大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

横浜地方裁判所 平成11年(行ウ)27号 判決 2000年4月26日

主文

一  本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が平成一一年二月二六日付け葉山町告示第九号をもってした公共下水道供用開始の公示処分を取り消す。

第二事案の概要

本件は、被告が平成一一年二月二六日付け葉山町告示第九号をもって公共下水道供用開始の公示(以下「本件供用開始の公示」という。)をしたところ、右公示において「下水道を排除及び処理する区域」とされた地域内に居住する原告らが、被告に対し、本件供用開始の公示は、その前提となる下水道事業変更認可に際し必要な下水道法施行令(以下「令」という。)三条所定の公示(以下「事業計画の公示」という。)手続を欠いた(以下「本件手続懈怠」という)違法があるとして、本件供用開始の公示の取消しを求めた事案である。

一  基礎となる事実(証拠の掲記のない事実は当事者間に争いがなく、証拠の掲記のある事実はその証拠により認定した事実である。)

1  当事者

原告ら原告らは各肩書住所地に居住する者である。(弁論の全趣旨)右各肩書住所地は、本件供用開始の公示における「下水道を排除及び処理する区域」に含まれている。

(二) 被告は、神奈川県の葉山町公共下水道(以下「本件公共下水道」という。)の管理者である葉山町の代表者である。

2  本件供用開始の公示

(一) 被告は、平成四年二月一九日付けで、下水道法(以下「法」という。)四条一項及び四〇条に基づき、本件公共下水道の事業計画(以下「本件事業計画」という。)について神奈川県知事の事業認可を受けた。(概ね争いがない。詳細は乙二の一。)

また、被告は、本件事業計画について、同月一八日付けで、令三条に基づき事業計画の公示を行い、利害関係人に意見を申し出る機会を与えた。(乙七)

(二) 次いで、被告は、本件事業計画の内容を大幅に変更し、平成七年七月四日付けで、右変更につき、改めて建設大臣の認可を得た。変更前と変更後の計画を比較すると、①処分区域面積が九二ヘクタールから二三〇ヘクタールヘ、②計画処理人口が五八〇〇人から一万六二OO人へ、建設費は約一六四億円から約二八六億円となっている。

被告は、右変更後の事業計画について、令三条に基づく事業計画の公示手続を懈怠(本件手続懈怠)した。

(三) 被告は、その後、法九条に基づき、平成一一年二月二六日付け葉山町告示第九号をもって、次の事項を内容とする本件供用開始の公示をした。

(概ね争いがない。詳細は甲一。)

供用及び下水の処理を開始する年月日

平成一一年四月一日

下水を排除及び処理する区域

葉山町長柄字芳ヶ久保の一部

葉山町長柄字松久保の一部

葉山町長柄字南郷の一部

供用を開始する排水施設の合流式又は分流式の別分流式

下水の処理を開始する公共下水道の終末処理場の位置及び名称

葉山町長柄一七三五番地

葉山浄化センター

二  主な争点とこれについての当事者の主張

1  本件供用開始の公示の処分性の有無(争点1)

原告らの主張

本件供用開始の公示は、不特定多数の者を対象とする講学上の一般処分であるが、一般に公共下水道の供用開始の公示が行われると、当該公共下水道により下水を排除する区域(以下「排水区域」という。)内の土地の所有者、使用者又は占有者は、遅滞なく、当該土地の下水を公共下水道に流入させるために必要な排水設備を設置することが義務付けられ(法一〇条)、排水区域内の地域で排除された下水を処理する区域(以下「処理区域」という。)内においてくみ取便所が設けられている建築物を所有する者は、処理開始の日から三年以内に、その便所を水洗便所(汚水管が公共下水道に連結されたものに限る。)に改造することが義務付けられる(法一一条の三)。そして、これらの義務は、右供用開始の公示以外の個別の処分を要することなく発生するものであり、右義務の不履行に対しては、罰則が適用される。このように、一般処分であっても、個人の権利義務に直接具体的な影響を及ぼす場合には、抗告訴訟の対象となる。

(二) 被告の主張

行政事件訴訟法によって抗告訴訟の対象とされる行政処分とは、国民の「特定・具体の権利義務を形成し、又はその範囲を確定することが法律上認められているものである。公共下水道の供用開始によって、原告らの指摘する義務が発生するとしても、これらの利用の強制は、法の目的を達成するために法律が定めた公共義務であって、当該区域内の土地・建物の所有者等一般に発生するものであり、国民が有する特疋・具体の権利が右の供用開始についての公示によって侵害されるものではない。また、本件供用開始の公示は、公共下水道管理者が公共下水道の供用を開始すべき年月日、下水を排除すべき区域等の事項を広く一般の知り得る状態に置くものにすぎない。

よって、本件供用開始の公示は、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらないから、その取消しを求める原告らの訴えは不適法であり却下されるべきである。

原告らは、前記の義務が、本件供用開始の公示の直接の効果として生じると主張する。しかし、排水設備の設置又は構造については令八条に定める技術上の基準によらなければならない(法一〇条三項)ところ、これについては土地の状況によって各種の態様が考えられるため、法は、一〇条一項、一一条の三第一項の違反に対しても直接に罰則は適用せず、公共下水道管理者の三八条一項による具体的な措置命令又は一一条の三第三項による改造命令を経た後、当該命令に違反した場合に罰則を適用するものとしている。

よって、原告らの主張は理由がない。

2  本件供用開始の公示の違法性の有無(争点2)

(一) 原告らの主張

令三条は、公共下水道管理者が事業計画を定め又はその変更をしようとするときは、「あらかじめ、その決定又は変更に係る予定処理区域又は工事の着手若しくは完成の予定年月日を公示して、これらの事項に関し利害関係人に意見を申し出る機会を与えなければならない。」と規定している。しかし、被告は、前記一2(二)のとおり、本件事業計画の変更の認可の前後を通じ、右の事業計画の公示をしなかった(本件手続懈怠)。公共下水道を使用する私人等は、種々の公法上の義務又は制限を受ける(法一〇条・一一条・一一条の三・一三条等)ので、私人の利益との調整を図るために右の事業計画の公示手続が設けられているから、本件手続懈怠は、本件事業計画の変更の認可に重大かつ明白な瑕疵をもたらすと解される。そして、このように前提となる本件事業計画の変更についての認可が無効である以上、本件供用開始の公示は、法所定の法律効果が認められるものではなく、取り消されるべきである。

被告は、本件手続懈怠が、法的に何らの意味を有しないとし、その理由として、認可権者が利害関係人の意見に拘束されないことを挙げるが、利害関係人の意見は、認可権者がその裁量を働かせるに際し考慮され得るのであるから、被告の右主張は理由がない。

また、ある土地建物が排水区域に属することの法律効果と処理区域に属することの法律効果は異なるし、排水区域内において下水道の供用開始の公示に伴って生じる法律効果も、当該区域内に公共下水道が現実に供用開始されて初めて発生するのであり、これが供用されるか否かは、事業認可によって処理区域に編入されることによって初めて現実化する。したがって、都市計画決定で排水区域の特定がされた後でも私権との調整(事業計画の変更の認可での意見表明の機会の付与)は必要である。これを争う被告の主張は理由がない。

(二) 被告の主張

本件公共下水道の事業は、都市計画決定に基づき県知事及び建設大臣の認可を受けた都市計画事業である。下水道事業計画の認可の基準を定める法六条の規定、下水道事業計画を含んだ都市計画の案の縦覧等について定める都市計画法一七条、一八条二項の規定に徴するならば、令三条の「公示して(中略)意見を申し出る機会を与えなければならない。」との規定は、公共下水道事業計画の内容を適正ならしめるための一応の手続として要求されたにすぎず、利害関係人の権利又は利益の保護を直接の目的としたものではなく、公共下水道管理者並びに認可権者である建設大臣及び神奈川県知事が利害関係人の意見に拘束されるわけではない。また、令三条の規定は、利害関係人の意見を求める時期、期間、方法及び意見書の取扱いについても定めていない。下水道事業の認可は、都市計画法上の都市計画事業認可の実施計画というべきものであり、令三条は、少なくとも都市計画法一七条、一八条二項に比し、主として技術的なもので、かつ、覊束性に劣ると評価できる。本件では、五一一ヘクタールの排水区域については適法な都市計画があり、その範囲内で事業を拡大するものにすぎない。

これらの点からすれば、令三条による事業計画の公示は、事業計画の変更の認可の有効要件ではないから、本件手続懈怠があっても右認可は有効である。よって、本件供用開始の公示も適法である。

第三争点に対する判断

一  本件供用開始の公示の処分性の有無(争点1)

1  抗告訴訟の対象となる「処分」(行政事件訴訟法三条二項)とは、行政庁の法令に基づく行為のすべてを意味するものではなく、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうと解される(最高裁昭和三九年一〇月二九日第一小法廷判決・民集一八巻八号一八〇九頁ほか)。そこで、この見地に立って、本件供用開始の公示が右の「処分」に当たるか否かを検討する。

2(一)  法九条一項は、「公共下水道管理者は、公共下水道の供用を開始しようとするときは、あらかじめ、供用を開始すべき年月日、下水を排除すべき区域その他建設省令で定める事項を公示し、かつ、これを表示した図面を当該公共下水道管理者である地方公共団体の事務所において一般の縦覧に共しなければならない。公示した事項を変更しようとするときも、同様とする。」と規定している。本件供用開始の公示は、右規定に基づき、第二の一2のとおりにされたものであり、まず、相手先を定めずに広く一般に向けて公示という形式で行われ、特定個人に向けられたものではない。また、本件供用開始の公示は、その内容面から見ると、本件公共下水道の供用を開始するというものであって、特定の個人の権利義務を直接の内容とするものではない。

ところで、法一〇条一項柱書は「公共下水道の供用が開始された場合においては、当該公共下水道の排水区域内の土地の所有者、使用者又は占有者は、遅滞なく、次の区分に従って、その土地の下水を公共下水道に流入させるために必要な排水管、排水渠その他の排水施設(中略)を設置しなければならない。」と、法一一条の三第一項は「処理区域内においてくみ取便所が設けられている建築物を所有する者は、当該処理区域についての第九条第二項において準用する同条第一項の規定により公示された下水の処理を開始すべき日から三年以内に、その便所を水洗便所(汚水管が公共下水道に連結されたものに限る。以下同じ。)に改造しなければならない。」と定め、供用開始の公示がされた場合、排水区域及び処理区域内の右記載の者(以下「当該区域内の利害関係人」という。)に対し、一定の義務(排水設備設置義務及び水洗便所への改造義務)を生じさせる旨を規定している。

ただし、供用開始の公示がされた後に当該区域内の利害関係人が右の義務を実施しない場合、行政庁が右義務の履行を直ちに強制的に実現できることが法に規定されているわけではない。すなわち、配水設備設置義務違反については、公共下水道管理者は、まず右義務を履行しない違反者に対し、「必要な措置」を命ずることができるにとどまる(法三八条一項一号)。また、水洗便所への改造義務違反については、公共下水道管理者は、まず右義務を履行しない違反者に対し、相当の期間を定めて水洗便所に改造すべきことを命ずることができるにとどまる(法一一条の三第三項)。そして、当該区域内の利害関係人がこれらの命令に従わないときには、罰則の適用を受ける(法四六条・四八条)。このように、供用開始の公示があっただけの段階では、当該区域内の利害関係人に強制力を伴う義務が生じるものではなく、その後公共下水道管理者が発する命令により初めて強制力が伴った義務が生じるとされている。しかも、右の強制力を伴う命令が発せられるか否かは公共下水道管理者の裁量に委ねられている。したがって、公共下水道の供用開始の公示がされただけの段階では、当該区域内の利害関係人は、強制力を伴わないいわば抽象的な義務を負うにすぎず、公共下水道管理者が前記の必要な措置の命令又は改造命令を発したときに初めて具体的現実的な義務を負うものである。

3  右2(一)のとおり、本件供用開始の公示は、特定個人に向けられたものではなく、また特定の個人の権利義務を直接の内容とするものではない。そして、2(二)のとおり、本件供用開始の公示があると、法により当該区域内の利害関係人に配水設備設置義務及び水洗便所への改造義務が生じるが、その義務は、公示手続が行われたという段階では、いまだ強制力を伴わないものであり、いわば一般的抽象的なものにすぎない。

したがって、本件供用開始の公示の違法性の有無についての争訟は、いまだ訴訟事件として取り上げるに足りるだけの事件の成熟性を欠いていると解される。仮に、これを訴訟事件として取り上げるとすると、抗告訴訟を主観訴訟とする行政事件訴訟法の建前に反するといわざるを得ない。しかも、原告らに本件供用開始の公示があっただけの段階で訴えの提起を認めないとしても、法三八条一項又は一一条の三第三項の命令が発せられた段階やこれらの命令違反に対する罰則(法四六条・四八条)が適用された段階で本件供用開始の公示の適法性を争う機会を与えれば、不都合はないと解される。

よって、本件供用開始の公示は抗告訴訟の対象としての処分性を欠くといわざるを得ない。

二  結論

以上の次第であり、原告らの訴えはいずれも不適法であるから、その余の点について判断するまでもなく、これらを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 弘中聡浩)

裁判官 近藤壽邦は転補につき署名押印することができない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例