横浜地方裁判所 平成12年(わ)2286号 判決 2001年10月18日
主文
被告人を懲役9年に処する。
未決勾留日数中240日をその刑に算入する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(犯罪事実)
被告人は,A,Bほか数名と共謀の上,平成11年8月4日午後2時30分ころ,横浜市a区b町c丁目d番地eビル前路上で,上記Bほか数名において,C(当時50歳)に対し,顔面,頭部等を殴打し,更に同人を路上に引き倒した上,その顔面,頭部等を足蹴にするなどの暴行を加え,よって,同月6日午前11時44分,同区f町g番地D病院において,同人を後頭部打撲に基づく頭蓋内出血により死亡させた。
(補足説明)
1 被告人は,被害者に暴力を加えたことはなく,また,共犯者らと共謀をしたことも犯行を指示したこともない旨供述し,弁護人も被告人と同様の主張をするので,以下補足する。
2 関係各証拠によれば,①被告人は,E一家F組組長であり,本件犯行日時ころ,上記F組組員で被告人の運転手をしていたAの運転する自動車に乗って,本件犯行現場である前記eビル前路上を通りかかったところ,eビルに入居していたG会構成員の車が道をふさぐように駐車してあったことから,その場にいた上記G会構成員である被害者C(以下「被害者」という)らに,車の止め方が悪いなどと注意をしたこと,②すると,同人らが被告人に対し,「おまえどこの組の者だ」などと言い,反抗的な態度をとったため,被告人はこれに立腹し,被害者らと口論になったこと,③その後,eビルから数人の男が降りてきて,被害者らとともに一度eビル内に戻ったが,被害者は再びeビル前に降りてきたこと,④上記③のころ,同所付近に被告人の配下の暴力団員である,F組若頭Bらを含む多数の暴力団関係者が順次参集してきたこと,⑤その後,現場に集まってきていたBらが,eビル前路上にいた被害者らに対して判示の暴行を加え,これにより被害者は死亡したことが認められ,以上の事実等については争いはないものと思われる。
3(1) 次に,証人Aの供述によれば,被害者らと口論となった際,被告人は被害者らに「行儀が悪い」などと怒鳴りつけていたこと,Aは,被告人から人を集めるように言われたため,F組事務所及びE一家本部へ電話をし,被告人がトラブルを起こしているので手の空いている人間に来てもらうよう連絡したこと,Bらがその場に集まってきた後,被告人がeビル内にいた男と口論となり,eビル前路上に降りてきた同人をいきなり殴りつけたこと,その後,被告人はBらに対し,eビル前路上にいた被害者らを指さして「あの野郎だ,やっちまえ」などと言い,これを契機として上記Bらが被害者に対し殴る蹴るの暴行を加えたことが認められる。
弁護人は,事件後,被告人が,Aが被害者らを殴った旨周囲に吹聴し,その結果実刑判決を受けたことで,Aは被告人に対し敵意と報復心を有しており,それ故被告人に不利な虚偽の供述をしたものであって,Aの供述は信用できない旨主張する。
しかし,Aの供述内容は具体的である上,被告人が人を集めようとしていた点については証人H,同Iの供述内容と合致している(なお,弁護人は,被告人が「人を集めろ」と言ったという点につき,両名の供述は食い違っているなどと主張するが,些細な供述の齟齬を指摘するものに過ぎず,供述の信用性に影響を及ぼすものではない)。また,被告人が被害者らと口論となり,同人らに対して立腹していたといういきさつからしても,配下の暴力団員に犯行を指示したとする供述は,その内容が自然かつ合理的である。さらに,Aは被告人の配下の暴力団員である上,本件については自身の有罪判決も確定しており,被告人を共犯者として巻きこんだとしても,自身の刑の軽重に影響を及ぼさないこと,自身の判決内容について,量刑について不満はあるがやくざである以上仕方がない旨公判で供述していることなどからすれば,Aが被告人のことを「X」と呼び捨てにしていたことなどの弁護人の指摘する諸点を考慮しても,現段階に至って被告人に不利な虚偽の供述をあえてする理由は認められず,むしろ,Aも供述するように,けじめをつけるため真実を供述するに至ったと考える方が自然であり,その供述の信用性を肯定できるというべきである。
(2) また,証人Jによれば,被告人が本件事件直後,電話で警察官である同人に対し「あれは俺がやったんですよ」などと話していたことが認められるところ,被告人の上記発言内容は,被告人が配下の暴力団員に指示して被害者に暴行を加えたとするAの供述内容と符合しており,Aの供述の信用性を高めるとともに,被告人の本件犯行への加担を推認させるものといえる。
弁護人は,Jの上記供述は虚偽である旨主張するが,Jの供述内容は具体的かつ迫真性があること,Jは被告人とは過去の事件捜査を通じて信頼される間柄となっていたことなどからすると,やはり被告人に不利な虚偽の供述をする理由はなく,その供述の信用性を肯定することができる。
4(1) これに対して被告人は,被害者らと口論となった後,話をつけるため前記E一家K組組長であるKを電話で現場に呼び,同人と話をしていたところ,eビル2階にいたLと口論となり,路上に降りてきたLを一発殴った上,乗ってきたベンツに押し込んで話をした。その後,Lとともにベンツから降りたところ,人が3,40人くらい集まっており,前記E一家のMにその場から離れるように言われ,配下の暴力団員に解散を命じてからAの運転するベンツでその場を離れており,人を集めたことも,暴行を指示したこともない旨,Aの供述と反する供述している。
また,証人Kも,被告人がLとベンツで話をしている間に,現場に20人ぐらいの男が集まって,そのうち4,5人が一人の男を引きずったり蹴飛ばしたりしていたので,それの仲裁に行ったところ,その間に被告人は現場からいなくなっていた旨被告人の供述と符合する供述をし,さらに前記Bは,捜査段階及び自己の公判において,事務所から連絡を受けて現場に赴いたところ,被告人がAとともに現場を去るところであり,その際被告人から解散を指示された。その後,被害者らがeビルから出てきていきなり喧嘩となり本件犯行に及んだ旨供述し,他の共犯者も現場で被告人の姿は見ていない旨,被告人との共謀を否定する供述をしている。
(2) しかし,本件現場におけるトラブルのまさに当事者であり,話をつけるためわざわざKまで呼び寄せたとする被告人が,配下の者を含む暴力団員が多数参集している中,当該トラブルが解決する前に,Kに声を掛けることもなくその場から立ち去るというのはいかにも不自然であるし,F組の幹部であるBらが,組長である被告人が現場にいるにもかかわらず,自己の判断で他の組の暴力団員に暴行を加えるというのも不自然である。また,被告人は,現場から立ち去った際,集まっていた人間の中で揉め事が起きていたことには気づかなかったと供述しているところ,上記Kの供述を前提としても,被告人が現場を立ち去る際には既に被害者に対して暴行が始まっていたというのであり,仮にそうであれば,これに全く気づかなかったとする被告人の供述は不自然と言わざるを得ない上,被告人が立ち去るときには現場にはE一家の人間が数人いるだけであったというBの供述とも矛盾している。さらに,被告人は,捜査段階では,解散を指示したところ,E一家のMなる組員から現場を離れるように勧められた旨供述しているが,公判では同人から現場を離れるように言われたので,解散を指示した旨供述するなど,供述の重要な部分について一貫性を欠いている。
以上からすれば,結局,被告人の供述は信用できないと言うべきである。
(3) 被告人の関与を否定するK及びBら共犯者の供述についても,信用できるAの供述と矛盾している上,前述のように供述内容が不自然である上相互に矛盾しており,また,KはK組の組長として,被告人と同じ前記E一家に所属しており,そもそも被告人に不利な供述をすることは考えにくく,Bを初めとする共犯者についても,被告人の配下の暴力団員であって,被告人に不利益な供述をすることが考えにくいことは同様であり,供述の信用性は乏しいというべきである(そして,この理は,弁護人が請求し,当裁判所が却下した他の証人についても,その立場や組織における地位に鑑みれば,同様といえる)。
5 弁護人は,一度eビル内に入った被害者が,再びeビル前路上に出てきた理由が判然とせず,被害者に対する暴行が始まった時点では,被告人はLとともに車の中にいたはずであり,本件は被告人の指示に基づくことなく突発的に起きたものであるなどと主張するが,上記認定事実に照らし到底認められない。
6 以上によれば,被告人の指示により,共犯者らが被害者に殴る蹴るの暴行を加えた事実を優に認めることができ,Aらと共謀の上本件犯行を行ったことは明らかである。
(法令の適用)
罰 条 刑法60条,205条
未決算入 同法21条
訴訟費用 刑事訴訟法181条1項本文
(量刑理由)
本件は,暴力団組長である被告人が,自動車での通行に関するトラブルに端を発し,他の暴力団構成員であった被害者らに反抗的な態度をとられたことに激昂し,配下の暴力団員を集合させ,その指示の下,被害者に集団で暴行を加え,死亡させたという事案である。
被告人は,自ら被害者に対して暴行を加えてはいないものの,被告人の乗った車輌の通行を邪魔する形となっていた被害者らと口論となった際,些細な理由から激昂し,配下の暴力団員を現場に集合させるとともに,被害者に暴行を加えるよう犯行を指揮しており,本件犯行を主導しているのであって,その責任は重い。
また,本件犯行は,暴力団としての体面を保つため,些細なもめ事であっても暴力により解決するという,暴力団特有の論理に基づく短絡的なものであり,犯行態様も,被告人の指示により,傍若無人にも白昼公道上において,集団で被害者を死亡させるほどの激しい暴行を執拗に加えるという凶悪なものであって,犯情は誠に悪質である。
被害者には命を奪われるような落ち度はなく,被告人らの一方的な暴行により死亡するに至っているにもかかわらず,被告人は犯行への関与を全面的に否認し,不合理な弁解に終始するなど,反省の情は窺われない。
加えて,被告人には前科が複数あるとともに,長期間暴力団に所属し,本件犯行時には前記F組の組長として活動しており反社会性,規範意識の欠如も明らかである。
そこで,本件犯行は計画的な犯行とはいえないこと,F組から被害者側に対し300万円が支払われていることが窺われていることなど,被告人のために斟酌すべき事情等も総合考慮の上,被告人を主文の刑に処するのを相当と判断した。
(検察官中村融,私選弁護人平岩敬一(主任),同松本和英各出席)
(求刑-懲役10年)
(裁判長裁判官 矢村宏 裁判官 柳澤直人 裁判官 石井芳明)