的地位を引き継いだものとして,原告に対する上記損害賠償義務を承継したものということができる。

2  争点(2)(原告の損害)について

(1)  争いのない事実等,証拠(甲4ないし7,甲13,甲17の1,2,乙5,6,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア 原告は,本件事故当日,北里大学病院形成外科に入院し,左手指の再接着手術を受けた。原告は,同病院に入院中の平成9年3月初めころから,リハビリのため北里東病院に通院し,同月14日に退院した後も,同年4月まで1回通院したが,同月15日,身体障害者福祉法別表4に該当する左手機能障害を残して症状固定となった(原告は,退院後同年7月14日までの間に合計10日間北里東病院に通院した旨主張するが,これを認めるに足りる適確な証拠がない。)。

イ 原告は,症状固定後も左手指のリハビリを続けたが,平成10年5月29日,北里大学病院形成外科において,左手指の中手指節関節(MP関節)の屈曲及び伸展について,拇指がそれぞれ50度,8度,示指がそれぞれ45度,マイナス20度,中指がそれぞれ53度,マイナス5度,環指がそれぞれ25度,マイナス5度,小指がそれぞれ20度,マイナス15度であり,近位指節間関節(PIP関節)の屈曲及び伸展について,拇指がそれぞれ35度,15度,示指がそれぞれ26度,マイナス26度,中指がそれぞれ25度,マイナス25度,環指がそれぞれ30度,マイナス30度,小指がそれぞれ20度,マイナス20度であり,拇指を除く4指の近位指節間関節は強直状態であるとの診断を受けた。原告は,平成12年6月当時,示指の第一関節(遠位指節間関節)を動かすことができるが,それ以上の関節(中手指節関節及び近位指節間関節)を動かすことができず,中指も先端1センチメートルしか動かすことができなかった。

原告には,左手指の後遺症の結果,種々の問題が生じている。すなわち,事業団からの就業の機会の提供に応じて,草刈りや植木の剪定等の作業に従事することができないのはもとより,両手でパソコンを入力することができないため,入力作業のために本件事故前の2,3倍の時間がかかり,原稿の作成に多大な時間を要するようになった。また,タオルを絞ったり,背中を洗ったりすることができず,布団の片付け,洗顔,食事,ネクタイの着用,買物,読書等日常生活全般にわたって不便を感じている。さらに,定年退職後始めた楽器演奏や鎌倉彫,ゴルフ等をすることができなくなり,旅行や山歩き,畑仕事等でも不便を感じている。原告は,平成9年3月上旬ころから本件事故による負傷が原因で精神的に落ち込み,精神科に通ったり,本を読んだりしてその克服に努めたが,なお,左手を自由に使えないことにより将来に不安を抱いている。

ウ 原告は,事業団が日本火災保険株式会社との間で締結していた傷害保険契約に基づき,同会社から,同年7月25日66万円,同年10月9日に240万円,合計306万円の傷害保険金を受領した。また,原告は,平成13年3月16日成立の裁判上の和解により,同日丙工業所から本件事故による慰謝料として500万円の支払を受けた。なお,原告は,本件事故による傷害について,労働者災害補償保険の支給対象である労働者に当たらないとして,保険給付を受けていない。

(2)  そこで,原告の損害について検討する。

ア 治療費 474万3470円

証拠(甲6,7,乙5)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,症状固定までの治療費として,合計474万3470円を支出したことが認められる。

イ 入院雑費 13万7800円

原告は,平成8年11月29日から平成9年3月14日までの106日間,北里大学病院に入院しているところ,1日当たりの入院雑費は1300円と認めるのが相当である。したがって,入院雑費は,合計13万7800円と算定される。

ウ 通院交通費 1240円

原告は,退院後平成9年4月までに1回北里東病院に通院したところ,証拠(原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,同病院までの交通費として少なくとも片道620円を要したと認められる。したがって,通院交通費は,合計1240円と認められる。

エ 休業損害 209万7638円

原告は,本件事故当日北里大学病院に入院し,平成9年3月14日退院しているので,事故日である平成8年11月29日から退院までの106日間稼働することができず,収入を得ることができなかったものと認めることができる。

そして,証拠(甲2,13,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,野村総研を退職した平成5年12月5日から本件事故日の直前までの約3年間に,講演や原稿作成により100万円程度の収入を得たほか,平成8年8月及び9月には事業団からの配分金収入がなく,同年10月には2万7000円の配分金収入を得たのみであること,しかし,原告は,本件事故当時,パソコン操作などのスキルと野村総研での知識・経験及び人脈を活かして仕事をすれば,本来,相当程度の収入を容易に得ることが可能であったこと,委託の仕事やオフィス内への派遣によるデスクワークは,工場などの肉体的な仕事に比べ高い収入を得ることができ,原告の場合,インタビューの代行,文字情報の収集と整理・分析及びそれらをべースとするレポートの作成,アンケート設問の原案作成と印刷用版下の入力など様々な仕事をすることができる能力があったこと,本件事故当時,原告は,1週間のうち3日間はボランティア活動をし,2日間は丙工業所で就業し,他に妻の野菜作りを手伝うなどしていたものであるが,これは,上記のような多方面にわたる収入の可能性を持ちながらも,定年退職後の生活を生きがいをもって過ごすことを考えたからで,稼働意欲を喪失したことによるものではないこと,原告は,本件事故の後遺症によって,パソコンによる文書作成に多大な時間を要するようになったため,上記のような多方面にわたる収入の可能性を閉ざされてしまったこと,以上の事実が認められる。

そうすると,上記講演・原稿収入や事業団からの配分金収入は,原告の本来の労働能力を正当に反映したものということができないから,他に特段の算定資料のない本件では,原告主張の平成9年度賃金センサス60歳ないし64歳大卒男子の平均年収722万3000円を基礎金額として原告の休業損害を計算するのが相当というべきである。したがって,本件事故による原告の上記106日間の休業損害は合計209万7638円と算定される。

オ 後遺症による逸失利益 1152万5416円

原告は,本件事故による後遺障害として,拇指を除く左手指の中手指節関節の運動可能領域に大幅な制限が残り,近位指節間関節が強直の状態にあること,そのため,原告は,日常生活の全般にわたって不便を来し,事業団からの提供に応じて,草刈りや植木の剪定等に従事することができなくなっていることはもちろん,パソコンによる文書作成に多大な時間を要するようになったため,上記のような多方面にわたる収入の可能性を閉ざされてしまったことは,上記認定のとおりである。

これらの事実を総合考慮すると,原告は,症状固定時(63歳)から就労可能な67歳までの4年間について,原告主張の平成9年度賃金センサス60歳ないし64歳大卒男子の平均年収722万3000円を基礎金額として算定される労働能力の45パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。

したがって,後遺障害による逸失利益は,上記722万3000円に労働能力喪失率45パーセントを乗じた上,ライプニッツ係数3.5459を乗じて就労可能年数4年間について年5パーセントの割合による中間利息を控除して,1152万5416円と算出される。

カ 慰謝料 965万円

(ア) 傷害慰謝料 165万円

原告は,平成8年11月29日,本件事故に遭い拇指を除く左手指を基節骨基部から切断し,同日,北里大学病院に入院して,切断された4指の再接着手術を受け,平成9年3月14日までの合計106日間入院加療し,さらに,症状固定となった同年4月までの約1か月間(うち実日数1日)通院加療したこと,原告は,事業団が締結した傷害保険契約に基づき,傷害保険金306万円を受領したことなどを合わせ考えると,傷害慰謝料としては165万円とするのが相当である。

(イ) 後遺症慰謝料 800万円

原告は,症状固定時63歳であるが,本件事故により拇指を除く左手指の用を廃するという後遺障害を負ったこと,その結果,日常生活に多くの不便を感じ,趣味を楽しむこともできなくなり,将来に不安を抱いていることなどを総合考慮すると,後遺症慰謝料は800万円とするのが相当である。

キ 以上合計 2815万5564円

(3)  過失相殺

原告は,本件事故前に2度にわたってプレスブレーキ作業に従事しているので,当該作業は危険を伴い自分には適さないとして当該作業への従事を断ることができたはずであるのに,これを断らずに3度目のプレスブレーキ作業に従事し,その際本件事故に遭ったものであること,本件プレスブレーキによる作業を始めるに当たり,C工場長からフットスイッチに足を乗せているときはテーブルとラムとの間に手等を挿入しないよう注意されていたにもかかわらず,不注意にも,左手をテーブルとラムとの間に差し入れた状態でフットスイッチを踏み込んでラムを下降させたことにより本件事故を発生させたこと,以上の事実からすれば,原告にも本件事故発生に寄与した被害者としての過失があったといわねばならず,原告の損害額の算定につき斟酌すべき原告の過失割合は3割と認めるのが相当である。

したがって,過失相殺後の原告の損害額は,1970万8894円と算定される。

(4)  損害の填補

原告は,丙工業所から,本件事故についての慰謝料として500万円を受領しているので,これを損害の填補として控除すると,原告が被告に対して請求することができる損害賠償額は1470万8894円となる。

なお,被告は,原告が日本火災保険株式会社から受領した傷害保険金は損害額から控除されるべきである旨主張するが,同保険金は,事業団の損害賠償義務の有無を問わず支払われるものであり,損害賠償の填補としての性質を有していないから,同保険金の受領が,慰謝料の算定事情として斟酌されることがあるのは格別,損害賠償額から控除されるものではないというべきである。

(5)  弁護士費用

本件事案の性質,審理の経過,認容額等の諸事情を考慮すると,本件事故と相当因果関係を有する損害としての弁護士費用は,150万円と認めるのが相当である。

(6)  合計

以上によれば,原告は,被告に対し,債務不履行に基づき,合計1620万8894円及びこれに対する証拠(甲9の1,甲9の2の1)によれば遅滞の後と認められる平成9年11月20日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。

第4  結論

以上の次第であるから,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく,主文掲記の限度で理由があり,その余は理由がない。

(裁判長裁判官・福岡右武,裁判官・脇博人,裁判官・髙木健司)

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