横浜地方裁判所 平成11年(ワ)4097号 判決 2002年3月14日
原告
甲野花子
同訴訟代理人弁護士
影山秀人
同
堤浩一郎
同
小島周一
同
菊地哲也
同
野村正勝
同
関守麻紀子
被告
学校法人平和学園
同代表者理事長
乙山太郎
同訴訟代理人弁護士
須須木永一
同
杉原尚五
同
杉原光昭
同訴訟復代理人弁護士
奥園龍太郎
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 原告が被告に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は原告に対し,411万4300円及びうち92万0200円に対する平成11年8月1日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員並びに同年11月1日以降毎月20日限り月額45万6300円の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,被告学園が設置する高等学校の音楽教諭として雇用された原告が,被告学園から受けた解雇が違法,無効であると主張して,被告学園に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることの確認及び賃金の支払を求めた事案である。
1 争いのない事実等
(1) 被告学園は,平和学園高等学校全日制普通科(平成12年4月アレセイア湘南高等学校と改称。以下「平和学園高校」という。),平和学園中学校(平成11年4月アレセイア湘南中学校と改称),平和学園小学校及び平和学園幼稚園を設置している学校法人である。
(2) 原告は,昭和61年4月1日,平和学園高校の音楽教諭として被告学園に雇用された。
(3) 被告学園は,原告に対し,平成11年2月27日到達の書面によって,就業規則12条の規定により同年3月31日をもって解雇する旨,解雇予告の意思表示をした上,同日到達の書面によって,同規定により同日をもって解雇する旨の意思表示(以下「本件解雇」という。)をした(<証拠略>,弁論の全趣旨)。
(4) 被告学園の就業規則には次の定めがある(<証拠略>)。
12条(解雇)
1 職員が次の各号の一に該当した場合は解雇することがある。
(1) 試用期間中又は試用期間が満了し引き続き職員として勤務することが不適当と認められたとき。
(2) 心身の故障のため職務の遂行に支障があり又はこれに耐えない場合。
(3) 勤務実績がよくない場合。
(4) 学級数の減少,その他やむなき事情により剰員を生じたとき。
(5) その他,やむを得ない事由のあるとき。
2 前項の規定により職員を解雇する場合は,解雇しようとする日の30日前までに予告しなければならない。ただし,予告できないときは30日分の平均賃金を支払うものとする。
3 第1項第4号の適用については,学園と職員の代表の意見の調整を図ることを原則とする。
2 争点
(1) 本件解雇の適否
(2) 本件解雇がなかったとした場合における原告の賃金の額
3 当事者の主張の骨子(略)
第3当裁判所の判断
1 争点(1)(本件解雇の適否)について
(1) 被告学園の設立経緯,教育方針等
証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 被告学園は,我が国最初の虚弱児童養護施設として大正6年7月10日設立された白十字会林間学校を前身とし,昭和26年3月10日,著名なキリスト教伝道者である賀川豊彦を初代理事長,村島帰之を初代学園長として設立されたキリスト教主義を教育方針とする学校法人であり(同年4月設立認可),「キリスト教信仰に基づき,自由で平和であたたかい愛の学園を築き,神を信じ,隣人を愛する人,真の平和をつくり,世の益となるまことの人を世に送りだすこと」を「建学の精神」として掲げている。
イ 被告学園は,上記の「建学の精神」に基づき,従来から,不登校児,学力不足児,不本意入学児等を積極的に受け入れ,そうした生徒に意欲を与え学力をつけて社会に送り出すことを被告学園の教育の特色とし,このため,一面では「底辺校」,「落ちこぼれ校」などの評価もあるが,「面倒見の良い学校」との高い評価も受けている。
ウ 被告学園は,キリスト教主義を教育方針とすることから,月曜日から金曜日までの毎朝,授業開始前に全校生徒を講堂(賀川・村島記念講堂)に集合させて「生徒礼拝」を行うことを重要な日課としている。このため,被告学園は,昭和60年4月チェコスロバキアのリーゲルクロス社から数千万円を投じて我が国で4番目に当たるパイプオルガンを購入し,創立40周年を記念して昭和61年7月講堂にこれを設置し,同年秋から毎回の生徒礼拝での奏楽に使用している。また,被告学園は,教職員が参加する「職員礼拝」を行うことも毎朝の重要な日課としているが,これは,生徒礼拝に先立って別の会場で行い,奏楽にはリードオルガンを使用している。
(2) 原告の勤務状況等
争いのない事実等,証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 原告の採用経過
原告は,昭和57年3月東北学院大学一部キリスト教学科を卒業した後,さらに,上野学園大学音楽学部器楽学科オルガン専門に進学してパイプオルガンを専攻してから,昭和61年3月これを卒業し,同年4月1日被告学園の平和高校音楽教諭として雇用された。被告学園における原告の採用面接は,昭和60年10月土屋虎男学園長によって行われたが,上記のとおり同年4月パイプオルガンを購入し,翌年にはこれを講堂に設置する運びになっていた被告学園側は,パイプオルガン演奏者として原告に大きな期待を寄せて原告の採用を内定した。
イ クラス担任の拒否について
(ア) 被告学園のA高等学校長は,新年度のクラス担任の配置のため,昭和62年,例年どおりB教頭と共に個々の教員に面接し,新年度のクラス担任の就任を求める旨申し入れた。被告学園では,新採用2年目から教員をクラス担任に配置するのが通例となっていたことから,同校長は原告とも面接し,クラス担任の就任を申し入れたところ,原告は,「私はオルガンを弾きにきたのだからクラスは持たない。絶対嫌です。」などと言ってこれを拒否し,同校長らが,「学校はあなたを音楽の教師として採用したので,ただオルガンを弾くためにだけ採用したのではない。」と説得しても,聞き入れようとはしなかった。
(イ) A校長は,平成2年,再び原告を校長室に呼び,原告に対し,クラス担任をする気になったかどうかを尋ねたところ,原告は,生徒礼拝のため礼拝堂に行くのが遅くなるなどとして,再びクラス担任を拒否する旨の回答をし,その後,原告からは,本件解雇当時に至るまで,クラス担任を引き受ける旨の意向が示されることはなく,被告学園側も,原告の拒否の態度に変化の兆候がないものと認めて,それ以上クラス担任への就任を求めることはしなかった。
(ウ) 以上のような経過で,原告は,本件解雇時に至るまでクラス担任に就いたことはなく,毎年,学年副担任(平成8年度からは「学年担当」に名称変更)に就任したが,副担任はあくまでもクラス担任の補助であり,クラス担任が不在の折りにクラスの出席をとったり,学年末の成績処理等をするだけの,クラスの生徒に直接関わることが少ない仕事であった。
(エ) クラス担任の仕事は,クラスの生徒たちをまとめ,生徒の言い分を聞き,良いことは良いと認め,悪いことは悪いと指摘し,他の教員とも十分に連絡を取りながら正しく指導する,時には生徒を我が子のようにかばってやる,特に高校1,2年のころの心がちぐはぐなところから起きる問題にも正面から取り組んで,生徒の親とも協力しながら良い方向へと導かなければならない等々,苦労の絶えることがない仕事であるが,被告学園では,不登校児,学力不足児,不本意入学児等の問題のある生徒を積極的に受け入れている関係上,他の学校と比べても,とりわけ負担の大きいものであった。
しかし,被告学園の教員間では,同学園の「面倒見の良い学校」という高い評価がクラス担任の教員の労苦をいとわぬ温かい教育の伝統に支えられているものと認識されていたことから,進んでクラス担任を引き受けるべきであるとの雰囲気が強く,原告のこのような拒否の態度は異例のものであった。
ウ 人型紙人形事件について
(ア) 平成8年11月下旬ころ,学園本館2階にある教職員室に隣接する飲食室のテーブルの裏面に人型紙人形が貼り付けてあるのが,T教諭によって発見された。この人型紙人形は,年賀状の広告ビラを人型に切り取って作られた,縦約24センチメートル,横約19センチメートルの大きさの紙片で,人型の胴体に当たる部分には黒色のマジックインキで乱暴に「学園長死ね」と書き込まれ,紙片の3個所がガムテープでテーブル裏面に貼り付けられたものであった。T教諭はこれをテーブル裏面からはがして教務主任・C教諭に届け出て,C教諭はさらにB高等学校長に提出した。なお,上記飲食室は,被告学園の教職員が飲食の際に日常的に使用する場所で,そのような場所のテーブルの裏面にこのような紙片が貼り付けてあることは思いもよらないことであった。
(イ) この人型紙人形については,調査の結果,原告が作成して上記のとおりの文字を書き込み,これを上記テーブルの裏面に貼り付けたものであることが判明したが,それが,人型であること,これに書き込まれた「学園長死ね」の文言中の「学園長」がA学園長を指すことは明らかであること等のことから,我が国古来の俗信にいわゆる「丑の時参り」をまねて,飲食室のテーブルの裏面という教職員が日常的に使用するが容易に気づかれにくい場所に密かに貼付することによって,A学園長への害意を表現したものと認められた。
このため,B校長は,校長室に原告を呼び,厳重に注意を与え,3日間職員礼拝のオルガン演奏を停止させたが,これは,いわば教職員に対する事件であって生徒に対する事件ではなく,広く知らせていい性格のものではないと思われたので,生徒にはなるべく知られないよう,生徒礼拝や授業は,平常どおりに原告に行わせるようにした。
(ウ) キリスト教では,聖書によって,唯一超越神への信仰が求められ,呪術ないしこれに類するものは厳しく排斥されていることから,「丑の時参り」をまねた原告の上記行為は,被告学園のキリスト教主義の教育の方針とは相容れない重大な非違行為に当たるといわざるを得ないものであった。このため,B校長は,原告の上記行為を,もしも被告学園の理事会で問題になれば,この一件だけで被告学園の教員として資格を欠く者として解雇されるに十分な性格の行為と認めたので,この事件を記録にとどめ,人型紙人形も保存する措置を執った。
エ オルガン演奏について
(ア) 音楽教諭として雇用された原告は,被告学園の重要な日課である生徒礼拝の奏楽を担当することとなったが,上記のとおり,被告学園は,昭和60年4月パイプオルガンを購入し,昭和61年秋からこれを毎回の生徒礼拝に使用することとしたので,原告の生徒礼拝における奏楽は,それ以降パイプオルガンを使用して行われることとなった。
ところが,原告の奏楽は,パイプオルガンを専攻したというにもかかわらず,讃美歌演奏にミスがあり,初見での演奏にもミスが多く,厳粛であるべき礼拝中にクスクス笑い出してしまう生徒もあるという状態であった。また,礼拝での奏楽を担当する者の常識として礼拝の厳粛な宗教的雰囲気に調和する演奏のあり方を当然に心得ているものと思われたが,原告の演奏はこれと異なり,感情の起伏の激しさがそのまま演奏に表れ,時には演奏の荒々しさに生徒も教員も驚かされるという粗暴な態度が見られた。このため,式典や入学式,卒業式等の重要な行事では,音楽科主任ではあったがオルガンの専門家ではなかったD教諭にパイプオルガンの演奏を担当させることが少なくなかった。
被告学園側は,原告のこのような問題のある演奏でも,慣れればやがては少しずつでも改善されていくものと期待していたが,原告の演奏は,いつまで経っても,礼拝の雰囲気とは調和しない粗暴な演奏態度が改善されないままにとどまった。その一方で,原告の演奏技能の程度にもほとんど進展が見られず,被告学園が恒例としている公開の演奏会での演奏を依頼することのできるレベルには達することができず,このため,被告学園では,これら公開の演奏会での演奏を,毎回外部の演奏家や非常勤講師(他校の音楽教諭)等に依頼することを余儀なくされた。
(イ) 上記のとおり,被告学園は,キリスト教主義を教育方針とすることから,毎朝全校生徒を講堂(礼拝堂)に集合させて行う生徒礼拝を重要な日課としてとらえており,その際の奏楽には,司会者の説教や奨励等と同じく,これを聞く生徒に宗教的影響力を与えることが強く求められていた。しかし,生徒礼拝における原告のパイプオルガンの演奏振りは,演奏態度及び技能の両面において,このような期待には到底達し得ない問題のあるものにとどまっていた。
(ウ) ところで,被告学園の音楽教員は,生徒礼拝に先立って行われる職員礼拝の際の奏楽も担当するものとされ,原告も,前任者に引き続き,これを担当することとなった。しかし,原告は,教職員が出席している中をかき分けるようにしてオルガンに到着するや,オルガンのふたを乱暴に開け立てして不用意な音を出し,楽譜をばらばらとめくり,どれにしようかなどとつぶやきながら,大きな音を立てて弾き始めるという,その場の静粛な礼拝の雰囲気にまるで合わない演奏態度をとることが多く,A学園長らが注意しても,このような問題のある演奏態度は改まらなかった。
オ 原告のその他の勤務態度について
(ア) 昭和62年8月,全学園教職員夏期宿泊研修会の際,E幼稚園長と原告が礼拝の奏楽を担当した。礼拝の奏楽は,礼拝にふさわしい弾き方,会衆が歌いやすい弾き方をしなければならないところ,原告の弾き方には他の教員たちも不満で,日ごろから同園長に対して,「どうにかしてほしい。」との訴えがあり,同園長も以前からそのように感じていた。そこで,同園長は,この機会にと,原告に対し,「もう少し礼拝にふさわしい弾き方をした方がよい。讃美歌の伴奏も,そんなにポツンポツンと切ってしまっては歌いにくいし,気持ちが伴うよう,レガートに(なめらかに),歌うように弾いたほうがよい。」と注意した。ところが,原告は,「私は私の弾き方のように習った。そんなふうには習っていない。」と言って,聴く耳を持たないという態度をとった。その後も,同園長が,ある年のクリスマスの職員礼拝の際にも,原告に対して同じような注意をしたことがあったが,原告はまるで無視するという態度をとった。
(イ) 平成元年,生徒礼拝の後,F教頭が原告の礼拝時の演奏のミスについて注意したところ,原告は音楽理論をまくし立てて反論し,聞き入れようとしなかった。
(ウ) 平成2年5月,日本基督教会湘南教会(G牧師)の会員からA学園長に対し,教会オルガン奏者を志望している高校生の子女に被告学園のパイプオルガンを演奏させてほしい旨の依頼があった。そこで,同学園長は,この教会からは生徒も送られてきていることから,原告に時間を空けてもらってこの依頼を引き受けることにした。ところが,当日,その子女が,高校の課外授業が延びたために被告学園への到着が遅れると,原告は,約束の時間に遅れたことを理由に,パイプオルガンに触らせることさえしないという狭量な態度をとった。
(エ) 平成4年10月31日体育館の竣工式典が挙行されることになった折り,A学園長が,被告学園の音楽教員全員(非常勤講師を含む。)にコーラスを依頼したところ,他の音楽教員は時間を割いて練習に協力したのに,原告だけは「このパートは嫌だ。」とか「こんなやり方は嫌だ。」などと言って,主任のD教諭を困らせる非協力的な態度をとった。
(オ) 平成8年8月,被告学園では,自家用車通勤者の通勤手当の見直しを実施した。そこで,被告学園の事務局担当者が,自動車通勤をしていた原告の通勤距離をチェックしたところ,就業規則上通勤距離が2キロメートル未満の者には通勤手当を支給しない定めであったのに,原告の通勤距離は2キロメートルに達していなかったので,原告に対する通勤手当の支給を打ち切ることにした。ところが,原告は,この措置に納得できないとして事務局担当者に談じ込み,H事務局長が,地図上でもスクーターによる実測でも2キロメートルはないと説得したが断じて受入れようとはしなかった。そこで,同事務局長が,事務局長権限で手当の支給を打ち切ると述べると,原告は納得しないまま荒々しく事務室を出て行き,従来受給権がなかったはずの通勤手当を受け取っていたことを謝罪するような態度は一切見られなかった。
(カ) そのころ,被告学園では,通勤自動車が50台を超え,駐車場所の確保が大きな問題となっていたため,毎年抽選で駐車場所を特定し,それ以外の場所には駐車してはならないこととしていたが,4号館には生徒昇降口と職員玄関があって混雑するため,ここから門までの間の幅約4メートル,長さ20メートルのなだらかなスロープには,体の不自由なF教頭の車のみが特別に駐車を認められていた。ところが,ここにしばしば不正に駐車する高校教員があり,担当の事務職員も手を焼いていたところ,この常連の一人が原告で,注意されても一向に聞く耳を持たず,その翌日にも駐車するということがしばしばであった。
(3) 人員整理の実施経過
証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 被告学園の生徒数,教職員数及び財政状況
(ア) 被告学園の生徒数の推移を見ると,生徒数が最大になったのは平成3年度の2291名であったが,その後は,平成7年度1685人,平成8年度1492名,平成9年度1328名,平成10年度1148名と減少傾向をたどっている。特に,高等学校(平和学園高校)の生徒数の減少は著しく,平成3年度1954名であったものが,平成7年度1399名,平成10年度827名と激減している。
(イ) 被告学園における教職員数は,平成7年度93名,平成8年度92名,平成9年度92名,平成10年度91名と,この間93人ないし91人でほぼ横ばいないし微減で推移し,大幅な生徒数の減少と対照をなしている。平成10年度における平和学園高校の教員一人当たりの生徒数は17.2人であり,これは,神奈川県下の私立高校平均22.5人に比して5.3人も少ない比率である。
(ウ) 被告学園の収支状況の変化を平成7年度と平成10年度とで比較して見ると,帰属収入は平成7年度13億3205万2291円に対して平成10年度11億3963万6141円と約1億9241万円の減額,消費支出は平成7年度12億2669万6008円に対して平成10年度13億5078万0874円と約1億2408万円の増額になっている。
人件費について見ると,平成7年度8億6192万6446円(退職金・退職引当金を除き8億2490万4646円)に対して平成10年度10億1854万6094円(退職金・退職引当金を除き8億5204万1663円)と約1億5661万円の増額になり,退職金・退職引当金を除いた額でも約2713万円の増額になっている。これを人件費比率(人件費/帰属収入)で見ると,平成7年度64.7パーセント(退職金・退職引当金を除き63・(ママ)8パーセント)に対して平成10年度89.4パーセント(退職金・退職引当金を除き85.1パーセント)と著しい上昇を示している。なお,平成10年度の私立学校の人件費比率は,県平均約67パーセント,全国平均約66パーセントで,被告学園の平成10年度の人件費比率は,これらのいずれと比較しても相当高い。
学生生徒等納付金について見ると,平成7年度8億6666万5350円に対して平成10年度6億1492万6475円と約2億5173万円の減額になり,平成10年度の人件費依存率(人件費/納付金)は165.6パーセント(退職金・退職引当金を除き138.9パーセント)にも達している。
このため,被告学園の消費収支は,平成5年度には約7300万円の単年度黒字であったものが,平成6年度以降単年度赤字が続き,平成7年度初めには約8億0500万円あった累積黒字が,平成10年度は約1350万円の累積赤字となり,平成11年度決算においては,翌年度への繰越赤字額は更に約3億2300万円に増加している。
以上のように,被告学園の財政は,生徒数の激減に伴って学生生徒等納付金が減少しているのに対し,人件費は従来の高水準のまま推移し,このため,過去の財政黒字が急速な勢いで食いつぶされる状況に陥っている。
イ 「平和学園改革再建の構想」の提示
(ア) 被告学園のI学園長は,平成9年4月1日の就任後,同年11月全教職員を対象に「改革のためのアンケート」を実施し,これによって,教職員が内部から人員整理の必要性を求め,職場改革問題に強い関心を持っていることを知った。その一方で,同学園長は,被告学園の入学志願者の成績水準の余りの低さに驚き,改めて被告学園が「底辺校」として深刻な事態にあることを悟るとともに,少子化の波を受けている全国及び神奈川県の公・私立高校全体の中でも,被告学園の入学志願者数の落ち込み方が特殊といえるまでの危機的状況にあること,すなわち,他校の入学志願者数の低下が平成7年度前後でほぼ底を打っているのに,被告学園のみが,その後も,なお急激なカーブを描いて減少を続けていることを知った。そして,同学園長は,現状のままでは,被告学園が倒産あるいは教職員の給与の支払不能の状態に陥るまでにはそれほど時間がかからず,被告学園の改革と財政再建が一刻の猶予も許されないところまで来ているものと認識した。
(イ) その結果,I学園長は,平成10年4月14日開催の全体会において,被告学園の教職員に対し,要旨次のとおりの「平和学園改革再建の構想」(以下「構想」という。)を発表した。
a 学校改革の理念
今回の改革の理念は,被告学園に定める「教育の十戒」の第十戒に当たる「生徒を一人で神の前に立たせる」ことを一層徹底させることにある。
b 改革の大綱
<1> 高校・中学の改革を通じて,地域社会における学園のイメージを根本的に変え,志願者を増やす。<2> 男女共学・6年制中学高校を発足させる。<3> 平和学園教育研究所及び付属特別学級を設立する。<4> 小学校の授業改革を行う。<5> 一貫教育の構想を進める。<6> 現在の1号館・2号館を取り壊し,環境を整備し,しょうしゃな新校舎を建築する。<7> 事務局の体制の改革整備を行う。
c 人件費削減の必要性とその進め方
<1> 従来は,積立金を取り崩すことで毎年の赤字を補ってきたが,これもあと2年で底をつく状況にある。<2> そこで,当面の財政再建の目標を,帰属収入に対する人件費比率を,とりあえず65パーセントまで引き下げることに置く。<3> これは,人件費を従来の17~20パーセント(年間1億4000万円程度)削減することを意味する。<4> この人件費の数字は,教員の数にすると,約15~20人分に当たる(この人数は,生徒数の予測に基づいて計算した「余剰人員」の数とも,おおむね見合う数字である。)。<5> 人件費削減の進め方については,組合との間で慎重な協議を重ねながら,できることなら全員が何とか納得できる形を見出したいと思っており,とりあえずは,まず希望退職者を募るということから始めるのが最も常識的な進め方と考える。
(ウ) 以上のとおり,I学園長は,「構想」において,当面の財政再建の目標を帰属収入に対する人件費比率をとりあえず65パーセントまで引き下げることに置くが,これは,人件費を従来の17~20パーセント(年間1億4000万円程度)削減することを意味し,教員の数にすると約15~20人分に当たるとする,人員整理計画の数字的な枠組みを教職員全員に提示した。なお,I学園長は,「構想」の提示に当たって,その直前の平成10年3月末ないし4月下旬ころ,整理可能なおおよその人数を決定したが,その人数が上記「約15~20人」であり,これは,人員整理が可能と考えられる人数(整理可能人数)を意味するものであった。
ウ 「大綱」の提示
(ア) I学園長は,上記「構想」に引き続き,同月30日付けで,要旨次のとおりの「大綱」を組合と教職員に送付した。
a 財政再建の数字目標
<1> 生徒数 幼稚園が現状維持,小学校300名,中学高校900~1200名。<2> 人件費削減 帰属収入に対する人件費比率をとりあえず平成11年度から65パーセント以内に抑えることを目標とする。これは金額にして約1億4800万円,率にして約17パーセントの削減となる。また,これは,生徒数(クラス数)の減少に伴って生ずる15名前後の余剰人員の整理をも意味することになる。
b 人件費削減のための具体的手順
<1> まず,希望退職者を募る。<2> 希望退職者が削減目標に達しない場合には退職勧奨を行う。<3> さらに,退職勧奨に応じない人に対しては整理通告を行い,あくまで目標の達成を期する。いずれの場合にも退職期日は平成11年3月31日とする。<4> 希望退職者の受付は平成10年7月10日までとする。<5> 退職勧奨は,同年9月30日までに学園長から直接本人に行う。<6> 整理退職(整理通告)は,同年12月末日まで待った上で学園長から直接本人に行う。<7> 希望退職,勧奨退職及び整理退職のそれぞれの場合につき,退職手当の特例支給を定める。
(イ) 以上のとおり,「大綱」と「構想」とで,財政再建の数字目標における数字に多少相違している部分があるが,帰属収入に対する人件費比率を65パーセントまで引き下げるという両者の大前提に何ら変わりがないことからすれば,「大綱」は「構想」の数字目標を変更したものではなく,より詳細に述べたもの(「構想」の「1億4000万円程度」と「大綱」の「約1億4800万円」との関係)又は幅のある数字の下限の方を述べたもの(「構想」の「約15~20人分」と「大綱」の「15名前後」との関係)にとどまることは明らかである。
エ 希望退職者募集の実施
(ア) I学園長は,同年5月19日付けの教職員各位あての文書で,希望者は同年7月10日までに所属長(各校長)まで申し出るよう求める希望退職者の募集を開始し,次いで同月2日付けの組合あて文書で希望退職者の募集を同月21日まで延長し,さらに,同月21日付けの教職員各位あての文書で,これを同年8月19日まで再延長するとともに,同月20日以降同年9月30日までは第2段階(退職勧奨)に入るが,被告学園側として人員整理(退職勧奨の対象)とせざるを得ないと考えている方々には,これに先立って同年8月19日以前に個別に手紙あるいは口頭で,希望退職に応じていただくようお願いする旨通知した。
(イ) その後,同学園長は,同月上旬には,同月8日付けで,13名の教職員に対し,希望退職に応じていただくようお願いする旨の個別の手紙(以下「お願いの手紙」という。)を送付したが,その13名とは,J(事務),K(事務),L(事務),M(事務),N(事務),O(書道),P(家庭),Q(保健体育),原告(音楽),R(事務),S(社会),T(英語)及びU(同)であった。同学園長は,同年9月22日付けで,O,T及びUの3名を除く10名に対し,希望退職申出書を,同月30日までに届くよう返送を求めて送付した。
なお,上記3名を除いたのは,このうち,Oについては,同年8月20日前ころまでに同人から希望退職の申し出が行われたからで,他の2名(T及びU)については,I学園長は,育児休業中であったこの2名には育児期間中いったん退職して育児に専念してもらい,育児期間終了後に復職させる制度を設ける予定であったものが,両名にこの制度を利用する意思がないことが認められたため,希望退職を求めることを取りやめ,退職勧奨の対象から外すこととしたからであった。
オ 退職勧奨の実施
上記10名のうち,J,K,L,M,及びNの5名からは,同月30日までに,希望退職に応じる旨の申し出があったが,残りの5名からは,同日の経過後も,その旨の申し出がなかった。
このため,I学園長は,同年10月13日付けで,残りの5名(P,Q,原告,R及びS)に対して,平成11年3月31日までに被告学園を退職するよう退職勧奨をする旨の退職勧奨書を送付した。
カ 解雇通告の実施
上記5名のうち,同年12月下旬にはPから,平成11年1月にはQから,勧奨退職に応じる旨の申し出があったが,残りの3名からは,同年2月に入っても,その旨の申し出がなかった。
このため,被告学園は,残りの3名(原告,R及びS)に対して,同月26日付けで,同年3月31日を解雇日とする解雇予告通知書を送付し,次いで同日付けで,同日をもって解雇する旨の解雇通知書を送付した。その後,被告学園は,このうち,Sについては,同年4月26日解雇を撤回した。
キ 本件整理基準と整理対象者の選定
(ア) I学園長は,希望退職者の募集がはかばかしい成果を上げないでいた時期である平成10年7月ころ,整理対象者の選定基準(本件整理基準)を確定させた。それは, 学級担任を任せられない人(教員としての資質に問題のある人), 専門の教科学力・技能に問題があると考えられた人,
(イ) I学園長は,上記のとおり,今回の人員整理に当たって,「約15~20人」とする整理可能人数を決定していたが,本件整理基準を確定させるのと同時期ころ,これを適用の上,整理対象者として,J,K,L,M,N,O,P,Q,原告,R,S,T及びUの13名を選定し,これらの者に対し,上記のとおり,同年8月上旬,お願いの手紙を送付した。
なお,上記整理対象者の選定に当たり,被告学園長は,原告について,クラス担任の拒否の問題,オルガン演奏における演奏態度及び技能上の問題,人型紙人形事件その他に見られる性格行動等の問題があるほか,原告が独身者であることから,本件整理基準の適用上,,及び
(ウ) 上記(イ)の整理対象者については,前記のとおり,その後の経過の中で,J,K,L,M,N及びOの6名が希望退職(平成11年3月31日退職)に,P及びQの2名が勧奨退職(同日退職)に,原告及びRの2名が解雇に(同日解雇。ただし,解雇が撤回となったSを除く。),それぞれ進んでいる(以上合計10名)。
ク 整理対象者以外の退職者(いわゆる通常退職者)の退職状況
ところで,平成10年度中に被告学園との間で雇用関係が終了した者としては,以上の整理対象者以外にも,<1> V(国語),<2> W(音楽),<3> X(国語),<4> F(理科),<5> Y(音楽),<6> Z(保健体育),<7> K2(養護)及び<8> D(音楽)の8名がいた。このうち,Vは懲戒解雇事由に該当する非行事実のため同年6月普通解雇によるもの,Xは自己都合退職(平成11年3月31日退職)によるもの,Fは定年後嘱託期間満了(同日満了)によるもの,Z(常勤講師),K2(同)及びY(同)はいずれも雇用期間満了(同日満了)によるもの,Wは育児休業明けの平成10年11月30日自己都合退職によるものであった。また,Dは関東学院高校に移ることになったための退職であったが,本人の希望により希望退職者扱いとすることとしたものであった。
なお,Fの退職は平成10年度の年度当初から判明し,Dの退職は同年7月ころまでに,Xの退職は同年8月ころまでに,Z,K2及びYの退職は平成11年1月ころまでに,それぞれ判明していたものであった。
ケ 通常退職者の補充状況等
(ア) 整理対象者以外の退職者(いわゆる通常退職者)の後任の補充状況を見ると,国語科のV及びXに対しては2名の採用(教諭1名,常勤講師1名),養護科のK2に対しては1名の補充(教諭),音楽科のD,Y,W及び原告の4名に対しては1名(常勤講師)の補充がそれぞれ行われたが,理科のF及び保健体育科のZに対しては,いずれも補充ゼロであった。
(イ) 次に,音楽科内部の状況を見ると,被告学園長は,平成10年7月ころには,原告を整理対象者に決定したが,同年夏,音楽科主任のDがキリスト教学校教育同盟に属する関東学院高校の採用試験を受けて合格し,同年8月B校長に「推薦状」執筆の依頼を申し入れてきたので,同年度末には退職を認めざるを得ないこととなった。さらに,同年秋,育児休業中のWから,育児に専心したいとの理由で退職の申し出があったため,D主任を通じて,Wの後任として,同人の育児休暇に対応してその間の常勤講師に採用していたYに教論として継続勤務してもらうよう交渉に入ったが,被告学園内部の事情を知らない同人は,原告が平成11年度も音楽科に居続けることを予期し,これを嫌って,同年1月ころに断りの返事を入れてきた。このような予期しない経過になったので,被告学園側は,新年度の音楽科を非常勤講師だけで運営することも検討したが,もし適当な人があれば1名補いたいと考えて探したところ,幸い東京芸術大学音楽学部パイプオルガン専攻大学院卒業者1名(I2)が得られたため,オルガン奏者を兼ねて常勤講師として,Wら上記4名の後任に補充することとした。
コ 被告学園の組合等に対する対応
(ア) I学園長は,平成10年4月14日全体会に「構想」を提示した後,同月30日付けで組合に対して「大綱」を送付したのは,前記のとおりであるが,その後の経過を見ると,大要次のとおりである。
組合は,同年5月18日,<1> 財政危機発生の原因を知り,組合員一同財政再建に向けて力を結集するために被告学園の財務を公開すること,<2> 希望退職者の募集については反対しないが,「大綱」に示された退職金等の退職条件を向上することを求めた。被告学園は,同月19日,組合に対して,財務は従前から公開している,退職金等については更に協議するとの回答をした。同日,被告学園は,教職員に対し,同年7月10日までに所属長(各校長)に申し出をさせる形で希望退職者の募集を行った。同年6月11日には,被告学園から組合に対して,希望退職者の優遇措置について新たな提案がされ,同月25日,組合は被告学園に対して,更なる優遇措置を求めた。
同年7月2日,被告学園は,優遇措置について新たな提案をするとともに,希望退職に応じる者がこの段階で現れなかったことから,希望退職の申し出期限を同月21日まで延長した。同月8日,I学園長は,再び教職員に対して希望退職に応じるよう強く求める文書を送り,その中で,「希望退職の後は退職勧奨に続いて整理解雇通告の段階に進む。」として就業規則第12条1項各号を列挙し,「今回の整理の対象は,<1> 主として(4)項。<2> その際まず(2)項,(3)項該当者。<3> また(5)項相当として共学校の設置等に伴う教員の入替えという要素も考えざるを得ない。」などと述べた。
(イ) I学園長は,同月21日,全教職員に対し,「希望退職者募集の結果と今後の進め方」と題する書面を送付し,また,同日,組合に対して「今後の人員整理の進め方について」と題する書面を交付した。これらの文書の中で,同学園長は,<1> 同月21日までに希望退職を申し出た者は2名で,このほかに2名の退職が決まっており,解雇処分者1名を加えて合計5名の減員が実現できるが,これでは17パーセントの人件費削減という目標値には達しない,<2> 希望退職の申し出期限を8月19日まで再度延長する,<3> 同月20日以降,被告学園の指定する特定の者に対する退職勧奨を実施するが,それ以前に,同勧奨の対象者には学園長からお願いの手紙を個別に送付し,あるいは所属長から口頭で直接通告する,<4> 賃金の一律カットでは財政再建は成功する見込みが低いので,今回は賃金カットの方法はとらない,などと述べた。
(ウ) 被告学園と組合は,同年8月7日に「覚え書」を取り交わし,「学園長は,同月10日前後に退職勧奨をしようとする対象者にお願いの手紙を出し,これに応じてくれれば希望退職者に対する優遇措置を適用する。同月19日までにこれに応じる退職の意思表示がなければ同月20日から9月30日までの間に退職勧奨の措置を執る。」旨を内容とする書面にI学園長と組合委員長が連署した。
I学園長は,同年8月8日付けで,原告を含む12(ママ)名の教職員に対し,お願いの手紙を送付した。
同月20日,組合は臨時総会を開き,三役体制を確立した上で,同日付けで,被告学園に対し,経営上本当に人員削減が必要か否かを確認するため外部団体に調査を依頼するので,その回答が来るまで人員整理計画の進行を止めるよう申し入れた。これに対し,被告学園は,翌21日付回答で,人員削減の根拠は4月の「大綱」発表以来十分説明しているにもかかわらずこの段階になって人員削減の必要性を問題視したり,外部団体の介入を招くような行為をしたことには怒りを覚えるとして組合の申入れを拒否し,外部団体への調査依頼中止を求めるとともに,希望退職の申し出期限を9月30日まで延長し,同年10月1日以降退職勧奨を行い,年末までにこれに応じない者に対しては平成11年1月中に整理解雇を通告する方針を明らかにした。
同年8月28日,組合は,人員削減の進め方に同意できないとの意見を表明した。同月31日,I学園長は,「8月20日の組合の申し入れに関して」と題する文書を全教職員に配布し,組合の方針を批判した上で「組合が強い対決路線を打ち出したことで,私も,どんな事が起ころうとも,既定の方針を一歩も譲らずにこの「人員整理」をやり抜」く等の心情を表明した。
組合は,同年9月7日付け「教職員組合の考えとお願い」と題する文書で,被告学園に対し,学園が希望退職者を募ったり退職勧奨をすることまでは了解するが,被告学園の財政状況は整理解雇を必要とするほど悪化しておらず,退職勧奨等に応じない者を整理解雇することには反対である旨表明し,同時に,退職勧奨者選定の理由を明確にするよう求めた。
(エ) I学園長は,同年9月22日,上記12(ママ)名のうちの10名に対し,希望退職申出書の書式を同封の上,同月30日までに希望退職の申し出をするよう促す文書を送付した。その後,被告学園は,この希望退職募集に応じなかった5名(原告を含む。)に対し,同年10月13日付けで退職勧奨書を交付し,平成11年3月末日までに上記5名のうち2名が退職勧奨に応じた。
(オ) 被告学園と組合は,平成10年9月22日,同年10月6日,同月7日,同年12月16日,平成11年1月12日,同月28日,同年2月5日,同月25日等の多数回にわたって今回の人員削減について団体交渉を含む交渉を行った。被告学園は,退職の際の条件については組合の要求に応じて条件を向上させた案を提示するなど実質的な協議を行ったが,退職勧奨に応じない者への勧奨撤回を求められると,既に退職に応じてくれた教職員への信義上撤回することはできないとしてこれに応じなかった。
(カ) 被告学園は,平成11年2月27日,原告を含む3名の教職員に対し,同年3月31日付で解雇する旨の解雇予告通知を送付し,同年3月31日,同日付け解雇通知書を送付して原告ら3名を解雇した。
解雇された3名及び組合は,上記解雇を了承せず,同年4月1日以降も解雇の撤回を求め,いわゆる出勤闘争を継続したが,被告学園は,同月28日,この3名のうちSに対する解雇を撤回した。
サ 人員整理による人件費の削減効果
平成10年度の退職者(解雇を含む。)は,<1> V,<2> W,<3> X,<4> F,<5> Y,<6> Z,<7> K2,<8> J,<9> K,<10> L,<11> M,<12> N,<13> O,<14> P,<15> Q,<16> 原告,<17> K,<18> D,の18名であり,その内訳は,通常退職者(人員整理によらない退職者)が<1>ないし<7>の計7名,人員整理による退職者が<8>ないし<18>の計11名(Dは,厳密には人員整理による退職者に当たらないが,被告は希望退職者として処理した関係上,これに入れて分類している。)となっている。
これら18名の平成11年3月分の給与を基礎として年間支給額(所定福利費を含む。)を試算すると約1億5380円(ママ)であるが,このうち人員整理による退職者11名について同様の年間支給額を試算すると約1億0540万円となり,通常退職者については学校運営上補充を必要とされると考えられるから,この約1億0540万円が人員整理による人件費の削減額に当たるものである。
そこで,平成11年3月在職者の給与を基礎にした年間支給額約8億4750万円に対する上記試算額約1億0540万円の比率を求めると,削減率は約12.4パーセントであり,当初の削減目標約1億4800万円に対する達成率は71.2パーセントにとどまっている。
(4) 就業規則上の解雇事由該当性の検討
ア 整理解雇を理由とする本件解雇の適否
(ア) 被告の就業規則12条1(4)は,解雇事由として,「学級数の減少,その他やむなき事情により剰員を生じたとき」との規定を置いているが,これは,被告学園が整理解雇を行い得る旨定めたものと解される。そこで,本件解雇が,整理解雇として適法といえるか否かを検討することとなるが,整理解雇の適否を検討するに当たっては,<1> 人員整理の必要性,<2> 解雇回避努力義務の遂行,<3> 被解雇者選定の合理性,<4> 手続の妥当性の4点(いわゆる整理解雇の4要件)が重要な考慮要素になるものと考えられる。
(イ) そこで,まず,本件における人員整理の必要性を見ると,生徒数の激減に伴って学生生徒等納付金が減少しているのに対し,人件費は従来の高水準のまま推移し,このため,過去の財政黒字が急速な勢いで食いつぶされる状況に陥っているという上記(3)ア判示の被告学園の財政からすれば,人員整理の必要性が認められるものというべきである。そして,「構想」及び「大綱」によって被告学園の財政再建の目標を見ると,それは,<1> 帰属収入に対する人件費比率をとりあえず65パーセントまで引き下げること,<2> これは,人件費を従来の17ないし20パーセント(年間約1億4000万円ないし約1億4800万円程度)削減することを意味すること,<3> これは,教員の数にすると約15~20人分ないし約15名前後を意味すること,というものであるが(上記(3)イ,ウ判示のとおり),このような財政再建の目標は,上記(3)判示の被告学園の深刻な財政状況に照らせば,合理性があるといわざるを得ないものである。
原告は,被告学園の学校法人会計があたかも経営者の裁量に任されているかのように,実際には平成10年度以外に単年度赤字になっている年度はないなどと主張するが,証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば,基本金組入れや減価償却額等の計上を含む被告学園の会計処理は学校法令(ママ)会計基準(文部省令)に基づいて行われ,各年度の計算書類については,法令に基づいて公認会計士の監査証明(無限定適正意見)を受けていること,平成9年10月に1級建築士事務所が実施した被告学園の校舎3棟(1,2号館及び1号館新館)の耐震診断の結果,昭和36年に建てられた1号館及び昭和38年に建てられた2号館は,いずれも倒壊の危険があるとされるEランク,昭和56年に建てられた1号館新館も,大破する危険があるとされるDランクと診断されたため,早急な建替えが必要であるが,そのためには相当額の基本金組入れが必要であること,被告学園における帰属収入に対する基本金組入額の割合は,平成7年度16.3パーセント,平成8年度11.3パーセント,平成9年度9.02パーセント,平成10年度14.6パーセント,平成11年度12.4パーセントであり,神奈川県平均が平成9年度13.6パーセント,平成10年度15.4パーセントであることと比しても多いとはいえないこと,減価償却額について,平成11年3月期末で,減価償却額の累計額が約8億3200万円であるのに比し,減価償却引当特定資産は約6億円であってその約72パーセントを保持するにとどまり,帰属収入に対する減価償却額の割合も,平成9年度8.9パーセント,平成10年度7.8パーセントであり,県平均の平成9年度8.7パーセント,平成10年度9.3パーセントと比して不当に高率とはいえないこと,退職金引当金を100パーセント積み立てることは何ら不合理ではなく,かつこの引当金が将来における債務の支払のために留保するものであり,現在自由に処分しうる財源ではないと認められることに照らすと,原告の上記主張には理由がない。
(ウ) 次に,解雇回避努力義務の遂行を検討すると,被告学園は,人員整理に着手するに当たり,「大綱」の提示によって,人件費削減のための具体的手順として,希望退職者の募集,次いで退職勧奨,しかる後解雇通告という段階を踏むことを明示してから,希望退職者の募集を始め,数回にわたってその募集期限を延長して希望退職者の申し出を待ち,その上で退職勧奨の段階に進み,最終的に原告を含む3名の解雇通告に及んでいるのであって,上記(3)ウないしカ判示の事実関係によってその進行状況を見れば,解雇回避努力義務を尽くしているものと評価することができるというべきである。
なお,原告は,少子化問題は,既に約10年くらい前から指摘されていた問題であるのに,被告学園は,数年という長期のタームで,場合によっては人員削減(すなわち,新規教職員採用の手控え,退職教職員の未補充等の措置)を実行すべきであったのに,このような措置を全く執ることがなかった旨,被告学園の経営方針を非難するが,上記(3)イ(ア)によれば,少子化の波を受けている全国及び神奈川県の公・私立高校全体の中でも,被告学園の入学志願者数の落ち込み方が特殊と言えるまでの危機的状況にある,すなわち,他校の入学志願者数の低下が平成7年度前後でほぼ底を打っているのに,被告学園のみが,その後もなお急激なカーブを描いて減少を続けているというのであるから,被告学園が平成10年度になって今回見るような人員整理を開始したことをとらえて,それを,原告主張のように,過去における解雇回避努力義務の不履行として論ずるのは当を得ないというべきである。
また,証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,被告学園は,平成2年,神奈川県平塚市馬込の相模川河川敷に4613.3平方メートルの土地を購入して,被告学園のグラウンドとしていること,この土地は,当時,被告学園の生徒数が増加したため校舎校地面積の不足が生じ,設置基準を満たす必要があって購入したが,現在は生徒数の減少によりこの土地がなくとも設置基準は満たしていること,平成3年,上記土地に隣接した宿泊研修施設「ダイアンサス」を約10億円かけて購入したが,現在は,夏休みの部活動の合宿,会議室等に使用する程度であること,平成3年,被告学園の隣接地460.5平方メートルを購入し,現在は生徒の駐輪場として利用していること,平成6年,被告学園の近隣の土地370.08平方メートルを購入したが,現在は教職員用の有料駐車場として使われていること,平成10年12月,学園の隣地224平方メートルを約1億円で購入したが,これは,老朽化し耐震診断で危険であるとされた被告学園の1号館及び2号館を取り壊し新しい校舎を建てる必要があったため,その校舎の建替用地として取得したものであるが,現在は更地のままで使われてはいないこと,がそれぞれ認められるが,これらの資産の保有ないし取得の事実があるからといって,上記(3)ア判示の被告学園の生徒数,教職員数等の状況に照らすと,今回の人員整理を解雇回避努力義務の不履行に当たるものとすることはできず,この点に関する原告の主張もまた,理由がないというべきである。
(エ) さらに,被解雇者選定の合理性について見ると,被告学園が準拠した判示(3)キのとおりの本件整理基準は,その内容において合理性があるものといえるし,上記(2)判示の原告の勤務状況等に照らすと,本件整理基準を原告に適用した場合,その,及び
したがって,被解雇者選定の合理性という点でも,本件解雇については,これを違法とすることはできない。
(オ) また,判示(3)コの事実経過に照らして,被告学園の組合等に対する対応を検討しても,手続の妥当性という点で,本件解雇を違法とするような瑕疵を見出すことはできないものというべきである。
(カ) 以上の次第であるから,本件解雇は,整理解雇として,就業規則12条1(4)所定の解雇事由に該当するものというべきであり,その他,これを解雇権の濫用とする事情を認めるに足りる証拠はなく,これを違法とする原告の主張は理由がない。
イ そうすると,その余の点について判断するまでもなく,本件解雇を違法とすることはできないものというべきである。
2 結論
以上によれば,原告の請求は理由がない。
(裁判長裁判官 福岡右武 裁判官 矢澤敬幸 裁判官 藤原典子)