横浜地方裁判所 平成12年(わ)1544号 判決 2001年5月17日
主文
被告人三名をそれぞれ懲役二年六月に処する。
被告人三名に対し、それぞれこの裁判が確定した日から四年間その刑の執行を猶予する。
理由
(犯罪事実)
被告人甲野太郎は、平塚市明石町<番地略>に本店を置く○○信用組合の代表理事理事長として同組合における業務全般を統括掌理していたもの、同乙山一郎は、同組合の代表理事専務理事として同甲野を補佐していたもの、同丙川二郎は、同組合の非常勤理事として同組合の経営に関与するとともに有限会社××企画(以下「××企画」という)及び有限会社△△商事(以下「△△商事」という)の実質的経営者であったものであるが、被告人三名は株式会社□□(以下「□□」という)の代表取締役であるとともに同組合の従業員を兼務していて丁田三郎らと共謀の上、同組合が□□に対し六億円の融資を行うに当たり、同組合の理事として、法令で定められた貸付限度額を遵守するはもとより、確実にして十分な担保を徴するなどして貸付金の回収に万全を期するなどの同組合のため忠実に職務を遂行すべき任務を有していたにもかかわらず、その任務に背き、上記融資額は、貸付限度額を超過するのみならず、□□が上記融資金をもって、××企画所有の伊勢原市小稲葉字堀之内<番地略>の雑種地ほか三筆の土地及び同土地の建物一棟等並びに△△商事所有のゴルフ会員権一口を時価評価額をはるかに超える合計七億円の高値で買い取り、××企画及び△△商事は、その売却代金をもって同組合に対する債務合計六億七七二〇万円の返済財源に充て、これにより同組合から□□に対する上記融資金に多額の担保不足を生じさせる一方、××企画及び△△商事の同組合に対する上記債務及び被告人丙川らの同組合に対する連帯保証債務を消滅させることを熟知しながら、同組合の××企画及び△△商事に対する債権が不良債権化することなどによって、同組合の理事である被告人らの責任が追及されることを免れ、××企画、△△商事及び被告人丙川らの利益を図る目的をもって、××企画所有の上記不動産等及び△△商事所有のゴルフ会員権を時価評価額をはるかに超える価格で購入する資金に充てるため、他に確実で十分な担保を徴することもなく、かつ、その使途を上記用途に限定して、平成七年八月三日及び同月二一日、同組合において、□□に対し、それぞれ出資金名下に各三億円の融資を行いその回収を困難ならしめ、もって同組合に対して同額の損害を加えた。
(証拠)(括弧内の甲乙の数字は、証拠等関係カードにおける検察官請求証拠の番号を示す)
・被告人甲野太郎、同乙山一郎、同丙川二郎の各公判供述
・第一回公判調書中の被告人甲野太郎、同乙山一郎、同丙川二郎の各供述部分
・第三回公判調書中の被告人甲野太郎、同乙山一郎の各供述部分
・被告人甲野太郎の検察官調書(乙2ないし、6、7、9)
・被告人乙山一郎の検察官調書(乙13ないし18)
・被告人丙川二郎の検察官調書(乙25、26、29、30、32)
・丁田三郎の検察官調書(甲29ないし31)
・Aの検察官調書(甲32、33)
・Bの検察官調書(甲34ないし37)
・Cの検察官調書(甲39)
・捜査報告書(甲8、9、10、21)
・不動産鑑定評価書(甲23ないし26)
(法令の適用)
罰条 各刑法六〇条、二四七条
刑種の選択 各所定刑中懲役刑選択
執行猶予 各同法二五条一項
(量刑理由)
本件は、それぞれ○○信用組合(以下「○○信組」という)の理事長、専務理事、非常勤理事であった被告人らが、自己の経営責任を免れあるいは利益を得る目的で、同組合の子会杜に対して、出資名下に合計六億円を融資してその回収を困難にし、同組合に損害を負わせたという事案である。
本件犯行に至る経緯として、被告人甲野及び同乙山は、平成元年にそれぞれ○○信組の理事長、専務理事に就任した以降、同組合の経営に従事していたところ、いわゆる貸付限度額超過融資などの違法不当な融資を繰り返して行っていたこと、その後、いわゆるバブル経済の崩壊に伴い、○○信組が多額の不良債権を抱えるに至り、監督官庁である神奈川県による平成五年度の検査の結果、決算承認指定組合に指定され、同六年度の検査では同組合の有する不良債権の額が八〇億円以上にものぼることが明らかになった上、業務停止も検討される事態に至ったことなどが認められる。
しかるに、被告人甲野及び同乙山は、上記のごとき違法不当な融資を実施していた結果、○○信組の経営危機を招いたことに対する自己への責任の追及を免れるため、後述するように、□□を利用した不良債権の隠蔽を計画し、未だ不良債権として指摘されていなかった××企画等への債権を消滅させ、被告人丙川に利得を得させることにより、同人の協力を得て上記計画を実行するため、その一環として本件犯行を行ったものであり、犯行動機は自己中心的であって酌量できる点はない。とりわけ、被告人乙山は、本件犯行当時、実質的な経営責任者として○○信組の業務全般を掌理する中で、本件計画を積極的に企図し、自ら主導的に犯行に及んでいるものであって、その責任は重いというべきである。一方、被告人丙川は、○○信組の非常勤理事としての立場にありながら、被告人乙山から本件犯行を持ちかけられるや、自己の金銭的利得を図るため安易にこれに応じたものであって、やはり犯行動機は安易で利欲的である。
被告人らは、不良債権の存在を隠蔽するため、○○信組の幹部職員らと共謀して、同組合の子会社であり、収益力に乏しく、特段の資産もない□□へ融資を実行し、その融資金を原資として、組合の融資先から、不良債権の担保となっていた不動産を□□に債権相当額で買い取らせ、融資先の得た売却代金によって同組合に対する債務を返済させることにより、実質的に不良債権の付け替えを行い、同組合の不良債権の存在を隠蔽する計画(□□計画)を立案し、その際、□□に対する融資額が法令で定められた貸付限度額を超過することを回避するため、□□に対する増資の形をとって融資を実行するなど、本件犯行は綿密、巧妙な計画に基づくものであり、また、同組合の幹部職員をあげてまさに組織的な犯行であって悪質である。
本件犯行のみを原因とするわけではないものの、被告人らの経営により多額の不良債権を抱えることとなった結果として、○○信組は経営破綻に至っている上、本件は信用組合の経営陣による背任事件として注目を浴び、金融機関に対する社会の信頼を失墜させたものであって、本件犯行が社会に与えた影響は重大である。
以上によれば、被告人らの刑事責任は重い。
しかしながら、他方で、本件の実質的損害額は六億円を下回るものであり、被告人らによる□□への損害賠償などによって、実質的に相当部分は補填済みであること、被告人三名とも身柄の拘束を受け、その間犯行を認め、反省の情を示していること、被告人甲野については、被告人乙山に主導されての犯行であり、積極的に犯行を指揮していたものではないこと、犯行動機も自己の金銭的利得を図ったものではないこと、妻が今後の監督を約束していること、前科前歴のないこと、被告人乙山については、やはり自己の金銭的利得を図っての犯行とは認められないこと、□□に対する賠償金の一部を出捐していること、養うべき妻子があり、妻が今後の監督を約束していること、前科前歴のないこと、被告人丙川については、○○信組の経営に常時関与していたわけではなく、本件についても、被告人乙山の誘いに乗じて犯行に及んだものであって、自ら積極的に犯行を計画したわけではないこと、□□に対する賠償金の大部分を負担していること、妻が今後の監督を約束していることなど、被告人らの有利に斟酌すべき事情等も認められる。
そこで、これらの事情等を総合考慮した上、被告人らに対し刑の執行を猶予することを相当と判断した。
(裁判長裁判官・矢村宏、裁判官・石井芳明 裁判官・佐藤正信は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官・矢村宏)