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横浜地方裁判所 平成12年(ワ)233号 判決 2004年6月09日

原告

岩代建設株式会社

代表者代表取締役

訴訟代理人弁護士

吉成外史

齋藤理英

被告

町田市

代表者市長

寺田和雄

訴訟代理人弁護士

飯田孝朗

被告

Y1

主文

1  被告Y1は、原告に対し、3億1169万9741円(2384万6353円の範囲で被告町田市と連帯)及びこれに対する平成11年6月2日から完済まで年5分の割合による金銭を支払え。

2  被告町田市は、被告Y1と連帯して、原告に対し、2384万6353円及びこれに対する平成11年6月2日から完済まで年5分の割合による金銭を支払え。

3  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用は、原告と被告Y1との間で生じた分については、被告Y1の負担とし、原告と被告町田市との間で生じた分については、これを10分し、その1を被告町田市の負担としその余を原告の負担とする。

5  この判決は、被告Y1に対する原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第6 当裁判所の判断

1  Y1の原告に対する不法行為の成否について

(1)  原告の本件調査会に対する請負代全債権等の有無及び数額について

ア  前記基礎となる事実に加え、〔証拠略〕によると、本件調査会の事業執行等の実際について、次の各事実が認められる。

(ア) 予算の執行及び経費の支弁方法

本件調査会では、予算の執行を件う契約は会長が締結するものとされていたが、事業に要する経費は、被告町田市の委託金をあてるとされていた関係上、契約は単年度契約とするのが当然の前提であった。

(イ) 予算

本件調査会の予算は、会長が歳入歳出予算を調整して役員会の議決を経る、予算の補正も役員会の議決によるとされていたが、実際には、本件調査会で作成した工程表・科目ごとの支出試算等を被告町田市に提出し、これに基づいて被告町田市が当初予算を組み、かつ、年度途中で現実に支出した金額等を考慮して、その不足分等につき補正予算(増額)が組まれていた。

(ウ) 支払事務の実際

被告町田市からの委託金は、まず、事務局長名義の口座に入金され、その次に調査団長名義の口座に移された。そして、同口座は工事現場で支出事務を行う本件調査団の主任調査員である被告Y1が管理し、請負工事代金、光熱費、消耗品等の支払事務をしていた。

(エ) 決算の実際

会長は、事業終了後すみやかに決算書を作成し、監事の監査を経て役員会の認定を得る必要があるが、その実際としては、事務局員で調査団の調査主任であった被告Y1が請求書や領収書を添えて取りまとめた精算報告書に基づき作成した収支決算報告書について、専務主任(Bもその一人。)がチェックした後、さらに会長までの決裁にあげ、監事の監査を経ていた。

平成5年度以降の決算事務に関与したBは、本件工事が現場で原告により続行されていたことを承知していたので、被告Y1が作成した決算書類のチェック方法としては精算報告書の記載に誤りがないかどうかの確認で足りると考え、添付された請求書と領収書の金額が一致しているか等の書類上のチェックにとどめ、それ以上に、本件調査会と原告との間の工事請負契約書の存在を確認したり、本件発掘調査の現場に赴いて本件工事の進捗状況を確認したり、実際の工事代金の支払状況を原告代表者に確認するようなことはしなかった。そして、Bは、本件調査会と原告との間には、当然、本件工事等に関する請負契約等が締結されているものと考えており、収支決算報告書の歳出表中の「委託料」欄及び「使用料」欄に記載された金額の大部分は、原告に支払われたものと認識していた。なお、本件調査会は、被告町田市との間で締結した本件調査業務委託契約における委託金の額の積算の基礎となった支出科目中の「委託料」において、発掘工事を発注する業者に対する発掘工事代金の支払に充てるべき金額を計上し、同様に、「使用料及び賃借料」において、業者からのプレハブ等の賃借料等の支払に充てるべき全額を計上していた。

ちなみに、現在では平成3年度と平成4年度の収支決算報告書の基となった精算報告書ないし請求書、領収書等の綴りは被告町田市には保管されていない。平成5年度以降の精算報告書については、原告の請求書、領収書が残されており、平成5年度の「委託料」及び平成5年度以降の「使用料」の主たる支払先は原告となっているが、このうち平成5年度分の原告作成の請求書、領収書は、後記のとおり、被告Y1が原告に依頼して作成させた内容虚偽のものであった。

イ  前記基礎となる事実及び上記認定事実に基づいて原告と本件調査会との間の工事請負契約等の成否ないしその内容について考察すると、原告は、本件発掘調査に関連して本件工事、本件レンタル、本件雑工事(但し、その具体的な内容は必ずしも明らかでない。)を行い、本件工事部分については、本件調査会にその成果を引渡したことが認められるが、原告は、本件調査会との間で、本件工事及び本件雑工事に関して契約書を作成することはなく、本件レンタルに関しても、平成7年度及び平成8年度以外は契約書を作成することがなかったものである。

しかし、本件調査会の担当者らは、現場において原告が発掘工事を行っていることを認識していたところであり、また、有料であると承知しつつ原告からプレハブ仮設現場事務所等の提供を受けていたこと、本件調査会は、本件調査業務委託契約における委託金の額の積算において、プレハブの賃料の支払に充てるための「使用料・賃借料」を計上していること、実際にも、本件調査会は、原告に対し、本件工事に係る請負代金の一部、すなわち平成3年10月分ないし12月分については、原告の請求に応じて代金の支払をしたこと、また、契約書が作成されなかった本件レンタルに係る平成3年9月分ないし12月分の使用料についても、原告の請求に応じて代金の支払をしたこと、平成7年度分及び平成8年度分の本件レンタルについては、契約書が作成され、これに基づいた代金の支払がされたこと、被告Y1が案を作成した本件調査会の収支決算報告書のチェックに当たったBも、本件調査会と原告との間には工事請負契約等が締結されているものと考えており、上記報告書の「歳出」表中の「委託料」欄及び「使用料」欄に記載された金額の大部分は原告に支払われたものと認識していたこと、平成5年度分は、本件工事及び本件レンタルにつき、虚偽のものであるが、提出された請求書に対応した金額を支払った形の処理がされていること、各請求書の本件工事の代金額は、原告が過去に被告町田市の他の遺跡調査会と締結した契約における単価と大差ない単価に基づいて計算されており、本件工事に対する対価として相当性を欠くものとはいえないこと、がそれぞれ認められるところである。

他方、本件調査会は、被告町田市が事業主体として設置することを計画した野津田公園の造成工事を実施するための必要から、被告町田市が発足させたものであって、その具体的な遺跡調査活動は、単年度ごとに、被告町田市との間で締結する本件調査業務委託契約及び変更契約に基づいて被告町田市から支払われる契約金を原資とするものである。したがって、本件調査会においては、被告町田市が現実に予算措置を講じ、当該年度における業務委託に係る委託金として本件調査会に支払う金額の範囲を超えて、すなわち、本件調査会として、各年度ごとに、町田市との間で締結する本件調査業務委託契約に基づきその活動のための各種経費に充てることを予定する金額を超えて、具体的な予算的裏付けもないのに、複数年度にわたって、出来高払いの発掘工事請負契約を下請業者との間で締結するということは、およそ予定していないことは明らかである。

ウ  このようなところからすれば、本件調査会と原告との間の本件工事に係る請負契約は、当該年度において、本件調査会が、原告に対し支払うべきものとして現実に予算的な裏付けを講じることができた金額の範囲内において、かつ、現実に原告が行った発掘工事の範囲内において、相当な報酬を支払う旨の内容の合意の下に、本件調査会が町田市との間で各発掘調査業務委託契約及びその変更契約を締結したころ、締結されたものと認めるのが相当である。

エ  そこで、上記のような契約内容を前提として、原告が本件調査会に対し請求することができる本件工事に係る請負代金額について考察する。

(ア) 平成3年度分については、当該年度に係る収支決算報告書の「歳出」表中の「委託料」欄の「当初予算額」欄及び「補正額」欄に記載された金額の合計額である4091万7589円であると認めるのが相当である(ちなみに、原告が平成3年度において実際に行った本件工事に係る相当代金額は4573万9939円であると認めることができるから、上記4091万7589円がこれを上回ることはない。なお、上記収支決算報告書によれば、「委託料」に係る「執行額」は5169万4792円であるが、これは、上記「当初予算額」及び「補正額」の外、「流用額」としての1077万7203円を含めた金額であるところ、「委託料」の支払先は原告以外にも存在したものと窺われること、当該年度において原告に支払われた本件工事代金は1549万0457円に過ぎないことを考慮すると、上記「流用額」が原告に対する本件工事代金の支払に充てるために措置されたものと推認することは困難であるから、この「流用額」を含めた5169万4782円をもって、「本件調査会が、原告に対し支払うべきものとして現実に予算的な裏付けを講じることができた金額」と認めることはできないというべきである。)。〔証拠略〕。

(イ) また、平成4年度分については、当該年度に係る収支決算報告書の「歳出」表中の「委託料」欄の「当初予算額」欄及び「補正額」欄に記載された金額の合計額である8770万3879円であると認めるのが相当である(ちなみに、原告が平成4年度において実際に行った本件工事に係る相当代金額は1億2268万0346円であると認めることができるから、上記8770万3879円がこれを上回ることはない。なお、「委託料」の支払先は原告以外にも存在したものと窺われるところであるが、その具体的な事実関係は全く不明であり、かつ、上記「委託料」の大部分は原告に対し支払うべきものとして予算的手当がされたものと認められる上、実際に原告が行った本件工事に係る相当代金額との関係からも、上記「委託料」の全額を原告が本件調査会に対し請求することができる本件工事代金と認めるのが相当である。また、平成4年度分については、原告に対し全く本件工事代金が支払われていないのであるから、「流用額」を含めた金額をもって「本件調査会が、原告に対し支払うべきものとして現実に予算的な裏付けを講じることができた金額」と認めることが困難であることは、平成3年度分と同様というべきである。)。〔証拠略〕

(ウ) 次に、平成5年度分についても、当該年度に係る収支決算報告書の「歳出」表中の「委託料」欄の「当初予算額」欄及び「補正額」欄に記載された金額の合計額である1億1120万円であると認めるのが相当である(ちなみに、原告が平成5年度において実際に行った本件工事に係る相当代金額は1億4255万0825円であると認めることができるから、上記1億1120万円がこれを上回ることはない。なお、平成5年度においては、「流用額」をも含めると「執行額」は1億4294万0669円に上り、かつ、原告は、被告Y1の要請に応じて虚偽の請求書及び領収書を作成しているところ、この金額の合計は1億4270万2039円と上記「執行額」に近似するが、これは、あくまで被告Y1において、収支決算報告書上の辻褄合わせのために原告の請求書等に記載を求めた金額に過ぎないから、いずれにせよ、「流用額」を含めた金額をもって「本件調査会が、原告に対し支払うべきものとして現実に予算的な裏付けを講じることができた金額」と認めることが困難であることは、前両年度分と同様というべきである。)。〔証拠略〕。

(エ) そして、平成6年度分については、本件調査会は、そもそも、被告町田市から整理調査に係る業務委託のみを受け、発掘調査についての業務委託は受けていないのであり、したがって、その歳入に係る委託金もこの整理調査に係る事務に対応するものであり、発掘工事に係る「委託料」は当該年度に係る収支決算報告書の「歳出」の科目として計上されていない〔証拠略〕ところであるから、原告が本件調査会に対し請求することができる本件工事代金は0円と認めるのが相当というべきである。

(オ) したがって、原告が本件調査会に対し請求することができる本件工事に係る請負代金の総額は、上記(ア)ないし(エ)の合計金額である2億3982万1468円ということになる。

オ  次に、原告が本件調査会に対し請求することができる本件レンタル代金額についてみると、契約書が作成されず、代金の支払がされなかった平成4年1月分ないし平成6年3月分についての「請求書」記載の代金額は、これら期間が前後相接する期間である、代金の支払がされた平成3年11月分及び12月分の金額や、契約書が作成されこれに基づいて代金の支払がされた平成7年4月分以降の代金額と概ね符合しているところである。そして、代金の支払がされた平成3年9月ないし12月の期間の分も含め、これらの金額は、いずれも平成3年度ないし平成6年度に係る収支決算報告書の「歳出」表中の「使用料」欄の「当初予算額」欄及び「補正額」欄に記載された金額の合計額を下回るから、「請求書」記載の金額をもって、原告が本件調査会に対し請求することができる本件レンタル代金であると認めることができる。

また、平成7年度分及び平成8年度分については契約書が作成され、これに基づいた代金の支払がされたところであるから、この金額が「原告が本件調査会に対し請求することができる本件レンタル代金」額に当たることは明らかである。

したがって、原告が本件調査会に対し請求することができる本件レンタル代金の総額は、3063万8610円ということになる(別表参照)。

カ  さらに、原告が本件調査会に対し請求することができる本件雑工事に係る代金額についてみると、本件雑工事については、そもそも、仮設現場事務所等の建築工事等、本件レンタルに付随するものと窺われるが、その具体的な作業内容や代金の積算根拠が必ずしも明らかでないばかりでなく、原告が、平成4年1月ころ、平成3年12月分までの本件雑工事代金として972万1294円を、本件工事代金や本件レンタル代金と併せて本件調査会に請求したところ、本件調査会は、平成4年4月28日、本件工事代金や本件レンタル代金については原告の請求どおりの金額を支払ったものの、本件雑工事代金相当額については、その請求金額全額の支払をしなかったこと、本件レンタルに係る契約書には、「賃貸借料は…解体・搬出までの費用一切を含むものとする。」との条項が設けられていること、本件調査会が町田市との間で締結した本件発掘調査業務委託契約に係る委託金の額の積算の基礎とされた各種の支出項目にも本件雑工事費用に相当するような項目はないこと等からすれば、本件調査会としては、本件レンタルにかかる仮設現場事務所の建築、解体、撤去に要する費用、事務所周辺の整備作業に係る費用等については、本件レンタルに係る代金に含まれるものとして予算を計上し、支出していたものと推認されるところである。〔証拠略〕

そうであるとすれば、本件発掘調査においては、本件雑工事について、本件レンタルとは別個の独立したものとして、原告との間で工事請負契約を締結し、その代金を支払うことを予定していなかったものと認められるのであって、他に、本件調査会と原告との間で本件雑工事に関し請負契約が成立したことを窺わせるような事情は認められないから、原告が本件調査会に対し請求することができる代金額はないものというほかはない。

(2)  被告Y1の不法行為の有無・内容について

ア  前記基礎となる事実に加え、〔証拠略〕によると、本件調査会の収支や被告Y1の行動等に関して、次の各事実が認められる。

<1> 原告は、平成3年7月ころ、被告Y1から、本件調査会が行う本件発掘調査に係る発掘工事の依頼を受け、調査作業員の単価、使用機械・資材の種類・単価、諸経費等契約条件について話合い、同年9月ころまでに、概要についての了解に達した。原告代表者は、Y1に対し、契約書の作成を求めたが、被告Y1は、(調査を実施する)範囲も予算額も未だ決まっていないので、ちょっと待ってほしい」ということであった。しかし原告は、正式な契約書の取り交わしはされていなかったものの、試掘調査を実施した業者に本調査が依頼されることが慣行となっていたことや、大体の契約内容が被告Y1との間で了解に達したことから、同月9月ころから、仮設現場事務所の建築等に取り掛かり、10月ころから、本件工事に入っていった。

そして、原告代表者は、被告Y1の言動から、実際に行う発掘工事の全部について本件調査会から出来高に応じた請負代金の支払が得られるものと思い、本来各年度ごとに作成されるべき契約書が取り交わされないまま、被告Y1から指示された範囲の土地の区域について、指示された内容の発掘工事を行っていった。

<2> 上記(1)カのように、原告が、平成4年1月ころ、本件調査会に対し、平成3年12月分までの本件工事代金、本件レンタル代金及び本件雑工事代金をまとめて請求したところ、同年4月28日、本件雑工事代金分を除き、本件調査会からの支払がされた。なお、この支払手続を実際に担当した者は、本件調査会の事務局員あるいは本件調査団の調査主任として、現場作業の監督や現場関係の支出を任されていた被告Y1であった。

<3> 被告Y1は、被告町田市から予算手当がされ、本件調査会に支払われた平成3年度分の委託金のうち、主として発掘工事の下請代金に充てられることを予定していた「委託料」について、既に調査予算が打ち切られた他の遺跡発掘現場の費用の支払にその一部を流用するなどした。

<4> 被告Y1は、その実態ないし真相は必ずしも明らかではないが、本件発掘調査の関係でも、被告Y1自身が納得の行くように調査を実施したいとして、当初予算額を大幅に超える支出負担となるような工事や作業を実施し、その支払の原資の不足分については、補正予算の増額分でまかない、あるいはその支払を次年度の予算に繰り越すことなどにより処理しようとするなどした。

特に、平成5年度分の「委託料」の執行については、当初平成9年度までと予定されていた本件発掘調査が平成5年度で打ち切られることとなったことから、短縮された期間内に当初予定されていた調査面積の調査を終了させたいなどとして、予算上の手当もないまま、独断で、原告とは別に、アルバイトや主婦などの個別の作業員を雇い、人件費等の費用を増大させ、これに件う作業員を監督する調査補助員、撮影機材、測量機材、掘削機材等の費用も増大させるなどした。

被告Y1は、原告からの支払の督促が強くなかったことを奇貨として、原告に対する平成4年1月分以降の本件工事代金等の支払を後回しにし、支払のための予算手当のついた「委託料」や「使用料」を、それ以外の直ぐに支払が必要な発掘調査費用等に充てるなどした(ただし、本件調査会が被告町田市から本件発掘調査業務委託契約に基づいて交付を受けた委託料の金額の大きさよりすれば、上記認定のような事情のみで、平成4年1月分ないし平成6年4月分の原告に対し支払うべき本件工事請負代金の支払原資がすべて無くなったものとは認めがたく、被告Y1が横領等自己のために費消した可能性も否定できないが、この点は本件請求の当否を左右しないので、これ以上詮索しないこととする。)。

<5> 原告代表者が、被告Y1に対し、平成4年4月ころ、本件工事代金等の支払について尋ねると、「平成4年度の予算が減額されたので、6月の補正予算で何とか支払いたい。」との趣旨のことを言われ、6月になったので、どうなったか尋ねると、今度は、「6月の補正がだめだったので、12月の補正で何とか支払いたい。」との趣旨のことを言われ、さらに、12月になると、「新年度の予算に平成3年度の未払分や平成4年度分の工事代金を盛り込むようにして、支払いたい。」との趣旨のことを言われた。

原告代表者は、当時、会社に資金的余裕があったことから、本件工事が終わるまでに支払ってもらえればよいなどと考え、被告Y1に対し、未払代金の支払を強く要求しないでいた。また、原告代表者は、本件調査会が被告町田市から発掘工事に係る委託料分として交付を受けた各年度分の具体的な金額を確認しようともしなかった。

<6> 平成5年4月ころになると、原告代表者は、被告Y1から、「予算が減額されて、もう予算がないので、本件発掘調査の予算では本件工事代金等の支払は難しいが、能ヶ谷地区の土地区画整理事業の仕事に原告を参入させ、その代金に今回の未払分を上乗せして支払うようにするから、それまで支払を待っていてほしい。」との趣旨の話をされた。また、その後、上記能ヶ谷地区の話は、町田市が構想しているという「町田ニュータウン」事業に原告を参入させる、などという話に変わったりした。

これに対し、原告代表者は、被告Y1は被告町田市の職員でもあることだし、被告町田市が関わる事業ないし調査であれば、被告Y1の話もそれほど不自然なものではないなどと受け止め、また、被告Y1の機嫌を損ねてもまずいと思い、被告Y1の話に従うこととした。

<7> 平成6年、原告が本件発掘工事の作業を終えたころ、原告代表者は、被告Y1から、「(被告町田市の内部監査の関係ないし本件調査会の決算の関係で)書類が揃っていないとまずいので、平成5年度分の請求書と領収書を作ってもらいたい。」との趣旨の要請を受け、それまでの経緯や被告Y1の機嫌を損ねたくないとの思惑などから、これに協力することとし、虚偽の内容の請求書と領収書を作成して、被告Y1に渡した。

イ  被告Y1の不法行為の有無・内容についての判断

前記基礎となる事実、上記(1)の原告と本件調査会との間の発掘工事請負契約等の成否及びその内容についての認定・判断、並びに上記アの認定事実を総合すれば、被告Y1は、本件調査会の事務局員兼本件調査団の調査主任として、現場における発掘工事の実施の指示・監督及びこれに関連する工事代金等の支払事務を取り仕切っていた者であるところ、本件発掘調査に係る発掘工事の下請業者である原告との間で、きちんと契約書を作成する段取りを踏まないまま、見切り発車で、原告に本件工事等に取りかからせ、かつ、本件調査会が被告町田市との間で締結した本件発掘調査業務委託契約及び変更契約に基づいて被告町田市から交付を受けた委託料の額の範囲で本件工事を行わせるように留意しないまま、原告に発掘工事を行う土地の区域及び発掘工事の内容を指示するなどして、原告に上記委託料の額を大幅に超える発掘工事を行わせたところである。

そればかりでなく、被告Y1は、原告が本件調査会に対し請求することができる本件工事に係る請負代金(上記(1)エ)についても、町田市の職員であった被告Y1に対する原告代表者の信頼に乗じて、原告代表者に対し、「平成4年度の予算が減額されたので、6月の補正予算で何とか支払いたい。」、「6月の補正がだめだったので、12月の補正で何とか支払いたい。」などと虚偽の事実を告げ、また、原告が当時資金的な余裕があったことや被告Y1との関係を悪くしたくないとの思惑などから本件工事代金等の支払を強くは要求しない原告代表者の対応を奇貨として、「新年度の予算に平成3年度の未払分や平成4年度分の工事代金を盛り込むようにして、支払いたい。」、「予算が減額されて、もう予算がないので、本件発掘調査の予算では本件工事代金等の支払は難しいが、能ヶ谷地区の土地区画整理事業の仕事に原告を参入させ、その代金に今回の未払分を上乗せして支払うようにするから、それまで支払を待っていてほしい。」などと、虚偽の事実や、町田市の職員である被告Y1において実際上実現が不可能であることを認識している事項につき実現が可能であるかのごとく告げるなどして、代金の支払の引き延ばしを図り、更にはその支払を免れようとしたものと認められるところである。

しかも、被告Y1は、それまでの経緯などから、支払を得るためには被告Y1の機嫌を損ねることはできないと思っている原告代表者の心理状態を見越して、原告代表者に、虚偽の内容の請求書と領収書の作成を依頼し、これに協力させるなどしたのである。

そして、そうこうするうちに、被告Y1は、平成7年9月30日をもって被告町田市を退職してしまい、また、本件調査会も平成9年3月末日をもって解散してしまい、その結果、原告が本件調査会に対し本件工事に係る請負代金や本件レンタルに係る使用料の支払を請求することは、事実上不可能となったところである。

そうであるとすれば、被告Y1の上記一連の行為は、原告に対する不法行為を構成するものというべきであり、被告Y1は、原告に対し、上記不法行為と相当因果関係がある原告の損害について損害賠償責任を負うことになる(なお、原告が主張する被告Y1の不法行為の内容は、一見すると、被告Y1が虚偽の事実を原告代表者に告げて欺罔し、本件工事等に係る請負残代金及び本件レンタルに係る賃貸料残金の支払請求を思いとどまらせ、その結果、本件調査会の解散等により、社会通念上その請求を不可能なものとしたというものであり、したがって、その主張する損害も、本件工事等に係る請負残代金及び本件レンタルに係る賃貸料残金相当の損害に限定しているかのようであるが、原告が実際に主張している本件調査会に対する本件工事に係る請負代金債権の内容は、被告Y1に発掘工事を行うことを具体的に指示され、これに基づいて実際に行った発掘工事の全部について本件調査会との間で請負契約が成立しているということを前提としているところであるから、原告の上記主張は、被告Y1の言動により、実際に行う発掘工事の全部について請負代金の支払を得られるものと誤信し、その誤信に基づいて本件発掘工事を行わされたこと、したがって、この誤信に基づいて発生した損害も、被告Y1の不法行為及びこれによる損害として主張しているものと善解するのが相当である。)。

ウ  原告の損害

上記(1)及び上記ア、イよりすれば、被告Y1の不法行為と相当因果関係のある原告の損害は、以下のとおりと認めるのが相当である。

<1> 本件工事に係る請負残代金相当額 合計2億2433万1011円

ただし上記(1)エ(オ)の2億3982万1468円から、既払額合計1549万0457円を控除した金額。

<2> 上記<1>の金額を超えて原告が本件工事を行ったことにより経費を出捐し、被った損害額 合計 7323万6210円

原告の本件工事請負代金に係る請求書記載の金額は、経費に約10パーセントの利益を上乗せした金額であると認められる〔原告代表者の供述〕から、この利益相当額は、上記損害額の計算上控除すべきである。

したがって、計算式は下記のとおり。(別表参照)

3億2119万5035円-1549万0457円-2億2433万1011円=8137万3567円

8137万3567円×0.9=7323万6210円

<3> 本件レンタルに係る賃貸料残金相当額 合計 1413万2520円

ただし上記(1)オの3063万8610円から、既払額合計1650万6090円を控除した金額。

<4> 本件雑工事代金債権相当額 0円

本件雑工事については、上記(1)カのとおり、本件調査会との間で独立した請負契約が成立したものとは認められないばかりでなく、被告Y1が、原告の請求を受けてその手続を行った平成4年2月28日の平成3年9月分から12月分の本件工事代金等の支払の際にも、本件雑工事に係る代金については支払がされていないことや、本件において、被告Y1において、原告代表者に対し、本件レンタル代金とは別に、本件雑工事についても代金を支払うことを明示的に約束したことを認めるに足りる証拠はないことを考慮すると、原告が主張する本件雑工事に係る代金相当額については、それが被告Y1の不法行為と相当因果関係のある原告の損害と認めることはできない。

したがって、被告Y1の上記不法行為と相当因果関係のある原告の損害は、<1>ないし<3>の合計額である3億1169万9741円ということになる。

(3)  小括

上記のとおりであるから、被告Y1は、原告に対し、不法行為による損害賠償として3億1169万9741円及びこれに対する不法行為の後の日である平成11年6月2日から完済まで年5分の割合による金銭を支払うべき義務がある。

2  被告町田市の原告に対する使用者責任の有無について

(1)  「使用者」及び「業務ノ執行ニ付キ」の要件の有無について

ア  前記基礎となる事実に加え、〔証拠略〕によると、本件調査会が設置された背景事情等に関して、次の各事実が認められる。

(ア) 被告町田市の遺跡調査会方式について

本件発掘調査が行われた当時、遺跡発掘工事を専門に行っている業者は少ない一方で、町田市域における開発行為等は多く、遺跡調査の需要は少なくなかった。また、遺跡調査は学術調査であって、学術的に遺跡の記録保存を行い、学術書としての報告書を作成しなければならないため、これを適正・円滑に行うためには埋蔵文化財に関する専門の部署がある市の教育委員会の指導の下に行う必要性があった。

このような事情の下で、被告町田市は、市域における遺跡調査については、市の教育委員会の関与等調査の便宜の観点から、調査の必要が生じた都度、各遺跡発掘調査の現場ごとに「遺跡調査会」を発足させ、この遺跡調査会に調査を委託する方式(いわゆる「調査会方式」)を採用した。

そして、本件調査会以外の複数の遺跡調査会においても、本件調査会におけるのと同様、市教委社会教育課の職員が出向辞令や職務専念義務の免除等のないまま、同課の職務を行いつつ、各遺跡調査会の職員を兼務しており、本件調査会におけるBや被告Y1の場合も、その一例であった。

(イ) 被告町田市と本件調査会との間の本件発掘調査業務委託契約においては、次のような約定があった。

a 被告町田市は、必要があるときは、業務の内容を変更し、又は業務を一時中止することができる。この場合、契約金額又は履行期限を変更する必要があるときは、双方が協議して書面によりこれを定める。

b 業務の処理に関し発生した損害(第三者に及ぼした損害を含む。)のために必要を生じた経費は本件調査会が負担するものとし、町田市はその責を負わないものとする。ただし、その損害の発生が町田市の責に帰する事由による場合は、この限りでない。

c 被告町田市は、必要と認めるときは、本件調査会に対し業務の処理状況について調査し、又は報告を求めることができる。

d 本件調査会は、調査の実施に当たっては、日誌を作成するものとし被告町田市はその提出を求めることができる。

e 被告町田市は、必要と認める場合には、本件調査会に対して、調査の進捗状況について報告を求めることができる。

f 本件調査会は、業務を完了したときは、直ちに発掘調査報告書及び完了報告書を町田市に提出し、その検査を受けなければならない。

イ  前記基礎となる事実及び上記認定事実によると、<1>遺跡調査における発掘工事については、本来、事業者(本件では町田市都市緑政部)が発掘工事業者等との間で直接工事請負契約を締結することも可能であるが、遺跡調査は学術調査であり専門技術的能力が必要であったことから、被告町田市においては、埋蔵文化財の管理等に関する専門部署である市の教育委員会が遺跡調査に関与する便宜等の観点から、遺跡調査についていわゆる「調査会方式」を採用しており、本件遺跡調査についても、市教育委員会に所属する町田市職員を本件調査会の職員に充てるなどして本件調査会を発足させたのであり、<2>そのため、本件調査会の会長には市教委文化部長が充てられ、本件調査会の理事や事務局員には、市教育委員会から5人、事業者(町田市都市緑政部)から5人がそれぞれ充てられて、その組織の構成員の大部分を占めていたのであり、<3>本件調査会の事務局は、市教委社会教育課内に置かれ、職員は、いずれも出向辞令等を受けず、市教育委員会ないし町田市都市緑政部の職員としての身分を有したまま、職務専念義務の免除も受けずに本件調査会の職務にも従事し、かつ、その給与は、本件調査会からは支払われず、被告町田市のみから支払われていたところであり、<4>また、本件発掘調査による成果は事業者・委託者である被告町田市(都市緑政部)に帰属する関係にあり、発掘調査等の事業執行に要する資金もすべて被告町田市から本件調査会に交付される委託金からまかなわれていたのであり、<5>さらに、本件調査会の監査機関として監事が置かれていたが、これらの役職にも被告町田市の職員が充てられ、監事の職にある被告町田市の職員が収支決算報告書の監査をしていたというのである。

ウ  そうであるとすれば、本件調査会をもって被告町田市とは別個の権利主体である任意団体であったということができるとしても、上記のような被告町田市と本件調査会との関係、あるいは本件調査会の組織の実態・活動の目的等に照らせば、被告町田市においては、本件調査会が適正な業務執行を行うように本件調査会を監督すべき地位にあったものというべきであり、また、被告町田市は、その職員である被告Y1を、このような本件調査会の事務局員兼本件調査団の調査主任として、出向辞令も出さずに、かつ、職務専念義務も免除しないまま派遣し、さらに、その給与を全額負担していること等に照らせば、被告町田市においては、その職員である被告Y1が本件調査会において適正な業務執行を行うように監督すべき立場にあったものというべきである。

上記のところからすれば、被告町田市は、被告Y1が本件調査会の事務局員として、また、本件調査団の調査主任として行う業務についても、民法715条1項にいう「使用者」の地位にあったものと認めるのが相当である。

エ  また、上記のとおり、本件発掘調査は、被告町田市が事業者として計画していた公園の建設工事を進めるために行われたものであるところ、被告町田市においては、遺跡調査を円滑に実施する便宜から、その方法として、いわゆる「調査会方式」をとることとし、形式的には被告町田市とは別個の任意団体としての本件調査会を発足させ、本件発掘調査業務をこのような本件調査会に委託するという形式をとって調査を行ったものであること、上記のとおり、本件発掘調査の経費はすべて被告町田市の予算からまかなわれているばかりでなく、本件調査会の事務局は市教委社会教育課内に置かれ、本件調査会の会長は市教委文化部長が務め、事務局長は市教委社会教育課長が務め、また、職員も、被告Y1をはじめとして、職業専念義務の免除を受けずに兼務していたこと、被告Y1は、本件調査会の事務局員兼本件調査団の調査主任として、発掘調査に関連して具体的な発掘工事を指示・監督したり、発掘調査のために必要な人員の募集・手配をしたり、本件調査会から委託金の被告Y1が管理する調査団長名義の口座への振り込みを受けて、必要な現場経費の支払いをしたり、請求書や領収書を徴求したりしていたこと、等が認められるところであるから、被告Y1において、本件調査会が原告との間で発掘工事請負契約を締結することを前提として、原告に対し、発掘工事を行う土地の区域や発掘工事の内容・方法等を具体的に指示したり、契約書の締結の時期等について説明したり、工事請負代金等の支払に関して、その原資となる予算の状況を説明したり、請求書及び領収書の作成について指示、要請をする等の行為は、外形上は、被告町田市の上記公園の建設計画の遂行に必要な遺跡調査の実施に関する事務というべきであって、被告町田市の「事業ノ執行」につきなされたものと認めるのが相当である。

(2)  職務権限外であることについての原告の故意又は重過失の有無について

ア  被告町田市は、被告Y1の行為がその職務権限内において適法に行われたものでないことについて、故意又は重過失があったと主張するところ、ここでいう重過失とは、取引の相手方においてわずかな注意を払いさえすれば、被用者の行為がその職務権限内において適法に行われたものでない事情を知ることができたのに、それをせず、漫然これを職務権限内の行為と信じ、もって、一般人に要求される注意義務に著しく違反することであって、故意に準ずる程度の注意の欠缺があり、公平の観点から、相手方に全く保護を与えないことが相当と認められる状態をいうものと解するのが相当である(最高裁昭和44年11月21日第二小法延判決・民集23巻11号2097頁参照)。

イ  そこで、これを本件についてみると、確かに、前記1(2)に認定のような、被告Y1において、原告に対する本件工事に係る請負代金の支払を先延ばしするための口実として原告代表者に告げた「予算が減額されたので、支払えない。補正予算で何とか支払いたい。」とか、「新年度の予算に未払分を盛り込むようにして、支払いたい。」などという話の内容は、それ自体として不自然なものであるというべきであるし、そのような事実の有無等を他の本件調査会の関係者や被告町田市の職員に確認しようとしないまま、安易に被告Y1の説明を信じてしまった原告代表者の対応は、軽率であったとのそしりを免れないところである。しかし、原告代表者(昭和37年8月28日生)は、本件発掘工事を行った当時、未だ事業経営の経験が浅く現場の経験も乏しかったところであり(本件発掘調査の途中の平成5年に前社長の父親が死亡)、また、本件の発掘現場には普段から被告町田市の職員としては被告Y1しかいなかったことなどから、本件試掘調査の段階から原告に仕事の依頼をしてくれた、口がうまく、言い訳上手の被告町田市の職員である被告Y1の話を信頼してしまったものと認められるのである〔証拠略〕。

また、被告Y1の「別の工事現場の仕事で埋め合わせをする。」などという話も、それ自体としては不自然なものといわざるを得ないものであるが、既にそれまでの被告Y1の支払先延ばし作戦に乗せられてしまっていた原告代表者としては、被告町田市の職員である被告Y1の機嫌を損ねると却ってまずい結果になってしまうかもしれないという危惧もあって、深く詮索せずに、その話を信用しておこうという対応をしたものと窺われるところである。

そして、原告代表者が、被告Y1の依頼に応じて、平成5年度分の本件工事に係る虚偽の内容の請求書と領収書を作成したことは、それ自体として道義的に非難されるべき行為であり、かつ、自ら本件調査会に対する請求を困難にさせる行為であるといわざるを得ないが、原告代表者の立場からすれば、それは、上述のとおり、それまでの経緯などから、請負代金の支払を得るためには被告Y1の機嫌を損ねることはできないと思っている原告代表者の心理状態を見越した被告Y1の思惑に乗せられてしまったという側面を否定することはできないところである。

ウ  このようなところからすれば、原告代表者が、上記のように被告Y1に騙され、あるいはその口車に乗せられてしまい、本件調査会から本件工事に係る請負代金等の支払を受けられなくなってしまったことについては、通常なすべき注意を尽くしたものとはいえないとしても、公平の観点から原告を全く保護するに値しない程に著しく注意が欠けていたものとまでいうことはできず、重大な過失があったものと認めることはできないというべきである。

エ  しかし、前記1(1)イに指摘したように、もともと、本件調査会は、被告町田市が事業主体として設置することを計画した野津田公園の造成工事を実施するための必要から、被告町田市が発足させたものであって、その具体的な遺跡調査活動は、単年度ごとに、被告町田市との間で締結する本件調査業務委託契約及び変更契約に基づいて被告町田市から支払われる委託金を原資とするものであるから、本件調査会においては、各年度ごとに定められた委託金中の発掘工事の経費に充てるべき金額を超えて、複数年度にわたって、出来高払いの発掘工事請負契約を下請業者との間で締結するなどということをおよそ予定していないのであり、このことについては、遺跡調査に関する発掘工事を手がける業者として、既に町田市域における「調査会方式」による遺跡調査において、各遺跡調査会との間で発掘工事に関する委託契約を締結し、発掘工事を行った経験を有する原告においても、十分な認識を有していたはずのものである〔証拠略〕。

それにもかかわらず、原告代表者は、被告Y1の言動から、実際に行う発掘工事の全部について本件調査会から出来高に応じた請負代金の支払が得られるものと軽信し、本来各年度ごとに作成されるべき契約書が取り交わされていないのに、本件調査会が被告町田市から発掘工事に係る委託料分として交付を受けた各年度分の金額を全く確認しようとしないまま、被告Y1から指示されたとおりに発掘工事を実施したものであり、このため、原告は、本件工事に係る請負代金の支払に充てられるべき委託料の総額2億3982万1468円(上記1(1)エ)を超えて、7320万円余の経費を出捐することとなった(上記1(2)ウ)ところである。

そして、上記のような拡大損害の発生は、原告代表者の著しい不注意に基因するものというべきであり、公平の観点からしても、この損害については、原告に重大な過失があったものとして、被告町田市との関係において、原告に保護を与えないことが相当と認めるべきである。

(3)  被告町田市の民法715条1項ただし書後段の免責事由の有無について

被告町田市は、本件においては、民法715条1項ただし書後段が規定する免責事由がある旨を主張するところ、上記規定にいう「相当の注意をなすも損害を生ずべかりしとき」とは、相当の注意をしてもとうてい損害の発生を免れえない場合を指すものと解すべきであるが、前記のとおり、<1>本件調査会は、原告に本件発掘工事を行わせながら、各年度ごとにきちんと委託契約書を取り交わすことをしなかったのであり、<2>被告Y1の上司であり、平成5年度以降の決算事務に関与した専務主任のBも、原告との間の委託契約書の有無やその内容を確認しようとせず、被告Y1が作成した決算書類のチェック方法としては、請求書と領収書の金額が一致しているかどうかの確認程度のことしかしなかった(前記1(1))ア(エ))のであり、<3>また、Bは、本件発掘調査の現場に赴いて本件工事の進捗状況等を確認することもしておらず、<4>高額の市の予算が支出される本件発掘調査の現場は、現実には、被告町田市のたった一人の職員である被告Y1に、発掘工事の実施の指示・監督ばかりでなく、工事代金等の支払事務まで併せて任されていたところである。

このようなことからすれば、被告町田市においては、そもそも上記のような本件発掘調査に係る予算執行の実態に対応するような、適切な組織的な予算執行体制ないし監査体制を講じることを怠っていたものであることは明らかというべきであり、本件において、被告町田市が適切な予算執行体制及び監査体制を講じていたとしてもとうてい損害の発生を免れえなかったとの事情を認めるに足りる証拠はない。

(4)  不法行為による損害賠償請求権の時効消滅の有無

被告町田市は、被告Y1の本件不法行為による損害賠償請求権が時効により消滅していると主張する。

そこで、この点について検討すると、前記基礎となる事実及び上記1の認定事実によれば、原告は、本件工事に係る請負代金中平成4年1月分以降のもの及び本件レンタルに係る賃貸料中平成4年1月分ないし平成6年3月分について本件調査会から支払を受けていなかったが、いずれ支払が受けられるものと信じ、あるいは、本件工事代金等の支払という形ではないとしても、他の被告町田市の関係する事業の現場の工事の際に上乗せして支払ってもらうなど、何らかの方法で上記代金等の支払を受けられるものと考えていたところであるが、その後、被告Y1は平成7年9月末に被告町田市を退職してしまい、また、本件調査会も、平成9年3月末には本件発掘調査の整理を終え、解散してしまったところ、原告は、平成9年7月8日付けの法人税更正処分の通知を受け、そのころ、被告町田市を訪れるなどして、上記未払金が本件調査会において既払の扱いとなっていることを確認し〔証拠略〕、本件調査会から支払ってもらうことも事実上不可能となったことを認識したものと認められるところである。

以上の経過からすると、原告が、被告Y1の上記不法行為による損害及び加害者を知ったのは平成9年7月ころであると認めるのが相当であり、被告町田市が主張するように、原告において遅くとも本件工事を終了した平成6年4月には損害及び加害者を知ったものと認めるに足りる証拠はない。

そして、原告が本件訴訟を提起したのは平成11年10月18日であるから、被告Y1の上記不法行為に基づく損害賠償請求権は時効により消滅していないことは明らかである。

(5)  過失相殺について

上記(2)で検討したとおり、被告町田市が被告Y1の使用者として責任を負うべき範囲の原告の損害の発生については、重大な過失とまではいえないものとしても、高い程度の過失が認められるのであって、本件に顕れた諸事情を総合考察すれば、原告の過失割合は9割と認めるのが相当である。

そうすると、上記過失相殺後の原告の損害額は、前記1(2)ウの<1>の本件工事に係る請負残代金相当額2億2433万1011円と、同<3>の本件レンタルに係る賃貸料残金相当額の1413万2520円の合計額である2億3846万3531円から、その9割を控除した2384万6353円となる。

(6)  小括

上記のとおりであるから、被告町田市は、原告に対し、使用者責任に基づく損害賠償として2384万6353円及びこれに対する不法行為の後の日である平成11年6月2日から完済まで年5分の割合による金銭を支払うべき義務がある。

3  被告町田市の原告に対する国家賠償責任の有無について

前記のとおり、本件調査会は、被告町田市が事業主体として設置することを計画した野津田公園の造成工事を実施するために遺跡調査が必要となったことから発足させた任意団体であって、この遺跡調査は文化財保護法57条の2に基づくものと認められる。そして、このような土木工事に件う遺跡の発掘調査は、地方公共団体に限らず、埋蔵文化財の包蔵地について土木工事を行おうとする場合には、民間の開発業者も同様に発掘調査を行うべきものとされているのであって、文化財保護法は、このような土木工事の事業主体が地方公共団体であるか民間の開発業者であるかによって区別をし、地方公共団体の事業について特別の取扱いをしているものとは認められない。したがって、この関係での遺跡調査について、地方公共団体としての特段の行政目的の実現に向けた活動としての性格を見出すことは困難である。

また、調査会方式による発掘調査の実態としても、発掘工事は、調査会が土木・建築請負業者との間で、工事請負契約(工事委託契約)を締結するという方法により、実施するものであって、そこには通常の契約法理に支配された権利義務関係と異なる法的処理が予定されているものとは認めがたいところであり、この点は、本件調査会による発掘調査についても異なるところはない。

そうであるとすれば、本件において本件調査会の事務局員兼調査団の調査主任として被告Y1がした原告に対する発掘工事の指示や代金請求等についての指示・説明等も、一般の土木工事における発注者側の現場監督が請負業者に対してする指示等とその法的性質において異なるところはないとみるべきであるから、それが、「公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて」したものということは困難であるというべきである。

上記のところよりすれば、被告町田市は、被告Y1が本件発掘調査に関し原告に対してした行為について国家賠償責任を負う立場にはないというほかはない(ちなみに、国家賠償法4条は、国又は公共団体の損害賠償責任については、同法1条ないし3条の規定によるほかは、民法の規定を適用するものとしていることから、本件において、民法715条の使用者責任に基づいて損害賠償を求めることが、国家賠償法1条1項の規定に基づいて損害賠償を求める場合より原告に不利益になるという関係は生じない。なお、このように、本件については国家賠償法の適用がないところから、原告が、民法709条の規定に基づいて、被告Y1個人に対し不法行為に基づく損害賠償責任を追及することができることとなるのである。)。

4  原告の被告町田市に対する本件工事に係る請負残代金等請求について

前記のように、本件調査会は、被告町田市とは別個の権利主体として、本件発掘調査に関連する発掘工事等について、原告との間で本件工事に係る請負契約等を締結しその一部については代金等の支払をしたものと認められるものであるところ、原告が主張するように本件調査会が被告町田市自身の債務を免れる目的で設置された濫用的なものであると認めることはできないし、その他、本件において、本件調査会の解散に件い、当然に、被告町田市において、本件工事に係る請負残代金債務等を承継したものと認めるべき十分な根拠事実を見出すことはできない。

したがって、その余の点についてみるまでもなく、原告の被告町田市に対する本件工事に係る請負残代金等請求は、理由がない。

第7 結論

以上のとおりであって、原告の本件請求は、主文の限度で理由があるからこれらを認容し、その余はいずれも失当であるからこれらを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法65条、64条、61条を適用し、被告町田市に対する仮執行宣言については相当でないのでこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川勝隆之 裁判官 菊池絵理 村上誠子)

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