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横浜地方裁判所 平成12年(ワ)1654号 判決 2001年7月04日

主文

1  原告らと被告との間で、横浜地方法務局所属公証人和田啓一認証にかかる平成10年第584号遺言者甲野太郎の別紙遺言目録<略>を内容とする秘密証書遺言は、遺言として無効であることを確認する。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

一  申立て

1  請求の趣旨

主文同旨

2  請求の趣旨に対する答弁

原告らの請求を棄却する。

二  事案の概要及び争点

原告らは、原告ら及び被告の被相続人である故甲野太郎(平成11年5月7日死亡)を遺言者とする請求の趣旨記載の遺言(「本件遺言」)は、<1>太郎の作成にかかるものではない、<2>第三者によって筆記(ワードプロセッサ印字)されたものであるところ筆者の住所氏名が公証人に対し申述されておらず、また遺言者が遺言書を封印していないので、秘密証書遺言としての要件に欠ける、<3>本件遺言時、太郎はパーキンソン症候群により意思能力が欠けていたにもかかわらず、被告はその有効性を主張しているとして、その遺言としての無効確認を求めた。

被告は、身分関係、本件遺言の存在、有効性についての争いの存在は認め、<1>につき、太郎作成にかかるものである、<2>につき、太郎にはワードプロセッサ操作技能がなく、同印字部分が第三者によって筆記(印刷)されたものであること、当該第三者の住所氏名が公証人に申述されていないことは認めるが、遺言者である太郎の意思に基づき、その指示に基づきワードプロセッサ操作がされて印刷作成された遺言書は、筆記者は、太郎であって、秘密証書遺言として有効である、<3>につき、意思能力の欠缺は否認するなどと主張した。

理由

一  (原告ら及び被告の身分、本件遺言の存在、その有効性についての争いの存在)

証拠(甲三から一〇)及び争いのない事実によれば、太郎が平成11年5月7日死亡したこと、太郎と先妻秋子(昭和28年7月17日離婚)との間の子である原告3名と、妻である被告(昭和28年11月11日婚姻)がその相続人の全員であること、太郎を遺言者とする秘密証書としての体裁をとる本件遺言が存在すること、その有効性を巡って原告らと被告との間で争いがあることが認められる。

二  (遺言の有効性)

証拠(甲一)及び争いのない事実によれば、本件遺言は、秘密証書遺言として作成されたものであるところ、封筒内に封入された遺言書本文(別紙遺言目録は、その写真コピー)は、作成年月日の日の部分「拾五」と遺言者氏名「甲野太郎」のみ、肉筆であるが、他は、ワードプロセッサ印字であること、太郎にはワードプロセッサ操作技能がなく、ワードプロセッサ印字部分が第三者によって筆記(印字)されたものであること、太郎は、公証人に本文を封入した封書を提出した際に、本文は自己が筆記したと申述し、当該第三者の住所氏名を申述していないことが認められる。

秘密証書遺言は、遺言内容について遺言者の自筆であることまでは要求されていないが、民法970条1項3号が、証書(封入された遺言本文)を他人に書かせた場合は、その筆者の住所氏名を公証人に申述することを要求している趣旨は、後日、遺言について争いが生じたときに、当該筆者に対する尋問を行う便宜を慮った点にある。

その申述が欠落している本件遺言は、秘密証書遺言としては、その法定要件を欠き無効というしかない。

被告は、ワードプロセッサ印字による場合の筆者とは指示をした遺言者自身であるとか、筆者の住所氏名に関する申述は副次的なものであって、その不申述は遺言としての効力に影響がないとか、本件遺言は、遺言者である太郎の意思に基づくものが明らかであるから有効であるとか、太郎が本件遺言作成の参考とした文献には、第三者による作成に関する記載がなく、また公証人から遺言者と筆記者との区別について積極的な説明がなかった結果、太郎は、遺言者と筆記者とを区別でさなかったので、その不記載の責めを帰することはできないなどと主張するが、民法が、遺言者の意思の実現と、遺言内容の確実性、秘密性の保護などのために、遺言に関して厳格な成立要件を定めた趣旨と相容れない見解であって、いずれも失当である。

三  (結論)

よって、主文のとおり判決する。

(別紙)遺言目録(甲一の3)<略>

〔編集注・本誌本号19頁掲載〕

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