横浜地方裁判所 平成11年(行ウ)75号 判決 2003年3月05日
原告 甲野花子 ほか1名(仮名)
被告 横浜地方法務局金沢出張所登記官
代理人 澁谷勝海 志村陽子 藤井弘之 曽我高佳 渡部美和子 ほか3名
(別紙図面)<省略>
主文
1 <略>原告らの主位的請求のうち別紙登記目録記載1の表示登記の変更登記行為の無効確認を求める訴えをいずれも却下する。
2 <略>原告らのその余の主位的請求をいずれも棄却する。
3 <略>原告らの予備的請求に係る訴えをいずれも却下する。
4 <略>
5 <略>
6 <略>
7 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 <略>
(1) 原告X1及び同X2の請求
ア(ア) 主位的請求の趣旨
<略>被告横浜地方法務局金沢出張所登記官(以下「被告登記官」という。)が平成10年8月3日付けで別紙物件目録記載1の建物(以下「本件建物1」という。)について別紙登記目録記載1の変更登記(以下「本件変更登記」という。)をした行為(以下「本件変更登記行為」という。)及び別紙物件目録記載2の建物(以下「本件建物2」という。)について別紙登記目録記載2の抹消登記(以下「本件抹消登記」という。)をした行為(以下「本件抹消登記行為」という。)がいずれも無効であることを確認する。
(イ) 予備的請求の趣旨
被告登記官が平成10年8月3日付けで本件建物1についてした本件変更登記行為及び本件建物2についてした本件抹消登記行為をいずれも取り消す。
イ 訴訟費用は被告登記官の負担とする。
(2) 請求の趣旨に対する被告登記官の答弁
ア(ア) 本案前の答弁
原告X1及び同X2の主位的請求のうち本件変更登記行為の無効確認請求に係る訴え及び予備的請求に係る訴えをいずれも却下する。
(イ) 本案の答弁
原告X1及び同X2の請求をいずれも棄却する。
イ 訴訟費用は原告X1及び同X2の負担とする。
2 <略>
3 <略>
第2事案の概要等
1 概要
原告X1及び同X2(原告X2と同X1とを併せて、以下「原告ら」ということがある。)が独立の新築建物として保存登記をした本件建物2につき、その後、被告登記官が、Aの申請により、既存の本件建物1の増築としてその表示登記の変更登記(変更後の登記により表示される建物が本件建物3)及び本件建物2の表示登記の抹消登記をしたため、原告らが、被告登記官に対し、主位的に上記変更登記及び抹消登記の各行為の無効確認、予備的に同各登記行為の取消しを求めた(<略>)。
<略>
2 前提事実
(証拠の記載のない事実は争いがない。末尾に証拠の記載のある事実は主に当該証拠により直接認められる。認定に用いた書証の成立は弁論の全趣旨により認められる。)
(1) 当事者等
原告X1及びAは、Bとその妻のCの間の子である。
原告X2は、Cの実子であり、またBの養子である。
(2) Bの本件建物1及び本件附属建物の所有
ア 本件土地及び本件建物1
Bは、昭和44年当時、自己所有の本件土地上に本件建物1を所有していた。本件建物1には別紙物件目録記載1(2)の附属建物(以下「本件附属建物」という。)があった。本件土地にはB名義の所有権移転登記がされており、本件建物1には別紙登記目録記載5の表示登記及びB名義の所有権保存登記がされていた。(<証拠略>)
イ 本件建物2の建築
Bは、平成3年、本件土地の一部の上に、本件建物1(主たる建物)に隣接してもしくはこれに増築する形で、本件建物2(独立の建物か建物の一部にすぎないかについては争いがある。)を建築したが、その所有権保存登記はしなかった(<証拠略>)。
(3) Bの遺言及び死亡
ア 公正証書遺言
Bは、平成5年10月27日作成の公正証書により財産全部をAに相続させるとの遺言をした。
イ Bの死亡と法定相続人
Bは、平成7年10月31日に死亡した。Bの法定相続人は、妻であるC、子らである原告X1、原告X2、A、Dの合計5人であった。
(4) 本件建物1、同2及び本件土地の登記手続
ア Aによる本件建物1及び本件土地の所有権移転登記
Aは、平成8年1月30日、前記(3)アの遺言に基づき本件建物1及び本件土地につき平成7年10月31日相続を原因としてA名義の所有権移転登記申請をし、その旨の登記を得た(<証拠略>)。
イ 本件建物2の表示登記及び所有権保存登記
本件建物2については、平成8年2月26日、原告X2等の申請により、別紙登記目録記載6の表示登記(以下「本件建物2の表示登記」という。)がされた。
また、原告X2等は、同年3月11日、本件建物2について、所有者をCが2分の1、原告X1、A、原告X2及びDが各8分の1の持分の共有とする所有権保存登記申請をし、その旨の登記を得た。
(<証拠略>)
(5) 原告X2ら及びCの遺留分減殺請求等
ア Aの提訴
Aは、平成8年、原告X2、原告X1及びCに対し、前記共有持分の移転登記を求める訴えを提起した(当庁平成8年(ワ)第2270号所有権移転登記手続請求事件)。
イ 原告X2らの提訴
原告X2、原告X1及びCは、同年、Aに対し、本件建物1及び2につき、遺留分減殺を原因とする共有持分(原告X2及び原告X1につき6分の1、Cにつき4分の1)の移転登記等を求める訴えを提起した(当庁平成8年(ワ)第2445号、同第3835号所有権移転登記手続請求事件、平成9年(ワ)第2837号遺留分減殺請求事件)。
ウ 前記ア及びイの判決の言渡し
横浜地方裁判所は、前記各訴訟を併合して審理し、Aに対し、本件建物1については遺留分減殺を原因としてCに1万7316分の3830、原告X1に16分の1、原告X2に1万7316分の702の各所有権の一部の移転登記手続を、本件建物2については真正な登記名義の回復を原因として原告X1に13万8529分の8018、原告X2に13万8529分の1万1698の各所有権の一部の移転登記手続をするよう命じる判決を平成11年7月21日に言い渡した。同判決は同年8月に確定した。
(<証拠略>)
(6) 本件建物2の抹消登記等
ア Aの登記申請
Aは、平成10年7月28日、本件建物1の主たる建物について平成3年6月10日変更・増築を原因とする表示登記の変更登記(本件変更登記)を、本件建物2につき家屋番号12番11(本件建物1の家屋番号)と重複を原因とする表示登記の抹消登記を、本件建物1の附属建物について平成2年12月日不詳取壊を原因とする表示登記の抹消登記を求める申請をした(<証拠略>)。
イ 被告登記官による各登記の実行
被告登記官は、平成10年8月3日、本件建物1の主たる建物について別紙登記目録記載1(1)の本件変更登記をし、その附属建物(本件附属建物)について同目録記載1(2)の表示登記の滅失登記をし、本件建物2について同目録記載2の本件抹消登記をして、登記用紙を閉鎖した(<証拠略>)。
(7) <略>
(8) 訴え提起と執行停止の決定
ア <略>訴えの提起
原告ら及びCは、平成11年12月24日、<略>訴えを提起した。
イ <略>
(9) Cの死亡と訴訟承継
ア Cの死亡と法定相続人の訴訟承継
Cは、<略>事件提起後の平成13年5月1日死亡した。Cの法定相続人は、原告X2、原告X1、A及びDの4人であり、Cの<略>訴訟上の地位を承継した。
イ Aの訴えの取下げ
C承継人としてのAは、<略>C承継分の訴えを平成13年8月20日取り下げた。被告登記官は、同年9月11日、同取下げに同意し、Eは、同日の経過により、同取下げに同意したものとみなされた。
ウ Dの訴えの取下擬制
Dは、平成13年10月22日の第8回口頭弁論期日に出頭せず、<略>被告らは弁論をしないで退廷し、同年11月22日が経過したので、<略>C承継分の訴えを取り下げたものとみなされた。
3 主たる争点及び争点に関する当事者の主張
(1) 本件変更登記行為の処分性の有無(<略>・争点1)
ア 被告登記官の主張
(ア) 表示に関する登記(表示登記)は、不動産の物理的形状・位置等を登記簿に記載し、もって不動産それ自体の客観的現況をそのまま公示するのを主たる機能とするもので、一般には不動産の現況を表示することは事実状態をそのとおり記載するという事実行為であって法的効果を伴わないから、表示登記行為に行政事件訴訟法3条にいう「処分」の該当性(以下「処分性」という。)はない。
(イ) また、本件変更登記は、物理的に存在する建物の客観的現況を前提として、登記簿上に表示されている建物の表示登記(種類、構造、床面積)を現況と合致させるべく変更するものであり、当該登記により建物の権利関係、物理的形状に変動を及ぼすものではない。
(ウ) したがって、本件変更登記行為には処分性はないので、その行為の無効確認あるいは取消しを求める原告らの訴えは不適法である。
イ 原告らの主張
本件建物1、2及び3の種類、構造、床面積の点からすれば、本件建物1が本件建物2を飲み込むような形で本件建物3を構成するものであり、本件変更登記は、実質的には合併である。そして、本件変更登記後に、本件根抵当権設定登記等がされており、原告らの権利を侵害する結果となっているから、本件変更登記行為は法的効果を伴うもので処分性を有する。
(2) 本件変更登記行為無効確認請求に関する訴えの利益の有無(<略>・争点2)
ア 被告登記官の主張
(ア) 本件変更登記と本件抹消登記は、それぞれ各別の登記申請行為に基づく別個独立の登記であり、両者が一体となって1個の登記を組成しているものではなく、本件変更登記行為の取消しが本件抹消登記行為を取り消すための先決関係として不可欠なものではない。
(イ) とすれば、本件建物2につき本件抹消登記行為が取り消され、その結果、本件建物2の表示登記が回復されれば、同時に原告らを含む5名を共有者とする所有権保存登記も回復されることとなる。この場合、本件変更登記の存在それ自体は、前記原告らを含む5名の法律上の利益に影響を与えるものではない。
(ウ) 本件建物1と本件建物2が別個の不動産であるとすれば、本件建物2に関する本件抹消登記が回復された場合には、むしろ、本件建物1の表題部に現在記載されている表示登記(本件建物3の表示登記)の種類、構造、床面積が現況と一致しないこととなり、申請がなければ職権で抹消されることとなる。
(エ) したがって、本件において、本件抹消登記行為の無効・取消しのほかに、本件変更登記行為の無効・取消しを求める法律上の利益はない。
イ 原告らの主張
争う。
(3) 本件変更登記行為及び本件抹消登記行為の取消しの訴えにおける出訴期間徒過の有無(<略>・争点3)
ア 被告登記官の主張
被告登記官が本件変更登記及び本件抹消登記をしたのは、平成10年8月3日であるところ、<略>の訴えは、不動産登記法(以下「法」という。)152条の審査請求を経ることなく、平成11年12月24日に提起されており、行政事件訴訟法14条3項の出訴期間を経過している。
したがって、本件変更登記及び本件抹消登記の各行為の取消しを求める原告らの訴えは不適法である。
イ 原告らの主張
争う。
(4) 本件変更登記及び本件抹消登記の各行為の違法性の有無・程度(<略>・争点4)
ア 被告登記官の主張
(ア) 構造上独立性がないこと
建物の個数の判断は、物理的構造及び取引・利用の対象として社会通念上独立した建物としての効用を有するかどうかにより判断すべきであり、既存建物の増築といえるかどうかの判断は、基礎、柱、壁、屋根、廊下、扉の有無等の物理的構造(構造上の一体性)を考慮し、従前の建物と築造部分のそれぞれの種類、構造、面積、造作、周辺の建物との接着の程度、連絡の設備、四辺の状況等の客観的事情並びに所有者側の事情を総合し、築造部分が従前の建物と一体となって取引・利用され得る(利用上の一体性)か否かにより判断すべきである。そうであるところ、本件建物1及び2は1階の壁の一部が共通で、本件建物2の2階の一部は本件建物1の柱や梁に支えられ、本件建物1の上に乗っているという物理的構造であり(構造)、本件建物2の1階は車庫・倉庫であり、本件建物1の1階ダイニングキッチン側から出入りでき、Aが使用しているし(利用状況)、2階ベランダも本件建物1から出入りできるという構造である。ちなみに、本件建物1、2は、一体のものとして競売が開始されている(取引の対象としての非独立性)。
なお、Aから本件建物1につき表示登記の変更申請があった際、被告登記官は、増築部分と母屋との接続状況について、工事概要証明書、建物配置図、建物図面等を検討し、工事人から事情聴取し、さらに現地調査をしている。
(イ) 一不動産一登記用紙主義の原則に違反する登記であること
(ア)のとおりであるから、本件建物2は、本件建物1の増築として建築されたもので、一つの建物の一部分にすぎないから、独立の建物として登記することは法15条の一不動産一登記用紙主義の原則(一つの不動産の一部についての登記の禁止)に違反し、許されないものであった。この意味においては、本件建物2の表示登記は当初から無効な登記であった。
また、本件建物2につき表示登記がされたとしても、本件建物2を表示する登記が二つあることになり、一不動産一登記用紙主義の原則(重複登記の禁止)に違反するから、登記官が重複登記の事実を知ったときは、後に設けられた同一不動産の登記用紙の表示登記を職権により抹消し、その登記用紙を閉鎖すべきであった。
なお、重複する登記がある場合、表題部に記載された所有者は、二重登記の抹消を申請することができ、同登記は報告的登記(不動産の生成、変更、滅失等の原因、物理的現況を登記簿上明らかにすることを目的とする登記)であるから、共有者の一人が単独で申請することができる。
本件では、本件建物2の登記用紙は、本件建物1の登記用紙よりも後に設けられたもので、本来その表示登記を職権で抹消すべきところ、本件建物2の共有者の一人であるAの申請があったので、被告登記官はこれを抹消し、登記用紙を閉鎖したのである。
(ウ) 合併登記には該当しないこと(原告らの主張に対する反論)
建物の合併登記とは、建物の物理的な現況に変化を加えることなく、一定の登記手続により別個に登記されている数個の建物を法律上一個の建物に変更する登記である。本件建物2については無効な登記がされていたのであるから、本件変更登記は、各建物が独立して存在し有効な登記がされていることを前提とする合併の登記とは異なる。
(エ) 区分所有及び本件附属建物との関係(原告らの主張に対する反論)
原告らは、本件建物2が区分所有の要件を満たすことから、別個独立の建物と評価して登記すべき旨主張するが、建物の個数と建物の独立性を混同するものである。すなわち登記の対象となる建物といえるためには、<1>定着性、<2>外気分断性、<3>用途性の要件を備えることが必要であり、区分所有建物はその例外として一棟全体としてしか建物の独立性を有しない場合でも一定の場合は別個の建物として取り扱うことができるとされているのであり、建物としては各部分が独立性を有しないことを前提としている。
また、本件附属建物はいったん滅失し、その後、本件建物2の築造が行われていることから、本件建物2は、本件附属建物(本件建物1から物理的には独立している。)の増築と評価することもできない。
(オ) まとめ
よって、本件変更登記行為及び本件抹消登記行為は適法である。
イ 原告らの主張
(ア) 建物の独立性の判断基準
建物の区分所有等に関する法律1条は、一棟の建物に構造上区分された数個の部分で、独立して住居、店舗、事務所又は倉庫その他建物としての用途に供することができるものがあるときは、それぞれ別の所有権の対象とすることができる旨規定している。とすれば、別個の独立した建物としての登記が可能かどうかの判断も、<1>独立した生活をするに足りる施設があるか、<2>それぞれの部分に独立した出入口があるかという基準により判断すべきである。
(イ) 本件建物2の構造上の独立性
本件建物2は本件建物1の増築された部分ではなく、別個の独立した建物である。すなわち、本件建物1は木造瓦葺の一般的日本家屋であるのに対し、本件建物2は軽量鉄鋼・木造の出窓のある洋風家屋で、両者は構造・外観が異なる。本件建物1と2は、壁面を共通としているが、玄関、浴室、洗面所、トイレ、台所等の部屋の機能、水道、ガス、電気、電話などの配線・配管及びメーターが別であり、お互いの玄関を通って外に出なければ行き来できない構造で、複数の世帯が別々に居住することができる構造となっている。
被告登記官は、本件建物1の1階台所から本件建物2の1階へ直接出入りできるかのように主張するが、実際にはいったん外に出る必要がある。また、同被告は、2階ベランダで行き来できるとも主張するが、独立の建物同士で渡り廊下を通すことは珍しいことではなく、2階ベランダで行き来できることをもって本件建物2の独立性が失われることはない。
(ウ) 本件建物2と本件附属建物との関係
本件建物2は、本件建物1とは物理的に独立した本件附属建物を改築したものであり、改築により単なる車庫から玄関、居間、寝室、台所、風呂、トイレ等の設備のある建物となったので、独立の建物として評価すべきである。
(エ) 所有者の異なる建物の合併(違法事由)
所有者の異なる二つの建物を合併することはできない。本件変更登記及び本件抹消登記は、実質的に二つの建物につき合併登記をしたものと評価できるところ、本件建物2には原告らの遺留分に基づく共有持分の登記がされていたので、本件建物1と本件建物2の所有者は異なる。にもかかわらず、被告登記官が、二つの建物の所有者が異なることを看過して本件変更登記及び本件抹消登記をしたので、これらの登記は法93条の8に違反する。
(オ) 被告登記官による判断権限と実体的判断(違法事由)
被告登記官は、所有者の同一性については登記簿上の審査という形式的判断しかできないにもかかわらず、その審査権限を超えて実体的判断に踏み込んだが、その踏み込み方がいい加減であり、Aに遺言書等の資料を提出させて本件建物2はAの所有であると曲解した点にも違法がある。
(カ) 所有権の登記以外の権利に関する登記のある建物の合併(違法事由)
本件建物2にはAの持分につき、平成8年8月30日付けで債権者株式会社富士精工の仮差押えがされているので、仮差押えがされていない本件建物1と合併することは法93条の9に違反する。
(キ) まとめ(瑕疵の重大明白)
建物との関係で新たに権利関係を設定する者は、対象となる建物の所有関係、種類、構造、床面積等を確認するのが通常であり、1個の建物に独立の2個の建物が含まれているというのは予想されないことである。しかも、本件においては、本件変更登記を前提として本件根抵当権設定登記がされており、これを前提として新たな権利関係に入る者が生じるおそれもある。したがって、本件変更登記及び本件抹消登記の各行為は、その瑕疵が重大で、そのことが外観上明白な場合であるから、無効である。
(5) <略>
第3当裁判所の判断
(証拠により直接認められる事実を認定する場合には、原則として、認定事実を先に記載し、当該証拠を後に略記する。一度説示した事実は、原則としてその旨を断らない。認定に用いた書証の成立は弁論の全趣旨により認められる。)
1 本件変更登記行為の処分性の有無(争点1)について
(1) 登記の意義、性質等
ア 登記の対象事項と表示登記
登記をその対象事項により分類すると、不動産の物理的状況ないし同一性を示すための登記(表示登記)と不動産について権利関係を示す登記(権利に関する登記)に分けられる。
不動産の表示に関する登記(表示登記)は、登記用紙の表題部に記載され、不動産の物理的形状・位置等を明らかにし、もって不動産それ自体の客観的現況(土地の用途・面積・所在地、建物の種類・用途・構造・床面積・所在地等)をそのまま公示することを主たる目的とする登記である。
表示登記は、権利の登記と異なり、原則として(後記の形成的登記を除き)登記官が職権ですることができるものとされている(法25条の2)。
イ 機能的観点から見た表示登記の種類
表示登記をその機能により分類すると、<1>不動産の客観的・物理的な形状やその変化を示すもの、登記の記載に原始的に錯誤や遺漏があったことが発見されたときに是正するもの、不動産の物理的状況そのものに関する記載事項ではないが、それらとあいまって不動産を特定するために必要な事項として記載されるもの、<2>登記簿上1個の不動産とされるものの範囲を変更する人為的処分としてされるもの(法93条の4の2、93条の8、94条から98条等)、<3>甲区に所有権の登記がされていないときにのみされる所有者を示す表題部の記載(法91条1項6号、103条)に大別される。いずれも本件に関連するので、少し触れると次のとおりである。
<1>は、不動産の表示の登記、表示の変更登記、表示の更正登記、表示の抹消登記、建物の合体の登記、分棟の登記であり、建物の所在、家屋番号、種類、構造、床面積、建物の番号、附属建物の種類、構造、床面積(法91条1項1号から5号)といった内容を含み、その時点での不動産の客観的状態を単に報告するという機能を持つ(報告的登記)。
<2>は、分筆・合筆の登記、建物の区分・合併の登記であり、不動産の物理的状況の変化とは無関係に、登記簿上不動産の個数・1個の不動産とされるものの範囲に申請者の意思により変更を生じさせるもので、登記により初めて実体上の効果が発生するところから、創設的・形成的な登記である(形成的登記)。
<3>は、所有権を第三者に対抗するための登記としての意味は持たないが、表題部に所有者と記載されていれば、その者のみがいつでも所有権の保存登記を申請できることから(法100条1項1号)、表題部の所有者の記載は真正な所有者であることの公証的機能を持つものである(公証的登記)。
ウ 記載内容による登記の分類と変更登記
登記をその記載内容により分類すると、<1>記入登記、<2>変更登記(法95条の3等)、<3>更正登記(法63から66条)、<4>抹消登記(法141条から151条)、<5>回復登記(法67、68条)に分けられる。
このうち、本件に関係するものは<2>と<4>であるが、他のものについても触れると、<1>は新しい登記原因に基づいて、ある事項を新たに積極的に登記簿上に表す登記である。<2>は登記された実体関係について後発的な変化を生じ、登記と実体関係との間に不一致をきたした場合に、これを一致させるため既存登記の一部を変更する目的でされる登記である。<3>は当初の登記手続に錯誤又は遺漏があったため、登記と実体関係の間に原始的な不一致を生じた場合に、既存登記の内容の一部を訂正補充する目的でされる登記である。<4>は既存の登記を抹消する目的でされる登記であり、既存の登記全部を法律的に消滅させるものである。<5>はいったん消滅又は抹消された登記の回復を目的とする登記である。
(2) 登記行為と処分性
ア 処分性の有無の判断基準
ところで、抗告訴訟は、国又は公共団体の具体的な公権力の行使により権利を侵害された者がいる場合において、その者にその違法を主張させて当該行政処分の効力を失わせることにより、その者を救済するための制度であるから、抗告訴訟の対象となる行政庁の処分とは、行政庁の法令に基づく行為のすべてを意味するのではなく、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものでなければならない(最高裁昭和30年2月24日第一小法廷判決・民集9巻2号217頁、同裁判所昭和39年10月29日第一小法廷判決・民集18巻8号1809頁)。
イ 表示登記の変更登記行為と処分性の有無
表示登記のうち、前記(1)イの<1>に分類される表示の登記やその変更登記は、前記(1)ア、イで述べたとおり、建物の場合は所在、家屋番号、種類、構造、床面積、建物の番号、附属建物の種類、構造、床面積により、建物の客観的・物理的な形状・位置について、その変化及び現状を公証して、当該建物を特定するものである。したがって、これらの登記自体が当該不動産の権利関係を公示するものではなく、権利の登記のように対抗要件となることもない。また、これらの登記は、当該不動産の物理的形状及びその変化を公示するものではあるが、不動産の物理的形状は本来客観的現況によって決められるものであり、仮に当該表示登記が誤っていたからといって、当該不動産の客観的現況に法律的な影響を及ぼすものではなく、取引等を行う際に、当該不動産の客観的状況につき誤った公証がされているという点で事実上の不利益を受けるにすぎない。
とすれば、少なくとも前記(1)イ<1>の表示登記の変更登記行為は、その登記行為により直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定することが法律上認められているものとはいえない。
ウ 表示登記の抹消登記行為の処分性の有無
ここで、関連して、表示登記の抹消登記行為の処分性の有無を検討しておく。前記(1)イの表示登記であっても、それにつき前記(1)ウの抹消登記がされるという場合には、表示登記が抹消されることにより登記用紙が閉鎖されることから、これを前提とする権利の登記は存在の可能性を否定されることになる。したがって、少なくとも当該不動産について権利の登記がされている場合における表示登記の抹消登記は、単なる不動産の公証としての機能を果たすものにとどまらず、国民の権利、義務に消長を及ぼすものであると評価すべきである。したがって、この場合の抹消登記行為には処分性があるということができる。
(3) 本件変更登記行為の内容と処分性の有無等
(2)を本件について見ると、本件変更登記は、建物登記の表題部(主たる建物)のうち、<1>種類を「居宅」から「居宅・車庫」へ、<2>構造を「木造瓦葺2階建」から「軽量鉄骨・木造 瓦・スレート葺2階建」へ、<3>床面積を「1階95.14平方メートル、2階26.49平方メートル」から「1階154.77平方メートル、2階105.99平方メートル」へとそれぞれ変更するものである。これは表示登記のうち前記(1)イ<1>の登記であり、記載内容に関する前記(1)ウの分類からすると<2>の変更登記である。
したがって、本件変更登記行為には処分性はなく、その無効確認又は取消請求に係る原告らの訴え(主位的請求及び予備的請求に係る両訴え)はいずれも不適法である。また、このように解しても、原告らは後記のとおり処分性の認められる本件抹消登記行為について争い、そこで勝訴すれば、その判決の拘束力により本件変更登記の是正を図ることができるので、その権利の実現を不当に封ずることにはならない。
次に、念のため、本件建物2の表示登記の抹消登記行為の処分性の有無について見ると、この表示登記には権利の登記がされていたから(<証拠略>)、その抹消登記行為(本件抹消登記行為)には処分性があるというべきであり、この点は当事者間の見解の一致するところでもある。
(4) 原告らの主張について
ア 原告らは、本件変更登記は実質的には合併登記であり、本件変更登記後に本件根抵当権設定登記等がされることにより原告らの権利が侵害されているので、本件変更登記行為には処分性があると主張する。
ところで、合併の登記(法98条)とは、別個の建物として登記されている数個の建物を合わせて1個の建物とする登記であるが、建物の物理的変更を伴うものではなく、単に登記簿上において建物の個数及び1個の建物の範囲に変更を生ずる形成的な登記である。これに対し、本件変更登記は、本件建物2の建築という物理的変更を原因とするものであるから、合併の登記ということはできない。
イ また、原告らの権利が本件根抵当権設定登記等により侵害されていると原告らは主張するが、原告らの所有権が本件根抵当権に対抗できないのは、本件変更登記がされたことによるのではなく、本件抹消登記により、原告らの所有権が対抗要件を失い、その後設定された本件根抵当権に対抗できなくなったことによるのであって、本件変更登記行為それ自体により原告らの権利侵害が発生しているとはいえない。したがって、原告らの主張は失当である。
2 本件抹消登記行為の取消しの訴えの出訴期間徒過の有無(争点3)について
前記1のとおり、本件変更登記行為に関する訴えは不適法であるから、本件変更登記行為に関する訴えの利益の有無(争点2)については判断するまでもない。そこで、次に、残る本件抹消登記行為に関する訴えを検討するが、予備的請求である取消しの訴えの出訴期間徒過の有無について、便宜先に検討する。
(1) 取消訴訟における出訴期間の制限
行政処分は公共の利害に係るところが大きいので、その効力をいつまでも争い得る状態に置いておくことは望ましくない。
そこで、行政事件訴訟法14条3項は、「取消訴訟は、処分又は裁決の日から1年を経過したときは、提起することができない。ただし、正当な理由があるときは、この限りではない。」と規定している。
(2) 本件抹消登記行為の取消しの訴えの出訴期間徒過の有無
前記第2の2の前提事実(6)イのとおり、被告登記官は、平成10年8月3日に本件抹消登記行為をした。そして、同(8)アのとおり、原告ら及びCは、平成11年12月24日に本件抹消登記行為の取消しの訴え(<略>)を提起した。したがって、本件抹消登記行為の取消しの訴えは、本件抹消登記行為がされた平成10年8月3日より1年経過後に提起されたものである。
そして、原告らは、「正当な理由」について何ら主張立証しない。
よって、本件抹消登記行為の取消しの訴えは出訴期間を徒過した不適法な訴えである。そこで、以下、本件抹消登記行為の無効確認の訴えに関し、同登記行為の違法性の有無・程度について判断する。
3 本件抹消登記行為の違法性の有無・程度(争点4)について
(1) 本件抹消登記行為の違法性の有無
ア 争点の整理
(ア) 本件抹消登記の登記原因は、前記第2の2の前提事実の(6)のとおり「家屋番号12番11と重複」であり、当事者の申請によるものである。(<証拠略>)
同一の不動産について2つ以上の登記用紙が設けられることを重複登記(二重登記)というが、本件抹消登記の理由は、この重複登記ということである。
(イ) 我が国においては、一物一権主義の原則がとられており、1不動産ごとに別個独立の権利関係が成立することから、各不動産ごとに1つの登記用紙を備えることが権利関係の公示・取引の安全という登記制度の目的に資するとされ、登記用紙は、区分所有建物の場合を除き、1筆の土地又は1個の建物につき1用紙を備えるという原則(法15条。一不動産一登記用紙主義の原則)が採用されている。そのため、重複登記は、この原則に違反することになるので、その状態が解消されなければならず、1の登記を残して、他方の登記は無効な登記として抹消登記をし、当該登記用紙を閉鎖すべきこととなる。
(ウ) 本件では、本件変更登記後で本件抹消登記以前は(本件変更登記だけがされた場合を想定する。)、本件建物2を表す表示登記としては、本件変更登記(変更後のもの)の該当部分と本件建物2の表示登記との2つがあることになり、重複登記の状態にあるので、これを解消すべきこととなる。当事者もそのこと自体は争わない。問題は、重複状態の解消の仕方であり、被告登記官は、本件建物2の表示登記の方を抹消すべきであり、本件抹消登記行為は適法であると主張し、原告らは、本件建物2の表示登記を残し、本件変更登記を抹消すべきであるという。ただし、本件建物2を示す本件変更登記(変更後のもの)の該当部分は、本件建物1の増築部分として表示され(それが本件建物3の一部として表示される。)、他方本件建物2の表示登記(別紙登記目録記載6の表示登記)は本件建物2を独立の建物として表示するものであり、同じ対象を表示する重複登記であるとはいっても、表示の仕方が異なるものである。このような場合における重複登記の解消の仕方は、いずれの表示登記がより正しく本件建物1、2の客観的状態を表示しているかを踏まえ、正しいものを残し、誤っているものを抹消することになるというべきである。
また、本件建物2が独立の建物ではないという場合であれば、一不動産一登記用紙主義の原則から本件建物2は本来1個の独立の登記の対象とされないはずであり、その意味からも(重複登記かどうかとは別個の観点からという意味である。)、本件建物2の表示登記の方を抹消すべきこととなる。
なお、被告登記官は、重複登記の抹消につき、単に登記用紙の開設の先後でいずれを抹消すべきかを決すべきであるとも主張するが、本件においては、上記のとおり、二つの表示登記の内容が異なっているため、いずれの表示登記が当該不動産の客観的状態を正確に表示しているかどうかにより決すべきであり、この点に関する被告登記官の主張は採用できない。また、抹消に際しての手続につき、後記の3(5)末尾に記載のとおりに解するものである。
そこで、以下、本件建物2が独立の建物と評価すべきであるか、本件建物1の増築部分(本件建物3の一部)であると評価すべきかについて検討する。
イ 独立の建物か増築かの判断基準
アの論点については、まず基準を考えるに、登記制度の目的が不動産を特定し、その権利関係を公示して取引の安全に資することにあることからすれば、新たに築造された建物(あるいは部分)につき、1個の独立した建物と評価するか、既存建物の増築部分と評価するかの判断は、両建物(あるいは部分)の物理的構造を基本とし、それぞれの種類、構造、面積、造作、周辺の建物との接着性の程度、周辺の状況等の客観的事情に当該建物に当該登記がされるに至った所有者側の事情を総合し、これに加えて、当該築造建物ないし部分が既存の建物から独立して取引の対象とされるか、あるいは効用上一体として利用され得るかの点から判断されるべきである。また、この場合において、建物とは、屋根及び周壁又はこれに類するものを有し、土地に定着した建造物であってその目的とする用途に供し得る状態にあるものをいうと解される(民法86条、不動産登記事務取扱手続準則(以下「準則」という。<証拠略>)136条1項、最高裁昭和39年1月30日第一小法廷判決・民集18巻1号196頁参照)。
そこで、本件建物1、2の建築の経緯、建物の構造、用途等を検討する。
(2) 本件建物2の建築及び本件変更登記・本件抹消登記がされた経緯
ア Bの本件土地の購入及び本件建物1の建築
Bは、昭和42年8月、本件土地を更地で購入し、本件土地についてB名義の所有権移転登記申請をし、その旨の登記を得た。Bは、昭和43年8月、Bとその家族が住むための家としての本件建物1及び他の用途のための本件附属建物を本件土地上に建築し、昭和44年6月、別紙登記目録記載5のとおり同建物の表示登記がされ、その数日後、B名義の所有権保存登記がされた。本件建物1と本件附属建物とは物理的に接してはいなかった。(<証拠略>)
イ 本件建物1及び本件附属建物の使用状況
Bは、その妻及び子ら(原告X2を除く。)と共に本件建物1に住み、Bが昭和36年に設立し、経営している門馬工業株式会社(ただし、設立当初は有限会社門馬工業所であり、昭和50年8月5日に株式会社に組織変更。)の作業所として本件附属建物を使用していた。その後、Bは、作業場を他所に移し、本件附属建物は駐車場として使用するようになった。原告X2は結婚していたので、本件建物1には住んでいなかった。(<証拠略>)
ウ 本件建物2の建築
Bは、平成2年ころ、子の誰かに近くに住んでもらって身の回りの世話をしてもらいたいと考えるようになり、間取りはAと相談して決め、同年2月、山本工務店ことF(以下「山本工務店」という。)に対し、本件附属建物を2階建てに増改築し、1階を車庫、2階を住宅にしてほしいと依頼した。
ただ、実際の工事内容は、本件附属建物をいったん全部解体した後、基礎につきコンクリートを打ち直して補強し、本件建物2を建築するというものであった(したがって、増改築ではなかった。)。
すなわち、山本工務店は、本件附属建物に使用していた鉄骨と木材を使用して、本件建物2の1階部分の柱・梁とし、同建物の2階部分は新しい木材を使用して建築し、本件建物1の1階屋根の一部(本件建物2に面している部分)を壊してベランダとする工事をした。基礎を補強する必要があったのは、もともと本件土地が埋立地であったためである。(<証拠略>)
エ 本件建物2の完成とAの入居
本件建物2は、平成3年6月に完成したが、Bは登記手続をしなかった。それは、建ぺい率等の問題があり、実際に建築された建物は、建築確認申請の際に提出した図面上の建物とは異なっていたためであった。
本件建物1、2の構造については、後記(3)で詳細に検討するが、その用途についてみると、本件建物2の1階は車庫であり、当時はAとBがそれぞれの自動車を駐車していた。同建物2階には、A夫婦とその娘が、同建物の完成前の同年3月に入居した。本件建物1の1階は、B及びCが寝起きし、同建物2階は、Aの息子ら2人が寝起きするようになった。そのため、本件建物1の2階の部屋から本件建物2の2階台所へ行き来できるように、本件建物1の2階東側の6畳の部屋の押入れを壊して出入口が設けられた。そして、Aとその家族は、B夫婦の食事、掃除、洗濯等の世話をした。他方、Bは、本件建物2の公共料金を負担していた。(<証拠略>)
オ Aの退去、原告X2の入居、Bの遺言、簡易屋根の設置
Aとその家族は、平成3年8月に本件建物2を退去した。
その後の平成4年1月、原告X2とその夫は、本件建物2の2階に居を移した。その際、本件建物1の2階から本件建物2の2階への出入口としては、従前設けられていた出入口が封鎖され、これに代えて本件建物1の2階西側の4、5畳の部屋に出入口が設置された。本件建物2の1階の駐車場は、B夫妻と原告X2夫妻(ただし、夫は平成5年3月に死亡)が共同で使用していた。そして、原告X2とその家族は、本件建物1の台所で食事を作り、B夫婦の世話をしていた。Bは、平成5年、本件建物2の2階バルコニーに簡易屋根を取り付けて、本件建物1と本件建物2との2階同士の行き来をしやすいようにし、また、本件建物2の公共料金を負担していた。(<証拠略>)
カ Bの死亡とAの本件建物1への入居
Bは平成7年10月31日に死亡し、Aとその家族が平成8年8月、本件建物1の1、2階に移転してきた。原告X2夫婦は、本件建物2の1階倉庫にあった荷物を搬出し、Aとその家族が同倉庫を使用した。当時、Cは、体調が悪く、入退院を繰り返していたところ、B死亡後はずっと入院したままで本件建物1及び2に戻ることはなかった。(<証拠略>)
キ Aの本件建物1の相続登記
Aは、平成8年1月30日、前記第2の2の前提事実(3)アのBの遺言に基づき本件建物1及び本件土地につき平成7年10月31日相続を原因としてA名義の所有権移転登記申請をし、その旨の登記を得た。本件建物2についての登記手続を併せて行わなかったのは、同建物の正確な図面等の準備ができていなかったためであった。(<証拠略>)
ク 原告X2らの遺留分減殺請求と本件建物2の表示登記
原告X2と原告X1は平成8年4月9日配達の内容証明郵便で、Cは同年10月1日配達の内容証明郵便で、それぞれAに対し、遺留分減殺請求の意思表示をした(<証拠略>)。
しかし、Aから原告らに連絡がなかった。他方で、原告らは、本件建物2の表示登記及び所有権保存登記を申請し、平成8年2月26日に表示登記が、同年3月11日にC、原告X1、A、原告X2、Dの共有持分の所有権保存登記がされた。このとき、被告登記官は、特に本件建物2について居住者である原告X2らから事実関係の聴取はしなかった。(<証拠略>)
ケ A及び原告X2らの共有持分移転登記請求訴訟の提起
Aは、平成8年に原告X2らに対し共有持分の移転登記を求める訴えを提起し、原告X2らは、Aに対し、本件建物1及び2につき、遺留分減殺を原因とする共有持分の移転登記を求める訴えを提起した(<証拠略>)。
コ Aの本件変更登記及び本件抹消登記の申請
Aは、前記の原告X2らのAに対する訴えの係属中に、法務局へ出向いて本件建物2の表示登記は誤っているので訂正したいと何回か相談した後、平成10年7月28日、被告登記官に対し、本件変更登記及び本件抹消登記を申請し、被告登記官は、同年8月3日、本件変更登記、本件抹消登記及び本件附属建物の滅失登記をし、本件建物2については登記用紙を閉鎖した(<証拠略>)。
サ <略>
シ 原告X2らの遺留分減殺を原因とする共有持分移転登記
横浜地方裁判所は、平成11年7月21日、原告X2らとAとの訴訟の判決の言渡しをした。これを受けて、原告X2、原告X1及びCは、同年12月28日、本件根抵当権設定登記に遅れて、本件土地について平成8年4月9日(原告ら)及び同年10月1日(末子)の遺留分減殺を原因とする共有持分移転登記申請をし、その旨の登記を得たが、本件建物1についてはしなかった。(<証拠略>)
ス <略>
(3) 本件建物1及び2の位置関係、構造、外観
ア 本件建物1、本件附属建物及び本件建物2の位置関係及び外部構造
Bが昭和44年に本件建物1及び本件附属建物の表示登記の手続をしたときの同各建物の平面図は別紙図面1の1<略>のとおりである。原告X2等が平成8年に本件建物2の表示登記の手続をしたときの本件建物1及び2の平面図は別紙図面1の2<略>のとおりである。Aが平成10年に本件変更登記の手続をした際の本件建物1及び2の平面図は別紙図面1の3<略>のとおりであり、本件建物2の建築工事をした山本工務店作成の平面図は別紙図面2<略>のとおりである。(<証拠略>)
別紙図面1の2<略>は本件建物1と同2とが別個の建物であるかのように、同図面1の3<略>はそれが同一の建物の全体と部分であるかのように表示されているという違いはあるものの、他は同じであり、<証拠略>によれば、本件建物2及び本件附属建物はいずれも本件建物1の北側に位置していること、本件建物1と本件附属建物とは接しておらず、物理的には独立していたこと、他方、本件建物1と本件建物2は、1階の壁のうちの向かい合っている面(本件建物1の北西側と本件建物2の南西側)の一部が3.79メートルにわたって接着しており(別紙図面4のBの部分)、2階は本件建物2の2階の南側の部分(長さ10.92メートル、幅1.82メートル)が同建物の1階より突き出し(同図面のG1及びG2の部分)、その南西側部分は本件建物1の1階の北西の一部(鍵状の部分)の上に乗るような位置関係にあり(同図面のG1の部分)、その南東部分は屋外に設置された柱(本件建物1の1階の北東の角(別紙図面2の柱と記載されている位置)にある。)に乗っている(同図面のG2の部分)。
イ 本件建物1及び2の外観
本件建物1及び2を西側から観察すると、本件建物1の1階と本件建物2の1階すなわち車庫は接着しており、2階部分についても、本件建物1の2階北側ベランダ部分と本件建物2の2階部分は接着していて、一体的に見える。なお、本件建物2の1・2階部分は西側において本件建物1の1階より南北線が30センチメートル東側へずれて位置していることから、そこが何らかの境目のようにも見えないでもない(別紙図面4<略>のAの部分)。しかし、上記の状況から概観すると、本件建物1、2は、接続している1個の建物のようにも見える。
他方、東側から観察すると、本件建物1と2は、その1階部分については、西側の一部(東西方向で長さ3.79メートル)のみが接しており(同図面のBの部分)、その余の7.13メートルは狭いところで南北に0.91メートル(同図面のCの部分)、広いところで同1.82メートル離れていることから(同図面のDの部分)、別々の建物のように見える。しかし、2階部分については本件建物1、2が接しており、しかも西側1・2階と異なり、東側2階は本件建物1と同2の境目が判別できるような凹凸はないことから両建物は連続して見える(同図面のEの部分)。そして、1階東側の本件建物1と同2が離れている箇所(同図面のFの部分)の真上は、本件建物2の2階部分が同1の方に突き出して接しているため(同図面のG2の部分)、この突き出し部分が前記の本件建物1と同2の離れている箇所(同図面のFの部分)の屋根代わりとなっている。
(<証拠略>)
(4) 本件建物1、2の用途、機能等
ア 本件建物1及び2の内部の間取り・設備・使用状況
本件建物1及び2の間取りは別紙図面3の1<略>及び2<略>のとおりである。
本件建物1の1階の台所の勝手口から外へ出ると、すぐ前に本件建物2の1階車庫への入口がある。他方、本件建物2の住居部分(2階)の玄関は、本件建物2北側の外側階段を上がった2階にある。
本件建物2の2階住居部分の台所勝手口からベランダを通って本件建物1の2階へ行くことができる。本件建物1の2階からベランダへの出入口の変更及び本件建物2の2階までの通路が設けられた経緯は、前記(2)エ及びオのとおりであり、平成5年ころ、行き来しやすくするため簡易な屋根が付けられて渡り廊下のようなものが設置された。
本件建物1と同2には、それぞれ風呂、トイレ、洗面所、玄関、台所等があり、人が別々に居住することが可能である。電気、ガス、水道のメーターは本件建物1、同2の1階と2階とで別々に設置されている。なお、現在は、本件建物2の2階には原告X2が、本件建物1の1階・2階にはAとその妻子が居住し、A及びその妻子が本件建物2の1階車庫も使用している。
本件建物2の2階の一部(ベランダ部分)が本件建物1の1階の一部に乗る形となっている(別紙図面4<略>のG1の部分)が、それは、本件建物2の2階部分の間取りを広げるためであった。
(<証拠略>)
イ 本件建物2の機能面での独立性及び所有者の利用目的
アのとおり、本件建物1は居宅、本件建物2は居宅・車庫であり、両建物には、別々に玄関、風呂、トイレ、台所があり、電気・水道・ガスのメーターも別々で、独立して生活することは可能であるが、本件建物1の1階から同2の1階(車庫)へは、いったん屋外には出るとはいえ、玄関から表に出なくても容易に行き来することができ、現に、本件建物1に居住しているAとその家族が本件建物2の車庫も使用している。また、本件建物2の2階と同1の2階からは、それぞれ共通のベランダに出ることができ、ベランダには簡易な屋根・渡り廊下があり、2階同士で行き来することも可能である。
そして、前記のとおり、本件建物1及び2は、いわゆる2世帯住宅を予定して、子夫婦が親夫婦の生活の世話をしながら、別々に生活できるように設計されたものであったが、Aとその家族が最初に本件建物2に居住した際は、子らを本件建物1の2階に住まわせて、本件建物2の2階と本件建物1の2階を一体として使用していた。
ウ 取引の対象としての状況
さらに、本件建物1及び2については、前記のとおり、Eにより競売の申立てがされているが、一つの建物として、その敷地である本件土地と一括して評価され、売却の対象となっている(<証拠略>)。
エ 本件変更登記がされた事情
なお、本件建物2は、建築当初は建ぺい率の問題があって表示登記の手続がされていなかったが、Bの死亡に伴う相続開始により、Aと原告ら及びCとの遺産に関する争いがあり、他方、Aは事業の失敗により多額の負債をかかえていた事情(<証拠略>)があったところ、未登記であった本件建物2につき、まず原告X2らにより、独立の新築建物としての表示登記がされ、その後、Aが本件変更登記の申請をしたという経緯がある。
(5) 本件建物2の独立性の有無及び本件抹消登記行為の違法性の有無
以上のとおり、本件建物2は、物理的構造上は本件建物1から完全に独立した建物であるとはいえず、本件建物1を除去した場合において、本件建物2が独立して存続するためには、本件建物2の2階の張り出し部分を支えるために少なくとも新たに柱等を設置する等の工事をすることが必要となることが窺われる。その上、住居・倉庫としての機能の面でも、本件建物2は本件建物1と独立して使用することは一応可能であるものの、相互に行き来して一体として使用することができるような間取り・構造となっており、建築当初の所有者の意思も一体としての効用を意図したもので、現に、一体として使用されてきたという経緯があり、取引の対象としても一体のものとして扱うことが可能である。
とすれば、本件建物2は、独立した1個の建物というよりは、本件建物1の増築部分と評価すべきであり、本件変更登記が本件建物2の実体を正しく表示しているというべきである。他方、本件建物2の表示登記が表示している本来の建物、すなわち独立して登記の対象となるべき建物は存在しないというべきである。この点は、本件抹消登記行為及び本件変更登記行為当時も変わりはない。したがって、本件変更登記と本件建物2の表示登記がされた状態では、重複登記の状態が生じたというべきであり、かつ、抹消されるべきは本件建物2の表示登記であって、本件変更登記ではないから、本件建物2の表示登記について抹消登記の申請を受けてこれを実行した被告登記官の本件抹消登記行為は適法である。
なお、原告らは、被告登記官による審査の仕方につき疑問を提起するので検討するに、本件変更登記及び本件抹消登記の各申請に対しては、本件建物2が同3の一部か別個か、その表示登記は重複するものか、重複の場合における訂正の方法はどうすべきかといったことが問題となる。ところで、Aは本件建物1の登記名義人であったから、本件変更登記行為後の本件建物3の登記名義人として自身の登記名義が確保されたのに対し、原告らは本件建物2における共有持分の登記名義人であったものの本件建物1の登記名義人ではなかったので、本件抹消登記行為後は、本件建物2における登記名義を失い、本件建物3の登記名義人ともならなかった。しかも、これらの登記の申請人はAのみであり、原告らは申請人ではなかった。そして、本件抹消登記の申請人ではない原告らがAの行為を承認しており、かつ、その旨が被告登記官に知らされているといった事情がない本件においては、原告らの知らないうちに本件抹消登記がされるという点で実質的には職権で抹消登記をするに等しいから、被告登記官は、本件抹消登記行為をすることになる旨を原告らに通知して異議を述べる機会を付与すべきであったと解するのが相当である(法149条1項、49条2号、151条参照)。それがされていない点で、本件抹消登記の手続には瑕疵があるといわざるを得ないが、結果は偶々客観的にあるべき状態と符合するものであるから、その手続的な瑕疵は結果的には本件抹消登記行為を無効とするような重大明白な瑕疵とまではいえない。
(6) 原告らの主張について
ア 違法な建物の合併であるとの主張について
原告らは、本件変更登記は実質的には2つの建物を合併した登記と評価できるが、本件建物1と同2とでは所有者が異なるので、法93条の8に違反し、債権者株式会社富士精工の仮差押えがされている本件建物2と同仮差押えのない本件建物1とを合併することは法93条の9に違反すると主張する。確かに、Aが経営していた有限会社プライム(後に株式会社に組織変更)の債権者である株式会社富士精工はAが上記プライムの債務を重畳的に引き受けたとして、平成8年8月26日、本件建物2のAの持分を仮に差し押さえていた事実がある(<証拠略>)。
しかし、前記のとおり、本件変更登記は、本件建物2の建築という物理的変更を原因としてされたものであるから、合併の登記には該当しないので、原告らの主張はいずれも失当である。
イ 区分所有建物に類するものとして独立性があるとの主張について
原告らは、建物の区分所有等に関する法律の趣旨から、独立した生活ができる施設等及び出入口があれば構造上の独立性を肯定すべきと主張する。
しかし、区分所有建物とは、一不動産一登記用紙主義の原則の例外であり、1棟の建物すなわち物理的構造上は1個の建物において、構造上区分された数個の各部分につき、所有者の意思により、特に各別の建物として登記することを認めるものである。それゆえ、登記されている各区分建物は効用上の独立性はあっても物理的独立性がないため、通常の1個の建物としての登記をすることはできず、あくまで区分所有としての登記しかすることができない。
したがって、区分所有建物の基準である機能上の独立性のみをもって、物理的にも独立した建物として評価すべきとする原告らの主張は採用することはできない。なお、本件建物2の場合は、物理的に完全な独立性がないのみならず、利用上・効用上も本件建物1と一体とすることが予定されていると評価できることは前記のとおりである。
ウ 本件附属建物の改築と考えて独立の建物と評価すべきとの主張について
原告らは、本件建物2は、もともと本件建物1と物理的構造上独立した建物であった本件附属建物を改築した結果、機能上も独立性を有するものとなったものであるから、独立の建物として評価すべきであると主張する。
ところで、建物の新築とは、まったく建物のない状態のところに新たに建物を建築することであり、増築は、改造工事により既存建物の床面積が増加することであり、改築は既存建物の全部を取り壊し、新しい材料を用いて建物建築することであり、再築は既存建物の全部を取り壊し、その材料を用いて建物を建築することをいう(増築つき準則143条、再築につき同142条)。このうち増築は、建物の同一性に変更のないまま床面積が増加する場合であるから、登記原因「増築」として登記されるが、改築及び再築の場合は、既存建物の全部がいったん取り壊されるため、新旧の建物には同一性がなく、登記手続上は、既存建物につき「取毀」を登記原因として滅失登記をし、新築建物について表示登記をするものとされている。
本件では、確かに、前記のとおり、山本工務店は、Bから、本件附属建物を2階建てに増改築してほしいとの依頼を受けたことが認められる一方で、実際の施工は、本件附属建物をいったん全部解体した後、基礎を補強し、1階部分につき本件附属建物の材料を使用し、2階につき新規に木造で建築して本件建物2を建築したことが認められる。したがって、本件建物2は、登記手続上は増築ではなく、再築に該当するのであって、本件附属建物と本件建物2の間には建物の同一性はない。よって、上記の原告らの主張は採用できない。
4 <略>
5 結論
以上のとおり、本件訴えのうち、<略>原告らの主位的請求のうち表示登記の変更登記行為の無効確認を求める訴え及び<略>予備的請求に係る訴えはいずれも不適法であるから却下し、その余の原告らの請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、65条の規定を、<略>適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 岡光民雄 窪木稔 村上誠子)
(別紙)
物件目録
1(1) 主たる建物
所在 横浜市金沢区○○町12番地11
家屋番号 12番11
種類 居宅
構造 木造瓦葺2階建
床面積 1階 95.14平方メートル
2階 26.49平方メートル
(2) 附属建物
符号 1
種類 車庫
構造 軽量鉄骨造スレート葺平家建
床面積 49.68平方メートル
2 所在 横浜市金沢区○○町12番地11
家屋番号 12番11の2
種類 居宅車庫
構造 木造スレート葺2階建
床面積 1階 59.62平方メートル
2階 79.49平方メートル
3 所在 横浜市金沢区○○町12番地11
家屋番号 12番11
種類 居宅・車庫
構造 軽量鉄骨・木造 瓦・スレート葺2階建
床面積 1階 154.77平方メートル
2階 105.99平方メートル
4 所在 横浜市金沢区○○町
地番 12番11
地目 宅地
地積 214.84平方メートル
(別紙)
登記目録
1(1) 横浜地方法務局金沢出張所表示登記の変更登記
(後記5(1)の表示登記についての変更登記。変更後の内容は下記のとおり)
表題部(主たる建物)
所在 横浜市金沢区○○町12番地11
家屋番号 12番11
<1>種類 居宅・車庫
<2>構造 軽量鉄骨・木造 瓦・スレート葺2階建
<3>床面積 1階 154.77平方メートル
2階 105.99平方メートル
原因及びその日付 <1><2><3>平成3年6月10日変更・増築
登記の日付 平成10年8月3日
(2) 横浜地方法務局金沢出張所表示登記の滅失登記
(後記5(2)の表示登記についての滅失登記)
表題部(附属建物)
原因及びその日付 平成2年12月日不詳取毀
登記の日付 平成10年8月3日
2 横浜地方法務局金沢出張所表示登記の抹消登記
(後記6の表示登記についての抹消登記)
原因 家屋番号12番11と重複
登記の日付 平成10年8月3日(同日閉鎖)
3 <略>
4 <略>
5 横浜地方法務局金沢出張所表示登記
(1) 表題部(主たる建物)
所在 横浜市金沢区○○町12番地11
家屋番号 12番11
<1>種類 居宅
<2>構造 木造瓦葺2階建
<3>床面積 1階 95.14平方メートル
2階 26.49平方メートル
原因及びその日付 昭和43年8月30日新築
登記の日付 昭和44年6月3日
(2) 表題部(附属建物)
符号 1
<1>種類 車庫
<2>構造 軽量鉄骨造スレート葺平家建
<3>床面積 49.68平方メートル
登記の日付 昭和44年6月3日
6 横浜地方法務局金沢出張所表示登記
表題部(主たる建物)
所在 横浜市金沢区○○町12番地11
家屋番号 12番11の2
<1>種類 居宅車庫
<2>構造 木造スレート葺2階建
<3>床面積 1階 59.62平方メートル
2階 79.49平方メートル
原因及びその日付 平成3年6月10日新築
登記の日付 平成8年2月26日
別紙図面 1の1、1の2、1の3、2、3の1、3の2、3の3、4<略>