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横浜地方裁判所 平成12年(わ)3063号 判決 2001年9月11日

主文

被告人を懲役2年6月に処する。

この裁判確定の日から5年間その刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(犯罪事実)

被告人は,横浜市a区bc丁目d番地eビル1階でAの屋号で洋品店を経営していたものであるが,

第1  平成10年10月2日午後5時40分ころ,同店先路上において,買い物客B(当時21歳)に対し,「買わないんなら,土下座しろ」などと怒号した上,同女の左下腿部目掛けて火の付いたたばこを投げつけて命中させる暴行を加え,

第2  同12年4月22日午後2時30分ころ,同店店内において,買い物客C(当時22歳)に対し,「お前みてえな奴は客じゃねえ。出て行けって言ってんだよ」などと怒号した上,同女の右肩部を手で2回突き押すなどの暴行を加え,

第3  同年9月6日午後4時過ぎころ,同店前路上にD(当時40歳)が普通貨物自動車を無断駐車したとして因縁を付け,同人から商品販売名下に金員を喝取しようと企て,同店前路上において,同人に対し,「お前,だれに断って止めているんだ。営業妨害だ。お前は誰に雇われているんだ。道路も俺の所有物だ。俺のところは,1時間で1万円は売る店だから,今ここで1万円分買っていけ」「奥さんだっているんだろう。彼女にでもいいんだ。1万円分買え」「少額訴訟を起こせば,お前の所から金が取れる。これまで何回も勝っているから」「ユニオンにも文句を言ってやろうと思っている。訴訟を起こしていいの。訴訟を起こせば裁判所に行かなければならないし面倒なことになる。お前は何回も裁判所に来るのか。今ここで1万円分買っていけ」「てめえ開き直っているのか」などと語気鋭く執拗に申し向けて商品の購入方を要求し,同人をして,もしその要求に応じないときは,自己の身体・財産・名誉等にいかなる危害を加えられるやもしれない旨畏怖させて被告人から商品を購入するのやむなきに至らせ,よって,即時同所において,同人から衣類3枚の購入名下に現金約1万1000円の交付を受けてこれを喝取し,

第4  同年11月17日午後5時50分ころ,来店者にマナー違反であるなどと因縁を付けて商品販売名下に金員を喝取しようと企て,同店内において,来店したE(当時26歳)が,同店の商品である女性用コートに手を触れるや,同女に対し,「試着するのが当たり前だろう。お前は俺を馬鹿にしているのか」「マナーがなっていない」「俺の財産を引っぱって。大切な財産に傷を付ける気か」などと語気鋭く申し向けながら出入口ドアを蹴りつけて同女の身体にいかなる危害を加えるかもしれない気勢を示し,さらに「土下座しろ」などと怒鳴り付けて同女に土下座をさせた上,同女に対し,「土下座なんか甘いもんだよ」「ジュースを持って店に入った奴が商品を汚したので,これを買わせたこともある。警察が来ても平気だ。誰にも文句は言わせない。お前のに似たジャケットを買ってくれた人もいる。3万8000円ので,お金がなかったけど,気持ちよく銀行に行ってお金をおろして買っていったぞ」「お前の欲しいのはコートだろ」などと語気鋭く申し向けて商品を購入するよう要求し,同女をして,もしその要求に応じないときは,自己の身体にいかなる危害を加えられるやもしれない旨畏怖させて右コートを購入するのをやむなきに至らせ,よって,即時同所において,同女から右コート購入の内金名下に現金3150円の交付を受けてこれを喝取した。

(法令の適用)

罰条

第1,第2の所為 刑法208条

第3,第4の所為 同法249条1項

刑種の選択

第1,第2の罪につき 各所定刑中懲役刑選択

併合罪加重 同法45条前段,47条本文,10条

(刑及び犯情の最も重い第3の罪に法定の加重)

執行猶予 同法25条1項

訴訟費用 刑事訴訟法181条1項本文

(量刑理由)

本件は,洋品店を経営していた被告人が,独善的で傍若無人な考え方から,入店した買物客に対し,マナー違反などと因縁を付けて,暴行を加えたり(第1,第2),商品内金名下に金員を喝取し(第4),店の前に自動車を無断駐車したと因縁を付けて運転手から商品販売名下に金員を喝取した(第3)事案である。

本件で被害者となった買物客3名のとった振る舞いは,特段,非常識なものとは到底言えず,ましてや被告人から判示のような罵詈雑言や暴行等を強いられる類のものではない。また,商品の荷下ろしのため,被告人の店舗前に駐車した被害者の行動も,長時間にわたって執拗に文句を付けられた挙げ句に金員を喝取される理由にはなり得ない。被告人は,自分は商品に対して愛情を殊の外持ち,それを心から欲しい客だけを相手に商売をしたいため,ただ見るだけの客を邪険に扱ったなどと供述するが,一方で,被告人は,脅迫の上,被害者が買いたくもない商品を渡すなどして,その販売名下に金員を喝取しているのであって,被告人の弁解は,身勝手で場当たり的なものと言うべきである。また,駐車自動車の運転手に対する犯行における言動も口から出任せのものと認められ,被告人の独善,非常識さを如実に表している。しかも,被告人は,買い物客らに対して本件と同様な態度を継続して取っていたことが窺え,その性根には度し難いものがある。

被害者らの受けた恐怖ないし屈辱は大きく,いずれも被告人に対し厳しい処罰感情を持っている。にもかかわらず,被告人は,捜査段階ではほぼ黙秘を通し,公判では一応事実を認めたものの,その実質は被害者らの落ち度等を論って自分の正当性を主張するかの如き供述をしているものであって,真摯な反省の態度を認めることができない。もっとも,被告人は,捜査で黙秘した理由として,警察官から暴行を加えられた結果,両手や鼻を怪我したためであるなどと供述している。しかし,証人F,同Gの尋問調書等によれば,臨床経験ある医師である両名は,被告人の両手背部の症状について,発赤が境界明瞭,均一で,外力が作用したときに生じる境界不明瞭な紫斑が認められなかったこと,運動制限がさほどなく,腫脹,皮下出血がなかったことなどを理由に外力が作用した可能性は極めて小さいことから,また鼻部に点状発赤があったが腫脹が認められなかったことなどから,いずれも皮膚病疾患と診断した旨供述しており,その供述は,検証調書等弁護人提出証拠に照らしても納得できる。そうすると,警察官から暴行を加えられた結果,両手や鼻を怪我した旨の被告人の供述には重大な疑念を抱かざるを得ず,弁護人の主張するように,上記証人尋問手続きのために被告人の身柄拘束期間が不当に長期化したなどとは言えず,これを被告人に有利な情状と評価することはできない。

以上によれば,被告人の刑事責任は軽視できず,この際,その許されざることを感得させるため実刑に処すことも十分あり得る。

もっとも,被告人は,法廷で一応反省の弁を述べ,経営していた洋品店を閉店する旨述べて,一定の身柄拘束を経て,懲りた様子が窺われること,第1の被害者から重い処罰を求めない旨の上申書が提出されていること,恐喝についてはいずれも被害額が多額とは言えず,暴行の程度も軽微であること,被告人に前科前歴がないこと,妻が被告人を厳しく監督する旨供述していることなど,被告人のために酌むべき情状も認められることから,今回に限り,刑の執行を猶予することとした。

(出席した検察官 早川真崇,私選弁護人 町川智康(主任),竹村眞史)

(求刑 懲役2年6月)

(裁判官 矢村宏)

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