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横浜地方裁判所 平成11年(行ウ)45号 判決 2001年3月07日

主文

1  被告が原告に対して平成11年5月25日付けでした別紙文書目録記載2の公文書に係る公文書公開請求一部承諾通知処分のうち,団体の取引金融機関名,預金種目,口座番号及び口座名義人の公開を拒否する旨の部分を取り消す。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを2分し,それぞれを各自の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告が原告に対して平成11年5月25日付けでした「公文書公開請求のうち別紙文書目録記載1の公文書は諾否の決定ができない旨」の通知処分を取り消す。

2  主文1項と同旨

第2事案の内容

1  概要

神奈川県の住民である原告は,被告に対し,神奈川県の機関の公文書の公開に関する条例に基づき,平成10年度政務調査研究費に係る文書の公開請求をしたが,被告は,①同文書のうちの一部である現金出納簿及び領収書については公文書として存在しないため,諾否の決定を行うことができない旨を原告に通知し,②その余の文書についてはその記載内容の一部を非公開とし,残部を公開した。そこで,原告は,上記①の通知及び②の非公開処分に係る部分の取消しを求めた。

これが本件事案の概要である。

2  前提となる事実(証拠等の記載のない事実は争いがない事実であり,証拠等の記載のある事実は主に当該証拠等により直接認められる事実である。書証の成立は弁論の全趣旨により認められる。)

(1)  当事者

原告は,神奈川県(以下「県」ということがある。)茅ヶ崎市に住所を有する者であり,神奈川県の機関の公文書の公開に関する条例(昭和57年10月14日神奈川県条例第42号。平成12年3月28日神奈川県条例第26号附則2項により廃止。以下「本件条例」という。)4条の「県内に住所を有する者」に該当する。

被告は、本件条例3条2項に定める公文書の公開等の実施期間である神奈川県議会(以下「県議会」という。)の代表者である。

(2)  本件条例の定め

本件条例には,本件に関係する次のような定めがある。

【3条1項 この条例において「公文書」とは,実施機関の職員がその分掌する事務に関して職務上作成し,又は取得した文書及び図面(これらを撮影したマイクロフィルムを含む。)であって,当該実施機関において管理しているものをいう。

5条1項 実施機関は,次の各号のいずれかに該当する情報が記録されている公文書については,当該公文書の閲覧又は当該公文書の写しの交付を拒むことができる。

2号 法人その他の団体(国及び地方公共団体を除く。以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって,公開することにより,当該法人等又は当該個人に明らかに不利益を与えると認められるもの。ただし,次に掲げる情報を除く。

ア 人の生命,身体又は健康を法人等又は個人の事業活動によって生ずる危害から保護するため,公開することが必要と認められる情報

イ 法人等又は個人の違法又は不当な事業活動によって生ずる消費生活の安定に対する著しい支障から消費者を保護するため,公開することが必要と認められる情報

ウ ア又はイに掲げる情報に準ずる情報であって,公開することが公益上必要と認められるもの】

(3)  本件公開請求と本件処分等

ア 原告は,本件条例に基づき,被告に対し,平成11年5月13日付けで,平成10年度の「政務調査研究費に係る交付申請書,交付決定通知書,支出伺,実績報告書,出納簿(5号様式)及び領収書」(以下「本件各文書」という。)について,公文書公開請求(以下「本件公開請求」という。)をした。

イ これに対し,被告は,本件各文書のうちの出納簿及び領収書(別紙文書目録1記載の文書。以下「第1文書」という。)については,平成11年5月25日付けで「公文書として存在しないため」として本件条例7条1項の規定による諾否の決定を行うことができないとの通知をした(以下,同通知を「本件不存在通知」という。)。なお,ここでの「領収書」は,会派が使用した金員について相手方から発行されたものを指し,政務調査研究費として県から会派に交付された金員についての会派発行に係る領収書の意味ではない。

また,被告は,本件各文書のうちの残りである別紙文書目録記載2の文書(以下「第2文書」という。)に記載された情報のうち「団体の取引金融機関名,預金種目,口座番号,口座名義人」(以下「預金口座等」ということがある。)の部分については,当該団体に対して明らかに不利益を与えると認められるとして,本件条例5条1項2号により非公開とし,その余の部分については公開する旨の決定(以下「本件処分」という。)を同日付けでした。

(4)  第2文書の非公開部分

第2文書は本件公開請求において表示されたとおりの内容であるが,これに該当する公文書(本件条例3条1項にいうもの。以下同様)としては,平成10年度の政務調査研究費に係る「執行伺票・支出命令票」(「執行伺票」だけで,「支出命令票」がないものを含む。),「集合執行内訳票・支出命令内訳票」,「平成10年度神奈川県議会会派政務調査研究費交付金交付決定通知書」の案及びその写し,「平成10年度会派政務調査研究費交付金交付申請書」,「会派届」及びその「変更届」並びに「平成10年度分会派政務調査研究費交付実績報告書」(以下,単に「実績報告書」という。)及び当該報告の提出を受けて行われた政務調査研究費の額の確定伺いがある(乙8ないし33,弁論の全趣旨)。

上記文書のうち「執行伺票・支出命令票」及びその添付書類の「集合執行内訳票・支出命令内訳票」には、会派の取引金融機関名,預金種目,口座番号,口座名義人(預金口座等)の情報が記載されており,この部分が本件処分で非公開とされた。ちなみに「執行伺票・支出命令票」は,神奈川県財務規則(昭和29年2月1日神奈川県規則第5号。乙7)の第10号様式として定められており,県の歳出予算の執行に当たっては,この様式による書面を作成し,決裁を得て行わなければならない(同規則17条1項)。また,複数の債権者(支払の相手方)がいる場合は,「集合執行内訳票・支出命令内訳票」(第12号様式)を添付することとされている(同条2項)。

(5)  県議会会派の政務調査研究費(本件各文書の背景となる法律関係)

ア 県議会の会派は神奈川県議会会派政務調査研究費交付金要綱(以下「本件要綱」という。乙4)に基づき,政務調査研究費を知事に請求することができ,現在,県議会議員(以下,単に「議員」ということがある。)1人当たり,毎月53万円(以下「本件交付金」という。)が県から交付されている。本件要綱には,本件に関係する次のような定めがある。

【2条 交付金は,第3条の規定により知事に届出のあった会派に交付し,その使途は,別紙に掲げる経費とする。

3条 交付金の交付を受けようとする会派の代表者は,次の各号に掲げる事由が生じたときは,当該各号に定める届出書をすみやかに知事に提出しなければならない。

1号 新たに会派を結成した場合 会派届(第1号様式)

2号 会派届の記載項目に変更が生じた場合 変更届(第2号様式)

4条 交付金に係る経理を行うため,会派に経理責任者を原則として2人置かなければならない。

5条 交付金に係る経理事務の監査を行うため,会派に監査責任者を原則として1人置かなければならない。

10条 実績報告は,会派政務調査研究費交付金実績報告書(第4号様式)により、毎年5月15日までに知事あてに行わなければならない。ただし,年度の中途において調査研究活動が終了したときは,終了の日から2箇月以内に行わなければならない。

11条1項 会派の経理責任者は,交付金に係る収入及び支出を明らかにした現金出納簿(第5号様式)及び証拠書類を整備保管しておかなければならない。

2項 前項に規定する帳簿及び証拠書類は,当該交付金に係る事業の完了の日の属する県の会計年度の翌年度から5年間保存しなければならない。】

イ 県は,各会派から任意にその預金口座等の情報の提供を受け,当該口座に振り込む方法によって各会派に本件交付金を支払った。地方公共団体の支出は,債権者の便益のため,債権者からの申出があった場合,口座振替の方法によって支出することができるとの規定(地方自治法232条の5第2項,同法施行令165条の2)があり,上記の口座振替は同規定に基づいて行われた。

3  主な争点

(1)  本件不存在通知についての本案前の申立ての当否(争点1)

(2)  第1文書の公文書性の有無(争点2)

(3)  本件処分の違法性の有無(争点3)

4  主な争点に関する当事者の主張

(1)  争点1(本件不存在通知についての本案前の申立ての当否)について

(被告の主張)

本件条例が県民等に請求権を認めたのは,実際に実施機関が公文書として管理している文書についてであり,存在しない公文書の公開請求は,条例上不適法な請求であって,実施機関としては却下せざるを得ない。

被告は,第1文書を本件条例上の公文書として所持していないので,公開・非公開の諾否の決定をすることができないことは明らかであり,本件不存在通知を取り消すことは,被告に対して不能を強いる。

請求された公文書が廃棄され物理的に存在しない場合や実施機関において管理していないことが明確である場合など,客観的に公文書として存在しないことが明らかな場合には,当該文書についてなされた公開請求の却下決定の取消しを求める法律上の利益はない。

第1文書は,本件要綱に規定されているとおり,各会派が整備管理すべきものであって,制度上,被告が管理するものではない。したがって,原告は,本件不存在通知の取消しを求めるための法律上の利益を有する(行訴法9条)とはいえないから,請求1に係る訴えは却下されるべきである。

(原告の主張)

争う。

(2)  争点2(第1文書の公文書性の有無)について

(原告の主張)

ア 主位的主張

(ア) 議員の「実施機関の職員」該当性

本件条例は「地方自治の本旨に即した県政を推進する上において公文書の公開が重要であることにかんがみ,公文書の閲覧等を求める権利を明らかにすることにより一層公正で開かれた県政の実現を図」り,「県政に対する県民の理解を深め,県民と県との信頼関係を一層増進する」ことを目的としており(1条),「実施機関の職員」(3条)の意味は,同目的に照らして解釈されるべきである。公文書は「県政推進」のための事務・事業副産物に他ならず,県政の担い手は一般職の地方公務員たる職員に限られるものではないから,本件条例上の「職員」の範囲を「事務局職員」に限定し,県議会を構成する要素のうち最も重要な「議員」を除外するのは不合理である。

(イ) 第1文書の所持者としての議員

政務調査研究活動は,議員が単独あるいは共同の職務活動(議員が分掌する事務)として行うのであるから,第1文書はその活動に伴って,議員が職務上作成し,又は取得した文書にほかならない。

被告は,政務調査研究費に係る本件交付金「会派」あてに支出されていることから,第1文書は会派が取得・作成した文書である旨主張する。しかしながら,議員1名でも会派を名乗ることができ,会派は県議会における議員の行動単位にすぎないから,会派は議員や県議会から独立した「団体」ではない。政務に関する調査研究は,一人の議員ごとではなく,議員の集団である会派ごとに行うことが適切かつ効率的であるという観点から政務調査研究費が各会派あてに支出されているにすぎず,この場合の「会派」は,行政組織内部における課長ないし課と同じように,予算配当の単位として用いられているにすぎない。

したがって,第1文書は「会派」が取得・作成した文書ではない。

(ウ) 県議会の機関としての会派

a 議会で会派制を選択するかどうかは,議会運営委員会の決定に基づいて議長が決定することであり,制度としての会派は議長がその趣旨の権限(地方自治法104条)を行使することによって成立する。そして,県議会における一般質問の時間数は「会派」に対して割り振られ,代表質問は「交渉会派」(一定数以上の議員を擁する会派)に割り当てられていること,交渉会派の団長と県議会の正副議長が「団長会」を構成し,議会運営上の重要な問題は基本的には団長会に付議され,実質的には団長会の議決に基づいて県議会が運営されていることなどに照らせば,県議会は「会派」を基礎として運営されているということができる。したがって,会派は,知事の権限に属する事務の分掌組織として設けられた局,部又は課(地方自治法158条参照)と類似しており、県議会の内部組織又は機関であるということができる。

被告は,第1文書の作成・取得は県議会の事務ではなく,会派の事務と主張するが,会派は,上記のとおり県議会という実施機関の内部組織又は一機関である。よって,第1文書は実施機関である県議会の公文書である。

b 被告は,本件条例上,会派を県議会の内部組織と解することは,会派の自立性を侵害し,議員の政治活動の自由を侵害する旨主張するが,会派が作成・取得・管理する文書については,正当な非開示事由が成立する領域は広いというべきであって,本件条例上,会派を県議会の一機関と解することによって会派の自立性が失われるということにはならない。

また,政務調査研究費における「現金出納簿及び証拠書類」は,後記イのとおり,実績報告書の裏付け資料として随時知事ないしその委任を受けた被告に対して提出して開示することが予定されており,各会派ともその条件を容認して知事から政務調査研究費に係る本件交付金の交付を受けたのであるから,その開示によって会派活動が制約されるということはない。

イ 予備的主張

公文書の管理主体は,当該文書を現実に保管,保存する機関に限定されず,その本来的管理権限を有する機関もこれに該当する。

政務調査研究費に係る現金出納簿及び証拠書類は,会派の経理責任者によって5年間,整備保管されることが義務づけられている(本件要綱11条)が,その趣旨は,知事ないしその委任を受けた被告において,政務調査研究費の支出の適否を検査するために,必要があれば現金出納簿及び証拠書類を随時提出させることを予定したものである。

したがって、仮に会派が県議会と別の組織であるとしても,実績報告書の裏付けとなる現金出納簿及び証拠書類は,知事及び県議会の管理権が及ぶ文書であり,本件条例上の公文書に該当する。

(被告の主張)

ア 「実施機関の職員」の範囲

第1文書が公文書であるためには,当該文書が県議会事務局の職員によって,職務上,作成又は取得されたものであり,かつ県議会事務局において定められている神奈川県議会事務局行政文書管理規程(以下「文書管理規程」という。)等により,公的に管理されていることが必要である。

政務調査研究費は,県が県以外の者である補助事業者等に対して交付する「負担金,補助及び交付金」として扱われている(本件要綱1条,補助金の交付等に関する規則(昭和45年3月31日県規則41号。以下「補助金交付規則」という。乙6)2条参照)。そして,補助事業者等が第三者と交わした契約に伴う金銭の授受に係る領収書等の証拠書類及び現金出納簿は,当該補助事業者等が整備保管すべきであり,本件の政務調査研究費に係る本件交付金については,本件要綱11条1項によって,本件交付金の使途を適正に管理させるため,明文で会派の経理責任者に対して,現金出納簿(第5号様式)及び証拠書類の整備保管を義務づけている。

したがって,第1文書は,会派が整備保管する文書であって,県議会事務局の職員が職務上作成又は取得した文書ではない。また,文書管理規程等により,公的に管理されている文書にも該当しない。よって,本件条例の対象となる公文書ではない。

「神奈川県の機関の公文書の公開に関する条例の解釈及び運用の基準-平成10年3月31日改正版」(以下「解釈及び運用の基準」という。乙3)では,「実施機関の職員とは,「実施機関が職務上指揮監督権を有するすべての県の職員をいう。」としており、政治的な自由が保障されている議員が,実施機関たる県議会の職員であるということはできない。原告は,本件条例1条の目的に照らして「職員」の解釈をすべきである旨主張するが,「職員」の概念に「議員」が含まれないのは常識であり,開かれた「県政の推進を計るために」「議員」をあえて実施機関の職員に含める特段の事情は認められない。原告の主張は,会派及びこれに所属する議員の政治的自由を奪う主張である。

イ 会派の性質

会派とは,政策等を同じくする議員によって構成される任意団体である。各議員が自ら同志を募って会派を結成し,県議会において会派として行動することは,各議員が自らの政策を実現するための手段であり,会派は県議会に提出された各議案に対する議員間の賛否調整等の権能を有する。

原告の主張のうち,事実として,県議会内に存在する会派を軸として県議会が運営されていることは認める。しかしながら,このことは,同様の意見を持つ議員によって構成された会派の存在を前提に,効率的で円滑な議会運営のために会派の有する機能を活用した運営の仕組みが取られているという政治的現象からみた県議会の様相であって,県議会の内部組織として会派が存在するというわけではない。

前記アのとおり,県議会の議員は政治的な活動の自由が保障されているから,議員活動の手段として議員の自発的な意思により形成された会派は,組織的には県議会の長たる被告から独立した存在でなければならない。

なお,被告は,議会運営委員会において会派の意見をもとに決定された議会運営に関する事項(代表質問や質問順序,質問時間など)を尊重して議会運営を行っているが,これは議会の審議を適正かつ円滑に進めるための議長による議会運営上の権限の行使にすぎず,これによって会派が県議会の代表である被告の指揮監督権に服するということはできない。また,他に現行制度上,被告が会派を指揮監督している事実はない。

したがって,会派が県議会の内部組織であるということはできない。

ウ 県議会による管理権限の不存在

補助金交付規則10条には,県知事が必要に応じて補助金の交付先である補助事業者等に対して補助事業等の遂行の状況の報告を求め,又は遂行状況の調査をすることができる旨定められているが,この規定の趣旨は,補助金等の適正な執行を担保するためであり,県知事に対して捜査押収等の強制調査権を認めたものではなく,当該調査権があることをもって,補助金の交付先の文書等について県知事の管理権が及ぶことまで定めたと解するべきものではない。

そして,本件の政務調査研究費についても,補助金交付規則10条に基づいて知事が必要に応じて報告を求め,又は調査する場合があるから,その実効性を確保するために,会派に対して政務調査研究費に係る現金出納簿及び証拠書類の整備保管義務を課したのであって,同規定は第1文書の公開を予定した趣旨ではない。

(3)  争点3(本件処分の違法性の有無)について

(被告の主張)

ア 会派の「団体」性

本件条例5条1項2号の「その他の団体」に該当するためには,一定の活動を行うための団体としての規約を有し,かつ,代表者が存在する必要があり,具体的には,このような要件を満たした自治会や各種の市民団体・住民団体が含まれる。県議会の会派は,一定の政策目的を達成するための議員集団であり,各会派内部のそれぞれのルールに従い,代表者を定め,団体として活動しているから,同号の「団体」に該当する。

イ 預金口座等の情報の公開による不利益

本件条例5条1項2号の「法人等に明らかに不利益を与える情報」に該当する典型例は,生産技術上のノウハウに関する情報,販売上のノウハウに関する情報,信用上不利益を与える情報,人事等もっぱら法人内部の情報などである(「解釈及び運用の基準」)。本件条例に基づく公開によっても,法人等の私的自治の範疇を犯すことは許されないから,経理・人事等専ら法人等の内部で管理すべき情報については,非公開として保護すべき要請が高い。預金口座等の情報は経理に関する情報であり,仮にこれを公開した場合は,当該情報を利用して,預金債権の差押え,口座の解約,キャッシュカードの偽造,違法な預金残高等の照会,インターネットを利用した預金データの改ざん等が行われるおそれがあり,法人等に対して明らかな不利益を与えるといえるから,2号の非公開事由があるといえる。

また,会派の場合には,営利法人の場合と異なり,預金口座等の情報を外部に公開して使用することを予定していないから,むやみに公開されない利益を保護すべき要請が強い。仮に,預金口座等の情報を公開した場合,当該情報が悪用されて,会派の活動内容を調べられたり,根拠のない振込がされ意図的に金銭的な疑惑を生ぜしめられて会派の社会的信用を失墜させられるなどのおそれがあり,同情報の公開が会派の自由な議会活動の支障となりかねない。

なお,公文書に記載される法人等の預金口座等は,平成10年度において延べ約90万件に及び,個々の法人等の性質,支出の理由・取引等の態様を考慮して個別に1件ずつ公開・非公開の当否を判断することは不可能であり,一律的な判断を要する。仮に会派の預金口座等の情報を公開すれば,今後,被告としては,本事件を契機として,法人等の預金口座等の情報はすべて公開せざるを得ない。

(原告の主張)

ア 被告の主張のうち,会派の団体性に関する主張については争う。

イ 預金口座等の情報は,政務調査研究費の「受け皿」としての金融機関の口座を特定するための情報であり,一般に事業を営む個人や団体が自らの事業活動の中において継続的・反復的に使用することが予定されているから,相当広範囲な取引関係者がそれを知り得るものであり,また従来の取引関係者以外の第三者に前記情報が知られたとしても,特に不都合が生じるような事態は想定しがたい。

したがって,預金口座等の情報を公開することは,本件条例5条1項2号に定める非公開事由には該当しない。

さらに,政党,政治団体ないし会派の財政については,営利法人や営利団体と異なり,高度の透明性が要請されている(政治資金規正法12条,20条の2参照)。金銭収支の透明性が高度に要請される政治団体にあっては,取引金融機関の口座の開示によってその事業活動が損なわれると想定される場合は,一般事業者と比べてはるかに少ない。

第3争点についての判断(証拠等により直接認められる事実については,主な証拠等を当該事実の前後に記載する。争いのない事実及び一度認定した事実は,原則としてその旨を断らない。書証の成立は弁論の全趣旨により認められる。)

1  本件不存在通知に係る訴えについての本案前の主張の当否(争点1)

(1)  本件不存在通知の性質(処分性の有無)

ア 被告は,第1文書について,「公文書として存在しない」という理由で諾否の決定を行うことができないとの本件不存在通知をした。そこで,まず,このような本件不存在通知の性質について検討する。

本件条例は,「実施機関は,閲覧等の請求があったときは,当該閲覧等の請求があった日から起算して15日以内に,当該閲覧等の請求に対する諾否の決定を行わなければならない。」と定め(7条1項),公文書が存在しない等の場合については,その扱い方を規定していないが,県では,公文書が存在しない場合の公開請求に対しては,請求者に対して諾否の決定ができない旨を文書により通知することとしている。(「解釈及び運用の基準」乙3の61頁参照)。

そして,第1文書については,被告は,県議会においてこれを作成・取得・管理しておらず,公文書として存在しないという判断の下に,前記解釈に従って「本件条例7条1項の規定による諾否の決定を行うことができ」ない旨の通知(本件不存在通知)をした。

イ ところで,本件不存在通知は,本件公開請求を受理してされたものであり,また諾否を将来の時期に行うということではなく,諾否ができないという最終的な判断である。そして,諾否ができないというのは,非公開決定とはもちろん異なるが,請求者から見れば,公開決定がされないことと機能・効果の点では変わらないのであり,単に理由が異なるというにすぎない。したがって,本件不存在通知は,非公開事由の存否の判断をせずに本件公開請求を拒否する公的判断であり,第1文書に対する公開請求が不適法であることを理由とする却下決定の性質を有する処分であると解するのが相当である。反対に,本件不存在通知が事実上のものでこれに処分性がないとすると,同通知を争うことができなくなるが,それは合理的な結果ではない。なお,上記のように諾否の決定ができないとの通知をすることの法的根拠は,本件条例上に明示されていないが,上記「解釈及び運用の基準」にもあるとおり,本件条例上可能であると解される。

また,非公開事由に該当することを理由とする非公開決定と公文書が存在しないことを理由とする却下決定とでは,公開をしないという結論となる点で共通するが,請求を受理し内容を判断した上で非公開決定がされた場合と公開・非公開の諾否の決定を行うことができずに非公開事由の存否の判断がされないまま却下決定がされた場合とでは,決定の性質が異なることはいうまでもない。すなわち,後者の却下決定についてその取消訴訟が提起されたときには,裁判所は,公文書が存在しないとしてされた却下決定の判断が妥当かどうかを審理し,それが妥当であれば取消請求は理由がないとして棄却すべきこととなり,その判断が不当であれば取消請求は理由があるとして却下決定を取り消すこととなる。そして,却下決定が取り消された場合は,実施機関は,取消判決の効力に従い,改めて公開請求につき公文書が非公開事由に該当するかどうかを判断して公開・非公開の処分をすることになる。

(2)  被告の本案前の主張の当否(訴えの利益の有無)

被告は,第1文書が公文書として存在しないから,本件不存在通知の取消しを求める訴えはその利益がない旨を主張する。その趣旨は,公開請求の対象文書が公文書として存在しないならば,公開請求却下処分を取り消しても文書の公開を実現することができないから,訴えは意味がないというものと解される。

しかし,対象文書が公文書として存在しないならば,その旨の本件不存在通知の判断が正当であることになるので,その取消しを求める訴えについては,内容的に失当である旨を示す意味で請求棄却の判断をすることが適当であると解される。反対に,対象文書が存在するならば,本件不存在通知の判断は不当であるから,その取消請求が認容され,実施機関は改めて非公開事由の存否を判断することになる((1)参照)。被告主張の上記の考え方によれば,対象文書が存在する場合には,裁判所は,公開非公開の当否の判断までをすることになろうが,被告のこの点の判断を経ずに裁判所の判断が先行するのは望ましい事態ではないと解される。

そこで,本案の問題として,第1文書が被告の作成・取得・管理する公文書として存在するか否かについて検討する。

2  第1文書の作成・取得・管理の主体と公文書性の有無(争点2)

(1)  会派の役割及び会派と県議会との関係

原告は,第1文書の作成・取得・管理の主体は,県議会議員であり,同議員は「県議会の職員」に該当する旨主張し,被告は同主体は会派である旨主張する。そこで,第1文書の作成・取得・管理の主体を判断する前提として,まず,会派の役割及び会派と県議会との関係について検討する

ア 証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。

会派は,県議会の議員によって構成されており,その結成・解散,名称の変更,正副団長の選出,所属議員の変動等の際には,会派の代表者等から議長にあてて,各届けを提出する(議会先例212)。一定数以上の議員が所属する会派は「交渉団体」とされる(同213)ところ,代表質問は各交渉団体に対して,一般質問は各会派に対してそれぞれ割り振られ,その順序・質問時間は,各会派の規模を考慮して決定される(同101から104)。常任委員会・特別委員会の各委員及び正副委員長は,議会運営委員会において会派の所属議員数に応じて選出され(同155・159),会派は委員会において意見書案・決議案を提出する主体となることができる(同26・28・29)。そして,議会運営委員会の委員の選出には,交渉団体に属していることが要求されている(同177)。

また,会派は,一時的に,構成員が1名となっても存続することが認められており,各会派には県議会の建物内に控え室が割り当てられる。

県議会には,各会派の意見調整及び連絡の場として「団長会」が置かれ,団長会は,議長,副議長及び各交渉団体の団長によって組織される(交渉団体以外の会派の代表者はオブザーバーとして参加する。)。そして,団長会は議長により召集され,①会派結成及び会派構成員に関すること,②議員控え室に関すること,③議会の同意を要する人事案件に関すること,④議会の情報公開に関すること,⑤議会の予算に関すること,⑥その他議長が必要と認める事項が,同会に付議され,又は報告される。(甲12)

さらに,本件の政務調査研究費の交付を受けるためには,会派の名称,代表者及び所属議員の氏名並びに経理責任者及び監査責任者の氏名等を記載した会派届けを知事あてに提出することなどが必要である(本件要綱3条)。

イ 上記事実によれば,会派は,県議会内において活動を共にするために結成される議員の団体であり,議員の単なる集まりという性格を超えるものであって,専ら県議会内において活動し,県議会の議事運営のために重要な役割を果たしていること,また会派は議会そのものではなく,議会の機関でもないことが認められる。

なお,会派は,政党を基礎として結成されることがあるが,政党は,議員以外の構成員を含み,県議会外でも広く政治活動を行うことを目的とするので,会派は政党とは異なる団体である(甲15,乙63,弁論の全趣旨)。

ウ 原告は,イの点に関連して,会派とは県議会における議員の行動単位であって,「団体」を意味するものではない旨主張するが,県議会における会派の上記役割に照らせば,会派は,単なる議員の集団ないし行動単位とは異なり,団体としての性格を有するというべきであって,原告の主張は採用できない。

また,会派と県議会とは密接な協調関係にあることが認められるが,この関係は,県議会の議事運営を適切かつ効率的に行うためのものであって,これをもって議員全体で構成される県議会と会派とが一体であると認めることはできず,会派が県議会の一部もしくは下部組織又は機関であると認めることもできない。なお,原告は,議会運営は団長会の議決に基づいて運営されており,このことからも,会派が県議会の機関である旨主張する。しかし,団長会は各会派間の意見調整及び連絡の場にすぎず(団長会規約1条,甲12),法律上,議会運営は,議会運営委員会の決定に基づいて行われており(地方自治法109条の2),団長会の議決に基づいて運営されているものではない。仮に,事実上,団長会の議決に基づいて議会が運営されている面があるとしても,委員会や議会の議決がなければ議会の運営はできないのであり,団長会は各会派の意見調整以上のことをしているものではない。したがって,団長会を構成する会派を県議会の機関であると認めることはできない。

(2)  第1文書の作成・取得・管理の主体

ア 第1文書の管理主体

本件の政務調査研究費に係る本件交付金は,前提となる事実(5)のとおり,本件要綱2条に基づき,「届出のあった会派に交付」されるものであって,各議員に交付されるものではない。そして,本件要綱11条には,政務調査研究費に係る収入及び支出を明らかにした現金出納簿及び証拠書類について,会派の経理責任者が整備保管しなければならない旨定められている。したがって,同条の現金出納簿は会派が作成した文書であり,証拠書類となる領収書等は会派が取得した文書であり,その後も会派が管理する文書であるということができる。

この点に関して,原告は,政務調査研究活動は,議員が単独あるいは共同の職務活動として行うから,政務調査研究費は本来,各議員に交付されるものであり,会派は予算配当の単位にすぎず,第1文書は議員が職務上作成・取得するものである旨主張する。しかし,会派は,前記のとおり単なる議員の集合ではなく,県議会内において重要な役割を果たしている団体である上,原告の上記主張は,政務調査研究費の経理処理に関して定める本件要綱11条の文理から相当に隔たるものであるから,採用することができない。

なお,原告は,議員が実施機関の職員である旨を主張するところ,この主張は,議員が第1文書の所持者であることを前提としている。しかし,上記のとおりその前提自体が採用できないので,上記主張は判断するまでもないが,議員は議決権を行使する者であり,議会議員と同視することはできないので,その意味からも上記主張は採用することができない。

イ 県議会の管理権の波及の有無

原告は,予備的主張として,仮に第1文書は,その作成・取得主体が会派であるとしても,県議会の管理が及ぶ文書であるから,公文書に該当する旨主張する。

しかしながら,会派は,県議会の機関ではなく,独立した団体であるから,会派の保有する文書に対しては当然に県議会の管理権が及ぶものではない。

なお,前記アのとおり,本件要綱上,政務調査研究費に係る現金出納簿及び証拠書類の整備保管が会派に義務づけられているが,これは,政務調査研究費の適正な支出を担保するために県知事に認められた調査権(補助金交付規則10条)の行使の実効性を確保する目的で定められたものである。すなわち,本件交付金は,県が行う補助金であるところ,補助金の交付等について定める補助金交付規則は,知事において補助事業等の遂行状況の報告及び調査をすることができる旨を定めており(10条),会派の文書整備保管義務(本件要綱11条)は,同報告を求める権限及び調査権限を実効的にするための制度と解される。したがって,同規則10条の規定があることから直ちに会派が所持する第1文書に対して県知事の委任を受けた被告(弁論の全趣旨)の管理権が及ぶということはできない。

よって,この点に関する原告の主張は採用できない。

(3)  まとめ

以上のとおり,被告は第1文書を作成・取得・管理していないし,また被告の管理権が第1文書に及ぶものでもないから,被告において第1文書が本件条例3条1項の公文書に該当しないとして,その公開請求を却下したことは適法である。したがって,本件不存在通知の取消しを求める原告の請求は理由がない。

なお,政務調査研究費の交付目的が,会派の調査研究の推進を図り,もって県政の発展に寄与することにあること(本件要綱1条)に鑑みると,本件交付金が適正な目的に使用されたか否かについての事後的な検査制度が整備されていることが望ましいが,どの程度のものにするかについては,運用面と立法的な観点からする検討が必要である。原告は,その手段として第1文書の公開請求を求めているわけであろうが,本件要綱は,県知事が会派に対して政務調査研究費の実績報告書の提出を義務づけているにとどまり(10条),かつ,その実績報告書は決算書だけでよく,証拠書類の添付までは要求していないこと(10条,11条。なお,乙31から33参照)に鑑みると,政務調査研究費に係る本件交付金の交付目的に反した支出がないかどうかの検査は知事による状況報告を求める権限と調査権限(補助金交付規則10条,本件要綱11条)の行使次第ということになる。この点については,運用面はもとより,上記規則及び本件要綱の定めにも係わる問題であり,茅ヶ崎市議会のように証拠書類の写しの添付を要求するところもある。解釈論とは別に検討すべき余地もあると思われる。

3  本件処分の違法性の有無(争点3)

(1)  判断の基準

前提となる事実(4)のとおり,第2文書のうち「執行伺票・支出命令票」及び「執行伺票・支出命令票」の添付書類「集合執行内訳票・支出命令内訳票」には,会派の取引金融機関の名称,預金種目,口座番号,口座名義人(預金口座等)の情報が記載されている。

ところで,本件条例5条1項2号は,「法人その他の団体(国及び地方公共団体を除く。以下「法人等」という。)に関する情報…であって,公開することにより,当該法人等…に明らかに不利益を与えると認められるもの」は非公開とし得る旨規定している。同号は,公文書の公開の要請と第三者である法人等の権利保護の要請との調和を図ることを目的とした非公開事由を規定するものである。そして,本件条例1・2条が,公文書の公開を求める県民の権利を十分尊重する旨を規定していること。「明らかに」という文言が付加されていること等に照らし,同号の不利益とは,主観的に不利益が生ずるということでは足りず,客観的に不利益を生ずる場合でなければならないと解される。

(2)  本件についての判断

ア そこで,本件について見るに,まず,会派は,前記2のとおり,議会内において存在する団体であって,かつ国及び地方公共団体の機関ではないから,「法人その他の団体」に該当するということができる。ただし,会派は,専ら県議会内において活動し,県議会の議事運営のために重要な役割を果たしている極めて公的な団体である点で,一般社会における団体とは顕著な違いがあり,その点に留意する必要がある。

イ 次に,被告は,預金口座等の情報を公開すると,営業妨害や預金データの改ざんやキャッシュカードの偽造等の犯罪行為を誘発する可能性があり,法人等に不利益を与えると主張する。

そこで,検討するに,まず,会派は,一般の法人や県議会外においても政治活動を行うことを目的とした政党とは異なり,専ら県議会内において活動することを目的とした団体であり,本来的には県議会外において営業活動といったことを行うことは全く予定されていない。したがって,会派の活動を妨害したり,会派の取引上の信用を害する事態は想定しにくい。さらに,会派の預金口座等の情報の公開は,当然のことながら暗証番号までの公開を含むものではないから,上記の公開によって,直ちに犯罪行為が行われるとは認められない。しかも,会派は公益性の高い団体である。これらからすると,会派の預金口座等の公開により会派にとって社会通念上客観的な不利益が生ずるとまではいえないと解するのが相当である。なお,預金口座等は,当該法人とその他の団体にとって固有の情報でありその公開は当該法人等に不利益を与えるとの見解もあろうが,少なくとも会派の預金口座等についていえば,上記不利益は,結局は主観的なものであり,客観的なものとはいえないと解されるところである。

ウ この点に関連して,被告は,会派の預金口座等の情報を公開すると,他者が会派の活動内容を調べたり,理由のない振込等によって意図的に金銭的な疑惑を発生させて,会派の社会的信用が失墜するおそれが考えられる旨主張する。しかしながら,預金口座等の情報の公開だけで第三者が会派の活動内容を調べることは不可能であり,また,理由のない振込等による意図的な金銭上の疑惑の作出などは,憶測の域を出ない主張である。仮に,そのようなおそれが抽象的に存在するとしても,このような会派に対する嫌がらせは,預金口座等の情報の公開の有無に関係なく行われる可能性があるのであって,そのような抽象的なおそれを本件条例の解釈上考慮に入れるべきではない。したがって,第2文書の公開により会派に対して客観的な不利益を与えるとは認められない。

さらに,被告は,預金口座等の情報は,法人等の経理に関する情報であって,法人等の内部情報であり,保護すべき要請が強い旨主張するが,一般的に,預金口座等の情報は取引先に公開して使用することが予定されている情報であって,保護すべき要請が強い純粋な内部情報であるということはできない。また,会派が議会内における極めて公的な団体であること(前記2参照)に鑑みれば,会派の経理情報については一般の法人等以上に高度の透明性が要求されるというべきである。

したがって,被告の主張は採用することができない。

4  結論

よって,本件処分は本件条例5条1項2号の解釈を誤った違法なものであるからこれを取消し,本件不存在通知は適法であるので,その取消請求は棄却すべきである。

よって,原告の請求を上記の限度で認容し,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 窪木稔 裁判官 家原尚秀)

別紙 文書目録

1 平成10年度政務調査研究費に係る出納簿(5号様式)及び領収書

2 平成10年度政務調査研究費交付金に係る交付申請書,交付決定通知書,支出伺及び実績報告書

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