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横浜地方裁判所 平成12年(行ウ)26号 判決 2000年11月15日

原告

甲野太郎(仮名)(X)

被告

藤沢市長(Y) 山本捷雄

右訴訟代理人弁護士

長谷川正之

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

(証拠により認定する事実については、認定事実の前後に適宜主な証拠を摘示する。書証は弁論の全趣旨によりその成立が認められる。一度認定した事実については、原則としてその旨を断らない。)

一  請求の趣旨第一項の請求について

1  請求原因1ないし4の各事実は、当事者間に争いがない。

2  本件住民票の写しの交付請求拒否処分の取消請求の成否

原告は、被告に対し、Aの世帯全員分についての本籍・続柄を記載した住民票(本件住民票)の写しの交付を請求したが、Aの世帯全員の住民票は、平成九年六月二〇日付けの転出の届により既に消除されていたことが認められる(〔証拠略〕)。したがって、被告は、本件各交付請求があった際、本件住民票の写しを交付することができなかったのであるから、右写しの交付請求を拒否した被告の処分に違法はない。

3  本件除票の写しの交付請求拒否処分の取消請求の成否

(一)  処分の存否及び請求の有無

本件各交付請求当時の原告の言動からすると、原告の本件各交付請求書は、仮に本件住民票が消除されていた場合には、Aの世帯全員分についての本籍・続柄を記載した除票(本件除票)の写しの交付を求める趣旨であったと解する余地がないではなかった。のみならず、被告は、本件住民票の写しの交付請求に対し、それは、拒否するが、A一人の住民票の写しは交付するとの連絡をして(〔証拠略〕)、実際にはA本人のみの本籍・続柄の記載を省略した除票(A除票)の写しを交付した。そして、これに対して異議申立てを受けた被告は、A除票の写しを交付したことにつき、「世帯主本人の住民票の写しを・・・交付した」旨を本件異議決定書に記載しており(〔証拠略〕)、被告においては住民票と除票とが扱いの上では明確に区別されていなかったと認められる。また、本件異議決定に対して本件審査請求を受けた神奈川県知事は、請求に係る住民の世帯全員の消除された住民票(本件除票)の写しの交付請求、これに対する拒否処分、これに対する審査請求があったと認定して、裁決を行っている(〔証拠略〕)。さらに、原告は、本訴において、被告が本件除票の写しの交付を拒否した処分についての取消しも求めていると解される。

以上のような経緯に照らすと、本件における事実関係は、法律的な観点から分析的にいうと、まず、本件住民票だけではなく、予備的に本件除票の交付請求もされ、本件住民票の交付請求については全部拒否、本件除票の交付請求については一部(A除票分)の交付及び残部の交付拒否処分がされ、これらにつき不服申立てがされ、本訴では本件住民票の拒否処分だけではなく、本件除票の拒否処分(正確にいえば、本件除票のうちのA除票を除く部分に係る除票の交付請求拒否処分)の取消しが求められていると解するのが相当である。

(二)  不服申立て及び出訴期間遵守の有無

右に見たとおり、本件除票の交付請求拒否処分がされたところ、法には、除票の写しの交付請求を認める規定はなく、右処分は、住民票に準じて除票の写しの交付も請求できるとの解釈を根拠とする処分であるから、法三一条の三の「この法律の規定により市町村長がした処分」に明示的に該当するとはいえない。そこで、本件除票の交付請求拒否処分については、審査請求ができない場合に該当するとしてこれを却下した裁決(〔証拠略〕)は一個の見解である。ただし、本件異議決定書には、「この決定があったことを知った日の翌日から起算して三〇日以内に、神奈川県知事に住民基本台帳法及び行政不服審査法に基づく審査請求ができる。」旨が記載されていたので(〔証拠略〕)、本件異議決定を受けた原告が審査請求ができると理解するのは無理もないことであるから、原告が本件審査請求をし、それについての裁決があったことを知った日から三か月以内に処分の取消請求を提起すれば、出訴期間を遵守したと認めるのが相当である(行政事件訴訟法一四条四項参照)。

よって、本件除票の交付請求拒否処分の取消請求の訴えは適法であるので、右処分の適否について検討を加えることにする。

(三)  違法性の有無

(1) 前記のとおり、法には、除票の写しの交付請求を認める規定はないが、住民票と除票とは、その写しの交付請求の面から見ると、性質上極めて類似しており、特段の事情がない限り、同様の扱いをすることに支障はないと考えられる。そして、事務処理要領によれば除票について住民票に準じて取り扱うことが適当であるとされており、被告も本件裁決もその観点から判断をしていることでもあるので、住民票に準じて除票の交付請求がされた場合には、これについて住民票交付の場合と同様の基準によりその請求に対する処分をすることができると解するのが相当である。そこで、住民票の場合に準じた判断基準により、本件除票の交付請求拒否処分の適否を検討する。

住民票の写しの交付を請求する場合、請求者は、自治省令に定める一定の場合を除いて、<1>請求事由、<2>請求者の氏名及び住所、<3>請求に係る住民の氏名及び住所を明らかにしなければならない(法一二条三項、住民基本台帳の閲覧及び住民票の写し等の交付に関する省令(昭和六〇年一二月一三日自治省令第二八号(以下「省令」という。)二条)。したがって、請求者は、省令において請求事由を明らかにすることを要しないとされる特別の場合(省令三条参照)を除いて、住民票の記載事項を知る必要性・合理性について、被請求者が判断しうる程度に具体的な請求事由を示す必要があり、請求書には、住民票のどの部分をどのような目的に利用するかが明らかとなる程度に具体的に記載する必要があるというべきである。訴訟に提出する目的で住民票の交付請求をする場合は、前記省令の定める特別の場合に該当しないから、請求者は、請求書に訴訟の相手方も訴訟事件名、訴訟の提起先裁判所名、訴訟における使用目的等についてを具体的に記載して、前記必要性、合理性を判断しうる程度の具体的な請求事由を示す必要がある。

また、市町村長は、住民票の写しの交付請求が不当な目的によることが明らかなときはこれを拒むことができる(法一二条四項)。これは、住民基本台帳の公開制度と個人情報に関するプライバシーの保護との調整をはかった規定であり、右「不当な目的」とは、他人の住民票の記載事項を知ることが社会通念上必要ではなく、又はそのことに合理性な理由がないにもかかわらず、その記載事項を探索したり、暴露したりする等の目的をいうと解するのが相当である。

(2) 以上を前提として本件についてみると、原告は、本件各請求において、訴訟事件名、訴訟の提起先裁判所等について記載したが、裁判における使用目的については「遺産頭割(現世に生存の人数割)」などと記載したにすぎない。また、その後、原告が、藤沢市の担当職員に対し、電話等により具体的な使用目的について説明を付加したような事実は認められない。他方、藤沢市の担当職員は、本件各請求書に書かれていた別訴の担当書記官に照会し、右書記官から本件除票の写しが必要であるとはいえない旨の回答を得た上で、本件除票の交付を拒否し、A除票の写しだけを交付したことが認められる。(〔証拠略〕)

以上に認定した事実によれば、本件各交付請求には、藤沢市の担当職員が前記必要性・合理性を判断できる程度の具体的な請求事由が示されておらず、本件各交付請求には不備があるといわざるを得ない。したがって、被告が本件除票の写しの交付請求を拒否し、A除票の写しだけを交付した処分は、適法である。

ちなみに、別訴は、被相続人甲野春男の相続財産をめぐる遺留分減殺請求事件であるところ、Aは別訴における訴訟当事者ではなく、相続人乙山花子(別訴の共同被告)の子である夏子の夫にすぎず、夏子もAも問題となっている遺産についての相続人でも受遺者でもなく、別訴の共同被告ともなっていない。したがって、そもそも原告は、別訴においてAの世帯全員分についての本籍・続柄を記載した除票の写しを提出する必要がなかったというべきである。(〔証拠略〕)

4  原告の主張に対する判断

原告は、本件住民票ないし除票の写しは裁判に証拠として提出するために必要であると考えて請求した旨を主張し、提出先となる裁判所名、担当書記官名等を請求書に記載している。

しかし、請求書に「遺産頭割(現世に生存の人数割)」などとの記載をしただけでは被告担当者等の第三者がその趣旨を理解することができないから、記載として不十分である。このように、具体的な使用方法等が記載されていない以上、本件除票の必要性を原告自身が積極的に示したことにはならない。さらに、前記のとおり、そもそも別訴においてAの世帯全員の除票(本件除票)の写しを提出する必要が認められないのである。以上から、原告の主張は理由がない。

なお、原告が引用する横浜地方裁判所昭和六〇年(行ウ)第一六号判決(昭和六〇年一〇月九日判例時報一一八六号五六頁)及びその控訴審である東京高等裁判所同年(行コ)第九三号判決(昭和六一年三月三一日行裁集三七巻三号五八七頁)は、昭和六〇年法律第七六号による改正前の法の解釈論に対する判断であり、しかも住民票の写しの交付請求書の開示請求拒否処分の取消しに関する事案であって、住民票の写しの交付請求拒否処分の取消しを求めた本件とは事案を異にするものである。

5  まとめ

したがって、本件各処分はいずれも適法である。

二  請求の趣旨第二項について

原告が、本件異議決定の違法事由として主張するところは、つまるところ被告が原告の住民票の写しの交付請求を拒否したことが違法であるというにすぎない。右主張は、原処分についての瑕疵をいうにすぎず、本件異議決定に関する固有の違法についてのものではないから、本件異議決定の取消しを求める原告の請求は失当である(行政事件訴訟法一〇条二項参照)。

三  結論

以上によれば、原告の請求はいずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 窪木稔 家原尚秀)

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