横浜地方裁判所 平成11年(ワ)3907号 判決 2002年3月29日
神奈川県<以下省略>
原告
X
上記訴訟代理人弁護士
小林俊行
大阪市<以下省略>
被告
岡藤商事株式会社
上記代表者代表取締役
A
上記訴訟代理人弁護士
小畑英一
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実
第1当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1) 被告は,原告に対し,1492万7100円及びこれに対する平成8年4月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 訴訟費用は,被告の負担とする。
(3) 仮執行の宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第2事案の概要
1 請求の概要
本件は,商品先物取引の受託を業とする商品取引員である被告との間に商品先物取引の基本委託契約を締結し,金,米国産大豆,ゴム及びとうもろこしの先物取引を継続してきた原告が,被告従業員らによる勧誘から取引終了に至るまでの一連の行為が不法行為を構成するものとして,被告に対し,不法行為(民法715条の使用者責任)に基づく損害賠償請求権に基づき,売買差損343万6800円,支払手数料1019万0300円及び弁護士費用130万円の合計1492万7100円及びこれに対する不法行為後である平成8年4月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 基本的事実(以下の事実のうち,証拠を摘示しない事実は,当事者間に争いがないか,又は弁論の全趣旨により容易に認めることができる事実である。)
(1) 当事者
ア 原告は,a株式会社(以下「a社」という。)という建設会社を代表取締役として経営する昭和18年○月○日生まれの男性であり,被告従業員らから商品先物取引の勧誘を受けるまでは,商品先物取引の知識・経験がなく,かつ,株式投資の経験もなかった者である(甲第5号証)。
イ 被告は,旧通商産業大臣及び旧農林水産大臣の認可を受けて,商品先物取引の受託を業として営む商品取引員である。
(2) 事実経過の概要
原告は,被告横浜支店(以下「本件支店」という。)営業担当者B(以下「B」という。)らの勧誘を受けて商品先物取引に参加しようと考え,平成7年12月13日,同支店支店長C(以下「C」という。)及びBの訪問を受け,同日,被告との間で,東京工業品取引所,東京穀物商品取引所等における商品先物取引の基本委託契約(以下「本件契約」という。)を締結した(甲第5号証,乙第3,第18,第19号証,弁論の全趣旨,争いがない事実)。
原告は,同月21日,委託証拠金1500万円を被告に預託し,商品先物取引を開始し,同日から平成8年4月9日の取引終了までの間,別紙取引経過一覧表記載のとおり,原告の委託名義で東京工業品取引所の金及びゴム並びに東京穀物商品取引所の米国産大豆及びとうもろこしの各商品先物取引(甲第1号証の1ないし40。以下,本件契約に基づくこれらの取引を総称して「本件取引」といい,それらの各取引を各商品別取引の進行番号順に,例えば,「金1取引」,「とうもろこし1取引」などという。)を行った。
被告は,同年4月16日,原告の帳尻金等の清算を行い,原告に対し,預託金残金53万8003円を返還した。
3 争点
(1) 本件取引に関する被告従業員らの一連の行為が不法行為を構成するか。
(原告の主張)
本件取引に関する被告従業員らの以下の各行為は,一連一体のものとして不法行為を構成する。
ア 不適格者への勧誘
原告は,本件取引開始当時,自分自身が現場に赴いて稼働する零細な建設会社の経営者にすぎず,また,商品先物取引はもちろん,株式取引の経験すらなかった。さらに,原告が本件取引のために拠出した1500万円は,不動産譲渡所得税及び市県民税の納税準備金を含んでいた。このような原告の属性及び取引資金の性格からすれば,原告は,商品先物取引に参加する者としての適格性を欠いていたというべきである。
被告従業員らは,上記各事情を認識していたにもかかわらず,原告に対して本件取引への参加を勧誘したものであり,かかる勧誘行為は不適格者に対する勧誘として違法である。
イ 説明義務違反
被告従業員らは,本件取引の勧誘に当たって,原告に対し,商品先物取引の危険性及びその程度を十分に説明し,その理解を得るべき義務があった。
ところが,被告従業員らは,原告に対し,商品先物取引の危険性及びその程度について何ら説明することなく,かえって,その有利性に偏重した説明を行ったものであり,これは,上記義務に違反し違法である。
ウ 新規委託者保護義務違反
被告は,本件取引当時,受託業務管理規則6条3項及び商品先物取引の経験のない新たな委託者(以下「新規委託者」という。)からの受託に係る取扱い要領において,新規委託者について,3か月間の習熟期間を設け,その間の建玉枚数に係る外務員の判断枠を20枚と定めていたのであるから,被告従業員らは,新規委託者である原告に対し,当初の3か月間は20枚を超える取引枚数を勧誘・受託しないように配慮すべき義務があった。
ところが,被告従業員らは,原告から,本件取引開始日である平成7年12月21日に金50枚,米国産大豆50枚,ゴム100枚,合計200枚の取引を勧誘・受託しただけでなく,同月の5取引日だけで合計1030枚の取引を勧誘・受託し,さらに,平成8年1月には月間755枚,同年2月には月間264枚,同年3月には月間626枚,同年4月には159枚の取引をそれぞれ勧誘・受託したものであり,これらは新規委託者にとって短期間における余りに過大な取引量というべきであって,上記義務に違反し違法である。
エ 断定的判断の提供
Cは,原告に対し,「絶対に儲かりますから」等と利益が生ずることが確実であると誤解させるような断定的判断を提供して本件取引の委託を勧誘した。
オ 両建勧誘
両建とは,既存建玉に対応させて,反対玉を行うものをいい,「両建玉」ともいう。
両建は,既存の建玉が値洗損となっているような場合に反対の建玉を建てることによって,追証を支払うことなく,既存の建玉を仕切らず乗り切ろうというものである。
両建は,売りと買いの両方に証拠金を必要とし,手数料も両建をしない場合に比較して倍額必要になるばかりか,利益の出ている建玉だけを仕切るためには追証が必要となるため,委託者は泥沼に引きずり込まれてしまう委託者に不利益な取引である。
また,両建により利益を得ることが可能であるとしても,相場の変動を見極め,一方の建玉を決済する時期を誤らないようにするなど相当高度な知識,技量,相場観が要求されるから,到底一般の委託者が行い得る取引ではない。
商品先物取引業者の中には,既存玉に損失が出ているときに,委託者に単に損切りをさせたのでは,業者に入る手数料が限られるので,損失を食い止めるためと称して新たに証拠金を拠出させて反対玉を建てさせ,その分の手数料を稼ぐために勧誘するものもある。
そこで,両建は,委託者に有害・無益な取引であるとして,平成11年4月1日に施行された商品取引所法施行規則46条11号は,商品取引員は,委託者に対し,両建を勧誘してはならない旨定めたのである。
ところが,Cは,原告に対し,金8及び12,米国産大豆14,15,及び22,ゴム5及び9,とうもろこし10の各取引につき,上記のとおり有害・無益な両建を勧誘したものであり,違法である。
カ 無断売買,一任売買
Cは,原告に無断で原告委託名義の取引を行って,これに対する事後承諾を押し付けたり,一任売買を行った。
キ 過当取引(無意味な反復売買)の勧誘
(ア) 被告従業員らは,別紙取引経過一覧表記載のとおり,原告に対し,専ら手数料稼ぎを目的として,約4か月間に53往復(1か月平均約12回以上),合計取引枚数1417枚(新規・仕切り取引の往復で2834枚)の取引を勧誘し,これを受託したものであり,違法な過当取引の勧誘があった。
(イ) また,本件取引においては,買直し(既存建玉を仕切りと共に,同一日内で新規に買い直すもの)1回(ゴム15の取引),途転(既存建玉を仕切ると共に,同一日内で新規に反対の建玉を行っているもの)17回(金3,8,10及び12,米国産大豆3,5,9,11,14,24,26及び28,ゴム3,9及び11,とうもろこし10及び12の各取引),日計り(新規に建玉し,同一日内に手仕舞を行うもので,「同一日建落」ともいう。)2回(米国産大豆6,ゴム4の各取引),両建7回(前記のとおり),手数料不抜け(売買取引により利益が発生したものの,当該利益が委託手数料より少なく,差引損となるもの)3回(金13,ゴム25,とうもろこし9の各取引)の各特定売買が行われた。
特定売買とは,上記買(売)直し,途転,日計り,両建(以上いずれも異限月のものを含む。)及び手数料不抜けの総称である。特定売買に該当する各取引手法は,下記のとおり,通常委託者が自主的・主体的に判断して行えるはずのない取引や損失の危険が高く,顧客の利益を害する無意味・不合理な取引類型であり,そのような取引が上記のように多数回にわたって行われたことは,被告従業員らによる違法な過当取引の勧誘があったことを裏付けている。
a 買(売)直し
買(売)直しは,既存の建玉をそのまま維持するのと何ら変わりがないにもかかわらず,手数料等の新たな負担が生じるものであり,商品取引員には手数料収入が入るが,委託者にとっては有害無益な取引手法である。
b 途転
途転は,決済直後に相場が反転するという予想の下に決済同日に反対の玉を新規に立てるものであるが,このようなことは一般投資家には不可能な投資判断であり,委託者の合理的取引意思に基づいた取引とはいえない。
c 日計り
一般投資家が取引同日中に相場の値動きに精通することは困難であるから,日計りは,商品取引員の手数料稼ぎを目的として行われる取引手法である。
d 両建
前記のとおり,Cによる両建の勧誘は違法である。
e 手数料不抜け
売買差益が商品取引員の得る手数料を下回るような取引(手数料不抜け)を委託者が委託するはずなく,このような取引は不合理かつ無意味なものである。
さらに,委託者が得る利益よりも商品取引員の得る手数料の方が多い取引を委託者が委託するはずないから,このような取引は実質的に手数料不抜けと同視すべきであるところ,これに当たる取引は合計8回(金9,米国産大豆10,20及び27,ゴム4,12,13及び18の各取引)であり,このことも被告従業員らによる違法な過当取引の勧誘があったことを裏付けている。
(ウ) 違法な過当取引の勧誘があったかどうかについては,①特定売買比率(全建落回数のうち特定売買の占める割合)が20%を超えるかどうか,②売買回転率(1か月(30日)当たりの仕切回数)が3回を超えるかどうか,③手数料化率(売買差損金額に手数料額を加えた金額のうち手数料額の占める割合)が10%を超えるかどうかによって判断すべきである。
本件取引においては,①全建落回数は84回であり,そのうち特定売買は,上記のとおり,買直し1回,途転17回,日計り2回(ただし,2回とも途転と重複するので算定に加えない。),両建7回(ただし,このうち5回については途転と重複するのでこれを算定に加えない。),手数料不抜け3回の合計23回であるから,特定売買比率は約27.38%(23回÷84回)であり,また,②111日間にわたる取引期間中に53回の仕切取引があったので,売買回転率は約14.32回(53回÷111日×30日)であり,さらに,③売買差損金額は343万6800円であり,手数料額は1019万0300円であるから,手数料化率は約74.78%(1019万0300円÷(343万6800円+1019万0300円))であり,このことも,被告従業員らによる違法な過当取引の勧誘があったことを裏付けている。
ク 仕切拒否
Cは,平成8年2月下旬ないし同年3月上旬ころ,原告からの仕切の申出に従わず,原告委託名義での取引を継続して仕切りを拒否したものであり,これは違法である。
(被告の主張)
本件取引は,すべて原告の意思に基づいて行われたものであり,被告従業員らが不法行為に当たるような行為を原告に対して行ったということはない。
ア 不適格者への勧誘
原告は,a社の代表取締役という経営者の立場にあり,また,原告は,土地売却代金約2500万円のうち約1000万円をマンションのローン返済に充てた残余の1500万円をもって本件取引の委託証拠金に充てており,本件取引は,原告の余裕資金をもって行われたものであるから,原告及び資金の適格性に問題はない。
イ 説明義務違反
被告従業員らは,原告に対し,商品取引の仕組み,危険性等の説明を十分に行っており,説明義務違反はなかった。
ウ 新規委託者保護義務違反
新規委託者について当初建玉枚数が20枚を超えれば新規委託者保護義務違反であり,違法性を帯びるとの原告の主張は,全く根拠がない。
すなわち,商品取引員が新規委託者から受託し得る建玉数を,当初3か月間は20枚に限定する旨を一般的に定める法令は存在しない。
原告の主張するいわゆる20枚判断枠は,商品取引各社の内部規則である受託業務管理規則において,各社がそれぞれ定めているものであり,受託者との間の取引行為を規律するものではない。被告会社においても,平成7年当時,受託業務管理規則において,20枚判断枠を定めていたが(ただし,現在においては廃止されている。),これは20枚を超える受託を例外なく禁止するものではなく,これを超える取引も被告の内部審査を経たうえで内部的な決済を得れば受託できる内容となっていた。
エ 断定的判断の提供
被告従業員らが「絶対に儲かる」旨の表現を用いて原告を勧誘したことはない。
確かに,商品先物取引においては,商品取引員の担当者が,相場変動の要因たる経済的な客観情勢を踏まえ,自己の相場観等を述べることはあるが,これは断定的判断の提供となるものではない。
オ 両建勧誘
両建は,商品先物取引において従前から用いられている手法であって,それ自体法令等に違反するものではなく,また,両建によって利益が出ることもあるのであるから,それ自体不合理な取引とはいえない。
また,本件では,原告が自ら両建を指示したものであって,Cが原告の意思に反して両建を勧誘したことはない。
カ 無断売買,一任売買
原告の主張するような無断売買や一任売買はなかった。
キ 過当取引(無意味な反復売買)の勧誘
(ア) 本件取引における新規取引回数は,金7回,米国産大豆16回,ゴム10回,とうもろこし6回の合計39回であり,取引回数自体からみても過当取引及び無意味な反復売買に当たらないことは明白である。
(イ) 当該取引が無意味,不合理であるか否かという判断は,注文時の材料,値動きの状況及びその後の相場動向等を総合的に勘案しなければ判断できるものではなく,しかも,それは結果論にすぎない。
a 買(売)直し
本件取引における買直しは,限月が異なっており,無意味な取引にはあたらない。
買(売)直しは,既存玉を仕切って利益を出した場合であれば,まずもって利益を確保するという堅実な手法に従ったものであり,また,手仕舞い時期であるとの判断で仕切ったが,新たな材料が出てきた場合や手仕舞いを判断した材料が誤りであった場合に行うのであれば,合理的な判断であり,相場の動向を無視して直しそれ自体が無意味な売買であるということはできない。
b 途転
相場は刻々と変化するものであり,相場が思惑とは逆方向に動いた場合に,既存の建玉の利益を確定させ又は損切りをしたうえで,反対玉を建てることは十分あり得ることであり,これをもって不合理ということはできず,また,このような判断は新規委託者にとって困難なものであるとはいえない。
c 日計り
原告は,日計り取引によって現実に利益を得ており,これを問題視することはできない。
d 両建
前記のとおり,両建は,それ自体不合理な取引とはいえず,また,本件においては,原告が自ら両建を指示したものである。
e 手数料不抜け
相場が上がることを予想して買建玉をしたが,相場の流れが下げに転じた場合,手数料不抜けとなっても,直ちに買建玉を手仕舞いしなければ,損が膨らんでいくのであって,そのような場合に買建玉を手仕舞いすることは何ら不合理ではないから,相場の動向を無視して結果だけから手数料不抜けを無意味・不合理な取引ということはできない。
また,委託者としては,相場の状況から利益を確保しておきたいと考えれば,手数料より差益金が少ない場合であっても決済するのは当然であり,また,手数料の方が差益金よりも金額が大きいからといって決済をしなければ,結果として損失が膨らむことも十分あり得るのであるから,委託者が得る利益よりも商品取引員の得る手数料の方が多い取引を無意味・不合理な取引ということはできない。
(ウ) 被告従業員らの行為の違法性の存否については,あくまでも個別取引における相場の状況を考慮して判断すべきものであり,原告の主張するような数値化は違法性判断にとって全く無意味である。
原告の主張する売買回転率の計算式は,30日当たりの仕切回数を求めるものであるが,手数料が,仕切回数ではなく,取引枚数に応じて決まることを考慮すれば,同計算式に合理性はない。
また,原告の主張する手数料化率の計算式は,予測できない相場の状況に左右される帳尻損金を分母とするものであって,委託者の取引による損金が膨らめば膨らむ程手数料化率は低くなるという関係にあり,同計算式によって算出された結果は偶然の産物である。さらに,同計算式によれば,取引において利益が出ている場合には算定が不能であり,その不合理性は明らかである。
ク 仕切拒否
Cが,原告からの手仕舞いの要請を無視して本件取引を継続したとの事実は全くない。
(2) 損害額
(原告の主張)
ア 原告は,被告従業員らの前記不法行為により,売買差損金として343万6800円,手数料として1019円万0300円,弁護士費用として130万円,合計1492万7100円の損害を被った。
イ 被告従業員らは,原告に対する加害又は自己図利の目的をもって,本件取引を主導し前記不法行為を行ったものであり,他方,原告に落ち度は殆どないか,あっても極めて軽微なものにとどまるから,過失相殺をすべきではない。
(被告の主張)
原告主張の損害額は争う。
第3証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから,ここにこれを引用する。
理由
1 不法行為の成否(争点(1))について
(1) 基本的事実,証拠(甲第4号証の1ないし41,第5,第6号証,第7,第8号証の各1,2,乙第1号証の1ないし4,第2号証の1,2,第3ないし第7号証,第10号証の1ないし3,第11ないし第20号証,証人C,同Dの各証言,原告本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。
ア 原告は,昭和18年○月○日生まれの男性であり,昭和41年3月,b大学経済学部を卒業してc株式会社に入社し,同社に約14年間勤務した後,原告の兄が設立・経営していたa社に入社し,現在,同社の代表取締役の地位にある。原告は,平成7年当時,年間700万円ないし800万円(申告所得額は約600万円)の収入を得ており,平成8年分及び平成9年分の申告所得額も約600万円であった。Xの主たる業務は,一般住宅建築の基礎工事や道路の補修工事等であり,原告及びその妻を含めて4名で同業務に従事していた。
イ 原告は,平成7年5月ころ,a社の事務所にBら被告従業員らの訪問を受け,同人らから,金の商品先物取引の勧誘を受けた(以後の原告方への訪問はすべて同社事務所への訪問である。)。原告は,それまで商品先物取引はもちろん,株式取引の経験すらなかったが,上記勧誘を受けて商品先物取引に興味を抱くようになり,その後も複数回に渡り被告従業員らから勧誘を受けた。
原告は,同年12月ころ,千葉県●●●に所有していた土地を売却して代金約2500万円を得た。原告は,そのうち約1000万円は,国民金融公庫から借り入れたマンション購入資金の返済に充てたが,その余の約1500万円が手元に残ったことから,そのころ,被告従業員らの勧誘により,これを委託証拠金として金の商品先物取引に参加する意思を固めた。
ウ Cは,原告が商品先物取引に参加する意思を固めたことから,同月13日,Bに同行して原告方を訪問し,原告に対し,「商品先物取引委託のガイド」及びその別冊(乙第2号証の1,2。以下,これらを総称して「委託ガイド」という。),「受託契約準則」,「約諾書」(乙第3号証),「通知書」(乙第4号証),「振込先指定申出書」(乙第7号証),アンケート(乙第8号証の1)等の入った封筒を交付し,委託ガイドを用いて商品先物取引の仕組みや危険性(投機性)等について説明を行った。そのうえで,Cは,原告に「約諾書」及び「通知書」に署名押印をしてもらうと共に,ひな形を示して,その場で,原告に,「岡藤商事株式会社 取締役社長E殿」あての手書きの同日付けの署名押印のある「申出書」(乙第5号証)を作成してもらった。その本文には,「今般貴社を通じ商品先物取引を行うにあたり,取引の仕組み,ルール,投機性等を充分に理解した上で,自己の判断と責任に於いて参加いたします,また,資金については自己の資金範囲内とし,損得は全て私の責任に於いて処理いたします。 平成7年12月13日」と記載されている。
その際,原告は,C及びBに対し,委託証拠金として預託する予定の1500万円のうち約800万円が平成8年4月に納めるべき譲渡所得税等の準備金であり,そのため,取引期間については,同年3月一杯までとするつもりである旨伝えた。
その後,Cは,原告に対し,金だけではなく,米国産大豆及びゴムの商品先物取引にも参加するように勧め,これを受けて,原告は,米国産大豆及びゴムの商品先物取引にも参加する意思を固めた。
エ 原告は,Bに対し,金50枚,米国産大豆50枚,ゴム100枚の各買建を行いたい旨の意向を示したが,外務員であるBは,被告の定める受託業務管理規則(乙第11号証)により,新規委託者である原告からの受託につき,その判断枠が20枚に限定されており,100枚を超える受託については,地区本部長の決裁が必要であったことから,「新規委託者からの受託調書」(乙第10号証の1)を作成して,本件支店の支店長であるCの決済を得たうえで,平成7年12月20日,被告東京支店に在籍する地区本部長Fの決済を仰ぎ,同月21日,同地区本部長の決済を得た。
なお,上記受託調書には,原告の年収が「約2300万」,預金が「約1億」,投機資金が「約4000万」と記載されており,また,平成7年12月22日及び平成8年1月5日各申請に係るC作成名義の「新規委託者からの受託調書」(乙第10号証の2,3)にも,同様の記載がされていた。
オ B及び本件支店管理課顧客サービス班に所属するD(以下「D」という。)は,平成7年12月21日,再び原告を訪問した。
B及びDは,上記当日午前11時ころから午前12時近くまで原告方に滞在し,その間,Dが,原告に対し,商品先物取引に関する説明をした。その骨子は,商品先物取引が100%儲かるものではないことを説明したうえ,委託ガイド等を用いて,注文方法,売りと買いを間違えると大変なことになること,毎回毎回うまくいくとは限らないこと,取引が成立すると,まず電話で報告するので,その際,メモをとって欲しいこと,その2,3日後に送付されてくる「委託売付・買付け報告書および計算書」(以下「計算書」という。)で取引の結果を確認して欲しいこと,計算書の読み方,手数料が売付と買付の双方に掛かること,「残高照合通知書」が毎月10日前後に送られてくること,同通知書の読み方,同通知書の2枚目に署名押印をして返送して欲しいこと,商品取引員の禁止事項として,断定的判断の提供等が禁止されていること,委託証拠金制度の概要,委託証拠金制度により,少額の委託金で取引できるため利益も大きいが,その反面,損失も大きくなる可能性があることに十分に注意する必要があること,取引の結果生じた損得がすべて原告の自己責任となること等であった。そのうえで,Dは,原告に対し,委託ガイドを再度読んで不明な点があれば,問い合わせて欲しい旨を告げた。さらに,Dは,「準備金による委託証拠金充当同意書」(乙第6号証)について説明し,原告は,上記同意書に署名押印をし,これをDに交付した。さらに,原告は,Dに対し,額面1500万円の小切手を交付し,Dは,原告に対し,預り証を交付した。そして,Dは,原告に対し,金50枚,米国産大豆50枚,ゴム100枚の各注文の確認をした。その後,Dは,同所から本件支店に電話をしてCを呼び出し,原告と電話を替わり,原告は,Cに対し,上記各注文を告げた。
カ その後は,Cが原告からの取引受託の事務を行い,原告は,Cの電話連絡による情報提供及び取引の勧奨に基づき,自らの意思により,Cに対し,別紙取引経過一覧表記載の各取引の注文を行い,本件取引が行われた。
Cは,原告に対し,ほぼ毎日,相場及び原告の損益の各概況について報告をし,原告から注文のあった取引が成立すると,その都度,原告に対し,電話により,その旨報告すると共に,仕切取引による大まかな損益について報告した。さらに,被告は,原告に対し,取引成立の都度,遅滞なく,商品名,新規・仕切の区別,約定年月日,場節,売枚数・買枚数,約定値段,総約定代金,売買差金,委託手数料,取引所税,消費税,差引損益,預かり委託証拠金額,委託証拠金必要額,返還可能額,損益状況等が記載された計算書(甲第4号証の1ないし40)を送付した。
キ また,被告従業員は,平成7年12月25日,帳尻金の支払として,100万円を持参し,これを原告に交付し,原告は,同日,領収書(乙第12号証)に署名押印をし,これを被告従業員に交付した。
原告は,同日,被告従業員から交付された「お取引明細書」(乙第14号証)に,同日付けで「下記相違なし」「12/22に注文したゴムの両建について私が指示したものです」と自署し,確認の署名押印をしたうえ,これを被告従業員に交付した。さらに,原告は,平成8年1月8日ころに被告から送付されてきた「残高照合通知書(回答書)」(乙第15号証)に,同月13日付けで確認の署名押印をしたうえ,そのころ,これを被告に返送し,同年2月5日ころに被告から送付されてきた「残高照合通知書(回答書)」(乙第16号証)に同月7日付けで確認の署名押印をしたうえ,そのころ,これを被告に返送し,同月2月8日に被告従業員から交付された「お取引明細書」(乙第17号証)に同日付けで「下記相違なし」と自署し,確認の署名サイン(氏名に続けて「X」と記載しこれを丸で囲んだ印)をしたうえ,同日,これを被告従業員に交付した。
ク 原告は,平成8年2月下旬ないし同年3月上旬ころ,Cから,取引で多額の損失が発生した旨の報告を受けたので,同人に対し,現段階で,既存取引を全て仕切った場合,どれくらいの金額が戻ってくるのかを尋ねたところ,同人から,約700万円である旨の回答を得た。
原告は,Cから,今後も取引を継続するかどうかを尋ねられて逡巡したが,Cから,現段階で清算すると損失が大きいので取引を継続して損失を挽回することを勧められ,かつ,最大限尽力する旨述べられたことや,原告としても損失を挽回したかったことから,取引を継続することを決めた。
ケ ところが,原告が合計115枚売り建てていた限月平成8年12月の米国産大豆の値段が,同年3月末ころから大幅に値上がりし,多額の損失を被ったため,原告は,同年4月9日までに本件取引に係る建玉をすべて仕切り,本件取引をすべて終了させた。
そこで,被告は,帳尻金等の清算を行い,原告は,同月16日,預託金残金53万8003円の振込(甲第6号証)返還を受けた。
コ 原告は,平成8年4月12日,原告の実姉から550万円を借り入れ,これに上記返還を受けた預託金残金等を合わせて,同月18日,所得税605万3900円(甲第6号証)を納付し,市民税・県民税については,同年6月28日に48万0900円,同年10月8日,同年12月30日及び平成9年3月18日に各49万9000円合計197万7900円を分割して納付(甲第7号証の1,2)した。
(2) 各争点に対する検討
ア 不適格者への勧誘について
(ア) 原告は,被告従業員らが,原告に対し,その属性及び資金の性格からみて商品先物取引に参加する者としての適格性を欠いていたにもかかわらず,本件取引への参加を勧誘した違法があった旨主張する。
(イ) 前記認定の事実によれば,原告は,本件取引開始当時,商品先物取引の経験はもちろん,株式取引の経験すらなく,原告が本件取引の委託証拠金にあてた1500万円のうち約800万円は,平成8年4月ころに納付すべき所得税及び市民税・県民税の納税準備金であったことが認められる。
しかしながら,前記認定の事実によれば,原告は,4年制大学の経済学部を卒業し,民間企業に約14年間勤務した後,約15年間にわたって実兄が経営していたa社の経営に参加してきたという経歴を有し,本件取引当時も,同社の代表取締役の地位にあったこと,原告は,本件取引当時,満52歳であり,十分な判断能力を有していたことがそれぞれ認められるから,同社が小規模な会社にすぎないことを考慮したとしても,原告が,その属性からみて,商品先物取引に参加する者としての適格性を欠いていたとまでは認められない。
また,前記認定の事実によれば,委託証拠金に当てられた上記1500万円のうち約700万円は,土地売却代金約2500万円から国民金融公庫への返済約1000万円及び上記納税準備金約800万円を控除した残余であり,純然たる余裕資金であることが認められるから,それが投資資金としての適格性を欠いていたものと認めることはできない。
さらに,前記認定の事実及び証拠(原告本人尋問の結果)によれば,原告は,所得税は実姉からの借入により,市民税・県民税は分割納付(これは,もともと各納期により分割納付が予定されているものである。)により,いずれもその全額を納付することができたこと,原告は,持ち家(マンション)に居住しており,その購入のための借入金も,その大半が返済済みであったこと,原告には,年間700万ないし800万円の収入があったこと,原告が,平成8年2月下旬ないし同年3月上旬ころ,それまでに本件取引により,約800万円の損失が出ているにもかかわらず,取引を継続したことがそれぞれ認められ,これらの事実を考慮すると,上記納税準備金約800万円についても,それが投資資金としての適格性を欠いていたとまでは認めることができない。
そうすると,原告が,その属性及び投資資金の性格からみて,商品先物取引に参加する者としての適格性を欠いていたものと認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はないから,原告の上記主張は採用することができない。
イ 説明義務違反について
(ア) 原告は,被告従業員らが本件取引の勧誘に当たって,原告に対し,商品先物取引の危険性及びその程度を何ら説明することなく,かえって有利性に偏重した説明を行った違法があった旨主張する。
(イ) しかしながら,本件全証拠を検討しても,原告の上記主張事実を認めるに足りる証拠はなく,かえって,前記認定の事実及び証拠(乙第2号証の1,第3,第5,第18ないし第20号証,証人C,同Dの各証言,原告本人尋問の結果)によれば,Cは,平成7年12月13日,原告に対し,委託ガイド(乙第2号証の1,2)を交付したこと,同ガイド(本誌)の見開きには,「商品先物取引の危険性について」との大見出しで,「あなたは、この書面の内容を十分に読んで、以下のことをあらかじめ認識し、商品先物取引を注意深く研究してそのしくみを十分に理解したうえで、取引を行う必要があります。」「1.先物取引においては、総取引金額に比較して少額の委託証拠金をもって取引するため、多額の利益となることもありますが、逆に預託した証拠金以上の多額の損失となる危険性がありますので、今回新たに先物取引を開始されるにあたっては、あなたの資金の余裕その他を十分に配慮したうえで取引を行うようにして下さい。」「2.相場の変動に応じ、当初預託した委託証拠金では足りなくなり、取引を続けるには追加の証拠金を納入することが必要となることがあります。さらに、追加の証拠金についても全額損失となり戻らないことになることもあります。」等と記載されていること,Cが,同日,同ガイドを用いて,商品先物取引の仕組みや危険性(投機性)等について説明を行ったこと,Dが,同月21日,原告に対し,商品先物取引が100%儲かるものではないことを説明したうえ,委託ガイド等を用いて,注文方法,取引結果の確認方法,委託証拠金制度による上記危険性等を説明したこと,殊にDによる上記説明は,原告方で約1時間にわたって行われたものであるが,その説明は詳細を極め,原告もこれに逐一相槌をうち,説明内容によってはそれが分かっていることである旨答えていること(この情況は乙第20号証の録音テープに収録されている。),原告も,上記各説明を受けたことにより,商品先物取引の危険性を十分認識していたことがそれぞれ認められるから,原告の上記主張は採用することができない。
ウ 新規委託者保護義務違反について
(ア) 原告は,被告従業員らは,新規委託者である原告に対し,当初の3か月間は20枚を超える取引枚数を勧誘・受託しないように配慮すべき義務があったにもかかわらず,同義務に違反した違法があった旨主張する。
(イ) 証拠(甲第3号証,乙第11号証)によれば,日本商品先物取引協会は,その「受託等業務に関する規則」(平成3年10月施行)において,商品取引員は,受託等業務の適正な運営及び管理に必要な事項について,同協会が別に定める「受託業務管理規則制定に係るガイドライン」を踏まえ,社内規則として受託業務管理規則を制定することを義務づけ(受託等業務に関する規則8条1項),同ガイドラインは,「未経験者等の取引に係る管理措置」と題して,委託者の取引意思,取引の経験,資金力,判断力等適格性の審査結果に応じて受託取引数量を制限する等特段の管理措置を講ずることを義務づけ,これを受けて,被告は,受託業務管理規則(乙第11号証)を制定し(平成元年11月から実施),同規則において,本件取引当時,新規委託者からの受託にあたっては,委託者保護の徹底とその育成を図るため,3か月間の習熟期間を設け,当該委託者の資質・資力等を考慮のうえ,相応の建玉枚数の範囲においてこれを行うものとし(同規則6条),同規則中の「商品先物取引の経験のない新たな委託者からの受託に係る取扱い要領」において,新規委託者の建玉枚数に係る外務員の判断枠を20枚とし,母店(本店,東京店,名古屋店,福岡店)以外の本件支店を含む店舗にあっては,支店長の判断枠を100枚までとし,委託者から同判断枠を超える建玉の要請があった場合には,顧客サービス班の地区本部統括責任者が妥当と認められる範囲内において受託するものとする旨定めている。
このように日本商品先物取引協会が主導し,かつ,これを受けた被告を含む商品取引員においても上記各規制を定めて新規委託者の保護を図っている趣旨は,商品先物取引の投機性,複雑性,相場観等の判断の困難性等の事情から,新規委託者に大量の取引をさせ万一損失が生じた場合には,損失額が多額になる危険性があることから,こうした事態を回避し,商品先物取引の投機性,危険性を理解させ,自己責任原則が適用できる基盤を確保するためであると理解することができる。
かかる趣旨にかんがみると,商品取引員及びその従業員は,新規委託者に対し,その取引意思,取引の経験,資金力,判断力等を考慮したうえ,相当期間,相応の建玉枚数の範囲を超えた勧誘を行わないようにすべき注意義務があるということができる。しかしながら,他方で,商品取引員が定める判断枠は,商品取引員の内部規則にすぎず,また,同判断枠を超える受託も内部手続を経ることによって可能とされていることに照らすと,商品取引員の従業員が,上記判断枠を超える勧誘を行ったとしても,それを直ちに違法な勧誘行為として不法行為を構成するものと評価することはできないものと解するのが相当であり,したがって,この点に関する原告の主張は採用することができない。
(ウ) そこで,上記判断を前提に検討するに,前記認定の事実及び弁論の全趣旨によれば,原告は,本件取引を開始する以前に商品先物取引はもちろん,株式取引すら行ったことのない新規委託者であったこと,Cは,原告から,本件取引開始日である平成7年12月21日に金50枚,米国産大豆50枚,ゴム100枚,合計200枚の取引を受託したこと,同月の月間受託売買枚数は,新規630枚,仕切り400枚,合計1030枚,平成8年1月の月間受託売買枚数は,新規360枚,仕切り395枚,合計755枚,同年2月の月間受託売買枚数は,新規130枚,仕切り134枚,合計264枚,同年3月の月間受託売買枚数は,新規292枚,仕切り334枚,合計626枚,同年4月の月間受託売買枚数は,新規0枚,仕切り159枚,合計159枚であり,全期間を通算すると,その受託売買枚数が2834枚であり,その取引枚数が新規委託者の行うものとしては多かったことがそれぞれ認められる。
しかしながら,前記認定の事実によれば,原告の予定する取引期間は,納税の都合上,平成8年3月までの約3か月間であったこと,原告は,本件取引の開始にあたって,納税準備金として約800万円を確保しておかなければならなかったにもかかわらず,これを含めて手元にあった1500万円を委託証拠金として本件取引を開始したこと,原告は,平成8年2月下旬ないし同年3月上旬ころ,それまでに本件取引により約800万円の損失が出ていたことを承知していたにもかかわらず,本件取引を継続したことが認められ,これらの事実によれば,原告は,約3か月間という短期間でより多くの利益を得ることを企図して,本件取引を開始するに至ったものであり,原告の取引意思は強固であり,かつ,原告の投機意欲は高かったものと推認することができる。
さらに,原告は,その属性及び投資資金の性格からみて,商品先物取引に参加する者としての適格性を欠いていたものではなく,十分な判断能力を有していたものであり,また,原告が被告従業員らから,商品先物取引の仕組み,危険性等について十分な説明を受け,その危険性につき十分認識していたことはそれぞれ前記のとおりである。
このように,原告の取引意思が強固で投機意欲が高く,その資金力及び判断力に特段の問題がなく,商品先物取引の危険性を十分認識していたことにかんがみると,上記のとおり,原告が,それまで商品先物取引の経験がない新規委託者であり,本件取引における取引枚数が多かったことを考慮したとしても,被告従業員らが,相当期間,相応の建玉枚数の範囲を超えた勧誘を行ったものとまでは認めることはできず,原告の上記主張は採用することができない。
なお,前記認定の事実及び弁論の全趣旨によれば,B及びCが,上記顧客サービス班の地区本部統括責任者の決済を得るために作成した各「新規委託者からの受託調書」(乙第10号証の1ないし3)には,原告の年収が「約2300万」,預金が「約1億」,投機資金が「約4000万」と真実に反する記載がされており,また,上記受託調書に係る各取引以外の取引につき,上記地区本部統括責任者の決済を仰いだ形跡はなく,Cは,被告の受託業務管理規則及び新たな委託者からの受託に係る取扱い要領所定の内部手続を必ずしも適切に経ていなかったことがそれぞれ認められるが,被告が上記内部手続を適切に履践していなかったとしても,相応の建玉枚数の範囲を超えて勧誘を行ったとは認められない本件においては,原告との関係で上記注意義務違反があったと評価することはできない(逆に,被告が内部手続を履践していたとしても,相応の建玉枚数の範囲を超えた勧誘を行った場合には,上記注意義務違反を認める余地を生じる。)から,上記認定の事実は,前記認定,判断を左右するものではない。
エ 断定的判断の提供について
原告は,Cが,原告に対し,「絶対に儲かりますから」等と利益が生ずることが確実であると誤解させるような断定的判断を提供して商品先物取引の委託を勧誘した旨主張する。
しかしながら,本件全証拠を検討しても,上記主張事実を認めることはできず,かえって,原告が,本件取引開始前に,被告従業員らから,商品先物取引が100%儲かるものではないこと及び商品取引員が断定的判断を提供することは禁止されていることについて十分な説明を受けたことは前記認定のとおりであるから,原告の上記主張は採用することはできない。
オ 両建勧誘について
(ア) 原告は,Cが,原告にとって有害・無益な両建を勧誘した違法があった旨主張する。
(イ) 前記基本的事実及び前記認定の事実によれば,少なくとも金8及び12の各建玉,米国産大豆14,15及び22の各建玉,ゴム5及び9の各建玉,とうもろこし10の建玉が両建にあたること,上記各建玉のうちゴム5の建玉は,同限月の両建であること,上記各建玉の委託は,原告が,Cからの情報及び勧奨に基づき,自らの意思により行ったものであることがそれぞれ認められる。
そして,両建は,予想に反して相場が変動し今後の予測が難しい状態となった場合の対処手段として従来から用いられてきた取引手法であり,既存建玉の差損金の清算をする必要がなく,適当な時期に仕切ることにより,両建時の損失を回復することも可能であることからすれば,一概に有害・無益な取引手法ということはできないが,他方,同手法は,売りと買いの両方に委託証拠金及び手数料を必要とし,また,利益の出ている建玉だけを仕切るためには追証拠金の拠出が必要となる場合もあり,さらに,手仕舞いの判断を誤ると損失の危険が大きくなるものであるから,同手法の勧誘は,委託者の適格性や資金力を考慮して慎重になされなければならないものということができる。
本件取引において,両建取引が少なくとも7回行われたことは前記のとおりであるが,原告の適格性及び資金力に特段の問題がないことは前記のとおりであること,前記認定の事実によれば,本件取引が原告が取引開始時に預託した委託証拠金1500万円の範囲内で行われたこと,上記各両建取引は,Cの勧奨に基づくとはいえ原告の意思に基づき行われたものであることがそれぞれ認められ,これらの事実に,両建取引が売りと買いの両方に手数料が必要になるといっても,それは両建時に既存建玉を仕切ってその後に新規建玉をした場合と異ならないこと,Cが上記各両建取引を専ら手数料獲得目的で勧誘したと認めるに足りる証拠はないことを考慮すると,Cによる上記各両建取引の勧誘が原告の適格性や資金力を無視した違法なものであったとまでは認めることができず,原告の上記主張は採用することができない。
カ 無断売買,一任売買について
原告は,Cが無断売買及び一任売買を行った旨主張し,Cが原告に無断で原告の委託名義で取引を行って,これに対する事後承諾を押し付けたことが2,3回あった旨供述する。
しかしながら,前記認定の事実,証拠(乙第19号証)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,各取引の成立の都度,被告から取引の内容の報告を受けているにもかかわらず,何ら異議を申し入れていないばかりか,本件取引終了後約3年間,被告に対し,何ら異議を申し入れていないことが認められ,これら事実に照らすと,原告の上記供述を直ちに採用することはできず,他に原告の上記主張を認めるに足りる証拠はないから,同主張を採用することはできない。
キ 過当取引(無意味な反復売買)の勧誘について
(ア) 原告は,被告従業員らが,原告に対し,専ら手数料稼ぎを目的として,約4か月の間に,後記特定売買23回を含む53往復,合計取引枚数1417枚(新規・仕切り取引の往復で2834枚)の取引を勧誘し,これを受託したものであり,違法な過当取引の勧誘があった旨主張する。
(イ) 前記認定の事実によれば,本件取引期間(111日間)中に,原告委託名義で,新規39回,仕切り53回,合計取引枚数1417枚(新規・仕切り取引の往復で2834枚)の取引が行われたことが認められ,かかる取引回数及び取引枚数からは,本件において,短期間に多数の取引が行われたものと一応評価することができる。
しかしながら,前記のとおり,原告の投機意欲が高く,その投機資金が1500万円と高額であったにもかかわらず,取引期間が納税の都合により約3か月間に制限されていたこと,原告は,Cの電話連絡による情報提供及び取引の勧奨に基づくとはいえ,自らの意思により,Cに対し,本件取引の注文を行っていたことに照らすと,上記のように短期間に多数の取引が行なわれるに至ったのは,原告の意向によるものと推認するのが相当であり,これに前記原告の適格性をも考慮すると,上記取引回数及び取引枚数から,被告従業員らによる違法な過当取引の勧誘があったものと推認することはできない。
(ウ) さらに,前記認定の事実及び証拠(甲第3号証)によれば,旧農林水産省が,平成元年4月1日,「委託者売買状況チェックシステム」(昭和63年12月27日通達。以下「チェックシステム」という。)を,旧通商産業省が,同日,「売買状況に関するミニマムモニタリング」(平成元年1月23日通達。以下「MMT」という。)をそれぞれ導入し(いずれも平成11年4月に廃止),商品取引員の行う受託業務の適正な運営を確保し,委託者管理の徹底に努めるため,「売(買)直し」,「途転」,「日計り」,「両建玉」(以上いずれも異限月のものを含む。)及び「手数料不抜け」を特定売買と名付け,取引開始後3か月未満の新規委託者を対象として,特定売買比率(特定売買回数÷合計延回数×100)の報告等を商品取引員に義務づけたこと,本件取引のうち,買直しに当たる取引は1回(ゴム15の取引),途転に当たる取引は17回(金3,8,10及び12,米国産大豆3,5,9,11,14,24,26及び28,ゴム3,9及び11,とうもろこし10及び12の各取引),日計りに当たる取引は2回(米国産大豆6,ゴム4の各取引),両建に当たる取引は少なくとも7回(前記のとおり),手数料不抜けに当たる取引は3回(金13,ゴム25,どうもろこし9の各取引)であり,特定売買に当たる取引が少なくとも23回(1個の取引で複数の特定売買に該当するものがあるので,上記各回数の合計とは一致しない。)行われたことがそれぞれ認められる。
しかしながら,特定売買は,一般的にいって,その態様ごとに被告が主張するようなそれなりの合理性があることも認めざるを得ないのであり,要するに,両建が一概に委託者にとって有害・無益な取引手法ということはできないし,また,買直し,途転,日計り及び手数料不抜けについても,相場の状況と相場観によっては,それ自体直ちに無意味・不合理な取引であるということはできないから,上記各特定売買の存在から,本件取引について,被告従業員らによる違法な過当取引の勧誘があったものと推認することはできない。
(エ) なお,原告は,違法な過当取引の勧誘があったかどうかについては,①特定売買比率(全建落回数のうち特定売買の占める割合)が20%を超えるかどうか,②売買回転率(1か月(30日)当たりの仕切回数)が3回を超えるかどうか,③手数料化率(売買差損金額に手数料額を加えた金額のうち手数料額の占める割合)が10%を超えるかどうかによって判断すべきであるところ,本件において,①特定売買比率は約27.3%,②売買回転率は約14.32回,③手数料化率は約74.78%であり,これらは本件取引が違法な過当取引であったことを裏付けるものである旨主張する。
しかしながら,特定売買が,それ自体直ちに無意味・不合理な取引手法であるとはいえないことは前記のとおりであるから,これを数値化したにすぎない上記特定売買比率の数値から,直ちに,本件取引において,被告従業員らによる違法な過当取引の勧誘があったことを推認することはできない。
また,本件においては,前記のとおり,原告の意向により短期間に多数回の取引が行なわれたものであるから,そのような取引回数を数値化したにすぎない上記売買回転率の数値から,被告従業員らによる違法な過当取引の勧誘があったことを推認することはできない。
さらに,原告の主張する手数料化率は,前記のとおり,売買差損金額に手数料額を加えた金額のうち手数料額の占める割合を示すものであるため,売買差損金額が多額になればなるほど同手数料率は低くなる関係にあるが,そうすると,商品取引員の勧誘員が専ら手数料を獲得する目的で無定見な取引の勧誘を行い,その結果,売買差損金額が多額になればなるほど,同手数料化率はかえって低くなるという不合理な結果となるばかりか,売買差益が出ている場合には,その算定が不能となるものであり,したがって,同手数料化率が高いことから,違法な過当取引の勧誘があったことを推認することは不合理であって,この点に関する原告の主張は採用することができない。
(オ) 前記のとおり,本件においては,一応短期間に多数の原告委託名義による取引が行われており,同取引の中には特定売買に当たる取引も少なからず含まれていたことが認められるが,これらの事実から,被告従業員らが,原告に対し,違法な過当取引の勧誘を行ったことを推認することはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はないから,原告の前記主張は採用することができない。
ク 仕切拒否について
原告は,Cが,平成8年2月下旬ないし同年3月上旬ころ,原告からの仕切の申出に従わず,原告委託名義での取引を継続した旨主張する。
前記認定の事実によれば,Cは,上記日時ころ,取引を継続するか否かにつき逡巡していた原告に対し,取引を継続して損失を挽回することを勧めたことが認められるが,これをもって違法な仕切拒否があったと評価することはできず,他に被告従業員らが違法な仕切拒否を行ったと認めるに足りる証拠はないから,原告の上記主張は採用することができない。
(3) そして,前記認定に係る被告従業員らの本件取引に関する各行為を一連一体のものとして考慮しても,本件取引は商品先物取引に参加する者としての適格性に欠けるところのない原告が,その意思に基づいて行ったものと認めるのが相当であり,被告従業員らの上記各行為をもって不法行為を構成するものとすることはできないというべきである。
よって,本件取引に関する被告従業員らの各行為が一連一体のものとして不法行為に当たる旨の原告の前記主張は採用することができない。
2 結論
以上のとおりであり,原告の本件請求は,その余の点について検討するまでもなく理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 櫻井登美雄 裁判官 志田博文 裁判官 堀田匡)
<以下省略>