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横浜地方裁判所 平成12年(行ウ)70号 判決 2003年10月20日

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  被告A,同B,同Cは,神奈川県に対し,それぞれ3万円及びこれに対する平成12年1月1日から完済まで年5分の割合による金銭を支払え。

(2)  被告D,同E,同F,同Gは,神奈川県に対し,それぞれ1万5000円及びこれに対する平成12年1月1日から完済まで年5分の割合による金銭を支払え。

(3)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(4)  仮執行宣言

2  被告ら

(1)  本案前の答弁

ア 原告の訴えをいずれも却下する。

イ 訴訟費用は原告の負担とする。

(2)  本案の答弁

主文と同旨

第2事案の概要

1  事案の骨子

本件は,神奈川県鎌倉市立小・中学校の教員である被告らが,神奈川県教職員組合の主催する教育研究集会について,それぞれ所属の学校長から教育公務員特例法20条2項の規定による研修として承認を受け,職務専念義務を免除され,有給の取扱いで参加し,神奈川県知事から参加した日の分の給与の支給を受けたところ,神奈川県の住民である原告が,上記教育研究集会への参加について教育公務員特例法20条2項による研修として承認することは違法であり,上記の給与の支給は違法な公金の支出であるとして,地方自治法(平成14年法律第4号による改正前のもの。以下,同じ。)242条の2第1項4号に基づき,神奈川県に代位して,被告らに対し,不法行為による損害賠償又は不当利得の返還として,それぞれ上記教育研究集会に参加した日の分の給与相当額及びこれに対する違法な公金の支出の日の後の日である平成12年1月1日から完済まで民法が定める年5分の割合による遅延損害金を神奈川県に対し支払うように求めた事案である。

2  基礎となる事実

(以下の事実は,いずれも,当事者間に争いがない事実であるか,記載した証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実である。)

(1)  当事者

ウ 原告

原告は,神奈川県の住民である。

エ 被告ら

被告らは,いずれも,平成11年11月において,神奈川県教育委員会(以下「県教委」という。)により任命され,神奈川県鎌倉市立小学校もしくは同中学校の教員の職にあった者であり,地方公務員法(以下「地公法」という。)52条にいう職員団体である湘南教職員組合に加入し,同組合が構成団体の一つとなっている職員団体である神奈川県教職員組合(以下「県教組」という。)の構成員であった。

なお,被告らの給与は,市町村立学校職員給与負担法により,神奈川県(以下「県」という。)の負担とされ,その支出権者は神奈川県知事(以下「県知事」という。)であった。

(2)  教育研究集会の開催及び被告らの参加

ア 教育研究集会の開催

平成11年11月11日及び同月12日,川崎市立労働会館及び同市立川崎高等学校において,県教組の主催により,第49次神奈川県教育研究集会(以下「本件教研集会」という。)が開催された。

イ 被告らの本件教研集会への参加

被告A,同B及び同Cは,平成11年11月11日及び同月12日の両日,被告D,同E,同F及び同Gは,同月11日又は同月12日のいずれか1日,それぞれ所属の学校長の承認を受けて〔乙13号証〕,教育公務員特例法20条2項の規定による研修として,勤務時間中に,勤務場所を離れて,本件教研集会に参加した。

(3)  本件公金支出

県知事は,被告らに対し,被告らが本件教研集会に参加していた日の分についても,有給の取扱いとし,被告らに対し給与を支給した(以下「本件公金支出」という。)。

(4)  監査請求等

原告は,平成12年10月11日,神奈川県監査委員に対し,公立学校の教員の本件教研集会への参加について,教育公務員特例法20条2項の規定による研修として承認し,職務専念義務を免除することは,職員が有給で職員団体のために活動することを許容することになり,これを禁止している地公法55条の2第6項に違反するので,県知事が,参加した教員らに対し,本件教研集会に参加した日の分についても有給の取扱いをし,給与を支給したのは,不当な公金の支出であり,神奈川県の財政に損害を与えたとして,地方自治法(以下「地自法」という。)242条1項に基づく住民監査請求(以下「本件監査請求」という。)として,本件教研集会に参加した公立学校の教員らから参加した時間分の給与を返還させるように求めた〔甲1号証〕。

神奈川県監査委員は,同年11月10日付けの書面をもって,原告に対し,本件監査請求を却下する旨の通知をした(以下「本件監査通知」という。)。

原告は,平成12年12月8日,本件訴訟を提起した。

第3争点

本件の争点は,次のとおりである。

1  本件訴訟の適法性に関する争点

(1)  本件訴訟は監査請求前置主義に違反するものであるかどうか ⇒ 争点①

(2)  本件訴訟の審判の対象が財務会計上の行為に関するものであるかどうか ⇒ 争点②

2  本件請求の当否に関する争点

(1)  本件公金支出が違法であるかどうか ⇒ 争点③

この争点は,さらに,

ア 被告らの本件教研集会への参加について各学校長がした教育公務員特例法20条2項の規定による研修としての承認が違法であるかどうか,

イ 各学校長がした研修の承認の違法性が県知事の本件公金支出に承継されるか,

の2点に分かれる。

(2)  被告らの不法行為責任ないし不当利得返還義務の有無 ⇒ 争点④

第4争点に関する当事者の主張

1  争点① ── 本件訴訟と監査請求前置主義違反の有無について

(1)  被告ら

住民訴訟を提起するには,その前に適法な住民監査請求がされていなければならないところ,本件においては,原告の監査請求は不適法なものとして却下されているのであるから,本件訴訟は適法な監査請求を欠くものとして,不適法というべきである。

(2)  原告

適法な住民監査請求について,監査委員が誤って不適法であるとして却下した場合は,適法な監査請求があったものとすべきであるところ,本件においては,監査請求は適法であったのにもかかわらず,監査委員が誤って不適法としたものであるから,本件訴訟について監査請求前置主義違反はない。

2  争点② ── 本件訴訟の審判の対象の財務会計行為性について

(1)  被告ら

地自法242条の2第1項に定められている住民訴訟は,普通地方公共団体の執行機関又は職員による財務会計上の行為自体の違法性の有無を審判の対象とするものである。

しかし,本件において原告が直接問題としているのは,県知事の被告らに対する給与の支給という財務会計上の行為自体の違法ではなく,公金の支出権限のない学校長の教育公務員特例法20条2項の規定による研修についての承認という非財務会計上の判断に関する違法の点であるが,上記の学校長の研修承認は学校長に専属するものであり,公金支出権者である県知事の指揮命令は,独立した学校長の固有の権限に属する上記研修承認の当否の問題に及ぶものではない。

そうであるとすれば,県知事のした本件公金支出については,財務会計法規上の義務違反の有無が審判の対象とはなり得ないのであり,したがって,本件訴えは,公金支出権者である県知事の義務違反とは無関係な,非財務会計上の行為に関する学校長の判断の違法性の有無についての審理を求めるものというべきであるから,不適法というべきである。

(2)  原告

被告らは,本件訴えは,公金支出権者である県知事の義務違反とは無関係な,学校長の教育公務員特例法20条2項の規定による研修の承認という,非財務会計上の行為の違法性の有無について審理を求めるものであるから不適法であると主張するようであるが,一般に,財務会計と無関係な行政がほとんどあり得ない一方,純粋に公金の支出行為自体が違法であるという場合にのみ住民訴訟を認めることとすると,住民訴訟の意義をまったく没却する結果となる。

そこで,判例も,「地法自治法242条の2の住民訴訟の対象が普通地方公共団体の執行機関又は職員の違法な財務会計上の行為又は怠る事実に限られることは,同条の規定に照らして明らかであるが,右の行為が違法となるのは,単にそれ自体が直接法令に違反する場合だけでなく,その原因となる行為が法令に違反し許されない場合の財務会計上の行為もまた,違法となるのである」(最高裁判所昭和60年9月12日第一小法廷判決・判例時報1171号62頁)としているのである。

このように,本件についても,被告らの本件教研集会への参加について,各学校長が教育公務員特例法20条2項の規定によるいわゆる職専免研修として承認した行為が違法であるかどうか,違法であるとして,県知事が学校長の上記承認を前提としてした本件公金支出が違法となるか,という非財務会計行為の違法性の財務会計行為への承継の問題として扱えば足りるのであって,本件訴えは適法である。

3  争点③ ── 本件公金支出が違法であるかどうかについて

(1)  原告

ア 被告らの本件教研集会への参加について各学校長がした教育公務員特例法20条2項の規定による研修としての承認が違法であることについて

(ア) 本件教研集会の性質

本件教研集会は,前記第2,2の基礎となる事実(1),(2)のとおり,地公法52条の職員団体で一種の労働組合である県教組が主催したものである。一般に,職員団体が主催する「教育研究集会」(以下「教研集会」という。)は,職員団体の運動方針に基づいて職員団体の活動の一環として行われているものであって,本件教研集会も組合活動の一環として行われたものである。

なお,本件教研集会は,実質的に組合の政治活動としての性格を有していた。すなわち,本件教研集会には,旧社会党系の政治団体である「県政連」所属の政治家が多数参加していた。しかも,それ以外の政治家は参加していないのである。

(イ) 被告らの本件教研集会への参加の性質

被告らは,前記基礎となる事実(1)のとおり,地公法52条の職員団体である湘南教職員組合に加入し,同組合が構成団体の一つとなっている職員団体である県教組の組合員であった。

上記(ア)のように,本件教研集会は,県教組が組合活動の一環として主催したものであり,組合員である被告らは,組合活動として本件教研集会に参加したものである。

(ウ) 地公法55条の2第6項の規定違反

地公法55条の2第6項は,職員は,給与を受けながら,職員団体のため活動してはならない旨を規定している。

上記のように,本件教研集会は組合活動として行われたものであるから,組合員である被告らがこれに参加するということは,組合活動としての本件教研集会の成立及び運営に関与するということを意味する。

したがって,被告らは,本件教研集会に参加することによって,職員団体のために活動することになるのであるから,上記地公法55条の2第6項の規定に違反しないためには,年次休暇を取得した上で,本件教研集会に参加しなければならなかったのである。

(エ) 小括

上記のように,仮に,本件教研集会への参加に研修性という一面があるとしても,学校長において,被告らが本件教研集会に参加することについて,教育公務員特例法20条2項の規定による職専免研修として承認をすることは,上記地公法55条の2第6項の規定に違反することとなるから,その承認は違法というべきである。

(オ) その他の承認の違法事由

教育公務員特例法20条2項の規定による職専免研修として認められるには,①本属長(学校長)の承認があること,②授業に支障がないこと,が必要であるところ,本件においては,この2つの要件とも欠いていた。

すなわち,本件において,形式的に学校長の「承認」があったとしても,それは,湘南教職員組合と鎌倉,藤沢,茅ヶ崎の3市及び寒川町の教育委員会との間で結ばれた,いわゆる「ヤミ協定」と呼ばれる秘密の協定(甲16号証の3の「給特法覚書・了解事項にもとづく交渉確認メモ」。この5項には,「教育公務員特例法第20条2項の活用については,教職員の研修の重要性から信頼関係の上に立ち,申し出があった場合は承認することを原則とする。」との記載がある。)に基づくもので,学校長として事実上承認を拒絶できない状況の下で与えた承認であり,実質的に要件の存否を判断して与えた承認ではないのであって,これらの承認は無効というべきである。

また,本件教研集会は,1000人以上の教員が参加して行われたもので,多くの学校では,子ども達の授業は自習などに変更されているのである。これは,明らかに授業に支障が生じたことを示しているのである。

(カ) 事情

以上のとおり,県教組主催の教研集会への参加に教育公務員特例法20条2項の規定による職専免研修としての承認を与えることが違法なものであることは明らかであるが,このことは,県や県教委も自覚しているものと推測される。すなわち,県教委教育長は,平成12年6月16日付けで,県下の各市町村教育委員会教育長宛てに「教職員の勤務における服務の厳正な取扱いについて」と題する通知を発し,組合主催の教育研究集会に参加する際には年次休暇を取得するよう取扱いが改められた。また,上記の「ヤミ協定」も,平成13年2月28日付けで破棄されたのである。

イ 各学校長がした研修の承認の違法性が県知事の本件公金支出に承継されることについて

上記のとおり,各学校長が,被告らの本件教研集会への参加について教育公務員特例法20条2項の規定による職専免研修として承認をすることは,地公法55条の2第6項の規定に違反するものとして違法であるばかりでなく,本件における承認は,上記の「ヤミ協定」の基づき自動的にされたものであるから,仮に,学校長に裁量権があるとしても,その承認には重大明白な瑕疵があるというべきである。

したがって,上記の承認の違法は,本件公金支出に承継され,本件公金支出もまた,違法となるというべきである。

(2)  被告ら

ア 被告らの本件教研集会への参加について各学校長がした教育公務員特例法20条2項の規定による研修としての承認が適法であることについて

(ア) 教職員組合主催の教育研究集会が教育公務員の研修機会となること

教職員組合が主催する教育研究集会は,職員団体としての活動の側面を有しているにせよ,教育専門職員の集まりとして,教育上の諸問題の研究討議を行うのであるから,教員参加の実態が教育公務員特例法20条の「研修」に該当することは疑いようがない事実である。県の行政機関についても,これが,少なくとも本件教研集会実施直後の時点までの県教組主催の教研集会についての一般的評価であり,各学校長の取扱いであった。

そして,教職員組合主催の教研集会は,教育公務員特例法20条により認められた教育公務員の自主的な研修の機会として重要な意義を有するのである。

(イ) 教職員組合による教育研究活動と地公法55条の2第6項との関係

教職員組合は,単なる職員団体にとどまらず,教育専門職たる教職員の集団すなわち職能団体としての教育団体であるから,教育団体性を備えており,その立場から,学校の教育問題に取り組んでいくべき法的存在である。

このような法的存在である教職員組合が主催する教研集会の主たる性質は,職能集団としての教育団体として,教員の自主的な研鑽及び教育資質向上と教育研究活動発展のために,教員が任意参加する共同教育研究活動を行うものであって,このような教研集会への参加は「研修」といえるのである。

地公法55条の2第6項との関係でも,各学校長が研修への参加を承認をした場合には,規定の趣旨を同じくする国家公務員法108条の6第6項につき「職員団体のための職員の行為」(昭和43年人事院規則17-2)7条1項によって,「国家公務員法101条1項の規定に基づき職務に専念する義務が免除されている期間中は,給与を受けながら,職員団体のためその業務を行い,又は活動することができる」とされていることと同旨に解するのが相当であり,この場合には,学校長の研修承認によって,職務専念義務が免除されているのであるから,給与が支給されることになっても地公法の規定には抵触しないのである。

教員の主体的・自主的な研修・研鑽の必要不可欠性に照らしても,本件教研集会の組合としての組織的活動という副次的側面だけを捉えて,教研集会への参加が地公法55条の2第6項の規定に違反すると解釈することは誤りである。

(ウ) 本件教研集会の研修としての意義

原告は,本件教研集会について,政治的活動であり,研修の実質を有しなかったと主張するようである。

しかし,本件教研集会が,教育に携わる者としてふさわしい能力・識見を養うための研修としての実質を有することは,その分科会のテーマや報告・討議の内容を見れば,一目瞭然である。

また,本件教研集会は,政治的目的を持った集会ではない。原告が指摘する「県政連」は,神奈川県教職員組合の元組合員(教職員)であって,退職後に議員等になった者たちの任意の親睦団体の呼称であり,特定の政党系列の政治団体ではない。そして,県政連に所属する参加者たちも,元教職員たる教育関係者という立場から,個人的に参加したものである。

(エ) 本件教研集会参加による授業への支障がなかったこと

被告らは,本件教研集会に参加するに当たり,受け持ち授業に支障を来さない措置を講じた。すなわち,被告らの一部の者は,研修日の授業時間について別の日時の他の教員の担当授業との振り替えを行い,また,他の者は,適切な監督者のもとでの課題学習や合同授業の予定を組むなどした。

したがって,被告らの本件教研集会参加による授業への支障はなかったものである。

(オ) 学校長の承認と協定書との関係

原告が指摘する協定書は,その文言にもあるとおり,教員の研修の重要性にかんがみ,教員には可能な限り自主的研修の機会を与えることを原則として確認したものにすぎず,具体的に「授業に支障がある」場合にも学校長が自動的に承認することを確認するものではないから,この協定書の解釈からしても,研修の申し出が自動的に承認されているかのような原告の主張は当たらない。

また,上記協定書の内容自体,教員の自主的研修について,勤務場所以外での研修の実施,参加を積極的に認めている教育公務員特例法20条の趣旨に沿うものであるから,仮に,学校長が協定書に従ったとしても,法の趣旨に反して研修が承認されることにはならない。

(カ) 教育公務員特例法20条2項による学校長の承認の羈束性

教員の自主的研修の重要性,教員の専門職性及び教育の自由の観点から,教育公務員特例法20条2項の「本属長(学校長)の承認」は,客観的に授業への支障の有無を判断するものであって,研修の内容,場所,主催者などを考慮して裁量的に行うことは許されないというべきである。

(キ) 以上のことから,被告らの本件教研集会参加について各学校長がした教育公務員特例法20条2項による職専免研修としての承認が適法なものであることは明らかである。

イ 各学校長がした研修の承認の違法性が県知事の本件公金支出に承継されないことについて

(ア) 仮に,被告らの本件教研集会参加について学校長がした教育公務員特例法20条2項の規定による研修としての承認が違法なものであったとしても,この違法は,本件公金支出に承継されない。

すなわち,前記2(1)で主張したように,上記の学校長の研修承認は学校長に専属するものであり,公金支出権者である県知事の指揮命令は,独立した学校長の固有の権限に属する上記研修承認の当否の問題に及ぶものではない。したがって,本件においては,学校長の上記研修承認の違法が本件公金支出に承継される余地はない。

(イ) また,学校長の上記研修承認の違法が本件公金支出に承継される余地があるとしても,それは,上記承認に著しい合理性を欠く違法がある場合に限られるというべきであるところ,以下のような事実に照らせば,上記承認に著しく合理性を欠く違法があったとは到底いえないから,本件公金支出は違法とはならないものというべきである。

① 本件教研集会開催当時で,県教組主催の教研集会は既に49回目を数えていたのであるが,それまで,教職員の「資質を高め,その成果が職務遂行に役立つ教育活動のため」の重要な研修機会という理解の下で,学校長による「研修承認」が継続してされてきた。

② 本件教研集会は,各教科や教育課題に関する分科会を中心とする研修方法として例年の研究集会と変わるものではなく,その内容から本件教研集会への参加が研修機会となることは,学校長の研修承認時には明らかであった。

③ 教職員組合主催の教育研究集会が,職員団体の活動という性格のみを有するものではなく,他面で研修性を有するという二面性は,過去の判例によっても承認されていた。

④ 鎌倉市教育委員会も,本件教研集会の研修性を高く評価していた。

⑤ 過去に同様の教研集会への研修としての参加の結果,各学校の日常教育活動への特段の支障は生じていなかった。

⑥ 本件教研集会及びそれが連なる職員団体主催の教研集会は,日本の教育界に比類のないものと社会的に評価されるようになっている。

4  争点④ ── 被告らの不法行為責任等の有無について

(1)  原告

被告らは,出勤扱いのまま本件教研集会に参加することが違法であることを知りながら,本件教研集会に参加した日の分の給与を県知事に支給させ,下記のとおり,県に本件教研集会に参加した日の分の給与相当額の損害を生じさせたので,県に対し,その損害を賠償する責任がある。

仮に,被告らについて不法行為が成立しないとしても,被告らは,本来であれば支給されない分の給与を受領し,この給与相当額を不当に利得しているのであるから,県に対し,これを返還する義務がある。

教研集会に出席した職員の1日当たりの平均給与は1万8255円であるから,被告らに違法ないし不当に支給された給与は,少なくとも1万5000円(1日参加した者)又は3万円(2日とも参加した者)であり,同額が県の損害である。

被告らは,有給休暇を取得して本件教研集会に参加すべきであったとしても,いずれにせよ被告らには給与が支給されることになるのであるから県に損害は発生しない旨を主張するが,本件においては,被告らは実際に有給休暇を取得していないのであるから,その主張自体が失当である。

(2)  被告ら

前記のとおり,そもそも本件公金支出は違法ではないので,被告らに不法行為責任ないし不当利得返還義務は生じない。

損害の発生及びその数額は争う。仮に,被告らにおいて有給休暇を取得して本件教研集会に参加すべきであったとしても,いずれにせよ被告らには給与が支給されることになるのであるから,被告らの本件教研集会への参加により県に損害が発生したとはいえない。

そうでないとしても,このように,年次有給休暇を取得するなどして,本件教研集会参加当日分の給与相当分の金額を適法に保持できる場合にまで,給与支給者が被告らに対し損害賠償や不当利得返還を請求することは,請求自体失当であるし,信義則違反ないし権利の濫用として許されない。

第5当裁判所の判断

1  争点① ── 本件訴訟と監査請求前置主義違反の有無について

(1)  適法な住民監査請求が不適法として却下された場合と監査請求前置主義

監査委員が適法な住民監査請求を不適法であるとして却下した場合においては,その請求をした住民は,直ちに住民訴訟を提起することができる(最高裁判所平成10年12月18日第三小法廷判決・民集52巻9号2039頁)。

(2)  本件監査通知の内容について

そこで,本件監査通知〔甲2号証〕の内容についてみると,同通知は,本件監査請求は裁量行為である教育公務員特例法20条2項による研修についての学校長の承認の適法性を問題とするものであって,県知事や県の機関等が行った財務会計上の行為を対象とするものではないとし,このことを理由に,本件監査請求は地自法242条1項に定める住民監査請求の要件を欠く不適法なものであるとして,これを却下したものと認められる。

(3)  適法な住民監査請求の存在について

しかし,本件監査請求の趣旨は,これを全体としてみれば,前記基礎となる事実(4)に摘示したとおり,県知事がした本件公金支出が不当な公金支出であるとして,本件教研集会へ参加した教員に対し,支給を受けた給与のうち,本件教研集会に参加した日の分の給与相当額を返還させるよう求めているものであって,本件教研集会への参加について,教育公務員特例法20条2項の規定による研修として承認したことが違法であるとの点は,そのこと自体を監査請求の対象としようとしたものではなく,本件公金支出が不当であるとする理由として主張されているものであることは明らかである。

上記のところよりすれば,本件監査請求は,地方自治法242条1項の「違法若しくは不当な公金の支出」を監査の対象としたものであるから,適法な監査請求であるというべきである。

(4)  したがって,争点①に関する被告らの主張は,理由がない。

2 争点② ── 本件訴訟の審判の対象の財務会計行為性について

(1)  争点②に関する被告の主張は,要するに,本件訴えの実質は,公金支出権者である県知事の義務違反とは無関係な,各学校長の教育公務員特例法20条2項の規定による研修についての承認という,学校長の固有の権限に属する非財務会計上の行為の違法性の有無についての審判を求めるものであるから,本件訴えは,普通地方公共団体の執行機関等の違法な財務会計上の行為等を審判の対象とする住民訴訟として不適法であるというものである。

(2)  しかし,原告は,本件訴訟において,県知事がした本件公金支出が違法なものであるとして,本件教研集会へ参加した教員である被告らに対し,支給を受けた給与のうち,本件教研集会に参加した日の分の給与相当額を県に返還するよう求めているものであって,各学校長が,被告らの本件教研集会への参加について,教育公務員特例法20条2項の規定による研修として承認したことが違法であるとの点は,そのこと自体を本件訴訟の審判の対象としようとしているものではなく,本件公金支出が違法であるとする理由として主張されているものであることは,その主張自体に照らし明らかである。

(3)  そうであるとすれば,本件訴訟が普通地方公共団体の執行機関等の違法な財務会計上の行為等を審判の対象とする住民訴訟として不適法であるとはいい難いのであって,裁判所は,学校長がした研修についての承認が違法であるかどうかを審理・判断し,それが違法なものである場合には,この研修についての承認という非財務会計行為の違法性が県知事がした本件公金支出という財務会計上の行為に承継されるかどうかについて審理し,本件請求の当否について判断すべきものである。

被告らの争点②に関する主張も,採用することができない。

3  争点③ ── 本件公金支出が違法であるかどうかについて

(1)  被告らの本件教研集会への参加について各学校長がした教育公務員特例法20条2項の規定による研修としての承認が違法であるかどうかについて

ア 被告らの本件教研集会への参加の法的性質について

(ア) 本件教研集会は,前記基礎となる事実(1)及び(2)のとおり,地公法52条にいう職員団体である県教組が主催したものであって,予め,県教組によって,本件教研集会の「基調」や「第49次教育研究活動推進の方針」が示されるなどして開催されたものであり,また,各分科会のテーマも県教組において決定したものであって,それが職員団体としての県教組の活動の一環として実施されたものであることは明らかである〔甲6号証,弁論の全趣旨〕。

(イ) 被告らは,前記基礎となる事実(1)のとおり,本件教研集会が開催された平成11年11月において,いずれも鎌倉市立小学校もしくは同中学校の教員の職にあったものであり,地公法52条にいう職員団体である湘南教職員組合に加入し,同組合が構成団体の一つとなっている職員団体である県教組の構成員であった。

(ウ) そして,本件教研集会は,上記(ア)のように,県教組において,その職員団体としての活動の一環として主催したものであり,かつ,被告らは,上記(イ)のように,職員団体である県教組の構成員であったのであるから,被告らの本件教研集会への参加については,職員団体である県教組の構成員として,本件教研集会の開催・運営に参画したという性質を有するものであることは明らかである。

したがって,被告らがした本件教研集会への参加は,本件教研集会が教員としての研修としての実質をも有するものであったとしても,それが地公法55条の2第6項の規定にいう「職員団体のための活動」たる法的性質を有するものであることを否定することはできないというべきである。

イ 教育公務員特例法20条2項が規定する「研修」の意義について

(ア) 地公法39条は,「職員には,その勤務能率の発揮及び増進のために,研修を受ける機会が与えられなければならない。」とし,この「研修は,任命権者が行うものとする。」と規定している(地公法39条1,2項)。これは,地方公務員の能力を開発し,公務の能率を維持,増進して,住民の負託に応えるために,地方公共団体において職員に対し研修を受ける機会を付与する義務を負うとともに,任命権者において研修を実施すべき責務を負うことを明らかにしたものであって,地方公務員である公立学校の教員の研修についても,この地公法の規定の適用がある。

(イ) しかし,教育公務員については,教育を通じて国民全体に奉仕するという職務と責任の特殊性(教育公務員特例法1条)にかんがみ,その研修に関し,特別の規定が設けられている。

すなわち,教育公務員特例法19条1項は,「教育公務員は,その職責を遂行するために,絶えず研究と修養に努めなければならない。」とし,同条2項は,「教育公務員の任命権者は,教育公務員の研修について,それに要する施設,研修を奨励するための方途その他研修に関する計画を樹立し,その実施に努めなければならない。」と規定する。

また,同法20条1項は,「教育公務員には,研修を受ける機会が与えられなければならない。」とし,同条2項は,「教員は,授業に支障のない限り,本属長の承認を受けて,勤務場所を離れて研修を行うことができる。」と規定しているのである。さらに,同条3項は,「教育公務員は,任命権者の定めるところにより,現職のままで,長期にわたる研修を受けることができる。」としている。

(ウ) このように,地公法の規定する研修が,地方公務員の勤務能率の発揮及び増進のいわば手段として位置づけられているのに対し,教育公務員特例法においては,研修は,教育公務員としての職責の遂行に必要不可欠なものと位置づけられており(同法19条1項),このような観点から,任命権者の研修実施に関する責務を一般の公務員に対するそれより積極的に規定する(同法19条2項)とともに,教員に対しては,自ら自主的,自律的に研修を行うことを期待して,上記のような「教員は,授業に支障のない限り,本属長の承認を受けて,勤務場所を離れて研修を行うことができる。」との規定(同法20条2項)を設けたものである。

ウ 教育公務員特例法20条2項の規定による研修の承認と職務専念義務の免除及び給与の支給との関係について

(ア) 教員が研修に参加し,あるいはこれを行う形態は,これを服務上の取扱いの観点からみると,①職務の遂行としてするもの,②職務専念義務の免除を受けてするもの,③勤務時間外を利用して,あるいは年次有給休暇を取得してするもの,の3種に分けられる。

そして,上記の教育公務員特例法20条2項が規定する勤務場所を離れて行う自主的研修は,②の職務専念義務の免除を受けてする研修(いわゆる職専免研修)に当たる。

すなわち,地公法35条は,「職員は,法律又は条例に特別の定めがある場合を除く外,その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職務遂行のために用い,当該地方公共団体がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない。」として,地方公務員の職務専念義務を規定しているのであるが,上記の教育公務員特例法20条2項の規定は地公法35条にいう「法律の特別の定め」に当たると解されるので,教員については,条例の規定によることなく,本属長(本件においては学校長。以下,本件に即して「学校長」という。)の教育公務員特例法20条2項による研修としての承認を受ければ,職務専念義務を免除されて,勤務時間中に,勤務場所を離れて自主的な研修を行うことができることになるのである。

(イ) ところで,地公法35条が規定する職務専念義務は,上記のように「条例に特別の定めがある場合」にも免除されるのであるが,もとより,この職務専念義務は地方公務員の服務における基本的な義務である(同法30条参照)から,その免除は,合理的な理由がある場合に限られなければならないことはいうまでもない。このような観点から,地公法35条の規定に基づいて職員の職務専念義務の特例を定める条例(以下「職専免条例」という。)に関する準則として旧自治省により示されている「職務に専念する義務の特例に関する条例(案)」(地自乙発第3号・昭和26年1月10日準則)においては,職員は,①研修を受ける場合,②厚生に関する計画の実施に参加する場合,③人事委員会(人事委員会が置かれていない地方公共団体では任命権者)が定める場合においては,あらかじめ承認を得て,その職務に専念する義務を免除されることができる,としているところである。

そして,鎌倉市が制定した職専免条例である「鎌倉市職員の職務に専念する義務の特例に関する条例)」(昭和26年鎌倉市条例第2号。以下「鎌倉市職専免条例」という)も,上記準則とほぼ同様に,職員は,①研修を受ける場合,②職員の厚生に関する計画の実施に参加する場合,③職員が,その職以外の市の機関の職務を兼ねる場合,④任命権者が定める場合においては,あらかじめ承認を得て,その職務に専念する義務を免除されることができる,としている。なお,県が制定した職専免条例(昭和26年神奈川県条例第3号)では,県の職員は,①職員としての研修を受ける場合,②職員の厚生に関する計画の実施に参加する場合,③地公法55条8項の規定により当局と適法な交渉を行う場合,④人事委員会が定める事由に該当する場合においては,あらかじめ承認を得て,その職務に専念する義務を免除されることができる,と定めているところである。

また,被告らのような県費負担教職員(地方教育行政の組織及び運営に関する法律37条参照)の条例の規定に基づく職務専念義務の免除に関する取扱いについては,それが教職員の服務に関するものであることから,市町村の職専免条例の適用を受けることになる(地方教育行政の組織及び運営に関する法律43条参照)。したがって,被告らについては,鎌倉市職専免条例の適用があることになる。

(ウ) 次に,職員が職務専念義務の免除を受けて研修に参加し,あるいはこれを行う場合でも,法の仕組みの上では,その間の給与が当然に支給されるという関係にはなく,給与が減額されずにその全額の支給がされるためには,別途,給与条例の規定に基づく承認があることを要するのであるが,その運用の実際においては,職員が職務専念義務の免除を受けて研修に参加する場合には,給与条例上の承認もされ,その間の給与は減額されずにその全額が支給される取扱いとされている〔弁論の全趣旨〕。したがって,現実には,教員が学校長の承認を受けて教育公務員特例法20条2項の規定による研修に参加する場合は,その間の給与は,勤務した場合と同様に,その全額が支給されることとなっているのである。

エ 地公法55条の2第6項の規定の趣旨及び特例条例について

(ア) 地公法55条の2第6項は,「職員は,条例で定める場合を除き,給与を受けながら,職員団体のためその業務を行ない,又は活動してはならない。」と規定している。

この地公法55条の2第6項は,職員がする職員団体のための活動と給与の支給との関係について規定したものであって,その趣旨は,一つには,いわゆるノーワーク・ノーペイの原則に基づいて,条例で特に定める場合を例外として,それ以外の場合には,職員が勤務時間中に職員団体のための活動を行ったときは,その間の給与は支給しないことを明らかにしたものであり,いま一つには,職員団体のための活動に関して職員に対し給与を支給することは,一般に職員団体に対する財政的な助成に相当するので,労使相互不介入の原則の観点から,これが原則として禁じられるものであることを明らかにしたものである。

したがって,条例において特例を定めるとしても,それは,上記のような地公法55条の2第6項の規定の趣旨に照らして,合理的な理由が認められるような場合に限られるべきであることはいうまでもない。このような観点から,地公法55条の2第6項の規定に基づく特例を定める条例に関する準則として旧自治省により示されている「職員団体のための職員の行為の制限の特例に関する条例(案)」(自治公発第48号・昭和41年6月21日通知)においては,職員は,①地公法55条8項の規定に基づき,適法な交渉を行う場合,②休日(特に勤務を命ぜられた場合を除く。)及び年次有給休暇並びに休職の期間,に限って,給与を受けながら,職員団体のためその業務を行い,又は活動することができる,としているところである。

(イ) そして,県においては,地公法55条の2第6項の規定に基づく特例を定めた条例として,「職員団体のための職員の行為の制限の特例に関する条例」(昭和41年神奈川県条例第29号。以下「本件特例条例」という。)を制定しており,これによれば,職員が給与を受けながら,職員団体のためその業務を行い,又は活動することができる場合は,「法第35条の規定により職務に専念する義務を免除された場合とする」とされている。

また,地公法55条の2第6項の規定に基づく特例条例は,それが給与を支給することができる場合を定めるものであって,給与,勤務時間その他の勤務条件に関するものであるから,県費負担教職員に係る特例条例は,都道府県の条例により定められることになる(地方教育行政の組織及び運営に関する法律42条参照)。したがって,被告らに対しては,本件特例条例の適用があることになる。

オ 各学校長がした教育公務員特例法20条2項の規定による研修としての承認の違法性について

(ア) 原告は,被告らの本件教研集会への参加は職員団体のための活動としての性質を有するから,仮に,これに研修性という一面があるとしても,各学校長において,被告らが本件教研集会に参加することについて教育公務員特例法20条2項の規定による研修として承認をすることは,地公法55条の2第6項の規定に違反することとなるので,その承認は違法であるとの趣旨の主張をする(前記第4,3(1)ア(ア)ないし(ウ))。

なるほど,上記アでみたように,被告らがした本件教研集会への参加は,地公法55条の2第6項の規定にいう「職員団体のための活動」たる法的性質を有することを否定することができないものであるところ,ウでみたように,教研集会への参加について,学校長の教育公務員特例法20条2項の規定による研修としての承認があると,教研集会への参加は,職務専念義務の免除を受けて行うことができるいわゆる職専免研修となる。そして,このように,職員が職務専念義務の免除を受けて研修に参加する場合,現実には,その間の給与は,勤務した場合と同様に,その全額が支給されることとなるのである。このことよりすると,各学校長において,被告らの本件教研集会への参加について教育公務員特例法20条2項の規定による研修として承認することは,ノーワーク・ノーペイの原則及び労使相互不介入の原則の観点から,職員がする職員団体のための活動に関して職員に給与を支給することを禁じている地公法55条の2第6項の規定に反することとなるかのようである。

しかし,上記ウ(ウ)のように,法の仕組みの上では,教員が教育公務員特例法20条2項の規定による承認を受けて研修に参加し,あるいはこれを行う場合でも,その間の給与が当然に支給されるという関係にはなく,給与が減額されずにその全額の支給がされるためには,別途,給与条例の規定に基づく承認があることを要するのである。そればかりでなく,職員がする職員団体のための活動に関して職員に給与を支給することを禁じている上記地公法55条の2第6項の規定は,その規定自体において条例で特例を定めることを認めているのであって,上記エ(イ)のように,同条項に基づいて制定された被告らにも適用がある本件特例条例は,「職務に専念する義務を免除された場合」には,職員は給与を受けながら職員団体のために活動することができる旨を定めているところである。すなわち,本件においては,地公法55条の2第6項自体が,「職員は,職務に専念する義務を免除された場合を除き,給与を受けながら,職員団体のため・・・活動してはならない。」と規定しているということにほかならないのである。

そうであるとすれば,原告が主張するように,学校長において,被告らが本件教研集会に参加することについて教育公務員特例法20条2項の規定による研修として承認をすることが,直ちに,地公法55条の2第6項の規定に違反するものとして違法となる,ということはできないといわざるを得ない。

(イ) このようなところからすると,各学校長が,被告らの本件教研集会への参加について教育公務員特例法20条2項の規定による研修として承認することにより,被告らの職務専念義務が免除され,被告らにおいて,職員団体である県教組の構成員として,勤務時間中に,勤務場所を離れて,県教組の活動としての本件教研集会の開催・運営に参画することとなっても,被告らの本件教研集会への参加が研修としての実質をも有するものであれば,各学校長のした承認は,学校長に委ねられた裁量権の範囲内にあるものとして,違法の問題は生じないということができるかのようである。

しかし,上記アないしウでみてきた被告らの本件教研集会への参加の法的性質,職員の職務専念義務を定めた地公法35条の趣旨,この職務専念義務の特例を定めた鎌倉市職専免条例の規定内容,教育公務員特例法20条2項の規定による研修の意義,同項の規定による研修の承認と職務専念義務の免除との関係等を総合して検討すれば,被告らの本件教研集会への参加について各学校長がした教育公務員特例法20条2項の規定による研修としての承認は,以下に説示するように,学校長に委ねられた裁量権の範囲を超え,あるいは,これを濫用したものとして違法であるといわざるを得ないところである。

(ウ) すなわち,地方公務員の研修への参加と職務専念義務の免除との関係について考察すると,上記ウ(イ)のように,地公法35条の規定に基づいて職員の職務専念義務に関する特例を定めた鎌倉市職専免条例によれば,職員は,「研修を受ける場合」には職務専念義務の免除を受けることができるとされているところである。もっとも,上記イ(ア)のように,任命権者は職員の研修を行う責務を負っていることから,職員の研修は,職務命令により職務として行われることが通常である。そして,このように職務命令により職務として研修を受けさせるのか,それとも,上記職専免条例の規定に基づき職務専念義務を免除して研修を受けさせるのかは,任命権者においてその研修内容と公務遂行との関連性の程度等を判断して選択することになるが,いずれにせよ,このような研修の意義・目的や上記のように地公法35条の規定する職員の職務専念義務が地方公務員の服務における基本的な義務であることに照らせば,そもそも,鎌倉市職専免条例は,それに参加することが職員団体のための活動としての性質を有するというような「研修」が,職員において同条例の規定により職務専念義務の免除を受けて参加することができる研修に含まれるということを予定していないことは明らかというべきである(ちなみに,上記ウ(イ)のように,県の職専免条例においては,「職員としての研修を受ける場合」と規定されていることから,文言上,その趣旨はより明確であるということができるが,鎌倉市職専免条例もこれと同趣旨の規定であることはいうまでもない。)。

言い換えれば,鎌倉市職専免条例においては,職員団体のための活動としての性質を有する職員の活動について,「研修を受ける場合」に当たるとして職務専念義務の免除についての承認がされるという事態があることをおよそ想定していないということができるのである。

そして,上記イにみたような,教育公務員の教育を通じて国民全体に奉仕するという職務と責任の特殊性や,これにかんがみ教員の研修について教育公務員特例法19条,20条において特別の規定を設けた趣旨に照らしても,上記のように,一般の地方公務員である鎌倉市職員においては,その研修に関して,鎌倉市職専免条例の規定にいう研修を受ける場合についてのみ,職務専念義務の免除を受けることができるだけであるのに対し,同じように研修に参加するという場合であるにもかかわらず,教員については,学校長から教育公務員特例法20条2項の規定による研修としての承認を受けることによって,職務専念義務を免除され,勤務時間中に,勤務場所を離れて,職員団体のためのものとしての法的性質を有する活動を行うことができる,といった特別の取扱いを認めることを相当とするような合理的な理由を見つけることはできないのである。

そうであるとすれば,そもそも,教育公務員特例法においても,同法20条2項の規定による「研修」としての承認が,教員において,職務専念義務の免除を受けて,勤務時間中に,勤務場所を離れて,職員団体のための活動としての法的性質をも有する研修活動を行うために付与されること,を予定しているものではないと解するのが相当というべきなのである。

(エ) そこで,上記のような考察を踏まえて,被告らの本件教研集会への参加について各学校長がした教育公務員特例法20条2項の規定による研修としての承認が違法であるかどうかについて判断する。

学校長においては,教育公務員特例法20条2項の規定により「研修」を行いたい旨の教員の申出を承認をするかどうかについて,これを承認することにより授業に支障が生じないかどうか,あるいは,その申出にかかる「研修」が研修としての実質を有するものかどうか等の事項についての判断に関し,専門的な見地からする合理的な範囲内での裁量権を有しているものというべきである。

しかし,これまでみてきたところから明らかなとおり,各学校長において,教員であり,かつ,県教組の構成員である被告らの職員団体のための活動としての法的性質を有する本件教研集会への参加について,教育公務員特例法20条2項の規定による研修として承認することは,被告らの職務専念義務を免除し,勤務時間中に,勤務場所を離れて,職員団体のために活動することを容認するということを意味するのである。

そうであるとすれば,仮に,本件において,被告らの教育公務員特例法20条2項の規定による研修として本件教研集会へ参加することについての承認の申出につき,各学校長がした,これにより授業に支障が生じることはなく,かつ,それが研修としての実質を有しているとの判断が,それ自体としては,上記の事項に関して学校長に委ねられた裁量権の範囲内にあるものということができたとしても,上記(ウ)の検討によれば,そもそも,教育公務員特例法は,同法20条2項の規定による「研修」としての承認が,教員において,職務専念義務の免除を受けて,勤務時間中に,勤務場所を離れて,職員団体のための活動としての法的性質をも有する研修活動を行うために付与されることを予定しているものではないと解されるところであるから,各学校長においては,その裁量権の行使としても,被告らの本件教研集会への参加につき,教育公務員特例法20条2項の規定による「研修」として承認する余地はないというべきであって,結局,被告らの本件教研集会への参加について各学校長がした教育公務員特例法20条2項による研修としての承認は,学校長に委ねられた裁量権の範囲を超え,あるいは,これを濫用したものとして違法であるといわざるを得ないのである。

( なお,当事者双方の主張にかんがみ,以下,被告らの本件教研集会参加についての給与の支給と地公法55条の2第6項の規定ないしその内容を具体化した本件特例条例との関係について付言する。

上記エ(イ)のように,被告らが適用を受ける本件特例条例は,職員が,例外的に,給与を受けながら,職員団体のためその業務を行い,又は活動することができる場合について,「(地公)法第35条の規定により職務に専念する義務を免除された場合」と規定しているところ,これを職専免条例との関連において具体的にみてみると,上記ウ(イ)のように,職務専念義務の免除の関係で被告らが適用を受ける鎌倉市職専免条例は,職員がする職員団体のための活動という関係で職務専念義務が免除されることができる場合があることを明示していないのである。もっとも,上記のとおり,県の職専免条例においては,地公法55条8項の規定により当局と適法な交渉を行う場合には職員が職務専念義務の免除を受けることができるとされているところ,この内容自体は,地公法55条8項の規定の趣旨から合目的的・合理的に導き出されるところを,条例において確認的に規定したものにすぎないということができるから,この点について明示していない鎌倉市職専免条例の規定するところも,県の職専免条例とその趣旨において異ならないとみることもできないではない。そうすると,鎌倉市においては,上記の地公法55条8項の規定により当局と適法な交渉を行う場合については,本件特例条例にいう「任命権者が定める場合」の一つとして,職員が職務専念義務の免除を受けることができる場合があるものと解される。

いずれにせよ,本件特例条例は,このような職専免条例の規定との関連においてその具体的な内容が規定されているものであって,これら条例の規定の相互関係よりすれば,本件特例条例においては,地公法55条8項の規定により当局と適法な交渉を行うような場合を除いては,職員がする職員団体のための活動に関して,職務専念が免除され,職員に対し給与が支給されることがあることを想定していないものと解されるのである。

そうであるとすれば,地公法55条の2第6項の規定を具体化した本件特例条例は,被告らに対し,勤務時間中に,勤務場所を離れて,職員団体のための活動としての法的性質をも有する本件教研集会に参加していた時間に対応する給与が支給されることを予定していないものというべきである。そして,このことは,被告らの本件教研集会参加について,各学校長により教育公務員特例法20条2項の規定による研修としての承認がされ,被告らが職務専念義務の免除を受けていたとしても,異なるところはないと解されるのである。)

(2)  各学校長がした研修の承認の違法性が知事の本件公金支出に承継されるかどうかについて

ア 当該職員の財務会計上の行為の違法とこれに先行する原因行為の違法との関係について

(ア) 地自法242条の2の規定に基づく住民訴訟は,普通地方公共団体の執行機関又は職員による同法242条1項の定める財務会計上の違法な行為又は怠る事実の予防ないし是正を裁判所に請求する権能を住民に与え,もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とするものである。

そして,同法242条の2第1項4号前段の規定に基づく代位請求に係る当該職員に対する損害賠償請求訴訟若しくは不当利得返還請求訴訟は,このような住民訴訟の一類型として,財務会計上の行為を行う権限を有する当該職員に対し,職務上の義務に違反する財務会計上の行為による当該職員の個人としての損害賠償義務の履行を求めるものにほかならない。

したがって,当該職員の財務会計上の行為をとらえて上記の規定に基づく損害賠償等の責任を問うことができるのは,その行為に先行する原因行為に違法事由が存する場合であっても,この原因行為を前提としてされた当該職員の行為自体が財務会計法規上の義務に違反する違法なものであるときに限られると解するのが相当である(最高裁判所平成4年12月15日第三小法廷判決・民集46巻9号2753頁参照)。

そして,上記のような法理は,法242条の2第1項4号後段の規定に基づく代位請求に係る当該行為の相手方に対する損害賠償請求訴訟若しくは不当利得返還請求訴訟についても同様であって,当該行為の相手方に対し損害賠償等の責任を問うことができるのは,原因行為を前提としてされた当該職員の行為自体が財務会計法規上の義務に違反する違法なものであるときに限られることはいうまでもない。

(イ) ところで,本件においては,県知事がした本件公金支出の原因行為は被告らの本件教研集会への参加について各学校長がした教育公務員特例法20条2項による研修としての承認であるところ,これらの承認が違法であることは前記(1)のとおりである。

そこで,以下,上記の観点から,このような原因行為を前提としてされた県知事の本件公金支出という財務会計上の行為自体が財務会計法規上の義務に違反する違法なものであるかどうかについて検討する。

イ 地方公共団体の教育に関する事務に係る権限の配分について

(ア) 地自法は,普通地方公共団体に教育に関する事務を管理し,執行する機関として教育委員会を置かなければならないとし(同法180条の5第1項1号,180条の8),地方教育行政の組織及び運営に関する法律23条は,その1号ないし19号で,教育委員会が管理,執行する教育に関する事務を列挙しているが,これらには,学校その他の教育機関の設置,管理及び廃止に関する事項,教育委員会及び学校その他の教育機関の職員の任免その他人事に関する事項など,普通地方公共団体が処理する教育に関する主要かつ広範な事務が含まれている。本件に関わる「教員の研修」に関する事務も,教育委員会の職務権限に属するものである(同条8号)。

そして,県費負担教職員の任命権は都道府県教育委員会に属するが,その服務を監督するのは,市町村教育委員会である(地方教育行政の組織及び運営に関する法律37条,43条)。また,学校長は,各学校における具体的事情を把握している者として,県費負担教職員の具体的な職務遂行について,指導,監督し,職務上の指揮,命令をするなどして市町村教育委員会が行う服務の監督を補助する立場にある。このようなところから,教育公務員特例法20条2項の規定による研修についての承認の可否に関する判断は,前記(1)オ(エ)のように,学校長の専門的見地からする合理的な範囲での裁量に委ねられたところである。

(イ) これに対し,普通地方公共団体の長の教育に関する事務について管理,執行する権限は,主として教育財産の取得,処分,教育委員会の所掌に係る事項に関する契約の締結,教育委員会の所掌に係る事項に関する予算の執行という財務会計上の事務に関するものにとどめられている(地方教育行政の組織及び運営に関する法律24条)のであり,また,普通地方公共団体の長は,教育委員会に対しては一般的勧告権を有するに過ぎない(地自法180条の4)のである。

なお,本件公金支出は,県費負担教職員に対する給与の支給であるところ,給与その他の給付の支出決定をすることは,普通地方公共団体の支出の原因となるべき契約その他の行為として支出負担行為に該当し,予算執行権を有する普通地方公共団体の長がその権限を有しているところである(地自法232条の3,149条2号)。

(ウ) 上記のような地方公共団体の教育に関する事務についての教育委員会ないし学校長と地方公共団体の長との権限の配分についての関係に照らせば,学校長がした教育公務員特例法20条2項の規定による研修の承認については,地方公共団体の長は,その承認が著しく合理性を欠き,予算執行の適正確保の見地から看過することができない瑕疵があるものでない限り,学校長の判断を尊重し,その内容に応じた財務会計上の措置を採るべき義務があり,これを拒むことは許されないものと解するのが相当である(上記最高裁判所平成4年12月15日第三小法廷判決参照)。

ウ 各学校長がした研修の承認が,著しく合理性を欠き,予算執行の適正確保の見地から看過することができない瑕疵があるものであるかについて

(ア) そこで,被告らの本件教研集会への参加について各学校長がした教育公務員特例法20条2項の規定による研修としての承認が,著しく合理性を欠き,県知事において予算執行の適正確保の見地から看過することができない瑕疵があるものであるかについて検討すると,以下のような事実を認めることができる。

① 本件教研集会は,県教組の主催によるものであるが,神奈川県市町村教育長会連合会,神奈川県市町村教育委員会連合会,神奈川県公立小学校長会,神奈川県公立中学校長会等の神奈川県下の多くの教育関係団体等により構成された「神奈川県の教育を推進する県民会議」及び「神奈川県PTA協議会」が後援団体として加わって,開催されたものであった〔甲6号証の1,乙3号証〕。

② 県教組主催の教研集会は,本件教研集会の開催で既に49回目を数えるに至っているが,この間,神奈川県下の多くの市町村教育委員会においては,県教組主催の教研集会は,教育活動のために行っているものであって,その研修内容は職務に密接に関連するものであるから,教研集会への参加は,教員の資質を高め,職務遂行に役立つものであると位置付けられ,このような教研集会への参加については,学校長において授業に支障がないと判断した場合,教育公務員特例法20条2項の規定による研修としての承認を与える,という取扱いが長年にわたり継続されてきた。

そして,本件教研集会が開催された当時における鎌倉市教育委員会の県教組主催の教研集会についての位置付けも,同趣旨のものであった。〔甲24号証,乙2号証,弁論の全趣旨〕

③ また,県教委においても,従前より,県教組が主催する教研集会への教員の参加について,参加する教員にとっての研修性と職員団体としての活動性の二面性に照らして,これを教育公務員特例法20条2項の規定による研修と取り扱うかどうかは,承認権者である学校長の裁量権の範囲の事項としてきた〔甲10号証,弁論の全趣旨〕。

④ 教職員組合主催の教研集会への教員の参加には,職員団体のための活動という性質だけではなく,他面で,自主的研修としての性質をも有するということを前提として,学校長が,教育公務員特例法20条2項の規定による承認をするかどうかを決めるに際し,このような教研集会への参加の二面性のいずれに着目して判断しても,学校長の裁量権の範囲内である,との趣旨の裁判例(札幌高等裁判所昭和52年2月10日判決・行裁集28巻1・2号107頁)があり,この裁判例等が,上記の教育委員会の取扱いの根拠の一つとなっていた〔弁論の全趣旨〕。

⑤ 本件教研集会についても,その全体会や被告らが参加した各分科会のテーマ(家庭科教育,幼年期の教育と保育問題,男女の自立と共生をめざす教育,平和教育,学習と評価・選抜制度と進路保障)やそこでの報告内容等に照らせば,これに参加した被告らにとり,教員としての研修たる性質をも有するものであったことを否定することはできない〔甲6,7号証,乙1,17,18,20,23ないし25号証,弁論の全趣旨〕。

(イ) 上記認定のような,本件教研集会が開催されるまでの,県教組主催の教研集会の研修性に関する県教委や鎌倉市教育委員会の認識ないし見解及びその根拠,これを前提として長年にわたって続いてきた教研集会への教員の参加と教育公務員特例法20条2項の規定による研修としての承認に関する従前の取扱い,等の諸事情をも併せて総合検討すれば,前記(1)で説示したように,被告らの本件教研集会への参加について各学校長がした教育公務員特例法20条2項による研修としての承認は違法なものであるといわざるを得ないのであるが,それが,著しく合理性を欠くものであって,被告らの給与の支出権者である県知事において,予算執行の適正確保の見地から看過することができない瑕疵があるものであるとまで断定することはできないというべきである(なお,原告は,本件における各学校長の研修の承認は,いわゆる「ヤミ協定」に基づくもので,学校長として事実上承認を拒絶できない状況の下で与えた承認であり,実質的に要件の存否を判断して与えた承認ではないから,これらの承認は無効であるとも主張する(前記第4,3(1)ア(オ))が,その主張する「ヤミ協定」に係る「給特法覚書・了解事項にもとづく交渉確認メモ」〔甲16号証の3〕の5項の記載は,「教育公務員特例法第20条2項の活用については,教職員の研修の重要性から信頼関係の上に立ち,申し出があった場合は承認することを原則とする。」というものにすぎず,その記載自体に照らしても,これにより,学校長が,教員が行おうとする自主的「研修」について,その研修性や授業への支障の有無につき個別な判断をすることなく,無条件で承認を与えるように拘束されていたものとは到底認められないのであり,他にその主張事実を認めるに足りる証拠はない。)。

エ 違法性の承継に関するまとめ

そうであるとすれば,県知事においては,被告らの本件教研集会への参加について各学校長の教育公務員特例法20条2項による研修としての承認があったことを前提として,それに応じた財務会計上の措置を採るべき義務を負っていたのであるから,本件公金支出(支給決定)が,県知事においてその職務上負担する財務会計法規上の義務に違反してされた違法なものであるということはできないというほかはない。

第6結論

以上のとおりであって,本件請求はすべて理由がないから,これらをいずれも棄却し,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川勝隆之 裁判官 菊池絵理 裁判官 村上誠子)

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