横浜地方裁判所 平成11年(行ウ)15号 判決 2003年3月12日
原告
野見山秀機
外8名
原告ら訴訟代理人弁護士
井上幸夫
同
滝沢香
被告
横浜市建築主事
日髙学
被告
横浜市
上記代表者市長
中田宏
被告ら訴訟代理人弁護士
川島清嘉
主文
1 原告らの被告横浜市建築主事に対する訴えをいずれも却下する。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 請求の趣旨
(1) 被告横浜市建築主事が平成9年11月7日第H09認建横浜000338号をもって神和建物株式会社に対してなした建築確認処分を取り消す。
(2) 被告横浜市は、原告らそれぞれに対し、各60万円を支払え。
2 請求の趣旨に対する答弁
(1) 被告横浜市建築主事(以下「被告主事」という。)の答弁
ア 本案前の答弁
原告らの訴えをいずれも却下する。
イ 本案の答弁
原告らの請求をいずれも棄却する。
(2) 被告横浜市(以下「被告市」という。)の答弁
原告らの請求をいずれも棄却する。
第2 事案の概要
北側から南側に向かって約15メートルの高低差がある傾斜地に地下4階地上3階建てのマンションを建築する旨の確認申請がなされ、被告主事は建築確認処分をした。
上記の建築予定地周辺に居住する原告らは、建築基準法(以下「法」という。)の高さ制限違反及び容積率制限違反があるとして、上記の建築確認処分の取消しと、被告市に対する損害賠償を求めた。
これが本件の事案である。
第3 基礎となる事実
(証拠の記載のない事実は争いがない。証拠の記載のある事実は当該証拠により直接認められる事実である。認定に用いた書証の成立は弁論の全趣旨により認められる。)
1 本件建築確認申請及び原告らの利害関係
神和建物株式会社は、横浜市戸塚区矢部町<番地略>の一部の土地(以下「本件土地」という。)上に、共同住宅「サングレイス戸塚スカイガーデン」(以下「本件建築物」という。)の建築工事を計画し、平成9年9月1日、被告主事に対して建築確認申請(以下「本件確認申請」という。)をした。
本件土地の周囲は、県道横浜伊勢原線の踊場交差点の北東方向に位置する住宅街であり、用途地域は第1種低層住居専用地域、容積率80パーセント、建ぺい率50パーセント、高さ制限は10メートルとされている。
本件確認申請のうち、本件建築物に関する内容の概要は以下のとおりである(以下、メートルは「m」、平方メートルは「m2」、パーセントは「%」と表記する。)。
① 敷地面積 2959.37m2
② 建築物全体の床面積 4185.94m2
③ 地階のうち容積率不算入措置の対象部分 1375.16m2
④ 共用廊下等の部分 597.34m2
⑤ 駐輪場の部分 60.46m2
⑥ 容積率対象延べ面積(②−③−④−⑤) 2152.98m2
⑦ 容積率(⑥÷①) 72.75%
⑧ 階数 地上3階地下4階
⑨ 最高の高さ 9.95m
⑩ 主要用途 共同住宅
原告らは、別紙1のとおり、本件土地の周囲に居住する者である(甲1)。
2 本件確認処分
被告主事は、本件確認申請に対して、平成9年11月7日付け第H09認建横浜000338号をもって神和建物株式会社に対して建築確認処分を行った(以下「本件確認処分」という。)。
なお、神和建物株式会社は、平成10年9月2日付けで、グレイス住販株式会社に建築主(以下「本件建築主」という。)の地位を譲渡した。
3 本件審査請求の前置
原告岡野正三郎を除く原告らは、横浜市建築審査会に対して、本件確認処分の取消しを求める旨の審査請求をしたが、同審査会は、平成10年11月20日付けで同原告らの審査請求を棄却する旨の裁決をし、同原告らは同裁決を同月26日に知った。
4 本件建築物の完成
本件建築主は、本件建築物の建築工事を完了させ、平成11年11月9日に被告主事に対して工事完了届けを提出した。被告主事は、同月24日本件建築主に対して検査済証を交付した(乙2、3)。
5 本件建築物の構造、概要
本件建築物は、全体として7層の構造を有しているが、本件確認処分上は、地下4階地上3階建てとされている。
本件建築物のうち、別紙3及び4のA部分(以下「別紙3のA部分」又は「A部分」のようにいう。)は入居者の居室であり、C部分にはエントランスホール、管理人室及びエレベーターが設けられている。B部分には、A部分とC部分を結ぶ廊下と、別紙2のとおり①ないし⑤の空間(以下「本件①の空間」のようにいうことがある。)がある。なお、別紙2の⑥及び⑦(黒枠で囲んだ部分)は、「横浜市建築基準法取扱基準集」(甲19、乙5。以下「取扱基準」という。)及び「高さ・階数の算定方法・同解説〔日本建築主事会議・基準総則研究会〕」(甲20。以下「研究会解説」という。)にいう「からぼり等」に該当する(被告主事本人)。
別紙2の①ないし⑦の空間の深さ及び奥行きは以下のとおりである。
深さ 奥行き
① 10.1m 7.02m
② 10.1m 7.02m
③ 12.1m 7.02m
④ 11.4m 6.918m
⑤ 10.4m 4.01m
⑥ 5.0m 5.0m
⑦ 1.3m 1.4m
第4 主な争点
1 被告主事に対する訴え(本案前の争点)
(1) 原告適格の有無
(2) 本件建築物完成による訴えの利益の消滅の有無
2 被告らに対する請求(本案の争点)
(1) 建築基準法違反の有無
ア 高さ制限違反の有無(法55条1項)
イ 本件建築物の容積率制限違反の有無(法52条1項)
ウ 共同住宅の地階に対する法52条2項の適用の有無
(2) 違法事由の判断要素の有無
ア 「からぼり等」の該当性の有無
イ 領域設定の適法性の有無
ウ 地盤面設定の適法性の有無
(3) 原告らの損害の有無
第5 主な争点に対する当事者の主張
1 本案前の争点
(1) 原告適格の有無
ア 原告らの主張
(ア) 本件建築物は、後述のごとく、法52条の容積率制限に違反し、かつ、法55条の建築物の高さ制限に違反する。このような本来建築確認が得られないはずの建築物の建築により生活環境上の悪影響あるいは災害等の危険にさらされるおそれのある近隣居住者は、上記の建物の建築確認処分の取消しを求めるにつき法律上の利益(行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)9条)を有する。
被告主事が違法な本件建築物について本件確認処分を行ったため、原告らは、本件建築物による甚大な圧迫感、プライバシー侵害、住居の静謐阻害、交通安全・消防等の住居環境悪化を被っているが、これらは、それぞれ単独で、若しくは重複することによって、第1種低層住居専用地域に居住する原告らに対し、受忍限度を超える人格権侵害をもたらすものである。また、これらの受忍限度を超えた住居環境の悪化により、原告らが第1種低層住居専用地域に所有している土地建物の資産価値も著しく低下し、その所有権は回復困難な損害を被る。
したがって、原告らは、違法な本件確認処分の取消しを求める訴えの利益を有する。
(イ) また、原告岡野正三郎は、本件確認処分の取消しを求める審査請求を行っていないが、本件確認処分に係る建築物の敷地(本件土地)に隣接する土地を所有し、居住している。そして、本件確認処分につき建築審査会に審査請求をしても自己に有利な裁決を期待できない事情にあるので、同原告には、本件確認処分により生ずる著しい損害を避けるため緊急の必要があり、かつ裁決不経由に正当な理由があるから、同原告は、行訴法8条2項2号、3号に該当するものとして、審査請求に対する裁決を経ずに本件確認処分の取消訴訟を提起できるのであって、原告適格を有する。
イ 被告主事の主張
法が容積率制限を設けた趣旨は、建築物の密度を規制することにより建築物と道路等公共施設とのバランスを図ることなどを目的とするものであって、近隣住民の個別的利益を直接に保護するためではない。また、高さ制限についても、法55条2項及び3項において、適用除外となる建築物の要件がいずれも「良好な住居の環境を害するおそれがない(こと)」と定められていることから、その趣旨は、良好な住居環境の維持等の一般的公益を実現することにあり、近隣住民の利益を直接保護することにあるとは考えられない。
したがって、本件確認処分が容積率又は高さ制限に関する規定に違反することを理由に、原告らが処分の取消しを求める原告適格を基礎づけることはできない。
なお、原告らが原告適格を基礎づける根拠として主張する利益は、圧迫感のない良好な住環境の維持、プライバシーの保護、安全通行の確保及び資産価値の維持であって、いずれも主観的な利益にすぎない。日照に対する侵害や建物の火災・倒壊の危険などと異なり、法がこれらの利益を近隣住民の個別的利益として、直接保護の対象としているとは到底解することはできない。
以上の理由により、原告らには本件確認処分の取消しを求めるにつき、いずれも当事者適格がなく、本件訴訟は不適法である。
(2) 本件建築物完成による訴えの利益の消滅の有無
ア 被告主事の主張
確認を受けた建築物の建築工事が完了したときは、建築確認の取消しを求める訴えの利益は失われる(最判昭和59年10月26日・民集38巻10号1169頁)。
したがって、本件確認処分の取消しを求める訴えの利益はない。
イ 原告らの主張
審査前置主義がとられ、かつ審理すべき法定期限が絶対的なものと解されず長期に渡り、執行停止も容易に認めがたく、かつ訴訟にも長期間の時間がかかるとなると、その間にほとんどの建築物は完成してしまい建築確認を行政処分として捉える意味は全くなくなってしまう。
すなわち、現在の制度においては、建築確認こそが適法建築を担保するための中核的役割を担っていることは否定し難い事実である。また建築物が完成しさえすれば訴えの利益がなくなってしまうというのでは、周辺住民らの救済の面で著しく不利であり均衡を失する結果になってしまう。
さらに、アで引用されている昭和59年10月の最高裁判決も再考の余地があり、少なくともその判示がすべての事案において適用されるべきとはいえない。
特に、本件訴訟では、平成6年法律第62号による改正後の法(断らないときは、これをいう。)52条2項(住宅地下室の容積率不算入措置)の解釈適用が裁判所で初めて問題にされ、斜面地において地階を分譲する共同住宅の建築の適法性が争点となっているのであり、行政の法律適合性を担保するという行訴法上の取消訴訟の重要な役割が特に求められている事案である。
以上から、少なくとも本件においては、建築工事の完了により訴えの利益がなくなったとする被告主事の主張には理由がない。
2 容積率の不算入措置の適用の可否
(1) 原告らの主張
ア 法52条1項2項の趣旨目的についての違反
(ア) 法の容積率制限(52条1項)は、建築物の床面積を制限することにより、一定地域・範囲の戸数・世帯数・人口数を制限し、もって、建築物と道路、下水道等の公共施設との均衡を保ち、また、建築物の周辺の環境を保つことを目的としている。
そうすると、地上3層の21戸もの多数の住戸に加えて、地階4層に31戸もの多数の住戸を配置した共同住宅について、地階の住戸の床面積を容積率の対象から除外することは、本来ありえない戸数・世帯数・人口数を出現させ、周辺の住環境を保つことをできなくさせるのであり、容積率制限の目的と相反し極めて不合理である。特に、容積率や建築物の高さを厳しく制限している第1種低層住居専用地域(都市計画法9条1項)において、従前は3階までの共同住宅が上限であったにもかかわらず7階もの大規模共同住宅が可能になるとすると、その影響は極めて重大で、良好な住居の環境は確実に悪化する。
(イ) 住宅の地階に係る容積率の不算入措置(法52条2項)の制度があるが、これは、良好な市街地環境を確保しつつ、ゆとりのある住宅の供給を図ることを目的としている。
地階を各住戸のための物置や共用施設等にして地上階をゆとりのある住戸にするタイプのものではなく、本件建築物のように地階4層を31戸もの多数の独立の住戸にしてしまう共同住宅は、ゆとりのある住宅を供給しないどころか、良好な市街地環境を害する結果を生じさせることになる。
そもそも住宅の地階に係る容積率の不算入措置の立法時においては、立法者は、地上階の多数の住戸よりさらに多数の住戸を地階複数階に配置する共同住宅が出現することなど全く想定していなかった。
行政府も同様の考えを持っていたことはその後の通達の内容から明らかである。
したがって、地下4層に多数の住戸を配置する共同住宅である本件建築物に、住宅の地階に係る容積率の不算入措置(法52条2項)を適用することは誤りである。
(ウ) 以上のように、本件建築物は容積率制限(法52条1項)の規定の趣旨に違反するものであり、この点の判断を誤った本件確認処分は違法である。
イ 地盤面の設定、地階の判定の誤り
法52条2項は、住宅の地階には容積率の不算入措置が適用されると定めているところ、地階とは、床が地盤面下にある階で、床面から地盤面までの高さがその階の天井の高さの3分の1以上のものをいうとされている(建築基準法施行令〔以下「令」という。〕1条2項)。そして、地盤面とは、建築物が周囲の地面と接する位置である。本件建築物は、北から南へ低く傾斜している敷地を南側の低い地盤まで掘削して7層の建築物を建築するものであり、かつ、からぼりがある(この点は、後記で詳論する。)。そうすると、本件建築物は、傾斜地で建築物本体と構造上連続する周壁を有するからぼりを設け、その奥行きが2mを超え、かつ、高さが5mを超える場合であるから、取扱基準により、建築物本体が接する外側の地面(からぼりの部分にあってはからぼりの低盤の上端)において周囲の地面と接するのであり、その位置は第1層の階の床面である。
したがって、本件建築物は、上記の地盤面を基準にし、地上7階建てとなり、地階が存在しないから、容積率の不算入措置の適用はない。
(2) 被告らの主張
ア(ア) 平成6年改正後の法52条2項は、近年の居住形態の多様化に対する国民の関心の増大や既成市街地等における合理的な土地利用に対する要請の高まり、さらには住宅建築に関する技術開発の進展等に鑑み、住宅の地下室に係る容積率の制限の合理化を行うことにある。
本件不算入措置制定の趣旨が、原告らの主張するとおり、「良好な市街地環境を確保しつつ、ゆとりのある住宅の供給を図ること」にあるとしても、この目的を法令の内容として具体的にどのように規定し、いかなる手段・方法で実現するかは、専ら立法政策の問題であって、行政庁が独自に判断できる事項ではない。
特に、建築確認処分は、裁量の余地のない確認的行為である。建築主事は、確認申請に係る建築物の計画が法令の規定に適合することを確認したときは、確認処分をせざるを得ないのであり、立法趣旨を直接の根拠として独自に法令を解釈し、建築確認処分を拒絶することなどは許されない。
(イ) 法52条2項の文言からは、同規定が1戸の住宅の一部のみを居室等の地下室として活用する場合のものであって、共同住宅の1戸の住宅全部を地階として分譲する場合の規定ではない、などと解釈する余地はない。
(ウ) 原告らが主張するような戸数・世帯数・人口増等については、①建設大臣(当時)の諮問に対する建築審議会建築行政部会市街地環境分科専門委員会の平成6年3月18日付け「住宅の地下室に係る容積率の取扱いについて(中間報告)」と題する検討結果(以下「中間報告」という。)において、本件不算入措置を導入した場合に想定される問題点として検討がなされ、その結果、不算入措置の対象とする地階について、その用途を住宅とするなどの要件を定めて限定すれば、制度の導入による効果が弊害を上回るとして立法が提言された。また、②衆議院建設委員会調査室作成の「建築基準法の1部を改正する法律案について」と題する書面の目次に、住宅地下室の利用形態として「共同住宅の場合」が記載されていること、③建設省住街発第74号平成6年6月29日建設省住宅局長の各都道府県知事宛の通達に本件不算入措置を共同住宅に適用する場合の取扱指針が定められていること、④本件不算入措置の導入以前においても、法30条ただし書きの要件の解釈について、平成元年10月27日付け建設省住指発第408号建設省住宅局建築指導課長の特定行政庁建築主務部長宛の通達「住宅の居室を地階に設ける場合の指導指針について」(以下「408号通達」という。)により指導指針が示されて、本件建築物のように傾斜地に建築された共同住宅の場合には、既に共同住宅の一戸の全部が地階に存在し、居室として利用される状況が生じていたこと、以上のような諸事情があった。
したがって、本件建築物の建築によって原告らが主張するような人口増等の問題が生じるとしても、これは法が想定した範囲内の問題であって、本件建築物を本件不算入措置の対象から除外する根拠にはならない。
イ 後記のとおり、本件①ないし⑤の空間(以下「本件地下空間」または「本件地下空間部分」という。)はからぼりに該当しない。本件建築物は、居室部分の構造物に加え、本件地下空間部分の周囲に位置する廊下(以下「回廊」ということもある。)、階段等が全体として一つの建築物本体を構成する。そして、このような建築物本体が周囲の地面と直接接している。そして、この接する位置の高低差が3mを超える本件のような場合には、3m毎に領域を設定し、その領域毎にその全周の地面と接する位置の平均の高さを算定する扱いである。そして求めた地盤面によれば、本件建築物は地上3階地下4階となり、地下部分に容積率の不算入措置が適用される。
3 高さ制限違反の有無
(1) 原告らの主張
法55条1項は住居専用地域における建築物の高さの制限を規定しているところ、建築物の高さは地盤面からの高さであり、地盤面は建築物が周囲の地面と接する位置の平均の高さにおける水平面である(令2条2項)。そして、前記のとおり、本件建築物が周囲の地面と接する位置は最下層の階の床面の高さである。そうすると、本件建築物の高さは20mを超え、地区の高さ制限(10m)に反する。
(2) 被告らの主張
後記のとおり、本件地下空間はからぼりに該当しない。本件建築物は、居室部分の構造物に加え、本件地下空間部分の周囲に位置する廊下、階段等が全体として一つの建築物本体を構成する。そして、前記のとおり、このような建築物本体にとっての地盤面を基準にすれば、本件建築物は高さ制限に違反しない。
4 「からぼり等」該当の有無と地盤面
(1) 原告らの主張
ア 本件地下空間の「からぼり」の該当性
(ア) 改正前の法30条は、「住宅の居室、学校の教室、病院の病室又は寄宿舎の寝室は、地階に設けてはならない。ただし、居室の前面にからぼりがある場合その他衛生上支障がない場合においては、この限りではない。」としており、この規定に関し、408号通達において、からぼりの定義が設けられている。
それによれば、からぼりについて、①機能としては、地下の居室に採光や換気を確保するためのもので、②構造としては、地階に設ける居室が面する土地の部分を掘り下げて設ける空間であることが定められ、かつ、最低条件として、居室の壁からの距離等についていくつかの基準が設けられている。
ここで重要なことは、からぼりについて居室を基準にしていることである。
(イ) 本件建築物には、地下部分の住戸の居室に必要な採光、換気等を確保するための空間が地下部分に設置されている。それが別紙2の①ないし⑦の空間である。
これらの空間のうち、本件地下空間部分は、10.1mないし12.1mもの深さや、4.01mないし7.02mもの奥行きがある。
そうすると、上記408号通達に照らせば、本件地下空間は、からぼりに該当する。
イ 被告らの主張に対する反論
(ア) 本件建築物において居室の採光や換気のために設置したからぼりの周壁に廊下があるが、それだからといって、本件地下空間が408号通達にいう「からぼり」でなくなるわけではない。
取扱基準においても、周壁部分に廊下が設置されている場合は「からぼり等」に該当しないとは一言も述べられていない。
周壁に廊下も併せて設置した場合には、周壁が周壁でなくなってしまうという論理は極めておかしい。法2条1号の建築物の定義によれば、周壁も建築物であるが、周壁に廊下を設置すれば周壁でなくなり、「からぼり」に該当しないという詭弁が許されるのなら、周壁に廊下をつけさえすれば、からぼりの奥行きや深さにかかわらず取扱基準の傾斜地においてからぼりを設置する場合の地盤面算定の基準が適用されなくなり、建築物の高さ制限や容積率制限を容易に回避することができてしまう。
(イ) 被告らは、408号通達のからぼりは、採光や換気を確保することが目的であり、取扱基準のからぼりは地盤面算定の問題であるとして、両者を峻別すべきであるとする。
しかしながら、通達で問題になるからぼりも、取扱基準で問題になるからぼりも、居室の採光や換気等を確保する目的で設置するのであり、何の違いもない。
(ウ) また、被告らは、建築物の中に空間(吹き抜け)がある場合、その空間は、地盤面算定に際して考慮しないこととするのが通例であると主張している。
しかしながら、被告らが掲げる設計例は、建築物のうちの住宅部分など床面積に算入される部分の内側に空間が存在する建物であり、しかも、その吹き抜けとは地表面より上の建物内部の空間である。これに対して、本件地下空間は、容積率に算入される住戸と算入されない周壁・廊下との間の空間であり、しかも本件で問題になっているのは周囲の地表面より下の空間である。仮に本件地下空間を吹き抜けといったとしても、そのうち周囲の地表面より下の空間部分がからぼりであることに変わりはない。
(エ) 本件建築物の最下層、2層及び3層の各平面図(別紙6ないし8)をみれば明らかなように、本件地下空間のうちには周囲を廊下、居室等の建築物本体の一部に囲まれた場所ではない純粋の擁壁(又は周壁)が存在する。この空間は、被告らがからぼりと認める建築物本体と擁壁(又は周壁)との間に存在する空間そのものである。
ウ 被告らの誤り
以上のとおり、本件地下空間は、「からぼり」もしくは「からぼり等」に該当するから、本件地下空間の低盤の上端において周囲の地面に接するものとして地盤面を算定すべきであった。
しかるに、被告主事は、このような地盤面算定を行わず、本件建築物の最下層から4層までは地階と判定して容積率の不算入措置を適用し、本件建築物の容積率を算定した。その結果、第1種低層住居専用地域において本件7階のマンションの建築を認める結果になっており、これは重大な誤りである。
(2) 被告らの主張
ア 本件地下空間がからぼりに該当するか否かが議論の出発点ではなく、本件建築物について、建築物が周囲の地面と接する位置(令2条2項)はどこかが議論の核心である。
本件地下空間の北側に存在する構造物は、建築物の廊下としての機能を有するのみならず、法2条1号に定められた屋根及び壁を有するものであって、同条号の建築物の定義からして、この部分が建築物本体に該当する。
本件建築物は、居室部分の構造物に加えて、本件地下空間部分の周囲に位置する廊下、階段等が全体として1つの建築物本体を構成する建築物であって、本件⑥及び⑦の空間を除き、この建築物本体が周囲の地面と直接的に接している。
なお、本件地下空間部分は、建築物本体によって囲まれている空間であって、この空間部分に面する建築物の構造部分は周囲の地面には接していない。すなわち、「建築物が周囲の地面と接する位置」(令2条2項)の「周囲」とは、建築物本体の外側の壁面が地表面と接する部分を指すのであって、本件建築物のように、建築物の内部に空間部分が存在する場合は、この内側部分は、建築物の周囲に該当しない。なぜなら、地盤面は、建築物及び軒の高さ(令2条1号6号、同7号)を算定するための基準となる水平面であるところ、建築物の内側に存在する空間によって、日照、採光、通風など、建築物の高さを制限することにより達成しようとしている建築物周辺の住環境が左右されることはないからである。建築行政においては、建築物の外側が地表面に接する位置を基準に地盤面を算定し、内部の吹き抜け部分は、これを考慮しないのが通例である。
イ 本件地下空間部分は、研究会解説や取扱基準にいう「からぼり」には該当しない。
研究会解説及び取扱基準に「からぼり等」の定義はないが、両者に記載された説明図によれば、いずれの場合にも建築物本体の外側に擁壁(又は周壁)が設置されている場合に、建築物本体と擁壁との間に存在する空間を「からぼり等」と称していることがわかる。また、上記各規定の本文及び解説の文言によっても、「からぼり等」の規定は、建物本体に付加して、擁壁(又は周壁)が存在することを前提としている。したがって、本件建築物は、擁壁(又は周壁)ではなく、建築物本体が周囲の地面に接している事例であるから、研究会解説及び取扱基準の「からぼり等」に該当しない。
ウ 原告らが主張する通達に記載された「からぼり」は、地階に居室を設ける場合に、採光や換気等を確保する観点から定められた定義であって、地盤面算定の基準となる研究会解説及び取扱基準でいうからぼりとは趣旨が異なる。
通達によるからぼりの定義は、居室を基準として、その採光や換気等を確保する目的から定められたものである。他方、研究会解説及び取扱基準で問題となるからぼりは、建物や軒の高さを測定する基点となる地盤面の算定に関する問題であり、建築物内部の用途とは離れて、建築物自体が周囲の住環境に与える影響の観点から定められているものである。したがって、通達によるからぼりの定義をそのまま地盤面の議論に持ち込むことは不適当である。建築物の内部に空間部分が存在したとしても、日照、採光、通風など、建築物の高さを制限することにより達成しようとしている建築物周辺の住環境には全く差異が生じないから、このような空間の存在の有無によって、地盤面の設定には変更を加えるべきではない。
エ 原告らが単なる擁壁にすぎないと主張している部分は、本件建築物が周囲の地面と接する位置とは無関係である。
原告らが指摘する部分(別紙6ないし8に記載の箇所)は、いずれも壁面であって、廊下などの用に供されていない。しかしながら、この壁面は地表面の下(地中)に位置しているのであって、地盤面算定に際しての基準となる「建築物が周囲の地面と接する位置」は、その上部に存在する階(地上1階とされている部分。Z5と表示されるレベル)である。地上1階部分には廊下が設けられており、擁壁ではなく、建築物本体が直接地面に接する構造になっている。原告らが指摘する地下2階ないし4階部分に存在する上記の擁壁は、本件建築物の地中に位置する壁面であって、本件建築物の地盤面の算定とは無関係な構造物であり、原告らの主張は失当である。
5 高低差がある場合における本件建築物の領域設定の適法性の有無
(1) 原告らの主張
ア 被告らによる設定
建築物本体が周囲の地面と直接接していて、その接する位置の高低差が3mを超えるような場合には、3m毎に領域を設定し、その領域毎にその全周の地面と接する位置の平均の高さを算定して、地盤面を設定する扱いである。
被告主事はこのような領域設定によって本件建築物の高さに関する地盤面算定や地階判定の地盤面算定を行い、被告らはこれを適法と主張する。
イ 本件建築物の特殊性
しかし、本件建築物には、敷地及び建築物の形状について、次のような特色がある。①本件敷地の形状が、扇状の急斜面地である。②本件建築物の形状として、からぼりに該当する大規模な空間がある。③本件建築物には、エントランスホール部分から各住宅までの間に、からぼりに該当する空間とともに、それぞれの空間部分の周囲に長い廊下部分があり、しかも廊下のある部分は空中歩廊に類する形状になっている。④本件建築物のエントランスホール部分の地盤面とからぼりに該当する空間及びその空間部分の周囲廊下部分の地盤面とでは大きな落差があり、垂直な面に建築物の一部が接する場合に該当する。
ウ 被告らによる設定の不合理性
イのような敷地と建築物の形状の特殊性があるにもかかわらず、被告主事は、これを考慮せずに領域設定を行い、第1種低層住居専用地域(10mの高さ制限、80%の容積率制限がある。)に、7層もの建築物で、最下層の床面から最上層の屋上までが20.1m、容積率が約119%となる本件建築物を適法とした。このような結果は領域設定の方法が不合理なことによって生じる。
エ 合理的な領域設定
そこで、本件建築物の領域設定は、本件敷地及び建築物の特殊性に応じて、住戸の部分(別紙3及び4のA部分)、からぼりに該当する部分(同Bの部分)及びエントランスホール部分(同Cの部分)の3つに分け、これが別個の領域となるものとして、上記の3つの部分の各領域設定を行うのが合理的である。
オ 被告らの主張に対する反論
被告らは、取扱基準及び研究会解説について、領域設定の方法は設計者が任意に選択することができる旨主張している。
しかしながら、取扱基準及び研究会解説の述べるところは、いずれも建築行政として建築確認処分についてなされるべき統一的基準を設定したものであり、建築確認申請者が原則と異なる方法を選択できるというのではなく、原則的な方法によることが不合理である場合には、建築主事は、原則と異なる方法で領域を設定すべきであるという趣旨である。
(2) 被告らの主張
ア 領域設定の原則的方法及び本件におけるその遵守
令2条2項は「地盤面とは、…(建築物が周囲の地面に接する位置の)高低差が3mをこえる場合においては、その高低差3m以内ごとの平均の高さにおける水平面をいう」と規定しており、この規定の文言を離れて領域設定をすべきではない。
本件建築物は、一棟の建築物として計画され、建築物の構造をみても、原告らが指摘する住戸部分と廊下等の部分は一体として設計されており、構造上も1つの建物である。本件建築物の地盤面は、最低点から高低差3mごとに領域を切り分け、各領域の境界線を直線とする原則どおりの設計がなされている。
ちなみに、取扱基準及び研究会解説は、3m以内の領域設定が設計者の任意の選択に基づく趣旨であることを明らかにしている。
イ 例外の場合の非該当性
研究会解説では、①盆地、谷状の敷地、一部が隆起した敷地等に広がりをもって建築物が建築される場合、②矩形の建築物ではなく、曲線を基調とする設計がなされた建築物又はかぎ型にずれた段上の建築物につき、領域の境界を直線とすることが不合理な場合に該当し、この場合には他の形状の境界線をもって領域を設定するものとしている。
しかしながら、本件建築物の敷地は、上記の研究会解説が例示する場合に該当しない。
さらに、研究会解説及び取扱基準では、領域を直線で切り分けることが不合理な場合には、敷地や建物の形状に合わせて曲線によることが想定されているのであって、原告らが主張するように、建築物の用途ごとに領域を切り分けるような方法は全く考えられていない。
6 原告らの損害の有無等
(1) 原告らの主張
ア 違法な本件確認処分により違法な大規模7階建てマンションである本件建築物が第1種低層住居専用地域に建築され、原告らは以下の損害を被った。
(ア) 圧迫感、恐怖感等による損害
本件建築物により、原告らは重大な圧迫感を受け、良好な住居環境を破壊された。
(イ) 照り返し、風圧・風向、反響騒音による損害
本件建築物が巨大な壁となり、建設前の山林であったときに比較すると、太陽光線の照り返しが格段に強くなり、夏の暑さ、視線のまぶしさ等に甚大な増幅作用をもたらしている。
また、空気の流れが遮られることで、風の吹き返し等が起こり、その強さが増幅されるとともに、風向きも一定しないなどの影響が顕著である。
(ウ) プライバシー侵害
原告らは、本件建築物の住民から見下ろされることになり、そのプライバシーが侵害されることとなった。
(エ) 本件建築物の入居者の発する声、音等による損害
本件建築物は、高密度に51戸もの住戸からなるマンションであるため、当然のことながら住民が多い。また、一般の戸建て住宅に比較して若い夫婦や乳幼児の占める割合が多い。そして、本件建築物が「く」の字状に原告らの住居を遮っているため、本件建築物の住民の発する音が、分散することなく原告ら住居に跳ね返ってきている。
(オ) 交通渋滞及び災害時の不安による損害
車の通行量も格段に増加し、本件土地が面する道路を利用する原告らはより危険で不利益な状況を被ることになった。
(カ) 雑草類の繁茂による損害
原告ら住居敷地と本件建築物敷地との間には、平均2m以上の間知石の擁壁がある。この擁壁の上にたくさんの雑草が繁茂し、本件建築物側での管理が十分行われず、著しく美観が損なわれ、雑草の種子の飛散によって原告らの敷地にもおびただしい雑草が繁茂するという悪影響が生じている。
(キ) 資産価値の下落による損害
原告らの住居の直近の位置に大規模な本件建築物が建築されたため、第1種低層住居専用地域についての環境条件が著しく損なわれ、原告らの所有不動産の資産価値を大幅に低下させた。
(ク) 訴訟等の経費及び労力による損害
本件建築物により発生した損害に対処するため、弁護士依頼や訴訟追行のための労力を余儀なくされた。
(ケ) 各原告ら固有の損害
以上の他にも、原告ら各自の損害が生じている。
イ 原告らは、本件確認処分により建築された違法な本件建築物により、上記のような精神的及び財産的損害を被っており、その損害額は各原告につき少なくとも、50万円を下らない。
原告らの弁護士費用相当額は、それぞれ10万円を下らない。
ウ よって、原告らは、被告市に対して、国家賠償法1条1項に基づき、それぞれ60万円の支払いを求める。
(2) 被告市の主張
争う。
行政処分取消訴訟と国家賠償請求訴訟とでは、違法性判断の基準が異なり、処分が違法であるとしても後者の原因となる行為が直ちに違法となるわけではない。
本件確認処分に関して被告主事が行った容積率及び高さ制限についての審査は、原告ら近隣住民等の個別の住民との関係において法的義務を負う性質のものではない。
原告らが損害として主張する事由は、法の容積率制限及び高さ制限の規定によって、直接に保護の対象とされている権利ではない。したがって、原告らが主張する違法事由と損害との間には、いずれも因果関係が認められない。
第6 争点に対する判断
(事実を認定する場合には、認定事実の前後に証拠を記載して、その旨を示す。一度説示した事実は、原則としてその旨を断らない。認定に用いた書証の成立は弁論の全趣旨により認められる。)
1 本件建築物完成による訴えの利益の消滅の有無
(1) 法によれば、建築主は、建築物の建築等の工事をしようとするときは、当該工事に着手する前に、その計画が当該建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定(確認対象法令)に適合するものであることについて、確認の申請書を提出して建築主事の確認を受けなければならず(法6条1項)、また、その工事を完了した場合、その旨を建築主事に届けなければならない(法7条1項)。建築主事が上記届出を受理した場合、建築主事又はその委任を受けた当該市町村若しくは都道府県の吏員は、届出に係る建築物及びその敷地が建築関係規定に適合しているかどうかを検査し(同条2項)、適合していることを認めたときは、建築主に対し検査済証を交付しなければならない(同条3項)。
上記規定に照らせば、建築確認は、法6条1項の規定する建築物の建築等の工事の着手前に、当該建築物の計画が確認対象法令に適合していることを公権的に判断する行為であって、上記法令に違反する建築物の出現を未然に防止することを目的としたものということができる。
このように、建築確認はそれを受けなければ工事をすることができないという法的効果を付与されているにすぎないというべきであるから、工事が完了した場合には、建築確認の取消しを求める訴えの利益は失われるものといわざるを得ない(最高裁昭和59年10月26日第二小法廷判決・民集38巻10号1169頁)。
本件においては、基礎となる事実4記載のとおり、本件建築主は、本件建築物の建築工事を完了させ、平成11年11月9日に被告主事に対して工事完了届けを提出した。被告主事は、同月24日本件建築主に対して検査済証を交付した。これによって、原告らの本件確認処分の取消しを求める法的利益は失われたといわなければならない。
(2) 原告らは、本件訴えは、平成6年に改正された法52条2項の解釈が初めて問題とされており、行政の法律適合性を担保するという取消訴訟の役割が特に求められている事案であり、建築物が完成すれば訴えの利益がなくなるというのでは建築確認に処分性を認めた意味がない旨主張する。
しかしながら、取消訴訟において処分性が認められることと取消しを求める利益が存続しているか否かとは別個の問題である。また、本件建築物が法52条2項に適合するか否かの司法判断を得ることが取消訴訟以外の方法によっては不可能であるとも思えない。このような点から見て、本件確認処分の取消しを求める利益が存続するとの原告らの主張は採用できない。
(3) そうすると、本件訴えのうち、被告主事に対して、本件確認処分の取消しを求める部分は、その余の争点について判断するまでもなく不適法というべきである。
2 国家賠償請求についての判断の順序
被告市に対する国家賠償請求について検討する。建築確認処分の違法事由と同処分に基づいて完成した建物により被る損害の賠償請求の違法事由とは、被告市が指摘するとおり、全く同じではない。ただし、相当程度関連性があることは否定できない。特に建築確認処分がないままの状態で、違法建築と分かっていながら建築を強行するような悪質な業者は通常は少ないであろうから、建築確認処分を得ずに建築物が建築されることは通常はないと考えられる。したがって、本件建築物が完成したことの事実上の相当程度の原因は被告主事が本件確認処分をしたことにあるということもできる。したがって、本件建築物の建築という違法行為により被害を受け、それが被告主事の本件確認処分によるとの原告らの主張の是非については、本件確認処分が適法であるかどうかを審理するのが実際問題として、便宜である。
以上のとおりであるから、本件確認処分につき、原告らが問題とする点を検討することとする。原告らは、容積率違反と高さ制限違反を主張するところ、両者とも地盤面がどこにあると捉えるかが前提問題である。そして、この論点については、関係法令上、大規模なからぼりがある建築物の場合とからぼりのない傾斜地の場合とで異なる問題がある。そこで、便宜上、高さ制限(その中に、地盤面、からぼり問題を含む。)及び容積率制限(前同)の各違反の有無といった順序で検討する。
3 高さ制限違反の有無
(1) 高さ制限と地盤面
法55条1項は、第1種低層住居専用地域の建築物の高さの制限について規定し、法92条は、建築物の高さの算定方法について、政令に委任している。
これを受けて、令2条1項6号は、「建築物の高さ」につき「地盤面からの高さ」によると定め、同条2項は、「地盤面」とは「建築物が周囲の地面と接する位置の平均の高さにおける水平面をいい、その接する位置の高低差が3メートルをこえる場合においては、その高低差3メートル以内ごとの平均の高さにおける水平面をいう。」と定めている。
そこで、次に令2条2項にいう地盤面が具体的に何を指すかであるが、この点については、同項の文言を2つに分け、「建築物が周囲の地面と接する位置」がどこになるのかという問題と、「高低差3メートル以内ごとの平均の高さにおける水平面」の算定方法の内容の問題とに分け、前者の中で建築物とは何かに関連してからぼりの問題を適宜検討することとする。
(2) 「建築物が周囲の地面と接する位置」
ア 「建築物」に関する法の規定
「建築物」については、「土地に定着する工作物のうち、屋根及び柱若しくは壁を有するもの(これに類する構造のものを含む。)、これに附属する門若しくは塀、観覧のための工作物又は地下若しくは高架の工作物内に設ける事務所、店舗、興行場、倉庫その他これらに類する施設(鉄道及び軌道の線路敷地内の運転保安に関する施設並びに跨線橋、プラットホームの上家、貯蔵槽その他これらに類する施設を除く。)をいい、建築設備を含むものとする。」と定義されている(法2条1号)。
イ 本件建築物における「建築物」の範囲と地盤面
アの定義を本件にあてはめて検討する。本件建築物はA部分が各入居者の居室となり、C部分がエントランスホール、エレベーター及び管理人室となっている。このA部分とC部分をつなぐ各階の廊下がB部分に設けられている(甲5)。
そして、本件建築物の各入居者は、A部分の居室からB部分の廊下を通り、C部分のエレベーターに乗り、エントランスホールから外に出るのが本件建築物の通常の利用の仕方であると認められる。A部分にも外部に出る通路はあるが、避難通路としての扱いとなっており、しかも本件建築物の入居者用の駐車場及びゴミ置き場にはC部分から出入りすることが前提とされている(甲5)。
以上の事情に鑑みれば、本件建築物は、構造上も機能上も、A、B及びC部分を社会通念上一体の建築物としているというのが相当である。
そうすると、本件建築物が周囲の地面と接する位置とは、A、B及びC部分からなる一体的な建築物が周囲の地面と接する位置ということとなり、斜面上の高低差の地面が周囲の地面と接する位置となり、その接する位置の高低差が3mをこえる場合であれば、その高低差3m以内ごとの平均の高さにおける水平面が地盤面ということになる。
ウ 取扱基準による地盤面の決定
ところで、取扱基準(105頁)によれば、「建築物本体と一体的な周壁を有するからぼり等がある場合には、建築物本体及び周壁の外側の部分を『周囲の地面と接する位置』とします。」、「ただし、傾斜地等において、建築物本体と一体的で大規模な周壁を有するからぼり等の場合には、建築物本体が実際に接する地表面の位置を『周囲の地面と接する位置』とします。」と規定されている。なお、「からぼり」及び「からぼり等」については、取扱基準には何らの定義規定はないし、現行の法令上にも定義規定はない。
原告らは、取扱基準を本件にあてはめ、別紙3のB部分は取扱基準にいう「からぼり等」に該当するから、そのB部分の「からぼり等」の底が「建築物が周囲の地面と接する位置」になるとし、これによれば地盤面は「からぼり等」の底の部分になる旨を主張する。
取扱基準(乙5)は、それ自体が法の委任を受けたものではないから、法規範性を有するものではない。しかし、取扱基準は、横浜市において「これまで運用してきた建築基準法の具体的取扱いを集大成したもの」であるから、法令の定めとの対比からみて、解釈上不当であるとか、著しく不合理であるといった特段の事情でもない限り、取扱基準に記載されたとおりの扱いをすることは、適法と推定されるということができる。
したがって、取扱基準が本件に適用されることを前提に、B部分が取扱基準にいう「からぼり等」(その内容は後記で扱う。)に該当するかどうかを検討する必要がある。
エ 取扱基準にいうからぼり等の該当性の有無
(ア) からぼりがある場合における地盤面のとらえ方
前記のとおり、取扱基準(105頁)によれば、「建築物本体と一体的な周壁を有するからぼり等がある場合には、建築物本体及び周壁の外側の部分を『周囲の地面と接する位置』とします。」、「ただし、傾斜地等において、建築物本体と一体的で大規模な周壁を有するからぼり等の場合には、建築物本体が実際に接する地表面の位置を『周囲の地面と接する位置』とします。」としている。
前段の基準は、からぼり等が建築物と一体的であり、規模も大きくないので、からぼりをいわば建築物の一部と見て、建築物及びからぼりの周りの壁が外側の地表面と接する位置を地盤面と扱うこととし、後段の基準は、からぼり等が大きい場合には、傾斜地に建築物が建築されるというよりも、平地に建築されることに類似してくるので、建築物の本体が接する地面を地盤面とするのが適当であるという考え方によったものと思われる。
上記の場合における「からぼり」と「からぼり等」の用語の異同については、後の(イ)で触れる。そして、取扱基準によれば、奥行きが2mを超えるからぼり部分を有するか、高さが5mを超えるからぼり部分を有する場合には、上記ただし書以下の「大規模な周壁を有するからぼり等」に該当するとされている。
(イ) からぼりであるための要件
取扱基準では「からぼり等」の定義はなされていないが、通常の言葉の解釈からすれば、からぼりとは、住宅の地階に設ける居室に必要な採光、換気などを確保するため、当該居室が面する土地の部分を掘り下げて設ける空間のことであり、性質上建築物本体とは別個のものと解される。また、「等」は、からぼり類似の名称(例えば、ドライエリア)で呼ばれるものを含むものではあるが、概念上からぼりと異なるものを含む趣旨ではないと解される(乙5の105頁)。したがって、上記の性質のものを「からぼり」として議論を進め、必要でない限りは、「からぼり等」の用語は用いない。取扱基準に「からぼり等」が定義なしで用いられているので、当事者も取扱基準を意識した主張の場面では「からぼり等」を用いるなど、用語の使用がやや不統一な感があるが、当裁判所としては、以下では、原則として上記の意味でのからぼりの用語だけを使用する。
なお、原告らはからぼりの意義につき、408号通達を援用するところ、その内容は上記の意味でのからぼりと異なるものではない。
(ウ) 本件地下空間のからぼり該当性の有無
本件建築物の本件地下空間は、従来あった地盤を掘り下げていること、居室の採光及び換気を確保する機能を有しているものであり(被告主事本人)、これらからすれば、通常の言葉の解釈としては、からぼりが持つ機能を有するということはできる。そして、本件地下空間部分は奥行き2m以上を有するものであり、本件建築物は、傾斜地に立てられている。
しかし、本件建築物のうち本件地下空間を除外した別紙図面3のA部分のみを仮に建築物本体であるとすると、本件建築物は、階段、廊下及びエレベーターのない建築物となり、外部に出ることのできないものとなるが、このような機能を有しない建築物は完成した1個の建物ということはできない。本件のような建物は、本来、階段、廊下及びエレベーター等を有して初めてその機能を果たすことができるから、これら階段、廊下等は本件建築物本体に含められるべきであり、本件建築物の「建築物本体」は、A、B及びC部分を含むものであり、A部分のみを「建築物本体」とし、B部分を建築物本体とは別のからぼりと見るのは相当ではない。したがって、B部分は、居室の採光及び換気を確保し、これを促進する機能を有するが、専らそれだけというのではなく、C部分につながる廊下をその外側に有するのであり、外部への通路という建物にとっての不可欠の要素を構成するものであるから、からぼりとしての機能も有するが、主としては建築物本体を構成するものというのが相当である。
オ 地盤面の決定(取扱基準の適用の有無・内容)
(ア) まとめ
以上からすれば、B部分(本件地下空間)は、居室の採光及び換気というからぼりが持つ機能をも有するが、その他にも本件建築物の不可欠の要素である外部への通路を形成するための廊下を周りに備えるものであり、その意味では本件建築物の本体を構成するという面がある。このような本件地下空間部分は、からぼりに関する取扱基準の前段、後段(前記ウ)のいずれにも厳密な意味では該当しないというのが適切である。そうすると、取扱基準によることが本来できないので、本来の規範である法及び令に遡って判断すべきことになり、ア、イのとおり、A、B及びC部分からなる一体的な建築物が周囲の地面と接する位置が地盤面となると解するのが相当である。
そうすると、本件における地盤面は、A、B及びC部分の外周部が「周囲の地面と接する位置」であり、具体的には、別紙5の黒太線のとおりとなる。
(イ) 回廊の位置による建築物の範囲の異同(原告らの主張について)
上記の結論に関連して、原告らは、周壁に廊下も併せて設置した場合には、周壁が周壁でなくなってしまい、「からぼり」に該当しないというのは詭弁である旨を主張する。
確かに、B部分の周壁に付された廊下が本件建築物にとって不可欠の要素であることを理由に、回廊・周壁を含んだB部分を単なる周壁でなく、建物の一部と扱うというのが上記の結論の主要な根拠である。したがって、B部分に周壁を作るのが脱法的な行為であるということであれば、原告らの上記の指摘は看過できないものといわなければならない。
そこで、検討するに、仮に回廊をB部分の周壁側に作らずに、A部分側に作ると一層問題点が鮮明になる。すなわち、回廊はA部分側に作られても建築物の一部であることに変わりはなく、この回廊により外部への出入口が確保され建築物は建物としての機能を備えることになるので、A部分とこの回廊までの部分をもって建築物が機能的にも完成したものとなり、その外側に同様にB部分が作られると、そのB部分はまさしく本来のからぼりそのものであり、ここが建築物の一部とされるおそれはない。そうすると、このような場合には、高さ制限における地盤面についての取扱基準の後段が適用され、からぼりの底の位置が地盤面となり、本件建築物は7階建ての建物となり、法違反が問題とされることになる。
しかし、本件土地は南側のA部分側からさらに南側に斜面状に低地に下っており、道路は本件土地の北側にあるため、本件建築物から外部道路へ出るためには、C部分を経由する必要があり、その結果としてA側か周壁側かは別として、いずれにしろA部分とC部分との間に回廊を設ける必要が出てくる。そして、そのような選択の範囲の中で、回廊をA部分側に作るかB部分の周壁側に作るかは本来施工者の自由である。したがって、回廊を設けたこと、その位置がB部分の周壁側であったこと、これにより本件地下空間が取扱基準後段にいうからぼりに直接該当しないものとなり、反対に本件建築物の一部として扱われることとなったものではあるが、そのようなことが、本件建築物を建築するために通常必要となる設計を無視し、不自然かつ不合理に脱法的な建築をしたとまではいえない。したがって、前記の原告らの主張は採用することができない。
(ウ) 地下の擁壁部分の扱い
原告らは、本件①の空間の地下周囲には、廊下、居室等の建築物本体ではない擁壁(又は周壁)が存在すると主張する。
しかしながら、原告らが指摘する部分(別紙6ないし8参照)は、地中に位置する擁壁であって、地表面とは接していないので、本件建築物の地盤面の設定とは無関係である。
(3) 「高低差3m以内ごとの平均の高さにおける水平面」の算定方法
ア 問題の整理(高低差がある場合における地盤面算定に関する令2条2項の定義)
建築物が周囲の地面と接する位置が(2)オのとおりA、B及びC部分の外周部である別紙5の黒太線となり、その接する位置の高低差が3mを超えていることになり、令2条2項は、「建築物が周囲の地面と接する位置の高低差が3メートルをこえる場合においては、その高低差3メートル以内ごとの平均の高さにおける水平面」をもって地盤面とする旨を定めている。したがって、この規定に従い、高低差3m以内ごとの平均の高さにおける水平面が地盤面となる。
そして、本件確認処分においては、本件建築物の地盤面は、周囲に接する地面のうち最低点から高低差3mごとに6つの領域に切り分けて計算され、設定されている(甲21の3、甲21の4、被告主事本人)。
イ 取扱基準による領域設定方法に関する例外適用の有無
(ア) アのとおり令2条2項の地盤面を算定するために領域の設定をする必要があるが、この点について、取扱基準は、「地面と接する位置の最高点又は最低点から3mごとに領域を設定する。ただし、敷地や建築物の形状により、この方法によることが不合理である場合には、3m以内の適切な高さにより領域を設定することができる。」としている。
令2条2項は、「高低差3m以内ごと」と規定しているに止まり、具体的な方法については何ら規定していないから、余程不合理でない限り、3m以内ごとの領域設定であれば、地面と接する位置の最高点又は最低点から3m毎に領域を設定することも(取扱基準の原則的な方法)、その他の方法により3m以内の適切な高さごとに領域設定をすることも(原則的方法によることが不合理である場合に認められる取扱基準の例外的方法)、令2条2項の解釈から許容されるというべきである。したがって、取扱基準による領域設定の方法は不合理ではないし、適用することのできる基準であると解される。研究会解説においても同様のことが定められている。
(イ) 本件における例外的な方法の採否
a 原告らは、本件土地の形状等に照らして、A、B及びC部分に分けて領域を設定すべきとする。
その原告らの主張が取扱基準の例外的方法を適用すべきと主張するものか、それ以外の方法を主張するのかは必ずしも明確ではないので、念のため、2つに分けて検討する。
b まず、取扱基準の例外的方法の場合の領域設定は、「地面と接する位置の高低差が3mを超える場合、3m以内ごとの平均の高さにおける水平面等の設定の方法」の一つであり、出発点は地面と接する位置の高さを3m以内ごとに切り分けることである。
しかしながら、原告ら主張の方法は、地面と接する位置の高さを3m以内ごとに切り分けることを出発点にせず、本件建築物の機能面から3つの領域に分けたものであり、また、本件土地は北側から南側に向かって約15mの高低差がある傾斜地であり、原告ら主張の3つに分ける方法によって結果として、「3m以内の適切な高さ」に領域を分ける結果になることについての主張立証はなく、結局のところ、取扱基準の例外的方法には当たらないといわざる得ない。
c 次に、原告は、取扱基準に定められていない方法によるべきと主張しているとも解されるので、以下検討する。
令2条2項は、「高低差3m以内ごとの平均の高さにおける水平面」としており、令にはそれ以上具体的な方法については何ら規定されていないから、余程不合理でない限り、前記の取扱基準に定める方法によるべきである。
そして、上記の取扱基準による領域設定の方法を本件に適用するのが明らかに不合理で、反対に原告らの主張する方法(令及び取扱基準に何ら規定のない方法である。)が明らかに合理的であるとまでの事情は認められない。
そうすると、原告らは、不合理であるとまでの事情を証明できないにもかかわらず、令や取扱基準に規定されていない方法によるべきであると主張するものであり、それは、法及び令の委任がない方法によって、令2条2項の解釈を制限することに帰する面があり、採用することはできない。
(ウ) 領域設定に関する本件確認処分の適否
そうすると、領域設定に関する本件確認処分は、ア後段のとおりに領域を区分した上で行ったもので、令2条2項及び取扱基準の規定する原則的な方法に従ったものであり、違法はない。
(4) 高さ制限に関する結論
以上のとおりであるから、本件建築物における高さ制限の規定との関係において、地盤面の算定方法に違法な点はなく、その決定された地盤面を基準に見ると、本件建築物の最高の高さは、地盤面から10m以下になる(弁論の全趣旨)から、本件建築物は法55項1項の高さ制限に反するとはいえない。
4 共同住宅の地階に対する容積率の不算入措置の適用の有無
(1) 容積率の制限と地階に対する容積率不算入措置(判断の順序)
法52条1項は容積率の制限について規定し、同条2項は地階の容積率不算入措置について規定している。
前者の容積率制限の場面においては基準となる地盤面がどこかという先決問題があるところ、その地盤面については、高さ制限の場合の地盤面と異なる定義がされている。したがって、その関係をどう考えるかという問題を先に検討する議論の進め方もあるが、その点は、後記5の容積率違反の有無の箇所で検討し、ここでは、地階に対する容積率不算入の制度が共同住宅には適用がないという原告らの主張の当否を先に検討する。
ちなみに、本件建築物は、容積率制限及び地下の一定範囲の制限不算入措置の適用の結果、本件確認処分において、地上3階地下4階の建築物とされ、地下2階ないし4階が容積率不算入措置の対象とされている。
(2) 法52条2項の文言
地階に対する容積率の不算入措置について規定する法52条2項は、住宅の地階に係る容積率の制限の不算入措置のための要件として、住宅の地階であること、その天井が地盤面からの高さ1m以下にあることなどを定めている。しかしながら、この要件に関し、同項は、戸建ての住宅においてそのうちの一部のみを居室等の地下室として活用する場合に限りその不算入措置の適用があると限定したり、共同住宅の1戸の住宅全部を地階に配置する場合には不算入措置の適用がない旨の規定を設けてはいない。
(3) 立法の経緯
ア ここで、上記のような文言からなる法52条2項の規定の制定の沿革を見ておくこととする。
法52条2項の規定は、平成6年の法改正で設けられたものであるが、その目的は、近年の居住形態の多様化に対する国民の関心の増大や、既成市街地等における土地の有効利用に対する高まりなど、建築物を巡る環境の変化に的確に対応した合理的な建築基準の策定を行うため、住宅の地下室に係る容積率制限を合理化する措置を講ずることにある(甲27)。
なお、不算入措置の前提である容積率制限の趣旨は、建築物の床面積の上限を制限することにより、建築物と道路、下水道等の公共施設との均衡を保ち、また、建築物の周辺の環境を保つことを目的としたものである(中間報告。甲27の164頁)。
イ そして、法52条2項は、地階について無制限に容積率不算入の対象としているのではなく、建築物の地階で住宅の用途に供する部分については、当該建築物の住宅の用途に供する部分の床面積の合計の3分の1を限度として容積率に算入しないとして、一定の制限を設けている。
さらに、法52条2項等の施行について、建設省住街発第74号(平成6年6月29日)の建設省(当時)住宅局長通達が出されているところ、その中で、法52条2項の対象となる住宅には、「一戸建て住宅のほか、長屋及び共同住宅を含む。」としている。
ウ また、この規定の立法に先立ち中間報告がされているところ、同報告において、「地下室の床面積を容積率の算定から無条件に除外した場合には、地下部分が地上部分に比べて極端に大きい建築物や、床面積が著しく大きい地下室が建築される可能性があり、容積率制限の目的を損なうおそれがあるため、容積率制限の対象から除外する床面積については、地下室の利用実態などにも配慮しつつ一定の範囲に限定することが必要である。」とされている(甲27の165頁)。この記述からすれば、中間報告の段階において、地上3階地下4階の本件建築物のような建築物を全く想定していなかったとはいえず、むしろ、想定した上でその問題点に対処すべく問題提起をしていたと解される。
エ 以上からすると、地下の容積率不算入制度を共同住宅に適用するかどうかの問題は認識された上で、この制度は導入されたところ、成立した同制度の規定文言上は、共同住宅にこの不算入制度の適用を排除することとはされていないということである。
(4) 社会常識との関係からの制限解釈(原告らの主張)の採否について
ア 原告らは、共同住宅である本件建築物に容積率の不算入措置を適用することは、社会の常識とは相容れず、上記不算入制度の合理的な適用範囲を超えると主張する。
確かに、本件建築物は、傾斜地に建てられ、下方の原告ら居住地から見ると、外見上は7階建てに見える。それが、法律上は地上3階地下4階建てとされており、一般人の感覚としてそのことに違和感を覚えるであろうことは想像に難くない。そして、その実質的な意味は、実際には容積率違反の7階建ての建物であるにもかかわらず、地上は3階建てであるとして、違反はないというのが常識に反するということであろうと思われる。
イ しかしながら、容積率の制限の趣旨は、建築物の床面積を制限することにより、建築物の敷地に空間部分を設け、もって建築物とその敷地の外に位置する道路、下水道等の公共施設との距離的な均衡を保ち、また、建築物の周辺の環境を保つことを目的とするものである。
他方で、容積率の不算入措置は、土地の有効利用や周辺の住環境などの諸事情に配慮した上で、地階部分につき一定限度で容積率の適用対象から除外し、もって地下部分に有効利用が可能な建物部分の確保を認めることとしたものである。これは、地下であれば、敷地の外の公共物や建物との水平的な距離の確保状態に変更はないことが大きな根拠となっていると解される。ただし、いくら地下にしたからといっても、周囲の住環境に変化が生じることは否めない。特に、本件のように共同住宅が建築される場合には、まず地下を利用できるかどうかで当該建築物の居住人数の多寡が左右され、環境への影響度合いが異なる。また、本件に則していえば、傾斜地に実質7階建ての建築物が建築されるか3階建ての建築物が建築されるかでは、斜面下方に居住する者にとっては、圧迫感やプライバシー確保の程度に大きな違いがもたらされる。したがって、容積率不算入の内容をどのように規定するかは、その導入目的から一義的に決定することが必ずしもできない面のある事柄であるというべきである。
そうすると、立法がどのような不算入措置を導入しているかを正確に解釈することが重要であり、斜面の下方から見て地上7階建てに見える建築物であっても、建築法令を正確にあてはめ、それを地上3階地下4階の建築物として建築することが法により容認されていると解釈されるのであれば、それをもって常識に反するとか、常識に合致するように解釈を限定したものに改めなければならないということになるわけではない。
(5) 結論
以上のとおり、地下についての容積率の不算入を定める法52条2項の文言及び立法の経緯に照らせば、共同住宅(特にそのうちの1戸の住宅全部を地階に配置する場合)に法52条2項の適用がないと解釈することはできないのであり、共同住宅である本件建築物に法52条2項の容積率の不算入措置を適用すること自体は違法ではない。
5 本件建築物の容積率制限違反の有無
(1) 序
次に、本件建築物に容積率制限の違反がないとした本件確認処分の判断の適否につき、地盤面、地階の範囲等の内容を確認しながら、検討する。
(2) 法の規定
容積率制限は前記のとおり法52条1項が規定し、地下の容積率不算入措置について規定する同条2項は、「前項…の算定の基礎となる延べ面積には、建築物の地階でその天井が地盤面からの高さ1m以下にあるものの住宅の用途に供する部分の床面積(当該床面積が当該建築物の住宅の用途に供する部分の床面積の合計3分の1を超える場合においては当該建築物の住宅の用に供する部分の床面積の合計の3分の1)は、算入しないものとする」としている。
そこで、以下においては、上記の規定内容を①地階に該当するかの問題と、②その地階とされた階の床面積が容積率不算入措置の対象となるかの2つの問題に分けて検討することにする。
(3) 地階の判定基準と本件建築物における地階該当部分
ア 法令の規定
法52条2項の規定文言中には、(2)のとおり、「地階」と定められているところ、この地階の意義については、令1条2号に規定があり、地階とは、「床が地盤面下にある階で、床面から地盤面までの高さがその階の天井の高さの3分の1以上のものをいう。」(令1条2号)。
この令1条2号中には上記のとおり「地盤面」との文言があるが、これについて厳密な法令上の定義はない。ちなみに、令2条2項には地盤面の定義があるが、これは、同条1項2号、6号又は7号中の地盤面についてのものである旨が規定されているのに対し、令1条2項の地盤面についてのものとは規定されていないから、これをあえて除く趣旨であると解されるのであり、令2条2項の地盤面の定義規定は令1条2号の「地盤面」には適用がない。
イ 取扱基準の扱い
(ア) このように地階については、令には1条2項の定義規定しかないので、それをどのように解釈するのかが問題となるところ、この点につき、取扱基準は、「地階の判定は同一階において判定するものとし、部分的な判定は行わないものとして令第1条2号を適用します。」としている(乙5の47頁)。
(イ) そして、アのとおり規定されている令1条2号中の「床が地盤面下にある階」については、取扱基準は「建築物の当該階の部分における床が地盤面下にある階とします。ただし、建築物が周囲の地面と接する位置に高低差がある階にあっては、建築物の当該階の部分が周囲の地面と接する位置における周長の過半が床より高い位置に地面がある階とします。」としている(乙5の47頁)。
(ウ) また、令1条2号の「床面から地盤面までの高さ」については、取扱基準は「当該階における最も高い位置にある床面から、建築物の当該階の部分が周囲の地面と接する位置の平均の高さにおける水平面(その接する位置の高低差が3mを超える場合においても、その高低差の平均の高さにおける水平面とします。)までの高さとします。」とし(乙5の47頁)、地盤面については、令2条2項とは異なり、高低差が3mを超える場合でも、その高低差の平均における水平面としている。
(エ) このように取扱基準は、令1条2号の地盤面については、令2条2項の地盤面の定義とは異なる解釈を示している。この取扱基準の解釈は、令がアのとおり令2条2項の地盤面の定義を令2条1項2号、6号又は7号の場合に限定し、令1条2号の地盤面については何ら規定をしていないことが背景にある上、元来、高さ制限判定のための基準としての地盤面は階の途中に位置するものとしても支障はないと考えることもできるが、地階かどうかを判定するための基準としての地盤面は、階単位で考えなくてはならないから、その点で両者の基準内容は異なることとすることもできる。そうすると、地階の判定に関する上記のとおりの取扱基準(令1条2号の解釈)は全体として許容できるものである。
ウ 地階該当部分
以上の解釈に従うと、本件建築物の最下層から上に4つの層は、令1条2号の地階に該当し、本件建築物は地下1階から4階を有することになる(甲28の資料3―22ないし25)。そして、本件確認処分においては、本件建築物につき、このような取扱基準に沿って令1条2号の地階判定がなされているので、同処分に令1条2号に反する違法な点はない。
(4) 地階と容積率不算入措置の適否
ア 地盤面の算定
前記(2)のとおり、容積率の不算入措置について法52条2項が規定しているところ、その規定中の「地盤面」については、同条3項により「建築物が周囲の地面と接する位置の平均の高さにおける水平面をいい、その接する位置の高低差が3mを超える場合においては、その高低差3m以内ごとの平均の高さにおける水平面をいう。」とされている。これは、高さ制限の判定基準となる地盤面について規定する令2条2項と同一文言である。
イ 取扱基準
ところで、取扱基準は、「床面積は各階ごとに算出するものであることから、法52条2項及び3項に規定する地盤面は、建築物の当該階の部分ごとに算定するものとし」、「建築物の当該階の部分が周囲の地面と接する位置」を問題にしている(乙5の48、49頁)。
アのとおり法52条3項は、地盤面について「建築物が周囲の地面と接する位置」とし、「建築物の当該階の部分が周囲の地面に接する位置」とはしていない。しかしながら、一つの建築物の地盤面は複数あり得ること(法56条の2の「平均地盤面」参照)、床面積が当該階ごとに算定されるものであること、「建築物の当該階の部分」ごとに地盤面を算定しないと同一平面上に構成されているにもかかわらず地上階と判定される部分と地階と判定される部分が生じ得ることなどの事情に照らせば、法52条3項の「建築物が周囲の地面と接する位置」を取扱基準のいうように「建築物の当該階の部分が周囲の地面に接する位置」と解釈することは許容できるものである。
ウ まとめ
そして、本件確認処分においては、各地階について、取扱基準に沿って容積率不算入の対象となる地階の判定がなされ、本件建築物の地下4階ないし2階が容積率不算入の対象となり、地下1階が容積率不算入措置の対象とはならないと判定されている(甲28の資料3―22ないし25)。
そうすると、本件確認処分における容積率不算入措置は、取扱基準に則って行われており、法52条2項に反する違法な点はない。
(5) からぼりと容積率制限との関係
ア 問題の所在
高さ制限との関係での地盤面を規定するのは、前記のとおり令2条2項であり、関連してからぼり等について規定する取扱基準が問題となったが、容積率との関係での地盤面を規定するのは、令2条2項ではなく、法52条3項等である。そのため、「からぼり等」の該当性の有無が容積率で問題となる地盤面の解釈に関係するか疑問の余地があるが、念のため「からぼり等」及び領域設定と容積率との関係を検討する。
イ 「からぼり等」の該当性の有無と容積率
原告らは、概ね、別紙2の本件地下空間が「からぼり等」に該当するとして、その低盤をもって「周囲の地面と接する位置」とすべきと主張している。
しかしながら、前記のとおり本件地下空間が取扱基準にいう「からぼり等」に該当せず、別紙3のB部分の低盤が接する周囲の地面の位置は「建築物が周囲の地面と接する位置」に該当するものではない。したがって、原告らの主張する「周囲の地面と接する位置」は容積率との関係でも採用することができない。
(6) 結論
以上に検討したとおり、本件確認処分において、地階自体の判定及び容積率不算入の対象となる地階の判定に違法な点はない。そして、本件確認申請及び本件確認処分の際になされた容積率の計算(甲28の資料3―26)に原告ら主張の違法な点はなく、本件建築物は法52条1項(容積率制限)に違反しない。
6 まとめ
以上のとおりであり、本件建築物は容積率制限及び高さ制限に違反するとはいえないから、その余の争点について判断するまでもなく、原告らの被告市に対する請求は認められない。
第7 結論
そうすると、本件訴えのうち被告主事に対し本件確認処分の取消しを求める部分は不適法であるからこれを却下し、被告市に対する部分は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・岡光民雄、裁判官・窪木 稔、裁判官・堤 雄二)
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file_5.jpgBia 6 ARMOR
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