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横浜地方裁判所 平成12年(ワ)2704号 判決 2006年4月25日

原告

A野花子

他3名

上記四名訴訟代理人弁護士

大野裕

中西一裕

今村核

被告

神奈川県

上記代表者知事

松沢成文

上記訴訟代理人弁護士

金子泰輔

池田直樹

上記指定代理人

陶山和美

他13名

被告

B山松夫

他2名

上記三名訴訟代理人弁護士

金子泰輔

被告

C川竹夫

上記訴訟代理人弁護士

高田賢造

保田眞紀子

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主文

一  被告神奈川県は、原告A野花子に対し、二七五万円、原告A野一郎、同A野二郎及び同A野三郎に対し、各九一万三三三三円並びにこれらに対する平成九年七月一九日から各支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らの被告神奈川県に対するその余の請求及び被告B山松夫、同D原梅夫、同E田春夫及び同C川竹夫に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告らに生じた費用の九〇分の一と被告神奈川県に生じた費用の三〇分の一を被告神奈川県の負担とし、原告ら及び被告神奈川県に生じたその余の費用と被告B山松夫、同D原梅夫、同E田春夫及び同C川竹夫に生じた費用を原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。ただし、被告神奈川県が、原告A野花子につき一五〇万円、原告A野一郎、同A野二郎及び同A野三郎につき各五〇万円の担保をそれぞれ供するときは、その仮執行を免れることができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告神奈川県、同B山松夫及び同D原梅夫は、連帯して、原告A野花子に対し、五〇一三万六二三七円、原告A野一郎、同A野二郎及び同A野三郎に対し、各一六五一万二〇七九円並びにこれらに対する平成九年七月一九日から各支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  被告神奈川県、同E田春夫及び同C川竹夫は、連帯して、原告A野花子に対し、四五八〇万三〇〇〇円、原告A野一郎、同A野二郎及び同A野三郎に対し、各五六五万一〇〇〇円並びにこれらに対する平成九年七月一九日から各支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

第二事案の概要

亡A野太郎(以下「太郎」という。)の遺族である原告A野花子(以下「花子」という。)、原告A野一郎(以下「一郎」という。)、原告A野二郎(以下「二郎」という。)及び原告A野三郎(以下「三郎」という。)は、太郎が自動車を運転中に事故を起こして負傷し、自動車を停止し意識不明の状態で車内に横たわっていたにもかかわらず、被告神奈川県(以下「神奈川県」という。)が管理運営する神奈川県警察所属の警察官である被告B山松夫(以下「B山」という。)及びD原梅夫(以下「D原」という。また、以下B山及びD原を併せて「B山ら」という。)が、一一〇番通報を受けて現場に臨場した際、何ら救護措置をとることなく太郎を放置したため、太郎は死亡したなどと主張して、神奈川県に対して、国家賠償法一条一項に基づき、B山らに対して、民法七〇九条に基づき、連帯して、太郎の逸失利益等を原告らが各自の法定相続分に従って取得した額及び原告ら固有の損害の合計額(花子につき五〇一三万六二三七円、一郎、二郎及び三郎につき各一六五一万二〇七九円)並びにこれに対する不法行為の日である平成九年七月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた。

さらに、原告らは、太郎の司法解剖を担当した被告C川竹夫(以下「C川」という。)及び上記解剖に立ち会った神奈川県警察所属の警察官である被告E田春夫(以下「E田」という。また、以下C川及びE田を併せて「C川ら」という。)が、共謀の上、実際には上記解剖を行っていないのに、死体検案書に「解剖・有、直接死因・心筋梗塞」などと虚偽の記載をしたため、太郎の真実の死因が交通事故死であったにもかかわらず、病死による死亡保険料しか得られなかったなどと主張して、神奈川県に対して、国家賠償法一条一項に基づき、C川らに対して、民法七〇九条に基づき、連帯して、交通事故死による保険料と病死による保険料の差額等(花子につき四五八〇万三〇〇〇円、一郎、二郎及び三郎につき各五六五万一〇〇〇円)及びこれに対する前同日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた。

一  争いのない事実等(以下書証の枝番号は省略する。)

(1)  当事者

花子は太郎の妻であり、一郎、二郎及び三郎は、いずれも太郎と花子間の子である。

神奈川県は、神奈川県公安委員会の下に神奈川県警察を管理運営している地方公共団体である。

B山ら及びE田は、当時、いずれも神奈川県警察所属の警察官であり、B山らは、神奈川県警察本部保土ヶ谷警察署(以下「保土ヶ谷署」という。)地域第二課に、E田は、同署刑事課に、それぞれ所属していた。

C川は、元東邦大学医学部の法医学教授であり、横浜市内に横浜犯罪科学研究所(以下「研究所」という。)を開設して、昭和三五年以来、継続して神奈川県の監察医としての職務に当たっている。

(2)  太郎の死亡

太郎は、平成九年七月一九日午前〇時ころ、自己所有の幌付ジープ(《ナンバー省略》、以下「本件車両」という。)を運転中、自損事故(以下「本件交通事故」という。)を起こし、その後、横浜市保土ヶ谷区岡沢町八二番地先の三ツ沢上町交差点手前の右折専用車線停止線付近に本件車両を停止させた。

上記場所に停車したままの本件車両を目撃した通行人が、同日午前〇時一一分、一一〇番通報し、午前〇時二八分、通報を受けたB山らがパトカーで上記場所に到着した。

このとき、本件車両は、ハザードランプを点滅させ、エンジンをかけたままの状態で停車しており、運転席前のフロントガラスはひび割れ、左前輪タイヤがパンクし、前部左右のバンパーは凹損し、サイドミラーは破損していた。そして、太郎が本件車両内に横たわっていた。

B山らは、太郎を本件車両に乗車させたまま、同車両を運転して、横浜市保土ヶ谷区岡沢町八二番地所在の株式会社ホンダクリオ横浜三ツ沢店駐車場前(以下「ホンダクリオ前」という。)まで移動させたが、太郎に対する特段の救護措置は採らなかった。

翌朝、近隣の会社従業員が、本件車両内に横たわっている太郎を発見して、一一九番通報し、太郎は救急車で横浜市立市民病院に搬送されたが、午前一一時二二分、同病院において、死亡が確認された。

太郎の遺体は同日中に研究所に搬送され、E田による立会いの下、C川が死体の検案を行ったが、少なくとも頭部の解剖は実施されなかった。

(3)  死体検案書

C川は、上記死体検案後、同日付けで死体検案書(甲八)を作成した。同死体検案書中、直接死因欄には、「心筋梗塞」、解剖の有無欄には「有」との記載がある。

その後、C川は、平成九年八月二〇日付け死体検案書、同年一一月五日付け死体検案書、同年同月一〇日付け死亡証明書(上記三通につき、甲八)、平成一二年五月二五日付け死体検案書(甲三三)、同年七月一〇日付け死体検案書(甲三四)を作成しており、いずれの書面中にも、太郎の直接死因が心筋梗塞であること及び解剖を行ったことが記載されている。

二  争点及び当事者の主張

本件の争点は、(1)B山らによる救護義務違反の有無、(2)C川らによる不法行為の成否、(3)損害である。

(1)  争点(1)(B山らによる救護義務違反の有無)

(原告ら)

ア 救護義務違反の有無

(ア) 救護義務違反

警察官の重大な責務の一つとして、「個人の生命、身体及び財産の保護」(警察法二条)があり、この趣旨に基づき警察官職務執行法(以下「警職法」という。)三条一項は、「警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して」、「負傷者等で適当な保護者を伴わず」、かつ、「応急の救護を要すると信ずるに足りる相当な理由のある者」を発見したときは、「警察署、病院、精神病者収容施設、救護施設等の適当な場所において、これを保護しなければならない」旨を定めている。

しかしながら、警察官であるB山らは、本件車両が幹線道路の交差点手前の右折専用車線の停止線付近に停止していたこと、ハザードランプを点灯させていたこと、通行人から一一〇番通報があったこと、本件車両には事故の痕跡が顕著であったこと及び太郎が本件車両において意識不明の状態で倒れていたことなど、周囲の事情から合理的に判断すれば、太郎が負傷者等で適当な保護者を伴わず、応急の救護を必要としていたことが明白であったにもかかわらず、応急処置を採る、病院に搬送する、一一九番通報する、太郎の家族に連絡を取るなどの救護措置を採らずに太郎を放置した。

この重過失による救護義務違反の結果、太郎は早期の治療の機会を失い、死亡するに至ったのであって、B山らは民法七〇九条に基づき、原告らに対し、損害賠償責任を負う。

そして、神奈川県は、同県の公権力の行使に当たる公務員であるB山らが、同県の職務を行うについて、重大な過失により太郎を死に至らしめたのであるから、国家賠償法一条一項に基づき、原告らに対し、損害賠償責任を負う。

なお、上記太郎が死亡したことの損害の主張中には、救命(延命)可能性ないし期待権侵害の主張を含むものである。

(イ) 因果関係

太郎の死因は、交通事故の際、フロントガラスに頭部を強打し、ハンドルに胸部又は腹部を打ち付けたことによる外因死であると考えられるところ、後記主張のとおり、解剖が行われなかった本件において、それ以上に死因を特定することは困難であるが、想定し得る限りでは、急性硬膜外血腫又は急性硬膜下血腫が死因であった可能性が最も高く、この場合、血腫除去手術を受ければ予後は良好とされている。

したがって、B山らが、太郎を、速やかに最寄りの横浜市立市民病院に搬送していれば、太郎の生命を救うことができたといえるから、B山らの救護義務違反と太郎の死亡ないし救命(延命)可能性侵害との間には因果関係がある。

イ 公務員の個人責任

使用者が使用者責任を負う場合、被用者自身もまた被害者に対し直接責任を負うとされており、加害者が公務員の場合にこれと別異に解釈すべき合理的理由はないこと及び公務員個人に対する責任追及は、公務員に対する国民の監督的作用にとって極めて有効な手段であることからすれば、地方公共団体が国家賠償法一条一項に基づく責任を負う場合であっても、加害公務員に故意又は重過失がある場合には、当該公務員もまた、地方公共団体と連帯して、損害賠償の義務を負うというべきである。

本件は、人命救護という警察官の最も基本的な責務に関わる重大な義務違反であり、かつ、事故現場の状況からは太郎が応急の救護を要する状態であったことをB山らは十分認識していたのであるから、B山らには重過失があり、公務員の個人責任を免れない。

よって、神奈川県が国家賠償法上の責任を負う場合であっても、B山らは、原告らに対し、神奈川県と連帯して損害賠償責任を負う。

(神奈川県、B山ら)

ア 救護義務違反の有無

(ア) 救護義務違反の不存在

警職法三条一項によって救護義務が発生するか否かは、周囲の事情から合理的に判断すべきところ、B山らが太郎を発見した当時、①太郎は、B山らの働きかけに対し、腕を上げる、首を振るなどの反応を示したこと、②靴が運転席の床にそろえて前向きに並べられていたこと、③その靴の右横には腕時計が置かれていたこと、④太郎には外傷や着衣の乱れがなかったこと、⑤太郎の呼吸が規則正しかったこと、⑥車内に酒のような臭いがしたこと、⑦周囲に事故の痕跡はなかったこと、⑧対光反射実験に対して瞳孔反射が認められたことなどの周囲の状況から合理的に判断すれば、太郎は、単に疲労又は飲酒の影響により本件車両内で寝込んでしまったものと認められ、警職法三条一項にいう「でい酔」若しくは「病人、負傷者」などには該当せず、本件車両がその後安全な場所に移動されたことも併せ考えると、「応急の救護を要すると信ずるに足りる相当な理由のある」場合ではなかったといえる。

本件車両の損傷状況から、いずれかの場所で自過失事故を起こしたことが推認されたとしても、損傷の程度や、上記太郎の状況などからすれば、事故の存在と本件車両が三ツ沢上町交差点で停止し、同車両内で太郎が寝ていたこととの間に因果関係は認められないのであるから、結局、太郎に対する救護義務は発生しない。

したがって、B山らによる救護義務違反はない。

(イ) 因果関係の不存在

太郎は、心筋梗塞によって死亡したものであるが、その発症時期について、①発症後数時間以内の心筋梗塞の可能性及び②発症後数日程度を経た心筋梗塞である可能性が存在するところ、①の場合であれば、太郎が心筋梗塞を発症してから死亡するに至るまで極めて短時間であったことは明白であるから、B山らが救護措置を採っていれば太郎は死亡しなかったということはできない。

また、②の場合であれば、太郎は、心筋梗塞の発症後、本件当日に至るまで通常どおり日常生活を営んでいたところ、いつ死に至るほど重篤な症状に変化したのか明らかではなく、症状の変化が急激に生じた可能性もあるのであるから、B山らが救護措置を採っていれば太郎は死亡しなかったということはできない。

したがって、B山らの救護義務違反と太郎の死亡との間に因果関係はない。

なお、原告らは、太郎の救命(延命)可能性を主張するが、本件においては、警察官が注意義務を尽くして何らかの行為を行っていたならば、太郎が死亡した時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性があったとはいえないものである。また、原告らは期待権侵害について主張するが、この問題は医療過誤訴訟において展開されてきた論点であり、その本質は診療契約上の善管注意義務違反であるのに対し、本件は、警察官と一般市民との間の不法行為上の過失の問題であり、その本質は結果回避義務違反及び予見義務違反であるから、問題の性質が異なっている。実定法上定めのない抽象的な権利である期待権の侵害を理由とする損害賠償義務を肯定することは、損害賠償義務を際限なく拡大することになりかねないから、本件において期待権侵害を認めるべきではない。

イ 公務員の個人責任

国又は地方公共団体の公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えた場合には、その公務員が属する国又は公共団体がその被害者に対して賠償の責に任ずるのであって、公務員個人はその責を負わないと解すべきところ、B山らの行為が外形上公権力の行使に当たる公務員の職務行為として行われたことは明らかであるから、B山らは個人責任を負わない。

(2)  争点(2)(C川らによる不法行為の成否)

(原告ら)

ア 不法行為の成否

(ア) 不法行為

太郎は、本件交通事故の際、フロントガラスに頭部を強打し、ハンドルに胸部又は腹部を打ち付けたことによって死亡したものであるが、C川は、死体検案を担当した医師として、死因を究明の上、真実の死因を死体検案書に記載すべき義務を負っていた。ところが、C川は、太郎が交通事故によって死亡した可能性が高いことを認識しつつ、E田と共謀の上、あえて遺体の解剖を行わないまま、「解剖・有」、「直接死因・心筋梗塞」などと虚偽の事実を記載した平成九年七月一九日付け、同年八月二〇日付け、同年一一月五日付け、同年同月一〇日付け、平成一二年五月二五日付け、同年七月一〇日付け死体検案書をそれぞれ作成交付した。

すなわち、葬儀社従業員であるA田夏夫(以下「A田」という。)は、保土ヶ谷署の依頼で、平成九年七月一九日午後二時半ころ、太郎の遺体を研究所に搬送した。ところが、C川は、太郎の後頭窩穿刺を行って髄液が透明であることを確認したのみで、太郎の死因を心筋梗塞と判断したのである。その後、遺体は午後八時二〇分ころまでには原告らの自宅に搬送されたから、C川が太郎の遺体を解剖した事実はない。

C川が太郎の解剖をしなかったことは、以下の事情から明らかである。

①保土ヶ谷署は、B山らの救護義務違反を隠蔽するため、太郎の解剖を行わずに死因を病死であると偽る必要があったこと、②遺体を開いた状況を示す写真が一枚も撮影されておらず、頭部の解剖も行われなかったこと、③C川は、平成一二年一月三一日、太郎の解剖を前提に鑑定書を作成しているが、記憶に基づいて作成することが不可能なほどに詳細な内容に及んでおり不自然であること、④C川から太郎の臓器であると偽って提出された臓器(以下「本件臓器」という。)のうち、心臓本体と解剖立会報告書(乙A一七)に添付された写真の中の心臓とは形状が一致しておらず、本件臓器は第三者のものであるのに太郎の心臓として提出されたものであること、⑤太郎の遺体を搬送したA田は、C川が太郎の遺体を解剖しないで死因を心筋梗塞と断定した現場を目撃していること、⑥葬儀を依頼した葬儀社のB野秋夫(以下「B野」という。)及び原告らは、遺体に解剖痕がないことを現認していること、⑦本件臓器は、裁判所によるDNA鑑定(以下「B川鑑定」という。)及び検察官によるDNA鑑定(以下「C原鑑定」という。)の結果、太郎のものではないとされたことなどである。

以上①から⑦までは、C川が解剖をしなかったことの根拠となる事情である(以下「解剖を否定する事情①ないし⑦」という。)。

そして、C川らが虚偽の死体検案書を作成交付したことにより、原告らは、C川らが作成交付した死体検案書を、太郎の死因を証明する文書として共済金及び保険金請求の手続に用いることができなくなり、太郎が交通事故死であることの証明は著しく困難となった結果、原告らは、太郎が交通事故によって死亡した場合に得られるはずの自動車共済金及び生命保険金を受け取ることができないという損害を被った。

したがって、C川らが虚偽の死体検案書を作成交付した行為は、原告らに対する不法行為となる。

そして、神奈川県は、同県の公権力の行使に当たる公務員であるE田が、同県の職務の執行として死体検案に立ち会った際、C川と共謀の上、虚偽の死体検案書を作成交付して原告らに損害を加えたのであるから、国家賠償法一条一項に基づき、原告らに対し損害賠償責任を負う。

(イ) 因果関係

C川は、後記のとおり、仮に解剖を行っていなかったとしても、真実の死因が心筋梗塞であれば、死体検案書の記載は虚偽となるものではないし、「解剖・有」との記載部分が委嘱当局からの責任追及の対象になるとしても、遺族に対する不法行為にはならない旨主張する。しかし、原告らは上記(ア)記載のとおり、「解剖・有」と記載したことだけをC川の不法行為として主張しているわけではなく、C川の主張は失当である。

また、C川は、太郎の死因は交通事故による外因死ではなく、心筋梗塞による急性死であったと主張するが、死因が心筋梗塞であるか否かは、その遺体を解剖しなければ絶対に分からないことである。

さらに、C川は、原告らが交通事故による死亡保険金を得るためには、太郎の死亡と本件交通事故との因果関係を立証しさえすればよいのであるから、原告らが被った損害と、解剖の有無や太郎の死因とは無関係であると主張する。しかし、死亡保険金の請求に当たっては、請求者は医師の作成した死亡診断書又は死体検案書を添付することを要求され、保険実務上、これらによって死因が確定されるのであり、保険金請求訴訟においても同様に、死亡診断書又は死体検案書記載の所見が、死因を認定する最も重要な証拠方法として扱われる。したがって、本件のように、死因は心筋梗塞であると死体検案書に記載された場合、原告らが、太郎の死因は交通事故であると証明することは極めて困難となり、原告らは交通事故死による死亡保険金の給付を受けられないことになる。

以上のとおり、C川らが虚偽の死体検案書を作成した行為と、原告らが被った損害との間には因果関係がある。

(ウ) 反射的利益論

神奈川県及びE田は、後記のとおり、被害者が司法解剖のような捜査手続から受ける利益は、公益活動によって反射的にもたらされるにすぎないから、法律上保護されない旨を主張する。

しかし、原告らが主張する不法行為は、行政解剖、司法解剖、あるいはそれらを含む捜査手続中に位置づけられる行為ではなく、C川らによる虚偽の死体検案書の作成交付行為であるところ、死体検案書は、医師の診療を受けていない傷病等により死亡した者の死因などに対する医学的判断を証明する文書であって、人の権利義務の発生に関する証明文書として利用されることが本来予定されているから、保険金請求や労災申請の際に必要不可欠の書類として提出が求められており、死体検案書なしで死因を立証することは極めて困難である。

よって、原告らは、死体検案書の記載内容の真偽について、法律上保護されるべき直接的な利益を有しており、反射的利益にとどまるものではない。

イ C川の責任

(ア) 主位的主張(民法七〇九条)

裁判官が発付する鑑定処分許可状に基づいて鑑定を行う鑑定人は、裁判所ないし捜査機関の補助機関ではなく、独立に専門家として自己の見解を述べるにすぎないから、「公務員」には当たらない。

仮にC川が鑑定人ないし監察医として公務員に該当するとしても、C川による死体検案書の作成交付行為は、鑑定人としての職務でも監察医としての職務でもなく、死者を診察・検案した医師として行うべき職務にすぎない。すなわち、鑑定人に作成が求められているのは鑑定書であって、死体検案書ではないし、監察医に求められているのは遺体に犯罪と関係のある異状を認めたときの警察署長への届出であって、遺族に対する死体検案書の発行は、法律、政令、条例のいずれにも、監察医の職務として掲げられておらず、命令、強制などの権力的作用は全く存在しないから、国家賠償法一条一項の定める公権力の行使に当たる公務員の職務に該当しない。

したがって、C川は、上記行為について民法七〇九条に基づき損害賠償責任を負うというべきである。

これに対し、C川は、後記のとおり、死体検案書の作成交付行為は、公務員としての監察医が公権力の行使として行った検案や解剖に内包あるいは包摂される付随作用であり、切り離して考えるべきではないと主張する。しかし、死体検案書は、およそ死者を診察、検案した医師ならば、交付の請求があれば交付すべき義務を負う文書であり(医師法一九条二項)、監察医による検案や解剖が行われた場合であっても、死者を看取った監察医以外の医師が死体検案書を発行する場合もあるから、死体検案書の作成交付行為は、医師法一九条二項に基づく医師としての職務にすぎず、監察医の職務に内包あるいは包摂された付随作用であるとはいえない。

(イ) 予備的主張(公務員の個人責任)

仮にC川による死体検案書の作成交付行為が公権力の行使に当たる公務員の職務に該当するとしても、C川は故意により当該行為を行ったものであるから、上記(1)イで述べたとおり、神奈川県のみならず、C川個人も、原告らに対して損害賠償責任を負う。

ウ E田の責任

(ア) E田は、C川と共謀の上、虚偽の死体検案書を作成交付し、原告らに損害を与えたものである。

平成九年七月一九日当時、E田は、保土ヶ谷署の刑事課に所属しており、同日の宿直責任者であったが、B山らの救護義務違反によって太郎が死亡したことを知り、保土ヶ谷署の幹部と協議して、B山らの違法行為を隠蔽することにした。

そこで、E田は、太郎の遺体と共に研究所に赴き、C川に対し、太郎の死因について、「交通事故によるものではないことにしてほしい。」ないし「病死したことにしてほしい。」などと依頼し、C川はこれを了解して、解剖を行わずに、同日付け死体検案書(甲八)に「解剖・有」、「直接死因・心筋梗塞」と虚偽の記載をした。

このように、C川による虚偽の死体検案書の作成交付行為は、E田の依頼に基づくものである。

また、E田は、上記死体検案書について、「検視済」と記載して自ら署名押印しており、同日以降に作成した死体検案書については、E田の署名は存在しないが、上記死体検案書と記載内容はほぼ同一であるから、これと一体の作成交付行為であるといえる。

したがって、虚偽の死体検案書の作成交付行為は、C川とE田の共謀による共同不法行為となる。

なお、共謀の事実は共同不法行為成立の要件ではないので、仮に共謀が認められなくても、E田は共同不法行為責任を免れることはできない。

(イ) E田の上記不法行為は、公権力の行使に当たる警察官の公務の一環として行われたものであるが、故意による不法行為であるから、上記(1)イ記載のとおり、E田個人が損害賠償責任を負う。

エ 証明妨害による証明責任の転換

本件において、太郎が交通事故によって死亡したことを証明するためには、監察医による死体検案や解剖に関する記録及び警察の捜査記録が最も重要な証拠となるが、監察医による死体検案及び解剖に関する記録については、C川らの共謀によって死因は心筋梗塞であった旨の虚偽の記載がされており、捜査記録については、解剖時の写真が全く撮影されていないなど本来捜査機関が作成保有すべき証拠資料が作成されていない。

これは、被告らによる重大な証明妨害行為であり、最も公正であるべき警察及び監察医による死体検案書及び捜査記録の隠蔽ねつ造工作であって、証明妨害を受けたのは死因の立証に関する最も重要な証拠であることからすれば、太郎の死因に関する証明責任を転換して、太郎が交通事故死でないことの立証責任を被告らに負わせるべきである。

(C川)

ア 不法行為の成否

(ア) 解剖行為の存在

C川は、平成九年七月一九日午後七時四〇分から午後八時四〇分にかけて、研究所内において、E田及び保土ヶ谷署所属の警察官であるC山冬夫(以下「C山」という。)の立会いの下、太郎の遺体を解剖し、その心臓等を摘出した上、その死因を心筋梗塞であると判断し、その結果を死体検案書としてまとめたのであって、これを虚偽のものとする原告らの主張には理由がない。

C川が提出した本件臓器は、確かに太郎の臓器であり、これを別人のものであるとするB川鑑定及びC原鑑定については、鑑定試料が長期間にわたってDNA鑑定に適さない保管状況にあったという重大な問題点があり、到底信用できるものではない。

(イ) 因果関係の不存在

仮にC川が解剖を行っていなかったとしても、死因が心筋梗塞であれば、診断書の記載は虚偽とならず、「解剖・有」との記載部分について委嘱当局から責任追及されることはあり得ても、遺族からの損害賠償請求の対象にはならないから、「解剖・有」と虚偽の記載をしたことが、直ちに遺族に対する不法行為になるわけではない。

また、太郎の死因は交通事故による外因死ではなく、心筋梗塞による急性死なのであるから、原告らにはそもそも被侵害利益である交通事故による死亡保険金請求権が存在せず、C川による解剖の有無を論じるまでもなく、原告らの主張は失当である。

さらに、原告らが交通事故による死亡保険金を受けられるか否かは、本件交通事故と太郎の死亡との間の因果関係が立証できるか否かにかかっており、解剖の有無や死因の如何にかかわらず、原告らが、太郎の直接の死因は本件交通事故であると立証しさえすれば、交通事故による死亡保険金の請求は可能であって、原告らが死亡保険金を受け取れなかったのは、原告らが上記因果関係を立証できなかったためにすぎない。

したがって、仮にC川が解剖を行わずに、死体検案書に「解剖・有」、「直接死因・心筋梗塞」と虚偽の記載をしたとしても、そのことと原告らが被ったと主張する損害との間には何の因果関係もない。

(ウ) 債権侵害の故意の不存在

原告らは、C川が死亡保険金請求権を侵害したことが不法行為であると主張するが、債権侵害による不法行為が成立するのは、不法行為者において債権侵害の故意がある場合に限られる。

そして、C川は、死体検案書作成当時、原告らの死亡保険金請求権の存在及びこれを侵害することの認識はなかったのであるから、不法行為責任を負わない。

イ C川の責任

(ア) 主位的主張(民法七〇九条)に対して

C川は、監察医として、公共機関の委嘱を受けて、本来公共機関が行うべき公益目的の死体検案及び解剖を行うのであるから、公権力の一端を行使するものである。また、C川は、刑訴法一六八条に基づき鑑定人の立場から強制処分として司法解剖を行ったものであるが、司法解剖とは、遺族の承諾なく遺体を執刀し得る強制処分であり、強制的契機を含む公権力の行使そのものである。さらに、医師法一九条二項によれば、検案をした医師は、死体検案書を作成交付する義務を負い、正当の事由がなければ、これを拒むことはできないから、死体検案書の作成交付行為は、医師の検案及び解剖行為に内包あるいは包摂された付随作用というべきであり、死体検案書の作成交付行為のみを切り離して公務性の不存在を主張するのは不当である。

よって、C川による死体検案書の作成交付行為は、公務員による公権力の行使に該当するから、C川が個人責任を負うことはあり得ない。

(イ) 予備的主張(公務員の個人責任)に対して

公権力を行使する公務員に故意重過失がある場合には、国家賠償法一条二項により地方公共団体に求償権が発生するのみであって、同法の適用が排除されるわけではない。

ウ E田の責任

C川は、E田から原告らが主張するような依頼を受けたことはなく、E田が死体検案書の作成交付に加担した事実はない。

エ 証明妨害による証明責任の転換

原告らは、被告らが太郎は交通事故死ではないことを主張立証しなければならない旨主張する。しかし、C川が解剖をしなかったことも、死体検案書が虚偽であることも立証されたわけではない上、そもそも太郎が交通事故によって死亡したという根拠事実は全くないから、被告らが太郎は交通事故死でないことを主張立証すべきことにはならない。

(神奈川県及びE田)

ア 不法行為の成否

(ア) 不法行為

C川は、平成九年七月一九日午後七時四〇分ころから午後八時四〇分ころにかけて、研究所内において、E田及びC山の立会いの下、太郎の遺体を解剖した上、心筋梗塞が死因であると判断した。

解剖の事実は、E田及びC山が立ち会って現認しているほか、解剖時に撮影した心臓の写真など客観的資料が整っていることからも明らかである。

また、遺体に外傷は認められないから、太郎の死因を交通事故死であるとする原告らの主張は憶測にすぎない。

よって、「解剖・有」、「直接死因・心筋梗塞」とする死体検案書の記載はいずれも正しく、原告らの主張は理由がない。

(イ) 反射的利益論

司法解剖は、犯罪に起因する疑いのある死体について、犯罪捜査のために、捜査機関が死体の死因等の鑑定を専門家に嘱託し、嘱託を受けた者が裁判官の許可を受けて行う死体の解剖のことであり、まさに警察の捜査権限に基づいて行われる犯罪捜査のための解剖である。

そして、犯罪の捜査は、国家及び社会の秩序維持という公益を図るために行われるものであって、犯罪の被害者の被侵害利益ないし損害の回復を目的とするものではなく、被害者が捜査によって受ける利益は、公益上の見地に立って行われる捜査によって反射的にもたらされる事実上の利益にすぎず、法律上保護された利益ではないから、仮に司法解剖の過程において、原告らの期待する内容とは異なる結果が生じたとしても、そのことを理由として国家賠償法上一条一項所定の損害賠償を請求することはできないのであって、原告らの主張は失当である。

イ E田の責任

(ア) 上記(1)記載のとおり、B山らに救護義務違反はない上、E田は、B山らが本件を取り扱ったことを承知しておらず、B山らの措置と無関係に本件を処理したのであるから、E田がC川に対し、B山らの救護義務違反を隠蔽するため、虚偽の死因を記載した死体検案書を作成交付するように依頼することはあり得ない。

また、死体検案書とは、解剖した医師の責任で作成するものであるところ、平成九年七月一九日付け死体検案書(甲八)は、C川が、解剖を行った医師として、自己の責任で作成し、医師法一九条二項に基づき交付したものであって、E田が上記死体検案書に「検視済」と記載して署名押印した行為は、解剖に先立って司法検視を行ったことを証明するために実務上の慣行として行ったにすぎず、死体検案書の内容とは全く関係がない。

さらに、E田が署名押印したのは上記死体検案書のみであって、同日以降に作成交付された死体検案書については、E田は何も記載していないのであるから、上記死体検案書と記載内容が同一であることを理由にE田が責任を負ういわれはない。

したがって、E田は、死体検案書の作成交付に全く関与しておらず、C川と共に共同不法行為責任を負うことはない。

(イ) 仮にE田が死体検案書の作成交付行為に何らかの関与をしたとしても、E田の行為は公権力の行使に当たる公務員の職務行為に該当し、E田が個人責任を負わないことについては、上記(1)イ記載のとおりである。

ウ 証明妨害による証明責任の転換

原告らは、証明妨害による証明責任の転換を主張するが、解剖に関しては乙A第一七号証(解剖立会報告書)の写真が撮影されているなど、所要の証拠資料は作成されており、原告らの主張は失当である。

(3)  争点(3)(損害)

(原告ら)

ア B山らによる救護義務違反に基づく損害

(ア) 太郎に生じた損害

① 逸失利益 四八〇七万二四七五円

太郎は、本件交通事故当時、学習教材の販売店を経営していた満五四才の健康な男性であり、B山らの救護義務違反によって死亡しなければ、満六七才に至るまでの一三年間、同店において稼働することが可能であった。

よって、基礎収入を六八七万七四〇〇円(平成九年賃金センサス、企業規模計・産業計・大卒男子労働者平均)として、三〇パーセントの生活費を控除し、就労可能年数一三年に対応するライプニッツ係数九・九八五六を乗じて中間利息控除を行うと、上記金額となる。

② 慰謝料 三〇〇〇万円

太郎は、適切な救護措置を一切採られることなく、愛する家族を残して死亡し、生命又は救命(延命)可能性若しくは期待権を侵害されたことによって、多大な精神的苦痛を被ったものであり、この精神的苦痛を慰謝するには上記金額をもって相当とする。

(イ) 相続

上記(ア)の合計は七八〇七万二四七五円であり、原告らはこれを各自の法定相続分(花子につき二分の一、一郎、二郎及び三郎につき各六分の一)に従って相続すると、その額は、花子につき三九〇三万六二三七円、一郎、二郎及び三郎につき各一三〇一万二〇七九円となる。

(ウ) 原告ら固有の損害

① 葬儀費用 花子につき一五〇万円

② 文書料 花子につき一〇万円

③ 慰謝料

花子につき五〇〇万円、一郎、二郎及び三郎につき各二〇〇万円

原告らは、太郎を失ったことに加え、B山ら及び神奈川県が、原告らに対し、一切謝罪することなく虚偽の説明を繰り返していることにより、多大な精神的苦痛を被ったものであり、この精神的苦痛を慰謝するには上記金額が相当である。

④ 弁護士費用

花子につき四五〇万円、一郎、二郎及び三郎につき各一五〇万円

(エ) 合計

以上を合計すると、花子につき五〇一三万六二三七円、一郎、二郎及び三郎につき各一六五一万二〇七九円となる。

イ C川らによる不法行為に基づく損害

(ア) 得べかりし保険金等

① 自動車共済金 一八〇〇万六〇〇〇円

太郎と全国労働者共済生活協同組合連合会(以下「全労済」という。)は、平成九年六月、共済契約を締結した。

原告らは、太郎が交通事故により死亡したとして、全労済に対し、自損事故傷害及び搭乗車傷害の各共済金合計二八〇〇万六〇〇〇円の支払を求めたが、全労済は、C川が「解剖・有」、「直接死因・心筋梗塞」との死体検案書を作成していることを根拠に、太郎が交通事故により死亡した証明がないとして、同共済金の支払を拒絶した。

そこで、原告らは、全労済に対し、共済金の支払を求める訴訟を提起し(東京地方裁判所平成一一年(ワ)第一六〇五一号事件、以下「共済金支払請求訴訟」という。)、平成一四年九月二〇日、全労済が原告らに対し、解決金一〇〇〇万円を支払う旨の和解が成立した。

太郎は交通事故によって死亡したのであるから、原告らは本来共済契約に基づき、共済金二八〇〇万六〇〇〇円の支払を受けることができるはずであったのに、C川らによる虚偽の死体検案書の作成交付行為によって、上記解決金一〇〇〇万円の支払しか受けることができなかったものであり、その差額である一八〇〇万六〇〇〇円の損害を被った。

② 死亡保険金・死亡共済金 二七五〇万円

太郎は、花子を受取人として、自らの死亡に備えて、後記のとおり、保険契約及び共済契約を締結していた。

上記保険契約及び共済契約に基づいて支払われる保険金及び共済金は、被保険者が交通事故によって死亡した場合、病死の場合に比べて高額に定められているところ、花子は、交通事故死による保険金及び共済金を受け取ることができるはずであったのに、C川らによる虚偽の死体検案書の作成交付行為によって、病死の場合の保険金及び共済金の金額の限度でしか受け取ることができなかった。

よって、以下のとおり、交通事故死の場合に得られる額と、病死の場合に得られる額との差額が花子に生じた損害となる。

ⅰ 郵便局 一〇〇〇万円

交通事故死の場合 二〇〇〇万円

病死の場合 一〇〇〇万円

ⅱ 日本生命保険相互会社 一〇〇〇万円

交通事故死の場合 二〇〇〇万円

病死の場合 一〇〇〇万円

ⅲ 生活協同組合コープかながわ 五〇万円

交通事故死の場合 二〇〇万円

病死の場合 一五〇万円

ⅳ 神奈川県民共済生活協同組合 七〇〇万円

交通事故死の場合 八〇〇万円

病死の場合 一〇〇万円

(イ) 相続

原告らは、上記(ア)①記載の自動車共済金一八〇〇万六〇〇〇円を各自の法定相続分に従って相続したので、その額は、花子につき九〇〇万三〇〇〇円、一郎、二郎及び三郎につき各三〇〇万一〇〇〇円となる。

(ウ) 慰謝料

花子につき五〇〇万円、一郎、二郎及び三郎につき各二〇〇万円

虚偽の死体検案書を作成交付する行為は、刑事司法の適正と国民の信頼を揺るがす極めて悪質な行為である上、原告らは、C川らが、一切謝罪することなく虚偽の説明を繰り返していることにより、多大な精神的苦痛を被ったものであるから、この精神的苦痛を慰謝するには上記金額が相当である。

(エ) 弁護士費用

花子につき四三〇万円、一郎、二郎及び三郎につき各六五万円

(オ) 合計

以上を合計すると、花子につき四五八〇万三〇〇〇円、一郎、二郎及び三郎につき各五六五万一〇〇〇円となる。

(神奈川県、B山ら及びE田)

ア B山らによる救護義務違反に基づく損害について

原告らの主張は争う。

イ C川らによる不法行為に基づく損害について

原告らの主張は争う。原告らは、病死の場合に支払われる保険金と、事故死の場合に支払われる保険金との差額を損害として請求するが、上記差額は当該保険会社に請求すればよいのであって、被告らが損害賠償責任を負ういわれはない。また、原告らは、全労済の自動車共済について、和解による解決金と、支払われるはずであった保険金との差額が損害になる旨主張するが、原告らは、裁判上の和解により解決金の支払を受け、全労済に対するその余の請求を放棄したものであって、損害とはならない。

(C川)

原告らの主張はすべて争う。

第三争点に対する判断

一  争点(1)(B山らによる救護義務違反の有無)について

(1)  B山らの採った措置等

前記争いのない事実等に《証拠省略》を総合すれば、以下の事実が認められる。

ア 太郎(昭和一八年四月二二日生まれ)は、生前、「D田社」という名称で、学習雑誌や教材等の販売業を営んでいた者であるが、自営業であったため、時間にとらわれず仕事に出かけることが多く、外出時には、家族に対し、行先や帰宅時刻を告げないことがあった。

イ 太郎は、平成九年七月一八日午後六時二〇分過ぎ、本件車両で仕事に出かけたが、同日午前〇時ころ、通称大池道路を常盤台方向から三ツ沢上町方向へ進行中、後記二認定のとおり、心筋梗塞を発症し、横浜市保土ヶ谷区峯沢町一七四番地所在の電柱、同一五八番地所在の電柱及び道路標識支柱、同五四番地所在の電柱、同四五番地所在の電柱にそれぞれ本件車両左側を接触させたほか、本件車両右前部をいずれかの場所に衝突させるという自損事故を起こした。

その結果、本件車両には、運転席前のフロントガラスに右端から約一二センチメートル、上端から約八センチメートルの部位を中心に放射状にガラス面の外面がささくれるような状態のひび割れ(縦約三一センチメートル×横約五五センチメートル)が生じたほか、左前輪のタイヤがパンクし、左前輪フェンダーの先端部が全般に凹損擦過しており、左フェンダーミラーが脱落し、右前部のバンパー及びフェンダーが凹損するなどの損傷が生じた。

しかし、太郎は、そのまま大池道路を抜け、県道一三号線に出た所で一旦停止後に右折し、本件車両を三ツ沢上町交差点手前の右折専用車線停止線から約一〇メートル手前に至って停車し、ハザードランプを点滅させて、エンジンをかけたままの状態で意識を失った。

同月一九日午前〇時一一分、交差点内にジープが止まっているとして、目撃者から保土ヶ谷署に対する一一〇番通報があり、前後して、同所付近を通りかかったD川一夫(以下「D川」という。)も、本件車両に事故の形跡があり、信号が青に変わっても動かないことを不審に思って一一〇番通報した。

ウ そのころ、保土ヶ谷署所属の地域警察官であったB山らは、横浜市岩間町付近をパトカーで警ら中であったが、同日午前〇時一九分、本署から「一一〇番通報、三ツ沢上町交差点内にジープが駐車しているので現場に向かい調査せよ。」との指令を受け、駐車苦情事案であると判断し、三ツ沢上町交差点へ向かった。B山らは、同日午前〇時二八分、同所に到着して停車中の本件車両を発見し、同車両後方にパトカーを停車させた。

D原が、運転席側ドアを開けて、車中を確認したところ、太郎は、頭を助手席に載せ、両足の膝を立てて運転席に載せた状態で、仰向きに横たわっていた(なお、本件車両の運転席と助手席とは独立した作りになって離れており、両座席間にコンソールボックスなどは設置されていないことから、両座席の間は空いてその下が直接床になっている。)。

その際、太郎には、呼吸の乱れは特に認められず、外傷や着衣の乱れもなく、犯罪の被害者であるとの疑いはなかったが、車内には酒のようなかすかな臭気がしており、運転席側の座席床に置かれた太郎の靴の上には吐瀉物があった。

そこで、B山らは、太郎及び車内の状況から、太郎本人が同交差点まで運転してきたが、眠り込んでしまったものと判断したことから、D原が、右手で太郎の左膝を軽くたたきながら、「起きてください。」と数回声をかけたが、太郎は目を覚まさなかった。

また、B山らは、本件車両の損傷状況を見て、本件車両を事故車であると認め、事故現場を特定するため、本件車両の停車場所周辺を確認したが、事故の痕跡を見つけることはできなかった。

B山らは、このまま本件車両を交差点付近に停車させておくと、交通の妨げになる上、後続車の交通事故を誘発する危険があると判断し、本件車両を安全な場所に移動させようと考え、B山が、太郎の両足を左肩にかつぐような状態で運転席に乗り込んで本件車両を運転し、現場から約二五メートル離れた脇道にあるホンダクリオ前まで移動させた上、エンジンを切ってサイドブレーキを引き、本件車両を停車させた。

D原は、助手席側のドアを開けて、太郎の肩を揺すりながら再度太郎に声を掛けたが、やはり太郎は目を覚まさなかった。

B山らは、警察内部において、泥酔者と脳内出血者を見分ける手段として、対光反射実験の訓練を受けており、瞳孔に光を当てても瞳孔の収縮が認められなければ脳内出血を起こしていることを疑う必要があると指導されていたため、D原が、懐中電灯の光を太郎の瞳孔に当てたところ、太郎の瞳孔は収縮した。(なお、対光反射実験とは、瞳孔に光を当てて瞳孔の収縮反射の有無を確認する診断方法であり、脳内出血の診断をする上で重要な情報源であるとされており、頭蓋占拠性病変による意識障害では比較的初期から対光反射消失に至るが、代謝障害による意識障害では対光反射は末期に至るまで保たれるなど、病変による意識障害患者すべてに対して万能な診断方法というわけではない。)。

その後、B山らは、身元を確認するために太郎の運転免許証を探したが、発見できなかったことから、無線機で保土ヶ谷署にナンバー照会をしたところ、同日午前〇時四九分、本件車両の所有者として太郎の氏名及び住所が判明した。

しかし、B山らは、太郎は信号停止中に飲酒ないし疲労の影響により睡魔に襲われて本件車両内で眠ってしまったにすぎず、そのうち目を覚まして自力で帰宅するであろうと考え、太郎に対し格別な救護措置を採ったり、太郎の自宅に連絡したりすることなく、更には保土ヶ谷署に対し、太郎が車内に横たわっていることを報告することもなく、単に「運転手現れ移動させて結了した」旨を報告するや、再び通常の警ら活動に戻った。

エ 太郎は、本件車両内に放置されたまま、同日午前三時ころ、後記二認定のとおり、心筋梗塞によって死亡した。

(2)  救護義務違反の有無

ア 警察法二条は、警察官の責務として「個人の生命、身体及び財産の保護」を定めており、警職法三条一項二号は、これに関連して、警察官が、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して、迷い子、病人、負傷者等で適当な保護者を伴わず、応急の救護を要すると認められる者に該当することが明らかであり、かつ、応急の救護を要すると信ずるに足りる相当な理由のある者を発見した場合には、これを保護しなければならないとして、警察官の保護義務を定めている。

ところで、上記「迷い子、病人、負傷者等」とは、自救能力のない者の例示であると解されるから、警察官は、周囲の事情から合理的に判断して、生命、身体及び財産に危害が及ぶ切迫した危険があり、自分では危害から身を守ることができず、応急の救護を要すると信ずるに足りる相当な理由のある者を発見した場合には、その者を保護する義務を負っており、警察官が、このような者を発見しながらこれを保護しなかった場合には、救護義務の違反があったものとして不法行為責任を免れないというべきである。

イ そこで、本件につきこの点を検討すると、前記(1)認定のとおり、①本件車両には多数の破損箇所があり事故に遭遇した形跡が顕著であったのであるから、事故車両であることが一見して明らかであったこと、②太郎は、幹線道路の交差点右折専用車線上において、停止線から約一〇メートルも手前の位置に、ハザードランプを点滅させた状態で本件車両を停車させ、運転席と助手席の座席シートは独立して離れていたにもかかわらず、助手席に頭を、運転席に両足を載せて横たわっていたものであって、運転中に眠気を感じて停車して寝てしまったにしては、停車状況及び太郎の仰臥の姿勢が極めて不自然であったこと、③車内には酒のようなかすかな臭気があったにすぎず、B山ら自身も太郎を泥酔者ではないと認識していたこと(なお、《証拠省略》によると、太郎は酒を飲んでいなかったと認められる。)、④太郎は、D原が何度も呼びかけながら膝をたたいたり肩を揺すったりした上、B山が太郎の両足を肩にかついだ状態でパンクした本件車両を移動させるなど、相当の外部刺激を受けたにもかかわらず、一度も目を覚ましたり、言葉を発することもなかったことが認められ、これらの事実からすれば、太郎は、B山らが臨場した当時、単に眠っていたのではなく、身体に異常を来して相当重度の意識障害に陥っていたことは客観的にみて明らかであったと認められる。してみると、このような状況の下では、B山らとしては、太郎において、生命ないし身体に危害が及ぶ切迫した危険があり、自分では危害から身を守ることができずに応急の救護を必要としていたことを認識することが可能であったというべきである。

ウ これに対し、神奈川県及びB山らは、救護措置を採らなかった理由として、①太郎は、B山らの働きかけに対し、腕を上げる、首を振るなどの反応を示したこと、②靴が運転席の床にそろえて前向きに並べられていたこと、③その靴の右横には腕時計が置かれていたこと、④太郎には外傷や着衣の乱れがなかったこと、⑤太郎の呼吸が規則正しかったこと、⑥車内に酒のような臭いがしたこと、⑦周囲に事故の痕跡はなかったこと、⑧対光反射実験に対しては瞳孔反射が認められたことなどを挙げて、救護義務の発生する状況ではなかった旨主張する。しかし、前記(1)認定のとおり、太郎は心筋梗塞を発症して意識障害に陥り、B山らが現場に臨場した約二時間後には死亡したものであるから、太郎がB山らの働きかけに対して腕を上げる、首を振るなどの反応を示したとのB山らの供述はにわかに信じ難いものである。また、仮に上記主張事実がすべて認められたとしても、上記イの①ないし④の諸事情に照らすと、周囲の事情から合理的に判断して、B山らにおいて、太郎が応急の救護を必要としていたことは十分に認識することが可能であったというべきであるから、神奈川県及びB山らの主張は、これを採用することができない。

エ よって、B山らは、太郎に対し、救急車を手配したり、自ら病院に搬送するなどの救護措置を採るべき義務を負っていたというべきであるから、B山らが、上記イの①ないし④の諸事情を認識しながら、単に太郎は眠っているものと軽信し、何らの救護措置を採ることも、保土ヶ谷署や太郎の自宅に太郎の存在を報告することもなく太郎を放置した行為は、個人の生命を保護する義務を負った警察官として、その義務を怠ったものといわざるを得ない。

したがって、B山らには、救護義務に違反した過失が認められる。

(3)  救護義務違反と太郎の死亡との因果関係

そこで、B山らによる救護義務違反と太郎の死亡との因果関係について検討すると、B山らが現場に臨場した当時、太郎の病状がどのようなものであったかについては、これを認めるに足りる的確な証拠はなく、それに対する治療方法やその効果は不明であるところ、前記(1)認定のとおり、太郎の心筋梗塞の病変が悪化し、約二時間後には死亡するに至っていることに照らすと、B山らが救護義務を尽くしていれば太郎を救命できたという高度の蓋然性は認められず、救護義務違反と太郎の死亡との因果関係を認めることはできない。

したがって、B山らの救護義務違反による太郎の生命侵害を理由とする原告らの神奈川県及びB山らに対する損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

(4)  延命可能性の侵害について

原告は、救護義務違反によって延命可能性が侵害された旨主張するので、この点について判断する。

ところで、医師が過失により医療水準にかなった医療を行わなかったことと患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないけれども、上記医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明される場合には、医師は、患者が上記可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負うものと解される(最高裁判所平成一二年九月二二日第二小法廷判決・民集五四巻七号二五七四頁参照)。

上記最高裁の判例は、医師の患者に対する医療行為について判断されたものであるが、その趣旨は、生命の維持が人にとって最も基本的な利益であること、医療を受ける患者は医師に依存する立場にあること、これに対し、医師は法制上も認められた独占的、専門的な地位にあること、医師は患者の生命の維持に最善を尽くすべきであることなどの医師と患者との特殊な関係に伴う事情から、たとい医師の過失と患者の死亡との間の因果関係が証明されない場合においても、その患者の生存について相当程度の可能性が証明されたときは、これを被侵害利益として、過失のあった医師に対し不法行為上の損害賠償責任を認めたものと考えられる。

これに対し、本件は、警察官が一般市民を過失により救護せず、一般市民が死亡した場合である。しかし、警察官については、専門的職業人として市民の安全を保護するために、警職法上、保護義務が定められ、市民の生命維持のために最善を尽くすことが期待されていることは、前記(2)アのとおりである。そして、本件については、前記のとおり、B山らは一一〇番通報によりパトカーで急行し現場に臨場したこと、B山らに発見された太郎は生命に危険のある状態であったところ、その生命の維持はB山らの救護に全面的に依存していたこと、B山らが一一九番通報をし、又はパトカーで太郎を最寄りの病院へ搬送することが困難であるとするような特別な事情もなかったことが認められるのであるから、このような生命の維持が問題となる緊急の場合には、上記の判例の趣旨に照らし、太郎の延命可能性を法的に保護すべき利益ととらえることができるものと解すべきである。

そこで、太郎の延命可能性を本件についてみると、《証拠省略》によれば、太郎は、軽いアルコール性肝炎になったことがあるほか、胸の痛みを訴えて結婚式への出席を取りやめたことがあるのみで、大病を患ったことのない健康な五四才の男性であったと認められること、前記(1)認定のとおり、太郎は、対光反射実験に対して瞳孔収縮反射を示したこと、B山らが三ツ沢上町交差点を離れてから二時間程度はなお生存していたこと、その間、太郎は本件車両内に放置されたままであり、死亡するまで一切の治療行為を受けていないことに照らすと、仮に太郎が直ちに病院に搬送され、病状に即した適切な治療を受けていれば、相応の治療効果が得られ、太郎の死期を遅らせることができた可能性を否定できないものと認められる。そうすると、B山らが適切な救護措置を採っていれば、太郎がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性があったと認めるのが相当である。

してみると、B山らは、太郎を救護しなかった過失により、太郎の上記延命可能性という保護法益を侵害したものと認められる。

したがって、B山らは、救護義務違反によって、太郎の延命可能性を侵害したことについて過失による不法行為責任を負うというべきである。

(5)  神奈川県の責任

B山らは、神奈川県の公権力の行使に当たる公務員であり、前記(1)認定の事実によると、職務執行中に上記不法行為を行ったものであるから、神奈川県は、原告らに対し、国家賠償法一条一項に基づき損害賠償義務を負う。

(6)  公務員の個人責任

原告らは、地方公共団体が国家賠償法一条一項に基づく責任を負う場合であっても、加害公務員に故意又は重過失がある場合には、当該公務員もまた損害賠償義務を負うと主張する。

しかしながら、公権力の行使に当たる国又は地方公共団体の公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、その公務員が属する国又は地方公共団体が、その被害者に対して賠償の責任を負うにすぎず、公務員個人はその責任を負わないものと解すべきであるから、原告らの主張は採用できない。

よって、原告らのB山らに対する請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

二  争点(2)(C川らによる不法行為の成否)について

原告らは、C川が遺体を解剖した事実がないのに、「解剖・有」、「直接死因・心筋梗塞」などと虚偽の死体検案書を作成した旨を主張する。

これに対し、C川ら及び神奈川県は、平成九年七月一九日午後七時四〇分から午後八時四〇分にかけて、C川が、研究所内において、E田及びC山の立会いの下、太郎の遺体を解剖し、その心臓等を摘出した上、その死因を心筋梗塞であると判断した旨を主張する(なお、C川が太郎の頭部を解剖していないことは、前記第二の一(2)のとおり、当事者間に争いがない。)。

そこで、C川ら及び神奈川県が解剖したと主張する上記時間帯の前後の状況等について検討する。

(1)  前記争いのない事実等に《証拠省略》を総合すれば、以下の事実が認められる。

ア 平成九年七月一九日の経緯等

(ア) 太郎は、平成九年七月一九日午前三時ころ、ホンダクリオ前に移動された本件車両内で死亡した。朝にやってようやく、同社従業員が太郎に気づき、午前一一時六分、救急車を手配し、警察に一一〇番通報した。

太郎の遺体は、午前一一時一五分ころ、救急車で横浜市立市民病院に搬送され、同一一時二二分、死亡が確認された。

(イ) E田は、保土ヶ谷署刑事課所属の巡査部長として、同日(土曜日)午前八時半から翌二〇日の午前八時半までの予定で当直勤務を担当し、夜間や休日に管内で発生した事件及び事故の取扱業務に当たっていた。E田は、当直主任であったE原警部補(以下「E原」という。)から、岡沢町の自動車の中で変死があったとして本件の取扱いを指示され、午前一一時四五分ころ、E原と共に現場に向かった。

また、保土ヶ谷署地域課和田町交番所属の巡査部長であったC山も同様に、午前八時半から翌日の午前八時半までの予定で同交番において在所勤務に当たっていたが、本署から本件の取扱いを指示され、現場に向かった(以下、E田、E原及びC山を併せて「E田ら」という。)。

なお、B山らは、本件を駐車苦情事案として扱い、運転手が現れて車両を移動させた旨を保土ヶ谷署に報告して事件処理を終えていたことから、本件は、その旨一一〇番受理簿に記載されたにとどまった。そのため、交通事故としては記録に残らず、翌日の当直員であるE田らに対する引継ぎも行われなかったことから、この時点で、E田らには、太郎の身元及びB山らが前夜に本件を取り扱った事実は判明していなかった。

(ウ) E田らが現場に臨場した際には、既に太郎は横浜市立市民病院に搬送されており、E田らは、本件車両の状況確認等を行った後、遺体の状況を確認するため、午後〇時四五分、同病院に向かった。

E田らは、太郎の死亡を確認したA川一子医師から、死後数時間経過していることや、血液検査の結果、カリウム値が非常に高く、心臓の病気かもしれないことなどの説明を受けた。

その後、E田らは、同病院の救命処置室において、遺体を詳細に検視し、死体硬直が全関節に現れていること等を確認し、写真(乙A三)を撮影するなどした上、その結果を保土ヶ谷署に報告すると共に、保土ヶ谷葬儀社のA田に連絡を取って遺体を保土ヶ谷署に搬送するよう依頼した後、午後一時半ころ、保土ヶ谷署に戻った。

(エ) 保土ヶ谷署では、本件車両のナンバーから太郎の身元を確認して、花子に対し、遺体確認のための出頭を依頼した。午後三時五〇分ころ、連絡を受けた花子及び三郎が来署し、E田らの案内で遺体と本件車両を確認した。

花子は、本件車両の損傷状況から、太郎が交通事故に遭ったものと考え、E田に事故の詳細を尋ねた。これに対し、E田は、夕べから保土ヶ谷署管内通報は一件もないこと、本件車両が停車していたホンダクリオ前は事故現場ではないこと、三ツ沢近辺をくまなく探したが事故現場が見つからないことなどを説明した。

その後、当直員であるB原巡査長が花子から太郎の病歴等について事情聴取を行ったところ、花子は、太郎が最近、胸が苦しいと訴えて親戚の結婚式を欠席したことがあったこと、一〇年ほど前に軽いアルコール性肝炎にかかったことがあることなどを説明した。

E田は、花子の事情聴取に同席していたが、途中で席を外し、横浜地方検察庁に対し、事案を説明して、遺体の取扱いにつき、行政手続によるべきか司法手続によるべきかの検事指揮伺いを行った。

その際、E田は、本件に犯罪性はないと考え、まず遺体を行政解剖に付して死因を究明し、途中で犯罪死体であると判明した場合に、司法解剖に切り替えるのが相当である旨の意見を添えた。この間、花子は太郎の遺体の解剖承諾書に署名押印して保土ヶ谷署に差し入れた(なお、犯罪に関係がないと思われる遺体は行政解剖の対象となり、法律上遺族の承諾が必要であるが、監察医が解剖する場合には遺族の承諾を得る必要はない〔死体解剖保存法七条、八条〕。ただし、実務上は、監察医による行政解剖の場合であっても遺族の承諾を受けて行うことが多い。一方、犯罪に関係があるか、犯罪に関係する疑いがある遺体は司法解剖の対象となり、遺族の承諾は必要ないが、鑑定処分許可状〔以下「許可状」という。〕が必要となる。)

その後、しばらくしても検事指揮の回答が戻ってこなかったため、E田は、先にC川の研究所に遺体を搬送し、そこで検事指揮の回答を待つことにした。

この間、A田の応援要請を受け、保土ヶ谷葬儀社の関連会社である株式会社デンエン葬祭(以下「デンエン葬祭」という。)のC田とD野が来署し、A田は葬儀の準備のため保土ヶ谷署を離れた。

(オ) E田、C山及び当直員であったE山巡査長(以下「E山」という。)は、C田とD野に遺体の搬送を依頼した後、研究所へ向かい、午後五時半ころ遺体と共に同所に到着すると、遺体を解剖台の上に乗せて、C川に対し、本件車両の損傷状況や遺体の発見状況等について説明を始めた。

そのとき、E田の下へ検事指揮の回答は司法解剖であるとの連絡が入り、E田は、C川に対し、司法解剖を行うために許可状の請求を行うので、少し時間がほしいこと及び許可状が出るまでの間、遺体を研究所に置かせてほしいことを告げて了承を得た。

E田とE山は、C山を研究所に残して、許可状請求の準備をするため保土ヶ谷署に戻り、そのころ完成した花子の調書など、許可状請求に必要な書類を取りまとめたが、横浜市立市民病院で撮影した写真がまだ現像されておらず、許可状請求の疎明資料として必要になる遺体の写真がなかった。

そこで、E田とE山は、午後七時三〇分ころ、再び研究所へ戻ってポラロイドカメラで遺体の写真を撮影し、本件車両についての写真撮影報告書(乙A一八)末尾にこれを添付した上、E山のみが横浜地方裁判所へ許可状請求に向かい、E田はそのまま研究所に残って、C川に対し、再び本件車両の損傷状況や遺体の発見状況などについて説明した。

この時点で、まだ許可状は発付されていなかったが、C川は、そのうち許可状が発付されるであろうとの見込みをもって、午後七時四〇分ころ、検案に着手し、遺体の顔面や頭部及び胸部を触って外表検査を行ったり、後頭窩穿刺によって髄液が透明であることを確認し、脳や胸部等に異常はない旨を説明するなどした。

その後、午後八時二五分になって、許可状が発付され、午後八時四〇分ころ、E山は許可状を携えて研究所に戻ったが、既に遺体は研究所の外で待機していたC田とD野によって白装束を着せられて納棺の上、葬儀社の車両に戻された後であった。

(カ) その後、C川は、死因は心筋梗塞であることや、その他の解剖所見を記載し、同日付けの死体検案書(甲八)と死体検案調書(甲一六)を作成した。E田は、上記死体検案書に検視済みであることを記載して、署名押印した。

(キ) 以上の経過をたどり、E田及びC山は、午後一〇時ころ、保土ヶ谷署に戻り、同じころ、遺体もD野及びC田の搬送により保土ヶ谷署に戻った。

他方、原告らは、自宅の斜め前に有限会社B野典礼(以下「B野典礼」という。)が所在していたことから、太郎の葬儀を同社に依頼することとし、同社の従業員が一郎を伴って保土ヶ谷署に太郎の遺体の引取りに向かい、遺体は保土ヶ谷署において、デンエン葬祭からB野典礼に引き渡された。

その後、遺体はB野典礼によって原告らの自宅へ搬送された。

(ク) C川の報酬として、死体検案書代金六〇〇〇円が葬儀会社の立替えで原告らから支払われ、死体解剖費四万円及び死体検案費五〇〇〇円が神奈川県警察から支払われた。

以上に対し、原告らは、「A田は、保土ヶ谷署の依頼で、平成九年七月一九日午後二時半ころ、太郎の遺体を研究所に搬送した。C川は、後頭窩穿刺を行って髄液が透明であることを確認したのみで、太郎の死因を心筋梗塞と判断し、解剖の手続をしなかった。その後、遺体は午後八時二〇分ころまでには原告らの自宅に搬送されたから、C川が太郎の遺体を解剖する時間的余裕はなく、これを解剖した事実はない」旨を主張し、《証拠省略》の各供述記載及び供述中には一部これに沿う部分があるが、上記各供述記載及び供述は、デンエン葬祭の平成九年七月一九日の運転日報に「現場終了時間 一三時四五分」、「警察終了時間一六時五〇分」、「監察終了時間 二一時四〇分」、「安置終了時間 二二時〇〇分 他社引渡し」とそれぞれ記載されていること、鑑定処分許可請求書の横浜地方裁判所での当直受付印が「9、7、19 午後7時45分」と記載されていること等の客観的記録に反しており、採用することができない。

イ 解剖に関する書類

E田は、上記死体検案書及び死体検案調書記載の解剖所見等を自己の私的な備忘録(乙A一九)に手書きのメモとして残し、これを基にして、平成九年七月二二日に検視調書(甲一七、乙A三五)、同月二三日に解剖立会報告書(乙A一七)を作成した。

上記解剖立会報告書の末尾には、解剖時に撮影したとして、バットに載せられた心臓の写真が三枚添付されているが、他に解剖時の状況を撮影した写真は存在しない。

ウ 原告らの抗議とそれに対する保土ヶ谷署の対応

(ア) 原告らは、本件交通事故の詳細を知りたいと考え、平成九年七月二二日、自ら三ツ沢上町交差点周辺で聞き込み調査を行い、D川が本件車両を目撃したという情報を得たが、同人は休暇中であり連絡を取ることができなかった。

一方、保土ヶ谷署も、事故現場を特定するための捜査を開始し、峰沢町所在の電柱等に事故の痕跡を発見した。そこで、保土ヶ谷署は、同月二四日、この電柱等に付着した物質と本件車両の材質とを照合するため、同月二一日に既に原告らに返還していた本件車両を再び提出してもらい、花子の甥の立会いの下、本件車両から資料の採取を行った。

保土ヶ谷署は、本件交通事故の捜査を行う中で、B山らが事件当日、一一〇番通報を受けて出動し、本件車両を移動させていたことを知ったが、この事実を直ちに原告らに伝えなかった。

(イ) 同日、太郎の告別式が行われ、太郎の遺体は荼毘に付された。

(ウ) 花子は、同月二五日、D川の休暇が明けるのを待って電話し、事件当日にD川が一一〇番通報し、警察官が出動して本件車両をホンダクリオ前に移動させたことを初めて知った。

花子は、この事実に驚愕すると同時に、保土ヶ谷署に対する強い怒りを覚え、直ちにE田に対し、保土ヶ谷署が警察官出動の事実を隠蔽し、原告らを騙したとして激しく非難した。

保土ヶ谷署は、同月二六日午前、原告らに対し経過説明を行うことにし、保土ヶ谷署副署長及び刑事課長が原告ら宅を訪問した。

しかし、原告らは、副署長らによる説明に納得せず、本件を実際に取り扱ったE田及びB山らから直接事情を聴くことを強く要求したため、副署長らは、同日午後、E田及びB山らを伴って、改めて説明に訪れた。

原告らは、警察は何か都合の悪いことを隠すため、B山らが出動した事実や事故現場を隠していたものと考え、席上、その疑いを追及すると共に、B山らが救急車を呼ばなかったことを責め、「解剖はしたのか、胸や腹も開いたのか、頭はどうか。」、「頭部は解剖したのか。」などと問い質した。

副署長らは、原告らの上記疑いを否定し、B山らが太郎を放置したのは、同人が単に眠っているにすぎないと判断したためであることや、頭部の解剖は行わなかったが腹部の解剖はしたことなどを説明した。

(エ) しかし、原告らは、上記説明に納得できず、同日以降、継続して保土ヶ谷署に対する抗議を続け、同年一〇月六日には、太郎の車両が電柱に衝突したことが記載された交通事故証明の交付を受けたが、その後も不信感を募らせ、次第に太郎は交通事故によって死亡したものであり、解剖は行なわれなかったのではないかとの疑いを強めた。

エ 原告らの抗議とそれに対するC川の対応

(ア) 原告らは、平成九年一〇月一七日、研究所を訪問すると、C川に対し、警察が交通事故の存在を隠していたことや、太郎は交通事故によって死亡したことなどを主張して、死体検案書の死因欄の訂正を求めたが、C川には警察が事故の存在を隠していたとの事情が飲み込めず、死因は心筋梗塞であるとしてこれを拒んだ。

しかし、C川は、原告らから強い要求があったことと、交通事故証明が発行されたことを考慮して、同年一一月五日、原告らによる再度の申請に応じて死体検案書を発行するに際し、死亡の原因欄に、直接死因が心筋梗塞であることに加えて、その他の身体状況として、「普通貨物自動車を運転NTT電柱等三ヶ所に衝突した交通事故」と記載した。

(イ) 他方、花子は、平成九年一一月六日ころ到達の手紙で、C川に対し、警察が交通事故の存在を隠していたという事情を説明し、車の保険が下りることを念願している旨を訴えた。しかし、花子は、当時もなおC川が太郎を解剖しなかった等の疑念を抱いていることを指摘することはなかった。

(ウ) 原告らは、その後も何度かC川から死体検案書の交付を受けたが、死亡の原因欄に交通事故の記載が加わったのみで、直接死因は依然として心筋梗塞とされていることに憤り、平成一〇年九月二三日、横浜地方検察庁に対し、遺体に解剖痕はなかったという花子の供述や、原告らがC川に支払った六〇〇〇円は解剖費用として安すぎるというB野の供述などを根拠として、横浜地方検察庁に対し、虚偽診断書作成罪でC川を告訴した。また、同時にB山らについても保護責任者遺棄致死罪で告訴した。

さらに、平成一一年九月ころから、本件が、当時社会的な問題となっていた神奈川県警察の不祥事の一環として報道機関の注目を浴びるようになり、C川が解剖を行わなかったという疑惑が新聞やテレビで報道されることになった。

(エ) C川は、このような状況の推移に危機感を覚え、自己が認定した心筋梗塞との死因が正しいことを証明して、自己防衛の必要性を感じ、平成一一年九月一四日、後輩である東京医科大学医学部教授A山二夫(以下「A山」という。)に対し、平成九年七月一九日に解剖した五四才男性の臓器であるとして、「9/7/19 保土ヶ谷A野太郎五四才」と記載されたラベルが貼付され、濃度一〇パーセントのホルマリン溶液の入った厚手のビニール袋に保管したままの状態の本件臓器を預け、プレパラート標本の作製と、死因についてのセカンドオピニオンを依頼した。

なお、本件臓器は、C川の研究室の流し台の収納場所に他の臓器と共に保管されていたものであり、その内訳は、心臓本体一個及び臓器片二一個(心臓、肺臓、肝臓、腎臓、脾臓、膵臓)である(以下、各臓器につき「本件」と付して記載する)。

A山は、平成一一年一〇月末ころまでに本件臓器の一部を切り出してパラフィンブロック標本(以下「本件ブロック標本」という。)及びプレパラート標本(以下「本件プレパラート標本」という。)を作成して、顕微鏡による病理組織的検査を行った結果、新旧混在性の心筋梗塞が認められ、殊に新病変は左右の両室壁の広範囲に及ぶものであり、陳旧性心筋梗塞による長期にわたる左心機能不全状態にあった心臓に、死亡する数日前に左右両室に及ぶ広範な急性心筋梗塞が起こり、死亡したものと判断した。

(オ) このような経過の中、C川は、検察官による捜査に対し、解剖を行ったことの証左として、解剖時に本件臓器を摘出して保管している旨申述し、平成一二年一月一四日、研究所において、検察庁により本件臓器の写真撮影が行われた。C川は、平成一二年二月二六日、原告ら訴訟代理人と面会したが、その際にも本件臓器の保管を示唆した。

結局、C川の虚偽診断書作成罪及びB山らの保護責任者遺棄致死罪は不起訴処分となったが、C川が本件臓器を保管していることを知った原告らは、同年三月二一日、東京高等検察庁に対して、C川の不起訴処分に対する不服申立てを行い、本件臓器のDNA鑑定の実施を求めた。

(カ) その後、C川は、同年七月一〇日、原告らが東京地方裁判所に提起した別件訴訟である共済金支払請求訴訟の証人尋問において証人として出頭し、原告ら訴訟代理人が本件臓器の提出を求めたのに対し、法的な手続を踏むのであれば、提出に応じる旨の証言をした。

(2)  解剖の有無について

前記のとおり、原告らは、C川が太郎の遺体を解剖した事実はない旨を主張するのに対し、C川ら及び神奈川県は、平成九年七月一九日午後七時四〇分ころから午後八時四〇分ころまでの間に太郎の解剖を行った旨を主張する。

しかし、前記(1)において認定した事実、特に①E田は、花子から太郎の遺体に関する解剖承諾書を入手した上で太郎の遺体を研究所に搬送し、許可状の発令を待っていたところ、保土ヶ谷署は許可状の発付を受けるや、直ちにこれをE田に届けたこと、②この間、C川は、許可状の発令を前提として、E田及びC山の同席の下、同日午後七時四〇分ころ、太郎の遺体の外表検査や後頭窩穿刺を開始し、その後午後八時四〇分ころまでの約一時間にわたって遺体は研究所に存在したこと、③太郎の解剖所見等を記載した検視調書、解剖立会報告書、備忘録、死体検案書、死体検案調書が所定の手続に従ってそれぞれ作成され、神奈川県警察からC川に死体解剖費用が支給される等通常の司法解剖を前提とした処理が行われたこと、④解剖立会報告書の末尾には、解剖時に撮影した太郎の臓器の一部としてバットに入れられた心臓の写真三枚が添付されていたこと、⑤C川は、他者の臓器と同様、本件臓器をホルマリン液の入ったビニール袋に保管していたが、同袋には太郎の氏名が記載されていたこと等太郎の遺体の解剖が実施されたと認められる一連の客観的状況があり、現場にいたC川、E田及びC山はこれに沿う詳細で具体的な供述をしていること、C川らが遺体に解剖痕がないことを隠蔽するために格別の手段を講じた形跡もうかがえないことに照らすと、C川は、平成九年七月一九日午後七時四〇分ころから午後八時四〇分ころにかけて、研究所内で、E田及びC山の立会いの下で、太郎の遺体を解剖し、その心臓等を摘出した上、その死因を心筋梗塞と判断し、死体検案書に太郎の死因を「心筋梗塞」と記載したものと認めるのが相当であるから、原告の前記主張は到底採用できない。

(3)  解剖を否定する事情①ないし⑥について

原告らは、C川が解剖しなかったとする主要な根拠として、前記のとおり、解剖を否定する事情①ないし⑥(前記第二の二(2)ア(ア)を主張するので、検討する(なお、同事情⑦については後記(4)のとおりである。)

ア 救護義務違反隠蔽の必要性(解剖を否定する事情①)について

原告らは、保土ヶ谷署が、B山らの救護義務違反を隠蔽するために、解剖を行うことなく、死因を交通事故死ではなく病死であると偽ったと主張するところ、捜査記録について、保土ヶ谷署が実際は解剖していないのに解剖したとする虚偽の文書を作出した可能性について検討すると、保土ヶ谷署は、平成九年七月一九日以降の捜査の過程で、B山らが深夜出動していた事実を知るに至ったことは前記認定のとおりであるから、保土ヶ谷署にとって、司法解剖を命じられていながら、あえて解剖を行わず、虚偽の記録を作出しなければならないような特別の理由ないし必要性は、これを認めることができない。

また、《証拠省略》によれば、①解剖立会報告書の末尾に添付された心臓の写真三枚については、ネガ(乙A二五)が存在しており、平成九年七月二二日に発生した自殺事件の現場が撮影されたコマが、心臓が撮影されたコマの直後に連続していること、②保土ヶ谷署が撮影した写真の現像は神奈川県警察本部鑑識課(以下「鑑識課」という。)が行っているところ、保土ヶ谷署では、ネガに処理番号をつけ、各ネガごとに、鑑識課に送付した日付、ネガ及び現像した写真が保土ヶ谷署に戻ってきた日付、撮影月日、事件名、取扱者の氏名、撮影枚数及び鑑識課がネガに付したフィルム番号を集中写真整理簿(乙A二八)に記載してネガを管理しており、上記心臓が撮影されたネガについても、送付月日を七月二四日、撮影月日を七月二二日、事件名を「当直事件 司法解剖心臓 自殺未遂」として、集中写真整理簿に記載していること、③E田の備忘録(乙A一九)は、E田が捜査内容を日常的に記載している私的な覚書であり、固定式のノートであってページの差し替えは不可能であること、そのメモの記載内容についても、改ざんされた形跡はないことが認められ、これら時系列に沿って作成されている書証の性質からすれば、後日、虚偽の記録を作出することは非常に困難であると認められる。

したがって、保土ヶ谷署がB山らの救護義務違反を隠蔽するために、解剖したとの虚偽の報告文書を作出したということはできない。

イ 本件解剖の不自然性(解剖を否定する事情②③)について

原告らは、遺体を開いた状況を示す写真が一枚も撮影されておらず、頭部の解剖も行われていないから、本件解剖が不自然であると主張する。

太郎の頭部の解剖が行われていないことは当事者間に争いがなく、前記(1)イにおいて認定したとおり、解剖時の写真として存在するのは心臓の写真三枚のみであって遺体を開いた状況での写真は撮影されていないところ、一般に、行政解剖又は司法解剖を行う際には、原則として、頭腔、胸腔及び腹腔を解剖し、写真化・記録化に努めるべきであって、司法解剖の場合は犯罪捜査に関連してより詳細な解剖を行うものとされており、C川も、司法解剖においては通常は頭部を解剖し、遺体を開いた写真を残していることからすれば、本件解剖は、司法解剖として異例なものであったといわざるを得ない。しかも、本件解剖において、頭部の解剖を行わず心臓の写真しか残していない理由について、合理的な説明はされていない。

また、原告らは、C川は平成一二年一月三一日になってから本件解剖について鑑定書(甲一五)を作成しているが、その内容が記憶に基づいて作成することは不可能なほど詳細であって不自然である旨主張している。

確かに上記鑑定書は、各臓器の重さや大きさの測量結果に至るまで事細かに記載した非常に詳細なものであり、これらすべてを記憶して再現し作成することはやや困難であると認められる。

この点、C川は、本人尋問において、本件解剖中に自ら臓器の計測を行い、手袋についた血をぬぐったり手袋を取り替えたりしながらメモをとった旨供述し、C川の陳述書(乙B一四)にもこれに沿った記載部分がある。しかしながら、E田及びC山は、C川が解剖中に臓器の計測を行ったりメモをとったりするところは見ていない上、C川の供述するようなメモの取り方をしながら、わずか一時間程度の間にこれほど詳細な解剖を行うことができたかも疑問であって、C川が解剖に熟達していたことを考慮しても、上記鑑定書に記載されたとおりの詳細綿密な解剖行為があったとみることはできない。

したがって、これらの事情からすれば、本件解剖は、本来詳細に行うことが要求される司法解剖として、不適切なものであったといわざるを得ないが、これらは解剖が行われたこと自体と矛盾する事実ではないところ、前記(2)記載の諸事情に照らせば、いまだ解剖は行われたとの前記認定を覆すに足りない。

ウ 第三者の臓器の提出(解剖を否定する事情④)について

原告らは、本件臓器のうち、心臓本体と解剖立会報告書に添付された写真の心臓とは形状が一致しておらず、本件臓器は太郎のものではない第三者の臓器が提出されたものであると主張する。

しかし、本件臓器中には心臓本体以外にも、心臓本体から切り離されたとみられる複数の心臓細片が存在しており、これら細片と写真撮影された心臓とは、必ずしも形状が一致しないとまではいえないから、心臓本体と解剖立会報告書に添付された写真中の心臓の形状が必ずしも一致しないことから直ちに本件心臓と写真撮影された心臓が同一のものではないということはできない。

また、本件臓器について、C川が実際は解剖していないにもかかわらず、第三者の臓器を太郎の臓器であると偽って提出した可能性について検討すると、上記(1)エ(エ)(オ)(カ)記載のとおり、C川は、本件臓器をA山に預けて死因についてのセカンドオピニオンを求め、検察官及び原告ら訴訟代理人に対し本件臓器の所持を明言し、東京地裁において本件臓器の提出に応じる旨の証言をするなど、自ら進んで本件臓器の存在を明らかにしたものである。

しかし、解剖時に摘出した臓器を保管するか又はこれを廃棄するかは医師の裁量の範囲内に属する事項であって、C川が本件臓器の所持を公言しなければ、本件臓器の存在が社会に知られることもなく、本件臓器が太郎に由来する臓器であるといえるかについて、DNA鑑定が行われることはなかったものである。そして、前記認定のとおり、C川が解剖を行わなかったとの疑惑が報道され、本件が刑事事件の捜査対象になっている状況の下で、本件臓器の所持を明らかにすれば、そのDNA鑑定が行われることは、法医学者であるC川にとって、容易に想定できる事態であったものと考えられる。してみると、C川が、実際は太郎の臓器を所持していないのに、自ら太郎の臓器を所持しているとの虚偽の事実を主張し、太郎の臓器であると偽って第三者の臓器を提出することは極めて危険性が高く、これを避けるのが通常というべきである。このような事情からすると、C川が偽って第三者の臓器を提出したと考えることは困難である。

エ 目撃証人(解剖を否定する事情⑤)について

原告らは、太郎の遺体を搬送したA田が、C川が解剖をせずに死因を心筋梗塞であると断定した現場を目撃した旨を主張する。

しかし、前記(1)ア(エ)において認定したとおり、A田は、デンエン葬祭のC田とD野に太郎の遺体の搬送を任せ、自らは葬儀の準備のために保土ヶ谷署を離れ、研究所には赴かなかったのであるから、研究所で現場を目撃したとのA田の証言は虚偽であり、上記主張を認めることはできない。

オ 遺体の解剖痕の不存在(解剖を否定する事情⑥)について

原告らは、遺体に解剖痕はなかったと主張しており、花子、一郎の原告ら本人尋問、B野の証人尋問及びその陳述書中にはこれに沿う部分がある。

しかし、前記(1)ウ、エ認定のとおり、①原告らは、平成九年七月二六日、保土ヶ谷署副所長らと面談して、警察の責任を追及し、「解剖はしたのか。」などと詰問したのに、遺体に解剖痕はなかった旨の主張は全くしていないこと、②同年一一月六日、花子がC川に宛てた手紙の中で、警察が交通事故を隠したことを訴えたり、太郎の死亡原因を交通事故であるとして死体検案書の死亡欄の訂正を求めたが、解剖の有無については、これを何ら問題にしていなかったこと、③平成一〇年九月一日付けのC川を被告訴人とする告訴状においては、花子は解剖痕を見ていないこと及び原告らがC川に支払った六〇〇〇円は解剖費用として安すぎるとB野が供述していることを主張しながら、B野が解剖痕はなかったと目撃し供述している旨を全く記載していないこと等に照らすと、原告ら及びB野は、本件紛争の当初には、解剖痕はなかったという主張をしていなかったことが認められる。

しかしながら、遺体に解剖痕がなかったのであれば、C川による解剖が行われていなかったことは明らかであるから、その事実を第一に指摘してしかるべきところ、原告ら及びB野がこれを問題としなかったことは、保土ヶ谷署及びC川の責任を追及していた原告らの立場からしていかにも不自然である。

また、遺体に解剖痕がないことを目撃した時の状況について、B野及び一郎は、遺体を保土ヶ谷署から引き取った後、棺を移し替える際に白装束がはだけて胸元が見えた旨供述し、二郎及び三郎は、通夜の晩に、遺体の傷痕を確認しようと胸や腹を確認した旨供述する。しかし、《証拠省略》によれば、遺体の上には一個五キロ程度のドライアイスが八個載せられており、遺体は胸の上で手を組んでいたことが認められるから、ドライアイスによる白装束の凍結と死後硬直の影響で、容易に白装束がはだける状態にはなかったとみるのが相当である。

そして、花子は、遺体に解剖痕がないことを現認した時の状況について、遺体を引き取った日の午前三時ころ、遺体の胸元をはだけて、太郎が事故の際に強打したと思われる辺りを一時間ほどなで回し、その後、白装束を脱がせて着物に着替えさせようとしたが、手を組んでいて脱がすことができなかったのでこれを諦めたと供述する。しかし、容易に白装束がはだける状態になかったことは上記のとおりである上、そのような状態で遺体の白装束を一人で着替えさせることは困難であることが明らかであるから、花子が上記のふるまいをしたと供述するのは、当時の状況に合致しない内容といわなければならない。

したがって、B野及び原告らの太郎の遺体に解剖痕がなかった旨の前記各供述部分は、いずれも採用できない。

以上のとおり、原告らの主張する解剖を否定する事情①ないし⑥は、いずれも解剖の事実を否定する事情であるということはできない。

(4)  DNA鑑定(解剖を否定する事情⑦)について

ア 原告らは、B川鑑定及びC原鑑定によると、本件臓器は太郎のものではないことが判明したとし、これを根拠としてC川が太郎の遺体を解剖した事実はない旨を主張する。

しかしながら、以下に述べるとおり、上記両鑑定結果の信用性には疑問が残り、直ちにこれらを採用することはできない。

イ DNA鑑定の経緯及び結果等

《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。

(ア) DNA鑑定の経緯

① B川鑑定

原告らは、平成一二年一〇月一二日、本件臓器の鑑定を申し立てたことから、当裁判所は、これを採用し、平成一三年四月六日、C川から本件臓器及び本件プレパラート標本六七枚の提出を受け、鑑定事項を、①上記臓器ないし標本と原告らとのDNA鑑定その他の親子鑑定により、本件臓器ないし標本が太郎の死体の一部であると認められるか、②上記臓器ないし標本から考えられる死因、③その他参考事項、と定めて、日本大学医学部教授B川三夫(以下「B川鑑定人」という。)に対し、鑑定を命じた。

その後、当裁判所は、同年八月三一日、B川鑑定人の要望に応じて本件ブロック標本一八個を鑑定試料として追加交付した。

ところが、B川鑑定人は、平成一四年三月二八日及び四月四日、当裁判所に対し、ホルマリン漬けの本件ブロック標本については、DNA鑑定が困難であり、ブロック標本間で異なるDNAが検出されているところ、異なるDNAが検出された時点で鑑定を終了するのであれば、鑑定書の作成は可能だが、提出されたすべての本件プレパラート標本や本件ブロック標本について個々に検討するのであれば、膨大な時間と費用が必要となる旨を報告した上、同年四月八日、自ら進んで、中間報告書を当裁判所に送付し、鑑定を続行すべきかどうかについて指示を仰いだ。

そこで、当裁判所は、同年七月一七日、鑑定の続行を依頼し、B川鑑定人は、平成一五年三月三一日、鑑定書を提出した。

② C原鑑定

横浜地方検察庁の検察官は、平成一五年九月一七日、当裁判所が保管中の本件臓器、本件ブロック標本及び本件プレパラート標本を押収し、筑波大学社会医学系法医学教授C原四夫(以下「C原鑑定人」という。)に対し、①上記臓器ないし標本と原告らの血液とのDNA鑑定その他の方法により、上記臓器ないし標本に太郎の死体の一部が含まれていることが認められるか、②上記臓器ないし標本から考えられる死因、③その他参考事項、について、鑑定を嘱託した。

C原鑑定人は、平成一六年三月二五日付けで鑑定書を作成した。

③ 私的鑑定

C川は、平成一六年四月二一日、株式会社ティーエスエルに対し、本件ブロック標本のうち、当裁判所に提出していなかったものを提供して、DNA型による個体識別を依頼し(以下「私的鑑定」という。)、同年一一月一日には、当裁判所から本件心臓及び本件ブロック標本の一部について返還を受け、同年一二月、同社の鑑定試料として追加した。

私的鑑定の鑑定書は、平成一七年四月五日に作成された。

(イ) DNA鑑定の結果

以上各鑑定の結果は、おおむね以下のとおりである。

なお、B川鑑定及びC原鑑定において、原告らのDNA型検査については、原告らの血液を採取してこれを鑑定試料としている。

① B川鑑定

ⅰ 予備実験として、平成九年ころに解剖して日本大学医学部法医学教室に保存してあったブロック標本から切片を切り出し、DNAを抽出し、PCR法によりDNA型を検査したところ、STR型(vWA型、TH01型、TPOX型、D5S818型、D3S1358型)の判定が可能であったことから、同様の方法で、本件ブロック標本について検査したが、STR型の判定は不可能であった。そこで、DNA抽出法を改良したところ、やはり上記五種類のSTR型の判定は不可能であったが、PM検査とHLADQA1型の判定が可能になった。

また、本件心臓と本件肝臓から試料を採取して、PM検査とHLADQA1型の判定を行ったところ、PM検査は可能だったが、HLADQA1型の判定は不可能であった。

ⅱ 上記判定結果は、別紙「DNA型の検査結果」記載のとおりであり、本件臓器及び本件ブロック標本から判定したDNA型と原告らのDNA型から推定された太郎のDNA型とは、PM検査のうちLDLR型とGC型並びにHLADQA1型において矛盾する。

ⅲ 本件心臓の冠状動脈は三肢ともに、内腔が閉鎖しており、死因に高度に関与していると判断される。

ⅳ なお、鑑定書に添付された写真に映っている検出紙は、本件ブロック標本のうち、B川鑑定人が「No.2」と名付けたブロック標本を試料としたPM検査及びHLADQA1型それぞれの検出紙と、本件心臓及び本件肝臓をそれぞれ試料としたPM検査の検出紙の合計四枚(原告らのDNA型判定に係るものを除く。)のみである(以下「本件鑑定書添付写真」という。)。

上記写真では、本件ブロック標本を試料としたPM検査用の検出紙のSドット及びHLADQA1型の検出紙のCドットはいずれも発色を視認できず(B川鑑定人は、検出紙の現物を肉眼で見れば発色していた旨証言しているが、採用できない。)、本件心臓及び本件肝臓それぞれを試料としたPM検査用の検出紙のSドットは他のドットに比べていずれも発色が極めて薄く、視認することは著しく困難であることが認められる。

② C原鑑定

ⅰ 本件心臓及び本件ブロック標本のABO型血液型遺伝子の型判定はBOA型であり、本件心臓の解離試験による血液型判定はB型であって、両検査結果が合致しており、血液型はBOA型であった。

ⅱ 続いて、性別を判定するため、本件心臓及び本件ブロック標本についてアメロジェニン型、X染色体のSTR型及びY染色体のSTR型の検査を行ったところ、結果は別紙「性染色体検査」記載のとおりである。X染色体の二種類のSTR型検査についてXX型であり、Y染色体のSTR型検査について増幅がみられず、アメロジェニン型検査ではX型は増幅されてもY型は増幅されなかったことから、本件心臓及び本件ブロック標本が女性に由来すると判定できた。

ⅲ したがって、本件心臓及び本件ブロック標本はB型の女性のものであって、太郎に由来するということはあり得ない。しかし、仮に男性に由来していると仮定して、本件心臓及び本件ブロック標本と原告らの血液について、常染色体のSTR型検査(ALDH型、CCK型、ACTBP2型、TH01型、VWF型)を行ったところ、結果は別紙「常染色体検査」記載のとおりであり、本件心臓及び本件ブロック標本から判定したDNA型と原告らのDNA型から推察された太郎のDNA型とは、CCK型、ACTBP2型及びTH01型において矛盾する。

ⅳ すべての検査について、五回以上の再現実験を行ったが、すべて同一の結果が得られた。

ⅴ 本件心臓の冠状動脈には、三肢ともに高度の動脈硬化があり、一部には血栓も認められ、心筋には慢性及び急性的な虚血性心病変が広範囲に認められるので、心筋梗塞で死亡したとしても矛盾はない。

③ 私的鑑定

ⅰ 平成一六年四月二一日に受領した本件ブロック標本を試料として、STR型一〇か所(D3S1358型、vWA型、D16S539型、D2S1338型、D8S1179型、D21S11型、D18S51型、D19S433型、TH01型、FGA型)とアメロジェニン型の解析を試みた。しかし、STR型を検出することはできず、アメロジェニン型については、DNAの抽出から含め複数回の検査を行ったが、X型のみが検出される結果と、X型とY型両方が検出される結果の両方が得られ、結果の再現性が得られなかったため、個人及び性別を判定することはできなかった。

ⅱ 平成一六年一二月に新たに受領した本件心臓及び本件ブロック標本を試料として検査を行ったところ、本件心臓については、STR型及びアメロジェニン型の両方とも検出が不可能であった。また、本件ブロック標本について、STR型検査の結果は別紙「パラフィン包埋組織より検出されたSTR型、Amelogenin型」記載のとおりであり、複数のSTRローカスにおいてSTR型が検出されたが、再現性が得られず、アメロジェニン型検査においても、X型のみが検出される結果と、X型とY型両方が検出される結果の両方が得られ、再現性を得られなかったため、個人及び性別を判定することはできなかった。

(ウ) 本件臓器の保管状況

本件臓器は、上記(1)エ(エ)記載のとおり、もともと濃度一〇パーセントのホルマリン液入りのビニール袋に保存されていたが、その後、硬質プラスチック製シリンダーに溶液ごと移し替えられ、さらに、平成一三年四月六日、C川が当裁判所に対し、B川鑑定の鑑定試料として提出するに際し、破損の危険を防止し、取り出しを用意にするため、溶液ごとタッパーに移し替えられて、現在に至っている。

ウ DNA鑑定の手法等について

《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。

(ア) DNA鑑定は、細胞内にあるDNAを構成している塩基配列の中には、配列の仕方に複数の型(多型性)がある領域(ローカス)が存在することに着目して、これを分析、判定するものである。

上記多型性には、鎖長多型(ある特定の塩基配列を一単位としてその単位の繰り返し回数が型ごとに異なっているもの)及び配列多型(塩基の並び方自体が型ごとに異なっているもの)の二種類がある。

そして、多型を示すローカス中で観察される違ったタイプの遺伝子をアリールといい、一つのローカスでは個体は父親のもつ二つのアリールと、母親のもつ二つのアリールから、各一個のアリールを受け継ぐので、二つのアリールを有することになる。このため、親子間のアリールの異同を調べることで、親子鑑定を行うことができる。例えば、血液型遺伝子の場合であれば、AA型の父親とAO型の母親の子供はAA型又はAO型であり、AB型やBB型など、それ以外の組合せは親子として矛盾する。

なお、受け継いだ二つのアリールがAA型のように同じである場合をホモ接合体、AO型のように異なっている場合をヘテロ接合体という。

(イ) DNA鑑定の手法

現在、主として用いられている鑑定の手法は、以下のとおり、DNAの抽出、増幅、型判定の三つの過程に大きく分けることができる。

① 抽出

鑑定試料となる細胞から蛋白質などを除去して、DNAを抽出する。

② 増幅

DNA型分析に必要なローカスを含む一〇〇から一〇〇〇塩基までの特定の部位を、プライマーと呼ばれる二〇塩基程度のDNAの断片で挟み、その間の塩基配列を何度もコピーして一〇万倍から一〇〇万倍に増幅する(PCR)。

③ 型判定

ⅰ HLADQA1型及びPM(Poly Marker)検査

HLADQA1型及びPM検査(LDLR型、GYPA型、HBGG型、D7S8型、GC型の五つのローカスについて同時に検査できる。)は前記(ア)の配列多型であり、型判定には、各アリールのみに反応して青色に発色する試薬が点状に塗布されている特殊な検出紙を使用する。

試薬が塗布されている点状の各位置をドットといい、このドットの発色状況によって型判定を行う(ドット・ハイブリタイゼーション法)。

検出紙の解読と解釈に関する取扱説明書(甲三八、乙A一〇)においては、PM検査用検出紙には、最も希薄に発色し、他のドットの発色を図る上で目安となるように設定されたSドット(鑑定試料における検査適量のDNAの量の存在を確認するスタンダードドット)が用意されており、Sドットの発色を視認できない場合は、どのローカスについても型判定をすべきではないこと、ドットの発色がSドットと同じかそれよりも強い反応を示した場合に陽性と判断すべきであって、Sドットより薄い発色をしているドットは解釈に当たって注意が必要であることが定められている。

同様に、HLADQA1型の検出紙についても、最も希薄に発色し、他のドットの発色を図る上で目安となるように設定されたCドット(コントロールドット)が用意されており、Cドットの発色を視認できない場合には、十分にPCRが行われていないことを示すので正確な型判定はできないこと、HLADQA1型の発現結果の正確な解釈はCドットの存在と強度に依存しており、他のポジションのドットの発色がCドットの反応と同じかそれよりも強い反応を示した場合に陽性と判断すべきであって、Cドットより薄い発色をしているドットは解釈に当たって注意が必要であることが定められている。

また、SドットとCドットは相応しており、いずれもHLADQA1型のすべてのアリールに反応して発色するので、PM型のSドットの発色があればHLADQA1型のCドットが通常発色する。

しかし、これらの検査は識別力が高くなく、マイクロサテライトと呼ばれる反復配列(STR型)を検査する手法が多用されるようになった。

ⅱ STR型

STRとは、前記(ア)の鎖長多型であり、二塩基ないし七塩基程度を一単位として繰り返されている短いローカスのことである。

DNAをゲルに入れて電圧をかけると、塩基配列の短いもの、すなわち繰り返し回数の少ないものほど早く泳動し、長さ順に帯状のバンドとして縦一列に並ぶことを利用して、型判定を行う(電気泳動法)。

なお、性染色体について、男性はX染色体とY染色体を一本ずつ、女性はX染色体を二本有しているため、X染色体STR検査によって、二本のバンドが検出された場合はヘテロ接合体の女性であり、一本のバンドしか検出されなかった場合は男性又はホモ接合体の女性であると判定することができる。また、Y染色体は男性特有の染色体であるため、Y染色体STRの有無により、性別判定を行うことができる。

ⅲ アメロジェニン型

アメロジェニン型は、X染色体とY染色体に共通する塩基配列部分に存在するローカスであり、X染色体では、Y染色体に存在する六塩基の配列が欠損している部分があるので、この部分を含むようにプライマーを設計すると、X染色体はY染色体に比し六塩基短い増幅断片を生ずることになる。よって、男性では二本、女性では一本のバンドが検出され、性別判定が可能となる。

(ウ) DNAの低分子化によって生じる問題

一般に、陳旧化した試料や固定液で固定された試料では、DNAが損壊されることにより塩基の鎖がちぎれて低分子化し、正常な形で残っていないことが多く、長いローカスほど増幅に必要な全長が保存されにくくなる。

また、DNAが損壊されると正常な形で残っているDNAの量が少なくなり、DNAを検出することができない場合も生じる。

このため、PCRで増幅するために必要な全長や量が保存されておらず、PCR増幅ができないことや、短いローカスは検出されるが長いローカスは検出されないことがあるほか、同じローカスにおいても、短いアリールは検出されるが、長いアリールが検出されなくなって、ヘテロ接合体のはずがホモ接合体のように見えるということが起こり得る。

この点、STRやPM検査の対象ローカスは塩基配列が短いため(例えば、HLADQA1型においては二四二塩基であるのに対し、STRであるTH01型では一七九塩基から二〇三塩基、PM検査の対象ローカスのうちLDLRは二一四塩基、GYPAは一九〇塩基、HBGGは一七二塩基、D7S8は一五一塩基、GCは一三八塩基である。)、分解による低分子化にも比較的対処しやすく、検出可能であるが、「無条件、万能ということではなく、腐敗等によりDNAが著しく分解した試料は鑑定不可能である」などとされている。

また、DNAが低分子化した試料においては、わずかな高分子DNAの混入(コンタミネーション)によって、本来の試料よりも混入したDNAの方を大量に増幅してしまう危険があり、その混入は直接的な接触はもとより、空気中の微小な霧状の微粒子からの混入によっても生じるものであって、低分子化が進んでいる試料から結果を得るため、増幅対象とした特定部位よりも内側の新たな塩基配列を対象として増幅するという高感度のPCRの手法を用いた場合には、この危険は更に高まるとされている。

特にホルマリン液で固定された試料においては、DNAの低分子化の問題が顕著であり、警察庁が全国都道府県警察にDNA鑑定を導入するに際し、統一した運用と鑑定の信頼性等を確保するために平成四年三月に制定した「DNA型鑑定の運用に関する指針」(甲五九)では、組織片の保存について冷凍保存が適しており、「鑑定資料を常温で長期間保存した場合はDNAが壊れ、鑑定不能となるおそれがあるため、資料を長期間保存する場合は冷凍保存する」、「ホルマリン固定保存はDNA保護上避ける」と定められており、「ホルマリン系固定液で固定したものは一日目で既に顕著な断片化が見られた」、「ホルマリン系組織固定液やアルコール系組織固定液等で固定した組織から得られたDNAは、六ヶ月目でほとんどのDNAサイズが五〇〇bp(塩基対)程度以下になる」といった研究報告や、「ホルマリンは保存中に強い酸である蟻酸を生ずるので、酸に弱い性質のDNAは早くに加水分解される。中和された固定液を用い、数日以内に取り出してパラフィンブロックに包埋されればDNA鑑定に耐えられる構造が保持されていることが期待されるが、長期間ホルマリン液中で保存された臓器では、DNA鑑定はできないと考えておいたほうがよい」といった指摘がされている。

以上のとおり、DNAの低分子化が進んだ試料のDNA鑑定には困難を伴い、鑑定を行う際には、細心の注意を払う必要がある。

エ B川鑑定の信用性

前記(1)エ(エ)及び(4)イ(ウ)で認定した事実によれば、本件臓器は、遅くともC川がA山に対し標本の作製を依頼した平成一一年九月よりも相当以前に既にホルマリン液によって固定化され、それ以来現在に至るまで、ホルマリン液に漬けられたまま保管されていることが認められるから、ホルマリン液によるDNAの低分子化が進行していたことを容易に推認することができる。

そして、前記イ(イ)①記載の認定事実によれば、B川鑑定においてさえ、①本件臓器についてHLADQA1型の判定は不可能であったこと、②PM検査にかかるGYPAローカスにおいて、別紙「DNA型の検査結果」のとおり、本件ブロック標本はA/B型であるのに対し、本件臓器はB/B型であるというように、本件ブロック標本と本件臓器とで異なった結果が出ており、本件臓器については低分子化の影響で、ヘテロ接合体がホモ接合体に見えていた可能性があること(この点、B川鑑定人も、本件臓器は本件ブロック標本よりもホルマリン液の影響を受けている期間が本件ブロック標本より長いためにA型のアリールが検出されなくなったと考えられる旨証言している。)、③本件ブロック標本を試料とするHLADQA1型検出紙のCドット及びPM検査用検出紙のSドットが発色していないこと、殊に、④STRは塩基配列が短いため低分子化した試料にも対処しやすいとされているにもかかわらず、本件臓器及び本件ブロック標本の両方について、STR型の判定は不可能であったことが認められるから、本件臓器及び本件ブロック標本は、共にホルマリン液の影響を受けて、DNA鑑定を行うことが不可能又は著しく困難となるような深刻な低分子化が進んでいたとみるのが相当である(このことは、B川鑑定人が鑑定人尋問において、ホルマリン液で固定された試料はDNA鑑定に適しておらず、鑑定に苦労した旨繰り返し証言していることからも裏付けられる。)。

ところが、B川鑑定においては、PM検査及びHLADQA1型検査が可能であったとして型判定を行っているところ、その鑑定内容について子細に検討すると、①PM検査用の検出紙のSドットないしHLADQA1型の検出紙のCドットの発色を視認できない場合には、型判定すべきでないと定める検出紙の取扱説明書に反し、SドットないしCドットが発色していない場合についてまであえて型判定を行っていること、②B川鑑定人は、鑑定書を提出する以前、裁判所に対し、ブロック間で異なるDNAが検出されているとの報告を行っていたにもかかわらず、この点に関する説明を鑑定書に記載しておらず、鑑定人質問においても合理的な説明はなく、鑑定書に検出紙の写真が添付されているのは本件ブロック標本一八個中で「No.2」を試料としたもののみであるから、検査対象とした別のブロック標本については異なる結果が出ているのに報告していない疑いを払拭しきれないこと、③本件鑑定書添付写真に映っている四枚の検出紙は、前記のとおり、Cドット又はSドットの発色が認められないか、発色が極めて薄いものであるのに、B川鑑定人は、本件鑑定書添付写真につき、分かりやすいものを鑑定書に添付した旨証言し、かつ、肉眼では発色が認められた旨強弁していること等を総合すると、上記B川鑑定の結果は、DNAの低分子化が進行し、DNA鑑定が不可能又は著しく困難となっていた鑑定試料について、無理に型判定を行って鑑定結果を報告した可能性を否定することができないというべきであるから、その鑑定結果を到底採用することはできない。

オ C原鑑定の信用性

前記イ(イ)②記載の認定事実によれば、C原鑑定は、検査対象としたすべてのローカスについて型判定は可能であって、五回以上の再現実験によっても同一の結果が得られたというものであるが、B川鑑定及び私的鑑定と比較すると、以下のような疑問を生じる。

前記イ(イ)において認定したとおり、STR型判定について、検査対象としたSTRは、一部を除いて各鑑定ごとに異なるものの、B川鑑定及び私的鑑定においても行われており、特にSTRであるTH01型についてはいずれの鑑定においても等しく検査対象とされているが、C原鑑定では検査対象としたすべてのSTRについて型判定は可能であり、五回以上の再現実験によっても同一の結果が得られたとしているのに対し、B川鑑定では、本件臓器及び本件ブロック標本共にSTRの判定は不可能であったとされ、私的鑑定では、本件心臓からのSTRの検出は不可能であり、本件ブロック標本からはこれを検出できたが、結果に再現性がなく、型判定は不可能であったとされている。

また、アメロジェニン型判定については、C原鑑定では、X型のみが増幅されたとするのに対し、私的鑑定では、結果に再現性はないとしながらも、複数回にわたってX型とY型の両方が検出されている。

しかし、前記イ(ア)記載のとおり、B川鑑定は平成一三年四月から平成一五年三月、C原鑑定は平成一五年九月から平成一六年三月、私的鑑定は平成一六年四月から平成一七年四月の間にそれぞれ行われたものであるが、各鑑定は近接した時期に連続して行われており、しかも、前記のとおり、本件臓器は、平成一一年九月よりも相当前に、ホルマリン液によって固定されていたことを併せ考えると、既に低分子化はかなり進行していた段階での鑑定であったというべきであるから、各鑑定の実施時期の違いが鑑定試料の低分子化の進行程度に差異をもたらしたとは考え難く、その他C原鑑定とB川鑑定又は私的鑑定との間に差異をもたらすような特段の事情は、本件全証拠によっても認められない。

そして、上記エで認定したとおり、最も早期に行われたB川鑑定においてさえもSTR型検査が不可能であったのは、長期間のホルマリン固定保存によって、鑑定試料の低分子化が進み、DNA鑑定が不可能又は著しく困難な状態になっていたためであることからすれば、私的鑑定において、STR型検査の結果に再現性が得られず、判定不可能とされたのも、同様に鑑定試料のDNAが低分子化したことが原因であると認められる。そうすると、同様の状態にある鑑定試料を用いながら、C原鑑定においてのみ他の二つの鑑定と異なり、TH01型判定を含め、STR型検査を行うことができたのかとの疑問を払拭することができない。

また、アメロジェニン型検査について、私的鑑定においては、X型のみが検出される場合と、X型とY型両方が検出される場合とがあり、結果に再現性がないため型判定は不可能であるとされているところ、ここでもDNAの低分子化による影響がうかがわれることや、再現性がないながらも、複数回にわたってY型が検出されていることからすれば、C原鑑定においてX型のみが増幅されたのは、DNAの低分子化によって、もともと存在していたはずのY型が検出されなかったことに起因する可能性を否定できず、C原鑑定こそが唯一の正しい判定結果であったとは直ちに認めることはできない。

したがって、C原鑑定の結果には合理的な疑いが残り、同鑑定結果を採用することはできない。

なお、C原鑑定においては、DNA鑑定のほかに、解離試験による血液型検査を行っており、太郎がAB型であるのに対して、鑑定試料の血液型はBO型であるとの判定がされているが、証拠(鑑定人B川)によれば、血液型検査においてもA型物質が壊れればO型のような反応に見えることはあり得るところ、上記のような鑑定試料の状態に鑑みれば、上記血液型検査をDNA鑑定とは別異に考えて、これのみを採用することはできない。

カ よって、B川鑑定及びC原鑑定の結果は、いずれもこれを採用することはできず、両鑑定の結果は、解剖が行われたとする上記認定を左右するものではない。

(5)  太郎の死因

ア 太郎の死因については、前記認定のとおり、C川が遺体の解剖を行った上で死因は心筋梗塞であると判断していることに加え、太郎の臓器であると認められる本件心臓について、A山、B川鑑定人及びC原鑑定人が、心筋梗塞若しくはそれに近い所見を示していることからすれば、心筋梗塞であったことが認められる。

イ これに対し、原告らは、太郎の死因は、交通事故によって頭部ないし身体をフロントガラスやハンドルに衝突させたことによる外因死であると主張しており、自動車工学の専門家の意見書(甲五四、五五)は、本件車両の損傷状況からすれば、太郎は頭部をフロントガラスに強打したと考えられるとして、上記主張に沿った見解を示している。

しかしながら、《証拠省略》によると、太郎と身長、体重、ウエストがほぼ同一のモデルを被験者とし、太郎がフロントガラスに頭部を激突させたことを仮定して、その上半身の移動状況、顔面、胸部の衝突の部位を再現した場合には、太郎は頭部をフロントガラスに、鼻部から顎部ないし口唇部をハンドル上部に激突させ、更に腹部をハンドルの下部で圧迫する状況になることが明らかであるところ、《証拠省略》によれば、太郎の頭部、胸部、腹部に顕著な外傷はなく、太郎がフロントガラスに頭部を衝突させたことはもとより、ハンドル等に胸部又は腹部を衝突させたとも到底認められないから、交通事故が太郎の死因であるということはできない。

なお、原告らは、太郎の頭部に外傷がなかったのは、同人が帽子をかぶっていたためであると指摘するが、《証拠省略》によれば、帽子は車両の後部荷台にあったと認められるから、これを採用することはできない。

(6)  小括

以上により、直接死因は「心筋梗塞」であり、解剖は「有」とする死体検案書の記載は、事実に基づくものと認められ、C川らによる不法行為の成立を認めることはできない。

よって、原告らのC川ら及び神奈川県に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

三  争点(3)(損害)について

前記一記載のとおり、神奈川県は、国家賠償法一条一項に基づき、B山らの救護義務違反による太郎の延命可能性の侵害によって生じた損害を賠償すべき責任を負う。

(1)  太郎に生じた損害について

太郎は、延命可能性の侵害によって、相当程度の精神的苦痛を被ったと認められるところ、上記一(1)で認定したとおり、B山らは、太郎が応急の救護を要する状態であったことが明らかであったのに、何らの救護措置をとることもなく、自力で帰宅するものと安易に判断し、太郎を本件車両内に放置したこと、太郎は一切の治療行為を受けていないこと、太郎は当時五四才の健康な男性であったこと、その他本件にあらわれた一切の事情を考慮すると、太郎の精神的苦痛に対する慰謝料は五〇〇万円が相当である。

そして、原告らは各自の法定相続分に応じて、花子が二五〇万円、一郎、二郎及び三郎が各八三万三三三三円(円未満切捨)をそれぞれ相続した。

なお、前記のとおり、救護義務違反と太郎の死亡との間の因果関係は認められないから、太郎に生じた損害として逸失利益を認めることはできない。

(2)  原告らに生じた損害について

原告ら固有の慰謝料については、前記のとおり、救護義務違反と太郎の死亡との因果関係は認められないから、太郎の死亡によって原告らが被った精神的苦痛に対する慰謝料は認められないし、太郎が延命可能性を侵害されたことによる慰謝料は太郎に発生するものであり、太郎とは独立して原告らに発生するものと認めることはできない。

そして、本件事案の内容、特質、難易度及び原告らの請求の認容額、その他本件の審理経過等に照らすと、原告らが神奈川県に対し請求することができる弁護士費用としては、花子について二五万円、一郎、二郎及び三郎について各八万円を認めるのが相当である。

なお、原告らが救護義務違反を原因として主張するその余の損害は、すべて太郎の死亡による損害であるから、前記のとおり、救護義務違反と太郎の死亡との因果関係が認められない本件においては、これらの損害についての賠償を求める点は理由がない。

(3)  小括

したがって、神奈川県は、国家賠償法一条一項に基づき、花子に対して二七五万円、一郎、二郎及び三郎に対して各九一万三三三三円及びこれらに対する不法行為の日である平成九年七月一九日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の損害賠償義務を負う。

四  結論

以上のとおり、原告らの神奈川県に対する請求は、花子につき二七五万円、一郎、二郎及び三郎につき各九一万三三三三円及びこれらに対する不法行為の日である平成九年七月一九日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれらを認容し、その余は失当として棄却し、原告らのB山、D原、E田及びC川に対する請求は、理由がないからいずれも棄却して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 土屋文昭 裁判官 神原文美 裁判官市村弘は、転任につき署名押印することができない。裁判長裁判官 土屋文昭)

<以下省略>

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